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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 技術的範囲 /  先行技術 /  出願経過 /  均等 /  同一の作用効果 /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 9年 (ワ) 5415号 特許権侵害差止等請求事件
原告 日本メタルガスケット株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 中村稔
同 松尾和子
同 富岡英次右補佐人弁理士 【B】
同 【C】
同 【D】
被告 日本リークレス工業株式会社右代表者代表取締役 【E】 右訴訟代理人弁護士 秋山賢三
同 秋山努
同 黒田英文右訴訟復代理人弁護士 黒田明右補佐人弁理士 【F】
同 【G】
同 【H】
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/05/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
一 被告は、別紙一「被告製品目録(一)」及び同二「被告製品目録(二)」記載の各製品を製造販売してはならない。
二 被告は、前項記載の各製品並びにその半製品及び金型を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、九五〇〇万円及びこれに対する平成九年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、自動車等のエンジンに使用される金属ガスケットに係る特許権を有する原告が、被告は別紙一「被告製品目録(一)」及び別紙二「被告製品目録(二)」記載のメタルガスケット(以下、それぞれを「被告製品(一)」、「被告製品(二)」といい、これらを「被告製品」と総称する。)を製造販売しており、これらが原告の特許発明技術的範囲に属すると主張して、被告に対し、特許権に基づき、製造販売行為の差止め、被告製品等の廃棄及び損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実 1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。また、本件特許権に係る明細書(甲二)を、「本件明細書」という。)を有している。
(一) 発明の名称 金属ガスケット (二) 出願年月日 昭和五八年六月二二日 (三) 出願公告年月日 平成四年七月三日 (四) 登録年月日 平成七年六月九日 (五) 特許番号 第一九三七六三八号 2 本件明細書の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
「弾性金属板からなる基板に少なくともシリンダ孔と冷却水孔とボルト孔とを形成するとともに前記シリンダ孔を囲繞するシリンダ孔用ビードを設けてシールを果す金属ガスケットにおいて、前記ボルト孔から離間して該ボルト孔を囲繞せず前記シリンダ孔用ビード及び前記冷却水孔を包含して囲繞するとともに前記シリンダ孔用ビードとデッキ面と共働して冷却水を流通させる冷却水流通空隙を形成する冷却水孔用ビードを設け、前記冷却水流通路空隙の流路断面積を常に略一定とすべく前記冷却水孔用ビードを前記シリンダ孔用ビードまでの距離が略等しくなる位置に配設したことを特徴とする金属ガスケット。」 3 本件発明の特許請求の範囲の記載は、次のAないしDの構成要件に分説できる(以下、それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。)。
A 弾性金属板からなる基板に少なくともシリンダ孔と冷却水孔とボルト孔とを形成するとともに前記シリンダ孔を囲繞するシリンダ孔用ビードを設けてシールを果たす金属ガスケットであること B 前記金属ガスケットにおいて、左の(1)及び(2)のとおりの冷却水孔用ビードを設けていること (1) 前記ボルト孔から離間して該ボルト孔を囲繞せず前記シリンダ孔用ビード及び前記冷却水孔を包含して囲繞するものであるとともに (2) 前記シリンダ孔用ビードとデッキ面と共働して冷却水を流通させる冷却水流通空隙を形成するものであること C 前記金属ガスケットにおいて、前記冷却水流通路空隙の流路断面積を常に略一定とすべく前記冷却水孔用ビードを前記シリンダ孔用ビードまでの距離が略等しくなる位置に配設したこと D 以上を特徴とする金属ガスケット。
