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事件 平成 11年 (ワ) 101号 特許権侵害差止等請求事件
原告 タイホー工業株式会社
訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 森崎博之
同 千葉尚路
同 平井昭光
同 吉野正己
同 菊田行紘
同 藤井基
同補佐人弁理士 稲葉良幸
同 大貫敏史
同 福田賢三
被告 呉工業株式会社
訴訟代理人弁護士 安田有三
同 小南明也
同補佐人弁理士 伊藤克博
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/05/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録記載の艶出し洗浄剤を,製造,販売,貸与,販売又は貸与のための展示をしてはならない。
2 被告は,前項の艶出し洗浄剤を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,1億6539万0600円及びこれに対する平成11年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
事案の概要
本件は,後記特許権を有する原告が,被告の製造・販売する製品は,原告の特許権に係る特許発明(方法の発明)の実施のみに使用するものであって,当該特許権を侵害している(間接侵害)と主張して,被告の製品の製造等の差止め,製品の廃棄及び損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
ア 特許番号 第2137544号 発明の名称 艶出し洗浄方法 出願年月日 昭和61年8月21日 出願公告年月日 平成6年9月14日 登録年月日 平成10年7月31日 イ 右特許権に係る願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「シリコンオイルに乳化剤を加えて水に分散させた基剤に,2wt%(重量パーセント。以下「wt%」と表記する。)を越えない範囲で泡調整剤を配合してなるO/W型エマルジョンのスプレー型艶出し洗浄剤を,洗浄面に吹き付けて泡を発生させることにより,洗浄面に付着する汚れ等を浮き上がらせ,泡調整剤の作用で消泡して液状になると流下させることにより,拭き取りすることなく洗浄面を洗浄させるとともに,シリコンオイルで艶出しするようにしたことを特徴とする艶出し洗浄方法。」 (2) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである。
A @シリコンオイルに乳化剤を加えて水に分散させた基剤に, A2wt%を越えない範囲で泡調整剤を配合してなる BO/W型エマルジョンのスプレー型艶出し洗浄剤 B @Aの洗浄剤を,洗浄面に吹き付けて泡を発生させることにより, A洗浄面に付着する汚れ等を浮き上がらせ, B泡調整剤の作用で消泡して液状になると流下させることにより, C拭き取りすることなく洗浄面を洗浄させるとともに, Dシリコンオイルで艶出しするようにしたこと Eを特徴とする艶出し洗浄方法 (3) 被告は,別紙物件目録記載の製品(以下,「被告製品1」のようにいい,特に区別して用いないときは,単に「被告製品」と総称する。)を業として製造・販売している。
2 争点 (1) 被告製品が本件特許発明技術的範囲に属し,被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害するか。なかでも, ア 被告製品が構成要件AAを充足するかどうか。すなわち,被告製品は2wt%を越えない範囲で泡調整剤を配合したものかどうか(争点1)。
イ 被告が被告製品を製造・販売する行為は,本件特許権の間接侵害となるかどうか(争点2)。
ウ 被告製品が構成要件BCを充足するかどうか。すなわち,被告製品は拭き取りを要しないものかどうか(争点3)。
(2) 原告の損害(争点4)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品の構成要件AAの充足性。すなわち,被告製品は2wt%を越えない範囲で泡調整剤を配合したものかどうか)について (1) 被告製品の組成 ア 原告の主張 (ア) 被告製品1及び2の成分比及び各重量比は,別紙成分組成一覧表1及び同表2のとおりである。
(イ) 被告製品における基剤及び乳化剤 被告製品には,シリコンオイル及び水が含まれている。被告製品における乳化剤とは,別紙成分組成一覧表1及び同表2中のノニルフェノールエチレンオキサイド(以下,エチレンオキサイドを「EO」と表記する。)15付加物(ノニルフェノールにEOを15モル付加したもの)である。被告製品における基剤は,この乳化剤にシリコンオイル及び水を加えたものである。
(ウ) 被告製品における泡調整剤 被告製品における泡調整剤は,ノニルフェノールEO2付加物(ノニルフェノールにEOを2モル付加したもの)である。被告製品に用いられているノニルフェノールEO付加物の付加モル数が低いものが消泡効果を有し,約4以下のものが泡調整剤ということができる。
イ 被告の主張 (ア) 被告製品1及び被告製品2の成分組成及び各重量比は同一であり,各商品名は,販売ルートにより使い分けているにすぎない。
被告製品は,その配合処方を1度変更しており,平成11年9月までの配合処方は別紙被告製品成分組成一覧表1,平成11年9月以降のそれは同表2のとおりである。
被告製品の配合方法は,次のとおりである。
@ シリコンオイルを乳化剤(ノニポール20,55,160の3種のノニポール)で乳化して水に分散させ,またイソステアリン酸アンモニウムないしアイソパーMを用いて基剤を調製する。
A 上記基剤に,水,アルコール及びラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液を配合する。 (イ) 被告製品における泡調整剤 被告製品における泡調整剤は,ソルミックスAP-7(アルコール)及びラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液である。
