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関連審決 異議1997-76028
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12行ケ143特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10350審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ310審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10748審決取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ66審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  慣用技術 /  技術分野の関連性 /  課題の共通性 /  作用の共通性 /  内容中の示唆 /  下位概念 /  技術常識 /  参酌 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  補助参加 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 91号 取消決定取消請求事件
原告 豊田合成株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 黒田健二
同 弁理士 平田忠雄
同 藤谷修
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 田部元史
同 青山待子
同 小林和男
同 林栄二
被告補助参加人 日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
同 弁理士 青山葆
同 矢野正樹
同 石井久夫
同 北原康廣
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/06/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成9年異議第76028号事件について平成12年2月1日にした決定を取り消す。
訴訟費用は、参加によって生じた分は被告補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「窒素-3族元素化合物半導体発光素子」とする特許第2626431号(平成4年10月29日出願、平成9年4月11日設定登録。以下、「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許に対して、特許異議の申立がされ、平成9年異議第76028号事件として係属したところ、原告は、平成10年10月19日付け訂正請求書による訂正の請求(平成11年12月7日付け手続補正書により補正)をした。特許庁は、上記異議事件について、平成12年2月1日、「特許第2626431号の特許を取り消す。」との異議の決定(以下「決定」という。)をし、その謄本を同月21日、原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 登録時の特許請求の範囲【請求項1】n型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGa YIn 1-X-Y N;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGa YIn 1-X-Y N;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるp層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、 前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア濃度n+層との二重構造とし、
前記p層を、前記n層と接合する側から順に、低キャリア濃度p層と高キャリア濃度p+層との二重構造としたことを特徴とする発光素子。
【請求項2】前記低キャリア濃度p層は、ホール濃度が1×1014〜1×1016/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】前記高キャリア濃度p+層は、ホール濃度が1×1016〜2×1017/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項4】前記低キャリア濃度n層は、電子濃度が1×1014〜1×1016/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。 【請求項5】前記低キャリア濃度n層が、0.5〜2.0μmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項6】前記高キャリア濃度n+層は、電子濃度が1×1016〜1×1019/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項7】前記高キャリア濃度n+層が、2.0〜10μmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載の発光素子【請求項8】前記低キャリア濃度p層及び前記高キャリア濃度p+層は絶縁体の窒素-3族元素化合物半導体層の一部をp型化して形成したことを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項9】前記低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+層はマグネシウム(Mg)を添加した後にp型導電体への変換が行われた層であることを特徴とする請求項に1記載の発光素子。
【請求項10】前記高キャリア濃度n+層はシリコンが添加されていることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
(2) 訂正請求書(平成11年12月7日付け手続補正書による補正後)に添付された訂正明細書の特許請求の範囲(訂正箇所を下線で示す。)【請求項1】n型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGa YIn 1-X-Y N;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGa YIn 1-X-Y N;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるp層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、 前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア濃度n+層との二重構造とし、