4 被告は、被告製品(一)のうち少なくとも、本田技研工業株式会社製造のF20B型エンジン(車種アコード、気筒数L4、排気量2000cc)に取り付けて使用されるメタルガスケット(以下「イ号製品」という。)を製造販売している。
二 争点及びこれに関する当事者の主張 1 被告製品の構成がどのように特定されるべきか。
【原告の主張】 被告製品(一)の構成は、別紙一A「被告製品説明書(一)」の、被告製品(二)の構成は、別紙二A「被告製品説明書(二)」のとおりである。
また、イ号製品の構成は、別紙三A「イ号製品目録(原告案)」のとおり特定されるべきである(なお、別紙三B「イ号製品目録(被告案)」に対する原告の認否については、平成一〇年一月一四日付け原告準備書面(三)四頁以下参照)。
【被告の主張】 被告製品の構成が、別紙一A「被告製品説明書(一)」及び別紙二A「被告製品説明書(二)」のとおりであるとの原告の主張は、争う。
また、イ号製品の構成は、別紙三B「イ号製品目録(被告案)」のとおりである(なお、別紙三A「イ号製品目録(原告案)」に対する被告の認否については、平成一〇年一一月一八日付け被告第八準備書面三頁以下参照)。
2 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(殊に、構成要件Bの「冷却水流通空隙」及びCの「冷却水流通路空隙」が被告製品に存在するか。) 【原告の主張】 (一) 被告製品(一)は、以下のとおり、本件発明の構成要件AないしDをすべて充足する。なお、別紙一「被告製品目録(一)」記載の1ないし8の各製品は、
別紙一A「被告製品説明書(一)」の第一図及び第七図ないし第一三図の各一に示すとおり、冷却水孔及びオイル孔の形状、数及び配置において、また、ボルト孔の数及び配置において、多少異なる点を有するが、いずれも次の(1)ないし(4)記載の各構造を備えるものである。
(1)ア 別紙一A「被告製品説明書(一)」の第二、構造の説明1(1)記載の、被告製品(一)の「下板1、中板2及び上板3の三枚の弾性ステンレス鋼製板からな」る「基板」は、構成要件Aの「弾性金属板からなる基板」に該当する。
イ 同1(2)記載の、被告製品(一)の各基板に「列状に形成され」ている「四個の円形シリンダ用孔5a、5b、5c及び5d」は、構成要件Aの「シリンダ孔」に該当する。
ウ 同1(3)記載の、被告製品(一)の各基板の四個のシリンダ用孔5a、
5b、5c及び5dの「両側に、ガスケットの両縁部に沿って片側に五個ずつ」形成されている「合計一〇個の円形のボルト孔6」は、構成要件Aの「ボルト孔」に該当する。
エ 同1(4)@ないしC記載の、被告製品の各基板に設けられた「冷却水用孔7aないし7z」は、構成要件Aの「冷却水孔」に該当する。
オ 同1(6)記載の、「四個のシリンダ用孔5aないし5dのそれぞれの周囲に各孔の全周を囲むように」形成された「環状の環状ビード8」は、構成要件Aの「シリンダ孔を囲繞するシリンダ孔用ビード」に該当する。
カ 同4記載の、「シリンダブロックとシリンダヘッドとの間のシールを果たす金属ガスケット」は、構成要件Aの「シールを果たす金属ガスケット」に該当する。
キ したがって、被告製品(一)は構成要件Aを充足する。
(2)ア 同2記載の、被告製品(一)の「四個のシリンダ用孔5aないし5d及び前記三〇個の冷却水用小孔7aないし7zの外側には、これらを囲むように連続した外側ビード9が設けられている」という構造、及び、「外側ビード9は、前記一〇個のボルト孔6よりも内側に離間して、前記環状ビード8からの距離を約一・三ないし約一・五センチメートル程度とするように波状のパターンに形成されている」という構造は、構成要件B(1)の「前記ボルト孔から離間して該ボルト孔を囲繞せず前記シリンダ孔用ビード及び前記冷却水孔を包含して囲繞し」という構成に該当する。
イ 同2記載の、被告製品(一)の「前記外側ビード9は、前記シリンダ孔用ビード8とともに、シリンダヘッド11の下面であるデッキ面11aと上板3との間に第六図に青色で示す幅約一・三ないし約一・五センチメートル程度の帯状の空隙を形成する」という構造は、構成要件B(2)の「前記シリンダ孔用ビードとデッキ面と共働して冷却水を通過させる冷却水流通空隙を形成する」冷却水孔用ビードを設けるという構成に該当する。
ウ したがって、被告製品(一)は構成要件Bを充足する。
