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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和54ネ825 判例 特許
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平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
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関連ワード 発明者 /  有用性 /  方法の発明 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  択一的 /  実質的に同一 /  援用権(援用) /  均等 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  加工 /  構成要件 /  方法の使用 /  差止請求(差止) /  侵害 /  組成した物 /  予防に必要な行為 /  実施権 /  対価 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 昭和 50年 (ワ) 5286号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1977/02/18
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告藤本製薬株式会社は、別紙目録記載の方法によりビタミンEニコチン酸エステルを製造してはならない。
二 同被告は前項方法を用いて製造したビタミンEニコチン酸エステルを使用し、
譲渡し、若しくは譲渡のために展示してはならない。
三 同被告は第一項記載の方法により製造したビタミンEニコチン酸エステルを含有する製剤品を製造し、譲渡し、若しくは譲渡のために展示してはならない。
四 被告藤本医薬販売株式会社は、第一項記載の方法により製造したビタミンEニコチン酸エステルおよびこれを含有する製剤品を譲渡し、若しくは譲渡のために展示してはならない。
五 被告等は第一項記載の方法により製造したビタミンEニコチン酸エステルおよびこれを含有する製剤品「モテルニコチネート」の各仕掛品、完成品ならびに「モテルニコチネート」の記載のあるパンフレツト、ラベル、薬価基準一覧表、能書等の印刷物を廃棄しなければならない。
六 訴訟費用は被告等の負担とする。
七 この判決は、原告において金六〇〇万円を担保として供託するときは、第一ないし五項に限り仮りに執行することができる。
事実及び理由
原告、被告らが求めた裁判
原告は主文第一ないし六項の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告らは「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
請求原因
一 当事者 原告は、医薬品等の製造、販売を目的として昭和一六年に設立した会社である。
被告藤本製薬株式会社(以下株式会社を省略する)は、医薬品の製造、加工販売等を目的として昭和三五年に設立し、被告工場にて医薬品を製造している。
被告藤本医薬販売株式会社(以下株式会社を省略する)は、医薬品等の販売を目的として昭和三八年に設立し、専ら被告藤本製薬の製造にかかる医薬品の販売をしている。
二 原告の有する特許権原告は、つぎの特許権(本件特許権という)を有している。
特許登録番号 第四四七九三七号 発明の名称 ビタミンEニコチン酸エステルの製法 出願日 昭和三六年七月一五日 出願番号 昭和三六年第二四七五四号 公告日 昭和三九年一一月六日 公告番号 昭和三九年第二四九六八号 登録日 昭和四〇年六月一〇日 特許請求の範囲 ビタミンEにニコチン酸またはその反応性酸誘導体を反応させることを特徴とするビタミンEニコチン酸エステルの製法三 本件特許発明は、ビタミンE(トコノエロール)のニコチン酸エステルの製造を目的とするものであり、右の化合物は本件特許発明者により創製された新規物質である。その創製当時には、ビタミンEが持続的な末梢血管拡張作用を有し、その効果は遅効性であること、およびニコチン酸が顕著な末梢血管拡張作用を有するが、その作用は一過性であり、副作用を伴うことが知られていた。本件発明のビタミンEのニコチン酸エステルは両者の血管拡張作用を増強しさらに持続的でかつ副作用の伴なわない末梢血管拡張剤としての目的に適うものである。
四 本件特許発明は、つぎの三つの構成要件からなるものである。
(1) 原料(イ) ビタミンE(ロ) ニコチン酸またはその反応性酸誘導体(2) 処理手段 右原料(イ)、(ロ)を反応させる(3) 目的物 ビタミンEニコチン酸エステル五 本件特許発明の原料(出発物質)、処理手段につき、本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には、
「本発明はこの知見に基づいてなされたものであつてビタミンEとニコチン酸を公知の方法例えば酸クロライド法、酸無水物法などでエステル結合させることを特徴とするビタミンEニコチン酸エステルの製法に関するものである」と記載されている。
六 本件特許発明実施例について 本件特許明細書に記載された実施例は、ニコチン酸をそのクロライドに変換し、
それをビタミンEと反応させる実施例1、および無水ニコチン酸をビタミンEと反応させる実施例2の二つであるが、いずれもニコチン酸はその反応性酸誘導体として用いるものである。
(一) 実施例1について 実施例1においては、ニコチン酸に塩化チオニルを加え、ニコチン酸クロライドをつくり、そのニコチン酸クロライド(塩酸塩として取得している)をビタミンE(dl―α―トコフエロール)と反応させビタミンEニコチン酸エステルを生成せしめている。
このように、ニコチン酸をそのままビタミンEと反応させずに、一旦ニコチン酸クロライドに変換してからビタミンEと反応させるのは、一般に遊離のカルボン酸はそのままではアルコールとの反応活性が低く、フエノールとの場合には更に低いことが知られており、また、そのカルボン酸から誘導されるカルボン酸ハロゲン化物、たとえばカルボン酸クロライドはアルコールまたはフエノールとの反応活性が高いことが知られているからである。
ところで、一般に、カルボン酸(右実施例ではニコチン酸)を塩化チオニルにより、一旦、反応活性の高いカルボン酸クロライド(右実施例ではニコチン酸クロライド)に変換して、そのカルボン酸クロライドをフエノール化合物(右実施例ではdl―α―トコフエロール)と反応させるかわりに、遊離のカルボン酸とフエノール化合物とを用い、それに塩化チオニル(右実施例ではハロゲン化剤として用いた)を加えても同じようにエステルを生成させることができるのであつて、このことは、当業者間において本件特許出願時広く知られていた。
すなわち、本件特許出願時の教科書的書物である「反応別有機化合物実験法集成」三七五頁(甲第一八号証)の「酸とフエノールの脱水縮合」の項の説明中には、「カルボン酸とフエノール化合物を反応させてもアルコールのときのようにはエステルを生じ難いので、普通はオキシ塩化リン、塩化チオニルのような無機酸のハロゲン化物を加えてエステル化反応を行う。このとき、カルボン酸は反応性のハロゲン化アシルとなつて反応するものと考えられる。」と記載されている。右記述中のハロゲン化アシルとは、本件特許実施例1におけるニコチン酸クロライドがそれに相当する物質である。
右記述が、「酸とフエノールの脱水縮合」の標題下でなされていることからも明らかなように、外見上、酸とフエノールとの脱水縮合によるエステル化法ではあつても、この場合のエステル化は、縮合剤(右の場合、オキシ塩化リン、塩化チオニル)を加えることにより、反応過程においてカルボン酸が反応性酸誘導体(酸クロライド)に変換され、その反応性酸誘導体がフエノール化合物と反応するに至るのである。