(2) 泡調整剤とは何か ア 原告の主張 (ア) 本件特許発明における「泡調整剤」とは,基剤と共に使用されて大気中で発生した泡に対し,消泡効果を有する化学剤であって,いったん発生した泡を消すために用いるものである。
(イ) いわゆる消泡作用と呼ばれるもののなかには,既に生成している泡に付与した場合にその泡を消す破泡作用と,溶液に最初から混合した場合に泡立ちを抑制し,したがって,起泡させてもその泡が速やかに消える抑泡作用があり,この両者は異なるものである。物質によって,破泡作用のみを有するものと,抑泡作用のみを有するものがあることは,本件特許発明の属する技術分野における技術常識である。
(ウ) 本件明細書にいう「泡調整剤」とは,基剤と共に使用されて,大気中で発生した泡に対し速やかに消す効果を生ぜしめる化学剤であるから,消泡剤のうち抑泡作用を有するもの(破泡作用しか有さないものは除かれる)を意味するものであることは,本件特許発明の属する技術分野における技術常識に照らせば,明らかである。
(エ) 泡調整剤とHLB値 界面活性剤において,消泡作用が得られるのはHLB値(Hydrophile-Lipophile Barance,親水基親油基バランス)が4未満であるという被告主張は誤っている。以下のとおり,HLB値が4以上でも,8.89(ノニルフェノールEO4付加物に相当する。)程度までが消泡剤として製造・販売されている。
甲25の花王株式会社(以下「花王」という。)のカタログにHLB値7.8〜8.9の界面活性剤に消泡効果ありとされ,甲26のライオン株式会社(以下「ライオン」という。)のカタログにHLB値3.3〜8.8の界面活性剤が泡抑制剤として記されており,消泡効果を有するとされている。第一工業製薬株式会社(以下「第一工業」という。)のカタログ(甲27)には,HLB値が9未満まで消泡作用があり,それを越えるとO/W乳化作用ありとしている。また,甲28の文献においてもHLB値が1から9までを消泡剤としている。ノニルフェノールEO付加物においては,4モル以下付加物の場合に泡調整剤となるというべきである。
また,被告は,HLB値が4未満で消泡作用が得られても,消泡剤の用途に使用しない場合には,消泡剤(泡調整剤)とならない旨主張するが,客観的に消泡作用(泡調整作用)を有する物質を混合すれば,それは消泡剤(泡調整剤)を混合しているのであって,被告の主観的意図によって,本件特許発明技術的範囲に入るか否かが左右されるものではない。
イ 被告の主張 被告製品は,「2wt%を越えない範囲の泡調整剤」が配合されているものではないから,本件特許発明技術的範囲に属さない。
(ア) 乳化剤と泡調整剤 乳化「剤」,泡調整「剤」といった薬剤の性質は,物質だけでは決まらず,用途(効果)との結び付きによって決定される。
原告の主張するノニルフェノールEO付加物についていえば,非イオン系界面活性剤に分類され,界面活性剤の用途は,乳化,消泡(破泡)などがある。その用途は,その物質のHLB値に応じて選択される。文献には,HLB値が1ないし1.5〜3の物質が消泡(破泡)作用を有している旨記載されており,界面活性剤において消泡(破泡)作用が得られるのはHLB値が4未満というのが技術常識である。
しかし,ノニルフェノールEO付加物のHLB値が4未満の物質が消泡(破泡)作用が得られるということは,同4未満の物質自体が消泡剤ということを意味するものではない。同4未満物質は混合界面活性剤の一部として乳化剤に使用される。このときは,同物質は,混合界面活性剤のHLB値を,シリコンオイルの所要HLB値に対応した特定のHLB値に調整するために用いられるのであって,この用途に使用する場合には「乳化剤」となり,「消泡剤」とはならない。
ノニルフェノールEO付加物のHLB値は,付加物数によって変化し,またメーカーによっても多少の個性がある。被告がシリコンオイルの乳化剤として使用している三洋化成工業株式会社の3種の活性剤「ノニポール」のHLB値は次のとおりである。
商品名 HLB値 ノニポール20 5.7 ノニポール55 10.5 ノニポール160 15.2 ノニルフェノールEO付加物は,たとえば6モル付加物について述べると,6付加物質のみからなっているものではなく,1付加物から16付加物までの16物質の混合物となっている。これら付加物数の平均値として6付加物となっているのである。6付加物のうち,原告が泡調整剤と主張している4以下付加物は20.12%を占める。9付加物においても同様であり,その割合は2.2%となる。
したがって,シリコンオイルの乳化剤として,6付加物,9付加物あるいは両者を混合したものを使用すると,乳化剤中に,上記割合による4以下付加物のノニルフェノールEOが配合される。
(イ) 本件発明の洗浄剤中の「2wt%を越えない範囲の泡調整剤」は,消費者が使用するとき,泡調整という(用途)作用を発揮するものである。「2wt%を越えない」という限定を設けたのは,「2wt%を越えて加えるとスプレー時に泡が発泡しにくくなり製品としての機能を果たさなくなるためである。」(本件特許発明に係る特許公報(甲5。以下「本件公報」という。)3欄39行ないし41行)。ところで,艶出しのために使用されるシリコンオイルは,この洗浄剤中に20%含まれ,本件明細書にも記載がある(本件公報3欄33行,5欄41行)ように,泡調整機能を有している。したがって,乳化が不安定であったり,乳化後の処理工程や経時変化などの理由で乳化が不安定となり,乳化剤の被膜がはがれシリコンオイルが洗浄剤中に漏洩すると,この漏洩シリコンオイルが泡調整機能を果たす。そして,この漏洩量が既に配合してある泡調整剤に加わり,直ちに「2wt%を越えた泡調整剤」となり,その結果,泡調整機能が得られず,商品価値が失われる。このため,乳化剤は単に乳化するだけではなく,乳化したシリコンオイルが泡調整機能を果たさないよう保護することが必要である。
すなわち,本件発明の乳化剤の目的は,乳化だけではなく,これに加えて,配合後の処理工程,経時変化にかかわらず使用時までシリコンオイルをその乳化力で強固に包み込み,シリコンオイルが泡調整機能を果たさないようコントロールし,使用時に,乳化剤とは別に配合されている「2wt%を越えない範囲の泡調整剤」の本来の機能を確保することにもある。
