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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ12410損害賠償請求事件 判例 特許
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 加工方法 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  均等 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 1105号 特許権侵害差止等請求事件
原告 黒沢建設株式会社
訴訟代理人弁護士 及川昭二
同 奥村正策
同 菅生浩三
同 吉岡康博
同 北郷美那子
補佐人弁理士 石井良和
被告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 花岡巖
同 唐澤貴夫
同 飯塚暁夫
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/05/13
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,PCストランド(商品名フロボンド)を製造し,販売し,販売のために展示してはならない。
2 被告は,PCストランド(商品名フロボンド)及びその製造設備を廃棄せよ。
3 被告は,別紙「パンフレット1」及び別紙「パンフレット2」記載のフロテックアンカー工法及びスーパーフロテックアンカー工法の各パンフレットを頒布してはならない。
4 被告は,原告に対し,1億0190万5208円及び内金984万9790円に対する平成13年2月8日から,内金9205万5418円に対する平成13年6月23日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を各支払え。
事案の概要
本件は,PCストランドの防錆被覆方法に係る特許権を有する原告が被告に対し,PCストランド(商品名フロボンド)の製造のため使用している防錆被覆方法は,原告の上記特許権を侵害すると主張して,上記フロボンドの製造,販売の差止め及び損害賠償金の支払等を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,以下のとおりの特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有している。
発明の名称 PCストランドの防錆被覆方法 出願日 昭和63年7月21日 登録日 平成4年2月28日 特許番号 第1642772号 特許請求の範囲 複数の単線を撚り合わせたPCストランドを加熱した後,撚り拡げ機に連続して送り込み,該PCストランドの各単線間が互いに離反した状態に撚りを拡げ,その撚り拡げられた各単線に熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末を流動接触させて付着させ,該合成樹脂粉末を加熱溶融させた後,元の撚り合わせ状態に戻し,該PCストランドの内外に合成樹脂被覆層を形成することを特徴としてなるPCストランドの防錆被覆方法。
(2) 本件考案を構成要件に分説すると以下のとおりとなる。
A 複数の単線を撚り合わせたPCストランドを加熱した後, B 撚り拡げ機に連続して送り込み,該PCストランドの各単線間が互いに離反した状態に撚りを拡げ, C その撚り拡げられた各単線に熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末を流動接触させて付着させ, D 該合成樹脂粉末を加熱溶融させた後,元の撚り合わせ状態に戻し, E 該PCストランドの内外に合成樹脂被覆層を形成すること を特徴としてなるPCストランドの防錆被覆方法 (3) 被告は,業として樹脂コーティングPCストランド(商品名フロボンド,以下「被告製品」という。)を製造販売しているが,被告製品の製造に当たり,防錆被覆処置(その方法を以下「被告方法」という。)を施している(別紙製法説明図参照)。
(4) 被告方法の構成を分説すると以下のとおりである(もっとも,原告は,以下の分説について,いったん合意をしたが,後日,合意の内容と矛盾するかのような主張をする部分がある。)。
