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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  技術的思想 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  共有 /  権利の濫用(権利濫用) /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 23830号 特許権侵害差止等請求事件
原告 アルプス交通株式会社
訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
同 鷹見雅和
補佐人弁理士 古澤俊明
被告 新潟通信機株式会社
訴訟代理人弁護士 安田有三
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/03/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,商品番号GPS-M2150,GPS-M2180,GPS-M2885,GPS-9350,GPS-9360,GPS-9370,GPS-9380,GPS-9450,GPS-9460,GPS-9470,GPS-9480,GPS-9885,GPS-9890,GPS-9895のGPS-AVMシステム(衛星電波による位置測定システムを利用した車両位置等自動表示システム)を製造・販売してはならない。
2 被告は原告に対し,2億2500万円及びこれに対する平成13年11月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
被告は,別紙型名変遷一覧表記載の商品番号5500,5700,7700等の合計33種のGPS-AVMシステム(以下,これらを併せて「被告製品」と総称する。)につき,かつて製造・販売し,あるいは現在製造・販売しているところ,原告は,被告製品が原告の有する特許権に係る特許発明技術的範囲に属し,これらの製造・販売が原告の特許権を侵害すると主張して,被告製品の製造・販売の差止め並びに損害賠償及び不当利得の返還を求めている。
これに対して被告は,被告製品は原告の特許発明技術的範囲に属さず,また,原告の特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから当該特許権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求は権利の濫用に当たり許されない,と反論して,原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いがない事実等(証拠により認定した事実については,末尾に 認定に用いた証拠を掲げた。)(1)原告の有する特許権 原告,アルプス自動車株式会社,松本通信特機有限会社及び株式会社ゼネラルは,次の特許権(以下「本件特許権」という。)の共有者である。
特許番号 第1539074号 発明の名称 無線タクシーの状況表示システム 出願日 昭和58年3月25日(特願昭58-49029) 公告日 平成元年4月13日(特公平1-19777) 登録日 平成2年1月16日(2)特許請求の範囲 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕を参照。)における特許請求の範囲のうち,請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「複数台の無線タクシーのそれぞれに,マイク,タクシーメータ,各種スイツチ,信号発生装置,無線機及びアンテナを搭載するとともに,一つの基地局にアンテナ,無線機,信号処理装置及びCRTデイスプレイを設け; 前記信号発生装置に,タクシー毎に異なる車番を予め設定しておき; 前記タクシーメータにより,その空車,賃走,回走等への操作に応じてそれぞれの状況を表す稼働状況信号を発生させ; 前記タクシーのマイクにより,そのプレス釦の操作に応じて通話状況信号を発生させ; 前記各種スイツチにより,その操作に応じてそれぞれの状況を表す状況信号を発生させ; これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ; このデイジタル信号の変調波を,前記タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信し; この送信された信号を,前記基地局のアンテナ及び無線機によつて受信し; この受信信号を前記信号処理装置により復調して信号処理し,各々の車番をそれぞれの状況に従つて前記CRTデイスプレイに色別に表示させることを特徴とする,無線タクシーの状況表示システム。」(3)特許請求の範囲の分説 本件特許発明の特許請求の範囲は,次のとおり分説することができる(以下,分説されたそれぞれを「構成要件A」などという。)。
A 複数台の無線タクシーのそれぞれに,マイク,タクシーメータ,各種スイツチ,信号発生装置,無線機及びアンテナを搭載するとともに,一つの基地局にアンテナ,無線機,信号処理装置及びCRTデイスプレイを設け, B 前記信号発生装置に,タクシー毎に異なる車番を予め設定しておき, C 前記タクシーメータにより,その空車,賃走,回走等への操作に応じてそれぞれの状況を表す稼働状況信号を発生させ, D 前記タクシーのマイクにより,そのプレス釦の操作に応じて通話状況信号を発生させ, E 前記各種スイツチにより,その操作に応じてそれぞれの状況を表す状況信号を発生させ, F これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ, G このデイジタル信号の変調波を,前記タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信し, H この送信された信号を,前記基地局のアンテナ及び無線機によつて受信し, I この受信信号を前記信号処理装置により復調して信号処理し,各々の車番をそれぞれの状況に従つて前記CRTデイスプレイに色別に表示させることを特徴とする, J 無線タクシーの状況表示システム。
(4)被告製品の構成 被告製品のうち,商品番号GPS-M2150,GPS-M2180,GPS-M2885,GPS-9350,GPS-9360,GPS-9370,GPS-9380,GPS-9450,GPS-9460,GPS-9470,GPS-9480,GPS-9885,GPS-9890,GPS-9895のGPS-AVMシステムの構成は,別紙「被告製品説明1」記載のとおりであり,その余のGPS-AVMシステムの構成は,別紙「被告製品説明2」記載のとおりである。
(5)被告の行為 被告は,被告製品のうち商品番号GPS-M2150,GPS-M2180,GPS-M2885,GPS-9350,GPS-9360,GPS-9370,GPS-9380,GPS-9450,GPS-9460,GPS-9470,GPS-9480,GPS-9885,GPS-9890,GPS-9895のGPS-AVMシステムについては,現在これを製造・販売しており,その余の被告製品については,かつて製造・販売していた。
2 本件における争点(1)被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属するか(争点1)(2)本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点2)(3)損害賠償の内容及び額(争点3) 3 争点に関する当事者の主張(1)争点1(被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属するか) 【原告の主張】 被告製品は,以下のア〜コのとおり,本件特許発明構成要件A〜Jをすべて充足するから,本件特許発明技術的範囲に属する。
構成要件Aの充足性 構成要件Aは,「複数台の無線タクシーのそれぞれに,マイク,タクシーメータ,各種スイツチ,信号発生装置,無線機及びアンテナを搭載するとともに,一つの基地局にアンテナ,無線機,信号処理装置及びCRTデイスプレイを設け,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,複数台の無線タクシーのそれぞれに,スピーカマイク18,タクシーメータ21,緊急スイッチ23及び状態表示器22,GPS無線機1のマイクロコンピュータ11,GPS無線機1の無線送受信部15及び無線アンテナ17を搭載するとともに,一つの基地局に送受信アンテナ,無線機,中央制御装置及びディスプレイを設けているものであるから,構成要件Aを充足する。
