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関連審決 無効2001-35091
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  出願公開 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  間接侵害 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 2916号 特許権損害賠償請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 山口 三惠子
補佐人弁理士 伊藤充
被告 松下通信工業株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
補佐人弁理士 龍華明裕
同 森田耕司
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,原告に対し,1億8195万円及びこれに対する平成12年2月22日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
事案の概要
原告は,車両ナビゲーション方法に関する特許発明の特許権者であり,被告は情報・通信機器等の製造販売を行う会社である。本件において,原告は,被告が製造販売する車両ナビゲーション装置は原告の特許発明実施にのみ使用する物であり原告の特許権を侵害する(特許法101条2号)と主張して,被告に対し,特許権侵害に基づき損害賠償を求めている。
1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告は,次の特許権を有している(以下,「本件特許権」といい,その特許発明を「本件特許発明」という。)。
特許番号 第2722365号 発明の名称 車両ナビゲーション方法 出願年月日 昭和60年4月20日 出願番号 特願平4-110648(特願昭60-83632の分割出願) 公開年月日 平成7年3月17日 登録年月日 平成9年11月28日 (2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲4。以下「本件公報」という。〕参照)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「衛星航法等絶対位置検出装置で検出される緯度経度情報等車両の絶対位置情報と,各走行情報検出器(走行距離計及び走行方向検出器等)で検出される車両の走行情報と,各アークの分岐関係を含む情報を有する相対モード地図情報と,該相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する絶対モード地図情報に基づき,前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し,相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき,前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示することを特徴とする車両ナビゲーション方法。」 (3) 本件明細書には,本件特許発明の効果に関して次の記載がある。
「本発明によれば,衛星航法等絶対位置検出装置で検出される絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し,相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと,車両の各走行情報から算出される走行パターンとの比較により相対モード地図情報上の前記車両の位置を求めることができるので,例えば,オートバイのように,極狭い道(地図情報にない通路や駐車場)を通過する場合等,相対モードによる車両の位置を見失った場合でも,衛星航法の絶対位置情報と行情報検出器の相対位置情報により車両の走行経路上への自動復帰が可能となる等確実正確で人の判断操作の不要な優れた車両のナビゲーションを実現できる。」(本件公報10欄4行目〜16行目参照) (4) 被告は,平成11年11月28日から平成12年2月15日までの間に,下記の製品型番の車両ナビゲーション装置(以下,これらを「被告装置」と総称する。)を製造販売した(ただし,「モニターなし」の表示のある製品は,原告主張の車両ナビゲーション方法を表示する機能を備えていない。)。
CN-VW007XD(モニターなし) CN-VW007ZD(モニターなし) CN-DV007D(モニターなし) CN-DV2000VD CN-DV2000D(モニターなし) CN-DV2500D(モニターなし) CN-DV2500VD CN-DV2001VD CN-DV2001SD CN-DV2020TD(モニターなし) CN-DV2020TWD CN-DV2000TD(モニターなし) CN-DV2000TWD CN-DV2001WD CN-DV2520ID(モニターなし) CN-DV2520IXD CN-DV2020TSD CN-DV2000TSD 2 本件の争点 (1) 被告装置の構造及び作用等は,どのようなものか(争点1) (2) 被告装置による車両ナビゲーションの方法は,本件特許発明技術的範囲に属するものか(争点2) (3) 被告装置は,本件特許発明実施にのみ使用する物(特許法101条2号)に該当するか(争点3) (4) 本件特許発明には明らかな無効理由が存在し,これに基づく原告の損害賠償請求権の行使は,権利の濫用に当たり許されないか(争点4) (5) 原告の損害額(争点5) 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(被告装置の構造・作用等)について 【原告の主張】 ア 前記1(4)記載のすべての被告装置は,別紙物件目録(原告主張)1に記載のとおりの構造及び作用等を備えるものである。この目録は,被告会社のカーエレクトロニクス事業部及びカーシステム事業部所属の従業員が執筆した「カーナビゲーションシステム」と題するレポート(平成6年12月発行の「National Technical Report」誌〔甲1〕に掲載。以下「被告レポート」という。)の記載に基づくものである。
イ 被告装置のうち,DV2520シリーズの装置は別紙物件目録(原告主張)2に記載の構造及び作用等を,007シリーズの装置は,別紙物件目録(原告主張)3に記載の構造及び作用等を,それぞれ備えている。
なお,物件目録(原告主張)2は,平成11年12月発行の被告会社及び松下電器産業株式会社作成のDV2520シリーズ製品カタログ(甲3)の記載に基づくものであり,物件目録(原告主張)3は,平成9年11月発行の被告会社及び松下電器産業株式会社作成の007シリーズ製品カタログ(甲2)の記載に基づくものである。
【被告の主張】 被告装置の構造・作用等は,別紙物件目録(被告主張)に記載のとおりである。この目録は,前記被告レポートの記載を忠実に反映したものであり,実際の被告装置の技術内容を表す妥当なものである。
原告は,製品カタログ(甲2,3)の記載を根拠に3つの種類の物件目録を主張しているが,妥当でない。上記カタログの作成に関与した被告会社従業員の陳述書(乙14)には,被告レポートに記載されている「『データの位置・方位とを比較・照合する』という表現をそのままカタログに記載すると,ユーザーにとってマッチング処理の内容が解りにくく,商品の魅力を伝えるのに不十分であると判断しました。そこで,出来るだけ平易な表現で,かつ,商品性をアピールできるように,マップマッチング処理の内容をカタログに記載することにしました。したがって,甲第2,3号証のマッチング処理に関する記載は,技術的な見地からは,正確さが欠けているのは否めないと思います。」という記載があり,上記カタログの記載は,ユーザーにマッチング処理の内容を分かりやすく説明するための便宜的なものであることが明らかである。
また,物件目録(原告主張)1の内容も妥当でない。物件目録(被告主張)に示されているように,「高速道路の識別の場合」「屋内駐車場の識別の場合」は,構成AからLまでとは別フローの処理であり,これを同一の処理フローの中に入れるのは相当でない。
なお,物件目録(原告主張)1の個々の内容は,細かなレベルの処理内容を記載したものであり,これらは構成要件の対比にとって不要なものである。
