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関連審決 審判1985-23449
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ26728特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ7221特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 有用性 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  上位概念 /  下位概念 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  共有 /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  出願経過 /  技術的意義 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  交換 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 / 
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事件 昭和 60年 (ワ) 4297号 特許権に基づく侵害差止等請求事件
原告 モービル・オイル・コーポレーション代表者代表取締役副社長 【A】
原告訴訟代理人弁護士 根本博美
同 西山安彦
同 遠藤一義
同 奥山量
同補佐人弁理士 吉野孝親
同 青山葆
同 柴田康夫
被告 富士石油株式会社代表者代表取締役 【B】
被告訴訟代理人弁護士 佐藤 庄市郎
同 石澤芳朗
同 佐藤順哉
同 小坂 志磨夫
同 小池豊
同 関口明博
同訴訟復代理人弁護士 神安彦
同 後藤出
同補佐人弁理士 中村至
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は原告に対し,3億1116万9016円及びうち1億4036万5599円に対する昭和60年5月1日から,うち1億7080万3417円に対する平成元年2月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
事案の概要
本件は,原告が,被告の行った石油の脱ロウ方法が,原告の有していた特許権を侵害しているとして,被告に対し損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は,以下の特許権を有していた(以下,「本件特許権」又は「本件特許」といい,その発明を「本件特許発明」という。)。
特許番号 第770122号 発明の名称 形状選択転化法 出願 昭和45年10月9日(1969年〔昭和44年〕10月10日の米国特許出願に基づく優先権主張) 出願公告 昭和49年9月13日 設定登録 昭和50年5月23日 存続期間 平成元年9月13日満了 (2) 原告は,平成2年2月16日,上記特許権の願書に添付された当初の明細書(以下「当初明細書」という。)について訂正審判の請求をし,特許庁は,平成8年3月14日付けで同訂正を認める旨の審決をした(以下,右訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
本件明細書における「特許請求の範囲」の記載は,次のとおりである。
「直鎖炭化水素および僅かに枝分れした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物を,一般に楕円形の形状を持ち転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し,該直鎖炭化水素および僅かに枝分れした炭化水素がその内部孔構造中に入ることができ,転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって,酸化物のモル比の形で表わして一般式 0.9±0.2M 2/n O:Al 2O 3:5-100SiO 2:zH 2O (式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価であり,zは0ないし40の値である。) で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質と接触させ前記混合物から直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法。
格子面間隔d(Å) 11.1±0.2 10.0±0.2 7.4±0.15 7.1±0.15 6.3±0.15 6.04±0.1 5.97±0.1 5.56±0.1 5.01±0.1 4.60±0.08 4.25±0.08 3.85±0.07 3.71±0.05 3.64±0.05 3.04±0.03 2.99±0.02 2.94±0.02」 (3) 本件特許は,平成元年9月13日をもって存続期間が満了した。
(4) 被告は,昭和58年10月1日以降,被告袖ヶ浦製油所において,別紙物件目録記載の脱ロウ方法(以下,「被告方法」という。)を実施している。
2 争点 (1) 被告方法が本件特許発明技術的範囲に属するかどうか(争点1)。
(2) 本件特許権が明白に無効で,本件特許権に基づく権利行使が権利濫用に該当するかどうか(争点2)。
3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(被告方法が本件特許発明技術的範囲に属するかどうか。)について ア 原告の主張 (ア) 被告が実施していた脱ロウ法は,以下のとおりである。
