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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ワ17762損害賠償請求事件 判例 実用新案
平成18行ケ10563審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  クレーム /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  交換 /  侵害 /  同意 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  誤記の訂正 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  釈明 /  訂正明細書 /  訂正要件 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 173号 審決取消請求事件
原告 信越化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士 小島隆司
同 重松沙織
同 小林克成
同 石川武史
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 高梨操
同 菊地則義
同 一色由美子
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2003-39165号事件について平成16年3月17日 にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,名称を「熱可塑性樹脂とシリコーンゴムとの複合成形体の製造方法」とする特許第3116760号発明(平成6年12月26日特許出願,平成12年10月6日設定登録,以下,この出願を「本件出願」,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 本件特許について,特許異議の申立てがされ,特許庁は,これを異議2001-71681号事件として審理し,平成15年1月14日,本件出願は平成6年法律第116号による改正前の特許法17条の2第2項で準用する同法17条2項(以下,同改正前の規定を「特許法旧17条の2第2項」などという。)に規定する要件及び同法旧36条4項及び5項2号の規定を満足していないとして,「特許第3116760号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をした。
(3) 原告は,上記決定の取消訴訟を提起し(当庁平成15年(行ケ)第86号),その後,平成15年8月14日に,本件出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載を後記2(2)のとおり訂正すること等(以下「本件訂正」という。)を求める訂正審判(以下「本件訂正審判」といい,その審判請求書に添付した明細書を「訂正明細書」という。)の請求をした。
特許庁は同請求を,訂正2003-39165号事件として審理し,平成16年3月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月29日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 (1) 本件訂正前の明細書(以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】 熱可塑性樹脂組成物を金型キャビティ内部に一次射出成形し(但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない),次いでこの熱可塑性樹脂成形物上に付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出すると共に,このシリコーンゴム組成物を上記熱可塑性樹脂の軟化点以上(但し,130℃以下である場合を除く)で,かつ融点未満の温度で硬化させて,このシリコーンゴム組成物の硬化物を上記熱可塑性成形物と接着一体化することを特徴とする熱可塑性樹脂とシリコーンゴムとの複合成形体の製造方法
(以下,この請求項を「訂正前の請求項1」という。) 【請求項2】 金型キャビティの付加硬化型シリコーンゴム組成物が射出,硬化せしめられる部分の近傍に加熱手段が配設され,かつこの金型キャビティにシリコーンゴム組成物を案内する通路を冷却する冷却手段が設けられ,上記加熱手段と冷却手段との間に断熱層が介在する射出成形装置を用いた請求項1記載の方法。
