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関連審決 抗告審判1965-29
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  加工方法 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  均等 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 /  異議申立 / 
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事件 昭和 41年 (行ケ) 143号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1971/04/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和四一年七月二七日、同庁昭和四〇年抗告審判第二九号事件について審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
請求原因
一、特許庁における手続の経緯 原告は昭和三四年九月一八日名称を「クレープ生地の溶浸加工法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和三六年三月二日出願公告がなされたが、同年五月一日高島晒協同組合から特許異議の申立があり、昭和三九年一二月二三日拒絶査定を受けたので、昭和四〇年二月一六日抗告審判を請求した(同年抗告審判第二九号)。特許庁は昭和四一年七月二七日右抗告審判事件につき「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年九月三日原告に送達された。
二、本願発明の要旨 クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張状態を保持しつつ処理浴に浸漬し、
之を三〇度ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールを以て構成したマンゲルにより絞ることを特徴とするクレープ生地の浴浸加工法。
三、審決理由の要点(一) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。ところで、本願出願前国内に頒布された刊行物である繊維学会誌昭和三〇年一〇月号五〇頁ないし五三頁(以下「第一引用例」という。)には、「綿クレープの防縮加工について」と題して、綿クレープを精練漂白後一五度ボーメの苛性ソーダ溶液に一二度Cにて三分間処理し水洗した試料を樹脂液に浸漬し、マングルで均一に絞ることについて記載され、同じく繊維機械学会誌第一二巻第八号(以下「第二引用例」という。)には、「洗毛機の絞りローラーに関する一考察」と題して、主としてトツプローラに硬度二八度、六〇度、七九度の三つの合成ゴムを使用した場合のゴム硬度による影響、結果について記載され、これによると、洗毛機における絞りローラとしては、被処理が均一な厚さを有しないので、最大絞り効率を得るための最適硬度は比較的低硬度のものであり、特に絞りむら防止に対しては低硬度ほど有効である旨説明されている。
(二) 本願発明を引用例のものと比べてみると、本願発明は第一引用例記載のようなクレープ生地の浴浸加工法において、マングルロールとして特に硬度三〇度ないし六〇度のような軟質ロールを用いたものに相当する。そして第二引用例の記載に照らせば、三〇度ないし六〇度の軟質のゴムロールは本願出願前から周知であるから、クレープ織物を第一引用例記載のような方法で処理する場合、マングルロールの硬度の範囲を三〇度ないし六〇度とすることは当業者が実験的に決定できる程度のことと認める。したがつて、本願発明は第一引用例および第二引用例に記載された技術内容から当業者の容易に考えられる程度のものであつて、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第1条の発明と認めることができない。
