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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 有用性 /  製造方法 /  新規性 /  公然知られ(29条1項1号) /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  クレーム /  抵触 /  薬事法 /  後発医薬品 /  特許出願日 /  参酌 /  数値限定 /  文言解釈 /  置き換え /  置換 /  不存在 /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  訂正審判 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (ワ) 2208号 特許権侵害差止等請求事件
平成 21年 (ワ) 12412号 特許権侵害差止等請求事件
第1事件・第2事件原告塩 野義製薬株式会社(以下「原告」という )。
同訴訟代理人弁護士重冨貴光
同 古賀大樹
同 定金史朗 第1事件被告伊藤忠ケミカルフロンティア 株式会社 (以下「被告伊藤忠ケミカル」という )。 第2事件被告沢 井製薬株式会社(以下「被告沢井」という )。
被告ら訴訟代理人弁護士新保克芳
同 高崎仁
同 洞敬
同 井上彰
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2010/04/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求をいずれも棄却する。
22訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1当事者の求めた裁判1原告(1) 被告伊藤忠ケミカルは,別紙イ号物件目録記載1の製品を輸入し,販売の申出をし,販売をしてはならない。
(2) 被告沢井は,別紙イ号物件目録記載2ないし4の各製品を製造し,又は販売してはならない。
(3) 被告伊藤忠ケミカルは,前記(1)の製品及びその半製品を廃棄せよ。
(4) 被告沢井は,前記(2)の各製品及びこれらの半製品を廃棄せよ。
(5) 被告伊藤忠ケミカルは,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成21年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告沢井は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成21年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 訴訟費用は,被告らの負担とする。
(8) 仮執行宣言2被告ら主文と同旨第2事案の概要1前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない )。
(1) 当事者等ア原告原告は,医薬品の製造・販売等を目的とする株式会社である。
イ被告ら(ア) 被告伊藤忠ケミカル3被告伊藤忠ケミカルは,医薬品の輸入・販売等を目的とする株式会社である。
(イ) 被告沢井被告沢井は,医薬品の製造・販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の特許権原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」といい,その請求項1に係る発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る特許公報に掲載された明細書を「本件明細書」という )を有。
している。
特許番号第2960790号出願日平成3年3月25日(特願平3-60137)公開日平成4年10月20日(特開平4-295485)登録日平成11年7月30日発明の名称経口投与用セファロスポリン水和物結晶特許請求の範囲【請求項1】下表のX線回折像を示す7β-[(Z)-2-(2-アミノ-4-チアゾリル)-2-ペンテノイルアミノ]-3-カルバモイルオキシメチル-3-セフェム-4-カルボン酸ピバロイルオキシメチルエステル塩酸塩一水和物の結晶。
【表1】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.3818919.8274525.0233233.902039.5622720.0860825.7842135.2815910.3414120.4822627.1840936.5617811.7225221.2625128.5217437.64122413.5624221.8027829.2223139.5430117.3825022.6635029.4821046.0232218.9037223.6412532.7414419.3248824.0631933.22101(3) 構成要件の分説本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A下表のX線回折像を示す【表1】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.3818919.8274525.0233233.902039.5622720.0860825.7842135.2815910.3414120.4822627.1840936.5617811.7225221.2625128.5217437.6412213.5624221.8027829.2223139.5430117.3825022.6635029.4821046.0232218.9037223.6412532.7414419.3248824.0631933.22101B7β-[(Z)-2-(2-アミノ-4-チアゾリル)-2-ペンテノイルアミノ]-3-カルバモイルオキシメチル-3-セフェム-4-カルボン酸(「」。) ピバロイルオキシメチルエステル 以下 本件エステル という塩酸塩一水和物Cの結晶(4) 原告製品原告は,本件特許に基づき,本件エステル塩酸塩水和物(第十五改正日本薬局方において「一水和物」との限定はない〔甲7 。医薬品として述〕5べる場合は,単に「水和物」ということがある )を有効成分とする抗生 。
剤「フロモックス」を製造販売している。
(5) 被告各製品ア被告製品1Yungjin Pharmaceutical CoLtd 被告伊藤忠ケミカルは,韓国法人 .,(永進薬品)製造に係る別紙イ号物件目録記載1の製品(以下「被告製品1」という。なお,被告製品1は,物質名自体を製品名として取引されているため,製品の特定としては,同目録記載のとおり記載して特定する )を,業として輸入し,フロモックスの後発医薬品を製造販売す 。
ることを予定している医薬品メーカーに対し,販売する計画を有している。
イ被告製品2ないし4被告沢井は,被告伊藤忠ケミカルから被告製品1の供給を受けて,本件エステル塩酸塩水和物を有効成分とする,フロモックスの後発医薬品を製造販売する計画を有していたところ,別紙イ号物件目録記載2,3の各製品(以下「被告製品2「被告製品3」という )について製造 」,。
販売を開始し,同目録記載4の製品(以下「被告製品4」といい,被告製品1ないし4を併せて「被告各製品」という )について製造販売承 。
認を取得した。
ウ被告各製品は,いずれも,本件発明の構成要件B・Cを充足する。
2原告の請求原告は,本件特許権に基づき,被告伊藤忠ケミカルに対し,被告製品1の輸入・販売の申出・販売の差止めと,被告製品1及びその半製品の廃棄を,被告沢井に対し,被告製品2ないし4の製造・販売の差止めと,被告製品2ないし4及びその各半製品の廃棄を,各被告に対し,1000万円の損害賠償及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5%の割合に6よる遅延損害金の支払を,それぞれ求めている。
3争点(1) 本件特許権の侵害ア被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか(争点1)イ本件特許権は,下記の無効原因を有しており,特許無効審判により無効にされるべきものか (争点2)(ア) 新規性欠如(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項1号)あるいは進歩性欠如(同2項)(争点2-1)(イ) 明細書記載不備(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項2号〔以下「改正前特許法36条5項2号」という)。〕(争点2-2)(2) 原告の損害 (争点3)第3争点に関する当事者の主張1争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか)について【原告の主張】後記(1)のとおり 被告製品1のX線回折像は 本件発明の構成要件A 3 , ,(0のピーク)のうち,試料ホルダーの材質である白金に由来するピーク(以下「白金ホルダーピーク」という )である,回折角39.54°及び46. 。
02°の2つのピーク(以下「本件2ピーク」という )以外の28ピーク。
が一致しており X線回折像の全体的なパターンが一致するから 本件2ピー , ,クの由来について検討するまでもなく,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足する。
また,後記(2),(3)のとおり,被告ら(当業者)は,本件2ピークについて,白金ホルダーピークであることを容易に認識できたし,少なくとも本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークでないことは容易に認識できたから,X線回折像に本件2ピークを含んでいなくても,被告各製品は,本件発7明の構成要件Aを充足する。
(1) X線回折像の全体的な一致ア結晶構造に関するクレーム解釈のあり方特許請求の範囲にX線回折像が記載されている場合,結晶構造の同一性は,個々のピークを独立させて分断的に検討するのではなく,X線回折像の全体的なパターンの一致によって判断するのが技術常識である。
X線回折像の全体的なパターンが一致する場合に,個々のピークの対比において一致しない箇所が一部存在するからといって,結晶構造の同一性が否定されるものではない。
また,粉末X線回折測定においては,その結果に一定の測定誤差が必然的に内包されていること,測定時のノイズ(不純物を含む )を完全。
, 。 に除去することが極めて困難であることは 一般的な技術的知見であるしたがって,本件発明のような結晶に係る特許請求の範囲を解釈するにあたっては,この測定技術上の限界・制約を踏まえつつ,特許請求の範囲に記載されたX線回折像の全体的なパターンを考慮して,これと全体的なパターンが一致するX線回折像を示す結晶を技術的範囲に含むと理解すべきである。
イ本件発明に係るクレーム解釈本件発明は,特許請求の範囲に30のピークと対応強度が記載されているが,個々のピークと対応強度の数値が全て完全に一致する結晶のみを技術的範囲としたものではない。
