審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ10511特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ6178特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ3764特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的範囲 / 権利の濫用(権利濫用) / 実施 / 権原 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 販売数量(販売数) / 販売利益 / 単位数量 / 実施能力 / 販売能力 / 不法行為(民法709条) / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
15年
(ワ)
19926号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 花王株式会社 同訴訟代理人弁護士 中島敏 被告川商事株式会社 (以下「被告 川商事」という。) 被告 有限会社吉川化学工業所(以下「被告吉川化学」という。) 被告ら訴訟代理人弁護士 畑井博 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2004/11/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告らは,別紙物件目録記載の物件を生産し,譲渡し,譲渡の申出をし,又は使用してはならない。 2 被告らは,保有する別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。 3 被告らは,原告に対し,各自金1億5229万9414円及び内金1億2712万5879円に対する平成15年9月11日から,内金2517万3535円に対する平成16年4月1日から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。 6 この判決は,第1項から第3項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 主文第1項及び第2項と同旨 2 被告らは,原告に対し,各自金1億6000万円及びこれに対する平成15年9月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
原告は,豆腐用凝固剤組成物についての特許権を有しているが,別紙物件目録記載の物件(以下「被告各製品」という。)を被告吉川化学が製造し,被告川商事が販売する行為が原告の有する特許権を侵害するとして,被告各製品の生産等の差止め,廃棄並びに各自1億6000万円及び遅延損害金の支払を求めた。 これに対し,被告らは,被告各製品は,原告の特許権に係る発明の技術的範囲に属しない等と主張して争っている。 1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。) (1) 当事者 ア 原告は,食品,食品添加物及び飲料の製造及び販売等を業とする株式会社である。 イ 被告川商事は,苦汁工業製品その他各種工業薬品,食品添加物の製造及び売買並びに輸出入等を業とする株式会社である。被告吉川化学は,苦汁を原料とするブロム,苦汁加里塩,その他の製造等を業とする有限会社である。 (2) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その請求項1の発明を「本件発明」という。)を有している。 発明の名称 豆腐用凝固剤組成物 特許番号 第2912249号 出願年月日 平成8年8月20日 登録年月日 平成11年4月9日 特許請求の範囲(請求項1) 無機塩系豆腐用凝固剤とポリグリセリン縮合リシノール酸エステルと油脂とを含有することを特徴とする豆腐用凝固剤組成物。 (3) 本件発明の構成要件の分説 本件発明の構成要件は以下のとおり分説できる(甲3,4)。 @ 無機塩系豆腐用凝固剤と A ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルと B 油脂とを含有することを特徴とする C 豆腐用凝固剤組成物 (4) 本件発明の作用及び効果 本件発明の豆腐用凝固剤組成物は,これを使用することにより,低温の豆乳を用いた凝固,高温の豆乳を用いた凝固のいずれにおいても,塩化マグネシウム等の風味を損なわない濃度で十分な硬さを有し,風味にも優れた豆腐を製造することができるという効果を有する(甲4)。 (5) 被告らの行為 被告各製品については,被告吉川化学が業として製造し,被告川商事が業として販売を行っている。 被告らは,@別紙物件目録記載1の製品(以下「被告製品A」という。)について,平成10年5月ころから平成13年7月ころまで製造,販売をし,A別紙物件目録記載2の製品(以下「被告製品B」という。)