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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  誤訳の訂正 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10552号 審決取消請求事件
原告 有限会社東伸計測
原告 日本弗素工業株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士 井澤洵
同 井澤幹
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 板橋一隆
同 大黒浩之
同 柳和子
同 鈴木毅
同 伊藤三男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2004-39171号事件について平成17年5月24日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,後記特許の特許権者である原告らが,第三者からの特許無効審判請求に基づき特許庁が当該特許を無効とする審決をしたので,同審決の取消しを求める訴訟を提起するとともに,特許庁に対し当該特許の訂正審判を請求したところ,同庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
なお,上記特許の無効審決の取消訴訟は,平成17年(行ケ)第10067号(旧表示・東京高裁平成16年(行ケ)第199号)事件として当庁に係属中である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 原告らは,平成12年6月5日,名称を「会合分子の磁気処理のための電磁処理装置」とする発明について特許出願をし,平成14年6月21日,特許庁から特許第3319592号として設定登録を受けた(甲1。以下「本件特許」という。)。
これに対しエスケーエー株式会社から特許無効審判請求がなされ,特許庁はこれを無効2003-35170号事件として審理した上,平成16年3月30日,「特許第3319592号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「別件審決」という。)をした(甲6)。
そこで原告は,別件審決の取消訴訟を東京高等裁判所に提起し(東京高裁平成16年(行ケ)第199号),同訴訟は平成17年4月1日,当庁に回付された(平成17年(行ケ)第10067号)。
上記取消訴訟係属中の平成16年7月20日,原告は,本件特許について訂正審判を請求(以下「本件訂正請求」という。)し(甲2),特許庁はこれを訂正2004-39171号事件として審理した上,平成17年5月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その審決謄本は平成17年6月3日原告らに送達された。
(2) 発明の内容 本件特許の登録時の請求項(以下旧請求項」ということがある。下線部は本件訂正請求の対象部分。)は1及び2から成り,その特許請求の範囲は,下記のとおりである(甲1)。
記 【請求項1】 移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための装置であって,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させることを特徴とする会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。
【請求項2】 電気回路は,磁束方向が互いに逆向きとなるように2重のコイルを制御するものであり,かつ磁束方向が毎秒 150 アンペアターン 以上 で反転を繰り返すように構成されている請求項1記載の会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。
(3) 訂正請求の内容 ア 本件訂正請求(甲2)の内容は,別紙審決写し記載の訂正事項アないしス(審決2頁4行〜3頁5行)のとおりである。このうち,訂正事項アとイを再説すると,次のとおりである。
・訂正事項ア 特許請求の範囲の請求項2において,「毎秒」とあるのを削除する。
・訂正事項イ 特許請求の範囲の請求項2において,「150アンペアターン以上」とあるのを「60〜144アンペアターン」と訂正する。
イ なお,本件訂正後の請求項2(新請求項2)の内容は,下記のとおりである(甲2の訂正明細書。下線部は訂正部分)。
記 【請求項2】 電気回路は,磁束方向が互いに逆向きとなるように2重のコイルを制御するものであり,かつ磁束方向が60〜144 アンペアターン で反転を繰り返すように構成されている請求項1記載の会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。
(4) 審決の内容 本件審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。
その要旨は,訂正事項ア,イは,特許請求の範囲変更するものであるから,本件訂正請求は,特許法126条4項の規定に違反する等としたものである。
(5) 審決の取消事由 しかしながら,本件訂正事項は,特許請求の範囲減縮,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明の範囲内のものであるにもかかわらず,本件審決はこれを実質上特許請求の範囲変更するものであると誤って判断したから,違法として取り消されるべきである。