特許請求の範囲では,全体的なピークパターンが 「下表のX線回折,像を示す」という文言形式で記載され,本件明細書に,本件エステル塩酸塩一水和物結晶の具体的なX線回折パターン図( 図1 )が,本件【】エステル塩酸塩無水物結晶のX線回折パターン図( 図2 )と併記さ【】れている。そして,上記文言形式からすれば,本件発明は,回折角と対8応強度によって特定される30のピークを繋いで作成される「X線回折『』 『』」 。 像 を 示す結晶がクレーム対象とされていることが理解できるまた,本件明細書では,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のX線回折像が本件エステル塩酸塩無水物結晶のX線回折像と明らかに異なっていることが示され,両X線回折像を引用した表現が用いられ,両X線回折パターン図( 図1【図2 )が記載されており,特許請求の範囲に 【】,】記載されたX線回折像の全体的なパターンを考慮した場合に,これと全体的なパターンが一致する結晶を技術的範囲に含めることが容易に見て取れる。
以上のとおり,本件特許は,数値限定特許ではなく,X線回折「像」を「示す」結晶構造をクレームしたものである。
ウX線回折像の全体的な一致日立協和エンジニアリング株式会社(以下「日立協和」という )が。
測定した被告製品1のX線回折像(甲30。以下,証拠番号は,全て第1事件のものである )を,本件発明のX線回折像と対比すれば,白金 。
ホルダーで測定した場合は全てのピークにおいて,ガラスホルダーで測定した場合は,本件2ピーク以外の全てのピークにおいて,一見して明らかな共通性が認められ,X線回折像の全体的なパターンが一致する。
個々のピークを対比し,本件2ピークの有無という不一致点が存在するのでX線回折像は一致しないと短絡的に判断することは誤りである。
(2) 本件2ピークの由来が認識可能であることア本件2ピークの検出状況(ア) 位置有機結晶のX線回折像は,回折角が5°から35°程度の間に重要なピークが含まれるところ,本件2ピークは,通常は重要なピークが現れないX線走査範囲の限界値ないしは走査範囲外部分に,シャープ9で強度の大きいピークとして検出されている。なお,有機化合物において回折角40°以上の領域に存在するピークは,ほとんどがブロード(裾野が広くシャープでない)で強度の小さいピークである。
また,日本薬局方解説書には,日本薬局方の医薬品各条で別に規定するもののほか,通例,有機化合物の結晶では,回折角の走査範囲が5°から40°であることが明記されているところ,本件エステル塩酸塩水和物の医薬品各条において,例外的に走査範囲を40°以上にすべきことは記載されていない。
(イ) 態様本件2ピーク(39.54°の強度が301,46.02°の強度が322)は,より低角度のピーク(28.52°〜37.64°間の強度が101〜231)よりも強度が大きい。さらに,本件2ピークの中でも,46.02°のピークは,39.54°のピークよりも強度が大きい。
すなわち,本件2ピークは,減衰理論(有機化合物では高角度ほど強度が低下すること)に反する形で検出されている。
イ本件エステル塩酸塩無水物結晶のX線回折像との対比本件明細書には,本件エステル塩酸塩一水和物結晶と本件エステル塩酸塩無水物結晶とでは,X線回折像が明らかに異なっていると記載されているにもかかわらず,本件2ピークについては,両者とも,一致の範, 。, 囲内といえる±0.2°の範囲内に 同様のピークが現れている なお他にも類似ピークがあるとして被告らが指摘するのは4ピークに過ぎないし,この4ピークにも類似性は認められない。
したがって,当業者であれば,両結晶の比較対照結果に着目すべきことも,容易に想起できる。
そして,本件エステル塩酸塩無水物結晶についても,X線回折測定を10実施し,本件明細書記載のX線回折測定結果( 図2 )と対比すれば, 【】本件エステル塩酸塩一水和物結晶と同様,本件2ピークに相当する2つのピークが現れない反面,その他のピークは全体的に同一であることを認識できる。
これらの結果,当業者は,本件2ピークがこれらの結晶に基づかないものであることを認識できた。
ウホルダーピークの検出に関する技術的知見粉末X線回折測定において,? 充てんする試料量,試料ホルダーの材質によっては,試料ホルダーのピークが出現する場合があるため,注意が必要であること,? 通例,結晶形の同定及び判定では,本質的にはX線回折像の全体的なパターンの一致が重要であること,? 新しい測定値でも信頼性のよくない測定結果が沢山報告されているところ,測定者によって数値が必ずしも一致しなかったり,最強の3本のピークについても違っている例が少なくないため,データを過信してはいけないことは,一般的かつ確立した技術的知見とされている。
そして,試料ホルダーの材質は,基本的に室温測定に対応しているガラス及びアルミニウムと,室温から高温測定に対応している白金に,事実上限定されているところ,アルミニウムホルダーや白金ホルダーを用いた場合には,それぞれの物質の理論回折角付近にホルダーのピークが出現する場合があることも,一般的かつ確立した技術的知見であった。
エ白金ホルダーの利用状況(ア) ホルダーの形状日本有数のX線回折測定機器メーカーである株式会社リガク(以下「リガク」という )は,平成3年当時から,白金ホルダーを標準ホ 。
ルダーとする試料高温装置を,広く宣伝・販売していた。しかも,平成3年当時は,試料を乗せる面に凹凸が存在する棚状ホルダーが標準11品とされており,実際にも使用されていたところ,棚状ホルダーを使用した場合,通例,X線回折像に白金ホルダーピークが検出される。
(イ) 測定温度白金ホルダーも室温に対応しているし,無水物結晶と水和物結晶との比較試験を行う場合は,温度ごとに試料ホルダーを変える必要がないように,室温から高温まで対応可能な白金ホルダーが使用される。
さらに,本件明細書には,熱示差分析図に係る記載があり,本件特許出願時に,本件エステル塩酸塩一水和物結晶と本件エステル塩酸塩無水物結晶の構造変化等を確認するため,試料加熱高温測定を実施したことが窺われるが,水和物結晶等の評価においては,熱示差分析とX線回折測定の両方が実施されるのが通常である。また,本件においては,熱示差分析の結果から,本件エステル塩酸塩一水和物結晶を加熱して高温状態にすれば本件エステル塩酸塩無水物結晶に変換されることが予測されたため,X線回折測定の際にも同様に高温状態にして,,, 測定したものであるところ 当業者であれば 本件明細書の記載からこの事実を予測できるから,X線回折測定に白金ホルダーを使用した事実にも想到することができる。
オ白金の理論回折角の周知状況ICDD 国際回折データセンター におけるX線回折測定結果のデー ( )タファイル整備状況等からして,白金の回折角が本件2ピーク付近に現れることは,一般的な技術的知見であった。
ICDDのデータベースは極めて権威あるものであり,このデータベース記載の情報は,広くアクセス可能な情報として,粉末X線回折法による同定において,非常に重視されていた。
(3) 本件2ピークに係る認識ア当業者に要求される注意力12本件で問題とすべきは 「何かわからない化合物の結晶を測定して, ,2ピークの相違があった場面」ではなく 「本件発明と同一の名称と化 ,学組成を有する化合物の結晶を測定して,本件明細書記載のピークとは本件2ピークのみが違う測定チャートを得た場面」での認識である。
そして,前記(2)の各事実からしても,当業者は,自らの測定データと本件明細書記載のデータに共通しない回折線が認められた場合は,直ちに「同じ化学組成の多形(結晶構造が異なる物質)の回折線」と評価するべきではなく 「試料ホルダーやカバーからの散乱」などの可能性 ,を慎重に検討する必要があったといえる。
イ被告らの認識日本薬局方のセフカペンピボキシル塩酸塩標準品(甲8。以下「本件標準品」という )は本件発明の実施品であるところ,被告らは,本件 。
標準品の入手・測定も容易であり,通常は全体的なパターンの同一性が認められるであろう本件発明のピークと本件標準品のピークとが,本件2ピークのみ顕著に異なることも認識できた。
しかも,被告ら提出の鑑定意見書(乙8)においても,被告製品1が本件発明の技術的範囲に属するかの判断を行うにあたっては,本件2ピークを除外して,回折角が40°付近よりも低い範囲におけるピークのみが検討されている。
結局,被告各製品について,被告らが,本件2ピークの不存在を根拠に,本件発明の技術的範囲に属さないと考えた実態はなく,被告らは,本件2ピークが白金ホルダーピークであることを認識していたか,少なくとも本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークではないことを認識していたといえる。
【被告らの主張】以下のとおり,被告製品1のX線回折像には,本件2ピークが存在せず,13他のピークの相対強度も異なっているから,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足しない。
(1) X線回折像の不一致アクレーム解釈のあり方特許発明技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ,本件特許出願当時,特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載する必要があった(改正前特許法36条5項2号 。)特許請求の範囲の記載は,出願人が自己の権利範囲として自ら決定したものであり,必要事項を記載しなかった責任も,余分な事項を記載した責任も,全て出願人が負わなければならない。出願時には,特許を受けようとする発明を特定するために必要であるとして記載した事項を,特許を取得した後になって,発明の構成要件でないと主張することを許せば,特許権の及ぶ範囲が不確定となり,ある技術的範囲において特許による独占権を与える一方,その範囲が明確であることによって,第三者の本来自由な行為が特許権侵害として禁止される不測の事態を回避できるようにするという,特許制度の本旨に反することになる。
また,発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載のみを見ればわかるというのが特許法の建前であるから,発明の技術的範囲を確定するに際し,特許請求の範囲に記載された技術事項を無視することは許されない。
イ本件発明に係るクレーム解釈本件発明は,単に「本件エステル塩酸塩一水和物(構成要件B 」と)しただけでは特許性が存在しないと判断されて 「X線回折測定結果が ,【表1】記載のとおりである(構成要件A)結晶(構成要件C 」とい)う要件を加えて特許出願されたものである。つまり,本件発明は,特許14【】(「【】」。), 請求の範囲の 表1以下 本件 表1という記載のとおりの本件2ピークを含む各回折角に,各強度のピークが存在するような物質を,特許の対象にしたものであって,本件2ピークを含む各回折角に,所定の強度が測定されることは,必須の構成要件である。
また,本件発明の技術的範囲は,本件明細書において,発明の詳細な説明の 図1 に示されたチャートではなく 特許請求の範囲の本件 表 【】 ,【1】に示された回折角と強度の数値で特定されたのであるから,被告製品1が本件特許権を侵害するか否かは,X線回折像の全体的なパターンが一致するか否かではなく,各ピークの数値を充足するか否かで判断する必要がある。
