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関連ワード 物の発明 /  製造方法 /  公知技術 /  技術的範囲 /  特許の有効性 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  時効 /  抵触 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  数値限定 /  不存在 /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  事業の準備 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 /  費用の額 / 
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事件 平成 9年 (ワ) 938号 損害賠償等請求事件
原告 花王株式会社右代表者代表取締役 A右訴訟代理人弁護士 中島敏
被告 ジョンソンプロダクツ株式会社右代表者代表取締役 B右訴訟代理人弁護士 藤本英介鈴木正勇右補佐人弁理士 C
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1999/11/04
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、原告に対し、金二億七二三〇万円及びこれに対する平成九年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
被告は、原告に対し、五億六七〇二万二五〇〇円及びこれに対する平成九年二月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、原告が被告に対し、被告による家庭用かび取り剤(商品名「カビキラー」)の製造販売が原告の「芳香性液体漂白剤組成物」に係る二件の特許権を侵害すると主張して、損害賠償及び一部につき予備的に不当利得の返還を求めている事案である。
一 争いのない事実1 原告は、次の(一)及び(二)の各特許権(以下、それぞれを「本件特許権一」及び「本件特許権二」といい、両者を「本件各特許権」と総称する。また、それぞれの特許発明を「本件特許発明一」及び「本件特許発明二」といい、両者を「本件各特許発明」と総称する。)を有し、又は有していた。
(一) 本件特許権一(1) 特許番号 第九九一六九二号(2) 発明の名称 芳香性液体漂白剤組成物(3) 出願年月日 昭和四八年一一月二日(4) 出願公告年月日 昭和五四年八月二八日(5) 登録年月日 昭和五五年三月二七日(6) 存続期間満了日 平成五年一一月二日(7) 特許請求の範囲 別紙一「特許請求の範囲」一記載のとおり(二) 本件特許権二(1) 特許番号 第一六七九〇三八号(2) 発明の名称 芳香性液体漂白剤組成物(3) 出願年月日 昭和六一年三月三日(4) 出願公告年月日 平成三年七月二日(5) 登録年月日 平成四年七月一三日(6) 特許請求の範囲 別紙一「特許請求の範囲」二記載のとおり2 本件各特許権の特許請求の範囲は、次のように分説できる。
(一) 本件特許発明一(1) アニゾール、ベンゾフエノン、ベンジルフエニルエーテル、ブロメリア、セドレニルアセテート、p‐ターシヤリーブチルシクロヘキサノール、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、ジヒドロターピニルアセテート、ジフエニルオキサイド、ジメチルベンジルカルビノール、ジメチルフエニルエチルカルビノール、ジヒドロターピネオール、フエンチルアセテート、フエンチルアルコール、p‐メチルジメチルベンジルカルビノール、メチルフエニルカルビニルアセテート、メンチル‐n‐バリレート、ムスクモスケン、ムスカローム、メチルアミルケトン、フエニルエチルジメチルカルビニルアセテート、ローズフエノン、スチラリルプロピオネート、テトラヒドロムグオール、テトラヒドロムギルアセテート、テトラヒドロリナロール、テトラヒドロリナリルアセテート、ベルドール、ベルベトン、ベルドツクス、コニフエラン、ヤラヤラから成る群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料と(2) 次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする(3) 次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物(二) 本件特許発明二(1) 次の(a)ないし(e)から成る香気性化合物群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料と(a) テトラハイドロピラン構造を有するもの・2‐イソブチル‐4‐メチルテトラハイドロピラン・パーハイドロ‐1、1‐ジメチルナフト‐(2、3‐c)‐ピラン(b) テトラハイドロフラン構造を有するもの・2‐(1‐ヒドロキシメチルエチル)‐5‐メチル‐5‐エチルテトラハイドロフラン・ドデカハイドロ‐3a、6、6、9a‐テトラメチルナフト‐(2、1‐b)‐フラン・2‐ヘプチルハイドロフラン・2、4‐ジメチル‐4‐フエニルテトラハイドルフラン・トリシクロ〔5.2.1.02,6〕デカンスピロ‐2‐オキサシクロペンタン・ビシクロ〔10.3.0〕‐2‐オキサペンタデカン(c) ジオキサン構造を有するもの・2、2‐ジメチル‐5‐メチル‐5‐フエニル‐1、3‐ジオキサン・4‐イソプロピル‐5、5‐ジメチル‐1、3‐ジオキサン・2‐メチル‐1、5‐ジオキサスピロ〔5.5〕ウンデカン・2‐メチル‐4‐フエニル‐4‐メチル‐6‐メチル‐1、3‐ジオキサン(d) ジオキソラン構造を有するもの・2‐エチルヘキサナールエチレングリコールアセタール・2‐ヘキシル‐1、3‐ジオキソラン(e) エポキサイド構造を有するもの・セドレンエポキサイド・3、4‐エポキシ‐2、2、7、7‐テトラメチルトリシクロ〔6.2.1.03,8〕ウンデカン・1、2‐エポキシシクロドデカン・1、8‐エポキシ‐p‐メンタン・カラレンエポキサイド(2) 次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする(3) 次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物3 本件各特許発明の効果は、次のとおりである。
(一) 本件特許発明一(1) 香料成分が安定に配合され、
(2) 次亜塩素酸ナトリウムの塩素臭が打ち消されて使用時に快適な芳香を与え、
(3) さらに、家庭用の液体漂白剤などとして長期間保存した場合にも香料成分により次亜塩素酸ナトリウムが分解することが少なく、香料成分も均一に組成物に溶解して分離を起こしたりすることがない。
(二) 本件特許発明二(1) 香料成分が安定に配合され、
(2) 次亜塩素酸ナトリウムの塩素臭が打ち消されて使用時に快適な芳香を与え、
