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関連審決 無効2003-35311
関連ワード 承継 /  加工方法 /  公然知られ(29条1項1号) /  公然実施(29条1項2号) /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許出願日 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施権 /  通常実施権 /  知らないで /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 9403号 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
原告 株式会社レザック
訴訟代理人弁護士 松本司
訴訟復代理人弁護士 山形康郎
補佐人弁理士 中谷武嗣
被告 有限会社イデオン
被告 株式会社エル・シー・シー
被告ら訴訟代理人弁護士 上原健嗣
同 上原理子
被告ら補佐人弁理士 鈴江孝一
同 鈴江正二
同 木村俊之
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2004/10/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告有限会社イデオンは、別紙イ号物件説明書(原告案)記載の物件を製造販売してはならない。
2 被告株式会社エル・シー・シーは、別紙イ号物件説明書(原告案)記載の物件を販売してはならない。
3 被告らは、別紙イ号物件説明書(原告案)記載の物件を廃棄せよ。
4 被告らは、原告に対し、各自金1億9200万円及びこれに対する平成13年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は、後記2(1)の特許権を有する原告が、被告有限会社イデオン(以下「被告イデオン」という。)が製造販売し、被告株式会社エル・シー・シー(以下「被告エル・シー・シー」という。)が被告イデオンより購入して販売する自動刃曲加工システムは、同特許権に係る特許発明技術的範囲に属するとして、同特許権に基づき、被告イデオンに対して製造販売の差止め、被告エル・シー・シーに対して販売の差止め、被告らに対して廃棄を求めるとともに、被告らに対して特許権侵害による損害賠償を請求した事案である。
2 当事者間に争いのない事実 (1)特許権 ア 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
特許番号 第2139927号 発明の名称 ナイフの加工装置 出願年月日 平成5年4月21日(特願平5-93975号) 出願公告年月日 平成7年4月26日(特公平7-36934号) 登録年月日 平成11年1月22日 イ 本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書(以下、本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書(ただし、平成6年法律第116号による改正前の特許法64条による補正後のもの)を「本件明細書」といい、特許公報(甲第2号証、本判決末尾添付)を「本件公報」という。)の特許請求の範囲の請求項1、請求項5の記載は、次のとおりである(以下、同特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「第1発明」、請求項5記載の発明のうち請求項1を引用した発明を「第5発明」といい、第1発明と第5発明を包括して「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において、上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し、上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とするナイフの加工装置。」 「【請求項5】 加工するナイフの全長を、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出するようにした請求項1若しくは2記載のナイフの加工装置。」 ウ(ア) 第1発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A 以下を具備するナイフの加工装置において、
@ 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段 A 上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段 B 上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備する C 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する E ナイフの加工装置 (イ) 第5発明を構成要件に分説すると、次のとおりである(構成要件AないしC、Eは、第1発明と共通である。)。
A 以下を具備するナイフの加工装置において、
@ 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段 A 上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段 B 上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備する C 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する D 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する E ナイフの加工装置 (2) 被告らの行為 被告イデオンは、自動刃曲加工システム(ABS303及びABS302FA。以下「イ号物件」という。)を製造販売し、被告エル・シー・シーは、これを被告イデオンから購入して販売している(ただし、イ号物件の特定については後記争点(1)のとおり争いがある。)。
3 争点 (1) イ号物件の特定 (2) 構成要件充足性 (3) 第1発明についての明白な無効理由の存否 (4) 第5発明についての明白な無効理由の存否 (5) 第1発明についての先使用による通常実施権の成否 (6) 損害
