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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ12410損害賠償請求事件 判例 特許
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 判例 特許
平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ6322特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  対象製品 /  出願経過 /  参酌 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  専用実施権 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 25830号 製造・販売差止等請求事件
原告 株式会社ユニコンセプト
同訴訟代理人弁護士 青木俊文
同補佐人弁理士 水野喜夫
被告 株式会社スーパーツール
同訴訟代理人弁護士 神田定治
同補佐人弁理士 森義明
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は別紙物件目録記載の製品を製造,販売してはならない。
2 被告は,前項記載の製品の完成品及び半製品(製品の構造を具備しているが,いまだ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,9120万円及びこれに対する平成12年12月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,重量物吊上用フック装置についての特許権につき専用実施権の設定を受けた原告が,被告の製造販売に係る敷鉄板の吊上用フック装置は,上記特許権を侵害するものであるとして,被告に対し,その製造,販売等の差止め及び製造された製品の廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。
1 前提となる事実関係(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認 められる事実) (1) ア 甲(以下「甲」という。)は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
特許番号 第2833674号 発明の名称 重量物吊上げ用フック装置 出願日 平成3年8月2日 出願番号 特願平3-216524号 公開日 平成5年2月19日 公開番号 特開平5-39188号 登録日 平成10年10月2日 イ 原告は,甲から,平成12年5月8日,本件特許権につき専用実施権の設定を受け,同日,その旨の登録を経た。
(2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,重量物を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が, (@)先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)フックの後端部が二股構造であり,前記後端部の二股空間内に前記フック支持体の略中央部が遊嵌され,かつ,前記フックの後端部と前記フック支持体の略中央部を貫通する接合ピンを介して前記フック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフック, (B)前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときにロック状態とする前記フックの後端部の二股空間内に配設されたロック,及び, (C)前記ロックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること, を特徴とする重量物吊上げ用フック装置。」 (3) 本件特許発明構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,「構成要件(@)」などという。)。
(@)先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)フックの後端部が二股構造であり,前記後端部の二股空間内に前記フック支持体の略中央部が遊嵌され,かつ,前記フックの後端部と前記フック支持体の略中央部を貫通する接合ピンを介して前記フック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフック, (B)前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときにロック状態とする前記フックの後端部の二股空間内に配設されたロック,及び, (C)前記ロックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものである, (D)ことを特徴とする重量物吊上げ用フック装置。