右の記述中に見られるオキシ塩化リンを加える場合については、これも教科書として広く用いられている日本化学会編「実験化学講座」第一九巻四七六ないし四七七頁(甲第一九号証)に、「カルボン酸とフエノールのエステル化反応では、その混合物にオキシ塩化リンを加えて加熱すると、酸塩化物をへてフエノールエステルを生成する。」と記載されている。
今、縮合剤として塩化チオニル、あるいはオキシ塩化リンを用い、ニコチン酸とビタミンEを反応せしめると、ビタミンEニコチン酸エステルが得られるが、このことは、実験により確認されている(甲第二〇、二一号証)。この方法と本件特許の実施例1とを対比すると、両者の相違は、ニコチン酸クロライドを反応の場で生成させるか、または、あらかじめ調製するかというだけの相違にすぎない。しかも、実施例1において、ニコチン酸クロライドをあらかじめ調製する代りに反応の場で生成させる手段をとることは、前述の刊行物の記載から当業者には極めて容易なことである。
すなわち、実施例1は、このような具体的方法をも含めて開示した実施態様の例なのである。
(二) 実施例2について この実施例は、カルボン酸成分を酸無水物としてアルコール成分と反応させるエステル化法によるものである。
この酸無水物法に用いられるカルボン酸無水物として、通常単一の酸無水物(例えば無水ニコチン酸のように単一種の酸であるニコチン酸二分子から水一分子が除かれた形の酸無水物)と混合酸無水物(二種の酸、例えばカルボン酸一分子とエチル炭酸一分子とから水一分子が除かれた形の酸無水物)とが用いられる。
ところで、これら酸無水物法によるエステル化においても、実施例1の場合と同様、あらかじめ反応性酸誘導体として酸無水物を調製し、これをアルコールまたはフエノールと反応させる代りに、遊離のカルボン酸を用い、そのカルボン酸を酸無水物に変換し得る物資を縮合剤としてそれに加えることにより、反応の過程で酸無水物を生成せしめ、それとアルコールまたはフエノールとの反応によつてエステルを生成させる方法も知られていた。
このような反応を起さしめる縮合剤としては、単一の酸無水物を生成させるものとしては、各種の芳香族スルホン酸ハライド、例えば、ベンゼンスルホン酸クロライド、パラートルエンスルホン酸クロライド等が知られており(甲第一二号証)、
混合酸無水物を生成させるものとしては、クロル炭酸エチル(甲第一七号証、同第一八号証)、無水トリフルオル酢酸(甲第二二、二三、二四号証)が知られていた。
原告は、各種芳香族スルホン酸ハライド(ベンゼンスルホン酸クロライド、パラークロルベンゼンスルホン酸クロライド、パラートルエンスルホン酸フルオライド、dーナフタレンスルホン酸クロライド、トルエン―三・四―ジスルホン酸クロライド)の存在下で、ビタミンEとニコチン酸とを反応させると、ビタミンEニコチン酸エステルが得られることを確認している(甲第二五号証)。また、無水トリフルオル酢酸についても同様確認した(甲第二六号証)。
右の芳香族スルホン酸ハライドについていえば、公知刊行物であるTHE JOURNAL OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY.VOL.77.六二一四ないし六二一五頁(一九五五年)(甲第一二号証)に、「ピリジン中における芳香族スルホン酸ハライドによる脱水反応。エステル製造のための一便宜的方法」との標題下に、「ピリジン中に酸とアルコールを溶かした溶液をトルエンスルホン酸クロライドで処理すると、速やかにしかも高収率でエステルが生成する。」と記載され、しかも、この方法が酸無水物の製造に適用することができる旨記載されており、また、「この反応はその場で酸の無水物の発生を伴うと考えられる。酸無水物の生成はアルコールの存在下に選択的に起り、その結果酸は完全に利用される。」「この反応は、アミドおよびエステル類の生成に使用するために、ピリジン中においてその場で酸無水物を製造する便宜的方法として役に立つ」「この反応の主要な有用性はエステルの製造にあると解される。上記のスルホン酸ハライドの十分な当量を使用することによつて、酸はアルコールの存在のもとで酸無水物の段階を経て循環し、かくして完全にエステルに変換され得る。」と記載されている。それに引き続き、反応式<11995-001> が掲載されている。この反応式は、
<11995-002>を示すものである。すなわち、右反応式は、カルボン酸がピリジン中でパラートルエンスルホン酸クロライドにより酸無水物に変換され、生じたその酸無水物がアルコールと反応してエステルと元のカルボン酸とを生じ、このカルボン酸が再びパラートルエンスルホン酸クロライドにより酸無水物となることを示している。
さらに、この方法で製造した各種エステル(アルコールおよびフエノール二三種)が表にして掲げられている。
右の記載によれば、当業者は、実施例2において、無水ニコチン酸をあらかじめ調製する代りに、無水ニコチン酸を反応の場で生成させる手段をとることは極めて容易なことである。
すなわち、実施例2は、反応の場で酸無水物を生成させる方法をも含めて開示した実施態様の例なのである。
七 被告藤本製薬は、別紙目録記載の方法(被告方法という)により、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、これを製剤化したうえ、昭和五〇年六月初旬頃から「モテルニコチネート」なる商品名を付して販売、拡布、展示し、被告藤本医薬は、被告藤本製薬より「モテルニコチネート」の提供を受け、これを販売、拡布、
展示している。
八 被告方法 被告方法におけるエステル化反応は、つぎの(1)ないし(4)の操作により行われるものである。
(1) ニコチン酸をピリジンに加える。
(2) (1)で得られた液を攪拌しながら、これにパラートルエンスルホン酸クロライドを加える。
(3) (2)で得られた液にビタミンEを加える。
(4) (3)で得られた液を室温で一時間攪拌する(エステルの生成)。
この被告方法は、ビタミンEをパラートルエンスルホン酸クロライドの存在下にニコチン酸と反応せしめる点で、いわゆる直接法であるが、これを反応機構の面から捉えるときは、以下述べる如く、反応性酸誘導体としての無水ニコチン酸とビタミンEとの反応によるものである。
前記本件特許出願前公知の刊行物であるTHE JOURNAL OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY.VOL.77.中の記述を、被告方法に即してみるとき、ニコチン酸がピリジン中でパラートルエンスルホン酸クロライドにより無水ニコチン酸(酸無水物)に変換され、この無水ニコチン酸がビタミンEと反応してビタミンEニコチン酸エステルと、ニコチン酸とを生成し、このニコチン酸が再びパラートルエンスルホン酸クロライドにより無水ニコチン酸となることを示すものである。
そうすると、被告方法は、パラートルエンスルホン酸クロライドの有する公知の知見を利用し、反応系中においてニコチン酸を無水ニコチン酸に変換し、その無水ニコチン酸をビタミンEとピリジン中でエステル化反応せしめるものに外ならず、
その方法は本件特許明細書実施例2と実質的に同一であるといわねばならない。
なお、被告方法におけるニコチン酸の無水ニコチン酸への変換は、原告において実験により確認した(甲第一三、一四号証。)九 以上によれば、被告方法は本件特許発明技術的範囲に属するものであるから、被告藤本製薬のビタミンEニコチン酸テステルの製造ならびにこれを製剤化したモテルニコチネートの販売、拡布、展示の行為、被告藤本医薬販売のモテルニコチネートの販売、拡布、展示の行為はいずれも本件特許権の侵害行為であるというべきである。
一〇 よつて、原告は被告らに対し請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴請求に及んだ。
尚、被告の主張はいずれも理由がないものである。
答弁
