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関連審決 審判1975-3034
審判1966-8741
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成22行ケ10221審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  複写物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  先願主義 /  出願公開 /  同一の発明 /  遡及 /  優先権 /  原出願日 /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  侵害 /  実施権 /  設定登録 /  知らないで /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正明細書 /  要旨変更 /  補助参加 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 昭和 48年 (行ケ) 50号
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1979/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和四七年九月二五日、同庁昭和四一年審判第八七四一号事件についてした審決中、特許第四四五七七九号特許請求の範囲第一番目の発明に関する部分および審判費用に関する部分を取消す。
本件その余の訴を却下する。
訴訟費用は、その二分の一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実および理由第一 当事者の求めた裁判原告は「特許庁が昭和四七年九月二五日、同庁昭和四一年審判第八七四一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。
第二 当事者間に争いのない事実一 特許庁における手続の経緯原告は、昭和三七年六月八日、特許庁に対し、名称を「セフアロスポリン化合物の製造方法」とする発明につき、一九六一年(昭和三六年)六月八日アメリカ合衆国にした特許出願にもとづき優先権を主張して、特許出願をし、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前である昭和三九年四月二三日および昭和三九年八月七日に手続補正をしたうえ、昭和四〇年五月一一日に特許第四四五七七九号として登録された。
被告は、昭和四一年一二月一日、本件特許につき無効審判請求をし、特許庁は、
これを昭和四一年審判第八七四一号事件として審理し、昭和四七年九月二五日、
「特許第四四五七七九号特許請求の範囲第一番目、第三番目および第四番目の発明の特許は無効とする。同第二番目の発明の特許についての本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、出訴期間として三か月を附加する旨の決定とともに、昭和四八年一月一三日原告に送達された。
そこで原告は、昭和五〇年四月八日、本件特許につき、訂正審判の請求をし、特許庁はこれを昭和五〇年審判第三〇三四号事件として審理のうえ昭和五二年三月三〇日、「特許第四四五七七九号の明細書を本件審判請求書添付の訂正明細書のとおりに訂正することを認める。」との審決をし、この審決は確定した。
二 本件審決の理由本件発明の要旨は、明細書の記載からみて、
その特許請求の範囲に記載される次のとおりのものと認める。
「(一)、一般式<12110−001>を有する抗生物質セフアロスポリン化合物、その薬剤として許容できる無毒性塩、
エステル及びアミド(但し、R1は単独では―OH基、C1―C8アシルオキシ基又は第三級アミノ基であり、R1が―OH基の時R2は―OH基であり、R1がC1―C8アシルオキシ基の時R2は―OH基であり、R1が第三級アミノ基の時R2は―O―であり、R1及びR2は連続している場合は―O―であり、nは〇又は1であり、R3はC1―C8アルキレン基であり、R4はO,S及びN又はその何れかを含む複素単環基である)の製造方法において、セフアロスポリンCの二環構造を有し、かつ次の構造式<12110−002>(但し、R1は―OH基又はC1―C8アシルオキシ基であり、Am+は第三級アミノ基である)の一つによつてあらわされる一般式を有する化合物を、一般式<12110−003>(但し、R3、R4及びnは前記の通りである)を有する少くとも一つの成分基を持つアシル化剤でアシル化することを特徴とするセフアロスポリン化合物の製造方法
