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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和54ネ825 判例 特許
平成19ワ507特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
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平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  有用性 /  方法の発明 /  製造方法 /  物を生産する方法 /  公然知られ(29条1項1号) /  技術的範囲 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  パリ条約 /  優先権 /  当業者に自明な事項 /  分割出願 /  存続期間 /  優先日 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  業として /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  知らないで /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 昭和 50年 (ワ) 1030号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1977/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原、被告が求めた裁判
原告は、「被告は原告に対し、金三七、〇七四、八三四円と、これに対する昭和五一年一〇月二五日付請求の趣旨変更申立書送達の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え」との判決を求め、
被告は、主文同旨の判決を求めた。
請求の原因
一、原告は、イギリス国法に基づき設立された法人であり、医薬品の製造ならびに販売を業とするものである。
被告は、医薬品ならびに工業薬品の製造および販売を業とするものである。
二、原告は、次の特許権(以下「本件特許」という)を有している。
特許番号 第二七五九九一号発明の名称 ピラゾロ―(3、4―d)―ビリミジン誘導体の製造出願日 昭和三一年八月一〇日出願番号 (分割前)特願昭三一―二〇八四一号(分割後)特願昭三四―二三〇〇一号出願公告日 昭和三五年一〇月二六日出願公告番号 特公昭三五―一六二三五号原簿登録日 昭和三六年五月一五日優先権主張 昭和三〇年八月一〇日(イギリス国)特許請求の範囲 4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをラネーニツケル触媒を使用して脱硫化することにより4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1ーピラゾロー(3、4ーd)ピリミジンを製造する方法三 本件特許方法(一) 本件特許の目的物質 本件特許の目的物質は、「4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン」である。
右の「1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン」とは、次の構造式を有する含窒素縮合複素環を指称する。
<11999-001> 本件特許の目的物質は、右1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン環において、4位置または6位置のいずれかに水素原子が結合した化合物で、水素原子の結合した位置以外の位置に置換基が存在することを排除するものではない。
(二) 本件特許の出発物質 本件特許の出発物質は、目的物質において水素原子が結合している位置に対応する4位置または6位置に、メルカプト基(―SH)または低級アルキルメルカプト基(―S―低級アルキル)が結合している1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンである。
本件特許の出発物質は、本件特許の目的物質に対応するものであるから、目的物質において水素原子が結合されることとなる位置以外の位置に置換基が存在することを排除するものではない。
(三) 本件特許の処理手段 本件特許発明の処理手段は、右の出発物質を「ラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化することである。
本件特許方法に従つて出発物質にラネ―ニツケル触媒を使用させると、出発物質中のメルカプト基または低級アルキルメルカプト基の硫黄原子が脱離(脱硫化)して該位置に水素原子が結合して目的物質が得られる。
四 本件特許の目的物質の効果 本件特許発明は、プリン代謝拮抗物質としての、モノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの誘導体を製造する方法に関する点にその発明の本質を有するものであり、4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを出発物質としてこれを脱硫化してかかるモノ置換ピリミジン誘導体を得るものである。
本件特許の原明細書、すなわち、分割前の特許出願である昭和三一年特許願第二〇八四一号の出願当初の明細書には、その発明の詳細な説明の欄の最初に、「或る新規な1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類かプリン合成に於ける抗新陳代謝物質として有用な性質を有することを知つた。例えばこれらの化合物はアデニンの4―アミノ誘導体、ハイポキサンチンの4―ヒドロキシ誘導体及びグアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体の様な相当するプリン抗新陳代謝物質である。前記化合物は同様に乳酸及びバクテリアの作用を阻止する。」と記載してある。プリンは誘導体の形で生体内で重要な働きを行う核酸などの物質の構成成分として存在し、これら誘導体を総称してプリンという場合もある。
原明細書で例示する「アデニン」、「ハイポキサンチン」、および「グアニン」はすべてプリンの誘導体であり、これらと、それに対応するピラゾロピリミジン誘導体との対応関係を示すとつぎの通りである。
<11999-002><11999-003> 右において、下段のピラゾロ―ピリミジン誘導体のそれぞれは、これに対応する上段のプリン誘導体の新陳代謝作用を阻害する。
したがつて、ピラゾロピリミジンの4―ヒドロキシ誘導体であるアロプリノールは、生体内においてヒポキサンチンの新陳代謝を阻止する。アロプリノールが痛風の治療に効果を有するのはそのためである。
なお、ピラゾロピリミジン誘導体が乳酸バクテリアの成長を阻止するのは、プリン代謝拮抗作用に付随するもので、乳酸バクテリアは生育に際し、葉酸か、またはチミンおよびプリンを必要とし、乳酸を生産するので、プリンと同時にその拮抗物質を与えて乳酸の生成量を測定すればその物質にプリン代謝阻害作用があるかどうかを簡単に知ることができる。
五 アロプリノール(一) 本件特許の出発物質において6位置にメルカプト基、4位置に水酸基を有する物質4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを選択し、これに本件特許の処理手段を施すときは、4位置に水酸基、6位置に水素を有する物質、すなわち、式<11999-004>で表わされうる4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(以下本件特許製品ともいう)を製造することができる。この本件特許製品は、一般に「アロプリノール」と称され、生体内でのキサンチンオキシダーゼの阻止剤としての活性を有し、その結果プリンの酸化を減少させることが望まれる痛風その他の治療に有効とされる。
(二) 本件特許公報におけるアロプリノール原料化合物の製法の開示 本件特許の明細書の「発明の詳細なる説明」の項に、つぎの如く記載されている。
(イ) 「これらの化合物は新規な中間体ピラゾール―3、4ジカルボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムで処理することによつて4、6ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを有利に合成することが出来、而してこの化合物は例えば五硫化燐と加熱することによつて該水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えることが出来……」(公報左欄一〇行目以下)(ロ) 「4位置または6位置のいずれかにメルカプト基またはアルキルメルカプト基が置換されている―1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンを、ラネ―ニツケル触媒を使用して接触脱硫化することによつて、その4位置または6位置のいずれかが置換されていない―1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンを製造し得る」(同一九行目以下) 右(イ)の記載により、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することによつて得られる該水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えた生成物は、つぎの三つの化合物である。
(1) 4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジン(2) 4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジン(3) 4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン アロプリノール(4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン)の本件特許方法による原料物質は、右(2)の4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物である。尤も、この化合物は、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、
4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することによつて、直ちには得られないが、
この反応によつて得られる右(3)の、4、6―ジメルカプト化合物を原料として、自明の方法によりこれから(2)の化合物が得られる。
出願当時において、その発明の属する技術分野に属する通常の知識を有する者にとつて、明細書の記載から自明である事項も明細書に記載した事項であるから、右(3)の4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンから、
(2)の、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの製法についても明細書に記載した事項である。