前記p層を、前記n層と接合する側から順に、マグネシウム(Mg) の添加 された低キャリア濃度p層とマグネシウム (Mg) の添加 された 高キャリア濃度p+層との二重構造とし、
前記低キャリア 濃度 p層のホール 濃度 は1×1014/cm3以上 、前記高 キャリア濃度 p+層のホール 濃度 は1×1016/cm3以上 である ことを特徴とする発光素子。
【請求項2】前記高キャリア濃度n+層の厚さは2.0〜10μmであり、前記高キャリア濃度p+層の厚さは0.1〜0.5μmであることを特徴とする請求項1に記載の発光素子【請求項3】前記低キャリア濃度p層は、ホール濃度が1×1014〜1×1016/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項4】前記高キャリア濃度p+層は、ホール濃度が1×1016〜2×1017/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項5】前記低キャリア濃度n層は、電子濃度が1×1014〜1×1016/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。 【請求項6】前記低キャリア濃度n層が、0.5〜2.0μmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項7】前記高キャリア濃度n+層は、電子濃度が1×1016〜1×1019/cm3であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項8】前記低キャリア濃度p層及び前記高キャリア濃度p+層は絶縁体の窒素-3族元素化合物半導体層の一部をp型化して形成したことを特徴とする請求項1記載の発光素子。
【請求項9】前記低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+層はマグネシウム(Mg)を添加した後にp型導電体への変換が行われた層であることを特徴とする請求項1記載の発光素子。
【請求項10】前記高キャリア濃度n+層はシリコンが添加されていることを特徴とする請求項1記載の発光素子。
3 決定の理由の要点 決定は、別紙決定の理由写しのとおり、
平成11年12月7日付け手続補正書により補正された訂正請求に係る各発明(前記2の(2))は、公知の刊行物5(特開平4-242985号公報、甲第4号証)、刊行物4(Isamu Akasaki、Hiroshi Amano著「High efficiency UV and blue emitting devices prepared by MOVPE and low energy electron beam irradiation treatment」、138/SPIE Vol.1361:Physical Concepts of Novel Optoelectronic Device Application (1990)138〜 149頁、甲第5号証)、刊行物1(特開平3-252177号公報、甲第6号証)及び刊行物2(特開平4-163970号公報、甲第7号証)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとして、訂正を認めず、
本件特許の登録時の請求項1に係る発明(前記2(1))は、公知の刊行物5に記載された発明であるので特許法29条1項3号に該当し、登録時の請求項2ないし10に係る発明(前記2(1))は公知の刊行物5、刊行物4、刊行物1及び刊行物2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法29条2項に該当し、いずれの発明も特許を受けることができないものであるから、
本件特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものとした。
原告主張の取消事由
決定の理由中、「1.手続の経緯」、「2.訂正の適否について」の「(2.1)訂正請求書の補正について」及び「(2.2)訂正の目的等について」の全部並びに「(2.3)独立特許要件について」の一部は認め、「3.本件発明」、
「4.刊行物記載の発明」及び「5.対比及び判断」は、争わない。
しかし、「(2.3.2)刊行物記載の発明」うち、刊行物5のp層の二重構造に関する認定部分(6頁下4行〜7頁7行)及び「(2.3.3.1)訂正第1発明について」のうち、刊行物4に関する認定部分(7頁22行〜26行)は否認し、同「(2.3.3.1)訂正第1発明について」ないし「(2.3.3.10)訂正第10発明について」(7頁27行〜10頁23行)のうち、推考容易性及び特許性についての判断部分、「(2.3.4)この項のむすび」(10頁24行〜29行)及び「6.むすび」(12頁24行〜30行)は、いずれも争う。
平成11年12月7日付け手続補正書による補正後の訂正請求書に添付された訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という。甲第3号証)の請求項1ないし10に係る発明(以下、決定に倣って「訂正第1発明」ないし「訂正第10発明」という。)は、特許出願の際独立して特許を受けることができたものである。したがって、「特許第2626431号の特許を取り消す。」とした決定は、取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り) (1) 数値限定に基づく効果について ア (訂正第1発明における独自の構成) 訂正第1発明は刊行物5及び刊行物4に記載された各発明が有していない以下の@及びAの構成を独自の構成として有している。
@「前記低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上にする構成」(以下「第1の構成」という。) A「前記高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上にする構成」(以下「第2の構成」という。) イ (数値限定に基づく作用及び効果) (ア) 訂正第1発明は、第1及び第2の構成(p層及びp+層におけるホール濃度の数値限定)に基づいて、刊行物5及び刊行物4から予測することができない発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という格別な効果を奏することができる。
低キャリア濃度p層は、ホール濃度を1×1014/cm3以上にすることにより直列抵抗の増加を抑えることができ、同時に、ホール濃度を1×1014/cm3まで低減することができるため、不純物(アクセプタ)濃度を低くし、それによって低キャリア濃度p層の結晶の劣化を抑えることができる。結晶の劣化の抑制が発光輝度の向上をもたらし、発光寿命を短くする結晶欠陥を少なくして発光寿命の長寿命化を実現することができる。すなわち、発光に直接寄与するn層とp層を、それらの外側のn層とp層(n+層とp+層)よりも、それぞれ、低キャリア濃度として不純物濃度を低下させることで、発光に直接寄与するn層とp層の結晶性を向上させている。また、発光に直接寄与するn層とp層のそれぞれ外側のn層とp層を高キャリア濃度(n+層とp+層)とすることで、発光に直接寄与する低キャリア濃度n層への電子の注入量と、発光に直接寄与する低キャリア濃度p層へのホールの注入量とを増加させている。このことから、寿命の長期化と発光効率の向上を図ることができる。これが本件発明の特徴である。
