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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ12752特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 21280号 特許権不侵害確認請求事件
平成 12年 (ワ) 7516号 特許権侵害差止請求事件
原告(反訴被告) リンテック株式会社
訴訟代理人弁護士 升永英俊
同 大島崇志
同 池田知美
訴訟復代理人弁護士 戸田泉
補佐人弁理士 谷義一
同 橋本傳一
被告(反訴原告) 三水株式会社
訴訟代理人弁護士 森田政明
補佐人弁理士 永井義久
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/04/12
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告(反訴被告)によるタコグラフ・チャート用紙(加工銘柄TAC−14改2)の製造,販売につき,被告(反訴原告)が,特許権(特許番号第2619728号)に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
2 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じて,被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
請求
1 本訴請求 主文第1項と同旨 2 反訴請求 (1) 原告(反訴被告。以下「原告」という。)は,タコグラフ・チャート用紙(加工銘柄TAC-14改2。以下「本件製品」という。)を製造し,使用し,譲渡し,貸し渡し又は譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
(2) 原告は,本件製品の既製品及び半製品を廃棄せよ。
(3) 原告は,被告(反訴原告。以下「被告」という。)に対し,1億7466万9306円及びこれに対する平成12年4月15日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告及び被告は,いずれも自動車用のタコグラフ・チャート用紙の製造,販売を業とする株式会社である。
本件は,原告が本訴として,原告によるタコグラフ・チャート用紙(本件製品)の製造,販売につき,被告が上記特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めたのに対し,被告が反訴として,本件製品は上記特許権を侵害するとして,原告による本件製品の製造,販売等の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。
1 前提となる事実関係(末尾に証拠を摘示した事実以外は,当事者間に争いがない。) (1) 原告は,接着テープ等の製造及び販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
被告は,石油化学製品及び合成樹脂製品の製造及び販売並びにこれらの製造コンサルティング業を目的とする株式会社である。
(2) 被告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
特許番号 第2619728号 登録年月日 平成9年3月11日 発明の名称 記録紙 出願番号 特願平2-15644号 出願年月日 平成2年1月25日 公開番号 特開平3-220415号 公開年月日 平成3年9月27日 (3) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(本判決末尾添付の特許公報(甲1。以下「本件公報」という。)参照。以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に 形成されたことを特徴とする,記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子 (B)成膜性を有する水性ポリマー」 (4) 本件特許発明構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,それぞれを構成要件aなどという。)。
