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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
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事件 平成 12年 (ネ) 2645号 各損害賠償請求控訴事件
控訴人 キッセイ薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 青柳ヤ子
同 林 いづみ
被控訴人 白鳥製薬株式会社 (以下「被控訴人白鳥」という。)
訴訟代理人弁護士 久保田 穣
同 増井和夫
訴訟復代理人弁護士 橋口尚幸
被控訴人 三恵薬品株式会社 (以下「被控訴人三恵」という。)
被控訴人 進化製薬株式会社 (以下「被控訴人進化」という。)
上記2名訴訟代理人弁護士 床井茂
同 古川健三
被控訴人兼被控訴人菱山製薬販売株式会社訴訟承継人 菱山製薬株式会社 (以下「被控訴人兼承継人菱山」という。ただし,被控訴人と訴訟承継人の 立場を明瞭に分ける場合に,それぞれ「被控訴人菱山」,「承継人菱山」というこ ともある。)
被控訴人 株式会社ニプロ (以下「被控訴人ニプロ」という。)
上記2名訴訟代理人弁護士 小松 陽一郎
同 近藤惠嗣
同 小野昌延
被控訴人 ソルベイ製薬株式会社 (以下「被控訴人ソルベイ」という。)
被控訴人 科研製薬株式会社 (以下「被控訴人科研」という。)
被控訴人 扶桑薬品工業株式会社 (以下「被控訴人扶桑」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士 大下信
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人進化は,控訴人に対し,連帯して金2億8366万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研は,控訴人に対し,連帯して金3億4728万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人ソルベイは,控訴人に対し,連帯して金1億6368万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人扶桑は,控訴人に対し,連帯して金4億5918万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ニプロ及び被控訴人兼承継人菱山は,控訴人に対し,連帯して金2億8047万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 控訴人に対し,被控訴人三恵及び被控訴人白鳥及び被控訴人進化は,連帯して金924万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研は,連帯して金1132万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人ソルベイは,連帯して金532万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人扶桑は,連帯して金1498万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ニプロ及び被控訴人兼承継人菱山は,連帯して金914万円を,それぞれ支払え。
8 控訴人のその余の請求を棄却する。
9 訴訟費用は第1,第2審とも全部被控訴人らの負担とする。
10 この判決は,第2項ないし第7項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 選択的請求その1 (ア) 主文第1項ないし第6項及び第9項,第10項と同旨 (イ) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,金5000万円を支払え。
(2) 選択的請求その2 (ア) 原判決を取り消す。 (イ) 被控訴人三恵及び被控訴人白鳥は,控訴人に対し,連帯して金7億2000万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(ウ) 被控訴人三恵及び被控訴人進化は,控訴人に対し,連帯して金1億0354万7264円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(エ) 被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研は,控訴人に対し,連帯して金1億8253万0530円及び内金1億5791万2285円に対する平成4年4月1日から,内金2461万8245円に対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(オ) 被控訴人ソルベイは,控訴人に対し,金6953万8722円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(カ) 被控訴人扶桑は,控訴人に対し,金2億3572万7839円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(キ) 被控訴人兼承継人菱山及び被控訴人ニプロは,控訴人に対し,連帯して金2億2294万9946円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(ク) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して金5000万円を支払え。
2 被控訴人ら (1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 当審における控訴人の新請求をいずれも棄却する。
事案の概要
本件は,新規物質である「新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法」に係る特許権(原判決のいう「本件特許権」。本判決においても,同様にいう。)を有していた控訴人が,本件特許権の目的物質の一つであるトラニラストを製造販売し若しくはトラニラストを使用した製剤を製造し,これを販売した被控訴人らに対し,特許法104条生産方法の推定規定の適用を前提として,本件特許権侵害に基づく損害の賠償を求めている事案である。被控訴人らは,当審において,原審において主張していたトラニラストの製造方法の主張を撤回し,これとは反応条件等が異なるトラニラストの製造方法を新たに主張立証しようとしたため,時機に後れた防御方法として却下されるべきかどうかが,主たる争点となった。なお,菱山製薬販売株式会社(以下「旧菱山販売」という。)は,平成12年10月13日,被控訴人菱山に吸収合併され,被控訴人菱山がこれを承継した。
