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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 11年 (ワ) 12736号 特許権侵害差止等請求事件
原告X
訴訟代理人弁護士 山元真士
被告 ナスステンレス株式会社
訴訟代理人弁護士 上原洋允
同 水田利裕
同 小杉茂雄
同 市瀬義文
同 鍋本裕之
同 田中一郎
同 村上博一
同 田村康正
訴訟復代理人弁護士 川西絵理
補佐人弁理士 安田敏雄
同 吉田昌司
同 喜多秀樹
同 坂本寛
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/04/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金3億円及びこれに対する平成12年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,別紙物件目録記載の家具,吊り戸棚(以下「被告物件」という。)を製造販売する被告の行為は原告の有する特許権を侵害しているとして,原告が,被告に対して,補償金及び損害賠償の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠等を示した事実を除き,当事者間に争いはない。) (1) 原告の有する特許権 原告は,次のアないしウの各特許権(以下順に「本件特許権A」「本件特許権B」「本件特許権C」と,これらをあわせて「本件各特許権」といい,本件特許権Aの請求項3,6及び7の発明を「本件発明A」と,本件特許権Bの請求項1ないし7の発明を「本件発明B」と,本件特許権Cの請求項2,4ないし6,8及び9の発明を「本件発明C」と,これらをあわせて「本件各発明」という。)を有している。
〔 本件は,本件発明A(請求項6及び7),本件発明B(請求項3,4,6及び7)並びに本件発明C(請求項4,5,8及び9)の直接侵害,及び,本件発明A(請求項3),本件発明B(請求項1,2及び5)並びに本件発明C(請求項2及び6)の間接侵害が問題となる。〕 ア 本件特許権A (ア) 発明の名称 地震時ロック方法,装置及びその解除方法 (イ) 出願日 平成7年10月13日 (ウ) 登録日 平成11年1月14日 (エ) 登録番号 第2873441号 (オ) 平成6年12月15日特願平6-339418号,同7年7月4日特願平7-201255号,同年7月22日特願平7-216474号及び同年10月7日特願平7-296344号に基づく優先権を主張 (カ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」A写しの該当欄記載のとおり(以下,その公報掲載の明細書を「本件明細書A」という。) イ 本件特許権B (ア) 発明の名称 開き戸のロック方法 (イ) 出願日 平成7年7月30日 (ウ) 登録日 平成11年3月12日 (エ) 登録番号 第2896568号 (オ) 平成6年9月12日特願平6-255990号に基づく優先権を主張 (カ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」B写しの該当欄記載のとおり(以下,その公報掲載の明細書を「本件明細書B」という。) ウ 本件特許権C (ア) 発明の名称 地震時ロック装置及びその解除方法 (イ) 出願日 平成7年7月16日 (ウ) 登録日 平成11年5月14日 (エ) 登録番号 第2926114号 (オ) 平成6年10月1日特願平6-274214号に基づく優先権を主張 (カ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」C写しの該当欄記載のとおり(以下,その公報掲載の明細書を「本件明細書C」という。) (2) 本件各発明の構成要件 本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
ア 本件発明A (ア) 請求項3 a 家具,吊り戸棚等の本体内に固定された装置本体の係止手段が開き戸の係止具に地震時に係止するロック方法であること b 開き戸が閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させるロック方法であること c 開き停止した前記開き戸が閉止位置に戻る際にその動きで前記係止手段が係止解除される解除方法を用いていること d 装置本体に収納された係止手段が地震時に装置本体外に突出して開き戸の係止具に係止すること e 地震時ロック及び解除方法であること (イ) 請求項6 a 請求項3の地震時ロック及び解除方法を用いた b 吊り戸棚 (ウ) 請求項7 a 請求項3の地震時ロック及び解除方法を用いた b 家具 イ 本件発明B (ア) 請求項1 a 家具,棚等の本体内に装置本体を固定し,開き戸側に係止具を設け,前記装置本体内に軸支されず突出可能に収納された係止手段が地震時に突出して前記係止具に係止するロック方法において, b 該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である開き戸のロック方法 (イ) 請求項2 a 家具,棚等の本体内に装置本体を固定し,開き戸側に係止具を設け,前記装置本体内に軸支されず突出可能に収納された係止手段が地震の前後方向ゆれに起因して上下方向に突出し前記係止具に係止するロック方法において, b 該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である開き戸のロック方法 (ウ) 請求項3 a 収納されている係止手段が地震時に突出する b 請求項1又は2のロック方法を用いた c 家具 (エ) 請求項4 a 収納されている係止手段が地震時に突出する b 請求項1又は2のロック方法を用いた c 棚 (オ) 請求項5 a 家具,棚等の本体内に固定された装置本体内に軸支されず収納された係止手段が突出することにより b わずかに開かれて開き停止した開き戸が閉止位置に戻る際にその開き戸の動きで前記係止手段の突出が戻される開き戸の解除方法 (カ) 請求項6 a 請求項1又は2のロック方法と請求項5の解除方法を用いた b 家具 (キ) 請求項7 a 請求項1又は2のロック方法と請求項5の解除方法を用いた b 棚 ウ 本件特許権C (ア) 請求項2 a 家具,吊り戸棚等の本体内に固定された装置本体に動き可能に係止手段を設け該係止手段が開き戸の係止具に地震時のゆれが原因で振動を伴わず係止するロック方法において, b 開き戸を閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ開き戸の解除を伴って戻る際に弾性手段の抵抗が作用する開き戸の地震時ロック方法 (イ) 請求項4 a 請求項2を用いた b 吊り戸棚 (ウ) 請求項5 a 請求項2を用いた b 家具 (エ) 請求項6 a 閉じる方向の動きで係止解除される際に弾性手段の抵抗が存在する解除方法を用いた b 地震時に開き停止される開き戸 (オ) 請求項8 a 請求項6を用いた b 吊り戸棚 (カ) 請求項9 a 請求項6を用いた b 家具 (弁論の全趣旨) (3) 被告の行為 被告は,平成9年4月以降,訴外株式会社奥田製作所の製造に係るロック装置を訴外株式会社カワノを経由して購入し,これを装備して被告物件を製造し,販売している(弁論の全趣旨)。
(4) 被告物件の構成 被告物件の構成は,別紙被告物件目録の「第3 被告物件の構造」欄記載のとおりである(検乙1,2,弁論の全趣旨)。
2 争点 (1) 構成要件の充足性 ア 各構成要件中の「開き停止」に係る要件充足性 本要件は,本件各発明に共通する。
すなわち,本件発明Aの「特許請求の範囲」の請求項3には,「開き戸が閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ」と(同請求項6及び7は,これを引用する),本件発明Bの「特許請求の範囲」の請求項1には,「該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である」と,同請求項2には,「該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である」と,同請求項5には,「係止手段が突出することによりわずかに開かれて開き停止した開き戸」と(同請求項3及び4は同請求項1及び2を,同請求項6及び7は同請求項1,2及び5をそれぞれ引用する。),本件発明Cの「特許請求の範囲」の請求項2には,「開き戸を閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ」と,同請求項6には,「閉じる方向の動きで係止解除される際に弾性手段の抵抗が存在する解除方法を用いた地震時に開き停止される開き戸」と,それぞれ記載されている(同請求項4及び5は同請求項2を,同請求項8及び9は同請求項6を引用する。)。
(原告の主張) (ア) 「開き停止」の意義 「開き停止」の意義は,本件各明細書の「特許請求の範囲」の記載自体から明確である。
まず,本件明細書Aの請求項3の「開き停止」の記載を,本件訴訟で保護を求めていない本件明細書Aの請求項1の「開き保持して開き停止」の記載と比較すれば,「開き停止」は,開き状態が保持されているという狭義に用いられているのではなく,戻る(閉じる)ことを許容することを含む広義に用いられていることは明らかである。本件明細書B及びCの各請求項も,同様に解すべきである。
また,本件各明細書において,係止手段での係止による開き戸の開き停止に関しては,「係止手段が係止する」及び「開き戸が開き停止する」との記載しかなく,開き戸がばたつくことを禁ずるとの限定はない。かえって, 本件明細書A及びCには,開き戸がばたつく実施例も示されている(本件明細書Aの図26及び本件明細書Cの図14,15)。
さらに,本件訴訟で保護を求めていない本件明細書Cの請求項3においては,「わずかな開きを保持可能に弾性手段の強さを設定した請求項2の」と記載され,「わずかな開きを保持可能」とするための特別の限定が加えられているのに対して,本件明細書Cの請求項2においては,弾性手段が強い場合(開き保持して,ばたつきを阻止する場合)と弱い場合(開き保持せず,ばたつきを許容する場合)の両者を含むものを想定していることは明らかである。
