運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ12933損害賠償等請求事件 判例 特許
平成14ワ2473損害賠償等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ1334特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  物の発明 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  出願公開 /  同一の発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許出願日 /  出願経過 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  訂正審判 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 /  訂正要件 /  審決確定(審決が確定) / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (ワ) 10048号 特許権侵害差止等請求事件
原告 株式会社堀場製作所
訴訟代理人弁護士 伊原友己加古尊温
補佐人弁理士 西村竜平角田敦志
被告 株式会社小野測器
訴訟代理人弁護士 吉原省三小松勉三輪拓也
補佐人弁理士 中澤直樹
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙被告装置目録記載の一軸シャシダイナモメータ(以下「被告装置」という。)を製造し、販売し、販売の申し出をしてはならない。
2 被告は、被告装置及びその半製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金5000万円及びこれに対する平成14年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「一軸シャシダイナモメータ」に係る後記特許発明の特許権者である原告が、被告の製造、販売する被告装置は同特許発明技術的範囲に属すると主張して、被告に対し、被告装置の製造販売の差止め等と損害賠償を求めた事案である。
1 当事者に争いのない事実等 (1) 当事者 原告は、京都市に本店を有し、測定機器の製造販売等を業とする株式会社である。
被告は、横浜市に本店を有し、電子計測機器の製造販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告の特許権 ア 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その請求項1の発明を「本件発明」といい、その願書に添付した明細書(後記イの訂正後のもの)を「本件明細書」という。)を有している。
特許番号 第2797095号 発明の名称 一軸シャシダイナモメータ 出願日 平成4年12月26日(特願平4-358402) 公開日 平成6年7月19日(特開平6-201525) 登録日 平成10年7月3日 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)該当箇所【請求項1】記載のとおり イ 本件発明は、次の構成要件に分説するのが相当である(なお、本件特許権については誤記を理由とする訂正請求(甲20の1の1)がなされ、同訂正は確定した。次の構成要件は訂正確定後の構成要件である。)。
A 床板の開口部位置に設けられたドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される一軸シャシダイナモメータにおいて、
B1 前記ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の車輪支承部材が配置され、
B2 かつこの一対の車輪支承部材が前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、床板上側の位置と、
B3 駆動車輪から離れた、床板下側の車輪開放位置との間をスライド可能にあるとともに、
C1 前記各車輪支承部材の駆動手段が設けられ、
C2 更に、前記一対の車輪支承部材が、床板下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能なスライド部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、
C3 そのシリンダロッドが前記スライド部材に連結され、
D1 前記一対の車輪支承部材を床板下側から前記開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材で前記ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、
D2 自動車を固定したのち、前記車輪支承部材を前記開口部を通して前記車輪開放位置にスライドさせる E ことを特徴とする一軸シャシダイナモメータ。
ウ 訂正請求 (ア) 原告は、本件特許の無効審判請求事件2件(無効2003-35439、無効2003-35528)において、平成16年1月15日付け(甲25の1)及び平成16年3月26日付け(甲27の1)で、平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「平成6年改正前特許法」という。)134条2項1号(特許請求の範囲減縮明瞭でない記載釈明)、同条項2号(誤記の訂正)を理由とする訂正請求をした(訂正内容は2件とも同じである。以下、この訂正を「本件訂正」ともいい、その記載のある明細書(甲25の2、甲27の2)を「本件訂正明細書」という。)。訂正請求に係る本件発明の特許請求の範囲は次のとおりである(下線部は本件訂正箇所)。
「床板におけるドラムを表出させるための開口部位置に設けられたドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される自動車性能試験用の一軸シャシダイナモメータにおいて、前記ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の車輪支承部材が配置され、かつこの一対の車輪支承部材が前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、床板上側の位置と、駆動車輪から離れた、床板とドラムとの間の床板下側の位置であって車輪支承部材の一部が真上からみて前記開口部の縁から表出する位置である 車輪解放 位置との間をスライド可能にあるとともに、前記各車輪支承部材の駆動手段が設けられ、更に、前記一対の車輪支承部材が、床板下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能な凹形状のスライド部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、そのシリンダロッドが前記スライド部材に連結され、前記一対の車輪支承部材を床板下側から前記開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材で前記ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、自動車を固定したのち、前記車輪支承部材を前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせることを特徴とする一軸シャシダイナモメータ。」 (イ) 本件訂正後の構成要件は次のように分説できる(下線部は本件訂正箇所)。
イ)床板におけるドラムを表出させるための開口部位置に設けられたドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される自動車性能試験用の一軸シャシダイナモメータにおいて、
ロ1)前記ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の車輪支承部材が配置され、
ロ2)かつこの一対の車輪支承部材が前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、床板上側の位置と、
ロ3)駆動車輪から離れた、床板とドラムとの間の床板下側の位置であって車輪支承部材の一部が真上からみて前記開口部の縁から表出する位置である 車輪解放位置との間をスライド可能にあるとともに、
ハ1)前記各車輪支承部材の駆動手段が設けられ、
ハ2)更に、前記一対の車輪支承部材が、床板下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能な凹形状のスライド部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、
ハ3)そのシリンダロッドが前記スライド部材に連結され、
ニ1)前記一対の車輪支承部材を床板下側から前記開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材で前記ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、
ニ2)自動車を固定したのち、前記車輪支承部材を前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせる ホ)ことを特徴とする一軸シャシダイナモメータ。
(3) 被告装置 被告は、別紙被告装置目録記載の一軸シャシダイナモメータ(被告装置)を製造した(ただし、本件発明の構成要件D1、D2の充足性には争いがある。)。