について,平成13年9月ころから,製造,販売を開始し,B別紙物件目録記載3の製品(以下「被告製品C」という。)について,同9月以降の時期から,製造,販売を開始した(なお,被告らは,被告製品B及びCについて,いずれも「ミルキィニガリK」という商品名を付していると主張する。しかし,食品衛生法に基づく表示によれば,両者は,グリセリン脂肪酸エステルの含有量及びソルビタン脂肪酸エステルの含有の有無の点で相違するので,別個の製品として,区別して検討する。)(甲5,6,28)。 (6) 被告各製品の概要 被告各製品は,塩化マグネシウムと油脂を含む豆腐用凝固剤組成物である。塩化マグネシウムは,無機塩系豆腐用凝固剤に該当する(甲4【0004】)から,被告各製品は,本件発明の構成要件@,B及びCを充足する。 2 争点 (1) 被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか(争点1) (2) 原告の受けた損害はいくらか(争点2) 3 争点についての当事者の主張 (1) 争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか)について (原告) ア 被告各製品にはグリセリン脂肪酸エステルが含まれている。同グリセリン脂肪酸エステルは,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであり,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足する。 イ すなわち,被告各製品を加水分解し,これによって生じたリシノール酸を定量し,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに換算した分析結果(甲20)によれば,被告各製品にはポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれている。前記分析結果によれば,被告各製品中のポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの含有量は,被告製品Aにおいて1.61重量パーセント,被告製品Bにおいて0.34重量パーセント,被告製品Cにおいて0.22重量パーセントである。 上記分析結果は,被告各製品中に遊離のリシノール酸が存在しないことを示す分析結果(甲24,32)及び試料を加水分解することによってリシノール酸を生じ得る食品添加物はポリグリセリン縮合リシノール酸エステルのみであることを示す文献(甲23,25)などにより,その正当性が裏付けられる。 (被告ら) ア 被告各製品には,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれていない。被告各製品に含まれるポリグリセリン脂肪酸エステルは,ポリグリセリンエルカ酸エステルである。 甲20の分析結果により,被告各製品から検出されたリシノール酸は,被告各製品において用いられているコーン油に由来するものであり,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに由来するものではない。 イ 被告各製品を加水分解してリシノール酸を定量し,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに換算した分析結果(甲20)は,以下のとおり,信頼性がなく,これに基づいて,被告各製品にポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれているとすることはできない。 すなわち,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,現在の分析技術では,検出不可能である。また,リシノール酸は,コーン油や,その他高分子化合物にも含まれているところ,同分析は,リシノール酸がポリグリセリン縮合リシノール酸エステルにのみ含まれるという前提で換算している点で誤りがある。 (2) 争点2(原告の損害)について (原告) ア 特許法102条1項に基づく損害額 (ア) 被告各製品の販売額 被告らは,以下のとおり,本件特許権の登録時である平成11年4月から平成16年3月末までの間に,被告各製品を合計577.386トン製造,販売し,その販売額は2億4786万2000円であった。 販売量(トン) 販売額 平成11年度 98.154 4735万円 平成12年度 128.394 5286万円 平成13年度 125.640 5271万3000円 平成14年度 129.762 5469万4000円 平成15年度 95.436 4024万5000円 合計 577.386 2億4786万2000円 上記によれば,被告らのトン当たりの販売価格は42万9283円である。 (イ) 原告の利益率,その他の事情 他方,原告も,平成10年4月以降,本件特許製品である豆腐用凝固剤組成物「マグネスファイン」(以下「原告製品」という。)