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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成19ネ10034特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成21ワ2208特許権侵害差止等請求事件 平成21ワ12412特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ3857損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ネ1567損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 改良発明 /  物の発明 /  製造方法 /  物質発明 /  新規性喪失の例外(喪失の例外) /  実質的同一 /  技術的範囲 /  権利移転 /  消尽 /  存続期間 /  製造承認 /  対象製品 /  実質的同一性 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  耐用期間 /  社会通念 /  効用を終えた /  加工 /  交換 /  黙示の許諾 /  業として /  侵害 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  独占的通常実施権 /  対価 /  変更 /  期間の延長 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 959号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 ザ・ウエルカム・ファウンデーション・リ ミテッド
控訴人 グラクソ・スミスクライン株式会社
両名訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 富岡英次
同 辻居幸一
同 田中 伸一郎
同 宮垣聡
補佐人弁理士 小川信夫
被控訴人 沢井製薬株式会社
被控訴人 メディサ新薬株式会社
両名訴訟代理人弁護士 井堀周作
両名補佐人弁理士 小谷悦司
同 植木久一
同 丸山英一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 当審における訴訟費用は,控訴人らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人ら (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人沢井製薬株式会社(以下「被控訴人沢井製薬」という。)は,控訴人ザ・ウエルカム・ファウンデーション・リミテッド(以下「控訴人ウエルカム」という。)に対し,500万円及びこれに対する平成11年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人沢井製薬は,控訴人グラクソ・スミスクライン株式会社(以下「控訴人グラクソ」という。)に対し,1000万円及びこれに対する平成11年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人メディサ新薬株式会社(以下「被控訴人メディサ」という。)は,控訴人ウエルカムに対し,500万円及びこれに対する平成11年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被控訴人メディサは,控訴人グラクソに対し,1000万円及びこれに対する平成11年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら 主文1,2項と同旨
事案の概要
本件は,発明の名称を置換プリンとする特許権を有する控訴人ウエルカムとその独占的通常実施権者であった控訴人グラクソが,被控訴人らが製造販売した薬剤が同特許権を侵害するものであるとして,被控訴人らに対しそれぞれ損害賠償を請求しているのに対し,被控訴人らが,同薬剤については,特許権が消尽しており,損害賠償義務はないとして争っている事案である。
当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の欄に記載されたとおりであるから,これを引用する(なお,当裁判所も,「本件特許権」,「本件特許発明」,「本件特許延長」,「原告製剤」,「被告製剤」,「特許製品」の語を,原判決の用法に従って用いる。)。
1 控訴人らの当審における主張の要点 (1) 特許権が消尽する範囲について ア 最高裁平成9年7月1日第3小法廷判決・民集51巻6号2299頁(以下「BBS最高裁判決」という。)は,特許権者又は実施権者(以下「特許権者等」という。)が「我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等に及ばないものというべきである。」と判示し,その根拠として,特許権者等の黙示の許諾,商品の自由な流通の阻害の防止,及び,特許権者による二重の利得の禁止を挙げている。しかし,BBS最高裁判決は,特許製品について変形が加えられた場合における問題として,特許権が消尽する範囲について具体的に判断しているわけではないのであるから,消尽が生じない変形の範囲については,同判決が挙げた商品の自由な流通の阻害の防止等の事情を考慮しつつ,特許権者等の黙示的許諾が認められる範囲を考慮して決めるべきである。すなわち,特許製品に変形が加えられた場合においては,当該製品の客観的な性質,取引の態様,利用形態等の事情等を社会通念に沿って検討した結果,特許権者等が特許製品の頒布時において,特許製品に当該変形が加えられることを予定すべきであったと認める場合にのみ,消尽が成立するのであり,特許製品に当該変形が加えられることをおよそ予想もし得ない場合には,消尽の成立は否定されるべきである。
二重の利得は,特許権者が頒布した特許製品その物から再び利得を得る場合の利得を指すのであり,権利者が予定すべき範囲を超える変形が特許製品に加えられた場合には,このような製品から利得を得たとしても,二重の利得には該当しないというべきである。