被告装置は、本件発明の構成要件A、B1ないし3、C1ないし3及びEを充足する。また、本件訂正後の構成要件ロ1)ないし3)、ハ1)及び3)並びにホ)を充足する。
2 争点 (1) 被告装置は本件発明の構成要件D1及びD2を充足するか。
(2) 被告装置は本件訂正後の構成要件を充足するか。
ア 訂正請求の可否 イ 構成要件イ)充足性 ウ 構成要件ハ2)充足性 エ 構成要件ニ1)及び2)充足性 (3) 本件発明には明らかな無効理由が存在するため、原告の請求は権利濫用となるか。
ア 乙第1ないし第3号証により本件発明には進歩性が認められないか。
イ 乙第23号証により本件発明には新規性あるいは進歩性が認められないか。本件訂正後の構成には進歩性が認められないか。
ウ 乙第26号証により本件発明には特許法29条の2の適用があるか。
(4) 原告の損害
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告装置は本件発明の構成要件D1及びD2を充足するか)について 【原告の主張】 (1) 被告装置は、次の構成を有する。
d1 一対の車輪支承部材を床板下側から開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材でドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定するように構成されている。
d2 自動車を固定した後、前記車輪支承部材を前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせることができる。
(2) したがって、被告装置は、構成要件D1及びD2を充足する。
【被告の主張】 本件発明は物の発明である。構成要件D1及びD2は工程そのものであり、
物の発明である本件発明の構成要件とはならないはずのものである。
被告装置が使用時に【原告の主張】(1)記載のd1及びd2の動作をすることは認めるが、これは被告装置の構成要素ではないし、製造販売時の工程でもない。
したがって、被告装置は構成要件D1及びD2を充足しない。
2 争点(2)(被告装置は本件訂正後の構成要件を充足するか) (1) 争点(2)ア(訂正請求の可否) 【原告の主張】 ア 本件訂正は、いずれも平成6年改正前特許法134条2項1号(特許請求の範囲減縮明瞭でない記載釈明)、同条項2号(誤記の訂正)に該当するものであり、かつ平成15年法律第47号による改正前の特許法(以下「平成15年改正特許法」という。)134条5項で準用する平成6年改正前特許法126条2項、3項の規定に違反していないものであるから、いずれも認められるべきものである。
イ 被告は、本件訂正により発明の目的が車輪のセンタリングから作業者の安全に変更されたととらえ、作業者の安全という効果は本件特許の出願後に補正によって追加されたものであるから実質的には特許請求の範囲変更であり、したがって、平成15年改正前特許法134条5項で準用する平成6年改正前特許法126条3項訂正要件に違反すると主張する。
しかし、訂正審判の対象は「願書に添付された明細書又は図面」であり、他の訂正審判審決が確定した場合には、その際に訂正した明細書又は図面である。この点、作業をより円滑化するとか、作業者の安全性を向上させる等の本件訂正による効果は、本件明細書の【発明の効果】欄においても記載されているから、発明の目的を変更したものにあたらず、実質的に特許請求の範囲変更するものではないことが明らかである。
また、訂正によって新たに発明の効果が強調されるに至った場合に、そのような訂正がすべて発明の目的を逸脱すると解することは、無効審判に対する防御としての訂正請求を意味のないものとするだけでなく、特許請求の範囲減縮等に限って訂正を認めている規定(現行特許法126条1項但書等)の趣旨を無意味なものとする。したがって、特許請求の範囲減縮された結果、発明の効果が顕在化するに至った場合は、発明の目的を逸脱したものと評価すべきではない。
さらに、本件発明の出願当初の目的は、ドラムの頂上のほぼ定位置に駆動車輪を置く困難性を解決するという点にあり、本件訂正後もその目的が変更されたわけではない。また、その作業に手押し搬送が必要である以上、センタリングに至る作業の一連性や一体性を考えれば、搬送性(作業性)をより円滑化するとか作業者の安全性を向上させるといった訂正に係る効果は、出願当初の発明の目的をより確固たるものにするものであり、出願当初の発明の目的に含まれているといっても過言ではない。なお、作業の円滑化については、本件特許権出願当時の明細書(以下「当初明細書」という。)にも「そしてドラム1上に駆動車輪19を載せるときと、その駆動車輪19をドラム1上から除くときは、・・・駆動車輪19の移動をスムーズに行うことが可能である」と記載されていたことからしても、出願当初の発明の目的に含まれていたということができる。
したがって、本件訂正が訂正要件に違反することはなく、被告の主張は失当である。
ウ 被告は、本件訂正における構成要件ロ3)は本件明細書には全く記載されていない構成であるから、新規事項の追加であると主張する。
しかしながら、新規事項の判断基準は、「訂正の時点における明細書又は図面に記載された事項」である。そして、本件明細書には、構成要件ロ3)に該当する、「駆動車輪から離れた、床板とドラムとの間の床板下側の位置であって車輪支承部材の一部が真上から見て前記開口部の縁から表出する位置である車輪解放位置との間をスライド可能にある」との記載がある。
したがって、本件訂正における構成要件ロ3)は新規事項の追加とはならない。特許法123条1項8号により訂正は無効である旨の被告の主張は成り立たない。
エ 被告は、本件訂正後の発明では、開口部の大きさ、車輪支承部材の解放位置の高さ等を更に限定しなければ、訂正により得ようとしている効果を得られないから、明細書記載不備であると主張する。
しかしながら、発明の効果とは、従来(あるいは他の構成によった場合)のものと比較してのものであって、絶対的な効果が求められているわけではない。例えば、安全であるという効果は、従来(あるいは他の構成によった場合)に比べれば安全性が向上しているということで十分である。
本件発明についてみれば、構成要件ロ3)に示す車輪解放位置に車輪支承部材があれば、開口部のみがあるものや、開口部の内側の奥まった位置にまで車輪支承部材が後退するようなものと比べて、開口部とドラムとの隙間を実質的に小さくする作用や、開口部そのものを実質的に縮小させる作用を営み、その結果明らかに作業円滑性や安全性が向上し、試験室内温度管理が可能になるという格別な効果を得ることができる。
被告は、「支承部材の車輪解放位置を真上から見て開口部から表出する位置とするが、床板開口部を広くとったとき、支承部材が床板のどの位置にあっても大抵見えることになる」と主張するが、床板開口部を広くとったとしても、真上(鉛直線上)から見たときに車輪支承部材の一部が開口部から表出する位置は決まっており、床板のどの位置にあっても大抵見えるといったことには決してならない。
したがって、本件訂正請求の明細書(以下「本件訂正明細書」という。)の記載不備はなく、特許法123条1項4号に該当して無効である旨の被告の主張は失当である。
【被告の主張】 ア 本件訂正請求によって、「車輪支承部材の一部が真上からみて、前記開口部の縁から表出する位置である車輪解放位置」(構成要件ロ3))と訂正された。そして、上記構成要件ロ3)の作用効果は、床面開口部が最小面積化し床板上面がフラット化することにより、駆動車輪の移動がスムーズとなって作業者が足を取られるおそれがなくなったため、安全性が確保できることとされた。
しかし、この作用効果は、開口部の条件等を限定するという訂正をして初めて認められる効果であり、しかも、本件特許出願後に補正によって追加された効果であって、出願当初は開示されていなかった事項である。
そうすると、構成要件ロ3)を付加した訂正は、実質的に特許請求の範囲変更するものであって、平成15年改正前特許法134条5項で準用する平成6年改正前特許法126条3項訂正要件に違反するから、認められない。
イ 本件訂正請求によって訂正された構成要件ロ3)は、当初明細書には全く記載されていない構成である。その構成によると思われる作用効果の記載が構成とは関係なく唐突に記載されていたにすぎず、その作用効果も、出願当初は全く記載されていなかったところ、出願過程において拒絶理由を受けた際に引例との差異を強調するために補正によって新たに付加された事項なのである。
なお、本件特許は補正の制限が厳格となった平成6年改正特許法以前の出願に係るものである。本件訂正に関しては、法改正後の補正審査と同様に新規事項の判断が厳格に行われるべきであり、補正が許容されたことをもって本件訂正まで許容されてはならない。
したがって、本件明細書には記載されているが、当初明細書に記載されていない事項は、実質的に出願時に開示されていない事項に他ならず、そのような事項を裏付けとする構成要件ロ3)は実質的に新規事項である。
よって、構成要件ロ3)を追加する本件訂正後の発明は、特許法123条1項8号の無効事由がある。
構成要件ロ3)では、車輪支承部材の車輪解放位置を真上から見て開口部から表出する位置とされている。しかし、この限定だけでは、訂正により原告が主張する作用効果(審判事件答弁書(甲24)に記載されているところの安全性の確保、搬送作業の円滑化、試験室内温度管理)は生じず、その作用効果を生じさせるためにさらに開口部の大きさ、車輪支承部材の解放位置の高さ等を限定しなければならない。
