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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和54ネ825 判例 特許
平成19ワ507特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  外国の特許 /  自然法則 /  反復(反復可能性) /  技術的思想 /  有用性 /  製造方法 /  公知技術 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実施料相当額 /  時効 /  援用権(援用) /  存続期間 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  発明の範囲 /  対価 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  公知事実 / 
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事件 昭和 41年 (ワ) 30号
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裁判所 富山地方裁判所
判決言渡日 1970/09/07
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 (第一次的請求につき)被告は原告に対し金二、八七二万六、四八〇円およびうち、金二、〇四四万八、
五二〇円に対する昭和四一年三月五日から、金一六八万三、一二〇円に対する同年四月一日から、金一六八万三、一二〇円に対する同年五月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年六月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年七月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年八月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の第一次的請求を棄却する。
(予備的請求につき)被告は原告に対し金一七三万九、四四〇円およびこれに対する昭和四四年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の予備的請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告において金一、〇〇〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
全容
第一、当事者の求める裁判一、原告 被告は原告に対して金一億円およびこれに対する昭和四一年三月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
二、被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、原告の請求原因一、原、被告会社の各本店所在地、工場および事業目的等 原告はアメリカ合衆国・ニユージヤージ州ウエインに主たる事務所を置き、化学工業を営むアメリカ合衆国メイン州法に基づき設立された法人であり、被告は東京都に本店を置き富山県婦負郡<以下略>に工場を有するほか、数か所に工場を有して薬品、農薬、肥料等の製造販売を業とする株式会社である。
二、原告の特許権1 原告は、次の特許権(以下本件特許という)を有していた。
登録番号 特許第一九〇、六四八号 発明の名称 メラミンの製造法 優先権主張日 一九四三年七月一七日、一九四五年九月二五日 公告 昭和二六年八月八日 登録 昭和二六年一一月八日 期間満了日 昭和四一年八月八日 特許請求の範囲 尿素及び(又は)シアン酸アンモニウム及び(又は)グアニル尿素並びに(又は)該物質の加熱分解生成物をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱することを特徴とするメラミンの製造方法2 本件特許発明構成要件は次のとおりである。
(一) 原料として、尿素、シアン酸アンモニウム、グアニル尿素、これら物質の加熱分解生成物のうちから、その一種または二種以上を用いる。
(二) 反応をアンモニアの存在下に行う。
(三) 原料物質をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏二七〇度以上に加熱して反応を起さしめる。
(四) 得られる目的物はメラミンである。
3 右要件の内容および被告の主張に対する反論(一) 本件特許発明の温度条件 加熱温度の上限は少なくとも摂氏六〇〇度である。
(1) 本件特許の特許請求の範囲には加熱温度の上限が明記されていないが、その上限は特許公報の記載全文を検討すれば自ら明らかとなる。もつとも、特許法70条特許発明技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない旨規定しているが、これは特許請求の範囲の記載を基準とする意であつて、それ以外の記載を参照してはならないという意味ではない。特許発明技術的範囲を正しく理解するためには、明細書中の「発明の詳細なる説明」の記載や「附記」の記載内容を参照すべきことは確立された特許解釈の法則である。ところで本件特許発明の詳細な説明には摂氏三五〇度ないし六〇〇度の範囲の温度条件が好適であることが明記されているから、特許請求の範囲の解釈上加熱温度の上限は少なくとも摂氏六〇〇度と解すべきである。
(2) 本件特許の出願審査の過程で、本件特許発明の範囲から摂氏三五〇度を越える温度条件の場合を除外したというような事実は存しない。被告の指摘する訂正は、単に用語の整理にすぎず、本件特許発明の範囲を実質的に変更したものではない。
(3) 被告は尿素をアンモニアの存在下に摂氏約三五〇度以上に加熱してメラミンを生成する方法は、すでにアメリカ合衆国特許第二、一六四、七〇五号(一九三九年七月四日特許、以下A特許という)によつて明らかにされていたと主張するが、以下に詳論するとおり、本件特許とA特許とは出発物質が異なり、またその開示する技術思想も同一ではない。すなわち、
現在知られているメラミンの製造法には、大別して石灰窒素法、尿素法、青酸法の三方法があるが、従来は石灰窒素法のみが用いられているにすぎなかつた。石灰窒素法は石灰窒素から得られたシアナミドまたはジシアンジアミドを原料としてメラミンを製造する方法で、スイスのチバ社が開発し一連の特許を得て工業化せられるに至つたものである。尿素法、青酸法はいずれも原告会社の技術者たちが開発した方法であつて、青酸法は青酸を、尿素法は尿素等を原料としてメラミンを製造する方法であるが、本件特許発明は右尿素法の基本的技術を明らかにしたものである。すなわち本件特許方法は尿素を原料として直接一段法でメラミンを合成する方法についての最初の技術であり、本発明が公表されるにおよんで尿素法と呼ばれ、
これに対して従来の石灰窒素に由来するシアナミド、ジシアンジアミド等を原料とする方法を石灰窒素法と呼んで区別されるに至つたものである。
A特許は出発物質を「メラミン生成物質」としているが、その公報には四実験例が挙げられ、それらに用いられている原料はジシアンジアミドとシアナミドである。さらにその公報中には原料物質たる「メラミン生成物質」としてチオンシアン酸アンモニウム、チオシアヌール酸メチルエステル、塩化シアヌールを掲げているが、これらは本件特許請求の範囲にいうところの尿素等の加熱分解生成物でもないから、本件特許発明の原料物質はこれらとも重複しない。右各物質を原料として用いるメラミン製造法はいわゆる石灰窒素法と呼ばれる従来法であり、本件特許発明の尿素法とは異なるものである。従来メラミンはその融点である摂氏約三五四度以上においては分解してしまうため、溶融情態のままでメラミンを得ることは不可能と考えられていた。A特許は、アンモニアの存在下ではメラミンは融点以上の温度においても分解しないことを発見し、得られたメラミンを溶融状態のまま反応容器から取り出すことを発明したものであつて、メラミン製造の際の温度条件としては摂氏三五〇度以下の場合をも包含している。従つてA特許は、結局、石灰窒素法の改良技術にすぎないものであつて、その公報中にも本件特許発明における、アンモニアによるメラミンの高収率生成促進作用については何ら記載されていないのである。
本件特許発明は、アンモニアのメラミン高収率生成促進作用を利用するものであるが、それは単に摂氏三五〇度以下の場合のみならず、あらゆる温度条件の場合に認められるものであつて、このことは本件特許明細書中に詳記されている。すなわち、本件特許明細書には温度条件として摂氏三五〇度以上における実施の態様が多数詳細に記載され、本発明においては摂氏四〇〇度ないし四五〇度の温度範囲でメラミンの収率が極めて良好であることが明記されており、これはアンモニアが摂氏三五〇度以上の高温度範囲においてもメラミンの高収率生成促進作用を有していることを示しているものである。
メラミンはその融点である摂氏三五四度附近で分解を始めるが、アンモニアはメラミンが溶解し始める温度以上の温度条件の場合には、メラミンの高収率生成促進作用のほかに、メラミンの分解抑制作用をも有している。そこで本件特許公報中ではこの作用にも触れているのである。
以上のとおり、A特許と本件特許発明とは全く異なるものであるが、仮に被告の主張するように、A特許の「メラミン生成物質」中に本件特許発明の原料物質がすべて含まれるとすれば、本件特許発明とA特許とは加熱温度範囲の点で区別できるのではなく、前記のとおり両者ともメラミン生成の際の温度はあらゆる温度範囲を含むから、全く区別のつかない同一の発明とならざるを得ない。このような主張は、結局、本件特許が無効理由を包蔵しているというものであつて、無効審判手続においてのみ許される主張であり、本件訴訟での適法な抗弁とはなり得ないものである。
(二) 本件特許発明の加熱操作 本件特許発明は溶剤、稀釈剤、触媒等を使用して加熱する場合を何ら排斥するものではない。