(三) 請求人(原告)は抗告審判の請求理由で、特許請求の範囲を苛性ソーダ浴に浸漬したクレープ生地を六〇%ないし七〇%の範囲内の含水率まで絞ることを特徴とするシルケツト加工法に限定する訂正案を提出した。しかしながら、本願特許請求の範囲には、クレープ生地を単に処理浴に浸漬し、これを三〇度ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールを似て構成したマングルにより絞ることが記載されているだけで、苛性ソーダ浴に浸漬したクレープ生地を一定の含水率まで絞るシルケツト加工法については記載されていないので、請求人(原告)の提出した訂正案は特許請求の範囲減縮に相当するものであるとしても、特許請求の範囲を実質上変更するものと認められるので、旧特許法第75条第5項の規定による訂正は命じない。
四、審決を取り消すべき事由 第一引用例および第二引用例に審決認定のような記載があること(ただし、第二引用例に「最大絞り効率を得るための最適硬度は比較的低硬度のものであり」との記載がある旨の認定を除く。)および右各引用例との対比において本願発明が進歩性を有しない旨の審決の判断は争わないが、特許庁が旧特許法第113条第2項
第75条第5項により、原告が抗告審判請求書に記載した訂正案(以下単に「訂正案」という。)と同趣旨の訂正命令を発しなかつたことは違法である。右法条による訂正命令を発するか否かは原則として特許庁の自由裁量に属するが、本件において訂正命令を発しなかつたことはその裁量の限界を越えたもの(裁量権の濫用)というべきであるから、本件審決は違法として取り消されるべきである。すなわち、
(一) 訂正案は特許請求の範囲を実質上変更するものではない。訂正案は本願発明の明細書(昭和三五年五月三〇日付全文訂正明細書)の「特許請求の範囲」のうち、(1)「処理浴に浸漬し」とあるのを「苛性ソーダ浴に浸漬し」と、(2)「マングルにより絞る」とあるのを「マングルを使用し、六〇ないし七〇%の含水率まで絞る」と、(3)「浴浸加工法」とあるのを「シルケツト加工法」と訂正し、「発明の詳細なる説明」のうちシルケツト加工に関するもの以外を削除しようとするものである。ところで、右明細書の「浴浸加工」という用語はシルケツト加工、樹脂加工等の総称として使用されているものであり、右明細書記載の発明(本願発明)は、クレープの畝をつぶさないで所望の加工効果(シルケツト、防水、防縮加工効果等)を得る方法に関するものであり、訂正案はそのうちシルケツト加工効果を得る方法に限定したものに過ぎない。すなわち、前記(1)は「処理浴」を「苛性ソーダ」に限定し、(2)はマングルにより絞る工程の含水率を右明細書の実施例記載の一定範囲内に限定し、(3)は「浴浸加工法」を「シルケット加工」に限定したものである。また、右明細書の発明の「詳細なる説明」は、実施例を含めて、ほとんどシルケツト加工について記載されており、樹脂加工については僅かに応用可能性が述べられているに過ぎない。したがつて、訂正案は右明細書の特許請求の範囲を単に減縮したものに過ぎず、これを実質上変更したものではない。
(二) 訂正案による発明(以下「訂正発明」という。)は新規性進歩性を有し、独立して特許されるべきものである。
(1) 訂正発明の要旨 クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張状態を保持しつつ苛性ソーダ浴に浸漬し、これを三〇度ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールを以て構成したマングルを使用し、六〇ないし七〇%の範囲内の含水率まで絞ることを特徴とするクレープ生地のシルケツト加工法。
(2) 訂正発明の課題 クレープ生地を通常の平布と同様の装置を用いてシルケツト加工すると、高硬度(八〇度ないし九〇度)のロールマングルによる圧延と、浴浸によつて縮まつた生地のテンターによる強度の拡巾により、クレープの畝が消失し、縮みものとしての特有の風合が失われるので、機械的操作による加工は行われていなかつた。そこで、従来は、二、三の業者がクレープ生地(約五〇米)を長さ方向にロープ状に束ね、作業者がゴム手袋とはさみを用いて苛性ソーダ溶液を入れた壺または釜状の槽の中にこれを浸漬して取り出すという手工業的方法によつて、クレープ生地のシルケツト加工を行つていたが、この方法では無緊張の状態で操作され、生地の緯糸の縮度が大き過ぎるので、シルケツト加工効果が不十分かつ不均等に生じ、苛性ソーダの消費量が多くなり作業に危険が伴つた。訂正発明は従来法のこれらの欠陥を除去しようとするものである。
