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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 有用性 /  方法の発明 /  製造方法 /  物を生産する方法 /  公然知られ(29条1項1号) /  技術的範囲 /  技術常識 /  分割出願 /  実質的に同一 /  均等 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  予防に必要な行為 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 昭和 54年 (ネ) 825号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1982/06/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日と定める。
事実及び理由
当事者の求める裁判
(控訴人)(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人は控訴人に対し、金一〇億五四七二万二一六八円及びその内金二億七一三七万七五二九円に対する昭和四九年七月一二日から、内金二億九〇九五万三九二五円に対する昭和五〇年六月二六日から、内金四億九二三九万〇七一四円に対する昭和五一年一二月一六日から、各支払済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決並に仮執行の宣言を求める。
(なお、控訴人は、原審で請求していた、(1)ジピリダモールの製造、販売の差止を求める請求、(2)ジピリダモール及びその製剤品の廃棄を求める請求を、当審において取下げた。)(被控訴人) 主文と同旨の判決を求める。
当事者の主張
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に記載するほか、原判決における事実摘示の項に記載のそれと同一(ただし、当審における訴の一部取下に伴ない、原判決第三四丁裏第一行目の「ジピリダモールの……」から同第三行目の「……求めるとともに」の部分を除く。)であるから、ここにこれを引用する。
(控訴人) イ号方法及びロ号方法(以下、両方法を併せて単に「被控訴人方法」という。)の出発物質は、本件特許発明の出発物質の範囲内に含まれるものであり、その処理手段は、本件特許発明の処理手段の範囲に含まれるものであり、反応剤、生成物は、本件特許発明の具体的実施例14(a)と全く同一であるから、被控訴人方法は本件特許発明技術的範囲内にある。すなわち、
被控訴人方法は、ジピリダモールの製法において、出発物質中にスルホニルという付加的要素を有するだけで、本件特許請求の範囲に属する実施例14(a)に示されたジピリダモール製造に必要な要素をすべて使用している。
原判決においても、右出発物質中のスルホニルを除く部分の作用でジピリダモールを得るための所望の置換反応が行われていることを認めている。
本件における唯一の問題は、特許請求の範囲に属し、かつ、実施例にも示されている出発物質中に、スルホニルという要素が介在したことにより、必須要素の組合せがその基本的な特徴を失うに至つたかどうかである。更に問題を絞れば、結局、
2・6位のクロールとピリミド・ピリミジン環との間にスルホニルが介在したことにより、本件特許発明で期待されたクロールの果すべき脱離基としての機能、すなわち、ジエタノールアミンとの置換反応という機能が失われたかどうかである。
原判決もその理由中で肯定しているように、スルホニルが介在した場合でも、同じようにクロールがジエタノールアミノ基を導入する役割を果しており、スルホニルはその後単に(他の基を更に導入することなく)加熱の継続によつて脱離するのみである。これを要約すれば、不純物の入つている原料で反応を行ない、この不純物を蒸発させるようにすることと異ならないのであつて、被控訴人方法には、改悪はあつても進歩はない。
(被控訴人) 控訴人の当審における主張は、専ら、
「被控訴人方法は、本件特許発明の出発物質と実質的に同一の物質を採用したに止まり、そこには改悪はあつても進歩はない。」 という無用論ないし改悪論に終始している。
右の主張は、法律的には同一又は均等の主張に帰し、それでは被控訴人方法に特許性の認められる余地はないことになるが、それは被控訴人方法に現に特許が確立しているという事実と全く相容れないものである。
被控訴人方法を無用の付加とみる余地はもともと皆無であるが、もしこの付加論を維持するとすれば、それは利用発明として侵害であるという主張にならざるをえず、現に、控訴人もその主張をしているが、その根拠はないし、証明もされていない。
被控訴人方法の出発物質は、左記のものであつて、本件特許発明の出発物質とは明らかに異なる化合物であり、均等物でもない。
<12308-001> すなわち、被控訴人方法の出発物質は、本件特許発明の出願時はおろか、被控訴人方法の特許出願時においてすら未知であつて、かつ、発明的方法によつて製造された新規物質である。そして、この新規な出発物質から予測を超えた反応によりジピリダモールの生成を可能ならしめ、作用効果においても優れているものが被控訴人方法である。
本件特許発明の出発物質は、少なくとも一つのハロゲン原子がピリミド・ピリミジン核の炭素原子に直接結合しているものでなければならないと解されるから、被控訴人方法の出発物質であるクロールスルホニル体は本件特許発明の出発物質に関する要件を充足しない。また、右の要件を充足した上でスルホニル基が余分に付加されたものとみるべき余地もない。
本件特許発明の特許出願当時における知見としては、ハロゲン原子が複素環化合物の核炭素原子に直結していない場合には、たとえ核に結合している基の一部としてハロゲン原子が含まれていても、アミンとの反応によつてはアミノ基を核炭素原子に直結させることはできず、安定な化合物、例えばスルホンアミド化合物が生成するに止まつていた。しかるに、被控訴人方法においては、クロルスルホニル体はジエタノールアミンとの反応によつてスルホンアミド体を生成した後、ジエーテル体を経由して、アミノ基が核炭素原子に直結した化合物であるジピリダモールを生成するのであり、かかる分子内転移反応は予想外のものであつた。
証拠関係(省略)
理 由
訴の変更の当否について
被控訴人は、控訴人が昭和五一年五月一八日付の「訴変更の申立」と題する書面によつてした訴の変更申立は、著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから、許されないと主張する。