本件特許公報には、発明の目的として、「その目的とする所は従来法のようにシアナマイド又はヂシアンヂアマイド等を原料として使用することなく、溶剤、稀釈剤、触媒等も使用せずに容易にメラミンを得んとするものである。」と記載されているが、これは本件特許発明が尿素法によるメラミンの製造方法として最初の発明であつたから、ジシアンジアミドやシアナミドを用いる従来の石灰窒素法と異なることに触れ、石灰窒素法で通常用いられることの多い溶剤や稀釈剤等を必要としないことを指摘したのである。従つて右にいう溶剤とは従来石灰窒素法において使用されていた液体アンモニアやメタノール、プタノール等のアルコール類を指している。このことは公報中に「メラミンは多年の間知られたけれども、その製造の為の唯一の商業的便利な方法は、出発材料としてシアナマイド又はヂシアンヂアマイドが用いられる。之等の後者の化合物は単独又は数種の溶剤、稀釈剤、触媒等の異なる型と種類のものと加熱し重合させることによつて良好な収率にメラミンを得る。」という記載のあることと考え合わせるならば決して原告の独断的な解釈ではない。
従つて、本件特許発明は、単に溶剤を用いることを必須の要件としないというだけのことであつて、溶剤を使用する場合を除外するという趣旨のものではない。
なお被告が主張するスイス国チバ社で工業化した方法においてはアンモニアは原料と反応する作用物質でなく、しかも石灰窒素法の原料物質を溶解するものであり、尿素法におけるアンモニアとは異なり、溶剤として使用されているものである。
(三) 本件特許発明における反応経路 本件特許発明における反応経路は尿素等からビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリン等を経由させるものに限られない。
発明は自然法則を利用した技術的思想であるから、その技術方法が反復再現性を有していることを必要とするが、発明者がその発明を支配する自然法則なり、科学根拠なりを正確、かつ完全に認識していることは必要ではない。尿素から直接一段法でメラミンを生成する反応は、現在においてもその反応機構が未だ確認されておらず、尿素が直接メラミンに変化するのではなくて何らかの中間体を経てメラミンに至るものと考えられており、その中間体としていくつかの物質が想定され、指摘されているのが現状である。本件特許明細書でも右事実を前提として、尿素を摂氏三〇〇度以上に加熱した場合、メラミンが炭酸ガスとアンモニアと共に形成されることを発見したとして六分子の尿素から一分子のメラミンと三分子の炭酸ガスと六分子のアンモニアが生成するという一般方程式を示している。この一般方程式は本件特許明細書によつて始めて開示されたものであり、現在でも一般に承認されているものである。本件特許明細書に「然し乍ら尿素は右に示したように直接メラミンに転化されるものでないことは勿論了解されよう。尿素よりメラミンの最終の形成は尿素及び(又は)一個又は一個以上のその種々の加熱分解生成物を包含する一組の複雑な反応の結果である。」と記載されているのは、前記のとおり尿素からメラミンへの反応経路が未だ確認されていなかつたために、かようなことを述べたものである。本件特許明細書が、ビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリン等に言及しているのは、本件特許発明の原料の一である尿素等の「加熱分解生成物」を具体的に示すためであつて、尿素が本件特許発明の反応に際してそれ以外のものを経由しないという意味ではない。例えば原理的には尿素を加熱した場合シアナミドが生成するということは本件特許発明前から知られていたことであるから、
本件特許明細書の「尿素をメラミンに移す為本発明に従つて使用した反応条件の下に於いて種々の異なる反応が仮定せられ、又メラミンの最終形成は種々の異なる反応割合で行われる」との記載中の「種々の反応」の中にはこのような反応も含まれることはいうまでもない。本件特許明細書もこの点について、特に「本発明は任意の理論又は予想的の反応工程により制限されるのでなく尿素とその加熱分解生成物がメラミン、アンモニア、炭酸ガスに転化するという事実に基づくものである。」と明確に指摘しているのである。
三、被告の本件特許権侵害行為1 被告は尿素を原料としてメラミンを製造することを企て、富山県婦負郡<以下略>の工場内に製造設備を設け、昭和三九年五月頃からメラミンの製造を開始したものであるが、その製造方法は、
加熱器を内蔵する大口径縦型反応筒内に、筒内のアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちつつ、摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保持した大量の溶融メラミンを滞留させ、反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入し、液相下で、尿素からメラミンの変成を行い溶融メラミンを液相で連続的に反応筒外にとり出すことからなるメラミンの製造方法(別紙図面参照・以下日産法という)である。
2 日産法は、本件特許発明構成要件をことごとく充たしているから、仮に反応操作において他の資料、反応条件等が加えられていても、本件特許方法の一態様または本件特許発明を利用する方法であり、本件特許権を侵害するものである。これを分説すると次のとおりである。
(一) 日産法では「加熱器を内蔵する大口径縦型反応筒」が用いられる。しかしこれは装置(反応容器)についての要件である。いかなる反応容器を用いようと、
その容器内で行われる反応が本件特許発明構成要件を充足する限り、その方法は本件特許発明技術的範囲に属すると解すべきである。
装置の材料や形状、構造等を改良することによつて新たな作用効果をもたらすに至つた場合に、その技術態様が本件特許とは別に特許されることもありうるが、その場合においてもその装置を用いるメラミンの製造方法が本件特許発明構成要件をすべて充足しているならば、本件特許発明を利用するものとして、そのメラミン製造行為は明らかに本件特許権を侵害するものである。
(二) 日産法では、反応は「筒内のアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちつつ」行われるのであるから、装置内にアンモニアが存在していること、そのアンモニアは加圧状態にあり、従つて反応はアンモニア加圧下に行われることが明らかである。またその加圧の程度は容器内に存在しているアンモニアだけの圧力で表現すると「一平方センチメートルあたり約七五キログラム」であるから、これらを反応容器内の全圧力に換算すると一平方インチあたり約一、一〇〇ポンド以上、最高約一、六〇〇ポンドになるのである。従つて本件特許公報には、反応を加圧下に行う態様をも記載しており、そこに示されている加圧の程度は一平方インチあたり一〇〇ポンドから五、〇〇〇ポンドの範囲であつて、日産法の加圧条件はこの範囲内に含まれている。
(三) 日産法は「反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入し、液相下で尿素からメラミンへの変成を行う」ことによつてメラミンの製造が行われる。これは尿素を原料として直接メラミンを製造する方法であることを意味しているから日産法はこの点に関する本件特許発明の要件をも充足する。
尿素を「反応筒底部から」導入すること、および「比較的少量の尿素を連続的に導入」することは、いずれも原料供給の一態様であつて、そのような限定条件の付加は本件特許発明の要件を充足することを否定する理由とはなり得ない。また日産法は得られた「溶融メラミンを液相で連続的に反応筒外にとり出す」ことを特徴としている。しかし本件特許発明は、目的物たるメラミンをいかなる形でとり出すかということについては何ら限定を加えていないから日産法にかかる特徴があるからといつて、本件特許発明技術的範囲に属しないとする理由にはならない。
(四) 日産法では、反応容器内に「摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保持した大量の溶融メラミンを滞留させ」ている。反応筒底部から導入された尿素はこの加熱された溶融メラミン中に混入加熱される。溶融メラミンが摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保持されているのは尿素を加熱するためである。溶融メラミンは、尿素をその中に少量ずつ導入することによつて、加熱を均一かつ迅速に行う役割を果たしているだけであり、反応には与らない。
溶融メラミンの温度を摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保つことは反応容器に内蔵されている「加熱器」によつてなされる。従つて日産法は尿素をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱するという本件特許発明の要件を充足している。
メラミンの融点は摂氏約三五四度であり、日産法の加熱温度はそれより高いから反応容器内のメラミンは当然溶融状態すなわち液相をなしている。日産法における「液相下」ということは加熱温度の選択に伴つて付加された要件であるに過ぎない。
(五) 日産法では、尿素がアンモニアの存在下に摂氏三九〇度ないし四〇〇度に加熱されることによつて、本件特許発明と同じく六分子の尿素から一分子のメラミンと三分子の炭酸ガスと六分子のアンモニアが生成するという本件特許明細書によつて始めて開示された一般方程式に基づいてメラミンが生成する。
(六) 以上のとおり、日産法は本件特許発明の要素をことごとくそなえており、
被告がこれを実施することは本件特許権を侵害することになる。
3 日産法が本件特許権を侵害しないとする被告の主張は誤りである。すなわち、
(一) 日産法で使用する溶融メラミンについて 本件特許発明は溶剤を使用する場合を除外するものでないことは前記のとおりである。被告は日産法で使用する溶融メラミンは溶剤である旨主張するが、右溶融メラミンはむしろ前記のとおり尿素をその中に少量ずつ導入することによつて、加熱を均一、かつ迅速に行う役割を果たしているところの熱媒体であり、さらにこれは日産法の目的物質たるメラミンを反応系中に残存滞留せしめているものである。すなわち目的物の一部が残存滞留して加熱手段に参加しているだけのことである。
仮に本件特許発明には溶剤を使用する場合の製造方法が含まれず、また溶融メラミンが溶剤であるとしても、日産法は基本的には本件特許発明を利用するものであるから、本件特許を侵害することに変りはない。
(二) 反応経路について(1) 尿素等からビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンを経由させることなくメラミンに変成させる場合も、
本件特許発明技術的範囲に含まれることは前記のとおりである。
日産法によつて得られた目的物たる粗メラミン中にはアンメリン、アンメリドが含まれているから、日産法はこれらを経由することなくメラミンを生成するという被告の主張は誤りである。