(3) さらに、長期間保存した場合にも香料成分により次亜塩素酸ナトリウムが分解することが少なく、香料成分も均一に組成物に溶解して分離を起こしたりすることがない。
4 被告は、昭和五七年八月ころから、芳香性液体漂白剤組成物(商品名「カビキラー」)を製造販売している。
5 被告が、昭和六二年一二月二日から平成七年三月二二日までの間に製造した「カビキラー」(以下「本件被告製品」という。)の構成は、その製造時においては、別紙二「被告製品目録」一記載のとおりであるが、その後の時間の経過により、成分中の「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の少なくとも一部が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化するので、別紙二「被告製品目録」二記載のとおりとなる。
6 本件被告製品は、本件各特許発明構成要件のうち、構成要件(2)及び同(3)をいずれも充足する。
なお、構成要件(1)については、後記のとおり、原告が、本件被告製品には、本件特許発明一の関係では「ジメチルベンジルカルビノール」が、本件特許発明二の関係では「2‐メチル‐4‐フエニル‐4‐メチル‐6‐メチル‐1、3‐ジオキサン(別名フロロパル)」(以下「フロロパル」という。)が、それぞれ含有されていることなどを理由に、本件各特許発明構成要件(1)をいずれも充足すると主張するのに対し、被告はこれを争っている。
7 本件被告製品には、(1)香料成分が安定に配合され、(2)次亜塩素酸ナトリウムの塩素臭が打ち消されて使用時に快適な芳香を与え、(3)さらに、長期間保存した場合にも香料成分により次亜塩素酸ナトリウムが分解することが少なく、香料成分も均一に組成物に溶解して分離を起こしたりすることがないという効果が存在する。
8 被告による本件被告製品の販売金額は、二六七億三〇〇〇万円である(ただし、被告は、別紙二「被告製品目録」一記載の構成のものとして、右の販売金額を認めている。)。
二 争点1 本件被告製品が、本件特許発明一の構成要件(1)を充足し、その技術的範囲に属するか、殊に、
(一) 構成要件(1)は、芳香性液体漂白剤組成物の香料成分が、特許請求の範囲に記載された香料のみから構成される場合に限定され、特許請求の範囲に記載された香料とこれに記載されていない香料との組合せから成る場合を含まないか。
(二) 被告が製造時に配合する香気性化合物が「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」であり(別紙二「被告製品目録」一)、「ジメチルベンジルカルビノール」はその後これが変化したものである(同目録二)という点において、構成要件(1)の充足が妨げられるか。
(三) 本件被告製品に含有されている香気性化合物「ジメチルベンジルカルビノール」(本件被告製品の製造時に添加された「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」が変化した後のもの)の量が微少であることを理由に、本件被告製品が構成要件(1)を充足しないといえるか。
2 本件被告製品が、本件特許発明二の構成要件(1)を充足し、その技術的範囲に属するか、殊に、
(一) 構成要件(1)は、芳香性液体漂白剤組成物の香料成分が、特許請求の範囲に記載された香料のみから構成される場合に限定され、特許請求の範囲に記載された香料とこれに記載されていない香料との組合せから成る場合を含まないか。
(二) 本件被告製品に含有されている香気性化合物「フロロパル」の量が微少であることを理由に、本件被告製品が構成要件(1)を充足しないといえるか。
3 本件特許権二につき、被告が先使用による通常実施権を有するか。
4 本件各特許発明公知技術であることなどを理由に、本件被告製品がその技術的範囲に属さないといえるか。
5 原告の請求が権利の濫用であるか。
6 消滅時効の抗弁の成否。原告が不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還として被告に支払を求め得る金額。
三 争点に関する当事者の主張1 争点1(一)(本件特許発明一の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されるか。)について(一) 原告の主張 本件特許発明一の技術的範囲につき、特許請求の範囲に記載された香料のみから成るものに限られるという限定が付されていないことは、特許請求の範囲の記載から明らかである。被告の主張は、特許請求の範囲記載の香料に他の任意の香料を付加しさえすれば容易に特許権侵害を免れるというものであり、特許権の保護を空文化するものであって、特許法上採り得ないものである。
(二) 被告の主張 特許請求の範囲には、そこに列挙された三一種類の香料「からなる群から選ばれた一種又は二種以上の、単体香料あるいは配合香料」と記載されており、右文言によれば、本件特許発明一の技術的範囲は、右の三一種類の香料から一種又は数種を選んだ香料のみから構成される場合に限られることになる。これに対し、本件被告製品には、右の特許請求の範囲に記載されていない香料も多数添加されているから、本件被告製品は本件特許発明一の構成要件(1)を充足しない。
2 争点1(二)(本件被告製品が、本件特許発明一の構成要件(1)の「ジメチルベンジルカルビノール」を含有するといえるか。)について(一) 原告の主張 本件被告製品の製造時に添加される「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」は、極めて不安定な物質であり、製造後一か月程度でその過半が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化する。
被告は、「ジメチルベンジルカルビノール」が本件被告製品の製造時に添加されることを要すると主張するが、本件被告製品において快適な芳香を与えることが求められているのは、製造時ではなく、実際に使用される時点であり、被告は、使用時に別紙二「被告製品目録」二記載の構成を有する製品となることを予定して、同目録一記載の構成の製品を製造したのである。したがって、被告の行為は、同目録二記載の製品を製造したものと評価できるのであり、被告が製造した本件被告製品は本件特許発明一の構成要件(1)を充足する。
また、原告が譲渡をした時点では、本件被告製品が「ジメチルベンジルカルビノール」を含むことは明らかであるから、被告による本件被告製品の譲渡は、本件特許権一を侵害する行為である。
(二) 被告の主張 本件特許権一の特許請求の範囲に記載された香料「ジメチルベンジルカルビニルアセテート」や「メチルフエニルカルビニルアセテート」が短期間に他の物質に変化することは、当業者に公知の事実である。右の香料が液体漂白物の中で経時変化によって存在しなくなるにもかかわらず特許請求の範囲に記載されているということは、本件特許権一は、その製造時に、特許請求の範囲に記載された香料を添加することが要件であるといえる。
