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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  協議 /  黙示の合意 /  製造方法 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  共有 /  債務不履行 /  契約の解除 /  クレーム /  抵触 /  商標権 /  権利の濫用(権利濫用) /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  間接侵害 /  構成要件 /  のみ用いる /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  不法行為(民法709条) /  同意 /  実施権 /  専用実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  独占的通常実施権 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 17298号 損害賠償等請求事件
原告 株式会社十割そば
訴訟代理人弁護士 秋廣道郎
同 大島久明
同 山本健一
被告 タニコー株式会社
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 辻居幸一
同 渡辺光
補佐人弁理士 今城俊夫
被告A
訴訟代理人弁護士 池田裕道
被告 有限会社システム・ワン
被告B
被告C
上記3名訴訟代理人弁護士 窪田英一郎
同 柿内瑞枝
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/10/03
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告らは,別紙物件目録記載の麺押機を販売してはならない。
2 被告らは,原告に対し連帯して,8943万5579円を支払え。
3 被告タニコー株式会社は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成12年12月15日(同被告に対する訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,フランチャイズシステムによる蕎麦店の経営等を行う会社である。
本件において,原告は,「蕎麦麺の製造方法」に係る特許発明の特許権者から独占的通常実施権の許諾を得たとし,被告タニコーが製造し,被告システム・ワンが販売する麺押機は上記特許発明実施のみ用いる物であると主張して,被告らに対し,上記特許権者の有する差止請求権を代位行使して麺押機の販売の差止めを求めるほか(前記第1の1),原告と被告タニコーとの間の麺押機等の販売提携契約を同被告が一方的に解消したこと,原告の代表取締役であった被告Aが競業行為を禁止する旨の合意に違反して蕎麦店の経営をしていること,その余の被告らが被告Aの債務不履行に加担していることなどを主張して,債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償を求めるとともに(同2),被告タニコーに対し上記契約の解除を理由に交付済みの代償金の返還を求めている(同3)。
これに対し,被告らは,その販売に係る麺押機は原告の特許発明技術的範囲に属しない,被告らは不法行為ないし債務不履行に当たる行為を行っていないなどと主張して,原告の請求を争っている。
1 前提となる事実関係(当事者間に争いのない事実,弁論の全趣旨に加えて該当部分末尾掲記の各証拠により認められる。) (1) 原告 原告は,フランチャイズシステムによる蕎麦店の経営等を行う会社であり,原告の前代表者で現在も取締役であるD(以下「D」という。)は,後記「蕎麦麺の製造方法」の特許発明発明者である。(被告タニコー及び同Aの関係で,甲8の2) (2) 被告ら 被告タニコーは,厨房器具製造販売等を目的とする会社である。
被告Aは,平成8年12月17日まで原告の代表取締役の地位にあった者であり,被告Cは被告AがNTTに勤務していた時代の後輩に当たる者である。被告Bはもと被告タニコーの取締役営業部長として後記(3)記載の原告と被告タニコーとの間の蕎麦麺機等の独占販売契約及びこれに基づく機械の販売に関わってきた者である。
被告システム・ワンは平成11年4月7日に設立された会社であり,被告Bがその代表者を務めている。
(3) 原告と被告タニコーの独占販売契約 ア 原告と被告タニコーは,平成7年8月1日,原告が被告タニコーの製造する蕎麦麺機及びその付属品を独占的に販売する旨の契約(甲1〔販売提携契約書〕参照。以下「本件契約」という。)を締結した。原告は本件契約に基づき被告タニコーから麺押機の供給を受けて「十割そば麺機」という名称で販売していた。
イ 本件契約には,被告タニコーが原告に独占的販売権を認める代償として,原告は被告タニコーに対し200万円を支払う旨,この金額は契約解除後は返還しないものとする旨の条項がある。原告はこの約定に基づき被告タニコーに対し200万円を交付した。
また,本件契約の期間は1年とするが,期間満了の1か月前に当事者から申し出のないときは更に1年間延長される(その後も同様)と規定されている。
(4) 特許権の内容等 ア D及びEは,次の特許権を共有している(以下,「本件特許権」といい,その発明を「本件特許発明」という。)。
特許番号 第2727049号 発明の名称 蕎麦麺の製造方法 出願年月日 平成5年7月9日 出願番号 特願平5-193029号 登録年月日 平成9年12月12日 (被告タニコー及び同Aの関係で,甲8の1,2) イ 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾の特許公報〔甲8の2。以下「本件公報」という。〕参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は,次のとおりである。
「100パーセントの蕎麦粉に水を加えて練った蕎麦生地を麺押し機に投入し,その後,前記麺押し機の複数の押し出し口から湯面までの高さが20p以下の湯の中に,前記押し出し口から湯面に到達する時間を7秒以下として前記蕎麦生地を押し出し,蕎麦麺を茹で上げることを特徴とする蕎麦麺の製造方法。」 ウ 被告タニコーは別紙物件目録記載の麺押機(原告の準備書面(12)末尾添付のもの。乙9と同一。以下「本件麺押機」という。)を製造しており,被告システム・ワンは被告タニコーから本件麺押機の供給を受けて販売している。
2 争点 (1) 本件特許権の侵害の成否 ア 本件麺押機は,本件特許発明実施にのみ使用する物として,特許法101条2号により本件特許権を間接に侵害するとみなされるかどうか(争点1の(1)) イ 本件特許権には,無効理由が存在することが明らかであり,これに基づく権利行使は,権利の濫用に当たり許されないか(争点1の(2)) (2) 被告Aの原告に対する債務不履行の成否(争点2) (3) その余の被告らの原告に対する不法行為の成否(争点3) (4) 被告らの債務不履行又は不法行為に基づく原告の損害(争点4) (5) 被告タニコーが受領した200万円の返還義務の存否(争点5) 3 争点に関する当事者の主張 (1) 特許権侵害の成否(争点1) 【原告の主張】 ア 原告の請求の根拠 原告は,平成9年12月12日,Dから本件特許権につき独占的通常実施権の許諾を受けた。