(三) アロプリノールを、中間体ピラゾール―3、4―ジカルボキサマイドから得る各製造工程を例示すれば添付別紙の如くなる。
同図において左上の化合物、中間体ピラゾール―3、4―ジカルボキサマイドを次亜塩酸素ナトリウムで処理することにより、4、6―ジヒドロキシ化合物が得られるが、これから本件特許発明によるアロプリノール、同図右上に示す)製造の出発物質である4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物を得るにはこれを塩素化する方法と硫化する方法とが考えられる。
塩素化する方法は、4、6―ジヒドロキシ化合物から右方に進行し、まず4、6―ジクロロ化合物を得、次にこれを加水分解して4―ヒドロキシ―6―クロロ化合物とし、さらに、これを硫化することにより4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物を得る方法である。
他方、硫化する方法は、4、6―ヒドロキシ化合物から下方に進行し、4―メルカプト―6―ヒドロキシ化合物を経て4、6―ジメルカプト化合物を得、これを直ちに加水分解するか、アンモノリシス反応を経て4―アミノ―6―メルカプト化合物としたのち、そのアミノ基の加水分解を経ることによつて、4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物を得る方法である。
同図において、左方縦の系列は、本件特許の原出願に当る特許第二六八九六九号(乙第一〇号証)の実施行為にあたり、同特許法公報(乙第一三号証)の発明の詳細な説明中例1ないし3に示してある。
同図下方横のアンモノリシス工程は、本件特許と姉妹関係にある分割出願である特許第二七五九九〇号(乙第二〇号証)の実施行為にあたり、その特許公報(乙第二四号証)の発明の詳細な説明中例3に示してある。
同図において右上方の4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物からアロプリノールを得る工程ならびに、右下方4―アミノ―6―メルカプト化合物を脱硫化して4―アミノ化合物(右下端)としたのち、これをアロプリノールに変える工程における脱硫化の工程は、いずれも本件特許発明実施行為に当る。
なお、4、6―ジヒドロキシ化合物を塩素化してアロプリノールの原料たる4―ヒドロキシ―6―メルカプト化合物を得る方法は、ピリミジン誘導体の製造に関する技術分野において化学的反応に関する公知の一般的理論を知り、そのプラクテイスを身につけ、右技術分野における通常の技術文献を身己の知識としている者であれば、何らの努力を要することなく了知され得る方法である(甲第一三号証の一ないし二〇)。
一般に、2、4、6位に置換基を有するピリミジン誘導体は、常に最初に環合成を行い、次に必要により得られたピリミジン誘導体に存在する基を置換して製造するのが原則である。ピラゾロピリミジン環の6位はピリミジン環の2位に当り、4位はピリミジン環の4位もしくは6位に当る。
本件特許の場合もこの一般原則に従つてピラゾール―3、4―ジカルボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムで処理して、4、6ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを得る環合成を行い、該化合物の4位および6位の水酸基(それぞれピリミジン環の4位および2位の水酸基に相当する)を置換して、所望のピラゾロピリミジン誘導体を得るものである。
そして、本件特許の1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンと密接な関係にあるブリン環においてピリミジン環側のアミノ基を加水分解により水酸基に変えることができることが古くより知られており、また本件特許のピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン環と構造上類似するプテリジン環においても、同じくピリミジン環側のアミノ基は、加水分解により水酸基に変化することが知られていた。
例えば、ブリン環系のイソグアニンは加水分解によりキサンチンが生成し、
<11999-005> プテリジン系の4―アミノ―2―ヒドロキシ―ブテリジンは加水分解により、
2、4―ジヒドロキシ―ブテリジンが生成する。
<11999-006> ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン系の4―アミノ―6―メルカプトーピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンも右と共通の変化をする。
<11999-007>(四)更に、アロプリノールの原料化合物の製造方法につき詳述する。
甲 第2の経路について 原料物質たる、4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをアルカリにて処理し、4位置のメルカプト基のみを水酸基に置換することができる。
ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン環の4位の炭素原子はピリミジン環部の一方の窒素原子に対しオルト位を占め、他方の窒素原子に対しパラ位を占めているので、電子の欠乏状態にあり、従つて求核置換反応がおこり易い部位である。
ピリミジン環の2、4、6位の炭素原子が電子欠乏状態にあり、従つて、求核試薬によつて攻撃されるのはこれらの位置であること、およびピリミジン誘導体の反応もこの基本原理に従うものであることは、ヘテロサイクリツクコンパウンズ・アール・シ・エルダーフイールド編集第六巻、二五一頁、二五二頁(甲第九号証の一)によりよく知られている。
そして、同じ脱離基に対してアンモニアより反応性が大である水酸イオンを攻撃試薬として使用すれば、当然次式に示すような芳香族求核置換反応がおこり、2、
4―ジメルカプトピリミジンの4位のみを水酸基に置換できることは、ケミカル・レビユーズ第四九巻三四〇頁(甲第八号証の三)により知られていた。
<11999-008>乙 第3の径路について 4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とし、
これをアンモニアで処理し、4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、
4―d)ピリミジンの中間体を得、これを塩酸を用いて加水分解すると右中間体の4位のアミノ基を水酸基に置換することができる。
この方法は、ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ第七一巻二二七七九乃至二二八二頁(甲第七号証)の「4―アミノ―2―チオールピリミジン類」と題する報文などを参照すれば当業者には自明であつた。
すなわち、右報文には、2―4―ジチオールキナゾリンをアンモニアで処理することにより4―アミノ―2―チオ―ルキナゾリンが得られ、該4―アミノ―2―チオールキナゾリンのアミノ基を加水分解して4―ヒドロキシ―2―チオールキナゾリンを製造することが記載されている。これを前記の4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンより出発し、
4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを得るためのルートと対比すれば、つぎのとおりである。
<11999-009> 右反応において4位のメルカプト基が優先して攻撃試薬であるアンモニアにより置換されるという事実は、ピリミジン環の4位の炭素原子は2位の炭素原子よりも構造上一層活性化されており、求核置換反応がおこり易い部位であることを示している。
またジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ第七一巻(甲第六号証)二五三八頁には、「・・・しかしながら、イソグニアンのアミノ基の加水分解は、6規定塩酸と四十五時間煮沸することによつて実行された。その条件はグアニンのアミノ基の加水分解にも有効である。」と記載され、該方法についての原著を示す脚註(6)、(7)および(8)からイソグニアンのアミノ基の加水分解については一九三九年に【A】が、また一九四〇年には【B】がそれぞれ発表して公知となり、グアニンのアミノ基の加水分解については【C】が一九一〇年に既に発表して公知となつたものであることを示している。
六 本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許出願仮明細書には、つぎの如く、本件特許発明によるアロプリノールの製造法が明らかにされていた。
右英国特許出願仮明細書は、化合物自体を発明とする体裁をとつており、しかも英国に特有な仮明細書ではあるが、むしろ本件特許明細書より情報が豊富であつて、全体としては原告主張のアロプリノールの製造法を明らかにしていない。しかし、仮明細書はアロプリノールそのものを目的物として開示しており(実施例9)、6位のメルカプト基を脱硫して水素原子に変えるという処理手段もまた実施例8として開示していた。4―ヒドロキシ―6―メルカプト体をラネ―ニツケルで処理し脱硫してアロプリノールを得る具体的な製造法の実施例は存在しなかつたけれども、4―アミノ―6―メルカプト体を原料化合物とする類似の脱硫反応から右のアロプリノールの製造法は当業者には自明であつた。
右のアロプリノールの製造法の原料化合物たる4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を製造する経路については、前述の三つの経路における各原料化合物である4、6―ジヒドロキシ体、4、6―ジメルカプト体、および4―アミノ―6―メルカプト体のすべてを記載しており、これらの原料化合物から4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を製造できることが自明であつた。
なお、ケミカル・レビユーズ第四九巻一九五一年三四〇頁(甲第八号証の三)には、芳香族求核置換反応における求核試薬の反応性の序列が記載されているが、その序列は金属イオン化傾向の序列に似ており、4、6―ジメルカプト体の4位のメルカプト基をアンモニアが攻撃して4―アミノ―6―メルカプト体を与えることが実施例7に実証されている以上該序列の上位にある水酸イオンが4位のメルカプト基を攻撃して4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を与えることは、実験を行うまでもなく、容易に理解し得た筈である。
パリ条約第4条Hにおける「明らかな開示」の要件は、後願の対象が先願にすでに逐語的に記載されていることを前提としていない。優先権の基礎となつた第一国出願と、第二国出願の対象との間には同一性が必要であるけれども、この対象の同一性の要件には多少の柔軟性が認められるべく、出願時において、その発明の属する技術分野において通常の知識を有する者が第一国出願の明細書の記載からみて自明な事項の追加は優先権の確保にとつて瑕疵とはならないと解すべきである。
従つて、本件の場合には、原告主張の本件特許発明によるアロプリノールの製造法が、その原料化合物である4―ヒドロキシ―6―メルカプト体の製造法をも含めて、原告の一九五五年八月一〇日の英国出願の仮明細書に当業者に自明な事項として明らかにされているのであるから、右英国出願と本件特許出願とは対象の同一性を失つておらず、本件特許は前記英国出願に基づく優先権の利益を享受し得るものである。