(2) 争点2(被告装置による車両ナビゲーション方法の本件特許発明構成要件充足性)について 【原告の主張】 ア 本件特許発明構成要件の分説 本件特許発明構成要件を分説すると,次のとおりである(以下「構成要件a」などという。) a 衛星航法等絶対位置検出装置で検出される緯度経度情報等車両の絶対位置情報と, b 各走行情報検出器(走行距離計及び走行方向検出器等)で検出される車両の走行情報と, c 各アークの分岐関係を含む情報を有する相対モード地図情報と, d-1 該相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する絶対モード地図情報に基づき, d-2 前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し, e 相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき, f 前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示することを特徴とする車両ナビゲーション方法。
構成要件aについて 物件目録(原告主張)1の構成Aに示すように,被告装置はGPSアンテナとGPS受信機を有しているから,被告装置が本件特許発明の構成aを備えることは明らかである。同様に,物件目録(原告主張)2の構成1-e,物件目録(原告主張)3の構成1-eがそれぞれ示すように,これらの物件目録の対象である被告装置が構成aを備えることは明らかである。
構成要件bについて 物件目録(原告主張)1の構成Bに示すように,被告装置は車速センサや振動ジャイロを有しているから,被告装置が本件特許発明の構成bを備えることは明らかである。同様に,物件目録(原告主張)2の構成1-b,1-c,物件目録(原告主張)3の構成1-b,1-cが示すように,これらの物件目録の対象である被告装置はジャイロセンサや速度センサを有しているから,構成bを備えることは明らかである。
構成要件cについて (ア) 被告装置全般について 物件目録(原告主張)1の構成Cに示すように,被告装置は地図データ等を格納したCD-ROMやDVDディスクを有している。そして,被告レポートの28頁「2.3地図CD-ROMディスク」の項には「本システムでは,ナビ研フォーマットと松下オリジナルフォーマットの2種類のフォーマットに対応できる業界初のシステムとした。」と記載されている。
この地図データがいわゆる「ナビ研フォーマット」である場合には,アーク(道路)の分岐関係に関する情報を有することは一般によく知られている事実であり,被告装置が道路の分岐情報を含む地図情報を有することは明らかである。
したがって,この場合には被告装置は構成要件cを備えている。
また,地図データが「松下オリジナルフォーマット」である場合については,被告レポート28頁の「2.3.2経路データ」に,「経路探索ルールデータには,経路探索地点と呼ばれる主要交差点(全国で約13,000点)間のあらかじめ求められている経路が記録されている。」と記載されていることから,アーク(道路)の分岐関係に関する情報を有するものと考えられる。したがって,この場合にも被告装置は構成要件cを備えている。
特に,物件目録(原告主張)1の構成Iに示されているように,被告装置は「自車位置が存在する接続・交差する道路に関する前記地図データから道路の分岐等により,最大8個までの候補を作成する。」ものであるから,被告装置は,明らかに構成要件cを充足している。
(イ) DV2520シリーズの装置について 被告装置のうちのDV2520シリーズの装置については,物件目録(原告主張)2の構成1-d-1に示すように,地図データにマップマッチング用データが含まれている。そして,マップマッチングでは,同目録の構成2-c-2-1に示すように道路の分岐関係に基づき複数候補の作成が行われている,したがって,地図データにはアーク(道路)の分岐関係を含むデータが含まれている。
また,構成2-d-3や2-d-4に示されているように,上記被告装置はルート設定を行う機能を有している。ルート設定を行う場合には,各道路がどのように分岐しているかに関する情報が原理的に必要である。なぜなら,アーク(道路)の分岐の様子が不明であれば,ルートの設定を行えるはずはないからである。この観点からも,この装置の地図データがアーク(道路)の分岐関係を含むデータを含んでいることは明らかである。
(ウ) 007シリーズの装置について 上記(イ)で述べた内容は,被告装置のうちの007シリーズの装置と物件目録(原告主張)3の関係についても同様に当てはまる。
構成要件d-1について (ア) 被告装置全般について 物件目録(原告主張)1の構成Cに示すように,被告装置は地図データを格納するCD-ROMやDVDを有している。また,構成Gに示すように,被告装置は「センサデータ処理で作成した走行ベクトルデータによる走行位置・方位と地図データ中の道路ネットワークデータの位置・方位とを比較・照合することによりマップマッチングをおこなう」ものであるから,「位置」を比較対象としている以上,地図データに絶対位置が含まれていることは明らかである。
さらに,構成Hに示されているように,被告装置は,「各候補道路上に自車位置が存在すると仮定した場合の仮の自車位置と,現在の自車位置との距離を求めて」いるし,構成Iに示されているように,「道路の分岐により最大8個までの候補を作成する。各候補の位置・方位と,現在自車が存在する道路の位置・方位の差から,各候補の候補評価値を求め」ている。 したがって,このことからみて,各候補道路の絶対位置が判明していることが明らかである。このように,被告装置は,アーク(道路)に対応した絶対位置情報をその地図データ中に含んでいる。
そして,候補道路の選択は道路の分岐により行われているので,このアーク(道路)は分岐情報を含んでおり,これが本件特許発明の構成cにいう「相対モード地図情報」に該当することは明らかである。
したがって,被告装置は,本件特許発明構成要件d-1を充足する。
(イ) DV2520シリーズの装置について 被告装置のうちのDV2520シリーズの装置については,物件目録(原告主張)2の構成2-c-2-2に示されているように,上記被告装置は,自車と道路の位置差・方向差に基づき,候補評価値を算出している。したがって,位置差を比較する以上,地図データ中の道路には絶対位置の情報が付与されていることは明らかである。さらに,上記の比較の対象となる候補道路は,構成2-c-2-1によれば,道路の分岐によって選択されている。したがって,比較対象となる道路には絶対位置が付与されていると共に,分岐関係の情報も付与されている。言い換えれば,この道路は,本件特許発明の「相対モード地図情報」に相当する情報を有している。
したがって,上記被告装置が本件特許発明構成要件d-1を充足することは明らかである。
(ウ) 007シリーズの装置について 上記(イ)で述べた内容は,被告装置のうちの007シリーズの装置(物件目録(原告主張)3参照)についても同様に当てはまる。
構成要件d-2について (ア) 被告装置全般について 物件目録(原告主張)1の構成F-2に示すように,被告装置は一定の場合に自車位置をGPSで求めた位置に修正する。修正後は,自車位置はGPSが求めた絶対位置となる。
構成Hにおいて,被告装置は,自車位置の周囲の所定範囲から向きが近い道路を候補道路として取り出している。これはまさに本件特許発明構成要件d-2の「前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し,」に該当する。
上記GPSで修正後の自車位置は「絶対位置情報」であることが明らかであり,したがって,被告装置はGPSで得られた絶対位置の周囲の所定範囲から向きが近い道路を候補道路として取り出している。この動作は,「絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアーク(道路)を検索」する行為である。よって,被告装置が,構成要件d-2にいう「前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索」する動作を行っていることは明らかである。
なお,自車位置は,物件目録(原告主張)1の構成Gによれば,走行距離と走行方向によって更新され,この更新動作は,構成E-2によれば,自車位置だけではなく,位置,走行ベクトルに対しても実行される。
しかし,走行距離や走行方位には,絶対位置の情報が含まれていないので,自車位置の絶対位置は,本来的にGPSに由来する。よって,更新後の情報も本件特許発明の構成d-2にいう「絶対位置情報」に該当する。
(イ) DV2520シリーズの装置について 被告装置のうちのDV2520シリーズの装置については,物件目録(原告主張)2の構成2-bに示されているように,上記被告装置は,GPSデータに基づき自車位置の修正を行う。したがって,自車位置はGPSが求めた絶対位置である。そして,同目録の構成2-cでは,走行軌跡データと地図データ上の道路形状の比較が行われている。この地図データは,当然自車位置を基準に「道路(アーク)」を取り出してくるものと考えられる。したがって,上記被告装置は,本件特許発明構成要件d-2に相当する動作を行っている。