また被告は、尿素から直接一段法でメラミンに至る経路に二通りあると主張するが、前記のとおり右反応経路は未だ確認されていないのであつて、被告の右主張は単なる推論にすぎない。ただ日産法を用いない場合でも両反応が共に生起するものと考えられ、その場合どちらが主反応になるかというだけのことであり、これは本質的な差異をもたらさない。
なお、米国において、アライド・ケミカル社は日産法と同様に溶融メラミンを用いて尿素からメラミンを製造しているのであるが、同社は原告に対し本件特許と内容の全く等しい米国特許についてその特許実施料を支払つているのであつて、このことは被告の主張が技術上どのように評価されるべきかを示唆するものである。
四、被告の故意、過失 被告が前記侵害行為につき違法性を認識していたことは、被告が日産法を開始するに先立つて、原告に対し本件特許の実施許諾を繰り返し要請していたことに徴しても明らかである。しかも当時すでに被告が本件特許を全く侵害していないと主張する日産法およびそれに関連する発明につき特許を出願していたのである。それにもかかわらず右のごとく実施許諾を求めたということは、被告自ら日産法によつてメラミンを製造する場合は、本件特許権の実施許諾を受けなければならないと考えていたことの証拠である。
特許法103条には侵害者の過失を推定する規定がおかれており、本件に同条が適用されることは言うをまたないが、日産法が本件特許の権利範囲に属することの避け得られないことは、被告が日産法を開始する以前から業界では周知のことであつた。それ故、仮に被告に故意がなかつたとしても重大な過失のあつたことは明白である。
五、原告の損害額、被告の不当利得額 原告は、被告の本件特許侵害行為により実施料相当額の金一億円の損害を蒙り、
被告はこれと同額を法律上の原因なくして利得している。
1、被告は、昭和三九年度以降本件特許権の存続期間の満了日たる昭和四一年八月八日までの間に、日産法を用いて次のとおり合計金七億六、一六四万八、〇〇〇円に相当するメラミンを製造した。
<11624―001>2、原告は本件特許発明につき米国においても特許権を有し、アライド・ケミカル社にこの特許の実施を許諾しているが、その実施契約には最低実施料条項があつて、実施権者は、本発明実施対価として生産量いかんにかかわらず、最少限度二五万米ドルを支払うこととなつている。二五万米ドルは邦貨に換算すると金九、〇〇〇万円であるが、本件特許発明の技術的保護範囲は非常に大きく、さらに原告は本件特許発明を基本発明として関連特許権をも有しており、尿素法によつてメラミンを製造する技術をほとんど独占していることや被告は前記のとおり本件特許権侵害につき単なる過失ではなく故意を有していること等を考慮すると、実施料相当額を算出する場合には、右最低実施料を邦貨に換算した金九、〇〇〇万円に若干の増額がなされなければならない。そうすると本件における本件特許発明実施料相当額は金一億円が相当である。
3、アライド・ケミカル社と原告との間の右契約には右最低実施料条項のほかに実施料率が五パーセントと定められており、これを基準とした場合の本件の実施料率は少なくとも六パーセントを下らない。従つて、仮にこの実施料率により被告が前記のとおり製造したメラミンの合計金額七億六、一六四万八、〇〇〇円を基礎として計算すると実施料相当額は金四、五六九万八、八八〇円となる。
六、以上の理由により、原告は、被告に対し、第一次に、特許法102条2項に基づく損害賠償として、予備的に、不当利得金の返還請求として右実施料相当額の金一億円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年三月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三、被告の答弁および主張一、請求原因に対する答弁 原告の請求原因事実第一項および原告がその主張の特許権を有していたこと、その特許請求の範囲が原告主張のとおり記載されていること、被告が原告主張の日産法により昭和三九年五月頃から富山県婦負郡<以下略>所在の工場でメラミンを製造し、その製造量および金額が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
二、本件特許発明1、本件特許発明の要素は次のとおりである。
(一) 尿素などおよびその加熱分解生成物を原料とすること。
(二) 反応はアンモニアの存在下で行われること。
(三) 摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱すること。ただし後記のとおりその加熱上限はせいぜい摂氏三五〇度である。
(四) 溶剤、稀釈剤、触媒などアンモニア以外の物質を介在させることなく、原料物質をそのまま加熱すること。
(五) ビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンの一つまたは二つ以上を経由させてメラミンを生成すること。
2、以下、右各要件のうち問題となるものにつき詳述する。
(一) 本件特許発明の温度条件 本件特許発明における温度条件は摂氏二七〇度を下限とし、摂氏三〇〇度を中心とするものであるから、その上限はせいぜい摂氏三五〇度であり、それ以上に加熱する場合は本件特許発明技術的範囲には属しない。すなわち、
(1) 本件特許明細書の記載に基づく解釈 本件特許明細書の特許請求の範囲に記載されている温度条件は「少なくも摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱する」ことである。右の記載を読めば技術者はもとより一般人も必ず摂氏三〇〇度の温度が加熱の最適温度であり、その上限は摂氏三三〇度位、せいぜい摂氏三五〇度位と解釈すべきものであつて、これ以外の解釈は曲解ないし反常識的解釈である。
なるほど、明細書の他の項には摂氏三五〇度以上に加熱する場合の記載があるが、これは特許請求の範囲の記載と対応していないというだけのことである。特許法70条は、特許発明技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない旨規定するが、これは同法36条5項との関連において解釈されるべきであり、同項は出願人に保護を求めようとする技術的範囲を明確に提示せしめ、特許として登録された後はその特許権の及ぶ範囲を客観化して出願人の権利を保護するとともに一般社会の法的安定性を保とうとするものである。従つて特許発明技術的範囲は特許請求の範囲に記載された構成要件を逸脱することはできず、勿論特許請求の範囲の記載を除く他の項の記載などを参酌してこれを定めることはできない。それ故、本件において特許請求の範囲に対応していない部分、すなわち摂氏三五〇度以上に加熱する場合にまで本件特許の技術的範囲拡張して解釈することはできないのであつて、右対応しない部分は単なる余事記載にすぎない。
仮に、右の不一致が本件特許明細書の特許請求の範囲の項に誤記があるためだとしても、その誤記による不利益は原告が負うべきである。
(2) 出願手続の経過の面からみた解釈 本件特許は、出願当初における原告提出の明細書には「少なくも摂氏二七〇度就中少なくも摂氏三〇〇度の温度に加熱する」と記載されたいたが、その出願手続中に原告は審査官から「就中少なくも摂氏三〇〇度」の記載を例えば「就中摂氏三〇〇度以上」と訂正したらどうかと指示された。すなわちこの指示は摂氏三〇〇度以上の温度範囲についても特許を求めるのであればそのことを明瞭にするようにということである。このような指示を受けたにもかかわらず、原告は「少なくとも摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度」と補正したのみで、「以上」の文字を入れようとしなかつたのである。このことは原告が「就中摂氏三〇〇度」の温度に加熱すること、すなわち三〇〇度を中心とする技術を特許として請求したものであつて、「就中摂氏三〇〇度以上」を請求する意思がなかつたことの明らかな証拠である。
(3) 公知事実に基づく解釈 本件特許優先権主張日当時、尿素をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法は公知であつたから、何人も右公知部分について特許を受ける余地がなかつたものであり、原告も右公知部分について特許出願をしたものではない。
仮に原告主張のとおり本件特許に摂氏三五〇度以上に加熱する技術を含んでいるとしても、本件特許中右公知技術の範囲に属する部分は当然無効であるから結局本件特許の温度条件は摂氏三五〇度以下と確定すべきである。すなわち、
本件特許公報の「詳細なる説明」の項には、(イ)アンモニアのメラミン高収率生成促進作用を利用して摂氏三〇〇度を中心とする低温度範囲で尿素からメラミンを生成する技術思想と、(ロ)アンモニアのメラミン分解抑制作用を利用して摂氏約三五〇度以上の高温度範囲で尿素からメラミンを生成する技術思想とが分説されている。
右(ロ)の技術思想はA特許によつてすでに明らかにされていたものである。A特許はメラミン生成物質をアンモニアの存在下に摂氏約三五〇度以上の温度に加熱してメラミンを製造する方法を明らかにしたものである。従来メラミンはその融点である摂氏三五四度以上では分解するものとされていたため、固体または懸濁液の状態で取り扱わねばならず、操作上非常に困難な点が多かつた。A特許は、アンモニア加圧下ではメラミンは融点以上でも分解しないことを発見し、溶融状態でメラミンを製造することを初めて可能にしたもので、これにより従来のメラミン製造上の温度制限は根底から除かれることとなつたものである。さらにA特許は従来の特許がメラミンの原料としてシアナミドまたはジシアンジアミド等に限定されていたのを広く「メラミン生成物質」なる言葉を用いてその範囲を広げ、あらゆるメラミン製造原料を利用しうることを明らかにしたのである。
当時までにメラミン生成物質として明らかになつていたものには、シアナミド、
炭酸グアニジン、グアニジン、シアヌール酸トリエチルエステル、塩化シアヌール、チオ尿素、チオシアン酸アンモニウム、ジシアンジアミド、グアニル尿素、アンメリド、アンメリンなどがあつた。ところで、尿素はチオ尿素と同一基本構造を有し、硫黄原子が酸素原子に入れかわつているだけであり、酸素と硫黄は共に周期律表六族の二価の原子で同効性を有し、チオ(硫黄)化合物とこれに対応する酸素化合物とは各種の反応において同1条件で反応することが化学上の常識となつており、また尿素からシアヌール酸、アンメリド、グアニジン、シアナミド等が生成されることも明らかになつていたから、いずれにしても尿素がメラミンの原料となり得ることは当時容易に知りうる状態にあつた。