(3) 訂正発明の作用効果(イ)クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張を保持しつつ苛性ソーダ溶液に浸漬するから、生地の緯糸の縮度が大き過ぎることがないので、シルケツト加工効果が十分かつ均等に得られ、しかも送り方向の平面緊張は、クレープの長さ方向に沿うものであるから、クレープの畝を損傷するおそれがない。
(ロ)十分なシルケツト加工効果を得るためには、苛性ソーダ溶液の浸透と生地の拡巾のため浸漬処理後に十分絞る(含水率六〇ないし七〇%以下)ことが必要であるところ、訂正発明では苛性ソーダ溶液に浸漬後、トツプローラー、ボトムコーラともに三〇度ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムで構成されたマングルで絞るので、クレープの畝を全く損傷せずに、含水率六〇ないし七〇%に絞り、十分なシルケツト加工効果を得ることができる。
(ハ)訂正発明の構成による総合的効果として、訂正発明により、クレープ生地のシルケツト加工は、通常の平布同様、全機械的な操作によつて行うことがはじめて可能になり、かつ苛性ソーダの消費量を減少させることができるようになつた。
(4) 訂正発明の進歩性(イ)第一引用例の記載は、綿クレープの防縮加工についてのものであり、シルケツト加工について従来法の有する欠点およびこれを克服する方法については何ら記載がない。もつとも、クレープ生地を苛性ソーダ溶液で処理することの記載はあるが、これをマングルで絞るのはソリユーブル・スターチや樹脂液で再処理した後であるので、第一引用例の記載は、シルケツト加工方法の改良を主眼としたものでないことが明らかである。シルケツト加工効果は、苛性ソーダ溶液に浸漬処理後直ちに所要の含水率に絞つてはじめて達成されるからである。したがつて、訂正発明は、単に第一引用例記載の方法において軟質ゴムロールを使用したものに相当するものではない。
(ロ)第二引用例の記載は、羊毛塊の洗毛機の絞りローラーに関するもので、最大の絞り効率を得るためのトツプローラーの最適硬度は七〇度ないし八〇度(これを比較的低硬度のものとした審決の認定は誤りである。)であること、絞りむら防止に対しては低硬度のトツプローラーほど有効である旨の説明がある。しかし、羊毛塊の洗毛技術は、効率よく絞ることと、絞りむらを防止することだけがその目的であるから、クレープ生地の畝を損傷させずにシルケツト加工効果を得ることを目的とする訂正発明とは技術分野に異にする。のみならず、第二引用例のローラーはトツプローラーだけが合成ゴム製でボトムローラーは鋳鉄製であり、そのうちトツプローラーの硬度についてのみ記載されているに過ぎないから、トツプローラー、ボトムローラーともにゴムで構成される訂正発明のゴムロールの硬度については何ら示唆を与えるものではない。
したがつて、訂正発明は第一、第二引用例から容易に推考できるものではなく、
旧特許法第1条の発明として独立して特許を受けることができるものである。
被告の答弁
本件の特許庁における手続の経緯、審決理由の要点、
本願発明および訂正発明の要旨が原告主張のとおりであること、原告が抗告審判請求書に原告主張の内容の訂正案を記載して特許庁に対し旧特許法第113条第2項第75条第5項による訂正命令を求めたこと、第一引用例の記載が綿クレープの防縮加工についてのものであり、シルケツト加工について従来法の有する欠点およびこれを克服する方法については何らの記載がないこと、クレープ生地を苛性ソーダ溶液で処理することの記載はあるが、これをマングルで絞るのはソリユーブル・スターチや樹脂液で再処理した後であること、第二引用例の記載が羊毛塊の洗毛機の絞りローラーに関するもので、最大の絞り効率を得るためのトツプローラーの最適硬度は七〇度ないし八〇度であり、絞りむら防止に対しては低硬度のトツプローラーほど有効である旨の説明があること、第二引用例記載のローラーはトツプローラーだけが合成ゴム製でボトムローラーは鋳鉄製であり、そのうちトツプローラーの硬度についてのみ記載されていること、羊毛塊の洗毛技術は効率よく絞ることと絞りむらを防止することだけがその目的であることは認めるが、その余の原告の主張は争う。審決が第二引用例について、最大絞り効率を得るための最適硬度は比適的低硬度のものである旨説明されている、と認定したのは、従来の金属ロールをも含めて比較した場合に硬度が大であればある程絞り効率がよいものではないという趣旨であつて、事実の認定を誤つたものではない。
