審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ10511特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 公知技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 出願経過 / 数値限定 / 技術的意義 / 均等 / 置き換え / 置換 / 置換可能性 / 置換容易性 / 容易に想到(容易想到性) / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 権原 / 加工 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 同意 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
15年
(ワ)
25968号
特許権侵害差止請求事件
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原告 松本油脂製薬株式会社 同訴訟代理人弁護士 増井 和夫 同 橋口 尚幸 被告 呉羽化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 内藤 潤 同 木村 久也 同 山内 貴博 同 島田 知美 同 上田 一郎 同補佐人弁理士 猿渡 章雄 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/05/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙物件目録記載1及び2の熱膨張性カプセル製品(以下それぞれ「被告製品1」,「被告製品2」といい,これらを総称して「被告製品」という。)を製造,販売してはならない。 2 被告は,原告に対し,金9360万円及びこれに対する平成16年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告製品を製造,販売する被告の行為が,原告の有する特許権を侵害するとして,被告製品の製造,販売の差止め及び損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠を掲げない事実は争いがない。) (1) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その請求項1記載の発明を「本件発明」という。また,本件特許権に係る特許を「本件特許」といい,その出願を「本件特許出願」という。)を有している。 特許番号 第2894990号 発明の名称 耐熱性と耐溶剤性に優れた熱膨張性マイクロカプセル 出願日 昭和61年6月4日 登録日 平成11年3月5日 特許請求の範囲 別紙「特許公報」(以下「本件公報」といい,同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)写しの該当欄記載のとおり。 (2) 本件発明の構成要件 本件発明は,以下の構成要件に分説することができる(以下「構成要件A」,「構成要件B」などという。)。 A ニトリル系モノマー80重量%以上, B 非ニトリル系モノマー20重量%以下および C 架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマーを用いて, D 該ポリマーの軟化点以下の温度でガス状になる揮発性膨張剤をマイクロカプセル化した熱膨張性マイクロカプセルにおいて, E 非ニトリル系モノマーがメタクリル酸エステル類およびアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種または2種以上のモノマーであり, F 該ポリマーの軟化点が135℃以上であり,且つ G 160℃1分の加熱における発泡倍率が7以上で, H 160℃4分の加熱における発泡倍率が3以上であることを特徴とする I 熱膨張性マイクロカプセル。 (3) 熱膨張性マイクロカプセル 熱膨張性マイクロカプセルとは,揮発性の有機溶剤(膨張剤)を,マイクロカプセル技術を用いて,熱可塑性樹脂で包みこんだものである。マイクロカプセルの壁材を形成する樹脂の軟化点以上に加熱されると,壁材を形成する樹脂が軟化を始め,同時に内包されている膨張剤が気化し,膨張して,軟化した壁材を押し広げ,カプセルが膨張する。 (4) 被告の行為 被告は,熱膨張性マイクロカプセル製品である被告製品(ウェットタイプの製品)を製造し,これをすべてミヨシ油脂株式会社(以下「ミヨシ油脂」という。)に販売している。 ミヨシ油脂は,被告製品1及び2に乾燥処理を施してドライタイプの製品に加工した上で,それぞれ「マーセライトH750D」,「マーセライトH850D」(以下それぞれ「ミヨシ製品1」,「ミヨシ製品2」といい,これらを総称して「ミヨシ製品」という。)との商品名で販売している。 大日精化工業株式会社(以下「大日精化」という。)は,商社であるケミング株式会社を通じて,ミヨシ製品1及び2を購入し,それぞれ「Microsphere H750D」,「Microsphere H850D」(以下それぞれ「大日製品1」,「大日製品2」といい,これらを総称して「大日製品」という。)との商品名で販売している(甲4(枝番号の表記は省略する。以下同じ。),弁論の全趣旨)。 (5) 被告製品に含まれる架橋剤 被告製品には,架橋剤として,ジエチレングリコールジメタクリレートが使用されている。 (6) 被告製品の本件発明の構成要件充足性 被告製品は,本件発明の構成要件A,B,D,E及びIを充足する。 2 争点 (1) 被告製品は,本件発明の構成要件Cを充足するか。 (2) 被告製品は,本件発明の構成要件Fを充足するか。 (3) 被告製品は,本件発明の構成要件G及びHを充足するか。 (4) 被告製品は,構成要件Cと均等であるといえるか。 (5) 原告の損害額は,いくらか。 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)(構成要件Cの充足性)について (原告の主張) ア 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」の意義 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」は,製造されたポリマー,すなわち,熱膨張性マイクロカプセルの壁材の架橋剤率であると解すべきである。ポリマーに関する発明について,ポリマーをモノマー組成によって定義している場合には,特段の事情がない限り,製造されたポリマーを組成するモノマーの組成を意味すると解すべきであるといえる。 これに対し,被告は,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」は,ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率であると解すべきであると主張する。 しかし,どのように解したとしても,原告の実験(甲18)によれば,ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率と製造されたポリマーの架橋剤率とは,ほぼ一致するから,被告製品の壁材を構成するポリマーに含まれる架橋剤を定量した値と構成要件Cとを対比すれば足りる。したがって,被告の主張には意味がない。 また,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」は,架橋剤を含めたポリマー全体に対する架橋剤の比率であると解すべきである。 イ 原告が行った実験の結果(甲7,16,19,22,26) 原告が,大日製品,ミヨシ製品及び被告製品の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,以下のとおりであり,いずれも,構成要件Cを充足する。なお,被告製品と大日製品及びミヨシ製品との相違は,ウェットタイプ(含水タイプ)であるか,ドライ加工後のものであるかだけであり,カプセルの中身については何の相違もない。 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足する。 これに対し,被告は,被告製品の製造記録(乙24ないし27)を提出し,被告製品が構成要件Cを充足しないと主張するが,これらは,被告の作成した資料であり,現に販売されている被告製品を測定した結果の方が証明力が高いことは明らかである。 (ア) 甲7記載の実験(以下「原告実験1」という。) 大日製品1及び2の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,それぞれ0.7重量%,約0.6重量%であった。 