したがって、本件訂正後の構造は、作用効果が得られないという点で目的を達することのできない構成を特許請求の範囲に記載しているものであるから、
特許法123条1項4号の無効事由がある。
(2) 争点(2)イ(構成要件イ)充足性) 【原告の主張】 ア 被告装置は「床板におけるドラムを表出させるために開口部位置に設けられたドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される自動車性能試験用の一軸シャシダイナモメータ」であるから、構成要件イ)を充足する。
イ 被告は、自動車性能試験に排ガス試験が含まれないところ、被告装置は排ガス試験用のものであるから構成要件イ)を充足しないと主張する。しかし、被告の主張の根拠とされる文献には、燃料消費性能試験において排ガス試験が行われると説明されているし、その他にも、排ガス試験はシャシダイナモメータ上で走行させて行うことが明記されている文献が存在する。したがって、被告の上記主張は理由がない。
【被告の主張】 被告装置は、自動車性能試験用ではなく、主に排ガス試験用に用いられる。
一般に自動車性能試験とは、動力性能、だ行試験、制動性能試験、旋回性能試験、タイヤ性能試験、振動乗り心地・振動試験、衝突試験、乗員に関する試験等をいうものであって、排ガス試験は含まない。原告が仮に自動車性能試験に排ガス試験を含むものとして用いるのなら、当業者の用例と著しく異なる独自の用語法にすぎないものである。
(3) 争点(2)ウ(構成要件ハ2)充足性) 【原告の主張】 ア 被告装置は、一対の車輪支承部材が、床板下側に設けられ、頂上部方向にスライド可能な凹形状のスライド部材の上方側にそれぞれ設けられ、駆動手段がスライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成されている。したがって、構成要件ハ2)を充足する。
イ 被告は、「凹形状のスライド部材」について、本件訂正明細書図4の断面図においてC型鋼を用いているところ、被告装置はC型鋼を用いていないと主張するが、ここにいう「凹形状のスライド部材」は、本件訂正明細書図3により示されているとおり装置上面から見たときの形状をいうものであることは明らかであり、その構成と同様の構成は被告製品にも存在している。
【被告の主張】 本件発明におけるスライド部材は、訂正請求書に添付された本件訂正明細書図4によれば、凹形状のC形鋼を用いている。しかし、被告装置はC形鋼を用いていない。したがって、被告装置は、「凹形状のスライド部材」を用いていない。
(4) 争点(2)エ(構成要件ニ1)及び2)充足性) 【原告の主張】 ア 被告装置は、「一対の車輪支承部材を床板下側から開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材でドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定の位置に設定」しており、「自動車を固定させた後、車輪支承部材を開口部を通して車輪解放位置にスライドさせる」という構成を有している。したがって、構成要件ニ1)及び2)を充足している。
イ 被告は、被告装置においては車両の中央部を作業者が押して移動させるので、本件訂正後の本件発明の作用効果の一つを奏しないと主張する。しかし、被告装置に車両を乗せる際、作業者が車両の中央部しか押してはならない技術上(被告装置の構成上)の制約はないから、被告の主張は失当である。
また、被告は、被告装置においては床面のフラット化による駆動車輪移動のスムーズ化、駆動車輪径を問わないセンタリングといった効果が生じないとも主張するが、被告装置において構成要件を充足している以上これらの作用効果も奏することは自明である。
【被告の主張】 ア 構成要件ニ1)及び2)は、装置であるシャシダイナモメータの使用時における工程であり、被告装置の製造販売時にはそのような工程がない。
イ 原告は、本件訂正明細書【0026】において、本件訂正後の本件発明の作用効果について、@ 車輪支承部材を床板下側から床板の開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせるべく車輪支承部材を床板下側の車輪解放位置に位置させていることから、床板上面をフラットにでき、ドラム上に駆動車輪を載せるときとその駆動車輪をドラム上から除くときに駆動車輪の移動をスムーズに行える、A 作業者が作業時に足をとられるおそれがある溝や凹みが床板に存在しないので、駆動車輪の移動をスムーズに行え、また、安全性を確保できる、B 駆動手段がスライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、そのシリンダロッドがスライド部材に連結されているため、シリンダロッドのストロークを変更するだけで、駆動車輪の径が異なってもこれら駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に支障なく設定できるとの作用効果が認められる旨主張している。
このうち、Aが訂正請求における主要な効果となっているが、被告装置は作業時には作業員が被告装置中央部(床板に開口部はない)で作業することになっているため、被告装置については原告の作用効果を認めることはできない。また、@及びBの効果はいずれも構成要件ニ1)及び2)によって得られるものであるが、被告装置の物自体にそのような効果は認められない。
したがって、作用効果の点においても被告装置は訂正後の本件発明と異なる。
ウ したがって、被告製品は構成要件ニ1)及び2)を充足しない。
3(1) 争点(3)(本件発明には明らかな無効理由が存在するため、原告の請求は権利濫用となるか)ア(乙第1ないし第3号証により本件発明には進歩性が認められないか) 【被告の主張】 ア 本件特許出願前から、シャシダイナモメータのドラム上の車輪をドラムの両側から上昇しかつ挟み込みながらセンターの位置に合わせる技術やエアシリンダ機構は、公知であった。したがって、当業者であれば、シャシダイナモメータのセンタリング機構として、乙第1ないし第3号証により公知となっている機構を用いるのは、極めて容易である。
(ア) 乙第1号証 乙第1号証は、本件特許出願日(平成4年12月26日)より前の平成2年4月12日出願の、タイヤ位置を調整できるようにしたシャシダイナモメータ用車両セット装置に係る発明の公開特許公報である。同公報(以下「乙1公報」という。)には、車両タイヤ軸中心と回転ドラム中心とを鉛直線上に一致させる駆動装置の技術が開示されており、また、この駆動装置がタイヤ位置を調整しないときは床下に格納されることも記載されている。
本件発明との相違点は、乙1公報の発明ではタイヤ位置調整装置が回動するのに対し、本件発明ではエアシリンダで直線的にスライドする動きをする点にすぎない。
(イ) 乙第2号証 乙第2号証は昭和62年7月14日出願の車両台上検査装置に係る実用新案公報(以下「乙2公報」という。)であって、乙2公報第2図に車輪飛び出し防止ローラが図示されている。同図によれば、エアシリンダにより先端のローラが直線的にスライドするものと理解される。
(ウ) 乙第3号証 乙第3号証は彌榮精機株式会社(以下「彌榮」という。)担当者の陳述書であって、これによれば、彌榮は、エアシリンダによって直線的にスライドする飛び出し防止ローラを設置したシャシダイナモメータを平成2年に製造販売していた。乙第3号証には、その飛び出し防止ローラ(第3ローラ)が、本件発明の装置の特徴をすべて備えたエアシリンダ機構として記載されている。
本件発明との相違は、車輪回転時にスライド部材が中間点に止まったままであるか、床下に収納されるかの差であるが、これは動作上機能上の差異であって装置の構造上の差異ではない。
(エ) よって、本件発明は、乙第1ないし第3号証により、あるいはこれらの組合せにより、公知となっていた技術により容易に発明することができたということでき、本件特許は明白な無効原因を有しているというべきである。したがって、本件特許権に基づく原告の請求は権利の濫用である。
イ(ア) 原告は、乙2公報記載の車輪の飛び出し防止ローラはスライドしないし、床下に入らないと主張する。しかし、この飛び出し防止ローラがスライドせず、あるいはスライドしても床下に入らないとしたら、車両を検査装置の所定位置に載せるのにリフトして降ろすしかなく、およそあり得ない動作となる。したがって、原告の主張は、現実に即さない議論といわざるを得ず、失当である。
(イ) 原告は、乙第3号証について、訂正の跡があるなど作成図面に作為が認められる、実績表にシャシダイナモメータが納品されたとの記載がない、図面の作成日付が新しい、などと述べて、乙第3号証の信用性を否定する。
しかし、訂正した旨及びその理由と日付が明記されているし、実績表はドラムテスタに限定した表であるにすぎず、図面については社内に残っている図面の中でわかりやすいものを選んだため日付が新しいものとなったにすぎない。したがって、原告の指摘する点は、いずれも乙第3号証の信用性を否定するものではない。
(ウ) 原告は、乙第3号証記載の技術について、エアシリンダは構造上エアでシリンダを押し切ってしまうので、中間点で止まることはできないと主張している。
しかし、エアシリンダへのエア供給を中途で止めることによって、シリンダを中途で止めることは広く行われているのであって、現に被告製品は中間で静止させることができる。したがって、原告の主張は技術常識に反していて失当である。
(エ) 原告は、乙第3号証記載の技術に関して、彌榮のシリンダの押し力を222kgと推測し、センタリング機能には不足であると述べているが、原告の計算は転がり抵抗係数μを本来0.01より小さくすべきところを、手入れ不良の石の多い道路と同様の0.08として計算している点で失当である。