(2) 訂正明細書の特許請求の範囲の記載(下線部は訂正箇所) 【請求項1】熱可塑性樹脂組成物を金型キャビティ内部に一次射出成形する工程,次いでこの熱可塑性樹脂成形物上に付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出すると共に,このシリコーンゴム組成物を上記熱可塑性樹脂の軟化点以上融点未満の温度であって,150 〜200 ℃の温度範囲 において 硬化させて,このシリコーンゴム組成物の硬化物を上記熱可塑性成形物と接着一体化する工程のみからなることを特徴とする熱可塑性樹脂とシリコーンゴムとの複合成形体の製造方法
(以下,この請求項を「訂正後の請求項1」という。) 【請求項2】 (上記(1)の【請求項2】と同文) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正前の請求項1の記載を訂正後の請求項1記載のとおり訂正すること(以下「訂正事項a」という。)は,明りょうでない記載の釈明(特許法旧126条1項ただし書3号),誤記の訂正(同2号)又は特許請求の範囲減縮(同1号)のいずれにも該当しないから,特許法旧126条1項ただし書の要件を満たしておらず,本件訂正は適法なものとは認められないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,訂正事項aが特許法旧126条1項ただし書に規定された訂正要件を満たさないものであるとする誤った判断をした(取消事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(訂正要件についての判断の誤り) (1) 本件訂正が特許請求の範囲減縮に当たること 本件特許の訂正前の請求項1の記載は,上記第2の2(1)のとおりであって,熱可塑性樹脂組成物を金型キャビティ内部に一次射出成形し(但し,一次射出成形後 に120 ℃未満 の温度 で冷却 する 工程 を含まない )(下線部@),次いでこの熱可塑性樹脂成形物上に付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出すると共に,このシリコーンゴム組成物を上記熱可塑性樹脂の軟化点以上(但し,130 ℃以下 である 場合 を除く)で,かつ 融点未満 の温度 で硬化 させて (下線部A),このシリコーンゴム組成物の硬化物を上記熱可塑性成形物と接着一体化する(B)ことを特徴とする熱可塑性樹脂とシリコーンゴムとの複合成形体の製造方法,というものである。
訂正事項aは,訂正前の請求項1の記載から上記下線部@の文言を削除し,下線部Aの文言を「軟化点以上融点未満の温度であって,150〜200℃の温度範囲において硬化させて」とし,上記Bの箇所に「工程のみからなる」の文言を付加することを内容とするものであって,以下に述べるとおり,特許請求の範囲減縮に当たる。
ア 昭和51年9月10日共立出版発行「化学大辞典4」(甲5,以下「甲5文献」という。)の552頁の射出成形の項に,「熱可塑性樹脂をシリンダー内で加熱融解し,・・・金型内に射出し,成形品をつくる」と記載され,平成9年11月20日工業調査会発行「工業材料大辞典」(甲6,以下「甲6文献」という。)の519頁〜520頁の射出成形の項に,「樹脂材料ペレットを加熱,溶融して金型内に射出,流入させ,冷却,固化して成形品を得る成形法をいう。・・・射出成形のサイクルは型締め,射出,保圧,冷却,計量,型開き,取出しの順であり」と記載されているように,射出成形とは,熱可塑性樹脂を金型内に射出してから,これを金型内で冷却し,さらに金型を開いて成形体を得るまでの一連の工程をすべて包含するものであり,このことは,本件出願時に当業者の技術常識であったということができる。そうすると,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言における「一次射出成形後」とは,「熱可塑性樹脂を金型内に射出後,冷却して一次射出成形体を得た後」を意味し,「120℃未満の温度で冷却する工程」とは,一次射出成形体を得た後,この成形体を更に冷却する工程を意味することが明らかである。したがって,訂正前の請求項1は,一次射出成形により得られた成形体を,更に120℃未満の温度で冷却する工程のみを排除するものであり,120℃以上の温度で冷却する工程は許容している。 これに対し,訂正後の請求項1は,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言を削除するとともに,「一次射出成形する工程,次いで・・・接着一体化する工程のみからなる」と規定することにより,一次射出成形後に,120℃未満の温度で更に冷却する工程のみならず,120℃以上の温度で冷却する工程をも含まない製法となったのであるから,この点において,特許請求の範囲減縮されている。
さらに,訂正後の請求項1は,訂正前の請求項1において許容されていたその他の任意工程,例えば,「金型キャビティ内部に一次射出成形された熱可塑性樹脂成形物の表面に接着性向上のためのプライマーを塗布する工程」や,「付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出する前に,金型キャビティの表面にシリコーンゴム用の金型離型剤を塗布する工程」なども排除しており,これらの点でも特許請求の範囲減縮するものであることが明らかである。
