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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成21行ケ10130審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10257審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10389審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 23年 (行ケ) 10364号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/06/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年6月13日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成23年(行ケ)第10364号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年6月6日

判 決

原 告 ア ビオメド ユーロップ ゲゼルシャフト

ミット ベシュレンクテル ハフツング

同訴訟代理人弁理士 坂 本 徹

原 田 卓 治

被 告 特 許 庁 長 官

同指定代理人 仁 木 浩

大 河 原 裕

藤 井 昇

氏 原 康 宏

守 屋 友 宏

主 文

1 特 許庁が不服2010−7576号事件について平成

23年7月6日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

主文第1項と同旨

第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記

2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成

り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとお

り)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1
1 特許庁における手続の経緯

インペラ カーディオテヒニック アクチェンゲゼルシャフト(以下「イン
(1)

ペラ社」という。)は,平成11年11月26日,発明の名称を「流体によって冷却

される,比出力が高い電動モータ」とする特許を出願し(特願2000−5859

84。パリ条約による優先権主張日:平成10年(1998年)12月2日(ドイ

ツ)。甲1),平成21年9月25日,手続補正をしたが(甲13),同年12月8日

付けで拒絶査定を受けたので(甲14),平成22年4月9日,これに対する不服の

審判を請求した(甲15)。

特許庁は,前記請求を不服2010−7576号事件として審理し,平成2
(2)

3年2月10日,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下「法」とい

う。)36条4項違反及び同条6項2号違反を理由とする拒絶理由通知書を発出し

(以下「本件拒絶理由」という。甲16),インペラ社は,同月15日,その送達を

受けたが,これに対する回答期限である同年5月15日までに特許庁に対する意見

書又は手続補正書を提出しなかった。そこで,特許庁は,同年7月6日,
「本件審判

の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月19日,インペラ

社に送達された。

原告は,インペラ社から本件出願に係る特許を受ける権利の譲渡を受け,平
(3)

成23年11月1日,特許庁に対してその旨の名義変更届をした。

2 特許請求の範囲の記載

本件審決が審理の対象とした特許請求の範囲の記載は,平成21年9月25日付

け手続補正書(甲13)に記載の次のとおりのものである。以下,当該特許請求の

範囲に属する発明を請求項の番号に従って「本願発明1」ないし「本願発明6」,こ

れらを併せて「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲1)を,
「本願明細書」

という。なお,以下の「/」は,原文中の改行箇所を示す。

【請求項1】ポリマー材料で作製されて固定子を含むモータ・ハウジングを備えた

流体冷却式電動モータであって,モータ・ハウジングの長さが当該モータ・ハウジ

2
ングの外径の少なくとも2倍であり,該電動モータ・ハウジングの外表面に沿って

ポンプ流体を流すポンプ部分を駆動し,/モータ・ハウジングのポリマー材料が,

該モータ・ハウジングに沿って流れるポンプ流体への該固定子からの熱の放散を容

易にするために,熱伝導性で電気絶縁性の充填剤を少なくとも40重量%の量で含

有することを特徴とする電動モータ

【請求項2】充填剤がAl2O3を含む請求項1に記載の電動モータ

【請求項3】固定子がコイルを含み,そのキャビティには熱伝導性充填剤を含むポ

リマー材料が充填されている,特に請求項1または2に記載の電動モータ

【請求項4】キャビティに充填されるポリマー材料が,熱伝導的に周囲のヨーク・

シート構成と接触している請求項3に記載の電動モータ

【請求項5】モータによって駆動されるポンプ部分も充填剤を含む請求項1から4

のいずれか一項に記載の電動モータ

【請求項6】コイルが,前記ポリマー材料で形成された滑らかな絶縁性の内面を有

する請求項3または4に記載の電動モータ

3 本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,本願明細書と図面の記載が不備で法36条4項

規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由(本件拒絶理由)を通知したが,その

不備が解消していない,というものである。

4 取消事由

実施可能要件に係る判断の誤り

第3 当事者の主張

〔原告の主張〕

本件審決が引用する本件拒絶理由は,@本願明細書【0006】に記載の「充
(1)