構成要件Bの充足性 構成要件Bは,「前記信号発生装置に,タクシー毎に異なる車番を予め設定しておき,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,GPS無線機1のマイクロコンピュータ11の記憶領域Mに無線機識別番号nを書き込むものであるから,構成要件Bを充足する。
構成要件Cの充足性 構成要件Cは,「前記タクシーメータにより,その空車,賃走,回走等への操作に応じてそれぞれの状況を表す稼働状況信号を発生させ,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,タクシーメータ21の各状態を示す実車,空車,支払,迎車の各位置の操作に応じて発生した信号に伴うデータがマイクロコンピュータ11の記憶領域Mにおけるタクシーメータ21に対応する記憶部M21に記憶されるものであるから,構成要件Cを充足する。
構成要件Dの充足性 構成要件Dは,「前記タクシーのマイクにより,そのプレス釦の操作に応じて通話状況信号を発生させ,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,タクシーのスピーカマイク18のオン/オフに応じて発生した信号に伴うデータがマイクロコンピュータ11の記憶領域Mにおけるスピーカマイク18に対応する記憶部M18に記憶されるものであるから,構成要件Dを充足する。
構成要件Eの充足性 構成要件Eは,「前記各種スイツチにより,その操作に応じてそれぞれの状況を表す状況信号を発生させ,」という文言であるが,被告製品には,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,緊急スイッチ23に加えて状態表示器22があり,この状態表示器22は,待機,休憩,食事などを選択するスイッチを有するから(甲5の最終頁の車載設備の中に,「了解/待機/休憩スイッチ」の記載がある。),本件特許発明の「各種スイツチ」に相当する。そして,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,これらのスイッチの操作に応じた状況を表す信号に伴うデータが,マイクロコンピュータ11の記憶領域Mにおける緊急スイッチ23に対応する記憶部M23及び状態表示器22に対応する記憶部M22に記憶されるものであるから,構成要件Eを充足する。
構成要件Fの充足性 構成要件Fは,「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,タクシーメータ21の各状態信号の発生,スピーカマイク18のオン/オフ信号の発生,緊急スイッチ23のオン/オフ信号の発生,状態表示器22の各スイッチによる各状態信号の発生があると,マイクロコンピュータ11が,無線機識別番号nとともにディジタル信号にして記憶領域MのM21,M18,M23,M22,Mnに書き込むものであるから,構成要件Fを充足する。
構成要件Gの充足性 構成要件Gは,「このデイジタル信号の変調波を,前記タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信し,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,マイクロコンピュータ11にて読み出されたディジタル信号のデータ変復調器14による変調波を,無線送受信部15及び無線アンテナ17により基地局へ向けて送信するものであるから,構成要件Gを充足する。
構成要件Hの充足性 構成要件Hは,「この送信された信号を,前記基地局のアンテナ及び無線機によつて受信し,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,タクシーから送信された信号を,基地局送受信アンテナ及び無線機で受信するものであるから,構成要件Hを充足する。
構成要件Iの充足性 構成要件Iは,「この受信信号を前記信号処理装置により復調して信号処理し,各々の車番をそれぞれの状況に従つて前記CRTデイスプレイに色別に表示させることを特徴とする,」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」及び証拠(甲4,8)によれば,基地局の無線機で受信した受信信号を中央制御装置の復調器とパソコンで復調して信号処理し,それぞれの車番をそれぞれの状況に従ってディスプレイに色別に表示させるものであるから,構成要件Iを充足する。
構成要件Jの充足性 構成要件Jは,「無線タクシーの状況表示システム」という文言であるが,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,「被告製品説明2」記載のとおり,複数のタクシーと一つの基地局とを具備し,タクシー無線とコンピュータを連動させ,基地局で各タクシーの刻々と変化する位置・状況を表示するシステムであるから,構成要件Jを充足する。
【被告の主張(反論)】 被告製品は,以下のア〜カのとおり,本件特許発明構成要件A〜Jをいずれも充足せず,本件特許発明技術的範囲に属さない。
構成要件Fの充足性(ディジタル信号の不発生) 構成要件Fは,「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ,」という文言であるところ,これらの状況信号のいずれかとは,稼働状況信号,通話状況信号又はスイッチの状況信号(構成要件C〜E)のいずれかである。これらの各状況信号は,タクシーメータの操作,マイクのプレス釦の操作,各種スイッチの操作に応じてそれぞれ発生する。また,信号発生装置に予め車番を設定する(構成要件B)。そして,上記の各状況信号が発生したとき,信号発生装置は,それぞれの状況と車番を表す信号を所定の符号形式のディジタル信号で発生させる(構成要件F)。
しかるに,被告製品においては,タクシーメータ21,状態表示器22,スピーカマイク18又は緊急スイッチ23の各操作の状況が発生すると,記憶部M21,記憶部M22,記憶部M18,記憶部M23が,それぞれ各操作に対応するデータとなる。しかし,マイクロコンピュータ11からは,何らの信号も発生されない(別紙「被告製品説明1」の1(3)〜(6)。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。つまり,上記各操作の状況が発生しても,同コンピュータ11は,それぞれの状況及び車番を表すディジタル信号を発生させないのである。また,マイクロコンピュータへの書き込みをもって,同コンピュータから発生する出力とすることは,技術常識に反する。したがって,マイクロコンピュータ11を本件特許発明の「信号発生装置」に当たると考えたとしても,被告製品は「デイジタル信号で発生させ」るものではないから,本件特許発明構成要件Fを充足しない。
原告は,被告製品のマイクロコンピュータ11の記憶領域に記憶されているデジタルデータをもって「デイジタル信号」に当たると主張するようであるが,記憶領域に記憶されているデータを「デイジタル信号」ということは文言上できない。
構成要件F〜Iの充足性(時系列処理方式,1状況内単1操作表示方式) 本件特許発明は,構成要件Fの前段にいうような「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき」に,構成要件Fの後段にいうように「前記信号発生装置によりそれぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号を発生」させ,構成要件G〜Iにいうように同信号の変調波を基地局へ向けて送信し,基地局で受信し,受信信号を処理するものである。つまり,本件特許発明においては,各操作による各状況信号の発生と,信号発生装置からのディジタル信号の発生,変調,送信,基地局での受信,復調,信号処理が一体としてまとまって行われるものである(時系列処理方式)。