特許製品の変形は,修理ないし補修の形で行われることがある。特許権者等も,自らが頒布した特許製品について,当該製品の性質上,一定限度の修理ないし補修が加えられることを予定すべきであり,このような修理ないし補修のための変形行為については,特許権者が黙示の許諾を与えたとみるべきであるから,このような行為については,消尽論の適用があり,特許権の効力は及ばない。しかし,特許製品が一般消費者を最終的な需要者として予定して頒布された場合には,第三者がこれに変形を加えて自らの製品として製造販売することは,取引の実情からみて,特許権者等が黙示に許諾し得る合理的な範囲を超えるものであり,このような行為に対しては,特許権の効力が及ぶと解すべきである。
イ 原判決は,特許権者等が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については,特許権はその目的を達したものとして消尽し,特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばず,ただ例外として,@特許製品がその効用を終えた場合,A当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換した場合においては,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することが許される旨判示した。原判決が判示した国内消尽の基準は,譲渡により原則として直ちに消尽が成立するというものであり,特許権の保護と取引の安全の保護との調和という観点からすれば,国内消尽の成立を認める範囲が広きに失するというべきである。原判決の採用している上記基準は,その基礎とするところを二重の利得の禁止に求めていると解される。しかし,特許権の行使が許されるか否かを二重の利得の禁止に求めることは,特許権の効力を不当に弱めるものである。これに対し,控訴人らが主張する国内消尽の基準は,東京地裁平成12年6月6日決定(判時1712号175頁)と同旨であり,特許権の保護と取引の安全の保護との調和を図っており,特許法の趣旨及び目的に合致するものである。
ウ 原告製剤は,厚生省の製造承認に基づき製造販売された医薬品であり,単純疱疹,骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制,帯状疱疹の用途のために,医師の処方に基づき,患者がこれを経口投与により,権利者である控訴人らが市場に置いた製品の状態のままで,服用するものである。
被控訴人らが原告製剤から一体不可分な賦形剤等を分離して有効成分であるアシクロビルを抽出し,原告製剤と大きさ,重量,成分等が異なる被告製剤を製造販売することは,控訴人らはもとより,医師,患者,医薬品取引業者は,そもそも予想し得なかったはずである。すなわち,控訴人らがアシクロビルを原末のまま頒布しているのであれば,これを製剤化する行為は想定されるのであるが,控訴人らは,アシクロビルと賦形剤等からなる一体不可分の原告製剤としてこれを頒布したのであり,上記のような被告製剤に関する被控訴人らの行為は,特許権者等が黙示に許諾し得る合理的な範囲を超えるものである。
エ 被控訴人らの行為は,医師や患者等公共の利益に貢献するものではなく,経済的にも無益な行為である。
修理の場合には,修理される部分は,損耗や減失によって使用に耐えなくなり,これを修理する必要性がユーザーに存在するのに対し,本件では,原告製剤を変形ないし加工する合理的必要性は何ら認められないのである。
(2) 製品としての効用喪失の例外について 原判決は,特許権の消尽の成立が否定される場合として,「特許製品がその効用を終えた後においては,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することが許されるものと解するのが相当である。」(原判決43頁4行〜6行)と判示しながら,本件において,原告製剤につきこの例外を認めていない。しかしながら,この判断は誤りである。
特許製品の効用喪失は,特許権者等の意思のみにより決せられるものではなく,当該製品の機能,構造,材質や,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮して判断されるべきものである。しかし,この観点からみても,原告製剤は,遅くとも被控訴人らが粉砕・溶解し,アシクロビル粗個体になった時点で,本件特許発明実施品としての効用を終えたものというべきである。すなわち,次のとおりである。
原告製剤は,厚生省の製造承認に基づき製造販売された医薬品であり,用途が単純疱疹,骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制,帯状疱疹の用途のために,医師の処方に基づき,各適量をいずれも経口投与により,控訴人らが市場に置いた製品の状態のまま,服用されるものである。原告製剤の剤形は錠剤であり,その成分は,有効成分であるアシクロビル70%のほかに,賦形剤等30%からなる。原告製剤の剤形及び成分は,製造承認されたものと同一である必要がある。そして,原告製剤は,製剤の原料として販売されたものではなく,原告製剤を構成する有効成分アシクロビルと賦形剤等は一体不可分になっており,一度原告製剤を崩壊させると,アシクロビルを分離・抽出したとしても,控訴人らが有する製造承認の内容に合致する医薬品を製造することは不可能である。
(3) 特許製品との非同一の例外について 原判決は,特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換した場合には,当該製品は,もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一の製品ということができないから,特許権を行使することができるとして,特許製品との非同一性という消尽の例外を認めながら,本件において,被告製剤につきこの例外を認めていない。しかしながら,この判断は誤りであり,被告製剤と原告製剤との間には同一性は認められない。したがって,原判決の採用した理論の下でも,本件において国内消尽は成立しないと解すべきである。
ア 原判決は,本件において,「特許製品における特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換したものと解すべき事情が存在するということもできない。」(原判決57頁4行〜5行)と認定しているが,この認定は誤りである。