(二)、七―アミノセフアロスポラン酸を次の一般式<12110−004>(但し、R3はC1―C8アルキレン基、R4は少くとも一個のO,S及び、あるいはN原子を含む複素単環基、nは0又は1である)を有する少くとも一つの成分基を持つアシル化剤でアシル化し、アシル化物を溶液中でAm+(第三級アミノ基)に相当する過剰の第三級アミンと共に加熱することを特徴とする、一般式<12110−005>(但し、R3、R4、n及びAm+は前記した通りである)を有する抗生物質セフアロスポリン化合物の製造方法
(三)、七―アミノセフアロスポラン酸を次の一般式<12110−006>(但し、R3はC1―C8アルキレン基、R4は少くとも一個のO,Sおよび、あるいはN原子を含む複素単環基、nは0又は1である)を有する少くとも一つの成分基を持つアシル化剤でアシル化し、アシル化物を酸性の水と共に加熱することを特徴とする、
一般式<12110−007>(但し、R3,R4およびnは前記した通りである)を有する抗生物質セフアロスポリン化合物の製造方法
(四)、七―アミノセフアロスポラン酸を次の一般式<12110−008>(但し、R3はC1―C8アルキレン基、R4は少くとも一個のO,Sおよび、あるいはN原子を含む複素単環基、nは0又は1である)を有する少くとも一つの成分基を持つアシル化剤でアシル化し、アシル化物を緩衝水性媒質中でカンキツ類アセチルエステラーゼで処理することを特徴とする、一般式<12110−009>(但し、R3,R4およびnは前記したとおりである)を有する抗生物質セフアロスポリン化合物の製造方法。」一方、審判請求人は、昭和三九年四月二三日付および昭和三九年八月七日付の手続補正はいずれも本件特許の出願当初の明細書の要旨を変更するものであるから、
本件特許の出願日は昭和三九年八月七日とみなされるものであり、してみれば、本件特許発明のうち特許請求の範囲第一番目記載の発明(以下「第一発明」という)はその出願日前日本国内に頒布されたベルギー特許出願第六一八六六三号明細書の複写物に記載された発明と同一のものであり、同じく第二番目記載の発明(以下「第二発明」という)はその出願日前公開されたベルギー特許出願第六四一三三八号明細書に記載された発明と同一のものないしはそれから容易に発明することができたものであり、また同じく第三番目および第四番目記載の発明(以下それぞれ第三発明、第四発明という)は、その目的化合物が生成した事実を示す記載およびその発明の実施についての具体的説明が明細書中になく、未完成のものであるので、
それらにかかる本件特許は、いずれも無効とされるべきものである旨主張した。
そこで、まず、前記二件の手続補正が本件特許の出願当初の明細書の要旨を変更するものであるか否かを検討する。前記二件の手続補正のうち、昭和三九年四月二三日付のものは、主として特許請求の範囲を補正するとともに実施例一五ないし二三と第二発明についての説明を補充するものであり、昭和三九年八月七日付のものは、主として実施例二三を補正し、実施例二四および目的化合物の薬理生理活性に関する資料を補充するものであり、一方、本件特許発明のうち、第一および第二発明は、前記要旨認定したとおり、その特許請求の範囲に一般式で示される化合物を目的化合物とするものであるところ、その目的化合物のうち、R1が第三級アミノ基であり、R2が―O―であるものについては、その具体的な化合物名、物理的化学的物性、薬理生理活性、製造例は出願当初の明細書には全く開示されておらず、