(4) 被告は,平成12年9月から,SLH1N,SLH2N,SLH3Nという製品番号のフック装置を製造販売している(以下,これらの製品を「被告製品」という。)。被告製品の客観的な形状は,後述の「仮想略平行線」の点を除き,別紙被告製品説明書の「ロック解除状態を示した図面」のとおりである。
(5) 被告製品は,本件特許発明構成要件(@)〜(B)を充足するフック装置である。
2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 被告製品の構成 (原告の主張) 被告製品の構成は,別紙物件目録記載のとおりである。
(被告の主張) 被告製品の構成は,別紙被告製品説明書記載のとおりである。
(2) 構成要件(C)-1にいう「仮想略平行線」はどのような性質の線分か。被告製品には「仮想略平行線」は存在するか。
(原告の主張) ア 本件特許発明構成要件(C)-1にいう「仮想略平行線」は,フック部が所定の大きさの開口部を介して吊上げ対象物を引っかけるものであり,吊上げ対象物の吊上げ幅の大きさが開口幅よりも大きいものは吊り掛けることができないことから,フックの開口幅を規定する略平行状の線分として描かれるものである。
これを,別紙「本件特許発明と被告製品の比較図」(以下,単に「比較図」という。)に基づいて具体的に説明するに,符号Qは開口寸法を意味し,被告製品のうちSLH2N,SLH3Nにおいては96oである。符号Rは最荷重点(B)における曲率半径を意味するが,最荷重点における引っかけ部の大きさは最大2Rであって,上記SLH2N,SLH3Nの製品においては,Rは38oであるので2Rは76oである。
被告製品においては,開口幅は96oであり,2Rよりも大きい。しかし,フック装置により吊上げ対象物を安全,確実に吊り上げるという観点からすると,2R以上の大きさのものは湾曲状の最荷重点において収容できず,安全,確実に吊り上げることが不可能であることから,真の開口幅は2R(76o)である。
以上を前提に,被告製品の開口幅2Rの仮想略平行線を示すと,別紙比較図のXとX’1ということになる。
イ 上記線分のうち,線分Xは,「フックの後端部の内側に接して描いた」という構成要件(C)-1の文言に照らすと,フックの後端部よりやや背部よりに交差して描かれており,「接して描く」と「交差して描く」という点で用語上の相違がある。
しかし,本件特許発明における仮想略平行線は,フック部における実質的に意味のある開口幅を規定するために先端部との関連において後端部の内側に接して描かれるとともに,後端部よりやや背部よりにおいて交差して描かれるものであるのに対し,被告製品における線分Xは,「後端部の内側に接して描いた」という要件をはずれているが,フックの後端部よりやや背部寄りに交差して描かれるという点では,本件特許発明における仮想略平行線と同様である。
(被告の主張) ア 本件特許発明構成要件(C)-1の記載に即していえば,2本の仮想略平行線は,フック背部から後端部にかけての内側及びフックの先端部の内側に接して描かれなければならず,決して2本の仮想略平行線がフックの後端部の内側から離間したり,フック背部の内側及びフックの先端部の内側に交差することはない。
原告が別紙比較図で示している線分XとX’1は平行ではあるものの,このうちの線分Xは後端部の内側に接するどころか離間し,フック背部に交差しているから,本件特許発明構成要件(C)-1にいう「仮想略平行線」ではない。
イ 被告製品において,本件特許発明構成要件(C)-1の文言である「後端部の内側に接して」に即して,仮想略平行線に対応する線分を引こうとすると,まず,フック背部から後端部にかけての内側に接して引かれる線分は,フックの開口部を規定するのに必要なX’となる。
他方,被告製品のフックの先端部は,若干内側に湾曲し,かつ先端部は丸く形成されているので,先端部の内側に交差せず先端部の内側に接して引かれる線分としては,X’に最も近い線分とすると,X1’となる。
しかし,そうすると,被告製品説明書の構成要件(C)-1及び(C)-2に記載されているとおり,線分X’とX1’は互いに離間する方向をとり,かつ脱落防止部は線分X’,X1’内に入り込み,さらに,ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心とを結ぶ線分(Z')は線分(X')と交差する。
したがって,被告製品においては,本件特許発明構成要件(C)-1にいう「仮想略平行線」は存在しない。
ウ 原告は,最荷重点における曲率半径(R)に基づき真の開口幅は2Rであると主張するが,本件特許発明は,「落下防止板とフックとの開口幅が極めて小さいこと」を問題として「フックと脱落防止部との開口幅を従来に比して極めて大きくなるようにしたとき,地面に敷かれた鉄板等の引掛け作業時に該重量物の引掛け用の穴にフックの先端部を挿入し易すくすることができ,また,脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズであるフック装置とすることができることを見い出し」(本件公報4欄33行〜40行)たものであって,その問題点の具体的な解決手段として,構成要件(C)-1及び(C)-2が導入されたものである。そうすると,構成要件(C)-1及び(C)-2で具体的に表された「開口部の大きさ」こそが本件特許発明の要部というべきである。
被告製品の「脱落防止部」は線分(X,X1)内に入り込み,フックの開口幅を狭くしていることから,隣接する敷鉄板や地面に接触しやすく,この点で本件特許発明の作用効果を奏しないものである。