これに対し,被告製品においては,各操作がなされると,記憶領域Mが各操作に対応する各データとなる(別紙「被告製品説明1」の1(3)〜(6)。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。しかし,各操作がなされてもタクシー内でのディジタル信号の発生はないから,本件特許発明構成要件F〜Iに定めるような一体としてまとまった処理は行われない。また,例えば,タクシーメータ21でみると,@実車,次にA空車となり,この時点で基地局からのポーリング(信号)があると,基地局ではA空車の信号処理をするだけであり,@実車の信号処理をすることはできない。同様に,@実車,A空車,次にB迎車となり,この時点で基地局からのポーリング(信号)があると,基地局ではB迎車の信号処理をするだけであり,@実車及びA空車の信号処理はなされない。つまり,被告製品においては,各状況信号の発生と基地局での信号処理とは1対1に対応していない。したがって,被告製品は,構成要件F〜Iに定めた処理方式(時系列処理方式)に該当しないから,同構成要件を充足しない。
また,本件特許発明構成要件F〜Iは,タクシーメータ,マイクのプレス釦又は各種スイッチのいずれか1機器の1操作ごとに,同操作の1状況信号が発生し,上記の処理が行われるものである(1状況内単1操作表示方式)。しかし,被告製品においては,タクシーメータ21,状態表示器22,スピーカマイク18及び緊急スイッチ23のいずれか1機器の各1操作ごとに信号処理がなされることはなく,記憶領域Mに記憶されている上記4機器の各状況のすべてのデータが同時に基地局に送信され,こうしたすべての状況を同時に画面に表示する多状況複数操作表示方式である(別紙「被告製品説明1」の2(3)〜(7)。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。したがって,この点からみても,被告製品は,構成要件F〜Iを充足しない。
構成要件D,Eの充足性(半自動AVMシステム) 本件特許権の出願日(昭和58年3月25日)当時,既に各種のAVMシステムが知られていた(乙1,2)。その中で,本件特許発明は,車両位置確認について,通話状況(通話可能)を自動表示させる(構成要件D,プレス釦の操作)という状況下での通話方式,又は半自動方式(構成要件E,各種スイッチの操作)を採用したものと考えられる。しかるに,被告製品の車両位置確認は,上記各種AVMシステム(乙1,2)とは全く異なり,本件特許権の出願日当時において知られていなかったGPS-AVMシステムを採用し,本件特許発明に比べて顕著な効果を奏するものである(別紙「被告製品説明1」の1(2)及び3(2)〜(4)。
別紙「被告製品説明2」も,3(4)に代えて3(4’)となることを除いて同様である。)。したがって,被告製品は,構成要件D,Eを充足しない。
構成要件E,Iの充足性(各種スイッチの操作) 構成要件E,Iの「各種スイツチ」には,少なくとも電源スイッチが含まれる。しかし,被告製品においては,電源スイッチのオン/オフに対応した色別表示はしない(別紙「被告製品説明1」の3(6)。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。したがって,被告製品は,構成要件E,Iの「各種スイッチの操作による車番色別表示」の文言を充足しない。
構成要件A〜Jの充足性(任意発呼方式) 構成要件A〜Jは,本件特許権の出願日(昭和58年3月25日)において知られていたAVMシステム(乙1,2)のうち,「車両側で例えば活動状況の変更ごとに乗務員が手動により,定められたボタンを押して,車両側から運用管理センタに情報を送り運用管理センタでは必要な処理や表示を行う方式」,すなわちいわゆる任意発呼方式を定めたものであり,これは本件特許発明の基本的な技術思想である。しかし,被告製品は,任意発呼方式とは異なり,基地局から情報収集指令信号をタクシーに発し,各タクシーの状況を把握する,ポーリング方式である(別紙「被告製品説明1」の2。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。したがって,被告製品は,本件特許発明構成要件A〜Jを充足しない。
原告は,被告製品は任意発呼方式をとることも可能である,と反論する。しかし,被告製品が任意発呼方式をとることができるのは,基地局が移動局による送信可能という条件を設定したときに限られ,かつ,基地局からいつでも遮断できるものであるので,被告製品が上記のような意味で任意発呼方式をとることができるわけではない。
構成要件A,Bの充足性(信号発生装置への車番の設定) 構成要件A,Bは,車番の識別のため信号発生装置を利用し,同装置に車番を予め設定したものである。しかし,被告製品においては,GPS無線機1に無線機識別番号nを定め,基地局において,同識別番号及び利用している周波数帯域から車番iを算出している(別紙「被告製品説明1」の1(7),3(1)。別紙「被告製品説明2」も同様である。)。したがって,被告製品は,構成要件A,Bの「信号発生装置に車番を予め設定」の文言を充足しない。
【原告の再反論】 ア 構成要件Fの充足性(ディジタル信号の不発生) 被告は,被告製品は構成要件Fを充足しない,と主張する。しかし,被告製品は,別紙「被告製品説明1」,同「被告製品説明2」に記載のとおり,マイクロコンピュータ11にて読み出されたディジタル信号のデータ変復調器14による変調波(直列アナログ信号)を,無線送受信部15及びアンテナ17により基地局へ向けて送信する,というものである。被告製品のこうした構成は,構成要件Fにいう「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のディジタル信号で発生させる」そのものである。
構成要件F〜Iの充足性(時系列処理方式,1状況内単1操作表示方式) 被告は,本件特許発明構成要件F〜Iは,時系列処理方式,1状況内単1操作表示方式を定めているのに対し,被告製品は同時並列処理方式をとっているとの主張をする。しかし,本件特許発明構成要件F〜Iは,そのような方式に限定されるものではない。たとえ本件特許発明実施例が,1状況ごとにその情報を基地局に送信するものであるとしても,特許請求の範囲の文言をそのような実施例に限定解釈すべきではない。
構成要件D,Eの充足性(半自動AVMシステム) 被告は,本件特許発明構成要件D,Eは半自動AVMシステムを採用したものであるのに対し,被告製品がGPS-AVMシステムを採用している,との主張をする。しかし,本件特許発明構成要件D,Eは,被告の主張するようなAVMシステムのみに限定したものではない。しかも,被告製品が本件特許発明のすべての構成要件をそっくりそのまま具備した上で「GPS-AVMシステム」を採用するものであったとしても,本件特許発明技術的範囲に含まれることに変わりはない。
構成要件E,Iの充足性(各種スイッチの操作) 被告は,被告製品の緊急スイッチ23は本件特許発明の「各種スイツチ」に含まれるところ,被告製品は緊急スイッチについて色別表示をしていない,と主張する。しかし,本件特許発明構成要件E,Iにおいては,各種スイッチとして特定のスイッチを挙げているものではない。そして,本件特許発明実施例に記載のあるすべてのスイッチが色別表示されていなければ,構成要件E,Iの文言を充足しない,とすることはできない。
構成要件A〜Jの充足性(任意発呼方式) 被告は,本件特許発明はいわゆる任意発呼方式をとっており,被告製品はいわゆるポーリング方式をとっている,と主張する。しかし,本件特許発明構成要件A〜Jは,任意発呼方式であるか,ポーリング方式であるかを一切限定していないから,こうした方式の違いを理由に被告製品が本件特許発明技術的範囲に含まれないということはできない。
構成要件A,Bの充足性(信号発生装置への車番の設定) 被告は,被告製品は,その無線機の特定された識別番号が車番に相当するとしても,車番は基地局で算出するものであるから,車番をタクシー側装置に予め設定することはなく,構成要件A,Bを充足しない,と主張する。しかし,本件特許発明構成要件A,Bにいう「車番」は,1号車,2号車…というようなタクシーに付されたタクシー番号であり,タクシーから発信されるタクシーごとに異なる無線信号を区別するものであるところ,被告製品における無線機識別番号も,タクシーごとに搭載されている無線機識別番号であれ,当該タクシーを特定するものであり,車番であることに変わりはない。
(2)争点2(本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求は権利の濫用に当たり許されないか) 【被告の主張】 本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求は権利の濫用に当たり許されない。
ア 刊行物に記載された発明について (ア)本件特許発明は,以下のとおり,その特許出願前に日本国内において頒布された次の@,Aの刊行物に記載された発明と同一であるか,同発明に基づいて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項3号,2項,123条1項2号に該当し,無効理由が存在することが明らかである。