a 直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物を b 下記ゼオライトを成分として構成された触媒と接触させて, 記 酸型において,一般に楕円形の形状を持ち,転化条件の下で該楕円形の長軸が約6Åないし約8Å内の有効寸法,短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し,直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水素(特にモノメチル置換された炭化水素)が選択的に前記ゼオライトの内部孔構造中に入ることができ,転化されることができる以下の特徴を有する結晶性ゼオライト物質 @ 化学組成式 1±0.2M2/n O:Al 2O 3:XSiO 2:YH 2O 但し,Mは,水素,アルカリ金属,及び又は,アルカリ土類金属。nはMの原子価。Xは15ないし60,Yは0ないし25 A X線回折パターン 図1のX線回折パターン図と基本的に同じであり,その中に次の主要な線を有する。
格子面間隔d(Å) 11.1±0.2 10.0±0.2 7.4±0.15 7.1±0.15 6.3±0.15 6.04±0.1 5.97±0.1 5.56±0.1 5.01±0.1 4.60±0.08 4.25±0.08 3.85±0.07 3.71±0.05 3.64±0.05 3.04±0.03 2.99±0.02 2.94±0.02 B 半吸着時間 摂氏約100度及び分圧80トールにおける2・2-ジメチルブタンの半吸着時間は,n-へキサン,3-メチルペンタン又はシクロヘキサンのそれの少なくとも10倍以上である。
C 吸着 1グラムの酸型ゼオライトを,静的条件下で摂氏約25度,圧力12トールで2時間ベンゼンに接触させると,ベンゼンを3重量パーセント以上吸着し,同様ゼオライト1グラムを静的条件下で摂氏約25度,圧力0.5トールで6時間メシチレンと接触させるとメシチレンを1.5重量パーセント以下吸着する。
c 前記混合物から直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングする。
(イ) 被告使用のゼオライトがZSM-5型ゼオライトであることは,被告提出の乙22,23の報告書のX線回折パターンが示している。
(ウ) 本件特許発明は,公知のZSM-5型ゼオライト物質を使用して脱ロウを実施するといういわゆる用途発明であるから,被告使用のゼオライトが,ZSM-5型ゼオライトであり,被告実施の脱ロウ法が原告の特定する転化条件下で行われている以上,本件特許権を侵害したものというべきである。
以上により,被告方法が本件特許権を侵害することは,明らかである。
イ 被告の主張 (ア) 被告方法は,以下に示すものである。
石油留分を,次に示す製法及び構成のゼオライトを原料として(常法によりアルミナをバインダーとして成形する工程も含む。)製造された触媒と接触させて,ロウ分を前記石油留分からクラッキングする脱ロウ法。
ゼオライト物質は,苛性ソーダ,酒石酸,アルミン酸ソーダ及びケイ酸を含む水性反応混合物から結晶化することにより調製され,以下の@Aの組成及びX線回折図を有する。
@ 組成式 ゼオライト組成式が脱水状態で次のとおりであり,含水率は,乾燥条件,保存条件により変化する。
1.0±0.2Na2O:Al 2O 3:25SiO 2 A X線回折図 図2のX線回折パターンであって,格子面間隔d(Å)5.87〜6.14の範囲には,d(Å)=6.02の位置に1本だけの線を有するに止まる。
(イ) 以下に述べるとおり,被告方法に用いるゼオライトは,本件特許発明にいうZSM-5型ゼオライトではない。
当初明細書の記載,出願経過における補正及び訂正審判の内容などからして,本件特許発明の方法に使用しうるゼオライトは,ZSM-5型ゼオライトとされ,かつ本件明細書に記載の製造方法によって製造されたゼオライトに限定される。
a 被告のゼオライトのX線回折パターンは,少なくとも格子面間隔d(Å)6.14±0.1及び5.87±0.1という2本のピ-クを有することが必要であるという,本件特許発明のX線回折パターンの必須要件を具備しない。また,X線回折図の主要な17本の線の存在は,ZSM-5系又は系列のゼオライトのすべてに共通する構成要素であるが,被告のゼオライトは,右構成要素を充足しない。したがって,被告のゼオライトは,ZSM-5型の必要条件を充足しない。
b 被告のゼオライトの調製法は,原告のそれとは異なるものである。
被告のゼオライトは,被告及び訴外東レ株式会社(以下「東レ」という。)の共有特許の発明の方法すなわち上記被告方法に記載されたとおりの方法によって調製されたものであり,その詳細については,東レのノウハウに属する。 さらに,被告のゼオライトの調製法と,ZSM-5型ゼオライトの調整法とは,結晶化の水性反応混合物の主原料を異にする。前者では酒石酸であるのに対し,後者では水酸化テトラプロピルアンモニウムである。
このように,被告ゼオライトは,本件特許発明に用いるゼオライトとは異なるもので,被告方法は,本件特許発明技術的範囲に属さない。
(2) 争点2(本件特許権が明白に無効で,本件特許権に基づく権利行使が権利濫用に該当するかどうか)について ア 被告の主張 次のとおり,本件特許権には,無効事由が存し,無効であることが明らかであるから,本件特許権に基づく損害賠償の請求は,権利の濫用に当たり許されないというべきである。
(ア) 新規性の欠如 本件特許発明の構成要素は,本件特許権の出願時(優先権主張時)以前である1968年〔昭和43年〕10月15日に公開されたオランダ公開特許公報(出願第6805355号の特許に係るもの。昭和43年12月16日特許庁資料館受入れ。乙4。以下,「オランダ特許公報」といい,これに記載された発明を「先行発明」という。)にすべて記載されており,本件特許発明同一の発明が公知であった。したがって,本件特許権は,特許法29条1項3号に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号所定の無効事由を有することが明らかである。なお,本件特許権につき東レの請求した無効審判について,特許庁は,平成10年7月31日,「請求不成立」の審決をしたが,東京高等裁判所は,上記無効審決の取消を求めた審決取消請求事件(平成10年(行ケ)308号審決取消請求事件)において,平成12年7月13日,本件特許発明と先行発明が同一発明であるとして,特許庁の上記審決を取り消す旨の判決をしているものであって,本件特許権については,無効の判断がされることが確実である。