ところが、本件被告製品において、「ジメチルベンジルカルビノール」が存在するのは、製造後の経時変化によるものであって、その製造時には、構成要件(1)に記載された香料は配合されていない。
したがって、本件被告製品は本件特許発明一の構成要件(1)を充足しない。
3 争点1(三)(本件被告製品に含有された「ジメチルベンジルカルビノール」の量が微少であることを理由に、本件特許発明一の構成要件(1)を充足しないといえるか。)について(一) 原告の主張 本件特許権一の特許請求の範囲には、被告が主張するような限定は付されておらず、その技術的範囲が被告主張のものに限定されることはない。
また、その明細書には被告が引用するような記述があるが、これは好ましい実施態様を述べたものにすぎず、香料の含有量につき数値限定を付したものではない。
また、「〇・〇〇一%」とは小数点以下三桁の数値で示されているところ、本件被告製品中の「ジメチルベンジルカルビノール」の量は、原告の実験によれば〇・〇〇一パーセントを超えているし、被告の主張によっても〇・〇〇〇六七八パーセントであり、四捨五入すれば〇・〇〇一パーセントとなる。
したがって、本件被告製品が本件特許発明一の技術的範囲に属することは明らかである。
(二) 被告の主張(1) 本件被告製品の製造時に配合された「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の量及びこれが加水分解により変化する割合からみて、本件被告製品中の「ジメチルベンジルカルビノール」には次亜塩素酸ナトリウムの臭気を除去するという目的を達するだけの効果はないから、本件特許発明一との対比に当たっては不存在とみることができる。
(2) 本件特許権一に係る明細書には、「香料成分の使用量」として「〇・〇〇一重量%以下では塩素臭を十分にマスクでき」ないことが明記されており、実施例における各香料の使用量が〇・〇〇一重量パーセントを超えていることからすれば、製品における各香料の使用量が右割合以下の場合には、本件特許発明一の技術的範囲外である(構成要件(1)を充足しない。)と解すべきである。なお、右の使用量が、
多数の香料成分の総和でなく、個々の香料成分について述べていることは、その文脈及び実施例の記載から明らかである。
これに対し、本件被告製品中の「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の配合割合は、製品の〇・〇五重量パーセントに当たる調合香料のうちの六・二五重量パーセント、すなわち、全体の〇・〇〇三一二五重量パーセントであり、製造の二八日後(なお、本件被告製品は製造後日を置かずに売り切れる状態が続いており、これが二八日間以上被告から問屋に納入されないことはなかった。)において、これが変化して生じる「ジメチルベンジルカルビノール」が本件被告製品に含有される割合は、〇・〇〇〇六七八重量パーセントにすぎず、〇・〇〇一パーセント以下である。
(3) したがって、本件被告製品は本件特許発明一の技術的範囲に含まれない。
4 争点2(一)(本件特許発明二の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されるか。)について(一) 原告の主張 本件特許権二に係る特許請求の範囲には、香料がそこに記載されたものに限定される旨の記載は存在しない。また、明細書の発明の詳細な説明の欄にも右の旨を述べた記載はない。かえって、実施例の中には、特許請求の範囲に記載された香料をそれ以外のものと併用する例が挙げられている。
被告の主張は、本件特許権一に関する主張と同様、妥当とはいえないものであり、本件特許発明二の技術的範囲を特許請求の範囲に記載された香料のみを含有する組成物に限定して解釈する余地はない。
(二) 被告の主張 特許請求の範囲には一九種類の香料が列挙され、「・・・から成る群から選ばれた一種または二種以上の単体香料と配合香料と」と記載されているから、香料について、これらの群から選ばれたものに限定していることは明らかである。
また、右の特許請求の範囲の記載からすれば、他の香料の使用を除外することが明確であるから、仮に発明の詳細な説明の欄に他の香料の使用も許されると記載されていても、これにより特許請求の範囲の記載内容を補充することは許されない。
なお、発明の詳細な説明の欄において、特許請求の範囲に記載された香料とともに含有し得るとされた香料は、本件特許発明一に係る香料及び原告の出願した特許出願(昭和六〇年第二四九八五九号)に記載された香料のみであり、これ以外の香気性化合物を適宜加えることができることを意味するものでない。
これに対し、本件被告製品は、主として右の特許請求の範囲に示されたもの以外の香料を使用するものであり、その中に、「フロロパル」を微量混入したにすぎない。
したがって、本件被告製品は本件特許発明二の構成要件(1)を充足しない。
5 争点2(二)(本件被告製品に含有された「フロロパル」の量が微少であることを理由に、本件特許発明二の構成要件(1)を充足しないといえるか。)について(一) 原告の主張 特許請求の範囲に被告主張のような限定のないこと、明細書中の記載も数値限定を付したものといえないことは、本件特許発明一の場合と同様である。また、明細書の記載は、「フロロパル」のみでなく、「ジメチルベンジルカルビノール」を含めた配合香料の量として記載されているものであって、被告製品においてこれが〇・〇〇一パーセントを超えることは明らかである。
したがって、本件被告製品は本件特許発明二の技術的範囲に属する。
(二) 被告の主張 本件特許発明一におけるのと同様、本件特許発明二においても、その明細書の記載から、製品における各香料の使用量が〇・〇〇一重量パーセント以下の場合には、本件特許発明二の技術的範囲外である(構成要件(1)を充足しない。)と解すべきである。
本件被告製品中の「フロロパル」の配合割合は、製品の〇・〇五重量パーセントに当たる調合香料のうちの一・二五重量パーセント、すなわち、全体の〇・〇〇〇六三五重量パーセントであり、〇・〇〇一パーセント以下であるから、本件被告製品は本件特許発明二の技術的範囲に含まれない。
6 争点3(本件特許権二につき先使用による通常実施権の成否)について(一) 被告の主張(1) 被告は、「カビキラー」の商品開発に当たり、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の臭気を隠すために香料を用いることにし、右水溶液において安定でありかつ臭気を隠す効果ある香料について小川香料株式会社(以下「小川香料」という。)に研究を依頼した。昭和五七年五月に同社が被告に提出した研究報告書の中には、「フロロパル」も明記されていた。被告は、そのころ「カビキラー」を発売し、それ以降しばらくの間は、右報告書に基づいて、「フロロパル」以外の香料による配合香料を用いていたが、昭和六二年になって、フロロパルを含む配合香料を用いるようになった。この配合香料を用いたものが本件被告商品である。
