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関連審決 無効2001-35017
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ5104特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
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平成15ワ1068損害賠償請求事件 平成15ワ28605当事者参加申立事件 判例 特許
関連ワード 使用方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  技術的意義 /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  間接侵害 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施権 /  専用実施権 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 4709号 特許権侵害差止等請求事件
原告O
原告P
同代表者代表取締役 Q
原告ら訴訟代理人弁護士 太田耕治
原告ら補佐人弁理士 竹中一宣
被告R
同代表者代表取締役 S
同訴訟代理人弁護士 松本直樹
裁判所 名古屋地方裁判所
判決言渡日 2002/08/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,別紙物件目録(イ号)及び同物件目録(ロ号)記載の各装置を製造し,譲渡し,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。(別紙省略)
事案の概要
本件は,生海苔の異物分離除去装置及び異物除去方法に係る各特許権を有する個人原告及びその専用実施権の設定を受けた会社原告が,被告に対し,被告の製造販売する海苔異物除去装置及び同装置を用いた異物除去方法が上記の特許発明技術的範囲に属すると主張して,上記各特許権に基づき,その製造等の差止めを求めた事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告O(以下「原告O」という。)は,次の各特許権(以下,各特許権を「本件X特許権」,「本件Y特許権」,「本件Z特許権」といい,総称して「本件各特許権」という。また,各特許権に係る明細書を「本件明細書X」,「本件明細書Y」,「本件明細書Z」といい,総称して「本件各明細書」という。)を有しており,原告Pは,原告Oから上記各特許権につき,専用実施権の設定を受けている(甲1ないし7)。
ア 本件X特許権 (ア) 発明の名称 海苔異物除去装置 (イ) 出願日 平成4年12月28日 (ウ) 出願番号 特願平9-365852 (エ) 分割の表示 特願平4-360312の分割 (オ) 登録日 平成12年2月18日 (カ) 特許番号 第3032862号 (キ) 専用実施権設定登録日 平成12年8月18日 イ 本件Y特許権 (ア) 発明の名称 生海苔の異物除去方法 (イ) 出願日 平成4年12月28日 (ウ) 出願番号 特願平7-273480 (エ) 分割の表示 特願平4-360312の分割 (オ) 登録日 平成12年10月20日 (カ) 特許番号 第3120319号 (キ) 専用実施権設定登録日 平成13年6月18日 ウ 本件Z特許権 (ア) 発明の名称 海苔異物分離除去装置 (イ) 出願日 平成4年10月13日 (ウ) 出願番号 特願平4-300386 (エ) 登録日 平成9年3月11日 (オ) 特許番号 第2617861号 (カ) 専用実施権設定登録日 平成12年8月18日 (2) 本件明細書Xの特許請求の範囲の請求項1,同2及び同5,本件明細書Yの特許請求の範囲の請求項1並びに本件明細書Zの特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,これらに記載された発明を,それぞれ順に「本件X特許発明1」,「本件X特許発明2」,「本件X特許発明5」,「本件Y特許発明」,「本件Z特許発明」といい,総称して「本件各特許発明」という。)。