(ウ) 007シリーズの装置について 上記(イ)で述べた内容は,被告装置のうちの007シリーズの装置(物件目録(原告主張)3参照)についても同様に当てはまる。
構成要件eについて (ア) 被告装置全般について 物件目録(原告主張)1の構成Iに示すように,被告装置は「自車位置が存在する道路に接続・交差する道路に関する前記地図データから道路の分岐等により最大8個までの候補を作成」する。したがって,被告装置は,本件特許発明構成要件eにいう「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」を作成している。
さらに,被告装置は,上記構成Iに示すように,「各候補の位置・方位と,現在自車が存在する道路の位置・方位の差から,各候補の候補評価値を求める」動作を実行している。このような自車が走行している道路の位置・方位の情報は,車両の走行を表す情報であり,本件特許発明構成要件eにいう「走行パターン」に該当する。すなわち,上記構成Iの「道路の位置・方位」は,車両が過去に走行し,現在走行している道路を表すものであるから,車両の走行情報を指すことは明らかであり,構成要件eにいう「走行パターン」に他ならない。
被告装置は「道路の分岐等により最大8個までの候補を作成」し,この道路の位置・方位と,現在自車が存在する道路の位置・方位とを比較している。自車が存在している道路の位置や方位が候補となる道路の位置・方位と近似していれば,自車が位置する道路である確率は高くなるであろうし,近似する程度が低ければこの確率は小さくなるであろう。このようにして,被告装置は,構成要件eにいう「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較」を実行している。
次に,物件目録(原告主張)1の構成Jによれば,被告装置は「最も候補評価値(確度値)の高い道路上に瞬時に自車位置・方位を修正」する。これは,最終的には車両の位置を確定できると判断したためである。したがって,被告装置には「車両の位置確定が可能なとき」が存在する。逆にいえば,確定できたと判断したからこそ,「瞬時に自車位置・方位」を修正したのである。
さらに,上記構成Jに従えば,車両は道路(アーク)上に位置することが明らかである。そして,この道路は,前述のように「道路の分岐等により最大8個までの候補を作成」するものであるから,分岐関係を含む地図データの道路(アーク),すなわち相対モード地図情報上の道路(アーク)を指す。したがって,結局,構成Iの動作によって,車両は相対モード地図情報上の位置を確定されていることになる。
以上のとおり,被告装置は,物件目録(原告主張)1の構成I及び同Jの記載からみて,明らかに本件特許発明構成要件eを備えている。
(イ) DV2520シリーズの装置について 被告装置のうちのDV2520シリーズの装置については,物件目録(原告主張)2の構成2-cに示されているように,「走行軌跡データと,地図データ上の道路形状を0.1秒ごとに比較する」動作を実行している。
まず,上記被告装置の「走行軌跡データ」とは,車両の走行してきた軌跡に関するデータであり,本件特許発明構成要件eにいう「走行情報から算出される走行パターン」に該当することはいうまでもない。
上記被告装置の「地図データ上の道路形状」とは,上記「走行軌跡データ」と比較されるものであるから,当然に比較できるような同様の種類のデータであると考えられる。そして,前記のとおり,上記被告装置の地図データ上の道路は,本件特許発明構成要件eにいう「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」に該当する。
さらに,物件目録(原告主張)2の構成2-c-1-3及び同2-c-1-4が示すように,候補があればその位置を車両の位置として採用するのであるから,上記被告装置には「車両の位置確定が可能なとき」が存在する。すなわち,道路上に車両が位置確定した場合には,物件目録(原告主張)2の構成2-c-2-1に示されているように道路の分岐から8個の候補を作成するので,車両の位置は分岐関係を有する地図上で把握されていることが理解される。それゆえ,「車両の位置確定が可能」とは,分岐関係の情報を有する地図情報上で位置が確定されていることを意味する。 したがって,この車両の位置確定が可能なときとは,構成要件eにいう「前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」に該当する。
以上のとおり,被告装置のうちのDV2520シリーズの装置は,本件特許発明構成要件eを備えている。
(ウ) 007シリーズの装置について 上記(イ)で述べた内容は,被告装置のうちの007シリーズの装置(物件目録(原告主張)3参照)についても同様に当てはまる。
構成要件fについて (ア) 被告装置全般について 物件目録(原告主張)1の構成Cに示されているように,地図データには道路名称や交差点名称が含まれている。被告装置は,この地図データから自車位置周辺の地図(表示地図)を取り出し,モニターに表示する。
また,構成Iによれば,地図データには,道路(アーク)の分岐関係の情報が含まれていることは明らかである。したがって,上記の取り出された表示地図上の道路名称は,分岐関係を含む相対モード地図情報に関連づけられている。
そして,この表示地図は,物件目録(原告主張)1の構成Kや構成Lに示されているようにモニターに表示されるから,モニターには道路名称や交差点名称が表示される。
さらに,被告装置は物件目録(原告主張)1の構成Kに示されているように,自車が通過する交差点名称等を表示することもあるが,この表示も,本件特許発明構成要件fにいう「相対表示地図情報」に該当する。
なお,被告装置が車両ナビゲーション装置であることはいうまでもない。
したがって,被告装置は,本件特許発明構成要件fにいう「前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示することを特徴とする車両ナビゲーション方法」を実行している。
(イ) DV2520シリーズの装置について 被告装置のうちのDV2520シリーズの装置については,物件目録(原告主張)2の構成2-d-1に示されているように,被告装置のディスプレイは,道路名称や交差点名称を表示する。この道路名称等は本件特許発明構成要件fの「相対表示地図情報」に該当する。
また,物件目録(原告主張)2の構成2-c-2-1によれば,地図データには道路(アーク)の分岐関係の情報が含まれていることは明らかである。したがって,上記の取り出された表示地図上の道路名称は,分岐関係を含む相対モード地図情報に関連づけられている。
さらに,上記目録の構成2-d-3に示されているように,被告装置は,自車が通過する交差点名称等を表示することもあるが,この表示も,本件特許発明構成要件fにいう「相対表示地図情報」に該当する。
また,上記目録の構成2-e-1,2-e-2によれば,被告装置のスピーカーは有名な施設やSA,PAの案内を行っており,構成2-e-3によれば,高速道路の合流点が近づいた場合にその案内を行っている。このようなアナウンスも本件特許発明構成要件fの「相対表示地図情報」に該当する。
なお,被告装置が車両ナビゲーション装置であることはいうまでもない。
したがって,被告装置のうちのDV2520シリーズの装置は,本件特許発明構成要件fにいう「前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示することを特徴とする車両ナビゲーション方法」を実行している。
(ウ) 007シリーズの装置について 上記(イ)で述べた内容は,被告装置のうちの007シリーズの装置(物件目録(原告主張)3参照)についても同様に当てはまる。 【被告の主張】 ア 被告装置による車両ナビゲーション方法が本件特許を充足しないこと 被告装置の内容及び構造は,物件目録(被告主張)のとおりであるところ,この被告装置による車両ナビゲーション方法は下記の相違点(1〜8まで)に示すように,本件特許発明構成要件を充足しない(被告は,原告の分説を認めるものではないが,以下では便宜上原告の分説に従って,構成要件非充足の理由を述べる。)。
イ 相違点1について 本件特許発明構成要件には「相対モード地図情報」と「絶対モード地図情報」という内容が含まれている(原告の分説による構成要件c及びd-1参照)。本件明細書の「特許請求の範囲」において2つの地図情報を別々に記載していることからみて,これらの地図情報は,別々の異なる情報と解される。すなわち,相対モード地図情報は,各アークの分岐関係を示す地図情報であって,絶対位置情報を含まない地図情報であると解される。そして,絶対モード地図情報は,相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する地図情報であって,分岐関係を含まない地図情報であると解される。なお,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄においても,絶対モード地図情報と相対モード地図情報は別々の地図情報とされている(本件明細書の段落【0013】ないし【0015】参照)。
