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関連審決 審判1998-35556
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12行ケ53審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ310審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 判例 特許
平成11行ケ142審決取消請求事件 判例 特許
平成11行ケ398特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  技術常識 /  分割出願 /  参酌 /  禁反言 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 436号 審決取消請求事件
原告 豊田合成株式会社代表者代表取締役 【A】
原告 【B】
原告 【C】3名訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 黒田健二
同 弁理士 樋口武尚
同 平田忠雄
被告 日亜化学工業株式会社代表者代表取締役 【D】
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 山上和則
同 吉利靖雄
同 弁理士 豊栖康弘
同 青山葆
同 河宮治
同 石井久夫
同 北原康廣
同 豊栖康司
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35556号事件について平成11年10月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告らは、名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする発明(特許第2737053号、平成2年12月26日出願の特願平2-414843号(以下「原出願」という。)を平成8年12月26日に分割した出願(特願平8-358988号)、平成10年1月16日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。被告は、平成10年11月9日、本件特許につき無効審判の請求をし、平成10年審判第35556号事件として特許庁に係属したところ、原告らは、平成11年3月9日、本件出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
(2) 特許庁は、上記事件につき審理した結果、平成11年10月26日、「特許第2737053号発明の請求項第1項ないし第5項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年12月2日、原告らに送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の記載(以下、【請求項1】〜【請求項5】に係る本件発明を「本件発明1〜5」という。) (1) 本件訂正前のもの 【請求項1】禁制帯幅の比較的小さな半導体から成る発光層を挟むようにその両側に各々禁制帯幅の大きなn型半導体層及びp型半導体層を接合した窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
基板と、
前記基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層と、
前記緩衝層上に形成され、シリコン(Si)をドープした窒化ガリウム系化合物半導体から成るn型半導体層と、
前記n型半導体層の上に形成されたノンドープの窒化ガリウム系化合物半導体から成る発光層と、
前記発光層の上に形成され、マグネシウム(Mg)をドープし、低抵抗化処理した窒化ガリウム系化合物半導体から成るp型半導体層とを有することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項2】前記緩衝層は3族窒化物半導体から成ることを特徴とする請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項3】前記n型半導体層、前記p型半導体層、前記発光層は((AlxGa 1-x )yIn 1-y N:0≦x≦1、0≦y≦1)からから成ることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項4】サファイア、Si、6H-SiC又はGaNから成る基板を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項5】前記n型半導体層又は前記p型半導体層とそれぞれの電極との間に高キャリア濃度の層を設けたことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