一 請求原因一、二の事実は認める。
二 同三の事実は本件特許明細書の詳細な説明の項にその旨記載してあることは認めるが、その内容が事実であることは争う。
三 同四の事実は認める。
四 同五の事実は認める。
五 同六の事実は本件特許明細書に実施例1、2の記載があることは認めるが、右実施例を更に敷衍した原告の主張は争う。
六 同七の事実は認める。
七 同八の事実は、被告方法自体は認めるが、これについての原告の主張は争う。
八 同九の事実は争う。
被告の主張
一 本件特許発明方法の製品効果について 本件特許発明のような典型的化学類似方法はその処理手段自体にさしたる特徴が見いだせないのであるから、その製品の有用性、本件の場合にはその薬効の評価いかんが本件特許の範囲を認定するのに重要な影響を及ぼすのは当然のことであり、
の薬効は発明完成時に発明者により確認されたものに限られるべきである。
本件特許明細書に、ビタミンEニコチネートの薬効として、
(イ) ビタミンEとニコチン酸の(公知)血管拡張作用の増強(ロ) ビタミンEとニコチン酸の(公知)血管拡張作用の持続化(ハ) ビタミンEニコチネートが副作用を伴わないことを掲げている。右のうち(ロ)は、イタリア文献アグスチニー「尿中ニコチン酸の消長に及ぼすビタミンEの影響」(一九五二年)(乙第六号証の一)と題する論文に、ビタミンEをヒトに投薬すれば人体内に存在していたニコチン酸の排せつを減少させる効果がある旨記載されているところから既に知られていたのであり、
(ハ)は、ビタミンEはもちろん、ニコチン酸も別名をビタミンPP(抗ペラグラビタミン)と呼ばれて本件特許出願前より既に確立していたビタミンであり、市販の総合ビタミン剤が保健治療薬として広く用いられていることより明らかなごとく、ビタミンとは一定量以下では長期間運用できる副作用のないものであり、この点よりして本件発明の製品に副作用のないことは新知見として格別評価するには該らないものである。また、(イ)の点については、本件特許明細書に具体的説明を一切欠いている。したがつて、どの程度の質的、量的の増強(相加的でなくて相乗的)効果があつたか知る根拠がない。これは、当時適用された昭和三四年特許法施行規則第24条様式一六の備考一三、八に「発明の効果には当該発明によつて生じた特有の効果をなるべく具体的に記載する」とあることにより、本件出願はこれをけ怠したものと解さるべきである。
二 化学反応の予見困難性 化学の分野では、ある物質が順次反応する場合にどんな物質が生成するか理論的に予想することが困難で、実験のみがこれを明確にしうるのである。
例えば、公知の教科書の「有機薬品製造化学」の「C立体障害のあるカルボン酸のエステル化」なる項目(乙第一四号証四六五―六頁)には、「立体障害をうけているカルボン酸をエステル化する方法にトリフロロ酢酸無水物を加えて行なう方法がある。この方法が成功率が高く、収率もよく、かつ反応はほとんど室温で一時間以内に完結する」と記載されている。これによれば、ビタミンEとニコチン酸とのエステル化に第三成分としてトリフロロ酢酸無水物を加えて直接法を行なえば、右実施条件でビタミンEニコチン酸エステルが生成する筈であるが、実験の結果はその生成率はゼロであつた。原告引用のTHE JOURNAL OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY.VOL.77.(甲第一二号証)には、「この反応はその場で上記の酸の無水物の発生を伴うと考えられる」と記載されているが、被告において行なつた実験結果では無水物は発生しなかつたことが確認されている(乙第一五号証)。
これらは、いずれも化学反応の予見困難性の好適な事例である。
三 テスエル化反応におけるビタミンEとニコチン酸の特殊性 一般に、アルコール類では、第一アルコール、第二アルコール、第三アルコール、フエノールの順に、酸類では、脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸、複素環カルボン酸の順に、いずれもエステル化の抵抗が大で困難になり、また立体障害の存在の関係があるとされている。
ビタミンEは、複雑な化学構造式のものであつて、6―ヒドロキシ―5、7、8―トリメチルクロマン誘導体、あるいは3、5、6―トリメチルヒドロキノン誘導体とみることができる。
<11995-003> この化合物は、そのフエノール基の両オルト位がメチル基で置換したいわゆるオルト効果に由来する強力な立体障害やエステル化に最も抵抗が強いことが知られているフエノール性化合物で、そのフエノール性水酸基が反応性は非常に特殊なものである。
また、ニコチン酸はカルボン酸と窒素原子を有する両性化合物であり、この含窒素複素環化合物は立体障害やエステルへの抵抗が充分に考えられるものである。
<11995-004> したがつて、単にアルコールと酸についてのエステル化の公知文献があるからといつて、これをそのまま本件の原料にあてはめ容易に類推して反応を予測し得るものではない。
四 本件特許出願時までのビタミンE(近似化合物を含む)とカルボン酸類とのエステル製造例 ケミカル、アプトラクト誌により被告において、本件特許出願時までのビタミンE(近似化合物を含む)とカルボン酸類とのエステル製造例を調査した結果は、酸クロライド法と酸無水物法が大部分で、被告方法を含めて純粋に直接法(第三成分添加または無添加)は全く見当らなかつた(乙第九号証)。
この調査結果をみても、本件特許出願時までの平均専門家の技術知識では、ビタミンEとニコチン酸はもちろんのこと、ビタミンEとカルボン酸との間でも、酸クロライド法および酸無水物法は至極通常の方法であつたが、それ以外のエステル化法は知られていなかつたか、あるいは試みても成功しなかつた事情が推認されるのである。
五 被告の実験結果 被告側で行なつた実験によれば、ビタミンEとニコチン酸とを第三成分の添加なくして直接エステル化させた場合は、すべて進行せず、また現在の有機合成化学の知識により通常この種の反応に用いられる反応促進剤を添加して試みた数例の実験例において、いずれもビタミンEニコチン酸エステルの生成が検出されなかつた(乙第一〇号証)。
また、昭和薬科大学薬品化学研究室において、いわゆる直接法について各種の実験をなした結果は、ビタミンEニコチン酸エステルの生成が認められたものと、認められなかつたものとがある(乙第一三号証)。
原告は、昭和四四年一月一六日出願したトコフエリル―リノレートの製造法についての特許発明の詳細な説明において、本発明、すなわち、ピロリン酸テトラ低級アルカノールエステルの存在下で、トコフエロールにリノール酸を作用させることを特徴とするトコフエリル―リノレートの製法につき、従来法の二工程法に比し直接法が有利であることを原告自ら認め強調している(乙第三号証)。
また、原告自身が公知の反応促進剤をビタミンEに適用して、いわゆる直接法によるビタミンEカルボン酸エステルであるdl―α―トコフエロール酸性コハク酸エステルの製造法を本件特許出願後八年も経過して特許出願をしている(乙第一九号証)。
これらの事実を総合すれば、本件特許出願後に一般に知られた有機合成化学の知識をもつてしても、ビタミンEとニコチン酸との化学構造式上の特殊性のゆえに、
いわゆる直接法によるビタミンEニコチン酸エステルの製造は成功する例と、成功しない例とが存し、成功例でも反応条件等により、収率、工業性の点で異なつた結果が得られ、また、いずれの反応促進剤を用いれば反応が好適に進行するかの理論は未だ確立されていないのが実情である。そして、本件特許出願時にはこれらの知られていなかつた度合は一層大であつたといわなければならない。
六 被告方法の特徴 被告方法を酸無水物法や酸塩化物法と比較すると、原料、工程、設備などにおいて種々利点があるだけでなく、エステル化の反応機構においても異なる。すなわち、
