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関連審決 異議1998-71450
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12行ケ53審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ310審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ165特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成11行ケ142審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 29条1項3号 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  国内優先権 /  共有 /  置換 /  実施 /  設定登録 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  要旨変更 /  補助参加 /  取消決定 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 398号 特許取消決定取消請求事件
原告 豊田合成株式会社
原告 株式会社豊田中央研究所
両名訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 黒田健二
同 弁理士 平田忠雄
同 藤谷修
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 田部元史
同 平井良憲
同 小林信雄
同 宮川久成補助参加人 日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
同 野上邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
同 弁理士 青山葆
同 河宮治
同 石井久夫
同 北原康廣
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/04/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が平成10年異議第71450号事件について平成11年10月1日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特許第2658009号発明(以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、平成4年7月23日に出願(国内優先権主張日平成3年7月23日)され、願書に添付した明細書について平成8年2月1日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を経て、平成9年6月6日に設定登録がされた。
その後、本件特許に対する特許異議の申立てがされ、同申立ては、平成10年異議第71450号事件として特許庁に係属したところ、原告は、同年9月7日に明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求をし(以下、この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)、平成11年4月28日に本件訂正請求書の補正をした。特許庁は、同年10月1日、「特許第2658009号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年11月4日、原告らに送達された。
2 明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項3】の記載 (1) 願書に添付した当初の明細書(甲第3号証、以下「当初明細書」という。)のもの 【請求項1】n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-X N;X=0を含む)から成るn層と、p型不純物を添加したi型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-X N;X=0を含む)から成るi層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
少なくとも前記i層に対する電極であって前記i層に接合する層をNiとしたことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項2】請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記n層に対する電極であって前記n層に接合する層をNiとしたことを特徴とする。
【請求項3】請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記電極を前記i層との接合面から順に、厚さの薄い第1のNi層、第1のNi層よりは厚さの厚い第2のNi層、Al層、Ti層、厚さの厚い第3のNi層の多層構造としたことを特徴とする。
(2) 本件補正(甲第5号証)に係るもの(補正部分に下線を付す。) 【請求項1】少なくともガリウム(Ga)と窒素(N)とを含むn型の窒化ガリウム系化合物半導体から成る第1層と、p型不純物を添加した少なくともガリウム(Ga)と窒素(N)とを含む窒化ガリウム系化合物半導体から成る第2層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
少なくとも前記第2層に対する電極であって前記第2層に接合する層をNiとしたことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項2】請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記第1層に対する電極であって前記第1層に接合する層をNiとしたことを特徴とする。
【請求項3】請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記電極を前記第2層との接合面から順に、厚さの薄い第1のNi層、第1のNi層よりは厚さの厚い第2のNi層、Al層、Ti層、厚さの厚い第3のNi層の多層構造としたことを特徴とする。
(3) 本件訂正に係るもの(甲第6号証添付。以下、この発明を「訂正発明」という。) 【請求項1】n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-X N;X=0を含む)から成る第1層と、p型不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-XN;X=0を含む)から成る第2層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
前記第1層の電極はAl、Ti又はそれを含む合金から成り、前記第2層の電極はNi又はNiを含む合金から成ることを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項2】サファイア基板と、そのサファイア基板上に形成されたバッファ層を有し、そのバッファ層上に、前記第1層、前記第2層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求項3】前記第2層の前記電極は、Niの上に他の金属層を形成した複層構造であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれかに記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定書謄本写し記載のとおり、@本件訂正の適否につき、