これに対して,被告装置は,一貫して,物件目録(被告主張)の構成CにあるようにCD-ROMに記録された地図データを用いており,この地図データは,本件特許発明構成要件に規定される別々の「相対モード地図情報」及び「絶対モード地図情報」から成り立つものではない。
したがって,被告装置が行う車両ナビゲーション方法は,本件特許発明構成要件c及びd-1を充足しない。
ウ 相違点2について 本件特許発明は,「前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し,」という要件を規定する(原告の分説による構成要件d-2参照)。
ここにいう「前記絶対位置情報」は,「衛星航法等絶対位置検出装置で検出される緯度経度情報等車両の絶対位置情報」(構成要件a参照)を指す。そして,「前記絶対位置情報」には,構成要件aにいう絶対位置情報をどちらへ何m走ったかという情報に基づき是正した情報は含まれないと解される。
他方,被告装置は,物件目録(被告主張)の構成Gにあるとおり,必ず「前記工程E又はFにおいて得られた自車位置・方位を,走行距離と走行方位の情報を使用して更新し」という走行情報による位置情報の是正処理を行い,それから,構成Hのマッチングを行っている。したがって,後述の相違点5で述べるとおり,この構成Hは構成要件d-2を満たさないが,それ以前の問題として,被告装置は構成要件d-2の「前記絶対位置情報」の要件を満たさない。
エ 相違点3について 原告主張の構成要件eは,「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき,」というものである。この部分においては,「分岐関係」を含む地図情報パターンを走行パターンとの比較の対象にしている。
ところで,本件特許発明は,オートバイのように極狭い道を通過する場合等,自車位置が道路にない場合にあって,自車が位置する道路をナビゲーション装置が認識していない場合に,自車が位置する道路をパターン比較により認識して,自車位置を道路に復帰させるための技術である。自車が位置する道路をナビゲーション装置が認識しているときのナビゲーション方法は,本件特許発明によるナビゲーション方法が行われた後の動作であって,本件特許発明とは直接関係がない。
そうすると,被告装置によるナビゲーション方法においては,物件目録(被告主張)の構成Hが本件特許発明構成要件eと対比されるべきである。構成Hは自車位置が道路に乗っていない場合の動作だからである。
この観点から構成Hをみると,ここにおいては道路の分岐関係を使用していない。したがって,構成Hが構成要件eの「分岐関係を含む地図パターン」の要件を充足することは,あり得ない。
オ 相違点4について 被告装置は,以下の点でも原告主張の構成要件eを満たさない。
すなわち,構成要件eにいう「走行パターン」とは車両の走行した経路の形状をいう。そして,この「走行パターン」は,マッチングに用いられるものである以上,少なくとも3個の点とそれをつなぐ線の組合せでなければならない。なぜなら,単に2個の点の組合せでは,マッチングにおいて線と線を比較することになり,すべての道路とマッチしてしまい,マッチングする対象を選び出すことができないからである。
他方,被告装置は,物件目録(被告主張)の構成Hにあるとおり,上記のような走行パターンを用いていない。また,構成Hでは地図情報に関しても上記のパターンと呼べるようなものは用いていない。
したがって,被告装置の行うナビゲーション方法は,走行パターンと地図パターンとを用いていないので,本件特許発明構成要件eを充足しない。
カ 相違点5について 被告装置は,以下の点でも原告主張の構成要件d-2及びeを満たさない。
本件特許発明のナビゲーション方法は,要件d-2で位置情報からアーク(道路)を検索し,要件eで検索されたアークの分岐関係を含む地図情報パターンと走行パターンとの比較により位置確定を行うものである。
他方,被告装置は,構成Hにおいて「自車位置周辺の道路と自車位置との方位差と位置差に基づき,方位差が所定範囲内の道路を選び出すことにより作成された最大20個までの複数候補の中から,方位を修正せずに,最も自車位置との垂直距離の近い道路上に瞬時に自車位置を修正し,」という処理を行う。
すなわち,被告装置は,自車方位から道路を検索し,検索された候補道路の中から最も自車位置との垂直距離の近い道路上を自車位置とする。
したがって,被告装置は自車方位から道路を検索しており,位置情報からアーク(道路)を検索していない。また,被告装置は,検索された道路の候補と自車位置との距離しかみていないので,既に相違点4で述べたとおり,地図情報パターンと走行パターンとを比較する処理は行っていない。 よって,被告装置の行うナビゲーション方法は,本件特許発明構成要件d-2及びeを満たさない。
キ 相違点6について 被告装置は,以下の点でも原告主張の構成要件eを満たさない。
構成要件eにいう「位置確定可能なとき」とは,本件明細書の記載に基づくならば「相関が継続してとれるとき」を指すものと解すべきである。
すなわち,本件明細書の段落【0010】には「走行情報検出による車両の走行パターンと絶対アドレスに対応する相対モード地図情報経路パターンとの相関により地図情報上の車両位置を検出し,」という記載があることから,パターン同士の比較により相関がとれたことで車両位置が検出されることが分かる。
しかし,パターンの相関がとれても,瞬間瞬間の位置が検出されるだけであり,それだけでは車両位置は確定されない。本件明細書の段落【0018】に「取り込まれた走行情報パターンとの相関が継続してとれる時,相対モードにより位置確定可能となる。」とあるように,相関が継続してとれるときに初めて,位置確定が可能となる。
それゆえ,本件特許発明の特許請求の範囲には,単なる「位置を検出し」という文言ではなく,「位置確定が可能」という文言が用いられているわけである。したがって,「位置確定が可能なとき」とは「パターン同士の相関が継続してとれるとき」を指すものと解すべきである。
他方,被告装置は,構成Hにて「前記工程Gにおいて更新された自車位置・方位で構成される更新された時点における情報」がマッチングに用いられる。
構成Hは「時点における情報」から瞬時にマッチングを行っているから,被告装置は「相関が継続してとれるとき」を求めるというような構成要件eの処理を行っていない。よって,被告装置が行うナビゲーション方法は構成要件eを満たさない。
ク 相違点7について 原告は,後記(4) 【原告の主張】欄オのとおり,本件特許発明の無効理由5に対する反論において,自律航法にマップマッチングを適用する発明は本件特許発明とは異なる旨主張している。
他方,物件目録(被告主張)の構成要件Gによれば,被告装置は構成要件Hのマップマッチングの前に,「前記工程E又はFにおいて得られた自車位置・方位を,走行距離と走行方位の情報を使用して更新し,」という処理,すなわち自律航法を行っている。そうすると,被告装置は,自律航法の位置誤差をマップマッチングで補正していることになる。
以上によれば,被告装置が行うナビゲーション方法は,本件特許発明技術的範囲に属さない。
ケ 相違点8について 原告は,後記(4) 【原告の主張】欄ア(イ)のとおり,本件特許発明の無効理由1に対する反論において,「走行パターンには,絶対位置(緯度経度)は関係がなく,走行パターンには絶対位置に関する情報は存在しない。」,「相対モード地図情報に絶対位置(緯度経度)を含めなければならないとの記載はない。」などと主張している。
また,原告は絶対位置情報を走行情報で是正した後の位置情報も絶対位置情報であると主張している。
被告は,上記の原告主張を認めるものではないが,仮にこれを前提とすると,被告装置は本件特許発明構成要件を充足しない。
すなわち,物件目録(被告主張)では,工程Gで走行距離と走行方位の情報を使用して更新した情報が,絶対位置情報となる。そして,この絶対位置情報を用いて,工程Hのマップマッチングが行われる。
工程Hは,「最も自車位置との垂直距離の近い道路上に瞬時に自車位置を修正し」との記載から明らかなように,自車位置(原告主張によれば絶対位置)を用いてマップマッチングを行い,マップマッチングに使う地図情報も道路の位置(原告主張によれば絶対位置)を持っている。
そうすると,原告主張に従えば,被告装置は,走行パターン以外のものを用いてマップマッチングを行っていることになる。また,被告装置は,相対モード地図情報以外の地図情報を用いてマップマッチングを行っていることになる。