a 隠蔽層が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の表面に形成されたこと b 上記隠蔽層は, (A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と (B)成膜性を有する水性ポリマー の組成物からなること c 上記組成物は,(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること d aないしcを特徴とする記録紙であること (5) 本件製品は,水性の塗布液を黒色原紙の表面に8から20ミクロンの膜厚に塗布して黒色原紙表面を隠蔽する白色層を形成してなる記録紙であり,本件特許発明構成要件aを充足する。
(6) 原告は,本件製品を製造,販売している。
2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 本件製品の成分には,水性の未中空ポリマーとしてのスチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸が含まれるか(本件製品の組成)。
(原告の主張) ア 本件製品の組成は,別紙原告組成目録のとおりである。
イ 原告は,本件製品の製造に際して,市販品であるローペイクHP-1055を用いているが,その中に被告の主張する「未中空ポリマー」は含まれていない。そもそも,ローペイクHP-1055から製品中の未反応の「未中空ポリマー」の成分%を重量表示することは行われておらず,これを分離抽出すること自体が当業者の常識に反する。
(被告の主張) ア 本件製品の組成は,別紙被告組成目録のとおりである。
イ 被告が本件製品を分析したところ,本件製品に用いられている中空孔ポリマー粒子は,ロームアンドハース社製のローペイクHP-1055であることが判明した。このローペイクHP-1055は水性の中空孔ポリマー粒子であり,その成分はスチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸であって,その固形分中に11.1%の割合で未中空ポリマー(中空孔構造を有していないポリマーをいう。以下,「被告の主張」欄において同じ。)が含まれている。
被告組成目録の記載から分かるように,同じスチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸重合体又は共重合体であっても,コアが中空構造でなく,未中空ポリマーのままのものは,本件特許発明構成要件bの(A)にいう「中空孔ポリマー粒子」には当たらない。この中空孔構造の水性ポリマーが隠蔽層を形成しているからである。そして,中空孔構造を有しないスチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸重合体又は共重合体は,構成要件bの(B)にいう「成膜性を有する水性ポリマー」に該当する。
ウ これを敷衍するに,まず,中空孔ポリマー粒子は,好ましくは,メタアクリル酸又はメタクリル酸共重合体をコア(芯)成分とし,スチレンをシエル(外殻)成分とするものを用い,粒子径は5〜0.1ミクロンであり,好ましくは1〜0.3ミクロンである(本件公報4欄10〜13行目)。
未中空ポリマーとは,中空孔ポリマーの生成過程において,こうした中空構造を形成できず,水中に分散又は溶解するポリマーを指す。その測定方法の一つとして,米国法人であるローム・アンド・ハース・カンパニー(以下「ローム社」という。)の特許発明に係る公開特許公報(特開昭56-32513号。乙24)に記載されている,最終分散液の一部を「アンバーライトIR-120」で処理してアンモニアを除去し,次いで0.5N水酸化カリウムを用いて電位滴定により滴定する方法で,コア成分であるカルボン酸(メタクリル酸に相当)共重合体ポリマーのグラム当たりの滴定量を検出すると,従来の芯-さや(殻)ポリマーでは約40%がさや包囲された(中空化された)という滴定結果になっている。同じ方法で未中空ポリマーの滴定量を測定すると,上記特許発明実施例では,実施例3でわずか2%であることが示されている。本件公報に記載されているOP-42,OP-84J,OP-62はいずれも上記ローム社の特許発明の出願後に発売された製品であり,カルボン酸系未中空ポリマーの存在は極めて少なく,ほぼ無視し得る程度である。
しかるに,その後,ローム社は水性媒質中性子濃度(固形分)が26.5%であるローペイクHP-1055に相当する「コアーおよびシェルの重合体粒子」に関する特許発明を出願した(特開平6-25314号。乙26)。 この公開特許公報の実施例1においては,未中空ポリマーの測定に関する記載がある。すなわち,これによれば,コアー(1部)とシェル(7部)の実施例1の粒子から自動滴定機でコアー酸量を滴定した結果,上澄み液中のコアーの酸量は72.0%であり,そのことはコアーとシェルの合計8部から放出されたコアーのメタクリル酸量が72.0%であったということを意味するから,シェルで包囲されない未中空ポリマーは固形分当たり9%になることが示されている。