原告の当時の代表者はDであり,原告会社はDが実質的に経営しているものであるから,原告は独占的通常実施権の取得により,実質的には本件特許権を取得しているものと同視できるものであり,原告は本件特許権に基づく差止請求権を有している。
仮にそうでなくても,原告はDとの間の上記独占的通常実施権設定契約に基づき,Dに代位して,同人の有する特許権に基づく差止請求権を代位行使することができる。
イ 本件麺押機とその構造 本件麺押機は,本件特許発明の方法による蕎麦麺の製造にのみ用いるものであるから,本件特許発明実施にのみ使用する物(特許法101条2号)に該当する。
したがって,被告タニコーが本件麺押機を製造し,被告システム・ワンがこれを販売する行為は,本件特許権を間接に侵害するものとみなされる。
被告ら提出の設計図面等(乙9〜11),写真撮影報告書(丁1)によれば,本件麺押機の押出口から湯面までの高さは21pとなっており一見すると特許請求の範囲の「20p以下」という要件に該当しないかのようにみえる。しかし,本件麺押機はゆで釜から湯面までの高さが自由に調節できる構造であり,蕎麦をゆでる際にはゆで釜と麺の押出口の高さを短縮して使用しなければ商品価値のある十割蕎麦を製造できないのであるから,被告らにおいて,本件麺押機のゆで釜と押出口の間の距離を調節し,本件特許権を侵害する態様に改造してこれを使用していることは,明らかである。
ウ 被告らの責任の根拠 被告タニコー,被告システム・ワン以外の被告らは,後記のとおり,被告システム・ワンの設立に関与して本件麺押機の販売に関わっているから,共同して本件特許権を侵害している。したがって,原告は,被告ら全員に対し,本件特許権に基づく差止請求権を有する。
【被告タニコーの主張】 ア 原告は,本件特許権の特許権者でも専用実施権者でもないから,本件特許権に基づき差止請求権を行使することはできない(特許法100条1項参照)。
イ 被告タニコーが被告システム・ワンに販売している本件麺押機は,押出口から釜の上端までの高さが21pとなっている。また,釜で蕎麦麺をゆでるときは,吹きこぼれないよう,湯面が釜の上端から少なくとも5p以上低くなるようにしている(乙9〜12参照)。したがって,被告タニコーが製造販売する本件麺押機は,「麺押し機の複数の押し出し口から湯面までの高さ」が少なくとも26pとなることから,これを使用しての蕎麦麺の製造方法は本件特許発明技術的範囲に属しない。
ウ 本件麺押機は,被告タニコーが本件特許の出願前から販売している麺押機と同等の製品であり,十割蕎麦のみならず,冷麺,うどん,ラーメン等も製造可能なものである。
エ 本件特許には,以下のとおり無効理由が存在することが明らかであり,かかる特許権に基づく請求は権利の濫用に当たり許されない。
(ア)本件特許発明は,その出願前である昭和58年5月に被告タニコーが頒布した刊行物であるカタログ「タニコー麺押機しこしこ」(乙4)に記載された事項に基づいて当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法123条1項2号,29条2項所定の無効理由がある。
(イ)本件特許は,その出願の手続において,平成9年8月1日付け補正書による補正がされているところ,当該補正は明細書の要旨を変更するものであるから,本件特許の出願日は,手続補正書の提出日である平成9年8月1日とみなすべきものである(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条参照)。そうすると,本件特許発明は,その出願日である平成9年8月1日より前に頒布された刊行物である特開平7-23726号公報(乙30),特開平8-38026号公報(乙31)及び前記カタログの記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法123条1項2号,29条2項所定の無効理由がある。
【被告システム・ワン,同B,同Cの主張】 ア 本件麺押機は,押出口から湯面までの距離が最低でも26pとなっているから,これを使用しての蕎麦麺の製造方法が本件特許発明技術的範囲に属しないことは,明らかである(丁1〔写真撮影報告書〕参照)。
イ 本件特許には,進歩性に関して明らかな無効理由があるほか,要旨を変更する補正がされており,出願日が繰り下がる結果,新規性,進歩性を欠くという明らかな無効理由もある。
【原告の再反論】 被告タニコーの挙げる無効理由は,次のとおりいずれも理由がない。
ア 被告タニコーが引用例とするカタログ(乙4)には,「そば粉とつなぎ粉をお好みの割合で」水で練ってそば玉を作ることが開示されているところ,ここにいう「お好みの割合」とは,あくまでつなぎ粉の存在を前提としているものであり,つなぎなしの場合を想定したり,示唆しているものではない。つなぎなしの十割蕎麦を作ることは,相当の名人芸に属するものであり,ましてや機械でこれを作ることは全く予想されていなかった。したがって,上記カタログ(乙4)が,つなぎなしの十割蕎麦を想定し,示唆していることはあり得ない。
イ 被告タニコーが,補正書により要旨が変更されたとするのは,「…押し出し口から湯面までの高さが30p以下の湯の中に」との限定を「…20p以下…」とした点であるが,そもそも「…押し出し口から湯面までの高さが20p以下の湯の中に」との特許請求の範囲の記載は,もとの特許請求の範囲である「…押し出し口から湯面までの高さが30p以下の湯の中に」の中に含まれているから,要旨の変更ではあり得ない。
(2) 被告Aの債務不履行(争点2) 【原告の主張】 ア 原告会社設立から被告Aの退任までの経緯 Dは,昭和58年ころから,盛岡市郊外で「はらぺこ」の名称で蕎麦店を経営し,被告タニコーが製造販売する麺押機を購入し,これに改良を加えて十割蕎麦を中心とする麺類を販売していた。
被告タニコーの取締役営業部長であった被告Bは,Dの蕎麦店が繁盛していること,同人が被告タニコーの麺押機に改良を加えていることを聞いて,Dに対し,会社を設立して被告タニコーの麺押機を独占的に販売することを持ちかけた。
その当時,Dには製麺の技術,機械開発の知識,店舗経営のノウハウはあったが,会社経営の経験や財務経理の知識に乏しかったことから,それらの経験を有する被告Aに原告会社代表取締役への就任を委嘱した。このような経緯で,平成7年1月に原告会社は設立されたが,Dは,会長として,被告Aと共同で原告会社の代表権を持ち,株式についてもその大半をD又はその影響下にある者が取得していた。
その後,被告Aは胃癌の手術後の体調が十分でないことを理由に原告会社の代表取締役の辞任及び原告会社の業務からの撤退を他の役員らに申し出た。
イ 被告Aの退任時における合意の内容 被告Aの退任に当たっての話合いは,平成8年11月10日,当時原告会社の本店のあった横浜市で行われた。原告会社の行う十割そば麺機の開発と普及は,Dの命をかけた仕事といっても過言でなく,Dほかの原告会社の役員が十割蕎麦の製法,販売システム等のノウハウの秘匿に特に神経を使い,努力してきたことは,被告A自身が熟知していた。それゆえ,被告Aの退任に伴い,各種ノウハウが流出したり,類似競業者が出現することは,原告会社にとって重大な利害関係があった。そこで,原告の役員らは,被告Aに対し,繰り返し,競業的な行為に出ないことを確認し,その同意を得たので,その退任を認めて次の内容の合意(以下「本件合意」という。)をした。
@ 原告は,被告Aが「究極の十割そば」の名称で営業する店舗を,3店舗まで認める。