七 被告は、昭和五〇年三月一日から同年一〇月二六日の本件特許の存続期間満了日まで、業として本件特許製品たるアロプリノールを製造し、右アロプリノールを主成分として含有する製剤「ノイフアン」(商品名)を製造販売した。
アロプリノールは、本件特許の出願について優先権主張日である昭和三〇年八月一〇日前に日本国内において公然知られた物ではなかつたから、特許法第104条により、被告の製造に係るアロプリノールは本件特許方法により製造されたものと推定される。
被告の右行為は、本件特許権を侵害することを知りながら、または過失によりこれを知らないでなしたものである。右期間中における被告の売上額は金九七四一万円である。「ノイフアン」の薬価は一錠金六六円であるから逆算すると、被告の販売数量は、一、四七五、九〇九錠となる。「ノイフアン」の仕切価格は、一錠六二円八〇銭であるから、被告の売上高は金九二、六八七、〇八五円である。被告における「ノイフアン」の製造、販売の利益率は四〇%であるから、被告の利益は、金三七、〇七四、八三四円である。
被告の右利益の額は、被告の前記侵害行為によつて原告が蒙つた損害額と推定されるものである。
八 よつて、原告は被告に対し右損害の賠償とこれに対する昭和五一年一〇月二五日付請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
請求原因に対する答弁
一 請求原因一、二の事実は認める。
二 同三の事実中、1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの化学構造式、並びに、本件特許の特許請求の範囲に、「4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」が出発物質として、「ラネーニツケル触媒を使用して脱硫化すること」が処理手段として、「4位置または6位置のいづれかに水素原子を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」が目的物質として、いずれも記載されていることは認める。
三 同四の事実中、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが現在アロプリノールと呼ばれ、原告主張の如き薬効のあること、本件特許の分割前の原出願明細書の発明の詳細な説明冒頭に原告主張の記載があることは争わない。
四 同五の(一)の事実は争わない。同(二)の事実中、本件特許の明細書の発明の詳細なる説明中に(イ)、(ロ)の記載があること、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することによつて4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが得られないことは認めるが、この化合物が原告主張の如く当業者に自明の方法で得られるとの主張は争う。同(三)、(四)の事実中、アロプリノールの原料たる4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが原告主張の第一ないし三径路により得られることが本件特許の優先権主張日当業者に自明であつたことは争う。
五 同六の事実中、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許出願仮明細書に、アロプリノールの本件特許方法による製造方法が明らかにされていたこと、4―アミノ―6―メルカプト体を原料化合物とする類似の脱硫反応からアロプリノールの本件特許方法による製造方法が当業者には自明であつたことは争う。
六 同七の事実中被告が原告主張の期間業としてアロプリノールを製造し、これを主成分として含有する製剤「ノイフアン」を製造販売したこと、アロプリノールが本件特許優先権主張日公然国内で知られたものでなかつたこと、右期間中被告が売上額が金九七四一万円であることは争わないが、その余は争う。
被告の主張
本件特許はアロプリノールを製造する方法を包含しない。
また、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許出願仮明細書には、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化するという本件特許発明の処理手段を施して、アロプリノールを製造する方法は明らかにされていない。なお、アロプリノールは、本件発明の願書が日本特許庁に提出された日には、既に公知化合物であつたから(乙第二六号証)、本件においては特許法104条の推定が適用されない。すなわち、
本件発明の願書が日本国特許庁に提出された昭和三一年(一九五六年)八月一〇日より前である同年二月二〇日刊行のジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル誌七八巻四号(乙第二六号証)七八六頁(訳文七頁)の、【D】の可能性のあるプリン系拮抗剤、第一報、二、三の4、6置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの合成」なる報文において、3―アミノ―4―ピラゾールカルボキシアミドとチオ尿素とを反応させるという、全く別異の方法によつて、アロプリノールを合成したことが報告され、その生成物は公知の化合物となつた。
一 アロプリノールと本件特許発明技術的範囲(1) 本件特許の優先日当時には、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体(原告主張のアロプリノールの製法の原料)は勿論、本件特許明細書の実施例の出発原料たる4―アミノ―6―メルカプト体、更には、4位置又は6位置にメルカプト基(又は低級アルキルメルカプト基)を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、未だ合成されていなかつた。
本件特許明細書は、本件特許発明の、かかる新規な原料化合物の製法について、
「・・・中間体ピラゾール3、4ジカルボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムで処理することによつて、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを有利に合成することが出来、而してこの化合物は例えば五硫化燐と加熱することによつて該水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えることが出来・・・」と記載しているだけである。ところで、4、6―ジヒドロキシ体を五硫化燐と加熱することによつては、4―メルカプト―6―ヒドロキシ体と、4、6―ジメルカプト体は得られるが、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体は直ちには得られないのである。そうすると、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体とその製法に関しては、本件特許明細書中には何等の開示も存しないと言わねばならない。
しかも、前記記載は、原告の原特許の特許請求の範囲の記載に照応し、原特許発明は、右記載の反応工程を対象としているのであるから、その工程が新規であり、
自明ではなかつたことは明らかであつて、かかる技術水準の下において、明細書中に何の開示もない4―ヒドロキシ―6―メルカプト体の製法が自明であると言い得ないことは明白である。
(2) 本件特許の原出願の出願時の明細書(乙第一号証)は、発明者等が新たに合成し、有用な効果を見出した化合物の例として「アデニンの4―アミノ誘導体」、「ハイボキサンチンの4―ヒドロキシ誘導体」、「グアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体」の三つの化合物を掲げていたが、本件特許明細書では、
「相当する4―アミノ誘導体」、「相当する4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体」の二つに限定し、アロプリノールに該当すべき「相当する4―ヒドロキシ誘導体」は除かれている。
(3) 原出願の出願時の明細書には、アロプリノールの製法は示されていたが、
その製法は、4、6―ジヒドロキシ体を五硫化燐と加熱することによつて4―メルカプト―6―ヒドロキシ体を得(実施例3)、これに更に五硫化燐を反応せしめて4、6―ジメルカプト体とし(実施例4)、これをアミノ化することにより4―アミノ―6―メルカプト体に変換し(実施例7)、これを出発原料として本件特許明細書の実施例と同一の工程により4―アミノ体とし(実施例8)、更にこれを実施例9に従つて、アロプリノールに変換する(実施例9)という製法であつた。
ところが、右の中、アロプリノールを直接の目的物とする実施例9は、本件分割出願と同時に行なわれた原出願の明細書の補正によつて削除され(乙第七号証二頁末行乃至三頁一行)、この実施例については分割出願も行なわれていない。
(4) そして、右(2)および(3)の事実は、原出願の審査の過程において、
審査官が、原出願明細書には多種多岐に亘る方法が記載されているから一に限定し、他は削除若しくは分割出願されたい旨の訂正指令(乙第五号証)を発したのに応じて、出願人がなした訂正並びに分割出願の結果生じたものである。
かかる経緯に徴すれば、出願審査の過程で出願人の明確な意思表示により削除されていると言わねばならない。
更に、原告は本件特許発明は化学的類似方法の発明でありその特許性である目的物の有用な特性は、アロプリノールに関して言えば、生体内でのキサンチンオキシダーゼの阻止剤としての活性を有し、その結果、プリンの酸化を減少させることが望まれる痛風その他の治療に有効であるというけれども、この薬効が見出されたのは本件特許出願より後である。すなわち、原告はアロプリノールについて、「キサンチンオキシダーゼ抑制剤」なる名称の発明を一九六二年五月二三日英国に特許出願しており、該特許明細書(乙第三一号証)によれば、
「本発明は、4―ヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(T)および4、6―ジヒドロキシピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(U)を用いた、生体内におけるキサンチンオキシダーゼの抑制作用に関するものである」(一頁本文左欄一四行目以下) 「今日4―ヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンおよび4、6―ジヒドロキシピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、生体内におけるキサンチンオキシダーゼの効果的な抑制物質であることが見出された」(同欄三一行目以下)「それゆえ4―ヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンおよび4、6―ジヒドロキシーピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、痛風発作を阻止する能力を有する薬物である」(同欄四四行目以下)と記載されているのである。この発明は、英国において、本件特許の優先権主張に用いられた英国特許出願とは別に、特許されている。そしてその出願日(一九六二年五月二三日)は、後者につき完全明細書が提出され、それが公開された日(一九五八年七月二三日)より遥か後であり、勿論本件特許の原出願の願書が日本特許庁に提出された日(昭和三一年八月一〇日)より以後である。この事実は、原告主張のアロプリノールの薬効が、本件特許発明発明者等に全く認識されていなかつたばかりでなく、本件特許の優先権主張の基礎となつた英国特許出願仮明細書や完全明細書が公にされても、当業者の予測し得ない新たな薬効であつたことを示すものである。