@ 「AVMシステムについて」(乙2;昭和55年11月,社団法人日本電子機械工業会作成) A 「車両位置等自動表示(AVM)システムについて」(乙1;昭和55年10月1日発行の「電波時報」第5号所収,郵政省電波監理局無線通信部陸上課作成) (イ)上記(ア)@,Aの刊行物に記載された発明(以下「被告引用技術」という。)の内容は,以下のとおりである。
@ 産業上の利用分野 無線タクシーの状況表示システム A 従来技術の欠点ないし解決すべき課題 各タクシーの車番,位置及び変更ごとの活動状況を基地局で常時把握する表示システムを提供すること。
B 上記課題を解決するための構成 a 各タクシーの車番,位置及び活動状況を示すディジタル信号(例としてNRZ等長符号方式)を変調して音声通話用電波で基地局(管理センター)に送信する。
b 上記送信のため,既存設備に加えタクシー内付属装置として信号付加装置を設ける。
c 車番は乗務員の操作によって変動してはならないから,固定番号として信号付加装置に付与する。また,活動状況は乗務員の操作によって変動するから,その操作に対応する信号を同装置に付与する。
d 車番,位置信号及び活動状況を示す信号の送信方式として分散送信方式,分散受信方式及び半自動方式が採用できる。
e 基地局で各タクシーの状況を把握するため,各タクシー乗務員の操作で基地局に送信する任意発呼方式及び基地局から各タクシーへの指令信号によって基地局が収集するポーリング方式がある。
f 基地局には,既存の無線設備のほかに情報処理装置として指令卓,中央処理装置,表示盤(ディスプレイ)等を設ける。この情報処理装置はディジタル処理装置であり,送られてきた車番と活動状況等を示す電波を復調してディジタル信号とし,同信号を処理する。
g 基地局の上記情報処理装置は表示盤に各タクシーの車番と位置及び活動状況を識別表示する。
C 効果 各タクシー(車番)の位置及び活動状況を基地局の表示盤に常時表示することが可能となり,効率的に配車業務を行うことができ,また,事故(緊急事態)が生じたときは早期に対策できる。
イ 本件特許発明と被告引用技術との対比について (ア)本件特許発明と被告引用技術との一致点 @ 本件特許発明の,産業上の利用分野(本件公報2欄20行〜22行),従来技術の課題(本件公報2欄23行〜3欄15行)及び効果(本件公報6欄18行〜23行)は,いずれも,被告引用技術と同一である。
A 本件特許発明を,被告引用技術の構成と対比すると,以下のとおりである。
a 構成要件Aとの対比 被告引用技術における各タクシーの信号付加装置,基地局の指令卓,中央処理装置及び表示盤(ディスプレイ)は,本件特許発明構成要件Aにおける無線タクシーの「信号発生装置」,基地局の「信号処理装置」,「CRTデイスプレイ」(CRTとは,「カソード・レイ・チューブ」のことであり,テレビなどのブラウン管のことである。)にそれぞれ相当する。その他,同構成要件Aにおける無線タクシーの「マイク」,「タクシーメータ」,「各種スイツチ」,「無線機」及び「アンテナ」並びに基地局の「アンテナ」及び「無線機」は,無線機タクシーの分野では周知な技術である。
b 構成要件Bとの対比 被告引用技術においては,車番は固定番号として信号付加装置に付与されるものであるが(構成c),これは本件特許発明構成要件Bと同一である。
c 構成要件C〜Hとの対比 被告引用技術においては,基地局で各タクシーの状況を把握するため,各タクシー乗務員の操作で基地局に送信する任意発呼方式を採用できるが(構成e),これは本件特許発明構成要件C〜Hにおける,乗務員によるタクシーメータ,マイク及び各種スイッチの操作によってその操作に対応した状況信号を発生させ,同状況信号を車番信号とともに,無線機及びアンテナにより基地局に送信して基地局で受信すること,上記送信に当たり,タクシーからディジタル信号(具体的には,NRZ等長符号など。本件公報4欄29行〜33行を参照。)の変調波を基地局に送り,基地局で受信して復調し信号処理装置で処理して表示盤に各状況を表示するなど信号処理すること,と同一である。
d 構成要件Iとの対比 被告引用技術においては,基地局の情報処理装置は表示盤に各タクシーの車番と位置及び活動状況を識別表示する(構成g)が,これは本件特許発明構成要件Iにおける,基地局表示盤上に受信した各タクシーの車番とその状況を対応させて識別表示すること,と同一である。
(イ)本件特許発明と被告引用技術との間の相違点 しかし,被告引用技術においては,本件特許発明構成要件Iに,車番を「色別に表示させる」と記載されている構成が明確に示されていない。
(ウ)本件特許発明と被告引用技術との間の相違点の検討 そこで,車番を「色別に表示させる」という構成について検討する。
色別表示は,文字表示と比較して識別がはるかに容易であり,文字表示が行われるようになる前から存在する方法であると推測され,古くから今日まで多用されている周知な技術である。そして,カラー表示盤(カラーテレビ用ブラウン管など)は,昭和39年の東京オリンピック開催時におけるカラーテレビ放送を嚆矢として,本件特許権の特許出願前から普及している。その具体例としては,年末のテレビ番組「紅白歌合戦」における各組の表示板(紅組,白組),学校の運動会における各組の表示板(赤組,白組,青組,紫組等),交通信号の標識(赤,橙,青),駅構内での交通機関の識別表示板(丸の内線・赤,銀座線・橙,千代田線・緑等)などを挙げることができる。
以上によれば,上記イ(イ)記載の相違点は,当業者が被告引用技術に基づいて容易に推考をすることができた事項である。
【原告の主張(反論)】 ア 本件特許発明には,無効理由が存在することが明らかとはいえないから,本件特許権に基づく差止め並びに損害賠償及び不当利得返還の請求が権利の濫用に当たるとはいえない。
まず,被告は,本件特許権の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物(乙1,2)に記載された発明(被告引用技術)があると主張する。しかし,乙1,2には,発行日らしき記載はあるものの,明確な発行日,発行者等の記載がないから,本件特許権の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物といえるか不明である。
また,仮に乙1,2が「刊行物」といえるとしても,本件特許発明は,被告が主張する被告引用技術と同一でなく,その特許出願前に当業者が被告引用技術に基づいて容易に発明をすることができた発明ということもできない。なぜなら,本件特許発明において,その特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分といえる点は,すべてのタクシーの車番を,その変化する状況に従って色別に表示することにあるのに,被告引用技術においては,色別に表示することの技術は全く開示されていないばかりか,それを示唆する構成,作用効果等の記載もないからである。
イ 本件特許発明と被告引用技術との対比について (ア)構成要件Aとの対比 被告引用技術における,タクシーの信号付加装置並びに基地局の中央処理装置及び表示盤は,以下の@〜Bの理由により,本件特許発明構成要件Aにおける無線タクシーの「信号発生装置」並びに基地局の「信号処理装置」及び「CRTデイスプレイ」に相当しない。
@ 構成要件Aにおける無線タクシーの「信号発生装置」は,構成要件Fの文言からも明らかなように,稼働状況信号,通話状況信号,各種スイッチの状況信号のいずれかが発生したとき,それぞれの状況及び車番を表す信号をディジタル信号で発生させるものである。しかるに,被告引用技術における,タクシーの信号付加装置は,無線機や位置信号受信装置の状態の表示及びコントロールを行ったり(分散送信方式),車両番号や車両の状況を分散配置された受信設備へ電波で送ったり(分散受信方式),地区番号及び活動状況などをセットし無線機をコントロールしたりする(半自動方式)にとどまり,構成要件Aにおける「信号発生装置」のように,稼働状況信号,通話状況信号,各種スイッチの状況信号という具体的状況信号が発生したとき,それに対応してそれぞれの状況及び車番を表す信号をディジタル信号で発生させるものではなく,これらの具体的機能を示唆する記載もないのである。