(イ) 進歩性の欠如 仮に先行発明と本件特許発明との間に何らかの差異があるとしても,英国特許公報(乙1)に記載されたモルデナイト(ゼオライトの一種)を触媒とする脱ロウ方法についての1968年11月20日当時の技術水準を参照すれば,当業者が先行発明から本件特許発明に到達するのは容易である。したがって,本件特許発明は,特許法29条2項の要件を満たしておらず,同法123条1項2号により無効である。
(ウ) 記載不備(特許法36条違反) 本件特許発明における「転化条件下での有効寸法」については,本件明細書においてその意味が明らかにされておらず,また本件明細書に記載された各種炭化水素の半吸着時間の測定に関する記載,及びベンゼンとメシチレンの吸着量に関する記載は,転化条件下での有効寸法を決定する手段ではなく,本件明細書においてはこの点で記載不備がある。X線回折図では「ゼオライト構造」が特定できるに止まり,この方法は,「ゼオライトの有効細孔径」を決めるのに必要十分な測定法とはいえない。また,常温と転化条件下では,著しく環境が異なっており,有効細孔径が一定であるとはいえず,常温での吸着試験結果から,「転化条件下での有効細孔径」を推定することはできない。
したがって,本件明細書では,「転化条件下での有効細孔径」について,その試験条件,判断基準が規定されておらず,いかなる測定方法に従って測定したものであるかさえも記載されていないから,本件特許発明は,これを実施することが不可能であり,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項の要件を満たしておらず,同法123条1項4号により無効である。
イ 原告の主張 (ア) 被告は,オランダ特許公報(乙4)に,ZSM-5は,「選択的吸着のみならず,クラッキング,ハイドロクラッキング‥‥‥等の如き炭化水素の触媒転化の際の触媒又は触媒成分として有用である」との記載があるから,本件特許発明の対象である炭化水素の選択的転化法が記載されていると主張する。しかし,クラッキングという言葉は,もともと蒸留装置によりガソリンを回収した後の留分から,更にガソリンを取り出すための工程に付された名称である。したがって,石油工業においては,クラッキングは,「比較的大きな分子量を持つ炭化水素分子の混合物を,低分子量を持つ炭化水素混合物に変換する操作」と定義され,また,ハイドロクラッキングは,「水素を,温度と圧力条件を変えてクラッキング操作に供給して行う方法」と定義されている。これに対し,本件特許発明が対象とする選択的脱ロウ法は,ロウ分を選択的に除去して流動点の低下した石油製品を得るものであって,原料油の分子量をできるだけ変化させずにその流動点を低下させるのが狙いである。精製プロセス上,両者は全く別異のプロセスであって,先行発明と本件特許発明は全く別の発明である。
(イ) 被告が被告の主張(ア)で指摘する,東京高等裁判所の判決は誤っている。
2つの発明のうち,一方が上位概念で規定され,他方が下位概念で規定されている場合,特許法29条の規定の適用に当ってこれらを同一発明とみなすか否かは,いずれが公知発明であるかによって異なる。公知発明が下位概念で規定されていた場合には,両者は同一発明である。これは,後の出願にかかる発明が公知発明を包含することから,特許出願の対象の少なくとも一部は公知発明を含むことになるからである。これに対して,公知発明が上位概念で規定されていた場合には,原則として,両者は同一発明ではない。両者が特許法上の意味において同一とされるのは,次の場合に限られる。
@ 公知発明の実施例に具体的に記載された構成又はその自明な変形が,後の出願の特許請求の範囲に含まれる場合。
A 後の出願において付加されている限定が自明な限定,技術的に無意味な限定である場合。
以上のいずれでもない場合には,両者は同一ではないとして,進歩性の検討が必要となる。しかるに,上記判決は,「先行発明の出発原料は,単に『炭化水素』であり,そこには何らの限定もない。」と認定して,公知発明の方が上位概念で規定されていることを認定しながら,前記@Aの要件を検討することなく,先行発明と本件特許発明とを同一発明と結論づけている。これは,特許法解釈の重要な誤りであるか,理由不備である。以上の誤りが結論に影響を及ぼしたことは極めて明らかである。先行発明の具体的な実施例を検討すれば,先行発明には,本件特許発明の「脱ロウ法」が記載されていないことに容易に気づいたはずである。上記判決は,触媒が同一であることに目を奪われて,「出発原科,反応,触媒を同じく,その結果,得られる目的物質も同じくしている」と認定しているが,上位概念で「炭化水素」とひとくくりにしなければ,出発原料が異なることによって,反応,目的物質も異なることに容易に気づいたはずである。以上のような理由により,原告は,最高裁判所に上告したのであり,上記誤りが認定されれば,上記高裁判決は取り消されることになるから,本件特許権が明白に無効であるとはいえない。
当裁判所の判断
1 争点2(本件特許権が明白に無効で,本件特許権に基づく権利行使が権利濫用に該当するかどうか。)について (1) オランダ特許公報の記載 ア 証拠(乙4)によれば,本件特許権の出願時(優先権主張時)以前である1968年〔昭和43年〕10月15日に公開されたオランダ公開特許公報(出願第6805355号の特許に係るもの。昭和43年12月16日特許庁資料館受入れ)には,次の記載があることが認められる。