訂正請求の補正は特許法120条の4第3項において準用する同法131条2項に、訂正の目的等は同法120条の4第2項にそれぞれ適合し、また、本件補正が明細書の要旨を変更するものであり、平成6年法律第116号附則6条1項、平成5年法律第26号附則2条2項によりなお従前の例によるとされ、上記平成5年法による改正前の特許法40条により、本件特許出願は、本件補正に係る補正書が提出された平成8年2月1日にしたものとみなされるとした上、訂正発明は、第2層がi型である場合は、特開平5-211347号公報(本件特許出願の公開公報)に記載された発明と同一であり、特許法29条1項3号に規定する発明に該当するから、特許出願の際独立して特許を受けることができず、本件訂正は、平成6年法律第116号附則6条1項により、なお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法126条3項により、認められないとし、A本件発明の要旨を、当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項3】記載のとおり認定した上、本件発明は、第2層がi型である場合には、上記公報に記載された発明と同一であり、特許法29条1項3号に規定する発明に該当するので、特許を受けることができず、本件特許は、同法113条1項2号に該当し、取り消されるべきであるとした。
原告ら主張の決定取消事由
1 決定の認否 理由冒頭〜4頁14行目(1.手続の経緯、2.1 訂正請求の補正について、2.2 訂正の目的等について)は認める。4頁17行目〜6頁末行((1)窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の技術的背景)中、5頁2行目〜8行目、5頁末行〜6頁4行目は認め、5頁9行目〜19行目、6頁5行目〜14行目は否認し、6頁14行目〜末行については、「本件特許出願と前後して」を除いて認める。7頁1行目〜15頁9行目((2)出願当初の明細書に記載された事項)は認める。15頁10行目〜17頁18行目((3)明細書の補正事項)中、「導電性の特定が削除された」(15頁末行)、「二つの導電型を包含することとなった」(16頁5行目〜6行目)、
「導電型の削除が行われた」(16頁11行目〜12行目)、17頁13、14行目の「出願当初の明細書」〜18行目は否認し、その余は認める。17頁末行〜21頁5行目((4)上記補正の適否について)中、19頁11行目の「i型の導電性を」〜13、14行目の「記載されている」、19頁17行目〜18行目及び20頁16行目〜17行目の各「出願当初に自明であったとする根拠もない」、20頁18行目〜21頁5行目は否認し、その余は認める。21頁6行目〜25頁7行目((5)特許権者の主張について)中、25頁3行目の「補正により」〜7行目は否認し、その余は認める。25頁8行目〜13行目((6)この項のむすび)は争う。25頁14行目〜28頁末行(2.3.2 本件訂正発明、2.3.3 刊行物記載の発明、2.3.4 対比及び判断)は認める。29頁1行目〜7行目(2.3.5 この項のむすび)は争う。29頁8行目〜32頁11行目(3.本件発明、4.刊行物記載の発明、5.対比及び判断)中、32頁9行目〜11行目は争い、その余は認める。
32頁12行目〜16行目(6.むすび)は争う。
2 本件決定は、「i層」を「p型不純物を添加した層」とする本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるとの誤った判断をした(取消事由)結果、本件特許出願は本件補正の日にされたものとみなされる旨判断し、訂正発明、ひいては、本件発明が特許法29条1項3号に規定する発明に該当するとの誤った判断に至ったものであるから、取り消されるべきである。
3 取消事由(明細書の要旨変更に関する判断の誤り) (1) 本件決定は、「窒化ガリウム系化合物半導体においては・・・p型不純物を添加しても直ちにはp型化せず、従来i型であったのであるから、導電性を削除することにより、上記第2層はi型及びp型の二つの導電型を包含することとなった」(決定書15頁末行〜16頁6行目)と判断したが、以下のとおり、誤りである。
ア 本件補正は、当初明細書(甲第3号証)において、Ni電極層と接する「p型不純物を添加したGaN系半導体層」を「i型の窒化ガリウム系の化合物半導体・・・から成るi層」と表現していたのに対し、「i型」「i層」という表現によって生ずる限定を外したものである。当初明細書に記載されている、電極層の金属としてのNiの選択は、p型不純物を添加したGaN系半導体とNiとの組合せによる作用効果に基づくものであって、p型不純物を添加したGaN系半導体が、抵抗率の大きな「i層」であるか、抵抗率が小さくなった「p層」であるかによって、本件発明の成否が左右されるものではない。
確かに、当初明細書には、GaN系半導体から成る「i層」とNi電極について記載され、GaN系半導体から成る「p層」については記載がないが、「i層」と「p層」の相違は、p型不純物を添加したGaN系半導体の抵抗率の大小であるにすぎない。他方、半導体発光素子の電極としてどのような金属が良好であるかについては、これまで、他の半導体発光素子の分野における知識の集積があり、基本的に、半導体化合物の組成、添加する不純物の導電型及び金属の種類の組合せが電極としての良、不良を大きく決定することが知られている。本件の場合は、「i層」であっても「p層」であっても、半導体化合物の組成がGaN系化合物であり、添加不純物の導電型がp型であり、金属はNiである。すなわち、GaN系半導体の「i層」に適した電極金属としてNiが発見されれば、NiがGaN系半導体の「p層」に適した電極であることも、当初明細書を見た当業者には自明となる。
イ 導電型に関して、量子論上「i型」という導電型が定義される領域は存在しない。すなわち、価電子帯と導電帯とその間に禁制帯を有するのが半導体の正確な量子論上の定義であるところ、単結晶の絶縁体には、半導体と同じく、価電子帯と導電帯とが理論上存在し、禁制帯幅が狭いか広いかを除いて、半導体と単結晶絶縁体とを区別する概念はない。したがって、i型が絶縁体、半絶縁体とされていても、量子論上、明確に定義された半導体の概念に属する。
また、i型の導電率は10-8/Ωpであり、半導体の電気導電率は10-12〜105/Ωpの範囲にあり、導電率の概略値が、導体において105/Ωp以上、絶縁体において10-12/Ωp以下であるのと比較しても、i型は半導体の概念に属する。
さらに、半導体中の電子濃度と正孔濃度との間には、両濃度の積が一定であるという関係が存在し、このことは、半導体にごく微量な不純物、アクセプタ、ドナーを添加することによりいずれかの濃度を向上させた場合でも成立する。
正孔濃度が基準濃度より大であればp型半導体、正孔濃度が基準濃度より小さければn型半導体であり、両濃度の等しいときがp型とn型を区別する基準点となり、
その濃度は真性キャリア濃度と呼ばれている。基準点における温度300KのGaNの真性キャリア濃度を約1010/cm3と求めると、正孔濃度が10-10〜1021/cm3で電子濃度が10-10〜10-41/cm3である半導体がp型半導体、逆に、電子濃度が10-10〜1021/cm3で正孔濃度が10-10〜10-41/cm3である半導体がn型半導体であるから、量子論上「i型」という導電型が定義される領域は存在しない。
ウ 半導体に関する技術文献及び特許公報において、「i型」と「π型」とは同一意義と認識されており、また、pn接合素子において、π型がpn接合を構成する一つの層に用いられるとされていることから、「i型」とは「p型」を意味し、
かつ、「i型」と「n型」との接合がpn接合である。技術文献において、「π」は、キャリア濃度が1016/cm3より低い「p-」の意味でも用いられており、「i型」は、「p型」と区別されるものではなく、「p型」にほかならない。
被告は、正孔濃度1016/cm3以上であるものが「p型」である旨主張する。しかしながら、正孔濃度が1016/cm3以上であることは、発光効率を向上させるためには更なる正孔濃度の向上が必要であるという当然のことを意味するものであって、導電型の定義を左右するものではない。
また、被告は、アニーリング前に正孔濃度8×1010/cm3、抵抗率2×106ΩpのGaN層が記載された特許公報に、アニーリング前の正孔濃度8×1010/cm3のGaN系半導体を用いたpn接合型発光素子が記載されていないことから、アニーリング前のGaN層はpn接合型発光素子の「p型」層に該当しない旨主張する。しかしながら、アニーリング前の状態がp型である以上、このp型半導体とn型半導体との接合がpn接合でないということは、「p及びn領域を有しこれらが接合を形成している半導体結晶」というpn接合の定義に照らして失当である。
