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関連審決 補正審判1980-23
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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和52行ケ46 判例 特許
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  共有 /  置換 /  実施 /  加工 /  属地主義 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 昭和 56年 (行ケ) 82号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1983/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
この判決に対する上告についての附加期間を九〇日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が同庁昭和五五年補正審判第二三号事件について昭和五五年一一月一一日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
当事者の主張
(原告の請求の原因)一 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「拡散ボンデイングプロセス」とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九七一年(昭和四六年)四月一日にアメリカ合衆国においてした特許出願(米国における出願番号第一三〇一四九号。以下「米国原出願」といい、この出願に提出された明細書を「米国出願明細書」という。)に基づく優先権を主張して、昭和四七年三月三一日、同年特許願第三二五二二号をもつて特許出願をしたものであるところ、昭和五四年七月二五日、右出願の願書に添付した明細書(以下「本願明細書」という。)についてその一部を補正するため手続補正書を提出した(以下この補正を「本件補正」という。)が、同年一二月一八日、本件補正を却下するとの決定があつたので、昭和五五年三月一二日、これに対して審判を請求し、昭和五五年補正審判第二三号事件として審理された結果、同年一一月一一日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は、出訴のための附加期間を三か月と定めたうえ、同月二九日、原告に対し送達された。
二 本願明細書の特許請求の範囲の記載 γーγ′の高強度のニツケルベーススーパー合金に対する拡散ボンデイングプロセスにおいて、接合されるスーパー合金の組成と実質的に一致するがアルミ、チタン及び炭素は実質的に除かれ、臭素が融点低下剤として約五%まで存在する組成を有し、約一〇五四℃より高く且つスーパー合金のγ′Solvus温度範囲内にある融点を有する中間層合金を用意し、
該中間層合金を〇・〇〇一二七〜〇・〇一二七cmの厚さで接合されるべき表面間にそれぞれの面を密接して保つに十分な力を加えてはさみ、前記はさまれたアセンブリを中間層合金の融点より高い温度に加熱し、拡散によるジヨイントの等温的固化が起こるまでアセンブリを前記温度に保ち、ジヨイント領域に均質性を与えるためにアセンブリを拡散熱処理することよりなる拡散ボンデイングプロセス。
三 本件補正の内容 本願明細書について、特許請求の範囲の欄における「臭素」の記載(一個所)及び発明の詳細な説明の欄における「臭素」の記載の全て(計一三個所)を、いずれも「硼素」と補正する。
四 審決理由の要旨 本件補正の内容は前項のとおりである。
そこで検討するに、本願明細書には、臭素が本願発明に用いられる中間層合金の必須の構成成分として記載されているが、硼素が右中間層合金の必須の構成分となることについては何も記載されていない。また、本願明細書中に引用されている文献(本願明細書の四頁及び五頁に記載されている米国特許明細書及び英国溶接ジヤーナル誌)に臭素に関する記載のないことは認められるが、合金を構成する合金成分は多数あるから、右各文献に臭素に関する記載のないことをもつて、直ちに、本願発明における「臭素」が正しくは多数ある合金成分のうちの「硼素」の誤記であるとする根拠とすることはできない。そして、合金においては、その必須の構成成分を、願書に最初に添付した明細書及び図面に開示されていない成分で変更することは、明細書の要旨を変更するものと認められるから、本願発明に用いられる中間層合金の必須の構成成分としていた「臭素」を本願明細書に開示されていなかつた「硼素」に補正することは、明細書の要旨を変更するものと認める。