填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなり熱伝導性が改善されることから

デュロマーの硬化時間が短縮される」は,その意味が不明瞭である,A本願明細書

【0007】に「熱伝導性を著しく増大させるために,充填剤の量は,少なくとも

3
40重量%であるべきである。 と記載されているが,
」 少なくとも熱伝導性の程度が

明らかにされていない充填剤をポリマーに40重量%混合すると,なぜ,熱伝導性

が著しく増大するのかその根拠が不明である(臨界的な効果があるのか,又は,充

填剤の量を大きくすると問題が起きるのか等を明瞭にされたい。 ,
) B本願明細書【0

014】に記載の「この軸受は,シャフト封止材と同時に設計される。」は,意味不

明である,C本願明細書【0025】に「全ての巻線のキャビティにポリマー材料

42を完全に充填することにより,コイルの内面に滑らかで絶縁性のあるコイル被

覆43を設けることがさらに可能になる。 と記載されているが,
」 その理由が不明で

ある,というものである。

しかしながら,本願明細書【0006】の記載部分についてみると,同記載
(2)

は,一定の厚みを有するモータ・ハウジングを構成する成分の中で充填剤の量が増

えればその分モータ・ハウジングを構成する成分の中のデュロマー(duromer。熱

硬化性樹脂のこと)の厚さ(デュロマーに含まれる充填剤の2個の粒子間の平均距

離)が相対的に薄くなり(つまり,デュロマーの密度が小さくなり),デュロマー内

における熱の伝播もその分早くなるから,デュロマーの硬化時間が短縮されるので,

炉内の熱硬化時間が著しく短縮されるという本願発明の作用効果を説明しているも

のであって,その意味するところは,極めて明快である。

本願明細書【0007】の記載部分についてみると,同記載は,マトリック
(3)

ス材料中の充填剤が少なくとも40重量%与えられると,熱可塑性樹脂又はデュロ

プラスチックスの導電率を増大させることなくその熱伝導率を典型的な0.05W

/mKから最大2W/mKまで著しく増大させることができ,流体温度(血液の温

度)が37℃であると,モータの内部温度を当初の60℃から40℃ないし45℃

までの間に下げることが本願発明によって見いだされたこと(本願明細書【000

4】)に関するものである(甲12,15)。したがって,この充填量が40%未満

ではこのような著しい効果が得られず,40重量%という含有量は,必要最低限の

値としての臨界性を有するものである。ここに40重量%以上という充填剤の含有

4
率は,通常の電動モータ・ハウジングの充填剤含有率と比較すると著しく高く,こ

の高い充填剤含有率は,生体内において動作する血液ポンプ(ポンプ・ハウジング

に沿って流れる血液によって冷却される。本願明細書【0002】)にとっては特に

有益である。

したがって,本願明細書【0007】の上記記載が意味するところは,極めて明

快である。

なお,上記の充填剤の含有量は,既に非常に高い値であり,ハウジングに機械的

強度をもたらすポリマー材料の必要性を考えれば,充填剤の含有量の上限が70重

量%となることは,当業者が容易に認識することである(甲18) また,
。 40重量%

で熱伝導率が急変することの意義は,進歩性の判断で問題とされるべく,実施可能

要件の問題ではない。さらに,血液ポンプのモータ・ハウジングとしての適性を有

し,かつ,市販品として容易かつ安価に入手し得るエポキシ樹脂及びAl2O 3は,

限られているから,当業者は,その中から適切なものを容易に選択できる(甲19

〜21)。

本願明細書【0014】の記載部分についてみると,同記載を,図1を参照
(4)

して読めば,軸受けがモータ・シャフトを指示する軸受けの機能を有すると同時に

血液がモータの固定子と回転子との間の空隙に流入することを防ぐ封止材としての

機能を有することは,明らかであって,
「この軸受は,シャフト封止材と同時に設計

される」とは,
「この軸受は,同時にシャフト封止材として設計される」という意味

であることは,極めて明快である。

また,軸受けは,本願発明を構成するものではなく,その機能についてまで明確

かつ十分に特定する必要はない。

本願明細書【0025】の記載部分についてみると,本願明細書【0008】
(5)