また,上記公開特許公報の実施例2においては,コア/シェル重合体(未膨潤,通路なし)0%,5%,10%とLCAP(コアー酸が排除されたもの)5%,10%をそれぞれ粘着剤エマルジョンポリマーBA/Maaとともに使用してフィルムを作り,弾性モジュラスを測定した結果,高濃度のLCAPを使用したeが高い弾性モジュラスを示し,バインダー効果の大きいことが示されている。また,上記公開特許公報の段落【0056】には,滴定可能なカルボン酸についての記載があるが,このカルボン酸がシェル(殻)で包囲されずに放出された未中空ポリマーの割合を示すものである。
以上のことから,ローペイクHP-1055には,本質的に未中空ポリマーが含有され,これがローペイクHP-1055自体に高いバインダー効果を奏していることが明らかである。
エ 被告は,ローペイクHP-1055の中空孔ポリマー粒子と未中空ポリマー粒子との精密な定量分析を行うため,中空孔ポリマー粒子を全く溶解せず,かつ未中空ポリマーをできるだけ多く抽出できる溶剤として,イソプロピルアルコール/アセトン(7/3体積比)の混合溶液がもっとも有効であることを見いだした。
そこで,この溶剤を用いて未中空ポリマーを抽出した結果,ローペイクHP-1055の固形分比71.0重量%のうち,3.6重量%の未中空ポリマーが抽出された(ロ号物件分析報告書[乙3]参照)。
(原告の反論) ア 被告は「未中空ポリマー」なるものを挙げて,これは(A)中空孔ポリマー粒子から除外される旨主張するが,失当である。
まず,本件明細書の「特許請求の範囲」の請求項1には「未中空ポリマー」についての記載はない。本件明細書の「特許請求の範囲」以外の記載をみても,構成要件bの(A)中空孔ポリマー粒子について中空孔ポリマーから「未中空ポリマー」を分離抽出したものとして解釈すべきことをうかがわせる記載は存在しない。むしろ,本件明細書には「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子とは,水中に分散している中空孔ポリマー粒子のことであり,…(中略)…。市販品の例としては,ローペイク0P-42,ローペイクOP-84J,ローペイクOP-62…(中略)…等がある。」(本件公報3欄44行〜4欄9行目)と記載されており,そこでは中空孔ポリマーと「未中空ポリマー」とを区別して書き分けていないし,上記市販品の固形分全体が中空孔ポリマー粒子に当たると解するのが自然である。さらに,本件明細書の実施例1の配合No1〜4において市販品のローペイク0P-62等すべてについて「未中空ポリマー」の重量表示の記載は一切ない。被告は,本件特許権の出願の過程で平成5年11月12日付け意見書(甲7)を提出し,その中で構成要件cの(A)と(B)の比を計算しているが,その計算においてローペイクOP-62等をそのまま(A)として計算しており,ローペイク0P-62等から「未中空ポリマー」をわざわざ(A)成分から除外し,(B)成分に加える計算手法を採っていない。被告が本件特許権の設定登録後,特許出願手続を通じて一貫して主張していた内容を変更して,特許請求の範囲中の(A)成分から「未中空ポリマー」を除外することは,包帯禁反言の原則に照らし,許されない。
イ 仮に,ローペイクHP-1055に被告主張の「未中空ポリマー」が存在するとしても,(B)成膜性を有する水性ポリマーに「未中空ポリマー」が含まれることをうかがわせる記載はない。かえって,本件明細書の「ポリマーのガラス転移点(Tg)は100℃以下,好ましくは25℃〜-80℃である。」(本件公報4欄23〜24行目)との記載からも分かるように,構成要件bの(B)成膜性を有する水性ポリマーとはそのガラス転移点(Tg)が100℃以下(好ましくは25℃〜-80℃)であるポリマーである。
これに対して,「HP-1055」のガラス転移点(Tg)の測定値は106℃であり(甲11参照),本件明細書に示された上記ポリマーのガラス転移点(Tg)の範囲に納まっていない。したがって,本件明細書のガラス転移点の記載に照らして「HP-1055」は,それが中空孔ポリマーであれ,「未中空ポリマー」であれ,それらのガラス転移点が106℃であることから,(B)成膜性を有する水性ポリマーの概念に含まれないことは明白である。
ウ 被告は,「未中空ポリマー」の抽出方法として,公開特許公報(乙24,26)の記載を根拠にカルボン酸滴定による測定方法を挙げている。しかし,上記公報には,被告が引用する箇所を含めても「未中空ポリマー」に関する記載はみられない。被告の主張する「未中空ポリマー」に対応した事項は,形式的にも実質的にも存在しないと言うほかはない。