エ あえて原告のいう「最荷重点における最大吊上げ可能幅」について述べると,別紙比較図に赤線で記入したとおり,フック先端部中央の最荷重点Bから立ち上げた直線と後端部との交点(C)までがこれに該当し,原告の主張する範囲よりもはるかに大きい。そして,脱落防止部がじゃまにならず,フック内に吊上げ対象物が入り込める範囲は,前記交点(C)と脱落防止部の先端(D)を結ぶ線分(C-D)とフック先端部に接して引かれた線分X1’で囲まれた範囲というべきであって,被告製品においては原告主張の線分X,X1で囲まれた部分には,真に意味がある開口幅は存在しない。
(3) 被告製品は本件特許発明構成要件(C)-1及び(C)-2を充足するか。
(原告の主張) ア 被告製品は,仮想略平行線(X,X1)を確実に有するものであるが,別紙比較図によれば,その脱落防止部(11’)は被告主張の線分X’の内側に入っているものの,前記仮想略平行線(X,X1)の内側には存在しないから,本件特許発明構成要件(C)-1を充足する。
イ 別紙比較図によれば,上記仮想略平行線(X,X1)とワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心とを結ぶ線分(Z’)とは交差しているが,その交差する理由は,フック部の後端部の形状の変更という設計上の微差に伴うものである。そして,本件特許発明構成要件(C)-2にいう「略平行」とは「ほぼ平行」という意味であるから,本件特許発明実施例に単なる設計変更を加えたものにすぎない被告製品は,当然に本件特許発明構成要件(C)-2を充足する。
(被告の主張) ア 被告製品においては,別紙比較図のとおりフック背部から後端部にかけての内側から引いた線分(X’)に対して,ロックの解除状態における脱落防止部(11’)は,明らかにこの線分に交差して内側に入り込んでいるから,本件特許発明構成要件(C)-1を充足しない。
イ 被告製品においては,ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心とを結ぶ線分(Z’)は前記線分(X’)と交差するようになっているから,本件特許発明構成要件(C)-2を充足しない。
そもそも,本件特許発明は,仮想略平行線(X,X1)の線分を越えて内側に脱落防止部が入り込まないように後端部をフック背部側に大きく屈曲させ,構成要件(C)-2において「ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設される。」と定義した。そして,この点及び構成要件(C)-1の存在が従来のフック装置と異なると評価され,特許されるに至ったものである。
他方,被告製品は,従来のフック装置と同じようにフック背部から後端部にかけてが直線状に形成されており,脱落防止部はフック背部から後端部にかけて直線部分の内側に接して引かれた線分(X’)を越えて内側に入らざるを得ない。そこで,前記の課題を解決するためにフック先端部を外側に広く拡張させるとともに若干内側に湾曲させることにしたものである。
すなわち,両者は解決しようとする課題は同じであっても具体的な解決手段を異にするものであり,この相違点は発明の本質的な部分に係るものであるから,単なる「設計変更」ではない。
(4) 被告製品は本件特許発明均等か。
(原告の主張) ア 本件特許発明の本質的部分が,構成要件(C)-1及び(C)-2にあることは,審査の経緯に照らし明らかである。
被告製品においては,フックの装置の後端部の形状は周知のものである。そして,その先端部の湾曲形状についても,吊上げ対象物を引っかけ,吊り上げるというフック装置の機能に照らし,特別なものとはいえない。したがって,本件特許発明と被告製品との対比において,フック部の形状は本質的部分を構成するものではない。
そして,本件特許発明のフック部の形状を被告製品のものに置き換えたとしても,本件特許発明と同じ作用効果が発現され,かつ,このように置き換えることは当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)において容易に想到し得るものである。
したがって,被告製品は本件特許発明均等なものとして,本件特許発明技術的範囲に属する。
イ 仮に,被告が主張する別紙比較図の線分(X’)を前提に仮想略平行線を設定した場合(別紙比較図参照)であっても,@ 脱落防止部の線分(X’)への侵入の程度と,A フック先端部の形状の改良点の観点からみて,被告製品は本件特許発明均等である。
すなわち,@に関して,従来例であるラムネス社及びアイゼン社のフック装置においては,脱落防止部はフック背部から後端部の内側に接して引かれた線分(X)を越えて内側に入っており,特にラムネス社の製品においては,脱落防止部は線分(X)を越えて内側に大きく侵入している。
被告製品において,脱落防止部は線分(X’)を越えて内側に入っているが,その入り方はラムネス社及びアイゼン社の製品と比較して,極めて僅少なものである。したがって,被告製品は,本件特許発明構成要件(C)-1にいう「脱落防止部が仮想略平行線の内側に存在しない」という要件に限りなく近似した要件を備えているというべきである。
