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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許発明 /  実施 /  権原 /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  知らないで /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 8214号 特許権侵害差止等請求事件
原告 ユミックス株式会社
訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
補佐人弁理士 高木義輝
被告 株式会社ユアビジネス
訴訟代理人弁護士 八幡義博
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/07/04
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の物件を製造販売してはならない。
2 被告は、原告に対し、金8000万円及びこれに対する平成13年8月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「薄板の成形方法とその成形型」に関する特許発明の特許権者である原告が、被告に対し、特許権に基づき、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の板材のプレス成形装置(以下、併せて「被告装置」という。)の製造販売の差止めを求めるとともに、損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 本件特許権 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第2項記載の発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第1491321号 発明の名称 薄板の成形方法とその成形型 出願日 昭和59年2月9日(特願昭59-23743号) 公開日 昭和60年8月29日(特開昭60-166122号) 公告日 昭和63年8月18日(特公昭63-41652号) 登録日 平成元年4月7日 特許請求の範囲 別紙特許公報(以下「本件公報」という。甲1)記載のとおり (2) 本件発明は、次の構成要件に分説することができる。
A 第1型に第2型を直線方向に移動させて衝合して成形する際負角になる成形部を有する成形型であって、
B 周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け、
C カム部材の溝縁部に負角成形部を形成し、負角成形部を有するカムを前記カム部材に対向させて第2型に設け、
D 成形後ワークが第1型より取り出せる状態までカム部材を回転後退させる自動復帰装置を第1型に設けた ことを特徴とする成形型。
(3) 被告は、別紙ロ号物件目録記載の成形型(商品名「スイングダイ」、以下「ロ号物件」という。)を製造販売している。ロ号物件は、本件発明の構成要件A、Cを充足する。
(4) 原告は、被告が別紙イ号物件目録記載の成形型(以下「イ号物件」という。)を製造販売していると主張するが、被告はこれを否認している。イ号物件とロ号物件は、回転型4が断面略L字状に形成されている点で共通するが、後記第3、1【被告の主張】のとおり、回転型4がスライドカム7aに当接されることによって回転するか否かという点で異なる。
2 争点 (1) 被告はイ号物件を製造販売しているか。
(2) 被告装置は本件発明の技術的範囲に属するか。
構成要件B充足性 イ 構成要件D充足性 (3) 本件特許は無効理由を有することが明らかか。
(4) 原告の損害額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告は、イ号物件を製造販売しているか)について 【原告の主張】 (1) 被告は、業として、イ号物件を商品名「スイングダイ」と称して製造販売しており、また、同物件の設計を業として請負っている。
イ号物件目録第3図とロ号物件目録第2図を比較すると、両者の差異は、
後者の回転型4の所定位置へのセットのタイミングが前者に比べて早いという点のみであり、その他についてはほぼ同一の構成である。
(2) 被告は、イ号物件の製造販売の事実を争うが、
ア 同物件について被告が特許出願していること(甲7)、
イ 訴訟前の交渉過程で、被告が「私共の開発したスイングダイは、…角型のものを直線面で力を受けながらそれを回転するものです。」と述べ、イ号物件の製造を自認していること(甲4)、
ウ 回転型の上記タイミングは、簡単かつ自由に設定できること 等の事情によれば、被告がイ号物件を製造販売した可能性がある。
【被告の主張】 被告は、イ号物件の製造販売をしておらず、イ号物件について特許出願もしていない。