には,
「マイクロモータ内の重要な絶縁体はワイヤ・コイルによって形成される。巻

線間には,空気が充填されたキャビティが存在し,これが理想的な断熱材を形成す

る。さらに,個々のワイヤは,やはり良好な断熱材をもたらす絶縁シースで被覆さ

5
れる。本発明の好ましい実施形態(これは別の点で重要であるが)によれば,固定

子コイルのキャビティには,熱伝導性の充填剤を含んだポリマー材料が充填され

る。 と記載されており,
」 これに本願明細書【0025】の前記記載を継続させれば,

巻線のキャビティにポリマー材料42を完全に充填することにより,コイルの内面

に,図2中符号43で示される絶縁性のあるコイル被覆を設けることができるので

ある。この被覆43は,コイルがポリマー材料42を充填しないコイル巻線のみで

形成される場合に比べてその表面が極めて滑らかであり,固定子と回転子との間の

空気摩擦損失を低下させるために有効である。

したがって,本願明細書【0025】の上記記載が意味するところは,極めて明

快である。

また,全ての巻線のキャビティにポリマー材料を完全に充填することによりコイ

ルの内面に滑らかで絶縁性のあるコイル被覆を設けることは,本願発明を構成する

ものではなく,そのようなものについてまで明確かつ十分に特定する必要はない。

以上のとおり,本願明細書の記載に不備はなく,本件拒絶理由を引用する本
(6)

件審決の判断には誤りがあり,本件審決は,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

本願明細書【0006】の記載部分についてみると,充填剤の量とデュロマ
(1)

ーの厚さとの関係については,本願明細書【0006】のほかには記載した箇所が

なく,その記載からは,
「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなる」理

由は,明らかではない。仮に,モータ・ハウジングの厚さを一定にした場合の議論

であるとしても,本願明細書には,そのようなことが何ら記載も示唆もされていな

いから,当業者は,両者の関係について理解することが容易であるとはいえない。

また,原告は,
「モータ・ハウジングの厚さを一定にする」ことを前提として主張

しているが,本願明細書【0006】には,
「デュロマーの厚さが薄くなり」と記載

されているから,原告の当該主張は,失当である。そして,原告は,
「デュロマーの

厚さが薄くなり」とは,モータ・ハウジングを構成する成分の中のデュロマーの密

6
度が薄くなることである旨を主張していると推測されるが,デュロマーの密度が薄


くなる」ことを「デュロマーの厚さが薄くなる」と表現することは,あり得ない。

本願明細書【0007】の記載部分についてみると,マトリックス材料に対
(2)

する充填剤の充填料は,40重量%以上であることのみ特定されているから,10

0重量%近くの場合も含まれるところ,このような場合には,充填剤が40重量%

であるマトリックス材料とはその材料構成が著しく異なり,当業者は,モータ・ハ

ウジングをどのようにして形成するのかを容易に実施し得ない。

また,マトリックス材料であるポリマー材料は,
「液体エポキシ樹脂」が,充填剤

は,「Al2O 3細粉」が,それぞれ例として挙げられているが(本願明細書【00

20】 ,エポキシ樹脂には様々のものがあり,その物性も異なるばかりか,Al 2


O 3細粉の熱伝導性も,一義的に決まらないから,これらのポリマー材料に40重

量%の充填剤を混合しても,全てのものの熱伝導性が著しく増大するとは推認でき

ず,また,本願明細書及び図面にも,このことを裏付ける記載や示唆はなく,しか

も,「液体エポキシ樹脂」や「Al 2O 3細粉」について,当業者が実施できる程度

に具体化されたものも,記載や示唆がない。

特に,ポリマー材料よりも熱伝導性の高い充填剤を混合する場合,充填剤の混合

比率の増大に比例してその熱伝導率が増大すると考えるのが技術的に自然であり,

特定の混合比率において熱伝導率が急変するとは推認し難いところ,本願明細書に

は,40重量%で熱伝導率が著しく増大する理由について何らの記載も示唆もない。

よって,本願明細書では,充填剤の量を40重量%とすることで熱伝導率が著し

く増大する理由が不明であるから,当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分

に記載されているとはいえない。

本願明細書【0014】の記載部分についてみると,本願明細書には,シャ
(3)