従つて、その数年後である本件特許優先権主張日当時の当該技術分野においてはメラミンの原料物質はほぼ出そろつており、もはやメラミンの新原料に対する興味は全く示されず、業界ではメラミンの工業的生産方法に関心が向けられるようになつていた。当時メラミンの原料として主に使用されていたのはジシアンジアミドとシアナミドであつたが、これは当時石灰窒素工業の発達によりジシアンジアミド、
シアナミドが大量生産されていたからであり、これに対し尿素はシアナミドから生産される時代であつたからメラミンの原料として使用されなかつただけである。ところが尿素は、近年アンモニア工業の大型化にともない大量に生産されるようになつて、その価格も下落したため、メラミン工業界においても原料として使用されるようになつたのである。
従つて本件特許発明は、メラミンの新しい原料物質を発見したという点に意義があるのではなく、尿素、シアン酸アンモニウム、グアニル尿素、およびこれらの物質の加熱分解生成物から一定の条件下で工業的にメラミンを製造するための具体的技術方法を開示したにとどまる。
本件特許の出発物質は右のとおりであり、加熱分解生成物として本件特許明細書中の実験例に示されているものは、ビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンであつて、このほかには当時の技術水準からグアニジン等が考えられる。
これらはいずれも本件特許優先権主張日当時、メラミン生成物質として明らかにされていたものである。
以上の理由により、尿素をアンモニアの存在下に摂氏約三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法は、本件特許優先権主張日当時公知であつた。
仮にA特許にいうところの「メラミン生成物質」の中に尿素が含まれないとしても、一般に本件特許のごとく特許請求の範囲において特定された出発物質が多数あり、他方生産技術(方法)が共通である場合には、その反応条件はすべての出発物質に共通であると考えなければならない。ところで、本件特許の出発物質のうちのアンメリド、アンメリン、グアニル尿素、グアニジン等からは直接一段法でメラミンを生成することに関する公知文献が存し、これらを原料としてA特許による技術を用いてメラミンを製造すること、すなわちアンモニアの存在下に摂氏約三五〇度以上に加熱してメラミンを製造することは本件特許優先権主張日当時公知であつたのであるから、右アンメリド、アンメリン等については摂氏三五〇度以上に加熱する場合は本件特許の対象となつていなかつたことが明らかであり、従つて本件特許の権利範囲の解釈としては右アンメリド、アンメリン等と同格に記載されている尿素についても反応温度摂氏約三五〇度以上を公知として除外しているものと解しなければならない。
(二) 本件特許発明の加熱操作(溶剤等を使用しないこと) 本件特許発明は、尿素などを、溶剤、稀釈剤、触媒などを使用することなく、そのまま加熱する方法である。
本件特許請求の範囲に記載されているのは摂氏二七〇度以上就中三〇〇度に「加熱」するとの極めて抽象的な表現にすぎない。
特許発明が権利として保護されるのは、新しい技術を開示したことに対する代償であるから、開示されていない技術には特許権の保護は及ばない。従つて特許発明技術的範囲が特許請求の範囲に基づいて解釈されるといつても、その表現が抽象的で、広範囲である場合には、実際に完成された技術として明細書に示されている技術思想を逸脱して解釈することは許されず、特許請求の範囲はこれにより限定され、さらにこのような場合には、特許請求の範囲に記載のない事項であつても、当該特許の構成要件とされることもある。
本件特許明細書の発明の性質および目的の要領の項には「その目的とする所は従来法のようにシアナマイド又はヂシアンヂアマイド等を原料として使用することなく、溶剤、稀釈剤、触媒等も使用せずに容易にメラミンを得んとするものであると記載され、さらに右明細書には、この点をもつて、従来の方法、すなわちジシアンジアミド、シアナミドを原料とし、溶剤、稀釈剤、触媒等を使用する方法に対する顕著な差異であると強調されている。当業技術者がこのような本件特許明細書を読めば、発明の目的の項に溶剤などを使用しないと記載されていることが極めて重視され、本件特許発明の技術思想が極めて簡単、かつ単純な方法、すなわち普通に熱を加える方法で尿素などからメラミンを生成することにあるものと理解され、溶剤、稀釈剤、触媒等を使用するような複雑な加熱操作は、これと明確に区別されることを意味する。右記載がシアナミド、ジシアンジアミドを使用しないので従来の石灰窒素法で使用されているような溶剤なども使用しない方法という趣旨には解し得ないばかりでなく、従来の石灰窒素法においては触媒を用いる方法は全くなく、
溶剤については用いる方法と用いない方法とがあつたのであるから(例えばスイス国チバ社で工業化された方法はアンモニア以外には何物も使用しない方法であつた。)、目的の項の記載が石灰窒素法を使用しないから溶剤等を必然的に使用しないという事実を述べていると解することはできず、右目的の項の記載はむしろ「石灰窒素法ではなく」、かつ「溶剤等も使用しないで」という二つの要件を記載しているものと解すべきである。従つて、本件特許においては溶剤を使用しないことも一つの構成要件となつていると解すべきである。
(三) 本件特許発明における反応経路 本件特許発明における反応経路は、尿素等からビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンのうち一つまたは二つ以上を経由させてメラミンを生成するものであり、またシアナミドについてはこれを用いないことが本件特許発明の目的として明瞭に示されているのであるから、尿素からシアナミドを経由させるような方法は本件特許発明技術的範囲に含まれない。
ところで、特許請求の範囲の記載をもつて直ちにその特許発明構成要件と解し得ず、その特許発明が開示している技術に応じてこれが制限される場合があることは前記のとおりである。
本件特許発明は前記のとおり単純な操作でメラミンを生成するものである。本件特許発明では、どのようにして原料がメラミンに変成されるかの原理は本件特許明細書に詳細に示されている。すなわち、右明細書によれば、尿素は加熱すると、
(1)摂氏一三二度で溶解し、(2)一五〇ないし一六〇度に加熱した場合アンモニア一モルがビユーレツトを得るため二モルの尿素から飛び出す、(3)幾分高温度に早く加熱した場合シアン酸とアンモニアが形成され、シアン酸はすぐにシアヌール酸に重合される、(4)アンメリドとアンモニアが一九〇ないし二〇〇度において尿素を長時間加熱して形成され、(5)また高温度においてアンメリンとアンモニアも形成される。このように尿素を加熱した場合温度が上昇するに従つて各種の加熱分解生成物が形成されるとの従来の知見を開示した後、「然し乍ら尿素は右に示したように直接メラミンに転化されるものでないことは勿論了解されよう。尿素よりメラミンの最終の形成は尿素及び(又は)一個又は一個以上のその種々の加熱分解生成物を包含する一組の複雑な反応の結果である。」と述べ、尿素が直接メラミンになるのではなく、一個または二個以上の加熱分解生成物を経由することを明らかにしている。さらに明細書では、尿素からメラミンを生成するための各種の実験例について記載した後、「本発明方法は非常に高温まで尿素の加熱を包含しているので、これ等の加熱分解生成物の或るもの又は全部は疑ひなく、反応帯に存在し又それ自身メラミンに転化される。」と再度このことにふれ、そしてここでいう加熱分解生成物とは「前に示したようにビウレツト、シアヌル酸、アムメライド及びアムメリンにアンモニアと共に此の化合物を三〇〇度cまで加熱される場合の尿素の加熱分解生成物である。」と明瞭に示されている。さらに右の考え方を裏付けるための実験が詳細に記載され、ビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンを加熱するとメラミンが生成することを確認している。
なお、本件特許明細書には、「尿素をメラミンに移す為本発明に従つて使用した反応条件の下に於いて種々の異なる反応が仮定せられ、又メラミンの最終形成は種々の異なる中間反応の共作用の結果が同時に行われるが異なる反応割合で行われる。尿素をメラミンに転化する正確な化学的機構が発明者によつて明確に定められなかつたので、本発明は任意の理論又は予想的の反応工程により制限されるものでなく、尿素とその加熱分解生成物がメラミン、アンモニア及び炭酸ガスに転化するという事実に基づくものである。」との記載はあるが、その意味するところは、尿素の加熱分解生成物としてはビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンが考えられるが、尿素がメラミンに変成されるに際しては、これらのすべてを順次経由するのか、そのうち一つまたは二つ以上を経由するのか、その反応経路は明らかでなく、またこれらのいろいろな反応が組み合わされ、また並行し複雑に行われるかもしれず、その際の各反応経路を通る割合は必ずしも一定しないかもしれない。しかし本発明はこれらの反応形態のうちの特定のものに制限されないことを注記したものであり、右の加熱分解生成物を通らないでメラミンを生成する場合をも含めようとするものではない。
原告は六分子の尿素から一分子のメラミンと三分子の炭酸ガス、六分子のアンモニアが生ずるとする一般方程式で表わされる反応がすべて本件特許発明技術的範囲に含まれるように主張するが、右方程式は単に出発物質と生成物質の原子数が同じになるようにならべたものにすぎず、反応経路を度外視したオーバー・オールの式としての意味しかない。
3、本件特許発明の欠陥 前記のごとき技術思想に基づく本件特許発明には重大な欠陥が存在する。すなわち、尿素からメラミンへの生成反応は大なる吸熱反応であるが、その中間生成物たるビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンは不溶、不融のものであり、これらは非常に融点が高いかあるいは全く融けないため固結してしまい、
さらにこれらは熱をほとんど通さないため一旦これらが生成されると反応は進まず最終物質たるメラミンには到達しない。ただ本件特許明細書の実験例として示されている三〇〇ccのオートクレーブのような小規模のものでならば、右の欠陥はさほど大きくあらわれず、メラミンの生成が可能であるが、大型化したり、連続化したりして工業的規模において操作する場合には右の欠陥が顕著に生じ、メラミンの生成が不可能になる。本件特許発明が工業化できずに終つたのは以上の欠陥によるものである。