まず,原判決は,特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換した場合に,交換に係る製品と特許製品との同一性が失われ,国内消尽の例外が認められると説示しているものの,なぜそうなるかについて,その根拠を明らかにしていない。しかし,その実質的根拠は,特許権者の黙示の許諾に求められると考えるべきである。すなわち,権利者が頒布した特許製品との間に同一性が認められない製品についての実施行為は,権利者が予定すべき範囲を超えているからこそ,消尽の例外によるものというべきである。そうである以上,特許製品との非同一性という例外に該当するか否かを検討する際にも,この実質的根拠との関係に常に留意する必要がある。
イ 本件では,原告製剤という医薬品が被控訴人らによって崩壊させられ,アシクロビル粗固体になっている。このような行為は,原告製品の客観的な性質上,特許権者等である控訴人らが予定し得べき行為ではない。しかも,この行為は,原判決が挙げる,消耗品,製品全体と比べて耐用期間の短い一部の部材,あるいは,損傷を受けた一部の部材の交換と同列に論ずることのできる性質のものではない。したがって,被控訴人らの崩壊行為により,原告製剤がアシクロビル粗固体になった時点で,原告製剤と被告製剤との同一性は失われたものと評価すべきである。
以上のとおり,被告製剤を原告製剤と同一の製品と評価することはできないから,本件においては,国内消尽の成立は否定されるべきである。
ウ 特許権者が発明を公開した代償を取得するのは,現実には発明を実施した特許製品の製造販売ないしその実施許諾によるのであるから,特許発明公開の代償を考えるに際しては,特許発明の対象そのものではなく,現実に取引の対象となっている製品に着目せざるを得ない。また,消尽論とは,つまるところ特許製品を購入した者が当該製品につきどのような実施行為まで許容されるのか,という問題であるから,やはり現実に取引の対象となった製品に着目せざるを得ない。
本件では,原告製剤は1錠を単位として製造承認が与えられ,製造販売され,処方され,服用されるものである。現実の取引の対象としては,このような1錠1錠が個々独立した製品であり,被控訴人沢井製薬が購入した7000錠がまとまって製品として取引されているのではない。ましてや,この7000錠に含有されるアシクロビル原末がまとまって取引されているものではない。そうである以上,本件においては,アシクロビルではなく,1錠1錠の個々独立した原告製剤が消尽の対象となる特許製品であると解すべきである。
原告製剤は,錠剤であり,もともとは1錠毎に区別できる固体である。
しかし,この固体が,崩壊させられ,アシクロビル粗固体になった時点で,原告製剤は,完全に崩壊されて本の形態をとどめない状態となるため,原告製剤と被告製剤との間には,およそ各製品毎の1対1の対応関係は存在しないことになる。そのため,原告製剤においては,そもそも交換されなかった部分は,存在しないのである。しかも,本件では,本件特許延長の用途に係る効果を奏する,原告製剤中の有効成分アシクロビルについても,アシクロビル粗固体になった時点で,化学変化は生じていないとはいえ,固体で独立に存在していた錠剤が,他の錠剤とも混じり,液体ないし粗固体になるという状態変化が生じている。
このようにして,本件においては,特許製品と対象製品との間で,製品としての実質的同一性を論ずる前提すら失われてしまっている。そうである以上,被告製剤は,「当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換した場合」と同様に,原告製剤との間の同一性が失われているとみるべきである。
エ 原判決は,本件特許発明も,本件特許延長に係る本件特許発明も,アシクロビルという物質を保護の対象とするものであり,特許製品はアシクロビルという化学物質であるという。しかし,これは,誤りである。そもそも,物質特許とは,医薬品等に用いられる新規な化学物質を発明の対象とするものであるとはいえ,当該化学物質だけでなく,当該化学物質を含有する製剤をも当然の保護の対象とするものであり,現実の取引は後者を中心になされているのであるから,一般には,前者よりも後者を保護することの方が重要性が高いのである。そうである以上,物質特許発明実施した製品とは,当該化学物質(医薬品でいえば,原末)だけでなく,当該化学物質を含有する製剤を当然に含むものというべきである。これをアシクロビル製剤についていえば,アシクロビル原末のみならず,アシクロビルを含有する製剤も特許製品である。本件において,本件特許発明がアシクロビルという物質を対象としていることをもって,アシクロビルという有効成分のみが特許製品であるとすることは誤りといわなければならない。そして,これを前提にすると,本件特許延長に係る本件特許発明の「生産」とは,「単純疱疹 骨髄移殖におけるヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」の用途(効能・効果)を有し,アシクロビルを含有する医薬品を生産することを意味することになる。結局,本件においては,被控訴人らは本件特許延長に係る本件特許発明の対象である医薬品(被告製剤)の「生産」をしたものであって,単に当該発明の「使用」をしたものではないというべきである。
オ 有効成分であるアシクロビルについてのみ消尽を論ずるべきものと解すると,特許権が,例えば,有効成分である物質αのみについて成立している場合の方が,特許権が有効成分である物質α並びに賦形剤β及びγからなる製剤に成立している場合よりも,消尽が認められる範囲が広くなり,特許権による保護が弱くなるという不均衡が生ずる。すなわち,後者の場合(製剤について特許が成立している場合),製剤全体(α+β+γ)が「特許製品」ということになり,右のような場合,β又はγに変更を加えることによっても,「特許製品」としての同一性が失われ得ることになる。他方,前者の場合(特許権が物質αのみについて成立している場合),β又はγに変更を加えても,「特許製品」の同一性が失われることにはならず,αに変更が加わらない限りは,αを自由に利用できるという結果になる。
これは,特許権の保護範囲の広い場合に消尽の成立する範囲を広げることにより,かえって,特許権の効力を制限する範囲が広くなるという不都合を生じるとともに,本来特許権の効力を強めた物質特許制度の趣旨にも反することになるものといわざるを得ない。