当事者の主張
当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを引用する(本判決においても,「本件発明方法」,「トラニラスト」,「被告主張方法」,「被告製剤」,「三恵特許」との語を,原判決の用法に従って,用いる。)。
1 控訴人の当審における主張の要点 (1) 時機に後れた防御方法の却下の申出 被控訴人らは,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として,原審以来主張してきた別紙目録(1)記載の被告主張方法を,当審において撤回し,別紙目録(2)記載の製造方法(以下「被控訴人主張方法」という。)を新たに主張するとともに,被控訴人主張方法を立証するものとして,被控訴人白鳥において,製造記録その他の書証を丁第107号証ないし第282号証(以下「本件第2製造記録等」といい,その製造記録(丁第107ないし第144号証)を「本件第2製造記録」という。)としてその提出の申出を行い,被控訴人兼承継人菱山及び被控訴人ニプロにおいて,上記丁号証と同一の書証を丙第30ないし第205号証として,その提出の申出を行い,その余の被控訴人らにおいて上記各証拠を証拠として援用するとの申出をしている。しかし,被控訴人らのこのような防御方法の提出は,いずれも,時機に後れた防御方法として,民事訴訟法157条1項に基づき,却下されるべきである。
(ア) 時機に後れた防御方法の提出 (a) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)を除く被控訴人らについて 被控訴人白鳥,並びに,被控訴人三恵,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山ら6名(以下「被控訴人ら6名」という。)は,平成2年11月21日付け被告ら準備書面及び被控訴人科研の原審の答弁書をもって,被控訴人白鳥のトラニラスト製造方法として,被告主張方法を主張し,その後,上記被控訴人らは,全員,被告主張方法を11年にわたり,原審及び控訴審を通じて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法である,と主張し続け,その立証として,乙第5,第6,第8,第10,第35ないし第40,第219ないし第282号証(各枝番を含む。)を,被控訴人白鳥の真実の製造記録(以下「本件製造記録」という。)であるとして,提出してきたものである。被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人弁護士は,平成2年の提訴時から平成10年5月ころまで,床井茂弁護士(以下「床井代理人」という。)であり,床井代理人と上記被控訴人らのその当時の補佐人山田文雄弁理士,山田洋資弁理士(以下両名を「山田ら補佐人」という。)が,一貫してこの主張,立証活動をなしてきたものである。なお,床井代理人と山田ら補佐人は,平成10年5月ころには,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名中4名の訴訟代理人,補佐人を辞任し,その後は,被控訴人三恵及び被控訴人進化のみの訴訟代理人,補佐人として,活動している。
被控訴人白鳥は,原審において準備手続期日を合計51回,口頭弁論期日を13回経て,控訴審においても口頭弁論期日を3回経た後,平成2年5月に提訴されてから約11年を経過した時点において,被控訴人白鳥の平成13年3月22日付け準備書面によって,従前の被告主張方法の主張を撤回し,新たに被控訴人主張方法を主張し,また,本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第277号証)の提出の申出をした。被控訴人ら6名は,その後の期日で,被控訴人白鳥の上記主張及び証拠を援用した。なお,被控訴人白鳥は,その後の期日で,同趣旨の書証として,丁第278ないし第282号証の書証の提出を申し出ており,被控訴人ら6名はこれも援用している。
このような被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の従前の被告主張方法の撤回,及び,被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等の証拠としての提出行為ないし援用行為は,時機に後れた防御方法であることが明らかである。
(b) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年6月及び10月にそれぞれ提訴されてからも,平成11年9月22日までの2年前後の期間,本件特許権侵害について主張立証する機会を与えられていた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,原審において,平成9年9月26日付けの被控訴人(被告)ニプロの準備書面と,平成10年5月13日付けの旧菱山販売の準備書面において,それぞれ被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が被告主張方法である,と主張し,その後,被控訴人白鳥が書証として提出していた本件製造記録を明示的に援用し,平成11年9月22日の第13回口頭弁論期日においては,被控訴人白鳥が本件製造記録の一部として提出した丁第31号証及び丁第89ないし第92号証が,時機に後れたものとして却下された場合に備えて,自己の書証として,丙第21ないし第25号証として提出した。
被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,両名が平成2年6月に侵害行為を開始してから11年後に,また,平成9年に提訴されてから4年後に,平成13年6月7日付け準備書面において,被控訴人白鳥の製造方法につき,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張し,その後,本件製造記録が虚偽のものであったとして,丙第30ないし第205号証(本件第2製造記録等)の提出を申し出ている。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売のこの防御行為は,原審において,被控訴人ニプロについて準備手続期日を16回,旧菱山販売について準備手続期日を合計13回,口頭弁論期日を各1回,控訴審において4回の口頭弁論期日を経た後になされたものである。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売によるこの防御方法の提出が,時機に後れた防御方法の提出であることは,明らかである。