三、被告のメラミン製造方法(日産法) 本件特許発明のように尿素を通常の方法で加熱することによつては、前記のとおり中間生成物が生成し、それ以上反応が進まなくなるためメラミンを生成することができない。
尿素からメラミンを製造するためには大熱量の供給ということと中間生成物の処理ということが解決すべき難問である。日産法の研究は以上の点を解決する手段を開発することを目指して進められ、遂に溶融メラミン中で尿素からメラミンへの変成反応を行わせるという全く新しい技術思想に立脚した方法を発明し、この点を解決した。
日産法では、反応筒底部から溶融尿素を連続的に導入し、同時に必要量のアンモニアも連続的に導入して反応筒内に滞留している大量の溶融メラミン中で尿素からメラミンへの変成反応を行なわしめ、生成したメラミンは結局溶融メラミンの量が増加して来るので、この増加した分に相当するメラミンだけを上部から連続的に取り出し、分離器で急冷し、アンモニアと炭酸ガスを分離して粉末状のメラミンを得る。これが日産法を連続的に操作している状態における操業の内容である。
この状態での必要な要件の第一は、大量の溶融メラミンを反応筒内に滞留させてあるということで、スタート時には別に準備した溶融メラミンを反応筒内に入れて反応を開始させることが必要である。この大量の溶融メラミンを反応筒内に絶えず滞留させておくことが日産法の特徴である。
第二はこの溶融メラミンの温度および圧力条件である。
温度は摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保つことによつて純度の高いメラミンを高収率で得ることができ、圧力条件についてはアンモニアのメラミン分解抑制作用を利用して筒内の溶融メラミンを安定に保つために、そのアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムにする。このような条件に保たれた大量の溶融メラミン中に導入された尿素は、(1)均一に溶解し、分散し、(2)急速に反応温度たる摂氏四〇〇度に達し、一挙に大量の吸熱を行い、(3)瞬間的に反応してメラミンに変成する。すなわち、溶融メラミン中に導入された溶融尿素は、直ちに溶融メラミン中に溶解し、一様に分散し、均一な反応ゾーンを作る。溶解するとは、尿素が分子状となつて溶融メラミンの分子中に分散することを意味する。メラミンのごとき含窒素化合物中に同系統の尿素が溶解しやすいことは一般に知られているところであり、さらにこの両者が液体であることが溶解を一層容易、かつ迅速にしている。特に溶融メラミンは反応中に発生する炭酸ガスとアンモニアガスのため沸騰に似た状態を呈し、極めて強く攪拌されているので、この溶解、分散はより一層迅速かつ容易に行われる。次に、分子状に分散した尿素は、これを囲繞する摂氏四〇〇度に保持された大量の溶融メラミンから一挙に多量の熱量を得て同一温度に達し、さらに反応に必要な吸熱を行なう。尿素は徐々に加熱されると前記のとおりシアヌール酸等の不溶不融の中間生成物ができ反応が進まなくなるのであるが、
このように一挙に加熱されて必要な熱量が与えられると、有害な中間生成物を生ずることなく、瞬間的にメラミンに変成する。またこれは前記のとおりアンモニアガスと炭酸ガスの発生により内部が攪拌されているから、それだけ伝熱がよいこと、
さらに溶融メラミンが極性溶剤であるので、尿素からメラミン生成へのイオン反応には好適な溶剤であるということもプラスになつている。
四、日産法の実施は本件特許を侵害しないこと1 温度条件 日産法の反応温度は摂氏三九〇度ないし四〇〇度であり、本件特許発明の温度条件は摂氏二七〇度以上せいぜい摂氏三五〇度までと解すべきことは前記のとおりであるから、日産法はこの点において本件特許発明とは異なる。
2 溶剤 日産法で使用する溶融メラミンは前記のとおり溶剤としてのすぐれた諸作用を有する。この溶融メラミンを単なる熱媒と考えることはできない。尿素が溶解して分子の状態に達しているので、熱エネルギーは他の尿素や中間生成物質を通ずることなく、直接反応に参加できるのである。単なる熱媒では、いかに攪拌してみても、
断熱不溶不融の中間生成物質の厚い殻をかぶつた尿素を加熱することとなつてしまう。
本件特許発明は尿素などを、溶剤などを使用しないでそのまま加熱するものであることは前記のとおりであるから、溶剤である溶融メラミンを使用する日産法は、
この点においても本件特許発明とは異なる。
3 反応経路 本件特許発明は、尿素等からビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンの一つまたは二つ以上を経由させてメラミンを生成するものであることは前記のとおりである。しかるに日産法ではこれらの中間生成物を経ることなく尿素からメラミンに変成する。従つて日産法はこの点においても本件特許発明と異なる。この反応経路の差異は重大であり、本件特許発明の方法を使用する場合には不可能であつた工業化を可能ならしめるところの基本的技術であり、両者の技術上の差異は整然たるものがある。すなわち、
(一) 尿素を加圧下に加熱すると、脱アンモニア反応を生じて、尿素→シアン酸→シアヌール酸→アンメリド→アンメリン→メラミンと順次変成していく反応と、
脱水反応を生じて尿素→シアナミド→メラミンと変成していく反応とが考えられる。普通の加熱方法では前者の経路を主反応とするものと考えられており、本件特許発明の方法もそうである。日産法は後者の反応経路を主反応とするものであり、
その差異は日産法における溶融メラミンが塩基性溶剤として働くことにある。
尿素の製造は、いわゆる尿素形構造と、これと構造を異にするイソ尿素形構造で表わされるものとを重ね合わせたような中間的構造(共鳴構造)を有して一定のバランスを保つているものであるが、これは塩基性の中においては中性におけるよりもイソ尿素形構造に近い構造をとりやすい。このことは有機電子論上から承認されているところである。そしてイソ尿素は脱水反応をおこしやすい性質を有しているものである。また尿素につき脱アンモニア反応と脱水反応とが競い合つているときには、酸性では脱アンモニア反応が、塩基性では脱水反応が優位となることは各種の反応例から実証されている。溶融メラミンは、その構造式にアミノ基が三つ存在することからもわかるように強塩基性を示すものである。従つて大量の溶融メラミン中で尿素を加圧下に加熱する日産法においては溶融メラミンが塩基性の溶剤として作用するため、尿素はイソ尿素形構造に近い構造をとり、脱水反応をおこしてシアナミドとなる。シアナミドは加圧下に加熱されると瞬間的にメラミンになることは常識となつている。
以上により、日産法が尿素→シアナミド→メラミンという反応経路をとつていることは明らかである。
(二) 尿素は、脱水反応によりシアナミドへ、さらにこれによつて生じた水と未反応尿素とが反応してカルバミン酸アンモンへ、そしてさらにこれはアンモニアと炭酸ガスに分解する。これらの反応はいずれも可逆的平衡関係にあるとされている。しかるに右のカルバミン酸アンモンの分解圧は摂氏一六〇度で一〇〇気圧であるから、日産法のごとく摂氏四〇〇度、一〇〇気圧の条件下にある大量の溶融メラミン中ではカルバミン酸アンモンは存在し得ず、すべての水分子は尿素と反応してアンモニアと炭酸ガスになり、逆の反応は生じない。このことはこの条件下では水が存在し得ないことを意味するから、シアナミドと水より尿素が生じる反応もおこり得ない。従つて尿素→シアナミド→メラミンに変成する反応が促進される。
(三) 原告は、アライド・ケミカル社が原告から実施許諾を受けていることをもつて被告の主張に反論するが、アライド・ケミカル社が本件特許発明に対応する米国特許の実施許諾を受けているとしても、その内容を検討することなく本件に引用することはできない。
4 以上のとおり、日産法は本件特許発明とは全く異なる方法である。また日産法は本件特許発明による技術を利用していることもない。
日産法は被告の出願にかかる特公昭四〇―二二五八四号発明の方法であつて、特許法52条1項により、被告はこれを実施する権利を有するものである。ところで先願特許発明の要旨を全面的に、あるいは一体的に実施しているのではなくて、新しい要素が加わつたために先願特許発明とは質的に異なる実施態様となり、ことにその結果著るしく異なる効果が生ずる場合には、もはや利用関係はない。日産法は前記のとおり溶融メラミンが加わつたために他の諸要件とあいまつて、連続方法において特有な不純物であるウレイドメラミンの生成の抑制、メラム、メレム等の脱アンモニア縮合物などの副産物の生成の抑制、中間生成物による反応器および管の閉塞阻止、反応の円滑な進行、温度分布の均一性保持等の技術的効果をもたらし、
本件特許発明ができなかつた工業化に成功したのである。従つて、日産法における溶融メラミンの採用は、他の各構成要件の存在意義にも変化をもたらし、その結果、日産法はもはや本件特許発明を包含しているものとは言えないから、本件特許発明を利用するものではなく、その実施によつて右特許発明侵害することもない。
五、被告の無過失 被告は、つとに独自の尿素法の開発をなし、企業化の準備を進めてきたが、原告はこの計画を聞知し、昭和三七年一〇月被告に対し書簡をもつて本件特許権の存在につき注意を促してきた。これに対して被告は万一争訟を生じて顧客に動揺をもたらすことを慮り、さらに被告の新技術の開示を避ける等の事情をも考慮して、金額が折り合えば本件特許権のみを買い入れるのも得策であると考えたので、実施許諾の意向を原告に対し打診する書簡を出したのである。なお被告は当初から日産法が本件特許と無関係であることを確信していたので別の書簡をもつてこの旨を明らかにしておいた。
原告は、日産法が本件特許の権利範囲に属することは当時の業界において周知のことであつた旨主張するが、当時の業界は日産法を知らなかつたのであるから、本件特許の権利範囲に属するかどうかの判断をなしうるはずがない。
六、原告の損害について1 日産法が仮に本件特許を侵害するとしても、原告は被告が日産法を実施したことにより何ら損害を蒙つていない。すなわち、
原告は本件特許ほか四件の特許権についての通常実施権を独占的に東洋サイアナミツド有限会社に対し、金二億一、一六八万円の評価のもとに現物出資した。しかして原告自身はもちろん右会社も本件特許権の存続期間中本件特許を実施したことはない。従つて原告自らの本件特許実施による利益はあり得ず、実施料収入ももともとあり得ない。