A 構成要件Aにおける基地局の「信号処理装置」は,構成要件Iの文言からも明らかなように,状況信号及び車番信号を処理し,それぞれの車番をそれぞれの状況に従って色別に表示するための信号を発生するものである。しかるに,被告引用技術における,基地局の中央処理装置は,どのような機能を有するものかについて具体的構成が明らかでなく,しかも,状況信号及び車番信号を処理し,それぞれの車番をそれぞれの状況に従って色別に表示するための信号を発生するものでもない。
B 構成要件Aにおける基地局の「CRTデイスプレイ」は,カラーディスプレイであるが,被告引用技術における,基地局の表示盤は,カラーディスプレイかどうかは明らかでない。
(イ)構成要件Bとの対比 被告引用技術においては,本件特許発明構成要件Bの,「前記信号発生装置に,タクシー毎に異なる車番を予め設定しておき;」という構成が,何ら開示されていない。
(ウ)構成要件C〜Hとの対比 被告引用技術においては,乙2の10頁に「車両側で任意に(または一定時間ごと,一定走行距離ごと,活動状況の変更ごと等)乗務員が手動により,定められたボタンを押して,車両側から運用管理センタに情報を送り運用管理センタでは必要な処理や表示を行う方式があります(任意発信方式といいます)。」との記載があるにとどまり,本件特許発明構成要件C〜Hにおいて開示されているような,車番及び活動状況を示すディジタル信号を変調して基地局に送信することは記載されておらず,どのような釦を押すとどのような処理が行われてどのような信号が出力するか,についての具体的な構成も示されていない。
(エ)構成要件Iとの対比 被告引用技術においては,本件特許発明構成要件Iにおける「各々の車番をそれぞれの状況に従って色別に表示させる」という構成がとられていない。
すなわち,本件特許発明構成要件Iは,すべてのタクシーの車番を,変化する状況に従って色別に表示するという構成をとることを示したものであるが,これによって,常時,運行中のタクシーのみならず,閉局しているタクシーも含めた全車の状況を把握することができ,効率的に配車業務を行うことができる。つまり,タクシーの状況は,数種類から多くて10種類程度であるので,これらを色別表示すれば,白黒だけで表示した場合に比較して,一目で全体の状況が把握することができ,所期の目的が達成できる。しかるに,被告引用技術においては,色別に表示させるという構成がとられていないので,このような作用効果は奏し得ない。
被告は,色別表示は,文字表示と比較して識別がはるかに容易であり,文字表示が行われるようになる前から存在する方法であると推測され,古くから今日まで多用されている周知な技術である,と主張する。しかし,仮に本件特許発明において,構成要件Iにおける「色別に表示させる」という構成以外のすべての構成が公知であったとしても,そうした被告引用技術において「色別に表示させる」という構成をとるという技術的思想は新規であり,進歩性も否定されないと考えられる。
(3)争点3(損害賠償の内容及び額) 【原告の主張】 ア 被告製品は,上記に主張したように,本件特許発明技術的範囲に属するところ,被告は,かような被告製品を,平成4年から今日(提訴時)に至るまでの間,基地局につき180局分,移動局(タクシー)につき9000局分を製造・販売した。そして,その販売合計額は30億円を下らないところ,本件特許発明実施料率としては,10パーセントが相当であるから,本件特許権者が,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる額は,3億円であるというべきである(特許法102条3項)。
イ 他の共有者の有する各請求権の承継(甲9,10の各1,2) (ア)本件特許権につき,原告,アルプス自動車株式会社及び松本通信特機有限会社は,それぞれ4分の1の共有持分を有する(甲1)。
(イ)アルプス自動車株式会社は,原告に対し,本件特許権(共有持分4分の1)に基づいて被告に対して有する,自己の持分に応じた過去分及び将来分の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を譲渡し,被告に対し,上記譲渡をした旨を通知した(甲9の1,2)。
同様に,松本通信特機有限会社は,原告に対し,本件特許権(共有持分4分の1)に基づいて被告に対して有する,自己の持分に応じた過去分及び将来分の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を譲渡し,被告に対し,上記譲渡をした旨を通知した(甲10の1,2)。
ウ したがって,原告は,不当利得の返還又は不法行為による損害賠償の請求として,被告に対し,上記アに記載した3億円の4分の3に相当する額である2億2500万円の支払及び遅延損害金の支払を求めることができる。原告は,この2億2500万円のうち,提訴日の3年前の日から提訴日までの間に被告製品が製造・販売されたことにより被った損害,損失分については,主位的に不法行為による損害賠償,予備的に不当利得の返還を請求し,平成4年から提訴日の3年前の日までの間に被告製品が製造・販売されたことにより被った損失分については,不当利得の返還を請求する。
【被告の主張】 原告の上記主張のうち,イ(ア)については争うことを明らかにはせず,その余については否認し,争う。
当裁判所の判断
1 当裁判所は,被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属さず,しかも,本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め並びに不当利得返還及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されない,と判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2 争点1(被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属するか)について(1)構成要件Fの充足性について判断する。
ア 本件特許発明構成要件Fにおいては,「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ;」と記載されている。そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,以下のとおり記載されていることが認められる。
(ア)「本発明は,無線タクシーの配車業務を効率的に行うことのできる無線タクシーの状況表示システムに関する。」(本件公報2欄20行〜22行) (イ)「従来,無線タクシーの配車業務は,基地局通信所から所定区域内に散在する複数台のタクシーに対して音声による呼出しを行い,空車からの音声による応答に基づいて配車の指示を行っていた。この場合,複数台の空車から同時に応答があると,基地局にいる配車係員は複数の車番を聞き分けなければならず,その数が多くなると車番を正しく聞きとることが難しかった。また,一般に,無線タクシーは,空車,賃送,支払,回送,閉局,割増のいずれかの状況にあるが,タクシーと基地局との間を音声だけで交信する場合,比較的短い時間間隔で変化する各タクシーの状況を常時把握することはほとんど不可能であった。更に,緊急事態が発生したときなどには,音声による連絡ができないことがあり,基地局でその状況を察知することができないようなこともあった。本発明は,このような無線タクシーの配車業務の実情に鑑みてなされたものであって,その目的は,一つの基地局において所定区域内のすべてのタクシーの状況を常時把握することができ,それによって配車業務を効率的に行うことのできる,無線タクシーの状況表示システムを提供することにある。」(本件公報2欄23行〜3欄22行)。
(ウ)「この目的を達成するため,本発明では,各タクシーに信号発生装置を設け,その稼働状況等が変化する度にそれぞれの状況と車番とを表すディジタル信号を発生させ,その信号を基地局で受信して,基地局の信号処理装置により処理し,その車番をそれぞれの状況に従って色別にCRTディスプレイに表示させるようにしている。」(本件公報3欄23行〜3欄29行) (エ)「本発明によれば,基地局のCRTディスプレイに,すべての車番が変化する状況に従って色別に表示されるので,基地局にいる配車係員は,常時全車の状況を把握することができ,効率的に配車業務を行うことができる。」(本件公報6欄18行〜23行) イ また,証拠(乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,無線タクシーの状況表示システムにつき,本件特許権の特許出願(昭和58年3月25日)前において,以下の2つの方式(又はその組合せ)が存在していたと認められる。