A 原告は,被告Aと被告タニコー及び松屋製粉株式会社との直接取引を上記の3店舗のみ認める。
B 被告Aは,原告の展開する十割そば麺機を使用したフランチャイズチェーンと抵触する競業行為をしてはならない。
なお,本件合意の内容は文章化されていないが,その理由は被告Aの退任の理由が,重篤な病気によるものであったためである。
ウ 被告Aの義務違反行為 しかるに,被告Aは,本件合意に違反して,競業行為をする目的で,平成8年11月18日,株式会社究極の十割そばを設立し,原告名義で登録していた「究極の十割そば」という商標の登録名義を無断で上記会社に移転し,被告システム・ワンの設立に当たり株式会社究極の十割そばから出資して,被告タニコーの製造する本件麺押機の販売に関わり,もって前記競業避止義務(本件合意のB)に違反した。
被告Aの上記行為は,本件合意に違反し,債務不履行に該当する。
【被告Aの主張】 ア 原告会社設立から被告Aの退任までの経緯 被告Aは,平成7年1月の原告会社設立時から同8年11月に退任するまでの間,常勤の代表取締役として,被告タニコーとの間の本件契約の締結やフランチャイズ契約書のひな形の作成等の業務を行った。
また,平成8年5月,農林省の指摘でそれまでDが特許権を取得していると称していた製麺機につき,未だ特許を取得していなかった事実が判明したことから,フランチャイズ加盟店から「特許製品でないのにロイヤリティを取得しており不当である」とのクレームが殺到し,被告Aがその対応に忙殺されるという事態が生じた。当時,原告会社の本社で実働していたのは被告Aと従業員の女性1名だけで,Dらの他の役員は岩手県に在住しており,被告Aの負担は余りに重く,精神的肉体的に疲労の極にあった。そのため,被告Aは,平成8年夏ころ,Dら他の役員に対し,原告会社の代表取締役を辞任したいと申し入れた。
イ 被告Aの退任時における合意の内容 被告Aの代表取締役退任は,平成8年9月12日開催の役員会で事実上了承された。その後,同年11月10日ころに行われた役員会で,被告Aは出席した役員に対し,退任後,十割そば製麺機を使用する店舗を5店まで営業したい,その店舗で使用する商標として当時登録出願中であった「究極の十割そば」の名称を使用したいのでこれを譲り受けたい旨を申し入れた。これに対し,店舗数は3店でもよいのではないかという意見(D)もあったが,退職慰労金を支給しないので5店で構わないという意見が出て,最終的に異議を述べる役員はなかった。
また,商標権についても,原告では今後は「味玄」という商標を用いることにしたから,「究極の十割そば」の商標権は被告Aが使用するのでよかろうという意見が出て,格別の異議はなかった。
ウ 被告Aの行為について 以上の経緯で被告Aは原告会社の代表取締役を退任したのであり,被告Aは原告主張の内容の合意をしたことはない。上記の話合いはあくまで役員間の話合いであり,それが直ちに被告Aと原告との間の正式な合意事項になるわけではない。
仮に,百歩譲って原告主張の内容が「合意」になっていたとしても,被告Aは「究極の十割そば」の名称で2店舗を出店しているだけであるから,「3店舗まで」という合意に違反していない。
さらに,被告Aは,被告システム・ワンの設立に当たり,株式会社究極の十割そば名義で100万円の出資をしたが,それ以上に同被告の経営に関与したことはなく,被告B,同Cらと共謀して原告会社に対する関係で競業に当たる行為をして原告の営業を妨害したこともない。
(3) 被告A以外の被告らの不法行為(争点3) 【原告の主張】 ア 被告システム・ワン,同B及び同Cの行為 被告システム・ワンは,被告B,同C及びFらが設立した会社であるが,これらの者は原告と被告Aとの間の本件合意の存在を知りながら,これを無視し,破る意思で平成11年4月に被告システム・ワンを設立し,その後,上記被告らは,共同して,原告の主宰する十割そば麺機を使用したフランチャイズチェーンと抵触する競業行為を行っている。これらの行為は積極的な債権侵害であり,原告に対する不法行為を構成する。
イ 被告タニコーの行為 (ア)被告Bは,被告タニコーの取締役営業部長として本件契約及びこれに基づく麺押機の販売に関わってきたが,その退任後自ら設立する会社と被告タニコー間での麺押機の継続的な販売を企図して,被告タニコーをして本件契約の破棄を決定させ,平成11年4月に設立した被告システム・ワンと被告タニコーとの本件麺押機の継続的な販売を展開させている。
すなわち,被告Bは,平成10年6月25日,被告タニコーの取締役を退任したが,引き続き営業部長の職にあったところ,「しこしこ麺機(十割そば麺機)」の将来性に着目し,自ら会社を設立して,同機の販売をすることを思いつき,被告A及び同Cらと協議の上,被告システム・ワンの設立の準備に入り,被告Bは,被告タニコーを退職した直後の平成11年4月7日に被告システム・ワンの設立を完了した。
被告Bは,平成10年8月18日,原告に対し,「年間の買い取り台数を20台とする」との約定を盾にとって,本件契約の解除を申し入れ,被告タニコーは,翌年には更新拒絶を理由に平成11年7月末日の経過による本件契約の終了を主張した。しかし,本件契約の定める販売台数は努力目標であり,被告タニコーの担当者は本件契約の2年目に販売台数が未達成であっても,よくやっていると誉めることはあっても,その点を責めることはなかったのであるから,被告Bが本件契約の解除を申し入れ,被告タニコーが更新拒絶による本件契約の終了を主張したのは,契約違反を口実にした,原告の権利を害し,自己の利益を図るための行為である。
(イ)しかも,被告Bは,前記のとおり原告と被告Aとの間に本件合意があることを知りながら,原告の権利を侵害する意思で,被告システム・ワンを設立し,被告タニコーに対し本件麺押機を継続的に販売している。
(ウ)そして,被告Bは,被告タニコーより麺押機の販売に関する一切の権限を与えられていたのであるから,被告Bによる前記債権侵害行為は被告タニコーの行為と同視することができ,少なくともその代理人としての行為と評価できるから,被告タニコーは不法行為責任を負う。
仮に,これが認められなくても,被告Bの前記の行為は,取締役営業部長として在職中より準備された一連のものと評価できるから,被告タニコーは使用者責任(民法715条1項)を負う。
【被告システム・ワン,同B,同Cの主張】 原告の不法行為の主張は,否認し,争う。
被告システム・ワンは,被告Cが平成8年にNTTを退職した後に事業を行うために設立を企図していた会社であり,被告Cは,平成11年の初めころは,同社において水道管内部の研磨作業の代理店及び電話代行の業務を行うことを考えていた。その後,かねてから知り合いであった被告Bが被告タニコーを退職するという話を聞き,被告Bと一緒に事業を行うことを考え,同被告の専門分野である厨房器具の販売を会社の中心事業とすることにして,被告システム・ワンを設立した。したがって,被告C及び同Bが平成10年当時から麺押機の販売を行う目的で被告システム・ワンの設立を画策していたという事実はない。
現在,被告C及び同Bと被告Aとの間には何らの取引も約束もなく,被告システム・ワンが麺押機を販売しても,それにより被告Aには何らの利益も生じない。もちろん,被告B,同C及び同Aが何らかの共謀を行ったこともない。
上記のとおり,被告B,同C及び被告システム・ワンの行為は,不法行為を構成しない。
【被告タニコーの主張】 被告タニコーが本件契約を不当に破棄し,被告システム・ワンとの間で本件麺押機の継続的な販売を展開させているという原告の主張は,否認し,争う。