2 原告は本件特許発明実施料の算定上、原告とアライド・ケミカル社との間の実施契約を根拠として云為するけれども、右契約の対象となつている特許は米国特許であつて我国において効力を有するものでないから、本件特許と比較するのは適当でない。しかも特許権実施料は各国の経済事情、技術水準、生活程度、さらには実施契約に際しての具体的条件によつて異なるものであるから、比較するとしても、これら条件の差異についてもまた検討しなければならない。例えばアライド・ケミカル社は基本特許と四件の補助特許とをあわせて実施許諾を受けており、その実施契約日である一九六一年一月一二日には、本件特許はなお約七年半の存続期間を有していたものであり、また同社が原告に支払つているという二五万米ドルは実施料の前払いであり、四年間の実施料に充当するものである。これに対して被告は右補助特許を使用しているわけではなく、メラミン製造を開始した当時の本件特許の残存期間は約二年にすぎなかつた。さらに実施料は客観的に相当なものが定められるべきものであつて、契約による実施料か損害賠償または不当利得の実施料相当額かにより差異を生ずるはずがない。
3 本件特許発明は、実質的には極く小型のオートクレーブ中に尿素を入れて加熱し、メラミンの生成を認めたという小規模の実験報告的なものにすぎない。
尿素法によるメラミン製造の技術は前記のとおり中間生成物の処理に最大の技術的困難性があり、この解決なくして該技術の完成はあり得ない。この困難性は、原告も本件特許の原特許を米国に出願した一九四三年以来、二〇年以上の間に多数の特許を出願したにもかかわらず、本件特許の存続期間中にその工業的生産に成功しなかつた事実をみれば明らかである。このように尿素法メラミン技術を完成し、工業化するためには、本件特許発明とは全く異なる角度からの一層広く、かつ深い基礎的研究と工業化に必要な応用開発的研究が必要である。本件特許発明自体は産業上なんらの有用性も有しないのである。従つて、その実施料算定にあたつては、
(1)前記のとおり本件特許発明は尿素法によるメラミン製造の完成技術全体中に占める割合が極めて小さいこと、(2)メラミンはすでに極限にまで発達した石灰窒素法によつて、商品として大量に生産されているから、尿素法によつて独占的利潤を占めることはできないこと、(3)前記のとおり被告が日産法によりメラミン製造を開始した当時、本件特許の残存期間は二年あまりにすぎないこと等が考慮されるべきである。
七、時効 不法行為による損害賠償請求権は三年の時効により消滅するところ、原告は、昭和四四年一月二四日本件第一一回口頭弁論期日においてはじめて昭和三九年五月から同年一〇月までの間に受けた損害を追加して請求している。従つて右損害の賠償責任はすでに時効により消滅しているものであるから、被告は昭和四四年八月二九日の本件第一三回口頭弁論期日において右時効援用した。
第四、証拠(省略) 理 由一、原告の特許権 原告がアメリカ合衆国メイン州法に基づき設立された法人であり、本邦において、登録番号特許第一九〇、六四八号、発明の名称メラミンの製造法、公告日昭和二六年八月八日、登録日昭和二六年一一月八日、期間満了日昭和四一年八月八日、
優先権主張日一九四三年七月一七日、一九四五年九月二五日なる本件特許権を有していたことは当事者間に争いがない。
二、本件特許発明について 本件特許発明の条件中、
右特許が尿素等を出発物質としてアンモニアの存在下に加熱しメラミンを製造するものであることは当事者間に争いがない。よつてその余の条件について以下順次検討する。
1 温度条件について(一) 本件特許発明の明細書中に特許請求の範囲が「本文に詳記するように尿素及び(又は)シアン酸アンモニウム及び(又は)グアニス尿素並びに(又は)該物質の加熱分解生成物をアンモニアの存在の下に少なくとも摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱することを特徴とするメラミンの製造方法」と記載されていることは当事者間に争いがない。
思うに、特許請求の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて解釈されるべきものであることはもちろんであるが、その記載内容の解釈は、明細書全体を検討し、出願当時の当該分野の技術水準に照して、当該発明がいかなる技術的課題を解決したものであるかを考慮してなすべきものである。
ところで、本件特許明細書の特許請求の範囲には、温度条件として前記のとおり「摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱する」と記載されており、右記載が必ずしも明確な表現でないけれども、そうだからといつて右記載だけから特に上限が画されているように理解することは困難であるばかりでなく、これに成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)中の本件特許明細書の発明の詳細なる説明の項には、摂氏三〇〇度から五〇〇度までの温度においての各実験例が示され右実験の結果によれば、摂氏四〇〇度における場合にメラミンの収率が最良である旨の記載があるのみならず、さらに「商業的製造に於いて時間要素が重要であるから、
従つて約三五〇度乃至約六〇〇度の範囲の温度の下に操作する方がよい。」とも記載されていること、右明細書中その他に温度条件の上限を画した趣旨の記載がない事実に証人Bの証言、同Cの証言の一部(ただし後記採用しない部分を除く)を考え合せると、本件特許における温度条件の上限は摂氏六〇〇度を下らないものと解するのが相当であり、いずれも成立に争いのない乙第四および第八号証の各記載、
鑑定人Cの鑑定の結果ならびに証人Cの証言のうちこれと見解を異にし、本件特許請求の範囲中の「摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度」なる記載の上限はせいぜい摂氏三五〇度と解釈すべきであり、明細書の他の項におけるそれ以上の温度についての記載は単なる余事記載にすぎないとの被告の主張に符合する部分は、冒頭に説示したところに照して、採るを得ないものである。
なお、被告は、本件特許出願手続の経過の面にあらわれた原告の意思などをも斟酌して温度条件の上限を画すべきもののように主張するけれども、すでに明細書全体を検討し、出願当時の技術水準に照してみて温度条件を明らかにすることができる以上、本来一般の知るを得ない特許出願手続の経過面にあらわれた出願人の意思などのごときを考慮する余地はないから、被告の右主張は採るに足りない。
さらに、被告は、本件特許優先権主張日当時、尿素をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法は公知であつたから何人も右公知部分について特許を受ける余地がなかつたものであり、原告も右公知部分について特許出願したものではなく、仮に原告主張のとおり本件特許に摂氏三五〇度以上に加熱する技術を含んでいるとしても、本件特許中右公知技術の範囲に属する部分は当然無効であるから、本件特許の温度条件は摂氏三五〇度以下と確定すべき旨主張するので、この点について判断するに、いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第六号証、第九号証、証人Bの証言によれば、A特許はメラミンの製造と題する発明で、一九三八年八月一二日に出願され一九三九年七月四日に登録されたアメリカ合衆国特許であつて、その特許請求の範囲とするところは「(1)メラミンをその生成過程に於てアンモニアの存在の下に少くともその融点にまで加熱し、そして溶融状態に於て反応容器から排出することを特徴とするメラミン生成物質からメラミンを製造する方法。(2)メラミンを製造するに際してアンモニアの存在下に溶融状態で反応容器からメラミンを排出する工程。」であるが、従来メラミンはその融点である摂氏約三五四度以上においては分解してしまうため溶融状態のままで取り扱うことは不可能と考えられていたから、A特許は、アンモニアの存在下においてはメラミンは融点以上においても分解しないことを発見し、溶融状態のままでメラミンを生成し反応筒外に取り出すことについての発明であることが認められるのであつて、A特許における原料物質は右認定のとおりメラミン生成物質であるが、前記乙第一ないし第三号証、第六号証、いずれも成立に争いのない乙第一二ないし第一七号証の各三によれば、このメラミン生成物質として本件特許優先権主張日当時までに文献上明らかにされていたものはA特許明細書に挙げられているシアナミド、ジシアンジアミド、チオシアン酸アンモニウム、チオシアヌール酸メチルエステル、塩化シアヌールのほかに、チオ尿素アンメリド、シアナミド、グアニジン、シアヌール酸等であつたけれども、尿素が右特許にいわゆるメラミン生成物質となり得ることについての文献は存在しなかつたことが認められる。
そうすると、本件特許優先権主張日当時、尿素からアンメリド等適当な中間物質を一旦生成し、次いでその中間物質からメラミンを合成することは公知であつたといいうるとしても、化学反応は一般に実験による裏付けのない限りその結果を予測し断定することが困離であることにかんがみれば、チオ尿素が尿素と類似した化学反応を呈する事実をもつてしても、尿素から直接に一段法でメラミンを合成しうることが容易に類推し得たということはできないのである。従つて尿素からアンモニアの存在下に摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する技術は、本件特許優先権主張日当時、A特許の存在にかかわらず、公知でなかつたのはもちろん、それはA特許による方法から容易に導きうるものであつたということもできないのであつて、いずれも成立に争いのない乙第二ないし第八号証の各記載および鑑定人Cの鑑定の結果にあらわれた右に反する見解にはたやすく賛同し難いといわねばならない。そして証人Cの証言によれば、メラミンの原料物質となりうべき物質に関してはかねて種々の研究がなされ、尿素についてもそれが他のメラミンの原料物質と類似する点があることなどから、直接の原料となりうるものかどうかの研究がなされていたが、この研究が最初に実を結んだのが本件特許発明にほかならないことが認められるのであつて、右認定の事実に徴してみても、本件特許発明は結局、尿素をメラミン製造の直接の原料となしうるかどうかの技術的課題を最初に解決した基礎的発明というべきものであることが明らかである。
よつて、被告の尿素をアンモニアの存在下に摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する技術が公知であることを前提とする被告の右主張は理由がない。