エ 被告は,ロ号物件分析報告書(乙3)により,「未中空ポリマー」の存在が立証されたとするが,この報告書は,通常の技術者が考察する手法によらないものであり,その分析の結果は信頼できない。
(2) 本件製品は本件特許発明構成要件b,cを充足するか。
(原告の主張) ア 本件製品の組成物のうち,(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子であるスチレン/アクリル酸/アクリル酸エステル共重合体(76.9重量%)と(B)成膜性を有する水性ポリマーであるスチレン/ブタジエン共重合体(16.5重量%)との重量比を求めると,4.66になるから,本件製品は少なくとも上記(A)と(B)の重量比が1から3までの間であることを要件とする本件特許発明構成要件cを充足しない。
イ 原告は,上記の重量比を求めるに際して,本件製品の組成物のうちスチレン/アクリル酸共重合体及びカゼインを(B)成膜性を有する水性ポリマーに含めて計算していないが,原告がスチレン/アクリル酸共重合体及びカゼインは(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当しないと考える理由は次のとおりである。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「作用」の項には「成膜性を有する水性ポリマーは,上記中空孔ポリマー粒子を着色原紙に定着させるバインダーとして作用する。」(本件公報5欄5〜7行目)と記載されている。
また,被告作成の平成7年2月6日付け審判請求理由補充書(甲12)には,「成膜性ポリマーを中空孔ポリマー粒子相互の接着及び中空孔ポリマー粒子と着色原紙との接着に必要な量に調整して中空孔ポリマー粒子の量を相対的に増加し,酸化チタンを併用しなくても充分な隠蔽率を有する隠蔽層(隠蔽率が0.95〜0.99に相当する程度)を形成することができたのである。」(審判請求理由補充書6頁8〜11行目)と記載されている。
以上の記載からすれば,(B)成膜性を有する水性ポリマーとは,水性ポリマーのうちでバインダーとして機能するポリマーのみを指すことが明らかである。
本件製品において,スチレン/アクリル酸共重合体は,分散剤として作用するだけで,バインダーとして機能しないから,(B)成膜性を有する水性ポリマーに該当しない。
次に,カゼインについて検討するに,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「課題を解決するための手段」の項には「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,成膜性を有する。
この水性ポリマーは水中で分散ないし溶解した状態で提供される。当該ポリマーのモノマー組成の例としてはアクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,ブタジエン,クロロプレン,塩化ビニリデン,酢酸ビニル等であり,天然ゴムラテックス,ジイソシアネート類とポリオール又はポリアミンとの反応によるポリマー(例えばウレタンラテックス)を用いることができる。ポリマーのガラス転移点(Tg)は100℃以下,好ましくは25℃〜-80℃である。」(本件公報4欄14〜24行目)と記載されている。この記載から,本件特許発明では,(B)成膜性を有する水性ポリマーを,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーすなわち合成されたポリマーと定義していることが明らかである(もっとも,合成されたポリマーでない天然ゴムラテックスが例として挙げられているので,正確に定義すると,(B)成膜性を有する水性ポリマーとは,合成されたポリマー又は天然ゴムラテックスということになる。)。
そうすると,カゼインは天然物であり,天然ゴムラテックスないし天然ゴムラテックス類似の組成物ではないから,合成されたポリマーには該当しない。
また,本件明細書の上記引用部分の記載によれば,(B)成膜性を有する水性ポリマーとは,ガラス転移点を有する物質であることが明らかであるところ,カゼインはガラス転移点を有しない(ガラス転移することはない)から,この点からも(B)成膜性を有する水性ポリマーに当たらない。