以上のとおり,「開き停止」は,開き状態が保持されているという狭義に用いられているのではなく,戻る(閉じる)ことを許容することを含む広義に用いられていることは明らかである。
(イ) 「開き停止」に係る要件の充足性 被告物件は,開き戸がばたつき,瞬間開き状態と瞬間閉じ状態を繰り返すものである。右構成は,本件各発明の「開き停止」に係る構成要件を充足する。
被告物件は,「開き戸がわずかに開いた位置でロックして止まる」という基本的な構成に,係止手段の弾性手段(ばね)の強度を調整して,設計変更したにすぎない。訴外株式会社奥田製作所が有する特許に係る明細書には,本件各発明の実施例と同様のもので,ばねを弱くしただけのものが実施例の1つとして記載され,ロック部材の付勢力が弱いため,地震が収まるとアンロック位置に自動的に戻されると説明されている。本件各発明と被告物件とはロック原理及び解除原理が同一であり,単に弾性手段の強さを設計変更したにすぎない。
(被告の反論) (ア) 「開き停止」の意義 「開き停止」の意義は,本件各明細書の「特許請求の範囲」の記載からは一義的に確定できないため,その他の記載を参酌すべきである。
a 本件発明A,Bについて 本件明細書A及びBの「発明の詳細な説明」欄の「従来の技術」「発明が解決しようとする課題」「課題を解決するための手段」及び「発明の効果」の各欄の記載は不十分であり,「開き停止」の技術的意義を明らかにすることはできない。そこで実施例から技術的意義を把握すべきである。
本件明細書Aの「発明の詳細な説明」の「実施例」の3欄50行ないし4欄2行には,「係止手段(4)の係止部(4a)は装置本体(3)の停止部(3a)で停止され開き戸(2)はその位置でロックされる。」と記載され,また,係止手段は弾性手段又は磁石の力で押さえられ,吸着されているので,開き戸はその位置でわずかに開いたままの状態でロックされる旨の記載があり(4欄2ないし7行,15ないし19行,28ないし39行,5欄20ないし24行,31ないし36行,6欄11ないし21行,27ないし33行,36ないし39行),これに対応する図面も記載されている(図1ないし19)。
本件明細書Bの「発明の詳細な説明」の「実施例」の6欄25ないし30行には,「係止具(16)の凹所(17)には磁石(17a)が設けられ係止体(14)の先下端が吸着してロック状態が保持される。すなわち開き戸(61)の開放を阻止するロック位置において障害物としての係止体(14)を磁力により吸着保持し開き戸(61)のロック状態を保持するのである。」と記載され,これに対応する図面も記載されている(図5ないし8)。
このように,本件発明A及びBの各実施例では,地震の継続中においては,係止手段(係止体)がばね力又は磁力で元の状態に戻ることが阻止されているため,開き戸はわずかに開いたままの状態でロックされる。
しかも,本件発明A及びBは,係止解除に際しても,弾性手段のばね力又は磁石の力が係止手段の戻り抵抗となっているから,解除するには弾性手段又は磁石の力に抗するように開き戸を強く押さなければならず,係止解除を実行するために,わずかに開いた状態を維持することが必須の構成となる。
したがって,本件発明A及びBの「開き停止」は,係止手段が係止具に引っかかった状態(ロック状態)で,開き戸が閉止位置に戻らないように開いたまま停止することであると解すべきである。
原告は,本件明細書Aの請求項3の「開き停止」を解釈するに当たり,請求項1の文言を根拠にしているが,各請求項は独立であるから,文言は,請求項ごとに解釈されるべきである。さらに,原告は,本件明細書Aの図26に,開き戸がばたつくものが実施例として記載されていると主張するが,上記図26は,本件の対象である請求項3の実施例ではない。原告の上記主張は失当である。
b 本件発明Cについて 本件明細書Cの「発明の詳細な説明」の「従来の技術」欄に,「従来において解除が容易な開き戸の地震時ロック装置は未だ開発されていない。」と,「発明が解決しようとする課題」欄に,「解除が容易な開き戸の地震時ロック装置の提供を目的とする。」と,「発明の効果」欄(1)に,「開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止するため開き戸を押したり手で解除するだけで容易にロックが解除される。」と,それぞれ記載されている。これらの記載によれば,ロック状態にある開き戸を手で解除する作業を行うためには,開き戸が開いたまま保持されていることが必須である。
また,すべての実施例において,地震が起きたとき,係止手段が地震のゆれで作動して,地震が継続する間は,係止手段が弾性手段(ばね)の抵抗によって元の状態に戻ることが阻止されているため,開き戸はわずかに開いたままの状態でロックされる技術が示されている(「発明の詳細な説明」の「実施例」3欄28行ないし39行,4欄9行ないし20行,図1ないし9)。
したがって,本件発明Cの「開き停止」は,開き戸が閉止位置に戻らないように開いたままの状態で停止することであると解すべきである。
原告は,本件明細書Cの図14及び15に,開き戸がばたつくものが実施例として記載されていると主張するが,上記図14及び15は,本件発明C(請求項2及び6)の実施例ではない。原告の上記主張は失当である。
(イ) 「開き停止」に係る要件の充足性 被告物件は,開き戸がばたつき,瞬間開き状態と瞬間閉じ状態を繰り返すものであり,本件各発明の「開き停止」に係る構成要件を充足しない。
イ 各構成要件中の「係止手段が係止具に係止するロック方法であること」に係る要件充足性 本要件は,本件発明A(請求項3,6及び7),本件発明B(請求項1ないし4,6及び7),本件発明C(請求項2,4及び5)に関するものである。
本件明細書Aの「特許請求の範囲」の請求項3には,「係止手段が地震時に装置本体外に突出して開き戸の係止具に係止する」(同請求項6及び7はこの記載を引用)と,本件明細書Bの「特許請求の範囲」の請求項1には,「係止手段が地震時に突出して前記係止具に係止するロック方法」(同請求項3,4,6及び7はこの記載を引用)と,同請求項2には,「係止手段が地震の前後方向ゆれに起因して上下方向に突出し前記係止具に係止するロック方法」(同請求項3,4,6及び7はこの記載を引用)と,本件明細書Cの「特許請求の範囲」の請求項2には,「係止手段が開き戸の係止具に地震時のゆれが原因で振動を伴わず係止するロック方法」(同請求項4及び5はこの記載を引用)と,各記載されている。
(原告の主張) (ア) 「係止手段が係止具に係止する」の意義 本件各明細書の「特許請求の範囲」の記載によれば,「係止手段」は,それ自体が地震のゆれで動くものであると限定して解釈すべきでない。
本件各明細書の各実施例は,地震のゆれで直接係止手段が動くものではあるが,各実施例で開示された技術的構成に,ゆれに関する力の伝達手段を新たに付加したとしても,ロック作動の原理は変わらないし,著しい効果が加わるものでもない。
被告は,原告が出願過程で提出した甲4の1(本件特許権Aに関する)及び甲18の1(本件特許権Cに関する)の刊行物等提出書の記載を根拠として,原告が本訴において「係止手段の意義について,それ自体が地震のゆれで動かないものも含まれる」と主張することは禁反言により許されないと反論するが,被告の反論は失当である。原告は,同書中で,本件発明A及びCの特徴として,@係止手段で地震を検出すること,A開き戸が閉じられた状態でも,係止手段が地震のゆれに反応して往復し得ることなどを記載したが,@については,係止手段自体が地震のゆれで動かされる趣旨ではなく,係止手段の往復する動き自体を地震を検出する動きと表現したにすぎず,Aについては,係止手段が開き戸の開閉の衝撃で作動するものでなく,地震のゆれに反応している趣旨を指摘したものにすぎない。したがって,上記刊行物等提出書の記載から,本件発明A及びCが「係止手段について,それ自体が地震のゆれで動かない」構成を排除しているとの結論を導くことはできない。
のみならず,原告は,上記刊行物等提出書の提出後に補正し,この補正に基づき特許査定されているので,この補正前の刊行物等提出書により禁反言が適用されることはない。また,被告が出願経過禁反言の根拠とする乙13号証の刊行物等提出書は,その後に提出した刊行物等提出書で撤回しているので,参酌されるべきではない。
(イ) 「係止手段が係止具に係止する」に係る要件の充足性 被告物件においては,地震のゆれで「球」が動き,「保持部材」,「ばね」,「係止手段」と順次力が伝わり,係止手段が動いて係止するものであるが,ゆれの伝達経路が新たに付加されても,ロック作動の原理に変わりはなく,著しい効果もないから,本件発明A(請求項3,6及び7),本件発明B(請求項1ないし4,6及び7),本件発明C(請求項2,4及び5)の「係止手段が係止具に係止する」との要件を充足する。
(被告の反論) (ア) 「係止手段が係止具に係止する」の意義 「係止手段が係止具に係止する」の意義は,「特許請求の範囲」の記載からだけでは一義的に確定できないため,その他の記載を参酌すべきである。
本件明細書Aの「発明の詳細な説明」の「実施例」の欄には,「係止手段が地震のゆれの力で動く」趣旨が(3欄33行ないし35行,同欄38行,4欄17行ないし19行,同欄28行ないし30行,5欄20行ないし24行,6欄1行ないし2行,6欄28行ないし30行),同5欄47ないし48行には「該係止手段(4)は地震のゆれの力を検出するゆれ検出手段として機能する。」と,それぞれ記載され,これに対応する図面が示されている(図1ないし19)。
本件明細書Bの「発明の詳細な説明」の「実施例」6欄22ないし25行に「地震の際には図5(初期状態)から本体(13)内の係止体(14)が前方に移動し図6に示されている様に開き戸(61)の係止具(16)の凹所(17)に係止される。」と,同6欄48行ないし49行には「係止体(14)が地震等の際にロック位置に移動する」と,それぞれ記載され,これに対応する図面が示されている(図5ないし8)。
本件明細書Cの「発明の詳細な説明」の「実施例」の欄には,「係止手段が地震のゆれの力で動く」趣旨が記載され(3欄16行ないし17行,同欄28ないし29行,同欄47行ないし49行,4欄9行ないし12行),これに対応する図面が示されている(図1ないし9)。