ア 本件明細書Xの【請求項1】 海苔混合液から異物を分離除去する海苔異物除去装置において,分離槽に,上方が開放している第1分離室と,その第1分離室に対して分離壁によって仕切られている第2分離室を設け,その分離壁に生海苔の通過し得る狭い幅の分離孔を設け,上方が開放している第1分離室に海苔混合液を供給可能な供給手段と,第2分離室から海苔混合液を吸引して排出可能な排出手段を備え,海苔混合液を分離孔に通過させて異物を上方が開放している第1分離室に残すことを特徴とする海苔異物除去装置。
イ 本件明細書Xの【請求項2】 第2分離室を第1分離室に対して分離壁によって仕切られた閉鎖状態に設け,第2分離室から海苔混合液を吸引して分離壁の分離孔から海苔混合液を強制吸引することを特徴とする請求項1記載の海苔異物除去装置。
ウ 本件明細書Xの【請求項5】 第1分離室の底部に,第1分離室側に残された異物を第1分離室から外に取出す為の開閉可能な孔を設けたことを特徴とする請求項1記載の海苔異物除去装置。
エ 本件明細書Yの【請求項1】 生海苔の異物除去方法において,海苔製造工程の原藻切断洗浄工程で原藻切断した海苔混合液を分離壁に設けた生海苔の厚みより大きい幅の隙間に流通させ,生海苔と液体を隙間に一方側から他方側へ通過させ,隙間より大きい異物を隙間に掛止して分離壁の一方側に残し,隙間を通過した海苔混合液を貯留槽に貯留し,貯留槽に貯留した海苔混合液を海苔製造工程の海苔切断洗浄脱水工程に排出することを特徴とする生海苔の異物除去方法。
オ 本件明細書Zの【請求項1】 海苔混合液から小エビや小貝等の異物を分離除去する海苔異物分離除去装置において,海苔混合液を供給する供給口と海苔混合液を排出する排出口と供給口から排出口へ流れる流路とを備え,その流路の途中に海苔混合液の流れを横切る分離壁を設け,その分離壁には,生海苔を液体と共に通り抜けさせることが可能で異物を通り抜けさせないで係止するように,生海苔の厚みより僅かに大きい幅の細長い分離隙間を設け,更に分離壁の分離隙間が詰まらないように分離隙間から異物や生海苔を離脱可能な清掃装置を備えて成ることを特徴とする海苔異物分離除去装置。
(3) 本件X特許発明1,同2及び同5,本件Y特許発明並びに本件Z特許発明の特許請求の範囲の記載は,次のような構成要件に分説できる(以下,それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。)。
ア 本件X特許発明1 A 海苔混合液から異物を分離除去する海苔異物除去装置において, B 分離槽に,上方が開放している第1分離室と,その第1分離室に対して分離壁によって仕切られている第2分離室を設け, C その分離壁に生海苔の通過し得る狭い幅の分離孔を設け, D 上方が開放している第1分離室に海苔混合液を供給可能な供給手段と, E 第2分離室から海苔混合液を吸引して排出可能な排出手段を備え, F 海苔混合液を分離孔に通過させて異物を上方が開放している第1分離室に残すことを特徴とする海苔異物除去装置 イ 本件X特許発明2 G 第2分離室を第1分離室に対して分離壁によって仕切られた閉鎖状態に設け, H 第2分離室から海苔混合液を吸引して分離壁の分離孔から海苔混合液を強制吸引することを特徴とする I 請求項1記載の海苔異物除去装置 ウ 本件X特許発明5 J 第1分離室の底部に, K 第1分離室側に残された異物を第1分離室から外に取出す為の開閉可能な孔を設けたことを特徴とする L Iと同じ エ 本件Y特許発明 A′ 生海苔の異物除去方法において, B′ 海苔製造工程の原藻切断洗浄工程で原藻切断した海苔混合液を C′ 分離壁に設けた生海苔の厚みより大きい幅の隙間に流通させ, D′ 生海苔と液体を隙間に一方側から他方側へ通過させ, E′ 隙間より大きい異物を隙間に掛止して分離壁の一方側に残し, F′ 隙間を通過した海苔混合液を貯留槽に貯留し, G′ 貯留槽に貯留した海苔混合液を海苔製造工程の海苔切断洗浄脱水工程に排出することを特徴とする生海苔の異物除去方法 オ 