(3) 同2記載の、被告製品(一)の「外側ビード9は、前記一〇個のボルト孔6よりも内側に離間して、前記環状ビード8からの距離を約一・三ないし約一・五センチメートル程度とするように波状のパターンに形成されている」という構造、及び、同3記載の、被告製品(一)の「前記外側ビード9は、前記シリンダ孔用ビード8とともに、シリンダヘッド11の下面であるデッキ面11aと上板3との間に第六図に青色で示す幅約一・三ないし約一・五センチメートル程度の帯状の空隙を形成する」という構造は、構成要件Cの「前記冷却水流通路空隙の流路断面積を常に略一定とすべく前記冷却水孔用ビードを前記シリンダ孔用ビードまでの距離が略等しくなる位置に配設した」という構成に該当する。
したがって、被告製品(一)は構成要件Cを充足する。
(4) 同4記載のとおり、被告製品(一)は「金属ガスケット」であるから、
被告製品(一)は構成要件Dを充足する。
(二) 被告製品(二)は、使用に供されるエンジンのシリンダブロックの構造(冷却水ジャケットの不存在)、作用(冷却水の流通経路)において差異があるが、製品自体の構造は、被告製品(一)と同一であって、本件発明の構成要件をすべて充足する。
(三) 被告製品は、本件発明と同一の作用効果を奏する。
(四) したがって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(五) この点に関し、被告は、被告製品には構成要件Bの「冷却水流通空隙」及びCの「冷却水流通路空隙」が存在しないなどと主張している。
しかしながら、本件発明は、ビード(ガスケット板を屈曲させて盛り上げた部分)の高さを従来のものと変えるのではなく、ビードの平面配置において新規で有効な構成を採用することによって、従来よりも広い面積の冷却水流通空隙を形成し、より多くの冷却水を流通させることにより、冷却効果を向上させることを可能としたものである。そして、実用可能なガスケットである限り、本件発明の特許請求の範囲に記載されているような配置、形状のビードが設けられるものであれば、冷却水にかかる水圧、エンジンの振動により、当然に冷却効果を達成することのできる冷却水を流通させるに足りる冷却水流通空隙となる。なお、ビードの高さは、ガスケットの使用目的からして、極めて小さいものであり、しかも、少数のボルトにより強く締め付けられるものであるから、締付け後もビードの高さを均一に保つことなどできるはずもなく、本件発明においても、ビードの高さが締付け後に変化することは当然に予想しているのであり、本件発明は、特にビードの高さを均一に保つ工夫を要求しているものではない。
被告製品は、ビードの平面配置において、本件発明と同様の構成を採用しているから、従来の同種製品に比較してより大きな冷却水流通空隙を確保し、冷却効果を向上させることは明らかである。
仮に、被告が主張するように、ガスケットとシリンダヘッドとの間に浸透した冷却水がそこに滞るのであれば、冷却水は沸騰して気化し、異常燃焼やエンジン破潰の原因となるホットスポットが生成する危険性が高いことになり、被告製品は到底実用に耐えないものとなるはずである。
さらに、被告製品をエンジンに装着した場合にガスケットの表面とシリンダヘッドのデッキ面との間に空隙が形成されること、冷却水がこの空隙を流通すること、これにより少なくともガスケット自体を冷却する効果を達成していることは、原告の行った実験等から明らかである。
したがって、被告の主張は失当である。
【被告の主張】 (一) 構成要件Bの「冷却水流通空隙」及びCの「冷却水流通路空隙の流路断面積」の大きさは、本件発明の作用効果を達成するに足る程度のもの、すなわち、接合部において金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効果的に冷却して冷却効果を向上させることができる程度に冷却水を流通させるものであることを要する。また、「流通」とは、冷却水が滞らない状態を指すのであり、冷却水がいったんはしみ通ったとしてもそのまま滞ってしまう「浸透」とは区別すべきであって、後者の場合は「流通」に含まれない。そして、空隙の幅がほぼ一定であっても、高さが一定でなければ、冷却水の流量は不均一になるから、構成要件Cの「流路断面積を略一定とすべく」とは、ビードの高さのみならず、空隙全体の高さがどこをとってもほぼ一定であることをいうものである。
なお、ビード付きガスケットにおいては、ボルトによる締付け力とビードの持つ弾性とのバランスによっては、特段空隙を作ることを意図しなくても、結果としてガスケット表面に空隙ができることは当然にあり得ることである。しかし、空隙があっても、前記の程度に冷却水が流通しないのであれば、構成要件Bの「冷却水流通空隙」及びCの「冷却水流通路空隙」に該当しないというべきである。