被告方法においては、ピリジンは市販の工業用のものを乾燥することなく使用し、パラートルエンスルホン酸クロライドを用いるが、ニコチン酸は遊離のまま使用するので一工程で実施することができ、しかもビタミンEと同モルで足る。反応条件は温和で、オキシ塩化リンや塩化チオニル等を使用しないから、塩化水素や亜硫酸ガス等発生せず、従つて作業環境の悪化、反応装置の腐蝕を来たすことなく、
反応時間は短かく、しかも高収率、高純度で生成物が得られる。
被告方法においては、ピリジンは塩化水素捕捉剤としての用のみならず、これが、ラートルエンスルホン酸クロライドと反応して、つぎの如く、錯化合物をつくる。
<11995-005> この錯化合物に、ビタミンEとニコチン酸が同時に反応するのである。
七 以上により、被告藤本製薬の被告方法の使用ならびにこれにより製造した製品の販売等の行為、被告藤本医薬販売の右製品の販売等の行為はなんら本件特許権を侵害するものではない。
証拠関係(省略)
理 由
原告がつぎの特許第四四七九三七号(本件特許権)の権利者であること
発明の名称 ビタミンEニコチン酸エステルの製法 出願日 昭和三六年七月一五日 出願番号 昭和三六年第二四七五四号 公告日 昭和三九年一一月六日 公告番号 昭三九―二四九六八 登録日 昭和四〇年六月一〇日 特許請求の範囲 「ビタミンEにニコチン酸またはその反応性酸誘導体を反応させることを特徴とするビタミンEニコチン酸エステルの製法」 被告藤本製薬が、別紙目録記載の被告方法により、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、これを製剤化したうえ、昭和五〇年六月初旬頃から「モテルニコチネート」なる商品名を付して販売、拡布、展示していること、被告藤本医薬が、被告藤本製薬より「モテルニコチネート」の提供を受け、これを販売、拡布、展示していることは、いずれも当事者間に争いがない。
特許請求の範囲には、本件特許発明の方法としてつぎの二つの方法が示して
ある。
(イ) ビタミンEにニコチン酸を反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを生成せしめる。
(ロ) ビタミンEにニコチン酸の反応性酸誘導体を反応させてビタミンEニコチン酸エステルを生成せしめる。
成立に争いない甲第二号証の本件特許公報によると、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、「本発明は―――――ビタミンEとニコチン酸を公知の方法例えば酸クロライド法、酸無水物法などでエステル結合させることを特徴とする」と記載してあつて、実施例1には、ニコチン酸クロライドにビタミンEを反応させる酸クロライド法、実施例2には、無水ニコチン酸とビタミンEを反応させる酸無水物法の各実施例が示してあるから、ニコチン酸の反応性酸誘導体としてニコチン酸クロライドと無水ニコチン酸が例示してある。しかしニコチン酸を遊離のままビタミンEと反応させる場合(これを直接法という)については、右明細書の詳細な説明中になんらそれ以上具体的な記載がなされていない。
甲第二号証(本件特許公報)によると、本件特許明細書の発明の詳細な説明
に、「ニコチン酸は顕著な末梢血管拡張作用ならびに血中コレステロール低下作用を有することが知られているが、遊離の形成で投与する時は急速な末梢血管拡張作用によりフラツシユを伴い大量の服用が困難であり、また血管拡張作用を応用して血圧降下剤としても考慮されているがその作用が一過性であるといわれている。ビタミンEも末梢血管拡張作用を有することは知られており、ニコチン酸に比べるとやや遅効性ではあるが持続性がある。本件発明の目的物は、この両者の血管拡張作用を増強すると共に、持続的かつ副作用を伴わない末梢血管拡張剤としての有用な性質を有することを動物実験ならびに臨床実験により発見した」旨記載されている。
右記載と本件特許の発明の詳細な説明の、「本発明は公知の方法例えば酸クロライド法、酸無水物法などでエステル結合させることを特徴とする」との記載によると、本件特許発明は、その方法自体は公知のもので、格別新規な特許性はないが、
目的化合物であるビタミンE、ニコチン酸エステルが新規な医薬としてすぐれた性質を有する故をもつて、その有用性ある右物質を目的化合物とする本件特許請求の範囲記載の方法を対象として特許されたものであり、いわゆる化学的類似方法の特許であると認められる。
被告は本件特許発明の目的物質は、化学名はα―tocopheryl nicotinateといい、原告の本件特許の出願前である昭和三六年五月二七日に開催された日本ビタミン学会第一三回大会で、既に【A】教授らにより報告され、公知となつていると主張し、乙第一号証を援用する。成立に争いない乙第一号証には、【A】他二名の「動物の低酸素分圧耐性に及ぼすビタミンEの影響」なる論文が掲載され、右論文中にα―トコクエリールニコチネートの実験結果の記載が見られ、その論文の七七頁の結論と要約の3項に「本論文の要旨は昭和三六年五月二七日、日本ビタミン学会第一三回大会で報告した」と記載されている。しかし、成立に争いない甲第六、七号証によると、【A】教授は昭和三五年八月から一一月にかけて行つた実験の成績を昭和三六年五月二七日に、日本ビタミン学会第一三回大会(弘前市)で「低酸素分圧下動物に対するビタミンEの影響」と題して発表したが、その実験は遊離のビタミンEを対象としたもので、講演要旨にはビタミンEまたはEと記載したこと、その後右研究を進め本件特許出願後である昭和三六年八月から一一月にかけ追加実験を行つている途中、原告会社から新しい誘導体であるビタミンEニコチン酸エステルの提供を受けたので、その追加実験をなし、これを取り纒めて昭和三七年一月発行の札幌医学雑誌第二一巻一号(乙第一号証)に前記論文を発表したものであることが認められるので、乙第一号証をもつて、本件特許発明の目的物質の新規性を害する証拠とすることはできず、他に右目的物質の新規性の前記認定を左右する証拠はない。
原告は、「本件特許出願時、カルボン酸をフエノール化合物を反応させても
アルコールのときのようにはエステルが生じ難く、普通はオキシ塩化リン、塩化チオニルのような無機酸のハロゲン化物を加えて行う。この物質はカルボン酸を反応性のハロゲン化アシルとなつて反応するものであることが知られており、また、各種の芳香族スルホン酸ハライド例えばパラートルエンスルホン酸クロライド、ベンゼンスルホン酸クロライド等が単一の酸無水物を生成させる縮合剤として、また、
クロル炭酸エチル、無水トリフルオル酢酸が混合酸無水物を生成させる縮合剤として知られていたから、本件特許発明は、原料としてニコチン酸クロイド、あるいは無水ニコチン酸等酸誘導体にビタミンEを反応させる場合だけではなく、遊離のニコチン酸に右の縮合剤を併用し、その反応過程において遊離のニコチン酸をニコチンクロライドあるいは無水ニコチン酸に変換して、ビタミンEと反応し、ビタミンEニコチン酸エステルを生成せしめる方法をも含むもので、実施例1、2はいずれも右縮合剤を用いる方法をも併せて開示しているものである」旨主張するのに対し、被告は、被告方法が本件特許発明技術的範囲に属することを否認し、「被告方法においては無水ニコチン酸は生ぜず、錯化合物が生じて、これがビタミンEと反応して、ビタミンE ニコチン酸エステルを生成するものである」と抗争するので、検討する。
一 成立に争いない甲第一八号証(昭和三四年三月一五日発行、【B】、【C】共著反応別有機化合物実験法集成乙第三六号証に同じ)によると、その三七五頁に、
「カルボン酸とフエノール化合物を反応させても、既述のアルコールのときのようには生成し難いので、普通はオキシ塩化リン、塩化チオニルのような無機酸のハロゲン化物を加えてエステル化を行う」旨記載されている。
二 成立に争いない甲第一二号証(ザ・ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ―第七七巻、一九五五年、第六二一四〜五頁)には、ピリジン中における芳香族スルホン酸ハライドによる脱水反応、エステル製造のための「便宜的方法と題し、【D】 AND 【E】のつぎの報文が登載されている。