2 被控訴人らの反論の要点 (1) BBS最高裁判決は,「一般に譲渡においては,譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し,譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得するものであり,特許製品が市場での流通に置かれる場合にも,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として取引行為が行われる」と判示している。
これは,特許製品が譲渡される場合には,当該製品の権利が全面的に移転されるのが当然のことであり,取引安全の見地からも恣意的な限定は許されないとの取引社会における当然の原則を,特許製品につき当てはめたものが,消尽論であることを示すものである。
原判決は,BBS最高裁判決を分析し,これと同一の解釈論に立ちつつ国内消尽の解釈論を展開したものである。
原判決が指摘するBBS最高裁判決の根拠中の「譲渡契約当事者間における合理的意思の推認ないし特許権者による黙示的許諾」は,同最高裁判決の前記判示部分を指すものであって,特許権者による恣意的な権利移転の限定を排除するための根拠として摘示されたものであり,また,原判決も,そのような解釈論を前提として「特許権者ないし特許製品の製造者・販売者の意思のみを重視することはできない」と判示したものである。
控訴人らは,原判決中の「特許権者による黙示的許諾」の部分だけを引用し,あたかも特許権者の黙示的許諾だけが消尽論の基礎となるような論法を展開しているのであり,我田引水的な独自の解釈といわざるを得ない。
BBS最高裁判決が,国内消尽の成立根拠を述べる際に,まず「特許法による発明の保護は社会公共の利益との調和の下において実現しなければならないものである」と指摘したとおり,国内消尽は取引社会,取引法の一般的な大原則に由来するものであり,これの例外は,特許制度の本質に照らして理解されるべき特許権の効力の範囲内で認められるものにすぎないのである。
(2) 控訴人らは,被控訴人らによる「変形」行為は,特許権者等が本来予定したものではないから国内消尽が否定されるという。
しかし,国内消尽の成否はあくまで特許権の効力範囲内における概念であり,「変形」が許されない場合があるとしても,それはあくまで特許権の効力の及ぶ範囲に限定されているのである。
そして,特許権の効力の及ぶ範囲とは,いわゆる特許発明の対象,すなわち,特許製品のうち特許発明としての特徴を具備する構造部分であり,これが「変形」される場合に初めて特許権との関係が問題とされることがあるにすぎない。特許製品中には特許部分以外の部分もある。たとい,この部分に変形があったとしても,特許権の及ぶ余地はないのである。
本件では,原告製剤は特許製品ではあるものの,控訴人らが特許を有しているのは,薬効成分であるアシクロビルについてであるから,原告製剤に含有されているもののうちアシクロビル成分以外のものは,本件特許発明の対象ではない。
原判決は,このような観点から,特許製品が「特許製品がその効用を終えた」場合(原判決44頁10行)かどうかを問題とし,本件特許発明の対象であるアシクロビル成分自体について,これが患者に投与されるなどしたかどうかを基準としてこれを決定すべきものとしたのである。そして,「アシクロビル自体には何らの変化も生じていないから,被告製剤について,特許製品における特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換したものと解すべき事情が存在するということもできない」(原判決57頁3行〜5行),と判示したのである。
控訴人らは,特許製品についてのすべての変形を無限定に「承諾」ないし「予定」の問題として,国内消尽の限界を画そうと試みている。特許制度の本質に反するものというべきである。
(3) 原判決では,消尽の成立を妨げる事情の一つとして,前記のとおり,特許製品として既に効用を終えたものである場合を挙げている。これを前提にしても,本件では,特許製品としての効用は終了していない。
原告製剤が特許製品としての効用を終えた場合とは,原告製剤が患者に投与されるか,又は薬剤としての使用期限を徒過して患者に投与することが不可能となったような場合を意味するものであることは,原判決の指摘するとおりである。
本件についてみれば,本件特許発明はいわゆる物質特許であって,本件特許延長の後は,単純疱疹抑制等の用途限定が付されているとはいえ,本件特許発明の内容として特許法による保護の対象となるのは,あくまで,アシクロビルという物質そのものである。
原告製剤の錠剤が破砕され,更に溶媒への溶解,再結晶,精製などを経てアシクロビル粉末を得たとしても(あるいは精製水に溶解されたとしても),原告製剤に含有されていたアシクロビル自体については何らの変化も生じておらず,これを単純疱疹抑制等の用途に用いることが不可能となったわけでもない。
控訴人らは,原告製剤の販売により特許発明の公開の対価を取得している。これは,原告製剤に含有されるアシクロビルが単純疱疹等の患者に投与されて効用を終えることに対応する対価というべきである。そして,原告製剤を購入した者が当該製剤からアシクロビルを抽出してこれを他の製剤に含まれるものとし,その製剤が患者に投与されたとしても,原告製剤に含有されていたアシクロビルが患者に投与されたという点では,原告製剤そのものが投与された場合と異なるところはない。
原告製剤の販売に当たっては,その販売量に対応するアシクロビルが患者に対して投与されることが予定されているのであるから,被控訴人らがその購入に係る原告製剤から抽出したアシクロビルを被告製剤に含まれるものとして販売し,これが患者に投与されたからといって,これによるアシクロビルの需要は,本来原告製剤の販売により予定されていたものであり,被告製剤の販売により,原告製剤の需要が奪われることにはならない。
被告製剤に含まれるアシクロビルは,原告製剤に含まれていたアシクロビルそのものであるから,控訴人らはそのアシクロビルについて原告製剤の販売の際に発明の対価を得ているものであり,仮に被告製剤について控訴人らの権利行使を認めるとすれば,かえって,控訴人らが同一のアシクロビルについて二重に利得を得ることを容認する結果となる。
換言すれば,原告製剤が上記の様な経緯を経て被告製剤となってそれが患者に投与されるに至ったとしても,控訴人らが権利行使によって利得を得た後,若干の遠回りをしてアシクロビルとしての効用を1 回果たしたというだけであって,この際アシクロビルの量が増えて増えた分のアシクロビルに基づく利得を被控訴人らが得たというわけでもない。