したがって,審決が,「そのような限定が削除された結果,120℃未満の温度で冷却する工程を許容し得ることになる」との理由により,訂正事項aを特許請求の範囲減縮を目的とするものに該当しないと判断したことは誤りである。
イ 被告は,射出成形においては冷却工程が含まれているが,これは金型との熱交換によるものであり,これとは別に冷やすための処理がされるわけではないし,射出成形後(金型で冷却した後)に更に冷却する工程(以下「更なる冷却工程」ということがある。)を設けることが通常行われる周知の工程であるともいえないから,訂正前の請求項1において,一次射出成形と二次射出成形との間に更なる冷却工程が含まれていることを前提とする原告の主張は,失当であると主張するが,上記主張の根拠とされる甲5文献,甲6文献及び昭和55年7月10日プラスチックス・エージ(改定8版第2刷)発行「射出成形」131頁〜137頁(乙1,以下「乙1文献」という。)は,単一の熱可塑性樹脂組成物を用いた単純な射出成形における冷却工程についてのみ記載するものであるから,これらの文献から,本件特許に係る発明や特開平5-84780号公報(甲11,以下「甲11公報」という。)に記載されるような,複数の異なる材料を複数回にわたって射出成形して複合成形体を製造するという技術分野における一次射出成形後の冷却条件についての知見は得られない。「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言における「一次射出成形後」の「冷却工程」は,一次射出成形(金型における冷却も含めて)をした後に行われる更なる冷却工程を意味するものであることが明白であり,被告の主張するような射出成形に含まれる冷却工程を意味すると解すべき根拠はない。
ウ 被告は,「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」という事項についての原告の解釈が,審査経過における原告の意見書等に反すると主張するが,本件訂正審判の手続において上記事項の技術的意味が争点となったことはない。確かに,原告は,本件出願の審査過程において,甲11公報を引用例とする拒絶理由が通知されたことに対し,平成12年6月1日付け意見書(甲13,以下「甲13意見書」という。)を提出したが,そこで主張したことは,同意見書と同日付けで提出した手続補正書(甲12,「甲12補正書」という。)による補正によって,甲11公報における一次射出成形した後の120℃未満での冷却工程を除くということであり,一次射出時の金型温度が120℃未満であることを除いたものではない。甲11公報の実施例においては,一次射出成形後(型開き後)も熱可塑性樹脂側の金型温度(左側金型温度)は常に80℃,すなわち,120℃未満に冷却されているので,本件出願当初の請求項1に係る発明からこれを除き,差別化するために,「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」を上記補正によって導入したのであり,甲13意見書における原告の主張は,本訴において主張している「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」という事項についての解釈と矛盾するものではない。
(2) 本件訂正審判請求の経緯 仮に,訂正後の請求項1における「但し,一次射出成形後に・・・工程を含まない」などの,いわゆる「除くクレーム」を構成する文言を削除する訂正が,形式的には特許請求の範囲拡張に当たるとしても,本件のように,特許法旧17条の2第2項で準用する同法旧17条2項違反(いわゆる新規事項の追加)が看過されていったん特許査定がされた後,特許異議の申立てや無効審判請求の審理の結果,初めて「除くクレーム」が新規事項の追加に当たることを指摘された場合には,以下の理由により,当該「除くクレーム」を構成する文言を削除する本件訂正は,誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明に当たるものとして,許容されるべきである。
ア 第三者に不測の不利益を及ぼしてはならないとの見地から,特許請求の範囲を形式的にも実体的にも拡張する訂正が許されないことは当然であるが,「除くクレーム」を構成する文言を削除する訂正は,第三者に不測の不利益を及ぼすものではない。すなわち,特許発明技術的範囲は,特許請求の範囲の記載を基準としつつも,発明の詳細な説明出願経過参酌することによって定まり,出願過程でした主張と矛盾する主張を侵害訴訟で行うことは許されないのであるから,「除くクレーム」によっていったん特許請求の範囲に包含されないことを明言した技術は,「除くクレーム」を構成する文言が特許請求の範囲に残っているか削除されたかにかかわらず,特許請求の範囲技術的範囲に含まれないものとなる。すなわち,「除くクレーム」を削除しても,第三者に不測の不利益が生じることはないのであるから,そのような本件訂正は許容されるべきである。 