を製造,販売しており,原告の製品と被告各製品は,市場において競合している。そして,大量の機械的製造に適する豆腐用凝固剤組成物は,原告製品及び被告各製品以外の競合商品がほとんど存在せず,両製品で市場のほぼ9割を占めている。 なお,原告による原告製品の製造及び販売の能力は,年間4000トンの余力がある。 原告製品の製造及び販売に関し,限界利益率は64.3パーセントである。 (ウ) したがって,原告の損害は,1億5937万5266円となる。 イ 特許法102条2項に基づく損害額 (ア) 被告各製品の販売額 平成11年4月から平成16年3月までの被告各製品の販売額は2億4786万2000円である。 (イ) 被告各製品の経費率 a 原材料費(包装費等を含む)が,9056万8000円(36.54%)であり,運賃が1501万円(6.06%)であると推認されるので,これを基礎とすると被告らの経費率は42.60%となる。 b なお,ニガリ(塩化マグネシウム)は,被告吉川化学が自家製造しているので,ニガリの原価は,1キログラム当たり50円と推認される。仮に,自家製造を前提として算定した場合には,原材料費は,7411万2499円(29.90%)となり,運賃(6.06%)を加算すると,被告らの経費率は35.96%となる。 (ウ) 利益額 a 被告らの利益額は,販売額に利益率(57.40%)を乗じると,1億4227万2788円となる。 b 仮に自家製造を前提として算定すると,被告らの利益額は,販売額に利益率(64.04%)を乗じた,1億5872万6511円となる。 (エ) したがって,原告の損害は1億5872万6511円ないし1億4227万2788円と推定される。 (被告ら) ア 特許法102条1項に基づく損害額について 原告製品や被告各製品のように,乳化型ニガリは豆乳凝固法の一部にすぎず,通電加熱法を用いていたり,自社製ニガリを用いている豆腐製造業者もいるから,原告製品及び被告各製品で全国の9割を占めるということはない。 そして,被告各製品の需要者は,これを用いた豆腐の風味が良いという被告各製品の品質に着目する者,あるいは,被告らが卸売業者を通じて長年取引を継続してきた豆腐製造業者などであり,原告製品の需要者とは需要層が異なる。 さらに,被告川商事は,豆腐用凝固剤組成物を使用するための機械(豆乳への添加機)の製造業者である株式会社星高に被告各製品を販売しているが,同社は,原告が取引を中止した取引先である。 以上からすると,特許法102条1項ただし書に規定する事情があるというべきであり,原告には損害はない。 イ 特許法102条2項に基づく損害額について 被告各製品の製造及び販売については,原材料を他社から仕入れていること,少量生産であること,単価の低い卸販売であること,豆腐業界の不況に伴う取引先からの値引要求,品質保証期間が短期であること等の事情から,低収益となっており,原告が主張するような利益は発生していない。 |
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争点に対する判断
1 争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか)について (1) 甲20実験報告書の内容 株式会社東レリサーチセンターの実施した実験結果(甲20)は,以下のとおりである。 すなわち,甲20の実験は,分析対象であるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,縮合リシノール酸とポリグリセリンのエステルであって,その重合度,エステル化率などの異なる多数の成分の混合物であり,分析対象のみを的確に分離できないことから,試料全体を加水分解し,リシノール酸を定量した後,標準物質を用いてポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを算定する方法を採った。 被告各製品について,攪拌して上層,中層及び下層から試料を採取し,それぞれ加水分解して脂肪酸を抽出し,抽出した脂肪酸をガスクロマトグラフィーにより定性,定量分析を行い,平均値を計算した。その結果,リシノール酸につき,以下のとおりの量が測定された。 被告製品A 0.71重量パーセント 被告製品B 0.15重量パーセント 被告製品C 0.09重量パーセント 被告各製品中のリシノール酸の定量結果を,SYグリスターCR-310(ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル標準物質)のリシノール酸濃度に基づいて換算すると,被告各製品中のポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,以下のとおりの算定結果が得られた(甲20)。 被告製品A 1.61重量パーセント 被告製品B 0.34重量パーセント 被告製品C 0.22重量パーセント 以上のとおりであり,被告各製品には,いずれも,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを含有することが認められる。 (2) 甲20の実験結果についての評価 甲20において,被告各製品から加水分解して得られたリシノール酸が,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに由来するものだけではなく,@遊離リシノール酸やA他の油脂由来のリシノール酸を含んでいる可能性があったか否かについて検討する。 ア 遊離リシノール酸が含有される可能性の有無 甲24,32によれば,被告各製品について,攪拌して上層,中層及び下層から試料を採取し,それぞれ脂肪酸誘導体化試薬を加えて高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果,被告各製品中の遊離リシノール酸の含有量(上層,中層及び下層の値の平均値)は,以下のとおりと測定された。 被告製品A 0.004重量パーセント 被告製品B 検出限界以下 被告製品C 検出限界以下 (なお,同分析において,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの標準物質である「SYグリスターCR-310」に含まれる遊離リシノール酸の分析も行われ,エステル化していない遊離リシノール酸が0.08ないし0.16重量パーセント含有されていると測定されている。)。 以上のとおり,被告各製品中の遊離リシノール酸の含有量は,無視できる程に微量であるといえる。 イ 他の油脂由来のリシノール酸が含有される可能性の有無 被告は,被告各製品に含まれるリシノール酸は,コーン油に由来するものであると主張する。そこで,コーン油におけるリシノール酸の含有量について検討する。この点,日清コーン油を対象とした分析(被告各製品中のリシノール酸含有量の分析と同手法による分析)では,リシノール酸含有量は0.03重量パーセントと測定された(甲20)。同結果によれば,コーン油由来のリシノール酸は,無視できる程度の量であるといって差し支えない(被告吉川化学の依頼に係る乙12には,なたね油,ベニ花油,アマニ油,ごま油,しそ油,ひまわり油,コーン油及びキャノーラ油を対象とした実験において,リシノール酸が,アマニ油において100グラム中0.1グラム含まれると測定されたほかは,いずれも,検出限界以下であると記載され,甲20とおおむね同様の結果が示されているともいえる。しかし,同実験は,実験条件も明らかでなく,その信憑性は明らかでない。)。 なお,リシノール酸を含む可能性のある油脂としては,リシノール酸のトリグリセリドを主成分とするひまし油がある(甲21,22)。しかし,ひまし油は強下剤としての作用から,食品添加物としての使用は認められていないので,被告製品にひまし油が使用されていたと認めることは到底できない(甲23)。 ウ 以上によれば,@被告各製品中には,遊離リシノール酸はほとんど存在しないこと,A食品に含まれ得る油脂には,リシノール酸はほとんど含有されていないこと,B被告らが被告各製品に含まれていると主張するコーン油の種類は不明であるが,コーン油にはリシノール酸がほとんど含まれていないことに照らすならば,被告各製品から加水分解して得られたリシノール酸は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル由来のものであると認めるのが相当である。 (3) 被告らの主張に対する判断 被告らは,@ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの検出は現在の技術水準では不可能であり,原告の依頼した分析結果(甲20)は信用できない,A被告らの依頼した分析結果(乙3)によれば,被告各製品中にリシノール酸は検出されていない,B被告各製品に含まれているのはポリグリセリンエルカ酸エステルであるなどと主張する。 ア 被告らは,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの検出は現在の技術水準では不可能であると主張し,これに沿った文献として,乙2の3及び乙6を提出する。 しかし,甲20の実験は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル自体を検出するというものではなく,前記のとおり,試料中のリシノール酸の定量分析結果からポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの含有量を換算するというものであるから,被告らの主張は採用の限りではない。また,乙2の3は,ポリグリセリン脂肪酸エステルの組成分析に関する文献であり,乙6は,食品中に添加されたポリグリセリンエステルの分析について確立した手法はないとしつつも,種々の分析手法を紹介しているところ,これらの文献においても,甲20のような加水分解及びガスクロマトグラフィーによる分析の信頼性を疑問視するような記述は示されていない。その他,被告らの主張を裏付ける証拠はない。 