本件Z特許発明 A″ 海苔混合液から小エビや小貝等の異物を分離除去する海苔異物分離除去装置において, B″ 海苔混合液を供給する供給口と海苔混合液を排出する排出口と供給口から排出口へ流れる流路とを備え, C″ その流路の途中に海苔混合液の流れを横切る分離壁を設け, D″ その分離壁には,生海苔を液体と共に通り抜けさせることが可能で異物を通り抜けさせないで係止するように,生海苔の厚みより僅かに大きい幅の細長い分離隙間を設け, E″ 更に分離壁の分離隙間が詰まらないように分離隙間から異物や生海苔を離脱可能な清掃装置を備えて成ることを特徴とする海苔異物分離除去装置 (4) 被告は,別紙物件目録(イ号)及び同物件目録(ロ号)記載の構成を有する海苔異物除去洗浄機(以下,それぞれ「イ号物件」,「ロ号物件」という。)を製造販売している。
なお,別紙物件目録(イ号)の第5図及び第6図並びに同物件目録(ロ号)の第4図及び第5図中の清掃ホース18がイ号,ロ号物件の隙間6に対して向けられたものであるかどうかについては,後記のとおり,当事者間に争いがあり,上記各図の記載は原告らの主張に沿ったものである。
(5) 本件Z特許発明について,訴外Tが,平成13年1月16日,特許庁に対し,無効審判の請求をした(無効2001-35017号,乙39の1ないし9)ところ,特許庁は,同年7月23日,原告Oに対し,同年7月16日付け無効理由通知書(乙34)を発したので,原告Oは,同年9月20日,特許庁に対し,特許請求の範囲を次のとおり訂正する旨の訂正請求をした(下線部分が訂正部分,甲8の2及び3)。これを受けて,特許庁は,平成14年2月27日,原告Oに対し,再度,同月20日付け無効理由通知書を発したので,原告Oは,同月27日,上記訂正請求をいったん取り下げた(甲11の9)上,再度訂正請求をした(ただし,本件Z特許発明についての訂正内容は同じである。甲11の11)。これに対し,特許庁は,同年4月23日,上記訂正を認めた上,本件Z特許発明を無効とする旨の審決をした(乙43)。
「海苔混合液から小エビや小貝等の異物を分離除去する海苔異物分離除去装置において,海苔混合液を供給する供給口と海苔混合液を排出する排出口と供給口から排出口へ流れる流路とを備え,その流路の途中に海苔混合液の流れを横切る分離壁を設けて供給口側の分離室と排出口側の排出室とし,前記排出口に排出ポンプの吸引口を連結し ,その分離壁には,生海苔を液体と共に通り抜けさせることが可能で異物を通り抜けさせないで係止するように,生海苔の厚みより僅かに大きい幅の細長い分離隙間を設け,更に流路途中の分離壁の分離隙間が詰まらないようにその流路途中の分離隙間から異物や生海苔を離脱可能な清掃装置を備えて成ることを特徴とする海苔異物分離除去装置。」 2 本件の争点及び争点についての当事者の主張 (1) イ号,ロ号物件が本件X特許発明1,同2及び同5並びに本件Z特許発明構成要件を充足するか。また,イ号,ロ号物件に係る生海苔の異物除去方法は,本件Y特許発明構成要件を充足するか。
具体的な争点は,次の構成要件の充足性であり,イ号,ロ号物件ないしイ号,ロ号物件に係る生海苔の一般的な異物除去方法がその余の構成要件を充足することは,当事者間に争いがない。
ア イ号,ロ号物件は,「分離槽」(構成要件B,I,L)を有するか。
イ イ号,ロ号物件は,「分離壁」(構成要件B,C,G,H,I,L,C′,E′,C″,D″,E″)を有するか。
ウ イ号,ロ号物件は,「分離孔」(構成要件C,F,H,I,L)を有するか。
エ イ号,ロ号物件は,「貯留槽」(構成要件F′,G′)を有するか。
オ イ号,ロ号物件は,「清掃装置」(構成要件E″)を有するか。
(原告らの主張) ア 分離槽について イ号,ロ号物件では,側板101と底板9から成る分離槽に,上方が開放している選別室2と,その選別室2に対して環状枠板部5及び回転盤7によって仕切られている中間室3が設けられているところ,選別室2と中間室3は,それぞれ第1分離室と第2分離室に該当し,かつ両者は一体に固着されているから,2部品から成る両者が1部材の「分離槽」を構成していることは明らかである。