イ 訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言は,審査過程で,特許法29条2項の拒絶理由を通知されたことに対応して,補正により付加した文言であるが,特許庁審査官は,この補正を新規事項の追加には当たらないと判断して,訂正前の請求項1の文言による特許査定をした。審査の段階で上記補正が新規事項を含むと正しく判断され,補正が却下されていれば,上記「除くクレーム」についての問題はそもそも生じていない。したがって,上記「除くクレーム」を削除する本件訂正は,そもそも新規事項と判断されるべき事項を誤って付加したことの誤りを正すものであるから,誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明に相当するものとして,許容されるべきである。
被告の反論
1 審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(訂正要件についての判断の誤り)について (1) 訂正事項aに係る訂正が特許請求の範囲減縮に当たるとの原告主張は失当である。
ア 本件特許明細書(甲2)には,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」とする技術的限定の意味を明記した記載は存在せず,熱可塑性樹脂組成物を一次射出成形する時の金型温度,及びその後のシリコーンゴムを二次射出成形する時の左側金型温度(熱可塑性樹脂成形物の温度)を,実施例T,Uにおいて,共に120℃に設定したことが記載されているにすぎない。
射出成形には,甲5文献,甲6文献及び乙1文献に記載されるように,冷却工程が含まれているが,これは金型との熱交換によるものであり,これとは別に冷やすための処理がされるわけではないし,また,射出成形後(金型で冷却した後)に更なる冷却工程を設けることが通常行われる周知の工程であるともいえない。したがって,訂正前の請求項1に規定された発明において,一次射出成形と二次射出成形との間に,金型との熱交換によるものとは別の,更なる冷却工程が含まれていると解することはできないから,更なる冷却工程の存在を前提として,同請求項にいう「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」を,一次射出成形後,二次射出前に更に120℃未満の温度で冷却する工程のみを排除し,120℃以上の温度で冷却する工程を許容する旨の規定であるとする原告の主張は失当である。
乙1文献によれば,金型温度の設定は,溶融された高温の樹脂を金型内に急速に充填し,これを均一な温度で,冷却,固化させるためであって,金型を冷却するということは,注入された樹脂の温度を迅速に金型外に取り去ること,すなわち,熱交換が行われることであり,常に金型表面温度を均一に保つことが理想的であるとされるものであるから,金型温度を冷却温度と考えてよい。したがって,訂正前の請求項1における「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との記載は,素直に読めば,熱可塑性樹脂成形物は,付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出するまでは120℃未満の温度に(冷却)されることはないということ,すなわち,熱可塑性樹脂成形物のための一次射出成形金型が120℃以上の温度に保持されることを規定したものと解釈されるものである。このことは,本件特許明細書において,一次射出成形後(型開き後)の金型温度(=冷却温度)が,「120℃未満」に該当する80℃である態様が,請求項1,2に係る発明の要件を満たさないために,比較例Uとして記載されていることからも裏付けられる。
イ 訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との構成について,原告が本訴において主張する解釈は,以下のとおり,平成12年4月4日発送の拒絶理由通知書(甲10)に対して原告が提出した甲13意見書の主張にも反するものである。
上記拒絶理由通知において引用例とされた甲11公報においては,「一次射出(甲6の「射出成形」の項に記載の「金型内に射出,流入」に相当)した後該プラスチックをそのガラス転移温度以上で冷却(甲6に記載の「冷却,固化」に相当)し」(括弧内は被告が記入)までの工程が,一次射出成形の工程であり,これに更なる冷却工程が付されているものではない。甲11公報に記載された技術においては,一次射出成形時及び一次射出成形後(すなわち,型開き後)の熱可塑性樹脂組成物からなる成形物をそのガラス転移温度以上で冷却するために,二次射出する前まで,左側金型を特定温度(一次射出成形に使用した成形用プラスチック材料のガラス転移温度以上,ナイロン66樹脂は66℃以上,ポリエチレンテレフタレートは69℃以上,ポリブチレンテレフタレートは22℃以上,ポリフェニレンスルフィドは88℃以上)に保持し,次いで,付加反応硬化型液状シリコーンゴムを二次射出した後,接着硬化(成形)のために,右側金型を特定温度範囲80〜130℃とするものである。