「ある種のゼオライト物質は,一定の結晶構造を有する規則正しい多孔性の結晶性アルミノシリケートであって,構造内には多数の空隙があり,これらの空隙はそれより小さな多数の溝によって相互に連結されている。このような空隙及び溝は,大きさが非常に均一である。これらの穴の大きさは,或る大きさの分子を吸着することを許容するけれども,それより大きな分子は排斥するような大きさである。従って,このような物質は“分子篩”として知られるようになり,これらの特性を種々の方法に有利に利用して使用される。」(訳文1頁3行〜9行) 「この結晶性ゼオライトは選択的吸着特性を示し,H2O及びn-ヘキサンを吸着するが,シクロヘキサンの如き大きな分子は顕著に吸着しないのである。」(同3頁2行〜4行) 「本発明の合成結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト(ZSM-5)は次の酸化物のモル比にて示される組成を有するものである。
0.8〜1Na 2O:Al 2O 3:20〜60SiO 2 ゼオライトZSM-5はX-線回折によって組成が同定され,識別され,‥‥‥Na2O/Al 2O 3のモル比が0.83である代表的なZSMゼオライトのX-線回折格子のデータが下記の表Aに示される。」(同4頁6行〜11行) 「本発明の結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト及びこれをイオン交換した型のものは選択吸着のみならず,クラッキング,ハイドロクラッキング,異性化,アルキル化等の如き炭化水素の触媒転化の際の触媒として又は触媒成分として有用である。」(同9頁7行〜9行) 「実施例XXI 実施例XXにて説明する如くして得られた生成物ZSM-5が0.5Nの塩酸にてイオン交換され,n-ヘキサンを使用して,クラッキング活性が試験された。その結果は表Hに示される。」(同18頁5行〜8行) 「炭化水素原料を触媒転化条件下で上記特許請求の範囲1〜11の1またはそれ以上の方法により得られる結晶性アルミノシリケートと接触させることを特徴とする炭化水素原料の触媒転化方法」(特許請求の範囲12項) イ 「クラッキング」の意義 「クラッキング」とは,通常の用語例に従えば,「一般には有機化合物を加熱して分解することをいうが,石油精製においては,石油の重質留分を分解してガソリン,灯油,軽油など付加価値の高い製品を増産するためのプロセスをいう。」(「化学大辞典」627頁,東京化学同人1989年10月第1版第1刷発行),「熱,接触あるいは水素添加などの各分解法によって分子結合を壊し,炭化水素の分子量を下げるのに用いられる工程」(「マグローヒル科学技術用語大辞典」昭和55年1月発行)などといった意味に用いられているものであることが認められる。
ウ 上記ア及びイで認定したところを併せ考えると,オランダ特許公報には,ゼオライトZSM-5は,「分子篩」としての性質を有し,この性質のゆえに,選択吸着のみならず,クラッキング,ハイドロクラッキング,異性化,アルキル化等のような炭化水素の触媒転化反応の際の触媒として有用であることが記載されていることが認められる。したがって,そこには,ゼオライトZSM-5の種々の利用方法の一つとして,炭化水素原料を出発原料とし,ゼオライトZSM-5を触媒として,ある大きさの炭化水素を選択的にクラッキング,すなわち,分解して転化する技術(先行発明)が記載されているということができる。
(2) 本件特許発明と先行発明との対比 ア 本件特許発明と先行発明との共通点について 本件特許発明と先行発明とを対比すると,出発原料が,本件特許発明では「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」とされているのに対して,先行発明では,単に「炭化水素」とされている点,反応について,本件特許発明では,「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法」とされているのに対して,先行発明では,単にある大きさの炭化水素を選択的にクラッキングするものとされている点で相違していることが認められる。
一方,使用される触媒について見ると,本件特許発明において触媒として使用される「結晶性ゼオライト物質」は,本件明細書の特許請求の範囲の記載では,「一般に楕円形の形状を持ち,転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し,該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ,転化されることができる結晶性ゼオライト物質であって,酸化物のモル比の形で表わして一般式 0.9±0.2M2/n O:Al 2O 3:5-100SiO 2:zH 2O (式中Mは水素イオンを含む陽イオンで,nは該陽イオンの原子価であり,zは0ないし40の値である。) で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質」とされていて,必ずしも明確でないものの,証拠(甲39。特許審判請求公告。以下「本件公告」という。)によると,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に,「すなわち本発明の触媒はZSM-5型ゼオライトであり,その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および僅かに枝分れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが,しかし少なくとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に等しいか或はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除するのである。」(本件公告4欄34行〜41行),「本発明方法で使用しうるゼオライト物質はZSM-5型のゼオライトである。ZSM-5型の物質は特許第619824号(特公昭46-10064号)に開示されている。ZSM-5型ゼオライトは下記の第1表に述べる特徴あるX線回析図を有する。ZSM-5組成物は酸化物のモル比の形で下記の通り同定することができる。