原告実験1の方法は,概ね以下のとおりである。なお,被告は,灰分及び膨張剤量を計算上除外していないことが問題であると主張しているが,原告実験1では,以下のとおり,換算係数による補正をしているから,被告の主張は失当である。 @ ガスクロマトグラフィー分析により,大日製品を加水分解して得られるジエチレングリコールを定量する。ジエチレングリコールは,架橋剤であるジエチレングリコールメタクリレートが加水分解して生成する化学物質であり,カプセルに含まれる架橋剤量に比例するものであるから,ガスクロマトグラフィー分析により定量したジエチレングリコールの量に基づき,大日製品の壁材の架橋剤率を算出する。 A 原告が推定した大日製品のモノマー組成に基づき,本件明細書の実施例1及び3に準じて熱膨張性マイクロカプセル(以下「比較用カプセル」という。)を製造する。 B ガスクロマトグラフィー分析により,比較用カプセルの壁材に含まれるジエチレングリコールを定量した結果に基づき,同カプセルの壁材に含まれる架橋剤量を算出し,その量で,Aのモノマー組成に含まれる架橋剤量を除した値を「換算係数」とする。 C @の架橋剤率に換算係数を乗じた値を大日製品の壁材に含まれる架橋剤率とする。 (イ) 甲16記載の実験(以下「原告実験2」という。) ミヨシ製品1及び2の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,それぞれ,0.82重量%,約1.00重量%であった。 原告実験2の方法は,被告が開示した被告製品のモノマー組成(乙1)に基づいて比較用カプセルを製造した点を除けば,基本的に原告実験1と同じである。 (ウ) 甲19記載の実験(以下「原告実験3」という。) 原告実験1及び2では,大日製品及びミヨシ製品と比較用カプセルとに含まれる灰分及び膨張剤の割合が一致していることを確認していなかった。 そこで,原告実験1又は2で架橋剤を定量した大日製品,ミヨシ製品,原告サンプルのそれぞれについて,灰分及び膨張剤量を測定して原告実験1又は2で得られた架橋剤率を補正した。その結果は,以下のとおりであった。 @ 大日製品1 0.65重量% A 大日製品2 0.76重量% B ミヨシ製品1 0.83重量% C ミヨシ製品2 1.00重量% (エ) 甲22記載の実験(以下「原告実験4」という。) 大日製品及びミヨシ製品の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,以下のとおりであった。 @ 換算係数による補正をしない場合 原告の測定方法により膨張剤量を測定した場合に,大日製品及びミヨシ製品の壁材の架橋剤率は,いずれも,1重量%を下回った。 また,被告の測定方法により膨張剤量を測定した場合に,大日製品の壁材の架橋剤率は,1重量%を下回り,ミヨシ製品の壁材の架橋剤率は,1重量%を少し上回ったが,測定誤差を考慮すれば,ほぼ1重量%ということができる。 A 換算係数による補正をした場合 大日製品2の壁材の架橋剤率は,1重量%を下回り,それ以外の製品の壁材に含まれる架橋剤率は,1重量%を少し上回るが,測定誤差を考慮すれば,ほぼ1重量%ということができる。 (オ) 甲26記載の実験(以下「原告実験5」といい,原告実験1ないし5を総称して「原告実験」という。) 原告が新たに入手した被告製品2の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,ほぼ1重量%附近の値であった。 ウ 後記被告実験の問題点 (ア) 後記被告実験には,以下の問題点がある。 @ 後記被告実験では,測定用の試料を0.2gしか使用しておらず,原告の実験における量1gに比べてかなり少量であり,秤量誤差が生じやすい。 A 後記被告実験では,200℃もの高温で加熱しているので,被告製品の壁材を構成するポリマーが分解して除去されている可能性がある。 B 後記被告実験では,加水分解により抽出された物を濃縮すると黄銅色の粘性のある液状物(アメ状,ゼリー状)が認められたとのことであり,「ゼリー状物を乾固した試料の主成分はシリカゲルである」とされているが,このようなゼリー状物の存在は,ガスクロマトグラフィー分析の精度に影響を与えることが考えられる。 (イ) 仮に,後記被告実験が正確であるとすれば,原告実験と後記被告実験の結果に差異があるのは,被告が被告製品の組成を変更した可能性があるからである。これは,被告が開示した製造記録において,膨張剤の構成が変更されていることからも明らかである。そうすると,少なくとも,原告実験において試料とした製品は,本件特許権を侵害するということができる。 (被告の反論) ア 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」の意義 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」は,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載並びに本件特許の出願経過からすれば,製造されたポリマーの架橋剤率ではなく,ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率であると解すべきである。 イ 被告製品の製造記録(乙24ないし27) ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率を立証する最も直接的な証拠は,被告製品の製造記録(乙24ないし27)である。この製造記録によれば,被告製品1又は2の壁材を製造するに当たって用いた原料に含まれる架橋剤率は,いずれも,(閲覧制限により省略)重量%である。 なお,この数値は,架橋剤を含めたポリマー全体に対する架橋剤の比率である。 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。 ウ 被告が行った乙5記載の実験(以下「被告実験」という。)の結果 仮に,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」が,製造されたポリマーの架橋剤率であると解した場合であっても,被告が,被告製品の壁材に含まれる架橋剤を定量した結果は,以下のとおりであるから,被告製品は,構成要件Cを充足しない。 @ 被告製品1 (閲覧制限により省略)重量% A 被告製品2 (閲覧制限により省略)重量% エ 原告実験1の問題点 原告実験1には,以下の問題点がある。 @ 原告実験1では,大日製品に含まれる灰分及び膨張剤量を計算上除外していない。 A 原告実験1における分析試料濃度は,被告実験における濃度の約10倍となっているが,このような高濃度の試料では,粘度が高くなってしまうことから,ガスクロマトグラフィー注入量がばらついてしまう。また,ジエチレングリコール以外の混在物の濃度が高いため,ガスクロマトグラフィー装置注入部が混在物によって汚染されてしまい,ガスクロマトグラフィー装置の感度が低下し,かつ,混在物とジエチレングリコールがともに高濃度で共存していることにより,ジエチレングリコールの気化効率が低下する。 B 原告実験1においては,検量線の範囲から実試料が外れているため,実試料の濃度を外挿により求めているのに対し,被告実験では,実試料は検量線の範囲に含まれているので,実試料の濃度を内挿により求めている。外挿法は,区間外の値を推定する方法であるから,内挿法に比べて誤差を生じさせる可能性が高い。 オ 原告実験2の問題点 原告実験2には,前記エ記載の問題点に加え,以下の問題点がある。 すなわち,原告は,被告が開示した被告製品のモノマー組成に基づいて比較用カプセルを製造しているが,これを加水分解して得られるジエチレングリコール量に基づく架橋剤率が,原告サンプルの架橋剤率より多くなることはあり得ない。しかし,原告実験2では,被告製品1のモノマー組成に基づいて製造された比較用カプセルを加水分解して得られた架橋剤率が,製造時の(閲覧制限により省略)重量%(この量自体が,被告の開示した被告製品のモノマー組成と異なっている。)を10.96%も上回る(閲覧制限により省略)重量%となっており,合理性を欠く。 また,原告実験2では,被告製品2のモノマー組成に基づいて製造された比較用カプセルを加水分解して得られた架橋剤率は,(閲覧制限により省略)重量%であり,21.23%減少している。同一方法で実験を行っているにもかかわらず,これだけ実験結果が乖離するのは,原告の実験手法に問題があるからである。 カ 原告実験4の問題点 原告実験4には,以下の問題点がある。 @ 原告実験4における灰分及び膨張剤量並びに架橋剤量の測定結果には,大きなばらつきがあることから,原告の実験方法は安定しておらず,再現性に欠ける。 A 原告実験4の結果を前提としても,高分子化合物の加水分解が100%進行し,架橋剤由来の成分であるジエチレングリコールを100%回収することはできないという実験の特性を考慮すれば,被告製品が構成要件Cを充足するとはいうことはできない。 (2) 争点(2)(構成要件Fの充足性)について (原告の主張) ア 構成要件Fにおける「軟化点」の意義 構成要件Fにおける「軟化点」は,マイクロカプセルが膨張し始める温度と解すべきである。すなわち,本件明細書には,「軟化温度」という言葉について,「1分間の加熱で膨張し始める温度」という意味であると記載されており(段落【0026】の【表1】の脚注2),当業者にとって,軟化点と軟化温度が同じ意味であることは明らかである。 イ 軟化点の測定 「軟化点」の測定条件について,本件明細書では特に指示がないので,TMA法又は1分間加熱法で測定すればよい。そして,TMA法及び1分間加熱法により,原告が大日製品の軟化点を測定した結果は,以下のとおりであるから,被告製品は,構成要件Fを充足する。 (ア) TMA法による測定(甲8) 昇温速度を1分間10℃として,TMA法により,大日製品の軟化点を測定した結果は,大日製品1では141℃,大日製品2では144℃であった。 (イ) 1分間加熱法による測定(甲21) アルミホイルの箱にマイクロカプセルを1g入れ,熱風で1分間加熱した後に,検査規定K-1044の方法でマイクロカプセルの真比重を測定し,そこから体積変化を調べる方法により,大日製品の軟化点を測定した結果は,大日製品1では約155℃,大日製品2では約160℃であった。 (被告の反論) ア 構成要件Fにおける「軟化点」の意義 構成要件Fにおける「軟化点」は,多義的な意味を有しているが,一般的な用語法によれば,「壁材が軟化し始める温度」と解することができるところ,原告主張の「マイクロカプセルが膨張し始める温度」は,熱膨張性マイクロカプセルの壁材が「軟化」を始める温度よりも高くなるのであり,両者は一致しない。そして,被告製品の壁材が軟化し始める温度は,135℃未満である。 したがって,被告製品は,構成要件Fを充足しない。 イ 「軟化点」を「マイクロカプセルが膨張し始める温度」と解した場合 (ア) 1分間加熱法(塗膜法)による測定 仮に,構成要件Fにおける「軟化点」を原告が主張する「マイクロカプセルが膨張し始める温度」と解した場合,その測定方法としては,本件明細書に記載されている軟化点の測定方法である1分間加熱法によるべきである。 原告は,TMA法により測定すべきであると主張するが,本件明細書に1分間加熱法が開示されているのであるから,原告の主張は失当である。 被告が,「1分間加熱法」として最も適切と思われる手法である塗膜法により,被告製品の軟化点を測定したところ,被告製品は,130℃で1分間加熱した場合でも膨張を開始した。 したがって,被告製品は,構成要件Fを充足しない。 (イ) TMA法による測定 仮に,原告が主張するように,「TMA法」により軟化点を測定することができるとしても,どの程度の速度で温度を上げていくか,すなわち昇温速度は明らかではない。 構成要件に記載されている数値を測定する複数の方法があり得る場合には,それらのいずれの方法によって測定しても,構成要件を充足する場合でない限り,その特許権を侵害することにはならないと解すべきである。 被告が,昇温速度を1分間当たり0.5℃として,TMA法により,被告製品の軟化点を測定したところ,被告製品は,135℃未満で膨張を開始した。 そうすると,被告製品では,軟化点を測定する方法として考えられるもののうち,1分間加熱法による場合と,TMA法において昇温速度を1分間当たり0.5℃とした場合には,軟化点が135℃を下回っている。 したがって,被告製品は,構成要件Fを充足しない。 (3) 争点(3)(構成要件G及びHの充足性)について (原告の主張) ア 構成要件G及びHにおける「発泡倍率」の意義 構成要件G及びHにおける「発泡倍率」は,塗膜厚比による測定によるものであると解すべきである。なぜなら,本件明細書には,「また,該マイクロカプセルの種々の加熱条件下における発泡倍率(塗膜厚比)を調べ,結果を表2に示す。」との記載(段落【0015】)があるからである。 塗膜厚比による発泡倍率の測定は,原告の検査規定MYS-903(以下「原告検査規定」という。)で行う。これは,マイクロカプセルをバインダーと1:2の割合で攪拌混合してマイクロカプセルを分散させたインキを作り,紙の上にそのインキで線を描き,その後,インキ中のマイクロカプセルを加熱発泡させて,インキの膜厚の変化を見る方法である。カプセルとバインダーの比率を1:2としたのは,本件特許の出願時において,壁紙などの印刷インクに配合し,インクを膨張させることにより模様を浮き出させることが,熱膨張性マイクロカプセルの最大の用途であり,この用途に即したためである。 この測定方法は,以下のとおり,当業者には周知であった。 @ 甲12(日本接着協会雑誌Vol.19No.11【512】〜【519】),13(原告の昭和58年当時のカタログ)並びに14及び15(原告が熱膨張マイクロカプセルを他社に販売するときの納入仕様書)に記載されている。 A 本件特許の出願当時,原告は,日本国内における熱膨張性マイクロカプセルの9割のシェアを有しており,原告と取引をしていた業者は,原告の測定方法を知っていた。 イ 発泡倍率の測定結果 原告検査規定により,大日製品の発泡倍率を測定した結果は,以下のとおりである。したがって,被告製品は,構成要件G及びHを充足する。 (ア) 大日製品1 発泡倍率 160℃×1分 9.1倍 160℃×4分 11.2倍 (イ) 大日製品2 発泡倍率 160℃×1分 16.1倍 160℃×4分 14.1倍 (被告の反論) ア 構成要件G及びHにおける「発泡倍率」の意義 (ア) 構成要件G及びHにおける「発泡倍率」について,本件明細書には何ら記載されていない上,以下のとおり,当業者が発泡倍率を測定する場合には,通常,原告検査規定が採用されるということもできないから,その測定方法を特定することができない。したがって,被告製品が構成要件G及びHを充足するということはできない。 @ 原告が,仮に,熱膨張マイクロカプセルの日本国内の9割のシェアを有していたとしても,当業者が,通常,原告の採用する原告検査規定を採用するという根拠はない。 A 甲12ないし15には,原告検査規定の具体的内容について何も記載されていない。 B 原告検査規定は,客観的,一義的な規定ではないため,当業者が,これに基づいて発泡倍率を測定することはできない。 C カプセルとバインダーの比率は一義的に1:2に定まるものではない。 これに対し,原告は,原告検査規定において,カプセルとバインダーの比率を1:2としたのは,熱膨張性マイクロカプセルの最大の用途が,壁紙などの印刷インクに配合し,インクを膨張させることにより模様を浮き出させるというものであり,この用途に即したものであると主張するが,本件特許の出願時における熱膨張性マイクロカプセルの最大の用途は,上記用途に限られたものではなく,1:2という比率も,公知の測定条件の一つにすぎないから,原告の主張は失当である。 イ 原告検査規定による測定 仮に,構成要件G及びHにおける「発泡倍率」を原告検査規定により測定すると解した場合でも,カプセルとバインダーの比率は,一義的に1:2に定まるものではない。 構成要件に記載されている数値を測定する複数の方法があり得る場合には,構成要件Fで述べたとおり,それらのいずれの方法によって測定しても,構成要件を充足する場合でない限り,その特許権を侵害することにはならないと解すべきである。 被告がカプセルとバインダーの比率を1:10にして,原告検査規定により,被告製品1又は2の160℃1分の加熱における発泡倍率を測定した結果は,それぞれ3.8,5.0である。 そうすると,カプセルとバインダーの比率によっては,原告検査規定により測定した被告製品の160℃1分の加熱における発泡倍率は,7を下回っている。 したがって,被告製品は,構成要件Gを充足しない。 (4) 争点(4)(均等の成否)について (原告の主張) 仮に,被告製品が構成要件Cを充足しないとしても,以下のとおり,被告製品は,構成要件Cと均等であるから,本件発明の技術的範囲に属する。 ア 本件発明の本質的部分 本件発明の本質的部分は,「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマー20重量%以下」,「非ニトリル系モノマーがメタクリル酸エステル類及びアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種又は2種以上のモノマー」のモノマー構成に「架橋剤」を添加することで,発泡性,耐溶剤性及び耐熱性に優れた熱膨張性マイクロカプセルの製造を可能にした点にある。架橋剤については,出願審査の過程でも,先行公知技術との関係において,添加するかどうかのみが問題にされたのであり,その添加量については,発明の本質的部分であるとは考えられていなかった。 