原告は,甲11公報を引用例とする拒絶理由通知に対し,甲12補正書による補正により,請求項1の記載に「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との限定を加えるとともに,同日付け提出の甲13意見書において,請求項1に係る発明は,甲11公報の一次射出成形した後の冷却工程の条件,及びシリコーンゴム組成物の硬化条件を除いたものであることを主張した。
甲11公報における一次射出成形後の冷却工程は,一次射出成形における金型温度が保持されているだけであるから,「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との限定は,一次射出成形における金型温度が120℃未満であるものを除く意図であると解される。
(2) 本件訂正審判請求の経緯について ア 原告は,「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との限定を付加することが新規事項の追加に該当するものであることを自認して,上記限定を請求項の記載から削除すること等を目的として本件訂正審判を請求したのであるから,上記限定を削除することは,誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明には該当しない。また,上記限定に係る条件がなくなることで,特許請求の範囲拡張することになるから,本件訂正は許容されるべきものではない。
イ 原告は,本件のような「除くクレーム」の削除は,形式的には特許請求の範囲拡張に当たるとしても,第三者に不測の不利益を及ぼすものではないから,本件訂正を認めるべきであると主張するが,その主張は,単に事情を説明するものにすぎず,本件訂正の前と後の特許請求の範囲の記載に基づいて,訂正事項aが特許法旧126条1項ただし書の要件を満たすことを主張するものではないから,失当である。
なお,本件のように,特許査定後に,「除くクレーム」を導入したことが新規事項追加違反の補正であることが判明した場合に,「除くクレーム」の構成を削除する訂正が,訂正の目的に適合しないために許されないという不都合が生じても,その原因が自らがした手続補正にある以上,その不都合は原告において甘受すべきものである。
当裁判所の判断
1 取消事由(訂正要件についての判断の誤り)について (1) 訂正前の請求項1における「一時射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」の技術的意義について ア 原告は,訂正前の請求項1は,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言により,一次射出成形により得られた成形体を,更に120℃未満の温度で冷却する工程のみを排除し,120℃以上の温度で冷却する工程は許容しているのに対し,訂正後の請求項1は,上記文言を削除するとともに,「一次射出成形する工程,次いで・・・接着一体化する工程のみからなる」と規定することにより,一次射出成形後に,120℃未満の温度で冷却する工程のみならず,120℃以上の温度で冷却する工程をも含まない製法となったのであるから,この点において,特許請求の範囲減縮されていると主張する。
そこで,まず,本件訂正によって請求項1の記載から削除される「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言が技術的にどのような意味を有するかにつき,本件特許明細書(甲2)を検討すると,その発明の詳細な説明中に,「一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程」に直接言及した記載は存在せず,温度「120℃」に関連する記載として,実施例T,Uについての以下の(ア),(イ)の記載が認められるのみである。 (ア) 「実施例T・・・まず,ポリカーボネイト樹脂を該射出成形装置に投入し,290℃にて溶融し,ノズル部1からキャビティ部5に射出し,樹脂シート成形体7を形成させた。その条件は,射出時間6秒,冷却時間35秒,キャビティ部5及び左側金型片3の温度 は120 ℃であった(図2参照)。次に,右側の金型片4を外し,型開きを行うとともに左側の金型片3の凹部に樹脂シート成形体7を保持したまま金型片3を180°回転させ,右側の金型片4を合わせて再び型締めし,シリコーンゴムシート成形体形成用のキャビティ部を樹脂シート成形体7に形成された面と金型片4の成形凹部面とで形成せしめた(図3参照)。この状態で射出装置のノズル部2から樹脂シート成形体7に形成された面に前記液状付加型シリコーンゴム組成物100重量部に上式(U)又は(V)の化合物を0.5又は1重量部添加した組成物をそれぞれ射出し,ゴムシート成形体8を形成させた。