「ピリジン中に酸とアルコールを溶かした溶液をトルエンスルホン酸のクロライドで処理すると、速かにしかも高収率でエステルが生成する。この操作方法は第三級アルコールのエステル化および固体エステルの製造に特に有用である。この反応はその場で上記の酸の無水物の発生を伴うと考えられる。酸無水物の生成はアルコールの存在下に選択的に起こり、その結果酸は完全に利用される。この方法は酸無水物及びアミドの製造に適用することができる。」(六二一四頁冒頭) 「カルボン酸は芳香族スルホン酸ハライドと反応して、反応性の高いアシル化試薬である混合酸無水物(R―COOSO2Ar)を形成する事が予期される。」(六二一四頁左欄本文一四行目以下) 「カルボン酸がピリジン溶液中、芳香族スルホン酸ハライドと急速に反応して、
対称型無水物(Symmetrical anhydrides)を形成する事が、今や見出された。すなわち、安息香酸はピリジン溶液中で半モル量のベンゼンスルホン酸クロライドで処理された場合、五分間で九六%の収率で無水安息香酸を生成する。この反応は水のジアシル化あるいはピリジン中における酸ハライドによる酸のアシル化と同種のものであるとみられるが、ハライドの調製および単離が解除された点で、より便宜的である。この反応は、更にアミドおよびエステル類の生成に使用するために、ピリジン中においてその場で酸無水物を製造する便宜的方法として役立つ。」(同二二行目以下) 「この反応の主要な有用性は、エステルの製造にあると思われる。スルホン酸ハロゲン化物の十分の当量を使用する事によつて、酸はアルコールの存在のもとで、
酸無水物の段階を経て循還し、かくしてエステルに完全に変換され得る。
<11995-006>かくして製造したエステルを表Tに掲示する。」(同三九行目以下) 「エステルの製造―以下の操作方法は、この反応に従来に工夫された最も一般的に成功する方法である。―――――酸を20〜50部のピリジンに溶解し(ある場合には塩が析出する)、そして2モル当量のベンゼンスルホン酸クロライドまたは、トルエンスルホン酸クロライドを加える。溶液を氷中で冷却し、そして1モル当量のアルコール、またはフエノールを加える。―――――」 前記反応式に表示のTsClはトシルクロライド、すなわち、パラートルエンスルホン酸クロライドを意味し、別表Tにはフエノール類としてはフエノール、レゾルシノール、ナフトールが掲げられている。
三 被告方法の検討(一)、別紙記載の被告方法中「終了後水洗して生じた油層をとり」、「常法によりビタミンEニコチン酸エステルを精製する」との各記載は、要するに、反応によつて生じたビタミンEニコチン酸エステルを反応混合物から分離精製する手段の記述に過ぎず、製法としては格別の意味はないと解せられるので被告方法の特徴は、
つぎの点にあると認められる。
(1) ニコチン酸一、五キログラムをピリジン一〇リツトルに加え、攪拌しながら、これにパラートルエンスルホン酸クロライド二、三キログラムを加える(前段の操作)。
(2) 右反応混合物に、ビタミンE五、〇キログラムを加え、室温で一時間攪拌を続ける(後段の操作)。
そして、被告方法において用いられる、パラートルエンスルホン酸クロライドは甲第一四号証によれば、一部ビタミンEと結合して、ビタミンEパラートルエンスルホン酸エステルを生成せしめるとしても、目的化合物であるビタミンEニコチン酸エステルの化学構造の形成には、終局的に関与しない化合物であり、被告方法においてはビタミンEニコチン酸エステルを得るための反応が主反応であるから、たとえ、パラートルエンスルホン酸クロライドが出発物質たるニコチン酸と反応して中間生成物を生成することがあるとしても、被告方法におけるパラートルエンスルホン酸クロライドは、エステル化反応における脱水剤又は縮合剤として使用されているものと解するのが相当である。
(二)、成立に争いない甲第三〇号証(東京大学農学部農芸化学科【F】教授等実験報告書)には、
「ニコチン酸一、五キログラムをピリジン一〇リツトルを加え、攪拌しながらこれにパラートルエンスルホン酸クロライド二、三キログラムを加え、その一〇分後ビタミンE五、〇キログラムを加え、室温で一時間攪拌を続ける。」という、ビタミンEニコチン酸エステルの製造法についての実験方法として、
(1) 一五gのニコチン酸(東京化成工業、G、R)を三〇〇ml容平底フラスコにとり、これにピリジン(和光純薬、G、R)一〇〇mlを加え、マグネテツクスターラーで攪拌しながら、二三gのパラートルエンスルホン酸クロライド(半井化学薬品、G、R)を加えて、反応を開始した(第一段階)。
(2) 次に第一段階の反応開始一〇分後にビタミンE(― ― ―トコフエロ―ルROChe社製)五〇gを加え、一時間攪拌を続けた(第二段階)。
右(1)、(2)の実験を全て室温にて行い、赤外線吸収スペクトルによる反応成分の分析による測定を行なつた結果、第一段階に関し、
反応時間五分および一〇分におけるニコチン酸消費量と無水ニコチン酸生成量について、そのモル比を計算すると(0.122〜0.029):0.045 5分後(0.122〜0.021):0.050 10分後となり、約二対一であつて、これは反応式によるモル比と一致することを確認し、
第一段階で、ニコチン酸の約八二%が無水ニコチン酸に転換し、無水ニコチン酸に転換されたニコチン酸の量と未変化のニコチン酸の量との合計は、使用したニコチン酸の量の九九、二%となること、これによりニコチン酸は無水ニコチン酸のみに転換したこと、無水ニコチン酸生成量とパラートルエンスルホン酸クロライド消費量についてモル比を計算すると約一対一、六ないし一、七となること、これが理論比一対一と一致しないのは、使用したパラートルエンスルホン酸クロライドは特級品であるが、それ自身不安定な試薬であるためにすでに一部はパラートルエンスルホン酸に変換していたこと、使用した市販ピリジン(G、R)は水約〇、二%(〇、〇一モル)を含有するものであるので、パラートルエンスルホン酸クロライドは一部パラートルエンスルホン酸に変換したことと考察されること、
第二段階に関し、
反応時間七〇分(ビタミンE添加六〇分後)におけるビタミンEニコチン酸エステルの収率は七二、七%であつたことを確認した後結論として、前記製造法は、第一段階において、ニコチン酸とパラートルエンスルホン酸クロライドとが反応して無水ニコチン酸が生成する。第二段階において、第一段階で生成した無水ニコチン酸がビタミンEと反応してビタミンEニコチン酸エステルを生成する、という反応によるものであるとの報告が記載せられている。
(三)、成立に争いない甲第二八号証(京都大学工学部教授【G】意見書)によると、京都大学工学部研究室に於て被告方法の五〇〇分の一のスケールで、ニコチン酸をピリジンに加え懸濁液とし、これにパラートルエンスルホン酸クロライドを加えたときに得られる反応液より結晶を単離し、その結晶を赤外線吸収スペクトル分析および質量スペクトル分析に付したところ、それは無水ニコチン酸であることが確認された実験を行なつたうえ、この事実から、被告方法は原料ニコチン酸がピリジンの存在下で、パラートルエンスルホン酸クロライドによつて無水ニコチン酸に変換され、その無水ニコチン酸が次に加えられるビタミンEと反応してビタミンEニコチン酸エステルを生成するという反応経路によるものであることが結論づけられる旨実験の結果と考察意見が述べられており、かつ、右実験結果と照会する甲第一四、一六号証の原告においてなした実験報告書が妥当であると思料する旨意見が附されている。
(四)、被告は別件仮処分事件(昭和五〇年(ヨ)第二五九九号)において、被告の具体的実施方法として、当初、右被告方法のうち、
「ニコチン酸」を一五グラム 「ピリジン」を一〇〇ミリリツトル 「パラートルエンスルホン酸クロライド」を二〇グラム 「ビタミンE」を五〇グラムと主張していた(以下被告の旧開示方法という。)。別紙被告方法はこれを訂正したものであり、成立に争いない甲第一三、一五、一四、一六号証は、いずれも被告の旧開示方法についての実験報告書である。