本件契約締結後の原告による販売実績は,1年目が9台,2年目が8台,3年目が16台であり,契約書5条所定の買取台数に達しなかった。そこで,3年目の販売台数について原告から報告のあった後の平成10年8月18日,当時被告タニコーの営業部長であった被告Bは原告会社を訪問して,本件契約を独占販売権のない契約に改定することを申し入れた。
しかるに,原告が上記改定の要請に応じないことから,被告タニコーは,本件契約19条に基づき,本件契約の更新を拒絶し,平成11年7月31日限りで本件契約は終了とする旨を申し出たところ,原告もこれを了承した。被告タニコーによる上記の更新拒絶は,商品の供給を完全に停止するという趣旨ではなく,原告の独占的販売権を制限するというもので,原告の要請があれば麺押機の販売を行うという立場は変わっておらず,現に被告タニコーは平成11年11月9日までは原告に対し麺押機の販売を行っていた。
原告は,上記契約内容の改定の申入れや更新拒絶について,被告Bが被告タニコーに強く勧めたものである旨主張するが,被告Bは,平成10年6月25日に取締役を退任し,同11年3月1日には退職の意思を表示していたから,被告Bが上記改定の申入れや更新拒絶の際の被告タニコーの意思決定に関与したことはない。
被告タニコーと被告システム・ワンとの取引は,本件契約が終了した後である平成12年3月から始まったが,被告システム・ワンは通常の取引先の一つにすぎず,被告タニコーは,被告システム・ワンの設立に一切関与していない。
(4) 原告の損害額(争点4) 【原告の主張】 原告は被告タニコーとの間で本件契約を締結し,麺押機及びその付属機器の独占販売権を得ていた。そして,原告は本件契約に基づき購入した麺押機を「十割そば麺機」の名称で販売することにより,利益を得ることを期待していた。
被告システム・ワン,同B,同A及び同Cは上記の事情を知りながら,被告システム・ワンをして被告タニコーとの間で本件麺押機を継続的に販売する旨の契約を締結させ,被告Bはその地位を利用して,被告タニコーをして原告との間の本件契約を終了させ,原告に対する麺押機の販売は停止された。その結果,原告は「十割そば麺機」を販売できなくなった。
これによって,原告は1か月当たり528万0958円の得べかりし利益を失ったが,これを平成11年8月1日から同12年12月29日(被告ら全員に訴状が送達された日)までの期間で計算すると,8943万5579円となる。したがって,これが被告らの債務不履行又は不法行為に基づく損害の額である。
【被告らの主張】 原告の主張は,争う。
(5) 被告タニコーの200万円の返還義務(争点5) 【原告の主張】 原告は,被告タニコーに対し,平成12年12月15日(本件訴状が同被告に送達された日),前記(3)イ記載の同被告の信義則違反行為を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。したがって,被告タニコーは,本件契約の終了に基づく原状回復義務の履行として,交付済みの200万円を原告に対して返還すべきである。
200万円の代償金は,本件契約の契約書21条では,独占販売権付与の代償とされているが,実際には契約交渉の過程の協議で,麺押機の生産ラインを維持するための費用として,被告タニコーから要求されたものであり,真正な意味での独占販売権設定の代償金ではなかった。それゆえ,契約書第21条において200万円を返還しないこととされている「契約解除」とは,もっぱら原告の債務不履行による解除を意味し,それ以外の場合(債務不履行のない場合,合意解約等)には返還することを,原告と被告タニコーは合意していた。
本件契約の終了は,被告タニコーの主張によれば,期間満了を原因とするものであるから上記の「契約解除」の場合でないことが明らかである。また,原告の主張する「契約解除」は,被告タニコーの債務不履行を根拠とするものであるから,債務不履行をした被告タニコーがこの規定を根拠に返還を拒むことは信義則に違反するといわざるを得ない。
【被告タニコーの主張】 本件契約の契約書21条には,原告が被告タニコーに交付する200万円について,「この金額は契約解除後は返還しないものとする。」旨の記載があるところ,この金銭は,被告タニコーが原告以外の者に麺押機を販売できないことに伴う損害のてん補,言い換えれば,独占販売権付与の対価として支払われたものであるから,契約終了の原因にかかわらず,返還する義務を負わない。
上記条項には「解除」という文言が用いられているが,契約当事者(実際に締結交渉を行った被告Aと同B)は,この「解除」を契約の終了と同義に解釈していたものであり,このことは,被告タニコーと日本セラテックス株式会社(以下「日本セラテックス」という。)との間の麺押機に関する販売提携契約におけるのと同様である。
当裁判所の判断
1 本件特許権の侵害の成否(争点1)について (1) 原告の差止請求権の根拠について 原告は,本件において,特許権侵害に基づく差止請求権の根拠として,@本件特許権の共有権者であるDと原告は実質的に同視できること,ADと原告との間の独占的通常実施権許諾契約に基づき,Dの差止請求権を代位行使できることを主張する。
原告の上記主張のうち,@は主張自体失当といわざるを得ないものであるが,Aについては,本件特許権の設定登録の日である平成9年12月12日には,Dは原告の代表取締役の職にあり,現在も取締役の職にあることに照らせば,原告は,Dから本件特許権について独占的通常実施権の許諾を受けているものと推認することができる(本件特許権についての通常実施権の許諾には,共有者であるEの同意が必要であるが,Eは,Dの同居の親族であり,かつ,原告の監査役を務めている者であるから,その同意を得ていたものと推認される。甲8の1,2参照)。そして,独占的通常実施権者については固有の差止請求権は認められないが,特許権者(共有持分権者を含む)の有する差止請求権(特許法100条)を代位行使(民法423条)することができると解するのが相当であるから,原告は,Dの有する本件特許権に基づく差止請求権を代位して行使することができる。
(2) 本件麺押機は,本件特許発明実施にのみ使用する物として,特許法101条2号により本件特許権を間接に侵害するとみなされるかどうか(争点1の(1)) まず,本件麺押機を用いた蕎麦麺の製造方法が本件特許発明技術的範囲に属するかどうかを検討する。
当事者間に争いのない本件麺押機の図面(乙9)及び証拠(丁1。特に写真4)によれば,本件麺押機の押出口と釜の上端の間の距離は21pであると認められる。
そして,証拠(乙10〜12)によれば,釜の上端と湯面が同じ高さでは,新たに麺を入れる際に,麺があふれ出るおそれがあることから,たとえ湯が沸騰しても麺があふれ出ることのないように,湯面と釜の上端は5p程度に設定しているものと認められる(本件公報の図1でも,湯面は釜の上端からかなり下がっているように図示されている。)。
以上によれば,本件麺押機を用いた蕎麦麺の製造方法は,「複数の押し出し口から湯面までの高さが20p以下」という本件特許発明の要件を充足しないから,本件特許発明技術的範囲に属しない。
原告は,被告らにおいて本件麺押機を改造して押出口と釜の上端の間の距離が20p以下になるように設定し直していると主張するが,丁1(特に写真4)に照らせば,原告主張のような事実は認められない。また,仮に,本件麺押機が据付けに当たって押出口と釜の上端の間の距離を変更できる構造のものであるとしても,丁1(写真4)によれば,現に上記の距離を21pとして使用している例があることが認められるから,本件麺押機については,上記の距離を「20p以下」に設定するという条件でのみ使用される装置ということはできず,本件特許発明実施にのみ使用される物に該当しない。