0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O 式中Mは水素を含む陽イオンでnは(「陽イオン」とあるのは,「陽イオンでnは」の誤記と認める。)該陽イオンの原子価であり,zは0ないし40の値である。」(同6欄44行〜7欄4行)との記載があることが認められ,第1表には,特許請求の範囲に示されたX線回析図とほぼ同一の格子面間隔が示されていることが認められる。そうすると,少なくともゼオライトZSM-5は,本件特許発明に使用される触媒であり,一方,先行発明において使用される触媒もまた,上記のとおり,ゼオライトZSM-5であるから,両発明は,使用する触媒において共通していることが明らかである。
イ 相違点の検討 (ア) 出発原料に関する相違点について 出発原料に関する本件特許発明と先行発明との相違点について検討する。
a 1959年6月1日〜5日に開催された第5回世界石油会議第X部門議事録(FIFTH WORLD PETROLEUM CONGRESS,INC,1959年発行。乙27)の238頁の第4図によれば,典型的な炭化水素原料である石油留分は,混合物から特に分離精製しない限り,直鎖炭化水素,枝分れ炭化水素,単環シクロパラフィン等の多数の炭化水素からなっており,ロウ分だけで構成されているものも,非ロウ分だけで構成されているものもなく,ロウ分及び非ロウ分が混在しているのが普通であることが認められる。
b 本件特許発明の出発原料は,上記のとおり,「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」であり,「他の異なる分子形状を有する化合物」については,「化合物」という極めて抽象的な用語を用いているため,明確ではないものの,甲39(本件公告)によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規な脱ロウ法に関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から前記パラフィンを選択的に(「パラフィン選択的に」とあるのは誤記と認める。)転化することによって炭化水素供給原料から前記パラフィンを除去する方法に関する。」(本件公告2欄49行〜3欄3行)という記載があることが認められ,同記載によれば,「他の異なる分子形状を有する化合物」とは,炭化水素供給原料中に一般に見出される,「直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィン」(これらが特許請求の範囲にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」であることは明らかである。)以外の成分のことであることが認められる。したがって,3種の混合物がいずれも炭化水素であることは明らかである。そして,本件特許発明の「他の異なる分子形状を有する化合物」に何らの限定もないことに,上記a認定の事実を考慮すると,ロウ分も非ロウ分も混在する典型的な炭化水素原料は,本件特許発明にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」に該当するものと認められる。
一方,先行発明の出発原料は,単に「炭化水素」であり,そこには何らの限定もない。
以上のとおりであるから,本件特許発明の出発原料と先行発明のそれとは,同一であるということができる。
(イ) 反応について 次に,反応に関する本件特許発明と先行発明との相違点について検討する。
a 本件特許発明と先行発明とが,炭化水素をクラッキングするという点で共通していることは,明らかである。
本件特許発明では,「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングする」とされているので,先行発明との対比において,その技術的意義について検討する。
本件特許発明及び先行発明において触媒とされているゼオライトZSM-5は,前記アに認定のとおり,本件特許発明の特許請求の範囲にいう「一般に楕円形の形状を持ち,転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し,該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ,転化されることができる結晶性ゼオライト物質」であることが明らかであるから,本件特許発明の出発原料である典型的な炭化水素原料,すなわち,石油留分(直鎖炭化水素,枝分かれ炭化水素,単環シクロパラフィン等の多数の炭化水素からなっているもの)を,ゼオライトZSM-5によって転化反応を実施しようとした場合,上記ゼオライトZSM-5の性質により,「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることになり,「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して転化反応が行われることになる。
b 次に,一般的な炭化水素を出発原料としている先行発明において,ゼオライトZSM-5によって転化反応を実施しようとした場合,「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることになる点において,本件特許発明の場合と同様であるから,「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して転化反応が行われることになる。要するに,ゼオライトZSM-5を触媒としてクラッキングを行う限り,必然的に,直鎖炭化水素及びわずかに枝分かれした炭化水素についての選択的なクラッキング(分解による転化)が行われることになる。