そして,被告製品1が,そのX線回折像に本件2ピークを有さないのであれば,他のピークに共通性があったとしても,当業者は,被告製品1が本件発明の技術的範囲に属さないと考えるのであって,被告製品1が侵害品であるとの前提に立って,特許請求の範囲の記載を疑問視し,本件2ピークが本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークであることを疑うことはない。
仮に疑うことがあるとしても,当業者は,それを根拠に,本件特許には無効理由が存在すると考えるのであって,本件2ピークを外して本件発明の技術的範囲を想定することはない。
ウ本件2ピークの不存在被告沢井は,日本有数の民間測定機関である株式会社東レリサーチセンター(以下「東レリサーチ」という )に依頼して,被告製品1のX 。
線回折測定を,白金ホルダーを使用して行ったが,極めて不自然な測定条件を選択しない限り,本件2ピークは検出されなかった。なお,当業者が通常使用するホルダーは,アルミニウムホルダー又はガラスホルダーであるし,白金ホルダーを使用したとしても,ホルダーピークが検15出されるような測定条件が選択されることはない。
したがって,本件2ピークが白金ホルダーピークであるとすれば,本, , 件発明の構成要件Aを充足するか否かは 本件明細書に全く記載のない試料ホルダーの種類や測定条件によって異なることになるが,当業者に不測の事態を生じさせないためには,いずれの方法においても構成要件Aを充足することが必要というべきである。ところが,被告製品1のX線回折像は,ガラスホルダーを使用した場合は本件【表1】と明らかに相違し 白金ホルダーを使用した場合でも 通常の方法で行えば本件 表 , ,【1】と相違する。
エ本件2ピーク以外のピークに係る回折角の不一致(ア) 東レリサーチのX線回折測定結果(乙4の2)との対比下表のとおり,被告製品1の回折角は,多くのピークにおいて,原告が一致の範囲と主張する±0.2°の範囲を超えて,本件【表1】の数値を充足しない。
特許公報記載のパターン 実測回折パターン(原告解釈)特許公報 実測値(Pt板)No.2θ強度相対強度比2θ強度相対強度比18.38189258.58111438.329.56227309.7693132.0310.341411910.5862621.5411.722523411.94136046.7513.562423213.80122942.2617.382503417.5697133.4718.903725019.12143449.3819.324886619.52205870.716919.8274510020.022911100.01020.086088220.28228178.41120.482263020.6499734.21221.262513421.50110538.01321.802783722.00116340.01422.663504722.88163256.1(ピークなし) 1523.64125171624.063194324.28137547.21725.023324525.24139047.71825.784215726.02186964.21927.184095527.40167357.52028.521742328.7491531.42129.222313129.4699634.2(ピークなし) 2229.48210282332.741441932.9657219.62433.221011433.4443414.92533.902032734.2081027.82635.281592135.5064622.2(ピークなし) 2736.56178242837.641221638.0056919.5(イ) 日立協和のX線回折測定結果(甲30)との対比別表Aのとおり,被告製品1には,8サンプル中6サンプルにおいて,本件【表1】のピークに該当するピークが存在しないか,これと±0.2°の範囲を超えて一致しないピークが存在している。
オ本件2ピーク以外のピークに係る強度の不一致17強度の数値もまた,本件発明の技術的範囲を特定する事項であるところ,結晶構造が同じであれば,少なくとも相対強度(強度の相対的な大きさ)は同じになるはずである。
したがって,本件【表1】の数値を満たすためには,回折角と強度の大きさの対応関係が同一であることが必要であるが,以下のとおり,被告製品1は,この相対的な関係も充足しない。
(ア) 東レリサーチの測定結果(乙4の2)との対比前記エ(ア)の表を相対強度順に並べた場合,下表のとおり,対応する回折角の順序は一致しない。
特許公報記載のパターン 実測回折パターン(原告解釈)特許公報 実測値(Pt板)No.2θ強度相対強度比No.2θ強度相対強度比919.82745100920.022911100.01020.08608821020.28228178.4819.3248866819.52205870.71825.78421571826.02186964.21927.18409551927.40167357.5718.90372501422.88163256.11422.6635047719.12143449.31725.02332451725.24139047.71624.06319431624.28137547.21321.8027837411.94136046.7411.7225234513.80122942.21221.26251341322.00116340.0617.382503418.58111438.318513.56242321221.50110538.02129.22231311120.6499734.229.56227302129.4699634.21120.4822630617.5697133.42229.482102829.7693132.02533.90203272028.7491531.418.38189252534.2081027.82736.56178242635.5064622.22028.5217423310.5862621.52635.28159212332.9657219.62332.74144192838.0056919.5310.34141192433.4443414.9(ピークなし) 1523.6412517(同上) 2837.6412216(同上) 2433.2210114(イ) 日立協和の測定結果(甲30)との対比別表Bのとおり,被告製品1の相対強度は,全てのサンプルにおいて本件【表1】と異なっている。
(2) 本件2ピークの由来が認識不可能であることア本件2ピークの検出状況(ア) 位置日本薬局方には,X線回折の走査範囲は5°から40°が通例であるが,各物質について別に定めがあれば,それに従って決定されるという技術常識が明らかにされているところ,本件エステル塩酸塩水和物について,別の定めはない。しかしながら,本件エステル塩酸塩水19和物の試験項目には,X線回折測定がもともと含まれていないのであるから,走査範囲に関する別の定めがないのは当然である。
そして,本件【表1】に本件2ピークが現に記載されている以上,本件発明については,本件2ピークの存在は不自然なものではない。
本件明細書には,本件エステル塩酸塩無水物結晶の重要なピークとして,回折角40.38°のピークも記載されており( 表3,回【】)折角40°以上の領域に有機化合物結晶の重要なピークが存在し得ることは,本件明細書も当然の前提としている。また,回折角40°以(, 上の領域にピークが存在する有機化合物が現に存在する以上 乙1011 ,本件2ピークについて当業者が疑問を持つことはない。 )(イ) 態様減衰理論に反しているか否かは,近視眼的に評価するのではなく,チャート全体を巨視的に見て,全体的に右肩下がりのカーブを描いているか否かで評価すべきである。
そして,本件明細書の【図1】のチャートは,回折角27°付近のピークよりも本件2ピークの方が強度が小さく,全体的に右肩下がりに緩やかに強度が小さくなっており,減衰理論にも適合している。
イ本件エステル塩酸塩無水物結晶のX線回折像,, 本件エステル塩酸塩一水和物結晶の回折角10.34° 11.72°13.56°,24.06°の各ピークと,これに対応する本件エステル塩酸塩無水物結晶の回折角10.54°,11.88°,13.62°,24.02°の各ピークは,原告が一致の範囲内であると主張する±0.2°の範囲内に収まっている。
したがって,両結晶のX線回折像が明らかに異なっているという本件明細書の記載は不正確であり,実際には,本件2ピーク以外にも類似のピークが存在するのであるから,当業者が本件2ピークについて疑問を20持つことはない。
ウホルダーピークの検出に関する技術的知見ホルダーのピークは,試料のX線回折像にとっては単なるノイズでしかないところ,このようなピークをできるだけ検出しないように測定することが,測定者の基本的な技術常識である。
また,本件エステル塩酸塩一水和物結晶は,有機化合物の中でも特に熱に不安定であり,約135℃で分解するから,その結晶構造を特定するために高温測定を行うことは考えられないところ,本件明細書には測定条件の記載がないから,本件【表1】は室温での測定結果としか理解することができない。そして,室温測定であれば,試料ホルダーはガラスホルダー又はアルミニウムホルダーが選択されるのが技術常識である。
エ白金ホルダーの利用状況(ア) 形状,,, 本件特許出願当時 白金ホルダーについては 棚状ホルダーのほか小さい穴が多数表面に存在する穴あきホルダーも広く使用されており,リガクの試料高温装置を購入したユーザーに対しても,両タイプのホルダーが提供されていた。なお,東レリサーチが保有する白金ホルダーは,穴あきホルダーであり,穴あきホルダーで測定した場合,白金ホルダーピークは検出されない。
このように,同じ白金ホルダーであっても,形状によって白金ホルダーピークが検出されるか否かが異なるところ,得られたピークが試, , , 料のものか ホルダーのものであるかは 測定者にしかわからないしホルダーのピークは試料のX線回折像にとって不要なノイズでしかない以上,使用したホルダーや,測定結果にホルダーのピークが混入していることを明記することは,測定者の当然の作業である。日立協和21の測定結果にも,白金ホルダーピークが測定結果に混入していることが明記されている。
ところが,本件明細書には,そのような記載がなく,本件2ピークが白金ホルダーピークではないかと疑うことは不可能である。
(イ) 測定温度熱示差分析は,X線回折測定とは全く異なるものであって,X線回折測定の条件を示唆するものではないし,本件明細書には,熱示差分析と同時にX線回折測定をしたとする記載も示唆もなく,高温でのX線回折測定を当業者が想定することはできない。
そして,温度変化をさせることなく,普通に室温で試料を測定する際に,わざわざ特殊な高温X線回折装置を使用することはない。
オ白金の回折角の周知状況本件で問題となるのは,白金ホルダーの使用が記載されていない本件明細書を見た時に,白金ホルダーピークが存在すると当業者が理解できる程度に,その位置が周知であったか否かである。
そして,白金の回折角が公知であることをもって,これが周知であるということはできない。