(イ) 故意又は重過失について (a) 被控訴人白鳥の故意 被控訴人白鳥は,自ら実施していない虚偽の製造方法である被告主張方法を主張し続け,虚偽の製造方法を記載した本件製造記録を証拠として裁判所に提出し,控訴審において,本件製造記録の原本のコピー汚れ等により,本件製造記録が捏造(ねつぞう)されたものであることが控訴人によって明らかにされてから,被控訴人主張方法を主張し,本件第2製造記録等の証拠の提出行為をしたのであるから,故意により,時機に後れた防御方法を提出したものであることは明らかである。
(b) 被控訴人ら6名の故意又は重大な過失 @ 被控訴人ら6名は,本件発明方法の目的物質であるトラニラストを使用して被告製剤を製造販売するものであるから,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が本件特許権を侵害するものであるかどうかを調査確認する義務を負っており(特許法103条),また,訴訟当事者としても,被控訴人白鳥が現実にその工場で使用していた製造方法を調査確認した上で,これを主張すべき義務も負っていた(民事訴訟法2条,民事訴訟規則85条,旧民事訴訟規則4条)。しかし,被控訴人ら6名は,被控訴人白鳥の実際の製造方法について,全く調査していないにもかかわらず,平成2年11月に,被控訴人白鳥の製造方法が被告主張方法であると主張し,その後約11年間同主張を維持し続け,今日に至って,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張している。被控訴人ら6名のこのような新たな防御方法の提出が,少なくとも重大な過失により,時機に後れて提出されたものであることは明らかである。
A 民事訴訟法157条1項の「故意又は重過失」は,本人又は訴訟代理人のいずれかにあればよいと解すべきである。平成2年に提訴された当初から平成10年5月まで,被控訴人ら6名及び被控訴人白鳥の訴訟代理人であった床井代理人は,当審における被控訴人白鳥の主張によれば,被控訴人白鳥に対し,製造記録を書き換えて本件製造記録を作出することを指示していたものであり,これによれば,被控訴人白鳥が被告主張方法を実施していないことを知りながら,故意に,その主張を継続し,捏造された本件製造記録を証拠として提出してきたものである。
B 仮に,床井代理人に故意がないとしても,弁護士は,法律事務処理の専門家として,自ら訴訟において主張すべき事実や証拠についての調査義務を負うべきである。床井代理人は,原審において,平成2年11月21日付け被告ら準備書面等で,被控訴人白鳥が採用していた製造方法が被告主張方法であると主張し,平成2年から平成7年までの間に,本件製造記録を書証として提出してきたものである。床井代理人は,この間,被控訴人白鳥の工場において日々作成された製造記録等の原本を調査確認すれば,本件製造記録が捏造されたものであることを容易に知り得たのである。したがって,床井代理人が,故意又は重大な過失により,被控訴人白鳥の製造方法として被告主張方法を主張し,本件製造記録を書証として提出したものであることは,明らかである。
(c) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)の重大な過失 @ 被控訴人ニプロは,被控訴人菱山に50%出資している親会社であり,旧菱山販売には100%出資していた関係にある。 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売と被控訴人菱山(以下この三社を「被控訴人ニプログループ」という。)は,三者謀議の上,被控訴人菱山が,被控訴人三恵からトラニラストを継続的に購入し,トラニラスト製剤であるチタルミン錠を製造して,これを,極めて低廉な価格で親会社である被控訴人ニプロに販売し,被控訴人ニプロも旧菱山販売に極めて低廉な価格で販売し,旧菱山販売のみが,第三者に対し一般的な価格で販売して,チタルミン錠の販売による主たる利益を得るとの販売価格体系を形成していた。被控訴人ニプロも旧菱山販売も,被控訴人菱山と,このような密接な関係を有していたのであるから,被控訴人菱山が平成2年5月に本件訴訟を提起されたときから,あるいは,平成2年6月に,チタルミン錠の製造販売を開始した当初から,被控訴人菱山と同様に,本件特許権を侵害するかどうかの事実を調査すべき義務があったのである。
しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,このような調査を一切行わなかった。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)が,今になって,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張し,本件第2製造記録を書証として提出しようとすることは,故意に匹敵する重大な過失によって,時機に後れて防御方法を提出する行為であることが,明らかである。
A 小松代理人は,その受任時から,法律事務処理の専門家である弁護士として,自ら事実や証拠について調査すべき義務を負っていた。しかし,小松代理人は,被控訴人白鳥の工場において実施されていたトラニラストの製造方法の検分も,本件製造記録の原本の検討もしておらず,また,トラニラストの収率の追試実験も指示していない。そのため,小松代理人は,提訴から5年を経過した時点で,被控訴人白鳥の主張変更を受けて,トラニラスト製造方法であるとしていた被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張しようとしているものであり,重大な過失により,時機に後れた防御方法を提出しようとしているものであることが,明らかである。
(ウ) 訴訟完結の遅延 裁判所が被告主張方法の撤回と被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等の新証拠の提出を認めなかった場合は,本件訴訟は速やかに終結することができる。これを認めた場合は,控訴人は,被控訴人らが主張する被控訴人主張方法について, @ その追試方法を検討し, A それを追試して製造方法としての実施可能性及び再現性を確認し, B 工場における実際の製造方法として,各操作方法の実現性を作業記録等と比較検討し, C 収量・収率,医薬品としての品質規格の適否等 の分析を行い, D 確認された収量・収率に基づいて,被控訴人白鳥が既に提出している使用原料量やトラニラスト製造量との整合性の確認を行い, E 全ロットの全製造量と,全製造期間とについて,被控訴人白鳥が既に提出している各製剤メーカーに対し譲渡した数量との整合性の確認調査を行う, 必要がある。