イ 分離壁について 本件各特許発明における分離壁は,第1分離室と第2分離室を仕切っている仕切り部分をいうところ,イ号,ロ号物件では,当該仕切り部分に当たる,底部4,環状枠板部5及び回転盤7によって,選別室2と中間室3を仕切る「分離壁」を構成していることは明らかである。また,分離壁が静止しているか,動的であるかは,構成要件の解釈上重要なことではない。分離壁の一方又は双方が動的であることによって,隙間からの海苔の通り抜けを容易にするのであれば,動的なクリアランスは静的なクリアランスの延長線上にある。
ウ 分離孔について イ号,ロ号物件では,環状枠板部5及び回転盤7によって形成している,生海苔の通過し得る狭い幅の環状の隙間6(以下「クリアランス」ともいう。)が本件明細書Xの【発明の詳細な説明】の図8に示される環状の隙間と同様に「分離孔」に該当することは明らかである。
なお,X特許権の出願過程において,「分離孔」を「隙間」に補正する手続補正書が却下されたのは,補正書の提出が補正可能期間経過後であったためであり,審査により補正が認められなかったものではない。本件X特許発明における分離孔は,本件明細書Xの【発明の詳細な説明】の図8(実施例3)についての説明にあるとおり,円周状の環状のものを含んでおり,隙間の意味で用いられている。現に同じ原特許から分割した本件Y特許発明においては,「分離孔」を「隙間」に補正することが認められている。
エ 貯留槽について イ号,ロ号物件には,クリアランスを通過した海苔混合液を貯留する液槽22があり,その液槽22に貯留した海苔混合液を海苔製造工程の海苔切断洗浄脱水工程に排出するのであるから,「貯留槽」に該当することは明らかである。被告は,貯留槽はタンクと一体型のものに限定されると主張するが,本件明細書Yの【特許請求の範囲】にはその旨の記載はないし,作用効果の点からもそのように限定する必要はない。
オ 清掃装置について (ア) 被告は,清掃装置は,本件明細書Zに記載されているノズル若しくはブラシ又はそれらと等価なものを備えたものに限定されると主張するが,かかる主張は,実施例限定解釈に基づくもので,特許法70条に反し失当である。本件明細書Zの【特許請求の範囲】にはその旨の記載はないし,作用効果の点からもそのように限定する必要はない。清掃装置は,流路途中の分離壁の隙間が詰まらないようにその流路途中の隙間から異物や生海苔を離脱可能なものであれば足りる。
(イ) イ号,ロ号物件には,クリアランスの上方に海水噴射用の清掃ホース18が配設されているが,同ホースはクリアランスに向けられていて,客観的には落下の圧力ないし水流によりクリアランスを清掃し,詰まりを防ぐ役割を果たしており,ノズル等と同じく「清掃装置」に該当する。被告は,タンクに海苔混合液が貯まっているから,クリアランスに直接水はかからないと主張するが,タンクに貯まっている海苔混合液は,クリアランスの高さ程度であるから,水がクリアランスに直接掛かっていることは事実である。
(ウ) また,回転盤にはその周縁より突出した清掃用の爪片18aが設けられている。当該爪片は,回転盤の回転に伴ってクリアランスに掛かった異物や生海苔をこそぎ取るのであり,ブラシ等と同じく「清掃装置」に該当する。
(被告の主張) ア 分離槽について 本件明細書Xには,1つの分離槽を分離壁で分割する構造が開示されており,請求項でもそれを規定している。しかるに,イ号,ロ号物件では,原告らが第1分離室と主張している選別室2と,同じく第2分離室と主張している中間室3とは,別々に構成されており,1つの分離槽を分割したものではない。中間室3には,選別室2とは違って液体は貯まらないのであるから,その意味でも両者は区別されるものである。
よって,イ号,ロ号物件には「分離槽」が存在しない。
イ 分離壁について イ号,ロ号物件には「分離壁」が存在しない。原告らが分離壁を構成すると主張する各部材は,タンクである選別室2の底部に ,分離壁というべきものではない。本件各明細書の実施例には,分離壁というべきものの隙間を通過させるものが示されているのに対し,イ号,ロ号物件では,回転盤7の円周部の動的クリアランスを通過させるもので全く異なっている。