それらはその後前記二件の手続補正によつて加入されたものであることは、本件特許にかかる出願書類および審査の経緯よりみて、明らかに認めることができる。してみると、第一発明はその目的化合物の一部について、第二発明はその目的化合物の全部について、その実際の生成を示す客観的資料が出願当初の明細書中に開示されていたとすることができないから、これら目的化合物が新規化合物であることおよび一般に新規化合物の製法は目的化合物の実際の生成を示す資料が開示されてはじめてその完成が客観的に承認されるものであることが化学常識であることを併せ考えると、第一および第二発明はいずれも出願時未完成のものであり、その未完成部分に関する具体的資料の補充である前記手続補正は、未完成発明である第一および第二発明を完成させるものといわねばならない。もつとも、被請求人は、前記手続補正は審査官が拒絶理由通知中において指摘した明細書の記載不備を補正するものであり、未完成の発明を完成させるものではない旨主張するが、前記拒絶理由通知は明細書の特許法38条の規定違反についてのものであり、しかも出願当初の明細書の記載内容およびその手続補正により補充された事項が前記のとおりであるうえ、他に目的化合物が出願時に生成していたことを示す資料もない以上、この被請求人の主張は採用できない。したがつて、前記手続補正はいずれも本件特許の出願当初の明細書の要旨を変更するものといわねばならない。
つぎに、第一ないし第四発明の特許はこれを無効とすべきものかどうかについて検討する。本件特許については、前述したとおり昭和三九年四月二三日付および昭和三九年八月七日付でなした手続補正が明細書の要旨を変更するものであるので、
その出願日は特許法第40条の規定により昭和三九年八月七日であるとみなされるところ、まず、第一発明については、昭和三八年三月二八日に特許庁資料館に受け入れられたベルギー特許出願第六一八六六三号明細書の複写物(以下「引用例一」という)に、セフアロスポリン化合物の製法が記載されているので第一発明と対比してみると、第一発明の一般式で示される目的化合物およびその製法と引用例一に一般式で示される目的化合物およびその製法とは、また本件明細書に記載される実施例一ないし一四の方法と引用例一の例一ないし一四の方法とは、いずれも同一のものであるので、第一発明は引用例一に記載されている発明と同一のものといわねばならない。そして、引用例一は印刷物ではないものの公開された明細書の複製物であり公開を目的として特許庁資料館に受け入れられたものであるから刊行物と解される。してみれば、第一発明は特許法29条1項3号の発明であり、その特許は同法同条の規定に違反してなされたものである。第二発明については、ベルギー特許出願第六四一三三八号明細書(以下「引用例二」という)は昭和三九年四月一六日(一九六四年四月一六日)に公開されたものであるが、この明細書は特許出願のために作成されたものであつて、明細書自体は印刷などにより作成された公開を目的とする複製物ではないから刊行物とはいえないので、引用例二がベルギー国において前記日付で公開されたということのみでは、仮りに請求人が主張するように第二発明は引用例二の発明と同一またはそれから容易に発明をすることができたものであつたとしても、第二発明は特許法29条1項各号の発明または同条二項に該当する発明とはすることができない。請求人の提出した他の証拠はいずれも第二発明についての本件請求の成否に直接関係がない。
第三発明および第四発明については、その目的化合物が新規化合物であるにもかかわらず、その具体的な化合物名、物理的化学的物性、
製造例などは明細書に全く開示がないので、このような明細書の記載ではそれら目的化合物の生成を確認することができないから、未完成のものといわざるをえない。それゆえ、第三発明および第四発明は特許法29条1項柱書の発明とはいえず、その特許は同条の規定に違反してなされたものである。
したがつて、前記説示から明らかなとおり、第一発明、第三発明および第四発明の特許は、いずれも特許法123条1項1号に該当する。
また、第二発明の特許は、同条同項各号のいずれにも該当しない。
三 本件発明の要旨(本件訂正審判の審決で訂正される前のもの)右二の本件審決の理由で認定されているとおりである。
四 本件訂正審判の審決の確定により訂正された内容(一)右三の本件発明の要旨は次のとおり減縮され、第二ないし第四発明は削除された。
「一般式<12110−010>を有する抗生物質セフアロスポリン化合物およびその薬剤として許容できる無毒性塩(但し、R1はアセトキシ基であり、R1は―OH基であり、nは0又は1であり、R3はC1―C3のアルキレン基であり、R4はO、S及びN又はその何れかを含む複素単環基である)の製造方法において、セフアロスポリンCの2環構造を有し、かつ次の構造式<12110−011>(但し、R1はアセトキシ基である)によってあらわされる一般式を有する化合物を、一般式<12110−012>(但しR3、R4及びnは前記の通りである)を有する少くとも一つの成分基を持つアシル化剤でアシル化することを特徴とするセフアロスポリン化合物の製造方法。」(二)昭和三九年四月二三日付および昭和三九年八月七日付の各手続補正によつて追加された本件特許明細書の実施例一五ないし二四はすべて削除された。