(2) 右のとおり、被告は、本件特許権二の出願の前である昭和五七年五月に、「フロロパル」を含めたいくつかの種類の香料につき、これを次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物に用いることを発明したものである。そして、実際に製品に使用される香料は適宜変更されるものであり、その都度即座に対応する必要があるから、右報告書は、単なる予備試験ではなく、事業の準備に該当するものであって、右報告書作成の時点で、これに記載された発明全体を実施する意図が明確にあったといえる。そうすると、右報告書に基づいて調合された香料を「カビキラー」に使用する行為は、右の発明を全体として実施するものであるということができるから、被告は、本件特許権二について先使用による通常実施権を有している。
(3) したがって、本件被告製品の製造販売は、本件特許権二の侵害とならない。
(二) 原告の反論 被告が「フロロパル」を含有する芳香性液体漂白剤を初めて販売したのは、本件特許権二の出願後であり、被告が依頼した小川香料の研究結果に含まれていたというだけでは、「フロロパル」を含有する製品につき事業の準備を行っていたということはできない。したがって、先使用による通常実施権をいう被告の主張は失当である。
7 争点4(公知技術であることなどを理由とする権利範囲の制限)について(一) 被告の主張 次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定的に溶解する香料成分として、「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」を用いることは、いずれも本件各特許権の各出願時において公知であり又は当業者が容易に推考することができた技術であったから、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであり、これを特許発明技術的範囲に属するということはできない。
また、本件各特許発明は、いずれも公知の素材の組合せから成る組成物で公知の効果を標榜するものであり、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の中での安定性等の効果が確認されることに意義のある特許であるから、本件各特許発明技術的範囲は、
実施例で明示された組合せのみに限定されるというべきである。
(二) 原告の反論 被告の主張は、特許法70条1項の規定に反するものであり、特許庁における無効審判手続において主張されるべきものであって、到底認められるものではない。
8 争点5(権利の濫用)について(一) 被告の主張 次亜塩素酸ナトリウムを用いた家庭用かび取り剤については、昭和六二年に提起された製造物責任訴訟において平成三年に被告の責任を認める第一審判決が下されたため、被告はマスコミにより社会的非難を浴びた。これに対し、被告は、多大の努力と犠牲を払って「カビキラー」の市場を維持するとともに、控訴審及び上告審で勝訴判決を得たので、この社会的非難はようやく落ち着いた。原告は、社会的非難が強い時期には本件各特許権を何ら実施せずに努力と犠牲を免れておきながら、
被告が製造物責任訴訟において勝訴判決を得た後になって被告に対し本件各特許権の侵害を主張し始め、しかも、被告の「カビキラー」とほぼ同一処方の製品を発売し、被告の努力と犠牲の成果を横取りしようとしているのである。
したがって、被告の行為が形式的に本件各特許権に抵触するとしても、原告の請求が権利濫用であることは明らかである。
(二) 原告の反論 被告の主張は、何ら権利濫用を裏付けるものではなく、原告の請求は権利濫用に当たらない。
9 争点6(消滅時効の抗弁の成否。原告が請求し得る損害賠償又は不当利得の額)について(一) 原告の主張(1) 被告が本件被告製品を製造販売した行為は、昭和六二年一二月二日から平成五年一一月二日(本件特許権一の存続期間満了日)までは本件特許権一を、同三年七月二日(本件特許権二の出願公告日)から同七年三月二二日までは本件特許権二を、それぞれ侵害する行為である。被告は、右特許権侵害行為により、原告に実施料相当額等の損害を与えた。したがって、原告は、不法行為を理由とする損害賠償を請求する。
被告は、抗弁として平成六年一月二〇日以前に発生した損害賠償請求権について消滅時効を主張するが、原告は、平成六年四月に本件被告製品の香料成分を分析してこれが本件各特許権を侵害していると知ったのであり、その後三年以内に本件訴訟の提起に至ったものであるから、損害賠償請求の時効期間は経過していない。
仮に消滅時効が成立するとしても、被告は、当該期間中、原告の許諾を得ることなく本件各特許発明実施して実施料相当額の支払を免れたのであり、右の不当利得行為によって、原告に実施料相当額の損失を与えたものであるから、原告は、消滅時効にかかる部分につき、予備的に同額の不当利得返還を請求する。
(2) 家庭用かび取り剤の分野において、本件被告製品が圧倒的な市場占有率を占めて価格支配力を有していたことからすれば、本件被告製品における被告の純利益率は少なくとも三〇パーセントである。そうすると、当事者間に争いのない本件被告製品の販売金額(二六七億三〇〇〇万円)に右利益率の三分の一に当たる一〇パーセントを乗じた金額(二六億七三〇〇万円)をもって、本件各特許発明に係る実施料相当額とするのが相当である。
また、事前許諾による約定実施料をもって実施料相当額とするという見解によるとしても、その割合としては販売価格の五パーセントが相当であるから、本件における実施料相当額は一三億三六五〇万円となる。
なお、原告は被告に「艶出し組成物」の特許権について実施許諾をした例があるが、その実施料率は、一時金を別途受領した上で、販売価格の三パーセントとされており、右割合により計算すると八億〇一九〇万円が本件における実施料相当額となる。
(3) この点につき、被告は、本件被告製品に対する本件各特許発明の寄与率が低いなどと主張している。
しかし、次亜塩素酸ナトリウムは家庭用かび取り剤に古くから通常に使用されている物質であり、その臭気を隠すために付加すべき香料に商品開発の重点が置かれていたものであって、被告は、不快臭があるという従来の製品の欠陥を克服するために本件各特許発明実施したのである。そして、被告による広告宣伝や、本件被告製品の容器、包装箱においても、「ニオイもやさしく」、「マイルドな香り」であることが強調されており、香料配合の点が本件被告製品の特徴を形成していたといえる。また、「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」を使用しても効果がないという被告の主張は、被告が証拠として提出する小川香料作成の研究報告書の記載と矛盾し、論外なものである。さらに、本件被告製品は、本件各特許発明の一部ではなく全部を実施した製品であるし、本件各特許権を侵害しておきながら、他の技術と代替可能であったとして減額すべきことを主張するのは、信義則に反することである。
右のとおり、本件被告製品に対する本件各特許発明の寄与度が極めて大きいことは明白であり、実施料相当額を減額する理由はない。
