審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ12410損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 公然知られ(29条1項1号) / 公然実施(29条1項2号) / 進歩性(29条2項) / 公知技術 / 技術的範囲 / 出願公開 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 技術的特徴 / 優先権 / 警告 / 権利の濫用(権利濫用) / 優先日 / 均等 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 権原 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
12年
(ワ)
11902号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 イエンセン・デンマーク・アクティーゼルスカブ 訴訟代理人弁護士 大場正成 同 尾崎英男 同 嶋末和秀 被告 株式会社プレックス 訴訟代理人弁護士 中島敏 補佐人弁理士 須藤 阿佐子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2002/02/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 控訴のための付加期間を60日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
1 被告は,別紙物件目録(1)〜(5)記載の装置を製造し,使用し,販売し,販売の申出をしてはならない。 2 被告は,その占有に係る前項の装置を廃棄せよ。 3 被告は原告に対し,2億1960万円及びこれに対する平成12年6月20日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
被告は,別紙物件目録(1)〜(5)記載の装置(以下,これらを併せて「被告各製品」という。)を製造・販売しているところ,原告は,被告各製品が原告の有する特許権の発明の技術的範囲に属し,これらの製造・販売が原告の特許権を侵害すると主張して,被告各製品の製造・販売等の差止め及び廃棄並びに補償金及び損害賠償の支払を求めている。 1 当事者間に争いがない事実等(証拠により認定した事実については,末尾に 認定に用いた証拠を掲げた。)(1)原告の有する特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。 特許番号 第2690256号 発明の名称 アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置 優先権主張国 デンマーク王国 優先日 平成4年(1992年)1月29日 出願日 平成5年1月28日 登録日 平成9年8月29日(2)特許請求の範囲 本件特許権に係る明細書(平成11年2月15日付け訂正審判請求による訂正後のもの。以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕を参照。)における特許請求の範囲のうち,【請求項1】の記載は,次のとおりである(以下,【請求項1】に係る発明を「本件発明」という。)。 「アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置であって,該装置はコンベヤベルトからなり,該コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ,前記フラットワーク物品の隅部が前記コンベヤベルトの反対側のレール手段の側に設けられ操作者によって動かされるいくつかの挿入装置によって該クランプに挿入され,前記一対のキャリッジには,当該キャリッジを前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と好ましくは反対側の地点から延長した位置に移動させて離間せしめるのに適した駆動手段が設けられ,該延長した位置でクランプがコンベヤベルトの中央に関して対称に位置づけられ,前記フラットワーク物品の上端部が延伸され,フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられた洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置において,前記操作者によって制御される挿入装置(14)が操作位置から昇降する昇降手段からなり,フラットワーク物品がレール手段(15)に沿って移動自在のスライド(16)の一対のクランプ(17,18)に挿入され,操作位置より実質的に高い位置に設けられた一対のキャリッジ(8,9)に対してフラットワーク物品を上向きに動かすことを特徴とする装置。」(3)本件発明の分説 本件発明の特許請求の範囲は,次のとおり分説することができる(以下,分説されたそれぞれを,「構成要件1」などという。)。 1 アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置であって, 2 該装置はコンベヤベルトからなり, 3 該コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ, 4 前記フラットワーク物品の隅部が前記コンベヤベルトの反対側のレール手段の側に設けられ操作者によって動かされるいくつかの挿入装置によって該クランプに挿入され, 5 前記一対のキャリッジには,当該キャリッジを前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と好ましくは反対側の地点から延長した位置に移動させて離間せしめるのに適した駆動手段が設けられ, 6 該延長した位置でクランプがコンベヤベルトの中央に関して対称に位置づけられ, 7 前記フラットワーク物品の上端部が延伸され, 8 フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられた洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置において, 9 前記操作者によって制御される挿入装置が操作位置から昇降する昇降手段からなり, 10 フラットワーク物品がレール手段に沿って移動自在のスライドの一対のクランプに挿入され, 11 操作位置より実質的に高い位置に設けられた一対のキャリッジに対してフラットワーク物品を上向きに動かすことを特徴とする装置。 (4)被告各製品と本件発明の構成要件との対比 被告各製品は,いずれも,本件発明の構成要件1,2,4〜7,9〜11を充足する(被告は,この点を明確に争うことをしない。)。 (5)被告の行為 被告は,被告各製品を,業として製造,販売している。 (6)原告の被告に対する内容証明郵便の送付 原告は,平成7年11月24日付け内容証明郵便(甲10)により,被告に対し,被告の上記行為が出願公開された本件特許権の発明の実施となり補償金請求の対象になるので,特許法65条1項に基づいて警告する旨の通知をした。 2 本件における争点(1)被告各製品が,本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)(2)本件発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め及び損害賠償等の請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点2)(3)補償金及び損害賠償の額(争点3) 3 争点に関する当事者の主張(1)争点1(被告各製品が,本件発明の技術的範囲に属するか) 【原告の主張】 ア 構成要件3の充足性 本件発明の構成要件3は,「該コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ,」という文言であるが,これは,同文言に示されるような延伸装置でフラットワーク物品を広げる方向が,コンベヤベルトの長手方向と交差していることにより,同フラットワーク物品が広げられた状態でコンベヤベルトに移動することを記載するものであり,コンベヤベルトの正面側の端部において,フラットワーク物品が延伸装置からコンベヤベルトに移動可能であることを意味している。 そして,被告各製品は,展張されたフラットワーク物品たる布類Sを受け取ってタイミング調整のために待機して搬送装置6に受け渡す受渡し装置4と,その受け渡された布類をロールアイロナー8に搬送する,バキュームコンベア61及び排出コンベア65からなる搬送装置6から構成されているところ,これを別紙物件目録(1)〜(5)の各参考図3と照らし合わせてみれば,被告各製品におけるフラットワーク物品の移動が,上記に述べたような態様で行われることが認められ,本件発明の構成要件3にいう「コンベヤベルトの正面側端部において」という位置関係で行われることが明らかである。 したがって,被告各製品は,構成要件3の文言を充足する。 イ 構成要件8の充足性 構成要件8は,「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられた洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置において,」という文言であるところ,被告各製品における受渡し装置4とこれを作動する手段が,「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段」に当たることは明らかである。また,フラットワーク物品たる布類Sの上辺部はある程度の幅があり,それがバキュームコンベア61に吸着されると,「コンベヤベルトの正面側端部に移動」していることは,別紙物件目録(1)〜(5)の各参考図3から明らかである。そして,「正面側端部に移動」とは,そこに留まるのではなく,そのまま移動するコンベヤ上を移動することを意味する。 したがって,被告各製品は,構成要件8の文言を充足する。 ウ まとめ 以上から,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属する。 【被告の主張(反論)】 ア 構成要件3,8の「正面側端部」の解釈 本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄には,図2(本件公報参照)に関し,次の記載がある。 (ア)「またサクションボックスは,‥‥‥上部ローラ25と移動自在のローラ28とのあいだの領域を除いて実質的に気密である。」(本件公報9欄29〜33行)。 (イ)「ローラ25とローラ28のあいだのベルト上に設けられたフラットワーク物品はベルト部にしっかりと吸着され,‥‥‥フラットワーク物品が滑ることが充分に防止される。」(本件公報9欄35〜40行)(ウ)「ローラ28がクランプ10のいくぶん後に設けられているので,ローラ25とローラ28のあいだのベルト部に吸着されたフラットワーク物品は,‥‥‥端部6(図1)に向かって運ばれる。」(本件公報9欄40〜45行)(エ)「フラットワーク物品をクランプ10,11からコンベヤベルト5に運ぶと,‥‥‥破線で示された位置で,主要なローラは参照符号28’で示されたところに位置づけられ,クランプ10により吊り下げられたフラットワーク物品と接触する。‥‥‥フラットワーク物品がコンベヤベルトと接触すると,フラットワーク物品は即座にコンベヤベルトに吸着され,コンベヤベルト上に運ばれる。」(本件公報10欄19〜31行)(オ)「コンベヤベルトが(ローラ28’とローラ25とのあいだで)前進し,かつ上向きに動くと,フラットワーク物品はさらにコンベヤベルトに巻き込まれ,フラットワーク物品のより確実な把持が可能になる。この把持力は,導入端部がローラ25に到達するときに最大となり,このときロッキング装置26は図2に示される実線の位置まで戻ることができる。」(本件公報10欄31〜37行) 以上のような本件明細書における「発明の詳細な説明」欄の記載からすると,コンベヤベルトの「正面側」とは,操作者が位置する側を意味し,「正面側端部」とは,図2の符号28’と25の間で示される,上向きに動くコンベヤベルト部分を意味することが明らかである。つまり,コンベヤベルトの当該部分のみがサクションボックスによって吸引されており,それによって,フラットワーク物品の上端部が,コンベヤベルトの正面側端部に即座にしっかりと吸引されて移動する。 これにより,フラットワーク物品の主要部がローラから垂れ下がっていても,フラットワーク物品が滑ることが充分に防止される。 