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(イ号物件の特定) (1) 原告の主張 ア イ号物件の構成 イ号物件は、別紙「イ号物件説明書(原告案)」記載のとおりである。
イ 構成の分説 イ号物件の構成を分説すると、次のとおりである。
a 以下を具備するナイフの加工装置において、
@ コンピュータ部1には、CAD等で作成された長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1を記憶したFD(フロッピーディスク)等を収納するFDD(フロッピーディスクドライブ)11がある。
A コンピュータ部1は、上記ナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1と、ナイフ素材Aの種類、硬度等に関するデータD2に基づき、ナイフ素材Aの送出量Si及び加工部2の移動ダイス20bに対する曲げ動作量MiのデータD3を算出する演算部15を有している。
b コンピュータ部1には、そのディスプレイ14に表示された欄に、ナイフ素材Aの種類、硬度等に関するデータD2を入力するマウス12及びキーボード13がある。
c 上記演算部15は上記FDD11により入力されたデータD1と上記マウス12及びキーボード13により入力された上記データD2とに基づいてデータD3を算出する d 上記演算部15は上記FDD11により入力されたデータD1における屈曲部におけるナイフ素材Aの中心軸の伸びを考慮してナイフAの全長に関する切断加工データD4を算出する e ナイフの加工装置 (2) 被告らの主張 ア イ号物件の構成 別紙「イ号物件説明書(原告案)」のうち、第1図-1、第2図、「2イ号物件の構造」のうちBないしDは否認し、その余は認める。
イ号物件は、別紙「イ号物件説明書(被告案)」記載のとおりである(同別紙の下線部は、別紙「イ号物件説明書(原告案)」と異なるところである。)。
イ 構成の分説 前記(1)(原告の主張)イ(構成の分説)のうち、構成a@及び構成eは認め、その余は否認する。
2 争点(2)(構成要件充足性) (1) 原告の主張 ア 第1発明 (ア) イ号物件の構成a@は、第1発明の構成要件A@を充足する。
(イ) イ号物件の構成aAは、第1発明の構成要件AAを充足する。
(ウ) イ号物件の構成bは、第1発明の構成要件Bを充足し、イ号物件の構成cは、第1発明の構成要件Cを充足する。
被告らは、平成13年12月7日の本件第2回口頭弁論期日(同日付け被告ら準備書面(1)の陳述)において、イ号物件が構成b、cを備え、第1発明の構成要件B、Cを充足することを認めたが、平成15年3月3日の本件第11回口頭弁論期日(同年1月24日付け被告ら準備書面(9)の陳述)において、イ号物件が構成要件B、Cを充足しないと主張した。これは自白の撤回に該当するものであり、自白の撤回には異議がある。
(エ) イ号物件の構成eは、第1発明の構成要件Eを充足する。
イ 第5発明 (ア) イ号物件の構成a@は、第1発明の構成要件A@を充足する。
(イ) イ号物件の構成aAは、第1発明の構成要件AAを充足する。
(ウ) イ号物件の構成bは、第1発明の構成要件Bを充足する。
(エ) イ号物件の構成cは、第1発明の構成要件Cを充足する。
(オ) イ号物件は、屈曲部の中心軸の伸びにより生ずる直線部分におけるずれを考慮してナイフの全長を算出する機能を有しているから、イ号物件の構成dは、第1発明の構成要件Dを充足する。
(カ) イ号物件の構成eは、第1発明の構成要件Eを充足する。
(2) 被告らの主張 ア(ア) 前記(1)(原告の主張)ア(第1発明)(ア)、(エ)は認め、その余は争う。
(イ)a 本件特許発明の「特性データ」は、機械部の特性に関するデータと刃材の材料特性に関するデータの双方からなるものであり、しかも、これらのデータが別個に備えられているものでなければならないと解される。これに対し、イ号物件に使用されている「特性データ」は、実測値を採用しており、刃材の種類、曲げ加工装置ごとに異なるから、「特性データ」には、機械部の特性と刃材の材料特性の両者が一体として混在しており、機械部の特性に関するデータと刃材の材料特性に関するデータが独立のデータとしては備えられていない。したがって、イ号物件は、第1発明の構成要件B、Cを充足しない。
b 被告らは、平成13年12月7日の本件第2回口頭弁論期日(同日付け被告ら準備書面(1)の陳述)において、刃材の特性が含まれるデータであればいずれも第1発明の「特性データ」に該当すると理解して、イ号物件が構成要件B、
Cを充足することを認めた。しかし、BBS-101やイ号物件の実測値データは「特性データ」と異なるものであるから、この自白は事実に反するものであり、かつ「特性データ」の意味の誤解に基づくものであるから、錯誤に基づくものである。したがって、この自白を撤回する。
(ウ) イ号物件は、「曲げ加工形状入力手段」により入力された「幾何学的な曲げ加工形状」と、各種の「実測値」のデータ入力手段により入力された実測値のデータベースとに基づき、ブレード(刃材)の曲げ加工データを算出しているものであって、本件特許発明にいう「特性データ」を用いて「演算(算出)」する構成ではないから、構成要件Cを充足しない。
イ(ア) 前記(1)イ(第5発明)(ア)、(カ)は認め、その余は争う。
(イ) 前記ア(イ)aと同様の理由により、イ号物件は、第5発明の構成要件B、Cを充足しない。
(ウ) 本件明細書の記載に照らすと、第5発明の構成要件Dにいう「上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」とは、材料取りのためにナイフの全長を算出するに当たって、ナイフを直線部と屈曲部とに分け、直線部の長さについてはCADデータに規定された寸法を用い、屈曲部については、本件公報の図4(b)における中心軸Yの伸びmの分だけCADデータの中心軸Yの長さから差し引いた値、すなわち同図の中立軸Xの長さを用いて、両者の合計としてナイフの全長Lを計算するものであると解釈することができる。
これに対し、イ号物件における円弧長の調整は、まず一区切りの刃材の試し曲げを行い、その結果をテストパターン板と対比して、両者の間にずれが生じている場合には、そのテストパターン板における溝の中心線を基準に、前後端におけるコーナー部のずれを測定し、それを用いて円弧長を調整するものであり、中立軸の長さが算出されることはない。したがって、イ号物件は構成要件Dを充足しない。