ウ 分離孔について イ号,ロ号物件では,環状枠板部5と回転盤7との間のクリアランスに海苔を通過させ,他方,異物はこれを通過できないことにより分離,除去される構造となっているところ,上記クリアランスは,円周状のものであり,「孔」とは異なる。
原告Oが,本件X特許権の出願過程において,「分離孔」を「隙間」に改めるべく手続補正をしようとした経緯(最終的にかかる補正は認められなかった。)からしても,「分離孔」と「隙間」とは区別されてしかるべきである。
よって,イ号,ロ号物件には「分離孔」が存在しない。
エ 貯留槽について 液槽22がクリアランスを通過した海苔混合液を貯めるものであることは認める。しかし,本件Y特許発明における「貯留槽」を単に貯めるものと解釈するならば,発明としては無意味なものであり,発明性があるといえるためには,何らかの特定の構成を有する貯留槽を設けるものと解釈するしかなく,実施例の参酌が必要である。そして,本件明細書Yに,「貯留槽5内には送給手段18によって第2分離室11から新たな海苔混合液が供給されると同時に貯留槽5内の海苔混合液の水が水還流手段32によって第1分離室10に還流されるので,貯留槽5内の海苔混合液の濃度が短時間で濃くなる。」との記載があることからすると,「貯留槽」は,少なくとも異物分離のためのタンク部分と一体型のものであり,かつ還流の仕組みがあるものに限られると解釈すべきである。しかるに,イ号,ロ号物件の液槽22はそのような構成となっておらず,「貯留槽」に該当しない。
オ 清掃装置について (ア) 本件Z特許発明において発明性を有するのは,「清掃装置」を備えている点のみであるが,海苔の異物除去装置において,清掃機能が付け加わることが望ましいことは自明のことであるから,清掃機能を有する装置を付けること自体は発明とはなり得ない。したがって,「清掃装置」が発明たり得るためには,それが特定の構成を有していることが必要であるが,【特許請求の範囲】にはその旨の記載がない。そこで,【発明の詳細な説明】の記載を参酌してその構成を把握することが不可欠であるところ,同記載によれば,清掃装置として,水を噴射するノズル及びブラシが説明されている。このことからすると,「清掃装置」は上記のようなもの又はそれと等価のものに限定されるべきである。
(イ) イ号,ロ号物件において,原告らが「清掃装置」として主張している清掃ホース18(パイプ)は,単に回転盤7の円周部付近に洗浄水を注ぎ入れるだけのものであって,クリアランス上の異物に対して直接に水を噴射したりするものではない。そもそも水を注ぎ入れる際には,タンク内に海苔混合液が貯まっているから,クリアランスには直接水はかからず,「清掃」ということはあり得ない。
(ウ) また,回転盤に取り付けられた爪片18aは,クリアランスや環状枠板部5に直接接することなく,クリアランスに掛かっている異物の絡んだ生海苔を回転盤の動きによって切断するにすぎないものであり,これらが上記のような清掃装置に該当しないことは明らかである。原告Oも,本件Z特許発明の審査過程において,清掃装置は,分離隙間が詰まらないようにするもので,詰まったごみを除くものは当たらない旨を主張しており,かかる主張に照らしても,爪片18aは「清掃装置」に当たらない。
(2) イ号,ロ号物件は本件Y特許発明に係る生海苔の異物除去方法にのみ用いられるものか(特許法101条間接侵害の成否)。
(原告らの主張) イ号,ロ号物件には,その海苔混合液導入管の先端に荒切カッター20(粗切り機)が付設されていて,通常の用法としては,このカッターで粗切りされた生海苔原藻が海苔混合液導入管を通じて第1分離室である選別室2に投入される構造となっている。被告は,粗切り機を使用しない用法があると主張するが,現実にはそのような使用方法はまれであり,イ号,ロ号物件は粗切り機を必須のものとして備えているし,その作動を当然の前提として製造,販売されている。このように,粗切り機を付設して販売していながら,その使用不使用をユーザーの判断に委ねているから間接侵害でないと主張することは信義則に反する。