言い換えれば,本件発明においては,フラットワーク物品を延伸装置からコンベヤベルト上方に移動させる手段はないというべきである。そのため,フラットワーク物品をコンベヤベルトの上方水平面の符号25より左側の水平部分に直接移動することはできず,延伸装置からフラットワーク物品を移動させることができる部位は,延伸装置に最も接近したコンベヤベルトの部分である「正面側端部」であって,コンベヤベルトの上方水平面に吸着移動させるものではない。 イ 被告各製品との対比 被告各製品においては,バキュームコンベア61は,上方水平面62のみが吸引されており,正面,背面,下面は吸引力を有さず,フラットワーク物品たる布類Sを吸引しない。このため,布類Sの上端部をバキュームコンベア61の上方水平面62に吸着し移動するための装置が設けられている。すなわち,展張装置2と搬送装置6と間の受渡し装置4として,前後往復運動をする吸着ボックス41が設けられている。展張チャック21に把持された布類S(乙1の写真1)は,展張後,前進してきた吸着ボックス41に接触し(乙1の写真2),展張チャック21が布類Sを開放して,布類Sの上端部が吸着ボックス41に吸着され,同吸着ボックスに一旦移し替えられる(乙1の写真3)。次に,吸着ボックス41が,布類Sの上端部を吸着したまま,バキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部の上方位置まで後退し(乙1の写真4),同吸着が解除され,布類Sは該位置で開放されてバキュームコンベア61上に放下される(乙1の写真5)。そして,布類Sの先端はバキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部を先端としてバキュームコンベア61に吸着される(乙1の写真6)。バキュームコンベア61の上方水平面に吸着保持された布類Sの上端部の長さは20p程度,端部からでも26〜29p程度である。 上記のとおり,被告各製品においては,布類Sは吸着ボックス41からバキュームコンベア61へ移載されるもので,延伸装置から移動するものではないし,また,布類Sはバキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部を上端として移載されるもので,コンベヤベルトの正面側端部においてフラットワーク物品が移動するものでもない。 したがって,被告各製品は,本件発明の構成要件3「コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が‥‥‥延伸装置から移動する」との文言を充足しない。 また,被告各製品においては,布類Sの上端部を,バキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部に吸着移動するための手段が設けられているものの,コンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段は設けられていないから,構成要件8の「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段」との文言も充足しない。 以上のことは,本件発明と被告各製品との作用効果の違いからも裏付けられる。すなわち,被告各製品は,フラットワーク物品を重力に逆らってコンベヤベルトの正面側端部に移動する本件発明に比べて,バキュームコンベア61への移動吸着がはるかに安定的で,作業も効率的である。つまり,被告各製品は,展張装置2と搬送装置6との間の受渡し装置として,往復運動をする吸着ボックス41を設け,これによって一時的な待機状態を作り,搬送装置6に受け渡すタイミングを図り,かつ布類Sの上辺部を吸着ボックス41の吸着によって均等に維持して,布類を円滑,能率的かつ確実にバキュームコンベア61の上方水平面に移載することができるものであり,こうした作用効果の点で本件発明と異なる。 ウ まとめ 以上のとおり,被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属さない。 【原告の再反論】 ア 構成要件3の充足性 被告は,被告各製品において,フラットワーク物品たる布類Sは,吸着ボックス41からバキュームコンベア61へ移載されるもので,延伸装置から移動するものではないから構成要件3を充足しないと主張するが,失当である。なぜなら,吸着ボックス41は,布類Sを展張装置からコンベヤベルトに移動させるための手段に過ぎず,被告各製品は,吸着ボックス41という手段を用いて,布類Sを展張装置からコンベヤベルトに移動するものだからである。 また,被告は,構成要件3は,コンベヤベルトの正面側端部においてフラットワーク物品が移動することを要件とするところ,被告各製品において,布類Sは,バキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部を上端として移載されるもので,コンベヤベルトの正面側端部においてフラットワーク物品が移動していないから構成要件3を充足しないとも主張するが,これも失当である。構成要件3は,フラットワーク物品が延伸された状態でコンベヤベルトに移動することを要件とするものであるから,上端部のどの部分がコンベヤベルトの正面側端部のどの点にまず直接接するのかというような,フラットワーク物品上縁のコンベヤベルトへの着地点の詳細は問題にならない。 イ 構成要件8の充足性 被告は,被告各製品においては,布類Sの上端部をバキュームコンベア61の上方水平面62の略終端部に吸着移動するための手段が設けられているものの,コンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段は設けられていないから構成要件8を充足しないと主張するが,失当である。構成要件8は,フラットワーク物品をコンベヤベルトのどちら側から移すかという点について,コンベヤベルトの正面端部から移すこと,吊り下げられたフラットワーク物品の上下どちら側から移動させるかという点について,上端部から移動させるということをそれぞれ規定している。つまり,フラットワーク物品をその上端部から,コンベヤベルトの正面端部に移動させるための手段であれば足り,実施例に限定されない。 そして,フラットワーク物品の「上端部」は,端縁の線ではなく,ある程度の幅を持った広さを考えるのは技術常識である。そうでなければ,アイロンをかける前の生乾きの2m以上もある重いものを,吸着保持できない。