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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ4040特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成11ワ3857損害賠償請求事件 判例 特許
平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15ネ514特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  改良発明 /  確実性 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  守秘義務 /  公然実施(29条1項2号) /  頒布された刊行物 /  公衆に利用可能 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  分割出願 /  クレーム /  薬事法 /  後発医薬品 /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  製造承認 /  出願経過 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  混同 /  請求の理由 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 3043号 特許権侵害差止請求事件
原告 リヒターゲデオン ベジェセティ ジャール アールテー
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
補佐人弁理士 岩田弘
同 中嶋正二
被告 東和薬品株式会社
訴訟代理人弁護士 新保克芳
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2003/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙物件目録1及び2記載の物件を製造し、販売し並びに販売のために展示してはならない。
2 被告は、被告の所有する別紙物件目録1及び2記載の物件を廃棄せねばならない。
事案の概要
1 本件は、後記2(1)の特許権を有する原告が、被告に対し、別紙物件目録1及び2記載の医薬品(以下、別紙物件目録1記載の医薬品を「被告医薬品1」、別紙物件目録2記載の医薬品を「被告医薬品2」といい、これらをまとめて「被告医薬品」という。)の製造販売が本件特許権を侵害するとして、本件特許権に基づき、
被告医薬品の製造、販売及び販売のための展示の差止め、並びに被告医薬品の廃棄を求めた事案である。
2 基礎となる事実(証拠等を付記した部分以外は、当事者間に争いがない。) (1) 特許権 原告は、次の特許権(「本件特許権」といい、その特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。なお、本件明細書の内容は、本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報(甲第2号証)記載のとおりである。また、本件明細書の記載を引用する際には、段落番号を示す。)を有する。
特許番号 第2708715号 発明の名称 形態学的に均質型のチアゾール誘導体の製造方法 出願年月日 昭和62年8月4日 出願番号 特願平6-196865号 登録年月日 平成9年10月17日 優先権主張 国 名 ハンガリー共和国 出願年月日 1986年(昭和61年)8月5日 特許請求の範囲第1項、第2項 1.その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777cm-1にあり、及びその融点が159〜162℃であることを特徴とする「B」型のファモチジン。
2.形態学的に均質なファモチジン〔化学名:N-スルファモイル-3-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジン〕の製造方法において、任意の形態学的組成のファモチジンを加熱下に水及び/又は低級脂肪族アルコール中に溶解し、及び「B」型の製造の場合には、生成物を、40℃以下の温度で過飽和させたその過飽和溶液から沈澱させ、そして目的生成物を、得られた結晶の懸濁液から分離することを特徴とする方法。
(2) 特許発明構成要件 本件明細書の特許請求の範囲第1項に記載された特許発明(以下「本件特許発明」という。)の構成要件を分説すると、次のとおりである。
@ その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、
A その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777cm-1にあり、及び B その融点が159〜162℃である。
(以下、本件特許発明構成要件は番号で特定する。構成要件@ないしBを充足するファモチジンがB型ファモチジンである。) (3) 技術事項 ア DSC測定 DSC(Differential Scanning Calorimetry)測定とは、示差走査熱量測定のことであって、標準物質と被検資料とを同時に加熱して温度差が生じた場合、その温度差を打ち消すために必要なエネルギーを加える方法であり、その測定値により得られるDSC曲線は、吸熱反応・発熱反応に対して逆向きのシグナルを与える。DSC測定による物質の同定は、融解吸熱最大温度がグラフ上にピークとして現れるかどうかを確認することにより行われる。標準物質には、測定温度範囲内で熱的変化を起こさないものを用いる。(弁論の全趣旨) イ 赤外吸収スペクトル 分子はそれぞれ固有の振動をしており、分子に波長を変化させた赤外線を連続的に照射していくと、分子固有の振動エネルギーに対応した赤外線が吸収され、分子の構造に応じた特有のスペクトルが得られる。この赤外吸収スペクトルから分子の構造などを解析する方法を赤外吸収スペクトル法という。赤外吸収スペクトルによる物質の同定は、グラフ上に特性吸収帯が現れるかどうかを確認することにより行われる。
有機化合物を構成する基は、それぞれ固有の振動スペクトルを生じるので、吸収波数から試料の定性分析が可能となり、また、吸収強度から定量分析が可能となる。本件特許発明は、3つの特性吸収帯が吸収波数として特定して記載されており、これらの吸収波数のすべてが認められるファモチジンがB型ファモチジンであり、これらの特性吸収帯の吸収強度は特定されていないから、対象であるB型ファモチジンの定量値が規定されているとはいえない。
(弁論の全趣旨) ウ 融点 第14改正日本薬局方解説書には、「融点測定は各国とも微量法が採用されており、試料を加熱する浴の温度を徐々に上昇するいわゆるgoing through法で測定を行うため、浴温と試料自身の温度とは厳密には一致しない。また試料が純粋で、試料自身はある一定温度で融解が行われるとしても、その間浴温は絶えず上昇しているから、浴温を観測すると融け始めから融け終わりまでに温度幅を生じることになる。試料が不純な場合は共融点で融解が始まるから温度幅は一層広くなる。したがって、
では測定装置や方法を規定し、その条件下において試料が決められた状態となる温度を融点としている。医薬品各条に記載されている融点範囲は融け始めから融け終わりまでの温度幅ではなく、試料が決められた状態となる温度がその範囲内にあれば良いという意味である。また物質が融点に達するまでに脱水、熱分解又は着色をしたり、融解と同時に発泡したりして融点を不明確にするものがあるので、このときは融点に『約』の表示をし、(分解)と記している。」と記載され(融点測定法B-655頁、注1。甲第3号証の1)、また、「融点とは結晶性物質において融解が極めて徐々に行われ、固相と液相が平衡状態にあるとみなされるときの温度と定義されている。」、「上記物理化学的な融点定義とは異なり、各国薬局方では毛細管中の試料を加熱浴で徐々に温度上昇し、浴温を測定するという間接的方法を採用している。したがって測定器具や測定操作法が異なると融点も多少異なってくる。」、「は融け終わりの温度を融点として、これが医薬品各条に規定された範囲内にあれば良いことになっており、独特のものであるが、またこの融点範囲は一般の融解範囲と混同されやすいので注意が必要である。医薬品各条では融点を示性値として規定したものと、参考値として性状中に掲げたものがある。」と記載されている(融点測定法B-657頁。甲第9号証)。(上記「」とは、日本薬局方を指す。) (4) ファモチジンの結晶型 ファモチジンには、結晶型の相違により、A型とB型がある(以下、ファモチジンのA型結晶、B型結晶を、それぞれ単に「A型」、「B型」という。)。
(5) ファモチジンに関する先行技術 ファモチジンは、山之内製薬株式会社(以下「山之内製薬」という。)が開発した物質であり、同社が、その物質及び製造方法につき特許権を有し(その公開特許公報は、特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号であり、特開昭59-227870号の公告公報は平成4-60990号である。)、同社は、ファモチジンを含有する医薬品を、「ガスター」の商品名で、本件特許発明優先権主張日(昭和61年8月5日)前の昭和60年7月から、我が国において販売した。特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号の各公開特許公報に開示されていたファモチジンは、ファモチジンの結晶型にA型とB型があることが判明している現在の知見からすると、A型とB型の混合物であった。
本件特許発明優先権主張日前に公知であった刊行物ではないが、原告がファモチジンの製造方法に関して本件特許出願前に出願した特許の公開特許公報(特開昭62-96481号)の実施例に開示されていたファモチジンも、現在の知見からすると、A型とB型の混合物であった。
特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号及び特開昭62-96481号の各特許公報においては、ファモチジンの結晶多形の存在及び特定の型の結晶を得る条件については言及されていなかった。
(甲第10、第11号証、第16号証、第18号証、乙第3号証の2、弁論の全趣旨) (6) 本件特許発明の分割の経緯 本件特許発明の分割の経緯は、次のとおりである。
昭和62年8月4日、@A型ファモチジン、AB型ファモチジン及びBA型ファモチジンとB型ファモチジンの製造方法の3つの発明を包含する原特許出願(特願昭62-193855号)がされ、昭和63年4月30日、出願公開(特開昭63-99065号)された。この原特許出願の発明のうち、B型ファモチジン及びその製造方法の発明について分割出願(特願平6-196865号)がされ、
