関連審決 |
審判1999-35191 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成12行ケ53審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11行ケ398特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16行ケ165特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11行ケ142審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 技術的意義 / 実施 / 設定登録 / 請求の理由 / 訂正の許否 / 新規事項追加(新規事項の追加) / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
310号
審決取消請求事件
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原告 豊田合成株式会社 訴訟代理人弁護士 大場正成 同 尾崎英男 同 嶋末和秀 同 黒田健二 同 弁理士 平田忠雄 同 樋口武尚 被告 日亜化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 品川澄雄 同 吉利靖雄 同 弁理士 青山葆 同 河宮治 同 石井久夫 同 北原康廣 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/06/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成11年審判第35191号事件について平成12年6月16日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「窒化物半導体発光素子」とする特許第2780691号発明(平成7年12月1日出願、平成10年5月15日設定登録、以下、この特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 本件特許につき、平成11年4月22日に原告が無効審判の請求をしたところ、被告は、同年8月17日に本件特許に係る明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求(以下、この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」といい、本件訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)をした。 特許庁は、上記審判請求を平成11年審判第35191号事件として審理した上、平成12年6月16日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月21日に原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 (1) 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなり、第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInxGa 1-x N(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAlyGa 1-yN(0 【請求項3】p型窒化物半導体層上に、GaNよりなるp型コンタクト層を有することを特徴とする請求項1または2記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項4】GaNよりなるn型窒化物半導体層およびGaNよりなるp型コンタクト層を有し、該n型窒化物半導体層とp型コンタクト層との間にインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる活性層を備え、該p型コンタクト層側で該活性層に接してAlyGa 1-y N(0 【請求項7】活性層が、ノンドープのものであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項8】活性層にドナー不純物および/またはアクセプター不純物がドープされていることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項9】活性層が、厚さ100オングストローム以下の井戸層を有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項10】活性層が、厚さ70オングストローム以下の井戸層を有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項11】活性層が、InzGa 1-z N(0 【請求項3】p型窒化物半導体層上に、GaNよりなるp型コンタクト層を有することを特徴とする請求項1または2記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項4】GaNよりなるn型窒化物半導体層およびGaNよりなるp型コンタクト層を有し、該n型窒化物半導体層とp型コンタクト層との間にインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる活性層を備え、該p型コンタクト層側で該活性層に接してAlyGa 1-y N(0 【請求項7】活性層が、ノンドープのものであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項8】活性層にドナー不純物および/またはアクセプター不純物がドープされていることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。 【請求項9】活性層が、In zGa 1-z N(0 特許法36条4項又は6項の規定に違反するものではなく、 本件特許の出願当初の明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものであって、同法17条の2第3項に違反するものではなく、 特開平6-268259号公報、特開平6-177423号公報(以下「引用例」という。)