イ号物件は、イ号物件目録「3.作用の説明」のとおり、「上型7が下降すると、押え型7bが板材3を押圧し、続いてスライドカム7aが回転型4に当接し、回転型4を回動させる」ものであり、第1図の状態から上型7が下がってくると、スライドカム7aが回転型4に当接して更に下降することにより回転型4を押し下げて時計回りに回転させ第2図、第3図の回転型4の位置になるとして、上型の直線運動を回転型の回転運動に変換するという本件発明の特徴を実現するよう記載されている。しかし、被告が製造販売している製品(ロ号物件)は、イ号物件のようにスライドカム7aが回転型4に当接して直線運動をすることにより回転型4を回転させるものではない。
2 争点(2)(被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するか)について (1) 同ア(構成要件B充足性)について 【原告の主張】 被告装置は、断面が略L字状に形成され、中心軸13を軸として回転する回転型4を備えており、この回転型4が本件発明の構成要件Bにいう「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材」に当たる。
本件発明の最大の特徴は、負角成形後に回転によってカム部材を逃がし、
干渉なしにワークを取り出すという点にあるが、被告装置も、負角成形後板材3を取り出す際に回転型4が中心軸13を中心に回転し、板材を干渉なく取り出すことが可能である。円柱状と略L字状は技術的に同一であるから、断面が略L字状に形成された回転型4は、構成要件Bにいう「円柱形のカム部材」に当たる。
【被告の主張】 被告装置は、次の理由により、本件発明の構成要件Bを充足しない。
ア 本件発明の構成要件Bにいうカム部材は「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状」であるが、被告製品の回転型4は「断面略L字状」である。
イ 本件発明の特徴は、第2型(本件公報第2図の上型9)の直線運動を第1型(同下型3)に回転自在に設けられたカム部材(同カム部材2)の回転運動に変換することにある。このため、本件発明の構成要件Bにいう「円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け」とは、第1型に円柱状のカム部材の直径とほとんど同径の円筒状空洞を設け、この円筒状空洞に円柱状のカム部材を嵌め込みカム部材の外円周面が円筒状空洞の内円周面に接して滑るように回転する構造をいう。これに対し、被告装置の回転型4は断面略L字状であり、構成要件Bの「第1型」に対応する下型1に円筒状空洞が設けられていないから、回転型4の外面が下型1の回転型4の近傍の面に接することにより回転が可能という構造を有していない。
また、本件発明の構成要件Bにいう「回転自在」とは、上型の直線運動に応じて回転すること、すなわち、カム部材が第2型の直線運動によって回転運動させられるようになっており、その回転運動は第2型の直線運動に追随して行われるということをいう。これに対し、被告装置(ロ号物件)の回転型4は上型7の直線運動によっては回転できない構造となっており、この点においても構成要件Bを充足しない。
(2) 同イ(構成要件D充足性)について 【原告の主張】 本件発明の構成要件Dの自動復帰装置は、コイルスプリングに限定されず空圧装置も含み、上型カムに追随するものだけでなく、カム部材を装置自身で自動的に作動して復帰させるものすべてを含む。このことは、本件公報第4欄5〜8行に、「自動復帰装置5は空圧装置、油圧装置あるいはリンク機構を用いることもでき、下型3のみならず上下型9、3間に設けることもできる」との記載があることからも明らかである。したがって、被告製品のように、負角成形プレスが終わった後にエアシリンダへの空気の圧入・排出を操作して、ピストンの出し入れにより回転型を回動させるものも、構成要件Dにいう自動復帰装置に当たる。
【被告の主張】 本件発明の構成要件Dの「自動復帰装置」とは、カム部材が外部からの操作や制御によることなく、第2型の直線運動のみに応じて自在に回転し得るように、カム部材に対して、第2型が当接接近するときの回転方向とは逆の向きに回転させようとする弾性付勢力を常時与えておく装置である。
これに対して、被告装置(ロ号物件)の構成(e)のエアシリンダ12は、プレス動作開始前からプレス成形が完了して上型全体が上死点に達するまで(ロ号物件目録第1図〜第6図)は、第1図(e)の@のように空気出入口<イ>から空気を圧入し空気出入口<ア>から排出させてピストンを左方へ送りロッドをシリンダ内に引き込むことにより回転型4の下面及び背面を下型1に密着させて固定し、上型全体が上死点に達したならば、今度は第1図(e)のAのように空気出入口<ア>から空気を圧入し空気出入口<イ>から排出させてピストンを右方へ送りロッドを押し出すことにより回転型4を左回動させ(第7図、第8図)、板材3を取り去った後に再び@の状態に戻す(第9図)ものである。このように、被告装置(ロ号物件)のエアシリンダ12は、回転型4に弾性付勢力を加えるものではないし、
上型7が上昇した後は外部からの空気の圧入・排出という別途操作により回転型4を回動させるものであって、上型7の上昇直線運動そのものに自動的に追随させて回動させているものではないから、構成要件Dにいう自動復帰装置に当たらない。