(4) 原告は、被告に対し特許権侵害による損害を賠償するよう交渉したが、被告が誠意のある対応をしないため、本件訴訟を提起せざるを得なかった。これに関する弁護士費用としては一二〇〇万円が相当である。
(5) よって、原告は、被告に対し、右(2)及び(4)記載の損害又は損失の内金として、五億六七〇二万二五〇〇円及びこれに対する平成九年二月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の主張(1) 本件特許権一の侵害に対する損害賠償請求権の全部、及び、本件特許権二の侵害に対する損害賠償請求権のうち平成六年一月二〇日以前に発生したものについては、原告による本件訴訟の提起時において既に三年が経過しているので、被告はこれにつき消滅時効援用する。
(2) 本件各特許発明についての実施料相当額を算定するに当たっては、本件各特許発明の本件被告製品に対する寄与率を斟酌する必要がある。本件被告製品は洗浄漂白剤であり、その主目的は洗浄漂白にあるのであって、芳香は付加的なものにすぎず、これが本件被告製品に寄与する割合は非常に少ない。しかも、本件被告製品に使用されている香料は、全部で一三種類であり、そのうちの一部として原告主張の「ジメチルベンジルカルビノール」と「フロロパル」が含有されているにすぎない上、これらは香りの骨格を作り上げるために使用されたものではなく、他の香料でも代替できるものである。
被告の「カビキラー」において、本件各特許発明に係る香料につき代替性があることは、本件被告製品の製造販売を開始した昭和六二年以前、及び、これを終了した平成七年以降、被告は「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」を含有しない「カビキラー」を製造販売しているところ、これらの「カビキラー」は本件被告製品と同等の品質、効用を有するものであること、「カビキラー」の香料を本件被告製品のものと変更したことが市場占有率に影響を与えていないことからも明らかである。
また、「カビキラー」に「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」を使用するか否かによって、香りその他の効果には何らの差異もないことは、被告が行った実験によっても裏付けられており、これらの使用によって売上が増大するというようなことはない。被告は、これまで一貫して、簡易で強力なカビ取り効果を有することを特徴として「カビキラー」の宣伝販売を行ってきており、香りを特徴として本件被告製品につき売上を得たものではない。
以上のように、本件各特許発明の「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」の本件被告製品に対する寄与は、認められないか、又は、仮にあるとしても皆無に近いものであるから、実施料相当額の算定においてはこれを十分斟酌すべきである。
(3) 特許発明の技術に代替性があり他の技術によって同様の効果が得られる場合には、当該特許発明についての実施料は、他に代替性の無い技術を内容とする特許発明実施料より低いのが当然である。また、発明の一部を利用する場合の方が、発明全体を実施するよりも、実施料は低いものとなる。このことは、実施料相当額を認定する場合にも異なるものではない。
本件被告製品に使用された「ジメチルベンジルカルビノール」と「フロロパル」は、右(2)で述べたとおり、他の香料による代替性があり、しかも、本件被告製品には本件各特許発明の香料のうちそれぞれ一つしか使用されていないのであるから、
実施料相当額は非常に低いものになる。
争点に対する判断
一 争点一について1 争点1(一)(本件特許発明一の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されているか。)について 本件特許権一に係る明細書の特許請求の範囲の欄には、そこに記載された三一種類の香料「から成る群から選ばれた一種または二種以上の単体香料あるいは配合香料と次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする(中略)芳香性液体漂白剤組成物」と記載されているところ(甲二)、右の「含有する」との記載は、通常の国語の用法からすれば、当該成分を含んでいることが必要であり、かつ、特許発明の要件を満たすためにはそれで足りるという意味であって、それ以外の成分が含有されている場合を排除する意味を有するものではない。また、右明細書の発明の詳細な発明の欄には、特許請求の範囲に記載されたもの以外の単体香料では、次亜塩素酸ナトリウムの安定性を害する傾向があるか、その水溶液中で不安定で十分な効果が得られないとの指摘はあるものの、「これらの単体香料も必要に応じて本発明の単体香料と調合して使用することもできる」旨記載されている(本件特許権一の特許公報(甲二)3欄27行ないし39行)。
さらに、右明細書には、本件特許発明一の実施例として、特許請求の範囲に記載されていない香料を含有する場合(実施例3ないし5)が示され、このような香料を配合した場合でも、本件特許発明一の効果を奏することが示されている。
右によれば、本件特許発明一の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されるということはできず、これ以外の香料を含有する場合でも、これを充足するものと解すべきである。
2 争点1(二)(本件被告製品が、本件特許発明一の構成要件(1)の「ジメチルベンジルカルビノール」を含有するといえるか。)について 本件特許発明一は、芳香性液体漂白剤組成物という物の発明であって、その製造方法には何らの限定もないものであるから、特許請求の範囲に記載された香料を当初から添加する場合だけでなく、当該香料が製造後使用時までの間に含有されるように、当該香料を生成させ得る別の香料を製造時に添加する場合も、その技術的範囲に属するものというべきである。
証拠(甲六、乙三、四)によれば、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」は、界面活性剤を含有し次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物中において分解され、「ジメチルベンジルカルビノール」が生成されること、右の経時変化は、原告側の実験によれば、摂氏二〇度に静置保存されるという条件下で、三〇日経過後における「ジメチルベンジルカルビノール」の量が「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の量とほぼ等しいものになっていること、被告側の実験の結果によっても、実験開始から二八日が経過した時点で、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の約三分の一が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化していることが認められる。