控訴人らは,一度原告製剤を崩壊させると,アシクロビルを分離・抽出したとしても,控訴人らが有する製造承認の内容に合致する医薬品を製造することは不可能である,と主張するが,アシクロビルは崩壊したわけではなく,実際上も,被控訴人沢井製薬がこれを製剤化して服用が容易な形状としたものであって,服用することは当然可能なのである。
このように,被控訴人らがアシクロビルを抽出したことは,自己の製剤化を前提とした行為であって,アシクロビル服用の容易性は原告製剤から被告製剤に変化する過程で継続して存続したものと評価できるものである。
以上のとおりであるから,被告製剤に用いられたアシクロビルについて,特許製品として既に効用を終えたものの再利用と解すべき事情は存在しない。
(4)ア 原判決では消尽の成立を妨げる事情の二つ目として,特許製品の本質部分を構成する主要な部材を交換したものである場合を挙げている。本件特許延長に係る本件特許発明は,アシクロビルという物質自体を内容とするものであり,原告製剤の錠剤が精製水に溶解され,アシクロビルが再結晶されても,原告製剤に含有されるアシクロビル自体には何らの変化も生じていないから,被告製剤について,特許製品における特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換したものと解すべき事情は存在しない。
イ 控訴人らは,原告製剤は,1錠1錠が独立した製品であり,かつ,アシクロビル粗固体になった時点で完全に崩壊されて元の形態をとどめていないのであるから,原告製剤においては,そもそも交換されなかった部分は存在しないのである,と主張している。
しかし,原告製剤は1錠1錠が独立した製品であるとする控訴人らの指摘自体が,そもそも間違ったものなのである。被控訴人沢井製薬は,控訴人グラクソ販売の製剤を7000錠購入している。同被控訴人が購入した製品は「ゾビラックス錠200」と称されるものであり,200錠入りの箱が商品の単位となっているものである。同被控訴人は,これを35箱購入したものである。
仮に原告製剤の各1錠が独立した製品であると仮定しても,控訴人らの欲する結論に結び付くものではなく,控訴人らの主張が無意味な議論であることは,次の事例からも明らかである。
Xが格別にうまいお酒Aの製造方法の特許を持ち,ビンに封入して販売していたところ,ビン入りのAを多数本購入したYがその酒を詰め換えて転売したとする。その場合,控訴人らの論法によれば,Xが用意したビン1本をそのまま他のビンに移し替えた場合だけは特許権を侵害しないが,X販売の1つのビンの分を小さなビンに小分けしたり,複数のビンの分を1つの容器にまとめたりすれば,特許権を侵害することになる。この結論が不当であるのはいうまでもない。
結局のところ,本件においてなされなければならないのは,本件特許発明について「本質的部材を構成する主要な部材」は何かを端的に考察することであり,これ以外にはあり得ない。そして,本件特許発明における主要部材は,原判決も指摘するとおり,アシクロビルという物質にほかならないのである。被控訴人らの行為によってもアシクロビルという物質はそのまま存在しているのであり,特許発明の本質的部材を構成する主要な部材には何等の変化もないのである。
そもそも,特許権者に与えられた特許発明実施権は,特許発明を離れて,その特許発明がその一部に利用された製品(特許製品)のすべてに及ぶというわけのものではない。特許権の効力はあくまで特許発明の本質と係わる部分にしか及ばないのであり,それゆえに,特許製品といえども特許発明の本質的部分を構成する主要な部材以外は特許権者の了解なく改変ができることが,当然の帰結として認められているのである。
したがって,被控訴人らが原告製剤を崩壊させた時点の事柄として問題とすべきなのは,原告製剤が存在しなくなったかどうか,ではなく,本件特許権に係る特許製品において特許発明の本質的部材を構成する主要な部材が取り除かれたかどうか,なのである。
ウ 控訴人らは,原判決によれば,本件特許発明も,本件特許延長に係る本件特許発明も,アシクロビルという物質を保護の対象とするものであり,特許製品もアシクロビルという化学物質であるというが,これは,誤りである,と主張する。
本件特許延長に係る本件特許発明は,製剤の用途の限定があるものの,それは,単に,物質特許を前提として,これを限定する形でその一部につき期間の延長がなされたというだけのことにすぎず,本件特許発明の本質があくまでアシクロビルという化学物質そのものであることは,これによって何らの影響も受けるものではない。本件特許延長の前後で異なるのは,延長前は用途制限のないアシクロビル,延長後は用途制限のあるアシクロビルということだけである。延長後は,延長前より単に本件特許発明技術的範囲が狭まっているだけであり,対象が異なるものとなったわけではないのである。
したがって,本件特許延長の後も,本件特許発明の本質的部分が製剤の成分であるアシクロビルであることにおいて何らの相違もなく,「製剤」全体が本件特許発明の保護の対象であるとする控訴人らの論法は,明らかに誤りである。
エ 控訴人らは,有効成分についてのみ消尽を論ずべきと解すると,特許権者が,有効成分である物質αのみについて特許が成立しているような場合の方が,物質αと賦形剤βとγからなる製剤に特許が成立している場合より,消尽が認められる範囲が広くなり,特許権の保護が弱くなるという不均衡が生じる,と不可解な議論を展開している。
しかし,それが,賦形剤βやγを用いることにより薬効成分である物質αの薬効持続性を上げたなどの特別な効果を有するものであれば,賦形剤βやγも発明としての特徴を具備するものとなり,薬効成分である物質αのみの発明との関係では改良発明となる。その場合に物質αだけの発明と,物質αに加えて賦形剤βとγからなる製剤発明とでは,特許権の効力の範囲が異なり,消尽が特許権の効力の範囲内で成立する概念であることからすると,それぞれの消尽の範囲が違ったとしても当然のことである。
当裁判所の判断
当裁判所は,控訴人らの本訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきものである,と判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第三 当裁判所の判断」の一1(一),(三),2(一),(二),(五),二のとおりであるのでこれを引用する。