被告の旧開示方法は被告方法の一〇〇〇分の一のスケールで、その方法においては、ニコチン酸一五グラムに対してパラートルエンスルホン酸クロライドの使用量は二〇グラムであるが、被告方法においては、ニコチン酸一、五キログラムに対して、パラートルエンスルホン酸クロライドの使用量は二、三キログラムであつて、
旧開示方法の二〇グラムより一五%増加している。この点を除き、両者はニコチン酸、ピリジン、ビタミンEの使用割合、操作手段とも全く同一である。
右パラートルエンスルホン酸クロライドの添加量の差異があることにより、両者の化学反応の機構が異なるものとは考えられないので、右甲第一三ないし一六号証は、被告方法についての実験の結果を推認しうる資料と解して差支えないものと考えられる。
甲第一三号証には、ニコチン酸一五グラムをピリジン一〇〇ミリリツトル中に加え、攪拌しながらこれにパラートルエンスルホン酸クロライド二〇グラムを加えたところ、反応温度は三五度Cまで上昇し、また反応液は最初白色の懸濁状態であつたが、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えて約三分後に無色透明液となつた生成物を、室温で減圧濃縮を行ない、ピリジンを除去して得られた生成物を、赤外線吸収スペクトル、高速液体クロマトグラフイーによる分析をした結果、その生成物は無水ニコチン酸六七%、ニコチン酸三三%の混合物であつたこと、ニコチン酸が無水ニコチン酸に変換した量は少くとも六八、三%であつたことを確認した旨の実験報告が記載されており、
甲第一五号証の実験報告書には、右甲第一三号証に記載の「赤外線吸収スペクトル」および「高速液体クロマトグラフイー」による分析方法を詳細にその結果を示すと共に、結晶の「元素分析」、「赤外線吸収スペクトル」、「核磁気共鳴スペクトル」および「質量スペクトル」による分析結果を示し、結論として、甲第一三号証に記載の生成物が無水ニコチン酸であることを証明する旨記載されている。甲第一四号証の実験報告書には、被告の旧開示方法に基づき、ニコチン酸一五グラムをピリジン一〇〇ミリリツトル中に加え、攪拌しながらこれにパラートルエンスルホン酸クロライド二〇グラムを加えて、それから、二分後、六分後、一〇分後、二〇分後、三〇分後および六〇分後に、それぞれ反応液の一部を取り出して、赤外線吸収スペクトル分析を行つて、反応液中の「ニコチン酸」、「パラートルエンスルホン酸クロライド」、および「無水ニコチン酸」の各量を測定する実験をなし、次いで、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えてから六〇分後にビタミンEを加え、それから、四分後、四、五分後、一〇分後、二〇分後、三〇分後および六〇分後に、それぞれ反応液の一部を取り出して、赤外線吸収スペクトル分析および高速液体クロマトグラフイーによる分析を行つて、反応液中の「ニコチン酸」、「パラートルエンスルホン酸クロライド」、「無水ニコチン酸」、「ビタミンE」、「ビタミンEニコチン酸エステル」、および「ビタミンEパラートルエンスルホン酸エステル」の各量を測定して第一表にその結果を示し、更に被告の旧開示方法による反応成分の変化をグラフに示した第一図を示し、第二表には、ニコチン酸およびパラートルエンスルホン酸クロライドの消費量と無水ニコチン酸の生成量との関係を、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えた後前記二分後ないし六〇分後の各反応時間毎にその結果を示し、第三表に、右反応時間毎に、ニコチン酸およびパラートルエンスルホン酸クロライドの消費量(モル)と無水ニコチン酸生成量(モル)との比率を計算して示し、その結果から、ニコチン酸二分子から無水ニコチン酸一分子が生成していること、無水ニコチン酸を一モル生成するために、パラートルエンスルホン酸クロライドが約一、三倍モル必要であることを確認し、第一図、
第一表により、無水ニコチン酸一モルからビタミンEニコチン酸エステルが一モル生成していることを確認した旨記載されている。
甲第一六号証の実験報告書は、右甲第一四号に記載された「赤外線吸収スペクトル」および「高速液体クロマトグラフイー」による分析方法の結果を詳細に報告したものである。
右甲第一四証には、ニコチン酸一五グラムをピリジン一〇〇ミリリツトルに加え、攪拌しながら、これにパラートルエンスルホン酸クロライド二〇グラムを加えると、二分後に九、一グラムのニコチン酸と八、九グラムのパラートルエンスルホン酸クロライドが反応混合物から消費されて八、六グラムの無水ニコチン酸が生成し、六分後には、一二、五グラムのニコチン酸と一三、九グラムのパラートルエンスルホン酸クロライドが反応混合物から消費されて一一、五グラムの無水ニコチン酸が生成する等、前記反応時間経過後毎に右各物質の消費量と生成量が示されている。
(五)、また成立に争いない甲第三一号証には、被告方法において、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えた後に得られた反応混合物を試料として赤外線吸収スペクトルを測定し、測定可能領域に現れた一一個の吸収帯につきその全てを解析して、それらの吸収帯が如何なる物質に由来するものであるかの検討をなし、この反応混合物中に含まれる物質が、ニコチン酸、パラートルエンスルホン酸クロライド、無水ニコチン酸、パラートルエンスルホン酸であることを確認し、特に無水ニコチン酸については、その特有吸収帯の全てである1800―1cm、1730―1cm、1330―1cm、および1290―1cm、を、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えた後の反応混合物の赤外線吸収スペクトルにおいて確認し、
更に、この実験の解析により、パラートルエンスルホン酸クロライドを加えた後の反応混合物を減圧濃縮して得られる黄褐色固形物を試料とした赤外線吸収スペクトルが、減圧濃縮前の試料の赤外線吸収スペクトルとその一一個の吸収帯において変りがないことを確認し、減圧濃縮の前後において反応混合物の成分に変化のないことを結論した実験を原告会社において行つた結果が記載されている。
そして、右減圧濃縮により得られる物質が無水ニコチン酸であることは、成立に争いない甲第一三号証により認められている。
右甲第三一号証の実験結果は、「ニコチン酸一五グラムをピリジン一〇〇ミリリツトルに溶解し、攪拌しながら、これにパラートルエンスルホン酸クロライド二三グラムを加え、室温で一〇分間攪拌した後に得られる反応混合物」と「この反応混合物を室温で一時間濃縮して得られた生成物」とが全く同一であることを示しているので、後者の生成物が六七%の無水ニコチン酸と三三%のニコチン酸の混合物であるとの甲第一三号証の実験報告書の結果は、前者の反応混合物の内容をも示すものと認めることができる。
(六)、成立に争いない甲第三二号証(実験報告書)によると、原告は、先ず実験1として被告方法の追試を行い、これにより得られたビタミンEニコチン酸エステルが四六、一グラムであることを赤外線吸収スペクトル分析、核磁気共鳴スペクトル分量および質量スペクトル分析により同定し、ビタミンE五〇グラムのすべてがニコチン酸と反応してビタミンEニコチン酸エステルに変換されたとき(すなわち、収率一〇〇%のとき)の量が六二、二グラムとなることを算出し、ビタミンEから計算した精製後のビタミンEニコチン酸エステルの収率が七四、一%となることを確認したうえ、次いで、第2の実験として、被告方法における反応の進行と同じ条件下で、被告方法のニコチン酸にかえて無水ニコチン酸を用いる実験を行い、
得られたビタミンEニコチン酸エステル四四、九グラムを被告方法の追試の場合と同様の操作をして同定し、精製後のビタミンEニコチン酸エステルの右収率が七二、二%である結果が記載されている。