控訴人は,これらの追試実験,分析,調査,検討を新たに行う必要があるため,侵害かどうかを審理するために,更に5年の期間が必要になる。また,これまでの11年間の時間と費用と労力をかけて行った,控訴人の被告主張方法についての立証活動が無駄になる。
(2) 特許法104条の推定覆滅事由について (ア) 被告主張方法及び本件製造記録並びに被控訴人主張方法について 被控訴人らは,原審において主張してきた被告主張方法が,被控訴人白鳥が実際に実施してきた製造方法ではないこと,及び,本件製造記録が,被控訴人白鳥が現実にその工場において実施してトラニラストを製造していた方法を日々記録した「現実の製造記録」ではないことを,控訴審において認めている。
被控訴人らは,その上で,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人白鳥が実施してきた製造方法は,被控訴人主張方法である,と主張している。しかし,被控訴人らのこの主張が時機に後れた防御方法であり,却下されるべきものであることは,上記のとおりである。
したがって,被控訴人らは,被告主張方法によっても,被控訴人主張方法によっても,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証することはできず,本件においては,特許法104条の推定が覆滅されることはあり得ない。
(イ) 被控訴人らは,被告製剤については,HPLC分析の結果,本件発明方法により製造された物とは異なる不純物が発見されているのであるから,特許法104条の規定による推定は覆滅されている,と主張する。
しかし,ある物質のHPLC分析のみからでは,当該物質の「製造方法」は判明しないのであり,HPLC分析によって,被告製剤に含有されるトラニラスト原末が被告主張方法によって製造されたとの事実を本証として立証することはできない。
被控訴人らが提示したHPLCパターンは,本件特許権の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実施例1及び3として記載された原料物質を使用した合成反応中の,被控訴人らが恣意(しい)的に設定した特定の条件下において反応させた場合についての,限定されたHPLCパターンにすぎず,被控訴人らは,本件発明方法のHPLCパターン,すなわち本件発明方法の技術的範囲に属する極めて多数の製造方法のすべてが示すHPLCパターンを立証していないのである。したがって,HPLC分析によっては,被告製剤が本件発明方法で製造されたものではない,ということを本証として立証することは不可能である。
被控訴人らが主張する被控訴人主張方法及び本件第2製造記録が時機に後れた防御方法として却下されれば,上記のとおり,そもそもHPLC分析の結果を論じる必要性自体が失われることになる。
したがって,いずれの点からしても,HPLC分析では,特許法104条の推定を覆滅することはできない。
(ウ) 被控訴人白鳥が被控訴人主張方法について医薬品の製造承認を受けていること自体から,被控訴人白鳥の製造方法が被告主張方法であるとの事実を証明することは到底できない。これにより,特許法104条の推定を覆滅することはできない。
(3) 被控訴人ニプログループの過失について 被控訴人ニプログループは,無過失の主張をする。しかし,同グループについて,特許法103条過失の推定を覆すべき事情がないことは明白である。
(4) 共同不法行為について (ア) 被控訴人白鳥が,被控訴人三恵の委託により,遅くとも昭和63年10月から本件特許権の存続期間満了日である平成5年1月18日までトラニラスト原末を製造し,これを被控訴人三恵に譲渡し,被控訴人三恵がこれを被控訴人ら中の製剤メーカーらに譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人白鳥と被控訴人三恵の間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(イ) 被控訴人進化が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラスト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までトラニラスト製剤であるシンベリナカプセルを製造し,これを被控訴人三恵又は第三者に譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人進化の間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(ウ) 被控訴人ソルベイが,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラスト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までトラニラスト製剤であるベセラールカプセル,ベセラールドライシロップを製造し,これを被控訴人科研又は第三者に譲渡した行為,並びに,被控訴人科研が,上記のようにして仕入れたベセラールカプセル,ベセラールドライシロップを第三者に譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人ソルベイ・被控訴人科研との間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(エ) 被控訴人扶桑が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラスト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までトラニラスト製剤であるバリアックカプセル,バリアック細粒,バリアックドライシロップを製造し,これを譲渡した行為ついては,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人扶桑との間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(オ) 被控訴人菱山が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラスト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年6月から上記満了日までトラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し,これを被控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人ニプロが上記のようにして仕入れたチタルミン錠を旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販売が上記のようにして仕入れたチタルミン錠を第三者に譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人ニプログループとの間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(カ) 被控訴人白鳥及び被控訴人三恵が,昭和63年9月に,被控訴人扶桑との間に締結した契約では,控訴人との間で本件特許権の侵害訴訟が生じることまでもが想定された上で,その訴訟の処理は被控訴人三恵及び被控訴人白鳥の責任と負担において遂行すること,また,本件特許権侵害訴訟で生じた判決又は裁判上の和解により確定した損害賠償金については,トラニラスト原末から生じた純利益に比例してこれを分担することまでもが定められているのであり,被控訴人白鳥・被控訴人三恵の原末メーカーと本件被控訴人ら中の製剤メーカーとのほかの契約からみても,三社は運命共同体ともいうべき密接な関連共同関係にあった。