【原告の主張】 ア 乙第1号証について 乙1公報の発明は、被告も指摘するとおり、一軸シャシダイナモメータのセンタリング機構の一つの方式を提供するものである。
また、@ セットアームの回動によりセットローラを車輪に押しつけて、ドラム上部に押し上げる方式であること、A セットローラの格納部として床面に別途設けられるセットローラ控部が必要なこと、B セットアームの回動を妨げないように、セットアーム専用の開口部が床面に必要であること、C セットアームの回動基点に非常に大きい回動力を加えないことには車輪を上部に押し上げられないこと、D Cによりセットアームや駆動装置の耐久性が落ちること、E C及びDによりセンタリング精度が落ち、また維持できないこと、F セットアームやセットローラの回動時に、それらと床面やセットローラ控部との間に作業員が足等を挟む危険があること、G セットアームやセットローラの回動時に、それらと床面やセットローラ控部との間に工具等が挟み込まれ、故障の原因となること、H セットアームの長さ調節が自由に行えず、対応車輪径が限定されること、などさまざまな実用上の問題が山積みしている技術であって、これらの課題をすべて解決している本件発明と比較すれば、格段に劣る技術でしかない。さらに、乙1公報には、本件発明にみられる開口部を可及的に小面積にでき、作業員の安全や工具の脱落・挟込みが生じないという効果の記載はない。
イ 乙第2号証について 乙2公報の考案は、一軸シャシダイナモメータにおけるセンタリング機構の技術を開示するものではない。
また、@ 乙2公報の第2図を見る限り、車輪の位置決めは二軸シャシダイナモメータと同様特段のセンタリング機構を必要としないものであって、一軸ドラム頂上位置にセンタリングを行わなければならないという技術的要請自体が存在しない、A 乙2公報の第2図の14は「車輪の飛び出し防止ローラ」であるから、車輪に触れない長さに設けられていることになる、B 「車輪の飛び出し防止ローラ」は、スライド自在に設けられているものではなく、周面両側に固着されている、C 「車輪の飛び出し防止ローラ」は検査装置稼働時に床板下側に収納されるものではない、などの点において、本件発明とは無関係である。
ウ 乙第3号証について (ア) 乙第3号証は次に述べるような不自然な点があり信用できないから、彌榮の製造販売にかかる乙第3号証添付資料1の装置に同添付資料3及び4の第3ローラが備わった装置(以下「彌榮装置」という。)の存在を否認する。
@ シャシダイナモとドラムテスタは、ドラムの上に車両を載せて車輪を駆動させるという点では共通するが、それぞれの装置に求められる要求性能・水準は全く異なる。この、当業者であれば当然に理解している相違について、乙第3号証の陳述書ではドラムに負荷をかけるか否かの単純な相違点しかないかのごとく説明しており、当業者の常識からして奇異かつ安直な説明である。
A 「シャシダイナモ型ドラムテスタ」なる用語の不自然性 シャシダイナモメータとドラムテスタは異なる装置であるにもかかわらず、「シャシダイナモ型ドラムテスタ」なる不自然かつ紛らわしい称呼を使用している。
B 乙第3号証添付書類1の不自然性 乙第3号証の添付資料1の図面は、図面表題欄の線がかぶって寸法記載がなされている、その線が型式欄の記入線にかぶって描かれている、平面図のセンター線が側面図のローラーセンター線と合致していない、寸法縮尺が1/49であり1/50とはならないなどの事実が指摘できる。これらの点は、図面に後に作為が施されたことを窺わせる。
C 乙第3号証の添付書類5の不自然性 「DRT-1500C ドラムテスタ仕様書」には、通常あるべき日付もなく、何時作成された仕様書かまったく不明であり、本件特許出願前に彌榮装置が存在したことの証明にはならない。
D 乙第3号証の陳述と、添付資料1の作図の不自然性 乙第3号証では、添付資料1について、平面図では前輪駆動車を、
側面図では後輪駆動車を載せた状態を示しているとの陳述が記載されているが、排気受装置の場所からすれば、平面図のような自動車の置き方は排気ガスを検査室内に充満させることになるからあり得ない。
E 全体図と詳細図の作成日の矛盾 乙第3号証には、第3ローラの製図(添付書類3、4)は、より後に装置の製図が作成されたような陳述が記載されているにもかかわらず、また、通常は全体図を書く前に第3ローラのような詳細図を作成するはずであるにもかかわらず、装置全体の製図よりも第3ローラの製図の作成日付の方が新しい。さらに、
第3ローラを備えた装置ならば、メンテナンス等の必要性からも当該装置の図面として第3ローラの詳細図が必要となるのであって、陳述されているように別の装置の詳細図を使うことは常識的には理解できない。
F センタリング機能の虚偽説明 乙第3号証の第3ローラが「飛び出し防止ローラ」である以上、エアシリンダのストロークを過度に長くして車輪と接触させることなどあり得ない。
また、エアシリンダは、構造上エアーでシリンダを押し切ってしまうため、中間点で止まることはできない。したがって、エアシリンダを調節して最初から車輪に当接するように設計するかのごとき説明や、先端部を任意の中間点でとめて、センタリングすることができるかのような説明は、明らかに虚偽説明である。
G 対応タイヤ径の矛盾 仮に第3ローラがタイヤに接触するならば、その寸法等からして対象車のタイヤ径が790mmとなるが、仕様書に記載された数値と整合しない。
また、彌榮装置ではタイヤ径790mmの車両をドラム上に載置したとしてもシリンダの押し力が絶対的に不足して、センタリングできない。
さらに、乙第3号証添付書類4によれば、ホイールベース距離の最大値2550mmであるが、このような車両は1800ccまでの小型の乗用車クラスであり、この場合自動車のタイヤ径は584mmとなる。そうすると、第3ローラはタイヤには全く接触しない。加えて、車両がさらに小さい場合にはタイヤもさらに小さくなるところ、シリンダがローラドラムから遠い彌榮装置では、この場合、シリンダを延長動作するとタイヤを真ん中当たりで挟むだけとなりタイヤをつぶすことにもなり、またフェンダーに接触し機構として成り立ち得ない。
以上の理由から、彌榮装置の第3ローラは、あくまで車両の飛び出し防止のみを目的とした設計であって、これにセンタリング機構を持たせるような説明をすることは無理である。
H 彌榮装置の一軸シャシダイナモメータとしての不可解性 第3ローラがタイヤに接触すると、車両の負荷に影響を及ぼすため、正確に負荷の再現(データ採り)が行えない。排気ガス計測においては一軸シャシダイナモメータは負荷の再現性が±10N(約100g)以内と厳しいが、第3ローラのようなものが出たままになって接触すると1000gを超える外部負荷が加わるから、正確な計測が行えないことは明らかである。
よって、彌榮装置の第3ローラがタイヤに接触してもよいという説明は、一軸シャシダイナモメータに要求されている性能を放棄していることになる。
I 納入実績についての疑問 乙第3号証の添付書類6の納入実績表にはシャシダイナモメータ(DRT-1500C)の記載がない。
(イ) 被告は、原告の指摘を踏まえ、更に乙第27号証の報告書を提出する。
しかし、乙第27号証の内容を検討すると、同報告書における装置(乙第3号証における装置と同一と仮定する。)は、@ 車輌を一方方向に搬入することしか想定されていない、A 仮にセンタリングするならばタイヤ径は1mを超えるバスのような車輌でなければならないが、同装置がバスのような大型車に対応する装置でないことは明白である、B 同装置の第3ローラはドラムが表出している開口部から出入りするものではないため、作業員が足を取られることになる、
C 床板上がフラットではない、D 第3ローラのスイッチが中間位置に停止できる構造ではない、などの不自然な点が指摘できる。したがって、乙第27号証によっても、乙第3号証に関して原告が指摘した疑問点が解消されるものではない。
(ウ) 以上の点を措くとしても、彌榮装置は本件発明とは無関係である。
乙第3号証における第3ローラは、乙2公報同様「車輪の飛び出し防止」のためのローラに関する記載にすぎず、センタリング機能が全く存在しないことは明白である。また、彌榮装置が図面上二軸のドラムテスタであることは明白である。
また、彌榮装置の第3ローラが飛び出し防止ローラである以上、車輪との接触は構造上可及的に回避される構成になっていてしかるべきところ、被告は「中間点」なる語を用いて、あたかも第3ローラをさらに上昇させる動作ができ、
したがって、また、車輪回転時には、車輪との当接位置から少し下方の位置(飛び出し防止機能を奏させるため)に止め置くことができる機能を備えているかのごとく説明している。しかし、エアシリンダは、構造上エアーでシリンダを押し切ってしまうので、「中間点」で止まることはできず、必ずストロークエンドまで動作するものだから、そのような説明は技術的にあり得ない。
エ 乙第1ないし第3号証の組合せ 乙1公報はローラをタイヤに当接させる物についての発明であるのに対し、乙2公報及び乙第3号証にはローラをタイヤへ当接させるべきではない機構についての技術が開示されているのであるから、技術的思想が逆であって、これらを組み合わせることはあり得ない。乙第2、第3号証のローラはいずれも車輌を固定するものであるから、乙1公報記載の「車輌固定装置」「固定部材」に代替する可能性があるにすぎない。
オ 前述のとおり、乙1公報記載の発明と本件発明を比較するならば、乙1公報記載の発明には数多くの技術的問題があり、本件発明はそれをすべて解決したものであるから、進歩性が認められる。また、乙第2号証と乙第3号証は、いずれも二軸ドラムに関する飛び出し防止ローラが開示されているものであって、ここから一軸ドラム上へのセンタリングという技術思想が出てくるものではない。