ア 訂正事項アに関する判断の誤り 審決は,旧請求項2に係る訂正事項アについて,「訂正前の「毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」は,「毎秒」について,i)「毎秒150アンペアターン以上」,ii)「毎秒,反転を繰り返す」,の二通りの解釈が可能であるのに対して,訂正後の「150アンペアターン以上で反転を繰り返す」は該記載が「毎秒」に関わりなく,磁束方向が特定の起磁力で反転を繰り返すことを,一義的に意味するものとなるから,訂正事項アは,実質的に特許請求の範囲変更するものである。」(9頁1行〜7行)と判断した。
(ア) しかし,アンペアターンは時間と関係のない単位であり,審決が述べるように「毎秒,反転を繰り返す」と読むとしても,「毎秒150アンペアターン」と読むとしても,いずれも意味は通じないのであって,旧請求項2の「毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」とは,「毎秒」に関わりなく,「150アンペアターンの起磁力で磁束方向を変化させる」ことを意味するものである。
このことは,(旧)請求項1における「コイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させる」という記載からも明らかである。また,本件特許の設定登録時の明細書(甲1。以下「訂正前明細書」という。)における「極性変換のための交流電流周波数を」(段落【0015】)との記載,「磁気処理部は周波数設定回路によって直接制御可能・・・極性と磁束の単位時間当たりの変化即ち周波数」(段落【0016】)との記載,実施例1の処理条件中の「周波数2000Hz」(段落【0018】)との記載等によれば,旧請求項2の「毎秒」には意味がなく,磁束方向の反転は,極性と磁束の単位時間当たりの変化,すなわち周波数により生ずるものと理解することができる。
(イ) したがって,旧請求項2の「毎秒」を削除する訂正事項アは,本来あるべき姿に訂正したものであり,実質上特許請求の範囲変更するものではないから,審決の前記判断は誤りである。
イ 訂正事項イに関する判断の誤り 審決は,旧請求項2に係る訂正事項イについて,「「150アンペアターン以上」という記載事項は,そもそも,明細書の詳細な説明に記載されていない事項というべきなのであるから,明細書中の実施例の数値をもとに特許請求の範囲の請求項2に記載の「150アンペアターン以上」という記載を訂正することはできないものであり,明細書の詳細な説明に記載されている事項の誤記であるとすることはできないものである。」,「そして,また,「150アンペアターン以上」という記載は上限を限定的に記載するものではないが,数値範囲の下限値に臨界的意義があって上限が自ずと理解できる場合には特に不明瞭とはならないものであり,本件の磁束方向についての数値として係る「150アンペアターン以上」という数値をみるに,「150アンペアターン以上」という記載は従来の数値を改善したものの数値範囲として技術的に意味があると解せるものであるから,「150アンペアターン以上」という記載は数値範囲として明確であるといえ,この数値範囲に「60〜144アンペアターン」の数値が含まれないことは明らかである。・・・そうすると,訂正事項イは,「150アンペアターン」を「60〜144アンペアターン」というもともとの訂正事項に含まれないものに訂正するものということになり,特許請求の範囲変更するものである。」(以上,9頁34行〜10頁19行)と判断した。
(ア) しかし,「150アンペアターン以上」という数値範囲は,数値の下限だけを示し,上限を示していないのであるから,これが数値範囲として明確であるということはできない。
また,「アンペアターン」という用語の技術的意味は,明細書に記載がなくても当業者であれば理解することができる。
そして,旧請求項2の「150アンペアターン以上」との記載は,本件特許発明に係る電磁処理装置の実施例1〜4の実験結果を敷衍した結果によるものであるが,過剰な記載内容となっている。訂正前明細書(甲1)記載の実施例1〜4の処理条件は「60〜144アンペアターン」であるから,「50〜150アンペアターン程度」とすべきであったところ,誤って「150アンペアターン以上」と記載したものであるから,誤記である。
なお,実験結果の敷衍に基づく数値範囲の決定は通常行われており,むしろ実験結果である数値そのものを上限,下限として範囲を決めるほうが稀である。
(イ) 以上によれば,旧請求項2の「150アンペアターン以上」を新請求項2の「60〜144アンペアターン」と訂正する訂正事項イは,実質上特許請求の範囲変更するものではなく,審決の前記判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(4)の各事実は認めるが,同(5)は争う。
3 被告の反論 (1) 訂正事項アに対し アンペアターンは,電磁コイルの全体に流れる電流の絶対量で,原告らが主張するように,時間と関係のない単位であるから,「毎秒」という時間の観念と結び付くものではない。
しかし,「毎秒」という時間の観念は,反転を繰り返す周期的運動の時間単位と結びつくものであるから,旧請求項2の「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」という記載は,(旧)請求項1に係る発明の「磁束方向を変化させる」を限定し,磁束方向が「毎秒,反転を繰り返す」の意味に解釈することができる。
そうすると,旧請求項2の「毎秒」という記載を削除する訂正事項アは,訂正前は「反転を繰り返す」時間的単位に「毎秒」という限定があったものが,訂正後は「反転を繰り返す」時間的単位の限定をなくすものであるから,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものである。
(2) 訂正事項イに対し ア 特許請求の範囲の数値範囲の記載において,その上限を示していないことが,直ちにその発明の範囲を不明りょうとすることにはならない。
そして,旧請求項2の「150アンペアターン以上」との記載においては,上限値が規定されていないとしても,通常この記載の意味するところは,「150アンペアターン以上であって通常当該装置において生じ得る上限まで」と解釈されるのであって,これに反する事情も存しない。