(2) 本件訂正に係るもの(以下、この発明を「訂正発明」といい、【請求項1】〜【請求項3】に係る訂正発明を「訂正発明1〜3」という。) 【請求項1】禁制帯幅の比較的小さな半導体から成る発光層を挟むようにその両側に各々禁制帯幅の大きなn型半導体層及びp型半導体層を接合した窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
サファイア基板と、
前記基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層と、
前記緩衝層上に形成され、シリコン(Si)をドープした窒化ガリウム系化合物半導体((AlxGa 1-x )yIn 1-y N:0≦x≦1、0≦y≦1)から成るn型半導体層と、
前記n型半導体層の上に形成されたノンドープの窒化ガリウム系化合物半導体((Alx'Ga 1-x' )y'In 1-y' N:0≦x'≦1、0≦y'≦1)から成る発光層と、
前記発光層の上に形成され、マグネシウム(Mg)をドープし、p型化処理した窒化ガリウム系化合物半導体((Alx"Ga 1-x" )y"In 1-y" N:0≦x"≦1、0≦y"≦1)から成るp型半導体層と を有することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項2】前記緩衝層は3族窒化物半導体から成ることを特徴とする請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項3】前記n型半導体層又は前記p型半導体層とそれぞれの電極との間に高キャリア濃度の層を設けたことを特徴とする請求項1乃至請求項2のいずれか1項に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
3 審決の理由 審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、訂正発明1〜3の「サファイア基板上にn型半導体層((AlxGa 1-x )yIn 1-y N:0≦x≦1、0≦y≦1)の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」(以下「低温形成緩衝層」という。)という事項が原出願の願書に添付された明細書(以下「原明細書」という。)に記載されておらず、訂正発明1〜3に係る特許出願は、原明細書に記載された2以上の発明を分割した新たな特許出願とは認められず、訂正発明1〜3に係る特許出願は、その願書が提出された平成8年12月26日に出願されたものであるところ、
その出願当時、低温形成緩衝層は当業者に周知であって、訂正発明1〜3は、特開平4-242985号公報(原出願の公開公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により、特許出願の際独立して特許を受けることができないから、同法134条5項において準用する同法126条4項によって本件訂正は認められず、本件発明の要旨は、本件訂正前の本件明細書の特許請求の範囲に記載されたものと認められるとした上、本件訂正前の本件発明1〜5に係る特許出願は、訂正発明1〜3と同様の理由により、
その願書が提出された平成8年12月26日に出願されたものであるから、その出願当時、低温形成緩衝層は当業者に周知であって、本件訂正前の本件発明1〜5は、特開平4-242985号公報(原出願の公開公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項に違反して特許されたものであるとして、同法123条1項2号により、無効とされるべきものであるというものである。
原告ら主張の審決取消事由
1 審決は、訂正発明1〜3の低温形成緩衝層が原明細書及びその図面に記載されているものとすることができないとの誤った認定判断をしたため(取消事由)、
本件分割出願は不適法であるとし、その結果、訂正発明1〜3に係る特許出願の出願日の認定を誤り、ひいては、訂正発明1〜3が特開平4-242985号公報(原出願の公開公報)に記載された発明及び当業者に周知な低温形成緩衝層の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであり、取消しを免れない。
2 取消事由(原明細書の記載に係る認定判断の誤り) (1) 低温形成緩衝層 審決は、「訂正発明1〜3の”サファイア基板上にn型半導体層((AlxGa 1-x)yIn 1-y N:0≦x≦1、0≦y≦1)の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層”という事項は、原出願当初明細書及び図面に記載されていることとすることができず」(審決書19頁12行目〜17行目)と認定判断するが、誤りである。