平成7年12月5日、出願公開(特開平7-316141号)され、平成9年10月17日、本件特許発明として登録された。分割された原特許出願は、A型ファモチジン及びその製造方法の発明について特許査定を受け登録された。山之内製薬は、本件特許発明について原告から実施の許諾を得ている。
(甲第2号証、第12、第13号証、弁論の全趣旨) (7) 被告医薬品の製造承認等 被告は、平成14年3月15日、被告医薬品1について、本件特許権の実施権者である山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤である「ガスター錠」と同一の後発医薬品として、また、同月12日、被告医薬品2について、同社が製造販売するH2受容体拮抗剤である「ガスター散」と同一の後発医薬品として、それぞれ薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を取得した(ただし、被告は、「同一の後発医薬品」とは、化合物として同一であることが要求されるにとどまる旨主張する。)。
被告は、現在、被告医薬品について、健康保険法に基づく薬価収載申請を行い、同法の適用を受ける健康保険薬として販売をすべく準備中である。医薬品について同法に基づく薬価収載を受けた者は、薬価収載の日から3か月以内に発売するように行政指導されている。薬価収載は毎年7月上旬に行われるから、被告医薬品につき平成15年7月上旬に薬価収載が行われた場合、被告は、それ以後3か月以内に被告医薬品を発売することになる(弁論の全趣旨)。
(8) 被告医薬品中のファモチジン 日本薬局方に収載された医薬品を成分とする製剤について厚生労働大臣に対して医薬品の製造承認を申請するに当たっては、その成分の規格は日本薬局方に定める規格に合致するものでなければならない。
「ファモチジン」は、第12改正日本薬局方第1追補(平成5年10月公布)に初めて収載され、現行の第14改正日本薬局方(平成13年3月公布)にも収載されている医薬品であり(以下、第14改正日本薬局方に収載されているファモチジンを「日本薬局方ファモチジン」という。)、第14改正日本薬局方の「ファモチジン錠」の「製法」の項には、「本品は『ファモチジン』をとり、錠剤の製法により製する。」と記載されており、「ファモチジン散」の「製法」の項には、
「本品は『ファモチジン』をとり、散剤の製法により製する。」と記載されている。
被告医薬品1は、日本薬局方ファモチジンを原薬とする日本薬局方ファモチジン錠であり、被告医薬品2は、日本薬局方ファモチジンを原薬とする日本薬局方ファモチジン散であるから、被告医薬品に含まれるファモチジンは、いずれも日本薬局方ファモチジンである。
(9) 日本薬局方のファモチジンに関する記載 ア 第14改正日本薬局方の通則には、「日本薬局方の医薬品の適否は、その医薬品各条の規定、通則、生薬総則、製剤総則及び一般試験法の規定によって判定する。ただし、性状の項のにおい(ただし、生薬を除く)、味(ただし、生薬を除く)、結晶形、溶解性、液性、安定性、吸光度、凝固点、屈折率、脂肪酸の凝固点、旋光点、粘度、比重、沸点及び融点、並びに医薬品各条中の製剤に関する貯法の保存条件は参考に供したもので、適否の判定基準を示すものではない。」(通則3頁)と記載されている(甲第3号証の3)。
イ 第14改正日本薬局方の「ファモチジン」の「性状」の項には、「本品は白色〜帯黄白色の結晶である。」、「融点:約164℃(分解)」と記載されている(各条第一部1816頁。甲第3号証の2)。
第14改正日本薬局方の「ファモチジン」の「確認試験」の項の「(2)」には、「本品を乾燥し、赤外吸収スペクトル測定法の臭化カリウム錠剤法により試験を行い、本品のスペクトルと本品の参照スペクトルを比較するとき、両者のスペクトルは同一波数のところに同様の強度の吸収を認める。」と記載されており(各条第一部1817頁。甲第3号証の2)、同薬局方には、ファモチジンの参照赤外吸収スペクトルが示されている(参照赤外吸収スペクトル第一部3214頁。甲第3号証の4)。
(10) 欧州特許に対する異議申立事件の経緯 本件特許に対応する欧州特許(欧州特許第256747号。以下「対応欧州特許」という。)の欧州特許庁における特許異議申立事件の経緯は、次のとおりである。
メルク社及び山之内製薬は、平成5年(1993年)8月10日、欧州特許庁異議部に対し、対応欧州特許について、その発明は刊行物に記載された発明であること、公然使用に当たること(欧州特許法54条2項)等を理由として、新規性を欠くので無効であるとの申立てをした。メルク社は、その子会社が、欧州において優先権主張日前に販売されていたファモチジン製剤を入手し分析したところ、
B型が含まれていることが明らかになったとして、公然使用を主張したものであった。これに対し、欧州特許庁異議部は、平成9年(1997年)12月29日付の最終異議決定において、公然使用を理由として、対応欧州特許のB型の物質特許クレーム新規性がないと判断した。
さらに、欧州特許庁審判部は、上記異議決定の取消審判請求に対する平成13年(2001年)5月21日付の審決において、対応欧州特許のB型の物質特許クレームは、欧州特許第128736号の参考例4に記載された発明に当たり(欧州特許法54条2項)、新規性がないと判断した。
(甲第21号証、弁論の全趣旨) (11) 先願特許の参考例 本件明細書(【0003】)において引用された欧州特許第128736号明細書(乙第3号証の1)の特許出願に対応する我が国における特許出願は特願昭58-102206号であり、その公開特許公報は特開昭59-227870号、公告公報は特公平4-60990号である。欧州特許第128736号明細書の参考例4は、特開昭59-227870号公開特許公報及び特公平4-60990号特許公報の参考例4に該当し、この参考例4は、次のとおりである(以下、欧州特許第128736号明細書の参考例4並びにこれに対応する特開昭59-227870号公開特許公報及び特公平4-60990号特許公報の参考例4を、単に「参考例4」という。)。
「参考例4 3-[〔〔〔2-(ジアミノメチレン)アミノ〕-4-チアゾリル〕メチル〕チオ〕-N-スルフアモイルプロピオンアミジン(フアモチジン)スルフアミド88.4kgをメチルアルコール340リットルに加熱下溶解し、30℃に冷却する。この溶液に参考例3の生成物114.2kgを3回に分けて、撹拌下20-30℃で加える。(第2回目及び第3回目はそれぞれ第1回目の8時間後および24時間後に加える)。反応混合物をさらに2日間、20-30℃で撹拌した後生成した結晶をろ取し、冷メチルアルコール200リットルで洗浄し、室温に空気乾燥する。収量87.5kg。mp.157.6℃。
生成物の一部をジメチルホルムアミド-水から再結晶し、さらに等モル量の酢酸水に溶解した後等モル量の稀水酸化ナトリウム水溶液を加えることにより析出させた結晶は、つぎの理化学的性状を示す。
(T)mp163〜164℃ (U)Anal.(C 8H 15 N 7O 2S 3として) C(%) H(%) N(%) 理論値 28.48 4.48 29.06 実測値 28.37 4.48 28.97 (V)NMR(DMSO-d6)δ: 2.50(2H、m、-SCH2CH 2-) 2.65(2H、m、-SCH2CH 2-) 中略 (W)Mass.(FD法)m/e338」(特開昭59-227870号公開特許公報2頁左下欄18行ないし右下欄18行、特公平4-60990号特許公報第5欄21行ないし第6欄27行) (甲第18号証、乙3号証の1、2、弁論の全趣旨) 3 争点 (1)ア 本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものか。
イ 日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明が対象とするB型か。
ウ 被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属するか。
(2) 本件特許に、本件特許発明は、優先権主張日前に日本国内又は外国において公然実施された発明であるという無効理由が存在することが明らかか。
(3) 本件特許発明は単にファモチジンの物理的性状を特定しただけで医薬品としての効果を示したものでないことから、本件特許権の行使は権利の濫用か。
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件特許発明の対象)について (1) 原告の主張 ア 構成要件Aの赤外吸収スペクトルの値は、吸収波数の値は示していても、吸収強度は特定していないから、本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものではなく、A型の混入の少ないB型同等物をも対象に包含する。
イ(ア) B型にA型が混合している場合、物質の機能や特性は、混合比率が少ない場合はB型と実質的に同じであるが、混合比率が多い場合はB型と異なってくる。そして、赤外吸収スペクトルよりもDSC測定による方が、より少量のA型の存在を鋭敏に検出することができる。
A型が混合していても、DSC測定によっては検出されるが赤外吸収スペクトルによっては検出されない場合は、A型の混合比率が少なく、物質の機能や特性はB型と実質的に同じであるのに対し、A型の混合がDSC測定によってはもとより赤外吸収スペクトルによっても検出される場合は、A型の混合比率が多く、物質の機能や特性はB型と実質的に異なる。
(イ) 本件特許発明優先権主張日前に公知であったファモチジンは、A型とB型の比率が35ないし45:65ないし55で、A型の混合比率が高くかつその比率が安定しない結晶混合物であり、このようにA型の比率が高いと、DSC測定によってはもとより、赤外吸収スペクトルによってもA型が検出される。そして、本件特許発明優先権主張日前においては、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されずB型のみが検出されるファモチジンは知られておらず、そのように赤外吸収スペクトルによってB型のみが検出されるファモチジンが、本件特許発明の対象である。
したがって、本件特許発明の対象には、B型100%のもののほか、
A型が混合していてもその混合比率が少なく、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されないものもB型同等物として含まれる。
赤外吸収スペクトルにA型の特性吸収帯が現れるのは、A型が約15%以上含まれる場合であるから、A型が10%程度含有されていても、B型同等物として、本件特許発明技術的範囲に含まれる。
ウ DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)及び融点(構成要件B)は、赤外吸収スペクトル(構成要件A)によって、対象物が、公知のA型及びB型の混合物と区別された、本件特許発明の対象であるB型と同定された後、B型であることを確認するため補助的に用いられる特性である。