直列抵抗が大きくなることは、発光素子内部の発光に寄与しない内部抵抗損失が大きくなることを意味している。したがって、このことは、入力電力に対する光出力の比である発光効率の低下を意味する。すなわち、同一入力電力の下では発光輝度の低下を意味する。また、内部抵抗損失が大きくなることは、発熱量が多くなり、加熱による素子の劣化が生じること、例えば、加熱による結晶欠陥密度、転位密度、非発光結合中心の増加等による劣化が生じること、すなわち、発光寿命が短くなることを意味する。
このように、訂正第1発明のホール濃度の数値限定には、発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を達成した素子構造において、さらに、素子内部の抵抗損失を増大させない結果、発光輝度を低下させず、かつ、発光寿命を低下させないホール濃度の下限値としての意義がある。
(イ) 被告及び被告補助参加人(「被告等」という。)は、p層及びp+層のホール濃度の数値限定(第1及び第2の構成)により、発光輝度の向上と長寿命化という効果が達成されることは本件訂正明細書に記載されていないと主張する。
しかし、本件訂正明細書の段落【0007】には、n層を二重構造とし、p層を二重構造とした結果として、発光輝度の向上と長寿命化が達成されることが記載されている。したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とし、かつ、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすれば、当然に、発光輝度の向上と長寿命化が達成される。そして、本件訂正明細書には、上記のホール濃度を満たす実施例素子がこの効果を奏することが記載されている(段落【0021】、【0036】及び【0042】)。
被告等の主張は、訂正第1発明の低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値である1×1014/cm3と高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値である1×1016/cm3が直列抵抗を高くしないという意義を有することは明細書に記載されているが、ホール濃度についての上記下限値の数値限定が従来の単層のpn接合発光ダイオードに比べて発光輝度が2倍、発光寿命が1.5倍となったという訂正第1発明の効果を決定するという意義があることは明細書に記載がないというものである。
しかし、直列抵抗の増加を防止することが発明の効果に関係することが明細書に直接的かつ明示的に記載されている必要はない。関連性が説明されれば十分である。発光素子の発熱が素子寿命を短くすることは、甲第11号証(米津宏雄著「光通信素子工学」昭和59年2月15日(初版)平成12年5月20日(6版)工学図書株式会社発行)により明らかである。よって、被告等の主張は、理由がない。
ウ (数値限定の臨界的意義について) (ア) 発光素子の発光輝度と発光寿命の向上という訂正第1発明の効果は、刊行物5が示唆しているオーミック性の改善という効果とは、全く異質な効果であるから、数値限定に臨界的意義が要求されるものではない。
甲第8号証(特許庁審査基準室編「解説 平成6年改正特許法の運用」平成7年10月26日社団法人発明協会発行)の2.6(1)A項には、「請求項に係る発明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、または同質であるが際だって優れたものを有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する」とある。さらに、2.6(2)A項には、「課題が異なり、
有利な効果が異質である場合には、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない」とある。したがって、訂正第1発明は、甲第8号証の2.6(1)A項により進歩性を有するとともに、2.6(2)A項により、数値限定の臨界的意義を必要としないのである。
被告等は、ホール濃度が1×1014/cm3を境にして直列抵抗が臨界的な挙動を示すことを求めているが、上述したように、訂正第1発明の効果は刊行物に記載されていない異質な効果であるから、臨界的意義が要求されるものではなく、被告等の主張は失当である。
(イ) 被告等は、発光輝度の向上と発光寿命の向上は、n層とp層とを共に二重構造にしたことによる効果であって、その効果は、刊行物5記載の発明に内在している効果であるから、効果の異質性はないと主張する。
しかし、n層とp層がそれぞれ単層からなる従来の発光ダイオードに比べれば、
n層及びpを共に二重構造とすることでも発光輝度の向上と発光寿命の向上を図ることができるが、さらに、その構造の下位概念として、低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値及び高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値を特定することによって、さらに、訂正第1発明の効果である発光輝度の向上と発光寿命の向上を図ることができるのである。
これに対して、刊行物5は、訂正第1発明の発明思想を全く開示していない。刊行物5が記載しているのは、あくまでも、オーミック性の向上のために、電極を設ける部分を高キャリア濃度とすることにすぎない。したがって、刊行物5は、発光輝度の向上と発光寿命の向上という目的、効果を一切示唆していない。
要するに、刊行物5に、訂正第1発明の目的と効果の認識があるか否かが重要である。刊行物5記載の発明では、オーミック性改善のために、電極部分を高キャリア濃度としてもよいという結果、たまたま、二重n層、二重p層となる場合があるというだけである。そして、オーミック性を向上させるために高キャリア濃度領域を形成するという刊行物5の示唆に従えば、訂正第1発明の濃度の高低の順とは逆に、n層については、pn接合の側から順に高キャリア濃度n+層と低キャリア濃度n層を形成して、その低キャリア濃度n層に形成した高キャリア濃度n+領域に電極を形成する一方、p層については、pn接合の側から順に高キャリア濃度p+層と低キャリア濃度p層を形成し、その低キャリア濃度p層に形成した高キャリア濃度p+領域に電極を形成した構造でもよいことになる。