したがって,被告らのこの点の主張は採用できない。 イ 被告らは,被告らの依頼に係る分析結果(乙3,7,9)によれば,被告各製品中にはリシノール酸は含まれないとする。 しかし,乙3には,分析実験結果の数値,ガスクロマトグラフ装置の条件及びチャートのみ示されており,分析結果の信頼性を担保する,分析対象試料の調整方法等の実験手法について,何らの記載もなく,基準試料の分析結果もない。 そして,分析対象試料の分析チャートには,リシノール酸を検出する(チャート上でピークを示す)位置も示されていない。乙7,9においても,同様の問題点がある。 そうすると,これらの分析結果をもって,被告各製品中のリシノール酸の存在を否定する根拠とすることは困難であり,被告らの前記主張を採用することはできない。 ウ 被告らは,被告各製品に含まれているのはポリグリセリンエルカ酸エステルであると主張する。ポリグリセリンエルカ酸エステルの存在とポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの存在とは矛盾するものではなく,被告らのこの主張をもって,被告各製品にポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含有されることを否定することにはならない。 エ なお,被告らは,甲20において採用しているポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの標準物質(SYグリスターCR-310)について,同実験で採用したリシノール酸の濃度(44重量%)は,理論値(異議決定を参考にすれば,せいぜい74から80重量%と考えられる。)と乖離しているので,信頼性がないと指摘する(乙47の1,47の2)。 しかし,@甲20の実験における分析対象である被告各製品には,縮合リシノール酸とポリグリセリンとの重合度,エステル化率などの異なる種々の成分からなるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれている可能性があること,Aポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを加水分解する過程で,加水分解が完了しなかったり,再縮合されたりする等,さまざまな反応が生じ得る可能性があること等から,分析で用いたリシノール酸の濃度が被告らの主張に係る濃度と整合しないことをもって直ちに上記実験結果の信頼性が減殺されるとはいえないこと,B被告らにおいて,同1条件の下で追試し,その結果を検討するような分析を一切行っていないこと等に照らすならば,この点の被告らの指摘は採用できない。 (4) 小括 以上のとおりであって,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,グリセリン脂肪酸エステルの一つであり,食品添加物としての利用が認められていること(甲25)を併せて考慮すれば,被告各製品は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを含有すると認められる。したがって,本件発明の構成要件Aを充足する。 2 争点2(原告の損害)について (1) 弁論の全趣旨によれば,被告各製品については,被告吉川化学が製造し,被告川商事が販売に関与しているが,両社は密接な関係を保ちつつ,被告各製品を製造,販売しているとの事実がうかがえるので,被告らの行為は,本件特許権の侵害行為の共同不法行為を構成する。 (2) そこで,原告の被った損害の額(特許法102条1項)について検討する。 ア 事実認定 (ア) 被告各製品の販売額 被告各製品は,被告吉川化学が製造し,被告川商事が販売するところ,本件特許が登録された平成11年4月9日から平成16年3月までの被告川商事による被告各製品の販売量及び販売額は,以下のとおりであると認められる(年度は同年4月から翌年3月までの期間である(乙16の1の注記))(乙16の1)。 販売量(トン) 販売額 平成11年度 98.154 4735万円 平成12年度 128.394 5286万円 平成13年度 125.640 5271万3000円 平成14年度 129.762 5469万4000円 平成15年度 95.436 4024万5000円 合計 577.386 2億4786万2000円 (イ) 乳化型ニガリ市場における被告各製品等の市場占有状況 原告は,平成10年4月以降,本件発明の実施品として,豆腐用の乳化型ニガリ「マグネスファイン」(以下「原告製品」という。)を製造,販売しているところ,豆腐の機械的な大量生産に適する乳化型ニガリの市場の90パーセントは,原告製品及び被告各製品で占められている(甲7,34)。 (ウ) 原告製品の単位数量当たりの利益 原告製品の販売価格は,1トン当たり41万円であり,原材料費,包装具,蒸気・電力費,製造委託費及び運賃の経費を控除した利益額は,1トン当たり26万3774円である(甲34)。