さらに、被告は、アニーリング等の処理をすることなく正孔濃度1016/p3程度のp型が得られることを認める一方、pn接合型が実現可能との認識が当業者になかった旨主張する。しかしながら、当時、pn接合型発光素子の概念は周知であって、正孔濃度1016/p3程度のp型半導体とn型半導体とを接合したpn接合型発光素子は、当然に認識されていたから、被告の主張は失当である。
エ 高抵抗「π層」の抵抗率は106〜108Ωpであり、この抵抗率を移動度μを用いて正孔濃度を換算すると1010〜1012/cm3となり、さらに、成長条件を変化させることで、300Kにおけるn型からp型に至る電気特性を持つGaN層結晶の正孔濃度は、2×1016/cm3となる。
また、「低抵抗p型」の正孔濃度は1016〜1014/cm3であるから、真性濃度10-10/cm3を原点とし、キャリア濃度1021/cm3を1として正規化すると、その導電型の程度は0.84〜0.77となる。一方「i型」の正孔濃度1012/cm3の導電型の程度は0.71であるから、i型及び低抵抗p型の導電型の程度の差は、低抵抗p型と完全に飽和したp型の導電型の程度1との差よりも十分に小さい。そうすると、「i型」は、導電型の程度から見ても「p型」であり、「低抵抗p型」と区別されるものではない。
オ 低抵抗と高抵抗の概念は相対的であり、GaNは、抵抗率が1028〜10-3Ωpで変化するので、いずれに属するかを明確にすることは不可能である。「i型」は「π型」ともいわれ、抵抗率300Ωpに対して「π」が用いられている。以上のことから、「i型」及び「p型」として記載されたものの正孔濃度の範囲は重なっているので、抵抗率の概念で「i型」を定義することはできない。すなわち、「i型」と「p型」は、ともに、量子論上明確に定義された「p導電型」なのである。
カ 本件発明の発光機構は、発光素子の注入により電子と正孔の過剰状態、
すなわち、非平衡状態を実現して、電子がエネルギー準位の低い準位に遷移するときに光子を放出する注入型の発光機構である。すなわち、当初明細書に、GaN系の化合物半導体は直接遷移であることから発光効率が高いと記載され、同記載から、
直接遷移による発光とは、導電帯の電子と価電子帯の正孔とがフォノン(格子振動を量子化した量子)を介在させずに結合することで、その電子エネルギー準位に比例した周波数の光子が放出されることをいうから、当初明細書においては、注入型で電子と正孔の直接の遷移による発光機構が認識されている。このこと等から、「in接合」であっても、「pn接合」による注入がある旨理解される。
また、被告は、MIS型発光ダイオードとpn接合発光ダイオードでは発光メカニズムが相違する旨主張する。しかしながら、MIS型発光ダイオードにおいて、電子は印加電圧によって縮小したn-i障壁を越えて注入され、pn接合素子においても、
電子は印加電圧によって縮小したpn接合の電位障壁を越えて注入されるものであるから、この点で、MIS型とpn接合で異なるところはない。
キ Niは、p型GaN系化合物半導体と接合される電極として、Alより良好な金属である。すなわち、当初明細書(甲第3号証)の作用効果の記載は、p型GaN系化合物半導体と接合される金属として、Niの接触面における障壁高さがAlに比べて良好であることを示し、NiとAlの間の障壁高さの優劣関係は、p型不純物が添加されているGaN系化合物半導体層が「i層」であると「p層」であるとによらないので、当初明細書には、GaN系化合物半導体の「p層」と接合する場合も、NiがAlに比べて良好な電極材料であることが実質上記載されている。すなわち、接触抵抗と障壁高さの関係は、キャリア濃度の大小や、半導体層が「i層」であるか「p層」であるかに関係がない。
被告は、ショットキー電極に適した金属がオーミック電極に適した金属であることは自明ではない旨主張する。しかしながら、Ni又はNiを含む合金から成る電極のAl電極に対する優位性は、「オーミック」か「ショットキー」かの問題ではなく、p型半導体との接触抵抗が小さくなるということである。しかも、電極材料の選択が素子内の発光機構に影響を与えることはない。
(2) i型の定義が不明であること 本件決定は、「i型」と「p型」とを峻別することができるとした結果、
本件補正が当初明細書の要旨変更に当たるとの結論に至ったにもかかわらず、「i型」の定義がされていない。
被告は、電子線照射、アニール等のポスト処理を行う前の状態を「i型」としているが、ポスト処理を行うことなくp型GaNが得られた旨の技術文献(甲第30号証)があり、成長条件を変化させることにより、n型及びp型それぞれの特性を有するGaN層が得られ、また、p型AlGaNがポスト処理を行うことなく形成し得るとした上、そのp型AlGaNを用いた発光素子が記載されている。また、Znドープp型InGaAlNがポスト処理を行うことなく形成され、そのp型AlGaNを用いた発光素子が記載された特許公報がある(甲第34号証)。このように、本件出願当時においても、電子線照射、アニール等のポスト処理をすることなくp型のGaN化合物半導体が得られており、それを用いた発光素子も周知であった。
したがって、p型不純物を添加したAlGaNにおいて、電子線照射、アニール等のポスト処理を施した状態を「p型」と定義し、これを施す前の状態を「i型」と定義することには合理性がない。
(3) MIS型の定義がされていないこと 本件決定は、「MIS型」と「pn接合型」とを峻別した結果、本件補正が当初明細書の要旨変更に当たると判断したのであるから、両者の定義を要するところ、
その定義がされていない。
すなわち、本件決定は、電子線照射、アニーリング等のポスト処理がされることなく製造されたものが「MIS型」であり、ポスト処理され低抵抗化されたものが「pn接合型」であると定義しているように解されるが、これらの処理をすることなく、正孔濃度1017〜1018/cm3のp型が得られ「pn接合型」が存在したから、ポスト処理の有無は、「MIS型」と「pn接合型」とを峻別する根拠とはならない。
また、MIS型の理想的バンド図は、本件発明のバンド図及びin接合バンド図とも異なる。MIS型ダイオードは電流が流れない素子であるが、本件発光素子は指数関数的に増加する注入電流が流れている。したがって、MIS型ダイオードのような金属、絶縁体及び半導体の層構造として本件発明を認識するのは誤りである。
(4) 技術的背景の認定誤り ア 本件決定は、GaN系化合物半導体の性質を利用して構成される発光素子が、いわゆる「MIS構造」と「pn接合」とに大別されると認定したが、誤りである。
すなわち、「MIS」とは、MISダイオードとの単なる配置の類似性から慣用的に付された名称であって、本件発明のようにi層が薄い素子は、いわゆるpn接合素子と何ら変わるところがない。本件決定は、「MIS」とは金属と半導体との間に絶縁層を挟むものと認定しているが、その絶縁層は「p型」である。そうすると、「MIS」の「I」は「p」と置換され、「S」は「n層」であるから、「MIS」は「金属-p層-n層」、すなわち「Mpn型」と表記すべきものである。したがって、「MIS型」及び「pn接合型」の発光素子において、いずれも金属は共通に存在し、両者共に「pn接合型」発光素子というべきである。
イ 本件決定は、MIS構造が絶縁層又は電極と絶縁層の界面近傍を発光させるものと認定するが、誤りである。発光するのは、n層とi層の界面である。
ウ 本件決定は、pn接合が、p型半導体とn型半導体とを接合させ、順方向電圧を印加して、p型半導体とn型半導体の界面近傍を発光させたものであると認定するが、誤りである。この定義は、pn接合型に限らず、MIS型発光素子にも当てはまる。すなわち、MIS型は、「I」が「p型」である以上、n型半導体とp型半導体とを接合させ、順方向電圧を印加し、i層が接合する金属をn層に対して正電位として、その接合界面で発光させる発光素子である。
エ 本件決定は、Znを添加してもi型がp型化しないと認定するが、Znを添加することによりi型がp型化するのであり、誤りである。