(ア)ポーリング方式。この方式は,音声通話の合間に車両に対し,運用管理センタから情報収集のための信号を音声通話用の電波を利用して送るものである。そして,車両側では,この電波を受信するとあらかじめ定められた方法で車両側が記憶している車両番号,車両の位置や活動状況を運用管理センタに送り返し,運用管理センタでは必要な処理や表示を行う。
(イ)任意発信方式。この方式は,車両側で任意に(または一定時間ごと,一定走行距離ごと,活動状況の変更ごとなどに),乗務員が手動により,定められたボタンを押して,車両側から運用管理センタに情報を送り,運用管理センタでは必要な処理や表示を行う。
ウ 上記によれば,本件特許発明は,従来,基地局からの音声による呼出しにより行われていた無線タクシーの配車業務について,複数のタクシーから回答があった場合は聞き分けるのが難しかったこと,音声という手段だけで短時間で変化するタクシーの状況を常時把握することが困難であったこと,緊急事態が発生したときなど音声による連絡が不可能な場合があったこと,などの技術的課題に鑑みて,各タクシーに信号発生装置を設け,その稼働状況等が変化する度にそれぞれの状況と車番とを表すディジタル信号を発生させ,その信号を基地局で処理し,タクシーの車番を状況別に色別表示するという手段をとることによって,上記の技術的課題を解決し,これにより,基地局にいる配車係員が常時全車の状況を把握することができ,効率的に配車業務を行うことができるという目的を達成することとしたものである。このように,本件特許発明は,タクシーの状況を常時把握しようとするものであり,また,上記に記載した本件明細書の「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」には,上記イ(イ)に記載した任意発信方式に整合する記載があることが認められる。ところで,本件特許権の特許出願(昭和58年3月25日)前において,無線タクシーの状況表示システムとして,すでに,同任意発信方式とともに,上記イ(ア)に記載したポーリング方式が公知であったものであるが,本件明細書の「特許請求の範囲」欄,「発明の詳細な説明」欄のいずれにおいても,ポーリング方式を前提とする記載やこれを示唆する記載は何ら存しない。
構成要件Fの「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させ;」の意義は,上記の事情に加えて,当該構成要件の文言に照らしても,状況信号が発生されたときには,これを原因として,必ずそれに対応する信号を発生させ,基地局に送信することにより,基地局にいる配車係員が常時全車の状況を把握することができるようにしたことを意味するものであって,状況信号のいずれかが発生されたときにそれぞれの状況及び車番を表す信号が発生されない場合があることを含んでいないと解するのが相当である。
エ 他方,被告製品は,別紙「被告製品説明1」の「2 基地局からのポーリング」(別紙「被告製品説明2」も同様である。)に記載するように,基地局側で収集指令信号を発生させ,タクシー側に送信し,タクシー側のマイクロコンピュータ11が,記憶部にあるデジタルデータを読み取って基地局に送信するものである。
この方式の場合には,基地局側において収集指令信号が発生されたときとその次に収集指令信号が発生されたときの間に,状況の変化が連続して生じたときには,収集指令信号間に生じた状況変化について送信されないものがあり得ることになる。
また,被告製品においては,基地局側の収集指令信号によってではなく,各タクシーの乗務員の送信指令によって,マイクロコンピュータ11が各記憶部にある全部のデジタルデータを同時にアナログ信号に変調等して基地局に送信することもできる。この場合も,各タクシーの乗務員の送信指令がなされたときとその次に送信指令がなされたときとの間に,状況の変化が連続して生じたときには,収集指令信号間に生じた状況変化について送信されないものがあり得ることになる。
そうすると,被告製品においては,各タクシー側において状況信号のいずれかが発生されたときであっても,必ずしもそれぞれの状況及び車番を表す信号を発生させるものではなく,基地局の収集指令信号と次の収集指令信号の間又は各タクシーの乗務員の送信指令と次の送信指令の間に状況の変化があった場合であっても,それぞれの変化前の状況について同信号が発生されないことがあり得るのである。したがって,被告製品においては,状況信号が発生されたときには,これを原因として,必ずそれに対応する信号を発生させ,基地局に送信するものに該当するということはできないから,構成要件Fを充足しないといわざるを得ない。
原告は,被告製品は,各状態信号の発生があると,マイクロコンピュータ11が,無線機識別番号nとともにディジタル信号にして記憶領域MのM21,M18,M23,M22,Mnに書き込むものであり,こうした構成は構成要件Fを充足すると主張するが,上記の構成要件Fの解釈に照らし,そのような構成をもって同構成要件を充足するということはできない。また,原告は,被告製品は,マイクロコンピュータ11にて読み出されたディジタル信号のデータ変復調器14による変調波(直列アナログ信号)を,無線送受信部15及びアンテナ17により基地局へ向けて送信する,というものであり,被告製品のこうした構成は,構成要件Fにいう「これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のデイジタル信号で発生させる」そのものである,とも主張する。しかし,被告製品が原告の主張するような構成をとっていることは事実としても,被告製品において,状況信号が発生されたときには,これを原因として,必ずそれに対応する信号を発生させ,基地局に送信する構成となっていないこともまた上記に認定したとおりであって,このような被告製品が,構成要件Fの文言を充足しないことは,上述したとおりである。したがって,原告の主張は,採用できない。
(2)以上によれば,被告製品は,いずれも,構成要件Fを充足しないから,その余の構成要件の充足性につき検討するまでもなく,本件特許発明技術的範囲に属さないというべきである。
3 争点2(本件特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め並びに不当利得及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されないか)について 上記2において検討した結果によれば,被告製品は本件特許発明技術的範囲に属さず,その製造・販売は本件特許権を侵害するものではないから,原告の本訴各請求はいずれもすでに理由がないが,なお念のため,争点2についても判断すると,以下のとおりである。
(1)特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第3小法廷判決・民集54巻4号1368頁)。
そこで,以下では,本件特許発明につき無効理由の有無を検討する。
(2)証拠(乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,「AVMシステムについて」と題する論稿は,昭和55年11月に社団法人日本電子機械工業会が編纂したものであること,その「はじめに」の欄(1頁)に,「日本電子機械工業会としても,郵政当局の処理方針に沿って,…本書を編纂した次第であります。この資料では,AVMシステムとはどういうものであるかを解説し,…今迄に多くの方々から頂いた御質問にお答えするよう質疑応答の形式でまとめました。十分御活用頂きたいと存じます。」と,その「おわりに」の欄(17頁)に,「…十分御検討を頂きたく思います。…電波時報80-No.5「車両位置等自動表示(AVM)システムについて」(郵政省電波監理局無線通信部陸上課)を参照させて頂きました…」と記載され,その24頁にはメモ書き用の用紙まで付いていることが,それぞれ認められる。これらからすれば,上記「AVMシステムについて」は,公益法人が編纂した論稿であって,その記載内容からみて単なる内部文書ではなく,関係する業界に属する者に広くAVMシステムについての知識を普及させるための文書であるといえるから,本件特許権の特許出願(昭和58年3月25日)前において,公衆に対し頒布により公開することを目的として作成された文書であると認めることができ,特許法29条1項3号にいう「特許出願前に日本国内において,頒布された刊行物」に該当するというべきである。原告は,乙2には,発行日らしき記載はあるものの,明確な発行日,発行者等の記載がないから,本件特許権の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物といえるか不明である,と主張するが,上記に照らし,採用できない。