このように,本件特許発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物」(典型的な炭化水素原料)であろうが,先行発明の一般的な炭化水素であろうが,ゼオライトZSM-5を触媒としてクラッキングを行う限り,必然的に,「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して選択的なクラッキングが行われ,転化反応が行われることになるから,結局,本件特許発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択的にクラッキングする」とされている点でも,本件特許発明と先行発明との間には,差異がないものというべきである。
以上によれば,本件特許発明と先行発明とは,出発原料,触媒及び反応のいずれについても同一であるということができる。
(3) 「脱ロウ方法」の意義 本件特許発明は,「脱ロウ方法」の一つであるとされているので,先行発明との対比において,「脱ロウ方法」の技術的意義について検討する。
ア 「脱ロウ」が,通常の用語例に従えば,ロウ分を除去するということを意味する語であることは,明らかであり,その定義として必ずしも決まったものがあるとは認められないが,「物質や物体から蝋を除去すること。石油から個体炭化水素を分離するのに用いられる工程。」(「マグローヒル科学技術用語大辞典」昭和55年1月30日発行),「低温での流動性に富む潤滑油を得るために,石油留分中から蝋分(パラフィン)を除去すること」(「大辞林」平成元年3月第8刷発行),「石油から潤滑油を製造する際,冷却によりパラフィンを分離・除去すること」(「広辞苑第4版」平成3年11月第1刷発行)といった意味で使用されていることは,当裁判所に顕著である。したがって,「脱ロウ」は,通常の用語例においては,原料油中のロウ分のみを選択的に除去,すなわち,「除き去る」あるいは「取り去る」というものであり,その手段を問わないものであるということができる。
イ 先行発明は,炭化水素原料を出発原料とし,ゼオライトZSM-5を触媒としてロウ分を選択的にクラッキング(分解)する技術であるから,ロウ分を「除去」していない,すなわち,除き去ったり取り去ったりしていないので,先行発明は,通常の用語例でいう「脱ロウ」を行うものではない。
ウ 次に,本件特許発明にいう「脱ロウ方法」の意味について検討する。
(ア) 甲39(本件公告)を見ると,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,以下の記載があることが認められる。
「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規な脱ロウ法に関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から前記パラフィン選択的に転化することによって炭化水素供給原料から前記パラフィンを除去する方法に関する。」(本件公告2欄48行〜3欄3行) 「種々のゼオライト性物質および特に結晶性アルミノシリケ-トがこれまで種々の接触転化操作に使用されてきたが,しかしこれらの先行技術の操作は一般に1種または2種の主要なカテゴリーに入るのである。1種の型の転化操作においては装入原料中に通常見出される成分の大部分を受入れるのに充分な大きな孔の寸法を有するゼオライトが使用された。すなわち,これらの物質は大きな孔寸法の分子フルイと言われ,それらは6〜13オングストロームの孔の寸法を有することが一般的に述べられており,‥‥‥アルミノシリケートの他の型は約5オングストロームの単位の孔の大きさを持ち,選択的にノルマルパラフィンに作用して他の分子種を実質的に排除するのに使用される。」(同3欄27行〜40行) 「あるクラスのゼオライト性分子フルイがそれらの内部の孔構造中にノルマルパラフィンだけがなくて僅かに枝分れしたパラフィンをも出入りすることができ,しかも極度に枝分れしたイソパラフィンを排除する能力を有する点で独特のフルイ性を有し,このゼオライト性分子フルイを使用することによって極めて効果的な接触操作を行うことができることを見出した。こうしてノルマルパラフィンに対して選択的だけでなくて僅かに枝分れしたパラフィン,そして特にモノメチル置換されたパラフィンに対しても選択的な炭化水素転化操作を行うことがいまや可能である。」(同3欄46行〜4欄6行) 「これらの性質を示すゼオライト性物質をノルマルパラフィンを選択的に除くことだけが従来望まれていた脱ロウ操作に使用すれば経済的価値が増した生成物が得られる点で多くの増大した予期せざる利益があることが見出された。」(同4欄7行〜11行) 「本発明の新規な脱ロウ法は従来使用されてきた2種の型のアルミノシリケートの中間にあると一般的に言われるゼオライト性物質を使用することに基く。すなわち本発明の触媒はZSM-5型ゼオライトであり,その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および僅かに枝分れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが,しかし少なくとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に等しいか或はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除するのである。」(同4欄32行〜41行) 「換言すれば本発明のゼオライトは転化条件下即ち脱ロウ反応条件下でノルマル脂肪族化合物及び僅かに枝分かれした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物は入ることができるが4級炭素原子を含有する化合物は入ることができない有効寸法,即ち楕円形でその長軸が6Åないし9Å,短軸が約5Åの有効寸法の孔を有する。」(同6欄21行〜26行) 「先に述べたように本発明の新規な方法は炭化水素供給原料の脱ロウに関する。本明細書および特許請求の範囲で使用する脱ロウとはその最も広義に使用し,石油原料から容易に固化する(ロウ)炭化水素を除去することを意味する。更に特定の例で説明するように処理することができる炭化水素供給原料には潤滑油並に凝固点または流動点問題を有する原料すなわち約176℃(350゚F)以上で沸騰する石油原料が含まれる。脱ロウはクラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行うことができる。」(同21欄32行〜22欄3行) (イ) また,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における実施例についての記載を見ると,以下の記載があることが認められる。