3 争点(3)(第1発明についての明白な無効理由の存否) (1) 被告らの主張 ア BBS-101 (ア) 被告らは、本件特許発明の出願日前である平成2年3月には、既に、
製品名を「BBS-101」とするナイフ加工装置を製造販売していた。BBS-101は、「特性データ入力手段」、「演算手段」を備え、その構成は第1発明の構成と同一である。
(イ) したがって、第1発明は、特許出願前に日本国内において公然知られ又は公然実施をされており、第1発明に係る特許は、特許法29条1項1号又は2号(平成11年法律第41号による改正前)に違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
イ マスターベンダー (ア) 原告は、遅くとも本件特許発明の出願日前である平成5年3月には、
「特性データ入力手段」及び「演算手段」を備え、第1発明の構成要件をすべて充足する自動刃曲加工装置である「マスターベンダー」を富山ファースト・リース株式会社に販売し、納入していた。
(イ) したがって、第1発明は、特許出願前に日本国内において公然実施をされており、第1発明に係る特許は、特許法29条1項2号(平成11年法律第41号による改正前)に違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
ウ 乙第19号証等 (ア) 乙第19号証(月刊「CARTON BOX(カートン・ボックス)」1992年(平成4年)8月号)には、第1発明の「特性データ」を備えた橘製作所の自動刃曲機が掲載されており、平成4年8月には、そのような自動刃曲機が既に販売されていた。乙第19号証には、橘製作所の自動刃曲機が、CADに「素材名」を入力することにより多様な帯刃素材に対応することが記載されており、同自動刃曲機が「特性データ入力手段」を備え、それにより入力された「特性データ」に基づく修正機能を有していたことは明らかである。
(イ) BBS-101、マスターベンダーが第1発明と全く同一でなかったとしても、当業者は、本件特許発明の出願日前に、BBS-101又はマスターベンダーに橘製作所の自動刃曲機の「特性データ」の内容を適用することにより、第1発明を容易に発明することができた。
(ウ) したがって、第1発明に係る特許は、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
エ 乙第25号証等 (ア) 乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報)、第26号証(英国特許出願公開第2116086号公報)は、本件特許発明の出願前に外国において頒布された刊行物である。
(イ) 乙第25号証には、金属帯材(metal strip)、特にシート材料を切り抜くための切断刃(cutting blade)を製造するための金属帯材の曲げ加工装置及び曲げ加工方法に関する発明が記載されている。
乙第25号証にいう「characteristic」という語は、ナイフの曲げ加工に関する「特性」を意味し、ナイフの曲げ加工データを算出する際にこれを考慮することは、ナイフのシート加工性能を向上させるなど、ナイフの曲げ加工を正確にするという技術的意義を有する。そして「characteristic」は、マイクロコンピュータに格納されることが明記されている。
本件明細書の記載からして、第1発明の「特性データ」は、屈曲による伸び量とスプリングバック量を共に考慮したものに限定されない。
したがって、乙第25号証の「characteristic」は、本件特許発明の「特性データ」に該当するものである。
(ウ) 乙第25号証の図7のブロック48には、曲げ加工データの算出に当たって演算が介在していることが示されており、この演算は、乙第25号証が依拠する乙第26号証記載の「曲げ加工形状入力手段」から入力された「幾何学的な曲げ加工形状」と「特性データ」とに基づいて「曲げ加工データ」を算出するために、マイクロコンピュータによって行われるものである。
(エ) したがって、第1発明は、特許出願前に外国において頒布された刊行物である乙第25、第26号証に記載された発明と同一であり、又はその発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、第1発明に係る特許は、特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前)又は特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
(2) 原告の主張 被告らの主張はいずれも争う。
ア BBS-101は、実測値のデータベースが入力されているだけであり、第1発明の「特性データ入力手段」、「演算手段」を備えておらず、第1発明と構成が異なる。
イ マスターベンダーは、本件特許発明の出願日前に販売、納入されたときには、第1発明の「特性データ入力手段」、「演算手段」を備えず、第1発明と構成が異なっていた。マスターベンダーは、その後のバージョンアップにより、第1発明と同じ構成、機能を有するようになったものであり、特許出願日前から第1発明と同じ構成、機能を有していたものではない。
ウ(ア) 乙第19号証には、「CADに素材名、スプリングバック量を入力することにより、スプリングバック量の数値管理ができ、最大100種類、標準で10種類の帯刃素材に対応できる。」と記載されているが、「スプリングバック量を入力することにより、スプリングバック量の数値管理」をすると記載されているから、そこに開示された内容から推測される技術は、スプリングバックに関する実測値データを入力し、入力されたデータの範囲で曲げ量に修正を加える機能を有しているという程度にすぎず、BBS-101の機能と同程度のものにすぎない。そうであるとすると、乙第19号証により、「特性データ」に基づく修正機能を有する自動刃曲機が公知となっていたと解することは誤っている。
(イ) したがって、BBS-101や本件特許発明の出願日前に販売されていたバージョンアップ前のマスターベンダーに、乙第19号証記載の橘製作所の自動刃曲機を適用しても、当業者が第1発明を容易に発明することができたとはいえない。
エ(ア) 乙第25号証について被告らが「特性データ」と訳している「characteristic」という語は、単に「特性」という意味であり、「スプリングバックに関する特性」を示す趣旨で用いられており、所定の変位量で曲げ量を変位させた際に得られた実際の曲げ角(スプリングバックが生じた状態の角度)を測定した数値を採取したものであって、本件特許発明の「特性データ」に該当しない。