そして、乙第1ないし第3号証の組合せから本件発明が容易に想到しうるものではないことは、前記エ記載のとおりである。
したがって、本件発明は、乙第1ないし第3号証との比較において十分に進歩性が認められる。
(2) 争点(3)イ(乙第23号証により本件発明には新規性あるいは進歩性が認められないか。本件訂正後の構成には進歩性が認められないか。) 【被告の主張】 ア 乙第23号証は、自動車の診断装置の一つである自動車車輪の横滑り測定装置に係る発明の特許公報である(以下「乙23公報」という。)。
同発明も本件発明も、国際特許分類においてはいずれも「G01M17/00車両の試験」の分類に属しているから、同じ技術分野のものということができる。
このような技術対象の乙23公報の第1図及び第2図には、一軸ドラム12の上に自動車aの車輪Wを載置する機構が示されている。そして、一軸ドラム12の前後の床下には、エアシリンダ23に支持部材を介して接続された一対の誘導ローラ22、22’が配置されている。この誘導ローラ22、22’は、一軸の測定ドラム12上の車輪Wを測定ドラム12の軸芯直上(つまりセンター)に移動させることを目的として、そのドラム12の前後の床下に前記支持部材を介して一対で配置されるものであり、エアシリンダ23、23’の動作によって、支持部材とともに誘導ローラ22、22’を上下に昇降させて車輪Wのセンタリングを行う機構となっている。そして、誘導ローラ22、22’の具体的動作についても、測定ドラム12の上に車輪Wを載せた後、支持部材とともに誘導ローラ22、22’をエアシリンダ23、23’によって上昇させて車輪Wの位置決めをし、車(バンパ)を固定した後、支持部材とともに誘導ローラ22、22’を床下の元の位置に戻すものとなっている。
これを、本件発明の構成要件と比較すると、本件発明の「ドラム」は乙23公報に係る発明の「測定ドラム12」に相当し、同様に「一対の車輪支承部材」は「一対の誘導ローラ22、22’」に相当し、「スライド部材」は「支持部材」に相当し、「エアシリンダ」は「エアシリンダ23、23’」に相当し、そして動作の工程もすべて一致している。
よって、乙23公報記載の誘導ローラ機構は、本件発明と同一発明であることが明白であり、また少なくとも当業者であれば、乙23公報記載の技術に基づき、あるいはそれに乙第1ないし第3号証の技術事項を加味することにより、極めて容易に本件発明を発明することができるものであることも明白である。また、
本件訂正後の発明についても進歩性が認められないことは明白である。
なお、原告は、本件特許の出願経過中の意見書(乙25)において、本件発明の特徴を、(A)車輪支承部材13a、13bを床板3下側から床板3の開口部4を通してドラムの頂上部方向に床板3上側まで斜め方向にスライドさせている点と、(B)駆動手段であるエアシリンダ15a、15bのシリンダロッド16a、16bがスライド部材11a、11bに連結されている点であると主張した上で、拒絶理由の引例となった乙1公報記載の発明にはこれらの(A)と(B)の内容が全く開示・示唆されていないと強調している。これに対し、乙23公報には、
上記(A)(B)がいずれも開示されている。
イ 原告の主張に対する反論 (ア) 原告は、シャシダイナモメータと横滑り測定装置(ホイールアライメント測定調整装置)との技術上の相違を強調する。
しかしながら、シャシダイナモメータは、ダイナモメータを連結したローラに駆動輪を載せ、動力計によって抵抗等を与えて路上走行を再現し、実車走行試験を行う装置であるのに対し、ホイールアライメント測定調整装置はドラムに車輪を載せて、回転中のタイヤの傾きを横滑りの値から測定する装置であるから、
シャシダイナモメータの動力計の負荷をはずして横滑りの値を測定すれば、ホイールアライメントの測定調整が可能となる。つまり、シャシダイナモメータとして使うときは力の吸収(抵抗)と駆動(ブレーキ動作、下り坂走行など)の両方、ホイールアライメントテスタとして使うときは駆動のみが必要となるにすぎないといえる。
また、両者は、試験値を正確にするために車輪を一軸ローラーの軸芯直上の周面に定置させる必要があることは同様である。
更に、両者は特許庁においてサーチされる技術分野が共通している。
昭和50年発行の自動車工学便覧(乙33)によれば、シャシダイナモメータ及びホイールアライメントテスタを合成した多目的試験の診断装置の記載があるが、同記載は、ローラと車輪の関係がいずれの試験目的でも共通であることを意味するばかりでなく、この複合装置のメーカーは両装置を製造できることを意味する。
したがって、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置とに、技術上の相違はない。
(イ) 原告は、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置との相違がそれらに設けられるセンタリング機構の相違となるかのように主張する。
しかし、原告の作成したパンフレットには、車輪センタリング装置をシャシダイナモメータの本体とは別の付属品であって、オプションと位置付けているし、他社の一軸シャシダイナモメータのパンフレットにはセンタリング装置の記載はない。
したがって、シャシダイナモメータにとってセンタリング装置は不可欠のものではなく、独立のオプション品、付属品であることは明白である。このことは、センタリング装置がシャシダイナモメータから独立した装置であり、その技術もシャシダイナモメータやホイールアライメント測定調整装置に伴うものではなく別個独立の技術であることを意味し、ひいては、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置の技術上の相違がセンタリング機構の技術上の相違ではないことを意味する。
(ウ) 原告は、ホイールアライメント測定調整装置には床板が存在しないと主張する。
しかし、原告はホイールアライメント測定調整装置は自走で車両を乗り入れることが予定された装置とも述べている。自走で乗り入れるためには床板が不可欠であることは明らかである。
ウ 本件訂正後の構成との関係 原告は、シャシダイナモメータには床面上に開口部の極小化やフラット化の要請があるのに対し、自動車の横滑り装置(ホイールアライメント測定調整装置)にはそのような要請がないから、乙23公報にはそのような要請に応える技術の開示がない以上、本件発明(訂正後)には進歩性が認められると主張するようである。
しかし、シャシダイナモメータに本質的にそのような要請があるとすれば、開口部をなるべく小さくしようと考えるのは当然であり、ホイールアライメント測定調整装置における機構をシャシダイナモメータに適用するときに当然の設計事項として考慮されるといえる。
しかも、上述のように本件訂正によっても開口部を塞ぐような効果は得られないのであるから、乙23公報との効果上の差異がもともと見い出せない。
したがって、本件訂正後の発明であっても、乙23公報との関係において進歩性は欠如しているというべきである。
【原告の主張】 ア シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置の違いによる、本件発明の新規性進歩性 シャシダイナモメータは、精密なデータ採取を求められる自動車の性能試験を行う場合に使用される装置であり、ホイールアライメント測定調整装置には要求されない様々な要請(課題)があり、それを解決するための新たな工夫(構成)を必要とする装置である。
また、シャシダイナモメータでは、車両を手押しでドラム上へ上げたり下げたりしなければならないので、足場として、全面にフラットな床面が設けられている必要がある。これに対し、ホイールアライメント測定調整装置では、自動車を運転して(自走で)ドラム上へ移動させるので、タイヤの経路にだけ床面がついていればよい。
さらにシャシダイナモメータでは、試験室内の温度管理も要請されるので、温度変化要因となるドラムの駆動部との可及的な隔離が求められるから、床面の存在は必須であり、その開口部の構成も非常に重要な意味を持つことになる。開口部の最小面積化はシャシダイナモメータにおいては特有の技術的課題ともいえる。これに対し、ホイールアライメント測定調整装置等では、そもそも床面がないのが通例であるから、床面とドラムの開口部を最小面積化すべきであるとか、そのために車輪支承部材をどのように配置すべきかなどという問題意識は全く出てこない。
なお、ホイールアライメント測定調整装置の場合、床板が存在すると作業員の車両の調整作業ができない。
以上のとおり、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置は技術的に異なり、これに対応して車輪センタリング機構も異なるものとなるから、ホイールアライメント測定調整装置の車輪センタリング機構の技術開示によって、本件発明が新規性進歩性を欠如するものではない。
イ 乙23公報に記載されている技術内容と本件発明 乙23公報には、ドラムの外側に位置する車両固定装置を配置するための床面についてしか指摘がなく、ドラム近傍、とりわけローラ22、22と床面との関係についてまったく開示がない。そこには、シャシダイナモメータであることから要請される床面上の開口部の極小化やフラット化に対する技術的配慮がまったく存在しない。