次に,構成要件(C)-2については,被告製品においても,別紙比較図の線分(X’)と線分(Z’)の相互関係を線分(X)と線分(Z)の相互関係と同じものにして開口部を最も広くとれるようにするのが理想的であるが,これでは上記線分(X’)と線分(Z’)が平行関係となり,本件特許発明侵害するため,それを免れるためこの平行関係をやや崩し,形式的に2つの線分を平行でない関係にしているにすぎない。
以上によれば,被告製品は,脱落防止部を線分(X’)を越えて内側に入らせているものの,本件特許発明構成要件(C)-1及び(C)-2と実質的に同一構成要件を備えたものであり,被告製品は本件特許発明に係るフック装置と本質的部分を同一にするものである。
Aに関しては,被告製品においては,従来例であるラムネス社及びアイゼン社のフック装置と比べて先広がり状になっている点で若干相違する。しかし,この種のフック装置において,フック部は鉤状をしていなければ吊上げ対象物を引っかけ,吊り上げることができないところ,被告製品はこのフック本来の本質的な形状を具備している。したがって,上記の相違点はフック部の本来的な機能からみて本質的なものではない。
以上によれば,被告製品のフック部の形状は本件特許発明と相違するが,この相違点は本質的な部分に係るものではなく,被告製品においても仮想略平行線を観念することができる。
(被告の主張) ア 原告は,前記(2) アにおいて別紙比較図の線分XとX’1が仮想略平行線に当たると主張しているところ,この主張と上記(4) イの線分X’と線分Z’による仮想略平行線の主張とは明らかに矛盾し,一方が成り立てば他方は成り立たない関係にある。
本件特許の出願経過に照らしても,原告の主張は失当である。すなわち,従来例のフック装置及び被告製品の脱落防止部は,いずれもフックの後端部の内側に接した線分を越えてその内側に位置しているのに対して,本件特許発明実施例の脱落防止部だけがフックの後端部の内側に接した線分の外側に位置している。そして,ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分は,従来例のフック装置及び被告製品のいずれにおいてもフックの後端部の内側に接した線分と交差しているのに対し,本件特許発明実施例の線分だけが仮想略平行線と平行である。この点は本件特許発明の本質的部分であり,構成要件(C)-1及び(C)-2として特許請求の範囲に規定され,その結果,本件特許権は特許査定に至ったものである。したがって,この点が相違する以上,脱落防止部の侵入の度合い等の点は問題にならない。
イ これを均等論の要件に照らして再言するに,均等が認められるためには特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的部分でないことを要するが,被告製品の脱落防止部はフックの後端部の内側に接する線分を越えてその内側に侵入するものであり,フック先端部とフック脱落防止部との間に形成される開口幅を大きく設定できない構造であるから,前記本質的部分において相違している。したがって,その余の点について検討するまでもなく,均等は成立しないというべきである。
(5) 原告の損害額 (原告の主張) 被告は,平成12年9月から現在まで,被告製品を少なくとも1万2000個製造し,これを販売した。
原告の製造販売の実績によると,フック装置の製品1個当たり7600円の利益があることから,被告による上記侵害行為により原告の被った損害の額は,少なくみても9120万円である(特許法102条1項)。
よって,原告は,不法行為に基づく損害賠償請求として,9120万円及びこれに対する平成12年12月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張) 原告の主張は,否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点(1) (被告製品の構成)について 本件では,前記第2の1(4) 記載のとおり,被告製品の客観的な形状については争いがなく,本件明細書の特許請求の範囲(請求項1)に記載のある「仮想略平行線」をどこに設定するかという点に関して,当事者間に争いがある。
上記の点は,被告製品が本件特許発明構成要件を充足するかという争点(後記2)と密接に関わるものであるから,「仮想略平行線」の問題として,後記2で併せて検討することとする。
2 争点(2) (仮想略平行線の性質等)について (1) 構成要件(C)-1及び(C)-2における「仮想略平行線」について 「仮想略平行線」に関しては,本件明細書では,「特許請求の範囲」(請求項1)及び「問題点を解決するための手段」の項(本件公報4欄42行〜5欄19行)において,「前記フックの先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線」と記載されているだけであり,仮想略平行線それ自体についても,また,構成要件(C)-1及び(C)-2で規定される脱落防止部との関係やワイヤー固定部中心と接合ピン中心とを結ぶ線分との関係についても何らの記述もなく,また,図面の開示もない。
しかし,前記「特許請求の範囲」の記載,「発明の詳細な説明」中の本件特許発明の課題に関する記載,本件公報の図面の記載等を参酌すると,「仮想略平行線」は,別紙参考第2図に記載のとおりであると認められる。
