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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成12ワ12728特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成16ワ14710特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明の詳細な説明 /  実施料相当額 /  出願経過 /  均等 /  置き換え /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  実施 /  権原 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  実施料 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 25030号 特許権侵害差止等請求事件
原告 株式会社マーク・テック
訴訟代理人弁護士 小南明也
被告 株式会社安川電機
訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 富岡英次
補佐人弁理士 大塚文昭
同 竹内英人
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/04/24
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録記載の省エネ制御搭載形インバータを製造し,販売し,若しくは販売の申出をしてはならない。
2 被告は,その占有する上記装置を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金5000万円及びこれに対する平成11年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,別紙物件目録記載の省エネ制御搭載形インバータ(以下「被告装置」という。)を製造するなどの被告の行為が原告の有する特許権を侵害するとして,製造等の差止め等と損害賠償の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない。) (1) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有している。
(ア) 発明の名称 交流誘導電動機の電力節減回路 (イ) 出願日 昭和61年5月30日 (ウ) 登録日 平成9年2月13日 (エ) 特許番号 第2606823号 (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A 電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段と, B 前記電動機の最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値が予め記憶されている記憶手段と, C 前記記憶手段に記憶されているコイル電流値に対する,前記電流検出手段が検出した電流の実効値の比率を求め,該求めた比率に応じたデータを出力する比率判別手段と, D 前記比率判別手段から出力されるデータに応じて前記電動機への供給電圧を制御する制御手段と, E 前記電動機へ供給する電圧の波形を滑らかにする平滑回路と F を具備してなる交流誘導電動機の電力節減回路。
(3) 被告の行為 被告は,業として,被告装置を製造販売している。
(4) 被告装置の構成 被告装置の構成は,別紙物件目録記載のとおりである。
なお,別紙物件目録記載の被告装置に該当する商品として,商品名「VS-616G3plus」,「VS-616PC5/616P5」,「VSminiV7」,「VSG7(Varispeed G7)」,「VSF7(Varispeed F7)」がある。
2 争点及び当事者の主張 (1) 被告装置と本件発明との対比 ア 構成要件Aの充足性 (原告の主張) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Aを充足する。
本件明細書の特許請求の範囲の記載中の構成要件Aに係る部分(以下「構成要件A」という。以下同じ。)は「電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段」と記載されている。
「電流検出手段」とは,電流の実効値「のみ」を用いて検出する手段を指すと限定すべきではなく,現在の負荷トルクの状態を推定するため,誘導電動機に供給される電流値と最大負荷トルクに対応する電動機のコイル電流値の比率を求めることができる方法のすべてを含むと解すべきである。
これに対して,被告装置は,3相交流回路の定常性の原理に基づいて瞬時電流iと瞬時電圧から計算によって有効電力P(実効値)を求めている。この有効電力P(実効値)は,√3×(線電流の実効値)×(線間電圧の実効値)×(力率)によって求められるのであるから,被告装置では,電流,電圧の各実効値を求めていることに他ならない(下記式参照)。
P=√3×(iX%)×V*optx%×cosθ x% したがって,被告装置において,被告装置における瞬時電流検出器5は,構成要件Aの「電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段」に該当する。