「ZSM-5触媒を使用して同じロウ質アマールガス油の他の部分を形状選択的転化処理に付した。‥‥‥流動点の降下はノルマルパラフィンの除去によるものであるけれども,それが流動点降下の完全な回答ではないことを知ることができる。本発明の新規な方法はノルマルパラフィンが全部除去されなくても流動点の著しい降下を生ずる。‥‥‥本発明の新規な触媒は流動点に有害な作用を及ぼす僅かに枝分れしたパラフィンをも転化するものと思われる。」(実施例3,本件公告25欄13行〜26欄5行) 「本発明の触媒を使用して得られる形状選択性と先行技術の形状選択的物質との型の差異を例証するために,例2で使用したのと同じロウ質アマールガス油をカルシウムA‥‥‥として同定された結晶性アルミノシリケートとZSM-5の焼成試料とを用いて形状選択的クラッキングの比較を行った。同じ原料を分解して得た生成物の比較を下記の表に示す。本発明の新規方法によって得られたコークス収量は先行技術の古典的形状選択的物質を用いて得たコークス収量よりも著しく低いことが一見して明らかである。さらにガソリンの生成すなわちC5-C 12 はカルシウム-A型触媒の場合に比してかなり高い。さらに先行技術による古典的形状選択的触媒は常にC4炭化水素に富み,逆にC 5-C 12 炭化水素の少ない生成物を生ずる。」(実施例例5,同26欄32行〜27欄44行) (ウ) 本件明細書の上記記載によれば,本件特許発明は,従来の接触転化操作において使用されていた約5Åの孔の寸法を有するゼオライト性物質よりやや大きめの孔を有するゼオライトZSM-5を使用して接触転化操作を行うものであり,ゼオライトZSM-5が,直鎖炭化水素だけでなく,「僅かに枝分かれした炭化水素」に対しても選択的にクラッキング(分解して転化)する作用に着目し,この直鎖炭化水素及び「僅かに枝分かれした炭化水素」,すなわち,ロウ分を分解して消滅させる作用をしていることから,これを一方で「選択的にクラッキング」といい,他方で「新規な脱ロウ法」と称しているものと認められ,ここにいう「脱ロウ」は,原料油中からロウ分を選択的にクラッキング(分解して転化)し,分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えることを意味するものである。そうすると,本件特許発明にいう「脱ロウ」も,先行発明と同様に,ロウ分を「除去」していない,すなわち,除き去ったり取り去ったりしていないので,通常の用語例にいう「脱ロウ」ではない。
エ(ア) ところで,乙1の英国特許公報(特許第1134014号明細書に係るもの。1968年〔昭和43年〕11月20日刊行。昭和44年2月特許庁資料館受入れ)には,次の記載がある。
「選択的にクラッキングされるロウ質炭化水素はパラフィンロウであることも判明した。従ってクラッキングされる炭化水素はほとんどn-パラフィン類であるが,例えば非常に僅かに枝分かれした炭化水素や枝分かれのないアルキル側鎖を有する環状炭化水素のように,構造の一部として長い直鎖を有する炭化水素もまたクラッキングされ得るのである。」 「分子構造中にn-パラフィン類自体を選択的にクラッキングするに当り,高温と高圧とにおいて,水素の存在のもとで,周期律表第Y族又は第[族の金属またはその酸化物から選択された水添成分と少なくとも14:1のシリカ:アルミナモル比を有する脱陽イオン化結晶性モルデナイトとより成る触媒に,前記炭化水素類とその他の炭化水素類とを含有する供給原料を接触せしめることより成る炭化水素の選択的クラッキング法。」(特許請求の範囲) (イ) また,乙14の米国特許公報(特許第3395096号明細書〔1968年〔昭和43年〕7月30日登録〕に係るもの。昭和43年11月5日特許庁資料館受入れ)には,次の記載がある。
「本発明は水素の存在下に選択的転化によって石油から得られた供給原料からの直鎖状炭化水素の除去に関するものである。更に詳細には,本発明は直径が約6オングストローム以下,好ましくは約5オングストロームの均一細孔を持ち希土類金属を含有する結晶性金属アルミノ・ケイ酸塩ゼオライト触媒を用いて炭化水素を転化し,その等級を上げることは技術分野では現在良く知られている。ハイドロクラッキングのような目的のためのこれらの物質の用途は一般的に軽油などのような典型的な石油・誘導供給原料に向けられていて,これらは習慣上ガソリンとして有用な低沸点生成物に変換される。」(訳文1頁1行〜8行) 「例えば,ナフサ留分のオクタン価の改良は低いオクタン価を製造する傾向にある直鎖状炭化水素(例えば,オレフィン,パラフィン等)だけを選択的にハイドロクラッキングし,その後ハイドロクラッキング生成物を除去し,最後に,高いオクタン価生成物を回収することによって果たすことができる。潤滑油または軽油留分中に含まれる直鎖状炭化水素の選択的ハイドロクラッキングはまた,流動点降下即ち脱ろうの目的のために有益である。」(同頁12行〜17行) 「脱ろうする目的のために,本発明による処理に適応される供給原料は‥‥‥の範囲の炭化水素油として一般に限定される。‥‥‥本発明方法は流動点,曇り点,霞点及び凝固傾向を減少するために中間流出物及び軽油留分から蝋及び同様なn-パラフィン系成分を除去するために特に有効である。」(同7頁12行〜17行) (ウ) 他に,乙16の英国特許公報(特許第1088933号明細書に係るもの。1967年〔昭和42年〕10月25日刊行。昭和43年1月10日特許庁資料館受入れ)の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載がある。