(ウ) 以上のとおり、刊行物5は、訂正第1発明の数値限定を有しない二重n層及び二重p層という構造を思想として開示したものではないので、たまたま、刊行物5の発明において特定の構成が採用された場合には、形式的に、訂正第1発明の効果が内在することになるというものにすぎない。形式的に効果が内在していても、刊行物5には、その認識がないのであるから、訂正第1発明の上記した発光寿命の向上は、従来技術では知られていなかった異質な効果ということができる。しかも、従来の発光ダイオードに比べて、寿命は1.5倍に向上したのであるから、効果の差異は量的にも顕著である。
(2)動機付けについて 決定は、刊行物4に不純物としてMgをドープしたp型窒化ガリウムのホール濃度が1016〜1017/cm3のものが示されているから、刊行物5記載の発明において、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014cm3以上、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1016/cm3以上とすることは当業者が容易になし得たことである旨判断したが、刊行物5にはp層及びn層を二重構造とすることによる効果が示唆されていないから、二重構造を有する発光素子における低キャリア濃度層と高キャリア濃度層のホール濃度の下限値を特定する動機付けがそもそも存在せず、決定の上記判断は誤りである。
ア 刊行物4の図8が示していることは、単に、1019〜1020/cm3の濃度のMgをGaNに添加してLEEBI(低エネルギー電子線照射)処理することで、1016/cm3又は1017/cm3程度のホール濃度が得られたという事実だけである。すなわち、従来、この程度のホール濃度を得るのが困難であったところ、LEEBI処理することで、その程度のホール濃度が得られたという事実が提示されているにすぎない。刊行物5に、n層及びp層を二重構造とすることによる効果が示唆されていない以上、刊行物4の数値は、上記の特有かつ異質な効果を奏する二重構造のn層及びp層を有する発光素子において低キャリア濃度p層と高キャリア濃度p+層の各ホール濃度の下限値を特定する数値の動機付けとはなり得ない。訂正第1発明の数値限定は、前述したように、素子内部の直列抵抗の増加を防止して、
発光効率の低下と発光寿命の低下を抑制するという意義を有しているのであり、この数値限定は単なる設計事項ではない。
また、刊行物4に記載されているホール濃度1016/cm3〜1017/cm3のp層とn層とを接合させた発光素子は、p層もn層も単層である。この発光素子に、刊行物5に記載されたオーミック性を得るために電極が接合される部分をさらに高キャリア濃度にするという技術を用いたとしても、ホール濃度1016/cm3〜1017/cm3の低キャリア濃度p層よりも更にホール濃度の高い高キャリア濃度p+層を形成して、その層に電極を形成した構造が得られるだけであり、訂正第1発明の構成には至らない。
イ 決定は、発光輝度の向上と発光寿命の向上とを目的として、何故に上記の限定されたホール濃度の下限値を決定し得るとするかの論理づけに欠けている。
甲第10号証(特許庁審査基準室編「解説 平成6年改正特許法の運用」平成7年10月26日社団法人発明協会発行。進歩性に関する規定は法改正されていないので、改正前の特許出願でも本運用が適用される。)の149頁2.3(1)に「進歩性の判断は、・・・引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけにより行う。」とあり、同頁2.3(2)に「論理づけは、・・・この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容に、請求項に係る発明に対して起因ないし契機(動機付け)となり得るものがあるかどうかを主要観点として行う。また、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、引用発明と比較した有利な効果を参酌する。」とある。また、151頁「(2)起因ないし契機(動機付け)となり得るもの」の項には、「引用発明の内容中の示唆課題の共通性、機能・作用の共通性技術分野の関連性などは、起因ないし契機(動機付け)となり得る。」とある。逆にいえば、引用発明の内容に、
示唆、課題の共通性、機能・作用の共通性、関連する技術分野の類似課題に関する類似技術がなければ、動機付けは存在しないということである。
引用発明である刊行物5、刊行物4には、発光輝度の向上、発光寿命の向上という課題の提示がなく、課題の共通性は存在しない。また、訂正第1発明の数値限定の意義は、発明の機能・作用に関するものであるが、そのような機能・作用は、刊行物5、刊行物4に開示も示唆もない。刊行物5及び刊行物4の開示事項は、訂正第1発明とは技術分野が関連するものであるが、類似課題に関連する類似技術は開示していない。
特に、刊行物5はオーミック性を向上させるために、高キャリア濃度にして電極を形成するのである。そして、オーミック性が得られるためには、その高キャリア濃度は、甲第12号証(応用物理学会編「応用物理ハンドブック」平成2年3月30日丸善株式会社発行)によると、1019/cm3以上にすることが必要であるとされている。したがって、オーミック性を良くするためのホール濃度は、非常に高く、訂正第1発明の数値限定とは反対教示に当たる。結局、刊行物5からは、発光輝度と発光寿命を向上させるために、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とすること、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることは、全く示唆されないのであり、仮に、刊行物5と刊行物4とを組み合わせるとしても、ホール濃度1016/cm3〜1017/cm3のp層において、電極形成部分だけ、ホール濃度1019/cm3以上とすることが示唆されるだけである。
以上のとおり、発光輝度の向上と発光寿命の向上の観点から決定される高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値と、低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値は、刊行物5、刊行物4から示唆されるものではない。
2 取消事由2(訂正第2発明〜第10発明の進歩性判断の誤り) 請求項2ないし請求項10は、請求項1に従属している。
したがって、訂正第2発明ないし訂正第10発明は、訂正第1発明の構成要件を含んでいる。ゆえに、甲第6号証(刊行物1)及び甲第7号証(刊行物2)の発明の開示があったとしても、前記1で述べたのと同一の理由に基づいて、訂正第2発明〜訂正第10発明は新規性及び進歩性を有する。
以上のとおり、訂正第2発明ないし訂正第10発明は特許出願の際独立して特許を受けることができたものである。
被告及び補助参加人の反論の要点
決定には、原告が主張する認定、判断の誤りはなく、本件各訂正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものとした決定に誤りはない。