以上によれば,被告装置が行うナビゲーション方法は,本件特許発明構成要件eを満たさない。
(3) 争点3(間接侵害の成否)について 【原告の主張】 被告装置は,本件特許発明実施にのみ使用する物であるから,本件特許権を侵害する(特許法101条2号)。
被告は,後記【被告の主張】欄に記載のとおり,被告装置は本件特許発明とは異なる動作を実行する「ルート設定がされていない場合は,自車位置・方位のみが表示される」という構成Lを備えているため,本件特許発明とは異なる他の用途がある旨主張する。
しかし,被告の主張によれば,本来侵害品であったものに別の機能・構成を付加すると侵害品でなくなってしまうという不合理な結果を招くことになり,妥当でない。
しかも,被告装置に上記構成Lが存在していること自体も,疑わしい。原告訴訟代理人及び原告補佐人は,平成13年2月1日,被告訴訟代理人,被告補佐人及び被告従業員による被告装置(DV2520)を搭載した車両を実際に走行させる実験に立ち会ったが,その際にルート設定が行われていない場合にも,交差点名称がディスプレイに表示されていることを確認した。また,前記製品カタログ(甲3)には,目的地が設定されていない状態であっても,道路名称や交差点名称が示されている様子が明らかにされている。
【被告の主張】 原告の主張する被告装置の内容を前提としても,被告装置は本件特許発明実施にのみ使用する物でないことは明らかである。
すなわち,原告が主張する被告装置の内容は,物件目録(原告主張)1のとおりであるところ,そのうちの構成Lは「ユーザーが目的位置を設定せず,推奨道路を求める設定を行っていない場合には,前記工程Kにおける推奨道路や,残りの距離,到着予想時刻,交差点拡大3D表示はモニターに送信されず,モニターはこれらを表示しない。その他の表示は工程Kと同様である。」というものである。
この記載から明らかなように,被告装置の構成Lは,本件特許発明構成要件のうちの「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき,前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示する」との部分(原告主張の構成要件e及びf)を充足しない。
そうすると,車両ナビゲーション方法が車両の位置を求める方法であることは原告の自認するところであるから,原告主張の被告装置の内容を前提にすると,ユーザーが目的位置を設定しない場合(L項)であっても,車両の位置を求めることができる。よって,被告装置は,本件特許発明が規定する方法以外の車両ナビゲーション方法に使用できる物である。そして,このことは,被告装置(DV2000)を用いていながら,目的位置を設定し,推奨ルートが表示される機能を用いていないとするユーザーの陳述書(乙9)の記載によって裏付けられている。
以上によれば,被告装置は,本件特許発明実施にのみ使用する物とはいえない。
(4) 争点4(本件特許発明の明らかな無効理由の有無)について 【被告の主張】 本件特許発明には,以下に述べるとおり,明らかな無効理由が存在するので,この特許に基づく原告の本訴請求は権利濫用に当たり許されない。
ア 明細書の記載不備に基づく無効理由(無効理由1)について 本件明細書の「発明の詳細な説明」には,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,また「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないので,この特許は昭和62年法律第27号による改正前の特許法(以下,この項において同じ。)36条4項及び5項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり,特許法123条1項3号により無効とされるべきである(詳細については,2001年〔平成13年〕2月5日付け被告準備書面(4) 1頁から6頁までを参照)。
(ア) 本件特許発明の「特許請求の範囲」に記載された「相対モード地図情報」「絶対モード地図情報」という用語は一般的な技術用語ではないので,その定義は本件明細書で明らかにされている必要があるところ,本件明細書を参照すると,どちらも道路の位置と分岐関係の情報を含んでいなければならないと理解できるから,相対モード地図情報と絶対モード地図情報は同じ情報になってしまう。そうすると,両地図情報の区別ができず,両地図情報の概念が不明確である。
(イ) 本件特許発明の「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較」という要件は,パターンマッチング以外のどのような処理が含まれるのかが不明確であるうえに,相対モード地図情報の地図情報パターンと走行パターンとの比較処理の内容が当業者が実施できる程度に説明されていない。
(ウ) 本件特許発明の「地図情報パターンと…(中略)…走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」という要件にいう「位置確定が可能なとき」とは,前記(2) の【被告の主張】欄キ(相違点6)で主張したとおり,「パターン同士の相関が継続してとれるとき」を意味するものと解釈すべきところ,原告の主張によれば,「位置確定が可能なとき」には「パターン同士の相関が継続してとれるとき」以外の場合が含まれるということであるから,「発明の詳細な説明」に記載された発明以外の事項を含むことになる。
(エ) 本件特許発明にいう「相対表示地図情報」という用語の意義は,本件明細書の「特許請求の範囲」の記載からは明らかでなく,「発明の詳細な説明」の記載を参酌しても,これを特定することができない。したがって,「相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示する」という要件は,どのような情報を表示することが含まれ,どのような情報を表示することが含まれないかについて不明である。
(オ) 本件特許発明の「絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し」という処理は,衛星航法等により得られた緯度経度情報が位置するアークを特定する処理であるが,衛星航法等には約200メートルの誤差の可能性があるため,上記アークの特定はできないから,「発明の詳細な説明」には当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないことになる。
イ 分割要件違反及び新規性欠如に基づく無効理由(無効理由2)について (ア) 本件特許発明は,分割前の原出願に包含された発明でないから,特許法44条1項所定の要件を満たさず,本件特許に係る特許出願の出願日は,分割出願の出願日である平成4年4月4日まで繰り下がる。
そして,本件特許発明は,分割出願の出願日より前に頒布された刊行物である公開特許公報(乙5〜7)にそれぞれ記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号により特許を受けることができないものであり,同法123条1項1号により無効とされるべきものである。以下,分割要件違反と新規性欠如の点について述べる。
(イ) 分割前の原出願に係る明細書(特開昭62-37800号公報〔乙2〕参照。以下,この公報を「乙2公報」といい,この明細書を「原明細書」という。)には,本件特許発明の「前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し,相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき,前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示する」という構成は,記載されていない。
特に,「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」という事項については全く記載されていない。
したがって,本件特許発明は原出願に包含されない発明である。
(ウ) 特開平2-275310号公報(乙5)には,発明の名称を「位置検出装置」とする,方位センサ,距離センサ及びGPSを使って車両位置を求める車両ナビゲーション方法に関する発明が開示されている。この発明と本件特許発明構成要件ごとに対比すると,本件特許発明のすべての構成要件が記載されている。
特開平3-26913号公報(乙6)には,発明の名称を「移動体用現在地表示装置」とする,方位センサ,距離センサ及びGPSを使って移動体の位置を求めるナビゲーション方法に関する発明が開示されている。この移動体は,道路を走行するので車両を指すところ,上記発明と本件特許発明構成要件ごとに対比すると,本件特許発明のすべての構成要件が記載されている。