及び特開平4-68579号公報にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるから、本件訂正は同法134条5項において準用する同法126条1項〜4項の規定(注、「平成11年法律第41号による改正前の特許法134条5項において準用する同法126条2項〜5項」の趣旨であると解される。)に適合するとして、本件訂正を認め、A無効審判請求の理由及び証拠によっては、本件訂正発明についての特許を無効とすることができないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本件訂正が、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではないこと、本件訂正発明の認定、特開平6-268259号公報、引用例及び特開平4-68579号公報にそれぞれ記載された事項の認定は認める。 審決は、本件訂正の許否の判断において、本件訂正発明1が特許法36条4項又は6項の規定に違反するものではない旨誤って判断し(取消事由1)、また、 本件訂正発明1が引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない旨誤って判断した(取消事由2)結果、本件訂正発明1につき、 特許出願の際独立して特許を受けることができるものであると誤認して本件訂正を認めたものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(訂正明細書の記載不備) (1) 訂正明細書(甲第3号証添付)の特許請求の範囲の請求項1の記載のうちの「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との部分は、本件訂正発明1に係る作用効果を特許請求の範囲に記載したものであるが、訂正明細書上、本件訂正発明1において、そのような作用効果を実現するための構成が明らかではない。 この点につき、審決は、「本件訂正発明1・・・は、『活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とすることにより、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること』にあることは、特許請求の範囲の記載から明らかであり、その点に関する詳細な説明は、図2及びそれに関する説明箇所に記載されている。したがって、本件訂正発明1・・・における・・・特許を受けようとする発明は、・・・『活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造』により特定されるものである」(審決謄本24頁22行目〜32行目、同24頁36行目〜25頁8行目も同旨。)と判断した。 しかしながら、訂正明細書(甲第3号証添付)には「図2は単一量子井戸構造の活性層の厚さ、つまり井戸層の厚さと、発光素子の発光ピーク波長との関係を示す図である。なお、図2において線αは活性層がノンドープIn0.05 Ga 0.95Nよりなる発光素子を示し、線βは活性層がノンドープIn 0.3 Ga 0.7 Nよりなる発光素子を示している。両方とも発光素子の構造は第2のクラッド層と、第1のn型クラッド層と、活性層と、第1のp型クラッド層と、第2のp型クラッド層とを順に積層したダブルヘテロ構造である。」(段落【0033】)と記載されており、したがって、上記図2(本件特許の願書に添付された図面、甲第2号証10頁、以下単に「図2」という。)に示された実験例における発光素子の構造は、「第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInxGa 1-x N(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAlyGa 1-yN(0 かえって、訂正明細書の「本発明において、井戸層の膜厚は100オングストローム以下、さらに好ましくは70オングストローム以下となるように形成することが望ましい。図2は本発明の素子による発光素子の一例を示したものであるが、発光波長が長波長側に移行する波長範囲は、活性層に引っ張り応力を与える第2のクラッド層、第1のクラッド層の組成によっても異なり、またそれらの組成によって活性層の好ましい膜厚も多少変化する」(段落【0036】)、「第2のn型クラッド層4を第1のn型クラッド層5に接して形成すると、活性層にさらに大きな引っ張り応力を加えて、発光波長を長波長側にシフトさせることが可能である」(段落【0021】)との記載にかんがみれば、仮に、第2のn型クラッド層及び第2のp型クラッド層を備えた発光素子による図2の実験例において、活性層の井戸層の厚さを70オングストローム以下とすることにより、発光波長が長波長側にシフトするということはいえたとしても、第2のn型クラッド層及び第2のp型クラッド層を有していない本件訂正発明1においても、活性層の井戸層の厚さを70オングストローム以下とすることにより発光波長が長波長側にシフトするとの結果が得られるということはできない。 したがって、本件訂正発明1が「『活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造』により特定される」とした審決の上記判断は誤りであり、訂正明細書上、本件訂正発明1において、特許請求の範囲の請求項1に記載された「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との作用効果を実現するための構成が明らかではないから、訂正明細書は、特許法36条4項、6項に反するものである。 (2) 被告は、訂正明細書の実施例6(段落【0056】)に、インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体より成る活性層の第1の面に接してInxGa 1-x Nより成るn型窒化物半導体層を備え、当該活性層の第2の面に接してAlyGa 1-y Nより成るp型窒化物半導体層を備え、当該活性層を厚さ70オングストロームの井戸層を有する量子井戸構造とする発光素子が記載されており、その発光ピーク波長が525nmであることが開示されていると主張する。 