請求人(原告)は、本件補正は、優先権証明書として差し出した米国出願明細書中の「boron」を誤訳していたものを補正するものである旨主張するが、優先権主張の証明書として提出した米国出願明細書は、出願手続上、優先権の有無についての資料となるだけであつて、
本願の願書に最初に添付された明細書と認めることはできないから、優先権主張の証明書として提出した米国出願明細書の翻訳に誤訳があつたとしても、この誤訳は本願明細書の誤記にあたるものとは認められず、本願発明における「臭素」が「硼素」の誤記であるとする根拠にはなりえない。
よつて、本件補正はこれを却下すべきものである。
五 審決の取消事由 本件補正は、次のとおり明細書の要旨を変更するものではなく、単なる誤記を補正しようとするものであるから、これを許すべきものであるのに、これを却下すべきものとした審決には判断を誤つた違法がある。
1 本願明細書と本願の優先権主張の基礎となつている米国出願明細書とを対比すれば、本願明細書中の「臭素」の記載は、米国出願明細書中の「boron」の語を、正しくは「硼素」と翻訳すべきものを、英語「bromine」の訳語に該る「臭素」と誤訳したことに基づくことが明らかである。このような場合には、本願明細書中の「臭素」の記載を「硼素」と補正することは、明細書の要旨を変更するものではなく、単なる誤記を訂正するものとして、許されるべきものである。
(一) 審決は、右の点に関し、優先権証明書として提出された米国出願明細書は優先権の有無についての判断資料となるにすぎない旨の判断を示しているが、本件においては、誤記と認めるべき客観的状況が存するかどうかを問題とすべきなのであつて、米国出願明細書を、客観的に存在する資料として、本願明細書中の「臭素」の記載が「硼素」の誤記であると認められるか否かの判断資料の一つとすることは、なんらこれを妨げる理由はないものというべきである。
(二) また、右のように解することが、実質的に考察しても、健全な社会常識、
衡平の観念に合致し、本来の特許行政の理念に沿うものである。すなわち、本願発明については、本願明細書において本来の正確な訳語である「硼素」の語が用いられていたとするならば、発明者が意図したとおりの発明としてこれが特許に値するかどうかの審査を受けることができたものであるのに、本件補正が許されないとすれば、
たまたま誤訳があつたとの一事をもつて、右の審査を受けることもないまま葬り去られることとなる。その結果として第三者が反射的に利益を受けることがあるけれども、これを具体的に考察すれば、それは決して正当視できるものでない。例えば、後願があつてその発明に特許がされるという場合であれば、後願の出願人は、
他人の過誤に乗じて利益を得るものであり、健全な社会常識に照らしても、正当に保護されるべきものに対して法的保護が与えられる結果とは到底いいえないところであり、むしろ先願としての本願について誤記の補正を許したうえで審査を受けさせることが道理にかなうものである。また、後願がないまま本願発明の技術が一般に公開されて社会公衆の共有財産に帰するという場合であれば、せつかくの発明もこれにみあう報酬を得ないまま無償で社会に放出させられることになり、発明者の一方的犠牲のうえに社会公衆一般への奉仕が強いられるものとして、社会衡平の観念に著しく反する結果になるものというべきである。以上のような不都合な結果を回避するためには、誤記があることが明らかな場合に、その誤記の補正を許したうえで本来意図されていたとおりの発明について審査を受けさせる以外の手段はない。もつとも、誤記の補正の名の下に、本来未完成の発明を完成した発明とするようなことは、制度を悪用するものとして排斥されなければならないけれど、本件のように、優先権証明書として提出された米国出願明細書と照合することによつて容易に誤記であることが確認できる場合には、誤記の補正を認めてもなんら弊害は生じないのである。誤記であることを確認できる資料が存在する本件のような場合は、審査を受ける機会を与える措置をとることこそ、本来の特許行政の理念に沿つたあり方というべきである。
2 仮に右1の主張が認められないとしても、本願明細書を当業者が読めば、そこに「臭素」と記載されているものは全て「硼素」の誤記であることを容易に認識できるものであるから、本件補正は単に誤記を訂正するものとして許されるべきである。