その条件は,射出時間6秒,硬化時間90秒,左側金型片3の温度 は120 ℃,右側金型片4の温度は150℃であった(図4参照)。」(段落【0059】〜【0066】,下線付加) (イ) 「実施例U・・・まず,ポリブチレンテレフタレート樹脂を該射出成形装置に投入し,250℃にて溶融し,ノズル部1からキャビティ部16に射出し,樹脂成形体18を形成させた。その条件は,射出時間6秒,冷却時間35秒,キャビティ部16 及び左側金型片 13 ,14 の温度 は120 ℃であった (図6参照)。次に,右側の金型片15を外し,型開きを行うとともに,左側の金型片13の凹部に樹脂成形体18を保持したまま金型片13を180°回転させ,右側の金型片15を合わせて再び型締めし,シリコーンゴム成形体形成用のキャビティ部を樹脂成形体18に形成された面と金型片15の成形凹部面とで形成せしめた(図7,8参照)。この状態で射出装置のノズル部2から樹脂成形体18に形成された面に前記液状付加型シリコーンゴム組成物100重量部に上式(U)又は(V)の化合物を0.5又は1重量部添加した組成物をそれぞれ射出し,ゴム成形体19を形成させた。その条件は,射出時間6秒,硬化時間90秒,左側金型片3の温度 は120 ℃,右側金型片15の温度は180℃であった(図9参照)。以上の製造工程によって樹脂とゴムからなる複合体を得た。上式(U)又は(V)の化合物を0.5又は1重量部添加した組成物の複合体はいずれも強固に接着したものであり,寸法精度,生産性が良好であった。」(段落【0069】〜【0072】,下線付加) 上記(ア),(イ)の記載から,本件特許明細書の実施例T,Uにおいては,溶融した熱可塑性樹脂が一次射出され,金型内で冷却される間,金型のキャビティ部の温度は120℃に設定されていることが認められるが,上記のように金型温度を設定することとは別の,更なる冷却工程は記載されていない。
イ ところで,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との要件は,本件出願の審査過程において,甲11公報を引用した平成12年4月4日付け(発送日)拒絶理由通知書(甲10)に対して提出された甲12補正書による手続補正によって加入されたものであり,同日付けで提出された甲13意見書には,「この補正は,引用文献1(注,甲11公報)の一次射出成形した後の冷却工程,及びシリコーンゴム組成物の硬化温度条件を除いたものであり」と記載されているから,上記要件が,甲11公報との関係を念頭に置いて規定されたものであることは明らかである。そうすると,甲11公報にどのような冷却工程が記載されているかは,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言が規定する構成の意味を客観的に明らかにする意義を持つということができる。
そこで,甲11公報を検討すると,同公報には,射出成形の際の温度に関して,以下の記載がある。
(a) 「金型のキャビティ内部にエンジニアリングプラスチックを一次射出した後該プラスチックをそのガラス転移温度以上で冷却し,次いで,付加反応硬化型液状シリコーンゴム組成物を二次射出した後,該液状シリコーンゴム組成物を80℃〜130℃の温度で接着硬化させることを特徴とするエンジニアリングプラスチックとシリコーンゴムからなる接着複合体の製造方法。」(特許請求の範囲の【請求項1】) (b) 「実施例1.・・・先ず,ナイロン66(旭化成株式会社製ナイロン樹脂商品名:ガラス転移温度66℃)を射出成形装置に投入し,265〜295℃の温度で溶融させ,この溶融材料をノズル部(1)からキャビティ部(5)に約6秒間射出した後,約35秒間冷却・硬化させてエンジニアリングプラスチック成形体(7)を形成させた(図2参照)。この時のキャビティ部(5)の設定温度は80℃であった。次に,右側の金型片(4)を外して型開きを行うと共に,左側の金型片(3)の凹部にエンジニアリングプラスチック成形体(7)を保持した状態で金型片(3)を180°回転させた後,右側の金型片(4)を合わせて再び型締めし,シリコーンゴム成形体形成用のキャビティ部を,エンジニアリングプラスチック成形体(7)に形成された凹部(6’)と金型片(4)の成形凹部面とで形成せしめた(図3参照)。この状態で射出装置のノズル部(2)からエンジニアリングプラスチック成形体(7)の凹部(6’)に付加反応硬化液状シリコーンKE1820(信越化学工業株式会社製)を6秒間射出した後,約300秒間冷却・硬化させてシリコーンゴム成形体(8)を形成させた(図4参照)。このときの左側金型片(3)の設定温度は80℃であり,右側金型片(4)の設定温度は120℃であった。」(段落【0028】〜【0032】) 上記(a),(b)の記載によれば,甲11公報は,その特許請求の範囲に,@エンジニアリングプラスチックの一次射出,A該プラスチックをガラス転移温度以上で冷却,B付加反応硬化型液状シリコーンゴム組成物の二次射出,C該シリコーンゴムを80〜130℃の温度で接着硬化,という4工程で接着複合体を製造する方法を記載し,実施例1においては,上記の工程において「エンジニアリングプラスチックを一次射出した後」に行われる「プラスチックの冷却」のために,一次射出及び冷却の行われる金型キャビティ部の温度を80℃に設定しておくという手段を採用しているものであると認められる。