1 特許権者は,業として特許発明実施をする権利を専有する(特許法68条)。そして,物の発明について,特許発明実施とは,その物を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。)をする行為をいうと定義されているから(同法2条3項1号),特許権者は,業として特許発明に係る物を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする(以下単に「使用し,譲渡等する」という。)権利を専有するものである。
しかし,特許権者等が,我が国の国内において,当該特許発明実施対象を用いた製品である特許製品を譲渡したときは,その特許製品については,特許権はその目的を達成したものとして消尽し,その実施対象が実施対象としての同一性の範囲内にとどまる限り,当該特許権の効力は,その特許製品を業として使用し,譲渡等する行為には及ばないものというべきである(BBS最高裁判決参照)。このような特許権の消尽は,特許権者等が一たび特許製品を市場に流通させた以上,適法にその特許製品の所有権等を取得した者が,これを業として使用し,譲渡等する行為に対し,特許権者等が当該特許権を行使することができるとしたのでは,既に特許製品の譲渡により実施対象に対して十分な利益を得ている特許権者等に二重の利益を与えることになるだけでなく,そもそも市場における商品の自由な流通を阻害し,もともと所有権制度と衝突する側面を有する特許権に対し,必要の限度を超えた過度の権利を与えることになり,社会公共の利益にも反し,本来の特許法の目的に反する結果となるからである。
したがって,特許権者等が,我が国の国内において当該特許発明実施品である特許製品を譲渡した場合は,これを買い受けた者が,特許製品を業として使用し,譲渡等するために,当該特許製品を修理等したとしても,その修理等の行為が,特許発明に含まれない部品の交換であったり,特許発明の構成要素である部品の交換であったりなどしても,当該製品の使用を継続するために通常必要な部品の交換(電池やフィルターなどの消耗品,あるいは耐用期間の短い一部の部品の交換がその典型例であるが,必ずしもこれらの行為に限定されるわけではない。)等であって,実施対象の同一性の範囲内において行われる限りは,それらの行為は,当該製品の継続的な使用や中古品としての再譲渡等に必要な行為であり,その製品の本来の寿命を全うさせる行為であって,当該製品を新たに生産する行為とはいえないものであるから,当該特許権の効力は,このような修理行為等に対して及ぶことはないというべきである。
しかし,当該特許発明の主要な構成に対応する主要な部品を交換するなどして,修理等の域を超えて,実施対象を新たに生産するものと特許法上評価される行為,すなわち,特許発明の主要な構成に対応する主要な部品の交換等により,特許権者等が譲渡した特許製品に含まれる実施対象と同一のものとはみなされなくなるものを生産する行為は,もはや単なる修理やオーバーホールなどということはできず,特許権者等が本来専有する実施権である,特許発明実施対象を生産する行為に該当し,この新たな生産行為について,当該特許権の効力が及ぶのは当然というべきである。すなわち,特許権の消尽といっても,特許権の効力のうち,生産する権利については,もともと消尽はあり得ないのであり,前記のとおり,消尽するのは,特許権者等の生産に係る特許製品に含まれる実施対象を業して使用し,譲渡等する権利であり,特許製品を適法に購入した者といえども,特許製品を構成する部品や市場で新たに購入した第三者製造の部品等を利用して,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになるのは当然というべきである。
2 本件の事実関係が,次のとおりであることは,当事者間に争いがない。
(1) 本件特許発明は,いわゆる物質発明であり,特定の化学式で示される構造の置換プリン又はその塩を内容とするものであって,特許権の存続期間満了後,右物質に属するアシクロビルについて,「単純疱疹 骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制(ただし,「単純ヘルペスウイルスに基因する下記感染症 免疫機能の低下した患者(悪性腫瘍・自己免疫疾患など)に発症した単純疱疹」を除く。)」の用途につき,存続期間が延長され,その旨の登録がなされた。
(2) 本件特許権の通常実施権者である控訴人グラクソの製造販売に係る原告製剤は,アシクロビルを有効成分とするものであり,原告製剤1錠中に,アシクロビル200r,賦形剤31.7r,崩壊剤10r,結合剤6.25r,滑沢剤2rを含有し,右特許延長に係る用途(効能・効果)である,「単純疱疹」及び「骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」のほかに「帯状疱疹」の用途を有する。
(3) 被控訴人沢井製薬は,本件特許延長期間中に原告製剤7000錠を購入し,精製水を加えて攪拌することにより錠剤を崩壊させてアシクロビル粗固体等を得た上で,これを精製してアシクロビル精製晶を得て,更に精製晶を再結晶させ,これを使用して被告製剤3500錠を製造した。
(4) 被告製剤は,アシクロビルを有効成分とするものであり,被告製剤1錠中に,アシクロビル200r,賦形剤ないし崩壊剤が14.11rないし6r,結合剤3r,2種類の滑沢剤各2.4rを含有し,本件特許延長に係る用途(効能・効果)である,「単純疱疹」及び「骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」の効能・効果を有している。
(5) 被控訴人らは,本件特許延長期間中に被告製剤を販売した。
3 上記2の事実によれば,本件特許権の通常実施権者である控訴人グラクソは,本件特許発明実施として,原告製剤を製造販売したものである。すなわち,控訴人グラクソによる原告製剤の販売時期が本件特許権の延長前の本来の存続期間内であればもちろんのこと,本件特許延長期間中であっても,原告製剤は本件特許延長に係る物質であるアシクロビルを有効成分として含有し,本件特許延長に係る本件特許発明の用途(効能・効果)を有するのであるから,本件特許延長に係る本件特許発明実施品に当たる。