したがって,架橋剤の量は,本件発明の本質的部分ではない。 イ 置換可能性 熱膨張性マイクロカプセルの架橋剤率は,当業者が適宜定めれば足りるものであって,架橋剤率について,構成要件Cにおける「0.1重量%〜1重量%」から若干外れて,被告製品における量に置き換えても,本件発明の作用効果を奏する。 ウ 置換容易性 当業者にとって,熱膨張性マイクロカプセルの架橋剤率は,ポリマーの性質を見ながら適宜調整して定めることが技術常識であったから,本件発明の作用効果を得るために,架橋剤率について,構成要件Cにおける「0.1重量%〜1重量%」から若干外れて,被告製品における量に置き換えることは,当業者が容易に想到できた。 エ 公知技術からの容易推考 「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマー20重量%以下」,「非ニトリル系モノマーがメタクリル酸エステル類及びアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種又は2種以上のモノマー」のポリマー構成に「架橋剤」を添加して熱膨張性マイクロカプセルを製造することは,公知技術から容易に推考できるものではなかったから,被告製品は,当業者が公知技術から容易に推考できたものではない。 オ 意識的除外等の特段の事情 原告が,本件特許の出願手続において,架橋剤率が1重量%以上である熱膨張性マイクロカプセルを本件発明の技術的範囲から除外したといえる特段の事情は存在しない。 カ 結論 したがって,被告製品の壁材の架橋剤率が,被告実験のとおり(閲覧制限により省略)重量%であるか,又は,原告実験のとおり約1重量%であったとしても,被告製品は,構成要件Cと均等であるということができる。 (被告の反論) ア 本質的部分 本件特許のような数値限定特許において,数値限定は,公知技術との関係において特許性を明らかにするために行われるのであるから,当該特許の本質的部分であるということができる。 しかも,ポリマーを製造するために架橋剤を使用する場合に,どのような種類の架橋剤を,どのような量使用するかということは,ポリマーの性質を決定づける上で極めて重要なファクターであり,これは,当業者の一般常識である。 したがって,構成要件Cにおける架橋剤率は,本件特許の本質的部分であるというべきである。 イ 意識的除外等の特段の事情 本件特許のような数値限定特許において,数値限定は,特許権者が自らの意思に基づき,あえて数値限定を行っているのである上,本件特許においては,拡大解釈の余地を残す文言が全く記載されていない。 しかも,本件明細書には,架橋剤の量について,「好ましくは0.2〜0.5重量%」という記載(段落【0008】)があり,実施例においても架橋剤率が0.3重量%付近のもののみが開示されている。これらの記載からすれば,本件特許の出願当時,架橋剤率について,原告が0.2〜0.5重量%の範囲を念頭においていたことは明らかであり,原告は,本件特許出願に当たり,当初念頭においていた0.2〜0.5重量%という架橋剤率の範囲を0.1〜1重量%まで拡げたものと認められる。特に,上限を2倍に拡大しているが,これは逆に,0.1〜1重量%の範囲外の架橋剤率をあえて特許請求の範囲に含めなかったということであり,数値限定の範囲外の部分を意識的に除外したものである。 したがって,本件特許の出願手続において,原告は,構成要件Cにおける架橋剤率を超える部分を意識的に除外したというべきである。 (5) 争点(5)(損害額)について (原告の主張) ア 被告は,平成13年12月から平成16年10月までに,1キログラム当たり1200円で,約260トンの被告製品を販売しており,その売上額の合計は,3億1200万円である。 そして,被告製品の粗利率は,約30%であるので,上記期間に,被告が被告製品を販売することにより得た利益は,9360万円である。 イ したがって,原告は,被告に対し,損害金9360万円(特許法102条2項)及びこれに対する訴変更申立書送達日の翌日である平成16年11月20日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の反論) 争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件Cの充足性)について (1) 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」の意義 構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」の意義について,原告は,製造されたポリマーに含まれる架橋剤の量であると解すべきであると主張するのに対し,被告は,ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率であると解すべきであると反論するので,まず,この点について,判断する。 ア 本件明細書(甲2)の記載 (ア) 特許請求の範囲 本件明細書の「特許請求の範囲」には,「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマー20重量%以下および架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマー」との記載がある。 (イ) 発明の詳細な説明 本件明細書の「発明の詳細な説明」には,以下の記載がある。 a 課題を解決するための手段 (a) 「【0006】・・・ニトリル系モノマーの使用量は,80重量%以上,特に85〜97重量%であり,80重量%未満では本発明の所期の目的を達成することはできない。」 (b) 「【0007】・・・非ニトリル系モノマーの使用量は20重量%以下,好ましくは15〜3重量%である。」 (c) 「【0008】・・・架橋剤の使用量は0.1〜1重量%,好ましくは0.2〜0.5重量%である。」 (d) 「【0010】マイクロカプセル内に包含される揮発性膨張剤は上記の配合成分から調製されるポリマーの軟化点(一般的には約120〜150℃)以下の温度でガス状になる物質であり・・・」 b 実施例 「【0013】・・・実施例1 次の配合処方によって調製した油性混合物および水性混合物をホモミキサー(特殊機化工業株式会社製)を用いて加圧下(窒素2kg/u),10000rpmで60秒間攪拌混合した後,窒素置換した加圧重合反応機(15L)内へ仕込み,加圧して(2kg/u),60℃で20時間反応させた。」 イ 判断 (ア) 以上の記載によれば,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」とは,熱膨張性マイクロカプセルの壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率を意味していると解すべきである。その理由は,以下のとおりである。 すなわち,@本件明細書の「特許請求の範囲」には,構成要件Cを含めて,前記ア(ア)のとおり記載されており,「成分から得られる」との文言が記載されていること,A本件明細書の「発明の詳細な説明」には,ポリマーを製造するに当たって用いる原料に含まれるニトリル系モノマー等の組成を意味する「ニトリル系モノマー(非ニトリル系モノマー又は架橋剤)の使用量」,「上記の配合成分から調製される」又は「次の配合処方によって調製した油性混合物および水性混合物」との文言が記載されていることからすれば,前記ア(ア)の記載は,特定の量のニトリル系モノマー,非ニトリル系モノマー及び架橋剤を原料として製造したポリマーを意味するものであると解される。そして,そのポリマーは,熱膨張性マイクロカプセルの壁材を構成するものである(甲2)から,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」とは,熱膨張性マイクロカプセルの壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率を意味していると解すべきである。 原告は,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」を,製造されたポリマーに含まれる架橋剤の量であると主張するが,上記の記載に加えて,本件明細書の実施例において,製造されたポリマーに含まれる架橋剤の量を測定ないし分析した記載がないことからみても,上記主張には理由がなく,これを採用することはできない。 (イ) なお,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」が何に対する架橋剤の割合を表しているかについて,原告は,ポリマー全体に対する割合である旨主張するところ,確かに,本件発明の特許請求の範囲の記載は,ニトリル系モノマー,非ニトリル系モノマー及び架橋剤をそれぞれ並列的に記載し,各々を重量%で規定してポリマーの成分としているから,「架橋剤0.1〜1重量%」を,ポリマー全体に対する架橋剤の割合と解する余地もないではない。 