1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り)に対して (1) 数値限定に基づく効果の主張に対して ア 刊行物5に原告の主張の訂正第1発明に独特の第1及び第2の構成(低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+層についてのホール濃度の数値限定)が記載されていないことは、決定において訂正第1発明と刊行物5記載の発明との相違点として認定されているとおりである。
イ (第1及び第2の構成に基づく作用及び効果の主張に対して) 原告は、訂正第1発明は、発光輝度の向上と発光寿命の高寿命化という格別な効果を奏するものであると主張する。
しかしながら、そもそも、原告が主張の根拠とする本件訂正明細書の段落【0007】には、「本発明は、pn接合に近い側の層のキャリア濃度を低くし、pn接合から遠ざかる側の層のキャリア濃度を高くして、n層及びp層を共に二重層に形成したので、発光輝度が向上した。発光輝度は10mcdであり、この発光輝度は従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光輝度に比べて、2倍に向上した。又、
発光寿命は104時間であり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光寿命の1.5倍である。」として、n層とp層を共に二重構造とすることによる効果が記載されているのみであり、原告の主張する第1の構成及び第2の構成(p層及びp+層のホール濃度の数値限定)により、発光輝度の向上と高寿命化が達成し得ることの記載はない。
ホール濃度の数値限定に関しては、本件訂正明細書の段落【0025】に、
「又、上記低キャリア濃度p層51のホール濃度は1×1014〜1×1016/cm3で膜厚は0.2〜1μmが望ましい。ホール濃度が1×1016/cm3以上となると低キャリア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が低下するので望ましくなく、1×1014/cm3以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」と記載され、また、段落【0026】に、「更に、高キャリア濃度p+層52のホール濃度は1×1016〜2×1017/cm3で、膜厚は0.2μm以下が望ましい。ホール濃度が2×1017/cm3以上のp+層はできない。1×1016/cm3以下となると、直列抵抗が高くなるので望ましくない。」と記載されている。
すなわち、低キャリア濃度p層のキャリア濃度を1×1014/cm3以上(第1の構成)、高キャリア濃度p+層のキャリア濃度を1×1016/cm3以上(第2の構成)としたことについては、これらの値以下となると直列抵抗が高くなるので望ましくないとしているにすぎない。
また、本件訂正明細書中の実施例においても、@第1実施例でホール濃度1×1016/cm3の低キャリアp層、ホール濃度2×1017/cm3の高キャリアp+層、
A第2実施例でホール濃度1×1016/cm3の低キャリアp層、ホール濃度2×1017/cm3の高キャリアp+層、B第3実施例でホール濃度1×1015/cm3の低キャリアp層、ホール濃度2×1017/cm3の高キャリアp+層、C第4実施例でホール濃度1×1016/cm3の低キャリアp層、ホール濃度2×1017/cm3の高キャリアp+層の記載があるのみで、結局、高キャリアp+層としては2×1017/cm3のもの、低キャリアp層については1×1016/cm3と1×1015/cm3のものの記載があるにすぎない。
それゆえ、原告の主張する発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という効果は、
「前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア濃度n+層との二重構造とし、前記p層を、前記n層と接合する側から順に、マグネシウム(Mg)の添加された低キャリア濃度p層とマグネシウム(Mg)の添加された高キャリア濃度p+層との二重構造としたこと」自体によるものと認められるのであって、低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+層の各ホール濃度を数値限定したこと(第1及び第2の構成)によるものではない。
したがって、原告主張の上記効果は、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とし(第1の構成)、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とする(第2の構成)ことによる格別な効果とは認められないのであって、訂正第1発明の第1及び第2の構成に基づいて、刊行物5及び刊行物4から予測することができない発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という格別な効果を奏することができるとする原告の前記主張は、誤っている。
ウ (数値限定の臨界的意義について) (ア) 原告は、低キャリア濃度p層は、ホール濃度を1×1014/cm3以上にすることにより直列抵抗の増加を抑えることができ、同時にホール濃度を1×1014/cm3まで低減することができるため、不純物(アクセプタ)濃度を低くし、それによって低キャリア濃度p層の結晶の劣化を抑えることができ、結晶の劣化の抑制が発光輝度の向上をもたらし、発光寿命を短くする結晶欠陥を少なくして発光寿命の長寿命化を実現することができ、刊行物5及び刊行物4の発明は、いずれも、ホール濃度を1×1014/cm3以上にする低キャリアp層を開示あるいは示唆しておらず、また、発光輝度の向上及び発光寿命の長寿命化を予測しておらず、
したがって、訂正第1発明の発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化は進歩性を肯定する格別の効果であると主張している。
しかしながら、ホール濃度が低くなれば抵抗率が高くなることは、半導体における一般的な常識であり、ホール濃度が1×1014/cm3を境にして直列抵抗が臨界的な挙動を示すことを本件訂正明細書が示しているわけでもないので、「低キャリア濃度p層は、ホール濃度を1×1014/cm3以上にすることにより直列抵抗の増加を抑えることができる」という原告主張の前記効果は、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上にすることによる格別の効果と認められるものではない。
(イ) また、原告は、刊行物5は発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を図るという課題を一切提示しておらず、訂正第1発明と刊行物5及び刊行物4に示される従来技術とでは課題が異なり、効果が異質であり、n層及びp層を共に二重構造とした上で、低キャリア濃度p層と高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値を特定した訂正第1発明は、従来技術とは異なり予測し得ない異質な効果の故に進歩性を有すると主張している。