このように,本件各明細書の各実施例では,地震が起きたとき,係止手段が,地震のゆれで前方に移動するなどとされているから(本件発明Aについては,係止手段は地震のゆれの力を検出するゆれ検出手段として機能するともされている。),本件発明AないしCの「係止手段が係止具に係止する」とは,係止手段が地震のゆれに伴う自らの慣性力で地震の震動を検出して突出すること(セルフ検出方式,一体方式)を指すものと解される。
また,本件特許権A及びCに関して,原告が提出した刊行物等提出書(甲4の1及び18の1)において,本件発明A及びCは通常位置とロックに至る位置の間を往復する係止手段で地震を検出すること,開き戸が閉じられた状態でも係止手段は地震のゆれで往復できると述べており,さらに本件特許権Cに関しては,原告が提出した別の刊行物等提出書(乙13号証)の4頁において,本件発明Cは,係止手段が「振動するタイプA」か「ゆれで動くタイプB」のいずれかであると述べており,被告物件のような「トリガー方式のタイプC」を排除している。
しかるに,原告が,本件訴訟において,これと異なる主張をすることは,禁反言により許されない。なお,原告は,乙13号証の刊行物等提出書は撤回したと述べているが,撤回したとしても,禁反言の主張を回避することはできない。
(イ) 「係止手段が係止具に係止する」に係る要件の充足性 被告物件においては,保持部材12や鋼球14を備えた「地震検出手段」と第1コイルばね11や係止手段10を備えた「ロック部材」を別体として構成し(別体方式),前者により地震を検知し,鋼球14の保持部材12への衝突により保持部材12と係止手段10の係合が解除され,コイルばねの付勢力で係止手段10が上方に突出して係止具と係止するもの(トリガー方式)であるから,係止手段が地震のゆれに伴う自らの慣性力で地震の震動を検出して突出している(セルフ検出方式,一体方式)とはいえず,本件発明A(請求項3,6及び7),本件発明B(請求項1ないし4,6及び7)並びに本件発明C(請求項2,4及び5)の「係止手段が係止具に係止するロック方法であること」との構成要件を充足しない。
構成要件中の「開き戸が閉止位置に戻る際にその動きで前記係止手段が係止解除される」に係る要件充足性 本要件は,本件発明A(請求項3,6及び7),本件発明B(請求項5ないし7)に関するものである。
本件明細書Aの「特許請求の範囲」の請求項3には,「開き戸が閉止位置に戻る際にその動きで前記係止手段が係止解除される解除方法を用いたロック及び解除方法」(同請求項6及び7はこの記載を引用)と,本件明細書Bの「特許請求の範囲」の請求項5には,「開き戸が閉止位置に戻る際にその開き戸の動きで前記係止手段の突出が戻される開き戸の解除方法」(同請求項6及び7はこの記載を引用)と,それぞれ記載されている。
(原告の主張) 本件明細書A及びBの各請求項では,「開き戸が閉止位置に戻る際にその動きで前記係止手段が係止解除される解除方法を用いたロック及び解除方法」及び「開き戸が閉止位置に戻る際にその開き戸の動きで前記係止手段の突出が戻される開き戸の解除方法」と記載され,何ら限定が加えられていない以上,文言どおり解釈すべきである。他方,被告物件がこのとおりの動きをすることは明らかである。よって,被告物件は,本件発明A(請求項3,6及び7)及びB(請求項5ないし7)の係止手段の係止解除の方法に係る構成要件を充足する。
被告は,被告物件においては,係止解除に際しては押動操作は必須でなく,自動解除されると主張するが,被告物件においても弱いながらもばねの力が作用しており,係止手段解除の際,開き戸を押す解除動作が必要な場合はあり得るので,被告の主張は失当である。被告物件のパンフレットにも,「開ける時は扉を押します」と記載されている。
(被告の反論) 本件明細書Aの「発明の詳細な説明」の「実施例」の4欄8ないし10行,本件明細書Bの「発明の詳細な説明」の「実施例」の6欄30ないし35行,図5及び6に,本件発明は係止手段を係止具で押動することで解除する趣旨が記載されていることに照らすならば,解除のための特別な押動操作を不要とする構成は排除されていると解すべきである。
被告物件において,係止手段を突出させるためのコイルばねは,開き停止状態を維持させず,かつ戻り抵抗となるものでもないので,開き戸は開閉動作を繰り返し,係止解除に際しては押動操作は必須でなく,自動解除される。被告物件は,本体内の収納物が扉の内側にもたれかからない限り,扉は自然に閉鎖位置に戻り,自然にロック状態が解除され,収納物が扉の内側にもたれかかった場合にのみ,扉を押して,ロックを解除することを要する(被告物件のカタログはこのことが記載されたにすぎない。)。
よって,被告物件は,本件発明A(請求項3,6及び7)及びB(請求項5ないし7)の係止手段の係止解除の方法に係る構成要件を充足しない。
構成要件中の「弾性手段の抵抗」に係る要件充足性 本要件は,本件発明C(請求項2,4ないし6,8及び9)に関するものである。
本件明細書Cの「特許請求の範囲」の請求項2には,「開き戸の解除を伴って戻る際に弾性手段の抵抗が作用する開き戸の地震時ロック方法」(同請求項4及び5はこの記載を引用)と,同請求項6には,「閉じる方向の動きで係止解除される際に弾性手段の抵抗が存在する解除方法を用いた地震時に開き停止される開き戸」(同請求項8及び9はこの記載を引用)と,それぞれ記載されている。
(原告の主張) 本件明細書Cの「特許請求の範囲」の請求項3には,「弾性手段の抵抗」につき,「わずかな開きを保持可能に弾性手段の強さを設定した請求項2の」と記載があり,わずかな開きを保持できる程度に強い弾性手段の抵抗が必要である旨限定しているのに対し,同請求項2ではそのような限定がされていない。したがって,同請求項2の「弾性手段の抵抗」については,抵抗が強い場合と弱い場合の両者を含むことは明らかである。そして,請求項6においても,請求項2とほぼ同様の文言が用いられている以上,同様に解釈すべきである。
したがって,第1コイルばね11の抵抗が弱いため,開き戸がばたつくことになる被告物件も,本件発明C(請求項2,4ないし6,8及び9)の係止解除における「弾性手段の抵抗」に係る構成要件を充足する。 (被告の反論) 「弾性手段の抵抗」の意義は,本件明細書Cの「特許請求の範囲」の記載からだけでは一義的に確定できないため,その他の記載を参酌すべきである。
本件明細書Cの「発明の詳細な説明」の「実施例」の欄には,「地震の継続中は,弾性手段が地震のゆれの力よりも大きい力で係止手段の後端を押さえるので,開き戸はわずかに開いたままの状態でロックされる」趣旨が記載され(3欄34行ないし39行,4欄17行ないし20行),これに対応する図面も示されている(図1ないし9)。
このように,本件明細書Cの各実施例では,地震の継続中,係止手段が弾性手段(ばね)の抵抗によって元の状態に戻ることが阻止されているため,開き戸はわずかに開いたままの状態でロックされている。したがって,本件発明Cにいう「弾性手段の抵抗」とは,開き戸が閉止位置に戻らないように開いたままの状態に停止させるために地震による慣性力よりも強い力で係止手段をロック位置に保持するばね抵抗を指すものと解される。
これに対して,被告物件は,第1コイルばね11はロック部材10をロック位置に保持するための抵抗としては機能していないため,本件発明C(請求項2,4ないし6,8及び9)の弾性手段の抵抗を備えていないので,「弾性手段の抵抗」に係る構成要件を充足しない。
(2) 明らかな無効理由の存否 (被告の主張) 本件各特許は,以下のとおり,無効理由(特許法29条1項柱書,同項3号,同条2項,29条の2,36条6項,39条1項,17条の2第3項)を有する。構成要件の充足性の判断に当たり,この点を参酌して検討すべきである。
また、本件各発明には,明らかな無効理由が存在し,また,訂正審判の請求がされているなどの特段の事情も認められないので,本件各特許権に基づく原告の本件請求は権利の濫用に当たり許されない。
新規事項追加の補正による無効 本件各発明の出願当初明細書には,地震時において開き戸を開いたままの状態でロックする方法と,係止手段そのものが自らの慣性力で地震を検出するロック方式しか記載されていなかった。ところが,その後の補正により,以下に述べるような新規事項が追加された。これらの補正により,出願当初明細書には含まれていなかった手段が補正後の発明に含まれたことにより,新規事項が追加されたことになる(原告は,本件の補正において,不必要な構成要件を省略したこと,それによって発明が広くなることを自認している。)。本件各発明は,新規事項の追加による,法17条の2第3項の無効事由を有する。 (ア) 本件発明Aについて a 出願当初明細書によると,請求項2で「開き戸がわずかに開かれた位置で戻りを停止した状態でロック」と,請求項3で「開き戸を押しーー解除する」と,発明の効果の欄で,「わずかに開かれた位置でロック状態となるため開き戸を押すだけで容易にロックが解除される」と,それぞれ記載されている。出願当初明細書の発明は,係止手段を戻りを停止した状態でロックすることによって,開き戸をわずかに開かれた状態に停止させ,その状態にある開き戸を押すことによりロック解除することを技術内容とするものであった。出願当初明細書の各実施例に,開き戸が戻ることを許容する状態のロック機構に関する記載はなかった。したがって,本件明細書Aの「地震時に係止する」「開き停止」の記載について,開き戸がばたつくものを含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
b 出願当初明細書において,振動の検出に関して,請求項1では,「地震のゆれの力で係止手段が前進し」と,請求項2では,「地震のゆれの力で係止手段を開き戸の係止具に係止させ」と,発明の効果の欄に,「係止手段が地震のゆれの力で前進しーー確実なロックが可能になる」と,それぞれ記載されていることに照らすと,出願当初明細書に記載の振動検出方式は,係止手段が地震のゆれの力で前方に移動してロックするセルフ検出方式であった。出願当初明細書の各実施例に,係止手段と別体の部材が振動を検出することの記載はなかった。したがって,本件明細書Aの「係止手段が地震時に装置本体外に突出」の記載について,トリガー方式,別体方式を含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