オ 本件決定は、Znを添加した層が、従来、MIS構造における絶縁層として使用されてきたと認定するが、絶縁層といわれていた層は、正孔と電子の不平衡な過剰状態を生じさせる「p型」として機能し、しかも、Znを添加した層がp層として認識されている文献が多数存在するのであって、誤りである。
カ 本件決定は、低速電子線照射法、アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し、これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現した経緯があると認定するが、誤りである。すなわち、ポスト処理により工業製品としてのpn接合型発光素子が実現したのは事実であるが、ポスト処理をしないpn接合発光素子及びp型AlGaNも知られており、その概念は公知であった。
被告の反論
1 「i層」を「p型不純物を添加した層」とする本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるとの審決の判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(明細書の要旨変更に関する判断の誤り)について (1) 原告らは、本件発明が本件補正により第2層にi型及びp型の二つの導電型を包含することとなったとする本件決定の判断は誤りであると主張するが、以下のとおり、失当である。
ア 本件出願当時、GaN系化合物半導体において、Znを添加した層は、従来、MIS構造における高抵抗層(i層)及び青色発光層として使用され、その抵抗率は108/Ωp以上の高抵抗率を示し、p型導電性を示さなかった。Mgを添加した高抵抗なGaN系化合物半導体に低速電子線照射処理を行うことにより、初めて低抵抗のp型導電性が得られたのである。
当初明細書(甲第3号証)には、電極(Metal)と発光層(i層)とが直接に接するMIS構造の発光素子では、i層の電極直下及びその近傍で発光するという特徴が記載され、i層がMIS構造の発光ダイオードにおける発光にかかわる層であり、i層の電極の役割については全く論じられていないと記載されている。すなわち、当初明細書の【0003】に記載された「i層」は、単なる「p型不純物を添加したGaN系半導体層」ではなく、電極を形成してMIS型発光素子の発光層として作用するi層を指している。このような記載から見ても、本件発明は、単なる「p型不純物を添加したGaN系半導体層」ではなく、「p型不純物を添加したi型のGaN系半導体から成るi層」のための電極に関するものである。
GaN系半導体発光素子において電極に接する層が「i型」か「p型」かは、本件発明の成否を左右する重大問題である。すなわち、電極に接する層が「i型」であるか「p型」であるかは、発光素子の動作原理に重大な影響を与える。電極に接する層が「i型」である場合には、MIS構造発光素子に分類され、金属と半導体との間の絶縁層(i層)を高電界により発光層として機能させる構成となる。他方、電極が接触する層が「p型」である場合は、pn接合発光素子に分類され、順方向電圧によりn層からは電子が、p層からは正孔が互いに他の領域に拡散して、pn接合界面の近傍で発光するものとなる。この両者は、GaN系化合物半導体の性質を利用して構成される発光素子として二つに大別されている(乙第1、第2号証)。
また、当初明細書に記載される従来技術、発明の課題、構成及び作用効果は、すべてi層の電極についてのみ記載されており、p層に関する電極については全く記載されていないのであるから、当業者にとって、MIS構造のi層に形成される電極をpn接合のp層の電極として用いて同様の作用効果を奏するかどうかは、当初明細書の記載内容からは自明ではない。また、半導体化合物の組成、添加する不純物の導電型及び金属の種類の組合せが電極としての良、不良を大きく決定することを示す証拠もないから、MIS型発光素子の発光層であるi型GaNにNiが適した電極であることが発見されたからといって、Niがすべてのp型GaN系半導体層に適した電極であることが自明になったということはできない。
当初明細書の要旨変更の有無は、Niがp層と呼ばれるGaN系半導体と接合される電極として良好な金属であることが、当初明細書の記載に基づき当業者に自明であるかどうかではなく、「i層」を「p型不純物添加層」とする本件補正により、当初明細書に記載のないpn接合構造の「p層」に接する電極としてNiを用いることが当業者に自明であったかどうかにより決定されるものである。
イ 原告らは、導電型に関して、量子論上「i型」という導電型が定義される領域は存在しないと主張する。しかしながら、GaN系化合物半導体にp型不純物を添加したものは、低速電子線照射法、アニール法等の処理を施したものと、そうでないものとの間に、抵抗率の著しい差があり、後者のものを「i型」と呼んでいたのである。
ウ 原告らは、「i型」とは「p型」を意味すると主張する。しかしながら、原告らが挙げた半導体に関する技術文献のいずれにも、「i型」と「p型」が同義であるとは記載されていないし、「i型」と「n型」の接合は、「pn接合」とは呼ばれず、「in接合」と呼ばれ区別されているから、原告らの主張は失当である。また、原告らの挙げる文献には、「i型」は「p-」を意味するなど、原告らが主張する「i型」についての記載はない。
原告らは、「i型」は「p型」であって、正孔濃度が1010〜1012/p3存在する旨主張する。しかしながら、GaN系化合物半導体発光素子のpn接合型の「p層」は、正孔濃度が1016〜1017/p3台であり、正孔濃度が1010〜1012/p3程度存在する半導体は、これに該当しない。
原告らは、アニーリングなどの処理をすることなく1016〜1018/p3程度のp導電型が得られていると主張する。しかしながら、本件出願当時、pn接合型を実現可能とするような「p型」が得られていたとの当業者の認識はなかった。
エ 原告らは、「i型」は「低抵抗p型」と区別されるものではないと主張する。しかしながら、「i型」か「p型」かは、それぞれの半導体が用いられるMIS型発光素子とpn接合型発光素子との発光メカニズムに基づいて明確に区別される。すなわち、MIS型発光ダイオードでは、「i型」GaN層と「n型」GaN層の界面において、トンネル効果や、界面付近の障壁を越えるような高エネルギー状態に分布するわずかな電子が、障壁を乗り越えて「i型」層に注入されるが、このような注入機構は、pn接合型発光ダイオードでは存在しないから、両者は発光メカニズムが相違する。
オ 原告らは、「i型」は抵抗率で区別することはできない旨主張する。しかしながら、原告ら主張の根拠である「i型」キャリア濃度は失当であるから、
「i型」と「p型」で正孔濃度の範囲が重なっているとする原告らの主張もまた失当である。
カ 原告らは、「in接合」も「pn接合型」による注入型発光機構であると主張する。しかしながら、MIS型発光ダイオードでは、「i型」層が高抵抗であるために、印加した電圧は、「i型」層のバンドを傾けるように作用し、肝心の「i型」GaN層と「n型」GaN層の界面付近の電位障壁は解消されない。このような状態でも、量子力学的なトンネル効果や、障壁を越えるような高エネルギー状態に分布するわずかな電子が障壁を乗り越えて「i型」層に注入され、発光し得る。前者による発光をトンネル注入発光、後者による発光をショットキー発光と呼ぶが、このような注入機構は、pn接合型発光ダイオードでは全く存在しないものであり、in接合とpn接合とで発光機構に何の相違も存在しないとする認識は、当業者にはない。
キ 原告らは、Niが、「p層」と接合される電極としてAlより良好な金属であると主張する。しかしながら、キャリア濃度が高い場合には、接触抵抗はキャリア濃度と障壁高さにより決定されるものであるから、キャリア濃度の大小や半導体層が「i層」か「p層」かに関係なく成り立つとする原告らの主張は失当である。
すなわち、Niが「i層」に接触する電極として障壁の高さの低い良好な電極材料であっても、キャリア濃度の大きい「p層」において良好な電極材料とされるには、オーミック接触である必要があり、「i層」に接触する電極とは要求されている接触抵抗の程度が異なる。そして、キャリア濃度の大きい「p層」においては、接触抵抗がキャリア濃度と障壁の高さの両方によるのであるから、Niが「p層」に対してオーミック接触となり良好な電極材料であるとすることはできない。