第三 争点一 原告の主張(本件審決を取消すべき事由)本件審決には次のような違法事由があるから取消されなければならない。
(一) 本件訂正審判の審決の確定により、本件特許明細書は前記第二、四のとおり訂正された。その結果、本件審決が要旨変更と認定したその認定の根拠となる記載、即ち、
第一発明の目的化合物のうち、R1が第三級アミノ基であり、R2が―O―である、式<12110−013>で示される化合物は、特許請求の範囲から除かれ、かつそれに関する実施の態様たる実施例一五ないし二四も除かれ、結局、本件審決のいう本件各手続補正による要旨変更は、かりにそれが存在したとしても、右訂正により存在しないことになつた。
したがつて、特許法128条により、本件特許の出願日は、最初の出願日である昭和三七年六月八日ということになる。そうすると、引用例一の特許庁資料館受入日である昭和三八年三月二八日は、優先権の主張日たる昭和三六年六月八日より後であるから、引用例一を根拠として本件特許につき特許法29条1項3号を適用した本件審決は結果的に誤りであつたことになり、違法である。
(二) さらに本来、本件各手続補正は、特許法40条にいわゆる明細書の要旨を変更する補正には該当しなかつたものである。
特許法40条の補正は出願公告決定の謄本の送達前にした補正に関する規定である。ところで、この補正に関して、同法41条は、「……願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し、減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないとみなす。」と規定しているから、
特許請求の範囲を増減もしないし、変更もしない補正は要旨の変更に当らないということができる。
これを本件についてみると、本件審決が要旨変更であるとした判断は、出願当初の明細書の特許請求の範囲の記載に含まれていた目的化合物のうちR1が第三級アミノ基であり、R2が―O―であるものについては、その具体的な化合物名、物理的化学的物性、薬理生理活性、製造例は出願当初の明細書には全く開示されておらず、本件各手続補正によつて完成させたものであることを根拠としている。しかし、R1が第三級アミノ基であり、R2が―O―であるものは、出願当初の明細書の特許請求の範囲に明記されていたのであるから、その具体的な化合物名、物理的化学的物性、薬理生理活性、製造例を補充する本件各手続補正は、
特許請求の範囲の記載の増減変更を生じないものである。したがつて本件各手続補正は、要旨の変更に当らず、これに反する判断をした審決は、この点でも誤りであるといわなければならない。
二 被告の主張本件訂正審判の審決の確定により本件特許に無効原因が存在しなくなつたことを認める。
三 被告補助参加人らの主張(一) 原告は、本件訂正審判の審決の確定により、本件審決のいう本件各手続補正による要旨変更は存在しないことになり、特許法128条により本件特許の出願日は、優先権の主張日たる一九六一年(昭和三六年)六月八日となると主張する。
しかし、特許法128条は、訂正審判審決確定により、訂正後の内容によって特許出願、出願公告、出願公開、特許すべき旨の査定または審決および特許権の設定登録がされたものとみなす旨規定するだけで、特許出願の時期がいつになるかという点については、何等言及するところがなく、この点は他の法条によつて定まるものである。
そして、特許法40条は、要旨変更に該当する補正が出願公告決定送達前になされ、しかもそれが却下されることなく特許権設定登録がなされたことを要件とし、
この要件が満たされる限り当然に出願日繰下げの効果を生ずるものとしている。したがつて、本件各手続補正による要旨変更により、本件特許の出願日は、確定的に昭和三九年八月七日に繰下がつたのであつて、たとえ、本件訂正審判審決が確定したとしても、それは、単純なる補正の取消ないし撤回ではなく、いわば、一旦補正されたものについて二重に補正がなされたのと同じとみるべきであるから、右出願日繰下げの効果が覆える余地はない。