特許庁が旧特許法第113条第75条第5項により訂正命令を発することができるのは、訂正後の発明が訂正前の発明と比較して特許請求の範囲を実質上変更するものでないこと、訂正後の発明が独立して特許を受けることができるものであることの二要件を備えた場合でなければならない。本願発明は、(1)クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張状態を保持しつつ処理浴に浸漬すること、(2)これを三〇度ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールをもつて構成したマングルにより絞ることの二点を特微とするものであつて、その目的はクレープ生地のしぼ(畝)をつぶさないで液を絞ることである。
これに反し訂正発明は、処理液を苛性ソーダ液とし、その液を六〇ないし七〇%の含水率まで絞ることによるシルケツト加工法に変更するものであるから、その目的は液を六〇ないし七〇%の含水率まで絞ることによりシルケツト効果を高めようとするものである。したがつて原告主張の訂正案は、特許請求の範囲減縮であるとしても、特許請求の範囲を実質上変更しようとするものである。また、綿布にシルケツト加工を施すことは古くから行われている技術であつて、その方法としてシルケツト加工機を用いることおよび布から液を脱水するためにゴムロールを用いることは本願出願前周知であり、綿布のなかにクレープ生地が含まれることもまた本願出願前周知であるから、訂正発明はこれらの周知事実と第一および第二引用例の記載から容易に考えられる程度のものであつて、旧特許法第1条の発明を構成しない。仮に原告主張の訂正案が前述の二要件を備えているとしても、特許庁は常に訂正を命じなければならないものではなく、例えば明細書に訂正をしなければならないような記載の不備がある場合その他客観的な諸般の事情が加わつてはじめて訂正命令の必要性が発生する。本願明細書はその特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との間に訂正を必要とするような不一致その他の記載の不備がないので、特許庁が訂正案と同趣旨の訂正命令を発しなかつた点を違法ということはできない。
証拠関係(省略)
理 由一、本件の特許庁における手続の経緯、審決理由の要点、本願発明の要旨が原告主張のとおりであること、原告が抗告審判請求書に原告主張の内容の訂正案を記載して特許庁に対し旧特許法第113条第2項第75条第5項による訂正命令の発令を求めたことは、当事者間に争いがない。
二、(一)旧特許法は同法第75条第5項による訂正命令の要件についての規定を欠いているが、出願公告があつたときは出願にかかる発明につき特許権の効力を生じたものとみなされるから(同法第73条第3項
ただし本件では現行特許法第52条による権利が発生)特許庁が同条同項により出願公告後の明細書または図面の訂正を命ずることができるのは同法第53条第1項、第三項、第54条の定める特許権発生後の訂正の場合に準じ、(1)訂正が特許請求の範囲減縮誤記の訂正、不明瞭な記載の釈明のいずれかを目的とし、
(2)特許請求の範囲を実質上拡張または変更するものではなく、(3)訂正後の発明が独立して特許を受けることができるものである(ただし、特許請求の範囲減縮を目的とする場合に限る。)場合であることを要すると解すべきである。そこで、原告主張の訂正案による訂正が右の各要件を備えているかどうかを順次検討する。
(二)当事者間に争いのない本願発明の要旨および成立に争いのない甲第二号証によれば、本願の特許請求の範囲は、
(1)クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張状態を保持しつつ処理浴に浸漬し、
(2)三〇ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールをもつて構成したマングルにより、
(3)これを絞ることを特徴とする、