(3)証拠(乙2)によれば,上記刊行物には,以下の@〜Fのような記載がされ,別紙「本件刊行物記載発明図」のとおりの図が記載されている(以下,上記刊行物にこのように記載されている発明を,「本件刊行物記載発明」という。)。
@ 「“車両と無線”は効果のある業務手段の一つとして各分野で利用され…ています。しかしその利用形態は,車両と運用管理センタの間の音声通話による指示連絡であるため,種々の改善すべき問題点が残されています。」 「AVMシステムは,…“車両と無線”の運用効率を高めるため開発されたもので,都市内を運行活動している車両の位置と活動状況などを運用管理センタで自動的に把握して,効果的な指令通話を行(う)ことを目的にしています。」(以上,4頁) A 「AVMシステムには分散送信方式,分散受信方式,半自動方式の3方式がありますが,いづれの方式の場合でも運用管理センタにおいては,車両(何号車)ごとの現在位置(どこにいるか),活動状況(動態すなわち,タクシーの場合は空車か実車か等)を常時把握することができ,また今迄の無線機と同様に,音声による相互の連絡もできることです。」(6頁) B 「AVMシステム(車両位置等自動表示システム:Automatic Vehicle Monitoring System)とは電波を利用して,運行中の車両の位置や活動状況(実車,空車または作業中等)を自動的に運用管理センタに収集し,これらを運用管理センタ内において常時把握できるシステムです。」 「『分散送信方式』 この方式は,車両の位置や活動状況を知る必要のある地域内の必要場所に,それぞれの位置信号を電波で常時発射している無線局(サインポストの無線局といいます)を分散配置します。車両が,あるサインポストのそばを通過する際,この電波を受信し,その位置信号を記憶しますが,走行により別のサインポストのそばにくると,すでに記憶している位置信号は,新しい位置信号に自動的に更新されます。この最新の位置信号に車両番号や車両の活動状況等の情報を加えて,音声通話用の電波により運用管理センタに送る方式です。」 「『分散受信方式』 …車両からは,その車両番号や車両の活動状況が音声通話用の電波により発射され,近くにある受信設備は,その電波を受信すると有線により運用管理センタに送られます。」 「『半自動方式』 …各車両には,地区番号別及び活動状況別の押ボタンを有した装置が装備され,乗務員は,車両の現在位置を確認の上,現在位置の地区番号ボタンおよび現況に応じた活動状況ボタンを押すことにより活動状況がセットされます。これに車両番号を加えて音声通話用の電波により運用管理センタに送る方式です。」(以上,8頁) C 「車両の位置や活動状況等の情報は音声通話用の電波で運用管理センタに集めます…車両側で任意に(または一定時間ごと,一定走行距離ごと,活動状況の変更ごと等)乗務員が手動により,定められたボタンを押して,車両側から運用管理センタに情報を送り返し,運用管理センタでは必要な処理や表示を行う方式があります(任意発信方式といいます)。」(10頁) D 「『陸上運輸業務でのAVMシステム適用例』 陸上運輸業務は…タクシー…等があります。タクシー事業…(に)AVMシステムを導入することにより,運用管理センタに○○方面の空車は○号車と×号車という表示ができます」(12頁) E 「利用者側で用意する設備としては運用管理センタ関係と車両関係がありますが,まず運用管理センタ関係では,基地局無線機(既設無線機があればそれを利用します)のほかに,附属装置として指令卓,中央処理装置,表示盤等が必要となります。車両関係では,車載無線機(既設無線機があれば,それを利用します)のほかに,附属装置として, (1) 分散送信方式の場合:サインポスト電波の受信と情報の処理を行う『位置信号受信装置』及び無線機や位置信号受信装置の状態の表示及びコントロールを行う『信号附加装置』が必要です。
(2) 分散受信方式の場合:車両番号や車両の状況を分散配置された受信設備へ電波で送る『信号附加装置』が必要です。
(3) 半自動方式の場合:地区番号及び活動状況等をセットしたり無線機をコントロールする『信号附加装置』が必要です。」(15頁) F 「『サインポストの無線局』『技術基準』…位置信号は,フレーム同期信号,地域信号及び地点信号により別図のとおり構成されるもの…であること…変調方式は,次のとおりのものであること…主搬送波の変調の形式は,周波数変調であり,…変調信号は,副搬送波…を位置信号により…変調されたものであること…『別図 位置信号の構成図』『符号方式』…NRZ等長符号…とする。」(19〜21頁,23頁)(4)本件特許発明と本件刊行物記載発明との比較 @ 本件特許発明と本件刊行物記載発明の一致点 ア 別紙「本件刊行物記載発明図」及び上記(3)Dの「『陸上運輸業務でのAVMシステム適用例』 陸上運輸業務は…タクシー…等があります。」,同Aの「音声による相互の連絡もできる」,同Eの「車両関係では…車両番号や車両の状況を…電波で送る『信号附加装置』が必要です。」,「車両関係では,車載無線機…が必要です。」との各記載から,本件刊行物記載発明は,複数台の無線タクシーのそれぞれに,マイク,信号発生装置,無線機及びアンテナを搭載するものであると認められる。また,別紙「本件刊行物記載発明図」及び上記(3)Eの「運用管理センタ関係では,基地局無線機…が必要となります。」,「運用管理センタ関係では,指令卓,中央処理装置…が必要となります。」との各記載から,本件刊行物記載発明は,一つの基地局にアンテナ,無線機,信号処理装置を設けたものであることも認められる。
イ 上記(3)Bの「車両番号…等の情報を…運用管理センタに送(る)」,「車両番号を加えて…運用管理センタに送る」,同Eの「車両番号や車両の状況を…電波で送る『信号附加装置』」との各記載から,本件刊行物記載発明は,信号附加装置により車番を運用管理センタに送るのであるから,信号附加装置には,車番が予め設定されていることは明らかである。したがって,本件刊行物記載発明は,「信号発生装置に,タクシー毎に異なる車番を予め設定してお」くものである。
ウ 別紙「本件刊行物記載発明図」及び上記(3)Eの「車両関係では…車両番号や車両の状況を…電波で送る『信号附加装置』が必要です。」,同Bの「車両が,…最新の位置信号に車両番号や車両の活動状況等の情報を加えて,音声通話用の電波により運用管理センタに送る…」,同Cの「車両の位置や活動状況等の情報は音声通話用の電波で運用管理センタに集めます…車両側で任意に(または一定時間ごと,一定走行距離ごと,活動状況の変更ごと等)乗務員が手動により,定められたボタンを押して,車両側から運用管理センタに情報を送り」との各記載から,本件刊行物記載発明は,信号発生装置により,タクシーのそれぞれの状況及び車番を表す信号を発生させ,タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信するものであると認められる。
エ 別紙「本件刊行物記載発明図」及び上記(3)Cの「運用管理センタでは必要な処理や表示を行う…」,同Dの「運用管理センタに○○方面の空車は○号車と×号車という表示ができます」,同Eの「運用管理センタ関係では,…基地局無線機…のほかに,…指令卓,中央処理装置,表示盤等が必要となります。」との各記載から,本件刊行物記載発明は,送信された信号を,基地局のアンテナ及び無線機によって受信し,この受信信号を信号処理装置により復調して信号処理し,各々の車番をそれぞれの状況に従って表示させるものであると認められる。
オ 上記(3)@〜Eの各記載から,本件刊行物記載発明は,無線タクシーの状況表示システムであると認められる。
以上によれば,本件特許発明と本件刊行物記載発明とは,複数台の無線タクシーのそれぞれに,マイク,信号発生装置,無線機及びアンテナを搭載するとともに,一つの基地局にアンテナ,無線機,信号処理装置を設け,前記信号発生装置に,タクシーごとに異なる車番を予め設定しておき,前記信号発生装置により,タクシーのそれぞれの状況及び車番を表す信号を発生させ,前記タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信し,この送信された信号を,前記基地局のアンテナ及び無線機によって受信し,この受信信号を前記信号処理装置により復調して信号処理し,各々の車番をそれぞれの状況に従って表示させることを特徴とする,無線タクシーの状況表示システムである点で一致する。