2 加熱操作について 本件特許発明の特許請求の範囲には、単に「加熱する」とのみ記載されているに過ぎないことは前記のとおり当事者間に争いがないが、このように特許請求の範囲にただ「加熱する」とのみ記載されている場合においては、明細書中に、溶剤を使用して加熱することを排除するなど、右の「加熱する」ということの意味が具体的に定義づけられているような場合は免も角、そうでない限り、特許請求の範囲に記載されていない事項をもつて当該特許発明の要素とすることができないことは多言を要しないところ、前記甲第二号証によれば、本件特許明細書の「発明の性質及目的の要領」の項には「その目的とする所は従来法のようにシアナマイド又はヂシアンヂアマイド等を原料として使用することなく溶剤、稀釈剤、触媒等も使用せずに容易にメラミンを得んとするものである。」と記載されているけれども、該明細書中、右記載以外に特に溶剤を使用する場合を排除する旨の記載がないのはもちろん、溶剤を使用して操作することに関する記載もまた見あたらないことおよび「加熱」の方法を具体的に定義づけるような記載もないことが明らかである。
そうすると、本件特許発明の目的とするところは右のとおり溶剤等を使用しないで容易にメラミンを得ようとするものであるけれども、そのことのみをもつて直ちに「加熱」の方法を限定しているということはできず、従つて本件特許発明の要素としては特許請求の範囲に記載されているとおり、尿素等を「加熱する」ことにあるのであつて、溶剤等を使用する場合を特に除外する趣旨のものではないと解するのが相当である。そして、この点につき、被告は本件特許発明は溶剤等を介在させることなく尿素等をそのまま加熱することが発明の一要素である旨主張し、前記乙第八号証の記載および鑑定人Cの鑑定の結果、証人Cの証言中に右と見解を異にし、被告の右主張に副うような部分があるけれども、これには賛同し難く、採るを得ない。
3 反応経路について 被告は、本件特許発明における反応経路は尿素からビユーレツト、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンのうち一または二以上を経由させてメラミンを生成するものに限られる旨主張するので、この点について判断する。
本件特許発明の特許請求の範囲は、前記のとおりであつて、それには反応経路を特定のもののみに限定する旨の記載はない。
ところで特許発明は、自然法則を利用するものであれば十分であつて、発明者がその自然法則を正確、かつ完全に認識している必要はなく、したがつて、本件特許発明もそれが尿素をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱すればメラミンが形成されるという反復の可能な法則に基づいているものであるならばそれだけで特許されるべき発明として十分なのである。もつとも、明細書中に特定の反応経路をとる場合に限る旨の明白な記載があれば、特許請求の範囲にはその旨の記載がなくても、それが当該特許発明の要素にされる場合もあり得よう。しかし前記甲第二号証(本件特許公報)中の本件特許明細書には、被告が右の限定の趣旨のものとして指摘するところの反応経路が記載されているけれども、右の記載をもつて反応経路を限定した趣旨とはとうてい解することはできず、右特許明細書中、その他に反応経路を限定する趣旨の記載を見出し得ないばかりでなく、かえつて「尿素をメラミンに転化する正確な化学的機構が発明者によつて明確に定められなかつたので、
本発明は任意の理論又は予想的の反応工程により制限されるものでなく尿素とその加熱分解生成物がメラミン、アンモニア及炭酸ガスに転化すると言う事実に基くものである。」と記載されているのであるから、本件特許発明は反応経路に関しては特定のものに限定せず、アンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱された尿素がメラミンに変成する際にたどるであろう種々の反応経路をすべて含むものと解するのが相当である。
4 要約 そうすると、本件特許発明は、要するに、尿素等をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏二七〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法であると認めることができる。
三、被告の実施方法 被告が日産法すなわち、加熱器を内蔵する大口径縦型反応筒内に筒内のアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちつつ、摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保持した大量の溶融メラミンを滞留させ、反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入し、液相下で尿素からメラミンの変成を行ない、溶融メラミンを液相で連続的に反応筒外にとり出すことからなる製造方法でメラミンを製造していることは当事者間に争いがなく、右事実に前記乙第九号証、いずれも成立に争いのない甲第六号証の一、乙第二三号証、証人Cの証言を総合すれば、日産法の出発物質は尿素であり、その目的物質はメラミンであること、この方法は、はじめアンモニア加圧下に摂氏三九〇度ないし四〇〇度の温度に保たれた大量の溶融メラミンを反応筒内に用意しておき、その中へ液状の尿素とアンモニアを送り込むと、尿素は溶融メラミン中に溶解して分散し、同時に溶融メラミンが保持する熱により急速にその温度にまで加熱され、かつ必要な熱量を与えられて溶融状態のメラミンへと変成し、当初から存する溶融メラミンとまざり合うから、新たに生成された分量に相当する量だけのメラミンを反応筒外に取り出すもので、これを連続的に行つているものであることおよびこの場合筒内のアンモニアはメラミンの分解を抑制する働きをしているものであることが認められる。
四、日産法による本件特許権侵害の有無1 本件特許発明と日産法との比較(一) 出発物質および目的物質 日産法が前記のとおり尿素を出発物質とし、メラミンを目的物質とする点では本件特許発明の要素を充たしていることは明らかである。
(二) 処理手段(アンモニアの存在) 本件特許発明はアンモニアの存在下に反応が行われることがその要素となつているものであること前記のとおりであり、前記甲第二号証によれば、この場合アンモニアはメラミンの生成を促進する作用とメラミンの分解を抑制する作用をもつものであることが認められ、他方日産法も、アンモニアの存在下に反応を行うものであつて、アンモニアのメラミン分解抑制作用を利用していることは前記認定のとおりであるから、両者はこの点においても異るところがない。
(温度条件) 本件特許発明の温度条件は前記認定のとおり摂氏二七〇度以上であり、その上限は摂氏六〇〇度を下るものでないところ、日産法においては尿素は反応筒内に滞留している溶融メラミンの温度、すなわち摂氏三九〇度ないし四〇〇度にまで加熱されるものであることは前記認定のとおりであるから、本件特許発明の温度条件を充たしているに疑問の余地はない。
(加熱操作) 本件特許発明が尿素等をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱するものであることは前記のとおりであるが、日産法においても尿素はアンモニアの存在下に摂氏三九〇度ないし四〇〇度に加熱される。ただ日産法では、尿素は大量の溶融メラミン中に送り込まれるのであるが、このように送り込まれた尿素は、溶融メラミン中に溶解し、分散することにより、また溶融メラミン中にあることにより、もはや加熱されるといえないことになるのであれば格別、このことにより尿素を加熱するものであるに相違ないから、日産法は加熱の点で本件特許発明と何ら異なることはない。もつとも前記甲第二号証、乙第九号証、成立に争いのない乙第一一号証および鑑定人C、同Bの各鑑定の結果によれば、尿素からメラミンへ変成する反応は大きな吸熱反応であるから、日産法で反応筒内に滞留する高温、かつ大量の溶融メラミンは、右反応に必要な熱量の供給手段として、まことに有効であるが、本件特許明細書にはこのような加熱方法は何ら記載されていないのはもちろん、日産法が用いている右加熱方法を本件特許優先権主張日当時において考え出すことは決して容易な事柄でなかつたことが認められるけれども、このように加熱の手段方法として優れる点があつて、それが新規に特許の対象たるべき発明にあたる場合であるにせよ、本件特許発明にいわゆる加熱であることにかわりはないから、これをもつて両者の相違の根拠となし難い。
(反応経路) 本件特許発明が特定の反応経路をとる場合に限定されるものでないことは前記認定のとおりであるから、日産法の反応経路がいかようであれ、これをもつて被告の主張するように本件特許発明との差異を論ずる理由とすることはできない。
2 要約 以上で明らかなように、日産法は尿素をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱してメラミンを製造するという本件特許発明の要素をそのまま一体として使用しているものといわねばならない。
もつとも、日産法においては前記のとおりアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちながら反応が行われるのであるけれども、そのことの故に、日産法に使用せられる本件特許発明の方法がその一体性を喪失するものと解することはできず(なお、前記甲第二号証によれば、本件特許発明は右の加圧下で反応が行われることを当然予定していることが認められる。)また日産法は以上のほかに、加熱器を内蔵する大口径縦型反応筒を使用することおよび右反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入することをその条件としているが、これらは反応容器や原料供給の態様に関するものであるに過ぎないから、その反応容器がいかようなものであれ、その内部で行われる反応が前認定のとおりであり、また供給の態様がどのようなものであつても、尿素を原料物質としているものである以上、日産法が本件特許発明の要素をそのまま一体として使用しているとの結論にいささかの影響をも及ぼすものではない。
さらに被告は、日産法が大量の溶融メラミンを使用することによつて、本件特許発明ではできなかつた工業化に成功したから、日産法は、本件特許発明とは質的にも全く異るものとなり、もはや本件特許を利用しているとはいえない旨主張するが、なるほど日産法における大量の溶融メラミンの使用は加熱の手段としてきわめて有効であることは前記認定のとおりであり、それが工業化のためにおおいに役立つているとしても、本件全証拠をもつてしてもそのために日産法が本件特許発明と質的に全く異るものになつてしまつたと認めることはできない。
以上の理由により日産法の実施は、本件特許権者である原告の実施許諾のない限り、本件特許を侵害するものといわざるを得ない。
五、被告の過失 被告は本件特許権の侵害につき無過失である旨主張するが、本件全証拠によつても、被告の右主張事実を認めるに足りない。