すなわち、審決は、原明細書に「”サファイアという特定の基板に、Siドープn型GaAlN層という特定組成のn層の1040℃という特定の成長温度よりも低い約600℃という特定温度でAlN層という特定組成の層を含む緩衡層を形成することが望ましい”ということが記載されているに等しい」(同18頁17行目〜19頁2行目)として、特定の実施例が原明細書に記載されていることを認めながら、訂正発明1〜3の構成は記載されていないと判断したものであり、誤りである。
GaN系半導体の緩衝層の技術は、サファイア基板とその上に積層するGaN系半導体結晶の間の格子定数や熱膨張係数の差がGaN系半導体の良好な結晶成長性を阻害していることを認識し、それを克服するためにサファイア基板とGaN系半導体との間に格子定数や熱膨張係数の差を緩和する緩衝層を介在させることであり、
その場合、緩衝層は低温で形成することを内容とする。すなわち、低温形成緩衝層の技術は、サファイアとGaN系半導体の格子定数や熱膨張係数の差を、その間に介在させる層によって緩和するという技術思想に基づいて、当業者が材料組成を適宜選択し得る技術であって、原明細書に記載された特定の材料組成において使用し得るならば、他の材料組成で適用の可能性が予想されないような技術ではない。このような、緩衝層を使用したGaN系半導体の結晶成長技術は、サファイア基板上にGaN系半導体の発光素子を形成する上で不可欠の技術であり、原出願当時、当業者にとって周知慣用の技術となっていたから、このような技術水準の下では、原明細書に具体的な一つの実施例が記載されていれば、訂正発明1〜3の低温形成緩衝層について十分な開示があったといえる。
(2) 低温形成緩衝層の目的及び作用効果 審決は、「”基板上にn型半導体層((AlxGa 1-x )yIn 1-y N:0≦x≦1、0≦y≦1)の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層”を有することによる訂正発明1〜3の目的及び作用効果は、・・・原出願当初明細書に記載も示唆もされておらず、当業者に周知又は自明のことでもない。」(審決書19頁3行目〜11行目)と認定するが、誤りである。
「緩衝層」という言葉自体が、半導体層をサファイア基板上に形成する上での緩衝作用を行う層であることを表現しており、「緩衝層」の目的及び作用効果は、原明細書に示唆されている。
また、緩衝層は、発光に関与する半導体層の良好な結晶成長のために、サファイア基板と発光に関与するGaN系半導体層との間の緩衝となる機能を果たす層である。すなわち、サファイアとGaN系半導体では結晶の格子定数が大きく異なり、また、熱膨張係数も異なるので、両者を直接積層するのではなく、間にクッションとして緩衝層を介在させるというのが、緩衝層の作用効果である。緩衝層を使用したGaN系半導体の結晶成長技術は、サファイア基板上にGaN系半導体の発光素子を形成する上で不可欠の技術であり、原出願当時、当業者にとって周知慣用の技術となっていたから、その目的及び作用効果も、当業者に周知であった。
(3) 発明の非特徴的部分 訂正発明1〜3は、n型半導体層、ノンドープ発光層及びp型半導体層の組合せであるダブルヘテロ構造を有するGaN系化合物半導体発光素子の構成に係り、その特徴的部分は、新規で実用的なダブルヘテロ構造の層構成にある。緩衝層は、訂正発明1〜3の発光素子を構成する半導体結晶を良好に作成するための手段として発光素子の製造工程で意味をもつ層であり、発光素子の構成要素として機能する層ではないから、本件発明の特徴的部分ではない。発明の特徴的部分ではない構成を実施例の上位概念で表現することは、特許出願実務において一般的に認められていることであり、発明の十分な保護のために認められるべきものである。
被告の反論
1 審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(原明細書の記載に係る認定判断の誤り)について (1) 低温形成緩衝層の構成 原明細書に記載された緩衝層は、AlN層という材料組成を特定した層を含む緩衝層であって、材料組成を特定しない「低温形成緩衝層」という包括的、抽象的な概念は、原明細書には記載されておらず、材料組成を特定しない緩衝層の堆積温度とn型半導体層の成長との関連についても、原明細書に記載されていない。審決は、「低温形成緩衝層」が材料組成を特定しない緩衝層を意味し、このような低温形成緩衝層は原明細書に記載されていないと判断したのであり、誤りはない。