(ウ) 被告製品の乳化 油を乳化するのに,最良の乳化状態を得るためには,使用する界面活性剤は特定のHLB値のものでなければならない。これを油の所要HLB値といい,本件ではシリコンオイルであるから,使用される界面活性剤は同オイルの所要HLB値10.5のものでなければならない。良好安定なエマルジョンを作るためには,2種の非イオン系界面活性剤を配合した混合界面活性剤を使用することが技術常識である。被告製品中の3種のノニルフェノールEOはこの基本に従い配合されている。被告製品中の混合界面活性剤は,シリコンオイルの所要HLB値に対応する特定のHLB値を持たせた乳化剤である。前記のとおり,「乳化剤」と「泡調整剤」は,そもそも別のものであり,両者の技術的意義は全く異なるのであって,ノニルフェノールEOという物質が「泡調整剤」であるという原告主張は誤りである。
(エ) 本件発明に使用される洗浄剤は,特定の「配合方法」によって得られるものである。
本件発明において,泡調整剤として「界面活性剤型泡調整剤」を使用した場合について述べると,実施例では,「ポリエーテル型非イオン界面活性剤を主成分とする泡調整剤(アワクリーン1020タイホー工業株式会社製)」が配合されているという。上記「界面活性剤を主成分とする」とは,この界面活性剤を水に分散した状態の物をいう。この「界面活性剤型泡調整剤」に対して,基剤は,「シリコンオイルに乳化剤類(界面活性剤),灯油その他溶剤を加え,シリコンオイルを水中で乳化させたものである。」(本件公報3欄16ないし28行)。したがって,「界面活性剤型泡調整剤(界面活性剤と水)」の場合,できあがった「艶出し洗浄剤」の段階でみると,洗浄剤中に含まれる界面活性剤と水という各物質は,基剤あるいは泡調整剤のいずれに由来するのか不明である。またその各量についても,基剤のそれか泡調整剤のそれか不明である。
また,「シリコーン系泡調整剤(シリコンオイルを水に乳化したもの)」の場合にも,できあがった「艶出し洗浄剤」の段階でみると,そこに含まれるシリコンオイルと水という物質・量についても,基剤のそれか泡調整剤のそれか不明である。すなわち,本件特許発明に用いられる「艶出し洗浄剤」は,洗浄剤中に含まれる界面活性剤又はシリコン系エマルジョンオイルという物質及びその量からは,それが発明の構成における基剤か,あるいは泡調整剤かは判断できない。
泡調整機能は,洗浄剤の使用者がスプレーするとき発揮されなければならない。仮に乳化が不安定で基剤中に多量に含まれているシリコンオイルが洗浄剤中に紛れ込んでくれば,同オイルが泡調整機能を生じ,直ちに2wt%を越えた泡調整剤を含むことになり,本件特許発明にいう洗浄剤でなくなってしまう。したがって,基剤と泡調整剤は,使用時まで別の剤として存在しているものである。当然ながらその前提として,本件発明の洗浄剤は,「基剤と泡調整剤が別の剤として」洗浄剤中に配合されていなければならない。
よって,本件発明に定めた,使用されるべき洗浄剤は,次の配合方法を要件とする艶出し洗浄剤である。
@「シリコンオイルに乳化剤を加えて分散させた基剤」を準備し, A上記基剤に,「2wt%を越えない範囲で泡調整剤を配合してなる」 B「O/W型エマルジョンのスプレー型艶出し洗浄剤」 しかしながら,原告は,被告製品の配合方法を主張していない。したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
(3) 構成要件AAの該当性(被告製品は2wt%を越えない範囲で泡調整剤を含むか。) ア 原告の主張 (ア) 上記(1)ア(ウ)記載のように,被告製品における泡調整剤は,ノニルフェノールEO2付加物である。原告の分析結果によれば,被告製品1についてはノニルフェノールEO2付加物が1.0wt%含まれており,被告製品2については1.1wt%含まれているので,いずれも2wt%未満の泡調整剤を含むものであり,本件特許権を侵害している。
(イ) 被告の開示した配合処方によっても,被告製品は,2wt%未満の泡調整剤を含んでおり,本件特許権を侵害している。別紙被告製品成分組成一覧表1及び同表2によれば,被告製品中には,泡調整剤であるノニルフェノールEO2モル付加物(ノニポール20)が0.56wt%含まれている。
なお,被告の開示した別紙被告製品成分組成一覧表1によれば,被告製品中には,イソプロピルアルコールが0.108%(2.2×0.049),ノルマルプロピルアルコールが0.211%(2.2×0.096)配合されており,同表2によれば,被告製品中には,イソプロピルアルコールが0.147%(3.0×0.049),ノルマルプロピルアルコールが0.288%(3.0×0.096)配合されている。これらのアルコール類が泡調整剤であるか否かという議論を別として,仮にこれらのアルコール類が泡調整剤であるとしても,前述の,ノニルフェノールEO2モル付加物と合算しても,その量はいずれも2wt%未満である。
したがって,これらのアルコール類が泡調整剤であると否とにかかわらず,被告製品は,2wt%未満の泡調整剤を含むものであり,本件特許権を侵害している。
(ウ) エチルアルコールは泡調整剤でないこと 別紙成分組成一覧表1及び同表2に基づき作成した試料により原告が行った,甲11,16の1ないし8,甲17の1ないし8,甲18の実験結果により,エチルアルコールは,消泡作用が認められず,泡調整剤でないことが確認されている。
また,被告開示の別紙被告製品成分組成一覧表1及び同表2を前提とした実験(甲29及び32の1ないし8)においても,被告が泡調整剤であると主張しているソルミックスAP-7中,エチルアルコールのみを被告製品の組成中から除いたものは,そうでないものと消泡時間に差が認められず,泡調整剤でないことが確認されている。