本件特許発明構成要件@ないしBを満たしていれば、A型などの多少の不純物が含まれていても、全体として実質的に変わりがなく、本件特許発明の作用効果が奏されるから、本件特許発明技術的範囲に含まれる。
エ 本件明細書に、純品を得る目的について、「明らかにされていない組成の多形混合物から区別すること」(【0018】)と記載されているから、本件明細書には、B型の特性を把握するために純粋のB型を得る技術を開発したことが記載されているにすぎない。また、原告の特許庁審査官に対する平成8年9月26日付意見書(乙第8号証。以下「平成8年意見書」という。)において「混合物」(同意見書[意見の内容]2頁7行)と述べられているのは、同意見書の他の箇所において「混合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効能におけるバッチ間の差が著しくなり得るからであります。・・・のみならず、薬剤の製造バッチ間差も回避できる」(同2頁11行ないし16行)と記載されていることから、組成の一定しない混合物の意味である。したがって、本件明細書及び平成8年意見書は、本件特許発明を100%のB型に限るものではない。
本件明細書の「他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物を調製し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を60℃で24時間マグネチックスラーターで撹拌した。」(【0030】)という記載は、単にA、Bいずれの型が安定型であるかを確認するために行った熱力学的安定性試験の実施に際し、A型とB型を95:5の比率で混ぜた異型混合試料を用いた旨が記載されているだけであり、異型が5%含まれれば混合物であることを定義したものではない。
オ したがって、本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものではなく、A型を含有していてもその混合比率が少なく、物質の機能や特性がB型と実質的に同じであるB型同等物を対象に含む。そして、A型が10%程度含有されていても、B型同等物として、本件特許発明技術的範囲に属する。
(2) 被告の主張 ア 本件特許発明の特許出願は、A型の純品を対象とする発明とB型の純品を対象とする発明を包含する分割前の原特許出願のうち、B型の純品を対象とする発明の特許出願を分割したものであり、分割後の原出願は、A型の純品を対象とする発明として特許査定を受けている。
イ 本件明細書には、「本発明は形態学的に均一なファモチジン(Famotidine)の製造方法に関する。」(【0001】)、「両者の場合において研究者達は、組成が規定されない(明らかになっていない)『A』型及び『B』型の混合物を得ていたことが明白と思われる。」(【0003】)、「本発明は更に形態学的に均質なファモチジンの製造方法に関する。」(【0012】)、「本発明の方法の最大の利点は、本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な、良く制御された技術を与え、及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。」(【0018】)と記載されている。
本件特許出願に対する拒絶理由通知(平成8年3月12日付。乙第7号証)に対する平成8年意見書においては、「このことは、本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります。」(同意見書[意見の内容]1頁28行ないし29行)、「純品たるB型ファモチジンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1〜3記載のファモチジンとは相違し、
且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」(同2頁7行ないし9行)、「因みに、物理的又は物理化学的性質の著しく異なる化合物の双方を含む混合物は、薬剤製品の製造工程において不利であります。その理由は、その混合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効能におけるバッチ間差が著しくなり得るからであります。よって、B型ファモチジンを純品で得ることは、薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず、薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは、ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1〜3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」(同2頁10行ないし18行)と記載されている。
これらの記載の趣旨は、A型とB型の混合物では、製造バッチ間で、A型とB型の割合が異なり、薬剤の効能に著しい差が生じるが、ファモチジンを純品で得ると、薬理性能が優れ、しかも製造バッチ間の差を回避することができ、本件特許発明によれば、そのような純品が得られるということである。このように、本件特許発明の特許性について、B型であって、A型とB型の混合物であった従来例と異なることが強調されているのであるから、本件特許発明の対象が混合物であってもよいということはない。
ウ 本件明細書には、「他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物を調製し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を60℃で24時間マグネチックスラーターで撹拌した。」(【0030】)という記載があり、少なくとも、別型の結晶が5%含まれていれば混合物であることが示されている(しかし、これは、5%未満であれば混合物でないことを示すものではない。)。
赤外吸収スペクトルにおいて、B型には3500cm-1の特性吸収帯があるから、A型中に5%のB型があれば、B型の検出は可能であるが、A型にはこのような独自の吸収帯がないから、B型中にA型が5%存在しても、赤外吸収スペクトルによってA型を検出することは困難である。本件明細書には、「赤外スペクトルの最良の評価可能領域において、3500cm-1を越えると、『B』型のみが吸収帯を有する。それは伝統的な光学配置の分光光度計を用いた場合でさえもファモチジンの『A』型中の5%の『B』型の存在を検出することを可能にするような特徴である。」(【0033】)と記載され、A型中に5%の異型(B型)があれば純品でない旨記載されているから、原告の主張するように、B型中に異型(A型)が5%以上存在しても赤外吸収スペクトルで検出されなければ混合物ではなく本件特許発明の対象であるとすることは、本件明細書の記載に反する。
本件明細書には、「ファモチジンの従来公知の製造方法の我々の再現試験の間に、これらの試験をDSC〔示差走査熱量測定(differential scanning calorimetry)〕により分析した際にファモチジンが二つの型即ち『A』及び『B』型を有することがわかった。1℃/分の加熱速度を用いて測定されたこれらの型の吸熱最大の場所は『A』型の場合において167℃であり、及び『B』型の場合には159℃であった。」(【0002】)という記載がある。この記載により、本件特許発明の対象を決定するためにDSC測定は不可欠の要件であり、DSC測定で融解吸熱最大温度が159℃より高ければ、B型ではなく、本件特許発明の対象外であることが示されている。
DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)及び融点(構成要件B)について、原告の主張するように、「赤外吸収スペクトル(構成要件A)によって、公知のA型及びB型の混合物と区別されるB型と同定された後に、B型であることを別の特性で確認するため補助的に用いられる特性である。」と解する根拠はない。
エ したがって、本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものであり、A型を含むものは、本件特許発明技術的範囲に属さない。
2 争点(1)イ(日本薬局方ファモチジン)について (1) 原告の主張 ア(ア) 日本薬局方にはDSC融解吸熱最大温度の値は示されていない。しかし、本件特許発明発明者の製造に係り、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯が日本薬局方に示された参照赤外吸収スペクトルと同一であることから日本薬局方ファモチジンと同一物質であると認められるファモチジンについて、DSC測定を行ったところ、融解吸熱最大温度は、加熱速度1℃/分において159.5℃であった。
したがって、日本薬局方ファモチジンは、構成要件@を充足する。
(イ) 日本薬局方ファモチジンの参照赤外吸収スペクトルの特性吸収帯は、本件明細書(【0019】)の表1の「B」型欄に記載された特性吸収帯及び構成要件Aに示された特性吸収帯と一致する。
したがって、日本薬局方ファモチジンは、構成要件Aを充足する。
(ウ) 日本薬局方ファモチジンの融点は、「ファモチジン」の「性状」の項に、「約164℃(分解)」と記載されており、この164℃という温度は、構成要件Bの「159〜162℃」とはわずかに相違する。
しかし、日本薬局方の融点としては融け終わりの温度が記載されており、「約」、「(分解)」は、融点が不明確であることを意味するし、この融点は「性状」の欄に記載されているから、単に参考情報であって、日本薬局方ファモチジンであることを確認するための判定基準ではない。また、本件特許発明発明者は、「Comparison of the polymorphic modifications of famotidine」(Journal of Pharmaceutical & Biomedical Analysis vol7,5所収。甲第7号証)において、発明者が製造したB型の融点はかなり変わりやすいことを明らかにし、その理由として、融解前に分解が始まり、加熱速度の遅速により融点が変動する旨を説明している(同書566頁下から2行目ないし最終行及び568頁1行ないし4行。
訳文4頁)。
そもそも融点は、測定操作上の基準が各国で相違すること、測定時の操作条件や測定者の個人差により測定値が異なること、必ずしも一定の温度で明瞭に観測されないこと、純度によって相違が現れ易いこと及び同一融点の物質が多数存在していることなどから、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であり、おおよその一致で足りるとするのが当業者の常識である。実際、B型の融点は、ハンガリー薬局方第7版に従って159.7ないし161.5℃と測定されても、日本薬局方に従って測定すると1ないし2℃高い162.1℃と測定される。