ウ 仮に,被告の主張を容れて分散剤であるスチレン/アクリル酸共重合体及び塗工性改良剤であるカゼインを(B)成膜性を有する水性ポリマーに含めて計算しても,(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子であるスチレン/アクリル酸/アクリル酸エステル共重合体(76.9重量%)とスチレン/ブタジエン共重合体(16.5重量%),カゼイン(3.3重量%)及びスチレン/アクリル酸共重合体(2.2重量%)を合計したものとの重量比は3.50であるから,上記(A)と(B)の重量比が1から3までの間であることを要件とする本件特許発明構成要件cを充足しないことに変わりはない。
(被告の主張) ア 本件製品において,白色層を形成する水系塗布液の組成物の割合等は,別紙被告配合表のとおりであり,上記組成物は,隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子とそれ以外の水性ポリマー成分からなっている。
そして,中空孔ポリマー粒子以外の水性ポリマー成分は,すべてこの中空孔ポリマー粒子を黒色原紙に定着させるバインダーとしての機能を有する。したがって,本件製品は本件特許発明構成要件bを充足する。
そして,別紙被告配合表のとおり,(A)水性の中空孔ポリマー粒子と(B)それ以外のバインダーとしての機能を有する水性ポリマー成分の重量比は,2.14であるから,本件特許発明構成要件cを充足する。
イ 原告は,スチレン/アクリル酸共重合体及びカゼインは(B)成膜性を有する水性ポリマーに含まれない旨主張するが,失当である。
まず,本件明細書の成膜性ポリマーに関する記述によると,ポリマーのモノマー組成の例としてスチレンが挙げられ,水溶解型ポリマーは例中に挙げられたモノマー組成にカルボキシル基を共重合させたポリマーであり,カルボキシル基を有するモノマー組成の例としては,アクリル酸が挙げられている(本件公報4欄10〜40行目)。これによれば,スチレン/アクリル酸共重合体は,バインダーとして機能する(B)成膜性を有する水性ポリマーの代表的な例として,記載されていることが明らかである。
さらに,本件特許の出願に先立つ公開特許公報(特開昭62-290772号。乙9)の特許請求の範囲(2)項には水性バインダーがスチレン/アクリル酸共重合体樹脂である水性印刷インキ組成物の発明が記載されていること,同じく本件特許の出願前の公開特許公報(特開昭61-19676号。乙10)の特許請求の範囲(1)項には,バインダーが,スチレン/アクリル系共重合体のアルカリ水溶液であることを要件の一つとする発明が記載され,かつ特許請求の範囲(3)項では,「スチレン/アクリル系共重合体のアルカリ水溶液を分散安定剤として,作製されたものである特許請求の範囲第1項又は第2項記載の水性印刷インキ」の発明が記載されていることからすれば,スチレン/アクリル酸共重合体は分散剤であってもバインダーとして機能することが明らかである。
次に,カゼインについては,「新訂紙パルプ事典」(乙12),「紙・パルプの実際知識」(乙13)といった文献において,コーテッドペーパーその他の塗工用接着剤ないし塗工紙に塗被するのり料として紹介されていることから,原紙に定着させるバインダーとして用いられる水性ポリマーの天然合成物であることが明らかである。
原告は,ポリマーの意義を工業的又は人為的に合成されたものに限定して解釈するが,ポリマーは高分子と同義であり,「合成樹脂の化学」(乙15)では,カゼインをゴムと共に天然高分子に分類している。本件明細書に実施例として記載されている「乳化重合,溶液重合,塊状重合」は次の「等」の記載に照らし例示であると見るべきであり,カゼインと同様の天然高分子である「天然ゴムラテックス」が例示されていることからすれば,合成ポリマーには,天然の産出物との合成ポリマーも含まれることが開示されているというべきである。
以上によれば,カゼインも(B)成膜性を有する水性ポリマーに含まれる。
(3) 本件特許発明進歩性を欠き,無効であることから,被告の本件特許権に基づく権利行使が権利の濫用に当たるか。
(原告の主張) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載されている各該当数値については,当初の明細書では単に「混合割合」とのみ記載され,それが重量比を指すのか,体積比を指すのか,あるいはその他の比率かは不明であった。被告は,平成5年11月12日付けの手続補正書により「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」欄中のそれらの記載を「重量比」に変更したものであるが,このような変更は,当初明細書に記載された特許請求の範囲内での補正ではないので,明細書の「要旨の変更」に当たる。