(被告の反論) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Aを充足しない。
(ア) 本件発明の構成要件Aにおける「電流の実効値を検出する電流検出手段」とは,本件明細書における「発明の詳細な説明」欄において,「負荷力率等の複雑な計算をせず,単に電流値から負荷トルクを推定し,この推定結果に基づいて電動機へ印加する電圧を制御するようにしたもので,従来の装置に比較し,回路構成が簡単であ(る)」(本件明細書3頁左欄4ないし8行目)と記載されていることや,出願経過によれば,「電動機の負荷トルクを推定するための手段として,電流の実効値」のみを用いる電流検出手段を意味すると解すべきである。
(イ) これに対して,被告装置においては,そもそも,以下の式のとおり,3相交流モータの各相の瞬時の電圧指令と電流の積を求め,それらすべての和として瞬時の電力を求めているのであって,電力の演算中に出力電流の実効値を使用していない。
U相の電圧(Vu)=√2V Sin ωt (Vを実効値という) V相の電圧(Vv)=√2V Sin(ωt-120度) (Vを実効値という) W相の電圧(Vw)=√2V Sin(ωt-240度) (Vを実効値という) U相の電流(Iu)=√2I Sin ωt (Iを実効値という) V相の電流(Iv)=√2I Sin(ωt-120度) (Iを実効値という) W相の電流(Iw)=√2I Sin(ωt-240度) (Iを実効値という) P(瞬時電力)=Vu×Iu+Vv×Iv+Vw×Iw したがって,被告装置は構成要件Aを充足しない。
(ウ) 原告は,被告装置における有効電力Pの算出式には,力率であるcosθx%が条件の1つとして入っていることを根拠として,被告装置が実質的に電流の実効値を用いていると主張する。しかし,前記のとおり,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載等に照らすと,「電動機の負荷トルクを推定するための手段として,電流の実効値」のみを用いる場合を意味するものと解すべきであるから,原告の主張は失当である。被告装置においては,瞬時電流iと瞬時電圧とから計算により有効電力Pを求めているものであり,電流の実効値のみを基に負荷トルクを推定するという構成は採用していない。
構成要件Bの充足性 (原告の主張) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Bを充足する。
本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値」については,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算上算定することが可能である場合を含むと解すべきである。
これに対して,被告装置においては,「最大負荷トルク(負荷トルク率100%)に対応するコイル電流値」が,下記式のとおり定められている。
i100% =V*/(k2×√3×cosθ 100% ) すなわち,100%負荷時(電動機の最大負荷トルク)に対応するコイル電流値(実効値)が,V*(電圧指令),k(モータ毎に決まる定数),cosθ100%(100%負荷時の力率)によって表される。
そしてV*は,f1* (目標速度)を定めることで,V/F設定部15に設定されたV/Fパターンに沿って導かれる。また,k=K×(f1*)1/3 であり,Kはモータ毎に定まる定数であり,f1*は設定値である。cosθ 100% は100%負荷時の力率であるが,これは,それぞれの誘導電動機(モータ)によって定まった値であるから,定数である。そうすると,f1*という目標速度を設定するだけで,100%負荷時の回路抵抗値(k2×√3×cosθ 100% )が導かれ,これと予め記憶されたV*から,「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」(i100% )が計算により求められることになる。
よって,被告装置には,「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」(i100% )が固定値として記憶されているといえるから,構成要件Bを充足する。
(被告の反論) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Bを充足しない。
(ア) 本件発明の構成要件Bにおける「最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値」とは,各電動機によって定まる固定値,すなわち,稼働中に書き換えられることはない値を指すと解すべきである。
これに対して,被告装置では,瞬時電圧と瞬時電流の積である有効電力Pに基づいて最適電圧指令V*optを算出し,さらにそのV*optで稼動した電動機に流れる瞬時電流iとV*optの積である新たな有効電力Pに基づき新たな最適電圧指令V*optを求めるという操作を繰り返しており,省エネ制御のためのV*optは常時更新されている。
したがって,被告装置においては,最大負荷トルクに対応する固定値としてのコイル電流値を対象としていないのであるから,構成要件Bを充足しない。