(イ) 本件発明Bについて a 出願当初明細書によると,請求項1には,「障害物が地震のゆれにより移動しーー該障害物を磁力によりロック位置に保持する」と,「産業上の利用分野」の欄には,「ーーロックを保持するロック保持方法に関する」と,「従来の技術」の欄には「ロックを確実に保持するロック保持方法の開発が求められていた」と,その課題として,「ロックを確実に保持するロック保持方法の提供」と,それぞれ記載されている。出願当初明細書の発明は,係止手段を磁力でロック位置に保持することによりロックを確実にするものであった。出願当初明細書の各実施例に,係止手段を保持しなくてよいロック方法の記載はなかった。したがって,本件明細書Bの「地震時に係止する」「開き停止」の記載について,ばたつくものを含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
b 出願当初明細書の請求項1には,「障害物が地震等のゆれにより移動し」と記載され,係止手段が地震のゆれに伴うそれ自体の慣性力で移動することが規定されていた。出願当初明細書の各実施例に,係止手段と別体の部材が振動を検出することの記載はなかった。したがって,本件明細書Bの「装置本体内に収納された係止手段が突出」の記載について,トリガー方式,別体方式のようなものを含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
(ウ) 本件発明Cについて a 出願当初明細書の請求項には,「開き停止」及び「弾性手段の抵抗」の記載はなく,「産業上の利用分野」,「従来の技術」,課題,発明の効果の各欄にも,「開き停止」及び「弾性手段の抵抗」に関する記載はなかった。出願当初明細書の実施例には,「弾性手段の抵抗」に関して,開き戸が閉止位置に戻らないように開いたままの状態に停止させるために地震による慣性力よりも強い力で係止手段をロック位置に保持するばね抵抗を用いたもの以外に記載はなかった。したがって,本件明細書Cの「開き停止」及び「弾性手段の抵抗」の記載について,「開き戸」につき、戻りを許容するものを含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
b 出願当初明細書において,振動検出に関して,請求項1,2は,係止手段は「地震のゆれで動き可能」と記載されている。実施例は,係止手段とは別体の部材が振動を検出するとの記載はなかった。したがって,本件明細書Cの「装置本体に動き可能に設けた係止手段がーー地震時のゆれが原因でーー係止する」の記載について,トリガー方式,別体方式のようなものを含む趣旨に理解するのであれば,新規事項の追加になる。
新規性ないし進歩性欠如による無効 (ア) ロバート特許明細書(米国特許第5035451号明細書) a 本件発明Aについて 本件発明Aは,ロバート特許明細書(甲4の9,14の3)に記載された発明と同一である。
すなわち,ロバート特許明細書の第4コラム13ないし39行には,「機能状態及び使用時において,ベースプレート16は,キャビネットドア或いは他のヒンジされた部材に取り付けられている。キャビネットを揺動させるような地震やそれに類することが生じると,ばね脚14は強勢された振動として上下に動く。即ち,図4が最も良く示すように,地震や他の外乱による微動が,ラッチ12のばね脚14により強勢されるのである。第2取り付け面22上の対応保持体26はキャビネットに固定されており,ラッチアーム12が強勢微動で上下に移動すると,磁石24がそれを引き付け,係合準備位置に保持する。ドアが更に外方に移動すると,ラッチアーム12は保持体26と係合しドアを所定位置に保持する。これによりキャビネットの内容物がこぼれ出るのを防止できる。磁石24は又,ラッチアーム12が保持体26と係合する以前のラッチアームの移動を許しつつラッチアームを保持体26との係合のための位置に保持する。それにより,ドアやキャビネットが振動してラッチアーム12を保持体26との係合準備位置から離隔する方向へ移動させるのを防止している。ラッチを解除するには,ドアを全閉位置まで閉めるだけでよい。そうすることにより,ラッチアーム12が磁石の磁力域から出て,保持体26と磁石24から外れ,通常位置つまり閉じ位置に戻る。」と記載されている。そして,図2には,前記ラッチアーム12が保持体26と係合して,ドア18を所定位置に保持している状態が示されており,この保持状態において,ドア18はその閉鎖位置からわずかに開いている。また,第4コラム59ないし63行には,「ベースプレート12(16の誤記)」と「ベースプレート22」の置換(permutation)が可能なこと,すなわち,ベースプレート16(本件発明の「装置本体」に相当)を,キャビネット19に取り付けることが開示されている。また,第4コラム1ないし13行にベースプレート22をドア18に取付可能なことが示唆されていること,クレーム1では各ベースプレート16,22をドアとキャビネットのどちらに取り付けるかを限定していないことから,ラッチアームのベースプレート16をキャビネット側に,保持体26のベースプレート22をドアに取り付ける場合も包含しているといえる。したがって,ロバート特許明細書には,ロック装置本体をキャビネット側に取付可能なことが開示されている。また,ラッチアーム12は,ベースプレート16の左右に突設された支持ショルダー32間に収納されているので,「地震時にベースプレート16外に突出」するものである。よって,ロバート特許明細書には,本件発明の構成のすべてが開示されている。
原告は,@ロバート特許発明は,振動感知機構が開き戸の閉じる衝撃を感知しており,地震のゆれを感知しているものでない,Aロバート特許発明は係止手段が露出しているのに対して,本件発明Aは係止手段が装置本体内に収納されている点が異なる旨主張する。しかし,@の相違点については,ロバート特許明細書にはそのような記載はなく,また,本件発明Aの構成要件でもない,Aの相違点については,本件明細書Aにおいて完全に収納されると記載されていないので,原告の前記主張は理由がない。
以上のとおり,本件発明Aは,ロバート特許発明と同一であり,新規性がなく,法29条1項3号所定の無効事由を有する。
なお,仮に,係止手段を本体に取り付ける点で,本件発明が,ロバート特許のものと相違するとしても,地震のときに作動する係止手段をキャビネット側に設けることは出願前公知の技術であり(乙30,31,甲4の10),このような構成を採用したことによる顕著な作用効果も認められないから,本件発明は,進歩性がなく,法29条2項所定の無効事由を有する。
b 本件発明Bについて 本件発明B(請求項1及び2)は,ロバート特許発明又は乙30の発明と実質同一であり新規性がなく、又は進歩性がない。本件発明B(請求項5)は,ロバート特許発明と実質同一で新規性がなく,さらに,ロバート特許発明と乙30,乙31,甲4の10に記載の発明から容易に想到できるので進歩性がない。
いずれも法29条1項3号及び2項所定の無効事由を有する。
(イ) アーサー特許及び乙32の発明 本件発明B(請求項4,実質的には請求項1ないし4)は,アーサー特許の国際公開Wo96/1935号公報(乙15)に記載の発明と同一である。
アーサー特許の優先日は本件発明Bの優先日より先であり,出願人及び発明者も同一ではないから,本件発明B(請求項4)は,法29条の2の無効事由を有する。
すなわち,アーサー特許公報には,実施例として,フック状部材26(係止具)が扉27に取り付けられ,ハウジング10(装置本体)がキャビネット(本体)に取り付けられ,地震が起きると,垂直方向の加速により,釣り合い錘17が前方に移動してラッチ(係止手段)が作動位置に変位し,扉が僅かに開くとフック26がラッチ突起20と係合して,扉がさらに開くことが防止されると記載されている。第7図には,摺動形が示されており,地震時にラッチはハウジングのトラック/スロット内で下方に摺動すると記載されている。アーサー特許における係止手段は,装置本体内に収納されている。
また,乙32に記載の発明,特に図15〜17の発明は,本件発明B(請求項1及び2)と実質同一である。
本件発明B(請求項1ないし4)は,法29条の2の無効事由を有する。
(ウ) 甲4の12の発明 本件発明C(請求項6)は,その先願である特願平6-293587号(特開平7-305551号)の当初明細書,図面(甲4の12)に記載の発明と実質的に同一であり,法29条の2の無効事由を有する。すなわち,上記先願発明では,ロックの解除が,扉2を閉じる方向に押すことにより行われ,その際に,棒状部材14の薄肉部17の弾性変形による抵抗が存在しており,本件発明Cの請求項6に係る発明と実質同一である。
ウ 発明未完成又は記載不備による無効 本件各特許は,具体的手段が「特許請求の範囲」に記載されていないし,発明思想の開示が不十分であるから,発明未完成又は記載不備であり、法29条1項柱書又は36条6項所定の無効事由を有する。
エ 法39条1項違反による無効 本件発明Bは,本件発明Aと実質的に同一であり,いわゆるダブルパテントを禁止する法39条1項に違反する。すなわち,本件発明Bは,「軸支されず」という技術的に意味がないか,又は設計的事項にすぎないものを加えているほかは,本件発明Aと同一である。
本件発明Cは,本件発明Aと実質的に同一であり,いわゆるダブルパテントを禁止する法39条1項に違反する。すなわち,本件発明C(請求項2)は,「動き可能」「ゆれが原因で振動を伴わず」等の技術的に意味のない限定を付加している以外は,本件発明A(請求項1)と実質的に同一である。
(原告の反論) ア 新規事項追加の補正による無効 本件各明細書の「特許請求の範囲」は,補正により上位概念化したものではなく,出願当初明細書に開示されていた範囲内において,不必要な構成要件を省略したにすぎず,新規事項の追加には該当しない。
本件各発明の各記載について個別に反論する。
(ア) 「開き停止」について 出願当初明細書において,「開き保持して開き停止」をする実施例が開示され,補正において,「開き停止」との文言が用いられた。しかし,収納物が倒れかかることにより,地震時に開き戸は「開き保持して開き停止」状態になるのであるから,両者は,概念的に差異がなく,地震を体験した者を基準にすれば,一方から他方は「直接的かつ一義的」に導くことができるため,新規事項追加に違反しない。