しかしながら、訂正第1発明が発光寿命の長寿命化と発光輝度の向上を奏するのは、本件訂正明細書の段落【0007】に記載され、原告も認めるとおり、n層及びp層を共に二重構造とした構成自体によるものである。
そして、上記構成(n層及びp層の二重構造)は、原告も認めるとおり刊行物5に記載された発明が有する構成である。してみれば、原告が異質の効果と主張する上記効果も刊行物5記載の発明が元来有する効果である。そしてこのことは、刊行物5に、発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を図るという課題が記載されていなくともいえることである。
そもそも、発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を図るという課題は、刊行物5に、「本発明は、上記の課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、短波長である青色、紫色領域或いは紫外光領域におけるレーザを得ることである。」(段落【0007】)という記載があることからして、レーザを開発するに際して当然追求していく一般的課題として内在しており、刊行物5記載の発明の課題は訂正第1発明の課題と異なるものではない。
したがって、訂正第1発明と刊行物5及び刊行物4に示す従来技術とは、その課題が異なるものでも、その効果が異質なものでもないのであるから、原告の上記主張は失当である。
(ウ) 原告は、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3とし、かつ、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とする直接的な意義は、内部直列抵抗を増大させないことによる発光効率の低下の防止と温度上昇の防止による寿命の短命化の防止であり、また、そのことから、n層を二重構造とし、p層を二重構造とすることによって生じた発明の効果への寄与も理解することができ、よって、訂正第1発明の数値限定によっても、異質な効果が奏されるのであるから、発明の効果が数値限定による格別な効果とは認められないとする被告等の主張は誤りであると主張している。
しかしながら、原告の主張は、訂正第1発明の数値限定によっても訂正第1発明の異質な効果が奏されるというものにすぎず、訂正第1発明の数値限定によって、
はじめて訂正第1発明の異質な効果が奏されると主張しているわけではない。したがって、原告の主張する発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という訂正第1発明の効果は、前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア濃度n+層との二重構造とし、前記p層を、前記n層と接合する側から順に、マグネシウム(Mg)の添加された低キャリア濃度p層とマグネシウム(Mg)の添加された高キャリア濃度p+層との二重構造としたこと自体によるものと認められ、p層及びp+層におけるホール濃度を数値限定したことによる効果ではない。
したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とし、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることによる格別な効果は認められない。
(2)動機付けについて ア 原告は、n層を二重構造にしてかつp層を二重構造とすることによる効果が示唆されていない以上、刊行物4の数値は、二重構造のn層と二重構造のp層とを有する発光素子における低キャリア濃度層と高キャリア濃度層のホール濃度下限値を特定する数値の動機付けにはならず、低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値を1×1014/cm3とし、かつ、高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値を1×1016/cm3とすることを甲5号証から容易になし得たと判断した決定には違法性があると主張している。
しかしながら、決定が刊行物4を引用したのは、ホール濃度が1016/cm3〜1017/cm3であるマグネシウムをドープしたp型窒化ガリウムが公知であることを示すためであるから、刊行物4にn層を二重構造にしてかつp層を二重構造とすることによる効果が示唆されていないという原告の上記主張は無意味である。
イ 原告は、刊行物5はオーミック性を向上させるために、高キャリア濃度にして電極を形成するものであり、オーミック性が得られるためには、その高キャリア濃度は、甲第12号証として提出する「応用物理ハンドブック」によると、1019/cm3以上にすることが必要であるとされており、したがって、オーミック性を良くするためのホール濃度は、非常に高く、訂正第1発明の数値限定とは反対教示に当たり、刊行物5からは、発光輝度と発光寿命を向上させるために、低キャリア濃度p層のホールの濃度を1×1014/cm3以上とすること、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることは、全く示唆されず、刊行物5と刊行物4とを組み合わせても、ホール濃度1016〜1017/cm3のp層において、電極形成部分だけ、ホール濃度1019/cm3以上とすることだけが示唆されるだけであると主張する。
しかしながら、原告が引用する甲第12号証には、もっぱら、GaAsのオーミック電極についての記載があるだけであり、訂正第1発明の窒素-3族元素化合物半導体であるGaN等において、オーミック性が得られるためには、その高キャリア濃度は1019/cm3以上にすることが必要であるとは記載されていない。これに対して、刊行物4には、訂正第1発明の窒素-3族元素化合物半導体であるGaNに対するオーム接触が、ホール濃度(キャリア濃度)1016〜1017/cm3のp層においてAuによって達成し得ることが記載されている(143頁〜146頁までの訳文2頁1行〜17行及び図8)。したがって、甲第12号証は、訂正第1発明と何ら関係のないものであり、上記主張に理由はない。むしろ、刊行物4の当該記載から、訂正第1発明で用いられている窒素-3族元素化合物半導体においては、オーミック接触を得るために高キャリア濃度p+層のキャリア濃度を1×1016/cm3以上とすることが示唆される。
ウ さらに、原告は、発光輝度の向上と発光寿命の向上の観点から決定される高キャリア濃度p+層のホール濃度の下限値と、低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値は、刊行物5、刊行物4から示唆されるものではなく、したがって、訂正第1発明は刊行物5、刊行物4に記載の発明に基づいて容易に発明をし得たものではないと主張している。