なお,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に,「泡調整剤としては(中略)シリコンオイル,高級アルコール,ワックスを水で乳化したエマルジョン型,シリカ,ワックスをオイルスラリーにしたオイルスラリー型,イソプロピルアルコール,ブタノール,オクタノール等のアルコール型を使用することができ,‥‥」との記載があるが,これは,アルコールの場合,炭素数が3であるイソプロピルアルコール以上の炭素数を有するアルコール類には,その炭素の結合状態によっては泡調整効果を有するものがあるという発明者の知見に基づき,上記記載をしただけである(アルコール型として例示したものは,イソプロピルアルコールは炭素数が3,ブタノールは炭素数が4,オクタノールは炭素数が8であり,炭素数が3以上のものを炭素数が少ないものから順に挙げたにすぎない。)。したがって,数千種類あるアルコール類すべてを泡調整剤であると解釈することは,上記「発明の詳細な説明」欄の記載を正しく解釈したものでなく,炭素数が2であり,上記アルコール型として記載されていないエチルアルコールを,上記「発明の詳細な説明」欄の記載に基づき泡調整剤であるとする被告主張は,失当である。
(エ) ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液は,泡調整剤でないこと a 原告の行った,甲29及び34の1ないし10の実験結果により,ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液は,単体においても,ソルミックスAP-7との相乗効果においても,何らの消泡作用が認められず,泡調整剤でないことが確認されている(詳細は,原告第八準備書面2ないし8頁)。
そもそもラノリン脂肪酸は,ラノリン(羊毛蝋)より分離生成された有機脂肪酸であり,その乳化安定性から,カルボン酸(有機酸)石鹸や乳液の原料として使用されるものである。また,モルフォリンは,1塩基性の強塩基アミンであり,塩基性アミンは脂肪酸との石鹸の原料として利用されている。したがって,これらの化合物であるラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液も,当然ながら普通の石鹸液であり,アニオン系界面活性剤に属するものであり,起泡性を有し,それ自体発泡するものであるから,泡調整剤たり得ない。
b 仮に,被告の主張するように,ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が泡調整剤だとしても,原告の分析によれば,その純分は0.09wt%にすぎないから,他の泡調整剤と合計しても2wt%に満たず,本件特許権を侵害する。
c 被告は当初,ソルミックスAP-7のみが泡調整剤であると主張しており,被告製品の成分組成を開示した平成12年4月24日付け被告第7準備書面においても,上記のように主張していた。その後,原告の反論を受けて,同年8月28日付け第9準備書面において,ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が泡調整剤であるとの主張をするに至ったものである。被告は,従前の主張のままでは敗訴の可能性があると判断して,本来は起泡のために混合しているラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が泡調整剤であると主張するようにしたことは明らかで,かかる主張は時機に適した主張とは到底いえない。
イ 被告の主張 (ア) ソルミックスAP-7(アルコール)は,泡調整剤である。
乙3の2,乙7ないし10の文献から明らかなように,低級アルコール(特にエタノール)に泡調整機能,特に泡の発生を抑止し,発生した泡を消す作用があることは,当業者の技術常識である。原告も,本件明細書,本件特許発明と同種の技術思想に基づく昭和62年4月2日出願の発明(出願番号:特願昭62-79704。以下「第2発明」という。)及び同年7月3日出願の発明(出願番号:特願昭62-165401。以下「第3発明」という。)のいずれにおいても,炭素数1から5程度の低級アルコールに泡調整作用があることを認めている。
これらを参酌すれば,本件発明におけるアルコール型泡調整剤として炭素数1〜3のアルコール(メチルアルコール,エチルアルコール,プロピルアルコール)を用いることができるのは当然である。したがって,被告製品に2.2wt%(別紙被告製品成分組成一覧表1)ないし3.0wt%(同表2)配合されているソルミックスAP-7(アルコール)は,泡調整剤である。
(イ) ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液は,泡調整剤である。
被告製品に4wt%含まれているラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が泡調整剤であることは,被告製品と,被告製品からラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液を除いた比較対照品を用いて,タイヤに噴射実験をした乙22,23において,被告製品と比較対照品に消泡時間において顕著な差があることから明らかである。
なお,原告は,被告主張のラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が4.0wt%含まれることを前提としても,うち純分は0.09wt%にすぎないので,他の泡調整剤と合計しても2wt%を越えないとの主張を,弁論準備手続が終結した後の弁論期日において初めて主張した。上記主張が失当であることはいうまでもないが,明らかに時機に遅れた主張であり,却下されるべきである。