よつて、右申立に至るまでの経緯について検討するに、本件記録によれば、次の事実関係が認められる。
本件訴訟は、昭和四八年六月二二日原審裁判所に提起されたものであるが、控訴人は、その「訴状」において、被控訴人に対しジピリダモールの製造、販売の禁止を求め、請求の原因として、被控訴人の生産方法に対する特許法第104条の規定による推定を主張し、予備的に、被控訴人の生産方法が別件(東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第二五五七号仮処分申請事件)において被控訴人が開示している方法であつたとしても、それは本件特許権を侵害するものである、と主張していた。
ついで、控訴人は、昭和四九年七月一〇日、「請求追加の申立」と題する書面を提出し、被控訴人に対し金二億七一三七万七五二九円とこれに対する同書面送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求め、その請求の原因として、昭和四七年七月から昭和四九年三月までの期間における被控訴人の訴状記載の事由による本件特許権の侵害によつて生じた損害賠償請求の主張をした。
更に、控訴人は、昭和四九年一一月七日、「訴変更の申立書」と題する書面(書面の日付は同月一一日)を提出し、被控訴人に対し、イ号方法又はロ方法によつてジピリダモールを製造し、又は右方法によつて製造したジピリダモールを販売することの禁止を求めると共に、金二億七一三七万七五二九円及びこれに対する昭和四九年七月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求め、その請求の原因において、被控訴人がジピリダモールを生産する方法を、昭和四九年四月七日まではイ号方法、同月八日以降はロ号方法である、と主張した。
ついで、控訴人は、昭和五〇年六月二三日、「請求拡張の申立」と題する書面を提出し、従前の金員の支払を求める請求を、金五億六二三三万一四五四円及び内金二億七一三七万七五二九円に対しては昭和四九年七月一二日から、内金二億九〇九五万三九二五円に対しては同書面送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める請求に変更し、従前主張の請求の原因に、昭和四九年四月から同年一二月三一日までの期間のものを追加した。
ついで、控訴人は、昭和五〇年一一月二七日、「原告第九準備書面(要約)」と題する書面を提出し、従前の請求に、被控訴人に対して、イ号方法又はロ号方法によつて生産したジピリダモール及びその製剤品の廃棄を求める請求を追加した。
更に、控訴人は、昭和五一年五月一八日、「訴変更の申立」と題する書面を提出した。これが被控訴人より異議申立のされた訴変更の申立(以下、「本件訴変更の申立」という。)である。この申立は、従前の請求中、「イ号方法又はロ号方法によつてジピリダモールを製造し、又は右方法によつて製造したジピリダモールを販売してはならない。その占有する右のジピリダモール及びその製剤品を廃棄せよ。」との部分を、「ジピリダモールを製造し又は販売してはならない。その占有するジピリダモール及びその製剤品を廃棄せよ。」と変更し、請求の原因中、昭和五〇年一月以降の被控訴人による本件特許権の侵害につき特許法第104条の規定の適用を主張するものである。
そして、「本件訴変更の申立」書が陳述されたのは昭和五一年五月一九日の第一五回口頭弁論期日においてであるが、これより前第一四回口頭弁論期日までに、控訴人は、訴状、前記各訴の変更の申立書並に第一ないし第九準備書面等の陳述を了し、被控訴人は、答弁書及び第一ないし第一四準備書面の陳述を了し、証拠として、甲第一号証から第三〇号証の一・二まで、乙第一号証から第三〇号証の一・二までが提出されて、その証拠調が終つていた(ただ、乙第二号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証ないし第二五号証の認否の手続は、その後にされた。)。
以上の事実関係が認められる。
右の事実関係によれば、本件訴の変更申立書が提出されるまでには、訴の提起から約二年一一か月の期間が経過し、その間一四回の口頭弁論期日が開かれて、その段階における当事者双方の主張、立証は概ね尽されていたものと認められるが、本件訴変更の申立は、被控訴人による昭和五〇年一月以降の本件特許権侵害につき特許法第104条の規定の適用を主張するものであるところ、控訴人は、本件訴訟の当初から昭和四九年一一月七日までの段階においては、前示認定のとおり、もともと同法条の適用を主張していたのであり、この主張の当否をめぐつて、すでに当事者双方は相当な訴訟活動を行なつていたことが記録によつて認められ、しかも、後述(第二の二の項)するように、同法条による推定が働く場合、その推定を覆すために被控訴人が主張、立証すべき事項は、控訴人が昭和四九年四月八日から同年一二月三一日までの期間について、被控訴人において実施しているロ号方法が本件特許発明技術的範囲に属しており、その実施が本件特許権を侵害するものであるとの主張、立証と表裏の関係にあるものであるから、本件訴変更の申立を許したとしても、それが本件訴訟において訴訟手続を遅滞せしむべきものとは認められない。
したがつて、本件訴変更の申立はこれを許容すべきものであり、被控訴人のこの点についての申立は理由がない。
請求の当否について
本訴請求は、本件特許権の侵害を原因としてそれによつて生じた損害の賠償を求めるものである。
一 次の事実関係は当事者間に争いがない。
控訴人が本件特許権を有しており、本件明細書中の特許請求の範囲の記載が控訴人主張のとおりであること。
被控訴人が、昭和四七年七月以降、業として、ジピリダモール(化学名・2・6―ビスジエタノールアミノ―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジン)を製造し、これに「アンギナール」という商品名を付して販売して来たこと、被控訴人がその製造方法として、昭和四七年七月から昭和四九年四月初め頃までの間はイ号方法を、昭和四九年四月八日から同年一二月三一日までの間はロ号方法を、それぞれ実施していたこと、ジピリダモールが本件特許発明の目的物質に包含されること、この目的物質が本件特許発明の特許出願当時(昭和三三年七月二八日当時)日本国内において公然知られたものでなかつたこと。