(キ) 以上のいずれの点からしても,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人ら中の各製剤メーカーらとの間のみならず,被控訴人ソルベイと被控訴人科研との間,並びに,被控訴人ニプログループとの間にも,客観的関連共同性が認められる。
(5) 損害について (ア) 特許法第102条1項に基づく逸失利益相当損害の主張(選択的主張) (a) 被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量 被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量の実数は,本件特許権存続期間内に譲渡された数量に限ってみても,トラニラスト(原末)換算で少なくとも総計約9839sを下回るものではないと合理的に推認されるものである。しかし,本件訴訟は,提訴後既に10年以上を経過しているため,控訴人は,当審における損害審理をできるだけ早期に終了させるために,被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量については,あえて,被控訴人らが自認した限度でのトラニラスト製剤の製造数量を「譲渡数量」として採用して主張する。なお,控訴人が,本件特許権存続期間内に製造された数量をもって「譲渡数量」と主張するのは,本件特許権の存続期間内に製造されたトラニラスト製剤は侵害品であり,特許権存続期間後に譲渡された場合であっても,当該譲渡によって失った控訴人のトラニラスト製剤であるリザベンの市場機会の喪失は,期間内の侵害行為と相当因果関係にある損害といえるからである。
被控訴人らが自認するトラニラスト製剤の製造数量は次のとおりである。
@ 被控訴人進化は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日(本件特許権の存続期間満了日である。)までにトラニラスト製剤であるシンベリナを719万カプセル製造し,被控訴人三恵又は第三者に販売した。
A 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを636万0600カプセル,ベセラールドライシロップを240万4860g製造し,被控訴人科研に譲渡し,被控訴人科研はこれを第三者に譲渡した。
B 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを297万2740カプセル,ベセラールドライシロップを115万8140g製造し,第三者に譲渡した。
C 被控訴人扶桑は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるバリアックカプセル860万2800カプセル,バリアック細粒129万3600g,バリアックドライシロップ171万9840gを製造し,第三者に譲渡した。
D 被控訴人菱山は,遅くとも平成2年6月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるチタルミン錠を710万9000カプセル製造して,被控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人ニプロはこれを旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販売はこれを第三者に譲渡した。
(b) 控訴人のトラニラスト製剤リザベンの単位数量当たりの利益額 控訴人は,昭和57年から今日に至るまでトラニラスト製剤リザベンを製造し販売しており,被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造・譲渡行為がなければ同数量のリザベンを販売することができたものである。
リザベンの平成2年から平成5年までの平均利益額は,リザベン(カプセル)は1カプセル当たり73.54円,リザベン(細粒)は1g当たり73.38円,リザベン(ドライシロップ)は1gあたり74.70円である。
(c) 控訴人の実施の能力 控訴人のトラニラスト製剤リザベンのトラニラスト原末の製造を控訴人から受託していた郡山化成株式会社の製造能力は月間約1300s(年間約16トン)であり,同じく控訴人からトラニラスト原末の製造を受託していた和光純薬株式会社の製造能力は月間約1300s(年間約16トン)であり,控訴人のこれらの下請製造会社によるトラニラスト原末の製造能力は年間約32トンに及んでいる。平成2年から平成5年の間,控訴人には,被控訴人らによる譲渡数量分について実施の能力が優に存在した。
(d) したがって,控訴人が被控訴人三恵及び被控訴人白鳥並びにその余の各被控訴人らに対し請求することができる特許法102条1項による損害額は,前記製造量に前記控訴人の単位数量当たりの利益額を乗じた額として算出され,その額は別表(1)「102条1項損害一覧表」の「損害額(円)」欄に記載したとおりである。被控訴人らの行為は,前記(4)のとおり,共同不法行為に当たるので,控訴人は,別表(1)記載の各被控訴人らに対し,一部請求として,別表(1)の「控訴審一部請求額(円)」の欄記載の各金額及び不法行為の後の日から民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を求める。
(イ) 特許法102条2項に基づく逸失利益相当損害の主張(選択的主張) (a) 被控訴人白鳥及び被控訴人三恵が共同不法行為であるトラニラスト原末の製造販売行為によって得た利益 被控訴人白鳥は,被控訴人三恵からの独占的製造委託を受けて,遅くとも昭和63年10月から平成5年1月18日までに,少なくともトラニラスト原末10トンを製造し,これを被控訴人三恵に販売し,被控訴人三恵はこれを各製剤メーカーらに販売した。