しかるに,別紙物件目録(1)〜(5)の各参考図3をみれば,被告各製品において,布類Sのある程度の幅を持った上端部がバキュームコンベア61に吸着され,コンベヤベルトの正面側の端部に移動していることが明らかである。そうすると,布類Sの上方端縁がコンベヤベルトの正面端部からどの程度入り込んだところで接するかの詳細は,構成要件8の充足性には何ら関係がないというべきである。 なお付言するに,布類Sの上端縁であっても,これが初めて接するのはコンベヤベルトの上方水平面62の略終端部であるとはそもそもいえない。なぜなら,布類Sがバキュームコンベアの正面端部に衝突した瞬間,布は衝突により吸着ボックスの動きに追従できなくなるはずであり,同時に,吸着ボックスとコンベヤベルトと布類Sとの間で準密閉状態の空間が形成されて吸着力が作用し,布類Sは吸着ボックスから離れ,バキュームコンベアに吸引されるからである。 (2)争点2(本件発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は権利の濫用に当たり許されないか。)について 【被告の主張】 ア 本件特許権の優先日である平成4年1月29日より前に,米国ブラウン社製の洗濯後処理装置「ブラウン・アルファ」(以下,単に「ブラウン・アルファ」という。)が販売されており,平成2年12月15日,社会福祉法人緑風会によって重度身体障害者授産施設「鹿児島太陽の里」に設置され,翌日から,使用されていた(乙2,3)ところ,このブラウン・アルファは,本件発明と同一の構成又は他の公知技術と組み合わせることにより当業者がこれに基づいて容易に本件発明をすることができたものである。 ブラウン・アルファの構成は,事実実験公正証書(乙3)のとおりであり,これを本件発明の構成要件と対比すると,一部を除いて全く同一である。すなわち,本件発明の構成要件3及び8において,「コンベヤベルトの正面側端部において…移動する」「コンベヤベルトの正面側端部に移動」とあるのに対し,ブラウン・アルファはコンベヤベルトの上面に移動する点において相違するが,それ以外の点は全て同一である。 確かに,本件発明の構成要件3,8における「コンベヤベルトの正面側端部」については,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄にローラ25とローラ28の間のコンベヤベルトの領域として示され,また,本件特許に対応する米国特許(乙7)においても,コンベヤベルトは,「正面」と「中央」が区別されている。 しかし,この点については,本件特許の優先日の前である平成2年(1990年)11月6日発行の第4967495号米国特許公報(乙6)に開示されていた。すなわち,同公報には,コンベヤベルトの操作者側に位置し,ローラ24とローラ25の間にあって,上向きに動くコンベヤベルト領域,つまり,本件発明が定める「コンベヤベルトの正面側端部」へフラットワーク物品を移動する構成が記載されている。そして,ブラウン・アルファ及び同公報に記載された発明は,いずれもアイロンローラなどの選択処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置であって,技術分野及び解決課題を共通にするものであるから,当業者は,ブラウン・アルファの構成に基づいて,同米国特許公報に記載されたコンベヤベルトの構成を採用し,容易に本件発明をすることができる(なお,付言するに,原告が新規な技術的特徴であると主張する本件発明の構成要件9,10,11は,本件特許の優先日前である平成4年1月13日に公開された特開平4-9198号公報に記載されている発明(乙5)においても開示されている。つまり,同発明において,左右2つの保持手段82,83を取り付けた昇降台81,モータ84等からなる構成が明示されている。)。 以上によれば,本件発明は,本件特許権の優先日前にわが国において公然使用されていたブラウン・アルファを,同様に優先日前に頒布されていた米国特許公報(乙6)に記載された公知技術と組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものであり,本件特許権には進歩性欠如という明らかな無効理由がある。したがって,本件特許権に基づく原告の本訴各請求は,いずれも権利の濫用に当たり許されない。 なお,原告は,フラットワーク物品の上端部がコンベヤベルトの正面側端部に移動しなくても,本件発明の構成要件3,8を充足すると主張するところ,ブラウン・アルファにおいても,シーツ等の上端部はコンベヤベルトの上方水平面の約15p奥の位置に移動し,上端部から15pよりも下の部分は,押さえローラーによってコンベヤベルトの正面側端部に押さえ付けられるものである。したがって,原告の同主張を前提とすれば,本件発明の構成要件3,8についてもブラウン・アルファの構成とすべて同一であり,本件発明は,ブラウン・アルファという公然実施された技術と全く同一の構成であるから,本件特許権には新規性欠如という明らかな無効理由があり,本件特許権に基づく原告の本訴各請求は,いずれも権利の濫用に当たり許されない。 この点につき,原告は,ブラウン・アルファは本件発明と全く別発明であるから同一の構成とはいえないと主張するが,失当である。例えば,原告は,ブラウン・アルファの動作からして,フラットワーク物品をキャリッジに対して「上向きに動かす」(本件発明の構成要件11)とはいえないと述べるが,本件発明においては,あくまでフラットワーク物品を「上向きに動かす」ことが構成要件とされているのであり,「上向き」の動きが「直線的」に行われるとの特定はされていない。したがって,本件発明がブラウン・アルファの技術構成とは別発明であるとの原告の主張は,その前提において誤っている。 また,被告各製品の技術構成とブラウン・アルファの技術構成を対比しても,すべて同一である。そうすると,被告各製品は,本件特許権の優先日前に公然使用されていたブラウン・アルファと同一の構成であるから,この点からしても,実施を妨げられるものではない。 【原告の主張】 ア 本件発明では,スライドが直線的にキャリッジに向けて上向きに動くほか,複数の昇降手段を並列に隣接して設けることができ,その数,位置,挿入装置の高さを自由に設定することができるから,ブラウン・アルファと構成が同一であるとはいえない。これを敷衍すると,以下のとおりである。 