すなわち,ここでいう「仮想略平行線」には,フックの先端部の内側に接して描いた線分とフックの後端部の内側に接して描いた線分の2つがあり,これらが略平行な関係にあるところ,フックの後端部とは「特許請求の範囲」中の構成要件(A)及び図面の記載からみて,二股構造の部分を指すと考えられる。もっとも,フック後端部とフック背部の境界については明らかでなく,フック後端部の内側といってもその部位がどこを指すかは一義的に明確とはいえないが,一般に,U字状や円弧状の物において,内側とはその中心部分を意味することから,本件特許発明実施例のようなU字状のフックについてはその中心方向が内側を指すと解するのが自然である。それに加えて,本件明細書には,「フックと脱落防止部との開口幅を従来に比して極めて大きくなるようにしたとき,地面に敷かれた鉄板等の引掛け作業時に該重量物の引掛け用の穴にフックの先端部を挿入し易すくすることができ,また,脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズであるフック装置とすることができることを見い出し,本発明を完成するに至った。」(本件公報4欄33行〜40行),「本発明のフック装置は,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より大きくすることができるため,フックを鉄板等の重量構造物に設けた穴部(引掛け口)に極めて容易,かつ確実に引掛けることができ」(同8欄14行〜17行)と記載され,本件特許発明において「仮想略平行線」は開口幅に関連した平行線として想定されていることからすれば,「仮想略平行線」は,別紙参考第2図のとおり,U字状のフックの中心方向の開口幅を示す平行線(XとX1)として示されることになる。
(2) 被告製品における「仮想略平行線」について ア 被告製品の客観的形状が,別紙被告製品説明書の「ロック解除状態を示した図面」のとおりであることは当事者間に争いがないところ,同図面及び被告製品のカタログ(甲5)によれば,被告製品は,本件特許発明実施例とは異なり,フックの後端部がフック背部の内側後端から直線状になっていること,言い換えれば,フック背部後端の内側とフック後端部の内側が同一直線上にあることが認められる。
このような構造の被告製品においては,前記「特許請求の範囲」の文言及び「仮想略平行線」が開口幅に関連した平行線として想定されていることに照らせば,「フック後端部の内側に接して描いた仮想略平行線」に対応する線分は,被告の主張するとおり,別紙比較図の線分X’であると認められる。
イ この点に関し,原告は,最荷重点Bにおけるフックの曲率半径Rの2倍が真の開口幅になり,これに基づいて仮想略平行線を描くべきである旨主張する。
しかし,原告のいうところの「真の開口幅」(2R)については,本件明細書にも図面にも全く記載されていない。また,フック最荷重点での曲率半径の2倍が安全確実に吊り上げることのできる最大径であるといえるためには,吊り下げられる物体のフックに引っ掛かる部分の断面が円形であることが当然の前提になるが,本件明細書が対象としている物体は鉄板であり,その端部の孔にフックを掛けて吊り下げるものである。これは,被告製品においても同様であるところ,被告製品においては吊り下げられる鉄板等のフックに引っ掛かる部分は円形ではなく板状(四角形状)になっていることが認められるから(甲8),上記原告の主張は技術的にも根拠を欠くものである。
ウ さらに,証拠(乙1〜11)によれば,「仮想略平行線」とその関連要件である(C)-1及び(C)-2については,出願当初の明細書及び図面には記載されておらず,その後された明細書の補正の手続においても,出願人である甲は本件公報の図1及び図4から把握される3つの平行線とこれら相互の関係を「特許請求の範囲」等に記載したにとどまることが認められる。
このような経緯に照らしても,「仮想略平行線」は,「特許請求の範囲」の文言及び本件公報の図1及び図4に沿うものとして理解すべきものであり,これを原告主張のように本件明細書に基づかない最荷重点の曲率半径の2倍という概念によって「仮想略平行線」を新たに定義づけることはできない。
エ 以上によれば,被告製品においては,「フックの後端部の内側に接して描いた」別紙比較図の線分X’と「フックの先端部の内側に接して描いた」線分X’1とが平行でなく,「仮想略平行線」は存在しないことになる。
3 争点(3)(構成要件(C)-1及び(C)-2の充足性)について 前記2のとおり,被告製品には「仮想略平行線」が存在しないから,「仮想略平行線」の存在を前提とする本件特許発明構成要件(C)-1及び(C)-2を充足しない。
仮に,「略平行」という文言に着目し,厳密な意味で平行でなくても足りるという立場から,別紙比較図の線分X’とX’1とが「仮想略平行線」に当たると解するとしても,以下の理由で被告製品は構成要件(C)-1及び(C)-2を充足しない。
すなわち,別紙比較図によれば,フック支持体の脱落防止部11’は線分X’の内側に存在することになるから,構成要件(C)-1を充足しない。また,ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心とを結ぶ線分Z’は線分X’及び線分X’1とは明らかに略平行でないから(線分X’と線分Z’は接合ピンの付近で交差している。),構成要件(C)-2を充足しない。