また,証拠(乙10)によれば,被告タニコー発行の本件麺押機の取扱説明書には,蕎麦粉の割合を100%とするのではなく,蕎麦粉につなぎ粉(小麦粉)を混ぜた麺体の作り方についても記載があることが認められるから,この点からも,本件麺押機は本件特許発明実施にのみ使用される物とはいえない。
(3) 本件特許権には,無効理由が存在することが明らかであり,これに基づく差止請求権利の濫用に当たり許されないか(争点1の(2)) 本件特許権の間接侵害を理由とする原告の差止請求は,前記で認定判断したとおり既に理由がないが,本件特許の明らかな無効理由の存否について,念のため,以下で判断する。
ア 証拠(甲8の2)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許発明は次の構成要件に分説することができる(以下「構成要件@」などという。)。
@ 100パーセントの蕎麦粉に水を加えて練った蕎麦生地を麺押し機に投入し, A その後,前記麺押し機の複数の押し出し口から湯面までの高さが20p以下の湯の中に, B 前記押し出し口から湯面に到達する時間を7秒以下として前記蕎麦生地を押し出し, C 蕎麦麺を茹で上げることを特徴とする蕎麦麺の製造方法
イ 証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願日の前である昭和58年5月末日ころに頒布された被告タニコー(ただし,当時の商号は「谷口工業株式会社」)作成の「タニコー麺押機しこしこ」と題するカタログ(乙4。以下「本件カタログ」という。)には,蕎麦生地を押し出して蕎麦麺をゆで上げることのできる麺押機が開示されており,シリンダーに蕎麦生地を入れ,麺状に押し出す様子及びその下方にゆで釜が配置されている状況が示されていること,蕎麦麺の押出時間について,7秒/1人前と記載されていること,そのTSK-1,TMK-1型仕様寸法図には,他の部分につき表示された寸法からみて,押出口から湯面までの距離が25p程度の装置構造が示されていることが,それぞれ認められる。
ウ 本件特許発明と本件カタログに開示された発明とを対比すると,両者は蕎麦粉に水を加えて練った蕎麦生地を麺押機に投入し(構成要件@),その後,前記麺押機の複数の押出口から湯の中に前記蕎麦生地を押し出し,蕎麦麺をゆで上げる蕎麦麺の製造方法であること(同C)において一致するが,本件特許発明が100%の蕎麦粉に水を加えて練り,蕎麦生地とし,麺押機の押出口から湯面までの高さを20p以下とし,前記押出口から湯面に到達する時間を7秒以下としているのに対し,本件カタログには蕎麦生地として100%の蕎麦粉を用いたものを使用することが記載されておらず,図面上は麺押機の押出口から湯面までの高さが25p程度であって,これを20p以下とすることは記載されておらず,押出口から湯面に到達する時間は7秒程度とされている点で相違する。
そこで,上記相違点について検討するに,本件明細書には「蕎麦粉100パーセントの蕎麦麺が作られているが,‥‥‥(中略)‥‥‥特開平2-117352号公報に開示されているように,麺押し機で機械生産すると,茹処理を施す前にそば麺が千切れ易いため,非常に太くて短い蕎麦麺しか製造することができない。」(本件公報3欄9行目〜18行目)という記載があることから,100%蕎麦粉からなる蕎麦麺を機械による押し出しによって製造できること自体は,上記公開特許公報等により本件特許の出願前に知られていたということができる。そして,本件カタログに開示されている麺押機は「そば粉とつなぎ粉をお好みの割合で水で練ったもの」を製麺の対象とすることが記載されており,この記載は100%蕎麦粉のものについて当該麺押機による製麺の対象とすることを明記するものではないが,これを積極的に除外するものとはいえない。また,上記のとおり,100%蕎麦粉からなる蕎麦麺を機械による押し出しによって製造できることは本件特許の出願時に既に知られていたのであるから,本件カタログに記載された麺押機を用いて100%蕎麦粉からなる蕎麦麺を製造しようとすることは,当業者が試みる範囲内のことと認められる。
そして,公知文献である特開平2-117352号に関する上記記載から,100%蕎麦粉から麺線に成形された蕎麦麺は極めて粘弾性に乏しく切れやすいものであることは,本件特許の出願時に当業者に知られていたものと認められる。そうすると,100%蕎麦粉の蕎麦麺を当該麺押機で製造するに当たっては,麺切れを防止するために,麺押機の押出口から湯面までの高さを100%蕎麦粉の蕎麦麺が押し出し中に切れることのない範囲内のものとし,つなぎを入れた蕎麦麺の場合よりも早くゆで上げ工程に移行すべきことは当業者が容易に想到し得ることであり,その条件を満たす麺押機の押出口から湯面までの高さが20p以下であり,押出口から湯面に到達する時間が7秒以下であることは,上記の観点から行う実験により自ずから定まることであると認められる。
したがって,本件特許発明は,本件カタログに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許には特許法123条1項2号,29条2項所定の明らかな無効理由がある。
(4) まとめ 以上によれば,本件麺押機の販売についての被告らの関与の内容について認定判断するまでもなく,被告らに対して,本件特許権に基づき,本件麺押機の販売の差止めを求める請求は理由がない。
2 本件における事実経過について(争点2ないし4に関して) 原告が主張する被告らの債務不履行又は不法行為の成否を判断する前提として,原告会社の設立から被告システム・ワンの設立に至るまでの経過について検討するに,「前提となる事実関係」(前記第2,1)記載の各事実に証拠(甲1,2,6の1,2,8の1,2,11,13,22の1,2,23,26〜29,乙15,16,17の1,2,25,32〜39,丙2,3の1〜5,4の1〜4,5の1〜3,丁2,証人D,原告代表者,被告システム・ワン代表者兼被告本人B〔以下,単に「被告B」という。〕,被告A本人の各尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認めることができる。
(1) 被告タニコーと日本セラテックスとの間の販売提携契約,原告会社の設立 ア Dは,盛岡市郊外で飲食店「はらぺこ」を経営していたが,昭和60年ころから被告タニコーの販売する「しこしこ麺機」という麺押機を購入し,これを改良した機械を用いて十割蕎麦を製造して,上記店舗で販売していた。
Dは,その発明に係る十割蕎麦の製造方法につき平成5年7月9日特許登録出願をしたほか,改良した麺押機を「ホテレスショー」で展示・実演して,好評を得ていた。
イ 被告タニコー(当時の商号は「谷口工業株式会社」)は,平成6年6月1日,日本セラテックスとの間でDの開発した十割蕎麦の製法を展開することを目的として,被告タニコーが日本セラテックスに「しこしこ麺機」を供給し,同社はこの製品を独占的に販売する旨の販売提携契約(乙33)を締結した。そして,Dが代表者を務める有限会社十割そば量産技術普及教室は,上記契約に基づく日本セラテックスの債務につき連帯保証し,D個人も同社の取締役に就任した。