3 争点(3)(本件特許は無効理由を有することが明らかか)について 【被告の主張】 本件発明は、その出願日(昭和59年2月9日)より前の昭和58年4月21日に特許出願され(特願昭58-71001号)、本件特許出願後である昭和59年11月8日に出願公開された(特開昭59-197318号)特許出願(以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書及び図面(乙1)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であり、かつ、その発明をした者が本件発明の発明者と同一の者ではなく、本件特許出願の時にその出願人と前記他の特許出願の出願人とが同一の者でもない。したがって、本件特許は、特許法29条の2の規定に違反してされたもので、特許法123条1項2号の無効理由があることが明らかであるから、本件特許権に基づく差止め、損害賠償請求等の請求は、権利の濫用に当たり許されない。
【原告の主張】 本件発明は、先願発明にない新たな技術を開示しており、先願発明と同一ではない。
(1) 先願発明が自動車用板金部品のピラーAを加工するプレス用金型に限定しているのに対し、本件発明は自動車の板金部品に限られるものでなく、その他の板金製品、プラスチック等のあらゆる薄板の成形を対象としている。
(2) 先願発明が「下型に回転カムを、上型に吊りカムを設ける」のに限定されるのに対し、本件発明は、「下型にも上型にも、自由に、回転するカム部材を設ける」ことができる。
(3) 先願発明は、回転カムが下型で使用されるものに限定されるのに対し、本件発明の第1型、第2型は、第1型が下型、第2型が上型として使用されるばかりでなく、第1型が上型、第2型が下型としても使用され、斜め方向に使用されることもある。上型にも下型にも斜め型にもなり得る第1型、第2型は、先願発明に開示されていない新たな技術である。
4 争点(4)(原告の損害額)について 【原告の主張】 (1) 被告は、遅くとも平成10年中頃から現在までの間、被告装置が本件特許権を侵害することを知りながら、又は過失により知らないで、被告装置を少なくとも20台以上、単価500万円以上で製造販売し、合計売上金額金1億円を得ている。また、被告は、同数の被告装置の製造設計図面の作成を請け負い、第三者と共同して本件特許権の侵害行為を行っているか、若しくは侵害行為を幇助しており、
これにより1億円の売上げを得ている。
被告は、上記行為により、少なくとも合計2億円の売上げを得ている。
(2) 原告は、本件発明の実施品を「ロータリーカム」の商品名で販売しており、被告の上記行為がなければ同数の販売数量を得ることができた。そのため、上記売上金額2億円の少なくとも40%である金8000万円の得べかりし利益を失った。よって、原告の損害額は金8000万円を下らない。
【被告の主張】 争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)(被告はイ号物件を製造販売しているか)について 原告は、被告がイ号物件を製造販売等している旨主張するが、その事実を認めるに足りる的確な証拠はない。原告は、被告がイ号物件を製造販売した可能性がある裏付けとして前記第3、1【原告の主張】(2)記載のような事情を挙げるところ、甲7によれば、被告が平成11年8月に「板材のプレス成形装置」の発明について特許出願をしている事実が認められるが、そうだとしても、そもそも特許出願人が特許出願の明細書に記載したとおりの製品を実際に製造販売しているとは限らないし、原告が挙示するその他の事情も、被告がロ号物件のほかに現実にイ号物件を製造販売したことの裏付けとするには不十分である。したがって、被告がイ号物件の製造販売をしている事実を認めることはできない。
2 争点(2)(被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するか)について (以下、イ号物件も含めた被告装置について判断する。) (1) 同ア(構成要件B充足性)について ア 本件発明の構成要件Bは、「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け」であり、カム部材の形状を「円柱状」に明確に限定するものである。「円柱」とは、「@まるい柱。A一つの円のすべての点から円の平面外の直線(母線)に平行に引いた直線によってつくられた曲面(円柱面)と、
この曲面を切る互いに平行な二平面に囲まれた立体。」(三省堂「大辞林」)という意義を有する語であるから、本件発明の構成要件Bにいう「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材」は、カム部材の断面の基本的形状が円形を呈するものをいい、周壁軸方向の「溝」の存在により円の一部が欠けることがあるとしても、断面の外縁の相当部分が円弧状であることを要するものと解される。これに対し、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録によれば、被告装置の回転型4は、いずれも断面が略L字状に形成され、断面の外縁に円弧状の部分が全く存在しないから、本件発明の構成要件Bにいう「円柱状のカム部材」とは構成を異にするものである。