4 争点(4) (均等の成否)について (1) 前記2で検討したとおり,被告製品は,本件特許発明構成要件(C)-1及び(C)-2に関し,「フック支持体の脱落防止部がフックの後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在」する点及び「ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設され」ていない点において,本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と異なっているということができる。
ところで,特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造する製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,@ この部分が特許発明の本質的部分ではなく,A この部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B このように置き換えることに,当業者が対象製品等の製造等の時点に置いて容易に想到することができたものであり,C 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第3小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そこで,本件において,前記相違部分の存在にもかかわらず,上記@ないしDの要件(以下,それぞれの要件を「要件@」などという。)を満たすことにより,被告製品が本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するということができるかどうかを検討する。
(2) 要件Aについて ア 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,次の記載がある。
(ア) 産業上の利用分野 「本発明は,鉄板やブロック体などの重量物を吊上げるときに使用されるフック装置に関する。更に詳しくは,本発明は鉄板やブロック体などの重量物を確実にかつ容易に引掛けることができるとともに,吊上げ時の落下の危険性を排除した重量物の吊上げに専用に使用されるフック装置に関するものである。」(本件公報3欄26行〜31行) (イ) 従来の技術 「従来,鉄板が数多くの建設現場で軟弱地盤の養生足場として地面に敷かれて使用されている。そして,この種の建設現場での作業の種類によっては,絶えず鉄板を移動しなくてはならず,そのためにはクレーン等を用いて吊り上げ作業を行なっている。即ち,前記した足場としての鉄板を吊上げて移動させる作業は,鉄板の所望の側面に吊上げ用の穴を穿設し,この穴にワイヤー等を通し,これをフックに引掛けて行なっている。そして,前記した作業に多用されているフックの構造をみると,フックはクレーンなどでフックが吊り下げられて鉄板の近くまで運ばれ,鉄板に通されたワイヤーを空中にあるフックに引掛けるようにして使用される関係上,落下防止のためにフック支持体に取付けられている落下防止板とフックとの開口幅は極めて小さく設定されている。このようなフックの構造は,もとより危険防止のために案出されたものである。
しかしながら,現場作業においては,敷設されている鉄板にワイヤーを引掛ける作業自体がなかなかの重労働であり,いきおい,フックの引掛け部を直接,鉄板に穿設された穴に挿入して吊上げるということが行なわれている。この場合,前記したように落下防止板とフックとの開口幅が極めて小さいことから,フックを鉄板に引掛けることが極めて困難である。即ち,鉄板のように地面に敷設された物を引掛けて吊上げる場合,引掛け時に開口幅が極めて小さいために落下防止板が地面と当接してしまい,なかなか引掛けることが出来ず,そのうえ引掛けられたとしても脱着時にフックを取り外すのに困難をきたす。」(本件公報3欄33行〜同4欄10行) (ウ) 発明が解決しようとする問題点 「本発明者は,前記した従来技術の問題点を解消すべく鋭意,検討を加えた。その結果,フック装置の構造をフック支持体に回動自在に配設されたフックをロック解除したときにロック状態(フックの先端部がフック支持体の脱落防止部と一体的関係にあり,ロック状態を維持している状態)から略180°,反転回動できるようにしたとき,即ち,フックと脱落防止部との開口幅を従来に比して極めて大きくなるようにしたとき,地面に敷かれた鉄板等の引掛け作業時に該重量物の引掛け用の穴にフックの先端部を挿入し易すくすることができ,また,脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズであるフック装置とすることができることを見い出し,本発明を完成するに至った。」(本件公報4欄27行〜40行) (エ) 発明の効果 「本発明のフック装置は,鉄板等の重量のある各種の構造物の吊上げ,搬送,ならびに脱着作用を極めて安全に,かつ効率的に行なうことができる。即ち,本発明のフック装置は,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より大きくすることができるため,フックを鉄板等の重量構造物に設けた穴部(引掛け口)に極めて容易,かつ確実に引掛けることができ,また,吊上げ搬送中及び脱着時はフック先端部と脱落防止部が一体的にロックされているため重量構造物がフックから外れず,更にフックの脱着は脱落防止部とフック先端部の開口幅が大きいため極めて容易に行なうことができる。