原告は、原明細書に具体的な一つの実施例が記載されている旨主張するが、この実施例は、上記のとおり、材料組成を特定した層を含む緩衝層に係るものであるから、その特定のない上位概念である緩衝層について原明細書に記載があるということはできない。
原出願当時、AlNの低温形成緩衝層は周知であったが、AlNに限定されない包括的な低温形成緩衝層は周知ではなく、サファイア基板上のGaN系半導体の成長には、専らAlN低温形成緩衝層が使用され、AlN以外の低温形成緩衝層が使用された例はなかった。これは、当業者が、サファイア基板上の良質なGaN半導体結晶の成長には、AlNという特定組成の緩衝層が必要であるとの認識をもっていたからである。
(2) 低温形成緩衝層の目的及び作用効果 原明細書には、サファイアを基板とする場合には少なくとも低温(例えば約600℃)で堆積したAlN薄膜を含む層を緩衝層とするのが望ましいとの記載はあるものの、サファイア基板上にn型半導体層AlGaInNの成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層一般については記載がないし、AlNというように材料組成を特定しない低温形成緩衝層の目的及び作用効果が当業者に周知又は自明のことではなかった。しかも、原明細書の記載及び甲号各証を参照しても、サファイア基板上にn型半導体層AlGaInNの成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層の効果や、同緩衝層を構成要件とする発光素子の効果について記載も示唆もなく、当業者に周知又は自明ではなかった。
原明細書は、本件発明の課題について、p型層の作製に言及するだけで、
低温形成緩衝層とp型半導体層との関係又は低温形成緩衝層とそれを含む本件発明との関係については記載も示唆もない。原明細書における本件発明の作用効果についての記載は、p型導電性を示す層の製作が可能となった素子及び素子のダブルヘテロ構造による効果に言及するだけで、低温形成緩衝層とそれを含む発明との関係については記載も示唆もない。
(3) 発明の非特徴的部分 原告は、審査の経過において、本件発明の低温形成緩衝層が本件発明の特徴的部分であるとして進歩性の主張をしたのであるから、本件訴訟において、これが非特徴的部分であるとの主張をすることは、禁反言の原則に照らし許されない。
当裁判所の判断
1 取消事由(原明細書の記載に係る認定判断の誤り)について (1) 低温形成緩衝層の構成 原明細書(甲第4号証)には、「【0019】サファイアを基板とする場合には少なくとも低温(例えば約600℃)で堆積したAlN薄膜を含む層を緩衝層とするのが望ましい」(3欄34行目〜36行目)、「【0042】次に、サファイア基板1の温度を600℃程度まで降温し、・・・サファイア基板1上に50nm程度の膜厚を持つAlN層2を形成する。次に、・・・基板温度を1040℃まで上げ、・・・Siドープn型GaAlN層3(n層)を成長する。」(6欄10行目〜16行目)と記載され、これによれば、低温(例えば約600℃)で堆積したAlN薄膜の単層又は同AlN薄膜の層を含む多層を緩衝層とすること、AlN薄膜の形成温度は約600℃であり、n型GaAlN層の形成温度は1040℃であることが記載されていることになるから、原明細書には、サファイア基板上にn型半導体層GaAlNの成長温度よりも低い温度で形成されたAlN緩衝層が記載されていることが明らかである。
次に、下記の各証拠には、それぞれ下記の記載のあることが認められる。
ア 【E】外「MOVPEによるAlGaN/α-Al2O 3ヘテロエピタキシーにおけるAlNバッファ層の効果」日本結晶成長学会誌1986年(甲第12号証) 「AlxGa 1-x Nとα-Al 2O 3との大きな格子定数差(サファイヤ(0001)面において11.7〜13.8%)および熱膨張係数差(8〜28%)のために良質のエピタキシャル膜を得ることは難しい.この問題点を克服する一つの方法は成長層と基板との間にバッファ層を導入することである.・・・ここでは、AlxGa 1-x N(0≦x≦0.4)/α-Al2O 3系のヘテロエピタキシーにおいて、低温成長させたAlNバッファ層を介することにより、AlxGa 1-x N膜の結晶性が著しく改善されることを示す.」(218頁右欄6行目〜21行目) イ 【B】外「GaAlNの結晶成長と光電物性」社団法人電気学会1987年8月19日(甲第13号証) 「本報告ではGa1-x Al xN(0≦x≦0.4)/α-Al 2O 3系のヘテロエピタキシーにおいて、低温成長させたAlNバッファ層を介することにより、成長層の結晶性が改善されることを示す。」(51頁11行目〜13行目) 「AlNバッファ層は600〜950℃で、GaNおよびGa1-x Al xNは950〜1050℃で成長させた。」