しかしながら,そのように解するとすると,非ニトリル系モノマーが20重量%となる場合には,架橋剤が少なくとも0.1重量%存在する結果,ニトリル系モノマー80重量%以上という上記特許請求の範囲に記載された要件を満たし得なくなる。 また,本件明細書の「発明の詳細な説明」部分において,「【0006】・・・ニトリル系モノマーの使用量は80重量%以上,特に85〜97重量%であり,80重量%未満では本発明の初期の目的を達することはできない。」,「【0007】・・・非ニトリル系モノマーの使用量は20重量%以下,好ましくは15〜3重量%である。」と記載されていること(甲2) からすれば,ニトリル系モノマーと非ニトリル系モノマーの好適な使用量の範囲は,相補的に合計100%となるように規定されていると認められる。 そうすると,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」とは,ニトリル系モノマー及び非ニトリル系モノマーの合計重量に対する割合であるとする方が,より合理的であるといえる。 ただし,原告実験においては,ポリマー全体に対する架橋剤の割合を測定しているので,以下では,上記解釈をひとまずおいて,原告実験の結果を検討する。 (2) 本件発明と被告製品との対比 以上の「架橋剤0.1〜1重量%」の意義を踏まえて検討する。 原告は,ポリマーを製造するに当たって用いる原料の架橋剤率と製造されたポリマーの架橋剤率とはほぼ一致するから,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」の意義についての解釈の差異は問題にならないとし,原告実験の結果(甲7,16,19,22,26)によれば,被告製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率は1重量%以下であるか,ほぼ1重量%であるから,被告製品は,構成要件Cを充足すると主張する。 そこで,以下検討する。 ア 原告実験の結果 原告実験の結果は,以下のとおり,いずれも,被告製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を正確に示しているとはいえない。 (ア) 原告実験1(甲7)について a 甲7及び弁論の全趣旨によれば,原告実験1について,以下の事実が認められる。 (a) 原告実験1は,概ね以下の方法により行われた。 @ 試料(大日製品)15gをメタノール洗浄する。 A 洗浄後,室温で風乾した試料10gに,10%KOHメタノール溶液20ml,メタノール200mlを加え,加水分解する。 B 加水分解した試料を6N塩酸でpH6.5に調整した後,濾紙で濾過する。濾液よりメタノールを留去し,残渣をメタノール30mlで3回抽出する。抽出液を合わせて濃縮し,10mlとする。 C ガスクロマトグラフィー(気-液クロマトグラフィー)分析により得られるピーク面積とジエチレングリコールの量との関係を示す検量線を作成する。 D 試料をガスクロマトグラフィーで分析することによって得られるピーク面積と,上記Cの検量線とを対比することにより,同試料に含まれるジエチレングリコールを定量する。 E 以下の計算式により,加水分解した試料に含まれるジエチレングリコールメタクリレート(架橋剤)を定量する。 ジエチレングリコールの量×(242.27(ジエチレングリコールメタクリレートの分子量)/106.12(ジエチレングリコールの分子量))/試料10g F 原告が推定した大日製品のモノマー組成に基づき,本件明細書の実施例1及び3に準じて比較用カプセルを製造する。 G 上記Fのマイクロカプセルを試料として,上記@ないしEの方法により,ジエチレングリコールメタクリレートを定量する。 H 以下の計算式により,「換算係数」を求める。 上記Fのマイクロカプセルの製造時に添加されるジエチレングリコールメタクリレートの量/上記Gのジエチレングリコールメタクリレートの量 I 以下の計算式により,大日製品の壁材に含まれる架橋剤を定量する。 上記Eのジエチレングリコールメタクリレートの量×上記Hで求めた「換算係数」 (b) 上記(a)の方法により,大日製品の壁材を構成するポリマーに含まれる架橋剤を定量した結果は,以下のとおりであった。 @ 大日製品1 0.70重量% A 大日製品2 0.59重量% b しかし,原告実験1の結果は,以下の問題点があり,大日製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を正確に示したものであるとは認められない。 (a) 原告実験1において原告が作成した検量線は,わずか2回のガスクロマトグラフィー分析により得られたデータと原点とを結んで作成されているにすぎないため,検量線自体の信頼性に欠ける。 (b) 試料に含まれるジエチレングリコールを,検量線の範囲からはずれたところでの外挿法により定量しているため,内挿法による測定よりも測定誤差が生じるおそれが高い。 (c) 大日製品には,膨張剤が内包され,かつ,灰分が付着しているところ,試料をメタノール洗浄しても,これらをすべて除去することができないから,メタノール洗浄した試料に含まれる膨張剤及び灰分を定量して試料の量から控除しなければ,大日製品の壁材に含まれる架橋剤を正確に定量することはできない。 (d) 比較用カプセルに含まれる成分及びその製造条件が,被告製品と一致しているか否かは不明であるため,原告実験1で求めた「換算係数」が,被告製品についての「換算係数」に該当するとは限らない。 (e) 原告実験1で求めた「換算係数」は,2回の定量の結果に基づいて算出されており,その一方の値は,1より小さいところ,これは,製品を分析した場合の架橋剤率が原料の架橋剤率より多いことを示しており,極めて不自然であって信頼性に欠ける。 (イ) 原告実験2(甲16)について a 甲16によれば,原告実験2について,以下の事実が認められる。 すなわち,原告実験2は,試料をミヨシ製品としたこと,被告が開示した被告製品のモノマー組成(乙1)に基づき,その他の条件は本件明細書の実施例1及び3に基づいて,比較用カプセルを製造したこと,3回のガスクロマトグラフィー分析により得られたデータを基に検量線を作成したことを除けば,基本的に原告実験1と同じ方法により行われ,その結果は,以下のとおりであった。 @ ミヨシ製品1 0.85重量% A ミヨシ製品2 0.99重量% b しかし,原告実験2の結果についても,比較用カプセルは,モノマー組成以外の条件は本件明細書に基づいて製造されており,被告製品を忠実に再現したものとはいえず,前記(ア)b(d)記載の問題点は解消されていない。また,その他前記(ア)b記載の問題点((ア)b(a)記載の問題点を除く。)と同様の問題点があるから,ミヨシ製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を正確に示したものであるとは認められない。 (ウ) 原告実験3(甲19)について a 甲19及び弁論の全趣旨によれば,原告実験3について,以下の事実が認められる。 すなわち,原告実験3は,原告実験1及び2に前記(ア)b(c)記載の問題点があることを踏まえ,原告実験1及び2で用いられた試料又は比較用カプセルに含まれる灰分及び膨張剤を定量した結果を用いて,原告実験1及び2の結果を補正したものであり,その結果は以下のとおりであった。 @ 大日製品1 0.65重量% A 大日製品2 0.72重量% B ミヨシ製品1 0.83重量% C ミヨシ製品2 1.00重量% b しかし,原告実験1及び2の結果については,前記(ア)b(c)記載の問題点のほかにも,同(b),(d),(e)記載の問題点があることは,前記のとおりであり,これらの結果に基づく原告実験3の結果についても,同(b),(d),(e)記載の問題点は解消されていないから,大日製品及びミヨシ製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を正確に示したものであるとは認められない。 (エ) 原告実験4(甲22)について a 甲22及び弁論の全趣旨によれば,原告実験4について,以下の事実が認められる。 すなわち,原告実験4は,原告実験1ないし3に前記(ア)b記載の問題点があることを踏まえ,@大日製品及びミヨシ製品を試料とすること,Aメタノール洗浄した試料の一部を取り出して,それらに含まれる灰分及び膨張剤を定量した上で,試料の量から灰分及び膨張剤の量を控除して試料に含まれるジエチレングリコールメタクリレート(架橋剤)を定量すること,B膨張剤の定量の方法として,メタノール洗浄した試料1gに溶剤を添加して110℃で2時間加熱したことによる揮発分を測定する方法(以下「原告法」という。)