A’ PCストランドを樹脂粉末の融合温度より高い温度に加熱し, B’ ストランドオープナーによって中心線から側線を一時的に開き,側線を中心線の周りに初期のスパイラル状に戻す。
C’ 上記の開いた状態にある間及び閉じた状態において,ストランドを熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末で静電塗装し, D’ その後,ストランド外周表面に珪砂を付着させた後, E’ これら樹脂被覆層を加熱により硬化固化させ, F’ 側線と側線との隙間を樹脂で充填し,かつ,閉じたストランドの外面に塗膜を形成する PCストランドの防錆被覆方法 (5) 被告方法は本件発明の構成要件A,B及びDを充足する。
2 争点及び当事者の主張 (1) 被告方法における「熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末」は本件発明の構成要件Cの「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」に当たるか。
(原告の主張) 被告方法における熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末は,以下のとおりの理由から,本件発明の構成要件Cの「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」に当たると解すべきである。
ア 粉体塗装においては,熱硬化性樹脂粉末塗料及び熱可塑性樹脂粉末塗料はいずれも周知であり,任意に選択できるものである。
イ 本件特許出願時において,PCストランドに樹脂を使用して防錆被膜を形成する場合,その樹脂が熱硬化性であるか熱可塑性であるかは,樹脂の熱に対する特性としての区別であって,防錆被膜形成においては区別する必要はなかった。
特開昭60-110381号公報,特公昭60-8876号公報,特開昭60-87873号公報も防錆被膜形成において,熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂とを区別することなく同列に扱っている。
ウ 本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)においては,合成樹脂粉末を用いて防錆被覆を形成する旨記載されているが(2頁左欄18ないし25行目,2頁右欄41ないし42行目),熱硬化性樹脂粉末を意図的に排除する旨の記載はない。
エ 被告は,熱硬化性樹脂粉末の場合は,非可逆的な架橋反応が進んで熱硬化するため,槽内に硬化した樹脂が増加して正常な塗装ができなくなってしまう旨主張する。しかし,粉体塗装の場合,それが流動浸漬法であっても静電法であっても,1度使われ余剰となった粉体塗料については,塗装装置に取り付けられているサイクロン装置によって決められた粒子寸法より小さくなったもの及び異物は回収されるのであるから,被告が主張するような問題は生じない。
(被告の反論) 本件発明の構成要件Cの「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」は,以下のとおりの理由から,熱可塑性樹脂被覆粉末を意味し,被告方法における「熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末」を含まないと解すべきである。
ア 「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」を通常の意味で理解すれば,「熱可塑性樹脂」に限定され,「熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末」は含まれない。
イ 熱硬化性樹脂粉末塗料も熱可塑性樹脂粉末塗料も任意に選択できるにもかかわらず,特許請求の範囲において,「熱可塑性を有する」という限定を付している以上,熱可塑性樹脂に限定するのが合理的である。
ウ PCストランドにおいて,防錆性能その他の特性は鋼材表面の樹脂被覆層の性能に左右されるところ,熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とでは,機械強度や耐候性などの点でその性能が著しく相違しているので,被覆材料が熱可塑性樹脂か熱硬化性樹脂かは重要な相違である。