(イ) 「係止手段」について 出願当初明細書の実施例では,「ゆれの力で動く係止手段」と記載されていたが,発明の課題,効果の欄を参照すれば,この構成が重要だとは主張していないため,ゆれの力で動くか否かを省略しても発明の課題,効果に影響が無く,省略可能なことは直接的かつ一義的に理解できる。
(ウ) 「係止手段が突出」について 出願当初明細書に,図面が記載され,作用も説明されているので,これらの記載から,直接的かつ一義的に理解できる。本件明細書中に「係止手段が突出」と記載されても,新規事項に当たらない。
(エ) 「弾性手段の抵抗」について 本件発明Cの出願当初明細書の,実施例の欄で,弾性手段が解除時に抵抗として作用する旨記載されていたので,この記載によれば,直接的かつ一義的に理解できる。本件明細書中に「弾性手段の抵抗」と記載されても,新規事項に当たらない。
新規性ないし進歩性欠如による無効 (ア) ロバート特許明細書 a 本件発明Aについて ロバート特許発明は,振動感知機構は開き戸側にある点,開き戸の閉じる衝撃を感知し,地震のゆれを直接感知しているものではない点,係止手段は常に露出し,突出するものではないという点において,本件発明Aと相違する。
確かに、ロバート特許明細書には,「permutation」(置換)という記載があるが,相対的位置関係を変えることにより嵌め込み式のドアにもベースプレートを取付可能であることを示しているにすぎず,振動感知機構の取付位置を開き戸と本体とで逆転させることまで示しているものではない。また,ロバート特許明細書のサマリィにおいて,ラッチアームは開き戸側に取り付けると説明されている。ラッチアームを本体に取り付け,単純に感度を上げるとロックの誤作動が頻繁になり,単純な置換は不可能である。
また,被告は,本件発明Aは,ロバート特許発明と乙30及び31の発明を組み合わせて発明することが容易であるから,進歩性がない旨主張する。
しかし,乙30及び31に記載された発明は,本件発明の「わずかに開かれた開き戸の戻る動きで係止解除」することを用いていないこと,「棚側で地震検出」しつつ,「わずかに開かれた開き戸の戻る動きにより係止解除」するものは記載されていないことから,これらとロバート特許発明を組み合わせて容易に発明できるとはいえない。
b 本件発明Bについて ロバート特許発明は,ラッチアームをドア側に設け,キャビネット側に設けるものではない点において,本件発明Bと相違する。乙30の発明は,ロック状態になっても,球が装置本体内から外へ出ない構成を採っているのに対し,本件発明Bは,装置本体内から突出する構成を採っている点において相違する。乙31の発明は,待機状態で,アーム18が大きく露出しているのに対し,本件発明Bは,係止手段が装置本体内に収納されている点において相違する。本件発明Bは,係止手段が装置本体内に収納されることで,係止手段の油汚れ等が防止できる,すっきりした外観になる,使用者が係止手段で手に怪我をすることがない,物品の出し入れ時に係止手段を損傷することがないといった効果がある。乙31の発明は,アーム18は軸支されているのに対し,本件発明Bは,軸支されていない点において相違する。
したがって,本件発明Bはロバート特許発明,乙30の発明及び乙31の発明から容易に想到することができず,進歩性を欠くとはいえない。
(イ) アーサー特許発明及び乙32の発明 アーサー特許発明は,係止手段全体が外に露出している点において本件発明B(請求項1及び2)と相違する。本件発明Bの図5の実施例は若干露出するが,待機状態で全体が外に露出しているものではない。アーサー特許発明は,外観と安全性で劣り,長期間の使用でキッチンの油汚れが露出部分に付着し正常に作動しなくなる欠陥がある。これらの点で,本件発明B(請求項1及び2)とアーサー特許発明は同一とはいえない。
乙32の発明は,係止手段全体が露出しており,また,図1の枠状作動体は地震時に「落ち」,図17の球は「落下」するものであって,本件発明のように,通常時は係止手段が装置本体内に収納され,地震時に装置本体内から突出するものではない。したがって,乙32の発明は,本件発明B(請求項1及び2)と同一とはいえない。
(ウ) 甲4の12の発明 甲4の12の発明は,扉を押して棒状部材14を折れ曲がらせて転がり部材を後方に押し出すことにより係止解除するものであるが,このとき,爪部材9と係着金具7の係止状態は維持されており,係止解除されるものではなく,その次に開く方向の動きで係止解除されるものであり,「閉じる方向の動きで係止解除される」のではない点において本件発明C(請求項6)と同一とはいえない。
ウ 発明未完成又は記載不備による無効 各特許請求の範囲の記載において,発明思想が十分に開示され,具体的かつ明確にその発明が特定され,しかも複数の実施例を記載して,特許請求の範囲をより具体的かつ十分に裏付けているのであるから,発明未完成又は記載不備ということはない。
本件各発明の特許請求の範囲を具体的実施例に則して記述する必要はなく,その上位概念で表現することは特許実務上当然の方法であるから,これに従った本件各特許請求の範囲の記載には何ら問題はない。
エ 法39条1項違反による無効 本件発明Bは,本件発明Aにはない「軸支されず」との限定がされたことにより,係止手段の「突出しろ」が,軸支される場合より大きくなり,確実なロックが可能になったものであり,法39条1項に違反しない。
本件発明C(請求項2)は,本件発明A(請求項1)とは異なり,「振動を伴わず係止するロック方法」として限定されたものであり,法39条1項に違反しない。本件発明C(請求項6)は,本件発明A(請求項1)が,「開き保持のための弾性手段の戻り抵抗」を採用した構成であるのに対し,「係止解除される際に弾性手段の抵抗」とされ,係止解除の抵抗という狭い範囲の抵抗に限定されたものであるから,法39条1項に違反しない。
(3) 補償金額及び損害額 (原告の主張) 被告は,被告物件(ロック装置を装備した家具,吊り戸棚)を,少なくとも1セット当たり金1万円で販売していた。1セット当たりの実施料相当額は,その8パーセントである金800円である。
原告は被告に対し,法65条に基づき,平成9年11月19日本件特許権Aの関係で警告し,同年12月5日本件特許権Bの関係で警告した。よって,原告は,被告に対し,特許権A及びBについては補償金請求権を有する。
そして,特許権ごとの補償金及び損害金の額は以下のとおりである。
ア 特許権A 警告日以降である平成9年12月以降の被告のロック装置購入数量は,62万3630個であるから,これに対応する家具,吊り戸棚の実施料相当額は,金4億9890万4000円である(補償金及び損害金)。
623,630×10,000×0.08=498,904,000 イ 特許権B 警告日以降である平成10年1月以降の被告のロック装置購入数量は,62万2630個であるから,これに対応する家具,吊り戸棚の実施料相当額は,金4億9810万4000円である(補償金及び損害金)。
622,630×10,000×0.08=498,104,000 ウ 特許権C 本件特許権Cの登録日である平成11年5月14日以降である同年6月以降の被告のロック装置購入数量は,33万8730個であるから,これに対応する家具,吊り戸棚の実施料相当額は,金2億7098万4000円である(損害金のみ)。
338,730×10,000×0.08=270,984,000 したがって,原告は,被告に対し,合計金12億6799万2000円の補償金請求権及び損害賠償請求権を有するところ,その一部である金3億円を請求する。
本件各発明に係る物は,吊り戸棚,家具であるから,被告物件に組み込まれている「ロック装置」部分のみの価格を基準にして損害算定されるべきではない。
1個の製品が複数の特許権を侵害する場合の損害算定については,個々の特許権侵害による損害額を合算すべきである。
(被告の反論) 被告物件が,本件特許権AないしCすべてを侵害していたとしても,3件の特許権侵害が成立するとして損害算定されるべきではない。逸失利益は特許権の排他的権利が侵害されたことによる損害であるから,特許権の件数によって変わるものではない。実施料の額も単に特許権の数によって決められるものではない。
また,原告は吊り戸棚等を製造販売しているのではないから,家具の販売価格を基準とするのではなく,ロック装置の価格を基準として,損害額を算定すべきである。
争点に対する判断
1 各構成要件中の「開き停止」に係る要件充足性 (1) 「開き停止」の意義 本件各発明のすべての「特許請求の範囲」欄には,以下のとおり,「開き停止」の記載がある(引用も含む。)。
すなわち,本件発明Aの「特許請求の範囲」の請求項3には,「開き戸が閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ」と記載されている(同請求項6及び7は,これを引用する)。また,本件発明Bの「特許請求の範囲」の請求項1には,「該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である」と,同請求項2には,「該係止状態は開き戸がわずかに開かれた位置で開き停止する係止状態である」と,同請求項5には,「係止手段が突出することによりわずかに開かれて開き停止した開き戸」と,それぞれ記載されている(同請求項3及び4は同請求項1及び2を,同請求項6及び7は同請求項1,2及び5をそれぞれ引用する。)。さらに,本件発明Cの「特許請求の範囲」の請求項2には,「開き戸を閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ」と,同請求項6には,「閉じる方向の動きで係止解除される際に弾性手段の抵抗が存在する解除方法を用いた地震時に開き停止される開き戸」と,それぞれ記載されている(同請求項4及び5は同請求項2を,同請求項8及び9は同請求項6を引用する。)。
ところで,「開き停止」の意義について,@「開き戸」につき,開く方向への移動のみが阻止され,閉じる(戻る)方向への移動は許容される趣旨か(原告主張),A「開き戸」につき,開く方向への移動が阻止され,かつ,閉じる方向への移動が阻止されるという限定された趣旨か(被告主張)について,以下検討する。