と,メタノール洗浄した試料0.2gを200℃で10分間加熱したことによる揮発分を測定する方法(以下「被告法」という。)の双方を行うこと,C検量線に基づき,内挿法により,試料に含まれるジエチレングリコールを定量すること等としたほかは,基本的に原告実験1及び2と同様の方法により行われたものであり,その結果は,以下のとおりであった。 (a) 加水分解した試料からジエチレングリコールを回収して,ジエチレングリコールメタクリレート(架橋剤)を定量した結果(前記(ア)a(a)E) α 原告法による場合 @ 大日製品1 0.873重量% A 大日製品2 0.928重量% B ミヨシ製品1 0.975重量% C ミヨシ製品2 0.997重量% β 被告法による場合 @ 大日製品1 0.909重量% A 大日製品2 0.921重量% B ミヨシ製品1 1.007重量% C ミヨシ製品2 1.027重量% (b) (a)の結果を換算係数により補正した結果(前記(ア)a(a)I) α 原告法による場合 @ 大日製品1 1.030重量% A 大日製品2 0.983重量% B ミヨシ製品1 1.151重量% C ミヨシ製品2 1.056重量% β 被告法による場合 @ 大日製品1 1.070重量% A 大日製品2 0.953重量% B ミヨシ製品1 1.185重量% C ミヨシ製品2 1.063重量% b 上記のとおり,原告実験4については,前記(ア)b(a)ないし(c)及び(e)(換算係数は,すべて1以上であった。)記載の問題点は存在しないと認められるところ,これらの結果によれば,原告方法及び被告方法のいずれによる場合も,被告製品4例中3例は,架橋剤が1重量%を超えていることが明らかである。 しかも,前記a(a)の結果については,原告実験4の過程において,試料の加水分解を完了させ,その後の試料から架橋剤由来の成分であるジエチレングリコールを完全に回収することは困難と解されるから,大日製品及びミヨシ製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を必ずしも正確に反映したものとはいえず,架橋剤率が若干増加することが予想される。また,前記a(a)の結果を換算係数により補正した前記a(b)の結果については,前記(ア)b(d)記載の問題点が依然として解消されていない。 (オ) 原告実験5(甲26)について a 甲26によれば,原告実験5について,以下の事実が認められる。 すなわち,原告実験5は,原告が入手したとする2つの被告製品2(以下それぞれ「サンプル1」,「サンプル2」という。)を試料としたほかは,基本的に原告実験4と同様の方法により行われたものであり,その結果は,以下のとおりであった。 (a) 加水分解した試料からジエチレングリコールを回収して,ジエチレングリコールメタクリレート(架橋剤)を定量した結果(前記(ア)a(a)E) α 原告法による場合 @ サンプル1 0.929重量% A サンプル2 0.969重量% β 被告法による場合 @ サンプル1 0.958重量% A サンプル2 0.989重量% (b) (a)の結果を換算係数により補正した結果(前記(ア)a(a)I) α 原告法による場合 @ サンプル1 1.006重量% A サンプル2 1.049重量% β 被告法による場合 @ サンプル1 1.013重量% A サンプル2 1.045重量% b 原告実験5については,原告実験4と同様に,前記(ア)b(a)ないし(c)及び(e)(換算係数は,すべて1以上であった。)記載の問題点はないが,前記(エ)b記載の問題点が認められるところ,これらの結果によれば,原告方法及び被告方法のいずれによる場合も,被告製品のすべてにおいて,架橋剤が1重量%を超えていることが明らかである。しかも,甲26には,サンプル1及び2の入手経路は全く記載されていない上,これらを写した写真(甲27)によっても,これらが被告製品2であると認めることはできず,その他,サンプル1及び2が被告製品2であることを認めるに足りる客観的証拠は存在しない。 したがって,いずれにしても,原告実験5の結果に基づいて,被告製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率が,1重量%以下であるとは認められない。 (カ) 原告実験の結果についての検討のまとめ 上記検討したところに照らせば,原告実験1ないし3は,被告製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率を正確に示したものではなく,原告実験4及び5(そのサンプルが被告製品と認められるか否かの点は措く。)は,上記原告実験1ないし3と比較すれば,その信頼性は向上したといえるものの,依然として問題点が残るものである。しかも,より信頼性が向上したといえる原告実験4及び5においては,被告製品の壁材を構成するポリマーの架橋剤率が,1重量%を超えるものが,合計12例中10例であり,結局,これらの原告実験の結果に基づいて,架橋剤率が1重量%以下であるとは,到底,認めることができない。 さらに,前記(1)(イ)に示したように,本件発明の構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%」を,ニトリル系モノマー及び非ニトリル系モノマーの合計重量に対する割合であると解するとすると,ポリマー全体に対する架橋剤の割合を測定した原告実験の重量%の数値を,若干上昇した値に修正すべきこととなるから,この点からも,架橋剤率が1重量%以下であると認めることはできない。 イ 被告製品の製造記録 被告は,製品の壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率を示すものとして,被告製品の製造記録(乙24ないし27)等を提出しているので,これらを検討する。 (ア) 事実認定 証拠によれば,以下の事実が認められる。 a 被告は,平成13年9月4日,ロットナンバー220の被告製品2を製造したが,その壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率は,約(閲覧制限により省略)重量%であった(乙3,23,26)。 b 被告は,平成14年4月30日,ロットナンバー257の被告製品2を製造したが,その壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率は,約(閲覧制限により省略)重量%であった(乙3,23,27)。 c 被告は,平成14年7月3日,ロットナンバー321の被告製品1を製造したが,その壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率は,約(閲覧制限により省略)重量%であった(乙3,23,25)。 d 被告は,平成15年7月18日,ロットナンバー560の被告製品2を製造したが,その壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率は,約(閲覧制限により省略)重量%であった(乙3,23,24の2)。 e 被告は,平成16年1月16日,ロットナンバー594の被告製品1を製造したが,その壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料に含まれていた架橋剤率は,約(閲覧制限により省略)重量%であった(乙3,23,24の1)。 f 上記aないしeの原料を構成する物質の種類及び量は,被告製品1又は2ともに,すべて同一であった(乙24ないし27)。 (イ) 検討 以上認定した事実によれば,前記各年月日において製造された被告製品の壁材を構成するポリマーの原料の架橋剤率は,いずれも約(閲覧制限により省略)重量%であったと認めることができる。 なお,試料の加水分解を完了させ,その後の試料から架橋剤由来の成分であるジエチレングリコールを完全に回収することが困難であるという原告実験の問題点に照らせば,被告製品の製造記録に記載されている被告製品の壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率((閲覧制限により省略)重量%)が,原告実験の結果を上回っていることは,合理性を有するものといえる。 また,上記各年月日において,被告製品の壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料を構成する物質の種類及び量はすべて同一であり,このことに照らせば,少なくとも上記年月日の期間中,被告が,被告製品の壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の組成を変更したと認めることはできない(平成14年7月3日付製造記録には,被告製品1の膨張剤は,(閲覧制限により省略)と記載されている(乙25)のに対し,平成16年1月16日付製造記録には,被告製品1の膨張剤は,(閲覧制限により省略)と記載されている(乙24の1)が,膨張剤についての記載の変更をもって,上記原料の組成を変更したということはできない。)