したがつて、アロプリノールが現に市販され用いられている痛風における「高尿酸血症治療」という治療目的並びにその薬理作用は、全て、本件特許発明の特許性の基礎たる、目的物の薬効と異なるものと言わねばならない。
本件特許明細書に、本件特許発明の目的物質の有する薬効について、「プリン合成における抗新陳代謝物質として有用な諸性質を有することを知つた」と記載されているが、プリン合成は、核酸の構成に必要な塩基の代謝経路であるから、「プリン合成における抗新陳代謝物質」という認識は、「核酸代謝」を意識したものでありその抗新陳代謝物質として期待される薬効は、核酸の代謝が旺盛なことによつて生じる悪性腫瘍乃至癌に対する治療効果である。
これは、例えば、本件特許の優先権の基礎たる英国特許出願の出願日と日本特許の出願日との中間に発表されたザ・ジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌七八巻一九五六年(昭和三一年)二月二〇日号登載の、【D】の「可能性のあるプリン系拮抗剤」、第一報「二、三の4、6置換ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンの合成」なる報文(乙第二六号証七八四頁)に、「天然のプリンのいろいろな構造の変化した化合物は生物学的な系について数種の拮抗剤としての可能性をもつたものとして存在している。その中で特に関心をもたれているのは制癌剤(anti―tumoragents)である8―アサーグアニンや6―メルカプトプリンや6―クロロプリンや6―チオグアニンである。新しい制癌剤が見出されるかもしれないという期待の下で、いろいろな生物学的に活性なプリンの新しい異性体化合物を提供する為にピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン環系の合成を行なつた」と記載されているとおり、又その続報(甲第一三号証の一〇)である同誌七九巻一九五七年一二月二〇日第四〇七頁にも、制癌活性(anti―tumor activity)なる語が使用されているとおり、当時これら化合物群は、抗腫瘍剤乃至制癌剤を探究する目的で合成され検討を加えられていたのである。
ところで、アロプリノールに対応するプリン誘導体はヒボキサンチンであるが、
それはキサンチンを経て尿酸に変化して排泄されるから、かかる機序からみてアロプリノールに抗種瘍剤や制癌剤としての強力な作用は到底期待しえないのである。
本件特許の発明者等がアロプリノールに格別それを重視すべき意義を感じなかつたのも当然であり、分割出願に際して実施例9と共にアロプリノールとその製法を削除したのは、当時の認識としては、やむを得なかつたといえよう。
二 英国特許出願仮明細書における記載(1) 英国特許出願仮明細書(乙第一九号証)には、実施例9として、アロプリノールの製法が示されているが、その製法は実施例8の目的物である4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(本件特許明細書の実施例記載の目的物と同じ)を原料として、これに稀硫酸と亜硝酸ソーダを加えジアゾ化を施すものである。その他、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を原料として、これを脱硫化してアロプリノールを製造するという本件特許方法に関しては、何の記載も存しない。又、一般的記述としても、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの「ヒドロキシル基は、知られた方法によつて他の基に変換され、
上に述べた一般式に含まれる他の化合物を与える」との記載(同三頁右欄下から五行目以下)がみられるのみであつて、アロプリノール、並びに、それの製法に関しては、それ以上何等言及されていない。
なお、仮明細書記載の発明の化合物を示す一般式(1)には、アロプリノールは文言上包含されない。ただし、R1、R2には水素原子を含む旨の記載がないからである。
<11999-10> そればかりではなく、前記製法においてアロプリノールの原料となるべき化合物である、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体は、仮明細書の排出時、未知の化合物であつた。
(2) パリ条約第4条辛項は発明の構成部分が、第一国出願の請求の範囲に記載されていなくても優先権を享受し得る場合について、
「其の出願書類の全体が該構成部分を明確に示し居れることを条件とす」と定めている。ところで、本件特許の処理手段によつてアロプリノールを製造する場合の原料化合物と原告の主張する4―ヒドロキシ―6―メルカプト体は、当時未知の化合物であつたのであり、英国特許出願仮明細書の本文にも実施例にも、その化合物とその合成法に関しては、何等の記載もないのである。そうすると、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を原料に用いるアロプリノールの製造法が右明細書に「該構成部分を明確に示し居れる」と言い得ないことは明らかである。
すなわち英国特許仮明細書には、既述の如く、4、6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのヒドロキシル基は「知られた方法」によつて、他の基に変換され、上に述べた一般式に含まれる他の化合物を与えるとの記載は存したが、その「知られた方法」が何であるかは明細書本文中に全く記載がなく、実施例に唯一の例として示されている4、6―ジヒドロキシ体を五硫化燐と加熱するという方法では、直ちに4―ヒドロキシ―6―メルカプト体が得られないことは発明者等の研究報告により夙に明らかにしているところである。
(3) 原告は、本件特許の優先日当時の技術水準に立てば4―ヒドロキシ―6-メルカプト体の合成は当業者に自明であつたと主張し、公知文献を引用し、三つの経路を指しているが、つぎのとおりいずれも不当である。
(イ) 第2の経路について 甲第八号証の一ないし三、甲第九号証の文献における原告引用個所は、芳香族置換反応における一般的理論考察を述べた部分に過ぎず、同所には、原告が本件特許発明の分野の化合物と類縁関係に在るというプリン誘導体其の他に関する具体例の記載すら全く存在しないのであるから、かかる記載から、第2の経路が自明であるとするのは牽強附会の謗りを免れない。
(ロ) 第3経路について 4、6―ジメルカプト体から4―アミノ―6―メルカプト体を製造するその前半の工程は、同じく英国特許出願仮明細書による優先権に基く原告の今一つの分割出願の対象となつて特許され、実施例3として示されているのである(乙第二四号証)。そして該特許明細書に明らかなとおり、4―アミノ―6―メルカプト体は当時新規な化合物であつたのである。
同一の技術水準において、ある新規化合物の製法は、新規且つ容易に推考し得ないに拘らず、その新規化合物を原料としてこれに更に何らかの化学反応を生ぜしめて他の化合物とする工程が自明であつたということは矛盾である。
4―アミノ―6―メルカプト体は本件特許明細書の実施例における原料化合物として記載されているが、その製法につき本件特許明細書は全く言及していない。
原告引用の甲第六号証に記載のイソグニアン(プリン誘導体)やプテリジン誘導体の加水分解、甲第七号証におけるキナゾリン誘導体の加水分解は、塩酸等の鉱酸類を用いて行なわれている。これは、原告主張の水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)処理と異なり、生起する化学反応は同一でも、処理手段が異なる。
(ハ) 第1経路について 原告引用の甲第一三号証の六ないし八の文献には、幾つかのピリミジン誘導体をオキシ塩化燐及びジメチルアニリンで処理することによつて、ジクロール体、トリクロル体とすることが記載され、甲第一三号証の九には、尿酸をオキシ塩化燐及びジメチルアニリンで処理することによつて、トリクロルプリンに変化させることが記載されている。各文献に記載の化合物の骨格構造の各位置番号はつぎのとおりである。
<11999-011> しかるに、一九五六年二月二〇日刊行のジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル誌七八巻四号七八六頁(乙第二六号証)には、
「4、6―ジヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをジメチルアニリンとオキシ塩化燐とでクロル化する試みは期待した誘導体たる、4、6―ジクロル―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの代りに、恐らく4―メチルアニリノ―6―クロロ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンと思われる化合物C12H10N4Clを得た」(該当個所は甲第一四号証の訳文中にないので、この個所を乙第二六号証の二として提出)と記載してあり、この文献は本件特許出願後の【D】の報文である。これはピリミジン誘導体や、プリンの誘導体に関する前記知見は、本件特許発明の分野に属する4、6―ジヒドロキシ体には妥当せず、4、6―ジクロル体は得られなかつたことを明らかにしている。
更に、本件特許出願後の文献である一九五七年刊行の同誌七九巻六四〇七頁(乙第三二号証)の【D】の報文には、「4、6―ジヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを4、6―ジクロル―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンに変化させる予めの試みは、不成功であつたけれども、今やN・N―ジエチルアニリンとオキシ塩化燐とが4、6―ヒドロキシ―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを六〇乃至七〇%の収率で4、6―ジクロル―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンに変化せしめるということが発見されるに至つた」(該当個所は甲第一三号証の一〇の訳文にはないので、乙第三二号証として提出)と述べている。なお、甲第一三号証の二の実験でも実験者は右教示に従い、ジエチルアニリンを用いており、公知文献の教示するジメチルアニリンは用いていない。
要するに、原告は、プリン誘導体、プテリジン誘導体、キナゾリン誘導体などの分野における種々の文献を援いて原告主張の三つの経路が自明であつたと主張するのであるが原告の示す各公知文献の記載の知見が、そのまま、4、6―ジヒドロキシ体を4、6―ジクロル体に変化させるに際して適用することができず、また4、
6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンから4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンに変化させるに際して用いることができないのであるから、原告主張の三つの経路が自明であつたということができない。