(4)クレープ生地の浴浸加工法をその構成要件とするものであることが認められる。一方、訂正案が前記本願特許請求の範囲のうち(1)の「処理浴」を「苛性ソーダ浴」に、(3)の「絞る」を「六〇ないし七〇%の含水率まで絞る」に、(4)の「浴浸加工法」を「シルケツト加工法」に訂正しようとするものであることは当事者間に争いがない。そして前記甲第二号証によつて認められる本願明細書の記載全体、特に「発明の詳細なる説明」中「本発明は、以上の従来の方法に於ける不都合を除去し、クレープを毫も損傷することなく平布同様の操作でクレープ生地のシルケツト加工、或は樹脂加工すること若しくはその他任意の処理浴によつて生地を浸漬処理することを可能ならしめたものである。」との記載によれば、前示の「浴浸加工法」とは、シルケツト加工、樹脂加工その他任意の処理液に生地を浸漬処理する加工法の総称であることが認められるので、訂正案は、本願特許請求の範囲のうち、前示(1)の処理浴の種類(3)の絞る工程の含水率、(4)の浴浸加工法の種類を限定しようとするものであることが明らかである。また、本願明細書中前示引用部分の記載によれば、本願発明の目的は、クレープの畝を損傷することなく平布同様の操作でクレープ生地に十分なシルケツト加工、樹脂加工その他の加工効果を得ることを可能ならしめることであることが認められるところ、訂正案は前判示のように特許請求の範囲を訂正するとともに、発明の詳細なる説明のうち、シルケツト加工に関するもの以外を削除しようとするものであるから(このことは当事者間に争いがない。)、発明の目的を前記の事項のうちシルケツト加工に関するものに限定しようとするものであるといわねばならない。したがつて、訂正案は特許請求の範囲減縮を目的としたものであり、かつ実質上特許請求の範囲拡張または変更するものではないことが明らかである。
被告は、訂正案は液を六〇ないし七〇%の含水率まで絞る要件を加えることによりシルケツト加工効果を高めようとするものであつて、発明の構成と目的を変更するものである旨主張するが、訂正案は、右に判示したとおり、含水率に限定のない本願発明の(3)の構成要件に、六〇ないし七〇%の含水率まで絞るという限定を附加しようとするものに過ぎないし、これによつて十分なシルケツト加工効果を得ようとするものであることは前記甲第二号証により明らかであるが、十分なシルケツト加工効果を得ることが本願発明の目的に包含されていることは前判示のとおりであるから、被告の右主張は採用の限りではない。
(三) 当事者間に争いがない訂正発明の要旨および成立に争いのない甲第二、第八号証によれば、訂正発明は、
(1) クレープ生地を平布同様送り方向に平面緊張状態を保持しつつ苛性ソーダ浴に浸漬し、
(2) 三〇ないし六〇度の範囲内の硬度のゴムロールをもつて構成したマングルを使用し、
(3) これを六〇ないし七〇%の含水率まで絞ることを特徴とする、
(4) クレープ生地のシルケツト加工法を構成要件とするものであることが認められる。ところで、発明はその課題の技術的解決手段であるから、訂正発明の課題およびそれとの関係で右各構成要件の有する意味について更に検討する。成立に争いのない甲第二号証および証人【A】の証言によれば、本願出願当時におけるクレープ生地のシルケツト加工に関する技術水準は次のとおりであつたことが認められる。すなわち、クレープ生地を通常の平布と同様の機械を用いてシルケツト加工すると、原告主張の原因によりクレープの畝が消失し、縮みものとしての特有の風合が失われるので、機械的操作による加工は不可能であり、二、三の中小企業が原告主張のような手工業的方法によつてクレープ生地のシルケツト加工を行なつていたに過ぎなかつたが、右の方法では、クレープの畝は損傷されないが、原告主張の原因によりシルケツト加工効果が不十分かつ不均等である等の欠点があつた。右認定の技術水準と前記甲第二、第八号証を伴せ考えれば、訂正発明の課題は、平布同様の全機械的操作により、クレープの畝を損傷することなく、クレープ生地の十分なシルケツト加工効果を得ることを可能ならしめることであると認めるのが相当である。そして、前記各甲号証によれば、右認定の訂正発明の課題のうち、クレープの畝を損傷しないという課題を達成するための要件は前示(2)の要件であり、十分なシルケツト加工効果を得るという課題を達成するための要件は前示(1)および(3)の要件であり、かつ平布同様の全機械的操作を可能ならしめるという課題を達成するためには右(1)、(2)、