フト封止材に関して本願明細書【0014】の記載しかなく,図1及び2にも何ら

示されておらず,その構造等は,不明である。してみると,上記の「この軸受は,

シャフト封止材と同時に設計される」との記載は,シャフト封止材の構造等も不明

7
なこともあって,その技術的意味が明らかとはいえず,どのようにして本願明細書

【0014】の記載を図1を参照して読めば,
「この軸受は,シャフト封止材と同時

に設計される」との記載が原告の主張に係る「この軸受は,同時にシャフト封止材

として設計される」と解釈できるのか,不明である。したがって,本願明細書によ

っては,軸受とシャフト封止材との関係が不明であるから,本願明細書は,当業者

容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

本願明細書【0025】の記載部分についてみると,原告主張に係る被覆の
(4)

表面が滑らかになるメカニズムについての考えは,本願明細書には記載も示唆もな

い。また,仮に,原告の主張のとおりであったとしても,前記(1)ないし(3)に記載の

とおり,本願明細書は,当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載され

ているとはいえない。

以上のとおりであるから,本件審決は,結論において誤りはない。
(5)

第4 当裁判所の判断

実施可能要件及び本願明細書の記載について

実施可能要件について
(1)

本件特許は,平成11年11月26日出願に係るものであるから,法36条4項

が適用されるところ,同項には,
発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の

分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ

十分に,記載しなければならない。」と規定している。

特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につ

き独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を

一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定

する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることが

できる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていない

ことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くこ

とになるからであると解される。

8
そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることを

いうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する

方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及

び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することが

できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

これを本願発明についてみると,本願発明は,いずれも物の発明であるが,その

特許請求の範囲(前記第2の2)に記載の構成を備えた電動モータであるから,本

願発明が実施可能であるというためには,本願明細書の発明の詳細な説明に本願発

明を構成する部材を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはその

ような記載がなくても,本願明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき

当業者が当該部材を製造することができる必要があるというべきである。

本願明細書の記載について
(2)