特開平4-50718号公報(乙7)には,発明の名称を「移動体の現在位置表示装置」とする,方位センサ,距離センサ及びGPSを使って移動体の位置を求めるナビゲーション方法に関する発明が開示されている。この移動体は,道路を走行するので車両を指すところ,上記発明と本件特許発明構成要件ごとに対比すると,本件特許発明のすべての構成要件が記載されている(乙5〜7号証と本件特許発明の対比の詳細については,2001年〔平成13年〕2月5日付け被告準備書面(4) の8頁以下を参照)。
(エ) なお,特許庁は,平成13年10月16日,上記(ア)ないし(ウ)とほぼ同じ理由で,本件特許権を無効とする旨の審決をした(無効2001-35091号,35273号特許無効審判事件)。このことからも,本件特許権に無効理由が存在することは明らかである。
ウ 発明未完成に基づく無効理由(無効理由3)について 本件公報によれば,本件特許発明発明者は原告ということであるが,原告は,日本ビクター株式会社の社員として,昭和53年から特許の出願手続等に関与し,昭和59年からは主に特許管理の業務を担当するようになって,現在に至っており,その間車両ナビゲーション装置の開発には関与していない。
上記の原告の経歴によれば,本件明細書は,原告が業務上身につけた特許に関する知識をもとに,単なる願望を記載したにすぎず,自ら本件明細書に記載した装置を開発し,実証実験等を行ったものではないと推測される。したがって,本件特許発明には発明未完成の瑕疵があるから,無効である。
新規性欠如に基づく無効理由(無効理由4)について 原告は,本件特許発明にいう「相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示する」には,地図上に事前に含まれている情報も含まれ得ると主張しているが,これを前提にすると,以下に述べるとおり,本件特許発明は,その出願日より前に頒布された刊行物(外国文献)と実質的に同一であり,新規性を有しない。
(ア) 原告の説明に基づくと,本件特許発明の要旨は次のとおりである。
a 衛星航法等絶対位置検出装置で検出される緯度経度情報等車両の絶対位置情報と, b 各走行情報検出器(走行距離計及び走行方向検出器等)で検出される車両の走行情報と, c’道路の分岐情報及び絶対位置情報の両方を含む地図情報に基づき, d’絶対位置情報に対応するc’の地図情報上のアーク(道路のこと)を検索し,マップマッチングを行い, e’位置確定に基づき,c’の地図情報に対応する情報(どのような内容の情報でも構わない。)を表示すること f を特徴とする車両ナビゲーション方法。
(イ) 本件特許発明に係る出願の前である1984年(昭和59年)2月27日から同年3月2日にかけて米国において頒布された公刊物である「SAE Technical Paper Series 840156 Application of the Compact Disc in Car Information and Navigation Systems」(車両情報及びナビゲーションシステムにおけるコンパクトディスクの適用)と題する論文(乙3)には,上記(ア)に記載した本件特許発明の要件のすべてを具備した発明が記載されている。
(ウ) 以上によれば,本件特許発明は,その出願前に外国において頒布された文献に記載された発明と実質的に同一な発明であり,特許法29条1項3号により特許を受けることができない。
進歩性欠如に基づく無効理由(無効理由5)について 仮に,前記文献(乙3)に本件特許発明の内容がすべて開示されていないとしても,本件特許の出願時にGPSの問題点として誤差が生じることが認識されていたのであるから,前記文献に開示された事項をもとに,GPSにマップマッチングを組み合わせて誤差の問題点を解決し,より高性能なナビゲーション装置とすることは当業者であれば誰でも思いつくものである。
したがって,本件特許発明進歩性を欠くものであり,特許法29条2項により特許を受けることができない。
【原告の主張】 ア 無効理由1について 被告の主張する無効理由は,以下のとおりすべて失当である。
(ア) 被告は,「絶対モード地図情報」と「相対モード地図情報」を区別することができないと主張するが,本件明細書には,「絶対モード地図情報」に分岐関係を含めなければならないとの記載も,「相対モード地図情報」に絶対位置を含めなければならないとの記載も一切ない。「特許請求の範囲」にあるとおり,絶対モード地図情報はそれぞれのアークの絶対位置を含んでいれば十分であり,相対モード地図情報は各アークの分岐関係を含む情報を有していれば十分であって,この2つの地図情報は異なるものである。
(イ) 被告は「地図情報パターンと走行パターンとの比較」という要件の意味が不明確であると主張するが,本件明細書では「パターンマッチング」という用語は用いられていないから,この用語を前提に比較処理の内容を論じることは適切でない。また,走行パターンと絶対位置(緯度経度)とは関係がなく,走行パターンには絶対位置に関する情報は存在しないし,本件明細書には,相対モード地図情報に絶対位置(緯度経度)を含めなければならないという趣旨の記載はない。それゆえ,「地図情報パターンと走行パターン」の意味は明確である。そもそも,本件特許発明は,新しい比較処理を提案する発明ではなく,具体的な比較処理自体は従来の技術と同様に行われるものであるから,当業者は容易に実施できるものである。
(ウ) 被告は「位置確定が可能なとき」という文言を限定して解釈し,これを前提に本件特許発明は無効であると主張するが,本件明細書の段落【0007】に「相対モード地図情報と走行情報で,相対モード地図情報上の推定位置を相対モードにより確定する。」と記載され,同【0010】に「相関により地図情報上の車両位置を検出し,相対表現地図情報(経路名称や道案内)を表示する。」と記載されていることからすれば,被告主張の「相関が継続してとれる時」というような限定を考慮する必要はない。本件明細書の段落【0018】等において「相関が継続してとれる時」について言及した部分があるが,これはあくまでも実施例にすぎない。
(エ) 被告は「相対表示地図情報」という用語の意味が不明確であると主張するが,「特許請求の範囲」には「相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報」と記載され,具体的な内容は限定されていないから,「相対表示地図情報」は,相対モード地図情報に対応する情報であればどのような内容の情報であっても構わないということが理解できるものである。
(オ) 被告は衛星航法等には約200メートルの誤差があるため,アークの特定ができないと主張するが,衛星航法等により得られた緯度経度情報に誤差があっても,この緯度経度と近いアークを特定することは可能である。
イ 無効理由2について (ア) 被告主張の事実のうち,本件特許発明が特開平3-26913号公報(乙6)に記載されている発明と同一であることは認めるが(平成13年12月11日付け原告準備書面(11)2頁),本件特許発明に係る出願が不適法な分割出願であるとの主張は争う。
本件特許発明は,次に述べるとおり,原出願の明細書に記載されている発明についてされた分割出願であるから適法であり,その出願日は原出願の出願日の昭和60年4月20日となる。したがって,上記公開公報(乙6)は出願前に頒布された刊行物に当たらないので,被告主張の新規性欠如の無効理由は成り立たない。
(イ) 本件特許発明の「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」という構成は,原明細書に記載されている。
すなわち,「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと」という構成に関して,乙2公報7頁右上欄7行目から13行目には「そこでシナリオは,第28図,第29図に示すように,少なくとも1回の誤選択に対応すべく記載される。例えば,アーク1から分岐1を直進しアーク2,分岐2を左折,アーク3,分岐3を直進する略最適径路を誤って分岐1を左折した場合,アーク11,分岐11を右折,アーク21を経て分岐3を左折と記載し,」とあり,分岐関係が記録されていることが明確に示されている。
そして,乙2公報7頁左下欄5行目から6行目には「次に,関係地図情報について説明する。前記のシナリオは,各位置の相対関係を表現するので相対モード又は,相対表示と呼ぶ,」と記載されており,シナリオが相対モードの地図情報であることが記載されている。
さらに,第28図,第29図には,アークの分岐関係が視覚的に図示されており,第31図には,具体的な地図上の道路の分岐関係の様子を表した図が示されている。