(3)の各要件を組み合わせることが必要であることが認められる。
ところで、右(1)の構成要件は本願出願当時周知の平布のシルケツト加工法の工程を転用したものであることが明らかであるから、(1)の要件自体および(1)と(2)、(3)の要件とを組み合わせることは周知技術から容易に推考できたものと認めるべきである。したがつて、前記課題の技術的解決手段としての訂正発明が出願当時の技術水準との関係で新規性進歩性を有するのは、右(2)および(3)の要件を備えかつ両者を組み合わせた点にあるといわねばならない。そうだとすると、訂正発明が独立して特許を受けることができないというためには、
右(2)および(3)の要件のみならずその組合せが出願当時公知の状態にあつたことが証明されなければならない。
そこで第一引用例および第二引用例に右の点を示唆する記載があるかどうかについて検討するに、右各引用例の記載内容がそれぞれ原告主張のとおりであることは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実によれば、第一引用例には訂正発明の前示(2)、(3)の要件およびその組合せを示唆するに足りる記載は何もなく、第二引用例の記載は羊毛塊の洗毛機の絞りローラーの硬度を示すだけであるから、仮にこれが前記(2)の要件を示唆するものであるとしても、(3)の要件および(2)、(3)の組合せについては何ら示唆するところがない。被告は、訂正発明は第一、第二引用例の記載と被告主張の周知事実から容易に考えられる程度のものである、と主張するが、被告主張の周知事実は前記(2)、(3)の要件およびその組合せとは全く関係のない事実であるから、被告の右主張は採用の限りでない。
したがつて、訂正発明は第一、第二引用例の記載から容易に推考できる程度のものではなく、旧特許法第1条の発明として独立して特許を受けることができるものであるといわねばならない。
三、出願公告後の明細書または図面について、前判示の要件を備えた訂正が可能である場合に、特許庁は旧特許法第75条第5項(第113条第2項により準用される場合を含む。)により訂正を命ずべく法律上覊束されるかどうかについて判断する。同法第75条第5項は「必要アルトキハ特許発明ノ明細書又ハ図面ノ訂正ヲ命ズルコトヲ得」と規定しているので、如何なる場合に訂正を命ずべきかは総て特許庁の自由裁量に属するかのようにみえる。しかし、訂正が特許権発生後の明細書または図面につき許されるべき訂正と同一の要件を備えている場合でなければ、特許庁は訂正を命ずることができないことは前に判示したとおりである。そうだとすると、同一の要件を備えた訂正であるのにかかわらず、特許権発生後の訂正については、特許庁は訂正許可の審決をすべく法律上覊束される(同法53条第1項、第三項、第54条参照)のに反し、出願公告後の特許を受ける権利については、特許庁が訂正を命じない自由を有すると解する合理的な根拠はない。しかも、旧特許法には出願公告後の補正を認めた規定(現行特許法第64条参照)がないので、特許異議申立の結果、出願公告された明細書または図面によつては出願が拒絶されることが明らかであるが、前判示の要件を備えた訂正(ただし、特許請求の範囲減縮を目的とするものに限る。)が可能であり、したがつて訂正後の明細書または図面によれば出願が特許されることが明らかな場合でも、特許庁が訂正を命じない限り、
出願人は出願の拒絶を免れる法律上の手段を有しない。したがつて、少なくとも出願人が前判示の要件を具えた具体的な訂正案を示して訂正命令の発令を促した場合は、特許庁は、特許権発生後の訂正の場合に準じて、訂正案と同趣旨の訂正を命ずべく法律上覊束されると解するのが相当である。
本件においては、出願人である原告が具体的な訂正案を示して特許庁に対し訂正命令の発令を促がし、その訂正案が前判示の要件を備えたものであつたことは既に判示したとおりであるから、旧特許法第113条第2項第75条第5項による訂正を命じないで本願を拒絶すべきものとした本件審決には、原告主張の違法があるといわねばならない。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する
裁判官 服部高顕
裁判官 石沢健
裁判官 瀧川叡一