前記したように本発明のフック装置は,重量構造物の吊上げ作業において,フックの外れによる鉄板等の重量構造物の転倒事故を防ぐことができるため,現場での安全作業を向上させることができるため,その意義は大きい。」(本件公報8欄11行〜25行) イ 他方,証拠(甲3,5,乙3)及び弁論の全趣旨,特に原告の製品であるフック装置のカタログ(甲3)の「抜取り方法」と題する図面と被告製品のカタログ(甲5)の「敷鉄板吊り上げ時の操作方法」と題する図面を対比した結果によれば,被告製品においては,従来のフック装置と同様に,フック支持体と一体構造になっている脱落防止部が地面に当たるため,敷鉄板の掛脱作業が困難であることが認められる。
ウ 以上によれば,被告製品においては,鉄板等の重量物をフックの先端部で引掛ける際に,脱落防止部が地面に当接する構造になっているから,前記アの(ウ)に記載のフックと鉄板等の「脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズである」という作用効果を奏しないことが明らかである。
したがって,前記相違部分(構成要件(C)-1及び(C)-2)を被告製品におけるものに置き換えた場合,本件特許発明の目的を達することができず,これと同一の作用効果を奏するものではない。
(3) 要件@について ア 均等が成立するためには,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが,ここにいう特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分,言い換えれば,同部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみるに,証拠(乙1〜11,13)によれば,本件特許の出願過程において,審査官は甲の出願につき特開昭55-82814号の公開特許公報(乙13。以下「本件公知文献」という。)を引用して,本件公知文献から容易に発明をすることができたという理由で,拒絶理由を通知したこと,本件公知文献には,先端部に脱落防止部を有するフック支持体と,フックの後端部が二股構造であり,後端部の二股空間内にフック支持体の略中央部を遊嵌させ,かつ,後端部と略中央部を貫通する接合ピンを介してフック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフックと,フック支持体の脱落防止部とフックの先端部が略当接関係にあるときにロック状態とするフックの後端部の二股空間内に配設されたロックとを備えたフック装置の発明が記載されていること,この発明に係るフック装置に本件特許発明にいう仮想略平行線を想定した場合,脱落防止部はその内側に存在し,かつワイヤー固定部と接合ピンの中心を結ぶ線分と仮想略平行線とは平行の関係にないこと,出願人である甲は,上記拒絶理由に対して,本件公知文献に記載された発明との相違を明確にするため,手続補正書(乙4,10)において特許請求の範囲に新たに構成要件(C)-1及び(C)-2を付け加える旨の補正を行い,その結果,特許査定に至ったこと,がそれぞれ認められる。
ウ 以上によれば,本件特許発明における特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分は,構成要件(C)-1及び(C)-2,すなわち,脱落防止部が仮想略平行線の内側に存在せず,かつ,ワイヤー固定部と接合ピンの中心を結ぶ線分と仮想略平行線とが略平行になるように配設されるという構成にあるというべきである。
そうすると,前記相違部分は,本件特許発明の本質的部分であるというべきであるから,本件においては,この点からみても均等が成立する要件を欠いているというべきである。
この点に関し,原告は,本件特許発明と被告製品の相違点はフックの形状のみであるところ,このようなフックの形状の相違は特許発明の本質的部分に当たらない旨主張する。しかし,被告製品においては,フックの形状を変更することにより,前記2で認定判断したとおり,仮想略平行線が存在しなくなり,仮想略平行線が存在すると仮定しても,構成要件(C)-1及び(C)-2を充足しなくなるものであるから,フックの形状の相違は,単なる設計変更にとどまらず,特許発明の本質を構成するものというべきである。原告の上記主張は理由がない。
(4) 以上によれば,被告製品は,その余の点について判断するまでもなく,本件特許発明均等とは認められない。
5 結論 以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,被告が被告製品を製造販売等する行為は,本件特許権及び原告の専用実施権侵害するものではないというべきであるから,被告製品を示すものとして原告の主張する別紙物件目録記載の製品につき製造販売の差止め等を求めるとともに,被告製品の製造販売を本件特許権の専用実施権侵害として損害賠償を求める原告の請求は,すべて理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一