(一) 本件補正が誤記の訂正として許される範囲に属するかどうかの判断にあたつては、補正前の「臭素」の記載が正しいとすれば、本願明細書の記述中に矛盾が生じ、あるいはありえないことが記述される結果とならないかどどうか、また、補正前の記載を前提として当業者が明細書の文意を理解できるかどうか等の観点から考察することが必要であり、補正によつて明細書の全体を右のような矛盾を生じることなく整合的に理解できるようになる場合には、その補正は単に誤記を訂正するものとして許されるべきものである。
(二) そこで、補正前の「臭素」の記載が正しいものとして本願明細書を読めば、本願発明においては、臭素を融点低下剤として用いることになるが、このようなことはありえないことである。すなわち、臭素はハロゲンの一つであるが、ハロゲン化合物は一般に高温採用技術における超合金に対して非常に腐食的であること、臭素は、その固体状態においても、液体状態においても、遷移金属において溶解性があるとは考えられないこと、臭素と遷移金属との化合物である臭化物は、機械特性に有害であること、臭素を用いても本願発明が期待している融点低下の効果を生じないこと、元素としての臭素の沸点は摂氏六〇度であり、非常に高い蒸気圧を有するから、本願明細書に示された結合条件では不安定であつて使用にたえないことなどからみて、本願発明において臭素を融点低下剤として使用することがありえないことであるのは明らかである。このことは、東京工業大学教授【A】の鑑定書(甲第九号証。以下「【A】鑑定書」という。)に示された、臭素は、ニツケル基超耐熱合金及びこれと類似の組成を持つ拡散ボンデイング用中間層合金の構成元素としては、常識的に全く考えられない元素である旨の記述によつても裏付けられるところである。
更に、右のとおり、本願発明のプロセスに臭素を使用することはありえないことであるから、本願明細書の「臭素」の記載は当業者の常識に全く反することになる。したがつて、この記載が正しいものとすれば、
本願明細書中に臭素を組成の一つとする合金の製造法が具体的に開示されているのでなければ、当業者は本願明細書の文意を理解できないものである。しかるに、本願明細書には、臭素を使用することについての理由も、そのための技術手段についても、なんらこれを開示する記述はないのであつて、このことからも、本願明細書における「臭素」の記載が誤記であることは明らかである。
(三) 次に、本出願前の技術水準について考察すると、本願明細書において引用されている二つの外国文献、すなわち、米国特許第二七一四七六〇号明細書(甲第四号証。以下「第一公知文献」という。)及び英国溶接ジヤーナル誌一九六二年三月号所収のデイビーズ外による「ニモニツク九〇Ni―Cr―Co合金の拡散ボンデイング及び圧力ろう付け」と題する論文(甲第二号証。以下「第二公知文献」という。)には、融点低下剤として硼素が使用されることは記載されているけれども、審決が指摘するとおり、臭素に関する記述は全く存しない。
同様に、冶金学的相線図の権威ある文献として知られているマグローヒル・ブツク・カンパニー社一九五八年刊行のハンセン著「二元合金の構造」(甲第六号証。
以下「第三公知文献」という。)には、その二五六頁に硼素―ニツケル相線図が示され、これによれば、純粋ニツケルの融点は摂氏一四五三度であり、これに約四重量%の硼素を添加すると、融点が摂氏一一四〇度に低下することが示されているが、右文献中に、臭素を含む冶金学的相線図に関する記載を見出すことはできない。また、アメリカン・ソサエテイ・オブ・メタルス刊行の「金属ハンドブツク」の第六巻「溶接及びろう付け」(甲第七号証。以下「第四公知文献」という。)にも、硼素を含むいくつかのろう付け組成が示されているが、超合金係合組成に関して臭素を使用するようなことはなにも記載されていない。
前記【A】鑑定書の七頁一二行目ないし一六行目に、「ニツケル基耐熱合金の融点降下元素としては、炭素、けい素及び硼素の三元素が良く知られており」と記載されているとおり、ニツケル基耐熱合金に用いる融点低下剤は、通常、炭素、
けい素又は硼素であることが技術常識となつているものである。
(四) 以上のとおりであるから、本願明細書を当業者が読めば、その発明の詳細な説明の項に従前技術の説明をするため用いられている「臭素」の記載(本願明細書の四頁一二行目、五頁五行目及び同一六行目)が「硼素」の誤記であることは明らかであるうえ、本願明細書の記載全体からみれば、本願発明は融点低下剤として臭素を選択した点に特徴的部分があるものではなく、従前慣用の融点低下剤を使用することを前提とする発明であるものと理解できるから、本願発明において使用されるとされている「臭素」の記載も誤記であつて、通常使用される炭素、けい素又は硼素のいずれかが本来記載されているべきものであることを容易に理解できる。