二 特許法第104条の規定について 控訴人が本訴において主張する本件特許権の侵害とそれによつて生じたとする損害は、昭和四七年七月から昭和五〇年一二月三一日までの期間にかかるものであるが、控訴人の主張は、この期間のうち、@昭和四七年七月から昭和四九年四月頃までの間はイ号方法により、A昭和四九年四月八日から同年一二月三一日までの間はロ号方法により、B昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日までは特許法第104条の規定によつて推定される本件特許発明の方法により、被控訴人がジピリダモールを製造、販売して、本件特許権を侵害したというのである。
右の@及びAの、各期間にそれぞれの方法により、被控訴人がジピリダモールを製造、販売していたことは、既述(一の項)のとおり、当事者間に争いがない。
そこで、右Bの期間内の主張について、まず、特許法第104条の規定を検討する。
特許法第104条は、「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、
その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。」と規定しているのであつて、この規定に係る要件事実、すなわち、控訴人の特許方法の目的物と被控訴人の生産、販売等している物とが同一であること及びその物が特許出願前に日本国内で公然知られた物でないことが主張、立証されれば、この規定による推定が働くこととなり、この推定を覆すには、特許権の侵害を主張される相手方において、自らの実施している方法を開示したうえ、それが特許方法と異なる方法であり、特許権を侵害するものでないことまで主張し、かつ、立証することを要する、
と解すベきである。その理由は次のとおりである。
特許権の侵害を原因とする差止請求もしくは損害賠償請求の訴訟において、原告から特許法第104条の規定による生産方法推定の主張、立証がされた場合に、その推定を覆すために、被告としてはいかなる事実を主張、立証しなければならないかは、法律の定めるところにより、そして究極的には、当事者間の衡平の理念によつて決すべきことであるけれども、そのためには、法律制度全般の構造とその中における右特許法第104条の規定の意義を度外視することはできない。
その点について考察するに、特許法第100条は、「特許権者……は、自己の特許権を侵害する者……に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」(第一項)、「特許権者……は、前項の規定による請求をするに際し、……の廃棄、……の除却その他の侵害予防に必要な行為を請求することができる。」(第二項)と規定し、民法第709条は、「……他人の権利を侵害したる者は……損害を賠償する責に任ず。」と規定している。これらの規定における「特許権を侵害する行為」もしくは「権利を侵害する行為」が特許法上いかなる内容のものであるかについては同法にその明文の規定はない。しかしながら、特許法第68条は、
「特許権者は、業として特許発明実施をする権利を専有する。」と規定しているのであるから、特許権者の承諾を得るなどの正当権原なくして業として当該特許発明実施する行為は、当然、当該特許権を侵害する行為であると解される。そして、右の「実施」について、特許法第2条第3項は、「方法の発明にあつては、その方法を使用する行為」が当該発明を実施する行為であると規定すると共に、同法第104条は、既述のように、「……その方法により生産したものと推定する。」と規定しているのであるから、この第104条の規定が適用され、被告の生産する物が原告の特許発明の方法によつて生産したものと推定されるときは、被告は原告の特許発明実施していることとなるのであつて、それはすなわち原告の特許権を侵害していることにほかならない。換言すれば、特許法第104条の推定が働くときには、原告の特許権が侵害されていることとなり、被告に対する差止請求権ないしその侵害によつて生じた損害の賠償請求権が発生することになる。
したがつて、この種の請求訴訟において、原告が主張すべき要件事実は、特許法第100条もしくは民法第709条の要件事実(原告が特許権者であること、被告がその特許権を侵害していること、差止の必要性もしくは損害の発生)と特許法第104条の規定が適用されるための要件事実(原告の特許方法の目的物と被告の生産等している物とが同一であること、その物が特許出願前に日本国内で公然知られた物でないこと)であるが、そのうち、原告において立証を要するのは、「被告がその特許権を侵害していること」を除いた残余の事実だけで足りる。このように、
訴訟における立証において、「被告がその特許権を侵害していること」の代りに特許法第104条の規定が適用されるための要件事実を立証すればよいという、証明主題の選択を認めたのが同法条の規定であると解される。
以上のように、特許法第104条の規定の推定が働く場合には、「被告がその特許権を侵害していること」になるのであるから、この推定の結果を覆すためには、
当然、被告としては、単に自らの実施している方法を開示するだけでは不十分であつて(それだけでは右の推定を覆すことにならない。)、更に、その方法が特許発明の方法と異なる方法であつて、特許権を侵害するものではないことまで主張し、
かつ、立証しなければならないことは明らかである。
そして、右のように解することは、特許法第104条が「その物が特許出願前に日本国内において公然知られたものでないこと」と規定して、その規定の適用を新規物質に限つていることを見れば、実質的な衡平の理念に徴しても妥当であると考えられる。
そこで、前記Bの主張についてみるに、既述(一の項)のとおり、昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間においても被控訴人がジピリダモールを業として生産、販売していたこと、このジピリダモールが本件特許発明の目的物質に包含されること、この目的物質が本件特許発明の特許出願当時日本国内において公然知られたものでないこと、はいずれも当事者間に争いがないのであるから、特許法第104条に規定する要件事実は充足され、右期間において被控訴人の生産、販売したジピリダモールは本件特許発明の方法により生産したものと推定され、したがつて、被控訴人は右期間において本件特許権を侵害したものと推定されることになる。
被控訴人は、本件特許発明の目的物質に属する化合物中に本件特許発明の特許出願前に既に公知となつていたものがあるとして、特許法第104条の規定が適用される余地はない旨主張するが、仮にそのように公知のものがあつたとしても、前記のとおり、被控訴人がジピリダモールを製造、販売し、ジピリダモールが本件特許発明の目的物質に包含され、かつ、この目的物質が本件特許発明の特許出願前日本国内において公然知られた物でなかつた以上、同法条を適用することに妨げはないものと解するのが相当であるから、被控訴人の右の主張は採用できない。