エ 熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂粉末も,加熱により溶融するが(そうでないとそもそも粉体塗料として用いることはできない),加熱により硬化が始まり,硬化後は加熱溶融性を失うのであるから,硬化後も加熱溶融を繰り返す熱可塑性とは異なる。硬化開始前に加熱溶融性を有するからといって,エポキシ樹脂粉末が熱可塑性を有することにはならない。
オ 本件発明のように,粉体塗料を「流動接触させて付着させ」る塗装方法は,流動浸漬法を意味するところ,流動浸漬法の場合,粒子密度が非常に高いため,槽内の残留粉体塗料が加熱されたPCストランドからの熱影響を受けやすい。
熱可塑性樹脂粉末の場合は,溶融後PCストランドに付着せずに冷却固化しても,再加熱により溶融し,被塗物に付着することができるが,熱硬化性樹脂粉末の場合は,非可逆的な架橋反応が進んで熱硬化するため,硬化した樹脂が再度溶融し被塗物に付着することができず,槽内には硬化した樹脂の量が次第に増加して正常な塗装ができなくなる。そのため,PCストランドのような長尺物を熱硬化性樹脂の粉体塗料で塗装する場合,流動浸漬法ではPCストランドを撚り拡げ機に「連続して」送り込むことはできない。また,PCストランドの撚りをいったん拡げて被覆する場合,粉体塗料が撚りを開くダイス部分に流出して溶融付着し,熱硬化性樹脂の場合はそこで非可逆的に硬化してその周辺に塊を形成し,最終的には各単線が通過する穴を塞いでしまうことになる。以上のとおり,PCストランドを流動浸漬法により塗装する場合,熱硬化性樹脂の粉体塗料を用いるのは,工業的にみて不可能であり,本件発明の構成要件Cの「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」が,このような工業的に使用不可能な熱硬化性樹脂を含むということはあり得ない。
(2) 被告方法の構成C’における「熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末」は,本件発明の構成要件Cにおける「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」の均等物といえるか。
(原告の主張) ア 粉体塗料には多くの種類があり,その選定に当たっては腐食環境が大きな要素であることは一般論として認められているのであるから,本件発明の構成要件Cが熱可塑性を有する樹脂と限定した点は,本件発明の本質的部分ではない。
イ 腐食環境に応じて粉体塗料を選択するのであるから,熱可塑性を有する樹脂を熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂に置き換えても本件発明の目的を達成できる。
ウ 熱可塑性を有する樹脂及び熱硬化性樹脂は周知の粉体塗装材料であり,相互に置き換えることは当業者にとって自明のことである。
エ したがって,被告方法における「熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂粉末」は本件発明の構成要件Cの「熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末」の均等物といえる。
(被告の反論) ア 本件発明の構成要件Cにおいて,PCストランドの腐食防止剤として熱可塑性を有する合成樹脂を使用することは本件発明の本質的部分である。
イ また,本件特許の出願時において,エポキシ及びポリスチレン等の防蝕性樹脂を静電塗装法又は流動浸漬法で粉体塗装すること(乙2の2)並びにPCストランドの撚りを拡げて腐食防止剤を被覆すること(乙2の3)は公知であった。
また,鋼撚線の各素線を回転筒の貫通孔に挿入して素線間の距離を拡大し,拡大部分において液体や気体などを供給して各素線を再び収束する技術(乙2の4)及び金属線状体の腐食防止を目的として,該金属線状体を加熱してエポキシ等の合成樹脂を該金属線状体の表面で熱溶融させ個化させることによって表面をコーティングする技術(乙2の5)も公知であった。そして,これらの発明は,いずれもPCストランドの分野に関するものであったから,当業者において,上記の各発明を組み合わせて被告方法に想到することは容易であった。したがって,被告方法は,本件特許の出願時における公知技術から当業者が容易に推考できたものである。
ウ 防錆塗装をPCストランドの内外に施すに当たり,エポキシ樹脂及び静電塗装を採用することは,当業者にとって第一に行う選択であったにもかかわらず,原告は,本件明細書の特許請求の範囲では,エポキシ樹脂粉末を記載しなかったのであるから,本件発明の技術的範囲からエポキシ樹脂粉末を意識的に除外したというべきである。