しかして、本願明細書には、右の炭素、けい素及び硼素の中から炭素及びけい素が除外されることが記載されているから、結局、本願明細書の記載自体から、当業者は、本願発明において用いられるとされている「臭素」の記載が「硼素」の誤記であることを確認できるものである。
六 よつて、本件審決は違法であるので、その取消しを求める。
(請求の原因に対する被告の認否及び反論)一 請求の原因一ないし四の事実は認める。
二 同五の主張は争う。審決に原告主張のような違法の点はない。
1 取消事由の主張1について 本願の優先権証明書として提出された米国出願明細書は、わが国における出願による発明の開示とはなんらの関係もなく、また、本願の出願時に第三者が知り得るものでもないから、これをもつて客観的に存在する公知技術資料とすることはできない。かかる優先権証明書を利用して本願明細書に開示されている発明を解釈することはできないものである。
2 取消事由の主張2について(一) 本願明細書には、本願発明の中間層合金の構成成分として硼素を用いることについては、なにも開示されていない。金属に他の元素を添加すると融点が降下することは技術常識であるから、原告主張のように、本願発明において融点低下剤として使用するものとして記載された「臭素」が実は臭素ではなくて、炭素、
けい素又は硼素のいずれかであるべきであるとする技術的根拠は存しない。また、
発明は単に公知技術によつて構成されるものとは限らないから、右の「臭素」の記載が従前慣用の融点低下剤を指すものと理解しなければならない根拠もない。更に、従前技術についてみても、第一ないし第四公知文献には、臭素を含まず硼素を含むものが示されているけれども、これは本願発明の構成と直接関係を有するものではない。また、右各公知文献には、硼素とともに他の成分を含むものや、硼素を含まず他の成分を含むものが示されているところ、本願発明において、これらの多数の成分のうちから硼素を選択し、融点低下剤をこれのみに特定する根拠はなんら示されていない。
したがつて、本願発明の中間層合金の構成成分として用いられているものが、多数存在する成分のうちの硼素であると特定することは、本願明細書の記載に基づいてはできないところであつて、本願明細書の「臭素」の記載が正しくは「硼素」の誤記であるとすることはできない。
(二) 合金の発明は、特定した合金成分を出願当初の明細書に開示して特許出願をすべきものであつて、当初は必須の構成成分であるとしていたものを、単なる誤記であるとして、出願当初の明細書に開示されていない成分をなんらの根拠もなしに任意に特定し、それで文意が通るからとして、右の任意に特定した成分に補正をしても、かかる補正は、明細書の要旨を変更するものとして、認められるべきものではない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がなく、棄却されるべきものである。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて判断する。
1 原告の取消事由の主張1について パリ条約は、工業所有権の保護、規制について属地主義を採用し、各国特許独立の原則の上に立つものであるから、同条約に基づく優先権を主張しての特許出願であつても、わが国における特許の成否は、
国内法による出願書類(願書並びにこれに添付される明細書及び必要な図面)によるべきことはいうまでもなく、右の出願に際して特許法第43条第2項の規定により提出される第一国出願の明細書は、たとえそれが願書の提出と同時に提出されたとしても、わが国における出願手続上は、いわゆる優先権証明書として優先権の有無を判断するための資料としての効力を有するものにすぎず、この提出をもつて出願人に対しわが国において特許を得ようとしている発明の内容を開示させるとの機能は法制上全く予定されていないのであるから、優先権証明書として提出された第一国出願の明細書がわが国における出願書類としての明細書としての効力を有し、
あるいは、これを補足する性質を有するものでないことは明らかである(当庁昭和五二年(行ケ)第四六号昭和五三年六月二七日言渡判決参照)。
してみれば、原告の主張は、結局のところ、わが国での本件特許出願に際して出願人である原告において出願の対象であると主観的に認識していた発明の内容を、