右実験1による収率七四、一%と実験2による収率七二、二%とは一致しないが、大差なく、近似しているということができる。
右実験結果は、被告方法における前段の操作による反応混合物の中には、無水ニコチン酸、パラートルエンスルホン酸クロライドのほか若干のニコチン酸その他のものが存在することを明らかにすると共に、右混合反応物に代え、無水ニコチン酸とパラートルエンスルホン酸クロライドをピリジン中に加えたものを使用しても、
これにビタミンEを加えると、結果において大差ない収量のビタミンEニコチン酸エステルが生成することを示しているものである。
(七)、被告方法における反応成分の使用量について考察する。被告方法における使用量はつぎのとおりである。
(反応成分)(使用重量)(モル量)(モル比)ニコチン酸 一、五kg 一二、二モル 1ピリジン 一〇(九、八kg) ニコチン酸一重量部に対して約六、五重量部パラートルエンスルホン酸クロライド 二、三kg 一二モル 〇、九九ビタミンE 五、〇kg 一一、六モル 〇、九五右モル比を甲第一二号証の六二一五頁右欄の実施例の記述と比較すると、つぎのとおりである。
(被告方法)(反応成分) (使用モル比)ニコチン酸 一モルピリジン (ニコチン酸一重量部に対し約六・五重量部)パラートルエンスルホン酸クロライド 〇、九九モルビタミンE 〇、九五モル(甲第一二号証)(反応成分) (使用モル比)酸 一モルピリジン (酸一重量部に対して二〇ないし五〇重量部)パラートルエンスルホン酸クロライド 二モルフエノール 一モル 右の比較によると、ニコチン酸およびビタミンEに対するパラートルエンスルホン酸クロライドの使用モル比は被告方法では甲第一二号証の実験の記述の1/2であり、またニコチン酸に対するピリジンの使用量は被告方法では、甲第一二号証の実験の記述の約三分の一ないし八分の一であり、その余は両者は同一である。
しかし、被告方法および甲第一二号証のエステル化反応は、いずれも溶液反応であつて、ピリジンはエステル化反応において、カルボン酸をその反応性誘導体に変えうる物質の一成分としての作用のほかに、溶液反応における反応成分の溶媒としての作用をもつていることは当事者に容易に理解されることである。そして反応における溶媒の使用量は反応成分のその溶媒に対する溶解度によつて適当に変えうるから、甲第一二号証の記述におけるピリジンの使用量はそれ程厳格な意味を持たないと解せられる。
また、前顕甲第12条証の六二一四頁の前掲記載によると、無水安息香酸製造の実験例では、酸一モルに対して、パラートルエンスルホン酸クロライドの使用量は〇、五モルである。また同頁に示された化学式から酸無水物とフエノールのエステル化反応で遊離のカルボン酸の全量〇、五モルが循環して、完全にエステルに変つたときに、パラートルエンスルホン酸は、さらに〇、五モル必要になることが考えられるので、結局エステル化反応に必要なパラートルエンスルホン酸クロライドの理論量は〇、五モルと〇、五モルの和である一モルであるということができる。したがつて、甲第一二号証のエステル製造に際して用いられているパラートルエンスルホン酸クロライドの二モルの使用量は必要最小限を超えた過剰量であると解せられるので、被告方法におけるこの点の差異に格別の発明的進歩性ありとは認められない。
(八) 被告らは、被告方法の反応経路における無水ニコチン酸の生成の事実を争い、反証として、乙第五三、五四の一、二、五五、五六、五七、六六、六八、七一、七二号証など、赤外線吸収スペクトルに関する書証を提出援用し、あるいはまた乙第五七の一、二、第六六、七一、七号証を提出して、二光束部の赤外分光光度計を用いれば、使用溶媒による測定不能領域はほとんど存在しなくなるなど主張して抗争するのであるが、右被告の主張立証は、単に原告の甲第三一号証による実験方法を非難するだけで、その根拠に乏しく、右書証による前記認定事実を覆えすに足りるものではないから、被告の右主張は援用することができない。
(九) 成立に争いない乙第一五号証(被告においてなした実験報告書)には、被告において、甲第一二号証(ザ・ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ―誌七七巻六二一四ないし六二一五頁)に記載された実験例「無水安息香酸」の合成方法を用いて、パラートルエンスルホン酸クロライドとニコチン酸とを反応せしめたところ、無水ニコチン酸は製造し得なかつた旨報告されている。
ところが、前顕甲第二八号証の記載に照らし、右実験内容を検討するに、実施例1の記載の中で、パラートルエンスルホン酸クロライドの添加五分後に溶液を水一〇〇ml、氷五〇gの中に注ぐとあり、反応液を氷水中に注いでいるが、この実験の目的の頃には無水ニコチン酸の製造の可否及びその収率を確認することにある以上、右の操作は致命的な誤りというべく、これをすれば、無水ニコチン酸が水に対して極めて不安定な物質であるため水との接触により分解してしまう結果となる。
右の実験は甲第一二号証の報文が水に安定な無水安息香酸の場合であることについての酸慮を欠いたものというべきであるから、妥当な実験の結果とは認められない。
(一〇) 被告らは、「被告方法においては、ピリジンとパラートルエンスルホン酸クロライドが反応してつぎの錯化合物が生成する。
<11995-007>この物質にビタミンE及びニコチン酸が同時に反応するのであり、酸誘導体を用いた場合にはこの錯化合物はできないのであつて、被告方法は、本件特許発明に酸誘導体を用いた場合と全く反応機構が異なる」旨主張し、被告方法においては、溶液が着色した証拠として成立に争いない乙第二六、二七、二八、三二、五九、六七号証を援用するが、右の書証だけでは右被告の主張を確認するに足らず、また成立に争いない乙第八九号証(【H】教授の意見書)には、右被告の主張に副うような意見が記載されているが、右意見書は、【H】教授が、被告から被告においてなした実験方法を誤つて作成した前記乙第一五号証の実験報告書その他の資料の提供を受け、「被告方法で、ニコチン酸からは無水ニコチン酸が得られず、ニコチン酸が回収されたという提案者(被告)の実験結果にしたがうならば」との前提のもとで、
(三頁)述べられているのである。その前提たる実験が致命的誤りを含むものであることは既に認定したところであるから、この実験結果を前提とする右意見書の記載は、被告方法の前段操作により無水ニコチン酸が生成することを否定する証拠とはなし得ない。
(一一) 成立に争いない乙第八三号証(【I】弁理士鑑定書)には、被告方法において、ニコチン酸・パラートルエンスルホン酸無水物が生成することが理論上考えられるとし、この化合物が、本件特許の出願時に公知で且つ本件特許で具体的に開示された「反応性酸誘導体」と均等であることを証する資料がないので、結局ニコチン酸・パラートルエンスルホン酸無水物が生成した場合に被告方法が本件特許発明技術的範囲に属するとの結論を見出し得ない旨記載されているが(二九頁)、被告方を実施した際、右ニコチン酸・パラートルエンスルホン酸無水物という混合酸無水物が生成するという根拠が明らかではなく、これを証する実験報告書もない。かえつて前顕甲第一二号証(J.A.C.S.VOL.77.1955.P6214)には、「カルボン酸は芳香族スルホン酸ハライドと反応して、反応性の高いアシル化試薬である混合酸無水物(R―COOSO2Ar)を形成する事が予期される。2―ハイドロオキシシクロヘキサン酢酸に、トシル化を試みた場合、
配位の固定と伴に、ラクトン化されるとの知見は、そのような無水物の形成は、アルコール性水酸基の存在においてさえも起こり得る事を暗示している。」「カルボン酸がピリジン溶液中、芳香族スルホン酸ハライドと急速に反応して、対称型無水物(Symmetrical anhydrides)を形成する事が、今や見出された」と記載されており、その内容は、カルボン酸がピリジン溶液中、芳香族スルホン酸ハライドと反応すると、混合酸無水物を形成すると予期されるが、事実はこれに反して、カルボン酸無水物が生成することが報告されているのである。