被控訴人三恵のトラニラスト原末販売単価は,1s当たり14万5000円であり,少なくとも売上高は14億5000万円である。その利益額は12億円を下回るものではない。
被控訴人白鳥と被控訴人三恵の行為は,上記のとおり共同不法行為に当たるので,控訴人は,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵に対し,上記金額の一部請求として,連帯して,7億2000万円の支払を求める。
(b) 被控訴人製剤メーカーらが得た利益 控訴人は,被控訴人製剤メーカーらに対しては,被告製剤の製造販売によって得た利益相当額を損害賠償として請求するものである。
控訴人は,トラニラスト製剤の,「製造量」,「販売単価」,「製造原価」については,被控訴人らが自認した限度での数値あるいは乙号証に記載された数値を採用して主張することとする。
以上述べたところに基づき,被控訴人製剤メーカーらの得た利益の額を算出すると,別表(2)「102条2項損害一覧表」の「損害額」欄記載のとおりとなる。
被控訴人三恵と被控訴人進化,被控訴人ソルベイと被控訴人科研,被控訴人菱山と被控訴人ニプロ及び旧菱山販売の各行為は,上記のとおり共同不法行為に当たるので,控訴人は,別表(2)記載の被控訴人らに対し,上記「損害額」の欄記載の各損害額の一部請求として,別表(2)の「一部請求額」の欄記載の各金額及び不法行為の後の日から民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を求める。
(ウ) 特許法102条3項に基づく逸失利益相当損害の主張(予備的主張) (a) 被控訴人ら製剤メーカーらによるトラニラスト製剤の製造数量は,特許法102条1項に基づく主張に関して前記(ア)(a)に述べたとおりである。
(b) 実施料相当額 控訴人は,原審においては,本件特許権についての「実施に対し通常受けるべき金銭の額」(旧2項)として,控訴人は通常の実施料相当額として薬価の20%を相当とするとの主張を行った。
トラニラストは,控訴人の永年にわたる研究と多額の資金を投入した新規開発物質であって,控訴人の最有力商品であり,資金の早期回収を図るためにも,リザベンによって最大限の利益を確保する必要があった。したがって,本件特許権の存続期間中は,控訴人自らのみが実施するものとしていて,他者にライセンスを与える方針は全く有していなかった。
このような状況下において侵害者から得る「実施に対し受けるべき金銭の額」とは,控訴人が失ったトラニラスト製剤の独占的地位に見合うべきものであり,その額は少なくとも薬価の40%を下回るものではない。
被控訴人らの行為は,前記(4)のとおり,共同不法行為に当たる。したがって,控訴人は,別表(3)の「102条3項損害一覧表」記載の被控訴人らに対し,別表(3)の「損害額」欄記載の損害額の一部請求として,同表「一部請求額」の欄記載の各金額及び不法行為の後の日から民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を求める。
(エ) 弁護士費用相当額の損害 控訴人は,被控訴人らの本件特許侵害行為のために本件訴訟の提起及び本件控訴の提起を余儀なくされたものであり,控訴人が控訴人訴訟代理人らに支払を約した弁護士費用相当額の損害を被(こうむ)った。
本件事案の性質,内容,複雑さ,被控訴人が多数であること,そして特に,原審判決(103頁〜114頁)においても指摘されているとおり,「本件は,被告らの主張,立証が極めて長くかかった事件であ」り,「被告らの訴訟活動は,以下のとおり,証拠提出の順序,時期及び方法のいずれの点においても,公正さを欠き,信義誠実に著しく反する」ものであったため,平成2年の提訴以来,異常なほど長期間にわたる訴訟係属を余儀なくされたものであること等にかんがみれば,被控訴人らによる本件侵害行為の差止請求(被控訴人らによる不当な訴訟遅延行為がなければ平成5年1月18日の期間満了前の差止めが期待できた。)及び損害賠償請求のために要した弁護士費用のうち,少なくとも5000万円は,控訴審における弁護士報酬金として,本件特許権侵害行為と相当因果関係のある損害に当たるというべきである。
控訴人は,被控訴人らに対し,弁護士費用相当損害に係る賠償として,上記金額を連帯して支払うよう求める。
(オ) 時機に後れた攻撃方法について 被控訴人らは,控訴人の特許法102条1項に基づく主張が時機に後れた攻撃方法である,と主張している。しかし,現行特許法102条1項が施行されたのは平成11年1月1日である。原審は,平成11年9月に口頭弁論を終結し,控訴人は,控訴審の第1回期日で特許法102条1項の主張をしているのであるから,何ら時機に後れたものではない。
(カ) 消滅時効について 控訴人は,損害賠償請求対象期間における被控訴人らによる本件不法行為事実については,原審における平成5年1月14日付け原告第6準備書面,平成5年11月16日付け訴え変更申立書,平成5年12月6日付け訴え変更申立書によって,不法行為による消滅時効が成立する前に損害賠償請求を行っている。控訴審における特許法102条1項に基づく請求は,同一の不法行為事実についての逸失利益損害額について,単に計算の仕方として別のものを採用したにすぎない。
上記の時効の中断がこれにも及ぶのは当然である。
2 被控訴人らの当審における反論の要点 (1) 被控訴人らは,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法について,従前から,本件製造記録に基づいて,別紙目録(1)記載の被告主張方法である,と主張してきた。しかし,本件製造記録が本物の製造記録ではないことが判明したため,本物の製造記録である本件第2製造記録に基づいて,被控訴人のトラニラストの製造方法を,別紙目録(2)記載の被控訴人主張方法のとおりに修正する。また,被控訴人白鳥は,被控訴人主張方法の立証のために,丁第107ないし第282号証(本件第2製造記録等)を提出し,その余の被控訴人らは,この丁号証を援用する。なお,被控訴人兼承継人菱山並びに被控訴人ニプロは,上記丁号証と同一の書証を丙第30ないし第205号証として提出する。
(2) 時機に後れた防御方法の提出について (ア) 時機に後れた新しい防御方法かどうかについて (a) 被控訴人主張方法は,被告主張方法と反応温度,塩酸の入れ方,洗浄方法等が異なるだけであり,原料として3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸を使用していることに変わりはなく,被告主張方法と異なる製造方法であるということはできず,新たな防御方法であるとはいえない。