しかしながら、原告の提出した甲第10号証の151頁24行〜28行に、「なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、
当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。課題が把握できない場合も同様とする。」とあるように、課題の相違にかかわらず引用発明から、ある思考過程により当業者が容易に発明することができれば、その発明の進歩性は否定されるのである。
本件についていえば、訂正第1発明において、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とし、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることによる格別な効果は認められず、刊行物4に1016〜1017/cm3のホール濃度のものが示されているのであるから、刊行物5に記載された発明のp層の二重構造のうち高キャリア濃度層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることは当業者が容易に想到し得たものであり、また、低キャリア濃度層のホール濃度としてはこれより低ければよいから、1×1014/cm3以上とすることも当業者が直列抵抗と発光効率を考慮し任意に選択し得たことにすぎない。
よって、訂正第1発明は、刊行物5及び刊行物4から当業者が容易に発明をすることができたものであるとした決定に誤りはない。
2 取消事由2(訂正第2発明〜第10発明の進歩性判断の誤り)に対して 原告の主張する取消事由にはいずれも根拠がなく、訂正第2発明ないし訂正第10発明についても刊行物5及び刊行物4等から容易想到であるとした決定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り)について 決定は、訂正第1発明と刊行物5記載の発明の相違点を、「前者においては、低キャリア濃度p層のホール濃度が1×1014/cm3以上、高キャリア濃度p+層のホール濃度が1×1016/cm3以上であるのに対して、後者においては、キャリア濃度についての記載がない点」(決定書7頁18行〜21行)と認定した上、「上記相違点について検討すると、・・・刊行物4・・・には、不純物としてマグネシウム(Mg)をド-プしたp型窒化ガリウムのホール濃度が1016〜1017/cm3であるものが示されている。したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上、高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることは当業者が容易になし得たことと認められる。」(同7頁22行〜29行)と判断したものであるところ、原告は、上記相違点についての決定の判断は誤りであると主張するので、以下に検討する。
(1) 訂正第1発明について(本件訂正明細書の記載) 甲第3号証によれば、本件訂正明細書には、
@発明の目的について、「【0004】・・・本発明の目的は、窒素-3族元素化合物半導体(AlXGa YIn 1-X-Y N;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)発光ダイオードの発光輝度を向上させること及び素子寿命を長期化することである。」との記載、
A発明の作用及び効果について、「【0007】・・・本発明は、pn接合に近い側の層のキャリア濃度を低くし、pn接合から遠ざかる側の層のキャリア濃度を高くして、n層及びp層を共に二重層に形成したので、発光輝度が向上した。発光輝度は10mcdであり、この発光輝度は従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光輝度に比べて、2倍に向上した。又、発光寿命は104時間であり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光寿命の1.5倍である。」との記載及び、
B実施例について、「【0008】・・・電子濃度2×1018/cm3の・・・高キャリア濃度n+層3、・・・電子濃度1×1016/cm3の・・・低キャリア濃度n層4が形成されている。更に・・・ホール濃度1×1016/cm3の・・・低キャリア濃度p層51、・・・ホール濃度2×1017/cm3の高キャリア濃度p+層52が形成されている。」、「【0021】このようにして製造された発光ダイオード10の発光強度を測定したところ10mcdであり、この発光輝度は、従来のpn接合のGaN発光ダイオードの発光輝度に比べて2倍であった。又、発光寿命は、104時間であり、従来のpn接合のGaN発光ダイオードの発光寿命に比べて1.5倍であった。」、「【0025】又、上記低キャリア濃度p層51のホール濃度は1×1014〜1×1016/cm3・・・が望ましい。ホール濃度が1×1016/cm3以上となると、低キャリア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が低下するので望ましくなく、1×1014/cm3以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」、「【0026】更に、高キャリア濃度p+層52のホール濃度は1×1016〜2×1017/cm3・・・が望ましい。ホール濃度が2×1017/cm3以上のp+層はできない。1×1016/cm3以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」との記載が認められる。
これらの記載によれば、訂正第1発明は、低キャリア濃度n層4とのマッチング及び直列抵抗を考慮して、「低キャリア濃度p層のホール濃度が1×1014/cm3以上、高キャリア濃度p+層のホール濃度が1×1016/cm3以上」であるという、決定が認定した相違点を含む請求項1の構成としたものであり、その構成によって、発光輝度は10mcdであり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光輝度に比べて2倍に向上し、発光寿命は104時間であり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光寿命の1.5倍に長期化するという効果を奏するものと認めることができる。
(2) 刊行物5及び刊行物4の開示 ア 甲第4号証によれば、刊行物5には、
「【0007】本発明は、・・・その目的とするところは、短波長である青色、紫色領域或は紫外光領域におけるレーザを得ることである。」との記載、
「【0016】【作用及び効果】((AlxGa 1-x ) yIn 1-y N:0≦x≦1、