次に,「前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」という構成に関して,乙2公報5頁右下欄18行目から6頁左上欄2行目には,「衛星航法等により検出される緯度経度情報で,エリア表現図を検索し,エリア番号(後で説明する。)を算出する。エリア番号より,地名を検索し表示する,絶対表現図に表示する。」と記載されており,絶対モードにより緯度経度が求められることが示されている。なお,第82-1図の上から2個目のボックスにも「衛星航法等絶対位置検出」と記載され,絶対位置(緯度経度情報)が求められていることが示されている。
また,乙2公報6頁右上欄2行目から6行目には「緯度経度からエリアを特定し,該エリア番号から索引により相対モードに移行し,走行データにもとずき相対モードで位置検出,表示,アナウンス(以後,ナビゲートと呼ぶ)を行う。」と記載されており,絶対モードで求めた緯度経度に基づき相対モードに移行すること及び相対モードで位置検出や表示,アナウンスが行われることが示されている。
さらに,第82-1図の上から3番目のボックスには,「相対モードにより位置確定可能か?」と記載されており,位置確定可能な場合には,4個目のボックスにあるとおり「パターン表示 地図表示 エリア表示 アーク表示 各種アナウンス」がされ,引き続き5個目のボックスには「相対形式による各種表示各種アナウンス」がされるというように,上記乙2公報の記載と同様の事項が図示されている。
(ウ) なお,本件特許権についての無効審判事件(無効2001-35091号,35273号特許無効審判事件)についての審決は,乙2公報2頁右上段15行目の「本出願人の出願になる特願昭60-017743に記載の各種地図情報等と,走行距離との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するシステム。」という記載につき,絶対モード位置検出について記載したものであると認定しているが,上記特願昭60-017743には絶対モードのみならず相対モードによる位置検出についても記載されているから,ここにいう「各種地図情報等と,走行距離との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するシステム」は相対モードによる位置検出手段を含むものである。
ウ 無効理由3について 被告は,本件特許発明には発明未完成の瑕疵がある旨主張するが,発明者の経歴のいかんが特許権の有効性に直接関係することはないし,特許明細書は発明の内容を説明するものであれば足り,発明者自らが実験装置を所有していることや装置を開発したことを要するものではないから,被告主張の事情は特許権の有効性に何ら関わるものではない。
エ 無効理由4について 被告は,本件特許発明は米国において公刊された「車両情報及びナビゲーションシステムにおけるコンパクトディスクの適用」と題する論文(乙3)と実質的に同一であると主張する。
しかし,上記文献には,自律航法にGPSとマップマッチングの双方を適用することやこれを示唆するような内容は何ら記載されていないから,被告の主張は前提を欠くものである。
オ 無効理由5について 被告は,本件特許発明は上記文献(乙3)から当業者が容易に想到し得るものであると主張する。
しかし,上記文献には,自律航法にマップマッチングを適用する発明は開示されているが,GPSとマップマッチングを組み合わせることは開示されていないし,そのような構成も示唆されていないから,上記文献の内容から当業者が容易に本件特許発明に想到することはできない。
(5) 争点5(原告の損害額)について 【原告の主張】 被告は,平成9年11月28日以降被告装置を製造・販売してきた。原告は,被告による平成9年12月1日から平成12年1月31日までの間の被告装置の販売により1億8195万円の損害(特許法102条3項。この期間の被告装置の工場出荷合計額である363億9000万円に実施料率の0.5%を乗じたもの)を被った。
よって,原告は,被告に対し,上記の期間における被告による特許権侵害に基づく損害賠償(特許法102条3項)として1億8195万円及びこれに対する侵害行為の後である平成12年2月22日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】 原告の主張は,争う。
当裁判所の判断
本件において,被告は,被告装置が本件特許発明構成要件を充足し,その技術的範囲に属することを争っているものであるが,本件特許発明に無効理由の存在することが明らかな場合には,被告装置の構成要件充足性につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないこととなる。そこで,以下,本件特許発明に無効理由が存在することが明らかかどうか(争点4)という点から,まず判断することとする。
1 被告主張の本件特許発明の無効理由1(争点4のア)について (1) 被告は,本件明細書の「発明の詳細な説明」には,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,また「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないと主張するので(無効理由1),この主張の当否について,以下,具体的に検討する。
ア 「相対モード地図情報」と「絶対モード地図情報」の区別が不明確であるという主張について 「相対モード地図情報」と「絶対モード地図情報」の意義に関し,本件明細書の「特許請求の範囲」には,「各アークの分岐関係を含む情報を有する相対モード地図情報」,「該相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する絶対モード地図情報」という記載があり,これによれば「相対モード地図情報」は各アークの分岐関係を含む情報を有する地図情報であり,「絶対モード地図情報」は相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する地図情報であることを理解することができる。そして,本件特許発明の内容については「絶対位置情報により絶対モード地図情報から自車が位置するエリアに含まれるアーク(複数の場合もある。)を選定(検索)し,該アークの分岐関係を有する相対モード地図情報の地図情報パターンの中から,走行パターンと類似するものを探し,最も類似する地図情報パターンの場所に自車が存在していると判断するもの」と理解することが可能であり,そのような理解によれば,「相対モード地図情報」と「絶対モード地図情報」は上記の内容のものとして明確に区別することができる。したがって,両者の概念が不明確であるということはできない。
イ 「地図情報パターンと走行パターンとの比較」という要件の外延が不明確であるという主張について 本件明細書の「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較」という要件は,その記載自体から,地図情報上の道路の形状と車両が走行した経路の形状とを比較する趣旨と理解することができる。また,本件明細書には,従来技術についての説明に関して,「相対モードによる推定位置を求める方法」として「地図情報上の道路をアークとノードで表現した地図情報と走行情報との相関により移動体の推定位置を求める。」との記載があり(本件公報3欄12行目〜16行目),本件特許発明においても,比較処理自体は,このような従来技術と同様に行われていると理解できるから,本件特許発明は当業者が容易に実施できるものと認められる。
ウ 「位置確定が可能なとき」は,「発明の詳細な説明」に記載された発明以外の事項を含むという主張について 「発明の詳細な説明」に記載された「相関が継続してとれる時」が本件明細書の「特許請求の範囲」にいう「位置確定が可能なとき」に該当することは明らかであり,「特許請求の範囲」に対応する事項が「発明の詳細な説明」に記載されていないということはできない。被告の主張は,採用できない。
エ 「相対表示地図情報」という用語の意義が特定できないという主張について 「相対表示地図情報」については,本件明細書の「特許請求の範囲」における「相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)」という記載や「発明の詳細な説明」の段落【0010】(本件公報4欄44行目〜同5欄3行目)の実施例についての記載等に基づいて,その意義を理解することができる。被告の主張は,採用できない。