(b) 「時機に後れた防御方法」とは,訴訟の具体的な進行状況からみて,それ以前に提出することが期待できる客観的状況があったのに,これを提出しなかったことをいう。被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,被控訴人白鳥の内部の事情に関与する機会はなく,本件製造記録の作成経過などを知ることは不可能であった。
したがって,被控訴人白鳥を除く被控訴人らにとって,被告主張方法から被控訴人主張方法への主張の修正及び本件第2製造記録の証拠としての提出などの行為は,時機に後れたものとはいえない。
(イ) 故意又は重大な過失について (a) 被控訴人ら6名について 被控訴人ら6名は,被控訴人三恵から,被告主張方法でトラニラストを製造することは十分に可能であること,被控訴人白鳥が,被控訴人三恵が有する三恵特許の製造方法製造承認を受けた上でトラニラストを製造しているとの説明を受けていたことから,これを信頼していたものである。被控訴人ら6名及びその訴訟代理人が,それ以上に被控訴人白鳥の工場に行って実際の実施方法を検分し,本件製造記録等を調査をする義務はない。被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属する事柄について,調査に応じることもあり得ないのであるから,被控訴人ら6名が,事前に被控訴人主張方法及び本件第2製造記録等を証拠として提出することは極めて困難である。被控訴人ら6名について,上記防御方法の提出が時機に後れていたとしても,重大な過失はない。
被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人が平成10年まで共通の訴訟代理人(床井代理人)により,訴訟活動をしていたとしても,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑と,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵とは,製剤メーカーと原末メーカー若しくは原末の販売者であり,敗訴した場合には製剤メーカーが原末メーカーに責任を追及するなど,互いに利益相反する立場にある。この点からすれば,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の代理人であった床井代理人が,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑に対し,本件製造記録が改変されたものであることを告げることを期待することはできなかった。このように,訴訟代理人が事実を本人に告げずに訴訟行為を継続した場合に,その不利益を本人に帰属させることは,民事訴訟における真実の重みを著しく軽視するものであって,妥当ではなく,信義則上も許容されないものである。したがって,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑については,控訴審において,被控訴人白鳥の製造方法について新たに被控訴人主張方法を主張し,本件第2製造記録等の書証を提出することについて,故意又は重大な過失はない。
(b) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に提訴される前は,本件訴訟の存在を知らなかった。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が平成9年に提訴されたときは,原審においては,平成2年に提訴された被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名について,侵害かどうかについての審理が終了し,損害についての審理がなされていた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,原審において,自ら販売したチタルミン錠について不純物分析を行い,本件発明方法によっては生成されないイサト酸無水物が含有されることを確認し,また,被告主張方法について実施可能かどうかを実験により確認した上で,被告主張方法を援用したものである。
被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,そもそも被控訴人白鳥とは直接の取引関係にはなく,被控訴人白鳥と直接折衝し,自ら被控訴人白鳥の工場検分や製造記録の閲覧をすることができる立場にはなかった。
したがって,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が,被控訴人白鳥の訴訟代理人の調査を信頼し,本件製造記録について疑いを持たずに被告主張方法を援用し,控訴審において,その主張を被控訴人主張方法に修正し,丙第30ないし第205号証の本件第2製造記録等を提出したとしても,そのことについて重大な過失はない。
被控訴人ニプロが被控訴人菱山に資本参加していたとしても,親会社である被控訴人ニプロが,子会社である被控訴人菱山が被告となっている訴訟に,子会社と同じレベルで関与し,調査を尽くす義務はない。
共同訴訟人の過失は,別々に考慮されるべきであり,丙第30ないし第205号証の本件第2製造記録等は,第3者である被控訴人白鳥の支配領域にあった証拠であるから,被控訴人ニプロと旧菱山販売の重大な過失の認定には慎重な配慮が必要である。
(ウ) 訴訟の完結の遅延について 被控訴人らが,被告主張方法を被控訴人主張方法に修正し,本件第2製造記録等を新たに証拠として提出しても,控訴人としては,せいぜい追試等をするのに数日間を要するだけであり,訴訟の完結は遅延しない。
(エ) 本件第2製造記録提出経過についての被控訴人白鳥の反論(被控訴人白鳥のみの主張) (a) 被控訴人白鳥が真実の製造記録である本件第2製造記録を提出しなかった理由は,次のとおりである。
@ 被控訴人白鳥が実施していた製造方法によると,反応の途中で, 2-(3',4'-ジメトキシスチリル)-3・1-ベンゾオキサジンー4-オン(以下「N6」という。)が最大で5%くらい副生する。被控訴人白鳥の当初の訴訟代理人であった床井代理人と山田ら補佐人は,これが控訴人が有する別の特許権を侵害すると判断したため,被控訴人白鳥に対し,反応温度及び塩酸添加の態様を変更するように指示した。しかし,被控訴人白鳥は,指示された方法では,実際上の操作が煩わしかったので,これに従わず,従来どおりの製法でトラニラストを製造した。また,被控訴人白鳥は,薬事法上の製造承認の前から,トラニラストの製造を開始していたため,本件製造記録においては,その作業日を製造承認日以降に修正した。
A 被控訴人白鳥は,平成3年の1月と3月に,床井代理人及び山田ら補佐人と打合せの上,その指示の下に,反応温度と塩酸添加態様と製造日時の点を書き直し,記録の形式を簡単にしたものを本件製造記録として,3ロット分,裁判所に提出した。被控訴人白鳥は,平成4年にも,床井代理人及び山田ら補佐人と打合せの上,その指示の下に,本件製造記録を3ロット分,裁判所に提出し,平成7年にも,同様に本件製造記録を大量に裁判所に提出した。