(ウ) ノニルフェノールEO2付加物について 前記のとおり,「乳化剤」と「2wt%を越えない泡調整剤」は,別の剤として存在していなければならない。被告製品の乳化剤は,ノニポール20,55,160の3種のノニポール(ノニルフェノールEO)からなっており,その3種の配合及びその量は,乳化の基本的技術に基づいて採用され,基剤作成時この3種のノニポールを同時に添加し,三者加重平均でHLB値を約10.5とし,被乳化油であるシリコンオイルの所要HLB値にほぼ一致させ,シリコンオイルを乳化している。 原告は,甲11,14ないし18で実験を行い,ノニルフェノールEO2付加物が泡調整剤であることは明らかであると主張する。しかし,この実験において,原告が基にした被告製品の成分分析表は,被告が開示した前記配合処方と異なっているから,上記実験における被告製品相当品は,被告製品の追試たり得ない。次に,原告の被告製品相当品の調製方法として,乳化剤として,日光ケミカルズ株式会社の「NP-15」(ノニルフェノールEO15付加物)のみを使用しているが,このNP-15のHLB値は18である。この値は極めて親水性の高いもので,シリコンオイルの所要HLB値10.5とかけ離れており,乳化の技術常識におよそ反している。上記被告の基剤の調整法とは全く異なる。 原告は,この基剤に,上記会社製の「NP-2」及びエタノールを添加し,これを被告製品相当品(第1原液)とし,このほかエタノールのみを添加した第2原液,NP-2のみを添加した第3原液により,比較対照実験を行っている。しかし,基剤も,添加物も被告製品と異なるから,その結果を問わず,被告製品中のノニポール20が泡調整剤であることにはならない。
2 争点2(被告が被告製品を製造・販売する行為は,本件特許権の間接侵害となるかどうか)について (1) 原告の主張 本件特許権は,方法の特許であるところ,被告は,業として本件発明の実施のみに使用する被告製品を生産し,譲渡しているものであるから,当該行為は,本件特許権の間接侵害(特許法101条2号)に該当する。被告製品が本件発明の実施のみに使用するものであることは,被告製品の容器の外面に貼付されている説明書上部に,「拭きとり不要のタイヤクリーナー」,名称欄に「自動車用タイヤのつや出しクリーナー」,用途欄に「自動車用タイヤの洗浄及びつや出し用」,特長欄に「拭きとり,水洗いが不要なのでタイヤのお手入れが簡単にできます」,使用方法欄に「タイヤから約15cm離して均一にスプレーします。」「そのまま乾燥させます。拭きとりの必要はありません。」などという記載があることからも明白である。
したがって,被告製品は,本件特許権の構成要件Bの方法にのみ使用するものであり,被告が被告製品を製造・販売する行為は,本件特許発明実施にのみ使用する物の製造・販売行為であって,特許法101条2号間接侵害行為に該当し,本件特許権を侵害するものとなる。
被告は,被告製品は拭き取りを要するものであるから,本件特許発明実施「にのみ」使用する物ではないと主張する。しかしながら,前記規定の「にのみ」の解釈としては,「他の用途」が商業的,経済的にも実用性ある用途として社会通念上通用し承認され得るものであり,かつその用途が現に通用し承認されたものとして実用化されている必要があると解するのが判例・学説である。被告製品には,本件特許発明使用方法以外には,「商業的,経済的にも実用性ある用途として社会通念上通用し承認された」用途は存しない。
また,被告は,直接侵害が成立しないときには,間接侵害も成立しない,といういわゆる従属説を主張するが,直接侵害が成立しなくても,特許法101条各号の要件が満たされれば特許権侵害が成立するといういわゆる独立説が判例・学説の採用するところであるから,上記被告の主張は失当である。
(2) 被告の主張 ア 本件特許発明は,構成要件Bの@及びA「要件Aの洗浄剤を,洗浄面に吹き付けて泡を発生させることにより,洗浄面に付着する汚れ等を浮き上がらせ」るとの洗浄方法を採用したものであるが,このような汚れには,大小・程度様々なものがあり,汚れのひどい場合,洗浄剤を「洗浄面に吹き付けて泡を発生させることにより,洗浄面に付着する汚れ等を浮き上がらせ」ることは困難であり,被告製品も,技術常識からみて,水洗いや拭き取ることなしに上記方法を実現できない。
したがって,被告製品は,上記方法の実施にのみ使用されるものでなく,間接侵害は成立しない。また,被告製品は水による洗浄の後,タイヤの艶出しにのみ使用されることもあり,この点からも,間接侵害は成立しない。
イ 本件特許発明は,構成要件BのB「洗浄剤を,流下させる」方法であることが定められている。しかし,被告製品は,ダッシュボード,ドアの内張,ドアモール,バンパーなどの鉛直面や傾斜面でない部分にも使用されており,このような場合には,流下しないので拭き取ることになる。したがって,被告製品は上記方法にのみ使用されるものでなく,間接侵害は成立しない。また,構成要件BのCも,「拭き取りすることなく洗浄面を洗浄させる」ことを定めているが,この点も,被告製品はその使用時に拭き取りすることが多々あるので同様である。
ウ 本件特許発明は,方法の発明であり,その方法を使用する行為が直接侵害である。
一方,被告製品は一般家庭の消費者が購入して使用する物である。家庭内使用は「業として」の実施に当たらず,直接侵害は成立しない。間接侵害は,直接侵害が発生するときその予防として機能すべきものであるから,直接侵害が発生しないときには,間接侵害も成立しない。
3 争点3(被告製品の構成要件BCの充足性。すなわち,被告製品は拭き取りを要しないものかどうか)について (1) 被告の主張 被告製品は,「拭き取りすることなく洗浄面を洗浄させる」ものではない。被告製品を用いた後,拭き取り作業を要するものである。
被告の行った乙29,30の1ないし3の実験では,被告製品をタイヤ表面に噴射した後の状態が,単に噴射しただけで放置したものでは,スジ,しわ,むらが多数見られること,タイヤ表面に付着した汚れを落とすことが不可能であること,噴射した後拭き取り作業をしたものとは仕上がり感に大きな差異があることが明らかとなっている。被告製品の「使用上の注意及び使用方法」においても,「(汚れのひどい場合は軽く落としてからスプレーしてください。)ムラが出た場合は再度スプレーして拭き上げてください。」と記載されている。上記結果は,原告の行った実験(甲10,12の7及び8,甲13の7及び8)によっても,裏付けられている。
被告製品の使用実態調査においても,圧倒的多数のユーザーが,洗車時にタイヤを水洗いしてタイヤの汚れを落としてから被告製品を含むタイヤクリーナーをつや出しのために使用しているし,汚れやムラが気になったとき,拭き上げを行っているのである。
したがって,被告製品は構成要件BCを充足しない。