以上の観点から本願明細書の発明の詳細な説明をみると,そこには,本願発明に

ついておおむね次の記載がある。

ア 本願発明は,ポリマー材料から射出成形されて固定子を格納するモータ・ハ

ウジングを含む,比出力の高い流体冷却式電動モータに関し,詳細には,身体内に

位置している血液ポンプを駆動するために身体の脈管系内に導入することができる

マイクロモータに関する(【0001】。


イ この種のモータの先行技術では,モータ・ハウジングに沿って流れる37℃

の血液によりモータが冷却されていたが,ハウジングのポリマー材料は,熱伝導性

が不十分であるので,ハウジング内部及び特にシャフトが高温となり,血液が変性

する危険性が生じていた。さらに,モータ内部が高い温度になることにより,シャ

フトを封止する封止材が摩耗しやすくなって耐久性が減少し,また,効率の低下に

よりバッテリ電源を利用するモータの使用可能電力が低下することがあった【00


02】。そのため,本願発明は,流体冷却式マイクロモータの熱の放散性を改善す


ることを目的とする(【0003】。


9
ウ 本願発明は,請求項1の構成を採用することで,熱伝導性である電気絶縁性

の充填剤を含むポリマー材料によりハウジングの熱伝導率が高くなり,ハウジング

内に生じる熱を周囲の血液中により良好に伝達することができる。充填剤は,セラ

ミック材料が好ましく,特にAl2O 3が好ましい。この材料が対応充填量で与えら

れると,熱可塑性樹脂又はデュロプラスチックの導電率を増大させることなく,そ

の熱伝導率を典型的な0.05W/mKから最大2W/mKまで著しく増大させる

ことができる。流体温度が37℃であると,モータの内部温度を当初の60℃から

40℃ないし45℃の間に下げることができることが見出された。熱伝導性のモー

タ・ハウジングが熱をより良好に血液に伝達するので,モータ内では熱の蓄積が生

じない。したがって,電動モータの構成要素が受ける熱応力はより少なく,そのた

め摩耗もより少ない。さらに,このモータは,効率が改善された状態で動作するこ

とができる(【0004】。モータ・ハウジングの長さは,このハウジングの外径の


少なくとも2倍であるので,体積に対する表面積が大きくなり,効果的に熱を伝達

することが可能になる(【0005】。


エ 「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなり熱伝導性が改善され

ることからデュロマーの硬化時間が短縮されるので,この充填剤は,射出成形また

は真空成形によってマイクロモータを製造する際にも有利である。したがって,炉

内の熱硬化時間は著しく短縮される。(
」【0006】)

オ 「マトリックス材料の熱伝導性を著しく増大させるために,充填剤の量は,

少なくとも40重量パーセントであるべきである。当初は細粉として存在する充填

剤を液体ポリマー材料中に混合したら,射出成形やドレンチングなどによって形成

を行う。(
」【0007】)

カ マイクロモータ内の重要な絶縁体はワイヤ・コイルによって形成される。巻

線間には,空気が充填されたキャビティが存在し,これが理想的な断熱材を形成す

る。本願発明の好ましい実施形態では,固定子コイルのキャビティに熱伝導性の充

填剤を含んだポリマー材料が充填されることによって,このコイルが良好な熱伝導

10
体となり,電流により誘導されてコイル内に発生した熱は,モータ・ハウジングに

放散される。充填剤を配合したポリマー材料をコイルのキャビティ内に導入するこ

とは,真空状態と加圧状態を組み合わせてドレンチングによりまたはキャスティン

グにより適切に行われ,この場合,全てのキャビティには意図的に熱伝導性ポリマ

ーが充填される(【0008】。


キ 図1の本願発明の実施形態では,ポンプは,駆動部分とそこに固着されたポ

ンプ部分を有し,駆動部分は,細長い円筒形ハウジングを備えた電動マイクロモー

タを含み,ハウジングの後端部は端部壁によって閉じられている(【0012】。モ


ータの固定子は,複数のコイル及び磁気ヨークを有し,モータ・ハウジングが押出

し被覆されているが,モータ・シャフトに接続している回転子を格納している。軸

受けは,モータ・ハウジング又は端部壁内のモータ・シャフトの後端部を支持して

おり,シャフトは,モータ・ハウジングの全長に沿って延び,そこから前方に突出

している(【0013】 。


モータ・ハウジングの前端部は,ハウジングとの一体化部分であり,モータ・シ

ャフトを支持する軸受けが設けられる。
「この軸受は,シャフト封止材と同時に設計

される。(
」【0014】)

モータ・シャフトはハブ部材から前方に突出して円筒形のポンプ・ハウジング内

に含まれる羽根車ホイールを保持しており,モータ・ハウジングとポンプ・ハウジ

ングとは,固着されてその外径が同じである(【0015】。


ク 使用されるポリマー材料は,充填剤を少なくとも40重量%の割合で含む液

体エポキシ樹脂が好ましい。使用される充填剤は,Al2 O3 細粉である(【002

0】。


ケ 図2は,コイルのワイヤ巻線及び絶縁シースを示しており,ワイヤ巻線の間

又はその絶縁体の間のスペースには,充填剤としてAl2O 3を含有するポリマー材

料が充填される。この場合も,充填剤の量は,少なくとも40重量%である。キャ

ビティに充填されるポリマー材料は,ヨーク・シート構成の全面に接触しており,

11
当該構成は,モータ・ハウジングの全面に接触している(【0022】。


コ 「全ての巻線のキャビティにポリマー材料42を完全に充填することにより,

コイルの内面に滑らかで絶縁性のあるコイル被覆43を設けることがさらに可能に

なる。(
」【0025】 。


2 本願明細書【0006】の記載部分について

原告は,本件審決が引用する本件拒絶理由が不明瞭であると指摘する本願明
(1)