イ まず,本件発明は,次のように極めて簡明な構成を採用している。 (ア)スライド16がキャリッジ8,9に対して昇降レール15を通って直線的に昇降する。これは,本件発明の構成要件11の「一対のキャリッジ(8,9)に対してフラットワーク物品を上向きに動かす」という文言からも明らかであり,本件明細書に「‥‥‥クランプ17,18内に置かれたフラットワーク物品がキャリッジ8,9上のクランプ10,11に運ばれるまえに,当該キャリッジは当該挿入装置に対向する位置になければならない。」(本件公報7欄49行〜8欄3行)と記載されていることからも裏付けられる。 (イ)複数の昇降手段は並列に隣接して設けることができ,その数も位置もほぼ機械前面の幅,延伸装置のレールの長さの範囲内で自由に設定できる。これは,図1(本件公報参照)から一見して理解でき,さらに,本件発明の構成要件4,9の「…操作者によって動かされるいくつかの挿入装置によって該クランプに挿入され…前記操作者によって制御される挿入装置が操作位置から昇降する昇降手段からなり」,本件明細書の請求項2の発明の「前記挿入装置(14)が互いに隣接して設けられ」の記載で,複数の昇降手段が設けられることが示されている。昇降手段の位置については,受渡し時に延伸用レール上のキャリッジと対向していなければならないこと,キャリッジ8,9は延伸用レール上を移動できることが上記の本件明細書における記載(本件公報7欄49行〜8欄3行)から容易に理解できるから,結局,延伸用レールの長さの範囲でどこの位置に設置してもよいことが分かる。挿入装置の高さは,本件発明の構成要件9で「前記操作者によって制御される挿入装置(14)が操作位置から昇降する昇降手段からなり」とされ,本件明細書に「斜め上に作動する昇降手段は下端側の係止部の変異によって操作者が直接個々に適合するようになしうる。」(本件公報6欄12〜14行)とあるから,本件発明の構成上,挿入装置の高さは自由に調節できる。 (ウ)本件発明の装置の作動についてみると,複数の操作者が,操作位置でクランプにフラットワーク物品を挿入してボタンを押すと,直ちに昇降用スライド16が,キャリッジ8,9のクランプに受け渡す方向に直線的に上昇する。キャリッジ8,9は,スライド16の上昇地点に来て,物品の受け渡しが行われるようになっている。 ウ 本件発明は,以上のような特徴的構成を有するため,ブラウン・アルファと相違し,次の利点がある。 (ア)ブラウン・アルファに比べ,フラットワーク物品の搬送が極めて簡明敏速である。すなわち,本件発明では,フラットワーク物品は,操作者の挿入位置から延伸装置のキャリッジに向けて短い距離を直線的に上昇するのに対し,ブラウン・アルファでは,フラットワーク物品は,いったんレールの揺動でその一端が持ち上がることにより,キャリッジに向けて移動するのではなくいわば垂直に移動し,ついでキャリッジに向けて半円形レール上の一端から他端までの長い距離を水平移動する。加えて,ブラウン・アルファは,構造,作動が複雑なため,故障しやすい。 (イ)本件発明において,フラットワーク物品を上昇させる機構は簡明であって,小さいエネルギー消費で足り経済的であるのに対し,ブラウン・アルファは,搬送方式が複雑な機構であるため,大きなエネルギーを必要とする。 (ウ)本件発明では,挿入装置,昇降手段は,機械の前面で延伸レールの長さの範囲内でどこにでも並列して設けることができ,工場の設備の配置に合わせて位置決めできる。また,昇降用レール15上を活動するスライド16は,その構成上どの位置にでも止められるので,挿入者の身長に合わせた高さの挿入位置を選択できる。さらに,キャリッジが受け渡し位置に来るまでの物品の待機位置を直近に設定でき,先行物品の処理が終わって物品を受け取るまでの時間が極めて短い。これに対し,ブラウン・アルファは,操作者の挿入位置と物品の延伸装置への受け渡し位置が固定されている。つまり,受け渡し位置が,延伸用レール中央の一か所であり,かつ挿入物品の待機位置が,受け渡し位置から離れた半円形レールの一端である。そのため,極めて効率が悪い。 (エ)上記(ア)〜(ウ)により,各操作者の作業の1サイクル,作業能率には,両者で大きな差が出る。 (オ)本件発明では,構成上,スライドの衝突は起こりえないが,ブラウン・アルファの場合,誤作動すると,衝突が起こり得る。 (3)争点3(補償金及び損害賠償の額) 【原告の主張】 本件発明の特許出願は,平成6年3月15日に,特開平6-71098号公報(甲4)により出願公開されたが,原告は被告に対し,同公開公報を郵送するとともに,平成7年11月24日付け内容証明郵便(甲10)を送付することにより,出願公開された発明の内容を記載した書面を提示して,補償金請求の対象になる旨の警告をした。その後本件特許権の設定登録がされた平成9年8月29日までの間に,被告は,本件各製品を少なくとも40台販売した。その平均単価は1台当たり1200万円であるから,売上金額にすると4億8000万円になるところ,本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額は,被告各製品の売上額の7%を下らない。したがって,原告は被告に対し,補償金3360万円の支払を求めることができる。 被告は,本件特許権の設定登録がされた平成9年8月29日から平成12年3月末日までの間に,被告各製品を,少なくとも62台販売した。被告各製品と競合する原告製品を,原告の日本における独占的販売代理店に販売することにより得られる原告の利益は,平均して1台当たり300万円を下らない。したがって,特許法102条1項により,被告各製品の販売台数に原告製品1台当たりの利益の額を乗じた金額である1億8600万円が,原告の受けた損害となる。 【被告の主張】 上記原告の主張のうち,甲10の内容証明郵便が送付されたことは認め,その余は否認し,争う。 |
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当裁判所の判断