上記認定の利益額について,合理性を疑わせるに足りる他の証拠はない。 なお,本件において,原告は当初,特許法102条2項に基づく損害のみを請求していたが,被告らにおいて,被告各製品の利益率に関する裏付け資料を提出することを拒否したため,原告は,やむを得ず,同法102条1項に基づく損害を請求し,原告製品に関する利益率に関する証拠を提出した。甲34(原告製品の販売価格の内訳等)には,営業上の秘密を含む事項が記載されているが,上記の経緯に照らして,判決理由中で,甲34に関する詳細な認定判断をすることは差し控えることとする。 (エ) 原告の実施能力 豆腐用の乳化型ニガリの市場において,原告製品及び被告各製品が90パーセントを占めること(前記(イ)),被告各製品の購入先は10社程度であること(乙36)からすると,原告は,原告製品に関し,被告各製品の製造及び販売数量に相当する需要に対応することができる製造及び販売能力を有していたと認められる。 (オ) 特許法102条1項ただし書に係る事情 被告らは,特許法102条1項ただし書に係る事情として,@被告各製品は製品自体の特性及び被告らの営業努力によって発生した需要がある,A被告川商事は,原告が供給を止めた株式会社星高の販路にのみ被告各製品を供給している,として,原告製品と被告各製品には相互の補完関係がないと主張する。 しかし,本件全証拠によるも,株式会社星高と原告との取引に関する事情を認めることはできないこと,豆腐用の乳化型ニガリ製品に対する需要は,平成10年4月以降,大手の豆腐大量製造業者に急速に拡大していること(甲8の1,8の2)等の事情に照らせば,原告製品と被告各製品に補完関係がないとはいえず,その他,被告らの主張に沿う事実を認めるに足りる証拠はないから,被告らの主張は採用できない。 イ 損害額 アで認定した各事実によれば,以下の計算式のとおり,本件特許権の侵害により原告が平成11年4月から平成15年3月までの間に被った損害額は,1億4871万7200円となる。 481.95トン(被告各製品の総販売量)×26万3774円(原告製品の1トン当たりの販売利益)=1億2712万5879円(円未満切り捨て) 同様に,平成15年4月から平成16年3月までの間に被った損害額は,2517万3535円となる。 95.436トン×26万3774円=2517万3535円 なお,原告は,特許法102条2項に基づく損害額も主張するが,被告各製品の販売により被告らが受けている利益が,前記金額を超えることを認めるに足りる証拠はなく,前記金額以上の損害額を認めることはできない。 また,原告は,上記損害金に対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月11日から年5分の割合による遅延損害金を請求しているが,被告らが平成15年度(平成15年4月〜平成16年3月)に販売した被告各製品95.436トンの販売時期は証拠上不明であるから,平成15年度の販売による損害2517万3535円については,平成16年4月1日を遅延損害金の起算日とする。 |
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結論
以上の次第で,原告の請求は,被告ら各自に対し,@被告各製品の生産等の差止め,A保有する被告各製品の廃棄及びB1億5229万9414円及びうち1億2712万5879円に対しては平成15年9月11日から,うち2517万3535円に対しては平成16年4月1日からそれぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これらを認容し,その余はいずれも理由がないので棄却する。 なお,被告らは,原告の本件請求が権利の濫用である旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はないので,採用することはできない。 よって,主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
(別紙)物件目録1被告ら製品ミルキィニガリ【ミルキィニガリ(A)】製造者有限会社吉川化学工業所販売者川商事株式会社食品衛生法に基づく表示20℃以下で保存食品添加物・豆腐用凝固剤塩化マグネシウム(ニガリ)33.0%グリセリン脂肪酸エステル2.2%2被告ら製品ミルキィニガリ【ミルキィニガリ(B)】製造者有限会社吉川化学工業所販売者川商事株式会社食品衛生法に基づく表示20℃以下で保存食品添加物・豆腐用凝固剤塩化マグネシウム(ニガリ)33.0%グリセリン脂肪酸エステル1.0%ソルビタン脂肪酸エステル0.5%3被告ら製品ミルキィニガリ【ミルキィニガリ(C)】製造者有限会社吉川化学工業所販売者川商事株式会社食品衛生法に基づく表示20℃以下で保存食品添加物・豆腐用凝固剤塩化マグネシウム(ニガリ)33.0%グリセリン脂肪酸エステル1.3%以上 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 榎戸道也 |
裁判官 | 山田真紀 |