(二) 被告製品をエンジンに装着してボルトで締め付けた場合に、被告製品とシリンダヘッドのデッキ面との間に存在する空隙はごくわずかなものであって、
冷却効果を向上させることができる程度に冷却水を流通させるものではない。したがって、被告製品には、構成要件Bの「冷却水流通空隙」及びCの「冷却水流通路空隙」が存在しない。
(三) そうすると、その余の構成要件について論ずるまでもなく、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。
3 原告の損害の額 【原告の主張】 被告が平成四年七月三日から同八年一二月末日までの間に製造販売した被告製品は、単価六一〇円のものが一四八万九九八五個、同七一〇円のものが一四〇万八九六五個、同九三〇円のものが九一一七個である。また、被告製品の利益率は五パーセントを下ることはない。したがって、被告がその製造販売により得た利益は九五八八万六七四〇円であるから、原告は、被告による本件特許権の侵害行為によって右金額の損害を被った。
よって、原告は被告に対し、右の内金九五〇〇万円及びこれに対する平成九年四月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】 すべて争う。
争点に対する判断
一 争点2(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について 1 被告製品(一)のうちイ号製品が、本件発明の特許請求の範囲の記載中の「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」との構成(構成要件B)を備えていると認められるかにつき、まず検討する。
2 後述の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 特許請求の範囲には「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」と記載されているところ、右の「流通」という文言の通常の語義は、「流れて滞らないこと」というものである(広辞苑〔第五版〕参照)。
(二) 本件明細書の発明の詳細の欄には、次の記載がある(付記した欄及び行数は、本件特許権の特許公報のものである。)。(甲二) (1) 本件発明の技術分野(1欄16行ないし21行) 「この発明は金属ガスケットに係り、特に水冷式内燃機関のシリンダブロックのデッキ面とシリンダヘッドのデッキ面間の接合部に介装され、接合部の冷却効果を向上し得る金属ガスケットに関する。」 (2) 背景技術の問題点(3欄7行ないし23行) 「従来の金属ガスケット1においては、冷却水孔用ビード6によって形成されるシール線を短くして漏水防止を果たせしめるために、第2図に示す如く、
冷却水孔用ビード6を冷却水孔4に接近させて形成していたので、冷却水孔4側から冷却水孔用ビード6までの間にシリンダヘッド14のデッキ面14dとにより形成される冷却水流通空隙17の面域が小さくなっている。つまり、第2図において、冷却水孔用ビード6、6間の距離1aが小であり、冷却水は、この距離1a間で流通し得るが、シリンダ孔2側には流通しない。従って、シリンダ孔2側の金属ガスケット1、シリンダブロック12のデッキ面12d、シリンダヘッド14のデッキ面14dの冷却を果し得ず、このため、接合部13において熱影響を招く不都合がある。」 (3) 本件発明の目的(3欄30行ないし4欄6行) 「そこでこの発明の目的は、上述の不都合を除去すべく、ボルト孔から離間してボルト孔を囲繞せずシリンダ孔用ビード及び冷却水孔を包含して囲繞するとともにシリンダ孔用ビードとデッキ面と共働して冷却水を流通させる冷却水流通間隙を形成する冷却水孔用ビードを冷却水流通路空隙の流路断面積を常に一定とすべく冷却水孔用ビードをシリンダ孔用ビードまでの距離が略等しくなる位置に設けることにより、冷却水を接合部の広い面域に流通させるとともに冷却水をシリンダ孔用ビードと冷却水孔用ビード間に形成される略一定の流路断面積を有する冷却水流通路空隙に略一定に流通させ、接合部において金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効果的に冷却して冷却効果を向上し得るとともに、冷却水孔用ビードにも締結力を略一定に作用させてデッキ面に略均一なシール線を形成し、しかも冷却水孔用ビードに亀裂等が生ずるのを防止してシール効果を向上し得る金属ガスケットを実現するにある。」 (4) 本件発明の作用(4欄22行ないし31行) 「この発明の構成によれば、金属ガスケットが接合部に介装され締結手段によって締結、つまり圧縮されると、冷却水孔用ビードとシリンダ孔用ビードとデッキ面により大なる面域を有し且つ略一定の流路断面積を有する冷却水流通空隙が形成される。この冷却水流通空隙には冷却水が略一定に流通し、且つ、冷却水が接合部の広い面域を冷却するので、接合部における冷却効果を向上させることができる。」 (5) 本件発明の実施例の作用(6欄4行ないし35行) 「例えばシリンダヘッド14のデッキ面14dに基板20のシリンダ孔用ビード3及び冷却水孔用ビード60の夫々頂部側を指向させるとともにシリンダブロック12のデッキ面12dには夫々基部側を配設して接合部13に介装された金属ガスケット1は、締結手段であるボルトの締結力により圧縮され、これによりシリンダ孔用ビード3、冷却水孔用ビード60が高さを低減して圧縮変形される。このとき、シリンダ孔用ビード3、冷却水孔用ビード60は、締結力により漸次高さを低減するが、シリンダ孔用ビード3、冷却水孔用ビード60の押圧力によってその押下押圧が阻止され、つまり押圧変形が抑制され、完全に偏平にならない。これにより、冷却水孔用ビード60の頂部とシリンダ孔用ビード3の頂部とシリンダヘッド14のデッキ面14dとにより、冷却水流通空隙62が形成される。また、この冷却水流通空隙62は、冷却水孔用ビード60が基板20の外縁部位に形成されるとともにシリンダ孔用ビード3がシリンダ孔2に接近して位置すべく形成されているので、その面域が拡大されているとともに、シリンダ孔用ビード3と冷却水孔用ビード60間で略一定の流路断面積に形成されている。」 「大なる面域で且つ略一定の流路断面積に形成された冷却水流通空隙62には冷却水通路11からの冷却水が略一定に、つまり大差がなく流通し、この冷却水が接合部13において金属ガスケット1、シリンダブロック12のデッキ面12d、シリンダヘッド14のデッキ面14dを均等に冷却するので、この接合部13における冷却効果を向上させることができる。」 (6) 本件発明の効果(7欄11行ないし25行) 「以上詳細な説明から明らかなようにこの発明によれば、ボルト孔から離間してボルト孔を囲繞せずシリンダ孔用ビード及び冷却水孔を包含して囲繞するとともにシリンダ孔用ビードとデッキ面と共働して冷却水を流通させる冷却水流通間隙を形成する冷却水孔用ビードを設け、冷却水流通間隙の流路断面積を略一定とすべく冷却水孔用ビードをシリンダ孔用ビードまでの距離が略等しくなる位置に設けたことにより、冷却水を接合部の広い面域を有し且つ略一定の流路断面積を有する冷却水流通間隙に略一定に流通させ、接合部において金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効果的に冷却して冷却効果を向上させ得る。」 (三) 本件発明に係る出願経過において、原告は、本件発明につき特許庁に対し次の申述をしている。(乙三ないし五) (1) 拒絶理由通知に対する昭和六三年一二月一六日付け意見書において、
拒絶の理由とされた先行技術には、「塑性変形する第1、第2ビードが圧縮変形した際に、冷却水路を確保することが困難となり、冷却水を冷却水路に積極的に流通し得ないという不都合がある」のに対し、本件発明は、「シリンダ孔用ビードと冷却水孔用ビードとデッキ面とにより形成される広い面域の冷却水流通空隙に冷却水を積極的に流通させて接合部の冷却効果を大とし、金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効率良く冷却させ、冷却効果を向上させることができる」ものであるから、先行技術とは目的、構成を異にし、
特有の作用効果を奏し得るものである旨を述べている。
(2) 拒絶査定に対する審判に係る平成元年九月二一日付け審判理由補充書において、拒絶の理由とされた先行技術と異なり、本件発明は、特許請求の範囲記載の構成を有することにより、「シリンダ孔用ビードと冷却水孔用ビードとデッキ面とにより形成される広い面域で且つ略一定の流路断面積の冷却水流通空隙に冷却水を積極的に略一定に流通させて接合部を均一に冷却して冷却効果を大とし、金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効率良く冷却させ、冷却効果を向上させることができる」ものである旨を述べている。