被告が、赤外吸収スペクトルの測定では0.5%程度の測定誤差は問題としないと主張しながら、融点の測定では厳格な一致を必要とする旨主張するのは失当である。
したがって、日本薬局方ファモチジンの融点は、構成要件Bの融点と異ならず、日本薬局方ファモチジンは、構成要件Bを充足する。
イ 目視による色の違いは、光線の加減によっても変わり得ることなどから、第14改正日本薬局方においてファモチジンの色が淡黄白色とされていることをもって、日本薬局方ファモチジンが白色のB型と薄黄色のA型の混合物であることの根拠とすることはできない。
ウ 以上によれば、日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明が対象とするB型又はその同等物である。
(2) 被告の主張 ア 第14改正日本薬局方は、日本薬局方ファモチジンについて、結晶型を特定しておらず、B型が100%のものに限定することもしていない。
イ(ア) 赤外吸収スペクトルによっては、化合物を同定することはできるが、結晶型が特定の純品かどうかを判定することはできないから、日本薬局方ファモチジンの参照赤外吸収スペクトルの特性吸収帯が、本件明細書(【0019】)の表1の「B」型欄に記載された特性吸収帯及び構成要件Aに示された特性吸収帯と一致したとしても、日本薬局方ファモチジンが、本件特許発明が対象とするB型であることにはならない。
(イ) 本件明細書には、「本発明は一方においてファモチジンの『A』型に関する。この型は、その融解の吸熱最大がDSCで167℃にあり、その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3450、1670、1138及び611cm-1にあり、及びその融点が167〜170℃であることにより特徴付けられる。」(【0010】)、「本発明は他方において、ファモチジンの『B』型に関する。
この型のその融解の吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外線スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777cm-1にあり、及びその融点が159〜162℃であることにより特徴付けられる。」【0011】)と記載されており、A型とB型の間に融点の明確な差があることが記載されている。日本薬局方の融点の測定方法は、本件特許発明の出願当時も現在と違いはなく、世界的に見て特殊な融点の測定方法を採用したものではないから、本件特許発明構成要件Bの融点と日本薬局方に記載された融点とを比較することは可能である。
本件明細書には、「我々の測定による3500、3400及び1600cm-1における吸収帯が明確に低融点の『B』型に対応し、及び3240cm-1における吸収帯が高融点の『A』型に対応するその赤外分光データに関してスペイン特許明細書第536,803号〔インケ社(INKE Co.)〕により支持されている。この混合物-特性は又、『A』型の1005及び986cm-1吸収帯及び『B』型の1009及び982cm-1吸収帯の融合から生じ得る1000cm-1における吸収帯によっても証明される。この混合物-特性は又、冒頭で述べた我々のDSC-データを上記スペイン特許明細書における融点データ(162〜164℃)並びにヨーロッパ特許明細書第128,736号に公開された158〜164℃の融点と比較することによっても証明することができる。」(【0003】)と記載されており、B型が高融点のA型に比べて低融点であること、公知のスペイン特許明細書に記載された融点データ(162〜164℃)と本件特許発明構成要件Bの融点のデータ(159〜162℃)を比較することができる旨記載されており、日本薬局方ファモチジンの融点と構成要件Bの融点が異ならないとすることは、このような本件明細書の記載と矛盾する。
日本薬局方の融点に「約」、「(分解)」の表示がされている趣旨は、前記第2、2(3)ウのとおりであり、日本薬局方ファモチジンは、162℃以上になると徐々に黄色に着色し、162.5℃付近から融け始め、164℃付近で熱分解して発泡して黄褐色となるというのが実態であり、構成要件Bの融点が「159〜162℃」とされているのとは明らかに異なる。
したがって、日本薬局方ファモチジンの融点は、構成要件Bの融点と異なる。
ウ ファモチジン結晶の色については、対応欧州特許に対してメルク社が行った異議申立ての申立書に、同社の研究陣の知った事実として、B型が白であり、
A型が薄黄色であることが述べられており、この申立てに対する答弁において、原告はこれを争っていないから、B型が白、A型は薄黄色である。
日本薬局方ファモチジンは、「白色〜帯黄白色」とされているから、その色からして、A型とB型の混合物である。
エ 以上によれば、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であり、本件特許発明が対象とするB型ではない。
日本薬局方ファモチジンの性状等を決定するに当たっては、B型であった山之内製薬のガスターを参照したものと思われるが、最終的には、B型に限らない内容により決定されている。
3 争点(1)ウ(技術的範囲への属否)について (1) 原告の主張 日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明が対象とするB型であり、本件特許発明技術的範囲に属する。被告医薬品に含有されるファモチジンは、日本薬局方ファモチジンであるから、被告医薬品に含有されるファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属し、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属する。
被告医薬品に含有されるファモチジンにA型が5ないし10%程度含まれているとしても、B型同等物として本件特許発明技術的範囲に属する。
熱力学的に安定なA型とそうでないB型の結晶析出を一定比率に制御することは技術的に不可能であるから、被告は、本件特許発明の技術によりB型を製造し、原告の別の特許発明の技術によりA型を製造し、これらをA型が5ないし10%となるように混合しているとしか考えられない。
(2) 被告の主張 本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものであり、A型を含むものは、本件特許発明技術的範囲に属さない。日本薬局方ファモチジンはA型を含み、100%のB型ではないから、本件特許発明技術的範囲には属さない。
したがって、日本薬局方ファモチジンが本件特許発明技術的範囲に属することを前提として被告医薬品が本件特許発明技術的範囲に属するとする原告の主張は成り立たない。
A型とB型の混合比率が一定の混合物を恒常的に製造することは、製造条件の設定によって可能であり、被告医薬品の原薬であるファモチジンは、結晶化を含む一貫した工程により製造された、5ないし10%のA型と90ないし95%のB型を含有する結晶の混合物である。
したがって、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属さない。
4 争点(2)(無効理由)について (1) 被告の主張 ア 山之内製薬が本件特許発明優先権主張日前の昭和60年7月に販売を開始したガスターは、参考例4の公知の方法に準じて製造されており、発売当初からB型結晶のみが用いられている。山之内製薬高萩工場生産管理グループのPの陳述書(乙第2号証。以下「P陳述書」という。)によれば、本件特許発明優先権主張日の前後に山之内製薬が生産したファモチジンの原末はB型である。
特許発明実施が販売等の譲渡である場合、購入者等が守秘義務を負っていない限り、特許発明実施品が譲渡されれば、それは公然実施に該当する。ガスターは、本件特許発明優先権主張日前から広く医療用医薬品として一般に販売されており、入手した者が赤外吸収スペクトルによって分析することが可能であった。
山之内製薬が優先権主張日前に病院等に配布したガスターのインタビューフォームに記載された赤外吸収スペクトルの吸収帯は、赤外吸収スペクトルの測定に0.5%程度の誤差があることを考慮すれば、本件明細書(【0046】)に記載されたB型の吸収帯と合致する。医薬品のインタビューフォームは、広く医薬関係者に配布され、秘密保持を前提としていないから、ガスターにB型が含有されることは、インタビューフォームによっても公表されていた。
ファモチジンの類似化合物であるシメチジン等において結晶多形が存在することは知られていたから、当業者であれば、ファモチジンについて結晶多形が存在することを推測することは容易であった。
ガスターの製造販売によって本件特許発明の内容は知り得る状態に置かれていたから、本件特許発明公然実施されていたものである。
イ 参考例4を追試すると、本件特許発明が対象とするB型100%のものが得られ、そのことは山之内製薬合成技術研究所合成技術担当主管研究員Q作成の1993年(平成5年)8月4日付実験報告書(乙第4号証の2。以下「Q実験報告書」という。)のDSCチャートによって確認される。
原告提出の早稲田大学理工学部教授R作成の平成14年6月25日付実験報告書(甲第17号証。以下「R実験報告書」という。)の実験は、Q実験報告書の実験と比べて、中和時の温度及び結晶析出操作の温度を高く設定し、結晶析出操作時間を長くかけるなど条件が異なっているし、参考例4を追試したR実験報告書の実験1は、得られた粗製ファモチジンの結晶型が示されておらず、実験4には、中和時の撹拌が行われず、結晶型の混合比率が記載されていないなどの不備があるから、R実験報告書が存在するとしても、参考例4の追試によって得られるファモチジンのA型の混合比率が35ないし45%であるとか、参考例4の追試によってB型の純品が得られないなどということはできない。
ウ 対応欧州特許のB型を対象とする発明は、前記第2、2(10)のとおり、
新規性を欠くものとされた。
FT-IR顕微鏡赤外分光法(以下「FT-IR法」という。)が本件特許発明優先権主張日当時に存在しなかったという原告の主張の根拠は、弁理士岩田弘及び中嶋正二作成の対応欧州特許の異議及び審判事件の経過説明書(甲第21号証)によれば、FT-IR法の製薬研究における適用について記述した図書が昭和63年(1988年)に発刊されたという点に尽きる。しかし、山之内製薬が欧州特許庁に提出した東レ分析センター株式会社作成の分析結果報告書(乙第12号証)には、FT-IR法による分析は昭和57年(1982年)より導入された旨記載されているから、原告の上記主張は事実に反する。原告は、同様の主張を、
対応欧州特許の審判請求の理由書で述べたが、審決では全く顧みられなかった。