(2) 本件明細書の記載 まず,「開き停止」という文言の通常の意味につき,「開き」とは,「ひらくこと,あけること,あくこと」を,「停止」とは,「中途でとどまること,ひとところにあって動かないこと,位置が変わらないこと」を意味するので(「新選国語辞典(新版)」小学館,乙41参照),「開き停止」とは,「開き戸」が開く中途でとどまる,動かない,位置が変わらない状態になることを指すと解される。
しかし,「開き戸」につき,開く方向のみの動きが阻止される状態を指すのか,これに加えて閉じる方向への動きが阻止される状態をも含むのか否かについては,文言の一般的意味から一義的に明らかにすることはできない。
また,本件各明細書の「発明の詳細な説明」欄の「従来の技術」「発明が解決しようとする課題」「課題を解決するための手段」及び「発明の効果」の各欄の記載を参酌してもなお,「開き停止」の技術的意義を,一義的に明らかにすることはできない。
ところで,本件各明細書の「実施例」の欄の各記載(本件明細書Aの3欄50行ないし4欄7行,同4欄15行ないし19行,同4欄33行ないし39行,同5欄31行ないし36行,同6欄14行ないし21行,同6欄38行ないし39行,同8欄5行ないし8行,本件明細書Bの6欄25行ないし30行,本件明細書Cの3欄32行ないし39行,4欄14行ないし20行,5欄9行ないし13行)をみると,すべての実施例において,「開き戸」につき,閉じる方向への動きも阻止されるロック機構を前提にした説明がされている。しかし,実施例における記載から,直ちに,本件各発明の「開き停止」が「開き保持(閉じる方向への動きを阻止する)」に限定した趣旨に理解することはできない。
(3) 出願経過(新規事項追加の有無) そこで,「開き停止」の意義を確定するために,出願の経緯を検討する。
ア 証拠(個々に掲示した。)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実が認められる。
@ 本件発明Aの出願当初明細書(乙1)における「特許請求の範囲」の請求項2には,「該係止手段を閉止状態から開き戸がわずかに開かれた位置で戻りを停止した状態でロックさせる地震時ロック方法」と記載され,また,「発明の詳細な説明」の「実施例」の欄には,「係止手段の係止部は装置本体の停止部で停止され開き戸がその位置でロックされ,ゆれの力が開き戸を閉じる方向に作用してもロック位置で係止手段が装置本体の弾性手段(又は磁石の吸着力)に押さえられ,該弾性手段の押さえ力はゆれの力より大きく設定されているため係止手段はその位置でロックされ戻りを停止する。」趣旨が記載されている(2欄10行ないし17行,同欄25行ないし29行,同欄43行ないし49行,3欄41行ないし46行,4欄24行ないし31行,同欄48行ないし49行,6欄15行ないし18行)。実施例の図面は,本件明細書Aの図面と同一である。
A 本件発明Bの出願当初明細書(乙2)における「特許請求の範囲」の請求項1には,「障害物が地震等のゆれにより移動し開き戸の開放を阻止するロック装置において該障害物を磁力によりロック位置に保持する開き戸のロック保持方法」と記載され,また,「発明の詳細な説明」の「産業上の利用分野」「従来の技術」「発明が解決しようとする課題」「課題を解決するための手段」「実施例」「発明の効果」の欄には,「障害物(係止手段)を磁力により吸着保持し開き戸のロック状態を保持する」趣旨が記載されている(1欄10行ないし11行,同欄14行ないし16行,同欄26行ないし28行,同欄31行ないし33行,4欄33行ないし35行,5欄6行ないし15行)。実施例の図面は,本件明細書Bの図面と同一である。
B 本件発明Cの出願当初明細書(乙3)における「特許請求の範囲」の請求項1には,「閉止状態から開き戸がわずかに開かれた位置で前記係止手段を停止する装置本体の停止部とからなる地震時ロック装置」と記載され,また,「発明の詳細な説明」の「実施例」の欄には,「係止手段が装置本体の停止部で停止され開き戸がその位置でロックされ,ゆれの力が開き戸を閉じる方向に作用してもロック位置で係止手段が装置本体の弾性手段(又は磁石の吸着力)に押さえられ,その位置で開き戸はロックされそれ以上動かない。」趣旨が,記載されている(2欄4行ないし11行,同欄36行ないし42行,3欄21行ないし23行,同欄31行ないし35行)。実施例の図面は,本件明細書Cの図面と同一である。
C 出願当初明細書のいずれにおいても,「開き停止」の文言は用いられていない。
ところで,本件発明Aの出願当初明細書は,平成10年5月3日提出の手続補正書(乙38)により,本件発明Bの出願当初明細書は,平成10年8月21日提出の手続補正書(乙39)により,本件発明Cの出願当初明細書は,平成10年12月19日提出の手続補正書(乙40)により,それぞれ本件各明細書どおり補正されて特許査定された。
イ そこで,右認定した事実を基礎として,「開き停止」に関連した事項の各出願当初明細書における技術的範囲について検討する。上記のとおり,@本件各発明の出願当初明細書中には,「開き停止」という文言が一切用いられていないこと,A同明細書の実施例欄には,例外なく,「開き戸」の開き状態が保持され,閉じる状態を阻止する構造の技術のみが示されていること,B本件発明A,Bの請求項には,開き戸又は係止手段が戻ることを阻止することが記載され,また,本件発明Cの請求項には,その点が積極的には記載されていないとしても,戻ることを許容する記載は一切ないことからすれば,「開き停止」に関連する技術としては,出願当初明細書には,「開き戸」が開き状態を保持する(閉じる方向に動くことを阻止する)技術のみが開示され,「開き戸」が閉じる方向に移動することを許容する技術が開示されていないことは明らかである。
(4) 「開き停止」の意義の小括 前記のとおり,本件各明細書の「特許請求の範囲」には,本件補正により,「開き停止」という文言が付加された。
この「開き停止」の意義について,仮に,「開き戸」につき,開く方向への移動が阻止され,閉じる(戻る)方向への移動は許容される趣旨(広義)に理解するとするならば,「開き停止」を付加した補正は,「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲」を超える,新規事項の追加に当たり,明らかな無効理由を有することになる。
この点,原告は,本件補正は,新規事項の追加に該当するような上位概念化ではなく,不必要な要件を省略したにすぎない旨主張する。しかし,本件補正により,直接的かつ一義的に導き出せる事項以外の事項を含む以上,新規事項の追加に該当することは明らかであり,原告の上記主張は理由がない。また,原告は,本件発明Cの出願当初明細書の「特許請求の範囲」の請求項1には,「開き戸がわずかに開かれた位置で前記係止手段を停止する装置本体の停止部からなる」とされ,当初から「開き停止」が記載されていると主張する。しかし,当初明細書の記載は,「開き戸がわずかに開かれた位置で」「前記係止手段を停止する」ことを内容とするものであって,停止する主語は,開き戸ではなく係止手段であるから,この記載を根拠に,出願当初明細書に「開き停止」が記載されていると解することはできず,原告の上記主張は理由がない。
そこで,「開き停止」の意義について,本件各特許権が無効となることを回避するように解釈するならば,「開き戸」につき,開く方向への移動が阻止され,かつ,閉じる方向への移動も阻止されるという趣旨(狭義)になる。
(5) 被告物件との対比 別紙被告物件目録第4,2のとおり,被告物件は地震の継続中に,「開き戸」がばたつく(瞬間開き状態と瞬間閉じ状態を繰り返す)ものであり,「開き戸」の閉じる方向への動きが阻止されないものである。
したがって,被告物件の構成は,本件発明A(請求項3)の構成要件b及びc,同A(請求項6)の構成要件a,同A(請求項7)の構成要件a,本件発明B(請求項1)の構成要件b,同B(請求項2)構成要件b,同B(請求項3)の構成要件b,同B(請求項4)の構成要件b,同B(請求項5)の構成要件b,同B(請求項6)の構成要件a,同B(請求項7)の構成要件a,本件発明C(請求項2)の構成要件b,同C(請求項4)の構成要件a,同C(請求項5)の構成要件a,同C(請求項6)の構成要件b,同(請求項8)の構成要件a,同C(請求項9)の構成要件aに共通する「開き停止」を具備しない。
2 明らかな無効理由 以上のとおり,原告の本件請求は,被告物件の構成が本件各発明の構成要件中の「開き停止」を具備しないため,その余の点を判断するまでもなく理由がないことになる。
のみならず,本件各特許の内,少なくとも下記の特許については,明らかな無効理由があるので,当該本件特許権に基づく権利行使は権利濫用として認められない。この点を念のため判断する。
(1) 本件発明Aの請求項3,6及び7について ア 本件発明Aに対して出願前公知であるロバート特許明細書(米国特許第5035451号明細書,甲4の9,14の2,18の2,乙26中の甲3)には,本件発明Aについて,以下の2点を除くすべての構成が開示されている。すなわち, @ ロバート特許明細書においては,耐震装置本体が開き戸に固定され,係止具がキャビネット内に固定されているのに対し,本件発明Aの請求項3では,装置本体が家具等の本体内に固定され,開き戸に係止具が設けられている。
A ロバート特許明細書においては,係止手段であるラッチアーム12は装置本体であるベースプレート16の支持ショルダー32に回動自在に軸支され,先端が地震時に係止具の位置に上動するのに対し,本件発明Aの請求項3では,係止手段は装置本体に収納され地震時に装置本体外に突出する。
また,本件発明Aに対して出願前公知である乙30(米国特許第5152562号明細書)には,地震その他異常な振動衝撃によりキャビネットドアが解錠されることを防止する衝撃起動錠に関し,「キャビネット14の内面に,実質長方形箱形の筐体10を装着突起12にねじ30で固定し,キャビネットドア18の内面に設置したブラケット26に溝付係合部材16を取外し自在に装着する。筐体10内の空間通路25に設けた支持棚23の浅い凹部22から係止部材16の溝27内に動くことができる球体20を設ける。」との構成を採用し,過激な衝撃(地震等)が加わったとき,球体20が支持棚23上の凹部22から通路25に転出して係止部材18の溝27に入ることにより,球体20が係止部材16が筐体10から引き出されることを阻止することにより,キャビネットドアが解錠することを防止する発明が記載されている。