(3) 被告が申し立てた特許異議に対する平成五年四月二三日付け特許異議答弁書において、異議の理由とされた先行技術は、「シリンダ孔用ビードと外側のビード(16)との距離が大きく異なり、また、ビード(42)とビード(16)との高さが夫々異なっていることから、冷却水流通空隙の流路断面積を略一定に維持することができず、よって、本願発明の技術とは全く異なるものである」と述べている。
3 右によれば、構成要件Bに対応する特許請求の範囲の記載中の「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」とは、金属ガスケットをシリンダヘッドとシリンダブロックとの間の接合面に装着し、ボルトによってこれらを締結した状態において、
金属ガスケットの表面並びにその冷却水孔用ビード及びシリンダ孔用ビードとシリンダヘッド又はシリンダブロックのデッキ面とにより形成される空間であって、その中を冷却水が流通する、すなわち、滞ることなく流れることができるという構成を備えるものであり、かつ、この空間の中を冷却水が流通することによって、金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効率良く冷却させ、冷却効果を向上させることができるという作用効果を奏し得るものを意味するものと認めることができる。
したがって、ガスケットとシリンダヘッド又はシリンダブロックのデッキ面との間に隙間があり、この中に冷却水が流入し得る構成であるとしても、冷却水を積極的に流通させるものではなく、冷却水がそこに存在しているというだけであって、これが流れることなく停滞しているものは、構成要件Bの「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」に当たらない。
また、ビードが本件発明の特許請求の範囲に記載された位置(シリンダ孔用ビードがシリンダ孔を囲繞していること、冷却水孔用ビードがボルト孔から離間し、ボルト孔を囲繞せず、シリンダ孔用ビード及び冷却水孔を包含して囲繞していること、冷却水孔用ビードがシリンダ孔用ビードまでの距離がほぼ等しくなる位置に配設されていること)に設けられた金属ガスケットであっても、エンジンに装着してボルトによって締結した場合に、ビードが圧力により塑性変形し、冷却水が流通し得るだけの高さのある空間を確保できないものは、これに該当しないというべきである。
4(一) そこで、被告製品に右の意味における「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」が形成されているかどうかにつき検討する。
(二) 原告は、被告製品は「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」を有していると主張し、これを裏付ける証拠であるとして、イ号製品について行った実験やモデル計算についての報告書、意見書を提出している(甲三ないし六、八ないし一三)。
しかしながら、これらは、
(1) ガスケットの上下に鉄板を併設し(これにより、実際にガスケットが取り付けられるエンジンにおいて冷却水が流れる通路がふさがれてしまっている。)、注入口と排出口を設けて、ガスケットと鉄板との間の隙間を冷却水が流れるようにしたものであって、実際のエンジンにおける冷却水の流れを再現した実験とはいえないもの(甲三、四)、
(2) エンジン駆動時にシリンダヘッド及びシリンダブロックが上下に振動することによってガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間隔が変化するというポンピング効果があるという条件下での実験であり、条件設定が不適切であるもの(甲五、一一)(本件明細書にはポンピング効果について何らの言及もされておらず(前記2(二)参照)、本件発明は、ポンピング効果がなくても、流路断面積が常にほぼ一定とされた冷却水流通路間隙に冷却水を流通させることによって、冷却効果を上げるものと解されることから、ポンピング効果があるという前提自体が不適切である。)、
(3) 流路断面積が完全に均一であるという、現実にはあり得ない状態における冷却水の流量をモデル計算したにすぎないもの(甲五)、
(4) 実際にガスケットが取り付けられるエンジンにおいて冷却水が流出すべき通路にセンサーが設置されているためにその通路が閉じられることにより、また、実際のガスケットにはない孔をその上板及び中板に開けていることにより、冷却水の流れ方が現実の場合とは異なることになる実験装置を用いたものであって、