三 推定に対する主張、立証について 前述のように、昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間において、
被控訴人は本件特許権を侵害したものと推定されるのであるが、これに対して、被控訴人は、右期間中における被控訴人の実施している方法は本件特許発明とは異なるロ号方法であり、それは本件特許権を侵害するものではない、と主張する。
そこで、まず、右期間中における被控訴人の生産方法について検討する。
この点についての被控訴人の右主張に対する控訴人の反論の要点は、右期間中に製造、販売された被控訴人の製品「アンギナール」中には、従前検出されなかつた不純物の「化合物C」(原判決第一八丁、第一九丁)が検出されるようになつたところ、この「化合物C」は、本件特許発明実施例19(a)を用いてジピリダモールを製造する場合の出発物質であり、また、同実施例14(a)によりジピリダモールを製造するに当つては必ず通過する中間体であつて、一〇〇%の生成反応が達成できない以上、不純物として必ず残るものであるから、本件特許発明の方法によるものと推認される、というのである。
そこで、証拠について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第三一号証の一・二、第三二号証、乙第三三号証ないし第三五号証を総合すれば、次の事実が認められる。
被控訴人は、昭和四九年一二月、従前の蓮根工場(東京都板橋区内)から高萩工場(茨城県高萩市内)に工場を移転してジピリダモールの製造を再開したのであるが、この高萩工場における製品のみならず、蓮根工場において昭和四九年中に製造された製品、すなわち、甲第三一号証の一に記載のロツト番号EHE10、ELE14、EKE1、EKE6のもの及び甲第三二号証に記載のロツト番号EHE10、ELE14のものからも既に「化合物C」が検出されている。そして、「化合物C」は、ロ号方法によつてジピリダモールを製造する場合にもその生成物中に微量ながら混在してくるものであつて、これが混在してくる理由は、ロ号方法の出発物質中に微量の2―クロル―6―クロルスルホニル―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4ーd〕ピリミジンが夾雑していることに由来し、この夾雑物がロ号方法の実施に伴つて順次化学変化し、原判決別表(七)左欄記載の過程を経て「化合物C」となるものである。
以上の事実が認められる。
右認定の事実と前掲乙第三三号証並に昭和四九年四月八日以降少なくとも同年中は被控訴人がロ号方法を実施してジピリダモールを製造していたという当事者間に争いのない事実を総合すれば、被控訴人は、昭和四九年四月以降継続してロ号方法を実施してジピリダモールを製造しており、その後蓮根工場から高萩工場への工場移転の前後を問わず、すなわち前記Bの昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間においても、右ロ号方法の製法に変更はなかつたと認めるのが相当である。
この認定を覆すに足りる証拠はない。
以上のとおりであり、前記Bの期間において、被控訴人が自らの実施していた方法とするロ号方法は本件訴訟に開示されているとすることができるのであるが、既述(二の項)のとおり、特許法第104条の規定による前記推定を覆すためには、
被控訴人は更に右ロ号方法が本件特許発明の方法と異なる方法であつて、本件特許権を侵害するものでないことを主張、立証しなければならない。
被控訴人が、右の主張をしていることは事実摘示に記載のとおりである。
ところで、被控訴人の右の主張、すなわち、ロ号方法は本件特許発明の方法と異なる方法であつて、本件特許権を侵害するものではないとの主張は、前記Aの期間についての控訴人の主張、すなわち、ロ号方法は本件特許発明技術的範囲に属し、それを実施することは本件特許権を侵害するものであるとの主張と表裏の関係にあるから、以下、証拠に基いて両者の右主張を併せて判断する。
四 本件特許発明と被控訴人方法との対比(イ号方法とロ号方法との関係) 弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める甲第八号証、成立に争いのない乙第八号証、同第一一号証によれば、イ号方法及びロ号方法における反応の態様は、反応式で示せば、原判決別表(一)に記載のとおりであることが認められる。
これによれば、ロ号方法は三つの工程からなるものであるが、その出発物質、目的物質及び目的物質中にその全部又は一部が残存するという意味における反応剤はイ号方法と同一であつて、イ号方法においても、経過する中間体を逐一取り出して各段階における反応条件を変えているにすぎないものである。換言すれば、ロ号方法の出発物質及び前述の意味における反応剤は、第一工程で与えられるのみであり、第二工程、第三工程においては、前述の意味における反応剤を格別反応させることなく、ただ、水酸化ナトリウムを用い、リン酸緩衝液によるpH調節等を行ない、かつ、工程毎に反応温度を変えているにすぎないものである。しかも、ロ号方法が、イ号方法の反応を解明することによつて明らかになつた反応機構の各段階を独立の工程として取り上げ、最適条件を採用して実施されるものであることが、弁論の全趣旨に徴して明らかである。
そうすれば、本件特許発明との対比に当つては、ロ号方法全体を一つの物を生産する方法として把握することができるのみならず(一つの方法が一つの工程からなるものとは限らないし、多数の工程からなるものであつても、それが一つの方法であれば、各工程毎にではなく、一体として、特許発明にかかる方法と対比されうべきことはいうまでもない。)、この中間体単離は単なる具体的な処理手段の一態様とみて妨げないものであり、ロ号方法はイ号方法と実質的に同等として本件特許発明と対比することが許されるものというべきである。
これに反する被控訴人の主張は採用しえない。
(本件特許発明の構成) 当事者間に争いのない本件特許発明の特許請求の範囲の記載(請求の原因一の2の項)及び成立に争いのない甲第二号証の二によれば、本件特許発明は、一般式<12308-002>のピリミド〔5・4―d〕ピリミジンと化合物HRとを、摂氏マイナス二〇度からプラス二五〇度までの温度で反応させることを特徴とする、一般式<12308-003>のピリミド〔5・4―d〕ピリミジンを製造する方法であつて、