さらに,本件発明Aに対して出願前公知である乙31(米国特許第5312143号明細書)には,地震の揺れによりキャビネット内の物がこぼれ落ちないようにキャビネットドアを固定するための機械装置に関し,「キャビネットの底板Sにラッチ装置10を固定し,右装置本体内に同装置のケースの開口62を貫通して伸びているアーム18を設け,アーム18をその中ほどにあるスプリング32により押し上げるとともに,重り54のあるピン34の歯止めスロット58に噛み合わせて押さえつけ,地震の揺れを感じると重り54は揺れてアーム18をスロット58から外し,アーム18がスプリング力で跳ね上がりドアに設けられたフック26に噛み合う発明が記載されている。
イ そこで,本件発明Aとロバート特許明細書との相違点@,Aについて検討する。
(ア) @の相違点について,ロバート特許明細書には,確かに「Those,skilled in the art will recognize that permutations of base plate 12 and base plate 22 will allow for attachment of disturbance responsive magnetic latch 10 to cabinets or enclosures 19 which are partially inset or fully inset doors.」(当業者であれば,部分嵌め込み型又は全面嵌め込み型ドアのキャビネット,囲い19への変動応答性磁気ラッチ10の取り付けに関し,ベースプレート12(16の誤記)と同22の入れ換えが可能であることを理解するであろう。4欄59行ないし63行)と記載されている。しかし,ラッチアームをドア側からキャビネット側へ付け替える場合,ラッチアームとベースプレートの位置関係において設計変更を伴うこと,ドアが開く場合にラッチアームはリテイナに係止できないと考えられること(甲24)からすれば,当業者は,上記記載のみからは,本件発明Aの構成(装置本体をキャビネット内に,係止具を開き戸に設ける構成)までを読み取ることができるとはいえない。
しかし,乙30号証及び乙31号証記載の発明は,前記のとおり,地震時に棚等の開き戸が開放されるのを防止するという同一の技術課題を解決するために,地震時に揺れを検知してキャビネット側に設けられた係止手段を移動して係止させるという構成を採用したものであるから,装置本体をキャビネット内に,係止具を開き戸に固定する手段を,同一の技術課題の克服を目的とするロバート特許の発明に適用して,装置本体と係止具の位置を入れ換えて本件発明Aの構成とすることは,容易に想到できると解することができる。
(イ) Aの相違点については,ロバート特許は,係止手段が装置本体外に突出するとはいえないにしても,ラッチアームの先端が,通常時の下方の位置から,地震時には係止具(リテイナー)に係止可能な位置まで移動しており,また,係止のための機能に関しては,装置本体外に突出することによるものとの格別の差異はなく,しかも,係止手段が装置本体外に突出することは乙26号証中の甲9及び10にも示されているように周知でもあることから,単なる設計事項の差にすぎないと解される。
ウ 以上のとおり,本件明細書Aの請求項3に係る発明は,ロバート特許明細書,乙30号証,31号証及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができるから,特許法29条2項の無効事由を有することが明らかである。本件発明Aの請求項6及び7は,請求項3の記載を引用しているので,これらも無効事由を有する。
そうすると,本件特許A(請求項3,6及び7)は無効理由を有することになるので,上記特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
(2) 本件発明Bの請求項1ないし4,6及び7について ア 本件発明Bに対して先願に当たる特願平8-504318号の願書に最初に添付した明細書又は図面(WO96/01935号国際公開,アーサー特許明細書,乙15及び乙27中の甲3)には,本件発明Bの各請求項記載の発明と同一の発明が記載されている(なお,本件発明Bについては国内優先権主張がされているが,請求項1及び2の発明は,その優先日の国内出願に係る明細書には記載されていないため(乙27中の甲9),請求項1及び2の発明は法41条2項の出願日遡及の効力を有することはなく,上記明細書中の発明が,その国際出願日(平成7年6月22日)を基準にして,先願の地位を有することになる。)。
アーサー特許明細書中には,キャビネット本体側に取り付けられた係止手段であるラッチ19が,地震時のゆれにより付勢されて扉に取り付けられた係止具であるフック26と係止し,扉をわずかに開いた位置で停止させる地震作動形安全ラッチに係る構成が記載され,その実施例として(第7図),キャビネット本体側に取り付けられた係止手段であるラッチ19が,地震時にハウジング10のスロット21をゆれにより摺動して,ハウジング10から突出し,扉に取り付けられた係止具であるフック状部材と係止し,扉をわずかに開いた位置で停止させる地震作動形安全ラッチが記載されている。この「ハウジング」,「フック」,「ラッチ」はそれぞれ,本件発明Bにおける「装置本体」,「係止具」,「係止手段」に該当し,しかも,第7図の実施例はラッチ(係止手段)を軸支しないものであるから,両者は同一であるということができる。
この点について,原告は,アーサー特許明細書の発明は,係止手段全体が外に露出し,外観と安全性の点で劣り,油が付着して機能が損なわれる点で本件発明Bとは異なる旨主張する。しかし,本件発明Bにおいては,係止手段の全面を露出させない点を必須の要件としているものではないこと,本件発明では,外観や安全性,油の付着の有無などを効果とする記載はないこと,アーサー特許明細書の発明においてもハウジング内に収納され,そこから突出しているといえることから,原告の主張は理由がない。
イ さらに,本件発明Bに対して先願に当たる実願平7-4265号の願書に最初に添付した明細書又は図面(登録番号第3016794号,乙32)にも,本件発明Bの各請求項記載の発明と同一の考案が記載されている(前記のとおり,本件発明Bについて,法41条2項の出願日遡及の効力は有しないので,上記出願の出願日である平成7年4月10日が先願の日となる。)。
上記明細書及び図面中には,天板の下面に略コ状の支持体を固着し,該支持体内に作動体を遊嵌し,開閉体の主板には作動体を受ける受け具を該支持体の近傍に固着したことを特徴とする家具における開閉体の開放防止装置の構成が記載されている。この「支持体」,「作動体」,「開閉体の主板」,「受け具」はそれぞれ,本件発明Bでいう「装置本体」,「係止手段」,「扉」,「係止具」に該当するから,両者は同一であるということができる。
この点について,原告は,先願の考案は,係止手段が露出している点,係止手段が落下したり落ちたりするものであって突出するものでない点において,本件発明Bの請求項1及び2とは相違すると主張する。しかし,本件発明Bでは,係止手段の全面を露出させない点を必須の要件としているものではないこと,上記明細書の考案は,装置本体内に収納されて下方に落下する構成であり,突出する構成との実質的な相違はないと解されることから,上記原告の主張は理由がない。
ウ 以上のとおり,本件発明Bの請求項1及び2の発明は,上記各出願の当初明細書又は図面に記載された発明又は考案と実質的に同一であり,しかも,本件発明の発明者又は出願人と上記ア及びイの発明者等又は出願人は同一ではないから,法29条の2による無効事由を有する。本件発明Bの請求項3,4,6及び7は,請求項1及び2の記載を引用しているので,これらも無効事由を有する。
そうすると,本件特許B(請求項1ないし4,6及び7)は無効理由を有することになるので,上記特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
(3) 本件発明Cの請求項6について ア 本件発明Cに対して先願に当たる特願平6-293587号の願書に最初に添付した明細書又は図面(特開平7-305551号,甲4の12)には,本件発明Cの請求項6記載の発明と同一の発明が記載されている(なお,本件発明Cについては国内優先権主張がされているが,請求項6の発明は,その優先日の国内出願に係る明細書には記載されていないため(乙28中の甲9),請求項6の発明は41条2項の出願日遡及の効力を有することはなく,上記明細書記載の発明が,その出願日(平成6年11月29日)を基準にして,先願の地位を有することになる。)。
上記明細書中には,地震発生時などにおける開閉体の閉塞保持を確実に行えるようにすることを目的とする開閉体の閉塞保持装置が開示され,扉2側に取り付けられた係着金具7とケーシング側に取り付けられた把持手段10からなり,把持手段10は係着金具7の上端に対し係脱自在な前端の爪部9aが本体12から前方に突出するように設けられた爪部材9と,爪部材9の下側で本体12から前方に突出するように付勢されて設けられ長さ方向の中央部に上方に膨らみ扉2開放時において上面が爪部材9の下面に当接して爪部材9を傾け,爪部9aを開放状態にさせる薄肉部17を備えて前半分と後半分が薄肉部17によって上向きに屈曲自在に繋がる棒状部材14と,棒状部材14の後半分部分上面と爪部材9の後端下側との間に嵌入可能に棒状部材14の後端側における後方に向かって僅かに下向きに傾斜する上面に載るころがり部材16とからなること、扉2を閉じた状態では,係着金具7に爪部材9の爪部9aが係合しており,地震などが発生してケーシング1が揺れ動いたときは棒状部材14の後端部に位置していたころがり部材16が棒状部材の後半分部分上面と爪部材9の後端下側の切り欠き凹部9Cとの間に嵌入し,爪部材の動きが防止されて,爪部材9が係着金具7を把持した状態でロックされること(開きが停止される。)、地震などがおさまり,平常に戻ったときには,扉2を押して棒状部材14を押すことにより,棒状部材14が薄肉部17の部分で上方に折れ曲がり,これにより棒状部材14の後半分部分上面と爪部材9の後端下側の切り欠き凹部9Cとの間に嵌入していたころがり部材16が薄肉部17の部分での上方折れ曲がり部で後方に押し出され,元の状態に戻すことができることが記載されている。そうすると、上記明細書には、閉じる方向の動きでロックを維持するためのころがり部材16が非ロック位置に戻されてロックが実質的に解除されており,その際に,棒状部材14の薄肉部の曲げとコイルばね15の弾性手段の抵抗が存在しているといえ,請求項6に係る発明と同一の構成が開示されているということができる。