(2) 原告の主張 被告製品は,本件特許発明構成要件B記載の洗浄方法によって使用されているのは明らかである。このことは被告製品の説明書からも裏付けられる。すなわち,各説明書中には,「本品をタイヤから約20cm離して均一にスプレーしてください。」,「泡が汚れを浮き上がらせます。」,「水洗い不要」,「拭き上げは不要です。」,「30秒位で汚れが流れ落ちます。」,「見違えるほど黒く美しく仕上がります。」,「使用上の注意及び使用方法D拭き上げは不要です。」,「泥(泡の誤植と思われる。)が消え,汚れが流れ落ちれば終了です。」,「自動車用タイヤの洗浄及びつや出し用」などの記載があり,被告製品1の説明書中には,「タイヤの汚れを落としツヤを出す」と,被告製品2の説明書中には,「タイヤのガンコな汚れを落としツヤを出す」などと記載されていることから明らかである。さらに,被告のウェブサイトにおける被告製品2の説明にも同旨の記載があり,被告製品が前述の艶出し洗浄方法に使われていることが明らかである。
4 争点4(原告の損害)について (1) 原告の主張 ア 消極損害 被告は,本件特許権の出願公告日(平成6年法律第116号による改正前の特許法52条)の翌日である平成6年9月15日から本訴提起時までの間,少なくとも被告製品を合計100万個製造した。
原告は,本件特許権を実施して,「ノータッチ」なる名称の商品(以下「原告商品」という。)を製造して販売しているところ,原告商品の1個当たりの利益額は150円であるから,これに被告が販売した100万個を乗じると1億5000万円となる。原告は原告商品を販売しており,原告商品は同種商品の中で最も多く製造販売されているものであるから,被告が被告製品を製造販売しなければ,原告はさらに100万個を製造販売することができたものであり,また原告にはその実施能力も十分あったものである。したがって,被告の本件特許権侵害行為により,少なくとも1億5000万円が,特許法102条1項により原告が受けた損害額となる。
イ 積極損害 (ア) 成分分析費用 原告は,被告製品が本件特許権を侵害していることを調査するため,被告製品を購入のうえ,その成分分析を原告の研究所において行うとともに,日本油脂株式会社化学研究所に依頼した。したがって,原告は,上記成分分析費用39万0600円の支出を余儀なくされた。 (イ) 弁護士費用 原告は,本件の訴訟追行を弁護士及び弁理士に依頼した。弁護士及び弁理士費用は,訴額の1割である1500万円が相当である。
以上合計1億6539万0600円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年2月3日から支払済みまで年5分の割合による損害金の支払を求める。 (2) 被告の主張 上記主張はいずれも否認又は争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告製品の構成要件AAの充足性)について (1) 「泡調整剤」とは何か 本件特許発明構成要件AAは,「2wt%を越えない範囲で泡調整剤を配合してなる」というものであるので,まず「泡調整剤」とは何かについて検討する。
ア 「泡調整剤」という用語は,技術用語として一般に用いられているものではなく,本件明細書中にも何ら定義されていない。
イ この点につき原告は,本件特許発明における「泡調整剤」とは,基剤と共に使用されて,大気中で発生した泡に対し消泡効果を有する化学剤であって,いったん発生した泡を速やかに消すために用いるものである,と主張する。そして,その根拠として,消泡作用と呼ばれるもののなかには,既に生成している泡に付与した場合にその泡を消す破泡作用と,溶液に最初から混合した場合に泡立ちを抑制し,したがって,起泡させてもその泡が速やかに消える抑泡作用とがあり,両者は異なるものであるところ,本件明細書にいう「泡調整剤」は,上記のうち抑泡作用を示すものであり,このことは特許請求の範囲の記載から明確である,と主張し,その裏付けとして甲22ないし24(界面活性剤に関する技術文献等)を提出する。
ウ 上記甲22ないし24には,いずれも要旨以下のような記載がある。
「2本の試験管に,希薄な石鹸水を同量入れて,同じ方法,同じ強さで振るといずれも泡が立つ。この1本(A)に,エチルアルコールのような低級アルコールを,もう1本(B)にはシリコンを少量混ぜて,静置すると,Aは速やかに泡が消えるが,Bは変化を示さない。しかし,両者を再度強く振ると,Aは再度泡が立つが,泡の消えなかったBは,全く泡が立たなくなる。このことは,エチルアルコールのような低級アルコールは破泡作用のみを有し,シリコンは抑泡作用のみを有することを指している。」 エ しかしながら,上記記述は,エチルアルコールのような低級アルコールは破泡作用のみを有し,シリコンは抑泡作用のみを有することを指しているとはいえても,原告が抑泡作用を有すると主張する「泡調整剤」が,いったん発生した泡に対し,どのような作用を有するかは全く示していない。結局,「泡調整剤」の意味は明確でなく,本件明細書に記載された作用効果を奏するものを「泡調整剤」と解するほかない。すなわち,基剤に2wt%を越えない範囲で配合され,発生した泡を消泡させる作用を奏するもの,と考えるべきである。
本件明細書における本件特許発明の特許請求の範囲には,「シリコンオイルに乳化剤を加えて水に分散させた基剤に,」との記載があり,「発明の詳細な説明」欄においても,乳化剤は基剤成分として,また,泡調整剤は基剤に配合する成分として記載されているから,乳化剤は基剤成分であり,泡調整剤とは別の成分と考えられる。
これらのことから,「泡調整剤」については,以下の3つのことが要件となると解すべきである。
@ 基剤に2wt%を越えない範囲で配合されていること。
A 基剤及びこれに含まれる乳化剤とは別の成分で,これに加えられたものであること。
B 発生した泡を消泡する作用を有するものであること。
以下,被告製品の配合成分の中で,原告が泡調整剤であると主張するものについて,上記の作用を有するものかどうかを検討する。
(2) ノニルフェノールEO付加物は泡調整剤か。