そうすると,本件特許発明は,上記手続補正書が提出された平成5年11月12日に出願されたものとみなされるところ,本件特許発明はその公開特許公報(特開平3-220415号)及び本件明細書(本件公報3欄49行)に引用されている公開特許公報(特開昭60-223873号)に記載されている発明から当業者が容易に推考することができたものであるから,本件特許は特許法29条2項に違反して登録されたものであり,同法123条1項2号の無効事由を有する。
(4) 被告の被った損害の額 (被告の主張) 原告は,遅くとも平成11年9月15日から平成12年10月31日までの間に本件製品の原反を合計69万9867u販売した。
被告は,一日用箱入りタコグラフ・チャート紙について1u当たり217円,七日用箱入りタコグラフ・チャート紙について1u当たり316.9円,三日用箱入りタコグラフ・チャート紙について1u当たり342.95円の利益を得ているところ,各製品の販売割合は7対2対1であるから,原告製品全体の1u当たりの平均利益は249.575円である。
以上によれば,上記期間における被告の損害額は,1億7466万9306円となる。
よって,被告は,原告に対し,特許法102条1項に基づき,本件特許権の侵害による損害賠償として1億7466万9306円及びこれに対する平成12年4月15日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張) 原告が平成11年9月15日以降に本件製品の販売を開始したことは認めるが,その余は否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点(1) について (1) 本件特許発明構成要件bにいう(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子について 本件製品の製造に際し市販品のローペイクHP-1055が用いられていることは当事者間に争いがないところ,被告は,ローペイクHP-1055の固形分中には中空孔構造を有しないポリマー(以下「未中空ポリマー」という。)が含まれているから,これは構成要件bの「(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」に当たらない旨主張するのに対し,原告は被告の上記解釈を争っている。
そこで,検討するに,本件明細書には「本発明の記録紙は,着色された原紙(例えば黒色塗料を塗布した上質紙や黒色に染色した樹脂フィルム)に隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーとを混合して成る組成物を塗布して隠蔽層を形成したものである。」(本件公報3欄39行ないし43行目)という記載があることからすれば,構成要件bの(A)にいう「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」とは中空孔構造を有するものを指し,中空孔構造を有しない未中空ポリマーは含まれないと解するのが相当である。原告は,本件明細書に未中空ポリマーに関する記載がないことなどを根拠に上記(A)から未中空ポリマーを除くという解釈は成り立たない旨主張するが,本件明細書の「特許請求の範囲」の欄及び上記引用部分において「中空孔ポリマー粒子」と明記されている以上,未中空のものが含まれないのは当然であるから,原告の主張は理由がない。
そうすると,仮にローペイクHP-1055中に未中空ポリマーが存在するならば,構成要件cに記載の(A)と(B)の重量比を計算する際には,これを少なくとも(A)成分から除外する必要がある。
(2) ローペイクHP-1055中における未中空ポリマーの存否 ア 特開平6-25314号の発明について そこで,次に,本件製品の組成に関し,ローペイクHP-1055中に未中空ポリマーが存在するかどうかが問題となるが,被告は,ローペイクHP-1055がローム社の出願に係る特許発明(特開平6-25314号。乙26)の実施品であることを前提とした主張をしているので,まずこの点について検討する。
上記公開特許公報には,次の記載がある。