しかも,ICDDのデータベースにおける白金の回折角と本件2ピークとは,±0.2°の範囲を超えてずれている。
(3) 本件2ピークに係る認識ア当業者に要求される注意力本件明細書には,本件【表1】のX線回折測定において,どのようなホルダーを使用したのか,何らの記載も示唆もないが,前記(2)のとおり,白金ホルダーを使うことは,当業者には想定できないし,X線回折測定では,ホルダーピークが試料の測定結果に影響を与えないようにするのが,当業者の技術常識である。
22また,特許請求の範囲に発明の構成要素以外の技術事項が含まれていれば,登録は拒絶されるのであり(改正前特許法36条5項2号 ,特), 。, 許として登録された以上 拒絶理由は存在しないはずである そのため第三者は,特許請求の範囲に記載された全ての技術事項が,発明の必須の構成要素であるとの前提で,特許侵害の成否を判断すれば足り,当該前提自体が正しいか否かについて探索する必要はない。したがって,特許請求の範囲に記載された技術事項が当該発明の構成要件であるか否かを第三者が疑うべきとはいえない。
なお,本件2ピークを無視して特許権侵害の判断を行うことは,特許請求の範囲に記載された技術事項を無視するものであり,明細書の公示機能を没却するものである。当業者において,本件2ピークが白金ホルダーピークとわかったはずであるなら,原告自身が,本件2ピークを構成要件としないか,少なくとも白金ホルダーに由来することを記載すべ,【】, きだったのであり 本件2ピークを本件 表1 に記載しておきながら今になってこれが構成要件ではないと主張するのは,禁反言の法理にも正面から抵触するものであって,許されるものではない。
イ被告らの認識被告らは,本件発明に係るX線回折測定が白金ホルダーを使用して行われたとは予想もしておらず,ガラスホルダー等の通常使用されるホルダーを用いて,普通に測定したものと判断していたし,本件【表1】のピークに白金ホルダーピークが含まれているなどとは思ってもいなかった。
なお,本件標準品をX線回折測定しても,本件2ピークは存在しないが,それは,本件標準品が本件発明の実施品でなかっただけのことである。権利者が特許発明実施品と考えていた物が,実際には特許発明の構成要素を充足しない場合,特許発明の権利範囲は,実施品(と考えて23いた物)を基準に決定されることはなく,あくまで明細書に記載された特許請求の範囲により確定される。また,特許発明技術的範囲は,出願当時の公知技術に照らして確定されるところ,本件標準品が日本薬局方に収載されたのは平成13年であるから,これを参酌して本件発明の技術的範囲の属否を判断することはできない。
2争点2-1(新規性欠如あるいは進歩性欠如)について【被告らの主張】(1) 新規性欠如本件発明は,本件特許出願日(平成3年3月25日)前に公開された文献である日本薬学会講演要旨集(乙13。平成3年3月5日に発行,遅くとも同月20日には閲覧可能)や,特許公報(乙14。昭和62年1月6日に公開)の明細書に記載された物質と同一であって,新規性を欠く。
(2) 進歩性欠如仮に(1)が認められないとしても 以下のとおり 本件発明は 前記(1) ,,,の各文献に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
ア乙13(日本薬学会講演要旨集)乙13には,代表的化合物「S-1108」の合成法が記載されている。そして,この化合物「S-1108」は,本件エステル塩酸塩である。
つまり,乙13には,本件エステル塩酸塩の合成方法が記載されているところ,出発物質や各合成工程も記載されている以上,当業者は,乙13に基づいて,本件エステル塩酸塩を容易に合成することができる。
イ乙14(特許公報)(ア) 本件エステル乙14の特許請求の範囲(1)には,薬理学的活性エステルの化学式が示されているところ,この化学式に,乙14の第1表?20に示さ24れる官能基を挿入したものは,本件エステルである。
(イ) 本件エステル塩酸塩の結晶性残渣の合成乙14には,実施例6(酸付加塩)の2),3)として,それぞれ次のような記載がある。
「2 〔塩酸塩〕7β-[(Z)-2-(2-t-ブトキシカルボニルアミノ )チアゾル-4-イル)-2-ペンテノイル]アミノ-3-セフエム-4-カルボmgml ン酸ピバロイルオキシメチルエステル360をアニソール2とトリフルオロ酢酸2にとかし,室温で150分間かきまぜたのmlち,濃縮する。残渣に炭酸水素ナトリウム水を加えて酢酸エチルで抽出する。抽出液をシリカゲル・カラムクロマトグラフイーで精製すれば,7β-[(Z)-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ペンテノイル]アミノ-3-セフエム-4-カルボン酸ピバロイルオキシメチルエステル250を得る。これをジクロロメタンにとかし,塩化水素のmg酢酸エチル溶液を加えて濃縮する。結晶性残渣をエーテルで洗えば,上記エステルの塩酸塩を得る 」。
「3)前記と同一の条件下,第1表のアミノ化合物から対応する酸付加塩を合成できる 」。
(ウ) 乙14の開示内容前記(ア)のとおり,乙14には本件エステルが記載されている。
そして,前記(イ)3)のとおり,乙14には,前記(イ)2)と同一の条件下で,本件エステル塩酸塩の結晶性残渣を合成できることも記載されている。
ウ以上のとおり,? 本件エステル塩酸塩及びその製法,? その製法に基づいて本件エステル塩酸塩を合成すれば,その結晶性残渣が得られることは,いずれも,本件特許出願前に公知であった。
「結晶性」残渣である以上,結晶を含んでいるから,本件エステル塩25酸塩結晶は公知である。
また,化合物の合成において,不純物を取り除くために再結晶することは当業者の常識であるし,再結晶のために本件特許で使用された溶媒は,メタノールと水の混合溶媒という一般的なものであり,その他の析出条件もないから,当業者であれば,容易に本件エステル塩酸塩結晶を得ることができる。
そして,本件エステル塩酸塩結晶は,通常の大気中では結晶中に水分子を取り込んで一水和物として安定するところ,原告の主張によれば,本件エステル塩酸塩水和物結晶は1種類しかないというのであるから,本件エステル塩酸塩結晶は,本件発明である本件エステル塩酸塩一水和物結晶である。
【原告の主張】以下のとおり,乙13や乙14は,いずれも本件発明の進歩性新規性を失わせるものではない。
(1) 乙13の開示内容乙13には,本件エステル塩酸塩の構造式とその製法の極めて簡単な反応工程,抗菌作用や経口吸収性等の薬効・薬理面について記載されているに過ぎず,本件エステル塩酸塩の物性及び結晶化等の精製工程は記載されていない。
(2) 乙14の開示内容乙14には,有機化合物の選択肢の1つとして本件エステルが含まれているが,このような形で,本件エステルや,対応する酸付加塩を合成できる旨の記載があったとしても,本件特許出願時の技術常識に基づいて本件エステル塩酸塩を製造できるとはいえず,乙14が,本件エステル塩酸塩及びその製法の公知性を基礎づけるような「引用発明」にあたるとはいえない。
26なお,技術常識とは,当業者に一般的に知られている技術(周知技術,慣用技術を含む )又は経験則から明らかな事項をいうところ,本件エス 。
テル塩酸塩及びその製法が,乙13のみを根拠として技術常識であるということはできない。
また,乙14の実施例6(酸付加塩)3)には,酸付加塩を合成できることが記載されているだけで,酸付加塩が結晶か否かについては何らの記載も示唆もない。
(3) 結晶の記載がないこと前記(1) (2)のとおり 乙13 14のいずれの文献においても結 ,,, ,「晶」については何ら明らかにされていない。
乙14には「結晶性残渣」との表現があるが,科学的にみて,結晶性残渣の物性を,結晶の物性と当然に同視することはできない。一般的にも,合成物を濾過,濃縮するなどして得られた残渣が,油状や泡状ではなく,固体状の粉末の様相を呈した場合には,その実態が結晶であるか否かを確認することなく 「結晶性残渣」という表現が用いられており,結晶性残 ,渣とされたものが,実際には結晶を含んでないことは,決して珍しいことではない。
(4) 容易想到でないことア再結晶の試みについて化合物について,当業者が再結晶を試みることが当然であるならば,結晶発明は,非常に優れた物性・有用性を有する場合でも,およそ新規性進歩性を有しないことになるが,このような結論は肯認できない。
また,医薬品開発に際しては,少量の原薬で,迅速かつ正確に多形探索と物性評価を行うことが求められるところ,結晶化条件は個々の物質によって異なり得るから,特定の化合物につき,再結晶する上で最もふ(, ,,,), さわしい析出条件溶媒 量温度操作順等を発見した上でpH27化学的安定性を有し,溶媒の残存量が少なく,臨床上有用な結晶を得ることは,容易なことではない。
本件発明も,種々の試行錯誤を経た研究開発の成果として,本件エステルを希メタノール/塩酸から再結晶することにより,溶媒残留量が少なく,品質が安定で,臨床上有用な一水和物が得られることを見い出したものである。
イ析出条件について本件特許出願前に,本件エステルの塩酸塩結晶を得るための晶析溶媒として,無数に考えられる溶媒又はその組み合わせの中から,特定の溶媒の組み合わせが適していることを発見し,そのような溶媒を選択することによって残留有機溶媒の低減,品質の安定化,かつ経口投与用製剤への適用化(本件明細書【0021 )を達成することは,これまでに 】知られていなかった新たな技術的課題を解決する,およそ当業者といえども予測困難な技術事項である。
一概に結晶化といっても,その対象物が本件エステルのように塩になっていない物質(フリー体)なのか,本件エステル塩酸塩のように塩なのかによって,具体的な結晶化条件が異なり得るのは常識であるし,塩の場合でも,塩の種類によってさらに結晶化条件が異なり得る。
したがって,本件特許出願前,再結晶に最適な溶媒が希メタノール/, , 塩酸であることを始め 最もふさわしい析出条件は公知となっておらずそれにもかかわらず当業者であれば容易に本件エステルの塩酸塩結晶を再結晶できたというのは,後知恵に基づく主張である。
3争点2-2(明細書記載不備)について【被告らの主張】(1) 発明の構成に不可欠な事項以外の記載本件【表1】に,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のものではないピー28クが混入している以上,本件発明に係る特許請求の範囲には 「発明の構,成に欠くことができない事項」以外の事項が記載されていることになるから,本件特許は,改正前特許法36条5項2号に違反している。
なお,特許庁の審査基準においても,同号違反の類型として 「請求項,に,販売地域,販売元などの発明の構成と無関係な事項が記載されている場合」が明記されている。
(2) 原告の主張に対する反論,, 改正前特許法36条5項2号に違反するか否かの基準は 法文のとおり「発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているか否か」であって 「第三者に不測の事態を生じさせるか否か」ではない。 ,特許の無効事由は,特許出願時の適用条文に基づいて判断されるのであり,事後法ともいうべき平成6年の法改正の経緯を根拠に,特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことのできない事項を別の技術事項にすり替えて,発明の要旨を決定することは許されない。