細書【0006】(前記1(2)エ)の「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが

薄くなり熱伝導性が改善されることからデュロマーの硬化時間が短縮される」との

記載部分が明瞭であって,法36条4項の規定に違反しない旨を主張する。

そこで検討すると,弁論の全趣旨によれば,本件出願日当時の技術常識に照
(2)

らして,
「デュロマー」とは,熱硬化性樹脂を意味することが明らかである。そして,

本願明細書の記載によれば,本願発明におけるデュロマーは,充填剤と混合される

ものである(前記1(2)エ。
【0006】)から,本願明細書の「熱可塑性樹脂」及び

「デュロプラスチック」(前記1 (2)ウ。【0004】)と同義であり,本願明細書に

記載の「液体エポキシ樹脂」(前記1(2)ク。【0020】)は,デュロマーの具体例

であると認められる。さらに,本願明細書の記載によれば,デュロマーと混合され

る充填剤は,セラミック材料が好ましく,特にAl2O 3の細粉が好ましいとされて

いる(前記1(2)ウ,ク及びケ。
【0004】
【0020】
【0022】)ところ,液体

エポキシ樹脂(デュロマー)及びAl2O3の細粉(充填剤)は,いずれも市販品と

して容易に入手可能な材料である(甲21,22)ばかりか,本願明細書には,デ

ュロマーと充填剤とを混合したものから「ポリマー材料」又は「熱伝導性ポリマー」

を製造する方法について,少なくとも40重量%の充填剤を用意した上で射出成形

やドレンチングなどによって形成が行われる(前記1(2)オ,ク及びケ。
【0007】

【0020】【0022】)ほか,これを巻線のキャビティに充填する方法について

も,真空状態と加圧状態を組み合わせてドレンチングによりまたはキャスティング

により適切に行われる旨の記載もある(前記1(2)カ。【0008】 。


12
そして,以上の本願明細書の記載等は,本願発明の請求項1に「ポリマー材料」

について,
「ポリマー材料で作製されて固定子を含むモータ・ハウジングを備えた流

体冷却式電動モータ」あるいは「モータ・ハウジングのポリマー材料が,該モータ・

ハウジングに沿って流れるポンプ流体への該固定子からの熱の放散を容易にするた

め,熱伝導性で電気絶縁性の充填剤を少なくとも40重量%の量で含有することを

特徴とする電動モータ」との記載があること,本願発明の請求項3に「そのキャビ

ティには熱伝導性充填剤を含むポリマー材料が充填されている」との記載があるこ

と,本願発明の請求項4に「キャビティに充填されるポリマー材料」との記載があ

ることのほか,本願発明の請求項6に「前記ポリマー材料で形成された滑らかな絶

縁性の内面を有する請求項3または4に記載の電動モータ」との記載があることと

も整合する。

他方,前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分は,本願発明の作用効

果について言及しているにすぎないものであって,本願発明の実施方法について言

及しているものではないから,仮に当該部分が明瞭でないとしても,そのことは,

当業者が本願発明を構成する部材のうち,特に当該記載部分と関係する「ポリマー

材料」及びこれに関連する部材を製造することを不可能ならしめるものではない。

したがって,本願明細書に接した当業者は,仮に前記(1)に引用の本願明細書【0

006】の記載部分が明瞭でないとしても,本件出願日当時の技術常識及び本願明

細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明における「ポリマー材料」及

びこれに関連する部材を製造し,もって本願発明を実施することができたものとい

うべきであって,本願明細書は,本願発明の作用効果について言及した当該記載部

分が明瞭でないからといって,法36条4項に違反するといい得るものではない。

なお,前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分は,「デュロマー
(3)