右一般式中のZ1〜Z4、R、R1〜R4は、それぞれ本件特許請求の範囲記載の各条件を充たすものでなければならないこと、なお、右反応において、溶剤、圧力、酸結合剤、銅粉又は銅塩を存在させるか否かは、選択的条件であつて、これを使用してもしなくてもよいこと、が認められる。
したがつて、本件特許発明は、右に述べた出発物質、処理手段(反応剤及び温度条件)並びに目的物質の三つの構成要件からなるものである。
(対比) そこで、被控訴人方法(イ号方法及びロ号方法)と本件特許発明とを対比検討する。
1 出発物質 被控訴人方法の出発物質は、さきに認定のとおり、2・6―ビスクロルスルホニル―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンであつて、これを構造式で示せば、次のとおりである。このうち、ピペリジノ基<12308-004>は、炭素原子五個を有するアルキレンイミノ基である。
これに対し、本件特許発明の出発物質は、前記一般式を有するピリミド〔5・4―d〕ピリミジンであつて、本件特許請求の範囲の記載によれば、右の一般式中、
Z1及びZ3がハロゲン原子を、Z2及びZ4が炭素原子二個ないし六個を有するアルキレンイミノ酸を意味するものを含むことが明らかである。
したがつて、被控訴人方法の出発物質が本件特許発明の出発物質に含まれるか否かは、被控訴人方法の出発物質中2・6位にある二つのクロルスルホニル基が前記本件特許発明の「一般式中Z1及びZ3がハロゲン原子を意味する」との要件に該当するか否かにかかることになる。
2 処理手段 反応剤について 被控訴人方法の反応剤は、ジエタノールアミン<12308-012>であり、
右物質中のジエタノールアミノ基は置換アミノ基であるが、本件特許発明の反応剤HRのうちのRは、本件特許請求の範囲の記載によれば、置換アミノ基であれば足りるものであることが明らかであるから、被控訴人方法の反応剤は、本件特許発明の反応剤についての要件を充足している。
温度について イ号方法の温度条件は摂氏一〇〇度ないし一二〇度であり、ロ号方法のそれは、
第一工程につき摂氏〇度ないし五度、
第二工程につき摂氏七〇度ないし九〇度、第三工程につき摂氏九五度ないし一三〇度であるから、いずれも本件特許発明の温度条件である摂氏マイナス二〇度からプラス二五〇度までの範囲内に含まれる。
3 目的物質被控訴人方法の目的物質はジピリダモールであつて、左記の構造式<12308-005>を有する化合物であり、このうちのジエタノールアミノ基は置換アミノ基であり、
ピペリジノ基は炭素原子五個を有するアルキレンイミノ基である。
他方、本件特許発明の目的物質は、前述の一般式を有するピリミド〔5・4―d〕ピリミジンであつて、本件特許請求の範囲の記載によれば、右の一般式中R1〜R4の全部が置換アミノ基か炭素原子二個ないし六個を有するアルキレンイミノ基を意味するものを含むものである。
したがつて、被控訴人方法の目的物質は、本件特許発明の目的物質に関する要件を充足する(なお、この点は、既述のとおり、当事者間に争いがない。)。
そうすると、被控訴人方法が本件特許発明技術的範囲に属するか否かは、結局、出発物質に関する前記1の末段に指摘の点の結果いかんにかかることとなるので、更にこの点について検討する。
(出発物質について)1 本件特許発明の出発物質 本件特許発明の出発物質は、前述の一般式をもつて特定されているのであるが、
この一般式によれば、この出発物質中の置換基Z1〜Z4が、ピリミドピリミジン核2・4・6・8位の炭素原子と、その間に他の原子もしくは基を介在させることなく、直接結合しているものとして表示されており、この点は、目的物質中の置換基R1〜R4と核炭素原子との結合関係についても同様である。
そして、前掲甲第二号証の二によれば、本件特許発明の明細書(同号証第四頁右欄第三行〜第五頁右欄第三行参照)には、本件特許発明の目的特質は、薬効として冠状動脈拡張作用及び血圧降下作用を有し、なかには同時に鎮痙作用及び利尿作用を有するものである旨の記載があることが認められるから、右目的物質の置換基R1〜R4と核炭素原子との間に、もし他の原子等が介在するものまで取り込むとすれば、右の薬効は必ずしも保証されないという不合理な結果となるのであつて、右置換基R1〜R4に核炭素原子とは直結していると解するのが合理的である。したがつて、同じ形式の一般式で表示されている出発物質の置換基Z1〜Z4と核炭素原子との結合態様についてもこれと同様に解するのが自然である。
また、前掲甲第二号証の二によれば、本件特許発明の明細書には合計二七例の実施例が示されているところ、それらの出発物質は、いずれの例においても、少なくとも一つのハロゲン原子がピリミドピリミジン核の炭素原子に直結したものに限られていることが認められる。そして、これが直結していなくてもよいことを窺わせるような記載は存しない。
因みに、右実施例の中の1(C)についてみると、この例はテトラクロルピリミド〔5・4―d〕ピリミジンを相当するアミンと反応させて、2・6―ジクロル―4・8―ジ(P―クロルアニリノ)ピリミド〔5・4―d〕ピリミジンを得るというものであり、これを反応式で示せば次のとおりのものである。
<12308-006> この反応式から明らかなように、実施例1(C)においては、出発物質のピリミドピリミジン核2・6位のクロル原子は置換されず、4・8位のクロル原子のみがP―クロルアニリノ基<12308-007>によつて置換されているのであるが、このP―クロルアニリノ基自体もクロル原子を有するものである。
他方、本件特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明の目的物質は、出発物質よりもハロゲン原子の数が少なくなければならないから、もし、本件特許発明の目的物質及び出発物質についてハロゲン原子が核炭素原子に直結していなくてもよいと解するとすれば(すなわち、核炭素原子に直結していないハロゲン原子まで本件特許発明にいう「ハロゲン原子」として数えるとすれば)、右実施例1(C)の反応は、出発物質と目的物質とでハロゲン原子が同数であることになり、本件特許発明実施に当らないものとなるのであつて、不合理である。
以上の諸点を考え合わせれば、本件特許発明の出発物質について、Z1〜Z4の全部又は一部がハロゲン原子を意味するというのは、ハロゲン原子がピリミドピリミジン核の炭素原子に直結している化合物のことをいい、かつ、そのようなものに限られると解するのが相当である。
2 被控訴人方法の出発物質 既述のイ号方法及びロ号方法の各反応の態様と前掲甲第八号証、乙第八号証、第一一号証並びに成立に争いのない甲第一六号証を総合すれば、被控訴人方法によりジピリダモールを生成する反応は、次の経過をたどることが認められる。