これに対し、本件発明では、単純に開口部を小さくしようとするのではなく、車輪支承部材の停止位置を巧みに設定し、簡単な構成でありながら開口部の実質的な縮小化を図っているものであって、構成される各部材を有機的に配して全体としての統一効果を醸し出しているのである。この構成によればこそ、センタリングに至る一連の車両固定作業において、作業の円滑化や安全性の向上が見込まれ、本件発明の出願当初からの主たる目的であるドラム上への車両固定に係る能率性の向上等が確固たるものになるのである。
かかる有機的一体としての構成及びこれによる総加効果を超えた相乗効果は、乙23公報には全く開示・示唆されておらず、本件発明によってはじめて開示されたものであることは明らかである。
したがって、乙23公報の存在によって、新規性進歩性が欠如することが明らかであるなどとは到底言い得るものではない。
ウ 本件訂正による発明の意義 本件訂正によれば、一軸シャシダイナモメータにおいて、開口部の最小面積化及び床板上面のフラット化も容易に実現できることとなり、ドラム上に駆動車輪を載せるときとその駆動車輪をドラム上から除くときに駆動車輪の移動をスムーズに行える。また作業者が足を取られるおそれがある溝や凹みが床板に存在しないので、ドラム上に駆動車輪を載せたりするときに駆動車輪の移動がスムーズに行われる上、更に、安全性を確保できるなどの作用効果を奏することが実現できることが、より明確になる。この場合、乙23公報との関係において、新規性進歩性が欠如するものでないことはよりいっそう明らかになる。
(3) 争点(3)ウ(乙第26号証により本件発明には特許法29条の2の適用があるか) 【被告の主張】 本件発明は、先願である特願平4-265628号(その公開公報が乙第26号証)の出願当初の明細書に記載された発明と同一であって、本件特許は特許法29条の2の適用を受けるものであることも明白である。
乙第26号証は、本件特許の出願以前の平成4年9月9日に出願され、本件特許の出願日以後の平成6年4月5日に公開されたものであり、また、本件発明とは別異の発明者が発明し、別異の者が出願した特許出願である。また、乙第26号証の記載は、出願公開前に補正されておらず、出願当初の明細書の内容である。
乙第26号証には、乙23公報と同様に、自動車の診断装置の一つであるホイールアライメント測定調整装置に関する発明が記載されておりであり、その技術分野は本件発明と同じである。
そして、乙第26号証の請求項1にはホイールアライメント測定調整装置自体の発明が記載され、請求項2にはその請求項1の発明を基礎とする発明(以下請求項2のうちの特徴構成を「先願発明」という。)が記載されており、その内容は、一軸の後部ローラ4上の自動車後輪T3、T 4をローラ4の軸芯の真上(つまりセンター)に移動させることを目的として、後部ローラ4の前後に一対のセッティングローラ6を配置し、そのセッティングローラ6を進退させ、ローラ4上の車輪T3、T 4に押し当てながら、車輪T 3、T 4の位置を移動させる機構である(乙26【0011】、【0020】、【0022】参照)。
セッティングローラ6は、床下に設けられた一対のエアシリンダ6aのロッド6b先端に取り付けられ、そのエアシリンダ6aのロッドの伸縮により、ローラ4の頂上部に向かって斜め方向に進退するものとなっている。これを本件発明の構成要素と比較すると、本件発明の「ドラム」は「後部ローラ4」に相当し、「一対の車輪支承部」は「一対のセッティングローラ6」に相当し、「エアシリンダ及びスライド部材」は「エアシリンダ6a」に相当している。すなわち、先願発明は本件発明の装置としての構成をすべて備えている。
そして、先願発明においても、後部ローラ6の上に車輪T3、T4を載せた後、セッティングローラ6を上昇させて車輪T3、T4の位置決めをし、その後セッティングローラ6を下降させることが可能となっており、本件発明の動作としての構成も備えているといえる。
そうすると、本件特許からみて、乙第26号証は特許法29条の2の規定における先願にあたり、その出願当初の明細書には本件発明と同一の発明が開示されているから、同法同条の規定により本来本件特許は特許を受けることができなかったものであったにもかかわらず、誤って特許されたものということができる。よって、本件特許は無効理由を有することが明白である。
【原告の主張】 乙第26号証も、「ホイールアライメント測定調整装置」であって、シャシダイナモメータではなく、その技術分野を異にするものである。乙第26号証記載の技術においては床面に対する配慮は皆無であり、本件発明とは、技術的課題も構成も異なるから、到底本件発明と実質同一の技術が開示されているものと評価することができない。
逆に、乙第26号証は、装置設置面(本件発明にいう床面ではない。)に自動車の前後輪が載るべき受台自体が前後にレール上をスライド移動するような構成が記載されているということができる(乙26【0008】、【0010】、図2及び3)。この場合、本体発明にいうような「床面」を設けることは不可能である。
したがって、床面を設けることが必須のシャシダイナモメータにおいては、乙第26号証の開示技術をそのまま当てはめることなどできようはずもなく、
ましてや、技術として同一であるなどといえるものではない。
4 争点(4)(原告の損害) 【原告の主張】 被告の本件特許権侵害行為によって、原告が被った損害は次のとおりである。
(1) 実施料相当損害額 被告装置の平均単価は5000万円であり、被告は平成14年7月までにこれを9台販売した。したがって、平成14年8月1日現在の被告装置の総売上額は4億5000万円となる。
本件特許権の実施料率は10%と評価するのが相当であるから、原告の実施料相当損害額は4500万円である。
(2) 弁護士費用相当損害額 500万円 (3) 被告が被告装置を販売した翌月以降の遅延損害金 【被告の主張】 被告装置の平均単価は3000万円である。
また、実施料率は4.5%程度である。そして、その算定の基礎は被告装置の中のセンタリング機構部に限定されるべきである。
当裁判所の判断
1 まず、争点(3)(本件特許には明らかな無効理由が存在するため、原告の請求は権利濫用となるか)のイ(乙第23号証により本件発明には新規性あるいは進歩性が認められないか。本件訂正後の構成には進歩性が認められないか。)について判断する。
(1) 乙23公報(特開昭54-53401号公報) 乙23公報に係る発明は、「自動車車輪の横滑り測定装置」に係る発明の特許公報であり、その特許請求の範囲は、「ビット1内に敷設したレール4上の左右対称の側方移動台6、6’に、各旋回枠9、9’を累設し、更に前記旋回枠9、
9’から吊下した吊持腕11、11’が車輪W、W’をその軸芯直上の周面に載置する測定ドラム12、12’を軸承すると共に、該ドラム12、12’の軸線方向のスラストを検知する横滑り検知器14、14’を前記吊持腕11、11’に設けた自動車車輪の横滑り測定装置。」である。
(2) 乙23公報の「発明の詳細な説明」の記載及び図面 ア 乙23公報には、従来技術と乙23公報記載の発明(以下「乙23発明」という。)の課題について、次のような記載がある。
乙23発明は、自動車前輪のトウイン、キャンバ等のアライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置に関するものである。
従来、自動車の前輪のアライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置としては、自動車の進行方向に対して一定の長さを有する踏板が直角方向に対称の往復動する側方平行移動型測定装置と、一対の平行ローラ間に支持した車輪の下部踏面に測定用のローラを押圧しその旋回角から測定する構造の装置とが公知であった。しかし、前者の装置には、自動車の乗込み時と退出時とに測定誤差が生じ、また測定と調整とを同時に行うことができないという問題があり、後者の装置については、ローラ間に車輪が落ち込んで歪変形するなどの理由により路上走行状態の再現性に乏しく、かつ測定精度も低いという問題があった。
乙23発明はこれらの問題点を解決するために、比較的大径の測定ドラムを採用して路上走行に極めて近似した状態を再現した上で、車輪の横滑りと相対関係にある旋回角を求めて正確な横滑り量を測定しようとするものである。
イ 乙23公報には乙23発明の実施例が記載されているが、その中で大径の測定ドラム上に車輪を載置する構造について次のような記載がある(乙23公報2頁左下及び右下欄参照)。
「測定ドラム12、12’に載置する車輪W、W’を該ドラム12、12’の軸芯直上の周面上に前後から挟持して誘導する前後一対の誘導ローラー22、22’は、旋回枠9、9’に固設したエアシリンダ23、23’によって作動」する。
自動車aを前記測定ドラム12、12’に乗り入れた後、「エアシリンダ23、23’に圧縮空気を供給すると、前後の誘導ローラー23、23’(22、22’の誤記)が夫々同調しながら車輪W、W’を前後から挟持して測定ドラム12、12’の軸芯直上の周面上に誘導定置させる」。
「前記ドラム12、12’上の被測定車体aのバンパ24を車体固定装置26、26’によって左右から挟持して固定した後、誘導ローラ23、23’(22、22’の誤記)を元の位置に戻」す。その後、駆動モータ19、19’の駆動により測定ドラム12、12’が回転し、測定が開始される。
ウ 乙23公報には、その発明の作用効果について、従来の踏板式の測定装置に対してはその踏板上への乗込み時と退出時との誤差が全く生ぜず且つ測定と調整とが同時に出来るので非常に作業効率が良いこと、強制的倣い歪を生じない比較的大径のドラムを採用していると共に車輪重が直接該ドラムの軸線直上に作用するので路上走行性の再現性がよく、その横滑り精度が極めて優れていること等の顕著な効果を奏すること、の記載がある。
エ 乙23公報の図1及び2によれば、乙23発明の自動車車輪の横滑り測定装置の構成は、次のとおりと認められる。