被告らは、これを自己に都合がいいように「特性データ」と訳しているだけである。
「characteristic」という語を、本来の訳である「スプリングバックに関する特性」と言い換えて乙第25号証を読むと、スプリングバック量を実測してその実測値データを結んで得られる曲線を6次多項式に置き換えて必要修正量を算出することが開示されているにすぎず、そこには、屈曲による伸び量とスプリングバック量を共に考慮しつつ修正を加えるための「特性データ」に関する説明はなく、また、当業者が第1発明を容易に想到するための手がかりとなる技術は一切開示されていない。さらに、実測値を集積したデータベースに基づいて曲げ加工データを導くということは、所望の曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具合の変位量を加工データとして用いているだけであるから、曲げ加工データの算出に当たって演算は介在していない。
(イ) したがって、第1発明は、乙第25号証に記載された発明と同一ではなく、また、乙第25号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものでもない。
4 争点(4)(第5発明についての明白な無効理由の存否) (1) 被告らの主張 ア 乙第25号証 第5発明のうち第1発明を引用する部分(構成要件A@、AA、B、
C、E)は、乙第25号証に記載された発明と同一である。
イ 乙第32号証等 (ア) 乙第32号証(特開昭59-47029号公報)記載の「L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」という計算式は、仮にそれが板厚の減少を考慮して屈曲部の伸びを補正するものであるとしても、その技術的意義は、板材の全長を算出するに当たり、屈曲部の長さを中心軸の長さとして算出することにある。
曲げによって中立軸が内側にどれだけ移動するかは、板厚の大小ではなく、曲げ半径/板厚の値によって決定されるが、このことは、曲げ加工の技術分野において周知であるから、加工対象となる板厚の相違をもって、本件特許発明と乙第32号証記載の発明との相違ということはできない。また、本件特許発明は1回の動作で曲げを達成することを排除するものでないから、曲げ回数の相違をもって、本件特許発明と乙第32号証記載の発明との相違ということはできない。
(イ) 乙第33号証(塑性加工研究会・プレス便覧編集委員会編「プレス便覧」)には、曲げ角度θ(度)、材料の曲げを含まない部分の長さa、b、最初の板厚t、曲げ半径ri、中立面の位置λの場合のV型製品の展開長さLは、
L=a+b+x・・・・(40) ただし x=(ri/t+λ)tπ(θ/180)・・・・(41) という式で計算されることが記載されている。
乙第32号証記載の前記(ア)の計算式に代えて、中立軸の長さを算出するという技術的意義を有する乙第33号証の上記式(40)、(41)を用いれば、本件特許発明構成要件Dを想到するのは容易である。
(ウ) 乙第33号証のみならず乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」)にも、屈曲部では中立面が内側に移動するため中心軸が伸びることを考慮して、ブランクの長さを中立軸の長さとして算出することが記載されており、板材の曲げ加工の技術分野において、曲げによる中心軸の伸びを考慮してブランクの全長を算出することは周知である。また、乙第35ないし第39号証の公開特許公報又は特許公報に示すとおり、当該技術分野において、曲げによる伸びを考慮して加工データを補正することは単なる慣用手段にすぎない。
(エ) したがって、第5発明は、乙第25号証に記載された発明と、乙第32号証若しくは第33号証に記載された発明、乙第35ないし第39号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、第5発明に係る特許は、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
ウ 「発明の詳細な説明」の記載 (ア) 本件明細書の記載からして、第5発明の特徴の一つは、「幾何学的な曲げ加工形状」と「特性データ」とに基づいて、「演算手段」が「ナイフの曲げ加工データ」を算出する点にあり、したがって、「幾何学的な曲げ加工データ」と「特性データ」とに基づき、具体的にどのようにして「曲げ加工データ」を算出するのかを明らかにしなければ、第5発明の中核的部分を開示したことにはならない。ところが、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、「このように決定された曲げ動作回数Nを満足するように特性データD2に含まれる各種パラメータを用いて上記曲げ動作量Mi、送り出し動作量Siが演算される。」(本件公報10欄7行ないし10行)と記載されているのみであり、「特性データD2」に含まれる「各種パラメータ」(これ自体、その範囲が不明瞭であり、互いに特性が全く異なるものである。)を用いてどのようにして「曲げ動作量Mi」及び「送り出し動作量Si」を演算するかは依然不明である。
また、材料特性と機械部の特性という全く異なる2種類のデータをどのように関連づけて「曲げ加工データ」を算出するかという点について、当業者が容易に実施できる程度に具体的に記載されていない。
(イ) したがって、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないから、第5発明に係る特許は、特許法36条4項(平成6年法律第116号による改正前)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法123条1項3号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
(2) 原告の主張 被告らの主張はいずれも争う。
ア(ア) 乙第32号証は、NCタレットパンチプレス機における板金加工作業に関する発明である。NCタレットパンチプレス機において曲げの対象となる板金は、厚さは3o程度(最大で6.3o程度)、大きさは900o×1800o程度(最大で1575o×2050o程度)の、十分な厚みを有する大型の板材である。また、その曲げは、所望の曲げに適合する金型に板材を載せ、プレス機で一気に力を掛け、一回で曲げを達成するものである。また、乙第33、第34号証は、