エ したがって,被告方法の構成C’は本件発明の構成要件Cと均等とはいえない。
(3) 被告方法における「静電塗装し」は,本件発明の構成要件Cの「流動接触させて付着させ」に当たるか。
(原告の主張) 粉体塗装であれば,流動浸漬法と静電塗装法の何れの塗装方法であっても,本件発明における心線及び側線間空隙部分に樹脂を充填することは可能であり,本件発明の目的は達成される。
被告は,流動浸漬法と静電塗装法とでは,被塗物と粉体塗料とは接触しない点及び粒子密度の点で異なる点を主張するが,いずれも効果に何ら差異はない。
したがって,被告方法における「静電塗装し」は,本件発明の構成要件Cの「流動接触させて付着させ」に当たる。
(被告の反論) 本件発明の構成要件Cにおける「流動接触させて付着させ」る方法は,その文言を素直に読めば,流動浸漬法(流動浸漬槽内に粉体塗料を入れ,下部から吹き込んだ空気の風力により粉体塗料を流動させ,この流動状態の粉体塗料の中に加熱した被塗物を浸漬し,被塗物が保有する熱を利用して付着させるという塗装法)を意味するものと解すべきである。これに対して,被告方法における塗装方法は,静電気を利用して粉体塗料を被塗物に付着させる静電塗装法であって,流動浸漬法とは別の塗装方法である。また,静電塗装法では,被塗物と粉体塗料とは接触しない。さらに,流動浸漬法と静電塗装法とでは,塗装時における被塗物付近の空間の粉体塗料の粒子密度が大きく相違する。すなわち,流動浸漬法においては流動中の粒子密度は非常に高く,「浸漬」という用語から想像されるとおり,塗装の際には被塗物を液体中に「浸す」ように塗装が行われるのに対し,上記静電塗装法においては,粒子密度が流動浸漬法に比べて極めて低く,先が透けて見える薄い粒子の霧が漂うように塗装が行われる。
以上のとおり,被告方法における「静電塗装し」は本件発明の構成要件Cの「流動接触させて付着させ」に当たらない。
(4) 構成要件Eの充足性 (原告の主張) 被告製品の側線間の隙間は,2か所が約0.1ミリメートルであり,その余の4か所は約0.03ミリメートルであるところ,この程度の隙間はPCストランドの撚り合わせの構造上避けられないものであり,被告製品にのみ生じるというものではない。また,0.03ミリメートルの被膜では防錆効果はない。
したがって,被告方法は構成要件Eを充足する。
(被告の反論) 本件発明の構成要件Eの「PCストランドの内外」とは,側線同士の接触点を境に内と外とを区別していることを前提としているというべきである。これに対し,被告製品においては,側線間には平均して約0.1ミリメートルの隙間が設けられており,各単線表面とPCストランド外周面の熱硬化性樹脂被覆層が上記隙間を介して一体となっているので,側線の内と外とを区別することはできない。被告方法による被覆の結果,より高い防錆性能が得られることになる(なお,ストランド内部においては,0.03ミリメートルの被膜でも防錆効果はある。)。
したがって,被告方法は構成要件Eを充足しない。
(5) 本件特許に無効理由があることが明らかであり,本件特許権に基づく権利主張は権利の濫用となるか。
(被告の主張) 特開昭60-110381号公報(乙2の2)には,PC鋼撚線の防錆処理としてポリエチレンやエポキシ樹脂を静電塗装又は流動浸漬粉体塗装することが開示されている。また,特開昭61-103633号公報(乙2の3)には,PCストランドの撚りを一時的に緩解させて各撚線を腐食防止剤で被覆する方法が開示されており,特開昭62-68639号公報(乙2の4)には,銅製撚線の各素線を,回転筒の貫通孔に挿入して素線間の距離を拡大し,拡大部分において液体や気体のほか,粉体や粒体などを供給し,素線群を再び収束して行う銅製撚線の加工方法が開示されている。
したがって,本件発明は,乙2の2ないし4記載の発明から容易に想到することができるから,本件特許には無効理由が存在することが明らかである。本件特許権に基づく請求は権利の濫用である。
(原告の認否) 争う。特開昭60-110381号公報及び特開昭61-103633号公報に記載された各発明から本件発明を想到することはできない。
(6) 損害額 (原告の主張) ア 被告は,自己が施工したフロテックアンカー工法及びスーパーフロテックアンカー工法の際にフロボンドを使用したが,これにより被告が得た利益は次のとおりである。