本願明細書に開示されたところのものとは別に、明細書以外のものをもつて確認できるところに従つて確定したうえ、両者の間に差異が存する場合には、これを明細書の誤記として補正を許すべきことを主張するものに帰する。しかしながら、特許出願の対象となる発明は、願書に添付した明細書及び図面の記載によつて特定されるものであり、明細書又は図面を補正することによつて、当初出願の対象となつていた発明が別の発明になつてしまうものと認められるときは、その補正が当初出願明細書又は図面の記載自体から誤記であることが明白な事項を訂正する意味での補正である場合のほかは、その補正は明細書の要旨を変更するものとして許されないものといわざるを得ず、このことは、出願人の主観においては、当初から、原出願明細書に記載された発明とは異なる発明について特許を求める意思であつたものであり、そのことが明細書又は図面の記載以外の優先権証明書等の証明によつて認められ得るとしても、同様であるところ、
優先権証明書として提出された米国出願明細書の記載により本願明細書中「臭素」とあるのは「硼素」の誤記であることは明瞭であるから、本件補正は許されるべきであるとする原告の主張は到底採用することができない。原告は、原告主張のように解してもなんらの弊害はなく、また、その方が衡平の原則にもかなう旨をるる主張するが、出願に際して明細書に必要な事項を記載しなかつたものが、その期待していた利益を得られないということは当然であり、その結果第三者が利益を得ることがあつても、それは出願人自らの過誤により招来されたものといえるから、これをもつて不衡平ということもできず、結局、原告の右主張は独自の見解に基づくものとして排斥を免れない。
2 原告の取消事由の主張2について(一) 前示当事者間に争いのない事実及び成立について争いのない甲第二号証の二(本願明細書)、同第一一号証によれば、本件補正は、本願明細書について、特許請求の範囲の欄における前示のとおりの記載(原告の請求の原因の二参照)中の「臭素」を「硼素」と補正するとともに、発明の詳細な説明の欄及び図面の簡単な説明の欄における次のような文脈において次のとおり用いられた「臭素」の記載計一三個所(以下該当部分の引用に際し傍点を付す。)をいずれも「硼素」と補正しようとするものであり、右以外には、本願明細書中に「臭素」の語は用いられておらず、他方、本願明細書中に「硼素」の語は全く用いられていないとの事実を認めることができる。
(1) 本願発明がスーパー合金に適用される拡散ボンデイングに係ることを明らかにしたうえ、この分野における従前のろう付けないし拡散ボンデイングの技術水準を叙述する中にあらわれた、
@ 「或るろう付け動作はもとのろう付け温度より高い再溶融温度を有するろう付けされたジヨイントを与える程度にまでろう付け材と基体との十分な内部合金化を可能にする。例えば臭素の如き元素がろう付け材合金中に含まれると、ろう付け材の融点は下がる。
その後ボンデイング動作中に臭素が迅速に基体中に拡散するとジヨイントの再溶融温度は上昇するがこれは均質な拡散ボンデイングジヨイントを与えない。この種の技法の代表例は第一公知文献に示されている。」(本願明細書四頁八行目ないし同一八行目)A 「その後の開発で、ろう付け及び拡散ボンデイングプロセスの特徴が結合されたボンデイング法が研究された。例えば第二公知文献を参照されたい。これらの開発では、臭素、炭素又は珪素の融点低下効果及びこれらの高拡散速度が拡散ボンデイングプロセスにおける界面材として用いられ……」(同四頁一九行目ないし五頁七行目)B 「これらの開発中に用いられた多くのろう付け用合金の式は比較的簡単な化学式であり従つてスーパー合金を特徴づける強化機構をあまり含んでいないが、接合されるべきベース金属合金に臭素等の融点低下剤を所望の融点を与えるに十分な量だけ添加してなる界面合金を用いたろう付け/拡散ボンデイングの結合した方法が他の者により開発されたことが報告されている。」(同五頁一二行目ないし同一九行目)(2) 従前技術の説明を終えるに際し、従前の技法によつては結局満足すべき結果が得られなかつたことを叙述する中にあらわれた、
C 「種々の方法を所謂高度のスーパー合金に適用することは示唆されている程には簡単ではない。問題の一例として、臭素、珪素、マンガン、ニオビウム、チタン等の示唆されている種々の融点低下剤は事実中間層合金に満足な融点を与えるが、
拡散中の有害な相の形成のためにニツケルベーススーパー合金には殆んどが使用できない。」(同六頁二行目ないし同九行目)(3) 従前の技法に対し、本願発明では、「特定の組成の薄い中間層合金が接合されるべき表面間におかれる如き拡散ボンデイングプロセスが述べられる。」(同六頁一二行目ないし同一四行目)として、先ずその概略を説明するに当たり、中間層合金の組成についての結論を、右結論に至る理由の説明をしないままとりあえず提示する叙述の中にあらわれた、