証拠関係(省略)
理 由
原告が、特許第二七五九九一号、その発明の名称「ピラゾロ―(3、4―
d)―ピリミジン誘導体の製法」、出願日昭和三一年八月一〇日、出願番号(分割前)特願昭三一―二〇八四一号、(分割後)特願昭三四―二三〇〇一号、出願公告日昭和三五年一〇月二六日、出願公告番号特公昭三五―一六二三五号、原簿登録日昭和三六年五月一五日、優先権主張昭和三〇年八月一〇日(イギリス国)、
特許請求の範囲「4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化することにより4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造する方法」とする特許権の特許権者であること、
被告が、昭和五〇年三月一日から同年一〇月二六日まで、業として、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(アロプリノール)を製造し、これを主成分として含有する製剤「ノイフアン」(商品名)を製造販売したこと、
右特許第二七五九九一号の原出願である昭和三一年特許願第二〇八四一号は、一九五五年(昭和三〇年)八月一〇日イギリス国に対しなした特許出願の仮明細書に基づき日本国に対しなされたものであるが、右原出願昭和三一年第二〇八四一号の審査の過程において審査官が原出願明細書には多種多岐に亘る方法が記載されているから、一に限定し、他は削除若しくは分割出願されたい旨の訂正指令を発したのに応じて、出願人は原出願を親出願として維持すると共に二つの分割出願をなし、
親出願は出願公告昭三五―九四〇九号(乙第一三号証、特許公報)の公告を経、特許第二六八九六九号として特許され、分割の一は本件特許であつて出願公告昭三五―一六二三五号(甲第一号証の二、特許公報)の公告を経て特許第二七五九九一号として特許され、本件特許と姉妹関係にある分割の他の一は出願公告昭和三五―一六二三四号(乙第二四号証、特許公報)の公告を経て特許第二七五九九〇号として特許されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
本件特許発明の方法は、特許請求の範囲の記載によると、
(イ) 原料は、4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」(ロ) 処理手段は、右原料を「ラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化する」(ハ) 目的化合物は、「4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンである。
1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、つぎの構造式を有する含窒素
縮合複素環を有する化合物である。
<11999-012> すなわち、1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、元来4位置にも、6位置にも共に置換基を有しない化合物である。
ところが、特許請求の範囲には、原料物質につき、前記の如く、1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの4位置又は6位置のいずれか一方について、メルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有することを規定しているが、その他方の位置について何ら規定していない。
同様に、特許請求の範囲に、目的物質につき、前記の如く規定していて、他方の4位置または6位置については何ら規定していない。
そして、成立に争いない甲第一〇号証(ザ・ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌第七六巻一九五四年五六三三ないし五六三六頁)によると、本件特許の優先権主張日当時、既に、6―メルカプトプリンにラネ―ニツケルを加えて脱硫化することによりプリンが得られることが知られていたことが認められるのである。
原告は、本件特許発明は化学的類似方法であるという。
化学的類似方法とは、一般に、公知化合物に構造的に類似する化合物を既知の方法で製造するときに、生成物が公知の類似化合物からは予期されないような優れた性質を持つとき、その製造法は方法それ自体には特許性はなくても、生成物の効果をもつて、方法の効果として特許性があるものとされている。
そうすると、本件特許発明の目的化合物の特定ならびに、目的化合物の有用性が重要な意味を持つて来る。
4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(アロプリノール)は、4位置に水酸基、6位置に水素原子を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンであるが、本件特許発明の目的物質に含まれるかどうかは、前記の事由により、特許請求の範囲の記載だけでは一義的に断定することができず、更に検討を要する。
原告は、本件特許発明の本質ならびに開示についてつぎの如く主張する。
本件特許発明は、プリン代謝拮抗物質としての、モノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体を製造する方法に関する点にその発明の本質があり、4位置または6位置にメルカプト基又は低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを脱硫化して、かかるモノ置換ピリミジン誘導体を得るものである。その有用性については、本件特許の分割前の原出願明細書に、「或る新規な1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類がプリン合成に於ける抗新陳代謝物質として有用な性質を有することを知つた。例えばこれらの化合物はアデニンの4―アミノ誘導体、ハイポキサンチンの4―ヒドロキ誘導体及びグアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体の様な相当するプリンの抗新陳代謝物質である。
前記化合物は同様に乳酸及びバクテリアの作用を阻止する」と記載してある。アロプリノールの本件特許方法による製法は、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料として、これをラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化することにより得られるのである。右原料の製造方法は本件特許明細書に記載してある。尤も、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することにより直ちにアロプリノールの原料である4―ヒドロキシ―6―メルカプト体を生成せしめることはできないが、右の原料は前記方法により得られる4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを加水分解することによつて得られ(別紙第二径路)、あるいはまた、右4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをアンモノリシスして、4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを生成せしめたうえ、この物質を水酸化ナトリウム処理することによつても得られる(同第三径路)。更にまた、右原料は、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを塩素化して、4、6―ジクロロ化合物となし、これを加水分解して4―ヒドロキシ―6―クロロ化合物となし、これを硫化することによつても得られる(同第一径路)。そして右出発物質の4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンや4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンはいずれも本件特許の明細書の詳細な説明に記載されており、これを出発物質として右第一ないし三の径路によりアロプリノールの原料を製造する各手段は、本件特許の優先権主張日自明のものであり、ピリミジン誘導体の製造に関する技術分野における公知の化学反応についての一般理論を知り、そのプラクテイスを身につけ、右技術分野における通常の技術文献を自己の知識としている者であれば、本件特許の明細書の記載のみに基づいて直ちに了知し得るものである、と。
被告は、右原告の主張を争い、つぎの如く主張する。
本件特許明細書には、アロプリノールの有用性ならびにその製造方法についてなんら具体的に記載されていない。のみならず、原告主張の原料を用いてアロプリノールを製造する方法は、本件特許の分割前の原出願の明細書にも、更にまた本件特許の優先権主張の基礎とするイギリス国特許出願仮明細書中にも記載されていない。もつとも右原出願明細書ならびにイギリス国特許出願仮明細書中にいずれも実施例9にアロプリノールを目的物質とする製造が記載されていたが、それは、本件特許発明実施例の目的物質である、4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とし、これに〇・二N硫酸中で亜硝酸カリウムを加え、更に反応混合物に水酸化アンモニウムを添加して製造するという方法であつた。すなわち、
本件特許発明の方法により、直ちにアロプリノールを製造するという方法とは異なる。そして本件特許の実施例は、原出願明細書ならびにイギリス国特許出願仮明細書中には、実施例8として、別に記載されていた。また、本件特許発明明細書に、
その目的物質の有する薬効として「プリン合成における抗新陳代謝物質」と記載しているが、それは核酸代謝を意識したものであり、これにより期待される薬効は核酸の代謝が旺盛なことによつて生じる悪性腫瘍ないし癌に対する治療効果である。
したがつて、アロプリノールに対応するプリン誘導体であるヒポキサンチンは、
キサンチンを経て尿酸に変化して排泄されるから、この機序からみてアロプリノールに抗腫瘍剤や制癌剤としての強力な作用は到底期待しえないので、本件特許明細書にアロプリノールの薬効について触れずその物質を本件特許発明の中に含めて出願しなかつたのは意識して削除したものである、等。
特許法第104条は、「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られたものでないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。」と規定している。
ところで、特許法第36条4項は、明細書の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないと規定し、同第五項には、特許請求の範囲には、「発明の詳細な説明に記載した発明」の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないと規定している。
右の規定によれば、特許請求の範囲の記載が意味する内容は、発明の詳細な説明の項に記載された発明の開示の射程距離の範囲を越えてはならないことが明らかである。換言すれば、特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明により支持されていなければならない。