1 当裁判所は,被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属するが,本件発明には無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の本訴各請求は,いずれも,権利の濫用に当たり許されないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。 2 争点1(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について(1)被告各製品が構成要件1,2,4〜7,9〜11を充足することは当事者間に争いがない。したがって,構成要件3,8の充足性が問題となる。 (2)そこで,構成要件3及び同8の充足性について判断する。 まず,本件発明の構成要件3においては,「コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が‥‥‥延伸装置から移動することができ」と記載されているところ,フラットワーク物品が延伸装置からコンベヤベルトに移動するために,何らかの手段が必要であることは当然であるから,同文言が,その受け渡しのための装置が延伸装置とコンベヤベルトの間に介在することまで排除していると考えることは困難である。 そして,別紙物件目録(1)〜(5)の各参考図3にあるように,被告各製品においては,延伸装置に相当する展張装置2により展張された布類Sを受け取って,タイミング調整のために待機し,コンベヤベルトに相当するバキュームコンベア61に受け渡す受渡し装置4である吸着ボックス41が設置されていることが認められるところ,この吸着ボックス41は,布類Sを展張装置2からバキュームコンベア61に受け渡すために介在した装置であるにすぎないというべきである。確かに,被告が主張するように,布類Sがバキュームコンベア61に移動するのは吸着ボックス41からであるが,被告各製品のこの点に関する動作を本件発明に即していえば,展張装置2から,吸着ボックス41によって,言い換えれば吸着ボックス41を経て,バキュームコンベア61に布類Sが移動しているということであるから,布類Sが吸着ボックス41から移動しているため構成要件3を充足しないとする被告の主張は失当である。 次に,「正面側端部」(構成要件3,8)について検討する。図2(本件公報参照)によれば,本件発明は,操作者がフラットワーク物品を挿入装置に挿入し,それが延伸装置を経てコンベヤベルトの正面側端部に移動し,コンベヤベルトの送出側端部6に移送されるものであることが認められる。そして,「正面側端部」に関しては,構成要件3において,コンベヤベルトの正面側端部においてフラットワーク物品が延伸装置から移動することができることが,また,構成要件8において,フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられていることがそれぞれ記載されているのみであって,その他に,本件発明において,正面側端部に関して記載されている部分は存しない。そうすると,本件発明でいう「正面側」とは,操作者側を意味し,コンベヤベルトの「正面側端部」とは,コンベヤベルトの操作者側の端部を意味すると解するのが自然である。 この点,被告は,本件発明における「正面側端部」とは,図2の符号25と28の間の部分のことであり,フラットワーク物品は,「延伸装置から,コンベヤベルトの『正面側端部』に移動する」もので,布類Sの上端部を延伸装置からコンベヤベルトの上方水平面に移動するものではないと主張している。確かに,本件明細書には,被告主張に沿う記載があり,また,その前提の説明として,本件明細書の段落【0010】に「コンベヤベルトが‥‥‥前進位置でコンベヤベルトの上部経路の下側で真空源と接続された正面側端部からなる」との記載がある。また,本件発明の実施例において,コンベヤベルトの「正面側端部」とは,ローラ25とローラ28ないしは28’との間を意味しており,フラットワーク物品はこの部分においてコンベヤベルトに吸着されて,斜め上方に移動し,そこから上方水平面を経て送出側端部6に運ばれていることも認められる。 しかし,これらは,請求項1に係る発明である本件発明の要件に関しての記載ではなく,実施例又は本件発明(請求項1)をより限定した他の請求項に係る発明に関するものであるにすぎない。請求項1に係る発明である本件発明の要件において,「正面側端部」については,上述した事項,すなわち,構成要件3においてコンベヤベルトの正面側端部においてフラットワーク物品が延伸装置から移動することができること,構成要件8においてフラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられていること,がそれぞれ記載されているのみである。 そして,本件明細書では,段落【0001】【産業上の利用分野】において,「本発明は,‥‥‥ための装置に関する。」として,本件発明の構成要件1〜8までとほぼ同様の内容の装置に関するものであることが記載され,それを受けて,段落【0002】【従来の技術】,段落【0003】【発明が解決しようとする課題】において,そのような内容の装置に関して,従来は,フラットワーク物品を挿入するクランプが高い位置にあったために,操作者が高い位置にまでフラットワーク物品を持ち上げなければならず,挿入操作が厄介で操作者の腕や肩に過重の緊張を与えるという問題点があったことが記載されている。そして,こうした記載を受けて,段落【0004】に,「本発明の目的は,前述のとおりフラットワーク物品がコンベヤベルトの運ばれる高さに持ち上げることなく挿入しうるように操作ステーションを設計できる可能性を有すると共に,延伸操作中フラットワーク物品が自由に垂れ下がる可能性を有する装置を提供することである。」と記載され,段落【0005】【課題を解決するための手段および作用】に「この目的は,請求項1に記載された装置を設計することによって達成される。」,段落【0006】に「本発明の装置のこの実施例では,操作者は延伸操作が実行される高さにフラットワーク物品を持ち上げず,斜め上方向に作動する昇降手段がその動作を行なう。‥‥‥非常に大きいフラットワーク物品でも延伸中に自由に垂れ下がることができる。操作者の肉体的作業の軽減の結果,迅速な挿入が達成され,これにより装置の機能の有効性が実際に利用される。」と記載されている。 したがって,本件発明は,「‥‥‥ための装置において,」という部分までに記載された内容の装置を前提として,それ以下の部分に記載された内容の昇降手段からなる挿入装置を備えることによって,操作者が高い位置においてフラットワーク物品をクランプに挿入することによる上記の諸弊害を解消させたものであるというべきである。