(イ) 原告は,本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値」について,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算上算定することが可能である場合を含むと解すべきであると主張する。
しかし,本件明細書の「発明の詳細な説明」の〔発明の効果〕欄には,「上記電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を記憶させるため,そのデータの取得が極めて容易であり,かつ,記憶手段の記憶容量がより小さくて済むという効果を有している。」と記載されているとおり,計算をすることによって値を求めることができる場合を含むと広く解することはできない。
これに対して,被告装置は,このような計算は行っていない。
この点,原告は,被告装置における電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値は,V*/(k2×√3×cosθ 100% )で表すことができると主張する。しかし,最大負荷トルク時のcosθの値を計算するためには,モータの定数が必要であるが,被告装置においては,これらのデータをすべて記憶しているわけではないから,上記式によって,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算することはできない。
(ウ) 本件発明の構成要件Bによれば,電動機の最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値を「予め記憶されている記憶手段」が必須である。
これに対して,被告装置では,以下のとおり,電動機に固有の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を「記憶した記憶手段」は存在しない。
被告装置において,V/F設定部15から出力される信号(電圧指令V*)は,切替手段14がa側に接続された状態であって,電動機6が目標速度に到達するまで加速されている間,パルス幅変調回路16と乗算器10へ伝わる。しかし,電動機6が目標速度に到達した後は,前記切替手段14がb側へ接続された状態(効率最大演算回路9において最適電圧指令V*optがパルス幅変調回路16と乗算器10へ出力される状態)では,V/F設定部15の出力信号(電圧指令V*)が遮断され,どこにも伝わることはないのであるから,コイル電流値を「記憶した記憶手段」は存在しないことになる。
なお,原告は,被告装置では計算によってはじめて電動機のコイル電流値が求められる場合を含むと主張しているが,原告の同主張は,最大負荷トルクに対応するコイル電流値が固定値としては記憶されていないことを前提としている。すなわち,原告自ら構成要件Bにおける記憶装置を被告装置が具備していないことを認めている。
構成要件Cの充足性 (原告の主張) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Cを充足する。
すなわち,被告装置においては,X%負荷時の定常状態における最適電圧指令は,下記@式によって表される。
V*optx%=k2×√3×(i X%)×cosθ x% ・・・@ また,被告装置においては,下記A式が記憶されている。
V*=k2×√3×(i 100% )×cosθ 100% ・・・A @式をA式で除し,式を整理すると,下記式が導かれる。
V*optx%=V*×{(iX%)/(i 100% )}×{cosθ x%/cosθ 100% }・・・B 上記Bの式は,本件発明の構成要件Cの「比率に応じたデータ」に当たり,乗算器13を含めた効率最大演算回路9が,演算をしてV*optx%を算出している。
したがって,被告装置は,構成要件Cを充足する。
(被告の反論) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Cを充足しない。
(ア) 被告装置においては,本件発明の構成要件Aの「実効値」を検出していないし,また,構成要件Bの「コイル電流値」を算出も記憶もしていないから,両者の比率を判別する手段を有していない。したがって,被告装置は,構成要件Cを充足しない。
(イ) 原告は,被告装置においては, V*optx%=V*×{(iX%)/(i 100% )}×{cosθ x%/cosθ 100% } の式により,V*optx%(X%負荷時の定常状態における最適電圧指令)を求めているから,構成要件Cを充足する旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,本件発明の特徴は,構成要件Aの検出した供給電流の「実効値」と構成要件Bの固定値として記憶された「コイル電流値」の比率のみから電動機の負荷トルクを推定したことによって簡易で安価な装置を実現した点に存する。装置稼動中に変動する力率を更に用いてV*optx%を求める操作を行なう方法は,構成要件Cにおける「電流検出手段が検出した電流の実効値の比率を求め」る方法ということはできない。
したがって,被告装置は,構成要件Cを充足しない。
構成要件Dの充足性 (原告の主張) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Dを充足する。