原告が欧州特許庁審判部に提出したマルコ実験報告書には、参考例4の追試によって、A型、A型とB型の混合物の他、B型がほぼ100%の粗製ファモチジンが得られたことも示されている。
R実験報告書には、参考例4の追試によって得られたファモチジンの結晶型が記載されていないから、同報告書によっては、欧州特許庁審判部が最も重視した、マルコ実験報告書においてB型がほぼ100%の粗製ファモチジンが得られたという事実を否定するのは不可能である。
エ したがって、本件特許発明は、その優先権主張日前に公然実施されていた。
(2) 原告の主張 ア 特許出願前の公然実施(特許法29条1項2号)とは、当業者である不特定人がその発明の技術内容を容易に知り得るような状況における実施をいい、実施の有無の認定の基礎として、実施当時における技術常識参酌することにより導き出される事項も含まれる。
本件特許発明優先権主張日前には、構成要件@のDSC融解吸熱最大温度、構成要件Aの赤外吸収スペクトル、構成要件Bの融点を示すB型ファモチジンは、いかなる文献にも開示されていなかったし、山之内製薬が、ガスターに含有されるファモチジンがB型であることを開示したこともなかった。結晶多形は、ファモチジンの類似化合物においても珍しい現象であり、本件特許発明優先権主張日前には、ファモチジンに結晶多形が存在することすら知られていなかったから、
技術常識参酌することにより導き出される事項を含めて考えても、ガスターに含有されるファモチジンがB型であることは、技術的に到底予見することができなかった。
P供述書には、山之内製薬が、本件特許発明優先権主張日前からB型を含有するガスターを製造販売していた旨の記述があるが、仮にそれが事実であるとしても、ガスターに含有されるファモチジンがB型であることは、社外秘として山之内製薬社内に秘匿されており、当業者である不特定人が知り得る状況にあったとは到底いえない。
本件特許発明優先権主張日前にガスターが譲渡され、第三者が入手することができたとしても、当時は、後日開発されたFT-IR法のような特殊な分析方法が存在しなかったから、ガスターに含有されるファモチジンの結晶型を分析して知る方法はなかったし、ガスターの中には、賦形剤等各種の製剤成分が混在しているため、ファモチジン原薬のみを赤外吸収スペクトルにより分析することは不可能であった。
ガスターのインタビューフォームに列挙されている赤外吸収スペクトルの六つの吸収帯は、本件特許発明構成要件Aにおいて特定された吸収帯と相違しており、B型の吸収特性を示しているとは言い難いし、また、ガスターのインタビューフォームにはDSC測定値は全く記載されていない。医薬品のインタビューフォームは、特定の相手先である病院薬剤師に提供されるものであり、慎重な取扱いが要請されており、広く一般に配布されるものではない。
したがって、ガスターの製造販売にインタビューフォームの記載等を合わせても、本件特許発明がその優先権主張日前に公然実施されていたとはいえないし、公知であったともいえない。
イ 参考例4には、「生成物の一部をジメチルホルムアミド-水から再結晶し、さらに等モル量の酢酸水に溶解した後等モル量の稀水酸化ナトリウム水溶液を加えることにより結晶を析出させた結晶」と記載された部分があり、これは、結晶化の動力学的条件を考慮した結晶の析出方法であるかのようである。しかし、参考例4には、B型が生成されたとは書かれていないし、B型を得るための動力学的な制御条件も記載されていない。参考例4が記載された特開昭59-227870号公開特許公報にも、結晶多形の存在を示唆する記載はない。
R実験報告書によれば、参考例4に記載のない条件を適切に設定して同例を追試し、その結果、A型とB型の混合比率が35ないし45:65ないし55の混合物が得られ、B型が得られないことが明らかにされている。Q実験報告書の実験の再結晶過程には、参考例4には記載されていない、B型のみを得る結晶化条件の選択について山之内製薬の社外秘ノウハウが付加されていたはずであり、同実験報告書記載の実験は、本件特許発明優先権主張日当時の技術水準の下での追試とはいえない。
ウ(ア) 対応欧州特許についての異議審査及び審判の経緯は、前記第2、
2(10)のとおりである。欧州特許条約54条は、「(1)発明は、それが技術水準の一部を構成しないときは新規であると認められる。(2)欧州特許出願の出願日前に、書面若しくは口頭、使用又はその他のあらゆる方法によって公衆に利用可能となったすべてのものは技術水準を構成する。」と規定するが、この(1)を評価するに当たって、(2)の解釈に基づき、先行技術において必ずしも明確でなくとも「内在的に開示」されていたことが後日の実証により明らかとなるような場合は技術水準の一部を構成するという運用がされている。ただし、その場合に判断されるべき事項について、欧州特許庁の審判合議体は、公衆に利用可能とされたものに内在したかも知れないものではなく、公衆に利用可能となったものであることを強調し、また、進歩性の評価に関連して検討される「暗示的先行開示」という内在的開示より広い概念を新規性の評価に持ち込むことがないように注意を喚起している。
一方、我が国の特許法における新規性の判断に際しては、欧州特許条約の下での新規性判断におけるような、技術常識参酌して把握することができなくても、後日追試したときに必然的に到達することとなる事項は、内在的に開示されていたものと把握して新規性阻却事由とする、というほど広範囲の事項を参酌することはできない。
(イ) ところで、対応欧州特許の異議審査の最終決定では、本件特許発明優先権主張日前にガスターが市販されていたことをもって公然実施と認定され、
これが無効理由の一つとされている。しかし、ガスターにB型が含まれることは、
本件特許発明優先権主張日当時に存在しなかったFT-IR法によってのみ確認することができる。異議審査においてメルク社が提出したバーガー実験報告書は、
FT-IR法によってガスター中のB型の存在を証明したものであるが、同異議決定は、FT-IR法が本件特許発明優先権主張日当時既に存在したと事実誤認し、その結果、欧州特許条約の適用を誤って、対応欧州特許を無効としたものである。我が国において、そのような事実誤認を伴わずに審査されれば、本件特許発明が無効と判断されることはあり得ない。
欧州特許庁審判部は、参考例4の記載について、それを追試してB型を得たとするQ実験報告書やメルク社の提出したバーガー実験報告書などがあることを理由に、「記載の教示に従って試行すれば必然的にB型に到達することとなるから『内在的開示』があった」として技術水準を構成すると認定し、新規性を否定した。しかし、同審判部の判断には、原告が提出したマルコ実験報告書を誤って排除したことによる事実誤認がある。マルコ実験報告書は、本件特許発明優先権主張日前の分別結晶化制御がされない技術によれば、参考例4の追試によって、A型が得られる場合や実験の都度混合比率の異なるA型とB型の混合物(A型の方が多い場合もある。)が得られる場合もあるという内容であり、これを採用すれば、参考例4により必然的にB型に到達することはなく、内在的開示があったとはいえないという反対の結論が出されたはずである。そして、現時点においては、対応欧州特許の異議事件当時には存在しなかったR実験報告書が存在し、それによれば、参考例4を追試しても必然的にB型に到達せず、A型とB型の35ないし45:65ないし55の混合比率の混合物が得られる場合があることが明らかにされているから、
欧州特許条約の下においても、参考例4によってB型の内在的開示があったと認定されることはない。我が国において審理されても、本件特許発明が無効と判断されることはあり得ない。
(ウ) このように、対応欧州特許についての異議審査及び審判において対応欧州特許が無効と判断されたのは、新規性の判断基準が我が国と異なるとともに、重大な事実誤認があったことによるものであり、対応欧州特許が無効とされたとしても、本件特許が無効であるとはいえない。
エ したがって、本件特許発明は、その優先権主張日前に公然実施されていなかった。
5 争点(3)(権利濫用)について (1) 被告の主張 本件特許発明は、従来から存在していたファモチジンの結晶型をB型に特定したものであり、進歩性があるというためには、100%のB型であることにより顕著な作用効果(薬効)がなければならないが、本件明細書及び原告の平成8年意見書には、顕著な作用効果の記載はなく、A型とB型の物理的性質の相違が述べられているにすぎない。当業者が一定の条件下で製造すれば、A型とB型の混合比率が一定のファモチジンが得られるから、100%のB型であることによる顕著な作用効果はない。ファモチジンについての特許の存続期間が延長の末満了した後もなお、従来のファモチジンに比較した顕著な作用効果を示さず物理的性状のみを特定した本件特許発明に係る本件特許権に基づいて権利行使をすることは、権利濫用である。
(2) 原告の主張 A型とB型の物理化学的性質には、嵩密度が約2倍相違すること、静電荷電傾向が異なり付着性が20倍も異なること、変形比に3.3倍の開きがあること、溶解性に有意な差異があることという点で相違があるから、A型とB型の混合物である公知のファモチジンを使用すると、一定品質のファモチジン含有製剤を得られないという不都合が生ずるのに対し、B型が100%である本件特許発明には、製剤化操作及び医薬製品の品質安定化という格別顕著な作用効果がある。
新薬の開発には巨額の投資を必要とするから、新薬の開発に成功した企業が、新薬の合成法や品質、製剤の改良などの改良発明について特許権を取得の上行使し、新薬原末の特許権の存続期間満了後も投下資本の回収と新薬研究開発の原資を得ることは、特許制度の予定するところである。本件特許発明については、ファモチジンを開発した山之内製薬が対応欧州特許にいったん異議を申し立てたものの、実施許諾を得たという事情があるが、原告の本件特許権の行使は、特許制度が予定する合法的な行為であり、権利濫用に当たらない。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件特許発明の対象)について (1)ア 本件明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲第1、第2項は、前記第2、2(1)のとおりであり、本件特許発明は、「『B型』のファモチジン」を対象とするものである。この「B型」のファモチジン(B型)の意義につき、前記第3、
1の当事者の主張のとおり争いがあるところ(原告は、A型の混入の少ないB型同等物も本件特許発明の対象に包含されると主張するのに対し、被告は、本件特許発明は100%のB型のみを対象とすると主張する。)、特許請求の範囲の記載自体からは、当事者のいずれの主張のように解すべきか、必ずしも明らかではない。
そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、本件明細書の発明の詳細な説明には、その文言の意味が分かりにくい部分もあるが、次の趣旨が記載されているものと認められる。