イ 原告は、本件発明の最大の特徴は、負角成形後に回転によりカム部材を逃がし、干渉なしにワークを取り出す点にあり、このような特徴を有する断面が略L字状の回転型は、円柱状と技術的に同一なものとして、構成要件Bにいう「円柱状のカム部材」に当たると主張する。
本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、構成要件Bにいう「円柱状のカム部材」について、次の記載がある。
(ア) 従来技術及びその問題点として、「板金やプラスチック等の薄板の負角成形は通常スライドカムを用いて行われている。」(本件公報1欄25〜26行)、「従来の薄板製品の負角成形加工は下型上にワークを載置し、上型を垂直下方に下降させて下型の受動カムを上型の作動カムにて駆動し横方向から加工し、加工が完了し上型が上昇すると受動カムをスプリングにより後退させていた。」(同2欄2〜7行)、「ワークが載置される下型の成形部はワークを加工完了後下型から取り出さなければならないので、下型の負角になる部分を分割し後退させるかあるいは負角になる部分を削除しワークの取出しを可能としなければならない。」(同2欄10〜14行)との各記載がある。なお、ここでいう「負角成形」とは、
「下型に載置したワークを上型を垂直方向に下降させて衝合して成形する際、上型の加工軌跡より下型内に入り込む成形部を有する成形」(同1欄27行〜2欄2行)を意味する。
(イ) 課題解決手段として、「本発明は上記の問題点を解消するために、
プレスの上下方向の直線運動を回転運動に変換するという従来に全くない斬新なアイデアに基づいてこれ等の問題点を解決しようとするものである。」(同3欄11〜15行)との記載がある。
(ウ) 実施例について、「上型9が下降し始め、先ず最初に受動カム11の下面がカム部材2の負角成形部4に干渉することなく回動プレート8に当接し、
カム部材2を第2図において右回りに回転させ、上型9がなお下降し続けると型の外側方向に付勢されている受動カム11はコイルスプリング17の付勢力に抗して、カムの作用によって横方向、第2図において左方へ移動し、第2図に実線で示す状態となり回動したカム部材2の負角成形部4とスライドカム10の負角成形部12とでワークWを負角成形する。」(同4欄28〜38行)、「負角成形後は上型9が上昇し始める。…カム部材2は、拘束していた受動カム11が上昇するため、自動復帰装置5により第2図において左方へ回転し2点鎖線で示す状態となり、負角成形したワークWの下型3よりの取出しの際、ワークWがカム部材2の負角成形部4と干渉することなく取り出せる。」(同4欄38行〜5欄3行)との各記載がある。
(エ) 発明の効果について、「本発明は、上述のように直線運動を回転運動に変換して負角成形部を加工するようにしたものであって、薄板製品の負角成形加工、特に、負角部が大きい場合、また、薄板製品が細長い枠状で三次元曲面を有する幅狭の場合でも加工が可能である。」(6欄1〜6行)との記載がある。
(オ) 実施例を示す本件公報第2図には、断面の外縁がほぼ4分の3の円周の円弧であり、残る部分が溝として直角に切り取られたカム部材2が示されている。第1型(下型)に円柱体の直径とほとんど同径の円筒状空洞を設け、そこへカム部材を嵌入した図が示されている。
以上の記載によれば、本件発明は、従来のスライドカムを用いた薄板の負角成形方法に、加工完了後にワークを下型から取り出す際、負角成形後に下型の負角部を分割又は削除する必要があるという問題点があったことから、この課題を解決するため、第1型(本件公報第2図の「下型」)に「円柱状のカム部材」を「回転自在」に設けることにより、第1型と第2型を用いたプレスの直線運動を回転運動に変換し、これにより負角成形後に干渉なしにワークを取り出すことができるようにした発明である。これによれば、本件発明においては、プレスの直線運動を回転運動に変換すること、すなわち、第1型(下型)と第2型(上型)の直線運動の速さ及び大きさに応じて、円柱形のカム部材の回転運動の速さ及び大きさを自在に変化させるために、負角成形部を備えたカム部材を円柱状にしたという具体的構成に最大の特徴があり、負角成形後に干渉なしにワークを取り出すことができるということは、このような具体的構成を採用したことにより得られる効果にすぎない。
そうすると、原告の主張は、本件発明と作用効果が同一であることをもって、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「円柱状のカム部材」とは異なる構成である「断面略L字状の回転型」を有する被告製品が、本件発明の技術的範囲に属するというものにすぎないのであり、このような主張は、特許法70条1項の規定に反するもので失当である。
ウ そうすると、被告装置は、本件発明の「円柱形のカム部材」を備えておらず、構成要件Bを充足しない。