装置には、自動車をドラム上に載置する過程で自動車をドラム上に乗り入れるための床板が設けられている。同床板には、ドラム上に駆動車輪を載置するための開口部が設けられ、開口部にはその周面上に自動車の駆動車輪が載置される一軸のドラム頂上部が位置している。
頂上部側における径方向の両側に一対のエアシリンダ23、23’が配置されている。エアシリンダの上部に設置された誘導ローラ22、22’は、駆動車輪をドラムの軸芯直上の頂上部に誘導するものであるから、上昇したときはドラムの頂上部よりも上位で、頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接し、下降したときは床板とドラムの間の床板下側の位置に配置される。
誘導ローラ22、22’の上昇下降運動はエアシリンダ23、23’によるスライド移動である。なお、エアシリンダ23、23’は上面視略L字形状である。
(3) 本件発明と乙23発明との対比 本件公報及び乙23公報の上記記載を参酌すれば、次のようにいうことができる。
ア 本件発明の「床面」、「ドラム」、「車輪支承部材」、「スライド部材」は、それぞれ乙23発明の「板状の部材」、「測定ドラム」、「誘導ローラー」、「スライドする部材」に相当すると認められる。
イ したがって、乙23発明は、本件発明の構成及び本件訂正後の構成に即していえば、次のような構成を有するということができる。
(ア) 本件発明の構成と対応させた乙23発明の構成 A 板状の部材の開口部位置に設けられた測定ドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される自動車の前輪のアライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置において、
B1 前記測定ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の誘導ローラーが配置され、
B2 かつこの一対の誘導ローラーが前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、板状の部材の上側の位置と、
B3 駆動車輪から離れた、板状の部材の上面と測定ドラムとの間の板状の部材の上面より下側の位置である車輪解放位置との間をスライド可能にあるとともに、
C1 前記各誘導ローラーの駆動手段が設けられ、
C2 更に、前記一対の誘導ローラーが、板状の部材の下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能な略L字形状のスライドする部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライドする部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、
C3 そのシリンダロッドが前記スライドする部材に連結され、
D1 前記一対の誘導ローラーを板状の部材の下側から前記開口部を通して測定ドラムの頂上部方向に板状の部材の上側まで斜め方向にスライドさせて、
その一対の誘導ローラーで前記測定ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、
D2 自動車を固定したのち、前記誘導ローラーを前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせる E ことを特徴とする自動車の前輪アライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置 (イ) 本件訂正後の本件発明の構成と対応させた乙23発明の構成 イ)板状の部材における測定ドラムを表出させるための開口部位置に設けられた測定ドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される自動車の前輪のアライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置において、
ロ1)前記測定ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の誘導ローラーが配置され、
ロ2)かつこの一対の誘導ローラーが前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、板状の部材の上側の位置と、
ロ3)駆動車輪から離れた、板状の部材の上面と測定ドラムとの間の板状の部材の上面より下側の位置である車輪解放位置との間をスライド可能にあるとともに、
ハ1)前記各誘導ローラーの駆動手段が設けられ、
ハ2)更に、前記一対の誘導ローラーが、板状の部材の下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能な略L字形状のスライドする部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライドする部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、
ハ3)そのシリンダロッドが前記スライドする部材に連結され、
ニ1)前記一対の誘導ローラーを板状の部材の下側から前記開口部を通して測定ドラムの頂上部方向に板状の部材の上側まで斜め方向にスライドさせて、
その一対の誘導ローラーで前記測定ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、
ニ2)自動車を固定したのち、前記誘導ローラーを前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせる ホ)ことを特徴とする自動車の前輪アライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置 (4)ア そうすると、本件発明(本件訂正後の本件発明を含む。)と乙23発明は、
(ア) 床板におけるドラムを表出させるための開口部位置に設けられたドラムの周面上に自動車の駆動車輪が載置される測定装置において、
(イ) 前記ドラムの頂上部側における径方向の両側に一対の車輪支承部材が配置され、
(ウ) かつこの一対の車輪支承部材が前記頂上部よりも上位で、その頂上部に位置した駆動車輪の周面両側に接する、床板上側の位置と、
(エ) 駆動車輪から離れた、床板の上面とドラムとの間の床板の上面より下側の位置である車輪解放位置との間をスライド可能にあるとともに、
(オ) 前記各車輪支承部材の駆動手段が設けられ、
(カ) 更に、前記一対の車輪支承部材が、床板下側に設けられ前記頂上部方向にスライド可能なスライド部材の上方側にそれぞれ設けられ、前記駆動手段が前記スライド部材をスライドさせるエアシリンダで構成され、
(キ) そのシリンダロッドが前記スライド部材に連結され、
(ク) 前記一対の車輪支承部材を床板下側から前記開口部を通してドラムの頂上部方向に床板上側まで斜め方向にスライドさせて、その一対の車輪支承部材で前記ドラム周面上に位置させた駆動車輪を周面両側から支持して、その駆動車輪の位置をドラム周面の所定位置に設定し、
(ケ) 自動車を固定したのち、前記車輪支承部材を前記開口部を通して前記車輪解放位置にスライドさせる (コ) ことを特徴とする測定装置 の点で一致するということができる。
イ 他方、本件発明(本件訂正後の本件発明を含む。)は、乙23発明と以下の点で相違する。
(ア) 本件発明が一軸シャシダイナモメータであるのに対し、乙23発明は自動車の前輪のアライメントの調整不良によって生じる横滑りを測定する装置である。
(イ) 本件訂正後の本件発明においては、駆動車輪から離れた車輪解放位置が床板とドラムとの間の床板下側の一部であって、車輪支承部材の一部が真上からみて前記開口部の縁から表出する位置であるのに対し、乙23発明においては、
床板の上面とドラムとの間であり床板上面より下側であるものの、床板より下側であるか否か、車輪支承部材の一部が真上からみて前記開口部の縁から表出する位置であるか否かが不明である。
(ウ) スライド部材の形状が、本件訂正後の本件発明では凹形状であるのに対し、乙23発明では略L字形状である。
ウ そこで、上記イ記載の各相違点について順次検討する。
(ア) シャシダイナモメータか横滑り測定装置かという点について a 証拠(甲2、17、23、26、乙1、2、23、24、30、32ないし35)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(a) シャシダイナモメータとは、路面の代わりにダイナモメータを連結したローラに駆動車輪を載せて実車走行試験を行う周知の装置である。当初の用途は実車動力性能、燃費測定が主であったが、排気ガス、燃費試験の頻度の高まりから、環境室、無響室、減圧室、電波暗室などの設備内に設置し、冷却、空調、
耐寒、騒音、高地、電雑など幅広い試験に用いられるようになっている。
他方、横滑り測定装置を含むホイールアライメント測定調整装置(以下横滑り測定装置を含むところのホイールアライメント測定調整装置について検討する。)とは、前輪が横滑りする寸法を計測し、また使用過程で変化するホイールアライメント(良好な操縦性や走行安定性を考慮して取り付けられた車列角度)を調整する周知の装置である。フラットな板に載せて計測・調整するものもあるが、乙23発明のようにローラに載せて測定・調整するものもある。用途は、走行中に変化するキャンバ角やトー角を計測し、これを調整することである。