「本発明は形態学的に均一なファモチジン(Famotidine)の製造方法に関する。ファモチジンが優れたヒスタミン-H2レセプタ遮断効果を有していることは良く知られているが、文献にはファモチジンが多形型をもつかどうかについては示唆がない。」(【0001】) 「ファモチジンの公知の製造方法を再現する実験の間に、DSC測定による分析を行った際、ファモチジンがA型及びB型の二つの型を有することが分かった。1℃/分の加熱速度を用いて測定されたこれらの型の吸熱最大の場所はA型の場合には167℃であり、B型の場合には159℃であった。」(【0002】) 「平行実験の生成物はいつも特に嵩密度及び接着性の点で互いに相違し、赤外吸収スペクトルにおいて大きな相違があった。通常の方法で行われた実験の間、生成物の特性はランダムに広範囲に変化した。スペイン特許第536803号明細書に記載された赤外吸収スペクトルの3500cm-1、3400cm-1及び1600cm-1における吸収帯が明確に低融点のB型に対応し、3240cm-1における吸収帯が高融点のA型に対応する。A型とB型の混合物であることは、A型の1005cm-1及び986cm-1の吸収帯及びB型の1009cm-1及び982cm-1の吸収帯の融合から生じ得る1000cm-1における吸収帯によっても証明される。A型とB型の混合物であることは、前述のA型、B型のDSC測定のデータを、上記スペイン特許明細書における融点データ(162ないし164℃)及び欧州特許第128736号明細書に公開された158ないし164℃の融点と比較することによっても、証明することができる。上記スペイン特許明細書及び欧州特許明細書の場合においては、組成が規定されない又は明らかになっていないA型及びB型の混合物を得ていたことが明白であったと思われる。」(【0003】) 「薬品製造の分野において、製造業者は、決定的に大多数の場合において、構造式の同一性は、薬学的見地からの異なった形態の同一性も意味するとしているので、形態学に余り注意を払わないことがほとんどである。これは、例えば、ほとんどのステロイド化合物に該当する。しかし、例えばメベンダゾールにおけるように、形態学的に異なった型では、生体利用可能性における驚くべき相違があり、あるいはその他のパラメータに関して極端な相違を検出し得る場合がある。ファモチジンは、このような場合の最良の代表例の一つである。」(【0004】) 「研究の目的は、ファモチジン試料の異なった特性の理由を明確にすること、及び更に適当な形態学的純度を有する異なった型のファモチジンの製造方法を作り出すことであった。最初の研究段階においては、ファモチジンの溶解度特性を考慮に入れながら、医薬品製造のための最も普通の溶媒を使用した場合の、結晶化により得られた生成物の形態学的特性の間の相関関係を研究した。全ての状況において一方の型を提供し得るような溶媒を見出すことはできなかったが、
有機溶媒の存在下において、低融点のB型の製造が通常妨害されることを観察することができた。」(【0005】) 「これらの後に、結晶化の動力学的条件の効果を研究したところ、驚くべきことに、これが、得られる生成物の形態学的特性を明確に決定付けるパラメータそのものであることを見出した。」(【0006】) 「得られたファモチジンの形態学的特性と製造の動力学的条件との関係を研究したところ、A型の製造のためには結晶化を熱溶液から出発して比較的小さい冷却速度を用いることにより実施するのが最も好ましいことを見出した。
これとは対照的に、結晶化の間迅速な過飽和により引き起こされる析出によって生成物を得る場合には、この生成物は特性的に低融点のB型になる。」(【0007】) 「迅速な過飽和はファモチジン溶液の極めて迅速な冷却あるいはファモチジン塩基のその塩からの迅速な遊離により達成することができる。迅速冷却の場合には、高容積を用いる際、不確実性要素としてA型及びB型の結晶核の形成速度が出発物質の化学的純度に応じて異なることを考慮すべきである。」(【0008】) 「したがって、本発明は、一方においてファモチジンのA型に関する。この型は、その融解の吸熱最大がDSCで167℃にあり、その赤外吸収スペクトルにおける特性吸収帯が3450cm-1、1670cm-1、1138cm-1及び611cm-1にあり、及びその融点が167ないし170℃であることにより特徴付けられる。」(【0010】) 「本発明は、他方において、ファモチジンのB型に関する。この型は、その融点の吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外吸収スペクトルにおける特性吸収帯が3506cm-1、3103cm-1及び777cm-1 にあり、及びその融点が159ないし162℃であることにより特徴付けられる。」(【0011】) 「本発明は更に形態学的に均質なファモチジンの製造方法に関する。この方法は、任意の形態学的組成のファモチジンを加熱下に水及び/又は低級脂肪族アルコール中に溶解し、及び a)A型の製造の場合には、熱飽和溶液を約1℃/分以下の冷却速度を用いて結晶化させ、あるいは b)B型の製造の場合には、生成物を40℃以下の温度で過飽和させたその過飽和溶液から沈澱させ、
及び両者の場合に目的生成物を、得られた結晶の懸濁液から分離することにより特徴付けられる。」(【0012】) 「本発明の方法により製造されたファモチジンのA型は、167℃の値を有する融解の吸熱最大(DSC曲線上)を有し、その赤外吸収スペクトルの典型的な吸収帯は3450cm-1、1670cm-1、1138cm-1 及び611cm-1にある。」(【0016】) 「本発明の方法により製造されたファモチジンのB型は、159℃の値を有する融解の吸熱最大(DSC曲線上)を有し、その赤外吸収スペクトルの典型的な吸収帯は3506cm-1、3103cm-1及び777cm-1にある。」(【0017】) 「本発明の方法の最大の利点は、本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な、良く制御された技術を与え、及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。多形混合物の代わりに均質多形体を説明することの重要性を示すために、純粋なA型及びB型のファモチジンの測定されたデータからの表を示す。」(【0018】) 以下、【0019】ないし【0032】に、(A)赤外吸収スペクトルデータ、(B)DSC測定データ、(C)X線回析データ、(D)嵩密度、(E)接着性及びアーチ形成(arching)/陥没傾向、(F)ローリング角度データ、
(G)結晶の変形比(deformity ratio)、(H)溶解度データ、(I)熱力学的安定性及び(J)静電荷電のそれぞれにつき、A型とB型のデータが示されている。
「(1)赤外吸収スペクトルの最良の評価可能領域において、3500cm-1を超えると、B型のみが吸収帯を有する。それは伝統的な光学配置の分光光度計を用いた場合でさえも、ファモチジンのA型中の5%のB型の存在を検出することを可能にするような特徴である。」(【0033】) 「(2)嵩密度データには、およそ2倍の相違があり、それは、明らかになっていない形態の物質の場合に、目盛りのついたメジャーの助けによる回分処理が重大な誤差を招く可能性のあることを意味する。」(【0034】) 「(3)二つの型の静電荷電傾向には、一桁の大きさの相違がある。
強く付着するB型の量はA型の量より20倍多い。」(【0035】) 「(4)ローリング及びアーチ形成傾向データに関し、特性データは値のみならず徴候においても異なる。一方の型又は他方の型のいずれか一方のみに対して包装技術処理を信頼性をもって計画することは可能であるが、再現性のない組成の混合物に対しては、それは不可能である。」(【0036】) 「(5)結晶の形状の説明のために規定された変形比の値は、間接的にそれぞれ比表面積を示し、それらは、結晶が一緒に付着することがどの程度可能であるか、すなわちそれらが接着性及びこぶ形成に反映するかを示している。これらの値はA型の場合よりもB型の場合の方が3.3倍高い。」(【0037】) 「(6)上記のより高い比表面積のために、B型の溶解速度は、A型のそれよりも相当に高い。飽和溶解度データに関し、B型についての値も又有意に高いものである。」(【0038】) 「ファモチジンは、薬局方に未だ載っていなかったので、本出願に記載された二つの型のいずれがより良好な治療的値を有しているかについて、明解な答えを与えることは現在のところできない。取扱い及び安定性の見地からはA型の性質は明らかに有利であるが、しかし、薬品の場合においては溶解速度が極めて重要であり、溶解速度はB型の方がより高いことを忘れてはならない。」(【0039】) 「本発明を以下の限定的でない実施例により詳細に説明する。グループTの実施例はA型の製造に関し、そしてグループUの実施例はB型の製造に関する。」(【0040】) イ 以上のような発明の詳細な説明の記載(特に、【0001】、【0002】、【0003】、【0012】、【0018】参照)によれば、本件明細書は、従前結晶多形の存在が知られていなかったファモチジンについて、DSC融解吸熱最大温度、赤外吸収スペクトルの吸収帯及び融点を異にするA型とB型の二つの結晶型があること、A型とB型は、物理化学的性質及び生体利用可能性において大きく相違し、結晶化の動力学的条件により結晶型が決せられることなどを前提として、特許請求の範囲において、純粋なB型とその製造方法を示すことに主眼があったものと認められる。なお、本件特許発明優先権主張日前に存在したファモチジンに関する先行技術に係る刊行物に開示されたファモチジンが、いずれもA型とB型の混合物であったことは、前記第2、2(5)のとおりである。そうすると、本件特許発明に係るB型は、基本的に、A型を含まない純粋なものを意味すると解するのが相当である。
もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件特許発明に示されたDSC融解吸熱最大温度(構成要件@)、赤外吸収スペクトルの吸収帯(構成要件A)及び融点(構成要件B)は、その性質や測定技術等に照らして、極めて厳密にB型が100%でA型が全く含有されていない場合にのみ測定されるというものではなく、B型に不純物として少量のA型が含有されていたとしても、測定によって得られる場合のある値であることが認められる。そのようなことを考慮すると、本件特許発明に示された値が測定される限り、たとえ測定対象物が、B型の中に少量のA型を含有するものであったとしても、それが本件特許発明技術的範囲に属すると解する余地がないとはいえない。しかし、本件明細書には、A型の中にB型の含有を許容し又はB型の中にA型の含有を許容する趣旨や、本件特許発明所定の測定値を得るためにB型の中にどの程度までA型の含有が許容されるかなどといったことは示唆されていない。本件明細書には、ファモチジンの熱力学的安定性について、「試験を次の様に行った。即ち、他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物を調整し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を60℃で24時間マグネチックスターラーで撹拌した。次いで、結晶を濾過し、形態学的に調べた。いずれにおいても生成物は『A』型であることが判明した。」(【0030】)と記載されているところ、この記載からは、他の結晶型が5%含有されているものは純粋な結晶型でないとされていることが認められるが、この記載をもって、他の結晶型の含有が5%まで許容されていると解することはできないし、その他に、具体的にどの程度までA型を含有するものが本件特許発明技術的範囲に属するかという限定を、本件明細書の記載から明らかにすることはできない。したがって、本件明細書によれば、本件特許発明は、純粋又はほぼ純粋のファモチジンのB型結晶を対象としていると解するほかない。
(2) 次に、本件特許発明出願経過について検討する。
本件特許出願に対しては、平成8年3月12日付の拒絶理由通知が発せられ(乙第7号証)、その理由は、特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特開昭59-227870号(甲第18号証)、特開昭56-55383号(甲第11号証)、特開昭56-22770号(甲第10号証)の公開特許公報に記載された発明に基づいて、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである(特許法29条2項)というものであった。
これに対し、原告は、平成8年意見書(乙第8号証)を提出し、同意見書には、次のとおり記載されていた。
「B型ファモチジンはA型に比べ20倍より高い静電荷電傾向を有しますが、かかる強い静電荷電傾向を有するということは、B型ファモチジンがA型に比べそれだけ強い吸着力を有するものであることに結び付きます(段落【0035】を参照されたい)。換言すれば、B型ファモチジンの方がA型より強い生物吸収力を有し、従いましてB型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは、本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります。」(同意見書[意見の内容]1頁23行ないし29行)、「純品たるB型ファモチジンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1〜3記載のファモチジンとは相違し、且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」(同2頁7行ないし9行)、「因みに、物理的又は物理化学的性質の著しく異なる化合物の双方を含む混合物は、薬剤製品の製造工程において不利であります。その理由は、その混合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効能におけるバッチ間差が著しくなり得るからであります。」(同2頁10行ないし13行)、「よって、B型ファモチジンを純品で得ることは、薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず、薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは、ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1〜3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」(同2頁14行ないし18行)。
このような意見書の記載は、本件特許発明が純粋又はほぼ純粋のB型を対象としているという解釈に合致するものである。したがって、前記解釈は、本件特許発明出願経過からも裏付けられているといえる。
(3)ア 原告は、構成要件Aの赤外吸収スペクトルの値は、吸収波数の値は示していても、吸収強度は特定していないから、本件特許発明は、100%のB型のみを対象とするものではなく、A型の混入の少ないB型同等物をも対象に包含する旨主張する。
しかし、本件特許発明は、赤外吸収スペクトル(構成要件A)のみではなく、DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)及び融点(構成要件B)をも特定の要素として示し、対象を純粋又はほぼ純粋のB型に特定しているから、吸収強度が特定されていなくても、そのことの故に、本件特許発明の対象がA型とB型の混合物であるとはいえない。
イ 原告は、赤外吸収スペクトルにA型の特性吸収帯が現れるのは、A型が約15%以上含まれる場合であるから、A型が10%程度含有されていても、B型同等物として、本件特許発明技術的範囲に属する旨主張する。
しかし、株式会社三洋化学研究所研究開発部s作成の報告書(乙第11号証。以下「s報告書」という。)によれば、A型が5%以上含まれていれば赤外吸収スペクトルにA型の特性吸収帯が現れることが認められるから、原告の上記主張は、採用することができない。
ウ 原告は、DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)及び融点(構成要件B)は、赤外吸収スペクトル(構成要件A)によって、公知のA型及びB型の混合物と区別され新規なB型と同定された後、B型であることを別の特性で確認するため補助的に用いられる特性である旨主張する。
しかし、前記(1)アの本件明細書の記載によれば、DSC融解吸熱最大温度、融点は、赤外吸収スペクトルとともに、ファモチジンの各結晶型の特徴又は各結晶型を特定するための要素として扱われており、本件特許発明技術的範囲を画するための特性として、赤外吸収スペクトルが主要でありDSC融解吸熱最大温度及び融点が補助的であることをうかがわせる記載はないから、原告の上記主張は、
採用することができない。
エ 原告は、本件明細書に、純品を得る目的について、「明らかにされていない組成の多形混合物から区別すること」(【0018】)と記載されているから、本件明細書には、B型の特性を把握するために純粋のB型を得る技術を開発したことが記載されているにすぎない旨主張し、また、平成8年意見書において「混合物」(同意見書[意見の内容]2頁7行)と述べられているのは、組成の一定しない混合物の意味である旨主張する。
しかし、前記(1)アの本件明細書の記載及び前記(2)の平成8年意見書の記載によれば、純粋なB型を得るのは、単にB型の特性を把握するためだけにとどまらないものと認められ、また、平成8年意見書は、混合物の組成を一定にすることではなく、純粋なB型を得ることによる利点を述べているものと認められるから、原告の上記主張は、採用することができない。
原告は、本件明細書の「他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物を調製し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を60℃で24時間マグネチックスラーターで撹拌した。」(【0030】)という記載は、単にA、Bいずれの型が安定型であるかを確認するために行った熱力学的安定性試験の実施に際し、A型とB型を95:5の比率で混ぜた異型混合試料を用いた旨が記載されているだけであり、異型が5%含まれれば混合物であることを定義したものではない旨主張する。
確かに本件明細書の上記の記載は、異型が5%含まれれば混合物であることを定義したものとはいえない。しかし、撹拌前の対象物につき「他の多形により汚染された両誘導体」、「95:5の比の異なった型の混合物」という表現が用いられる一方で、生成物について「いずれにおいても生成物は『A』型であることが判明した。」と記載されていることからすれば、異型(B型)が少なくとも5%含まれたものは「A型」と評価されていないことを読み取ることができる。この記載からすると、本件明細書において、他の結晶型が5%含有されているものは純粋な結晶型でないとされているものというべきである。原告の上記主張は採用することができない。
(4) したがって、本件特許発明は、純粋又はほぼ純粋のファモチジンのB型結晶を対象としているものと認められる。
2 争点(1)イ(日本薬局方ファモチジン)について (1) 前記第2、2(9)イのとおり、第14改正日本薬局方のファモチジンの確認試験の項目には、赤外吸収スペクトルを使用することが記載され、同薬局方には、参照赤外吸収スペクトルが示されている。この第14改正日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルと、「Comparison of the polymorphic modifications of famotidine」(甲第7号証)566頁の図1(Figure1)に示されたA型の赤外吸収スペクトル及び図2(Figure2)に示されたB型の赤外吸収スペクトルとを比較すると、第14改正日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルは、A型よりはB型の赤外吸収スペクトルの方に類似しているものと認められる。
しかし、第12改正日本薬局方追補(平成5年10月公布)にファモチジンが初めて収載されたのは、本件特許出願の分割前の原特許出願が出願公開(昭和63年4月30日)され公知となった後であり、また、前記第2、2(9)アのとおり、第14改正日本薬局方の通則は、性状の項に、適否の判断基準ではなく参考であるにせよ、結晶型を記載し得る旨定めており、同薬局方は、本件特許権が登録(平成9年10月17日)された後に公布(平成13年3月公布)されたものであるが、同薬局方各条のファモチジンの項には、A型若しくはB型の結晶型に特定する旨の記載はないし、結晶型に言及したところもない(甲第3号証の2)。
したがって、第14改正日本薬局方のファモチジンの確認試験の項目に、
赤外吸収スペクトルを使用することが記載され、同薬局方に、B型の赤外吸収スペクトルに類似した参照赤外吸収スペクトルが示されているとしても、それをもって、直ちに、日本薬局方ファモチジンがB型結晶のものに限定されていると解することはできない。
(2)ア 前記1(4)のとおり、本件特許発明は、純粋又はほぼ純粋のB型結晶を対象としていると解され、前記1(1)アの本件明細書の記載から、純粋又はほぼ純粋のB型の融点は、構成要件B所定の159ないし162℃であり、純粋又はほぼ純粋のA型の融点は、167ないし170℃であるものと認められる。第14改正日本薬局方の融点測定法の項には、医薬品の性状によって融点測定法が第1法ないし第3法までの三つの方法に分けられているが、いずれの方法の操作法においても、