プレス機に関する文献であるから、対象となる板材は、十分に厚みを有する大型の板材であり、曲げの方法もプレス機による1回曲げを前提としている。
これに対し、本件特許発明が曲げの対象としているのは、肉厚寸法0.4ないし1.0oのごく薄いナイフ(刃材)(通常、幅は23.5o)であり、このような薄い部材を送り出しながら、ダイスを送り出しに合わせて複数回押し出すことによって曲げを実施する。このような場合、板厚の減少を基に補正式を考慮することは不可能であるから、1回の押し出しに伴い発生する「中心軸の伸びm」を考慮することによって伸びによる補正を行うこととしているのである。
したがって、乙第32号証記載の発明が対象とする部材、曲げ方法は、本件特許発明が対象とする部材、曲げ方法と明らかに異なる。
(イ) 乙第32号証には、材料の必要寸法を求めるに当たり、屈曲部分の寸法について、(θ/360)2π(R+t0/2)という計算式によって求めることが記載され、板材の厚さtではなく、曲げ部分の平均板厚t0を用いるとされている。曲げ部分の平均板厚とは、特定の材質、板厚、曲げ方法の下で曲げを行うことによって、伸びを原因として薄くなった板材の厚みを実測した平均値であるから、屈曲部分の寸法を表す上記計算式は、曲げ実施後に薄くなった板材の2分の1の位置の弧の長さを求める式である。NCタレットパンチプレス機のようなプレス機による板金加工がされた場合には、板材が十分な厚みを有しているから、伸びの結果が板材の厚みの減少という形で明確に現れ、このような現象を利用して屈曲部の伸びを補正するために上記計算式が考え出されたものである。したがって、乙第32号証の発明は、材料の必要寸法Lを求めるに当たり、「板材の厚みの減少を考慮して」屈曲部の伸びを補正しているが、「中心軸の伸び」を考慮したものではない。
(ウ) したがって、乙第32ないし第34号証によって、第5発明に進歩性がないことが明らかであるとはいえない。
(エ) なお、乙第35ないし第39号証の発明が前提としている折り曲げ加工機は、いずれもパンチプレス機及び同様の機能を有するプレスブレーキ機によるものであるから、乙第35ないし第39号証によっても、第5発明に進歩性がないことが明らかであるとはいえない。
イ 明細書の「発明の詳細な説明」は、その内容に基づいて当業者が発明を実施できる程度に記載されていれば足りる。
被告らは、本件明細書に具体的な関係式が明確に記載されていないと主張するが、「動作回数N」を求めるための関係式の説明としては、「多角形の各辺と該各辺に内接又は外接する円弧との誤差が許容範囲D1′内となるようなルール下にて曲げ動作回数Nを演算により決定する」(本件公報9欄42行ないし45行)ような関係式との説明がされており、当業者であれば、上記記載に基づき容易に実施可能である。また、上記「曲げ動作回数N」を導くことによって多角形の形状(角度及び一辺の長さ)が確定するから、当業者が「曲げ加工データD4′(曲げ動作量Mi、送り出し動作量Si)」の演算を実施することは容易である。
したがって、本件明細書の「発明の詳細な説明」は、当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されているから、第5発明に係る特許に無効理由はない。
5 争点(5)(第1発明についての先使用による通常実施権の成否) (1) 被告らの主張 被告らは、本件特許発明の出願前の平成2年3月ごろ、第1発明の内容を知らないで、第1発明と同一内容のナイフ加工装置(製品名BBS-101)を発明し、以後、それを製造販売していたから、第1発明につき先使用による通常実施権を有する。そして、先使用の効力は、特許出願の際実施していた実施形式だけではなく、そこに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶところ、イ号物件は、BBS-101から若干バージョンアップされて変更されているが、BBS-101の内容を承継したものであり、データの取得方法、その入力方法、演算方法のすべてがBBS-101と全く同様であり、BBS-101と実質的に異なるところはないから、イ号物件にも先使用の効力は及ぶ。
したがって、被告らによるイ号物件の製造販売は、先使用による通常実施権に基づくものである。
(2) 原告の主張 被告らの主張は争う。
BBS-101は、第1発明の「特性データ入力手段」、「演算手段」を備えておらず、第1発明と構成が異なるから、被告らは、第1発明につき、先使用による通常実施権を有しない。
6 争点(6)(損害) (1) 原告の主張 被告らは、平成10年9月1日から平成13年8月31日までの間に、イ号物件を単価800万円で少なくとも120台製造販売し、被告らは、それによって少なくとも1億9200万円の利益を得た。
(2) 被告らの主張 原告の主張は争う。
当裁判所の判断
1 争点(3)(第1発明についての明白な無効理由の存否)について検討する。
(1)ア 乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報。1984年9月19日公開。発明の名称「金属帯材を曲げる装置と方法」。以下「乙25公報」ということがある。)には、次のとおり記載されている(記載内容は和訳により示す。)。 (ア) 「この発明は金属帯材を曲げる装置と方法に関する。特に、原皮などのシート状のものから薄板片を打ち抜く切断刃となる金属帯材を曲げ加工する装置と方法とに関する。」(乙25公報1頁5行ないし9行) (イ) 「帯材の長手方向への増分的な送り出し量と、ツールにより帯材に加えられる増分的な曲げ角度の大きさとを制御することにより、一連の小さな曲げが施され、それが集まって所定の曲げ又は形状を帯材に与えるようになっている。」(同1頁25行ないし30行) (ウ) 「この検査の必要性は、金属帯材が曲げの後にスプリングバックする傾向があることに主に起因している。その場合、スプリングバックの程度は帯材ごとに異なり、また、加えられる曲げ角度にもよるので一概には決められない。」(同2頁6行ないし10行) (エ) 「本発明の第1の目的は、帯材に加えられた永久的な曲げ角度を検査する方法に関し、第2の目的は、帯材のスプリングバックに対する補正を目的としている。」(同2頁12行ないし15行) (オ) 「ヘッド16の回転角度と、ピン18の進退と、帯材の長手方向の移動とは、制御された状態で行われ、それにより一連の増分的な曲げ加工を加え、その累積効果として所定の形状が帯材に形成される。帯材は、ピン18による帯材の曲げ加工中長手方向に移動しないように固定される。」(同9頁23行ないし30行) (カ) 「図5の特性(characteristic。乙第25号証添付の訳文では「特性データ」。以下、同じ。)は装置が最初にセットされたときの最初の目盛定めの段階で求められる。既知の曲がり角A2をもった金属帯材が装置にかけられ、ヘッド16をツール18が帯材に電気的に接触するまで回転させる。既に述べたように、