また,水流式(海水から海苔を電気掃除機様のもので吸い取る方式のもので,吸い取る際に回転カッターで生海苔が切断される。)の生海苔摘採機を使用している場合でも,生海苔の品質によっては更に粗切りを必要とすることがあり,わざわざ粗切り機にスペーサーを挿入して,粗切り機を働かせないようにすることは実用的な使用方法ではない。
よって,イ号,ロ号物件は本件Y特許発明に係る生海苔の異物除去方法にのみ用いられるものであり,間接侵害が成立する。
(被告の主張) イ号,ロ号物件に粗切り機が付設され,典型的な使用方法として,粗切り機で切断された生海苔原藻が選別室2に投入されるようになっていることは認める。しかし,イ号,ロ号物件の使用に当たって,粗切り機を必ず使用しなければならないものではなく,粗切り機にプラスチック製のスペーサーを挿入して,粗切り機を働かせない方法もあり,現にユーザーの約2割はこのような使い方をしている。これは,生海苔の摘採機に水流式のものを用いる場合,生海苔と水を一緒に吸い込む際に,固定刃とそれにかみ合う回転刃によって構成される回転カッターによって,2センチぐらいの大きさに生海苔が切断され,再度粗切りする必要性がないためである。
したがって,イ号,ロ号物件は本件Y特許発明実施にのみ使用される装置とはいえず,間接侵害の成立の余地はない。
(3) 原告らの本件各特許権侵害に基づく各請求は,本件の各特許権には明白な無効理由が存在することにより,権利濫用であると認められるか。
(被告の主張) ア 本件X特許発明1について 原告らの主張によれば,本件X特許権1において発明性があるのは,第1分離室の上方が開放しているために,第1分離室に残った異物を確認しながら排出でき,また容易に清掃することができる点にある。しかし,異物除去装置は一種のろ過装置であるところ,ろ過装置(例えば,化学実験に使われる漏斗にろ紙を付けたもの,コーヒーのペーパードリップ)の上方が開放していることは古来より当然のことであり,それによって異物が除去しやすいというのも当然のことであって,それ自体発明といえるものではない。そして,生海苔の異物除去装置,方法等自体は,特開平5-41965号公報によって公知であった。
したがって,本件X特許発明1は新規性ないし進歩性を欠くものであって,同発明には明白な無効理由がある。
イ 本件X特許発明2について 本件X特許発明2は,本件X特許発明1に「強制吸引」のための閉鎖構造の点が加わっただけであるが,強制吸引の技術は太古の昔から当然にあり得るものであり,これら要件が加わったからといって発明というべきものではない。
したがって,本件X特許発明1と同様,本件X特許発明2には明白な無効理由がある。
ウ 本件X特許発明5について 本件X特許発明2は,本件X特許発明1に残留物を取り出すための「開閉可能な孔」の点が加わっただけであるが,残留物取出孔の技術は太古の昔から当然にあり得るものであり,これら要件が加わったからといって発明というべきものではない。
したがって,本件X特許発明1と同様,本件X特許発明5には明白な無効理由がある。
エ 本件Y特許発明について 本件Y特許発明は,原藻切断された海苔混合液を第1分離室に投入するということ,すなわち異物除去工程の前段階に原藻切断工程(粗切り)を設けるということのみを発明内容とするものであるが,粗切り機自体は本件Y特許発明の出願日以前から存在しており(特開昭55-127977号),海苔の異物除去の前に海苔を粗切りすることも本来の使用方法にすぎず,当然のことであって,発明とはなり得ない。
したがって,本件Y特許発明新規性ないし進歩性を欠くものであって,同発明には明白な無効理由がある。
オ 本件Z特許発明について 本件Z特許発明は,特許庁において無効審決がなされているところ,同審決の理由にあるとおり,本件Z特許発明は,特開昭58-6215号公報等の公知文献に記載された発明に基づき,当業者が容易に発明できたものであり,同発明は特許法29条2項に違反しているから,同発明には明白な無効理由がある。
(原告らの主張) ア 本件X特許発明1について 原告Oが本件X特許発明1を出願した当時,海苔混合液を隙間に流通させて異物を除去する生海苔異物除去機はいずれも閉鎖型,密閉型のものであって,上方開放型のものは存在しなかった。被告は,上方開放型のものが公知である旨主張するが,原告Oは,本件X特許発明1の審査の際に,上方開放のタンクを含む従来技術を特許庁に示し,その審査を経た上で特許として認められているのであり,被告援用の特開平5-41965号公報や上方開放のタンクが公知であるからといって,本件X特許発明1が無効になるわけではない。