この契約は,Dに相応の利益をもたらすという触れ込みであったが,Dとしては,日本セラテックスに独占販売権を与えることや同社の役員に就任するなど,予想外の立場に置かれたことから,次第に上記契約の履行に消極的となっていった。
ウ そこで,Dは,平成6年の後半ころから日本セラテックスと被告タニコーとの契約を発展的に解消し,別の会社に独占的販売権を移行させることを考えたが,自身は蕎麦の製法等の技術には精通していたものの,会社の経営や財務には疎かったため,当時岩手県八幡平のスキー場の経営に携わっていて,「はらぺこ」に客として来店したことから知り合った被告Aに対し,新会社の経営に参加するよう要請した。Dは,日本セラテックスの代表者のGや同社の従業員のHを新会社の経営に加えようと考えた時期もあったが,DとG及びHとの折り合いが悪かったため,GとHを経営陣に加えることは断念した。
エ その結果,Dの製造する十割蕎麦をフランチャイズシステムで販売すること等を目的として,平成7年1月18日,原告会社が設立され,被告Aが営業担当の常勤の代表取締役に,Dが開発担当の非常勤の代表取締役にそれぞれ就任した。
(2) 原告会社の設立から本件契約の締結 ア 被告Aは,代表取締役に就任して間もなく,被告タニコーと日本セラテックスとの間の販売提携契約の存在を知った。被告Aは,この契約が存続している以上は,原告が被告タニコーから麺押機を購入することができず,フランチャイズによる販売網の展開も不可能になることから,日本セラテックスの代表者のGと,原告が同社から販売権の譲渡を受ける方向で交渉を行った。
イ その後,被告Aの努力もあって,被告タニコーと日本セラテックス間の販売提携契約は,平成7年5月31日,期間満了により終了したため,被告Aは,原告と被告タニコーとの間で新たに販売提携契約を締結することを考えた。そこで,原告側では被告A,被告タニコー側では取締役営業部長であった被告Bが交渉の主たる当事者として,原告に被告タニコーの製造する麺押機の独占的販売権を与えること等を内容とする契約の締結交渉を行い,同年8月1日,本件契約が締結された。なお,契約締結の打合せには,当時原告の非常勤の取締役で大学教授の肩書を持つI(現在の原告代表者)が同席することがあったが,Dは被告タニコーに信用がなかったため,これに同席することはなかった。
ウ 本件契約の契約書5条には,「買取台数」との見出しの下で,「原告の年間買取り台数は20台とし,これを保証する。ただし,1年目は5台とする」旨の条項があるが,契約の交渉をした被告A及び同Bは,買取台数の達成は文字どおり契約上の義務であると理解していた。
また,同契約書21条には,「販売独占権」との見出しの下で,「原告が被告タニコーに対して200万円を支払うこと,この金額は契約解除後は返還しないものとする」旨の条項があるが,この「契約解除後」という文言は被告タニコーの総務の担当者が作成した文案をそのまま採用したものであり,契約の交渉をした被告A及び同Bは,この条項を,契約が終了した場合には,理由のいかんを問わず,この金額を返還しないとする趣旨に理解していた。
(3) 本件契約のその後の経過と被告Aの退任 ア 原告は本件契約に基づき被告タニコーから麺押機の供給を受け,これを販売することになったが,その販売台数は,1年目(平成7年8月1日〜同8年7月31日)が9台,2年目(平成8年8月1日〜同9年7月31日)が8台,3年目(平成9年8月1日〜同10年7月31日)が16台であり,1年目は前記買取台数を達成したものの,2年目,3年目とも20台の買取台数に達しないという結果となった。
イ また,平成8年5月ころ他社(ザ・ワークス)が原告の販売する麺押機と類似する麺押機を販売したことから,Dら岩手県在住の役員は,対抗上原告でも子会社を設立して被告タニコーから供給を受けている麺押機とは別の類似商品を製造販売することを提案した。被告Aは,日本セラテックスとの契約を終了させて独占販売権を取得した経緯,被告タニコーとの関係を考慮して,反対の意見を述べたが,Dらは納得せず,岩手県在住の役員が出資して有限会社日本ソバマック(以下「日本ソバマック」という。)を設立し,同社は平成8年から同10年にかけて類似商品である麺押機数台を試験的に製造,販売した。
ウ 被告Aは,平成8年に入ってから2度ほど胃癌の手術を受けるなどして健康状態が悪化したこと,それに加えて,前記のとおりDらの他の役員と原告会社の運営をめぐり意見が対立していたこと,フランチャイズチェーン店からのクレームの対応に追われたことなどから,精神的・肉体的に極度の疲労を感じて,平成8年夏ころ,原告会社の代表取締役を辞任することを決意し,同年8月20日の役員会でその旨を申し入れた。
その席では他の役員から慰留され,9月の健康診断の結果をみて対応を協議することとされたが,被告Aの決意は変わらず,同年9月12日の役員会で再度辞任を申し入れたところ,格別の反対はなく被告Aの辞任は事実上了承された。
そして,10月末をめどに引継を行うこととされた。
エ その後,平成8年11月10日,事務引継が行われたが,終了後役員らが集まった話合いの席で,被告Aは,退任後,十割蕎麦用の製麺機を使用する店舗を5店まで営業したい,また,その店舗で使用する商標として,当時原告会社で商標登録出願手続中であった「究極の十割そば」という商標の出願人名義を譲り受けたいとの申入れをした。
これに対して,他の役員から,店舗数は3店でもよいのではないかという意見が出たが,日本セラテックスに対して直営店を5店舗では認める方向で交渉をしたという前例もある上,退任に際し退職慰労金を出さないことから5店でも構わないのではないかという意見が出され,最終的にこれに異議を述べる役員はなかった。
また,商標についても,Iが,原告会社では今後「味玄」という商標を使用する方針であり,「究極の十割そば」の登録名義は被告Aないし同人が経営する会社に変更して構わないという趣旨の発言をしたところ,他の役員は別段の異議を述べなかった。
上記の話合いに出席した役員らは,被告Aが将来フランチャイズシステムによる経営を行うつもりはないが,十割蕎麦を出す店を経営したいという希望を持っていることを認識しており,実際に出店する際には,事前に原告に何らかの挨拶があるであろうという漠然とした期待を持っていた。しかし,上記の5店舗という限定以外に被告Aとの間で将来の出店に関して具体的な取極めを交わすことはなかった。
オ 被告Aは,平成8年11月18日,株式会社究極の十割そばを設立し,同年12月6日付けで,「究極の十割そば」の商標登録出願の出願人名義を原告から上記会社に変更した。その後,同月17日開催の原告会社の株主総会で,被告Aは正式に代表取締役を退任した。
(4) 本件契約の期間満了による終了 ア 本件契約の2年目が終了した直後である平成9年8月6日,被告Bと被告タニコーの盛岡営業所長のJは,原告会社を訪問し,販売台数が本件契約の定める買取台数を達成していないことを告げるとともに,類似した商品を他社(日本ソバマック)に製造販売させていることにつき厳重に抗議をした。これに対し,Dは,同年9月5日付けの被告Bにあてた書簡(乙15)で,無断で試作機を製造して市場に出したことを謝罪するとともに,販売台数が契約の定める買取台数を達成していないことを認め,目標達成に向けて努力したい旨を表明した。
イ しかし,前記のとおり原告会社は3年目も買取台数を達成することができなかった。そこで,被告タニコーは,独占的販売契約を解消すれば,他社に販売でき,販売台数を伸ばすことができることから,非独占の形態の販売契約書の案を作成し,原告に提示することにした。