(2) 以上によれば、被告装置は、その余の点について判断するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属しない。
3 争点(3)(本件特許は無効理由があることが明らかか)について 前記1によれば、原告の請求は既に理由がないが、念のため、本件特許に、
その特許が特許法29条の2の規定に違反してされたとき(特許法123条1項2号)という無効理由があることが明らかかどうかについて判断する。
(1) 特願昭58-71001号の特許出願(先願)は、本件発明に係る特許出願(以下「本件出願」という。)の特許出願の日(昭和59年2月9日)よりも前の日である昭和58年4月21日にダイハツ工業株式会社により出願され、本件出願の日より後である昭和59年11月8日に出願公開された発明の名称「プレス用金型」についての特許出願である(特開昭59-197318号、乙2)。先願発明の発明者は、本田哲也及び藤原保人の2名とされており、本件公報において本件発明の発明者とされている松岡光男とは異なる。また、先願の願書に最初に添付した明細書(乙1、以下「先願の出願当初明細書」という。)の特許請求の範囲は、
「(1) 上部に素材を保持するための保持部を有し、且つ内方に当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝を有する下型と、下型に設けたカム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カムと、下型に設けた保持部の上方に昇降自在に配置されたパッドと、回転カムの上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃を有する吊りカムとからなり、吊りカムの下降に共なって回転カムが素材を挟持する方向に回動し、且つ吊りカムの回転カムへの接触後、吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向ってスライドするようにしたことを特徴とするプレス用金型。」である。
(2) 先願の出願当初明細書の発明の詳細な説明のうち、「実施例」の項には、
「第5図乃至第8図は、本発明に係るプレス用金型を示す図面である。」(同7頁2〜3行)との記載があり、添付第7図には、下型(20)の略中央部に設けた円弧面を有するカム溝(22)に円柱形の回転カム(23)を回動自在に配置し、回転カム(23)の一端に寄曲げ部(25)を設ける一方、下型(20)の上方に昇降自在に上型ホルダー(30)を配置し、上型ホルダー(30)に、パッド(31)を設けるとともに、先端に寄曲げ刃(35)を有する吊りカム(33)をスライド台(34)を介してスライド自在に設けたプレス用金型が示されている。この第7図は、本件公報の第2図とほぼ同一の構成を有する成形型を示す図面であり、二つの図面を対比すると、先願発明の「下型(20)」は本件発明の「第1型(下型)3」に、「上型ホルダー(30)」、「パッド(31)」及び「スライド台(34)」は、「第2型(上型)9」に、「カム溝(22)」は「溝1」に、「回転カム(23)」は「カム部材2」に、「回転カム(23)の寄曲げ刃(25)」は「カム部材の負角成形部4」に、「吊りカム(33)」は「カム10(スライドカム)」に、「吊りカム(33)の寄り曲げ刃(35)」は「カムの負角成形部12」にそれぞれ相当するものと認められる。そこで、以下、先願の出願当初明細書の記載により表される発明と、本件発明の構成とを対比することにより、先願発明と本件発明が同一発明といえるかどうかについて検討する。
ア 先願の出願当初明細書の「実施例」の項には、「下型(20)の上方に位置する上型ホルダー(30)を下降させる」(同9頁1〜2行)、「上型ホルダー(30)が下降すると、パッド(31)と同時に吊りカム(33)も下降するため、吊りカム(33)の下面が回転カム(23)のスライド板(24)と接触し、スライド板(24)を下方に押圧するため、回転カム(23)はスプリング(29)の弾性力に抗して図中矢印U方向に回動する。」(同9頁6〜11頁)、「回転カム(23)が所定量回動した後、上型ホルダー(30)とパッド(31)間に位置するスプリング(32)を圧縮しながら上型ホルダー(30)が更に下降すると、上型ホルダー(30)にスライド台(34)を介してスライド自在に支持されている吊りカム(33)は、スライド板(24)に接触した状態で下方に押圧されるため、スライド板(24)に沿って図中矢印V方向にスライドする。そして、吊りカム(33)の先端に固定した寄曲げ刃(35)がピラー(A)を押圧し、ピラー(A)を所定形状に折曲形成する(第7図参照))。」(同9頁15行〜10頁5行)との各記載がある。これらの記載には、「第1型(下型)に第2型(上型)を直線方向に移動させて(下降する)衝合して成形する際負角になる成形部を有する成形型であって」という本件発明の構成要件Aと同一の構成が示されている。