D 「薄い(代表的には〇・〇〇一二七〜〇・〇一二七cm)中間層合金は接合されるべき金属の化学式と実質的に対応する化学式で表わされる。但しアルミ、チタン及び炭素は例外であり、又五重量%までの十分な臭素が、金属基体が有害な効果なしにさらされる温度まで中間層合金の融点を下げるために存在する。」(同七頁四行目ないし同一〇行目)(4) 本願発明を詳細に説明する中で、その「最もクリテイカルな特徴は中間層合金の組成及び特性である。これはベース金属が有害な効果なしにさらされる温度において融けなければならないが、組成及び厚さに関しては、固化がその温度で起り且つ実用的な処理時間内で化学的及び微少構造的均質性が得られるようでなければならない。」(同一〇頁一〇行目ないし同一六行目)として、本願発明における中間層合金の組成が選ばれるに至つた理由を叙述する中にあらわれた、
E 「臭素、珪素、マンガン、ニオビウム、チタン等の種々の融点低下剤が調べられた。これら元素のいくつかの組合せは満足な融点を有する中間層を与える。しかし高度のニツケルベーススーパー合金では、臭素以外のすべてはジヨイント界面に望ましくない安定相を生じる。従つてTLPボンデイングプロセス(本願発明のボンデイングプロセスを指す。―本判決註。)では臭素しか用いられない。融点とその後の均質化の容易さとの間に最適のバランスを得るように臭素含有量が制御される。全体の中間層合金の化学式に関しては、合金は接合されるベース合金に対する化学式に密接に一致するように表わされるが、ただ望ましくない相形成問題のために、アルミ、チタン及び炭素は除外される。」(同一〇頁一七行目ないし同一一頁一一行目)(5)本願発明の実施例を説明して、その接合されるニツケルベース合金の組成を叙述する中にあらわれた、
F 「TLPボンドが次の公称組成(重量%)の加工したニツケルベース合金の二つの表面間に作られた。一五%クロム、一八・五%コバルト、三・三%チタン、
四・三%アルミ、五%モリブデン、三%臭素、バランス量のニツケルよりなる。」(同一一頁一七行目ないし同一二頁一行目)G 「一つのテストで、加工された合金Aが次の公称組成(重量%)を有する鋳造された合金Bに接合された。一四%クロム、四・五%モリブデン、二%ニオビウム、一%チタン、六%アルミ、〇・〇一%臭素、〇・〇八%ジルコン、バランス量のニツケル。」(同一三頁一行目ないし同六行目)(6) 図面の簡単な説明として、「ボンデイングの準備が整つたアセンブリ」を図示した第一図を説明する中にあらわれた、
H 「第一図は実線で示された臭素の如き容易に拡散しうる材料を含む中間層合金が接合されるべき表面間にはさまれている図、」(同一三頁二〇行目ないし同一四頁三行目)(二) 右のとおり、本願明細書によれば、本願発明はニツケル基スーパー合金に対する拡散ボンデイングプロセスを提供するものであつて、種々存する融点低下剤の中から「臭素」を選択して、これを中間層合金の必須の構成成分とすることを発明の眼目の一つとしているものである。しかして、本願明細書における「臭素」の記載中、これを本願発明において融点低下剤として採用された元素を指称するものとして使用されているものは、特許請求の範囲における「臭素」の記載のほか、前示D、E及びHの部分における「臭素」の各記載であつて、これらの間においては、Eの部分が右「臭素」を選択した理由に関するものであり、その余はEの部分に理由が記載されていることを前提として単に「臭素」が用いられることを記述しているにすぎず、また、右6の部分以外には、本願明細書において本願発明が「臭素」を選択したことの理由を開示する部分はないものである。これに対し、本願明細書における「臭素」の記載中、これを合金のろう付けないし拡散ボンデイングの技術分野で従前から融点低下剤として使用されていた元素を指称するものとして使用されているものは、前示@ないしCの部分における「臭素」の各記載であり、また、前示F及びGの部分における「臭素」は、本願発明のプロセスを実施した事例における接合された合金の公称組成成分の一つを指称しているものである。
したがつて、原告の主張するとおりに、
本件補正が本願明細書の記載上明らかな誤記を単に訂正するにすぎないものとして許されるということができるためには、当業者において本願明細書の記載に接したときに、本願発明において採用された元素としての「臭素」の記載、とりわけ、右採用の理由を示した前示Eの部分における「臭素」の記載が、正しくは「硼素」とすべきものの誤記であるものと、本願明細書の記載に即して、容易に、しかも、他の任意の元素ではなく「硼素」の誤記であると一義的に認識できるものであることが必要であるというべきである。
(三) そこで、右の観点に立つて、本件補正が本願明細書上自明の誤記を単に訂正するにすぎないものかどうかについて検討する。
成立について争いのない甲第九号証(【A】鑑定書)によれば、臭素は、常温で液状を呈し、沸点が摂氏五八・八度と低く揮発性が強く、また、金属研究の分野では合金素地の溶解用薬品として用いられるように、鋼やニツケル合金などを腐食、