被控訴人らが本件特許延長期間中に販売した被告製剤は,本件特許延長に係る物質であるアシクロビルを有効成分として含有し,本件特許延長に係る本件特許発明の用途(効能・効果)を有するものである。しかし,前記のとおり,被告製剤に含まれるアシクロビルは,原告製剤を崩壊させて得られたアシクロビル粗固体を精製し,再結晶させて得られたものであり,被告製剤は,このアシクロビルを使用して製造されたものであるから,このアシクロビルは,原告製剤に由来するものである。
被控訴人沢井製薬が,原告製剤からアシクロビルを取り出し,精製し,再結晶させた前記の行為が,控訴人グラクソが販売した原告製剤に含まれるアシクロビルをその同一性の範囲内で単に使用し,譲渡等する行為とみられる限り,本件特許権の効力は,前記のとおり,消尽により消滅しているため,これには及ばないものであり,本件特許権の効力が及ぶのは,被控訴人沢井製薬の上記行為が,本件特許発明実施対象であるアシクロビルを生産したものと評価される場合のみであることは,前記のとおりである。
しかし,被控訴人沢井製薬は,原告製剤に含まれるアシクロビルを取り出すために,前記のような原告製剤の崩壊,アシクロビル粗固体の精製,再結晶行為を行っているだけであり,被告製剤に含まれるアシクロビルは,原告製剤に含まれていたアシクロビルそのものであって,アシクロビルについて何らかの化学反応が生じたり,何らかの化学反応によりアシクロビルが新たに生成されたりしたわけではないのであるから,被控訴人沢井製薬の行為についてみると,本件特許発明実施対象であるアシクロビルを新たに生産したものと評価することはできないのである。
以上によれば,被控訴人沢井製薬が,原告製剤からアシクロビルを取り出して,これを含有する被告製剤を製造した行為は,本件特許発明実施対象となるアシクロビルを生産する行為ではなく,単にこれを使用する行為というべきであるから,本件特許発明実施対象という側面からみる限り,これを新たな生産行為ということはできず,したがって,被控訴人沢井製薬による被告製剤の製造行為についても,被控訴人らがこれを譲渡した行為についても,本件特許権の効力は及ばないものという以外にない。
4(1) 控訴人らは,「BBS最高裁判決は,特許製品に変形が加えられた場合における問題として,特許権が消尽する範囲について具体的に判断しているわけではないのであるから,消尽が生じない変形の範囲については,同判決が挙げた商品の自由な流通の阻害の防止等の事情を考慮しつつ,特許権者等の黙示的許諾が認められる範囲を考慮して決めるべきである。すなわち,特許製品に変形が加えられた場合においては,当該製品の客観的な性質,取引の態様,利用形態等の事情等を社会通念に沿って検討した結果,特許権者等が特許製品の頒布時において,特許製品に当該変形が加えられることを予定すべきであったと認める場合にのみ,消尽が成立するのであり,特許製品に当該変形が加えられることをおよそ予想もし得ない場合には,消尽の成立は否定されるべきである。」と主張する。
しかし,特許権者により譲渡された特許製品については,それに用いられた特許発明実施対象が同一性の範囲内にとどまる限り,特許権の実施権のうち,使用し,譲渡等する権利は消尽して及ばないものであること,及び,特許製品に変形が加えられた場合に,特許権の効力が及ぶのは,特許法上,特許発明実施対象を新たに生産する行為があったと評価される場合のみであること,特許製品を変形する行為であっても,特許発明実施対象が同一性の範囲内にとどまる限り,単に特許製品を部品交換やオーバーホールにより修理し,その製品の本来の寿命を全うさせるなどの行為については,未だ生産行為には当たらないものと解されることは前記のとおりである。また,特許製品に対する変形行為が,単なる特許製品の修理等の範囲にとどまるか,新たな特許発明実施対象の生産行為と評価されるものであるかは,当該変形行為を特許発明実施行為である生産行為と評価することができるか否かにかかっているのであり,特許発明の主要な構成に対応する部品を第三者の製造する部品と交換する等の行為がそのように評価することのできる典型例であることも前記のとおりである。そして,特許発明実施行為である生産行為と評価することができるか否かは,相手方が特許製品についてなした変形行為を具体的にとらえ,当該製品及び実施対象の客観的な性質,利用形態等から,これが特許発明の新たな実施対象の生産に当たるか,そうではなく,当初の特許製品の本来の寿命を全うさせるための修理など,その実施対象の同一性の範囲内において行われているものに当たるかを,当該特許発明の構成と作用効果若しくはその技術思想に基づいて評価し,判断すべきである。控訴人らの上記主張は,要するに,消尽が成立するか否かを特許権者等が予想し得るか否かを基準として決定すべきであるとするものである。しかし,前記のとおり,消尽は,特許権者の意思とは無関係に,特許権者による特許製品の譲渡行為により無条件に生じるものというべきである。控訴人らの主張する基準は,採用することができない。
(2) 控訴人らは,「被控訴人らが原告製剤から一体不可分な賦形剤等を分離して有効成分であるアシクロビルを抽出し,原告製剤と大きさ,重量,成分等が異なる被告製剤を製造販売することは,控訴人らはもとより,医師,患者,医薬品取引業者は,そもそも予想し得なかったはずである。」とか,「被控訴人らの行為は,医師や患者等公共の利益に貢献するものではなく,経済的にも無益な行為である。
修理の場合には,修理される部分は,損耗や減失によって使用に耐えなくなり,これを修理する必要性がユーザーに存在するのに対し,本件では,原告製剤を変形ないし加工する合理的必要性は何ら認められないのである。」と主張する。しかし,被控訴人らの行為が本件特許権を侵害するか否かは,被控訴人らの行為が,本件特許発明の構成と作用効果若しくはその技術思想に基づいて,本件特許発明の対象であるアシクロビルを生産する行為と評価することができるか否かにより決めるべきであることは,前記のとおりであり,特許権者である控訴人らが予想し得たか否か,又は,公共の利益に貢献するか否か,あるいは経済的に無益か否かで決定すべき事柄ではない。したがって,控訴人らの上記主張も採用することができない。
(3) 控訴人らは,「本件では,原告製剤という医薬品が被控訴人らによって崩壊させられ,アシクロビル粗固体になっている。このような行為は,原告製品の客観的な性質上,特許権者等である控訴人らが予定し得べき行為ではない。しかも,この行為は,原判決が挙げる,消耗品,製品全体と比べて耐用期間の短い一部の部材,あるいは,損傷を受けた一部の部材の交換と同列に論ずることのできる性質のものではない。被控訴人らの崩壊行為により,原告製剤がアシクロビル粗固体になった時点で,原告製剤と被告製剤との同一性は失われたものと評価すべきである。」と主張する。