(一) 出発物質中のピリミドピリミジン核2・6位のクロルスルホニル基は単一の脱離基としては作用せず、このうちのクロルがスルホニルと分離した上、反応剤中のジエタノールアミン残基を、スルホニルを介して右2・6位に導入し、ジスルホンアミド化合物を生成し、
(二) 次に、スルホニルの反応系外への脱離を伴なう分子内転位反応により、ジエタノールアミノ基中の酸素原子が核炭素原子と結合してジエーテル化合物を生成し、
(三) 次いで、再度の分子内転反応により、ジエタノールアミノ基中の窒素原子と核炭素原子とが結合して、ジピリダモールに変換される。
右に認定の反応経過に徴すると、クロルスルホニル体を出発物質とするイ号方法及びロ号方法においても、ピリミドピリミジン核2・6位へのジエタノールアミノ基の導入はクロルスルホニル基中のクロルによつて行なわれ、スルホニルは、直接的には、右導入に関与しないといえないこともない。
しかしながら、後記のとおり、被控訴人方法の前記(二)の反応工程は、甲第一二号証の実験V及び甲第一六号証の実験(以下「実験V」という。)をもつてしても予測の可能性が疑わしく、かつ、本件特許発明の明細書に何らの示唆も見当らない反応であつて、この被控訴人方法における出発物質中のスルホニル基がジピリダモールの製造にとつて無用の存在であると認めるに足りる証拠はないから、前記反応の経過から直ちに被控訴人方法においてスルホニルが無用の存在であると断定することはできない。
また、前掲甲第二号証の二、第一六号証、成立に争いのない甲第一二号証、第四〇号証によれば、本件特許発明実施例14(a)と同一の出発物質及び反応剤を用いて、すなわち、2・6―ジクロル―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンにジエタノールアミンを反応させて、ジピリダモールを得る反応には、大別して、
(一) 分子間の求核置換反応により直接ジピリダモールを生成する経路と、
(二) まずジエーテル体を生成し、次いで分子内転位反応によりジピリダモールに至る経路、
との二つの経路があること、このように両様の反応が起りうるのは、反応剤であるジエタノールアミンが多官能基(一つのアミノ基と二つの水酸基)を有することに由来し、他の反応条件、就中、pH条件の選択次第で、アミンとしてアミノ基の部分が反応して(一)の経路を進行したり、アルコールとして水酸基の部分が反応して(二)の経路を進行したりするためであること、甲第一二号証に記載の実験V及び甲第一六号証に記載の実験V’は、いずれも前述の出発物質及び反応剤を用いて、水酸化ナトリウムの存在下に反応させれば、前記(二)の反応経路を進行してジピリダモールの生成に至ることを追試確認したものであることが認められる。
そうすると、実験V及びV’の反応と被控訴人方法の反応は、ジエーテル体から分子内転位反応によりジピリダモールの生成に至るという反応経路において全く同一であり、また、被控訴人方法におけるその前段階の反応、すなわち、スルホンアミド体からジエーテル体に至る反応も、いわゆる分子内転位反応の一種である点において、実験V及びV’の反応と共通しているものである。
ところで、右実験V及びV’の反応が本件特許発明実施に当るか否かについては争いがあるところ、前掲甲第二号証の二によれば、本件特許発明の明細書(同号証第四頁左欄末行〜同右欄第五行参照)には、「同様にアルカリの不在下及び低温度において水及びアルコールを溶剤又は希釈剤として使用することができる。なぜならば、それらはかかる条件下ではハロゲン含有ホモプリンと事実上反応しないからである。」との記載があることが認められ、これによれば、本件特許発明においては、実験V及びV’におけるように、ジエタノールアミンをNaOH(アルカリ)存在下反応させること、すなわち、ジエタノールがNaOHの存在下アルコールとして反応すること、は行なつてはならない反応として排除しているものと解されるから、これらの実験が本件特許発明実施に当るとすることはできない。仮に、右実験V及びV’が本件特許発明実施に当るとしても、それらにおける分子内転位反応から、直ちに、被控訴人方法における前述(二)の「スルホンアミド体からスルホニル基の脱離を伴なう分子内転位反応によりジエーテル体の生成に至る」反応を予測しうることは疑問である。その上、本件特許発明の明細書には、この発明を実施した場合に、右にみた分子内転位を伴なう反応が生じうることを示唆するような記載は全く見当らないから、被控訴人方法をもつて、本件特許発明により開示された知見、もしくは、それに基づく分子内転位反応を、無用なスルホニルの排除に利用しているものと断定することはできない。
また、成立に争いのない乙第六号証の一、二によれば、被控訴人の有する特許番号第六八一〇八四号特許権にかかる特許発明は、控訴人主張の一般式をもつて示されるピリミドピリミジン誘導体の製造方法に関するものであつて、その目的物質は右一般式中のn=0の場合(ジピリダモール)及びn=1の場合(被控訴人方法における中間体たるスルホンアミド体)の両者を含むこと、右第六八一〇八四号特許発明の特許公報には、「本発明化合物(V)においてn=0の化合物は、n=1の化合物を一〇〇〜二五〇度Cで加熱せしめることによつても得ることができる。」との記載(第三欄第二五行〜第二七行)があることが認められる。
しかしながら、他方、被控訴人が右発明の特許出願をするに当り、ジピリダモールとスルホンアミド体とを等しく有用な物質として認識し、両者を共に目的物質に含めるべく、前記一般式をもつて目的物質の表示をしたことも前掲乙第六号証の一によつて明らかであるから、同号証についての前記認定の事情は何ら異とすべき事柄ではないのであつて、この事情を根拠に、被控訴人方法の出発物質中のスルホニル基が、ジピリダモールの製造にとつて無用の存在であることを被控訴人自身が無意識に自認していたという控訴人の主張は理由がない。
3 以上のとおりであつて、本件特許発明の出発物質は、少なくとも一つのハロゲン原子がピリミドピリミジン核の炭素原子に直接結合しているものでなければならないと解されるから、イ号方法及びロ号方法の出発物質であるクロルスルホニル体は本件特許発明の出発物質についての要件を充足しないものであり、右の要件を充足した上で、スルホニル基が余分に付加されているものとみる余地はない。また、
イ号方法及びロ号方法の出発物質中のスルホニル基がジピリダモールの製造にとつて無用の存在で、無視すべきものであるとか、イ号方法及びロ号方法の反応が本件特許発明の開示に基づく分子内転位反応を無用なスルホニル基の排除に利用しているものである等の主張も理由がないことは既述のとおりである。