【原告の主張】(1) 改正前特許法36条5項2号の趣旨・改正経緯等改正前特許法36条5項2号の趣旨は,特許請求の範囲の記載に関し,第三者が不測の事態に陥らないことを,制度上担保することにあった。
そして,平成6年特許法改正においては,改正前特許法36条5項2号は 「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認 ,める事項のすべてを記載しなければならない」と改正されるとともに,同,, , 号違反は無効理由から除外されたが 一方で 上記趣旨を維持するために特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならないことが規定されるに至った。
このような改正前特許法36条5項2号の趣旨・改正経緯等に鑑みれば,同号に違反しているかどうかは 「特許請求の範囲の記載が第三者に ,29不測の事態を生じさせる内容になっているか否か」という観点から判断されるべきである。
(2) 本件2ピークの記載が改正前特許法36条5項2号に違反しないこと本件2ピークが本件発明に係る特許請求の範囲に記載されていることは,第三者(とりわけ当業者)に不測の事態を生じさせるものではなく,ひいては「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」以外の事項が記載されていると評価されるべきものでもない。
したがって,本件2ピークの記載を含め,本件発明に係る特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているといえる。
なお,特許庁の審査基準においては,改正前特許法36条5項2号違反になる類型が列挙されているところ,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,そのいずれにも該当しない。
4争点3(原告の損害)について【原告の主張】原告は,本件を解決するために,弁護士に委任して訴訟を提起するほかなかったところ,第1事件及び第2事件の性質や難易度を考慮すると,各委任報酬等は,それぞれ1000万円を下らない。
【被告らの主張】否認する。
第4当裁判所の判断1争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足するか)について(1) 構成要件Aの文言が示す技術的範囲本件発明の構成要件Aは,「下表のX線回折像を示す【表1】302θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.3818919.8274525.0233233.902039.5622720.0860825.7842135.2815910.3414120.4822627.1840936.5617811.7225221.2625128.5217437.6412213.5624221.8027829.2223139.5430117.3825022.6635029.4821046.0232218.9037223.6412532.7414419.3248824.0631933.22101」, ,() であり 本件発明が示すX線回折像として 30のピーク 回折角と強度が記載されている。
そして,構成要件Aの「下表」に該当する本件【表1】は,X線回折像そのものではなく,X線回折測定の結果現れたピークの回折角と強度を示したものである。
ところで,物質のX線回折像中には,強度や形状の異なる多くのピークが存在するところ,その中で,当該物質を特許出願するにあたり,個々のピークをクレームするか,何個のピークをクレームするか,どの回折角をクレームするか,強度までクレームするか,数値を記載するか,数値に幅を持たせるかなどは,出願人の判断に委ねられているものである。
そうしたところ,出願人である原告は,本件発明について,X線回折像そのものではなく,それを形成する30のピーク(回折角と強度)を個別に特定して,特許請求の範囲を示すために必要な要素と判断して抽出し,これが最終的に特許請求の範囲として登録されるに至ったのである。
したがって,構成要件Aの「下表のX線回折像を示す」とは,結局,本件発明のX線回折像の中に,本件【表1】の30のピークが全て存在する31ことを意味すると解される。
(2) 被告製品1のX線回折測定結果(甲30)本件においては,訴訟係属中に,当事者間の合意に基づき,日立協和により,被告製品1(試料番号09002〜09004の3ロット)について,それぞれ白金ホルダー及びガラスホルダーを使用したX線回折測定が行われた(09002については2回測定されたため,8つの測定結果が存在する。。)その測定結果からは,次の事実が認められる。
ア回折角日立協和は,被告製品1の8測定のうち白金ホルダーを使用して行わ,, , れた4測定では いずれも 白金標準データに該当する回折角において白金ピークが検出されていると報告しているところ,その検出位置は,回折角39.70°から39.75°と,回折角46.14°から46.21°の2箇所である。この白金ピークは,本件2ピークの位置とは,最大で0.21°ずれた位置にある。
上記以外で,構成要件Aのピークに対応する被告製品1のピークが,±0.2°を超えた位置にあるものとしては,構成要件Aの28番目のピーク(37.64°)に対応するピークが,09002-1(白金ホルダー)では37.86°(+0.22°)の位置に,09002-2(白金ホルダー)と09003(ガラスホルダー)では37.87°(+0.23°)の位置に,09004(白金ホルダー)では37.89°(+0.25°)の位置に,それぞれ検出されている。また,構成要件Aの5番目のピーク(13.56°)に対応するピークが,09003(白)()。 金ホルダー では13.77° +0.21° の位置に検出されているさらに 構成要件Aの15番目のピーク 23.64° に対応するピー , ()クは,09002-2(白金ホルダー)では検出されず,構成要件Aの3224番目のピーク 33.22° に対応するピークは 09004 白 (),(金ホルダー)では検出されなかった。
上記以外のピークの位置については,本件発明の構成要件Aと8つの測定結果とは,±0.2°の範囲内での一致が認められた。
イ強度物質の同定にあたって比較されるのは相対強度であり(甲9,14,15,18 ,ICDDのデータベースにも相対強度が記載されている )ところ(甲33の1・2,甲48の1・2 ,原告は,本件発明に係る )特許請求の範囲において,絶対強度を記載している。
しかしながら,本件においては,当事者双方とも相対強度を問題にしているため,以下,相対強度について検討する。
(ア) 構成要件A本件【表1】の強度の数値を,最も高い強度(回折角19.82°の強度)を100とした場合の相対的な強度の数値(小数点以下四捨五入)に置き換えると,次のようになる。
【表1】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.382519.8210025.024533.90279.563020.088225.785735.282110.341920.483027.185536.562411.723421.263428.522337.641613.563221.803729.223139.544017.383422.664729.482846.024318.905023.641732.741919.326624.064333.221433これを見ると,相対強度が50を超えるピークは,7番目(18.90°)から10番目(20.08°)の4ピークと,18番目(25.78° ,19番目(27.18°)の各ピークである。 )(イ) 被告製品1(白金ホルダー測定分)被告製品1に係る日立協和の測定結果(甲30)について,各ピー() クに対応する強度を前記(ア)と同様に相対強度 小数点以下四捨五入,( , へ置き換えると 次のようになる 空欄となっている部分については対応するピークが存在しない。。)【09002-1】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.493619.9210025.125134.04249.663220.187725.917335.401810.462120.591327.306736.652111.854621.412728.631737.861213.704121.873229.313839.7512617.464322.786229.572946.184619.016223.741532.831219.407724.165233.334【09002-2】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.474019.9310025.145934.05279.663220.197925.917935.422110.461920.631827.307236.661911.824821.402328.643437.871313.694521.893229.283439.734417.493222.786729.582946.14233419.035732.871419.447224.185333.347【09003】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.494419.9310025.165834.06249.663320.207425.907535.411910.512220.581327.296936.662411.874621.382528.602937.831113.773621.923329.353539.702817.484022.796529.582846.215019.026323.811532.881419.427724.194833.365【09004】2θ強度2θ強度2θ強度2θ強度8.504119.9210025.165834.06279.673320.187425.898235.381910.462320.571427.317836.662211.874821.362328.643037.891313.684521.893129.293939.749317.483522.766329.563646.214219.025723.781632.831519.408324.2152そして,前記(ア)と同様,相対強度が50を超えるピークに着目すると,7番目から10番目の4ピーク(4測定共通 ,14番目(4)測定共通 ,16番目から19番目の4ピーク(09003の16番 )35目を除き共通 ,29番目(09002-1,09004 ,30番目 ) )(09003)の各ピークが,これに該当する。
,,(),, ウ前記ア イのとおり 被告製品1 物質 自体は そのX線回折像に本件2ピークに対応するピークを有していない。したがって,前記(1)の文言解釈を前提にすれば,被告製品1は,他の28ピークの回折角や強度について判断するまでもなく,本件発明の構成要件Aを充足しないこととなる。