。 ウ 小括 以上によれば,被告製品の壁材を構成するポリマーを製造するに当たって用いた原料の架橋剤率が,0.1〜1重量%であることを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 したがって,被告製品が構成要件Cを充足すると認めることはできない。 2 争点(4)(均等の成否)について 1で検討したとおり,被告製品は本件発明の構成要件Cを充足しないと解されるところ,原告は,仮に,被告製品が構成要件Cを充足しないとしても,構成要件Cと均等である旨主張するので,次に,争点(4)について検討する。 (1) 本件発明の本質的部分について まず,被告製品と異なる部分である,構成要件Cの「架橋剤0.1〜1重量%含有する」との部分が,本件発明の本質的部分といえるか否かについて検討する。 ア 事実認定 証拠(認定事実の末尾に掲記した。)によれば,本件明細書の記載,出願経過について,以下の事実が認められる。 (ア) 本件明細書の記載 本件明細書の「発明の詳細な説明」には,「【0008】・・・架橋剤の使用量は0.1〜1重量%,好ましくは0.2〜0.5重量%である。」との記載がある(甲2)。 (イ) 出願経過 a 本件特許出願時の明細書の記載 原告は,平成8年6月14日,本件特許出願をしたが,その出願時の明細書(以下「出願当初明細書」という。)の「特許請求の範囲」には,以下の記載がされていた(甲34)。 「【請求項1】 ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマー20重量%以下および架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマーを用いて,該ポリマーの軟化点以下の温度でガス状になる揮発性膨張剤をマイクロカプセル化した熱膨張性マイクロカプセルにおいて,非ニトリル系モノマーがメタクリル酸エステル類およびアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種または2種以上のモノマーであることを特徴とする熱膨張性マイクロカプセル。」 b 拒絶理由通知 特許庁審査官は,原告に対し,平成9年8月19日(通知書発送日),本件特許出願について,特許法29条1項3号,同条2項により特許を受けることができないとの拒絶理由を通知した。 この通知書においては,本件発明は後記@の文献に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当すること,本件発明はその出願前に日本国内又は外国において頒布された後記@ないしCの文献に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得た発明であるから,特許法29条2項に該当することが,拒絶理由とされていた(甲32)。これらの文献には,以下の内容が記載されている(甲28ないし31,35)。 @ 米国特許第3615972号(甲28,以下「引用文献1」という。) 引用文献1には,揮発性の有機液体膨張剤を熱可塑性合成樹脂ポリマーと分離した相として内包させた球状の膨張可能粒子において,当該熱可塑性樹脂材料が,アクリロニトリル約93ないし40重量部と塩化ビニリデン約7ないし60重量部からなるポリマーを含むこと,当該熱可塑性樹脂の流動粘度を増加させるために架橋剤を使用することが公知であること,代表的な架橋剤は,メチルメタクリレート,スチレンなどのモノマー及びこれらの共重合体又はこれらと他のビニルモノマーとの共重合体などとともに,約0.6重量%まで使用できるジビニルベンゼンであることが記載されている。また,引用文献1の実施例92には,メチルアクリレートとアクリロニトリルを10:90から90:10までの範囲で10重量部刻みに配合割合を変化させたポリマーを使用した粒子サンプルを作成して,その膨張率を調べたところ,アクリロニトリル80及び90重量部のものを除いて,最初の直径の約3倍に膨張したことが記載されている。 A 特公昭53-45440(甲31,以下「引用文献2」という。) 引用文献2には,熱可塑性熱膨張微少球の調製に好ましいポリマーとして,約90:10〜80:20の重量比のアクリロニトリルとアクリル酸メチルの共重合体及び約93:7〜82:18の重量比のメタクリロニトリルとアクリル酸メチルの共重合体などがあると記載されている。 B 特開昭56-113338(甲29,以下「引用文献3」という。) 引用文献3には,熱膨張性マイクロカプセルにおいて,アクリロニトリルを少なくとも一成分とする重合体を使用してマイクロカプセルを製造すること,アクリロニトリルと共重合してもよい他の好適なモノマー成分としてはアクリル酸,メタクリル酸,アクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,酢酸ビニル,塩化ビニリデン等が挙げられること,必要に応じてジビルニベンゼンなどの架橋性モノマーを併用してもよいこと,特に好適な重合体は,アクリロニトリル15重量%以上,塩化ビニリデン30〜80重量%及び少量,例えば,0.1〜1.0重量%の架橋性モノマーを共重合させることによって得られることが記載されている。 C 特公昭58-42209(甲30,以下「引用文献4」という。) 引用文献4には,付加重合体被膜で低沸点液体を被覆した熱膨張可能な微小体であることを特徴とする熱膨張性樹脂組成物において,それに使用される付加重合性単量体としては,例えば,塩化ビニリデン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル等が主たる単量体としては好ましいこと,これらの単量体に加えて,微小体の熱膨張温度の制御等のため,メタクリル酸低級アルキルエステル,アクリル酸低級アルキルエステル,酢酸ビニル,塩化ビニル,スチレン等を併用することも好ましいこと,また,ジビニルベンゼン,エチレングリコールジメタクリレート等の架橋性単量体を微量,例えば,0.05〜5重量%を添加することは,重合体殻の耐溶剤性の向上,熱膨張性微小体の軟化点以上の温度に対する熱膨張率の維持等に効果があることが記載されている。 また,参考例3として,アクリロニトリル66.0部,メタクリル酸メチル13.2部,メタクリル酸ブチル8.8部,ジビニルベンゼン0.2部で重合体を製造した熱膨張性微小体が記載されている。 c 拒絶理由通知に対する意見書の記載 前記b記載の拒絶理由通知に対し,原告は,平成9年10月20日,同日付の意見書(以下「本件意見書」という。)を提出した。 同意見書には,以下の記載がある(甲35)。 「また審査官殿は,引用文献3に記載されているように,アクリロニトリル成分を少なくとも15重量%含有する原料から製造される熱膨張性マイクロカプセルにおいて,三官能性の架橋剤を用いることは当業者が普通に行い得ることであり,そうであれば,引用文献4記載のものにおいて,重合体殻の耐溶剤性の向上のために,公知の架橋剤を用いることは当業者は容易に想到し得たといえる,と解釈しておられます。 しかし,本願発明における架橋剤は,熱膨張性マイクロカプセルのモノマー原料として得られるポリマーの軟化点が140℃以上となるニトリル系単量体が80重量%以上の場合に,そのような高温での発泡性を良好にするために用いられたものであり,それにより耐熱性と耐溶剤性に優れたマイクロカプセルを得ることができるようになったものです。即ち本願発明は従来公知の熱膨張性マイクロカプセルの欠点である発泡性不良,耐熱性および耐溶剤性の不足をモノマーの特定と配合範囲の特定,更に架橋剤の組み合わせにより解決した発明であって,このような課題と解決手段はいずれの引用文献にも全く教示されておらず,これらを組み合わせても本願発明を想到できるものではないと確信します。」(4ページ11行ないし25行) d 拒絶査定 特許庁審査官は,原告に対し,平成10年3月10日(拒絶査定謄本発送日),本件特許出願について,拒絶査定をした。 この拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)においては,本件発明が特許法29条2項に当たることが理由とされており,引用文献4記載の熱膨張性マイクロカプセルにおいて,モノマーを公知範囲の割合とすることは当業者が容易に想到し得たことである旨記載されていた(甲32)。 e 手続の補正 本件拒絶査定に対し,原告は,平成10年5月11日,同日付の手続補正書を提出して,前記a記載の請求項について,「ポリマーの軟化点が135℃以上であり,且つ160℃1分の加熱における発泡倍率が7以上で,160℃4分の加熱における発泡倍率が3以上」である点を付加して,本件明細書の記載と同一の記載に補正した(以下「本件補正」という。)