接触は、ピン18の電位がゼロになることで感知される。マイクロコンピータは既知の角度A2に対応する角度A1のデータを保存し、各点を通るように6次多項式を適合させると図5の特性(characteristic)が得られる。」(同10頁23行ないし32行) (キ) 「金属帯板のスプリングバックを補正するために、ヘッド16は、スプリングバック後に目的の角度となる角度を回転する。この補正は図6の特性データに基づいて行われる。図6の特性(characteristic)は、ヘッド16の実際の回転角A4と、その結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示している。
図6の特性(characteristic)は、各処理単位が曲げ加工される前の準備段階で求められる。この特性(characteristic)は、各処理単位の帯材の特性(characteristics)の指標とみなすことができる。ヘッド16は複数の角度A4で回転され、その結果生じた永久的な曲がり角は、ピン18を帯材に向けて移動させ、ピンと帯材が接触するピン18の角度を記録し、図5の特性(characteristic)から、対応する永久的な曲がり角A5を求めることにより測定される。」(同10頁34行ないし11頁15行) (ク) 「各点を通るように6次多項式を適合させると図6の特性(characteristic)が得られ、この特性(characteristic)はマイクロコンピュータ内に格納される。この種の特性(characteristics)を多数格納しておき、実測の段階で何らかの乖離が判明すれば、それを考慮して修正されるようにしてもよい。」(同11頁17行ないし22行) (ケ) 「図7は、帯材のスプリングバックの補正とオフセット補正の実行を図示する論理図である。マイクロコンピータにより生成されたデータは、長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる一連の指令の形になっている。このデータ46は、スプリングバックの補正段階48において修正され、同補正段階48は、指令された曲げ角度を図6に従い修正する。」(同12頁8行ないし15行) イ 上記アの乙25公報の記載によれば、同公報記載の発明において、マイクロコンピュータが「入力手段」及び「演算手段」を備え、「演算手段」への入力や出力は「データ」によって行われ、図6で示される「特性(characteristic)」もマイクロコンピュータ内ではデータとして取り扱われることが認められる。 そして、乙25公報における「・・・一連の小さな曲げが施され、それが集まって所定の曲げ又は形状を帯材に与えるようになっている。」(上記ア(イ)参照)及び「マイクロコンピータにより生成されたデータは、長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる一連の指令の形になっている。」(上記ア(ケ)参照)という記載からみて、一連の長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる入力データ(46)を生成するための「所定の曲げ又は形状」を表す入力データ及び入力データの入力手段が備えられることは、マイクロコンピュータを扱う当業者にとってその記載から自明な事項であると推認される。
ウ したがって、上記ア(ア)ないし(オ)、(キ)、(ケ)の記載及び上記イの認定からして、乙25公報には次の発明(以下「乙25発明」という。)が記載されているものと認められる。 「所定の曲げ又は形状を表す入力データを入力する入力手段と、上記入力手段により入力された上記入力データに基づいてヘッド16の回転角度と帯材の長手方向の移動とを制御する出力データを算出する演算手段(48)とを具備する、
切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置において、上記演算手段(48)が上記入力手段により入力された入力データと、各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)とに基づいて、出力データを算出する切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置。」 (2)ア 第1発明と前記(1)ウの乙25発明とを対比すると、乙25発明の「切断刃となる金属帯材」及び「曲げ加工する装置」は、第1発明の「長尺薄板状のナイフ」及び「加工装置」にそれぞれ相当し、乙25発明の「所定の曲げ又は形状を表す入力データ」、「入力手段」、「演算手段」及び「出力データ」は、その技術的意義からみて、「幾何学的な曲げ加工形状」、「曲げ加工形状入力手段」、「演算手段」及び「ナイフの曲げ加工データ」にそれぞれ相当する。 そして、乙25発明の「各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じた帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)」は、ナイフの曲げ加工に関する金属帯材の特性を表しているから、第1発明の「特性データ」に相当する。
さらに、乙25公報に「図6の特性(characteristic)は、・・ピンと帯材が接触するピン18の角度を記録し、図5の特性(characteristic)から、対応する永久的な曲がり角A5を求めることにより測定される。」(前記(1)ア(キ)参照)及び「各点を通るように6次多項式を適合させると図6の特性(characteristic)が得られ、この特性(characteristic)はマイクロコンピュータ内に格納される。この種の特性(characteristic)を多数格納しておき、・・・修正されるようにしてもよい。」(前記(1)ア(ク)参照)と記載され、上記「特性データ」を測定し、記憶し、修正していることからすると、マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして、乙25発明が「特性データ」の記憶手段、及び「特性データ」を記憶手段に入力する手段を有することが推認される。そして、「演算手段」が「特性データ」を扱っていることからすると、マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして、乙25発明が、「特性データ」の記憶手段から「演算手段」に入力する手段、