六、原告の損害等 被告が昭和三九年五月から同四一年七月までの間に富山県婦負郡<以下略>所在の工場で日産法により総額金七億六、一六四万八、〇〇〇円に相当する合計五、五一三トンのメラミン(その内訳は昭和三九年五月から同年一〇月まで、二九二トン、金四、三四八万六、〇〇〇円、同年一一月から同四〇年四月まで、七五七トン、金一億一、二四七万七、〇〇〇円、同年五月から同年一〇まで、一、六七一トン、金二億三、〇四二万四、〇〇〇円、同年一一月から同四一年四月まで、一、八九〇トン、金二億五、二四六万八、〇〇〇円、同年五月から同年七月まで、九〇三トン、金一億二、二七九万三、〇〇〇円)を製造したことは当事者間に争いがない。
ところで、原告は、第一次的請求として、実施料相当額の損害賠償を求めるものであるが、右損害賠償請求権は三年の時効により消滅するものである。しかるに原告は、昭和三九年五月から同年一〇月までの間に被つた損害について、三年以上を経過した昭和四四年一月二四日の本件第一一回口頭弁論期日においてはじめてこれが請求に及んだものであることは記録上明らかで、右期間の損害の賠償請求権はすでに時効により消滅しているから、原告の第一次的請求は、昭和三九年一一月以降同四一年七月までの間に被つた損害の賠償を求める限度で正当であるが、その余の昭和三九年五月から同年一〇月までの間に被つた損害の賠償を求める部分は理由がない。
なお、右請求に関し、被告は、原告は本件特許を自ら実施していないし、またその通常実施権を他に独占的に現物出資しているから損害は発生していない旨主張するが、たとえ被告主張のような事実があつたとしても、そのことだけで原告に損害が発生しないとはいえないから、被告の右主張はあたらない。
次に原告は、予備的請求として、不当利得の返還を求めているので、考えてみるに、被告は、昭和三九年五月から同年一〇月までの間日産法によりメラミンの製造を適法に行うには、それが本件特許を利用するものである関係上、右特許権者たる原告の許諾を必要とし、そのためには原告に対し相当の実施料を支払うべきものであつたといわねばならない。そうすると、被告は、結局、右期間中何ら法律上の原因なくして原告の本件特許権を実施し、その間実施料の支払を免がれてこれと同額の利益を受け、そのため原告をして本来得られるべき実施料の支払を受けさせなかつたことによりこれと同額の損害を被らせた筋合である。従つて被告は右期間の実施料相当額の不当利得を原告に返還すべき義務があるものというべきである。
そこで右損害賠償または不当利得の額について判断する。
前記甲第二号証、成立に争いのない甲第二〇号証、その方式および趣旨により外国の公証人が職務上作成したものと認められるから真正に成立したものと推定すべき甲第一五号証、証人Dの証言により真正に成立したものと認められる甲第一七号証および弁論の全趣旨によれば、原告は、米国において、その有する本件特許の原特許たる米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二二三号二件のほか、その補助特許である米国特許第二、五六六、二二九号、同第二、五六六、二三〇号および同第二、七五五、八八七号三件、以上合計五件について昭和三六年一月一六日米国法人のアライド・ケミカル社との間で実施権設定(特許使用権譲渡)契約を締結したこと、実施料(特許権使用料)等については、右契約上、(1)アライド・ケミカル社は頭金として原告に二五万ドルを支払う、(2)米国特許第二、五六六、二三一号の実施料の率をメラミンの純販売高の五パーセントとする。
ただし右頭金二五万ドルは右契約成立の日に続く次の四半期の第一日から始まる最初の四八か月間の実施料に充当する、(3)右特許以外の特許四件の実施料の率をメラミンの純販売高の五パーセントとする。ただし、これら四件の特許が米国特許第二、五六六、二三一号とともに使用され、その実施料の支払義務がある場合は、
アライド・ケミカル社はこれら四件の特許の実施料を支払う義務はない。米国特許第二、五六六、二三一号が消滅し、その余の四件の特許がその後なお存続する場合も同様であるなどと約定し、爾来アライド・ケミカル社は右特許を実施してメラミンを製造し、原告に対し実施料を支払つてきたことおよび原告自身は本件特許権を実施せず、これに基づくメラミンの製造販売をなさなかつたことが認められる。そこで損害賠償ないし不当利得の額について考えるに、右認定のように、特許権者自ら当該特許権に基づく製品の製造、販売をなさず、しかもその本国において右特許権の原特許につき他の実施権を付与してその実施料を取得しているが、わが国では他に実施権を設定してその実施料を徴取した事跡がみられない場合において、客観的に相当な実施料の価格を求めることは決して容易な事柄ではないけれども、本件におけるような化学工業部門で外国の特許技術がわが国で使用される場合にその対価として支払われるべき実施料は、その外国内などで原特許の実施許諾上合意された実施料が存するときは、それが、特に不当に高額に約定されたものでない限り、
わが国と外国とで種々事情を異にする点があつても、拠るべき資料たる意義を決して失うことはないから、これを参照して定めるのが適当と考えられる。そして、前記二、四の認定事実および証人Cの証言、鑑定人Cの鑑定の結果ならびに弁論の全趣旨によつて認められる本件特許発明がいわゆる尿素法製造法に関する最初の発明であつて、尿素を原料として直接に一段法でメラミンを製造する方法の基礎的な発明ではあるけれども、それが有利に工業化されるためにはなお多くの工夫が加えられなければならないものであることなどを考慮してみても、なおかつ原告とアライド・ケミカル社の合意による前記実施料率が特に不当に高額なものと認めるに足りる証拠を見出し難い。されば、鑑定人Eの本件特許発明実施料の価格は右特許発明につきすでに他と締結された実施許諾契約に示された実施料額をもつて相当とするとの鑑定の結果に本件特許の原特許などにつき米国で原告とアライド・ケミカル社との間に成立した実施権設定契約に関する前記認定事実その他本件口頭弁論にあらわれた、アライド・ケミカル社は、前記認定のとおり、原告から本件特許の原特許たる米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二二三号のほか、
その補助特許である米国特許第二、五六六、二二九号、同第二、五六六、二三〇号および同第二、七五五、八八七号三件をも合せて実施許諾を受け、しかも、右契約締結当時、右米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二三三号はいずれもなお約七年有半の存続期間を残していたものであるが、これに対し被告が実施したのは本件特許だけで、その補助特許なるものを使用したことはないばかりでなく、被告がメラミンの製造を開始した昭和三九年五月当時に本件特許権の残存期間はすでに僅か二年余あるに過ぎなかつたことなどの諸般事情を総合して考察すれば、本件特許権の客観的に相当な実施料の率は被告によるメラミンの販売価格の四パーセントと認めるのが相当であり、当裁判所の右見解と観点を異にし、従つて結論もまた右と大いに相違する鑑定人Fの鑑定の結果は到底採用し難いところである。なお、原告とアライド・ケミカル社との間の前記実施権設定契約上、アライド・ケミカル社は頭金として原告に二五万ドルを支払うべきこととされていることは前記認定のとおりであるけれども、右頭金二五万ドルは、右契約成立の日に続く次の四半期の第一日から始まる最初の四八か月間の実施料の支払に充当されるべきものであることはその契約条項に照して明らかであり、従つてそれは実施料の前払いの趣旨のものと解されるから、これをもつて本件特許の実施料判定の基準として参照することは相当でない。
そうだとすれば、被告が日産法を用いて昭和三九年五月から同年一〇月までの間に金四、三四八万六、〇〇〇円に相当する二九二トンの、同年一一月から昭和四一年七月までの間に金七億一、八一六万二、〇〇〇円に相当する五、二二一トンの各メラミンを製造したことは前記のとおり当事者間に争いがなく、そして成立に争いのない甲第一四号証の四によれば、被告は、昭和四〇年一一月から同四一年四月までの間に一か月あたり金四、二〇七万八、〇〇〇円に相当する三一五トンの、同年五月から七月までの間に一か月あたり金四、〇九三万一、〇〇〇円に相当する三〇一トンの各メラミンを製造したことが認められるから、被告は原告に対し次の金員を支払うべき義務があることが明らかである。
1 不法行為に基づく損害賠償として、被告が昭和三九年一一月から昭和四一年七月までの間に製造した前記メラミンの価額金七億一、八一六万二、〇〇〇円に前記実施料率四パーセントを乗じて得た実施料相当額の金二、八七二万六、四八〇円およびうち、昭和三九年一一月から同四一年二月までの間の実施料相当額金二、〇四四万八、五二〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年三月五日から、同年三月分の実施料相当額金一六八万三、一二〇円に対する同年四月一日から、同年四月分の実施料相当額金一六八万三、一二〇円に対する同年五月一日から、同年五月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年六月一月から、同年六月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年七月一日から、同年七月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年八月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。
2 不当利得の返還として、被告が昭和三九年五月から同年一〇月までの間に製造した前記メラミンの価額金四、三四八万六、〇〇〇円に前記実施料率四パーセントを乗じて得た実施料相当額の金一七三万九、四四〇円およびこれに対する原告が返還請求をした本件第一一回口頭弁論期日の翌日であることが明らかな昭和四四年一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。
七、結論] よつて、原告の本件第一次的請求は右1の限度で、予備的請求は右2の限度で理由があるから、これを認容し、その余の第一次的請求および予備的請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法92条、仮執行の宣言について同法196条を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 岡村利男
裁判官 庵前重和
裁判官 竹江禎子