「本発明は,コアー(core)およびシェル(shell)の重合体粒子に関し,コアー中に微小空所(microvoid)および重合体粒子の外側に微小空所と連結している1つ以上の通路(channels)を有する,コアーおよびシェルの重合体粒子に関する。これらの粒子は,酸または塩基を有する重合体のコアーを生成させ,このコアーを,塩基または酸に透過性のシェル重合体中にすっぽり包み,次いでコアーを中和して,コアーを膨潤させることにより調節させたやり方でシェルを“破裂”されることによって製造する。この調節させた破裂によりシェル中に通路が形成される。」(3欄23行ないし33行目) 「前述で論じた特許の全ては,中心に微小空所を有するコアーおよびシェルの粒子に導いている。しかし,これらの特許のいずれにも,コアーからシェルを通って粒子の外部に通路を有するコアーおよびシェルの粒子は開示されていない。シェルによって完全に囲まれたコアーを有することが,前述の特許に開示された全ての粒子の必須的な特徴である。例えば,米国特許第4,468,498号のコラム9,46-49行に述べられているように,適当にカプセル化された粒子が,アルカリ金属塩基にさらされたときに塩基で滴定されないアルカリで膨潤可能なコアーを有している。これは,完全に囲まれていることを示している。一般的に,シェルを通過するコアーからの通路は,粒子を被覆用組成物に不透明化剤として使用するならば望ましくない。なぜなら,通路は,コアーに浸透する被覆用結合剤が微小空所を満たし,それらの不透明化力を破壊させるからである。」(5欄24行ないし40行目) 「本発明方法においては,コアーおよびシェルの粒子は,前述で論じた方法のいくつかにより製造することができるが,しかし,コアーを,例えば揮発性塩基,不揮発性塩基または酸で膨潤させることにより,コアー内に造られた圧力が“破裂(explosion)”の原因となるような程度に,コアーを膨潤させることも可能にする。この破裂すなわち圧力の解放は,少なくとも1つの通路を,コアーからシェルを通して外部へ形成させる原因となる。」(5欄42行ないし50行目) 「驚異的なことであるが,ラテックスカプセルは,ある種の被覆用組成物において,特に,非常に高レベルの顔料の配合量および低レベルの結合剤を有する被覆剤において,シェルを通しての通路のない同様の粒子よりも秀れた良好な不透明化剤である。」(6欄11行ないし15行目) 「コアー-シェル重合体粒子が生成されると,それらの粒子は,該粒子を,シェルに浸透してコアーを中和する有機または無機の塩基にさらすことによって膨潤する。塩基によるこの中和はコアー-シェル重合体粒子が,囲まれている媒質から水を吸収し,かつコアー-シェル粒子が破裂してLCAPを形成するような程度まで膨潤させるためである。」(9欄22行ないし28行目) 「本発明のLCAP粒子は前述の方法を使用することによって生成されるが,ただし生成条件は,粒子の膨潤によって通路の形成が可能になるのに充分にすることである。」(9欄48行ないし10欄1行目) 「実施例5のコアー-シェル粒子を含有しているフィルムは透明であり,通路を通してコアーを充たしている結合剤のために,微小空所は顕微鏡により見ることはできなかった;S/milは0.00であった。実施例4の比較粒子を含有しているフィルムは,900倍における顕微鏡を用いて容易に見ることができかつ約500nmの直径である微小空所のために,白っぽかった;S/milは0.10であった。それ故,シェルを通して通路をもたない比較粒子(実施例4)は,結合剤の高含量を有するこれらのフィルムにおいて良好な不透明化剤であった。後述の実施例7においては,同じ2つのコアー・シェル粒子を,顔料の高顔料(62.5容量%)を有するフィルムで比較した。そして不透明化の性能が逆転していた:通路(実施例5)を有する粒子が,驚異的に,良好な不透明化剤であった。」(16欄40行ないし17欄4行目) これらの記載によれば,上記公開特許公報に記載された発明の中空粒子は,高レベルの顔料の配合量及び低レベルの結合剤を有する被覆剤において,シェルを通しての通路のない同様の粒子よりも優れた良好な不透明化剤であるが,顔料を含まない場合においては,通路を通してコアーを結合剤によって満たされるために透明なフィルムしか与えず,隠蔽性がないものであることが明らかというべきである。
他方,本件製品においては,少なくとも顔料を有さない塗布液であるので,仮にローペイクHP-1055が上記特許発明実施品であれば,ローペイクHP-1055は不透明化(隠蔽性)には効果がないはずである。しかし,ローペイクHP-1055のパンフレット(甲9)には,「有機白色顔料として使用され」「不透明性(隠蔽性)が向上します」という記載があることから,本件製品においてローペイクHP-1055は白色隠蔽層として使用されていることが明らかである。
しかも,上記パンフレット(甲9)には,ローペイクHP-1055がシェルに通路を有することや高結合剤状態では使用できないことは記載されていない。また,この通路は乾燥粒子の光学顕微鏡検査により観察可能であるのに(上記公報17欄32行ないし41行目参照),ローペイクHP-1055につき,上記のような検査によりシェルを通過する通路があることを確認した旨の証拠は一切提出されていない。