また、MIS型の「i層」には整流作用を有するショットキー電極が形成され、pn接合型の「p層」には非整流性の作用を有するオーミック電極が形成され、
これらの作用は正反対であることから、ショットキー電極に適した金属としてNiが発見されたとしても、ショットキー電極とは正反対の性質を有するオーミック電極に適した金属であることが自明ではない。
(2) i型の定義が不明であるとの原告ら主張について 原告らは、「i型の」定義が不明であると主張する。しかしながら、本件発明における「i型」の意義については、当初明細書(甲第3号証)の【従来技術】【発明が解決しようとする課題】に記載されるように、周知の事項である。すなわち、GaN系化合物半導体にp型不純物を添加したものには、低速電子線照射法、
アニール法等の処理を施したものと、そうでないものとでは、抵抗率に著しい差があり、後者のものを「i型」と呼んでいたのであり、GaN系化合物半導体発光素子における「i型」の定義は明確である。
(3) MIS型の定義が不明であるとの原告ら主張について 原告らは、本件決定がMIS型の定義を与えていない旨主張する。しかしながら、「MIS型」の意義については、当初明細書(甲第3号証)の【従来技術】【発明が解決しようとする課題】に記載されるように、周知の事項である。
(4) 技術的背景の認定誤り ア 原告らは、MISの絶縁層は「p型」であって、MISもpn型の発光素子である旨主張する(3(4)ア)。しかしながら、MISの絶縁層とは、「i型」のGaN系化合物半導体として「p型」のものと明確に区別されていたものであり、しかも、GaN系化合物半導体において、pn接合LEDの発光特性はMIS型LEDに比較してはるかに高いから、GaN系化合物半導体発光素子がMIS構造とpn接合とに大別されるとした本件決定の認定に誤りはない。
イ 原告らは、MIS型発光素子が絶縁層又は電極と絶縁層の界面近傍を発光させるとする本件決定の認定が誤りであると主張する(同イ)。しかしながら、発光の場所は、i層、すなわち、絶縁層であり、しかも、当初明細書(甲第3号証)の【発明が解決しようとする課題】において、「発光領域がi層の電極の直下及びその近傍に位置している」と記載されているように、本件決定の上記認定事実は、当業者において周知の事項であった。
ウ 原告らは、Znを添加してもi型がp型化しないとした本件決定の認定が誤りである旨主張する(同エ)。しかしながら、GaN系化合物半導体にp型不純物を添加したものにおいて、低速電子線照射法、アニール法等の処理を施したものと、
そうでないものとでは、抵抗率に著しい差があり、後者のものを「i型」と呼んでいたものである。したがって、本件決定の上記認定は、当業者において周知の事項であって、誤りはない。
エ 原告らは、低速電子線照射法、アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し、これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合が実現したとの本件決定の認定は誤りであると主張するが(同カ)、以下のとおり、失当である。
1975年当時、p型のGaN系化合物半導体については、発光素子への応用が極めて難しく、p型GaNが結晶状態で得られたことについては確認が必要であるとされ、しかも、青色LEDの性能を更に向上させるため、GaN薄膜の導電性制御を達成すること、特にp型GaN薄膜の開発が必要であって、今までにGaNのpn接合LEDに関して報告されたことがないとされ、当業者において、pn接合が実現可能なp型GaNが実現されていたとの認識はなかった。
当裁判所の判断
1 取消事由(明細書の要旨変更に関する判断の誤り)について (1) 本件決定は、GaN型系化合物半導体においては、p型不純物を添加しても直ちにはp型化せず、i型であったから、導電性を削除することにより、「上記第2層にはi型及びp型の二つの導電型を包含することとなった」と判断するところ、原告らは、この判断が誤りであると主張するので、この点について検討する。
ア 特開昭61-56474号公報(甲第25号証)には、以下の記載がある。
「GaNはイオン結合性の強い結晶で・・・また、このGaN結晶では、窒素の空孔はドナーとして振舞うので、不純物を添加しなくても、低抵抗のn型半導体となることが多い。そこで、アクセプタ不純物を添加しても、そのほとんどが電荷補償で費やされ、せいぜい絶縁体になるか、あるいは高抵抗のp型(π型ともいう)の半導体になる程度で、なかなか低抵抗のp型半導体が得られない。このため、GaNの青色発光素子は、完全なpn接合ではなく、概ね、i(π)n接合構造であることが多い。」(1頁右下欄9行目〜2頁左上欄2行目) イ 平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行、乙第1号証)には、以下の記載がある。
「GaNの諸物性はこれまで不明な点が多く残されており,また伝導型および伝導度など電気的特性の制御は困難であった。これは高品質単結晶が得られなかったことに主に起因している。最近,薄膜単結晶の成長技術の向上とともに高品質単結晶の作製が可能となり,これまで不明であった特性の測定や物性の解明も行われ,電気的特性制御の可能性も見いだされつつある。」(51頁左欄25行目〜31行目) 「3.2 mis型LEDの作製と評価 図-8に,本実験で用いた発光素子の構造を示す。Zn添加層は青色発光層として,同時にi層(高抵抗層)として用いられる。」(54頁右欄6行目〜9行目)なお、図-8には、n型GaN上にZnが添加されたi型GaNが設けられ、その上に電極が設けられた発光素子が示されている。
「GaNはアクセプタ不純物と思われるZnを添加しても高抵抗化し,低抵抗のp型伝導性を示す結晶は従来得られなかった。筆者らはMgを添加した高抵抗GaN(GaN:Mg)に低速電子線照射(low-energy electron beam irradiation:LEEBI)処理を施すことによりp型結晶が得られることを見いだした。」(55頁左欄2行目〜8行目) 「室温で van der Pauw 法によるホール測定を行った結果を,表-2に示す。電子線照射処理を行ったすべてのMg添加GaNはp型伝導性を示した。成長したままの状態では,GaN:Mgは実験した範囲内ですべて108Ω・p以上の高抵抗率を有し伝導型の測定も困難であった。これらのGaN:Mgに電子線照射処理を行うと,低抵抗化しp型伝導性を示すようになる。」(55頁右欄12行目〜18行目) 「上記伝導型変化(p型化)および青色発光強度の増大は,無添加GaNでは現れない。従って、添加したMgが関与していることは明らかである。このことから,電子線照射により例えば格子間Mgなど不活性MgがGaを置換して格子位置に入ることが推察されるが,機構の詳細は現在のところ明らかではない。」(56頁左欄14行目〜19行目) ウ 日経サイエンス24巻10号(日経サイエンス社1994年10月1日発行、甲第16号証)には、以下の記載がある。
「GaNのp型化 これまでのp型GaNはMg(マグネシウム)をドープしたGaNを成長させ,それに電子線を照射することで実現されていた。この理由としては,電子線照射により結晶中のMgの位置が変化し,高抵抗でp型を示さないGaNから,低抵抗のp型GaNに変化すると説明されてきた。ところが著者たちは,この変化が実は単純な温度変化によることを突き止めた。赤い曲線が示すように,窒素雰囲気中で400℃以上で熱アニーリングすると,高抵抗GaNから低抵抗p型GaNに変わったのである。・・・さらに筆者たちは,このGaNのp型化を妨げている要因を考え,アンモニアがp型化を妨げているのではないかとの仮説を立てた。これを検証するために,逆に,できたp型GaNをアンモニア雰囲気中と窒素雰囲気中でアニーリングしてみた。すると,窒素中では抵抗値の変化は生じないのに(薄い青色)、