してみれば、訂正後の本件発明の要旨は、依然として、右繰下がつた出願日より前の公知文献である引用例一に記載された発明と同一であるから、本件特許は無効たるを免れない。
(二) 本件のような場合において、訂正審判の審決の確定により、出願日が最初の出願日まで遡及するとする原告の主張が不合理なことについて更に詳述する。
1 特許法128条は、出願日について何ら言及していない。
(1) 同条を原告主張のように解すると、例えば第三者の後願があり、その発明が、最初の現実に為された公告の公報の記載から容易に推考できると解される場合に、訂正によりその部分が削除されたならば現実に為された公告はないものとなり、この第三者の出願は特許すべきものとなつて、不合理な結果となる。
(2) 同条が、出願日について何ら言及していないと解すべきことは、同法53条1項に違反する手続によつて登録に至つた特許権につき、誤記の訂正等要旨を変更する補正とは無関係の部分に関する訂正がなされた場合に、同法128条により、同法40条による出願日繰下げの効果を排斥して、出願日が最初の出願日まで遡及するとの解釈が成立しないことからも明らかである。
2 原告の主張が採りえないものであることは、他の制度との比較からも明らかである。
(1) 特許法53条4項、五項において、補正却下後に補正後の発明について新たな特許出願をした場合と、同法40条の場合を比較してみると、新出願という手続の要否およびそれに伴う原出願の取下という擬制の有無を別とすれば、補正された内容についての特許出願が、手続補正書提出の時になされたものとみなされるという効果の点において、全く差異はない。
即ち、特許法は、等しく出願公告決定謄本送達前の補正が要旨変更のものである場合について、全く同等の効果を認めることを前提とし、ただその事実が明らかになる時期が設定登録の前であるか後であるかによつて、手続上の違いを設けたというにすぎない。その時期が設定登録の後である場合には、今更、改めて出願のやり直しや、それに伴う原出願の取下を擬制するなどという余地は無いから、同法40条においては、端的に、補正後の内容の出願が手続補正書提出の時になされたものとみなす旨を規定するにとどめたものであつて、同条が実質上意図するところは、
補正後の内容の新出願およびそれに伴う原出願の取下の擬制という同法53条5項の規定するところと何ら変らないものと解される。
したがつて、同法40条該当の補正の場合も同法53条該当の補正の場合と全く同様に、出願の時点は、確定的に手続補正書提出時点に変るのであつて、後日訂正審判があつたからといつて、原出願の時点が再度意味をもつてくるなどということは、法の全く予想しないところであるといつてよい。それは恰も、同法53条4項による新出願につき爾後如何なることがあろうとも、出願の時期が繰上ることなど考えられないのと同様である。
実質的に考えても、同法53条の場合において、出願人が補正後の内容による新出願という途を選ばなかつたときは、補正前の内容による出願につき更に審査が継続するのであつて、その結果出願が特許されるか否か、全く不明であり、補正前の形では拒絶される蓋然性が高いのである。しかるに同法40条の場合には、要旨変更となるような補正を経て登録を得、事実上特許権の効力を享有した後において、
問題が生ずれば訂正審判によつて適宜明細書の内容に手を加えることにより、当初の出願の時に遡つた形で特許権を維持することができるというのは、甚だ均衡を失した解釈であるといわなければならない。
(2) 次に特許法42条によれば、出願公告決定謄本送達後の補正が要旨変更となるものであることが登録後に判明した場合には、補正後の出願について特許されたものとみなされる。そして、この場合、たとえ訂正審判により明細書がどのように訂正されようと、補正前の出願について特許されたものとみなすという擬制を動かしえないことは、事柄の性質上当然である。
してみれば、同法40条の場合の出願日繰下げの効果もまた訂正審判によつて動かしえないと解することが均衡がとれているといわなければならない。
3 原告主張のように解すると第三者の権利を不当に侵害する結果となる。
特許法79条は、特許出願の内容を知らないで、その以前から当該発明の実施事業をしていた者を保護しているが、その場合の基準時は、単に出願時ばかりではなく、本件で問題となる同法40条により出願時とみなされる手続補正時も含んでいるのである。この規定により先使用にもとづく実施権を認められた者、あるいは更にその事業と共にこれを譲り受けた者(同法94条1項)が後の訂正審判の審決の結果によつて、遡及してその権利を奪われることになると、右の先使用権の規定と矛盾し、第三者の権利を不当に侵害する結果となるのである。