特許法104条の推定の規定は、右の事項を当然の前提とするものと解すべきである。
アロプリノールが本件特許の優先権主張日、日本国内において公然知られていなかつた事実については、被告は明らかに争わないので、これを自白したものとみなされる。
しかし、本件においては、アロプリノールについて、適法に特許法104条の推定を適用し得るためには、右の事実のほか、アロプリノールが単に文言上、本件特許請求の範囲に記載の目的物の表現に包含されるというだけではなく、その有用性ならびに、アロプリノールを本件特許方法により製造するための原料、処理手段、
目的物からなるその製造方法が、その分割出願たる本件特許の明細書に明記してあるか、少なくとも優先権主張日平均的当事者が容易に理解し得る程度に開示してあり、且つその開示内容が分割前の原出願明細書にも記載されているか、少なくとも開示されていると解される記載があり、更に、原出願が優先権主張の基礎とするイギリス国出願仮明細書の全体のなかに明らかにされていて、これに根拠を置くものでなければならない。
そこで、先ず本件特許の優先権主張日における技術水準についてみる。
(1) 成立に争いのない甲第七号証(ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ第七一巻二二七九ないし二二八二頁)によると、その「4―アミノ―2―チオ―ルピリミジン類」と題する報文に、2―4―ジチオ―ルキナゾリンをアンモニアで処理することにより、4―アミノ―2―チオ―ルキナゾリンが得られ、該4―アミノ―2―チオ―ルキナゾリンのアミノ基を塩酸を用いて加水分解すれば4―ヒドロキシ―2―チオ―ルキナゾリンが得られることが記載されている。
これは、ピリミジン環の2位と4位とにチオール基すなわちメルカプト基を有する化合物をアンモニアで処理する場合、4位のメルカプト基が優先して攻撃を受け、4―アミノ―2―メルカプト化合物を生成することを知ることができる。そして、右の反応はメルカプト基の、アミノ基による芳香族求核置換反応であり、4位のメルカプト基が優先して攻撃試薬であるアンモニアにより置換されるという事実は、ピリミジン環の4位の炭素原子は2位の炭素原子よりも構造上一層活性化されており、求核置換反応がおこり易い部位であることを示していると解することができる。
(2) 成立に争いない甲第八号証の一ないし三(ケミカル・レビユーズ第四九巻表紙、二七五頁、二七六頁および三四〇頁)によると、芳香族置換反応における大よその反応性減少の順序に配列した重要な求核試薬の表が記載されており、これによると、アミドイオン……水酸イオン……アンモニアの順に求核試薬として反応性が小さいことが示されている。
そうすると、2、4―ジメルカプトピリミジンに水酸イオンを攻撃試薬として使用すれば、芳香族求核置換反応がおこり、右原料の4位のみを選択的に水酸基に置換できることを知ることができる。
(3) 成立に争いない甲第一三号証の六(ジヤーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサイエテイ誌、一九四三年五七四、五七五頁)によると、4、6―ジヒドロキシピリミジンをオキシ塩化リン、ジメチルアニリンで処理すると、4、6―ジクロルピリミジンが得られる旨記されており、
成立に争いない同号証の七(同誌一九四四年六七八ないし六七九頁)によると、
5―ニトロ―4、6―ジヒドロキシ―2―メチルピリミジンをオキシ塩化リンとジメチルアニリンで処理すると、5―ニトロ―4、6―ジクロル―2―メチルピリミジンが得られることが記されており、
成立に争いない同号証の八(同誌一九五三年一六四六頁)によると、5―プロムウラシルをオキシ塩化リンとジメチルアニリンで処理すると、5―ブロム―2、4―ジクロルピリミジンが得られることが記されており、
成立に争いない同号証の九(ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌、一九五一年、二九三六、二九三七頁)によると、尿酸をオキシ塩化リンとジメチルアニリンで処理すると、2、6、8―トリクロルプリンが得られることが記されている。
また成立に争いない同号証の一一(ジヤーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサイエテイ誌一九三八年六九二ないし六九四頁)によると、2、6―ジクロル―9―メチルプリンを水酸化ナトリウムで加水分解すると、2―クロル―6―ヒドロキシ―9―メチルプリンが得られることが記されており、
成立に争いない同号証の一二(ベリヒテ誌三〇巻一八九七年二四〇〇ないし二四一九頁)によると、2、6―ジクロル―7―メチルプリンを水酸化ナトリウムで加水分解すると、2―クロル―6―ヒドロキシ―7―メチルプリンが得られることが記されている。
更に、成立に争いない同号証の一三(ベリヒテ誌三一巻一八九八年、四三一頁ないし四四六頁)によると、7―メチル―2、6―ジクロルプリンを硫化水素カリウムで処理すると7―メチル―6―メルカプト―2―クロルプリンが得られ、更にこれを硫化水素カリウムで硫化すると7―メチル―2、6―ジメルカプトプリンが得られることが記されており、
成立に争いない同号証の一四(ベリヒテ誌、三二巻、一八九九年二九二一ないし二九三五頁)によると、4―メチル2、6―ジクロルピリミジンを硫化水素カリウムで硫化すると、4―メチル―2、6―ジメルカプトピリミジンが得られることが記されており、
成立に争いない同号証の一五(ベリヒテ誌一九〇一年三四巻三九五六ないし三九六二頁)によると、4、6―ジメチル―2―クロルピリミジンを硫化水素で硫化すると、4、6―ジメチル―2―メルカプトピリミジンが得れられることが記されており、
成立に争いない同号証の六(ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌、七二巻、一九五〇年、四八九〇ないし四八九二頁)によると、2―クロルピリミジンを、硫化水素、水酸化ナトリウム、メタノールを用いて硫化することにより2―ピリミジンチオールが得られることが記されている。
(4) また、既述の如く甲第一〇号証(ザ・ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌七六巻一九五四年五六三三ないし五六三六頁)によると、6―メルカプトプリンにラネ―ニツケルを加えて脱硫化するとプリンが得られることが記されており、その実施例が示されている。
本件特許公報(甲第一号証の二)により、その発明の詳細な説明の項の記載
を検討する。
一 冒頭の「本発明はピリミジン誘導体の製法に関するものである。」との記載は、本発明が属する技術分野を言つたに過ぎず、本発明の目的物質が、ピリミジン誘導体のすべてに及ぶものと解せられないことは明らかである。
ついで「本発明者は研究の結果或る種の新規1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体がプリン合成における抗新陳代謝物質(antimetabolite)として有用な性質を有することを知つた。例えば相当する4―アミノ誘導体はアデニンの抗新陳代謝物質であり、また相当する4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体はグアニンの抗新陳代謝物質である。これらの化合物はまた乳酸バクテリアの生長を阻止する」と記載し、本発明に係る目的物質の有用性について説明している。ところが、その有用性ありとして説明するところの物質は、「或る種の新規1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体」であつて、アロプリノール、すなわち、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンはアミノ基を有せず、右有用性ありと記載された物質に含まれない。その他アロプリノールの有用性については触れた記載はない。
二 つぎに、「これらの化合物は新規な中間体ピラゾール―3、4ジカルボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムで処理することによつて4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを有利に合成することが出来、而してこの化合物は例えば五硫化燐と加熱することによつて該水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えることが出来、更に低級アルキルハロゲン化物によつてアルキル化して該メルカプト基の一方又は双方を低級アルキルメルカプト基に変えることが出来る。」と記載し、本件特許発明の製法に用いる原料の製造方法について教示している。
右記載によれば、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することにより、該水酸基のうち、何れか一方がメルカプト基に変つた化合物として(イ) 4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(ロ) 4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンの二種類と、前記水酸基の双方がメルカプト基に変つた(ハ) 4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが得られる趣旨になる。
三 つぎに、「本発明者は研究の結果4位置または6位置のいずれかにメルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換されている1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをラネ―ニツケル触媒を使用して接触脱硫化することによつて、その4位置または6位置のいずれかが置換されていない1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造し得ることを知つた」と記載されているが、これは特許請求の範囲の記載と同旨のもので、ここでも、メルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換されていない他方の6位置あるいは4位置については触れられておらず、この点について明確に定義した一般式の如き記載は他になされていない。
そうすると、本件特許発明者は、研究の結果優先権主張日公知の、「6―メルカプリンにラネ―ニツケルを加えて脱硫化することにより、プリンが得られる」との知見により、「4位置又は6位置にメルカプト基又は低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」についても、これを原料とし右の手段を施すと、右置換基を水素に変換した1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造し得ることを知つたということ以上には、何ら開示していないことになる。
四 そして、実施例として記載されているところのものは、4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを目的物質とする製造方法であつて、原料には、