A 本件特許発明と本件刊行物記載発明の相違点 本件特許発明と本件刊行物記載発明の相違点としては,本件特許発明が複数台の無線タクシーのそれぞれに,タクシーメータ,各種スイッチを搭載し,同タクシーメータにより,その空車,賃送,回走等への操作に応じてそれぞれの状況を表す稼働状況信号を発生させ,タクシーのマイクにより,そのプレス釦の操作に応じて通話状況信号を発生させ,各種スイッチにより,その操作に応じてそれぞれの状況を表す状況信号を発生させ,これらの状況信号のいずれかが発生されたとき,信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を発生させるのに対し,本件刊行物記載発明が状況信号をどのように発生させるのか明らかでない点(以下,「相違点α」という。),本件特許発明がそれぞれの状況及び車番を表す信号を所定の符号形式のディジタル信号で発生させ,このディジタル信号の変調波を,基地局へ向けて送信するのに対し,本件刊行物記載発明において状況及び車番を表す信号がどのような信号か明らかでない点(以下,「相違点β」という。),本件特許発明が一つの基地局にCRTディスプレイを設け,車番をそれぞれの状況に従ってCRTディスプレイに色別に表示させるのに対し,本件刊行物記載発明が表示盤等に車番と状況を表示させる点(以下,「相違点γ」という。)の3点が挙げられる。
B 相違点α〜γについての検討 ア 相違点αについて検討する。
本件特許権の特許出願前において,複数台の無線タクシーのそれぞれに,タクシーメータを搭載するという構成は,周知であったというべきであり,また,上記(4)@アに認定したように,本件刊行物記載発明には,タクシーにマイクを搭載するという構成が開示されている。さらに,タクシーに各種スイッチを搭載するという構成についても,上記(3)Bに「各車両には,地区番号別及び活動状況別の押ボタンを有した装置が装備され,」とあることからすれば,当業者であれば,本件刊行物記載発明において容易に読み取ることができる事項であるということができ,同発明において実質的に開示されていると認めることができる。
他方,本件刊行物記載発明においては,上記(4)@ウに認定したように,信号発生装置により,タクシーのそれぞれの状況及び車番を表す信号を発生させ,タクシーの無線機及びアンテナにより基地局へ向けて送信することが開示されている。そして,このようなタクシーのそれぞれの状況等を表す信号を発生させる場合の同信号の入力手段としてどのようなものを想定するかという点については,当業者であれば,タクシーに搭載される各機器について乗務員が通常行う操作を利用しようというのがごく自然な発想というべきである。そして,タクシーに搭載される機器としてマイク,タクシーメータ,各種スイッチがあることは,上記のとおり,周知の事実であるか本件刊行物記載発明に開示されていたのであるから,当業者が,これらの機器について乗務員が通常行う操作として,マイクのプレス釦の操作,タクシーメータの操作(空車,賃走,回走等への操作)及び各種スイッチの操作を採り上げて,そうした各操作に応じてそれぞれの状況を表す信号(稼働状況信号,通話状況信号,各種スイッチの表す状況についての状況信号)を発生させるという構成について想到することは,容易であったといわなければならない。
原告は,本件刊行物記載発明には,どのような釦を押すとどのような処理が行われてどのような信号が出力するか,についての具体的な構成が示されていない,と主張するが,上記のとおり,本件の事情の下では当業者が具体的構成について想到することは容易であったと認められるので,採用できない。
イ 相違点βについて検討する。
別紙「本件刊行物記載発明図」及び上記(3)Bの「車両が,あるサインポストのそばを通過する際,この電波を受信し,その位置信号を記憶しますが,走行により別のサインポストのそばにくると,すでに記憶している位置信号は,新しい位置信号に自動的に更新されます。この最新の位置信号に車両番号や車両の活動状況等の情報を加えて,音声通話用の電波により運用管理センタに送る」,同Fの「『サインポストの無線局』『技術基準』…位置信号は,フレーム同期信号,地域信号及び地点信号により別図のとおり構成されるもの…であること…変調方式は,次のとおりのものであること…主搬送波の変調の形式は,周波数変調であり,…変調信号は,副搬送波…を位置信号により…変調されたものであること…『別図 位置信号の構成図』『符号方式』…NRZ等長符号…とする。」との各記載をみると,本件刊行物記載発明において,符号方式がNRZ等長符号(ディジタル信号)である位置信号を,所定の方式で変調し,これに車両番号や車両の活動状況等の情報を加えて,電波により運用管理センタに送る,という構成が開示されていることが分かる。そうすると,当業者であれば,こうした構成から,稼働状況信号,通話状況信号等の状況信号のいずれかが発生されたときに発生させるそれぞれの状況及び車番を表す信号を,所定の符号形式のディジタル信号で発生させ,このディジタル信号の変調波を,基地局へ向けて送信する構成を,容易に想到することができるというべきである。
原告は,本件刊行物記載発明においては,車番及び活動状況を示すディジタル信号を変調して基地局に送信することは開示されていないとの主張をするが,上記のとおり,本件刊行物記載発明においては,所定の方式により変調された位置信号に車両番号や車両の活動状況等の情報を加えて,電波により運用管理センタに送ることが記載されているところ,その位置信号はNRZ等長符号,すなわちディジタル信号であるというのであるから,車番,活動状況等の情報についてもディジタル信号と考えるのが自然である。そうすると,本件刊行物記載発明から,車番及び活動状況を示すディジタル信号を変調して音声通話用電波で基地局に送信することは容易に理解されるというべきである。原告の主張は,採用できない。
ウ 相違点γについて検討する。
上記(4)@ア,エに認定したように,本件刊行物記載発明には,一つの基地局において各々の車番をそれぞれの状況に従って表示させること,が開示されている。
しかるに,変化する状況を識別するために色別の表示を行うことは,それ自体,本件特許権の特許出願前においても周知の技術の範疇に属していたことというべきである。このことは,例えば,鉄道等における列車用の信号機のように,保線を担当する係員等が状況を入力し,それに応じて信号機の色が切り替わって,列車の運転士に対して当該軌道への進入の可否を示すものや,電気製品の充電用ランプのように,充電中という状況と充電終了という状況を示すために色別表示されるもののように,状況の変化を識別するために色を用いている具体的な例が,本件特許権の特許出願前にすでに存在していたことからも,裏付けられる。
このように,状況を識別するために色を用いるという技術思想は,本件特許権の特許出願前においてすでに存在しており,しかも周知な技術であったというべきであるから,当業者であれば,このような技術を,無線タクシーの状況表示システムにおいて適用し,上記のような,一つの基地局において各々の車番をそれぞれの状況に従って表示させるという構成から,本件特許発明構成要件Aの「一つの基地局に…CRTデイスプレイを設け」,構成要件Iの「車番をそれぞれの状況に従ってCRTデイスプレイに色別に表示させる」という構成を想到することは容易であったと認められる。
原告は,仮に本件特許発明において,構成要件Iにおける「色別に表示させる」という構成以外のすべての構成が公知であったとしても,そうした公知技術において「色別に表示させる」という構成をとるという技術的思想は新規であり,進歩性も否定されない,と主張するが,上記のとおり,状況を識別するために色を用いるということ自体が周知な技術であったというべきであって,かかる周知な技術思想を,無線タクシーの状況表示システムにおいて適用することが容易とはいえないとする事情は認められない。原告の主張は,採用できない。
(5)まとめ 以上によれば,本件特許発明は,本件特許権の特許出願前に,当業者が,本件刊行物記載発明に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められる。したがって,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるので,同特許に無効理由が存することは明らかであるから,本件特許権に基づいて,差止め並びに不当利得返還及び損害賠償の支払を求める原告の本訴各請求は,いずれも権利の濫用に当たり許されない。
4 結論 以上より,原告の本訴各請求は,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一