(同24行目〜25行目) 「図3(a)と図4(a)に示すように、作製条件によって2種類のAlNバッファ層が現れることがわかった。図3(a)は、AlNバッファ層を940℃で72秒間成長させたものであり、表面にはc軸に配向した6角形の粒状結晶(以下、形態Aと呼ぶ)と全面を薄く覆っている多結晶状の層(以下、形態Bと呼ぶ)が見られる。これらの断面を図5(a)のバッファ層の説明図に示す。このように形態のAとBとを有するバッファ層をtypeIとする。形態Aは・・・単結晶粒子であることが確かめられた。また、・・・形態AはGaNであること、・・・形態BはAlN膜であることが示唆された。このように成長初期にGaNの粒状結晶がサファイヤ表面に形成される理由として、Ga化合物がMOVPE装置の配管に残留し、それが成長初期に基板上でNH3と反応しGaNを形成したと考えられる。他方、配管に残留したGa化合物を取り除くために、配管類の洗浄に注意しかつ成長前に配管系の真空引きを入念に行った場合には、図4(a)に示すように、バッファ層はAlNだけからなる非常に平坦な層になった。」(52頁20行目〜53頁30行目) ウ 【F】外「MOVPE法によるサファイア基板上へのGaN結晶成長におけるバッファ層の効果」日本結晶成長学会誌1988年(甲第14号証) 「GaNとサファイヤとの間には大きな格子定数差(13.8%)および熱膨係数差(25.5%)があるために良質のエピタキシャル成長層を得ることは困難であった.この問題点を克服する方法として,【G】らはMBE法において成長層と基板との間にAlN単結晶の中間層を導入することにより,GaN膜の表面平坦性および電気的特性などを向上させることができた・・・われわれは,MOVPE法において成長層と基板との間にエピタキシャル温度よりも低い温度で単結晶でないバッファ層を堆積させることを提案した.すなわち,バッファ層としてAlNを用いこれを通常のエピタキシャル温度(〜1200℃)よりも低い温度で堆積させその上にGaN膜を成長させることにより,GaN膜の結晶学的特性のみならず光学的特性,さらに電気的特性も従来のどの方法よりも改善されることを見いだし」(334頁右欄14行目〜335頁左欄8行目) 「今後,格子不整合の大きいヘテロエピタキシャル成長において,GaNも含めたバッファ層の役割を原子レベルで明らかにしていきたい.」(342頁左欄27行目〜30行目) エ 【H】「格子定数が大きく異なる基板上へのヘテロエピタキシー」応用物理Vol.55,No.11(1986年、甲第16号証) 「本稿では,このうち,成長の第一段階で基板上に低温でnm程度のごく薄いバッファ層をつけ,その上に高温で通常のエピタキシャル成長を行わせる二段階成長法を取り上げ,ZnO/サファイア,SiC/Si,Si/サファイア,GaAs/Si系につき,その成長の様子を概観する.」(1069頁前文3行目〜6行目) オ 特開昭62-219614号公報(甲第18号証) 「InP基板の表面をエッチングあるいは熱処理により清浄にし、しかる後、InP基板を反応管中で加熱し、約400℃になったところで、AsH3とGa(CH 3)3とを流してGaAsを100Å厚さに成長させる。この場合、成長したGaAs層は完全な単結晶でも多結晶でもない成長層が得られる。この後、・・・600℃〜700℃まで加熱して、再びGa(CH3)3を反応系に導入して同一装置内でGaAsを約4 μm 厚さに成長させる。この方法により、低温で成長したGaAs層は有効なバッファ層となって高品質のGaAs層をInP基板上に成長させることができる。」(2頁左下欄15行目〜右下欄7行目) 「化合物半導体の基板、あるいは格子定数の異なる化合物半導体の成長層として、InP、GaAsについて述べたが、他の2元化合物半導体、及び3元、4元の化合物半導体の成長についてもそれぞれの物質によって温度はそれぞれ異なるが、本発明による成長法により、格子定数の異なる化合物半導体基板上に高品質のエピタキシャル成長層を得ることができる。また、低温で成長した化合物半導体薄膜上に同種の化合物半導体のみでなく、その格子定数に近い他の化合物半導体を成長させることも可能である。この場合は、その成長させる化合物半導体に適した成長温度にすればよい。」(3頁左上欄6行目〜18行目) カ 特開昭63-239922号公報(甲第19号証) 「結晶基板と、その上に成長される化合物半導体層との間に、超格子層と低温下で成長された化合物半導体層が、バッファ層として形成されていることを特徴とするエピタキシャル成長結晶体」(1頁左下欄5行目〜8行目) 「この発明はそれに限定されず、・・・サファイア等絶縁体の結晶基板上にGaAs層を成長させたり、あるいは、GaAs以外の化合物半導体をエピタキシャル成長させる場合に適用することができる。」