そうすると,フラットワーク物品を延伸装置からコンベヤベルトに移動させるという,上記昇降手段からなる挿入装置の前提となる事項において,実施例又は他の請求項に記載の構成に限定解釈すべき理由は存しないといわなければならない。 そして,乙1によれば,被告各製品においては,展張装置2から布類Sを受け取った吸着ボックス41が,布類Sの上端部を吸着保持すること,同吸着ボックス41は,布類Sを,把持部からすぐ下方をバキュームコンベア61の正面側の端縁に接するようにしつつ,バキュームコンベア61の上方水平面上を運び,布類Sの上端部をバキュームコンベア61の上方水平面に載置していることが認められる。 したがって,被告各製品は,構成要件3の「コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,‥‥‥延伸装置から移動する」との文言を充足するというべきである。 続いて,構成要件8の「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段」の文言についてみると,これは,フラットワーク物品を,十分に問題なくコンベヤベルトに載置可能な長さをもって,正面側端部に移動させるものであることを意味するのであって,フラットワーク物品の縁部のみでコンベヤベルトの端縁に保持させるものという意味ではないと解するのが相当である。なぜなら,長さが長くかつ相当の重量もあるフラットワーク物品を,その縁部のみでコンベヤベルトの端縁に保持できるはずがないことは,当業者にとって技術常識であるというべきところ,構成要件8の「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段」との文言が,当業者の技術常識に反した状態をいうとは考えられないからである。 そして,被告各製品においては,被告が主張するように,布類Sの先端がバキュームコンベア61に移載,吸着されるのが,バキュームコンベア61の上方水平面の略終端部であることを前提とし,さらに,バキュームコンベア61の上方水平面に吸着保持された布類Sの上端部の長さが20cm程度,端部からでも26〜29cm程度としたとしても,2m以上の長さになることもある布類Sの残部は,バキュームコンベア61の正面側端部から垂れ下がっていることは明らかであり,さらに,別紙物件目録(1)〜(5)の各参考図3にあるように,バキュームコンベア61は,この吸着保持した部分から斜め下方の後方に連続して搬送部を有している。したがって,被告各製品は,その吸着ボックス41が「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段」に該当し,同文言を充足するというべきである。 以上より,被告各製品は,構成要件3及び同8を充足する。被告は本件発明と被告各製品との作用効果の違いを指摘するが,被告が指摘するような点が仮にあったとしても,上記の構成要件3及び同8の充足性についての上記認定を左右するものではない。 (2)以上によれば,被告各製品は,いずれも,本件発明の技術的範囲に属するというべきである。 3 争点2(本件特許権には無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は権利の濫用に当たり許されないか)について(1)被告は,本件特許権の優先日以前に,米国ブラウン社製の洗濯後処理装置「ブラウン・アルファ」が販売されており,平成2年12月15日,社会福祉法人緑風会によって重度身体障害者授産施設「鹿児島太陽の里」に設置され,翌日から使用されていた(乙2,乙3)ところ,本件発明は,このブラウン・アルファと同一の構成であるか,そうでないとしても,これを他の公知技術と組み合わせることにより当業者が容易に想到することができたものである,と主張する。 そこで検討するに,乙3,4によれば,ブラウン・アルファは,平成2年11月に東京都中央区晴海の国際見本市会場で開催された第28回全日本クリーニング研究大会・機材資材展示会において展示されていたこと,同展示会を見学したことがきっかけとなって,社会福祉法人緑風会がブラウン・アルファを大和機材株式会社(当時)から購入し,平成2年12月15日に重度身体障害者授産施設「鹿児島太陽の里」に設置し,その翌日からシーツ等リネン品の洗濯後の処理のために使用を継続していること,同施設には,年間1000人を超す一般の見学者があること,平成2年12月15日の設置以降,その構成や動作は変わっていないこと,がそれぞれ認められる。これによれば,ブラウン・アルファは,本件特許権の優先日の前に公然使用されていたというべきである。 続いてブラウン・アルファの構成や動作については,乙1,3によれば,以下のとおりであると認められる。 ア ブラウン・アルファの昇降手段のレールは,半円形(正確には4分の1円形)の形状をしており,合計4本設置されている。それぞれのレールには,1対のクランプが設けられている。各レールは,前端が下方に,下から約130pの位置まで下がっており,一対のクランプにシーツの両角を把持させてスイッチを押すと,半円形レールの前端が,レール後部にあるレバーの作用により,水平面になるまで上昇してシーツを持ち上げる。その後,シーツを把持したままクランプがレールの後端(装置全体の中央部)に移動し,そこで,シーツを延伸装置であるスプレッドクランプに引き渡す。 イ 各スプレッドクランプは,中央部から移動して互いに対称的な位置に離れ,シーツを延伸する。次に,同スプレッドクランプがコンベヤベルトの上面へ(装置全体からすれば後方へ)移動し,コンベヤベルトの端から約15p後方の位置でシーツを開放し,シーツをコンベヤベルトに移載する。そして,コンベヤベルトがシーツを,後方に連続した搬送部によって,アイロンロールへ搬送する。 (2)すなわち,延伸装置からコンベヤベルトへのシーツの移動に関して,本件発明の実施例では,斜めに傾斜しているコンベヤベルト上端部がシーツ上端部を吸引保持し,被告各製品では,吸着ボックス41がシーツ上端部を把持してコンベヤベルトの上面(被告主張では端部から約26〜29cm奥の部分)に移載しているところ,ブラウン・アルファにおいては,延伸装置がコンベヤベルトの進行方向に移動してコンベヤベルトの上面(端部から約15cm奥の部分)に移載している。 つまり,ブラウン・アルファにおいては,スプレッドクランプがシーツ上端部を把持して動作し,シーツの把持部からすぐ下方がコンベヤベルトの正面側の端縁に接しつつ,シーツがコンベヤベルト上方水平面上を運ばれ,シーツ上端部がコンベヤベルト上面に移載されるものである。