の厚さが薄くなり」と記載しており,この点は,いささか表現が明瞭でないことを

否定できない。

しかしながら,前記1(2)オに記載のとおり,本願明細書【0007】は,デュロ

13
マー及び充填剤からなる「ポリマー材料」の製造方法について説明しているところ,

そこに含有された充填剤の量が多くなれば,デュロマーの濃度が相対的に低くなり,

個別のデュロマー分子間の距離が遠くなることは,明らかである。このことを踏ま

えると,上記引用に係る記載部分は,このようなデュロマー濃度の低下に伴う分子

間の間隔の拡大について「厚さが薄くなる」と表現しているものと解し得ないでは

なく,また,このように理解したとしても,本願明細書の他の部分の記載と矛盾や

齟齬を来すものでもない。

また,本願発明において,デュロマーは,
「ポリマー材料」を構成する部材の1つ

であるにとどまり,デュロマー自体がモータ・ハウジングを構成するものではない

から,デュロマーの厚さとモータ・ハウジングの厚さを同視することを前提とする

被告の主張は,前提を欠くものとして採用できない。

したがって,上記引用に係る記載部分は,より明瞭なものに補正されることが望

ましいとはいえるものの,前記(2)に記載のとおり,そうであるからといって法36

条4項に違反するものでない。

よって,原告の前記(1)の主張には理由がある。
(4)

3 本願明細書【0007】の記載部分について

原告は,本件審決が引用する本件拒絶理由が根拠不明であると指摘する本願
(1)

明細書【0007】(前記1 (2)オ)の「熱伝導性を著しく増大させるために,充填

剤の量は,少なくとも40重量%であるべきである。との記載部分が明瞭であって,


36条4項の規定に違反しない旨を主張する。

そこで検討すると,前記2 (2)に認定のとおり,本願明細書の記載によれば,
(2)

本願発明及び本願明細書における「ポリマー材料」は,市販品として入手可能なデ

ュロマーと充填剤(少なくとも40重量%)とを混合し,射出成形やドレンチング

などによって形成したものであるところ,当業者は,本願明細書の記載及び本件出

願日当時の技術常識に基づき,当該製造方法により上記「ポリマー材料」を製造し,

もって本願発明を実施することができたものと優に認められる。

14
したがって,前記(1)に引用の本願明細書【0007】の記載部分が意味するとこ

ろは,明瞭であって,本願明細書は,当該記載部分が存在することによって,法3

6条4項に違反するというものではない。

以上に対して,被告は,本願発明の構成では充填剤の充填量が100重量%
(3)

近くの場合も含まれる結果,モータ・ハウジングをどのようにして形成するのかを

当業者が容易に実施し得ない旨を主張する。

しかしながら,本願明細書の記載(前記1(2)キ。
【0012】〜【0015】)及

び図1によれば,本願発明の「モータ・ハウジング」は,ポンプ及び電動マイクロ

モータ等を備える構造的な部材であることが明らかであって,流体によって冷却さ


れる,比出力が高い電動モータ」として使用可能な程度に強度等を備えていること

は,当然の前提であるというべきであって,モータ・ハウジングを構成する「ポリ

マー材料」について,充填剤が100重量%近くとなり,主たる成分であるデュロ

マーをほとんど含まない材料を使用することは,それ自体,想定することが不合理

な前提である。

したがって,被告の上記主張は,それ自体不合理なものとして採用できない。

また,被告は,本願発明の「ポリマー材料」となるデュロマー(液体エポキシ樹

脂)の物性や充填剤(Al2O3の細粉)の熱伝導性が一義的に決まらないから,本

願発明の作用効果が推認できず,デュロマーが40重量%以上含有されることで熱

伝導率が著しく増大する理由(臨界性)が不明であるばかりか,液体エポキシ樹脂

やAl2O3の細粉も当業者が実施できる程度に具体化されていない旨を主張する。

しかしながら,作用効果の有無や,デュロマーの重量比が有する技術的意義は,

いずれも本願発明の容易相当性の判断において考慮され得る要素の一つであるにす

ぎず,実施可能性とは直接関係がないばかりか,上記の液体エポキシ樹脂及びAl

O3の細粉の材料は,いずれも市販品として容易に入手可能である(甲21,22)