また,被告は化学実験用の漏斗等を例に出して無効である旨主張するが,それらは生海苔異物除去機とは技術分野や目的が全く相違しており,例示自体に矛盾がある。
よって,本件X特許発明1に明白な無効理由は存しない。
イ 本件X特許発明2について 本件X特許発明1に明白な無効理由がないことは前述のとおりであり,これに「強制吸引」を付加した本件X特許発明2に明白な無効理由がないこともまた明らかである。本件X特許発明2は分離孔から海苔混合液を強制吸引することにより,海苔混合液を分離孔に効率よく通すことができ,異物除去能力を高める効果があり,十分な特許性を有している。
ウ 本件X特許発明5について 本件X特許発明1に明白な無効理由がないことは前述のとおりであり,これに「開閉可能な孔」を付加した本件X特許発明5に明白な無効理由がないこともまた明らかである。
エ 本件Y特許発明について 被告が粗切り機の存在資料として引用する特開昭55-127977号は生海苔の移送装置に関するものであって,異物除去装置に関するものではないから,被告の主張は失当である。
また,粗切り機は公知であっても,原藻切断した海苔混合液を分離壁に設けた隙間に流通させることは公知ではなかった。本件Y特許発明が出願された当時は海苔異物除去装置の黎明期であり,実用機や販売機は存在せず,海苔混合液を分離壁に設けた隙間に流通させて異物を除去する従来技術は,いずれも粗切りしない状態の海苔混合液を分離壁に設けた隙間に流通させて異物を除去するものであり,その当時,作業効率を高めるため,異物除去の前工程として生海苔を粗切りしておくという発想は全くなかった。特許庁においても,上記の従来技術について検討された結果,特許として認められているのである。
さらに,異物除去後の海苔混合液を連続的に排出することによって生じる弊害を除去するため,海苔混合液をいったん貯留し,必要に応じて次工程へ排出するための貯留槽を設けることも新規性及び進歩性を有していた。
オ 本件Z特許発明について 本件Z特許発明について,特許庁が無効審決をしたことは事実であるが,同審決の判断は誤りである。
当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件の充足性)について (1) 本件各特許発明の各【特許請求の範囲】においては,いずれも「分離壁」をその構成要素としているところ,被告は,イ号,ロ号物件が本件各特許発明における分離壁を備えていないとして,構成要件B,C,G,H,I,L,C′,E′,C″,D″,E″の充足性を争うので,まず,この点から検討する。
(2) 原告らは,イ号,ロ号物件においては,底部4,環状枠板部5及び回転盤7によって,選別室2と中間室3を仕切る分離壁を構成していると主張する。
ところで,特許法70条1項は,「特許発明技術的範囲は,願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」とし,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添附した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定する。これらの規定の趣旨に照らせば,特許請求の範囲に記載された文言の意味内容を解釈するに当たっては,当該文言の一般的な意味内容を基礎としつつも,当該特許発明の性質並びに明細書の発明の詳細な説明に記載された特許発明の目的,その目的達成の手段として採られた技術的構成やその作用効果の記載及び図面を参酌して,その文言により表現された技術的意義を考察した上で,客観的合理的に解釈確定すべきである。