アンモニア中では,もとの高抵抗GaNに戻ってしまったのである(濃い青色)。」(49頁中欄及び右欄37行目〜末行) エ これらの記載によれば、GaN半導体にp型不純物を添加したものであっても、電子線照射、熱アニール等の処理をしたものは、高い輝度を有する半導体発光素子の実用化に必要な低い抵抗率となり、他方、当該処理をしていないものは、108pΩ以上の高抵抗率となること、高抵抗GaNから低抵抗のGaNに変わることが「p型化」と呼ばれていたこと、MgがドープされたGaN半導体のうち、上記処理により、高い輝度を有する半導体発光素子の実用化に必要な程度に低い抵抗率のものが「p型GaN」又は単に「p型」と呼ばれ、これと異なる高抵抗率のものが「i型GaN」又は単に「i型」と呼ばれていたことが認められる。
オ 次に、「i型GaN」及び「p型GaN」の概念の異同について検討する。
上記アの記載によれば、GaNにp型不純物が添加された「p型GaN」及び「i型GaN」は、その抵抗率の相違から、GaNの発光素子において、前者は「pn接合」、後者は「i(π)n接合」と、異なる用語により区別されていたことが認められる。
また、植村泰忠ほか「半導体の理論と応用(上)」(合名会社裳華房昭和45年10月20日第7版発行、甲第11号証)には、「(B) ある温度より低温の領域では半導体や絶縁体の抵抗率が試料によって大きく相違し,母体の結晶の種類を定めても一定の値にならない.」(6頁8行目〜9行目)、「(B)の特長は半導体や絶縁体の伝導率が構造敏感な量であることを示している.構造敏感な性質とは,試料の母体は一定でも,それに含まれる極めて微量な不純物(通常の化学分析では検出できぬほどに微量)とか,あるいは熱および機械的処理の履歴によっていちじるしく支配される物性のことである.半導体の諸現象にはこの構造敏感な様相を示すものが多く,その点が研究の発展の上で幾多の困難となると同時に,一方で多彩な応用への路をも開いているのである」(7頁2行目〜7行目)との記載がある。
これらの記載によれば、p型不純物が添加されたGaNは、半導体であり、かつ、電子線照射、熱アニール等の処理の有無により、基本的な構造が同一であっても抵抗率が大きく相違するという構造敏感な性質を具備するものと認められる。また、このような構造敏感な性質は、p型不純物が添加されたGaNの「研究の発展の上で幾多の困難となると同時に、一方で多彩な応用への路を開いてい」たというのであるから、「i型GaN」と「p型GaN」は、当業者によって同一視されず、異なる物質として区別されていたことが明らかである。
カ 当初明細書(甲第3号証)には、「【0003】【発明が解決しようとする課題】ここで、上述の発光ダイオードの発光強度を向上させるには、その発光領域がi層の電極の直下及びその近傍に位置していることから、i層の電極の電極面積をなるべく大きくすれば良いことが知られている。・・・特に、MIS(Metal Insulator Semiconductor)構造の発光ダイオードにおけるi層の電極の層構造については、特公昭57-46669号公報にて開示された程度であり、発光に係わるi層の電極の役割については全く論じられていないのが現状である。・・・ところが、上述のようなi層上に直接、Al電極を形成した場合の発光ダイオードの発光領域における発光パターンは、図5(a)に示すように、粗い点であり、均一な面発光とはならなかった。従って、発光ダイオードは発光面積を大きく形成したにも拘わらず発光強度があまり向上しないという問題があった・・・【0005】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するための発明の構成は、n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-X N;X=0を含む)から成るn層と、p型不純物を添加したi型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa 1-X N;X=0を含む)から成るi層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において・・・同一面側にn層の電極とi層の電極とを有し、n層の電極はAl又はAlを含む合金から成り、i層の電極はNi,Ag,Ti又はそれらを含む合金から成る」(1欄44行目〜2欄49行目)との記載があり、「p型」に関する記載は一切認められない。
キ したがって、上記のように、「i型」と「p型」とが同一視できないものであり、しかも、当初明細書には「p型GaN」に関する記載は認められないのであるから、当初明細書において「i層」、すなわち「i型」GaN半導体であったものを「p型」GaN半導体をも含む用語である「p型不純物を添加した層」に補正することは、当初明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項を含みその範囲を拡張するものとなるので、本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるとした本件決定の判断に誤りはない。
(2) 原告らの主張について ア 原告らは、本件補正は、当初明細書において、Ni電極層と接する「p型不純物を添加したGaN系半導体層」を「i型のGaN系の化合物半導体から成るi層」と表現していたのに対し、「i型」「i層」という表現によって生ずる限定を外したものであると主張するが、上記のとおり、GaN系化合物半導体においては、
「p型不純物を添加したGaN系半導体」には、高抵抗の「i型」と低抵抗の「p型」とがあり、当業者において両者を区別していたのであるから、「i層」という限定を外したということは、これと異なるp型が含まれるようになったことを意味するのであって、本件決定の認定に誤りはない。また、原告らは、GaN系半導体から成る「i層」と「p層」の相違が抵抗率の大小にすぎず、GaN系半導体の「i層」に適した電極金属としてNiが発見されれば、NiがGaN系半導体の「p層」に適した電極であることも、当初明細書を見た当業者には自明となる旨主張するが、上記抵抗率の大小により「i型」と「p型」とが当業者において区別されていた以上、電極層の金属としてNiを選択することが本件発明において重要であったからといって、本件決定の上記認定は、何ら影響を受けるものではない。
さらに、原告らは、半導体発光素子の電極としてどのような金属が良好であるかの決定において、基本的に、半導体化合物の組成、添加する不純物の導電型及び金属の種類の組合せが重要な要因であって、本件発明は、半導体層が「i層」であるか「p層」であるかによらず成り立つものであると主張する。しかしながら、本件発明が「p層」について成り立つからといって、本件補正において「i層」という限定を外したということによりこれと異なるp型が含まれるに至ったことが否定されるわけではなく、したがって、本件補正により当初明細書の要旨が変更されたことが否定されるわけでもない。
イ 原告らは、量子論上「i型」は半導体の概念に属し、半導体の導電型にはp型とn型の領域は存在するが、i型の領域は存在しないと主張する。
しかしながら、上記のとおり、「p型不純物」とは、これが半導体に添加されることにより半導体の導電性がp型化する性質を有する元素をいうこと、GaN系化合物半導体は、不純物を添加しない状態で通常n型導電性を示し、p型不純物としてZnを添加しても、p型化せず抵抗率が増大する傾向が見られること、そのため、ZnをドープしたGaN系化合物半導体の層は、従来、絶縁層として使用されており、p型不純物としてMgを添加しても、Znの場合と同様に、GaN系化合物半導体の導電性はp型を示さなかったこと、低速電子線照射法、アニール法等の処理により、MgをドープしたGaN系化合物はp型化するようになり、これにより、GaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現できるようになったことが認められる。そうすると、当業者は、このようなGaN系化合物半導体については、「i型」を高抵抗の「絶縁層」とし、低抵抗のp型と区別して、前者を絶縁層である「i型」、後者を導電型の「p型」と呼んでいたと認められる。
ウ 原告らは、「i型」と「π型」は同一意義として認識され、しかも、
「π型」は軽くドープした「p型」であるから、「i型」は「p型」を意味し、かつ、「i型」と「n型」との接合がpn接合であると主張する。しかしながら、GaN系化合物半導体において、「i型」と「p型」とは、GaN系化合物半導体にp型不純物を添加したものを、その抵抗率の高低で区別する用語であること、その区別が、量子論上のものではなく、構造敏感な性質等による伝導率の相違に基づくものであることは、上記のとおりである。