から,これらの材料の詳細が本願明細書に示されていないからといって,当業者が

本願発明を実施できなくなるものではない。

15
したがって,被告の上記主張も,採用できない。

よって,原告の前記(1)の主張には理由がある。
(4)

4 本願明細書【0014】の記載部分について

原告は,本件審決が引用する本件拒絶理由が意味不明であると指摘する本願
(1)

明細書【0014】(前記1 (2)キ)の「この軸受は,シャフト封止材と同時に設計

される。 との記載部分が明瞭であって,
」 法36条4項の規定に違反しない旨を主張

する。

そこで検討すると,前記(1)に引用の本願明細書【0014】の記載部分は,
(2)

被告の主張するように,確かに,日本語としていささか不明瞭なものであり,上記

引用に係る記載部分は,より明瞭なものに補正されることが望ましい。しかし,本

願明細書の他の記載に照らして善解するならば,本願明細書の図1に記載された本

願発明の「軸受」という部材と「シャフト封止材」という部材とを同時に設計する

ことで,両者が整合したものとなるべきであるという趣旨に読めなくもない。

しかも,上記「軸受」及び「シャフト封止材」は,いずれも本願発明を構成する

部材ではないから,上記引用に係る記載部分が,上記のとおりいささか不明瞭であ

るとしても,そのことによって,当業者が本願発明を実施することができなくなる

というものではない。

したがって,前記(1)に引用の本願明細書【0014】の記載部分は,法36
(3)

条4項とは無関係であるというほかなく,その記載がいささか不明瞭であるからと

いって,本願明細書が法36条4項に違反することになるというものではない。こ

れに反する被告の主張は,その前提を欠くものとして,採用できない。

よって,原告の前記(1)の主張には理由がある。
(4)

5 本願明細書【0025】の記載部分について

原告は,本件審決が引用する本件拒絶理由が理由不明であると指摘する本願
(1)

明細書【0025】(前記1 (2)コ)の「全ての巻線のキャビティにポリマー材料4

2を完全に充填することにより,コイルの内面に滑らかで絶縁性のあるコイル被覆

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43を設けることがさらに可能になる。 との記載部分が明瞭であって,
」 法36条

項の規定に違反しない旨を主張する。

そこで検討すると,本願明細書には,本願発明の巻線間には空気が充填され
(2)

たキャビティが存在するとした上で,そこに「ポリマー材料」を充填する製造方法

について真空状態と加圧状態とを組み合わせてドレンチングにより又はキャスティ

ングにより適切に行われる旨の記載がある(前記1 (2)カ。【0008】 。したがっ


て,当該記載部分を前記(1)に引用の本願明細書【0025】の記載部分と併せて参

照すれば,当業者は,上記製造方法で固定子コイル同士の隙間に形成されるキャビ

ティに「ポリマー材料」が完全に充填されることで,少なくともコイルの内面がコ

イルと「ポリマー材料」により隙間なく充填された面となり,その上に滑らかな被

覆をさらに設けることが可能となることを容易に認識することができたというべき

である。したがって,当業者は,本願明細書の上記記載に基づき,コイルの内面に

滑らかで絶縁性のあるコイル被覆を設け,もって本願発明6を容易に実施すること

ができたものと認められる。

以上のとおり,前記(1)の引用に係る記載部分は,それ自体,明瞭であるといえる

から,法36条4項に違反するものではなく,原告の前記(1)の主張には理由がある

一方,これに反する被告の主張は,いずれも前提を欠くものとして採用できない。

6 結論

以上の次第であるから,原告の主張する取消事由には理由があり,本願明細書は,

36条4項に違反するものとは認められないから,これに反する本件審決は,取

り消されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




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裁判官 井 上 泰 人




裁判官 荒 井 章 光




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