イ また,訂正前明細書(甲1)記載の実施例1〜4は,いずれも,本件特許発明に係る二重コイルを用いた電磁処理装置の実施例ではないから,原告らの主張は,その前提を欠くものである。
また,訂正前明細書記載の実施例1〜4に「60〜144アンペアターン」の処理条件が記載されているといえるとしても,旧請求項2の「150アンペアターン以上」の記載が「60〜144アンペアターン」の誤記であったということもできない。
したがって,訂正事項イは,実質上特許請求の範囲変更するものである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(訂正請求の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由の有無 (1) 原告ら主張の取消事由は,訂正事項ア,イを含む本件訂正請求が実質上特許請求の範囲変更するものであるとした審決の判断に誤りがあるというものである。
ところで,特許法126条は,特許請求の範囲等の訂正につき,1項で,特許請求の範囲減縮(1号)・誤記又は誤訳の訂正(2号)・明りょうでない記載の釈明(3号)を目的とするものに限って許されるとし,他方,その4項で,「第1項の・・・訂正は,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものであってはならない」と定めている。この両者を特許請求の範囲に関し統一的に理解するとすれば,特許請求の範囲の形式的な減縮誤記の訂正釈明は訂正が許されるが,その内容の実質的な変更等は許されない,という解釈になる。そしてこの場合,特許請求の範囲は,対世的な絶対権たる特許請求の効力範囲を明確にするためのものであるから,前述した実質的な変更の有無は,明細書全体の記載からではなく,特許請求の範囲の項の記載(本件でいえば旧請求項の記載)を基準とし,かつこの記載を信頼する一般第三者の利益保護を念頭において判断すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和47年12月14日第一小法廷判決(2件)・民集26巻10号1888頁及び同号1909頁参照)。
そこで,以上の見地に立って原告ら主張の取消事由の有無について検討することとするが,事案にかんがみ,まず,訂正事項イに関する審決の判断の誤りの有無について判断し,次いで訂正事項アについて判断する。
(2) 訂正事項イについて 原告らは,旧請求項2の「150アンペアターン以上」との記載は,数値の下限だけを示し,上限を示していないのであるから,数値範囲として明確ではなく,また,この記載は,訂正前明細書(甲1)の実施例1〜4の実験結果を敷衍した結果によるものであるところ,実施例1〜4の処理条件は「60〜144アンペアターン」であったから,「50〜150アンペアターン程度」とすべきであったところ,これを「150アンペアターン以上」と誤記したものであるから,旧請求項2の「150アンペアターン以上」を「60〜144アンペアターン」と訂正する訂正事項イは,実質上特許請求の範囲変更するものではなく,これが実質上特許請求の範囲変更に当たるとした審決の判断は誤りである旨主張する。
ア 甲7(「単位の辞典 改訂4版」株式会社ラテイス,昭和56年7月31日発行,13頁)には,「アンペアターン」とは「起磁力」のこと,「アンペア回数」とは「起磁力・・・アンペアターンとよぶこともある。n回導線を巻いたソレノイドに1Aの電流を流すとき,n1アンペア回数とよぶ。」との記載がある。
上記記載によれば,「アンペアターン」とは,コイルの巻数と電流の積で表される起磁力の単位であり,旧請求項2記載の「150アンペアターン以上」とは,巻数と通電量(アンペア)を乗じて算出される起磁力が150アンペアターン以上であることを意味するものと認められる。そして,この意味は,訂正前明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」の記載等を参酌するまでもなく,明瞭に理解することができるものと認められる。
また,旧請求項2にアンペアターンの上限が示されていないからといって,原告らが主張するように数値範囲が明確でないということもできない。
イ(ア) また,訂正前明細書(甲1)には,次のような記載がある。
@「【従来の技術】同種の分子2個以上が比較的弱い分子間力によって集合し,一つの単位として行動している状態を会合と称するが,会合を生じている分子から成る物質は,活性度が低いために,浸透性が低下したり,乱流が抑制されたりすることの原因となっている。故に会合を解いたり,より小さい会合状態にしたりすることができれば,その度合いに応じて物質の活性度を回復させ,浸透性の向上と乱流状態の維持等が図られると考えられる。」(段落【0002】)。
A「例えば米国特許第5074998号明細書記載の発明は,管壁に付着するスケールの除去及び付着量の減少を扱っている。しかし同発明の効果を期待できるのは,比較的小さい共鳴振動数を持つ会合分子に限られると考えられる。その理由は,同発明の実施品と見なされる装置では,電磁コイルの特性が実質的に120アンペアターン程度しか得られないからである。」(段落【0004】)。
B「さらに本件の発明者は電気コイルによって発生させた磁極をヨークにより分極し,被処理流体の中心部を貫通する磁束を形成することができる装置を発明し,既にその成果について出願をした(特願平11-264410)。同発明は,前記米国特許発明が流れと平行な磁束を形成するのに対して,流れと直交する磁束を形成することができる画期的なものであり,かつ高エネルギーレベルでの磁気処理を可能とするという特徴を有する。ところが無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法では,高エネルギーレベルのイオン励起状態が負の作用をなすという側面がある。」(段落【0005】)。