イ この点について、原告は,上記明細書の発明では,@解除に関する操作は,扉を押して棒状部材14を折れ曲がらせて転がり部材を後方に押し出すものであるが,このとき,爪部材9と係着金具7の係止状態は維持されており,係止解除されるものでなく,その次に開く方向の動きで係止解除されるものであること,A既に閉じられた位置から内方に押すものであるのに対し,本件発明Cではわずかに開かれた位置から閉じるものであることからすると,本件発明Cの「閉じる方向の動きで係止解除される」構成とは同一とはいえない旨主張する。しかし、上記明細書の発明においては,扉の係着金具7により棒状部材14が押された段階では,既にころがり部材16はロック位置から非ロック位置に移動しており,ロックは実質的に解除されていること,本件発明Cの請求項6では,「わずかに開かれた位置」での開き停止や係止解除について記載がないことから,これを前提とした原告の主張は理由がない。
ウ 以上のとおり,本件発明Cの請求項6の発明は,上記明細書に記載された発明と実質的に同一であり,しかも,本件発明Cの発明者又は出願人と上記明細書発明の発明者又は出願人は同一ではないから,法29条の2による無効事由を有する。また,本件発明Cの請求項8及び9は,請求項6の記載を引用しているので,これらも無効事由を有することとなる。
そうすると,本件特許C(請求項6,8及び9)は無効理由を有することになるので,上記特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許されない。
3 よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
追加
物件目録ロック装置を装備した吊り戸棚,家具第1図面の説明図1は,瞬間開き状態にある被告物件の要部の側面断面図である。
図2は,ロック装置本体の分解斜視図である。
図3(a)は,係止具と解除ばねの平面図,同(b)は係止具と解除ばねの側面図,同(c)は係止具と解除ばねの背面図である。
図4は,被告物件の斜視図である。
図5(a)は被告物件の瞬間閉じ状態を示す要部断面図,同(b)は瞬間開き状態を示す要部断面図である。
第2符号の説明1吊り戸棚又は家具,2棚本体,3ばね付き蝶番,4開き戸,5ロック装置,6装置本体,7係止具,8天板,9ケーシング,10係止手段,11第1コイルばね,12保持部材,13第2コイルばね,14鋼球,15スペーサ部,16挿通空間,17収納部,18逃げ凹部,19ガイド板,20係止凹部,21係止片,(22欠番)23ガイド孔,24収納孔,25カム面,26テーパ溝,27解除プレート,28係合溝,29基部(取付部),30突出部,31逃げ部,32引っ掛け爪,33取付けねじ,34解除ばね,35当接部分第3被告物件の構造1図4に示すように,吊り戸棚1は,前面に開口部を有する箱状の棚本体2と,該棚本体2の開口部の側縁にばね付き蝶番3を介して開閉自在に取り付けられた開き戸4と,該開き戸4が地震時に開かないようにするロック装置5とを有する。
前記ばね付き蝶番3は,開き戸4を常時閉じ方向に付勢して,閉止状態を維持する。
前記ロック装置5は,前記棚本体2内に固定された装置本体6と,前記開き戸4に固定された係上具7と解除ばね34を有する。
2図1及び図2に示すように,ロック装置本体6は,棚本体2の天板8の前縁部下面に取り付けられたケーシング9と,このケーシング9内に上下出退自在に挿通された係止手段10と,この係止手段10を常に上方へ付勢する第1コイルばね11と,係止手段10を予めケーシング9内に保持しておく保持部材12と,この保持部材12を常に係止手段10側に付勢する第2コイルばね13と,地震の揺れで転動して保持部材12を係止手段10から解除する鋼球14と,を備えている。
ケーシング9の後上面には,上方に突出するスペーサ部15が一体形成されており,このスペーサ部15を棚本体2の天板8の下面にねじ止めすることにより,天板8の下面とケーシング9との間で係止具7と解除ばね34の挿通空間16が形成されている。
3図2に示すように,ケーシング9の内部には,前後方向(開き戸4の開閉方向)に伸びる収納部17が形成され,この収納部17内に,前記保持部材12と鋼球14が前後方向に移動自在に収納されている。
保持部材12は,上方に開いた逃げ凹部18を中央部に有する板材で構成され,収納部17内に立設された左右一対のガイド板19間に摺動自在に嵌め込まれている。
保持部材12の前端部には,係止手段10の側面に形成した係止凹部20に嵌合する係止片21が形成され,保持部材12の後端部には,第2コイルばね13の一端部が連結されている。第2コイルばね13は,その他端を圧縮状態にして収納部17の後壁面に当接させることで保持部材12を常に前方へ付勢している。
そして,この第2コイルばね13の付勢力によって保持部材12の係止片21が係止手段10の係止凹部20に強制的に嵌合され,これにより,係止手段10がケーシング9内に没入するアンロック位置Aに保持されている。
4係止手段10は,ケーシング9の前部に形成された上下方向のガイド孔23に出退自在でかつ抜け止めされた状態で挿通されている。この係止手段10の下端部に設けた収納孔24には第1コイルばね11が挿通され,このコイルばね11は,その下端を圧縮状態にしてガイド孔23の底面に当接することにより当該係止手段10を常に上方へ付勢している。
この第1コイルばね11の付勢力fは,ばね付き蝶番3による開き戸4の付勢力Fに比べて弱く設定されているので,この付勢力Fによって閉鎖位置に自然に戻る開き戸4に取り付けてある解除ばね34のカム機構により,係止手段10がアンロック位置Aに戻る。また,係止手段10の突出端部には,その解除ばね34が当接する前方に向かって下方に傾斜するカム面25が形成されている。
5ケーシング9の収納部17の左右両壁面には上方拡幅状のテーパ溝26が形成され,このテーパ溝26に解除プレート27の左右両端部が前後揺動自在に嵌め込まれている。解除プレート27の下端は,保持部材12の逃げ凹部18側の縁部に形成された係合溝28に嵌合されている。
鋼球14は,解除プレート27よりも後方に位置するように保持部材12の逃げ凹部18内に配置され,この配置関係でケーシング9の収納部17内に前後方向に転動自在に収納されている。
このため,鋼球14が後方(図1の左側)に転動すると,鋼球14が保持部材12そのものに衝突し,それによって保持部材12が後方に移動してその係止片21が係止手段10の係止凹部20から外れ,係止手段10が挿通空間16に向かって上方に突出するロック位置Bとなる。
他方,鋼球14が前方(図1の右側)に転動すると,同鋼球14が解除プレート27に衝突し,この解除プレート27の下端がその衝突の反動で保持部材12を後方に移動させ,これによって同保持部材12の係止片21が係止凹部20から外れ,係止手段10が挿通空間16に向かって突出するロック位置Bとなる。
6図3に示すように,係止具7は,基部29とこれに直交する突出部30とから側面視ほぼL字状に屈曲形成されている。突出部30は,その中途部から先端に至る部分を上方に屈曲してなる逃げ部31を備え,また,その先端部に,ロック位置Bに移動した係止手段10の突出端部に引っ掛かる引っ掛け爪32を備えている。
図1に示すように,この係止具7は,基部29を取付ねじ33によって開き戸4の内面にねじ止めすることにより,突出部30が開き戸4の内面から後方へ突出するように取り付けられている。この係止具7は,開き戸4の閉鎖状態において,突出部30がロック装置本体6の挿通空間16に入り込む高さ位置に取り付けられている。
7図1及び図3に示すように,係止具7の下部には,係止手段10をケーシング9内に没入させるための解除ばね34を有する。この解除ばね34は,上下方向に弾性変形自在な金属製の板ばねよりなり,係止手段10のカム面25と同じ向きに傾斜した当接部分35を先端部側に有する。この当接部分35は突出部30の下方でかつ同突出部30の前後方向ほぼ中央部に対応する位置に配置されている。
第4被告物件の作用1地震のない通常時地震のない通常時においては,鋼球14は保持部材12又は解除プレート27に衝突しないので,係止手段10は保持部材12によって常にアンロック位置Aに保持されている。このため,係止具7の引っ掛け爪32は挿通空間16内を前後に自由に行き来でき,開き戸4を自由に開閉することができる。
2地震時におけるロック作用地震のゆれが開き戸4の開き方向(図1の右側)に作用すると,鋼球14が解除プレート27に衝突し,保持部材12の係止爪21が係止手段10の係止凹部20から外れる。このため,図1及び図5(b)に示すように,係止手段10が挿通空間16に向かって上方に突出して,その突出端部が係止具7の引っ掛け爪32に引っ掛かり,開き戸4の開放が瞬間的に阻止される(瞬間開き状態)。
そして,地震のゆれが開き戸4の閉じ方向(図1の左側)に作用すると,係止具7が挿通空間16の奥に入り込み,開き戸4が閉鎖位置に瞬間的に戻る(瞬間閉じ状態)。
地震の強い揺れが持続しているときは,右の瞬間開き状態と瞬間閉じ状態を順次繰り返す。
3地震が納まった時の自然解除作用第1コイルばね11の付勢力fは開き戸4の付勢力Fによって係止手段10がアンロック位置Aに戻る程度に設定されているので,地震が納まると開き戸4は閉鎖位置に自然に戻る(ただし,開き戸に収納物がもたれかかっている場合を除く。)。この際,解除ばね34がカム面25を下方に押して係止手段10をケーシング9内に没入させ,係上手段10が自動的にアンロック位置Aに戻る。このため,使用者は,地震が納まった後においていったん開き戸4を押し戻ることなく,地震のない通常時と同じように,いきなり開き戸4を自由に開閉することができる。
図1図2図3図4図5
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 石村智
裁判官 沖中康人