ア 被告製品の配合成分について (ア) 原告は,被告製品の配合成分について,別紙成分組成一覧表1及び同表2のとおりであると主張している。他方,被告は,前記当事者の主張1(1)イ(ア)のとおり,製造期間によって配合が異なり,別紙被告製品成分組成一覧表1及び同表2のとおりであると主張している。このように,配合成分について争いはあるものの,原告は,いずれの配合によっても被告製品中に含まれるノニルフェノールEO4以下付加物が,泡調整剤であると主張している。
(イ) 本件明細書においては,「発明の詳細な説明」欄に,「一方泡調整剤としてはポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤型,シリコンオイル,高級アルコール,ワックスを水で乳化したエマルジョン型,シリカ,ワックスをオイルスラリーにしたオイルスラリー型,イソプロピルアルコール,ブタノール,オクタノール等のアルコール型を使用することができ,‥‥」(本件公報3欄32行〜37行)との記載があり,また,実施例として,配合例1及び2を示している。その中で,泡調整剤は,配合例1においては「シリコーン系泡調整剤(アワクリーン12タイホー工業株式会社製)」とされ,配合例2においては「ポリエーテル型非イオン界面活性剤を主成分とする泡調整剤(アワクリーン1020タイホー工業株式会社製)」とされ,いずれも原告の商品名で記載されているので,その成分等が不明であり,かろうじてシリコン系物質(配合例1),ポリエーテル型非イオン界面活性剤(配合例2)を含むことのみが明らかになっている。
(ウ) 被告製品に含まれているとされるノニルフェノールEO付加物は,上記泡調整剤として例示されているうちの「ポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤」であり,かつ「ポリエーテル型非イオン界面活性剤」である。そこで,このノニルフェノールEO2付加物が泡調整剤といえるかどうか検討する。
イ 基剤と泡調整剤との相違 (ア) 本件特許発明の内容からすると,上記のように,「泡調整剤」であるか否かは,実際にその物質が基剤に対して奏する作用効果をもって判断するほかない。前記(2)ア(イ)などのように,界面活性剤は,本件明細書には,乳化剤としても泡調整剤としても記載されているので,当該製品を分析した結果,消泡作用を有する界面活性剤が被告製品に含まれていたとしても,そのことから直ちに,その物質が泡調整剤であるということにはならない。前記(1)エに記載したとおり,本件特許権にいう「泡調整剤」といえるためには,基剤及びこれに含まれる乳化剤とは別の成分で,かつ消泡作用を有するものであることを要し,原告はこの点を立証することを要するというべきである。ところが,原告は,被告製品に含まれるノニルフェノールEO付加物のうち,原告主張の組成を前提とすれば2付加物は泡調整剤であり,15付加物は乳化剤であると主張し,被告主張の組成を前提とすれば,2付加物は泡調整剤であり,5.5付加物及び16付加物は乳化剤であると,それぞれ主張するが,このことの立証は全くされていない。かえって,乙21などの文献に記載された知見からすると,被告製品においては,被告の主張するように,シリコンの安定的な乳化のために,後記ウ(イ)のように,ノニポール20,55,160の異なった3種類の界面活性剤を混合して,乳化剤として使用していると考えるのが技術常識に合致すると考えられる。
(イ) 結局,本件においては,基剤がどのようなものであり,2wt%を越えない泡調整剤である物質が,泡調整剤としてそれに添加されたことを立証しない限り,構成要件AAが充足されたことの立証にはならないというべきである。したがって,原告は,2wt%を越えない泡調整剤である物質が,泡調整剤として基剤に添加されたことを立証し得ていないというほかない。
ウ HLB値と泡調整機能 (ア) また,原告は,原告が本件特許出願において特許庁に対して提出した異議答弁書(乙31)の8頁下から7行目ないし3行目において,次のように述べている。「界面活性剤型の消泡剤は,多くの文献に開示され,少なくとも当業者にとっては広く知られているものであって,乳化剤として用いられる界面活性剤と明らかに区別され得るものである。本願発明に用いられるポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤型の泡調整剤は,HLBが低く(1〜4程度)水に対する溶解度が小さいからこそ消泡効果を有する。」。この記載は,本件特許発明における界面活性剤型の泡調整剤の消泡効果を奏するものはHLB値が低く(1〜4程度),乳化剤として用いられる界面活性剤との関係において,HLB値では区別ができるということを述べたものと認められる。なお,証拠(乙13,14)によれば,HLB値は,親水基親油基バランスのことで,親水基のwt%×1/5で示されるものである。文献(乙13ないし18)にも,消泡剤として使用可能なHLB値が1ないし4程度であるとの知見が記載されており,原告の異議答弁書の記載はこのような知見を意識して記載されたものと認められる。そうすると,通常「1〜4程度」といえば,5以上は含まれないものと解されるので,5以上のものは意識的に除外されているということもできる。
(イ) 乙19及び弁論の全趣旨によれば,被告製品には,原告主張のノニルフェノールEO付加物としては,三洋化成工業株式会社の製造するノニポール20,ノニポール55,ノニポール160が含まれており,それらのHLB値は,それぞれ,5.7,10.5,15.2であると認められる。
そうすると,これら成分はいずれもそのHLB値が5以上であるので,いずれも上記異議答弁書の記載により,泡調整剤から意識的に除外されているということもでき,この点からも原告の上記主張は失当である。
エ 原告の実験について 原告は,様々な実験を行って,原告が泡調整剤と主張する成分の消泡作用について述べているので,これについて検討する。
(ア) 甲11ないし17の実験について 甲11ないし17の実験は,甲8の分析により原告が被告製品の組成であると主張している配合成分(別紙成分組成一覧表1及び2)を配合したものと,上記配合成分中,ノニルフェノールEO2付加物を添加していないものをタイヤに噴射し,その消泡効果を見たものと認められる。この実験結果によれば,ノニルフェノールEO2付加物を添加していないものが,添加したものに比して消泡が遅く,消泡効果が劣るといえるから,原告はこれをもってノニルフェノールEO2付加物が泡調整剤であると主張する。