しかしながら、訂正明細書の実施例6に記載された発光素子においては、 n型窒化物半導体層がGaN、すなわち、特許請求の範囲の請求項1で「InxGa 1-xN(0≦x<1)よりなる」と規定されたn型窒化物半導体層におけるx=0の場合の組成より成るものである。上記のとおり、訂正明細書に「発光波長が長波長側に移行する波長範囲は、活性層に引っ張り応力を与える第2のクラッド層、第1のクラッド層の組成によっても異なり、またそれらの組成によって活性層の好ましい膜厚も多少変化する」(段落【0036】)と記載されていることに照らして、このようなn型窒化物半導体層がGaNである唯一の実施例により、n型窒化物半導体層がInGaNの全組成範囲(InN、すなわち、x=1の場合の組成を除く。)である本件訂正発明1が根拠付けられるものではない。 2 取消事由2(新規性又は進歩性の欠如) (1) 審決は、「本件訂正発明1〜10(注、本件訂正発明)は、『活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とすることにより、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること』としたものであるが、上記『活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること』は、上記甲第1号証〜甲第3号証刊行物(注、特開平6-268259号公報、引用例及び特開平4-68579号公報)には記載も示唆もされていない。そして、本件訂正発明1〜10は『活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること』により、従来困難であった色純度のよい高輝度な緑色LEDを実現できるという作用効果を呈するものである。したがって、本件訂正発明1〜10は、上記甲第1号証〜甲第3号証に記載の発明に基いて当業者が容易に発明することができたものではない」(審決謄本30頁17行目〜28行目)と判断した。 しかしながら、引用例(甲第5号証)の特許請求の範囲の請求項1の「n型Ga1-a Al aN(0≦a<1)層と、n型In xGa 1-x N(但し、Xは0 これから容易に推考できたものであるから、審決の「甲第1号証〜甲第3号証(注、特開平6-268259号公報、引用例及び特開平4-68579号公報)に記載の発明に基いて当業者が容易に発明することができたものではない」との判断が誤りであることは明らかである。 (2) 被告は、本件訂正発明1が引用例記載の発明との重複部分において活性層の厚さを70オングストローム以下とすることを選択したことにより、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という引用例記載の発明とは全く異質で、かつ、顕著な効果を奏するから、本件訂正発明1は引用例記載の発明に対して選択発明に当たるものである旨主張する。 しかしながら、選択発明は、公知文献の先行発明に係る記載が広範囲の包括的表現でのみされており、後行発明の特徴的構成が記載も示唆もないような場合に成り立ちうるものであって、後行発明の「選択された構成」が当該公知文献に記載又は示唆されているときには、選択発明は成立しない。 そして、引用例(甲第5号証)の実施例2(段落【0024】)には、活性層の厚さを50オングストロームとしたものが記載されているから、引用例記載の発明において、n型窒化物半導体層をGaN層とした発光素子についても、活性層の厚さをこの程度とすることが示唆されているといえる。 したがって、本件訂正発明1の活性層の厚さは、単に引用例記載の発明の構成の範囲内であるだけでなく、引用例に実施例として具体的に記載された厚さとも重複するものであるから、本件訂正発明1が選択発明として成立し得るものではない。被告の主張する本件訂正発明1の効果は、引用例記載の発明のn型窒化物半導体層をGaN層とした場合に内在する効果であるにすぎない。 のみならず、訂正明細書(甲第3号証添付)に「図2は単一量子井戸構造の活性層の厚さ、つまり井戸層の厚さと、発光素子の発光ピーク波長との関係を示す図である。なお、図2において・・・線βは活性層がノンドープIn0.3 Ga 0.7 Nよりなる発光素子を示している」(段落【0033】)と記載されているとおり、図2のグラフ中の線βは、In0.3 Ga 0.7 Nの組成より成る活性層(井戸層)の厚さ(横軸)と発光ピーク波長(縦軸)との関係を示したものであるが、被告従業員作成の報告書(乙第1号証)の記載によれば、In0.3 Ga 0.7 Nの本来のバンドギャップエネルギーに対応する発光波長は450nmであるから、線βは活性層の厚さが十分に厚い領域では発光ピーク波長が450nmでなければならない。しかるに、図2の線βは、既に活性層の厚さ300オングストローム付近において、発光ピーク波長480nm前後の値のままほぼ水平となっており、これでは、活性層の厚さが十分に厚い領域でも発光ピーク波長が450nmとならない。すなわち、図2の線βは不正確であり、正確には、活性層の厚さが300オングストロームより厚い領域(横軸の300Å点より右側)でも右下がりとなって、発光ピーク波長450nmに近づいていかなければならない。 そうすると、図2に示された線βでは、活性層の厚さが100オングストローム付近より薄い領域のみで発光ピーク波長が長波長側にシフトしているかのようであるが、上記のような正確な線βを想定すれば、長波長側にシフトするのは、 活性層の厚さが100オングストローム付近より薄い領域だけでなく、300オングストロームより厚い領域でも生じていることが明らかである。 したがって、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という効果は、活性層の厚さを70オングストローム以下とすることを選択したことにより奏する効果ではないから、被告の主張はこの点においても誤りである。 |