したがって,これは本件発明の構成要件3における「コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が延伸装置から移動している。」と同一の構成というべきである。また,コンベヤベルトの上方水平面に移載されたシーツの上端部の長さは,約15cmであり,シーツ残部は,コンベヤベルトの正面側端部から垂れ下がっており,また,コンベヤベルトは,このシーツが移載された部分の後方に連続して搬送部を備えているのであるから,本件発明の構成要件8における「フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動する」と同一の構成であり,その移動のための「手段」には,スプレッドクランプまたはそれを備えるキャリッジと,その駆動手段が当たるというべきである。なお,被告は,本件発明の構成要件3及び8においては,「正面側端部」を,本件明細書の図2のローラ25と28’の間のコンベヤベルトの領域と解釈しているが,このような限定解釈が相当でないことは,争点1に対する判断において説示したとおりである。 以上によれば,本件発明の構成要件1〜8に当たる「‥‥‥ための装置において,」までの構成要件の部分について,本件発明の構成とブラウン・アルファの構成とは同一であると認められる。 (3)次に,本件発明の構成要件9から11までの部分については,(@)挿入装置は操作位置から昇降する昇降手段からなること,(A)スライドの一対のクランプがレール手段に沿って移動自在であり,フラットワーク物品がこれに挿入されること,(B)フラットワーク物品を,操作位置より高い位置に設けられた一対のキャリッジに対して上向きに動かすこと,の3つの内容が定められているにとどまるから,フラットワーク物品の移動が直線的であることまでは要件とされないというべきである。 他方,ブラウン・アルファにおいては,(@)挿入装置は,シーツを挿入すべき一対のクランプを操作者から見て手前側に備えたレールが,操作者がシーツを挿入しやすいように低くなっている挿入位置から,水平になるまで上昇し,また下降するものであるから,挿入装置は操作位置から昇降する昇降手段からなるといえるし,(A)レールの形状は半円形(正確には4分の1の円形)であるためスライドは直線的に移動するものではないが,スライドの一対のクランプがレールに沿って移動自在であることには変わりがなく,シーツがこれに挿入されるものであるし,(B)シーツは,最初上昇のみを行い,しかる後に,レールに沿って水平移動を行って,装置中央部に位置する一対のスプレッドクランプに引き渡されるものであり,操作位置からキャリッジに向けて直線的に移動するものではないものの,上昇移動,水平移動という一連の移動によって,操作位置よりも高い位置に設けられた一対のスプレッドクランプに到達する点をみれば,シーツが操作位置より高い位置に設けられた一対のキャリッジに対して上向きに動いているといえる。 したがって,ブラウン・アルファは,本件発明の構成要件9〜11とも一致するものであるから,本件発明とその構成がすべて同一であるといわなければならない。したがって,本件発明は,特許法29条1項1号又は2号(新規性欠如)に該当し,同法123条1項2号所定の無効理由があることが明らかというべきである(なお付言するに,上記認定のとおり,被告各製品は本件発明と同一の構成と考えられ,ブラウン・アルファも本件発明と同一の構成と考えられるから,本件発明の構成に即して対比すると,被告各製品とブラウン・アルファは,同一の構成ということができる。)。 (4)原告は,本件発明とブラウン・アルファとでは,本件発明ではスライドがキャリッジに向けて直線的に昇降するのに対し,ブラウン・アルファはそうではない点で異なると主張する。しかし,本件発明においても,スライドがキャリッジに向けて直線的に昇降する点が要件となっていないことは上述したとおりであるから,原告の同主張には理由がない(なお,仮に原告において,スライドがキャリッジに向けて直線的に昇降するとの点を明確に要件とするように,請求項1の訂正を行ったとしても,この点は本件発明の優先日の前である平成4年1月13日に公開された公開特許公報(乙5)にすでに記載されているから,ブラウン・アルファとこの乙5とを組み合わせれば,当業者が容易に本件発明に想到することができたことが明らかである。なぜなら,乙5に記載されている発明は,布類を伸ばした状態で回転ロール式プレス機に供給するための装置であるからブラウン・アルファと技術分野が共通し,さらに,布類の延伸に先立って,布類を一対の保持手段に把持させた後に,次段階の保持手段に引き渡すというものであって,一対の保持手段を備える挿入部分の機能は,本件発明及びブラウン・アルファの挿入装置と一致していると認められる。したがって,ブラウン・アルファにおいて,その挿入装置の部分を,乙5に記載された一対のクランプに相当する保持手段が一対のキャリッジに向けて直線的に昇降する装置に置き換えることは,当業者が容易に推考し得る事項であるというべきだからである。)。また原告は,本件発明とブラウン・アルファとは,本件発明が複数の昇降手段を並列に隣接して設けることができ,その数,位置,挿入装置の高さを自由に設定できるのに対し,ブラウン・アルファはそうではない点で異なると主張するが,複数の昇降手段が設けられている点はブラウン・アルファも同様であるし,その他の点については,本件発明の構成要件にそれらに相当する記載はなく,本件発明の実施例に基づくものでしかない。そしてそもそも,本件発明の技術的範囲を同実施例の構成に限定する理由がないことは前述のとおりである。原告の同主張は失当といわなければならない。 4 結論 以上によれば,本件特許権に基づいて,被告各製品の製造・販売等の差止め及び廃棄並びに補償金及び損害賠償の支払を求める原告の本訴各請求は,権利の濫用に当たり許されないというべきである(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第3小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の本訴各請求はいずれも理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 和久田道雄 |
裁判官 | 田中孝一 |