前掲甲第一六号証中の右の判示に反する部分、成立に争いのない甲第二九号証、
第四三号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める甲第九号証、第三六号証に記載の各見解は採用しない。
したがつて、控訴人の付加の主張は、進んで収率の点についての対比検討をするまでもなく、理由がないというべきである。
(利用の主張について) 控訴人は、被控訴人方法が本件特許発明を利用するものであると主張するが、その主張するところは前述の付加の主張と異なるところはなく、これが理由のないことは既述のとおりである。
(均等の主張について) 控訴人は、被控訴人方法が本件特許発明均等の方法であると主張する。その主張は、被控訴人方法の出発物質と本件特許発明実施例14(a)の出発物質とを相互に置き換えてみても、同じ反応剤と本件特許請求の範囲記載の条件内で反応して、同じ目的物を生成するというのである。
思うに、被控訴人方法が本件特許発明均等の方法であるというためには、被控訴人方法の出発物質が本件特許発明の出発物質と作用効果を同じくし、いわゆる置換可能性を有すると共に、
本件特許発明の特許出願時において、この種合成化学の分野における通常の知識を有する者が、その置換可能性を知り、又は当然に知りうべかりし場合であることを要すると解するのが相当である。
置換可能性について そこで、まず置換可能性の有無について検討するに、本件特許発明の出発物質は、ピリミドピリミジン核の炭素原子に直接結合した少なくとも一つのハロゲン原子により、反応剤HR中の置換基R、すなわち、末置換又は置換のアミノ基か、炭素原子二個ないし六個を有するアルキレンイミノ基を置換して、これをピリミドピリミジン核上に導入するという作用を果すものである。他方、被控訴人方法の出発物質であるクロルスルホニル体は、結局、ピリミドピリミジン核2・6位のクロルスルホニル基により、反応剤であるジエタノールアミン中のジエタノールアミノ基を、ピリミドピリミジン核上に導入するという作用を果すものである。以上のことは、いずれも前に判示したところから明らかである。
したがつて、右の両出発物質は、それぞれの反応において、ピリミドピリミジン核上に、広い意味でのアミノ基を導入するという作用を果す点において共通であり、かつ、心臓疾患の治療に極めて顕著な薬効を有する化合物の生成を目的とする点において本件特許発明と被控訴人方法とは同一であるから、その間にいわゆる置換可能性があるというべきである。
認識可能性について 次に、本件特許発明の特許出願時においてこの種合成化学の分野における通常の知識を有する者が右の置換可能性を知り又は当然に知りうべかりしものであつたか否かの点について検討する。
被控訴人方法の出発物質である2・6―ビスクロルスルホニル―4・8―ジビペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンが、本件特許発明の特許出願時において公然知られた物でなかつたことは、当事者間に争いがない。そして、いずれも成立に争いのない乙第三号証及び第四号証の各一ないし四、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし四によれば、右被控訴人方法の出発物質の製造方法につき、被控訴人は特許第六六七六三九号(原判決別表(五)の第一工程)、特許第七一〇〇〇六号(同第二工程)、特許第六八一〇八四号(同第三工程、第四工程)、特許第七二五三八〇号(同第一工程ないし第四工程)の各特許権を取得していることが認められる。
ところで、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、第一九号証によれば、本件特許発明の特許出願々書に添付された明細書(以下「原明細書」という。)には、後に分割出願された特許第三一七七六七号発明(以下「別発明」という。出願公告日・昭和四〇年七月五日)に関する開示が含まれていたことが認められ、この事実と弁論の全趣旨によれば、原明細書中の右別発明に関する開示の内容は、概ね、その発明の明細書(甲第一九号証参照)に記載のとおりのものと推認される。
原明細書中における右別発明に関する開示部分が本件特許発明に関する開示といいうるかについては疑問がないではないが、ひとまず、これを肯定すべきものとして、その内容について検討を加える。
前掲甲第一九号証によつて知りうる原明細書中の前記別発明に関する開示によれば、別発明は、原判決別表(九)の(A)(B)(C)の各第一段階の反応及び化合物を含むものであることが明らかである。そして、クロル酸化によるクロルスルホニル化合物の生成に関する反応例としては、成立に争いのない甲第三五号証によれば、一九四六年(昭和二一年)発行のJ・A・C・S・第六八巻に、
<12308-008>の反応が、また、成立に争いのない甲第二〇号証の一・二(乙第二九号証の一・二)によれば、一九五〇年(昭和二五年)発行のJ・A・C・S・第七二巻に、
<12308-009>の反応が、それぞれ記載され、いずれも本件特許発明の特許出願時に公知であつたことが認められる。
そこで、前記(A)(B)(C)の反応例に右公知の知見を適用すれば、被控訴人方法の出発物質の取得が容易に推考できたか否かについて検討する。
反応例(A) この反応は、前記別発明の実施例1のgとして記載されているものであるが(甲第一九号証)、この開示による2・6―ジメルカプト―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンの生成の可能性については、前掲甲第三五号証及び成立に争いのない乙第三二号証によれば、これを肯定する報告(甲第三五号証)とこれを否定する報告(乙第三二号証)のされていることが認められるのであつて、
そもそも、右メルカプト化合物の取得自体が、容易に推考できたものとはにわかに断定し難い。更に、メルカプト基をクロル酸化するという前記(2)の公知例は、
ピリミジン化合物に関するものであるから、この公知例から、基本骨格を異にするピリミドピリミジン化合物につき同様の反応が生起するであろうことを予測しうるとはにわかに断定し難い。
反応例(B) 次に、反応例(B)についてみるに、2・6―ジ第三級プチルチオ―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンの具体的製法は前記別発明に開示されていないし(甲第一九号証)、そのクロル酸化によるクロルスルホニル体の生成の予測については、対応すべき第三級ブチルチオ基のクロル酸化に関する公知例を認めうる証拠がない。