C「【発明が解決しようとする課題】つまり,より低いエネルギーレベルで,磁束を自由にコントロールできることが望ましいというケースも存在する。」(段落【0006】),「本発明は上記の点に着目してなされたものであって,その課題は,抑制されたイオン励起状態の下で,分子会合を解いて,物質の活性度を回復可能とすることである。」(段落【0007】),「また本発明は他の課題は無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法等の上記酸化還元反応系のように高エネルギーレベルによるイオン励起状態の形成が負の作用を為すような条件の下でも,会合分子に対して効果的な活性化処理を行うことができる電磁処理装置を提供することである。」(段落【0008】)。
D「【課題を解決するための手段】前記の課題を解決するため,本発明は,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させるという手段を講じたものである。」(段落【0009】)。
(イ) 上記記載によれば,本件特許発明の目的は,「より低いエネルギーレベルで,磁束を自由にコントロールでき,抑制されたイオン励起状態の下で,会合分子に対して効果的な活性化処理を行うことができる電磁処理装置を提供すること」にあるものと認められる。
そして,上記認定事実と旧請求項2の特許請求の範囲の記載(「電気回路は,磁束方向が互いに逆向きとなるように2重のコイルを制御するものであり,かつ磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返すように構成されている請求項1記載の会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。」)に照らすと,原告らが訂正を求める訂正事項イの「150アンペアターン以上」の記載は,特許請求の範囲における発明の構成に欠くことができない事項の一つであるものと認められる。
ウ 一方,訂正前明細書(甲1)には,本件特許発明実施例1〜4及び比較例1,2(段落【0017】〜【0025】)の記載があり,これらの記載によれば,実施例1は「磁力通電量5A」・「巻き数12」(段落【0018】)で60アンペアターン,実施例2は「磁力通電量10A」・「巻き数12」(段落【0019】)で120アンペアターン,実施例3は「磁力通電量5A」・「巻き数12」(段落【0022】)で60アンペアターン,実施例4は「磁力通電量12A」・「巻き数12」(段落【0023】)で144アンペアターンの処理条件であり,上記各処理条件は「60〜144アンペアターン」の範囲にあることが認められる。
そして,旧請求項2の「150アンペアターン以上」は,実施例1ないし4におけるアンペアターンの数値範囲の最大値144アンペアターンを超えるものではあるが,原告らの主張は「50〜150アンペアターン程度」とすべきであったのに,「150アンペアターン以上」と誤記をしたというもので,原告らが望ましいと考えていたアンペアターンは実施例1ないし4におけるアンペアターンの上記最大値を超えていること,原告らは実施例の数値範囲と特許請求の範囲の数値範囲の記載とが必ずしも一致しない事例が存在することを認めていること(請求原因(5)イ(ア)の「なお書き」部分),本件訂正請求に係る訂正審判請求書(甲2)には,訂正事項イの訂正の理由は,「特許請求の範囲減縮,及び明瞭でない記載釈明を目的」とするとの記載はあるが(2頁26行〜27行),誤記の訂正を目的とする旨の記載はなく,原告らは本件訂正請求の時点では「150アンペアターン以上」との記載が誤記であるとは認識していなかったものとうかがえることに照らすと,旧請求項2の「150アンペアターン以上」という条件を採用することが,技術常識に反するとまで認めることはできない。
また,旧請求項2の特許請求の範囲の記載に接した当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,旧請求項2の「150アンペアターン以上」との記載が,当然に「60〜144アンペアターン」を表示すると理解するものと認めることもできない。
エ 以上のアないしウによれば,旧請求項2の「150アンペアターン以上」を「60〜144アンペアターン」と訂正する訂正事項イは,特許請求の範囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであって,実質上特許請求の範囲変更するものであると解される。したがって,訂正事項イに関する審決の判断に誤りはないというべきである。
(3) 訂正事項アについて 次に,原告らは,訂正事項アについて,アンペアターンは時間と関係のない単位であるから,旧請求項2の「毎秒」には意味がなく,旧請求項2の「毎秒」を削除する訂正事項アは,本来あるべき姿に訂正したもので,実質上特許請求の範囲変更するものではないから,上記変更に当たるとした審決の判断は誤りであるなどと主張する。
なるほど前記(2)ア認定のとおり,アンペアターン自体は,起磁力の単位を意味するものであるから,「毎秒」という時間の観念と直接結び付くものとは言い難い。しかし,旧請求項2の特許請求の範囲の記載(前述)に照らすと,被告が主張するように,請求項2にいう「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」は,磁束方向が「毎秒,反転を繰り返す」ことの意味として記載されたものと解釈できる余地があり,「毎秒」が必ずしも無意味であるとは認められないので,「毎秒」の記載が,単なる誤記であるとまで認めることはできない。
そうすると,これと同旨の審決の判断に誤りはないというべきである。
3 結論 以上によれば,その余について判断するまでもなく,原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二