4―アミノ―6―メルカプト―1ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを用い、処理方法はラネ―ニツケルを使用し脱硫化するものだけである。
五 以上を仔細に検討するに、本件特許明細書の記載には随所に、不統一な点がみられる。
化学類似方法において発明として最も重要な意味を持つのは目的物の構造とその有用性である。従つて、目的物の範囲と有用性の記載は明確になされていなければならない。本件特許の明細書には、有用性ある目的物質として、或る種の新規1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体と記載してあるのである。これはモノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体のすべてを含むものではなく、そのうち、アミノ基にてモノ置換されたピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体を意味することは明白である。
本件特許の実施例として掲げてある目的物質は、4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンであるから、正に1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体に該当する。
ところが、本件特許方法により製造される有用性のある生成物はアミノ基にて置換されたモノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンである筈であるに拘らず、
本件特許発明の有用な物質の例として、相当する4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体というジ置換体をも挙げている。また、「4位置または6位置のいずれかにメルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換されている1―ピラゾロ―(3、
4―d)ピリミジン」という本件特許方法の原料物質の表現が不正確であるため、
具体的にどのような物質を意味するのか明確を欠くのであるが、その直前の本件特許発明実施に用いる原料の製造方法として記載された物質のうち特定のものを指示するものとすれば、同項に記載せられている生成物は4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―ピリミジン、その水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えた、4―メルカプト―6―ヒドロキシ体と、4―ヒドロキシ―6―メルカプト体、ジメチルカプト体がそのすべてであつて、その中には、アミノ基で置換されたモノ置換ピラゾロ―ピリミジンの直接の原料となるべき物質、すなわち、「メルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換された位置以外の、他方の6位置または4位置にアミノ基が置換された物質」は含まれていない。しかし、詳細な説明に記載された各種物質は前記アミノ誘導体の直接の原料を示すものではなく、その原料となるべき中間体を示したものでその中間体から優先権主張日公知の方法を用いて原料物質を生成せしめる趣旨であると読み得る余地はあるであろう。
そこで詳細な説明中の「4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することによつて、該水酸基の一方をメルカプト基に変えることが出来」との表現に示された4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料に選ぶならば、これに本件特許の処理手段を施して得られるものは、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンであつても、1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体ではない。
要するに本件、特許発明の特許性が、名実共方法自体に存するとすれば、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とするアロプリノールの製法は含まれることになるが、本件特許の優先権主張日に、6―メルカプトプリンを原料とする本件特許の処理方法によるプリンの製法が公知であつたから、本件特許方法の特許性に疑問が生じ、原告も本件特許の方法自体に特許性があるものとは主張せず、本件特許は化学的類似方法であると主張しているのである。
また、本件特許が化学的類似方法の特許であるとすれば、その出願人が開示した有用性のある化合物にはアロプリノールは含まれない。
そうすると、本件特許の発明の詳細な説明の記載からは、アロプリノールが本件特許の目的物質に包含せられるとは解し得ない。
イギリス出願仮明細書における記載
尤も成立に争いない乙第一九号証(英国特許第七九八、六四六号明細書)によると、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許出願仮明細書には、一般的記述としてつぎの記載がなされていることが認められる。
「この発明はピリミジン誘導体とその製法に関するものである。
ある種の新しい1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンは、プリン合成における抗新陳代謝物質として有用な性質を有していることが見い出された。この化合物は種々の生物について、選択性のある活性を持つた成長阻止剤として価値がある。
この発明の化合物は、一般式(1)のピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンから成立つている。ここにおいてR1とR2は水酸基、メルカプト基、アルキルメルカプト、アミノそしてアルキルアミノ基から選ばれる。
<11999-013> この化合物は、新規中間体ピラゾール3、4―ジカルボキサマイドから、それを次亜塩素酸ソーダと処理することにより有利に合成される。その結果生成する4、
6―ジヒドロキシーピリミジン〔式(1)、R1=R2=OH〕は成長阻止剤として有用であり、上に述べた一般式に含まれる別の化合物の合成の中間体としても有用である。即ち、ヒドロキシル基は、知られた方法によつて他の基に変換され、上に述べた一般式に含まれる他の化合物を与える。
従つて、この発明は一般式(1)の化合物とその酸付加塩よりなるものである。
そして、実施例として1ないし9を掲げているが、その内容は後に判示する本件特許の原出願(乙第一号証)の明細書に示す実施例1ないし9と同一である。
右イギリス国特許出願は、化学物質を特許の対象として出願せられたものである。
ところで、成立に争いない乙第二五号証の一、二(ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ソサイエテイ第七八巻一三号一九五六年七月五日刊三一四三頁)によると、右報文に、本件特許発明者自ら、本件特許の優先権主張日以後、4、6―ジヒドロキシピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをピリジン中で、五硫化燐で処理すると、主として4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンと同時に少量の4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが生じた旨記載しており、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが生成することについては何ら触れていない。つまり本件特許発明の方法によりアロプリノールを製造する原料となるべき右(ロ)の物質は得られなかつた趣旨を報告している。
しかしながら、本件特許の優先権主張日当時には前記第四において認定した技術水準があつたので、同所に記載の公知文献は平均当業者が自由に用いることができた。
成立に争いない甲第一九号証(乙第三三号証に同じ)(ハンブルグ大学有機化学教室教授、【E】博士作成鑑定書)には、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許第七九八六四六号仮明細書の記載から、ラネーニツケルにより4―ヒドロキシ―6―メルカプトピラゾロピリミジンの製造という課題および解決が優先権出願日い当業者に認識し得るものとしても、平均的知識の化学者が4、6―ジメチルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンがアンモノシリスの場合のように加水分解で挙動するかどうかについては簡単な若干の実験を実施するであろう、従つて、右仮明細書の本文から、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―ピラゾロピリミジンの、ラネ―ニツケル還元反応による4―ヒドロキシピラゾロピリミジン(アロプリノール)の製造は直ちには導き出せない旨記載せられているけれども、成立に争いない甲第四号証の一(西ドイツ国コンスタンツ大学教授【F】博士宣誓供述書)に、「アロプリノールは、英国特許出願第二三〇五五/五五号仮明細書ならびにこれを優先権主張の基礎として日本特許出願昭和三一年特許願第二〇八四一号の(本件特許の分割前の原出願)の最初の明細書に記載されていた、出発物質4―ヒドロキシ―6―メルカプトピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、英国特許出願一九五五年第二三〇五五号仮明細書により、ならびに当業者の一般的知識とピリミジン誘導化学の知識に基づいて当業者に容易に入手し得た(was available)、当時既に所望の化合物を予想し得る様に得るいくつかの方法を当業者は自由に使用することができた」旨鑑定の結果が記載されている。
鑑定人【G】教授、同【H】教授は当法廷で本件特許の優先権主張日当時、ピリミジン誘導体製造に関する技術分野における平均的当業者は自己の専門的知識ならびに経験により、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを、別紙第一ないし三の経路により、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンあるいは、4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンから容易に製造できたと供述した。
物質特許を認めているパリ条約加盟国に対しなした物質を対象とする特許出願の場合は、その明細書に記載すべき製法の実施例は、通常一で足り、特許されると、
その特質について保護されるけれども、この出願に基づき、物質特許禁止を採用している第二の加盟国へ、同条約4条優先権を主張して特許出願をするには、同一の発明につき、「物を生産する方法の発明」として特定の製法を対象として特許出願をせざるを得ず、特許されると、この特定の製法について特許権が発生するに過ぎない。ところが、新規な物質の構造が開示されると、その技術分野における専門家は、特許方法以外の他の製法を見出すのは比較的容易であるのが普通である。したがつて、特許出願人は自己の権利を十分確保するには、方法自体発明性がないのに拘らず、自己の権利の確保のため、止むを得ず、およそ考えられるあらゆる製法について特許を得て置く必要に迫られる。しかも複数種の製法について特許出願をなしその製法毎に実施例を示すことが要求されるとこれには相当の時間と費用を要することになる。これは制度上已むを得ないとは言え、聊か公平を失し、出願人に不当な負担を強いるおそれなしとしない。そこで、右第二国に対しなす製法特許の出願については、パリ条約の精神を尊重して、特許出願に係る製造方法、もしその後右出願について分割出願された場合にはその分割出願に係る製造方法と、優先権主張の基礎たる第一国に対する出願との間における製造方法の同一性については、