被告Bは,平成10年8月18日,原告会社を訪問し,麺押機の販売台数が少ないことについて改善を求めた。また,被告タニコーは,フランチャイズの加盟店から原告のアフターケアがいいかげんであるという苦情を聞いていたので,この点についても改善を要請した。さらに,被告Bは,契約内容を変更したい旨を口頭で伝え,同月25日,盛岡営業所長のJが非独占の形態の契約書案(乙39)を原告に提示した。
ウ これに対する原告の回答は,被告タニコーにとって芳しいものではなかったが,被告タニコーとしては穏便に問題を処理しようとする立場から,債務不履行による本件契約の解除ではなく,契約の更新をしないことを決め,平成11年3月9日到達の内容証明郵便で原告代理人弁護士に対して本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をした。
(5) 被告Bの退職と被告システム・ワンの設立等 ア 被告Bは,平成10年6月25日,組織改編に伴い被告タニコーの取締役を退任し,同11年2月ころ,退職を申し出た。被告タニコーは,引継や決算の関係もあり,しばらく退職を待つよう要請したため,被告Bは,同年3月8日,引継を済ませた後,同年4月2日,退職した。
イ 被告Cは,平成8年にNTTを退職した後,被告Aの経営する「究極の十割そば」川崎店の店長になったが,収入が少なかったことなどから,平成10年11月ころ独立して事業を興すことを考え始めるようになった。 被告Cは,当初,通信機器の販売代行や水道の配管工事等を行う会社を設立することを企図し,平成11年3月ころ,株式会社究極の十割そば設立の際に500万円を融資した被告Aに対し資金援助を求めたが,被告Aには資金の余裕がなかったため,株式会社究極の十割そばの資金から100万円を出資することとした。同じころ,被告Cは,被告Bに新会社設立の挨拶をしたところ,被告タニコー退職後の就職先が決まっていなかった被告Bは,被告Cの話に興味を持ち,新会社の経営に参加することを申し出た。被告Cは,被告Bの申出を了承し,会社の事業目的に厨房機器全般の販売を加えることとして,平成11年4月7日,被告システム・ワンが設立された。設立時の役員は,被告Cのみであり,資本の額は300万円であったが,その後,被告Bが100万円出資し,株式会社究極の十割そばの出資分を引き受けたため,資本の額は400万円に増資され,同年8月1日,被告Bが代表取締役に就任した。
ウ 被告システム・ワンは,平成11年9月ころから,被告タニコーとの間で業務用厨房機器全般につき取引を行うようになり,本件麺押機を含む製麺機一式を被告タニコーから仕入れ,受注先に販売するようになった。
被告システム・ワンでは,製麺に関する技術指導は,以前,「究極の十割そば」川崎店で店長をしていた被告Cが中心となって行っていた。さらに,蕎麦粉の仕入れは独自のルートで行っており,蕎麦打ちの研修についても,製品の紹介の段階は被告タニコーのショールームで,麺押機の購入後は販売先の店舗で行っていた。
なお,被告システム・ワン発行の本件麺押機のパンレット(甲11)には,「究極の十割そば」との記載がみられるが,これは被告Aが被告Cの要請を受けて,その旨の表示をすることを許諾したため記載されるようになったものである。また,被告Bらが顧客を連れて被告Aの経営する「究極の十割そば」川崎店を見学したこともあったが,それ以上に,被告Aが被告システム・ワンの経営に関して意見を述べたり,技術面で協力し合ったりしたことはなかった。
3 被告Aの債務不履行(争点2)について (1) 前記2(3)エの認定事実によれば,平成8年11月10日に行われた話合いにおいては,最終的に,被告Aが十割蕎麦を出す店を5店舗まで経営すること,原告会社において商標登録出願中であった「究極の十割そば」の商標の出願人名義を変更することがそれぞれ認められたというのであるから,原告主張の本件合意が成立したという事実を認めるには足りないというべきである。
(2) 原告提出の原告代表者Iの作成に係る「株式会社『十割そば』元社長A氏の社長退任前後の役員会 会議記録」と題するメモ(甲5)には,一部原告の主張に沿う記載があるが,証拠(原告代表者尋問の結果)によれば,上記メモは,原告代表者が本件訴訟提起後に取締役のKと当時の記憶をたどりながら作成した文書であり,話合いの直後の記憶が鮮明な時期に作成されたものでないことが認められるから,その記載内容を直ちに信用することができない。
また,原告代表者の陳述書(甲26)には,平成8年11月10日の話合いで「被告Aが直営店を経営することの許可を求めた前提には,フランチャイズ本部を企画するなど原告会社の商圏を害するような競業行為をしないことが当然含まれていた」という趣旨の記載があるが,証拠(原告代表者及び被告Aの尋問の結果)によれば,被告Aは自身が原告会社の代表者としてフランチャイズチェーンの運営に苦労してきたため,フランチャイズシステムによる経営には関わりたくないという趣旨の発言をしたことはあったが,上記話合いを含む取締役会の場で,他の役員から被告Aは今後フランチャイズチェーンを運営したり,原告と競業する営業活動をしてはならない旨の発言はなかったことが認められるから,被告Aに多大な負担をもたらす原告主張の本件合意は明示的な形ではもちろんのこと,黙示の合意としても成立していないというほかはない。
(3) なお,証拠(甲13,原告代表者及び被告Aの尋問の結果)によれば,被告Aが代表取締役を務める株式会社究極の十割そばは,現在,神奈川県川崎市と藤沢市で各1店の店舗を運営し,顧客に十割蕎麦を提供していること,原告会社は神奈川県内では横浜市港北区に出店していること,株式会社究極の十割そばの事業形態は上記店舗の直営であり,フランチャイズシステムの運営は行っていないことが認められ,前記認定のとおり,被告Aないし株式会社究極の十割そばと被告システム・ワンとの関係は,同被告がパンフレットに「究極の十割そば」と表示することを許諾していること,顧客に「究極の十割そば」川崎店を見学してもらったことにとどまるのであるから,被告Aが株式会社究極の十割そばにおいて行う営業行為は,実質的にも原告主張の本件合意に反する内容ではなく,原告に対する関係で何ら違法性を帯びるものではない。
(4) したがって,原告の被告Aに対する債務不履行(本件合意の不履行)を理由とする損害賠償請求は,理由がない。
4 その他の被告らの不法行為責任(争点3) (1) 原告は,被告Aを除く被告らに対し,同被告による本件合意の不履行に加担して原告の債権的な権利を積極的に侵害したことなどが不法行為に当たるとして損害賠償を請求している。しかし,前記3で認定判断したとおり,本件合意が成立したとの事実は認められないから,原告の主張は,その前提を欠くものであり,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。また,実質的にみても,被告Aを除く被告らの行為は,次のとおり,原告に対する関係で何ら違法性を帯びるものではない。
(2) まず,被告システム・ワン,同C及び同Bについては,前記1で認定したとおり,被告システム・ワンの販売する本件麺押機については,これを用いた蕎麦麺の製造方法は本件特許発明技術的範囲に属さず,本件麺押機を販売する行為は本件特許権を侵害しないのであるから,上記被告らによる本件麺押機の販売は,正当な営業活動であって,原告の権利を侵害しない。