ウ 上記ア,イの認定事実によれば,本件特許明細書の実施例においても,甲11公報に記載された工程においても,一次射出の後に行われる冷却は,一次射出及び冷却の行われる金型キャビティ部の温度を特定の値に設定することにより行われているものであるから,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」という要件は,同請求項から甲11公報に記載された「一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度を,一次射出される樹脂のガラス転移点以下の温度(例えば80℃)に設定する」という事項を除くことを目的として,「一次射出及び冷却の際の金型の温度を120℃に設定する」という実施例に依拠して特許請求の範囲の記載に加えられた構成であると解するのが相当である。
なお,このように解することは,本件特許明細書(甲2)において金型温度を80℃としたものが比較例とされ(段落【0073】),また,甲13意見書中の表1,2において,「一次射出条件」が120℃である例が,上記構成を満足する実施例とされているのに対し,「一次射出条件」が80℃である例が同構成を満足しない比較例とされていることにも符合するものである。
そうすると,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言は,一次射出成形後の溶融樹脂と金型との熱交換によって行われる冷却に関してその温度条件を規定したものであって,「一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度を120℃未満に設定すること」を除くことを規定したものと解することが相当である。
エ 進んで,本件訂正に係る訂正事項aが特許請求の範囲減縮に当たるかどうかを検討すると,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言は,上記ウのとおり解されるものであるから,この文言を訂正前の請求項1から削除することによって,一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度範囲についての規定がなくなり,その結果,訂正前の請求項1では金型キャビティの温度範囲として除かれていた「120℃未満」が含まれるようになることは明らかである。そして,訂正後の請求項1において,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言を削除するとともに,工程が「熱可塑性樹脂組成物を・・・一次射出成形する工程,次いで・・・付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出すると共に,・・・シリコーンゴム組成物の硬化物を上記熱可塑性成形物と接着一体化する工程のみからなる」2工程であることを規定しても,訂正後の請求項1に規定された発明が,一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度範囲の規定を有しないものとなることに変わりはない。
したがって,訂正事項aは,特許請求の範囲減縮するものとはいえず,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
オ 原告は,射出成形とは,熱可塑性樹脂を金型内に射出してから,これを金型内で冷却し,さらに金型を開いて成形体を得るまでの一連の工程をすべて包含するものであるから,訂正前の請求項1における「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言は,一次射出成形により得られた成形体を,更に120℃未満の温度で冷却する工程のみを排除するものであると主張する。
しかしながら,本件特許明細書の記載及び甲11公報の記載を参酌すると,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言が,甲11公報に記載されている「一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度を,一次射出される樹脂のガラス転移点以下の温度(例えば80℃)に設定すること」を発明の構成から除く趣旨であると解されることは,上記ウに判示したとおりであるから,上記文言中に,「一次射出成形後に」という用語が用いられているというだけでは,これが,原告が主張するように,一般的な意味での「射出成形」の後,すなわち,射出から型開きまでの一連の工程が終了し,一次射出成形による成形品を得た後のことを意味するものであると解することはできない。