被告装置では,効率最大演算回路9から送られた最適電圧指令は,パルス幅変調回路16に送られ,そこで作成されたパルス幅変調信号はゲートドライブ回路8に送られる。ゲートドライブ回路8では,ゲート信号を作成し,このゲート信号によってインバータ部4の出力電圧が決定される。インバータ部4の出力電圧は,電動機6に送られる。このように,被告装置では,比率判別手段で出力されたデータ(最適電圧指令)に応じて電動機への供給電圧を制御している。
したがって,被告装置のパルス幅変調回路16,ゲートドライブ回路8,インバータ部4は,構成要件Dの「制御手段」に該当する。
(被告の反論) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Dを充足しない。
被告装置は,構成要件Cの「比率判別手段」を有していないから,そこから出力されるデータに応じて電動機への供給電圧を制御する制御手段も有していない。よって,構成要件Dを充足しない。
構成要件Eの充足性 (原告の主張) (ア) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Eを文言上充足する。
本件発明の構成要件Eにおける「平滑回路」とは,その名称を付すか否かにかかわりなく,電動機へ供給する電圧波形を滑らかにする回路を指すと解すべきである。
これに対して,被告装置においては,平滑回路それ自体は独立して存在しないが,コンバータ部2によって入力される交流電源が,いったん直流電源に変換された上で,インバータ部4によって3相交流に変換され,上記交流が電動機6に送り込まれている。インバータ部4は,PWMインバータ方式を採用しているが,PWM方式ではウエーブフォームジェネレータを備えており,電流波形はほぼ完全な正弦曲線になるように設計されている。
したがって,被告装置のインバータ部4は,平滑回路を組み込んでいるので,構成要件Eの「平滑回路」に当たる。
(イ) 被告装置における「平滑回路」は,以下のとおり,構成要件Eの「平滑回路」と均等である。
すなわち,@本件発明の本質的部分は,構成要件Cの比率判別手段にあり,構成要件Eは本質的部分ではなく,A「平滑回路」を「インバータ部4」に置き換えても本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏することができるものであり,B被告装置に採用されているスイッチング素子としてIGBTを用いた電圧型PWMインバータ方式は,被告装置の製造販売が開始された平成7年頃には一般化しており,置き換え容易に想到できたものであり,C出願時には,スイッチング素子としてIGBTを用いた電圧型PWMインバータ方式は存在しておらず,Dしたがって出願手続において意識的に除外することもあり得ない。
したがって,被告装置の「インバータ部4」は,構成要件Eの「平滑回路」と均等である。
(被告の反論) (ア) 被告装置は,以下のとおり,本件発明の構成要件Eを文言上,充足しない。
被告装置には,本件発明の構成要件Eの平滑回路に相当する特定の回路自体が存在しない。また,被告装置の出力電圧波形は,正弦波ではなく,直流電圧をスイッチングして得られた方形波状のパルス幅変調電圧波形であり,高調波成分を多く含むものである。被告装置には,高調波成分を除去し,印加電圧を正弦波に近づける機能を有する回路は存在しない。被告装置は,構成要件Eを充足しない。
(イ) 構成要件Eの平滑回路が発明の本質的部分でないとはいえないし,出願手続においても,パルス幅変調(PWM)方式のインバータは特許請求の範囲から意識的に除外されているから,被告装置の「インバータ部4」は,構成要件Eの「平滑回路」と均等とはいえない。
(2) 損害額 (原告の主張) ア 販売数量 本件特許権が登録された平成9年2月13日時点で,既に,被告装置は,被告における主力商品となっており,その販売数量は少なく見積もっても年間1万台は下らない。
イ 被告装置の単価 被告装置は,適用電圧(200V級,400V級),最大適用モータ容量(3.7kWから300kWまで17段階)などに応じて多数の商品構成を有し,その販売単価は,3万円程度から数百万円である(ただし,主力商品は10万円から20万円程度である)。
ウ したがって,1台当たりの単価を5万円として,少なく見積もっても年間売上額は5億円(=1万台×5万円)となる。
そこで,本件特許権が登録された平成9年2月13日から,本訴提起(平成11年11月9日)までの約2年9か月の売上額は少なく見積もっても13億7500万円である。
被告は本件装置の販売により,1台当たり10%以上の利益を得ている。また,本件発明の実施料相当額としては,1台当たり8%が相当である。
エ よって,原告は,被告に対して,@主位的に,特許法102条2項に基づき,金1億3,750万円(=金13億7500万円×0.1)の内金として,A予備的に,同法102条3項に基づき,本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭として,金1億1,000万円(=金13億7500万円×0.08)の内金として,いずれの場合も5000万円を請求する。
(被告の反論) 争う。
争点に対する判断
1 被告装置の構成要件Aの充足性について 本件発明の構成要件Aには,「電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段」と記載されている。そこで,被告装置における瞬時電流検出器5,A/D変換器7,乗算器10が,構成要件Aの「電動機へ供給される電流の実効値を検出する電流検出手段」に当たるか否かについて検討する。