なお、測定者の移動を最小限にすることによるコンパクト化と試験能率の向上のために、中速型ブレーキテスタ、シャシダイナモメータ及びホイールアライメントテスタを合成した、多目的試験用装置(総合診断装置(シャシアナライザ))も存在する。
(b) シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置は、共に国際特許分類において「G01M17/00車輌の試験」に分類されており、また、同分類を細分化した我が国固有のFIやFタームにおいても、同じ技術分野に分類されている。
(c) シャシダイナモメータは、自動車に走行抵抗に相当する負荷と個々の車両質量に見合った慣性質量とを同時に高精度に与える機能を持った試験装置で、コンピューターを用いて路上での自動車の走行抵抗と慣性質量を忠実に再現させることができる機能を有している。同装置には、車速に対応した制動荷重と慣性質量の正確な維持が求められるが、空気中の湿度、温度、気圧などの環境も測定結果を左右する。また、試験の際には自動車の周りに作業員が立って試験をしたり、作業員の手押しにて搬入作業が行われるため、作業員の足下の安全性も要求される。同装置の所管官庁は環境省である。製品価格は5000万円程度である。
これに対し、ホイールアライメント測定調整装置は、使用過程で変化するホイールアライメントを再調整するためのものであり、自動車の前輪を回転させて自動車が左右どちら向きに動くかを測定する。負荷装置を有さず、温度調整等の課題はない。作業員は自動車に乗ったまま走行試験を行う。同装置の所管官庁は国土交通省である。製品価格は数百万円程度である。以上の点において、シャシダイナモメータと異なる。
そのほか、両装置は、製造者、販売者、購入者、所属工業会等も異なっている。
(d) シャシダイナモメータを使用する際には、自動車を乗り入れ、
駆動車輪を装置の大径のドラムの軸芯直上に来るように位置決めする。シャシダイナモメータには、ドラム上の車輌の駆動車輪を軸芯直上に来るように位置決めするためのセンタリング機構はほぼ必ず備えられており、不可欠の機構である。適切なセンタリング機構がない場合には、位置設定に手間を要すること、常にドラム頂上部のほぼ定位置に置くことが困難であることについては、本件公報において課題とされているとおりである。
ローラ型式のホイールアライメント測定調整装置を使用する際にも、自動車を乗り入れ、駆動車輪を大径のドラムの軸芯直上に来るように位置決めする。
なお、ドラムの軸芯頂上に駆動車輪を載置する技術に対し、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置との技術的相違点が影響を与えることを窺わせる事情はない。
b 上記aの認定事実によれば、次のようにいうことができる。
シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置とは、
いずれも自動車の特性を測定する装置として周知であり、求められる測定内容や測定結果の精度は異なるものの、これを合体させて一つの装置として測定することは可能であり、その点で相互互換性を有する。また、作業員が床上に立つことが想定されるシャシダイナモメータと、そのような想定のないホイールアライメント測定調整装置では、床面におけるフラット化や開口部の縮小化の要請が異なるものの、
この相異は当業者において周知ということができ、ホイールアライメント測定調整装置における機構をシャシダイナモメータにおいて適用しようとする際には、当業者が容易にこの点を考慮することができるものであって、そこに技術的に困難な事情は認められないというべきである。
シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置には、
それぞれ、大径の一軸のドラム上に自動車の駆動車輪を載置して走行させながら測定する構成のものがある。このような大径の一軸のドラム上に駆動車輪を載置して走行測定する場合には、いずれの装置においても駆動車輪をドラムの軸芯真上に配置させなければならない。ドラムという円筒形状の頂上部に駆動車輪という円筒形状のものを定置させることの困難さに双方異なるところがなく、その困難さを克服するための技術的課題は同様のものと解される。
また、両装置は、いずれも自動車を乗り入れて開口部に配置されているドラム頂上部に駆動車輪を載置することを予定していることからすれば、両装置共に、開口部の面積や開口部とドラムとの間をなるべく小さくすることが設計事項として選択されるものと推測される。
そうすると、ホイールアライメント測定調整装置における一軸ドラム上の駆動車輪センタリング機構を、シャシダイナモメータにおいて用いることに格別の困難性は認められず、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置との相違についても当業者において容易に想定しかつ対応できるから、乙23公報記載のセンタリング機構に基づいて、当業者は容易に本件発明を想到し得ることが明らかである。
c 確かに、原告が主張するように、両装置については、求められる測定内容や測定精度(そのための温度管理問題等を含む。)、作業員が床面上に立つことが予定されているか否かなどの点において異なることにより、要請される課題が異なるということはできるし、その他にも担当所管官庁、機能、価格、製造者、
購入者等の点において相異するところがある。しかし、これらの相異点は、シャシダイナモメータ本体及びホイールアライメント測定調整装置本体の技術的相異であるか、当業者であればセンタリング機構において当然認識しかつ設計事項として変更対応が可能な事項であるから、これらの相異をもって、シャシダイナモメータとホイールアライメント測定調整装置にそれぞれ設置される、駆動車輪をドラム上に載置するセンタリング機構の技術上の相異であるということはできず、また容易に設計変更が可能な事項でないということはできない。
(イ) 車輪支承部材や誘導ローラがスライド下降した時の位置について 車輪支承部材がスライドする範囲として、床板上側の位置はタイヤの直径等に応じて決まる位置であるのに対し、床板下側の位置は、駆動車輪を位置決めするという目的からは必ずしも一義的に決まるものではない。
この点、車輪支承部材は、床板より突出すると乗入れの際に障害となるから、床板上面よりも下に配置されている必要はあるが、それが床板下側に配置される必然性はない。また、車輪支承部材をエアシリンダで駆動させていることからすれば、エアシリンダの可動範囲はなるべく小さくすることが望ましく、その場合にスライド下降する位置は床板近傍が選択されることになる。さらに、前記(ア)b記載のとおり、いずれも自動車を乗り入れて開口部に配置されているドラム頂上部に駆動車輪を載置することを予定していることからすれば、両装置共に、開口部の面積や開口部とドラムとの間をなるべく小さくすることが設計事項として選択されるものと推測される。
そうすると、乙23発明における誘導ローラーは、板状の部材の上面より下にあり、かつ、ドラムや板状部材に近傍する位置に配置しているものということができる。そして、それ以上に、板状部材よりも下側にあるか否か、また、誘導ローラーの一部が真上から見て開口部の縁から表出する位置にあるか否かは、単なる設計事項にすぎないというべきである。
(ウ) スライド部材の形状について 乙23発明におけるスライドする部材の形状は、略L字形状であるところ、駆動車輪を棒状のもので押し上げる場合、当該棒の両側に支柱を備えた形状、即ち上面視凹形状のもので押し上げるのが構造的に最も安定することは技術常識であって疑問の余地がなく、上記部材の形状を略L字形状ではなく上面視凹形状とすることは、当業者であれば容易に予測できる構成というべきである。
そうすると、乙23発明において、スライドする部材が片側のみ支柱を有する上面視略L字形状であるのに対し、これを両側に支柱を有する凹形状とすることには、技術的に格別の困難性を要するものということはできず、単なる設計事項にすぎないというべきである。
(5) 以上のとおり、本件発明(訂正後のものも含む。)は、乙23発明の技術内容と前記(4)ア記載のとおり一致しており、前記(4)イ記載の相違点はあるものの、それらはいずれも前記(4)ウ記載のとおり当業者が容易に想到し得るものか、単なる設計事項にすぎないものである。
そうすると、本件発明(訂正後のものも含む。)は、乙23公報により開示された横滑り測定装置における車輪位置決め機構を周知のシャシダイナモメータに適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、進歩性に欠け、その特許登録に無効理由の存在することが明らかである。
したがって、本件特許権に基づき被告装置の製造等の差止め、損害賠償等の権利行使をすることは、特段の事情のない限り、権利の濫用として許されないことになる(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁)。原告は、本件に関しては訂正審判請求がなされ、これが未だ確定していないから、上記「特段の事情」が認められ、権利濫用に該当すると評価することはできないと主張するが、前記(4)説示のとおり、本件発明は仮に訂正が認められたとしても進歩性が認められず、無効理由を有することが明らかである。したがって、
本件においては「特段の事情」があると認めることができず、原告の主張は採用できない。
2 以上のとおり、原告の請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。よって主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 中平健
裁判官 大濱寿美