溶解する作用を強く有するものであつて、このような臭素をニツケル合金中に添加するようなことは技術常識上考えられず、仮にこれを添加する必要があるとしても、その方法は技術的に極めて想定しにくいこと、臭素を含むニツケル合金や、ニツケルと臭素との二元系平衡状態図に関する文献は相当の調査によつても発見できるものではないこと、そのようなことからみて、ニツケル基スーパー合金に対する拡散ボンデイング用中間層合金に添加する融点低下剤として臭素を採用することは、全く技術常識に反するものであると認められる。しかして、前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書にも、本願発明が右のとおり技術常識に全く反して臭素を用いたとするならば記載があつて然るべき右臭素の採用の理由や、添加方法の開示等が一切なされていないことが認められる。しかしながら、一般に、発明は従前の技術常識に反する技術を用いるところにも成立しうるものであり、明細書も、出願に係る発明が従前の技術常識に反する技術を採用した点に新規性進歩性がある旨の記載を欠くことも往々にしてあるから、本願明細書中に、本願発明は、
ニツケル基スーパー合金に対する拡散ボンデイング用中間層合金に添加する融点低下剤として臭素を採用した旨の記載があるからといつて、そのことから直ちに、本願明細書に接する当業者が、本願発明において用いるとされている「臭素」の記載が正しくは他のなんらかの成分を記すべきものを誤記したものと認識するものということはできない。
仮に、本願明細書における右「臭素」の記載を右認定の事情から誤記ではないかとの疑念をもつて当業者が本願明細書に接するとしても、本願発明において融点低下剤として添加される「臭素」が正しくは「硼素」とあるべきものの誤記であると、本願明細書の記載に即して一義的に認識することはできないものというほかない。すなわち、前掲甲第九号証によれば、ニツケル基耐熱合金の融点低下剤としては、炭素、けい素及び硼素がよく知られたものであることが認められるところ、前示のとおり本願明細書中の従前技術の説明部分において、融点低下剤としての炭素及びけい素には触れるところがありながら、硼素についてはなんらの記載がないのは不自然であること、また、成立について争いのない甲第四号証(第一公知文献)、同第五号証(第二公知文献)によれば、本願明細書において従前技術の例として引用された第一及び第二公知文献には、いずれも臭素を融点低下剤として使用することはなんら記載されておらず、硼素を使用する技術は記載されていることが認められることに照らせば、本願明細書に接する当業者は、その従前技術の説明部分において用いられている「臭素」の語が、正しくは「硼素」とあるべきものの誤記であると認識できなくはないものと認められる。しかしながら、前示E部分で用いられた「臭素」の語が右のとおり「硼素」の誤記であると認識されることもありうる本願明細書の前示@ないしCの部分の「臭素」の語と同様「硼素」の誤記であるということが認識しうるものということはできず、原告の主張するように、本願発明が採用した「臭素」は従前慣用の融点低下剤としての炭素、けい素及び硼素の中から選ばれたとする根拠も、本願明細書中に見出すことはできない。
本願明細書の前示Eの部分においては、なんらの限定を施すことなく、融点低下剤として「臭素、珪素、マンガン、ニオビウム、チタン等」を調べた結果、「臭素」以外は排斥されるに至つた旨が記載されているにすぎず、金属に他の元素を添加すると融点が低下することは技術常識に属するから、右の「臭素」は、たとえこれが誤記であるとの前提に立つてみるにしても、これを特定的に「硼素」の誤記であるものと認識しなければならないことにはならず、他に多数の元素をもつて置換して理解することが可能であるというほかない。
(四) したがつて、本件補正が本願明細書上自明の誤記を訂正するにすぎないといえないことは、すでに明らかである。
3 以上のとおりであるから、本件補正は、出願当初の明細書において本願発明の中間層合金の必須の構成成分とされていたものを、なんらそこに開示されていなかつた別の成分をもつて置換しようとするものというほかなく、かかる補正は明細書の要旨を変更するものとして許されないとした審決の判断は相当であり、審決に原告主張のような違法の点はない。
三 よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条第158条第2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 高林克已
裁判官 杉山伸顕
裁判官 八田秀夫