(1) 被告装置においては,瞬時電流検出器5において,インバータ出力の瞬時電流を検出する。そして,これをA/D変換器7において,瞬時電流検出器5から出力されるアナログ信号をデジタル信号に変換した上,この瞬時電流(i)を,乗算器10に送る。乗算器10では,V/F設定部15から出力される電圧指令V*又は乗算器13から出力される最適電圧指令V*optを,それぞれ実効値から瞬時値に変換した上で,前述の瞬時電流(i)に乗じて,有効電力(P)を求める。さらに,上記有効電力(P)は,3相交流モータの各相について,上記のとおり瞬時電流と瞬時電圧指令との積を求めた上,これらを3相分合計して算出する(争いがない)。
以上によれば,被告装置においては,有効電力を求めるに当たり,瞬時電流と瞬時電圧との積の総和によっているのであって,電流の実効値を検出してはいない。
(2) この点について,原告は,被告装置において,有効電力Pは, P=√3×(iX%)×V*optx%×cosθ x% の式で表すことができるから,これは電流,電圧の各実効値を求めていることに他ならないと主張する。
しかし,被告装置において,有効電力(P)は上記認定のとおり,瞬時電流と瞬時電圧の積の総和から求めているのであって,線間電圧の実効値(V*optx%),力率(cosθx%)等を用いていないことが明らかである。
以上の検討によれば,被告装置は構成要件Aを充足しないというべきである。
2 被告装置の構成要件Bの充足性について 本件発明の構成要件Bには,「前記電動機の最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値が予め記憶されている記憶手段と,」と記載され,最大負荷トルクに対応するコイル電流値が装置に記憶されていることが必須とされている。
(1) 本件発明の構成要件Bにおいては,上記のとおり,最大負荷トルクに対応するコイル電流値が装置に記憶されていることが必要と解すべきである。 これに対して,被告装置においては,瞬時電圧と瞬時電流の積である有効電力Pに基づいて最適電圧指令V*optを算出し,さらにそのV*optで稼動した電動機に流れる瞬時電流iとV*optの積である新たな有効電力Pに基づき新たな最適電圧指令V*optを求めるという操作を繰り返しており,省エネ制御のためのV*optは常時更新されている。
したがって,被告装置においては,最大負荷トルクに対応する固定値としてのコイル電流値を対象としていないのであるから,そもそも記憶させることもないことになり,被告装置は,構成要件Bを充足しない。
(2) この点,原告は,本件発明の構成要件Bの「最大負荷トルクに対応する前記電動機のコイル電流値」について,電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を計算上算定することが可能である場合を含むと解すべきであることを前提とし,被告装置においては,「最大負荷トルク(負荷トルク率100%)に対応するコイル電流値」が,(i100% = V*/(k2×√3×cosθ 100% )の式のとおり定められており,これは,100%負荷時(電動機の最大負荷トルク)に対応するコイル電流値(実効値)がV*(電圧指令),k(モータ毎に決まる定数),cosθ100% (100%負荷時の力率)によって表され,これらはいずれも記憶された数値ないし定数であるから,被告装置には最大負荷トルクに対応するコイル電流値が記憶されていると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおりの理由から採用できない。
ア まず,本件明細書の「発明の詳細な説明」の〔発明の効果〕欄には,「上記電動機の最大負荷トルクに対応するコイル電流値を記憶させるため,そのデータの取得が極めて容易であり,かつ,記憶手段の記憶容量がより小さくて済むという効果を有している。」と記載されているとおり,計算をすることによって値を求めることができる場合を含むと広く解することはできない。原告の主張は前提において採用できない。
イ のみならず,被告装置においては,前記のとおり,最大負荷トルクに対応するコイル電流値が装置に記憶されていないこと(争いがない),本件全証拠によっても,被告装置において,原告主張の上記式のcosθ100% (100%負荷時の力率)が記憶されているとはいえないことから,被告装置において,原告主張のような計算式で最大負荷トルクに対応するコイル電流値が計算可能であるとも認められない。
以上の検討によれば,被告装置は構成要件Bも充足しない。
3 被告装置の構成要件Cの充足性について 構成要件Cには,「前記記憶手段に記憶されているコイル電流値に対する前記電流検出手段が検出した電流の実効値の比率を求め,該求めた比率に応じたデータを出力する比率判別手段と,」と記載されている。
(1) 被告装置においては,本件発明の構成要件Aの「電流の実効値」を検出していないし,また,構成要件Bの「最大負荷トルクに対応するコイル電流値」を記憶していないから,両者の比率を判別する手段を有していない。したがって,被告装置は,構成要件Cを充足しない。