「この説明は炭化水素類,特に石油炭化水素類の水添接触転化法に関する。この発明による炭化水素類の接触転化法は,炭化水素類を,高温と高圧とに於いて水素の存在下に,少なくとも直径が5Åの細孔を有する合成結晶モルデナイトで鉱酸の直接脱陽イオン化処理により金属陽イオン含有量が2wt%を超えないものと,周期律表第Y族又は[族の金属又はその酸化物から選択した水素添加成分とより成る触媒に接触せしめることより成る。」(訳文2頁2行〜7行) 「この発明に使用する触媒の特徴は,ロウ質炭化水素類を分解する選択性にある。ロウ質炭化水素成分が供給原料の流動点を左右するものであるから,沸点が供給原料と同一で而も供給原料の流動点よりも低い流動点を有する物質の生成を主目的とするハイドロクラッキングに於いては,前記のような触媒の選択性が特に有用である。従ってこの発明の方法によってハイドロクラッキングする適当な供給原料は,いわゆるワックス留分である。ワックス留出物類は特に適当な供給原料ではあるが,この方法は,例えば軽油類‥‥‥のような低沸点留分にも適用しうる。供給原料は,原油から直接誘導したものでも,或いは熱分解又は接触分解の過程を経て誘導した生成物でも差し支えない。‥‥‥前述のような固有流動点低下接触処理に於ける前記触媒の有用性の他に,前記触媒は,ワックス分解選択性を利用して,例えば潤滑油留分のような供給原料の脱ロウ処理にも使用し得る。」(同4頁13行〜25行) オ 上記エ(ア)ないし(ウ)の文献の各記載は,「選択的にクラッキングされるロウ質炭化水素はパラフィンロウである」,「n-パラフィン類自体を選択的にクラッキングする」,「クラッキング」し,又は「ハイドロクラッキング」して「蝋及び同様なn-パラフィン系成分を除去する」とか,「ロウ質炭化水素類を分解する」などと述べ,「クラッキング」又は「ハイドロクラッキング」して,生成物の流動点を低下させる,すなわち脱ロウする技術を表しているものということができる。つまり,上記エ(ア)ないし(ウ)の文献の各記載は,原告の本件特許権の優先権主張の時点である1969年〔昭和44年〕10月10日においては,ロウ分を除去するのでない,ロウ分を分解する接触脱ロウ法の技術が公知であったことを示している。したがって,同時点で,「脱ロウ」の概念には,「接触脱ロウ法によりロウ分を分解する」という意義も含まれるというべきである。このように解すると,「クラッキング」又は「ハイドロクラッキング」の概念は,これにより「脱ロウ」を行う場合をも広く含むものということができる。
本件特許発明は,特許請求の範囲に「脱ロウ方法」と記載しているが,これは,これらの文献と同様に,ゼオライトZSM-5によりロウ分を選択的に「クラッキング(分解して転化)」し,分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えるというプロセスについて,上記の各文献同様,ロウ分を分解して消滅させて別の生成物に変えることを「脱ロウ方法」と称しているということができる。したがって,本件特許発明と先行発明とは,この点に関し,実体において,何ら変わるところはないというべきである。
(4) 以上のとおり,本件特許発明と先行発明とは,出発原料,反応及び触媒のいずれにおいても同一であり,他にも実体において相違するところは認められないから,同一の発明というべきである。したがって,本件特許発明は,特許法29条1項3号に反して特許されたものである。
(5) さらに,本件特許発明が,「脱ロウ方法」,すなわち脱ロウプロセスの発明であり,触媒から見ると,用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明ということができるかどうかにつき,一応検討する。
講学上,「用途発明」とは,物の有するある一面の性質に着目し,その性質に基づいた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明をいうものとされ,物が公知であっても,用途が新規性を有する場合には,特許性の認められる場合があることを示す用語である。
しかしながら,上記認定のとおり,本件特許発明と先行発明とは,出発原料,反応,触媒を同じくし,その結果,得られる目的物質も同じくしているのであるから,本件特許発明は,先行発明と異なり,「脱ロウ方法」を内容とするものであることを明示するものではあるが,そこには何らの新規な用途の追加を見ることもできないのであって,特許性の認定と結び付けられる上記の意味での用途発明となり得ないことは明らかである。したがって,本件特許発明が,用途発明として新たな用途を追加したものとして上記(2)ないし(4)に説示した理由による無効を免れることもできない。
(6) 以上によれば,原告の本件特許権は無効であることが明らかであり,原告の本訴請求は,権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
(7) なお,証拠(甲40,乙25)によれば,東レによる無効審判請求(昭和60年審判第23449号事件)について,特許庁は請求は成り立たないとの審決をしたが,右審決に対する取消訴訟(東京高裁平成10年(行ケ)第308号事件)について,東京高等裁判所は,平成12年7月13日,上記説示したところとおおむね同様の理由により,本件特許は,特許法29条1項3号に違反して特許されたものであり,無効であるとの判断を示し,審決を取り消したものである。
2 よって,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないというべきであるから,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 中吉徹郎