反応例(C) 更に、反応例(C)についても、2・6―ジベンジルチオ―4・8―ジピペリジノピリミド〔5・4―d〕ピリミジンの具体的製法の開示がなく、また、ベンジルチオ基をクロル酸化するという前記(1)の公知例は、縮合した二つの環のうち、
複素環であるピリジン環にではなく、炭素環であるベンゼン環の方にベンジルチオ基が結合している場合の反応例であるから、ピリミドピリミジン化合物の反応の予測につき、その有用性は疑問である。
そして、他方、成立に争いのない甲第三八号証(乙第一三号証の一・二)によれば、一九六一年(昭和三六年)発行のJ・A・C・S・第八三巻には、ピリミドピリミジン核に基本骨格が最も類似するプリン化合物につき、メルカプトプリンを塩素ガスで酸化すれば、クロルスルホニルプリンの生成が予測されるが、安定なクロスルホニルプリンは未だかつて単離されていない旨の報告がされていることが認められるから、これによれば、かえつて、本件特許発明の特許出願後の昭和三六年当時においても、ピリミドピリミジン核を有するクロルスルホニル化合物の取得はむしろ困難であつたと認めるのが相当である。
前掲甲第三五号証中の右認定に反する部分は採用し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
以上のとおり、本件特許発明の特許出願時において、ピリミドピリミジン核を有するクロルスルホニル化合物の取得は、当業者にとつて困難であつたのであるから、この化合物を出発物質とする被控訴人方法の反応が容易に予測しえたとはいい難いことも明らかである。
なお、控訴人は、本件特許発明の特許出願時におけるスルホニル化合物に関する公知例として原判決別表(三)の各反応例を挙げた上、これらの公知例から理解される知見に本件特許発明の明細書の開示を総合すれば、被控訴人方法における反応は容易に予測することが可能であつたと主張している。
そこで、この主張について検討を加えるに、前掲乙第二九号証の一・二によれば原判決別表(三)の(イ)の反応が、成立に争いのない乙第二一号証によれば同表(ロ)の(i)の反応が、いずれも成立に争いのない甲第三三号証、第三四号証の一・二によれば同表(ロ)の(ii)、(iii)、(v)及び(vi)の各反応が、それぞれ本件特許発明の特許出願時において公知であつたことが認められる。
同表(ロ)の(iv)の反応が公知であつたことについては、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。
ところで、右(イ)の反応例は、クロルスルホニル基を有するピリミジン化合物にアミンを反応させてスルホンアミド化合物を得るというものであるが、前掲乙第二九号証の二によれば、このようにして得られた複素環式スルホンアミドは全く安定であると説明されていることが認められるから、複素環式スルホンアミドについては、その後さらにスルホニル基が脱離してアミノ化合物に変化するようなことはなく、反応は右スルホンアミドの段階で停止すると考えるのが、本件特許発明の特許出願時における技術常識であつたと推認される。
次に、右(ロ)の各反応例は、いずれも単環構造のベンゼン化合物に関するものであつて、もともと被控訴人方法のピリミドピリミジン化合物の反応の予測につきどの程度有用であるかは疑問である。その上、右(ロ)の(i)の反応例は、前掲乙第二一号証によれば、副反応ともいうべき稀有の反応であり、しかも、ピペリジノスルホニル基<12308-010>とピペリジノ基<12308-011>との分子間の置換反応であつて、ピペリジノスルホニル基からスルホニルが脱離するというものではないことが認められるから、被控訴人方法における反応を予測させるものとはいえない。また、右(ロ)の(ii)、(iii)、(v)及び(vi)の各反応例は、いずれもスルホニル基の脱離を伴なう分子内転位反応の例ではあるけれども、前掲甲第三三号証及び第三四号証の二によれば、これらは極めて限定された条件、すなわち、ベンゼン核においてニトロ基(ーNO2)がスルホニル基のオルト位又はパラ位にあり、かつ、スルホニル基から数えて第四番目の位置にメチレン基、アミノ基又は水酸基が存在するという条件、が充たされた場合に初めて生起する反応であると説明されていることが認められるから(なお、右(ロ)の(iv)の反応例も右の条件を充足するものであることは明らかである)、このような特異の反応例をもつて被控訴人方法における反応の予測性を断定することはできない。
一方、前掲甲第二号証の二によれば、本件特許発明の明細書には、ピリミドピリミジン化合物の反応、殊にジエタノールアミンとの反応の例が多数開示されてはいるが、ジエタノールアミンの多官能性あるいは分子内転位反応に関する具体的な事項は何ら開示されていないことが認められる。そのうえ、前掲乙第二一号証及び成立に争いのない乙第二二号証によれば、被控訴人方法におけるジエタノールアミノスルホニル体からジピリダモールの生成に至る二回の分子内転位反応は、いずれも、本件特許発明の特許出願時において公知のスマイルズ転位反応には含まれない、それ自体新規な反応であつたことが認められる。
以上の点を併せ考えれば、控訴人の指摘する各公知例に本件特許発明の明細書の開示を総合しても、本件特許発明の特許出願時において被控訴人方法における反応を予測することが当業者にとつて容易であつたとはいえず、控訴人の前記主張は採用することができない。
以上のとおりで、本件特許発明の特許出願時に、当業者が前記のいわゆる置換可能性を知り、又は当然に知りえたか否かの点はこれを否定するほかないから、控訴人の均等の主張は理由がない。
したがつて、被控訴人方法(イ号方法及びロ号方法)は本件特許発明技術的範囲に属しないというべきである。
五 結語 以上のとおり、被控訴人方法(イ号方法及びロ号方法)は本件特許発明技術的範囲に属しないものであつて、その実施が本件特許権を侵害するものでないことは明らかであるから、既述(二の項)Bの期間についての特許法第104条の規定による推定は覆されたものというべく、結局、同@ABの期間についての控訴人の本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく、失当として棄却すべきものである。
よつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間について、民事訴訟法第95条第89条第158条第2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 藤井俊彦
裁判官 清野寛甫