原告らは、i型がπ型と同義であることの根拠として、G. JACOB ほか「GaN ELECTROLUMINESCENT DEVICES: PREPARATION AND STUDIES」(North-Holland Publishing Company 1978年発行、甲第17号証)及び特開昭61-56474号公報(甲第25号証)を提出するが、上記文献及び公報では、当該半導体がp型不純物のドープされたGaN半導体である上、GaN半導体以外、不純物が添加された半導体を「i型」と表記したものは証拠上見当たらない。垂井康夫「[改訂版]半導体デバイス」(社団法人電気学会1999年12月20日第2版第1刷発行、甲第24号証)には「i層」の表現が存在するが、「この中間層を真性半導体の意味でi層と呼ぶものである」(59頁20行目)と記載され、本件発明にいう「i型」とは意味が相違する。
また、S. M. ジィー「半導体デバイス」(産業図書株式会社昭和62年5月25日発行、甲第26号証)には、GaAs半導体が記載されているものの、p型不純物が添加されたGaN半導体の記載はなく、特開昭61-56474号公報(甲第25号証)には、「GaNはイオン結合性の強い結晶で、シリコン(Si)や砒化ガリウム(GaAs)などの共有結晶に比較して、結晶が不完全で、窒素(N)の空孔などの結晶欠陥を多く含んでいる」(1頁右下欄9行目〜12行目)と記載され、GaAsとGaNが性質上相違することが記載されていることに照らすと、GaAs半導体の性質からGaN半導体の性質も同一であると推認することは許されない。
エ 原告らは、正孔濃度を用いた伝導型の程度から判断すれば、「i型」は「p型」であり、「低抵抗p型」と区別されるものではないと主張する。
しかしながら、原告らが主張する伝導型の程度は、R. MADAR ほか「HIGH PRESSURE SOLUTION GROWTH OF GaN+」Journal of Crystal Growth 31 (1975)(North-Holland Publishing Company 発行、甲第30号証)の記載、すなわち、電子線照射、アニール等のポスト処理をしていないp型GaN結晶は、抵抗率σ=50Ωp、移動度μ=3p2V-1S-1との記載に基づいて正孔濃度に換算した2×1016/cm3の値と、低抵抗p型の正孔濃度の値とを、真性濃度10-10/cm3を原点とし、キャリア濃度1021/cm3を1にして正規化した導電型の程度の差を根拠としているところ、同証には、電子線照射、アニール等のポスト処理をしていないp型GaN結晶は、抵抗率σ=50Ωp、移動度μ=3p2V-1S-1との記載に続けて、「しかしながら、今までのところp型材料は多結晶の形態でしか得られていないことから、これらの最初の結果は確認が必要である」(202頁左欄23行目〜25行目)と記載されている。
また、同証を参考文献として引用する、Hiroshi AMANO ほか「P-Type Conduction in Mg-Doped GaN Treated with Low-Energy Electron Beam Irradiation (LEEBI)」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.28, NO.12(1989)(甲第15号証)には、「しかしながら、青色LEDの性能をさらに向上させるため、およびLDを実現するために、GaN薄膜の伝導性制御を達成すること、
特にp型GaN薄膜の開発が必要であろう。Madarなどはp型材料について報告(注、
甲第30号証)したけれども、高圧融液法によってつくられた彼らの結晶は多結晶であり、その特性が詳細に記述されていない。今までに GaN pn接合LED に関して報告されたことがない。」(L2112頁左欄22行目〜30行目)と記載されている。、
V. M. ANDREEV ほか「LUMINESCENCE PROPERTIES OF i-n, i-n-i AND n-i-n STRUCTURES MADE OF EPITAXIAL LAYERS GaN/α-Al203」Journal of Luminescence 35 (1986)(Elsevier Science Publishers B.V.(North-Holland Physics Publishing Division)発行、甲第22号証)は、「GaN LED の製造と調査に関する問題は多くの論文[1-10]及びレビュー[11-15]において議論されている。」(9頁左欄5行目〜7行目)と記載し、参考文献として、7年前の論文である Michel BOULOU ほか「RECOMBINATION MECHANISMS IN GaN:Zn」Journal of Luminescence 18/19 (1979)(North-Holland Publishing Company 発行、甲第32号証)を引用した上で、「しかしながら、GaN LED はまだ広く使用されておらず、
これはアクセプタ、特にZnをGaNにドープするのが困難なためであろう[16〜23]。現在までの所、p型GaNの製造に関しての信頼性のあるデータがない。」(9頁左欄7行目〜12行目)と記載し、「実際、平衡状態下でGaN中にp-n接合をつくるために利用できる方法は現在のところ存在しない。これが、Znで補償したi層を有するi-n構造が最も普及している理由である。」(同21行目〜24行目)と記載している。
特開平3-218625号公報(甲第8号証)には、「p型伝導性を示す結晶が得られたという報告は現在までにわずかに一件、R. Madar 等が高圧融液法により作製したものに限られる(Journal of Crystal Growth、31巻、1975年、197〜203頁)。R. Madar 等が作製した結晶は多結晶であり、また高圧融液法を用いているためp-n接合を用いた発光素子への応用は極めて難しい。」(2頁右上欄4行目〜11行目)と記載されている。
これらの記載によれば、電子線照射、アニール等の処理をすることなくpn接合型が可能なp型GaNの存在は、本件出願当時、当業者にとって周知の技術事項であったということはできないだけでなく、上記(1)ウに掲げた各文献の記載及び Shinji NAKAMURA ほか「Thermal Annealing Effects on P-Type Mg-Doped GaN Films」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.31(1992), NO.2B(甲第38号証)図1(L140頁)に、p型不純物が添加されたGaN半導体でアニールなどの処理がされていない「i型」の抵抗率は106Ωcmと記載され、他方、p型不純物が添加されたGaN半導体でアニール等の処理がされたものの抵抗率は100Ωcmと記載されるように、「i型」は低抵抗でないから、原告らの主張は失当である。
オ 原告らは、低抵抗と高抵抗の概念は相対的であり、GaNは、抵抗率でいえば、1028〜10-3Ωpで変化するので、「i型」と「p型」とは抵抗率で区別できず、両者ともに、量子力論上明確に定義された「p型」であると主張するが、上記のとおり、「i型」と「p型」は抵抗率により区別されているのであって、原告らの主張は失当である。
カ 原告らは、in接合であっても、pn接合と同様、注入型による発光機構であるとした上、発光機構により「i型」と「p型」が区別されていると主張するが、上記のとおり、「i型」と「p型」は、抵抗率により区別されているのであって、発光機構により区別されているものではないから、原告らの主張は理由がない。むしろ、当初明細書(甲第3号証)第8図(5頁)、平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行、乙第1号証)図-8(54頁右欄)に示されるように、i層、n型GaNから成るMIS型発光ダイオードの発光機構の解析が理論的に確立していたとはいえないから、発光機構を上記区別の根拠とすることは、その前提においても理由がない。