また,甲11公報の実施例1では,265〜295℃で溶融されて一次射出されたエンジニアリングプラスチックは,80℃に設定された金型キャビティ部で35秒間,冷却硬化されており,引き続き行われる二次射出及び接着硬化の段階においても,エンジニアリングプラスチックの存在する左側金型片はそのまま80℃に設定されているのであるから,一次射出後,冷却硬化されたエンジニアリングプラスチックの温度は,二次射出及び接着硬化の段階において,若干低下することはあるにしても,この段階で,金型温度の設定によるものとは別の,更なる冷却工程が行われていると解することはできず,甲11公報を引用した拒絶理由通知に対応する補正において請求項1の記載に加えられた,「但し,一次射出成形後に120度未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言が,甲11公報には記載されていない冷却工程を除いたものと解する余地はない。仮に,同文言が,甲11公報における,二次射出成形工程中の一次射出成形物の冷却温度を除くことを規定するものであるとすると,二次射出成形の工程中,熱可塑性樹脂の成形用金型の温度が120℃に設定されている訂正明細書実施例は,「120℃以上で冷却する工程」を有するから,原告の主張によれば,冷却工程を含まなくなったはずの訂正後の請求項1の構成を充足せず,実施例に該当しないという矛盾が生じることになる。
さらに,原告は,訂正後の請求項1は,訂正前の請求項1において許容されていたその他の任意工程,例えば,「金型キャビティ内部に一次射出成形された熱可塑性樹脂成形物の表面に接着性向上のためのプライマーを塗布する工程」や,「付加硬化型シリコーンゴム組成物を二次射出する前に,金型キャビティの表面にシリコーンゴム用の金型離型剤を塗布する工程」なども排除しており,これらの点でも特許請求の範囲減縮するものであると主張するが,仮にそれらの点で特許請求の範囲減縮されても,訂正後の請求項1に規定された発明が,一次射出及び冷却の行われる金型キャビティの温度範囲の規定を有しないものとなることは上記エ判示のとおりであり,この点において,訂正後の請求項1は,訂正前の請求項1の特許請求の範囲拡張する部分を含むものであるから,訂正前の請求項1の特許請求の範囲減縮するものということはできない。
したがって,原告の主張は採用の限りではない。
(2) 本件訂正審判請求の経緯について 原告は,本件訂正審判請求に至る経緯にかんがみれば,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言を訂正前の請求項1から削除する訂正をしても,第三者に不測の不利益が生じることはないから,訂正事項aに係る訂正は許容されるべきであると主張する。また,原告は,本件においては,特許庁の審査段階において,上記文言を挿入する補正が新規事項の追加に当たることが看過され,誤って特許されたものであり,訂正事項aは,当該文言を削除することによってそもそもの誤りを正すものであるから,特許法旧126条1項ただし書にいう「誤記の訂正」又は「明りょうでない記載の釈明」に該当するとして,許容されるべきであるとも主張する。
しかしながら,特許法旧126条は,いったん特許査定がされた発明については,その対象を確定して権利の安定を保証する趣旨から,特許明細書の訂正をむやみに許容すべきではないという要請と,明細書中に瑕疵が存在する場合には,当該発明を適切に保護するために,その瑕疵を是正して無効理由や取消事由を除去することができる途を開く必要があるという,相反する要請を調和させるものとして,同条の規定する一定の事項を目的とする場合に限って,特許明細書の訂正を許容することを規定したものと解される。このような同条の規定の趣旨に照らすと,訂正が許容されるかどうかは,同条に規定された要件を満たすか否かで判断すべきことであって,特許発明技術的範囲の点で第三者に不測の不利益を与えるか否かによって判断すべきものではない。原告の主張は,独自の見解であって,採用することができない。
また,「但し,一次射出成形後に120℃未満の温度で冷却する工程を含まない」との文言を削除する本件訂正は,誤った記載をその本来の意味内容に正すものであるとは認められないし,不明りょうな記載についてその本来の意味内容を明らかにするものであるとも認められないから,訂正事項aは特許法旧126条1項ただし書にいう「誤記の訂正」にも「明りょうでない記載の釈明」にも該当しない。
なお,原告が主張するように,審査段階において行った補正の違法性が看過されて特許されたという事情があるとしても,そのことによっては,当該補正によって挿入された文言を削除する訂正が直ちに「誤記の訂正」や「明りょうでない記載の釈明」に該当するとはいえない。この点に関する原告の主張も,独自の見解であって,採用することができない。
(3) 以上のとおりであるから,審決が本件訂正は特許法旧126条1項ただし書の要件を満たさないと判断したことに誤りはなく,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