しかし,特許権の消尽についは,特許権者が予定し得べき行為であるか否かによってこれを決定すべきものではないことは前に説示したとおりである。また,本件は,特許製品の部品を交換した事例ではないが,あえて部品交換の事例に例えていえば,特許発明実施対象であるアシクロビルを部品として使用した製品(原告製剤)から,その部品そのものを取り出し,これを他の製品(被告製剤)の部品として使用しただけのことであり,実施対象であるアシクロビルは,その同一性を維持しつつ,その本来の目的に供されているだけのことである。控訴人らの主張は,採用することができない。
(4) 控訴人らは,「原告製剤は,錠剤であり,もともとは1錠毎に区別できる固体である。しかし,この固体が,崩壊させられ,アシクロビル粗固体になった時点で,原告製剤は,完全に崩壊されて本の形態をとどめない状態となるため,原告製剤と被告製剤との間には,およそ各製品毎の1対1の対応関係は存在しないことになる。そのため,原告製剤においては,そもそも交換されなかった部分は,存在しないのである。しかも,本件では,本件特許延長の用途に係る効果を奏する,原告製剤中の有効成分アシクロビルについても,アシクロビル粗固体になった時点で,化学変化は生じていないとはいえ,固体で独立に存在していた錠剤が,他の錠剤とも混じり,液体ないし粗固体になるという状態変化が生じている。このようにして,本件においては,特許製品と対象製品との間で,製品としての実質的同一性を論ずる前提すら失われてしまっている。そうである以上,被告製剤は,「当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換した場合」と同様に,原告製剤との間の同一性が失われているとみるべきである。」と主張する。
しかし,特許発明の対象となる製品を生産する行為がなければ,特許権侵害行為は生じないと解すべきことは前記のとおりである。そして,被控訴人らが原告製剤からアシクロビルを取り出す過程でアシクロビルの状態変化が生じているとしても,アシクロビルを生じさせるような化学反応は全くなく,取り出したアシクロビルについては,何らの化学的変化も生じていない以上,原告製剤1錠毎に含まれていたアシクロビルと被告製剤1錠毎に含まれるアシクロビルとの間に個別的な対応関係がないとしても,被控訴人らがアシクロビルの生産行為をなしたものとみることはできない。被控訴人らが本件特許発明の対象となるアシクロビルを生産していない以上,被控訴人らの行為について本件特許権の効力は及ばないことは前記のとおりである。控訴人らの主張は採用できない。
(5) 控訴人らは,「物質特許とは,医薬品等に用いられる新規な化学物質を発明の対象とするものであるとはいえ,当該化学物質だけでなく,当該化学物質を含有する製剤をも当然の保護の対象とするものであり,現実の取引は後者を中心になされているのであるから,一般には,前者よりも後者を保護することの方が重要性が高いのである。そうである以上,物質特許発明実施した製品とは,当該化学物質(医薬品でいえば,原末)だけでなく,当該化学物質を含有する製剤を当然に含むものというべきである。」とか,「本件特許延長に係る本件特許発明の「生産」とは,「単純疱疹 骨髄移殖におけるヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」の用途(効能・効果)を有し,アシクロビルを含有する医薬品を生産することを意味することになる。結局,本件においては,被控訴人らは本件特許延長に係る本件特許発明の対象である医薬品(被告製剤)の「生産」をしたものであって,単に当該発明の「使用」をしたものではないというべきである。」と主張する。しかし,特許権の消尽が成立するのは,特許権の効力が及ぶ部分,すなわち,特許発明の対象となる部分について考えれば足りるのであり,特許権の効力が及ばない部分について特許権の消尽を考える必要はないことは明らかである。本件においては,本件特許発明の対象となる部分は,アシクロビルであり,原告製剤全体でも,被告製剤全体でもないのであるから,原判決が原告製剤と被告製剤に含有されるアシクロビルについてのみ,本件特許発明実施品としての同一性を検討したのは正当であり,原告製剤と被告製剤との間でその同一性を判断する必要はない。本件特許発明における生産とは,アシクロビルの生産をいうのであり,アシクロビルを含有する医薬品を生産する行為をいうのでないことは明らかである。控訴人らの上記主張は,特許発明の対象そのものではなく,これを含むにすぎないもの自体を特許発明の対象とみよということに帰する。このような主張が成立し得ないことは,論ずるまでもないことである。
控訴人らは,「有効成分であるアシクロビルについてのみ消尽を論ずるべきものと解すると,特許権が,例えば,有効成分である物質αのみについて成立している場合の方が,特許権が有効成分である物質α並びに賦形剤β及びγからなる製剤に成立している場合よりも,消尽が認められる範囲が広くなり,特許権による保護が弱くなるという不均衡が生ずる。」と主張する。
しかし,これは,理解し難い主張という以外にない主張である。特許権がαについてのみ成立している場合と,特許権がα,β,γから成るものについて成立している場合とで,消尽の認められ方に差異が生じるのは当然のことであり,前者は,後者に比べて効力の及ぶ範囲が広いという側面を有する以上,後者には認められないときに消尽が認められることが生じても,何ら不思議ではないことである。控訴人らの主張は,要するに,アシクロビルという物質にしか特許権が成立していないにもかかわらず,原告製剤そのものにも特許権が成立しているものとして扱え,というに帰するのであり,採用し得ないことが明らかである。
5 以上に検討したところによれば,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないことが明らかであり,これらを棄却した原判決は相当である。そこで,本件控訴を棄却することとして,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,民事訴訟法67条1項,61条,65条1項本文,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