(4頁右下欄9行目〜14行目) キ 【B】外「高エネルギーギャップ半導体の結晶成長と光学的性質に関する研究」文部省重点領域研究昭和62年度研究成果報告書(甲第22号証) 「AlxGa 1-x N/α-Al 2O 3のMOVPE・・・バッファー層の効果 エピタキシャル層と基板との大きな格子定数差の影響を小さくするために、低温(800-900℃)で成長させた膜厚500-1000ÅのAlNバッファ層が非常に有効であることを見いだした。バッファ層としては(I)なんらかの形でGaNを含む多結晶構造であるもの、または(II)AlNだけからなる非常に平坦で50-200Å程度の微粒子よりなるものが得られた。」(107頁7行目〜16行目) ク 特開昭52-23600号公報(甲第28号証) 「本発明はGaN結晶成長における上述の問題点を解決し、電気特性が良い均質な膜状GaN結晶を得る方法である。この問題点は構成原子、格子定数の異なるサファイア上にGaNをヘテロ・エピタキシャル成長させることに起因する。」(2頁左上欄2行目〜6行目) 「サファイア1上にまず、・・・条件1000℃以下の温度、望ましくは、800℃〜1000℃においてGaNを・・・成長させこれを第1層2とする。つぎに基板温度を1000℃を超える範囲、望ましくは1050℃〜1150℃の範囲に上昇させ、電気特性の良い結晶が得られる条件でGaNの第2層3を第1層上にあらためて成長させる」(2頁左上欄7行目〜15行目) ケ 特開昭60-173829号公報(甲第29号証) 「基板温度を300〜450℃とし、・・・GaNバッファ層をサファイアC面上に形成した。・・・次に、・・・基板1を誘導加熱法により800〜1000℃に加熱し、・・・GaNエピタキシャル層3を成長させた。」(3頁右上欄10行目〜左下欄9行目) 以上の記載を総合すれば、結晶成長技術において、格子定数が基板のものと大きく異なる化合物半導体を基板上に成長する場合には、良質の成長膜を得ることが困難であるとの問題点があること、このような問題点を克服する手段として「基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」が有効であること、「基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」は、基板とn型半導体との特定の組合せに限らず適用される汎用の技術であることは、いずれも、原出願当時、結晶成長技術の分野の当業者にとって周知の事項であったと認められる。
そして、緩衝層の材料組成及び形成温度は、適用される基板の種類とn型半導体の種類との組合せによって適宜選定されるものであるが、そのうち、サファイアを基板とし、半導体層がAlxGa 1-x Nのとき(甲第12〜第14号証、甲第22号証、甲第28号証、甲第29号証)、ZnOのとき(甲第16号証)、Siのとき(甲第16号証)及びGaAs又はGaAs以外の化合物半導体のとき(甲第19号証)のいずれにあっても、半導体の種類に応じた「基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」が形成されることから、基板をサファイア基板に限定したとしても同様に、「基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」は周知の技術であることが認められる。すなわち、原出願当時、
サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層は、当業者に周知の技術事項であったということができる。
このような「サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」という原出願当時の技術常識参酌すると、原明細書における「サファイア基板上にn型半導体AlGaNの成長温度よりも低い温度で形成されたAlN緩衝層」の記載に接した当業者は、この記載が上記周知の技術をサファイア基板とn型半導体AlGaNとの組合せに適用したものであることは、自明な事項として理解することができると認められる。したがって、上記の事項は、実質的には、平成2年に出願された原出願の明細書に記載があるというべきであり(東京高裁昭和53年8月30日判決・無体集10巻2号420頁)、その記載がないとする審決の認定は誤りである。
被告は、原明細書に記載された緩衝層は、材料組成をAlNに特定した緩衝層であって、材料組成を特定しない包括的、抽象的な概念は原明細書には記載されていない旨主張する。しかしながら、「サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」が周知の技術事項であるならば、原明細書の「サファイア基板上にn型AlGaNの成長温度よりも低い温度で形成されたAlN緩衝層」の記載は、技術常識そのもののである「サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」を、当業者に容易に想起させるから、「サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」を原明細書記載の低温形成緩衝層と異なる新たな包括的、抽象的概念ということはできない。