(3) 本件2ピークの由来ところで,前記(1)のとおり,構成要件Aは,30のピーク(回折角と強度)で特定されているところ,原告は,このうち本件2ピークは,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークではなく,そのX線回折測定に用い,。 た白金ホルダーのピークであると主張するので この点について判断するア本件明細書において,本件発明に係るX線回折測定にあたり白金ホルダーが使用された事実は明らかでなく,その他,これを裏付ける直接証拠はない。
また,各種文献や特許公報にも多数引用され(甲9,15,47 ,)その記載内容について信頼性が高いと考えられるICDDのデータベース(甲43,45の1)には,本件特許出願日(平成3年3月25日)前から,白金のピークが,39.762°,46.241°,67.451°,81.282°,85.708°,103.502°,117.704°,122.799°,148.246°の各回折角に検出されることが記載されている(甲48の1・2 。したがって,本件2ピーク(3 )9.54°,46.02°)は,上記白金ピークのうち対応関係にあるはずの低角度2ピークと,いずれも,0.22°ずれている。そして,原告は,ピークのずれが±0.2°の範囲内であれば一致といえると主張し,これに沿う証拠も存在するところ(甲18 ,本件2ピークは,い )36ずれも,上記低角度2ピークとは±0.2°の範囲を超えた位置に検出されている。
さらに,上記データベースにおける白金ピークの低角度2ピークの相対強度は 低角度側を100とすれば 高角度側は53となるところ 甲 , , (48の1 ,本件2ピークの強度は,低角度側が301,高角度側が3 )22であるから,相対強度は,低角度側を100とすれば,高角度側は107(小数点以下四捨五入)であり,上記データベースの相対強度とは大きく異なっている。
イもっとも,本件2ピークは,前記(2)アの被告製品1のX線回折像における白金ホルダーピークと大きくは変わらない位置 最大で0.21°(ずれた位置)に,シャープで強度の大きいピークとして現れている。
また,本件標準品をX線回折測定した場合,本件2ピークに相当するピークは検出されないが(争いがない,白金ホルダーを使用した場 。)合は,本件2ピークに対応する白金ホルダーピークが検出されることがある(乙8,10 。)しかも,東レリサーチが行った,白金ホルダーを用いた被告製品1のX線回折測定(乙7)では,回折角39.82°から39.90°にあるピークと,回折角45.72°から46.38°にあるピークを指して,「40°付近と46°付近において,白金に由来するピークが確認された」旨が報告されているが,ここでいう「白金に由来するピーク」は,上記データベースにおける白金ピークの低角度2ピーク(39.762°,46.241°)とは,最大で0.52°ずれている。
さらに,相対強度は,同一結晶間でも差が20%より大きくなる場合がまれに生じるし(甲9 ,±10%位変動するのは不思議ではなく, )値が極端に変化することもあり,値が逆転したり,ある回折線が検出できないほど弱くなるとか,特定の回折線だけが強く現れるなどといった37現象も珍しいことではないとされている(甲49 。)ウ以上の事実を総合すれば,本件2ピークは,白金ホルダーピークであるとしても説明が困難でなく,かつ,検出の原因として,白金ホルダーの使用以外には考えにくいから,白金ホルダーピークであると考えるのが合理的である。
そうすると,本件2ピークは,本件発明の特定のためには余分な事項であるが,それにもかかわらず,特許請求の範囲に,その回折角及び強度が記載されていることになり,特許請求の範囲中,本件2ピークに係る記載は,事後的・客観的にみれば,誤った記載というべきである。
誤記のなかには,特許法上の訂正審判や訂正の請求による訂正を待つまでもなく,誤記であることを前提として,特許請求の範囲を解釈することができる場合も存在するが 本件2ピークの記載は 単なる誤記 表 ,,(記上の誤り)とは性格を異にする。
すなわち,本件特許出願に際し,原告は,本件2ピークが本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークであると信じ,特許請求の範囲として表示しようとしたとおりのクレームをしているのであって,後に,その信じていたところが誤りであったことが判明したに過ぎないと認めるのが相当である(原告が本件2ピークが本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークではなく,白金ホルダーのピークであると認識していたのであれば,その旨を本件明細書に記載したはずである。出願時において要。)件とした事項であっても,後に,実際には不要であったことが判明することは,一般に生じ得る事態であるが,特許請求の範囲の記載を前提とする第三者の行為は,このような出願人の調査不足や不注意によって規制されるべきではない。
(4) 全体的なパターンによる構成要件充足の判断の可否( 原告の主張】1【(1))について38原告は,本件発明のような結晶に係る特許請求の範囲を解釈するにあたり,特許請求の範囲にX線回折像が記載されている場合は,個々のピークではなく,特許請求の範囲に記載されたX線回折像の全体的なパターンを考慮して,これと全体的なパターンが一致するX線回折像を示す結晶を技術的範囲に含むと理解すべきであるところ,被告製品1のX線回折像の全体的なパターンは,特許請求の範囲のX線回折像のそれと一致すると主張する。
しかしながら,本件発明に係る特許請求の範囲には,X線回折像は記載されていないから,原告の主張は,その前提を欠くものである。
原告が主張する,全体的なパターンが記載されているX線回折像とは,本件明細書の【図1】を指すものと考えられるが,これは請求の範囲の記載にはない。たしかに,上記特許請求の範囲(構成要件A)には「X線回折像」との記載があるが,上記「X線回折像」は個々のピークを示した本件【表1】からなる一覧表(本件明細書の【表2】と同じもの)であり,この表では,30の個別ピークに係る回折角と強度以外の要素(裾野の広, )。, さや ピーク間の谷部分の形状等 は明らかにされていない したがって構成要件Aの本件【表1】の30のピークを単純に繋いでも,本件明細書の【図1】記載のX線回折像にはならないのであって,特許請求の範囲の記載のみからは,原告の主張する「全体的なパターン」がいかなるものであるかを具体的に特定することはできない。
そして,特許発明技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ(特許法70条1項 ,化学の)分野において,一般に,結晶構造の同一性判断が,X線回折の全体的なパターンを比較する方法で行われていたとしても,原告が「全体的なパターン」を特許請求の範囲において明らかにしなかった以上,本件発明の技術的範囲を「全体的なパターン」を基準に定めることはできない。
39したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(5) 本件2ピークの由来に係る認識可能性( 原告の主張】1(2))につい 【て原告は 前記(1) (2)の認定に対し 被告ら 当業者 は 本件2ピー ,,,() ,クの由来が,白金ホルダーピークであることを容易に認識できたから,X線回折像に本件2ピークを含んでいなくても,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足すると主張する。
そこで,本件2ピークの由来に係る認識可能性について,以下,検討する。
ア本件2ピークの検出状況(ア) 位置原告は,本件2ピークが回折角の高い,特異な位置に検出されたと主張する。
有機結晶のX線回折像は,回折角5°から35°程度の間に重要な回折線が含まれることが多い(甲32 。また,通例,有機化合物の )結晶では,回折角の走査範囲は5°から40°である(甲9 。)もっとも,これら一般的な例に該当しない物質も存在するし(乙10,11 ,実際,原告自身,本件特許出願にあたってのX線回折測 )定では,本件エステル塩酸塩一水和物結晶と本件エステル塩酸塩無水物結晶について,共に回折角50°までを走査範囲とし,本件明細書の【表3】において,本件エステル塩酸塩無水物結晶の重要なピークとして,回折角40.38°のピークも記載している(甲3 。)したがって,本件2ピークは,通常より走査範囲が広くとられていた本件エステル塩酸塩一水和物結晶のX線回折像において,必ずしも特異な位置に検出されたわけではない。
(イ) 態様40原告は,本件2ピークは,減衰理論に反する形で検出(高角度にもかかわらず,強度の高いピークとして検出)されているので,本件2ピークの異常性を容易に認識できたと主張する。
しかし,X線回折測定によって求められる相対強度については,値が極端に変化することもあり,値が逆転したり,ある回折線が検出できないほど弱くなるとか,特定の回折線だけが強く現れるなどといった現象も珍しいことではないとされている(甲49の183頁 。), (【】) また 本件明細書に記載された本件発明に係るX線回折像図1においても,高角度側が低角度側より一律に強度が小さいわけではなく,本件2ピークのみが他のピークより強度が大きいわけでもない。
P1教授作成の鑑定意見書(甲57の13頁以下)をみても,任意に選択した特定のピークに尺度を合わせた場合に,本件2ピークのうち高角度側の1ピークが減衰曲線を超えており,注意深くX線回折パターンを眺めれば,同ピークの異常性が示されるということが記載されているに過ぎない。しかも,上記減衰曲線を基準にすれば,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピーク中にも,同曲線を超えているものが存在するというのである。そして,原告自身が,減衰理論に適合しないことを理由に,本件発明に係る特許請求の範囲から本件2ピークを排除することがなかったように,本件2ピークが減衰理論に適合しているか否かは,明確に判断可能なものとはいえない。
これらのことからすれば,本件2ピークが,その由来について疑問を持つのが明らかであるほど,減衰理論に反する態様で検出されたということはできない。
イ本件エステル塩酸塩無水物結晶のX線回折像本件明細書には,本件エステル塩酸塩一水和物結晶と本件エステル塩酸塩無水物結晶とでは,X線回折像が明らかに異なっていると記載され41ているが,一方,後者の結晶のX線回折像には,前者の結晶のX線回折像における本件2ピークと±0.2°の範囲内に,同様のピークが現れている。
原告は,このことをもって,当業者であれば,両結晶の比較対象結果に着目し,本件2ピークが本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークでないことが容易に認識できたと主張する。
しかしながら,本件明細書において,両結晶は,共に30のピークについて 回折角と強度が取り上げられているところ このうち2つのピー , ,クがいずれも近接した回折角に同様の形状で現れているからといって,「X線回折像が明らかに異なっている」との表現に反するということはできない。実際,原告自身が,本件明細書において,本件2ピーク及びこれに対応する2つのピークが共に近接した回折角において同様の形状で検出されている両X線回折像を,明らかに異なっていると表現している。