融点の近くでの昇温速度が1分間に1℃とされているところ(第1法については「予想した融点より約5℃低い温度から1分間に1℃上昇するように加熱を続ける」(B-654頁11ないし12行)、第2法については「予想した融点より5℃低い温度に達したとき、1分間に1℃上昇するように加熱を続ける」(同頁23ないし24行)、第3法については「浴の温度が30℃になるまでは1分間に2℃上昇するように、その後は1分間に1℃上昇するように加熱を続ける」(同頁34ないし35行)と記載されている。甲第9号証)、「Comparison of the polymorphic modifications of famotidine」(甲第7号証)の表5(Table5)の結晶多形のDSCデータ(同書568頁)において、加熱速度が毎分1℃の欄を見ると、B型の融点は159.5℃、A型の融点が165.1℃とされており、本件明細書により認められる上記の融点に概ね合致するものと認められる。
そして、弁論の全趣旨によれば、融点の高いA型と融点の低いB型の混合物については、純粋又はほぼ純粋のB型、及び純粋又はほぼ純粋のA型とは融点が異なると認められ、前記1(1)アのとおり、本件明細書(【0003】)においても、スペイン特許第536803号明細書記載の162ないし164℃の融点、欧州特許第128736号明細書記載の158ないし164℃の融点は、A型とB型の混合物の融点として扱われている。
前記第2、2(9)イのとおり、第14改正日本薬局方には、ファモチジンの融点は「約164℃(分解)」と記載されているから、日本薬局方ファモチジンの融点は約164℃であると認められ、これは、純粋又はほぼ純粋のB型の融点である構成要件B所定の159ないし162℃という融点とは異なるし、純粋又はほぼ純粋のA型の167ないし170℃という融点とも異なる。前記のとおり、A型とB型の混合物については、純粋又はほぼ純粋のB型、及び純粋又はほぼ純粋のA型とは融点が異なるから、日本薬局方ファモチジンの約164℃という融点は、A型とB型の混合物の融点に相当すると認められる。ガスターのインタビューフォーム(乙第5、第6号証)には、ファモチジンの融点について、162℃以上になると徐々に黄色に着色し、162.5℃付近から溶け始め、164℃付近で熱分解し発泡して黄褐色となる旨記載されていることから、日本薬局方ファモチジンの融点付近における状態も、そのようなものであると推認される。
したがって、融点からすると、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であると認られる。
イ 前記第2、2(9)アのとおり、第14改正日本薬局方には、性状の項の融点等は、参考に供したもので、適否の判定基準を示すものではない旨記載されている。
しかし、それは、必ずしも、性状の項に記載された融点等の事項が正確性を欠くことを意味するものではないから、参考である旨の第14改正日本薬局方の記載により、融点に関する前記認定が覆されることはないというべきである。
ウ また、原告バルク輸出部営業副部長T作成の報告書(甲第20号証)には、各国薬局方(ハンガリー、米国、欧州及び日本の薬局方)の融点及び融解範囲の定義、並びに各国薬局方所定の測定方法によった場合のファモチジンの融点及び融解範囲の値が表として記載されており、これによれば、各国薬局方の融点及び融解範囲の定義は異なり、各国薬局方所定の測定方法によった場合のファモチジンの融点及び融解範囲の値も異なることが認められる。そして、同じ製造バッチのファモチジンについて、ハンガリー薬局方第6版所定の測定法による融点と、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点を比較すると、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点の方が高いことが認められる。しかし、その差は、平均で1.55℃、最大でも1.9℃にとどまる。また、ハンガリー薬局方第7版所定の測定法による融解範囲の上限の温度と、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点を比較すると、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点の方が高いが、その差は、平均で0.8℃、最大でも1.2℃にとどまる。そうすると、同報告書によれば、ハンガリー薬局方第6版所定の融点の測定法又は同薬局方第7版所定の融解範囲の測定法による場合の方が、第14改正日本薬局方所定の融点の測定法によった場合より低く測定されるとしても、その差は2℃にも満たないものと認められる。
そうであるとすれば、仮に、本件明細書に記載された構成要件B所定の159ないし162℃という融点が、ハンガリー薬局方第6版所定の融点の測定法又は同薬局方第7版所定の融解範囲の測定法に近い方法により測定され、第14改正日本薬局方所定の融点の測定法によった場合より低めの温度が記載されているとしても、第14改正日本薬局方所定の約164℃という融点が、構成要件B所定の159ないし162℃という融点と異なるという認定は、覆されることはないというべきである。
エ 原告は、融点について、測定時の操作条件や測定者の個人差により測定値が異なることなどから、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であり、おおよその一致で足りるとするのが当業者の常識である旨主張する。
前記第2、2(3)ウのとおり、日本薬局方において、融点は、「約」の表示を付して記載される場合があり、その意味で、一義的に表示することのできない場合があることは否定し得ない。しかし、融点が、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であることや、原告のいうようなおおよその一致(本件では少なくとも2度の温度の差がある。)で足りるとするのが当業者の常識であることを認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は、採用することができない。
(3) 対応欧州特許に対しメルク社が行った異議申立書(乙第9号証)には、
「PR&Dの化学者はファモチジンには2つの結晶形式が存在しており、白い結晶が係争特許において形式Bと称されている形式の化学的・物質的特性を有しており、薄黄色の結晶が係争特許において形式Aと称されている形式に対応していることを知った。」(15頁9ないし15行、訳文9頁31行ないし10頁1行)と記載されており、弁論の全趣旨によれば、原告は、異議申立てに対する答弁においてこれを争っていないことが認められるから、B型は白色で、A型は薄黄色であるものと認められる。前記第2、2(9)イのとおり、第14改正日本薬局方には、ファモチジンの色は「白色〜帯黄白色の結晶である」と記載されているところから、色彩の点からも、日本薬局方ファモチジンは、B型とA型の混合物であると認められる。
原告は、目視による色の違いは、光線の加減によっても変わり得ることなどから、第14改正日本薬局方においてファモチジンの色が淡黄白色とされていることをもって、日本薬局方ファモチジンが白色のB型と薄黄色のA型の混合物であることの根拠とすることはできない旨主張する。しかし、目視による色の判定が一概に不正確であるとはいえないし、第14改正日本薬局方の性状の項に色が記載されていることからすれば、色も物質を特定するための手段とされていることが認められるから、原告の上記主張は、採用することができない。
(4) 以上によれば、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であると認めるのが相当であり、本件特許発明が対象とする純粋又はほぼ純粋のB型であるとは認められない。
3 争点(1)ウ(技術的範囲への属否)について (1)ア 前記第2、2(8)のとおり、被告医薬品に含まれるファモチジンは、いずれも日本薬局方ファモチジンである。しかし、前記2(4)のとおり、日本薬局方ファモチジンはA型とB型の混合物と認められ、本件特許発明が対象とする純粋又はほぼ純粋のB型とは認められないから、被告医薬品に含まれるファモチジンも、A型とB型の混合物であると認められ、本件特許発明が対象とする純粋又はほぼ純粋のB型であるとは認められない。
原告は、日本薬局方ファモチジンが本件特許発明技術的範囲に属することを前提として、被告医薬品は、日本薬局方ファモチジンであるから、本件特許発明技術的範囲に属する旨主張する。しかし、前述のとおり、日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明が対象とする純粋又はほぼ純粋のB型ではなく、本件特許発明技術的範囲に属さないから、原告の主張は、その前提を欠くというべきである。
イ 原告は、熱力学的に安定なA型とそうでないB型の結晶析出を一定比率に制御することは技術的に不可能であるから、被告は、本件特許発明の技術によりB型を製造し、原告の別の特許発明の技術によりA型を製造し、これらをA型が5ないし10%となるように混合しているとしか考えられない旨主張し、また、被告医薬品に含まれるファモチジンにA型が5ないし10%程度含まれているとしても、B型同等物として本件特許発明技術的範囲に属する旨主張する。
しかし、R実験報告書及びQ実験報告書によれば、結晶析出操作の温度及び時間等によって、生成されるA型とB型の混合比率が変化することが認められ、
結晶析出操作の温度や時間等の条件を適宜設定することにより、生成物中のA型とB型の混合比率を操作することが可能であると推認される上、大阪府立大学名誉教授T作成の報告書(乙第10号証)によれば、ファモチジン原末を被告に提供する株式会社三洋化学研究所のファモチジン(製品番号FMT-02130)の最終の合成工程である乾燥工程終了と同時に採取した試料は、A型とB型の混合物であることが認められ、S報告書によれば、同社で合成したファモチジン(製品番号FMT-02130)は、A型とB型の混合物であり、A型の量は、被告主張のとおり全体の5ないし10%であると認められる。したがって、結晶析出におけるA型とB型の混合比率を一定の範囲内で制御することは可能であり、被告医薬品の原薬であるファモチジンは、結晶化を含む一貫した工程により製造された、5ないし10%のA型と90ないし95%のB型を含有する結晶の混合物であるものと推認される。
したがって、原告の上記主張は、採用することはできない。
また、その他に、被告医薬品が本件特許発明技術的範囲に属する純粋又はほぼ純粋のB型であることを認めるに足りる証拠はない。
(2) したがって、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属すると認めることはできない。
4 結論 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 田中秀幸