すなわち「特性データ入力手段」を有することも、推認される。
イ 以上によれば、第1発明と乙25発明は同一であると認められる。
(3) したがって、第1発明は、その特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一であり、第1発明についての特許は、特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前)に違反して特許されたものであり、
特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
よって、第1発明の技術的範囲に属することを理由とする本件特許権に基づく差止め、損害賠償の請求は、権利の濫用に当たり許されない。
(4) なお、乙第29、第30号証及び弁論の全趣旨によれば、第1発明についての特許については、被告イデオンが、平成15年7月25日付け審判請求書により無効審判を請求し(無効2003-35311号)、特許庁審判官は、平成16年1月30日、第1発明についての特許を無効とする旨の審決を行ったことが認められる。しかし、同審決の帰趨については、当事者の主張するところではなく、本件記録上も明らかでない。
2 争点(4)(第5発明についての明白な無効理由の存否)について検討する。
(1) 前記1で検討したところからすれば、第5発明のうち第1発明を引用する部分(構成要件A@、AA、B、C、E)は、乙第25号証に記載された発明と同一である。
(2) 第5発明の構成要件Dについて検討する。
ア 乙第35ないし第39号証 (ア) 乙第35号証(特開平2-20620号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「曲げ加工機のNC装置」)には、「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に、「曲げ加工は、位置決めされた板材をパンチ及びダイにて曲げ加工するものであるため、板材の材質、厚み、曲げ金型の種別(特にダイのV溝幅)、曲げ角度など曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずる。」(同公報1頁右欄2行ないし6行)と記載され、「課題を解決するための手段」の項に、「本発明の曲げ加工機のNC装置は、第1図にその概要を示すように、板材の伸びに関する補正量を前記板材の材質、厚み、曲げ金型の種別、曲げ角度など各種曲げ条件毎に区分して記載する補正量データテーブル1と、・・・データ入力部5より入力された加工データに対し前記補正量データテーブル1を検索し当該加工データに所定の補正量を与える演算部7と・・・を備えたことを特徴とする。」(同公報2頁左上欄7行ないし18行)と記載されている。
したがって、乙第35号証には、曲げ加工において、板材の材質、厚み、曲げ金型の種別、曲げ角度などの曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずることから、各種加工データに板材の伸びに関する補正量を与えることが記載されているものと認められる。
(イ) 乙第36号証(特開平4-279219号公報。平成4年10月5日公開。発明の名称「折曲げ加工機の工程データ編集装置」)には、「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に、「折曲げ加工機はパンチ及びダイから成る金型間に被加工板材(ワーク)を介在させ、両金型を相対的に接近動作させることにより、ワークを任意の角度に折曲げ加工する機械であり、両金型の制御方式には、金型位置制御方式と、角度フィードバック方式とがある。」(同公報1欄29行ないし34行)、「これら金型位置制御方式の折曲げ加工機は、金型位置を制御することにより、ワークが所定角度に折曲げ加工されるであろうことを推定して曲げ加工を行うため、金型位置を設定するためには、多くの試し曲げを行う必要があった。・・・フランジ長さはワークの伸びを考慮して定めなければならないので、これがための試し曲げも必要となる。」(同公報2欄3行ないし12行)、「これら試し曲げの回数を極力少なくするために、材質、板厚、金型形状に応じ、金型制御位置を自動的に演算すると共に伸びに応じてフランジ長さ設定装置(バックゲージ装置)の制御位置を自動的に演算することも行われている。」(同公報2欄13行ないし17行)、「ところが、この制御位置自動演算方式にあっても、確実な金型制御位置を割り出すのは難しく、どうしても、ある程度の補正を与えてやる必要がある。」(同公報2欄18行ないし20行)と記載されている。また、「発明が解決しようとする課題」の項に、「本発明は、補正データテーブルを簡易に作成でき、補正データの入力操作が容易で、かつ工程編集操作を簡明に行うことができる折曲げ加工機の工程データ編集装置を提供することを目的とする。」(同公報2欄40行ないし43行)と記載され、「作用」の項に、「本発明の折曲げ加工機の工程データ編集装置によれば、作成された制御データを直接または間接に補正する補正値データとして曲げ角度と伸びの補正値データを定めるので、特に曲げ角度の補正に関しては金型移動量を補正するのではなく角度で認識させるので、直観的で判り易い。」(同公報3欄20行ないし25行)と記載されている。
したがって、乙第36号証には、曲げ工程におけるフランジ長さはワーク(被加工板材)の伸びを考慮して定めなければならないこと、伸びに応じたフランジ長さを設定する金型の制御位置を割り出すための補正データとして、曲げ角度と伸びの補正データを定めることが記載されているものと認められる。
(ウ) 乙第37号証(特開昭62-72434号公報。昭和62年4月3日公開。発明の名称「板材折り曲げ加工方法」)には、「特許請求の範囲」に、「板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し、基準位置から折り曲げ予定線までの距離を、折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで補正算出し、前記補正済距離に相当する折り曲げ予定位置にマーキングを行ない・・・」と記載されている。