本件被告製品は家庭用かび取り剤であるところ、右の二八日ないし三〇日という期間は、本件被告製品が製造されてから商品の流通過程を経て一般需要者の手にわたるまでの通常の期間と比較して決して長すぎるものではなく、また、家庭用かび取り剤は、一本の容器の内容物を一回で使い切ることはまれであり、通常、家庭に備えられてある程度の期間にわたって清掃等の都度使用されるものであることからも、本件被告製品においては、需要者による使用時までの間に「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」のうちのかなりの部分が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化しているものと認めるのが相当である。
したがって、本件被告製品は、その製造時(別紙「被告製品目録」一記載の構成)には本件特許発明一の構成要件(1)に記載された香料のいずれをも含有するものではないが、その後の経時変化により必然的に構成要件(1)に記載された「ジメチルベンジルカルビノール」を含有することになるのであるから、被告が本件被告製品を製造する行為は、本件特許発明一を実施する行為に該当するというべきである。
3 争点1(三)(本件被告製品に含有された「ジメチルベンジルカルビノール」の量が微少であることを理由に、本件特許発明一の構成要件(1)を充足しない といえるか。)について 本件特許権一に係る明細書の特許請求の範囲には、含有されるべき香料の量について何らの数値的限定も付されていないから、そこに記載された香料が含有されていれば、その量のいかんにかかわらず、本件特許発明一の構成要件(1)を充足すると解するのが相当である。
この点につき、本件特許権一に係る明細書の発明の詳細な説明の欄には、「香料成分の使用量は用途、使用条件等によつて適宜決定できるが、一般的には組成物中に0.001〜1.0重量%添加するのが好ましい」との記載があり(甲二)、被告は、右記載を根拠に、特許請求の範囲に掲げられた香料のそれぞれが単独で右の割合で含有されていることを要すると主張している。しかしながら、右の記載は、「好ましい」とあるとおり、望ましい実施態様を掲げたものであると解されるし、また、
「香料成分の使用量は」という記述からは、本件特許発明一に係る芳香性液体漂白剤組成物に含有された香料成分の使用量、すなわち、これが複数の香料が配合されて成る場合にはその全体の量を示すものであると解すべきである。そうすると、特許請求の範囲に何らの数値限定が付されていない以上、発明の詳細な説明中の右記載を根拠に、各香料の量が〇・〇〇一重量パーセント以下の場合には構成要件(1)を充足しないということはできない。
そして、本件被告製品中の「ジメチルベンジルカルビノール」の量は、被告の提出する証拠(乙一ないし四)によれば、本件被告製品の製造後二八日が経過した時点で、当初添加された「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の量(本件被告製品中に〇・〇五重量パーセント含有される香料のうちの六・二五重量パーセント、すなわち、本件被告製品全体の〇・〇〇三一二五重量パーセント)の三分の一程度であるというのであるから、本件被告製品に添加された他の香料の量と比較してみても、本件被告製品において製品に芳香を付与するという機能を果たしているものと解するのが相当である。
4 以上によれば、本件被告製品は、本件特許発明一の構成要件(1)を充足するものであり、本件特許発明一の技術的範囲に属すると認められる。
二 争点2について 1 争点2(一)(本件特許発明二の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されているか。)について 本件特許権二に係る明細書の特許請求の範囲の欄には、前記一の本件特許権一の場合と同様に、「含有する」と記載されているから(甲四)、その文言上、特許請求の範囲に記載されたもの以外の香料を含有する場合が除外されているということはできない。また、右明細書の発明の詳細な発明の欄には、特許請求の範囲に記載された香料「による香りの外に、特公昭54-25514号公報、或いは特願昭60-249859号記載の如き次亜塩素酸系で安定で且つ次亜塩素酸ナトリウムの安定性を害しない香料と併用する」(本件特許権二の特許公報(甲四)4欄43行ないし5欄4行)、
「更に従来提案されている香料成分と組み合わせて配合することにより、各種タイプの新しい香調の芳香性漂白剤を得ることが出来、香りの多様化を達成し得る」(同6欄40行ないし43行)旨が記載されている。さらに、右明細書に挙げられた一一の実施例は、実施例1を除き、いずれも特許請求の範囲に記載されていない香料を含有するものであり、このような香料を配合した場合でも、本件特許発明二の効果を奏することが示されている。
したがって、本件特許発明二の構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料のみから成る場合だけでなく、これ以外の香料を含有する場合でも、これを充足し得るものと解すべきである。
2 争点2(二)(本件被告製品に含有された「フロロパル」の量が微少であることを理由に、本件特許発明二の構成要件(1)を充足しないといえるか。)について 本件特許権二に係る明細書の特許請求の範囲に、含有されるべき香料の量について何らの数値的限定も付されていないことは、本件特許権一について前記三において述べたところと同様である。また、その明細書の発明の詳細な説明の欄に、「香料成分の使用量は用途、使用条件等によつて適宜決定できるが、一般的には組成物中に0.001〜1.0重量%添加するのが好ましい」と記載されている(甲四)点も、本件特許権一の場合と同様に、本件特許発明二に係る芳香性液体漂白剤組成物における好ましい実施態様を掲げたものであって、右の割合は含有された香料成分全体について述べたものであると解するのが相当である。右によれば、特許請求の範囲に記載された香料が〇・〇〇一重量パーセント以下しか含有されていない場合には本件特許発明二の構成要件(1)を充足しないという被告の主張は、採用できない。
そして、本件被告製品中には、香料が〇・〇五重量パーセント含有されており、
「フロロパル」はそのうちの一・二五重量パーセントを占めている(乙一、二)。
3 以上によれば、本件被告製品は、本件特許発明二の構成要件(1)を充足するものであり、本件特許発明二の技術的範囲に属すると認められる。
三 争点3(本件特許権二につき先使用による通常実施権の成否)について 被告は、前記のとおり、被告の依頼により小川香料が昭和五七年五月ころに作成した研究報告書(乙五)に香料の一つとして「フロロパル」が挙げられていることを根拠に、芳香性液体漂白剤組成物に「フロロパル」を使用することについて先使用による通常実施権を有すると主張している。
そこで検討すると、被告が家庭用かび取り剤の香料として「フロロパル」の使用を開始したのは昭和六二年一二月二日であること、本件特許権二の出願年月日が同六一年三月三日であることは、前述のとおり争いがないから、被告が本件特許権二の出願の際現に日本国内において本件特許発明二の実施である事業を行っていたものとは認められない。