また、被告は、原出願当時、材料を特定したAlN低温形成緩衝層は周知であっても、「サファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」という、材料組成を特定しない包括的、抽象的な概念は周知ではなかったと主張する。しかしながら、上記のとおり、原出願当時、低温形成緩衝層の技術が広く適用される汎用の技術であることは、結晶成長技術の分野において周知の事項である。特に、上記のとおり、特開昭52-23600号公報(甲第28号証)及び特開昭60-173829号公報(甲第29号証)には、サファイア基板上のGaNを成長させる際のバッファ層としてGaNを使用することが記載されており、AlN以外の低温形成緩衝層も使用されていたものであって、材料組成を特定しないサファイア基板上にn型半導体層の成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層という概念も、原出願当時既に周知であったというべきである。
(2) 低温形成緩衝層の目的及び作用効果 審決は、低温形成緩衝層を有することによる訂正発明1〜3の目的及び作用効果は原明細書に記載も示唆もされていない旨認定する。
しかしながら、上記のとおり、緩衝層は、格子定数や熱膨張係数が異なる基板と半導体層の間にあって、格子定数差や熱膨張係数差を緩和して、成長する半導体層の結晶性を改善し良質の半導体結晶層を得るという機能を果たすものであること、また、サファイア基板上にGaN系化合物半導体を形成する際の緩衝層を低温で形成することは、いずれも原出願当時において周知であった。原出願当時、緩衝層の機能は明らかであり、したがって、低温形成緩衝層を有する発明における緩衝層の機能も明らかであるから、低温形成緩衝層を有する発明が記載された原明細書には、低温形成緩衝層を有する発明における緩衝層の目的及び作用効果が上記緩衝層の機能の限りにおいて示唆されていると認められる。
被告は、この点について、原明細書の記載及び甲号各証を参照しても、低温形成緩衝層の効果や低温形成緩衝層を構成要件とする発光素子の効果について記載も示唆もないと主張する。しかしながら、前記のとおり、原出願当時、緩衝層の機能は明らかであり、したがって、低温形成緩衝層を有する発明における緩衝層の機能も明らかであるから、低温形成緩衝層を有する発明が記載された原明細書には、低温形成緩衝層を有する発明における緩衝層の目的及び作用効果が上記緩衝層の機能の限りにおいて示唆されていると認められる。
さらに、被告は、原明細書は、本件発明の課題について、p型層の作製に言及するだけで、低温形成緩衝層とp型半導体層との関係又は低温形成緩衝層とそれを含む本件発明との関係については記載も示唆もないと主張する。しかしながら、上記のとおり、原出願当時、低温形成緩衝層の機能は明らかであり、したがって、低温形成緩衝層を有する本件発明における低温形成緩衝層の機能も明らかであるから、本件発明が記載された原明細書には、低温形成緩衝層の目的及び作用効果が上記緩衝層の機能の限りにおいて示唆されていると認められ、審決の認定は誤りである。
(3) 発明の非特徴的部分 本件分割出願が適法であるかどうかは、原明細書に「サファイア基板上にn型半導体層AlGaInNの成長温度よりも低い温度で形成された緩衝層」の記載があるかどうかにより決せられるが、実質的にその記載があるというべきであることは、上記のとおりである。したがって、本件発明の特徴的部分に係る原告の主張について判断するまでもなく、本件分割出願は適法というべきである。
被告は、原告が審査の経過において本件発明の低温形成緩衝層が本件発明の特徴的部分であるとして進歩性の主張をしたのであるから、本件訴訟においてこれが非特徴的部分であるとの主張をすることは禁反言の原則に照らし許されないと主張する。しかしながら、上記のとおり、原出願当時の技術常識参酌すると、原明細書における「サファイア基板上にn型半導体AlGaNの成長温度よりも低い温度で形成されたAlN緩衝層」の記載に接した当業者は、この記載が上記技術常識をサファイア基板とn型半導体AlGaNとの組合せに適用したものであることを自明な事項として理解するのであって、低温形成緩衝層が本件発明の特徴的部分かどうかは、本件分割出願の適否に影響を及ぼすものではない。
2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男