又、本件においては、次のような事態が生ずる。即ち、原告の本件特許出願は、
本件各手続補正の結果、特許法40条により、出願日が昭和三九年八月七日に繰下がつた。その結果これより先に領布された引用例一に記載された内容は、我国において公知技術として何人も特許権侵害の非難を受けることなく自由に実施しうるところとなり、また原告は補正にかかる発明について、特許法104条の推定を享受すべき地位を確定的に喪失した。
しかるに、もし、本件訂正審判の審決により、出願日が当初の出願日に遡及するものとすると、その確定以前においては、自由に実施しうべき技術を実施した第三者は一瞬にして特許権侵害者の地位に陥り、また第三者は、同法104条により現実に実施するところをそのノーハウをも含めて開示しなければならない窮地に追いこまれることになり、第三者の権利が不当に侵害される結果となるのである。
(二) 原告は、特許法41条を根拠に、本件各手続補正は要旨変更に該らないと主張する。
しかし、この原告の主張は、同条の解釈を誤つたものである。同条は、特許請求の範囲に全く手を加えないで、出願当初の明細書又は図面の記載に付加、変更を加える補正が要旨変更に該るかどうかについては何もいつていない。それは別途解釈によつて定むべき問題である。
そして、未完成発明を完成させた補正は、たとえ特許請求の範囲に外形的には何ら手を加えていなくても、実質的にはそれに付加変更を施すのと同様の意味を持つと評価されるから、要旨変更の典型ともいうべきものであり、このように解するのは、実務の取扱いとして既に確立しているところである。
第四 当裁判所の判断一 本件訂正審判の審決の確定により、本件特許明細書は前記第二、四のとおり訂正されたことは、当事者間に争いがない。そしてその結果、本件審決が要旨変更と認定した本件各手続補正による補正部分が、本件明細書の特許請求の範囲および実施例の各記載からすべて削除されたことは被告においてこれを認め、また被告補助参加人らにおいてもこれを明らかに争わない。
ところで、特許法126条1項1号が、特許権者に、訂正審判で特許請求の範囲減縮を認める(但し、特許無効が確定した後を除く。同条四項)趣旨は、特許請求の範囲のなかに、本来有効な特許部分がありながら、一部の無効の疑いのある部分の存在により全体が無効となるおそれがある場合に、特許権者みずから特許請求の範囲減縮することにより無効の疑いのある部分を除去し、本来有効であるべき範囲で特許権を存続させ、もつて特許無効の審判等第三者の抗争に対して特許権者の保護を図ろうとするところにあると解せられる。そして、この場合、訂正審判の審決の効果が最初の出願の時点まで遡及しないとすれば、訂正審判は右のような特許権の救済を果しえなくなることが明らかであるから、同法128条は、訂正審判審決が確定したときは、訂正後における明細書又は図面により、最初に出願された日に出願され、以後これにもとづいて特許権設定登録までの手続がなされたものと法律上擬制されることを規定したものと解すべきである。
ところで、本件における問題点は、特許無効の審決(未確定)において要旨変更と認められた手続補正部分が後の訂正審判の審決の確定により削除された場合、特許法40条との関係で、出願日がどうなるかということである。
そこで特許法40条の法意を考えてみると、同条は、出願公告決定謄本送達前の手続補正が同法53条1項により却下されずに、補正後の発明につき特許権の登録があつた後、特許無効の審判およびその審決取消訴訟等の手続において、事件を担当する特許庁審判官または裁判所が右補正が要旨変更であると認定するときは、出願日が手続補正書提出時に繰下がつたものとみなして発明の新規性進歩性等を判断し、これにより事件が処理されることを示すに止まり、一旦右のような手続補正があれば、またはそれが要旨変更と認められれば、以後の訂正審判の審決の確定による右要旨変更部分の削除にもかかわらず、確定的に出願日繰下げの法律効果が生じ、これを動かすことができないことまでを規定したものではないと解せられる(ちなみに、出願日自体を独立して確定する手続は、認められていない。)。