(ア) フロテックアンカーについて(平成4年7月から平成12年3月31日まで) 被告が平成4年7月から平成12年3月31日までの間に施工したフロテックアンカー工法に使用されたフロボンドの総重量は96万2238キログラムであり,フロボンド1キログラム当たりの価格は556円であるから,上記フロボンドの総額は5億3500万4328円となる。そして,粗利益率は少なくとも15パーセントを下らないから,上記フロボンドの使用により被告が得た利益は8025万0649円となる(このうち平成4年7月から平成9年10月までの間に得た利益は984万9790円である。)。
(イ) スーパーフロテックアンカーについて(平成11年6月から平成12年3月31日まで) 被告が平成11年6月から平成12年3月31日までの間に施工したスーパーフロテックアンカー工法に使用されたフロボンドの総重量は25万9647キログラムであり,フロボンド1キログラム当たりの価格は556円であるから,上記フロボンドの総額は1億4436万3732円となる。そして,粗利益率は少なくとも15パーセントを下らないから,上記フロボンドの使用により被告が得た利益は2165万4559円となる。
イ したがって,被告は,本件特許権の侵害により得た利益は1億0190万5208円(8025万0649円+2165万4559円)となる。
遅延損害金は,984万9790円(平成4年7月から平成9年10月までの間にフロテックアンカー工法の施工により得た利益)については平成13年2月8日から,その余の9205万5418円については平成13年6月23日から,それぞれ請求する。
(被告の認否) 争う。
当裁判所の判断
1 まず,本件特許に無効理由があることが明らかであり,本件特許権に基づく権利主張は権利の濫用となるかについて,先に検討する。
(1) 公知技術等 ア 本件特許の出願前に刊行された特開昭60-110381号公報(乙2の2)の特許請求の範囲欄の(1)には「PC鋼材に防蝕性樹脂を静電塗装又は流動浸漬粉体塗装により塗装することを特徴とするPC鋼材の防蝕方法」と,(2)には「PC鋼材がPC鋼撚線である特許請求の範囲第(1)項記載のPC鋼材の防蝕方法」と,(4)には「防蝕性樹脂がポリエチレン,エポキシの群から選ばれる一つである特許請求の範囲第(1)項記載のPC鋼材の防蝕方法」と,それぞれ記載されており,上記各記載からすると,上記刊行物には,ポリエチレン等の防蝕性樹脂を流動浸漬法によりPCストランドの表面に塗着させるPCストランドの防錆方法に係る発明が示されている。
イ 本件特許の出願前に刊行された特開昭61-103633号公報(乙2の3)の特許請求の範囲の(1)には「複数本の鋼線を撚って形成されたPCストランドの撚りを一時的に緩解させ,この状態下に腐食防止剤を供給してPCストランドの各撚線を腐食防止剤で被覆し」と,発明の詳細な説明欄には「一旦緩解されたPCストランドの撚りは,撚られた鋼線エレメント自体が有している発条性作用により,その後旧状に復するが,この場合にPCストランドは腐食防止剤を内部に云わば閉じ込めた状態を呈する(中略)。従って,PCストランドはその内外共に腐食防止剤で被覆されることになる」(2頁左下欄2ないし9行目)と,それぞれ記載されており,上記各記載からすると,上記刊行物には,PCストランドの撚りを一時的に緩解させた状態で,腐食防止剤で各単線を被覆し,その後,PCストランドを元の状態に戻すことにより,PCストランドを構成する各単線を腐食防止剤により被覆するという腐食防止方法に係る発明が示されている。
ウ 乙2の8には,粉体塗装における熱可塑性粉体塗料の例としてポリエチレンが紹介されていることから(19頁,135頁,136頁,137頁),特開昭60-110381号公報記載の発明の「ポリエチレン等の防蝕性樹脂」は本件発明の「熱可塑性を有する合成樹脂粉末」に相当すると解される。
(2) 進歩性の検討 ア 本件発明と特開昭60-110381号公報記載の発明とを対比すると,両者は,複数の単線を撚り合わせたPCストランドを加熱し,PCストランドに熱可塑性を有する合成樹脂被覆粉末を流動接触させて付着させ,該合成樹脂粉末を加熱溶融させることによりPCストランドに合成樹脂被覆層を形成させる点で一致するが,PCストランドを撚り拡げ機に連続して送り込み,該PCストランドの各単線間が互いに離反した状態に撚りを拡げ,その撚り拡げられた各単線に合成樹脂を塗着させ,その後撚り拡げられた各単線を元の撚り合わせ状態に戻すことにより該PCストランドの内側にも(各単線の周囲にも)上記合成樹脂被覆層を形成させる点で相違する。
イ そこで,上記相違点について検討する。