右報告書は、効果がすぐれていると考えられる香料を二四種類列挙するものであるところ、仮に、被告がその中から「フロロパル」以外の香料を家庭用かび取り剤に使用していたとしても、「フロロパル」について本件特許発明二の実施に当たる事業を行っていたということはできない。
また、右の報告書は、時間が経過しても安定しており、かつ、次亜塩素酸ソーダ水溶液の漂白剤としての機能を損なわせない香料につき、本件特許権一を含む先行技術について追試を行うとともに新しい香料素材を求めることを目的とするものであること(乙五)、被告が本件被告製品に添加する香料成分の一つとして「フロロパル」を採用したのはこの報告書の作成後約五年半が経過した後であり、その際も、右報告書を参考にはしたものの、消費者テストを含めた諸段階を経て配合される単体香料の種類が決定されていること(乙二三)、本件特許権二の出願以前に、
被告において、例えば「フロロパル」又はその原材料を購入してこれを「カビキラー」の香料として使用する準備をしていたなどの事情をうかがわせる証拠もないことに照らすと、被告が「フロロパル」をかび取り剤の香料として使用するという「事業の準備をして」いたと認めることもできない。
したがって、先使用による通常実施権についての被告の主張は、採用することができない。
四 争点4(公知技術であることなどを理由とする権利範囲の制限)について 特許の有効性については、専ら特許庁の審判手続により判断されるべきものであり、特許権侵害訴訟における裁判所がこれを理由として特許権者の権利の行使を制限することは、原則として許されないものというべきである。仮に、特許が明白に無効である場合には、当該特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利濫用として許されないという見解を是認し得るとしても、本件において、本件各特許権のいずれか又はその双方が明白に無効であると認めるに足りる証拠はないから、本件各特許発明が公知又は当業者が容易に推考できたことを理由に原告の請求が制限される旨の被告の主張は、いずれにしても理由がない。
また、被告は、本件各特許発明技術的範囲実施例に限られるべきであるなどとも主張する。しかし、特許発明技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきであるところ(特許法70条1項)、本件において、明細書のその余の記載や特許出願手続の経過等から本件各特許発明技術的範囲をこれよりも制限的に解すべき事情は認められないものであり、被告の右主張を採用することはできない。
五 争点5(権利の濫用)について 被告は、本件の原告の請求は権利の濫用に当たると主張するが、原告の請求自体は特許権という法律上認められた権利の行使であって、右権利行使が被告に対し害を加えることのみを目的とするものであると認めるべき事情は存在しない。被告が主張する事情は、原告の請求が権利の濫用に当たることを根拠付けるものとはいえない。
右のとおり、権利濫用の点に関する被告の主張も、また、採用できない。
六 争点6(消滅時効の抗弁の成否。原告が請求し得る損害賠償又は不当利得の額)について1 本件被告製品が本件特許発明一及び同二の構成要件(1)をいずれも充足していること、原告の権利行使が権利濫用に当たるとはいえないことは、右一ないし五において判示したとおりである。また、本件被告製品が本件各特許発明構成要件(2)及び(3)を充足すること、本件各特許発明と同一の効果を有することは、前記第二、一のとおり当事者間に争いがない。したがって、被告が本件被告製品を製造販売した行為は、本件各特許権の侵害に当たるから、原告は、本件各特許権の実施料相当額を自己が受けた損害として、その損害賠償を求めることができる(特許法102条3項)。
被告は、抗弁として、本件訴訟の提起(平成九年一月二一日)の時点で既に三年が経過していた期間の損害賠償請求権(同六年一月二〇日以前の発生分)について、消滅時効を主張する。しかし、本件被告製品は、市場において広く一般需要者に販売されていた商品ではあるが、本件被告製品は家庭用かび取り剤であって、その主たる効用は洗浄漂白にあるから、原告において、他社の競合商品に関し、香料成分についてまで常に注意を払っていたとは直ちに認めがたく、また、塩素臭を抑える香料としては多様な種類のものが存在するところ、本件被告製品の容器、包装箱等には香料成分の表示はなく(甲一四、一六、一八)、本件被告製品に含まれる「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」は少量であるから、本件被告製品の成分を化学分析することなしに本件各特許権の侵害を知ることは困難というべきところ、原告が本件訴訟提起の三年前よりも先立つ時点において本件被告製品の成分の分析を行い、本件各特許権の侵害を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告の消滅時効の抗弁は採用できない(なお、仮に消滅時効が成立しているとしても、被告による本件被告製品の製造販売の結果、被告は本件各特許発明実施するために本来支払うべき実施料相当額の支払を現に免れており、原告にはこれに対応する損失が生じたということができるから、原告は被告に対し、本件各特許権に係る実施料相当額を、不当利得としてその返還を求めることができる(民法703条)。そして、右の不法行為の場合と不当利得の場合とで実施料相当額が異なると解すべき事情はないから、いずれにしても、原告は被告に対し、本件被告製品を製造販売していた期間を通じて、一定の実施料相当額の支払を求め得るものである。)。
本件被告製品については、本件特許権一及び同二の双方を侵害していた期間と、
いずれか一方のみを侵害していた期間とがあるが、本件各特許発明はいずれも漂白剤組成物における塩素臭を抑えるという同一の目的を持ったものであるから、右のいずれの期間に当たるかについて区別することなく、実施料相当額を算定すべきである。