これを本件各特許発明についてみると,本件各明細書の【特許請求の範囲】には,「分離壁」について,「その第1分離室に対して分離壁によって仕切られている第2分離室を設け」,「第2分離室を第1分離室に対して分離壁によって仕切られた閉鎖状態に設け」(以上,本件明細書X),「隙間より大きい異物を隙間に掛止して分離壁の一方側に残し」(本件明細書Y),「その流路の途中に海苔混合液の流れを横切る分離壁を設け」(本件明細書Z)との記載があるのみで,これ以上にその意義を確定するための具体的な記載がないことから,「分離壁」をその字義どおり,単に「(生海苔から異物を)分離するための仕切壁」と解釈し,このような解釈に沿って構成要件の充足性を考える場合には,イ号,ロ号物件における底部4,環状枠板部5及び回転盤7から成る「壁」も「分離壁」に該当すると考えられなくもない。
しかしながら,本件各特許発明は,いずれも一種のろ過機能を利用した生海苔の異物除去に係る発明であるところ,本件各明細書の各実施例を見ると,そこに記載された分離壁はいずれも周知慣用のろ過体にすぎない。すなわち,本件明細書X,同Yにおける図1ないし5及び7(第1,第2実施例),本件明細書Zの図1,2,4及び7(第1,第2及び第5実施例)で説明されている実施例は,いずれも円筒周面に多数の孔(隙間)が形成されたものであるところ,これらはろ過装置としては,極めて通常のものであり,本件各特許権の出願時において,既に公知のものである(網や側壁に多数の小孔を設けることにより分離を行うものとして,乙37,39の3)。また,本件明細書X,同Yにおける図8(第3実施例),本件明細書Zの図5(第3実施例)に説明されるコイルスプリングを用いたものも,同様に公知というべきである(リング状に形成したウエッジワイヤーを所定間隔に多数並列させることにより分離を行うものとして乙35)。さらに,本件明細書Zの図6(第4実施例)に説明される多数の分離棒を用いたもの,本件明細書Zの図8(第6実施例)に説明される多数の分離隙間を形成した無端帯状のもの,本件明細書Zの図9(第7実施例)に説明される水平テーブル型のものは,いずれも前記の円筒状の分離壁に設計上の変更を加えたにすぎないものである。このように,本件各明細書の実施例に記載された分離壁には,孔ないし隙間が壁の面に広く分布形成されており,ろ過装置としては通常のものである。そうすると,本件各明細書において実施例として説明される本件各特許発明の分離壁は,複数の部材から構成されていたり,あるいはそれ自体が全体として回転あるいは移動することはあっても,ろ過装置として通常用いられるのものにすぎない。
これに対して,イ号,ロ号物件において,原告が分離壁の構成要素として主張する回転盤7は,その周囲に固定された環状枠板部5(及び底部4)に対して相対移動するものであり,その結果,原告が「孔」に当たると主張するクリアランスを形成する周りの辺(枠)が常に高速移動することにより生海苔等の詰まりを防止する機能を有し,かつ遠心力を発生させて異物をはね飛ばすことを目的の一つとしてタンクの底部で高速回転するものであって,これらの機能は通常のろ過装置とは明らかに異なっている。また,その構成について見ても,回転盤7はタンクの底部の大部分を占めていて,それ自体には孔ないし隙間は形成されておらず,回転盤7と環状枠板部5との間に円周状のクリアランスが形成されているにすぎない。
以上のことからすると,当業者が本件各明細書を見た場合,本件各特許発明における「分離壁」は,1つの壁を形成する部分が複数に分割されて相対移動するようなものではなく,通常のろ過体としてのスクリーン状の「壁」であると解するのが相当であり,イ号,ロ号物件のような環状枠板部5と回転盤7を組み合せたものとは根本的に技術思想が異なるというべきであるから,これを本件各特許発明における「分離壁」として認識することはおよそ困難である。したがって,イ号,ロ号物件における底部4,環状枠板部5及び回転盤7によって形成される「壁」が「分離壁」に該当するとはいえない。
よって,イ号,ロ号物件及びイ号,ロ号物件に係る生海苔の異物除去方法は,構成要件B,C,G,H,I,L,C′,E′,C″,D″,E″を充足しないと判断するのが相当である。
2 以上の次第で,原告らの本訴各請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 加藤幸雄
裁判官 舟橋恭子
裁判官 富岡貴美