したがって、乙第37号証には、板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し、折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで、基準位置から折り曲げ予定線までの距離を補正算出することが記載されているものと認められる。
(エ) 乙第38号証(特公平1-12568号公報。平成元年3月1日公告。発明の名称「プレスブレーキによる板材の折曲げ加工方法」)には、「特許請求の範囲」に、「プレスブレーキを用いて板材の複数箇所をそれぞれ所望の角度に折曲げ加工する方法にして、板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法H1〜H nおよび各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びα1〜α nに基いて展開長DPを演算して板材を予め展開長DPに剪断し・・・」と記載されている。
したがって、乙第38号証には、板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法及び各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びに基づいて展開長を演算して板材を予め展開長に剪断することが記載されているものと認められる。
(オ) 乙第39号証(特開平1-309728号公報。平成元年12月14日公開。発明の名称「折曲げ加工用金型・曲げ順設定方法」)には、「発明の詳細な説明」中に「ステップS110で第7図の(B)に示したごとき板厚、材質、金型V型および曲げ角度を参照して、演算処理手段27で折曲げの特異性である伸び量、内曲げR、スプリングバック量の演算処理を行なう。」(同公報4頁左上欄1行ないし5行)と記載されている。
したがって、乙第39号証には、板厚、材質、金型V型及び曲げ角度を参照して、演算処理手段で、特定の折曲げに伴う伸び量、内曲げR、スプリングバック量の演算処理を行うことが記載されているものと認められる。
(カ) 上記(ア)ないし(オ)の認定によれば、本件特許発明の出願時には、板材の曲げ加工において、曲げによる延びを考慮して加工データを補正することは、慣用手段であったことが認められる。
イ 乙第32号証 (ア) 乙第32号証(特開昭59-47029号。昭和59年3月16日公開。発明の名称「折り曲げ加工に用いる展開図表示装置」)には、「発明の詳細な説明」中に次のとおり記載されている。
「キーボード3からの入力によって、材料データとしての材質、板厚(t)および曲げ方法の種別が指定されると、CPU部1は前記した予め記憶装置2に格納されている材料特性データ群から、該当する材質、板厚、曲げ方法に対応する曲げ部分の平均板厚(t0)を選択し読出す。
又、キーボード3から入力された図面情報としての寸法データから材料の曲げを含まない部分の長さ(a,b)をCPU部1で演算して求めておく。
このようにして@曲げ部分の平均板厚(t0)A曲げ半径(R)B材料曲げを含まない部分の長さ(a,b)C曲げ角度(θ)をパラメータとして、CPU部1は次式の演算を行ない、曲げ代を含めた材料の必要寸法Lを求める。(第5図参照) L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」(乙第32号証3頁左上欄15行ないし右上欄11行) (イ) 上記(ア)の「L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」のうち、a、bは材料曲げを含まない部分の長さであるから、曲げ部分の長さは(θ/360)2π(R+t0/2)の計算式で表されている。
ところで、乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」昭和50年10月25日発行)及び弁論の全趣旨によれば、曲げ部の板厚が当初の板厚より減少することは、本件特許発明の出願時の技術常識であったものと認められ、上記計算式のt0は、平均板厚すなわち曲げにより減少した後の板厚を示している。そうであるとすると、上記計算式は、曲げにより板厚が減少することを前提として、曲げにより減少した後の板厚を基に材料の必要寸法の長さを計算しているものである。
しかし、上記計算式により算出されているのは、曲げにより板厚が減少した後の板厚の中央部、すなわち中心軸の長さであり、それは、曲げによって伸びた後の板材の中心軸の長さである。そして、前記ア(カ)認定のとおり、本件特許発明の出願時には、板材の曲げ加工において、曲げによる延びを考慮して加工データを補正することは慣用手段であったから、上記計算式により中心軸の長さを求めるに当たっては、曲げによって中心軸が伸びたことも考慮されているものと認められる。
ウ 以上によれば、本件特許発明の出願時において、当業者は、乙第32号証に記載された発明に、板材の曲げ加工において曲げによる延びを考慮して加工データを補正するという慣用手段を組み合わせることにより、構成要件D(上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する)につき容易に想到することができたものと認められる。
エ 乙第32号証の発明は、「NCタレットパンチプレス・・・による板金加工作業におけるNC用プログラム作成の前処理としての展開図作成に関する」(乙第32号証1頁右欄4行ないし7行)が、板材の曲げ加工に関する技術分野に属する点では本件特許発明と同様であるから、当業者は、上記のとおり、乙第32号証記載の発明と上記慣用手段により、構成要件Dにつき容易に想到することができたものと認められる。
(3) したがって、第5発明は、特許出願前に当業者が、特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である乙第25号証、第32号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。
よって、第5発明の技術的範囲に属することを理由とする本件特許権に基づく差止め、損害賠償の請求は、権利の濫用に当たり許されない。
3 結論 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 守山修生