2 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件特許発明一は、家庭用の漂白剤として従来から広く用いられている次亜塩素酸ナトリウム水溶液につき、その特有の臭気(塩素臭)により不快感を与えるという従来からの問題点を解決するため、次亜塩素酸ナトリウムの安定性を害することなく、またその水溶液中でそれ自体が安定しており、右の塩素臭をマスキングする効果を有する香料を提供するものである。また、本件特許発明二は、本件特許発明一に係る特許公報に記載されている範囲では調製し得る香りの種類が限定されたものになるため、次亜塩素酸系で安定な香料素材をより多く提供し、創り出し得る香りを多様化することを目的とするものである。(甲二、四)(二) 被告は、本件被告製品の製造に当たり、一三種類の単体香料を調合した香料を用いていた。香料全体に占める「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の含有率は六・二五重量パーセントであり、五番目に高い割合になっている(上位四種類の香料の含有率は、いずれも一〇パーセントを超えている。)。この「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」は、甘さを表現する香りとして加えられたものであるが、被告の実験によれば、製造から二八日が経過した時点で、その約三分の一が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化することになるので、右の時点での「ジメチルベンジルカルビノール」の含有率は、本件被告製品に添加された他の香料のうち七種類の香料より高いものになっていると考えられる。また、本件被告製品中の「フロロパル」は、柑橘系の香りを持たせるに当たってのつなぎの役割をするべく加えられたものであり、その含有量は一・二五パーセントとされ、これと含有率が同一の香料が四種類、これより低い香料が二種類、本件被告製品に添加されている。(乙一ないし四、二三)(三) 本件被告製品は、発売当初から防かび・かび取り剤の市場で五割を超える市場占有率を有しており、平成元年ころにかび取り剤による死亡事故が発生してその業界全体の売上が減少し、競業する企業が市場から撤退していく中でも、その市場占有率を伸ばし続け、市場における認知度及び普及率の点で圧倒的な地位を占めていた。ただし、平成六年ころになると、塩素臭を抑えたことを特徴とする他社製品が現れたことから、それまで八割を超えていた市場占有率は同七年には六割台に低下した。(甲七ないし一二)(四) 被告は、本件被告製品に切り替わる前の「カビキラー」の容器、包装箱に「マイルドな香りで新登場」、「ニオイもやさしく新登場」と表示しており、昭和六二年にそれまでのものの改良品として発売された本件被告製品の容器には、「飛びちり、ニオイをおさえた新2段切り替え泡スプレー」であることを目立つように記載していた。平成七年六月ころ、被告は、本件被告製品の改良品として、香料を含めた成分配合を一新した「カビキラー」を発売したが、この新しい製品の容器、
包装箱には、「改良におい少なく新発売」、「においがやさしい」と記載され、新聞広告等でも、本件被告製品に比較すると香りの面での品質が向上したことを強調して、その売上増大を図った。ただし、いずれの期間についても、香りの点だけでなく、こすらずにかびを落とせるという性能の面も、容器、包装箱上の表示や宣伝広告の中で強調されていた。(甲一四、一六ないし二二、乙八の1、2)(五) 平成一〇年三月ころ、原告は家庭用かび取り剤の販売を開始したが、その宣伝広告によれば、従来の同種製品には、「ニオイが強く、目や鼻、喉がいたくなる。」という欠点があると指摘されている。(乙九、一〇)(六) 原告と被告は、昭和六一年一一月に、原告が有する「艶出し組成物」の特許権につき、原告が被告にその通常実施権を許諾し、被告がその対価として一時金三〇〇万円及びこれを実施した製品の販売価格の三パーセントに当たる実施料を支払う旨の契約を締結したことがある。(甲五、二七)3 右に認定した事実によれば、本件被告製品において、「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」は、塩素臭を抑えるという効果を奏しているということができる。この点に関し、被告は、前記のとおり、本件被告製品における「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」には、塩素臭を抑える効果がないなどと主張し、これに沿う証拠(乙六、七)を提出するが、右主張のうち「フロロパル」に関する部分は、小川香料の研究報告書の記載に反すること(乙五)、右の両物質が塩素臭を抑える効果を有することは本件各特許権の明細書のいずれにも記載されているものであり、原告による実験においてもその旨の効果が認められていること(甲二、四、二五)、右2(四)のとおり、本件被告製品の容器、包装箱には「ニオイをおさえた」と記載されており、本件被告製品に含有された香料が塩素臭を抑える効果があることは、被告自身がこれを認めていたものと解されることに照らし、被告の右主張を直ちに採用することはできない。
しかしながら、被告が、平成七年に至って、競業他社による臭気を抑えた商品の販売のために市場占有率が低下したので、これへの対抗手段として香料の配合を変えた家庭用かび取り剤を発売していること(この製品中の香料に「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」が含まれていないことは、弁論の全趣旨から明らかである。)、原告が新たにかび取り剤の販売をするに当たり、従来の同種製品(右2(三)の市場占有率に照らせば、被告のかび取り剤を含むものと認められる。)には臭いが強いという欠点があると指摘していることからすると、本件被告製品における「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」は、塩素臭をある程度は低減させるとはいえるものの、これを完全に抑えるものではないというべきである。
そうすると、本件被告製品の需要者は、「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」による香りの面での効果よりも、こすらずにかびを落とせるという効用に着目して、これを購入したものと考えられ、被告による販売促進のための努力の結果として、右認定のような高い市場占有率を維持できたものと解することができる。そして、本件被告製品は、本件特許発明一は三一種類、同二は一九種類の香料がそれぞれ特許請求の範囲に列挙されているところ、本件被告製品は、これらの香料の中から各一種類のみを含有するものであること、本件被告製品が右以外に含有数する香料の種類及びその含有割合は本件各特許発明に依拠するものではないこと、香料全体中の「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」の含有率がいずれも一〇パーセントを大きく下回るものであること等の事情を併せ勘案すれば、本件における実施料相当額は、本件被告製品の販売金額に一パーセントを乗じた金額である二億六七三〇万円と認めるのが相当である。
4 本件の審理の経過及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各特許権の侵害相当因果関係に立つものとして被告に負担させるのが相当な弁護士費用の額は、五〇〇万円と認められる。
5 したがって、原告が請求し得る損害賠償の額は、二億七二三〇万円である。
七 以上によれば、原告の請求は、二億七二三〇万円及びこれに対する平成九年二月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一一年八月三一日)・
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 中吉徹郎
裁判官 長谷川浩二