(甲36)。 f 拒絶査定不服審判請求 原告は,特許庁長官に対し,本件拒絶査定に対し,平成10年4月9日付審判請求書(以下「本件審判請求書」という。)を提出し,拒絶査定の取消し及び特許査定を求める旨の審判を請求した。同請求書には,以下の内容の記載がある(甲32)。 すなわち,原告は,従来技術の問題点に関し,「一般にニトリル系単量体を主成分とするポリマーは耐熱性および耐薬品性が高いなど優れた性質を有するが,一方でニトリル系単量体を高含有量で含むポリマーは軟化点が高いことおよび流動性が低いため,例えば加工性等の面ではこれが欠点となって,十分に利用されるに至っていないことは当業者のよく理解するところである。このような欠点をカバーするため,ニトリル系単量体は,通常非ニトリル系単量体と組み合わせて共重合体として用いられる。しかし,このような共重合体においても,ニトリル系単量体が80重量%を超える範囲のものはなお十分使いこなされていない。特に,本願発明の主題である熱膨張性マイクロカプセルとしてニトリル系単量体が80重量%以上含有するポリマーを使用し,軟化点が135℃以上で且つ発泡倍率が160℃1分の加熱で7以上で,160℃4分の加熱で3以上である熱膨張性マイクロカプセルは知られていない。」(5ページ9行ないし19行)と主張し,本件発明が特許されるべき理由として,「ニトリル系単量体を80重量%以上含むポリマーを用いて,本願発明のような発泡倍率の高い熱膨張性マイクロカプセルが得られることはどこにも記載されておらず,本願出願の時点で依然未開発の領域であったと言える。本願はニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマーとしてメタクリル酸エステル類およびアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種または2種以上を20重量%以下および架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマーを用いて,該ポリマーの軟化点以下の温度でガス状になる揮発性膨張剤をマイクロカプセル化によりこれを解決したものであり,単に引用文献1〜4の知見を組み合わせたとしても,本願発明の高発泡倍率のマイクロカプセルを想到できたとはいえない。」(6ページ21行ないし7ページ1行)と主張した。 g 特許査定 特許庁における審判官の合議体は,平成10年12月7日,前記dの拒絶査定を取り消し,本件発明は,特許をすべきものとするとの審決をした(甲33)。 イ 判断 以上認定した事実に基づき,「架橋剤0.1〜1重量%含有する」ことが本件発明の本質的部分であるか否かについて判断する。 (ア) 特許発明の本質的部分とは,明細書の特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該発明特有の課題解決のための手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分を意味するものと解されるところ,本件明細書には,本件発明の熱膨張性マイクロカプセルの架橋剤率に関して,前記ア(ア)の記載があるのみであり,その技術的意義については何ら記載されていない。 (イ) そこで,本件特許の出願経過について検討する。 上記認定した出願経過によれば,原告は,本件意見書において,「本願発明における架橋剤は,熱膨張性マイクロカプセルのモノマー原料として得られるポリマーの軟化点が140℃以上となるニトリル系単量体が80重量%以上の場合に,そのような高温での発泡性を良好にするために用いられたもの」であって,「本願発明は従来公知の熱膨張性マイクロカプセルの欠点である発泡性不良,耐熱性および耐溶剤性の不足をモノマーの特定と配合範囲の特定,更に架橋剤の組み合わせにより解決した発明」であることを主張したが,この主張は採用されずに,本件拒絶査定がなされた。 そこで,原告は,出願当初明細書における「特許請求の範囲」の請求項の記載について,「ポリマーの軟化点が135℃以上であり,且つ160℃1分の加熱における発泡倍率が7以上で,160℃4分の加熱における発泡倍率が3以上」である点を付加する本件補正を行うとともに,本件審判請求書において,本件発明は,本件特許出願の時点で依然未開発の領域であったニトリル系単量体が80重量%以上含有するポリマーを使用して,本件発明のような高い発泡倍率を有する熱膨張性マイクロカプセル,すなわち「発泡倍率が160℃1分の加熱で7以上で,160℃4分の加熱で3以上である」熱膨張性マイクロカプセルを得るという課題を解決したものであり,これは,「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマーとしてメタクリル酸エステル類およびアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種または2種以上を20重量%以下および架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマーを用い」ることにより解決できると主張したということができる。また,化学便覧等の技術文献(乙29,30)によれば,架橋ポリマーの物性が,原料となるモノマーの組成だけでなく,当該ポリマーに含まれる架橋剤の割合によっても大きく異なることは,当業者にとって,本件特許の出願当時の技術常識であったと認められる。 そうすると,本件発明は,高発泡倍率を有する熱膨張性マイクロカプセルを得るという特有の技術課題を解決するために,「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマーとしてメタクリル酸エステル類およびアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種または2種以上を20重量%以下および架橋剤0.1〜1重量%含有する成分から得られるポリマーを用い」るという構成を採用したものであり,当該構成全体は,本件発明の課題解決を基礎付ける特徴的な部分と解すべきであるから「架橋剤0.1〜1重量%含有する」ことは,本件発明の本質的部分であるというべきである。 (ウ) これに対し,原告は,「ニトリル系モノマー80重量%以上,非ニトリル系モノマー20重量%以下」,「非ニトリル系モノマーがメタクリル酸エステル類及びアクリル酸エステル類からなる群から選択される1種又は2種以上のモノマー」のモノマー構成に「架橋剤」を添加することで,発泡性,耐溶剤性及び耐熱性に優れた熱膨張性マイクロカプセルの製造を可能にした点が,本件発明の本質的部分であり,架橋剤については,出願審査の過程でも,先行公知技術との関係において,添加するかどうかのみが問題にされたのであり,その量については発明の本質的部分であるとは考えられていなかったと主張する。 しかし,これまで判示したとおり,本件発明は,本件補正によって,前記a記載の請求項について,「ポリマーの軟化点が135℃以上であり,且つ160℃1分の加熱における発泡倍率が7以上で,160℃4分の加熱における発泡倍率が3以上」である点が付加され,これらの高発泡倍率が達成できる理由として,ポリマーの組成との関係が原告により主張され,その結果,特許査定を受けることができたこと,架橋ポリマーの物性は,当該ポリマーに含まれる架橋剤の割合によって大きく異なることが当業者の技術常識であり,単に架橋剤を使用すれば,その量のいかんにかかわらず,これらの発泡倍率が常に達成することができるとは到底考えられないことに照らせば,ポリマーの架橋剤率が,これらの発泡倍率の達成と関係がない非本質的部分ということはできない(なお,物質についての発明に関して,当該物質を構成する全成分についての含有割合が数値的に明示されることによってその発明が特定されている場合においては,その発明の奏する効果のうち,特定の成分により生じるものであることが,当業者にとって明らかである効果以外の効果については,当該物質を構成するすべての成分の組合せによって得られるものであると一般的に解されるから,その効果が当該発明について本質的・特徴的な効果である場合には,それに即応したすべての成分の割合も,原則として,発明の本質的部分に当たるというべきである。)。 したがって,原告の主張は採用できない。 (2) 小括 以上によれば,構成要件Cにおける「架橋剤0.1〜1重量%含有する」ことは,本件発明の本質的部分に当たるというべきであるから,これを充足しない被告製品が構成要件Cと均等であるということはできない。 よって,その余の点について判断するまでもなく,均等についての原告の主張は理由がない。 3 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 山田真紀 |
裁判官 | 一場康宏 |