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被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。 1 取消事由1(訂正明細書の記載不備)について 原告は、活性層及びこれと直接面を接している層についてのみ規定されている本件訂正発明1の構成において、活性層の井戸層の厚さを70オングストローム以下とすることにより、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること、すなわち、発光波長が長波長側にシフトすることの根拠又は実施例の記載は訂正明細書に存在せず、本件訂正発明1において、特許請求の範囲の請求項1に記載された「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との作用効果を実現するための構成が明らかではないから、訂正明細書は特許法36条4項、6項に反する旨主張する。 しかしながら、訂正明細書(甲第3号証添付)には、実施例6として「実施例1の手法において、n型コンタクト層3を成長させた後、次に直接膜厚70オングストロームのIn0.4 Ga 0.6 Nからなる単一量子井戸構造の活性層6を成長させた。 なお、本素子において、n型コンタクト層3が第1のn型クラッド層として作用している。次に活性層6の上に、第2のp型クラッド層8を成長させ、最後にp型コンタクト層9を成長させた。・・・このLED素子は、If20mAにおいて、Vf3.5V、発光ピーク波長525nm、半値幅40nmの緑色発光を示し、発光出力4mWと非常に優れた特性を示した。」(段落【0056】)との記載があり、また、実施例1には「n型コンタクト層3」につき「Siドープn型GaNよりなるn型コンタクト層3を4μmの膜厚で成長させた」(段落【0045】)との記載、及び「第2のp型クラッド層8」につき「Mgドープp型Al0.3 Ga 0.7 Nよりなる第2のp型クラッド層8を0.1μmの膜厚で成長させた」(段落【0050】)との記載がある。 すなわち、実施例6には、インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体In0.4 Ga 0.6 Nより成る活性層の第1の面に接してIn xGa 1-x N(ただし、x=0)より成るn型窒化物半導体層を備え、当該活性層の第2の面に接してAlyGa 1-y N(ただし、y=0.3)より成るp型窒化物半導体層を備え、当該活性層を厚さ70オングストロームの井戸層を有する量子井戸構造とする発光素子が記載されており、その発光ピーク波長が525nmであることが開示されている。そして、被告従業員作成の報告書(乙第1号証)に記載されているとおり、活性層を構成するIn0.4 Ga 0.6 Nの組成の窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーに対応する光は、発光ピーク波長が480nmであるから、実施例6に記載された発光素子は、発光ピーク波長がこれよりも45nm長く、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること」が示されており、この結果は、図2の実験例の結果とも合致している。 また、訂正明細書の実施例4(段落【0054】)には、In0.05Ga0.95Nより成り、膜厚30オングストロームの井戸層を有する量子井戸構造の活性層の第1の面に接して第1及び第2のn型クラッド層を、第2の面に接して第2のp型クラッド層を備えた発光素子の発光ピーク波長が425nmであることが記載されており(なお、活性層を構成するIn0.05 Ga 0.95 Nの組成の窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーに対応する発光波長は378nm)、上記実施例6の結果に、図2の実験例の結果及び実施例4の結果を併せ考えれば、厚さ70オングストローム以下の量子井戸構造の活性層を有する発光素子であれば、本件訂正発明1の特徴である「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること」が導かれる。 さらに、訂正明細書には、n型窒化物半導体層として、n型GaNのみならず、 n型InGaNを使用する場合をも本件訂正発明1に係る「好ましい組合せ」として記載している(段落【0026】)。 したがって、「インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなり、第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInxGa 1-xN(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAl yGa 1-y N(0 2 取消事由2(新規性又は進歩性の欠如)について (1) 引用例(甲第5号証)に記載された発光素子は、InGaNの組成より成る活性層の上下両面を同一組成であるAlGaN層で挾んだ素子構成を基本とするものであるのに対し、本件訂正発明1は、InGaNの組成より成る活性層の一方の面をAlGaN層で、他方の面をそれとは異なる組成のInGaN層で挾んだ素子構成を基本とするものである。したがって、引用例記載の発明と本件訂正発明1とは、基本的に技術思想の異なる構成の素子に関するものである。 ところで、引用例記載の発明と本件訂正発明1とは、それぞれのn型窒化物半導体層がGaNである場合、すなわち、「Ga1-a Al aN(0≦a<1)層」と規定された引用例記載の発明のn型窒化物半導体層においてa=0であり、かつ、「InxGa 1-xN(0≦x<1)」と規定された本件訂正発明1のn型窒化物半導体層においてx=0であるという、それぞれ極めて特殊な一態様であるときに重複する。 しかしながら、上記重複部分を形成している本件訂正発明1の実施の態様は、引用例記載の発明の上記重複部分を形成している実施の態様において、活性層の厚さを70オングストローム以下とすることを選択した場合に当たるところ、本件訂正発明1は、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成により「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という顕著な効果を奏することができるものである。n型InxGa 1-x N(0≦x<1)層とp型Al yGa 1-y N(0 (2) 原告は、図2の線βは、正確には、活性層の厚さが300オングストロームより厚い領域でも右下がりとならなければならず、発光ピーク波長が長波長側にシフトするのは活性層の厚さが100オングストローム付近より薄い領域だけではないから、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という効果は、活性層の厚さを70オングストローム以下とすることを選択したことにより奏する効果ではないと主張する。 