そしてこのように解しても、要旨変更にかかる補正部分が訂正審判の審決の確定によりすべて削除されたならば、出願当初の明細書に記載された発明のみが残存しているのであるから、先願主義の原則に反しないし、また後記のとおり、第三者の権利を不当に害する結果も生じない。
してみれば、本件において、訂正審判の審決の確定によつて、本件各手続補正はなかつたことになり、本件特許は、同法128条により、本件審決のいう要旨変更のない状態で出願され、これにもとづいて特許権設定登録までの手続がなされたものと法律上擬制されるから、同法40条の適用される余地はないことになり、出願日は元通り最初の出願日であると解すべきである。
そうすると、本件審決の認定する引用例一の特許庁資料館受入日である昭和三八年三月二八日は、本件特許の優先権主張日である昭和三六年六月八日より後であるから、引用例一を根拠として第一発明についての本件特許につき特許法29条1項3号を適用した本件審決は、結果的に誤りであつたことになり、違法事由が存在することになる。
補助参加人らは、右のような結果が不合理であると主張するので以下検討する。
(一)1 補助参加人らの主張(二)1(1)について特許法128条によつて、訂正審判審決が確定したときに、訂正後における明細書又は図面により出願され、以後これにもとづいて特許権設定登録までの手続がなされたものと法律上擬制されるのは、前記のとおり無効部分を含む特許を、本来有効であるべき範囲で存続させるためのものであるから、この規定は、特許公報として刊行された訂正前の明細書の記載の同法29条1項3号の公知文献としての事実上の存在まで否定するものではなく、これによつても第三者の後願は特許されないわけである。よつて、補助参加人らの主張は理由がない。
2 同(二)1(2)について要旨変更の補正に特許法53条1項が適用されることなく設定登録された特許権につき、誤記の訂正要旨変更の補正以外の部分に関する訂正がなされた場合には、要旨変更の補正部分は依然として削除されないままであつて、右手続補正がすべて最初から存在しなかつたことにするという擬制は働かないから、同法40条による出願日繰下げの効果は右訂正によつて排斥される訳ではないことは当然で、本件とは場合が異なる。したがつて補助参加人らの主張は前提自体失当である。
(二)1 同(二)2(1)について出願公告決定謄本送達前の手続補正が要旨変更であることが、設定登録前に明らかになつた場合には、その補正は同法53条1項により却下されるが、出願人は補正却下に服したうえで、補正のなかつた状態で原出願日を享受するか、あるいは、
同法53条4項により、補正後の発明について補正書提出日を出願日とする新出願をするかの二つの途のいずれか一方を選ぶことができる。
ところが、出願公告決定謄本送達前の手続補正が要旨変更であると認められずに、設定登録され、その後に特許無効審判等の手続内で要旨変更と認められた場合については、もし補助参加人の主張するように、同法40条によつて出願日繰下がりの効果が確定的に生じ、訂正審判の審決による要旨変更部分の削除によつてもその効果を動かしえないものとすると、特許権者は、設定登録前は前記のように原出願日を享受する途を選べたのに、登録後はそのような方途が閉ざされることになつて均衡を失する(この場合、結果的に特許庁が要旨変更を看過していたことになり、出願人に不利を帰せしめるのは相当でない。)。一方、第三者が、要旨変更の補正後の発明がそのまま出願公告された後、設定登録前に異議の申立をして、そこで要旨変更の主張をすれば、要旨変更の補正が却下されて出願人においてそのままそれに服するか、あるいは、補正却下される前に、出願人自ら、要旨変更の補正部分を同法64条1項1号の手続により削除するかのいずれによつても、結局原出願日を享受した特許権の設定登録がなされることになるのに、第三者が要旨変更の補正部分が残されたまま設定登録されるのを待ち、その後無効審判を請求すれば、本訴におけるような同法40条による出願日繰下がりの主張を前提に、当該特許が同日以前の公知文献の発明と同一であるという主張をして、これを無効にすることができ、この方がかえって第三者にとつて有利になるという不合理な結論になる。