また,両結晶のX線回折像は,よく比較すれば明らかに異なっていると評価されうるとしても,一見すると類似性が認められるといえるのであり(甲58の12頁 ,少なくとも,本件2ピークだけが異質なもの )であると看取できるほどの,全体的な差異は認められない。
したがって 当業者が 両結晶の比較対象結果に着目する理由もなかっ ,,たといえる。
なお,本件エステル塩酸塩無水物結晶について,白金ホルダーを使用せずに,X線回折測定を実施した場合,本件2ピークに対応する2つのピーク(本件明細書【表3】の2θ:39.50,45.98,強度29,) ,【】 5 338 は検出されないことを確認できるが 本件明細書の 表3や【図2】と対比することによって,ようやく本件2ピークの由来について疑念を生じさせることが可能となる。このように,本件明細書の記42載からだけでなく,測定の実施を待たないと,本件発明の技術的範囲を定めることができないというのは,特許請求の範囲の解釈のあり方として,相当とはいえない。
ウホルダーピークの検出に関する技術的知見原告は,ホルダーのピークが出現する場合のあることは,一般的かつ確立した技術的知見であったと主張する。
たしかに,粉末X線回折測定においては,試料ホルダーの回折ピークが測定したX線回折パターン中に出現する場合があるとされている(甲9 。実際,日立協和の測定においても,白金ホルダーピークが検出さ )れているし(甲30 ,白金ホルダーに限らず,ホルダーの形状によっ )ては,ピークの検出を避けることが困難な場合が存在する(乙8 。)もっとも,試料ホルダーのピークは,X線回折測定の目的からすれば不必要な存在であるばかりか,測定対象物質のピークと間違う可能性を考えれば有害ですらある。したがって,試料ホルダーのピークが検出された場合は,X線回折像中にはその旨を明記し,データ中にはその回折角を取り上げないのが通常と考えられる(甲26,30,37,甲40の1・2,甲41の1・2,甲42,乙12,18 。特に,本件にお)いては,一般的な室温測定において通常使用されるガラスホルダー又はアルミニウムホルダー(甲9)ではなく,白金ホルダーを使用したのであるから,測定条件の記載を行ったり,白金ホルダーピークに係る数値をデータから除外する要請は,いっそう高かったといえる。
したがって,白金ホルダーの使用を窺わせる記載がない本件明細書を見た当業者が,その使用や白金ホルダーピークの存在を想定して特許請求の範囲を解釈することは,通常,ないといえる。
エ白金ホルダーの利用状況原告は,白金ホルダーの利用状況から,本件明細書におけるX線回折43測定の際にも白金ホルダーが使用されたことを想到できると主張するが,次のとおり,採用できない。
(ア) 形状白金ホルダーには,試料を乗せる面に凹凸が存在する棚状ホルダー, , と 小さい穴が多数表面に存在する穴あきホルダーが存在するところ前者が使用された日立協和の測定(甲30)では,X線回折像にホルダーピークが検出され,後者が使用されたP2准教授の実験(乙), 。, 8 では X線回折像にホルダーピークが検出されていない そして本件特許出願当時,両ホルダーは,共に使用されていたと認められる(甲60,乙19 。)したがって,白金ホルダーを使用すれば,必ずホルダーピークが検出されるという状況であったわけではない。
(イ) 測定温度白金ホルダーは,室温測定にも対応しているとはいえ(甲35 ,)一般には高温測定用のものである(争いがない。。)また,本件明細書には,熱示差分析図に係る記載があり(段落【0015,試料加熱高温測定を行ったことが窺われるが,そうであ 】)るからといって直ちに,同時にX線回折測定が行われた事実や,X線回折測定においても高温測定が行われた事実までが理解されるとは考えにくいし,そのような理解が可能であったことを示す証拠もない。
また,熱示差分析が行われたことが,試料容器の材質が白金であることを意味するわけでもない(乙25 。)したがって,測定温度から,白金ホルダーの使用が予想できたとはいえない。
オ白金の回折角の周知状況原告は,白金の回折角が本件2ピーク付近に現れることが,一般的な44技術的知見であったと主張する。
ICDDのデータベースには,白金のピークが記載されているが,同データベースの収録件数は,1987年(昭和62年)時点で約4万8000種類(甲49 ,平成13年11月時点では,無機物質について ), ,, 約13万5000件 有機物質について約2万5000件であり 毎年約1500件の無機化合物と,約1000件の有機化合物が追加されているというのである(甲15 。)ところで,本件2ピークは,2ピークしか検出されておらず(ハナワルト法による同定では 検索にあたり3強線を選ぶことが必要である 甲 , 〔15,49,全ピーク中の位置付け(最強のピークが含まれている 〕。)か)が不明であり,そのため相対強度もわからず,回折角の数値も上記データベースの白金の数値とは異なっている。したがって,上記データベースの存在をもって,本件2ピークが,容易に白金のものとわかるほど,その位置が知られていたということはできない。
カまとめ以上によると,被告ら(当業者)が,本件2ピークの由来が,白金ホルダーピークであることを容易に認識できたとはいえない。
(6) 本件2ピークに係る当業者の一般的認識( 原告の主張】1(3))につ 【いて原告は,前記(1),(2)の認定に対し,被告らは,本件2ピークの由来が,少なくとも本件エステル塩酸塩一水和物のピークでないことを容易に認識できたから,X線回折像に本件2ピークを含んでいなくても,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足すると主張する。
そこで,本件2ピークに係る当業者の一般的認識について,以下,検討する。
ア本件2ピークは,白金ホルダーピークであるにもかかわらず,本件発45明の特許請求の範囲においては,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークとして記載されている。したがって,当業者は,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークであるとの前提で,本件2ピークを認識するところ,前記(5)認定のとおり,本件2ピークは,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークと考えても不思議ではない位置に,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークと考えても不思議ではない態様で検出されており,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークと考えても,本件明細書の他の記載とも矛盾しない。しかも,白金ホルダーピークは,一般的な室温でのX線回折測定を念頭に置く限り,X線回折像への混入が想定できないものである一方,本件明細書には,高温でのX線回折測定であったことを窺わせる記載も認められず,その数値自体から白金ピークとわかるほど知られていたわけでもない。
また,前記(5)ウないしオの事情については,原告自身が,本件特許出願当時も同様の状況であったことを主張しているところ,自ら本件エステル塩酸塩一水和物結晶のX線回折測定を行い,前記(5)ア,イの事情を認識していた原告が,本件2ピークを,白金ホルダーのものではなく,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークとして特許請求の範囲に, , 記載したこと自体 本件2ピークを白金ホルダーピークと考えることが当業者の一般的な認識とはいえないことを示しているといえる(これらの事情を認識しておれば,本件2ピークを構成要件Aの本件【表1】から削除し,本件明細書の【図1】について,白金ホルダーのピークが混在していることを注記するはずである。。)これらのことからすれば,当業者であれば,構成要件Aに記載された本件2ピークが,本件エステル塩酸塩一水和物結晶のピークではないと容易に気づいて,特許請求の範囲から本件2ピークを除外して理解するのが通常であるとはいい難い。
46イなお,原告は,被告らは,本件2ピークが白金ホルダーピークであることを認識していたか,少なくとも本件発明のピークではないことを認識していたとして,被告らの現実の認識を問題とする。しかしながら,特許権侵害の有無は客観的に判断されるべきものであって,第三者の認識により左右されるべきものではない。侵害品でないと考えていても,実際に特許請求の範囲に含まれれば侵害であるし,たとえ侵害品であると認識していたとしても,特許請求の範囲に含まれていなければ侵害品ではない。原告の上記主張は採用できない。
ウまた,原告は 「本件発明と同一の名称と化学組成を有する化合物の ,結晶を測定して,本件明細書記載のピークとは本件2ピークのみが違う測定チャートを得た場面」での認識を問題にする。しかしながら,特許請求の範囲を解釈するにあたっては,明細書の記載自体によって行われるべきものであり,技術常識を考慮することはあっても,原告が主張するような,実験や測定など具体的場面に遭遇して初めて認識しうる事情を考慮することは相当ではない。
(7) 結論以上のとおりであるから,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足しない。
なお,原告は,被告各製品について,後発医薬品として薬事法に基づく承認を得るため,本件標準品と同一性を有する物質であることが必要であるところ,本件標準品は,X線回折測定の結果も含めて,本件発明の技術的範囲に属するので,被告各製品は,いずれも本件発明の技術的範囲に属するはずであると主張していた(第1事件訴状,第2事件訴状 。)しかし,上記主張は,本件標準品が本件発明の技術的範囲に属することと,被告各製品が本件標準品と同一性を有する物質であることを前提とした,二段の推定を内容とする議論であるところ,被告各製品が本件発明の47技術的範囲に属するか否かは,端的に,既に検討した争点を判断すれば足りるから,上記原告の主張について,改めて判断する必要はないというべきである。
2争点2-1(新規性欠如あるいは進歩性欠如)について被告らは,乙13及び乙14を引用して,本件発明の新規性,進歩性を争うので,以下検討する。
(1) 乙13(日本薬学会講演要旨集)乙13の2により本件特許出願日(平成3年3月25日)前に頒布された文献であると認められる乙13には,代表的化合物「S-1108」の合成法に関し,次の記載がある。
「 実験〕代表的化合物 -の合成法を下図に示す。 〔S 11082- (1)と-7-(2)より得 BOCaminothiazolylpentenoic aciddeacetylACAられる3を化,次いでとした後脱保護基を行い carbamoylPOMester。 。」 S 1108-を得た一連の誘導体はそれぞれ目的に適った方法で合成した上記のとおり図示された合成法のうち,上段は,? アミド化(1〔 -2〕と2〔-7-〕より3を BOCaminothiazolylpentenoic aciddeacetylACA得る )を,下段左端は,? カルバモイル化を,下段中央は,? エステ 。