しかしながら、本件訂正発明1において、活性層を厚さ70オングストローム以下に限定する技術的意義は、訂正明細書(甲第3号証添付)の上記実施例6に係る「実施例1の手法において、n型コンタクト層3を成長させた後、次に直接膜厚70オングストロームのIn0.4 Ga 0.6 Nからなる単一量子井戸構造の活性層6を成長させた。なお、本素子において、n型コンタクト層3が第1のn型クラッド層として作用している。次に活性層6の上に、第2のp型クラッド層8を成長させ、 最後にp型コンタクト層9を成長させた。・・・このLED素子は、If20mAにおいて、Vf3.5V、発光ピーク波長525nm、半値幅40nmの緑色発光を示し、発光出力4mWと非常に優れた特性を示した。」(段落【0056】)との記載及び「井戸層は100オングストローム以下、さらに好ましくは70オングストローム以下の膜厚が好ましい」(段落【0031】)との記載に示されているものであって、図2によるものであることを前提とする原告の主張は誤りである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由2(新規性又は進歩性の欠如)について 取消事由1に対する判断はしばらくおき、仮に、審決に取消事由1に係る瑕疵(訂正明細書の記載不備)が存在しないことを前提として、取消事由2について検討する。 (1) 「インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなり、第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInxGa 1-x N(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAlyGa 1-yN(0 そして、上記のとおり、審決に取消事由1に係る瑕疵が存在しないとすれば、「本件訂正発明1・・・は、『活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とすることにより、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること』にあることは、特許請求の範囲の記載から明らか」(審決謄本24頁22行目〜25行目、 24頁36行目〜25頁1行目)なのであるから、特許請求の範囲の記載上、本件訂正発明1の上記「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との構成部分は、「活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とし」との部分を含むその余の部分の構成によって、すなわち、引用例記載の発明と一致(重複)する構成によって奏するとされる作用効果を発明の構成としたものであって、この点は被告においても争うものではない(以下、本件訂正発明1の構成によって奏する効果を検討し、あるいは本件訂正発明1を引用例記載の発明と対比する場合に、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との構成部分は考慮しない。)。 (2) 被告は、上記重複部分を形成している本件訂正発明1の態様は、引用例記載の発明の上記重複部分を形成している態様において、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成を選択した場合に当たり、本件訂正発明1は、当該活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成により「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という引用例に記載も示唆もない顕著な効果を奏することができるものであるから、引用例記載の発明に対して選択発明に当たる旨、また、本件訂正発明1が、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成により「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」という作用効果を奏すること、すなわち、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成の技術的意義は、訂正明細書の実施例6に係る段落【0056】の記載及び段落【0031】の記載に示されている旨主張する。 そして、訂正明細書(甲第3号証添付)には、実施例6として、「実施例1の手法において、n型コンタクト層3を成長させた後、次に直接膜厚70オングストロームのIn0.4 Ga 0.6 Nからなる単一量子井戸構造の活性層6を成長させた。なお、本素子において、n型コンタクト層3が第1のn型クラッド層として作用している。次に活性層6の上に、第2のp型クラッド層8を成長させ、最後にp型コンタクト層9を成長させた。・・・このLED素子は、If20mAにおいて、Vf3.5V、発光ピーク波長525nm、半値幅40nmの緑色発光を示し、発光出力4mWと非常に優れた特性を示した。」(段落【0056】)との記載があり、この記載と、実施例1に係る「Siドープn型GaNよりなるn型コンタクト層3を4μmの膜厚で成長させた」(段落【0045】)、「Mgドープp型Al0.3 Ga 0.7 Nよりなる第2のp型クラッド層8を0.1μmの膜厚で成長させた」(段落【0050】)との各記載、並びに被告従業員作成の報告書(乙第1号証)中の、InxGa 1-x Nに係るx値ごとの本来のバンドギャップエネルギーに対応する発光波長を記載した表において、x=0.400のとき発光波長が480nmとされていることを併せ考えれば、訂正明細書には、本件訂正発明1の引用例記載の発明と構成上一致する態様において、活性層の厚さとして70オングストロームを採用した場合に、発光ピーク波長が、当該組成(In0.4 Ga 0.6 N)の活性層の本来のバンドギャップエネルギーに対応する発光波長480nmよりも長波長である525nmであること、すなわち、 「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること」が記載されているということができる。 (3) しかしながら、訂正明細書(甲第3号証添付)には、本件訂正発明1の構成に従った発光素子、すなわち、量子井戸構造とした活性層の第1の面に接して1層のInxGa 1-x N(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、当該活性層の第2の面に接して1層のAlyGa 1-y N(0 そうすると、本件訂正発明1の発光素子において、活性層の厚さが70オングストローム以外の値である場合に、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏するか否かを、訂正明細書の記載によって確認することができないことは明らかである。そうであれば、本件訂正発明1において、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光すること」が、 活性層の厚さを70オングストローム以下とすることによって奏する効果であるかどうか、すなわち、本件訂正発明1が活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成を選択したことの技術的意義は、訂正明細書上、明らかではないものといわざるを得ない。 他方、図2(甲第2号証10頁)には、井戸層(活性層)の膜厚を横軸とし、発光ピーク波長を縦軸としたグラフ上に、井戸層(活性層)の膜厚がおおむね100オングストローム以下の領域で、当該膜厚が薄くなるに従って発光ピーク波長が増加する2本の線(線α、線β)が記載されているが、訂正明細書(甲第3号証添付)の「図2は単一量子井戸構造の活性層の厚さ、つまり井戸層の厚さと、発光素子の発光ピーク波長との関係を示す図である。なお、図2において線αは活性層がノンドープIn 0.05 Ga 0.95 Nよりなる発光素子を示し、線βは活性層がノンドープIn0.3 Ga 0.7 Nよりなる発光素子を示している。両方とも発光素子の構造は第2のクラッド層(注、「第2のn型クラッド層」の趣旨と解される。)と、第1のn型クラッド層と、活性層と、第1のp型クラッド層と、第2のp型クラッド層とを順に積層したダブルヘテロ構造である。第2のn型クラッド層は0.1μmのSiドープn型Al0.3 Ga 0.7 Nよりなり、第1のn型クラッド層は500オングストロームのIn0.01 Ga 0.99 Nよりなり、第1のp型クラッド層は20オングストロームのMgドープp型In0.01 Ga 0.99 Nよりなり、第2のp型クラッド層は0.1μmのMgドープp型Al0.3 Ga 0.7 Nよりなるダブルヘテロ構造である。」(段落【0033】)との記載に徴して、図2に示された実験例における発光素子の構造が、活性層の第1の面と第2の面とに、それぞれ2層のクラッド層(窒化物半導体層)を備える構造である点で、本件訂正発明1の発光素子の構造と異なるものであることは明らかであるから、図2の線α又は線βの表示が、本件訂正発明1において、活性層の厚さを70オングストローム以下とすることにより、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏することの根拠となるものではない。 なお、訂正明細書(甲第3号証添付)には、「多重量子井戸構造の活性層において・・・井戸層と障壁層とを積層して、多重量子井戸構造とする。その場合、井戸層は100オングストローム以下、さらに好ましくは70オングストローム以下の膜厚が望ましい。この井戸層の膜厚の範囲は単一量子井戸構造の活性層(単一の井戸層により構成される)についても同様である」(段落【0031】)との記載もあるが、本件訂正発明1に関し、井戸層の膜厚を70オングストローム以下とすることが好ましいとする根拠が明らかにされているわけではなく、訂正明細書に上記のような記載があるからといって、訂正明細書に、本件訂正発明1が活性層の厚さを70オングストローム以下とすることによって「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏することが記載されているものとすることはできない。 (4) したがって、訂正明細書に、本件訂正発明1につき、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成を選択したことによって「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏することが示されているということはできないから、本件訂正発明1が引用例記載の発明に対して選択発明に当たるとする被告の主張は採用することができない。 (5) そうすると、本件訂正発明1は、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との部分を除く構成において、引用例記載の発明の構成と一致(重複)し、かつ、上記構成は、 引用例記載の発明と一致(重複)する構成によって奏するとされる作用効果を発明の構成としたものであるから、本件訂正発明1は実質的に引用例記載の発明と同一であるといわざるを得ない。 そして、審決によれば、審判において、原告は、本件訂正発明1が、引用例並びに特開平6-268259号公報及び特開平4-68579号公報にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができた旨主張したことがうかがわれ(審決書11頁5行目〜13頁26行目)、かつ、審決は上記のとおりその主張を斥ける判断をしたものであるが、このような主張、判断は、本件訂正発明1が引用例記載の発明と実質的に同一である旨の主張及びこれに対する判断を含むものというべきであるから、審決の本件訂正発明1に係る進歩性判断は誤りであることに帰し、この誤りが本件訂正を認めた審決の判断に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいて、審決の結論に影響を及ぼすものと認められる。 2 以上によれば、原告の主張する取消事由2は理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 石原直樹 |
裁判官 | 宮坂昌利 |