0≦y≦1)半導体において、本発明者等により、初めてp型電導性を示す層の製作が可能となった。・・・【0017】本発明のように電子線照射処理による(AlxGa 1-x ) yIn 1-y Nのp型化効果と、構造を工夫することにより、青色から紫色及び紫外光領域の発振波長を持つ半導体レーザダイオードが実現された。」との記載、及び「【0038】ヘテロ接合を利用する場合も、同一組成の結晶によるpn接合の場合と同様に、オーム性電極組成を容易にするため電極と接触する部分付近のキャリア濃度は高濃度にしても良い。【0039】・・・又、特にオーム性電極形成を容易にするため高キャリア濃度実現が容易な結晶を金属との接触用に更に接合してもよい。」との記載が認められる。
イ 甲第5号証によれば、刊行物4には、「図8は、Mg濃度とLEEBI放出電流の関係として、LEEBI処理を行ったp型GaN:MgのRT(室温)におけるホール濃度を示している。図示されるように、Mgドーピングとそれに続くLEEBI処理によって、約1.4・1017cm-3以下のRT(室温)ホール濃度が達成できる。」(訳文2頁8行〜12行)と記載されており、その図8にはホール濃度が1016〜1017/cm3であるものが認められる。
(3) 相違点の検討 前記(2)摘示の刊行物5及び刊行物4の各記載を検討すると、n型の窒素-3族元素化合物半導体からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物半導体からなるp層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、n層及びp層にそれぞれ低キャリア濃度層と高キャリア濃度層との二重構造を用いる点は、決定も認定したように、刊行物5に示されているということができるが、この二重構造は、
オーム性電極組成を容易にするために、電極と接する部分付近のキャリア濃度を高濃度としたことによるものであって、マッチングを考慮してpn接合に近い側の層を低キャリア濃度としたことによるものではないものと認められる。
また、刊行物5には、二重構造を構成するp層における各層のホール濃度の各下限値、とりわけ低キャリア濃度p層のホール濃度についての記載はない。この点は刊行物4についても同様である。
そうすると、刊行物5に記載された二重構造は、電極側を高濃度とする考えに基づくもので、二重構造のp層のうちのn層側の層を低濃度とする考えに基づくものではないといわざるを得ない。
そこで、上記のような電極側を高濃度とするという刊行物5の考えに従って、刊行物5に記載されたp層の二重構造に刊行物4のp層におけるホール濃度1016〜1017/cm3を適用したとすると、電極側のp層は、刊行物4のホール濃度である1016〜1017/cm3となって訂正第1発明の高キャリア濃度p+層の範囲内(1×1016/cm3以上)となるものの、二重構造のp層のうちのn層側の層のホール濃度を低くするという考えは刊行物5にも刊行物4にも存在しないことは前示のとおりであるから、n層側の層のホール濃度は、訂正第1発明の高キャリア濃度p+層の範囲内のままとなり、結局、刊行物5に刊行物4を組み合わせても、訂正第1発明の低キャリア濃度p層の範囲(1×1014/cm3以上(実施例の1×1014〜1×1016/cm3))を導くことはできない。
すなわち、刊行物5と刊行物4の記載事項の組合せによっては、高キャリア濃度p+層とそれよりもホール濃度が高いp+層との二重構造を導くことはできても、高キャリア濃度p+層よりもホール濃度が低く、ホール濃度が1×1014/cm3以上の低キャリア濃度p層を備える二重構造を導くことはできないというべきである。
(4) 被告等の主張について ア 被告等は、本件訂正明細書の段落【0007】には訂正第1発明の数値限定によりその作用効果が達成されることは記載されておらず、原告の主張する効果である発光輝度の向上と発光寿命の長期化は前記数値限定による効果とは認められないと主張する。
しかしながら、本件訂正明細書に、「【0025】又、上記低キャリア濃度p層51のホール濃度は・・・ホール濃度が1×1016/cm3以上となると、低キャリア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が低下するので望ましくなく、1×1014/cm3以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」、
「【0026】更に、高キャリア濃度p+層52のホール濃度は・・・ホール濃度が2×1017/cm3以上のp+層はできない。1×1016/cm3以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」との記載があることは前示のとおりである。
これらの記載によれば、本件訂正明細書の段落【0007】に数値限定に関する記載がないとしても、他の箇所(上記引用箇所)には、訂正第1発明の数値限定の意義が「低キャリア濃度n層4とのマッチング」、「発光効率」、「直列抵抗」という用語を用いて示されている。そして、この低キャリア濃度n層とのマッチングによる発光効率の低下の防止、直列抵抗の増大の防止は発光輝度の向上と発光寿命の長期化に寄与することは技術常識上明らかであり、発光輝度の向上と発光寿命の長期化という効果が前記数値限定による効果であるということができる。したがって、被告等の上記主張は、理由がない。
イ 被告等は、また、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014/cm3以上とすること及び高キャリア濃度p+層のホール濃度を1×1016/cm3以上とすることの臨界的意義は認められないと主張する。
しかしながら、訂正第1発明と刊行物5記載の発明との間には、上記数値範囲に関する構成上の相違以外に、目的及び効果の相違も認められるのであるから、ホール濃度に関する数値限定に臨界的意義が存することが要求されるものではないというべきである。したがって、被告等の上記主張は理由がない。
(5) まとめ 以上のとおり、決定は、訂正第1発明の独立特許要件中、進歩性の有無を判断するに当たり、訂正第1発明は刊行物5及び刊行物4に基づいて当業者が容易になし得たものであると誤って判断したものであるというべきである。
2 取消事由2(訂正第2発明〜第10発明の進歩性判断の誤り)について 前記第2の2(2)のとおり、訂正後の請求項2ないし10は、いずれも訂正後の請求項1を引用するものである。
そうすると、訂正後の請求項1に係る訂正第1発明の進歩性についての判断に誤りがあることは前判示の通りであるから、訂正第2発明ないし訂正第10発明の進歩性についても、同様に、決定の判断には誤りがあるというべきである。
3 結論 以上のとおりであるから、決定は、訂正第1発明ないし第10発明について進歩性の判断を誤り、その結果、本件訂正は認められないとして、本件訂正前の請求項1ないし10に係る発明につき、新規性及び進歩性を判断したものであって、決定の上記誤りが本件特許を取り消すべきものとした決定の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
よって、決定を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実