ル化を,下段右端は,? 脱保護,塩酸塩化を,それぞれ示している(弁論の全趣旨 。そして,上記「S-1108」は,本件エステル塩酸塩で )あるから(争いがない,乙13には,本件エステルの出発物質や各合 。)48成工程が開示されているといえる。
また,乙13には 「本タイプの化合物は幅広い抗菌スペクトルを有し ,特にグラム陽性菌に対し強い抗菌力を示した。また構造活性相関を検討した結果抗菌活性のバランスと経口吸収性の点から-1108が選出された 」S 。
との記載があり,上記方法により,実際に本件エステル塩酸塩が合成できたことが示されている。
したがって,本件エステル塩酸塩及びその製法は,乙13により,本件特許出願日以前において公知であったといえる。
(2) 乙14(特許公報)ア本件エステル本件特許出願日前に公開された乙14の特許請求の範囲(1)には,薬理学的活性エステルの一般式が示されているところ,この各置換基として乙14の第1表?20に示される基を採用したものは,本件エステルである(争いがない。。)また,乙14の特許請求の範囲(4)は 「特許請求の範囲(1)の化合 ,物をアミド化,エステル化,3位修飾,脱保護,スルホキシド化,スルホキシド還元または幾何異性化によって製造する方法 」である。。
したがって,乙14には,本件エステル及び製造方法が開示されているといえる。
もっとも,原告は,乙14は,特許法上の実施可能要件は満たしていても,本件エステルの塩酸塩及びその製法の公知性を基礎づける引用発明にあたるとはいえないと主張するので,以下,乙14の記載内容について,乙13に開示された製法(前記(1)?〜?)と比較しながら検討する。
イ本件エステル塩酸塩の製法乙14には 「この発明の化合物は,例えば以下に記載の方法などを ,49用いて製造することもできる。化合物(?)の中のアミノ基,ヒドロキシ基などの官能基の保護基およびその導入,除去方法は,各種学術および各種特許文献などに記載されているものを適用できると記載され 3。」(頁右上欄〜左下欄 ,これに続けて,1)アミド化,2)3位置換基の )導入,3)7位側鎖の異性化,4)カルボキシル基のエステル化,5)アミノ保護基の導入,6)Rのアミノ保護基の除去反応,7)スルホキシド化,8)スルホキシドの還元,9)反応条件,10)後処理の,各工程について記載されている。
また,実施例については,実施例1(アミド化 ,実施例2(アミノ)脱保護化 ,実施例3(エステル化 ,実施例4(スルホキシド化 ,実 )) )(),()。 施例5 スルホキシド還元実施例6 酸付加塩 が記載されているそして,本件エステルに関しては,次のような記載がある。
(ア) 脱保護,塩酸塩化(前記(1)?に対応)乙14の第1表?20の薬理学的活性エステル(本件エステル)の欄には,アミノ脱保護化に係る実施例の番号(2-1)が記載され,第3表?20の欄には,実施例?2-1に係る合成反応条件(出発原料,試薬,時間,温度,収率,収量)が記載されている。そして,実施例2(アミノ脱保護化)の1)には,脱保護の具体的工程が記載されている。
また,塩酸塩化については,実施例6(酸付加塩)において,2)に具体的な工程が記載され,3)に,2)と同一の条件下で,第1表のアミノ化合物から対応する酸付加塩を合成できることが記載されている。
(イ) アミド化,エステル化(前記(1)?,?に対応)乙14の第2表?19欄に記載された保護薬理学的活性エステルは,その官能基から,本件エステルに対応する脱保護前(エステル化50後)の物質と判断されるところ,同欄には,アミド化及びエステル化に係る実施例の番号(1-2,3-1(なお,3-2との記載は誤記と認められる)が記載されている。また,乙14の第4表?19の 。)欄には,実施例?1-2及び3-1に係る各合成反応条件(出発原料,溶媒,試薬,副原料,時間,温度,収率,収量)が記載されている。
そして,実施例1(アミド化)の2)及び実施例3(エステル化)の1)には,それぞれ,アミド化及びエステル化の具体的工程が記載されている。
(ウ) カルバモイル化(前記(1)?に対応)乙13では,カルバモイル化は,アミド化の後に行われているが,乙14の第4表?19欄を見ると,アミド化前の物質(出発原料)において,既にカルバモイル化されたものが使用されており,カルバモイル化を経ていることが示されている。
以上のとおりであるから,乙14には,本件エステル塩酸塩及びその製法が開示されており,当業者であれば,乙14から本件エステル塩酸塩を製造することができるといえる。
ウ結晶性残渣乙14の実施例6(酸付加塩)の2)には,次のとおり,塩酸塩化の過程で,結晶性残渣が得られることが記載されている。
「 塩酸塩〕7β-[(Z)-2-(2-t-ブトキシカルボニルアミノチアゾ 〔ル 4-イル)-2-ペンテノイル]アミノ-3-セフエム-4-カルボン酸ピバ-ロイルオキシメチルエステル360をアニソール2とトリフル mgml, ,。 オロ酢酸2にとかし 室温で150分間かきまぜたのち 濃縮する ml残渣に炭酸水素ナトリウム水を加えて酢酸エチルで抽出する。抽出液をシリカゲル・カラムクロマトグラフイーで精製すれば,7β-[(Z)-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ペンテノイル]アミノ-3-セフエ51ム-4-カルボン酸ピバロイルオキシメチルエステル250を得る。 mgこれをジクロロメタンにとかし,塩化水素の酢酸エチル溶液を加えて濃。 , 。」 縮する 結晶性残渣をエーテルで洗えば 上記エステルの塩酸塩を得るここに具体的に記載されたエステルの塩酸塩は,本件エステル塩酸塩と構造が極めて類似しており(R 中のOHがカルバモイル化されてい2るか否かのみの相違である,その残渣が「結晶性」であることから, 。)本件エステル塩酸塩の残渣も「結晶性」であるといえる。
したがって,本件エステル塩酸塩の結晶性残渣は,乙14により公知であったといえる。
エ乙14の開示内容以上のとおりであるから,本件エステル塩酸塩の結晶性残渣及びその製法は,乙14により公知であったといえる。
(3) 本件発明の新規性本件発明は,本件エステル塩酸塩一水和物結晶であり,乙13に開示された本件エステル塩酸塩や,乙14に開示された本件エステル塩酸塩の結晶性残渣とは,後記(4)の相違点を有するから,新規性を欠如しているとはいえない。
(4) 本件発明の進歩性以下では,乙13と乙14のうち,結晶性残渣という点において,本件発明との相違の程度がより少ないといえる乙14に開示された本件エステル塩酸塩の結晶性残渣発明と,本件発明との相違点について検討する。
ア一致点及び相違点本件エステル塩酸塩一水和物結晶である本件発明と本件エステル塩酸, , 塩の結晶性残渣発明とは 本件エステル塩酸塩である点において一致し? 前者は結晶であるが,後者は結晶性残渣である点,? 前者は一水和物であるが,後者はこの点が明らかでない点において相違する。
52イ相違点?について本件明細書には,本件エステル塩酸塩一水和物の結晶が,粗製の本件エステル塩酸塩をメタノールと水の混合溶媒から再結晶する方法により製造されることが明らかにされているところ,以下,この工程が当業者にとって容易想到であったといえるかについて検討する。
(ア) 再結晶の試み及び溶媒の選択について本件エステルを始めとする医薬品には,一般に,高い純度が求められるところ,結晶性の物質は,通常,結晶化(再結晶)により純度を高めることが行われる。したがって,医薬品の分野において 「結晶,」,,() 性 との知見が得られれば 当業者であれば 当然に結晶化 再結晶を試みるといえ,結晶化についての動機付けは存在する。
本件エステル塩酸塩の結晶性残渣は,前記(2)イ,ウの工程により得られるところ,合成により得られた化合物には不純物が含まれており これを精製するために再結晶することは 一般的な手法である 乙 , ,(16,21 。また,結晶性残渣とされたものが結晶を含んでいると )は限らないとしても(甲52「結晶性残渣」との記載があれば, ),通常は,再結晶にまで思い至るといえる。
そして,結晶化溶媒のわからない新規化合物については,まずは,いくつかの単一溶媒で結晶化を試み,ここで適当な溶媒が見つからなかった場合は,混合溶媒での結晶化を試みることになるところ(乙16,17,21 ,メタノールと水の混合溶媒は,混合溶媒の代表的 )なものである(乙17,21 。)したがって,本件エステル塩酸塩の結晶性残渣を希メタノールにより再結晶して本件エステル塩酸塩の結晶を得ることは,当業者にとって容易想到であったといえる。
(イ) 最適な析出条件について53原告は,再結晶にあたっての最適な析出条件が発見されていなかったことを問題にするが,本件においては,本件エステル塩酸塩の結晶を得ること自体が容易想到であったかが問題となっているのであって,そのための最適な析出条件は問題となっていないから,上記原告の主張は失当である。
ウ相違点?について本件明細書には 「S-1108塩酸塩無水物は容易に水一分子を吸 ,収して本発明のS-1108塩酸塩一水和物となる(段落【002。」1「S-1108塩酸塩無水物‥‥は吸水性で粉末化,製剤化など 】),の操作中に部分的吸湿が起きて含水量が変動する (段落【0003 ) 」】との記載がある。
また,P2准教授作成の鑑定意見書(乙8)では,本件標準品について,105℃から110℃付近まで昇温すると,水1分子が離脱して,本件明細書記載の本件エステル塩酸塩無水物結晶となり,この無水物結晶を大気中で室温まで降温すると,水1分子を吸収して,本件明細書記載の本件エステル塩酸塩一水和物結晶となることが明らかにされている。
そうすると,本件エステル塩酸塩の結晶は,高温状態に置いて無水物結晶としない限りは,一水和物結晶の状態にあるといえる。そして,本件エステル塩酸塩水和物結晶が1種類しかないことは原告自身が主張し,立証するところであるから(甲19 ,前記イの工程により得られ )た本件エステル塩酸塩の結晶は,すなわち本件エステル塩酸塩一水和物の結晶であるといえる。
したがって,相違点?は,本件発明と本件エステル塩酸塩の結晶との相違点となるべきものではないと認められる。
原告は,上記のような知見は,本件特許出願当時は得られていなかっ54たと主張するが,上記のとおり,相違点?は,そもそも相違点といえないのであって,このことは,当業者の技術的知見に左右されるものではない。
エ結論以上のとおりであるから,本件発明は,乙14により当業者が容易に発明をすることができたものというべきであって,本件特許は,進歩性欠如の無効理由があり,特許無効審判において無効にされるべきものと認められる。
3まとめ前記1のとおり,被告各製品は,本件発明に係る技術的範囲に属さない。
また,前記2のとおり,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項により,原告は被告らに対し,本件特許権を行使することができない。
4以上のとおりであるから,原告の請求は,その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山田陽三
裁判官 達野ゆき
裁判官 北岡裕章