さらに,被告システム・ワンの設立の経緯をみるに,前記2(5)で認定したとおり,被告Cは,被告Aの経営する「究極の十割そば」川崎店の店長を辞めて新たに会社を興そうと考え,当初は新会社である被告システム・ワンにおいて通信機器の販売代行や水道の配管工事等を行うことを企図していたが,被告Bの参加が決まった後,会社の事業目的に厨房機器全般の販売という項目を加えたというのであるから,被告C,被告B及び被告Aが本件麺押機を販売することを計画し共同して被告システム・ワンを設立したものでないことは明らかである。しかも,被告Aないし株式会社究極の十割そばが実際に行っている事業は蕎麦店の経営であり,証拠(被告Bの尋問の結果)によれば,被告システム・ワンが本件麺押機を販売することにより被告Aには何らの経済的利益も生じないことが認められるから,前記2(5)認定のとおり,被告システム・ワンと被告Aの間に,過去において資本関係があったこと,商標の使用許諾など一定の協力関係があることを考慮に入れても,両者は独立して別の事業を営んでいるというべきである。
(3) 次に,被告タニコーの関係では,同被告が原告との間の本件契約を期間満了を理由に平成11年7月31日限りで終了させる旨の更新拒絶の意思表示をし,本件契約を終了させたことは債務不履行ないし不法行為を構成しない。
すなわち,前記2(3)で認定したとおり,原告は本件契約5条の定める買取台数を2年目,3年目と連続して達成することができず,子会社の日本ソバマックに類似商品である麺押機を製造販売させていたところ,前者は本件契約上の債務の不履行であり,後者は少なくとも本件契約の趣旨に反する背信的な行為と評価することができる。したがって,被告タニコーが,原告の本件契約の履行状況をみて,平成10年8月,麺押機の販路及び製造数量の拡大安定を図るため,非独占の形態の契約に切り替える旨提案したことは,メーカーとしては当然の対応であり,しかも,同被告としては,債務不履行による本件契約の解除という方法をとることもできたのであるから,形態を変更した上で契約を継続するという提案は,麺押機の供給を受ける原告の立場に配慮したものということができる。しかるに,原告は,非独占の形態の契約を締結することに応じなかったため,被告タニコーは更新拒絶の意思表示をしたものであり,証拠(乙18,19,20の1,2)によれば,その後も,被告タニコーは代理人弁護士を通じて,原告代理人弁護士との間で本件契約の内容の改定につき誠実に交渉していることが認められる。
以上の経緯によれば,本件契約は,平成11年7月31日限り終了したものであり,被告タニコーには,本件契約の定める債務の不履行はもちろん,交渉の過程においても何ら違法不当な点は認められない。
原告は,本件契約5条の「買取台数」の規定は,単なる努力目標を定めたものであり,これを達成できなくても債務不履行には該当しない旨主張し,これに沿う証人Dの証言及び原告代表者の供述もあるが,上記条項の定められた経緯は前記2(2)のとおりである上,5条の文言も,「本件年間買取り台数は20台とし,これを保証する。」と明確に一定台数を保証する旨をうたっているのであるから,この定めを単なる努力目標と解することはできない。D及び原告代表者は,本件契約の交渉に実質的に関与していないのであるから,「本件契約5条の定めは努力目標にすぎない。」という証言等は,同人らの内心の願望を表したものというほかはない。
また,原告代表者は,「日本ソバマックの製造販売した製品は補助機械であって,営業には使用できない」旨を供述し(調書24頁),この製品が被告タニコーの供給していた製品の類似商品であることを否定するかのようであるが,原告会社で製品の開発を担当していたDは,平成9年9月5日付けの書簡(乙15)で「無断で試作機を製造し市場に出したことは,大変申し訳ないことであったと深く反省しております」と述べているのであるから,原告代表者の上記供述は採用することができない。
(4) また,被告タニコーが平成11年9月以降,被告システム・ワンに対し,本件麺押機を供給している行為は,原告に対する不法行為を構成しない。
すなわち,上記認定のとおり,原告と被告タニコーとの間の本件契約は平成11年7月31日限り期間満了により終了しているのであるから,被告タニコーは原告以外の業者に自由に麺押機を供給することができる。また,前記(2)で認定したとおり,被告C,被告B及び被告Aらは本件麺押機の販売を企図して被告システム・ワンを設立したものではなく,被告Bらと被告Aは別々に異なる事業を営んでいるのであるから,被告タニコーと被告Aの間に共同関係は存在しない。
そして,被告Bが被告タニコーを退職して,被告システム・ワンの代表取締役に就任した経緯は前記2(5)のとおりであり,被告Bの行為は不法行為を構成しないから,被告タニコーが使用者責任(民法715条1項)を負うこともない。
(5) 以上によれば,被告Aを除く被告らに対し不法行為を理由として損害賠償を求める原告の請求は,いずれも理由がない。
5 被告タニコーの200万円の返還義務(争点5)について (1) 「前提となる事実関係」(第2,1)の(3)イの事実,前記2(2)の事実及び証拠(甲1)を総合すれば,本件契約の21条には,被告タニコーは麺押機を原告が独占的に販売する権利を認め,原告は被告タニコーにその権利を行使する代償として200万円を支払う旨,この金額は「契約解除後」は返還しないものとする旨の記載があること,本件契約の締結交渉を行った被告A及び同Bは,この条項の意味を契約が終了した場合には理由のいかんを問わず200万円を返還しないという趣旨に理解していたことが認められる。
(2) そして,証拠(乙33,丁2,被告Bの尋問の結果)によれば,被告タニコーと日本セラテックスとの間の麺押機の独占販売契約においても本件契約の21条と同様の規定があること,この契約の交渉を担当した被告Bは200万円は契約終了後には返還されない性質の金員と認識していたこと,日本セラテックスはこの条項に基づき被告タニコーに200万円を支払ったが,上記契約が期間満了により終了した後も被告タニコーはこの200万円を返還せず,日本セラテックスも返還を求めなかったことが,それぞれ認められる。
(3) 上記認定の本件契約の契約書の文言,契約締結交渉を行った当事者の認識,従前の同種契約の経緯に加えて,本件契約は原告に麺押機の独占販売権を与える内容であり,その反面,被告タニコーは他の業者に麺押機を販売することができず,被告タニコーが本件契約により利益を得ることができるかは,原告が5条の買取台数を上回る麺押機をどれだけ販売できるかにかかっているという契約当事者の利益状況に照らせば,被告タニコーが他の業者に麺押機を販売することができないことの補償の趣旨で200万円の交付を受けることには,相応の合理性があると認められる。
(4) 以上の認定判断によれば,本件契約の21条にいう「契約解除後」という文言は「契約の終了後」という趣旨に理解するのが相当である。そして,前記4(3)で認定したとおり本件契約は期間満了により終了したものであるから,被告タニコーは上記条項に基づき,交付を受けた200万円の返還義務を負わないというべきである。
原告は,上記文言につき文字どおり「契約解除」の場合を指すものと主張するが,独占的販売権を与えることの補償という趣旨からすれば,契約解除による終了の場合とそれ以外の理由による終了の場合を区別する理由はないし,実質的にみても,本件においては原告の債務不履行が認められるのであって契約解除による終了の場合と同視できるから,いずれにしても被告タニコーには200万円を返還する義務はない。
6 結論 以上によれば,原告の本訴請求はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一