実際のガスケットの取付状況を再現した実験とはいえないもの(甲六、八、九)、
(5) ガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間に冷却水が存在している可能性を示すにすぎず、これが流通していることの証明とはなっていないもの(甲一〇)(原告は、この実験において、実車のエンジンに、@イ号製品をそのまま装着した場合と、Aガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間への冷却水の流入を封じるように加工したイ号製品を装着した場合とにつき、車両を走行させて温度を測定したところ、@及びAのいずれの場合もシリンダブロックの方がシリンダヘッドより温度が五度程度高かったこと、@の場合は、ガスケットの温度はシリンダヘッドの温度とほぼ一致していたこと、Aの場合は、ガスケットの温度がこれより約三度高くなっていたことから、イ号製品には、冷却水の流通によりガスケットの温度を低下させるという冷却効果があると主張している。しかしながら、@の場合とAの場合とを比較しても、シリンダブロック及びシリンダヘッドの温度には特段の差異は認められない。また、@の場合には、ガスケットとシリンダヘッドの間に冷却水が存在しているとすれば、これが流通していなくても、ガスケットが冷却水を介してシリンダヘッドとつながっていることになるため、熱伝導によりガスケットの温度とシリンダヘッドの温度とがほぼ一致したと解し得る。そうすると、
この実験は、冷却水が前述3の意味において流通していることを証するものではないというべきである。さらに、この実験によれば、実際の車両走行中のガスケット付近の温度は、摂氏一〇〇度以下であり、冷却水が流通せずに滞っていたとしても、原告が主張するようなホットスポットの発生の危険性はないといえる。)、
(6) スペーサーを用いて隙間の高さを一定にした実験装置における空隙に冷却水を積極的に流通させたものであり、イ号製品の実際の使用状態を再現したとはいえないもの(甲一二) であって、いずれの実験等も、イ号製品がガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間に冷却水を積極的に流通させる構成を備えていることを証明するものとはいえない。
さらに、原告の提出する証拠(甲四、一三)によっても、ボルトにより締め付けた場合のシリンダヘッドのデッキ面とガスケットの表面との距離は、環状ビード(本件発明のシリンダ孔用ビードに相当する。)の側で〇・〇〇七六ミリメートル、外側ビード(本件発明の冷却水孔用ビードに相当する。)の側で〇・〇〇〇五ミリメートルにすぎないのであって、冷却水が本来的に流通する垂直方向の通路がその傍らにあるのにもかかわらず(別紙三A「イ号製品目録(原告案)」の第五図、第六図の一及び二並びに第七図参照)、冷却水がこのように極めて狭い、水平方向の隙間を積極的に流通していくとは考え難い。
(三) 右によれば、原告の提出する証拠を総合しても、イ号製品が別紙三A「イ号製品目録(原告案)」のとおりの構成を有し、これをエンジンに装着し、ボルトで締め付けた状態において、ガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間に冷却水が流通しているとは認められないから、イ号製品に前記3の意味における「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」が形成されているということはできない。
また、イ号製品以外の被告製品についても、これらが別紙一A「被告製品説明書(一)」及び別紙二A「被告製品説明書(二)」のとおりの構成を有し、これらに前記3の意味における「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」が形成されていることを認めることはできない。
5 したがって、被告製品はいずれも、構成要件Bを充足せず、本件発明の技術的範囲に属するとは認められないというべきである。
二 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないから、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一二年三月七日)
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 中吉徹郎
裁判官 長谷川浩二