確かに,この実験の結果によれば,ノニルフェノールEO2付加物を添加していないものが,添加したものに比して消泡が遅いことがわかるから,この成分が消泡機能を有していることが認められる。しかしながら,上記イにも述べたとおり,本件特許権にいう「泡調整剤」は,基剤及びこれに含まれる乳化剤とは別の成分で,かつ消泡作用を有するものであることを要する。上記実験において,原告が何を基剤としたかは不明であり,かつそれが被告製品におけるそれと同一であることの立証はされていない。上記イに述べたように,被告製品を分析し,その成分を混合しただけでは,被告製品における基剤が何であって,それに加えた泡調整剤が何であるかは全く明らかになっていないというべきである。
さらに,上記実験において,ノニルフェノールEO2付加物を添加していないものにも,ノニルフェノールEO15付加物は配合されている。被告の使用するノニポールのような市販の界面活性剤は混合物であり,その中には各付加モル数の成分が存在し,それらが全体としての作用効果を奏するものであることは一般的な知見であり,当事者双方も認めるところである。であれば,ノニルフェノールEO15付加物中にも2付加物のような低付加物が分布として存在するはずであるが,それにもかかわらず2付加物を添加していない試料に消泡効果が見られないことからすると,乳化剤として基剤に添加したノニルフェノールEO低付加物は,泡調整剤といえないことが認められ,このことは,泡調整剤として機能するためには,別途添加されることを要するとの上記解釈を裏付けるといえる。
以上によれば,この実験をもって,被告製品において原告が泡調整剤であると主張するノニルフェノールEO2付加物が泡調整剤であることが立証されているとはいえない。
(イ) 甲29ないし34の実験について 甲29ないし34の実験は,被告主張の配合処方に従い,別紙被告製品成分組成一覧表2のとおりに配合して,@被告製品と同じ組成のもの,A被告製品からノニポール20を除き,代りに等量の水を加えたもの,B被告製品の組成からラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液及びソルミックスAP-7を除き,代りに等量の水を加えたもの,C被告製品の組成からラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液を除き,代りに等量の水を加えたもの,D被告製品の組成からソルミックスAP-7中のエチルアルコールのみを除き,代りに等量の水を加えたもの,E被告製品の組成からソルミックスAP-7を除き,代りに等量の水を加えたもの,の6つの配合例を作成し,被告製品に含まれるラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液及びソルミックスAP-7中のエチルアルコールが泡調整剤でないことを立証するというものである。
しかしながら,これら実験も(ア)の実験と同様,原告が泡調整剤であると主張する成分を添加したものと添加していないものをタイヤに噴射して,その消泡作用を見たものであるところ,上記同様,この実験においても,基剤の調製方法は不明であり,かつそれが被告製品におけるそれと同一であることの立証は何もないというべきであるから,被告製品中の原告が泡調整剤であると主張する成分が,被告製品において基剤及びこれに含まれる乳化成分と別の成分として消泡作用を有していることを立証するものとはいえないというべきである。
(3) なお,被告は,被告製品中のソルミックスAP-7(エチルアルコールを主成分とする。)及びラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液が泡調整剤であると主張するが,本件において当事者双方が提出した全証拠によっても,これらが本件特許発明における泡調整剤に該当するかどうかは不明である。
2 以上判示したとおり,被告製品に,2wt%を越えない範囲で泡調整剤が配合されていることは立証されていないというほかない。
そうすると,被告製品は,本件特許の構成要件AAを満たすと認められないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求は,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
物件目録1商品名「BLACK&BRIGHT(ブラック&ブライト)」と称する艶出し洗浄剤2商品名「PROCLEAN(プロクリーン)タイヤクリーナー」と称する艶出し洗浄剤別紙成分組成一覧表1(ブラック&ブライト)別紙成分組成一覧表2(プロクリーン)被告製品成分組成一覧表成分wt%1シリコンオイル20.00ノニポール20(ノニルフェノールEO2付加物)0.56ノニポール55(ノニルフェノールEO5.5付加物)0.56ノニポール160(ノニルフェノールEO16付加物)0.60イソステアリン酸アンモニウム0.04亜硝酸ソーダ0.10アンモニア水0.50アイソパーM(イソパラフィン系溶剤)1.00ソルミックスAP-7(アルコール)2.20(内訳)エチルアルコール85.5%イソプロピルアルコール4.9%ノルマルプロピルアルコール9.6%ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液4.00水70.44成分wt%2シリコンオイル20.00ノニポール20(ノニルフェノールEO2付加物)0.56ノニポール55(ノニルフェノールEO5.5付加物)0.56ノニポール160(ノニルフェノールEO16付加物)0.60イソステアリン酸アンモニウム0.04亜硝酸ソーダ0.10アンモニア水0.50アイソパーM(イソパラフィン系溶剤)1.00ソルミックスAP-7(アルコール)3.00(内訳)エチルアルコール85.5%イソプロピルアルコール4.9%ノルマルプロピルアルコール9.6%ラノリン脂肪酸モルフォリン石鹸液4.00水69.64
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 中吉徹郎