それ故、右のような場合には、特許権者は、訂正審判により右要旨変更の補正部分を削除し、前記の同法128条の効果により、要旨変更の手続補正がなされなかつた状態で原出願日を享受するか、あるいは、このような訂正審判を経ないで、補正後の発明につき同法40条による出願日の繰下がりの効果を甘受するかの二つの途のいずれか一方を選べると解さなければ均衡がとれないことになる。そして、このように解しても、後記のとおり、第三者の権利を不当に侵害する結果にはならない。
以上によれば、前記一の結論が同法53条の場合と対比して均衡を失するとする補助参加人らの主張が理由のないことは明らかである。
2 同(二)2(2)について出願公告決定謄本送達後の手続補正が要旨変更であると設定登録後に認められたときは、特許法42条により、その補正がなされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされる(ただし、特許権者は原出願日を享受できる。)。そしてこの場合でもなお、特許権者は、右要旨変更の補正部分を削除する訂正審判を請求することができるのであつて、これを容認する審決が確定したときは、同法128条により、右補正がなされなかつた状態で最初の出願日に出願され、以後これにもとづいて特許権設定登録までの手続がなされたことに法律上擬制され、これにより発明の内容を明確にすることができるのである。そしてこの効果は、同法42条にもとづくものではなく、同法128条にもとづくものである。それ故、補助参加人らの主張は失当である。
(三)同(二)(3)について出願公告決定謄本送達前の手続補正が要旨変更であると設定登録後に認められた場合で、第三者が、最初の出願日と手続補正書提出日の中間において、右特許出願の内容を知らないで、右要旨変更部分と同一の発明実施事業又はその準備をしていた場合には、特許権者が訂正審判により、その補正部分を削除し、これを認める審決が確定すれば、特許権者は、最早、その第三者に対して、何らの権利主張をすることができないことは明らかである。
又、もし、右の場合に、特許権者が、訂正審判を経ないで、要旨変更にかかる補正部分を留めたままにし、特許法40条による出願日の繰下がりの効果を甘受する場合には、右第三者には、同法79条による先使用権が与えられる。
それでは、第三者が最初の出願日と手続補正書提出日の中間において、右特許出願の内容を知らないで、右要旨変更にかかる補正部分以外の、出願当初の明細書に最初から記載されていた発明と同一の発明実施事業又はその準備をしていた場合はどうかというと、この場合には、特許権者は、右要旨変更の補正部分を削除する訂正審判を請求し、最初の出願日を享受する途を選べるのであるから、第三者は、
同法79条により確定的に先使用権を取得した訳のものではないと解すべきである。このように解すると、第三者は、特許権者が右のように訂正審判を請求するかどうか不明の間は、出願日が繰下がるか、最初の出願日となるか分からず、先使用権との関係で法的に不安定な地位におかれるようにも見える。しかし、右要旨変更にかかる補正部分が、設定登録前に補正却下され、出願人がそれに服した場合には、右の出願当初の明細書に最初から記載されていた発明については、右第三者はもともと先使用権を取得しえないはずのものであるから、右の不安定な地位といつても、それは第三者にとつて、特許権者の態度で予期せざる利益が発生するかもしれず、しないかもしれないという地位にしかすぎず、法的保護の対象ではない。
してみれば、前記一の同法128条および同法40条の関係に関する結論を採つても、第三者の権利を不当に害する結果にならないことは明らかである。
三 以上によれば、原告のその余の主張を判断するまでもなく、本件審決中、第一発明の特許を無効とした部分は違法として取消を免れず、この部分についての原告の本訴請求は正当であるから認容すべきである。
しかし、本件訴のうち、審決中、第二ないし第四発明の特許を無効とした部分の取消を求める部分は、第二発明ないし第四発明が訂正審決の確定により遡及して削除された以上、原告において取消を求める法律上の利益を喪失したことになり(さらに第二発明については、元来、審決は原告に不利な判断をしていないのであるから、この点でも取消を求める利益はない。)、右訴部分は却下を免れない。
よつて、行政事件訴訟法7条9条、民事訴訟法89条92条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小堀勇 舟本信光 石井彦壽)
事実及び理由
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