イ 同「実施例」の項には、「当該下型(20)の上面…その略中央部には当該保持部(21)と連なる円弧面を有するカム溝(22)を設けてある。(23)は上記カム溝(22)に回動自在に挿入した回転カムであり、この回転カム(23)は図示の如くその一部分を略L字状に切欠いてある。」(同7頁4〜10行)との記載がある。この記載には、「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け」という本件発明の構成要件Bと同一の構成が示されている。
ウ 同「実施例」の項には、「又(回転カムの)他端には…吊りカム(33)に固定した寄曲げ刃(35)と共同してピラー(A)を所定形状にプレス成形するための寄曲げ部(25)を形成してある。」(同7頁12〜15行)との記載があり、構成要件Cのうち「カム部材の溝縁部に負角成形部を形成し」という構成と同一の構成が示されている。また、前記記載と「(33)は上型ホルダー(30)に…支持された、先端に寄曲げ刃(35)を有する吊りカムである。」(同8頁9〜12行)との記載を併せると、構成要件Cのうち「負角成形部を有するカムを前記カム部材に対向させて第2型に設け」という構成と同一の構成が示されている。
エ 同「実施例」の項には、「(26)は下型(20)内に設けた孔(27)内にスライド自在に挿入され、且つその一端がレバー(28)を介して回転カム(23)と連結したカムリフターであり、当該カムリフター(26)は孔(27)内に圧入されたスプリング(29)によって常時上方に押圧されている。」(同7頁15〜20行)、「ピラー(A)の折曲形成が終了し、上型ホルダー(30)が上昇を開始すると、先ず吊りカム(33)がスライド台(34)上の元の位置まで戻った後、吊りカム(33)が回転カム(23)のスライド板(24)から離れるため、回転カム(23)はスプリング(29)の弾性力によって図中矢印T方向に回動し、回転カム(23)の寄曲げ部(25)は下型(20)に設けた開口部(22)の内方に後退する。」(10頁6〜13行)との各記載がある。これらの記載を総合すると、構成要件Dの「成形後ワークが第1型より取り出せる状態までカム部材を回転後退させる自動復帰装置を第1型に設け」という構成と同一の構成が示されているといえる。
オ そうすると、先願の出願当初明細書及び図面には、本件発明の構成要件がすべて記載されているといえる。
(3) 原告は、後願である本件発明は、@成形の対象が板金やプラスチック等のあらゆる薄板であること、A下方に回転するカム部材を設けたり、あるいは上型にカム部材を設けることができること、B上下、横、斜方向等あらゆる方向で加工するものに適用できることを開示している点で、先願発明に開示されていない新たな技術を開示しており、先願発明と同一ではないと主張する。
しかしながら、本件発明において、@成形の対象が板金やプラスチック等のあらゆる薄板であるということは、先願発明における「プレス成形」を含むこととなり、A下方に回転するカム部材を設けたり、上型に回転するカム部材を設けることができるということは、先願発明における「下型に回転するカム部材を設けた」ものを含むこととなり、B上下、横、斜方向等あらゆる方向で」加工するものに適用できるということは、先願発明における「上下方向」のみで加工するものを含むこととなると解される。そうすると、本件発明は先願発明を含むものとして、
先願発明と同一であるといわざるを得ない。
また、後願の請求項に係る発明と先願の引用発明が同一であるか否かという特許法29条の2該当性の判断においては、両者の発明を特定するための事項に相違点がある場合であっても、後願の発明を特定するための事項が、先願の発明を特定するための事項に対して周知技術、慣用手段の付加、削除、転換等を施したものに相当し、かつ、新たな効果を奏するものでない場合には、その相違点は実質同一であり、先願の発明と後願の発明は同一であると判断されるべきところ、原告が主張する前記@ないしBの点は、いずれも先願の発明を特定するための事項に対して周知技術、慣用手段の付加を施したものにすぎず、しかも、これらの事項を加えることによって、新たな作用効果を加えるものともいえない。
そうすると、本件発明において、成形の対象が自動車の板金部品に限定されないこと、第1型及び第2型が上型にも下型にも斜め型にもなり得ることなど、
原告主張の事実をもって、本件発明が先願発明と同一でないとすることはできない。
(4) 以上によれば、本件発明は、先願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された発明と同一であり、かつ、両発明の発明者は同一であるといえないから、本件特許は、特許法29条の2の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由を有することが明らかである。
そうすると、原告の本件特許権に基づく本訴請求は、特段の事情がない限り権利の濫用として許されず(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)、本件において特段の事情があるとも認められないから、原告の請求は権利の濫用に当たるというべきである。
4 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