オ 「絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し」という要件につき,当業者が容易に実施できる程度に発明の構成が記載されていないという主張について 本件明細書全体の記載を参酌すると,本件特許発明の内容を前記アのとおり「絶対位置情報により絶対モード地図情報から自車が位置するエリアに含まれるアーク(複数の場合もある。)を選定(検索)し,該アークの分岐関係を有する相対モード地図情報の地図情報パターンの中から,走行パターンと類似するものを探し,最も類似する地図情報パターンの場所に自車が存在していると判断するもの」と理解することができる。この理解によれば,上記の「絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し」という処理は,車両が位置するアークを正確に特定することまでは要しないといえるから,絶対位置情報に誤差があったとしても,その近傍のアークを検索すること等により,前記処理を行うことは当業者にとって容易である。被告の主張は,採用できない。
(2) 以上によれば,本件明細書は,「発明の詳細な説明」に当業者が容易に実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものでないとも,「特許請求の範囲」の記載が特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないとも,認めることはできない。
したがって,被告主張の無効理由1によって本件特許発明が明らかに無効であるということは,できない。
2 被告主張の本件特許発明の無効理由2(争点4のイ)について (1) 本件明細書及び本件公報の図面の記載(甲4)によれば,本件特許発明は次のとおりに分説することができる。
ア 衛星航法等絶対位置検出装置で検出される緯度経度情報等車両の絶対位置情報と, イ 各走行情報検出器(走行距離計及び走行方向検出器等)で検出される車両の走行情報と, ウ 各アークの分岐関係を含む情報を有する相対モード地図情報と, エ 該相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する絶対モード地図情報に基づき, オ 前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し, カ 相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき, キ 前記相対モード地図情報に対応する相対表示地図情報(経路名称及び/又は道案内等)を表示すること ク を特徴とする車両ナビゲーション方法。
(2) 被告は,前記の本件特許発明の構成のうち,「相対モード地図情報上の前記アークの分岐関係を含む地図情報パターンと前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」という構成要件カは,原明細書に記載されていないと主張するので,この点について検討する。
原明細書には「本出願人の出願になる特願昭60-017743に記載の各種地図情報等と,走行情報との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するシステム。」(乙2公報2頁右上欄15行目〜18行目),「位置検出装置により検出される緯度経度からエリアを特定し,該エリア番号から索引により相対モードに移行し,走行データにもとずき相対モードで位置検出,表示,アナウンス(以後,ナビゲートと呼ぶ)を行う。」(同6頁右上欄1行目〜6行目)という記載があり,乙2公報の第82-1図には「相対モードにより位置確定可能か?」という記載がある。
しかし,上記の各種地図情報等と走行情報との相互関係の比較がどのような内容の処理であるのか,相対モードでの位置検出とは具体的にどのような方法により行われるのかについては,具体的な記載はないから,上記原明細書又は図面(以下「原明細書等」という。)の記載からは,各種地図情報等と走行情報との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するとの技術が特願昭60-017743に記載されていたこと,相対モードでの位置検出が走行データに基づくものであること,相対モードによる位置確定が可能な場合があることが把握されるにとどまり,これを超えて,相対モード地図情報上のアークの分岐関係を含む地図情報パターンと各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の車両の位置を確定するとの技術事項までを把握することは,困難である。また,原明細書等の他の記載をみても,相対モード地図情報上のアークの分岐関係を含む地図情報パターンと各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置を確定することについての記載は,見当たらない。
以上によれば,本件特許発明構成要件カが,原明細書等に記載されていたと認めることはできない。
(3) 原告は,原明細書等における分岐関係に関する個別の記載箇所を指摘して,「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」という構成が原明細書等に記載されている旨を主張する。
しかしながら,本件明細書の「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」という構成は,その記載からみて走行パターンとの比較対象となるべきものを指すと解されるところ,原告が指摘する原明細書等の記載は,いずれも単なる地図情報が有する分岐関係を示すものであって,走行パターンとの比較処理には何ら関わらないものである。
したがって,原告の指摘する記載箇所から「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」という構成が原明細書等に記載されているとは認められない。
さらに,原告は,特願昭60-017743には絶対モードのみならず相対モードによる位置検出についても記載されている旨主張するが,特願昭60-017743に何が記載されているかは原明細書等に何が記載されているかに直接関わるものではないし,原明細書には「本出願人の出願になる特願昭60-017743に記載の各種地図情報等と,走行情報との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するシステム。」(乙2公報2頁右上欄15行目〜18行目)及び「相対モードによるナビゲートに並行して絶対モード位置検出(衛星航法,特願昭60-017743等による位置検出)処理され」(同6頁右上欄8行目〜11行目)との記載があることから,両者の記載に共通する「特願昭60-017743」を手がかりに原明細書等の記載を解釈すると,原明細書等の範囲では「各種地図情報と,走行情報との相互関係を比較することにより,移動体の位置を検出するシステム。」は絶対モード位置検出について記載したものと解するほかはない。
そして,このことは,原明細書の上記記載に引き続く箇所に「前記相対モードによる径路表示から絶対モードによる径路(衛星航法では,検出された緯度経度により,特願昭60-017743では,走行距離計及び方位検出器によるデータにより)表示される。」(乙2公報右上欄16行目〜20行目)という相対モードから絶対モードへの移行に関する記載があること,これに対応する図面の処理として,第82-1図の「相対モードにより位置確定可能か?」というボックスの判定が「no」のとき,第82-2図に移行し,「絶対表示形式により走行パターンと付近の地図パターンを比較」という処理が行われる旨の記載があることからも裏付けられる。
上記のとおり,「各種地図情報等と,走行情報との相互関係を比較することにより移動体の位置を検出するシステム。」という記載は,絶対モード位置検出について記載したものであって,これが本件特許発明の「前記各走行情報から算出される走行パターンとの比較により前記相対モード地図情報上の前記車両の位置確定が可能なとき」(構成要件カ)との技術事項を示すものということはできない。
原告の主張は,採用できない。
(4) 以上の認定判断によれば,本件特許発明は,原明細書等に記載された発明ということができないから,本件特許は,特許法44条1項所定の要件を欠くものであり,同条2項の規定を適用することはできない。よって,本件特許発明に係る特許出願は,原出願の時にしたものとみなすことはできず,その出願日は,分割出願の出願日である平成4年4月4日となる。
そうすると,本件特許発明とその出願前に頒布された刊行物である特開平3-26913号公報(乙6。出願公開日は平成3年2月5日である。)に記載された発明が同一の発明であることは当事者間に争いがないから,本件特許発明は,特許法29条1項3号により特許を受けることができないものであって,本件特許は同法123条1項2号により無効とされるべきものである。
したがって,本件特許には無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の損害賠償請求は権利の濫用として許されない。
3 以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一