特開昭60-110381号公報と特開昭61-103633号公報とは,いずれも同一の技術分野に属するPCストランドの防錆方法についての記載がされているので,特開昭60-110381号公報に記載された技術に,特開昭61-103633号公報に記載された前記(1)イで認定した技術を適用することは当業者であれば容易に想到することができたといえる。また,PCストランドの撚りを拡げる手段として,PCストランドを撚り拡げ機に連続して送り込むという手段を採用することは,当業者であれば容易に想到できたといえる。
(3) 以上によれば,本件発明は,特開昭60-110381号公報及び特開昭61-103633号公報の記載に基づき当業者が容易に発明することができたものということができ,特許法29条2項の無効理由を有することは明らかである。
したがって,原告の本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用として許されない。
2 次に,被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて,念のため検討する。被告方法における「静電塗装し」は,以下のとおりの理由から,本件発明の構成要件Cの「流動接触させて付着させ」に当たらない。
(1) 構成要件の解釈 構成要件Cにおける「合成樹脂被覆粉末を流動接触させて付着させ」の意義について,「流動接触させて付着させ」は,静電塗装法を含まないと解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。
ア 粉体塗装とは,粉末の塗料を使用し,溶媒を使用せずに空気を媒体として塗装を行う方法をいい,溶剤型塗料を使用した塗装法に比べ,塗装性能,作業性に優れ,大気や水質の汚染を減少できるなどの利点があるため,昭和20年代後半に工業用として本格的に利用されるようになり,昭和60年代に入り汎用化された。
粉体塗装の塗装法には,主に@流動浸漬法,A静電塗装法,及びB静電流動浸漬法がある。このうち,@流動浸漬法とは,流動浸漬槽内に樹脂粉末を入れ,下部から空気を吹き込み粉末を流動させ,あらかじめ加熱した被塗物を浸漬し,被塗物が保有する熱によりその表面に樹脂粉末を融着させて塗膜を形成させる方法であり,A静電塗装法とは,静電ガンにより粉体塗料に電荷を与えることにより,これを被塗物に静電的に塗着させる方法であり,B静電流動浸漬法とは,流動槽内で流動している粉体塗料に静電気を帯びさせることにより,これを被塗物に静電的に塗着させる方法である。静電塗装法においても,被塗物が空隙の多い場合や塗着する塗膜を厚くしたい場合には,被塗物を予熱することがある。(乙2の8) イ ところで,@本件発明の構成要件Cの「合成樹脂粉末を流動接触させて付着させ,」の後には,続いて「該合成樹脂粉末を加熱溶融させ」と記載されていること,A本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「各単線毎にその全周面に樹脂材料が付着し,各単線の熱にて溶融される。」(2頁左欄20ないし21行目),「合成樹脂被着槽5は,撚り戻し機4によってPCストランド2が各単線2a毎に互いに離反している状態にあるときに,その各単線2aにポリオレフイン系の接着性を有する熱可塑性合成樹脂粉末を付着させるようにしているものであり,第3図に示すように原料収容槽14内にその底面のキャンパス15を通して送風機16より送風し,これによって合成樹脂粉末を浮揚させる。」(2頁右欄6ないし13行目),「このブロワー20によってガイドパイプ17内に原料収容槽14内の空気を強制循環させることにより浮揚している合成樹脂粉末をガイドパイプ17内に吸い込みPCストランド2に接触させるようにしている。」(2頁右欄20ないし24行目)と各記載されていること,B本件明細書及び明細書に添附された図面には,粉体塗料に電荷を与えることに関する記載が全くないこと等の諸点に鑑みると,構成要件Cにおける「(合成樹脂被覆粉末を)流動接触させて付着させ」る方法は,前記の流動浸漬法を指すものであり,静電塗装法を含まないと解するのが相当である。
(2) 対比 これに対して,被告方法は,静電塗装法であることは争いがない。したがって,被告方法の「静電塗装し」は,本件発明の構成要件Cの「流動接触させて付着させ」に当たらない。
3 以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 佐野信