キ 原告らは、Niが「p層」と呼ばれるGaN系半導体と接合される電極としてAlより良好な金属であると主張する。しかしながら、上記のとおり、p型不純物を添加したGaN系半導体における「i型」と「p型」に上記導電性の相違がある以上、「i型」における電極としてAlよりNiの優れていることが実験的に見いだされたとしても、そのことから、直ちに、上記技術を「p型」に適用することまでも当業者に周知であったとは認められないから、原告らの主張は失当である。
(3) 原告らは、本件決定が「i型」と「p型」、「MIS型」と「pn接合型」を峻別することができるとした結果、本件補正が当初明細書の要旨変更に当たるとの結果に至ったにもかかわらず、「i型」及びMIS型の定義が不明であると主張する。
そこで、検討すると、当初明細書(甲第3号証)には、「【0002】【従来技術】従来、青色の発光ダイオードとしてGaN系の化合物半導体を用いたものが知られている。・・・そのn層の上にp型不純物を添加してi型のGaN系の化合物半導体から成るi層を成長させた構造をとっている(特開昭62-119196号公報、特開昭63-188977号公報)」(1欄31行目〜43行目)、
「【0003】【発明が解決しようとする課題】・・・特に、MIS(Metal Insulator Semiconductor)構造の発光ダイオードにおけるi層の電極の層構造については、特公昭57-46669号公報にて開示された程度であり、発光に係わるi層の電極の役割については全く論じられていないのが現状である。」(1欄44行目〜2欄8行目)と記載され、「i型」及び「MIS型」の用語が格別の定義もされずに従来技術として用いられている。また、平木昭夫監修「高輝度青色発光のための電子材料技術」(株式会社サイエンスフォーラム1991年12月30日発行、乙第1号証)の上記(1)イの記載によれば、本件出願当時、既に、i層から成る「MIS型」及び「i型」の概念は、当業者にとって周知の技術事項であったというべきであり、原告らの主張は失当である。
(4) 原告らは、取消事由の主張に関連して、技術的背景に係る本件決定の認定が誤りであると主張するので、この点について判断する。
ア 本件決定は、GaN系化合物半導体の性質を利用して構成される発光素子が「MIS構造」と「pn接合」とに大別されると認定する。原告らは、この認定が誤りであると主張するが、上記(3)のとおり、両概念は、当業者にとって周知の技術事項であったというべきであって、本件決定の上記認定は正当である。
イ 本件決定は、MIS構造について、絶縁層又は電極と絶縁層の界面近傍を発光させるものであると認定するところ、原告らは、この認定が誤りであると主張する。しかしながら、MIS型の発光箇所の問題は、「i層」を「p型不純物を添加した層」とする本件補正が当初明細書の要旨を変更するかどうかとは関係がないから、
その当否について判断するまでもなく、原告らの上記主張は失当である。
ウ 本件決定は、pn接合が、p型半導体とn型半導体とを接合させ、順方向電圧を印加して、p型半導体とn型半導体の界面近傍を発光させたものであると認定するところ、原告らは、この認定が誤りであると主張する。
しかしながら、原告らも、pn接合がp型半導体とn型半導体の界面近傍を発光させるものであることは認めており、これがMIS型にも該当することを主張するにすぎないから、本件決定の認定が誤りであることの理由とはならず、まして、
本件補正が当初明細書の要旨を変更するものであるかどうかの判断を左右するものではない。
エ 原告らは、GaN系化合物半導体において、Znを添加してもi型がp型化しないとし、また、Znを添加した層が、従来、MIS構造における絶縁層として使用されてきたとする本件決定の認定が誤りであるとも主張するが、いずれも、「i型」が量子論上「p型」であることを前提とした主張であって、その前提が誤りであることは上記のとおりであるから、前提を欠き失当である。
オ 本件決定は、低速電子線照射法、アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し、これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現した経緯があると認定するところ、原告らは、この認定が誤りであると主張するので、この点について判断する。
上記(2)エのとおり、Hiroshi AMANO ほか「P-Type Conduction in Mg-Doped GaN Treated with Low-Energy Electron Beam Irradiation (LEEBI)」JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.28, NO.12 (1989)(甲第15号証)には、それまでに、GaN pn接合LED に関して報告されたことがない旨の記載があり(L2112左欄29行目〜30行目)、Michel BOULOU ほか「RECOMBINATION MECHANISMS IN GaN:Zn」Journal of Luminescence 18/19 (1979)」(North-Holland Publishing Company 発行、甲第32号証)には、その当時、GaN LED はまだ広く使用されておらず、これはアクセプタ、特にZnをGaNにドープするのが困難なためであると考えられ、当時、p型GaNの製造に関して信頼性のあるデータはない旨の記載がある。
特開昭59-228776号公報(甲第33号証)には、「GaN材料は、通常不純物未添加の状態ではNの空格子点のためにn型になり、ZnまたはMgなどのアクセプター・ドーパントを添加しても、高抵抗になるだけでp型エピ膜を形成することができない。従ってGaNの場合も通常は発光素子としてMIS構造をとる。
たとえば(S)層としてノンドープGaNを用い、(I)層として、Zn添加GaNを用い、
(M)としてInを用いてMISを形成するが、動作電圧が7.5〜10Vと高くなる欠点がある。SiC材料は、通常アクセプターとしてAl、ドナーとしてNを添加してpn接合を形成することができるが、結晶多形の制御が困難であるうえに、発光機構がバンド間の間接遷移によるので、発光効率が低いという欠点がある。本発明はこれらの欠点を解決するために、AlN,AlXGa 1-X N(0 また、特開平2-229475号公報(甲第34号証)には、「今までに製作されているGaNを用いた発光素子の全てが、原理的に低発光効率であるMIS型である」(2頁左上欄3行目〜5行目)、「サファイアとGaNは結晶構造が似ているという理由のみで、常にサファイア上にGaNが成長されている。その結果として、p形或いはn形層にZnを添加した高抵抗のGaNしか得られていない。その最も大きな理由は、前述した大きな格子不整合によると考えられる。」(2頁左上欄7行目〜12行目)、「従って、本発明と従来技術との差異は、次の二点である。第一の差異は、本発明では基板と基板上に成長した結晶の格子定数が整合しているのに対して、従来のものは格子不整合であったことである。この格子不整合のため、
従来の結晶では、結晶中に転位等の多くの欠陥が生じ、伝導型制御ができなかったり、あるいは注入したキャリアの寿命が発光再結合にかかる時間より短かったりした。そのため、従来は発光効率の極めて低いMIS型の発光素子しか作れなかった。」(2頁左下欄末行〜右下欄10行目)と記載され、実施例3に「Znドープp形InGaAlNクラッド層20,Znドープp形InGaAlN埋め込み層21」(5頁右下欄17行目〜19行目)が示されている。他方、p型GaN系化合物半導体が格子整合性を考慮することよって形成し得る旨の記載がある証拠はほかになく、上記公報の記載により、直ちに、p型GaN系化合物半導体について、現実に実現の可能性があったとまで認めることはできない。
以上の証拠を総合すれば、低速電子線照射法、アニール法等によりMgをドープしたGaN系化合物半導体がp型化し、これによりGaN系化合物半導体においてもpn接合型発光素子が実現した経緯があるとした本件決定の認定は正当というべきであり、原告らの主張は失当である。
2 以上のとおり、原告ら主張の決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条65条1項本文を適用して、
主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利