さらに,被告は,未中空ポリマーの定義として「未中空ポリマーとは,中空孔ポリマー粒子の生成過程において,こうした中空構造を形成できず,水中に分散又は溶解するポリマーのことである。」旨主張しているが,上記特許発明では中空ポリマー粒子を破裂させることが必須の構成であるから(上記公報3欄23行ないし33行目参照),中空構造を形成できないのではなく,意図的にほとんどすべての粒子の中空構造を破壊していることになり,そもそも上記の定義とは合致しないことになる。
以上によれば,ローペイクHP-1055が上記特許発明実施品であるという被告の主張は,その前提において疑問があると言わざるを得ない。
イ 「ロ号物件分析報告書」(乙3)について 被告は,ローペイクHP-1055から未中空ポリマーが抽出されたことは「ロ号物件分析報告書」(乙3)により証明されている旨を主張する。
しかし,被告の未中空ポリマーの分析方法は,イソプロピルアルコール/アセトン(=7/3体積比)混合溶媒による加熱下の抽出によっているところ(乙3の8頁参照),被告が未中空ポリマーが存在することの根拠としている前記特開平6-25314号の公開特許公報(乙26)では,コアー-シェル粒子の破裂によって排除されたコアーの酸の量の測定を,アンモニア中和物を水系で抽出し,その上澄み液を滴定することにより行っているから,被告が未中空ポリマーの存在及びその量を主張するのであれば,上記特許公報に記載されているのと同じ方法によらなければ,正確な測定方法とはいえない。
また,「ロ号物件分析報告書」(乙3)に記載されたような加熱下における溶剤抽出では,シェル部分を構成する中空孔ポリマー粒子の一部が溶け出し,これが測定されている可能性を否定できない。
以上によれば,被告により行われた「ロ号物件分析報告書」(乙3)記載の分析は,現実の塗布液における未中空ポリマーを正確に測定したものということができず,他にローペイクHP-1055中に未中空ポリマーが存在することを証明するに足る的確な証拠はない。
(3) まとめ 以上の認定判断によれば,本件製品に配合されたローペイクHP-1055中に未中空ポリマーが存在するという事実は認められないから,未中空ポリマーの存在を前提とする被告組成目録は採用できない(他に本件製品の組成が被告組成目録のとおりであるとの被告の主張を認めるに足りる証拠はない。)。
2 争点(2) について 上記の争点(1)について検討したところによれば,本件製品に未中空ポリマーが含まれる旨の被告の主張を認めるに足りる証拠はなく,本件製品の組成が被告組成目録のとおりであるとの被告の主張は,認められない。
したがって,本件製品の組成が被告組成目録のとおりであることを前提として,本件製品が本件特許発明構成要件b,cを充足することをいう被告の主張は,その前提を欠くことになり,採用できない。
右によれば,その余の点につき判断するまでもなく,被告の反訴請求は理由がなく,したがって,原告の本訴請求は理由がある。
なお,付言するに,上記の争点(1)について検討した結果によれば,スチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸の中に未中空ポリマーが存在するとは認められないのであるから,被告組成目録を前提としても,本件製品中には,スチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸76.9重量%が中空孔ポリマー粒子として存在することとなり,これは原告組成目録の内容と同一である。そこで,原告組成目録を前提に本件製品が本件特許発明技術的範囲に属するか否かを検討するに,仮に被告の主張に従い,スチレン/アクリル酸共重合体及びカゼインを(B)成膜性を有する水性ポリマーに含めて計算しても,(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子(スチレン/アクリル酸/アクリル酸エステル共重合体)と(B)成膜性を有する水性ポリマー(上記2つの成分のほかにスチレン/ブタジエン共重合体を加えたもの)の重量比は約3.50となるから,少なくとも本件特許発明構成要件cを満たさないことが明らかである。
計算式 76.9÷(2.2+16.5+3.3)≒3.50 3 結論 以上によれば,本件製品の製造,販売につき被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める原告の本訴請求は理由があり,本件製品が本件特許権を侵害することを理由として原告に対して本件製品の製造,販売の差止め及び損害賠償等を求める被告の反訴請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 和久田道雄