(一二) 他に被告方法の前段操作において、ピリジン中のニコチン酸が、これにパラートルエンスルホン酸を加えられることにより、無水ニコチン酸が生成することを否定するに足る証拠はない。
(一三) 以上の事実によると、被告方法においては、その前段の操作により、ピリジン中のニコチン酸の大部分が縮合剤として加えられるパラートルエンスルホン酸クロライドの作用により無水ニコチン酸が生成する事実を明らかに認め得べく、
この物質と、他になお残つている若干のニコチン酸とパラートルエンスルホン酸クロライド等からなる混合反応物の中に、後段の操作として、ビタミンEが加えられることにより、ビタミンEニコチン酸エステルが生成するものと認めることが出来る。
(一四) 被告方法と本件特許明細書に記載の実施例2との対比 被告方法と本件特許の実施例2とは、いずれも、ピリジン中にビタミンEと無水ニコチン酸を存在させることによつて、ビタミンEニコチン酸エステルが生成する点において共通している。
しかし、ビタミンEが反応する際に、反応の場に存在するものは、被告方法においては、ピリジン中に前記前段の操作により存在する、無水ニコチン酸のほか、若干のパラートルエンスルホン酸クロライド、遊離のニコチン酸などであるのに対し、本件特許の実施例2では、ピリミジン中の無水ニコチン酸だけである。
そこで、右相違点につき更に検討を進める。甲第一四号証によると、被告方法では、パラートルエンスルホン酸クロライドの添加後六分で、使用したニコチン酸の八二、七%(モル%)に相当する無水ニコチン酸が生成している。そして被告方法においては、パラートルエンスルホン酸クロライドの添加と、ビタミンEの添加の間の時間について時間を明らかにしていないが、常識的にみて、五、六分程度のものと考えられるので、被告方法における、反応では、少くともニコチン酸一、五kgに対し八二、七%(モル%)に相当する量、すなわち一、一五kgの無水ニコチン酸が含まれている反応混合物がビタミンE五、〇kgと反応していることが推認される。
したがつて、被告方法では、無水ニコチン酸一、一五kgに対して、ビタミンEが五、〇kg、すなわち、無水ニコチン酸一、〇kgに対して、ビタミンEの使用量は四、三五kgである。これに対し、本件特許の実施例2では、無水ニコチン酸一二〇gに対しビタミンE一〇〇gであるから、無水ニコチン酸一、〇kgに対しビタミンEの使用量は〇、八三kgとなり、両者の反応における無水ニコチン酸に対するビタミンEの使用量は、被告方法が本件特許の実施例2の四、三五倍であることになる。
原告は、右実施例2は、同時に、被告方法をも含めて開示したものであると主張するけれども、特許法第36条4項は、明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の構成を記載しなければならないことを規定している。独占的実施権が保障される特許は、出願人が完成した発明につき、明細書により当業者が容易に発明実施し得る程度に十分な開示をなすことを条件に、いわばその対価として与えられるものである。発明の開示に際し、自明な事項については、省略されることが許されるが、その自明な事項とは、出願時の技術水準において、更に文献調査、実験などして研究するまでもなく、当業者が周知の知見として知得しているために、あらためてその点につき説明教示を加える必要がない事項をいうと解すべきである。
したがつて、同法条の前記規定は、その程度に自明の事項でない限り、発明の開示は、平均的当業者が明細書の開示により容易に発明実施をすることができる程度に発明の構成(化学物質の製法特許においては、原料、処理手段、目的物)の記載を命じたものというべきである。
平均的当業者は、発明の技術が属する分野における出願時の技術水準ないし公知技術のすべてを知つているという擬制が働くとしても、「或る物質が或る定まつた態様において順次に反応する場合、どんな物質が生成するかは理論的に予想できる場合も確かにあるにはある。しかしながら、実際上反応が順次に生起したかどうかは、化学の分野では、ただ実験のみがこれを明らかにするのである。そこで化学では反応を確実に予想することは、不可能とされているのである」ということは、成立に争いない乙第八号証(【J】著化学と特許)にも記されているところであり、
考慮すべきことである。
本件特許の実施例2に記載された収率九一%は、これを証明する証拠なく、化学常識から粗収率を示したものと解されるが、これと比較すると、被告方法では、甲第三二号証によると精製物の収率が七四、一%であることは収率において、それほど劣るものではなく、しかも、被告方法が室温で行われ、本件特許の実施例2では反応中の攪拌に五ないし七時間を要するのに対し僅か右の時間が一時間であることは注目すべきことである。
以上によれば、本件特許出願時における公知事項をしんしやくすれば、本件特許の実施例2が、被告方法の推考を、ある程度容易ならしめるものであることは是認できるとしても、右実施例2が直ちに被告方法を併せて開示しているものとまでは認められない。
被告方法と本件特許発明
前記の如く、本件特許の特許請求の範囲には、「ビタミンEにニコチン酸またはその反応性酸誘導体を反応させることを特徴とするビタミンEニコチン酸エステルの製法」と記載されていて、特許請求の範囲の技術的構成事項を択一的に表現しているが、要するに右記載は、二つの発明を並列的に示したものではなく、単一の発明思想を実施方式を借り表現したもので、またその趣旨で特許されたものであることは明らかである。そして、明細書には、実施例として、ニコチン酸クロライドを原料に用いる方式(実施例1)と、無水ニコチン酸を原料に用いる方式(実施例2)とが記載されているだけであるから、本件特許発明の要旨は、ビタミンEに、
ニコチン酸をニコチン酸クロライドあるいは無水ニコチン酸などの酸誘導体に変えて反応させ、よつて、ビタミンEニコチン酸エステルを生成せしめる方法であると解せられる。
被告方法における優秀性は、縮合剤としてパラートルエンスルホン酸クロライドを選んで用いたことによるものと推認される。パラートルエンスルホン酸クロライドの一般的用途は公知であつたが、これを用いて、ニコチン酸とビタミンEを反応せしめてエステルを生成せしめる技術は新規で、この点が被告方法における最も大きな特徴をなしているように認められる。
しかしながら、被告方法におけるこのパラートルエンスルホン酸クロライドの使用は、被告方法全体よりみれば、技術的には本件特許発明の要旨に対するいわば附加的操作の域を出でず、被告方法の中に、本件特許発明の要旨が一体性を失うことなく含まれていることを否定することはできないと認めるべきである。すなわち、
被告方法は本件特許方法を利用するものであるといわなければならない。
なお、原告が、本件特許出願後相当の期間を経過して乙第三号証、同第一九号証などの特許公報が示す如く、自ら、公知の反応促進剤をビタミンEに適用して遊離の酸と反応せしてめビタミンEカルボン酸エステルを製造する方法の発明につき特許出願をしたとの事実は、原告の本訴請求と何ら矛盾するものではない。
してみれば、被告藤本製薬の被告方法を用いる行為は本件特許権を侵害するものであるといわなければならない。
したがつて、原告が被告藤本製薬の右製造行為ならびにその製品を製剤化し
た商品の販売、拡布、展示の行為の差止め、被告藤本医薬販売の右商品の販売、拡布、展示の各行為、右侵害の行為を組成した物の廃棄、その他侵害予防に必要な行為として請求の趣旨記載の判決を求める原告の本訴請求を理由ありとして認めるべきである。
よつて、仮執行の宣言につき、民事訴訟法第196条、訴訟費用の負担につき同法89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 大江健次郎
裁判官 小倉顕
裁判官 北山元章
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