(2) この点について,原告は,構成要件Cの「前記記憶手段に記憶されているコイル電流値に対する前記電流検出手段が検出した電流の実効値の比率」とは,他の条件をも用いて,当該比率を計算の結果求められる場合も含まれることを前提として,被告装置においては, V*optx%=V*×{(iX%)/(i100%)}×{cosθx%/cosθ100%} の式により,V*optx%(X%負荷時の定常状態における最適電圧指令)を求めているから,構成要件Cを充足する旨主張する。
しかし,原告の上記主張は採用できない。
ア まず,構成要件Cにおける「該比率に応じたデータ」とは,電流の実効値と,最大負荷トルクに対応するコイル電流値との比率に応じたデータをいうが,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄(3頁左欄4行目ないし8行目)には「この発明によれば,負荷力率等の複雑な計算をせず,単に電流値から負荷トルクを推定し,この推計結果に基づいて電動機へ印加する電圧を制御するようにしたもので,従来の装置に比較し,回路構成が簡単であり」と記載され,これによれば,本件発明は,力率等を用いることなく,電流値から負荷トルクを推定するという簡易な構成により電圧制御を可能としたものであるから,他の条件をも用いて,計算の結果として比率を求めることができる場合は含まれないと解するのが相当である。したがって,力率等を入れて計算を行った上で,はじめて最適電圧指令を算出することができるような場合を含まない。原告の主張は前提において採用できない。
イ また,前記1,2で認定したとおり,被告装置においては,電流の実効値を検出しておらず,構成要件Bのコイル電流値(最大負荷トルクに対応するコイル電流値)についても装置に記憶されていないから,被告装置においてこれらの比率を求めることもあり得ない。
したがって,被告装置は,構成要件Cも充足しない。
結論
よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
追加
物件目録構成及び作用説明(1)被告装置の基本的構成被告装置は,主回路部PC,ゲートドライブ回路部8,制御回路部19,速度設定部18,A/D変換器(7,17)から構成される(図1参照)。
以下に各部の構成及び作用を説明する。
(2)主回路部PC主回路部PCは商用電源部1から出力される交流電圧を直流電圧に変換するコンバータ部2,変換された直流電圧を平滑する電力コンデンサ3,平滑した直流電圧から可変電圧可変周波数の交流電圧に変換して電動機6へ電圧を印加するインバータ部4,インバータ出力の瞬時電流を検出する瞬時電流検出器5からなる。
(3)ゲートドライブ回路部8ゲートドライブ回路部8は,制御回路部19中のパルス幅変調回路16から出力されるパルス幅変調信号を入力しインバータ部4の電力半導体素子のゲートへ出力するゲート信号を作成する。
(4)制御回路部19制御回路部19はCPU,メモリ等から構成されている。制御回路部19は速度設定部18から入力される目標速度に対応する周波数f1*と有効電力Pとに基づいて,電動機6の効率最大となる最適電圧指令V*optを効率最大演算回路9にて求める(*は,指令であることを示す)。効率最大演算回路9は,左記(1)式の演算をするものである。また,乗算器10では,V/F設定部15から出力される電圧指令V*及び乗算器13から出力される最適電圧指令V*optを,それぞれ実効値から瞬時値に変換したうえで,瞬時電流iに乗じて,有効電力Pを求めている。
演算器11はK×(P)1/2を演算する演算器,12は(f1*)1/3を演算する演算器,13は演算器11及び,12の出力を乗算し(1)式の最適電圧指令V*optを出力する乗算器である。
V*opt=K×(P)1/2×(f1*)1/3・・・・・・(1)ここで,Kはモータ毎に決まる定数,Pは有効電力である。電動機6が目標速度に到達するまでは,有効電力Pは乗算器10により,瞬時電流iとV/F設定部15から出力される電圧指令V*を実効値から瞬時値に変換した値との積から求める。なお,V/F設定部15は目標周波数f1*を入力して,対応する電圧指令V*を出力するものである。
切替手段14は,電動機6が目標速度に到達するまではa側に接続され,V/F設定部15に設定された周波数と電圧の関係を示すV/Fパターンにしたがって電動機6は加速される。電動機6が目標速度に到達した後は,前記切替手段14が自動的にb側に切替えられ,最適電圧指令V*optがパルス幅変調回路16へ入力される。そしてパルス幅変調回路16から出力されるパルス幅変調信号がゲートドライブ回路8へ出力される。同時に,乗算器10には電圧指令V*に代わり乗算器13からの最適電圧指令V*optが入力されるようになり,その後は,有効電力Pは乗算器10により瞬時電流iと最適電圧指令V*optを実効値から瞬時値に変換した値との積から求めることになる。
(5)速度設定部18速度設定部18は,モータの目標速度を設定する入力部である。図ではアナログ入力例を示すが,デジタル入力でもよい。
(6)A/D変換器(7,17)A/D変換器7は瞬時電流検出器5から出力されるアナログ信号をデジタル信号に変換するものであり,A/D変換器17は速度設定部18から出力されるアナログ信号をデジタル信号に変換するものである。
(別紙)図1
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 石村智