優先権を不当に害することなきよう、相当の柔軟性が認められるべきであろう。
このような見地に立つて考えると、イギリス出願仮明細書の全体には、アロプリノールを、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とし、これをラネ―ニツケル触媒を用いて脱硫化して生成せしめる製法の構成部分の明記はしていないが、その内容は明らかにされていると解することができる。
また成立に争いのない乙第一号証の本件特許の分割出願前の原出願の最初に
添付された明細書によると、その記載内容は大凡つぎの通りである。
一 特許請求の範囲 ピラゾロ―3、4―ヂカ―ボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムと反応せしめて4、6―ヂヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを形成せしめ、
そして若し必要ならば水酸基の一方或は両方を1R1及びR2について定義した他の基に変換せしめることを特徴とする一般式<11999-014>(式中R1或はR2は水素であるそして一方或は両者が水酸基、メルカプト、低級アルキルメルカプト、アミノ或は低級アルキルアミノ基である。)のピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造する方法附記1 水酸基の一方或は両方を五硫化硫と加熱することによつてメルカプト基に変換せしめる特許請求の範囲記載の方法2 前記メルカプト基をアルコール性アンモニア溶液と反応せしめることによつてアミノ基に変換せしめる附記第一項記載の方法3 前記メルカプト基を低級アルキルアミンのアルコール性溶液と加熱することによつて低級アルキルアミノ基に変換せしめる特許請求の範囲記載の方法4 メルカプト基をラネ―ニツケル触媒によつて水素に変換せしめる附記第一項記載の方法5 メルカプト基を低級アルキルハロゲン化物によつてアルキル化する附記第1項記載の方法6 実質的に明細書に記載した特許請求の範囲記載の一般式の化合物を製造する方法二 発明の詳細なる説明の冒頭に、つぎのように記載されている。
「本発明はピリミジン誘導体及びその製法に関するものである。或る新規な1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類がプリン合成に於ける抗新陳代謝物質として有用な性質を有することを知つた。例えばこれらの化合物はアデニンの4―アミノ誘導体、ハイポキサンチンの4―ヒドロキシ誘導体及びグアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体の様な相当するプリンの抗新陳代謝物質(antimetabolites)である。前記化合物は同様に乳酸及びバクテリアの作用を阻止する。
本発明の化合物は一般式(1)<11999-015>(式中R1或はR2は水素であるそして一方或は両方が水酸基、メルカプト、低級アルキルメルカプト、アミノ或は低級アルキルアミノ基である)のピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類からなる。「低級アルキル」なる語は1〜4個の炭素原子を有するアルキル基を示す。」 そして、実施例としては、例1ないし11が示してあり、それぞれ目的とする化合物はつぎのとおりである。
(例1)ピラゾール―3、4―ヂカーボキサマイド(例2)4、6―ヂヒドロキシー1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例3)4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例4)4、6―ヂメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例5)4―アミノ―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例6)4―ヂメチルアミノ―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例7)4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例8)4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例9)4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例10)4―ヒドロキシ―6―メチルメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン(例11)6―アミノ―4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン 右例9の目的物質はアロプリノールであるが、実施例の記載によれば、その製法は、例8の目的物質を原料とし、これを〇・二N硫酸中で右原料に亜硝酸カリウムを加え、更に反応混合物に水酸化アンモニウムを添加することによりジアゾ化して得る方法である。例8の目的物質は例7の目的物質を原料とし、これをラネ―ニツケル触媒を使用して脱硫化することにより得るものであり、右例8は本件特許の実施例と全く同旨である。例7の目的物質は例4の目的物質を原料とし、これをアンモノリシスして得るものであり、例4の目的物質は例3の目的物質を原料とし、これを五硫化燐と加熱することにより得るものであり、例3の目的物質は例2の目的物質を原料とし、これを五硫化燐と加熱することにより得るものであり、例2の目的物質は、例1の目的物質を原料とし、これを次亜塩素酸ナトリウムと反応せしめて得るものであり、例1の目的物質は、本件特許明細書の詳細な説明に記載せる本発明の化合物の製法の出発物質、「新規な中間体ピラゾール―(3、4―d)ピリミジン」であり、右例1に原料としてピラゾール―3、4―チカルボン酸を用いる製法が示してある。
実施例2ないし7および10、11の目的物質は、いずれもジ置換ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン誘導体であり、実施例8、9の目的物質は、いずれもモノ置換ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン誘導体である。
このように、アロプリノールについて、前記の如く、薬効の記載があるが、右化合物は実施例1の原料物質を出発物質とし、例1、2、3、4、7、8、9の一連の製法を用いることにより製造し得べきことが示され、例1の目的物質が新規な中間体であることが記されている。
三 原出願の明細書に記載されたアロプリノールの製法として示された実施例は、
既述の如く4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とするものであり、その処理方法も本件特許の処理方法とは全く異なるのであるが、右原料は、例1、2、3、4、7、8の一連の処理手段により得られるものである。なお本件特許方法の原料たる4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、
4―d)ピリミジンは、原出願の明細書に示す例1、2、3、4の処理手段により得られる目的物である4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを公知の手段により(別紙第二の経路)、あるいは、右例4の目的物を例7の処理手段をして得た4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを公知の水酸化ナトリウム処理により(同第三の経路)、更にまた例2の目的化合物を公知の塩素化、加水分解、硫化の手段により(同第一の経路)、得ることができたと認められるのである。そして、例8の方法は本件特許発明の処理手段と一致するものであるが、その開示は、本件特許の優先権主張日において既に公知であつた前記6―メルカプトプリンにラネ―ニツケルを加えて脱硫化することによりプリンが得られるという知見(甲第一〇号証)と相俟つて、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料に選び、これにラネ―ニツケルを加えて脱硫化するという同一処理手段を用いても、同様にモノ置換ピラゾロ―ピリミジン誘導体であるアロプリノールが得られることを示唆していると認めることができる。
そうすると、アロプリノールを目的物質とする本件特許方法による製法の発明の構成は、分割前の原出願の明細書中には、明白な文言では記載されていなかつたけれども、原出願の明細書中における前記指摘の記載から、優先権主張日当時ピリミジン誘導体の製造に従事する技術分野の専門家は、その分野における化学反応に関する公知の一般的理論ならびにそのプラクテイスについての知識から容易に了知し得る内容のものとして記載されていたと認められ、結局その内容は原出願の明細書の記載の枠内の発明ということができると解せられるので、例8の実施例を中心に、アロプリノールについてもその実施例に準じて実施しうるよう原料、目的物を拡張して分割出願する余地はあつたと解することができる。
ところで、本件特許の優先権主張の基礎たるイギリス出願仮明細書、これに
基づきなされた日本国特許出願である分割前の特許出願の明細書にはアロプリノールの物質ならびにその有用性について明記されていたけれども、その分割出願である本件特許の明細書にアロプリノールの物質ならびにその有用性について全く記載がなされていないと認めざるを得ないことは既に判示したところである。化学的類似方法の特許発明においては目的物質の有用性に専ら発明性が存するのであるから、アロプリノールに関する記載が分割前の明細書に記載されているとしても、これを残して、分割出願としてなされた本件特許の明細書にはアロプリノールに関する記載なき以上、これについて特許出願をしなかつたものと解するの外なく、分割前の記載をしんしやくせんとするも、本件特許明細書に記載あるものと認めるに由なきものといわれなければならない。若し、これを認めるとすると、著しく第三者の利益を害する結果となるからである。
以上によれば、本件特許発明の目的化合物にはアロプリノールは含まれない
と認めるべきである。
そうすると、本件につき特許法104条を適用する余地なく、被告のアロプリノールの製造、販売等の行為はなんら本件特許権を侵害するものではないといわなければならない。
第一〇 よつて、これと反対の見解に立つ本訴請求は理由なしとして棄却すべく、
訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 大江健次郎
裁判官 小倉顕
裁判官 北山元章
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