(b) 床井代理人は,被控訴人三恵の取締役である。被控訴人三恵は,被控訴人白鳥が本件製造記録を上記のような態様で提出したことを知っていたはずである。
(3) 特許法104条の推定覆滅事由について (ア) 特許法104条の規定による推定が働くのは,新規な物質と同じ物は,同じ方法で製造されているとの蓋然(がいぜん)性があるためである。しかし,本件においては,被控訴人白鳥がトラニラストを製造していた時期には,その製造方法は既に幾つもあったのであるから,この規定による推定が生じる根拠がそもそもなくなっていた。したがって,本件については,104条の規定による推定は働かない。
(イ) 特許法104条の推定を覆滅するためには,被控訴人白鳥により製造されたトラニラストが,本件発明方法によって製造されたものではないことを主張立証すれば足りる。覆滅の方法に制限があるわけではない。そして,被告製剤については,HPLC分析の結果,本件発明方法により製造された物とは異なる不純物が発見されているのであるから,特許法104条の規定による推定は覆滅されている。
(ウ) 本件について,特許法104条の規定による推定が働くとしても,被控訴人白鳥が提出した本件第2製造記録及び被控訴人主張方法の主原料である3,4-ジメトキシ桂皮酸と無水イサト酸の購入証明書,被控訴人主張方法の収率が60数%であるのに対し,本件発明方法による収率が約30%であること,被控訴人白鳥は,被控訴人主張方法について,医薬品の製造承認を受けており,製造承認を受けていない方法で実施することはあり得ないことからすれば,被控訴人白鳥が,被控訴人主張方法を実施してトラニラストを製造していることは既に明らかであり,特許法104条の推定は覆滅されている。
(4) 被控訴人ニプロ,被控訴人菱山及び旧菱山販売(承継人菱山)(以下「被控訴人ニプログループ」という。)の無過失について 特許法103条は,特許権侵害行為があった場合には,その侵害行為について過失があったものと推定している。無過失の抗弁が成立するためには,一般には,@特許権の存在を知らなかったことに相当の理由のあること,あるいは,A技術的範囲に属さないと信じることに相当の理由のあること,のいずれかが主張立証されなければならない,とされている。しかし,無過失の抗弁は,このような場合に限定されると解すべきではなく,自己の行為が特許権を侵害していないと信じるについて相当の理由がある場合一般を含むと解すべきである。
被控訴人ニプログループは,トラニラスト製剤の製造販売の流れの中では川下に位置していたため,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が本件特許権を侵害しているかどうかを調査する手段は限られており,被控訴人ニプログループが原審において実際に行った不純物解析・収率解析・反応機構解析により侵害の有無を判断するしか方法はなかったものである。そして,被控訴人ニプログループが,このような科学的解析をした結果,非侵害との科学的事実が確認されたのであるから,被控訴人白鳥の本件製造記録に作為があって,後日の訴訟において科学的事実を主張することが禁じられ,科学的事実と異なる訴訟上の真実が認定されることについては,予見可能性も結果回避可能性もなかったのである。したがって,被控訴人ニプログループは,無過失である。
被控訴人菱山は,原審において,床井代理人を訴訟代理人に委任していたものの,床井代理人の専門家としての非侵害との積極的な言辞を信じるほかにない立場にあったのであり,床井代理人が本件製造記録に作為があったことを被控訴人菱山に告げることを期待することもできなかったのであるから,上記のとおり,無過失であることに変わりはない。
(5) 共同不法行為について 共同不法行為が成立するためには,@各人の行為がそれぞれ独立して不法行為の要件を具備していること,A各人の行為が客観的に関連し共同していること,が必要である。本件については,@の要件がないことは,既に述べたとおりである。Aの要件については,被控訴人らの行為は,時,場所,相手方等を異にする別個独立の行為であるから,これを全体的に1個の共同行為とみることはできない。被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,特許権侵害行為を知ることも疑うことも不可能な立場にあったのであるから,被控訴人らの各行為には,1個の共同行為と観念し得る結びつきはない。Aの要件もない。
被控訴人白鳥は,被控訴人三恵から,被控訴人三恵が開発した三恵特許による製造方法に基づくトラニラスト原末製造の注文を受け,製造した原末を被控訴人三恵に納入したにすぎない。被控訴人三恵を除く他の被控訴人らも,独自の判断で,被控訴人三恵からトラニラスト原末を購入し,トラニラスト製剤を製造販売したものであり,共同不法行為は成立しない。
(6) 損害について (ア) 特許法102条1項の主張について (a) 時機に後れた攻撃方法 控訴人は,平成12年8月31日の控訴人第1準備書面において,初めて特許法102条1項の主張をしている。改正特許法が平成11年1月1日に施行され,特許法102条1項が新設されてから,1年8月が経過しており,この間に7回も期日を重ねていたのであるから,この主張は,時機に後れた攻撃方法の提出である。また,上記逸失利益の損害については,民法709条に基づいても請求できたのであり,かつ,平成10年5月18日の時点で被控訴人らのトラニラスト製剤の譲渡数量が争いがなくなっていたのであるから,この点からも,控訴人は,平成11年1月の改正法施行以降,より早い時期に特許法102条1項の主張をすることができた,ということができるのである。
控訴人代理人は,特許訴訟を専門とする弁護士であるから,上記のとおり時機に後れたことについて,故意又は重大な過失があったことは明らかであり,また,これにより,訴訟の完結が遅延することも明らかである。
(b) 控訴人の不実施 控訴人は,トラニラスト原末の製造販売をしていなかったのであるから,特許法102条1項の規定の適用はない。
(c) 損害の額について @ 特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益」は,権利者が自己の製品を製造販売するために必要な初期投資を終えた後に得られる製品1個当たりの利益であり,売上げから追加の製造販売を行うのに必要な経費を控除した限界利益である。
しかし,この限界利益は,売上げから変動経費のみならず,当該製品の製造販売に直接関連する固定経費も一部控除すべきものであり,リザベンに関する販売費は,当然控除されるべきである。また,特許権者における特許製品の製造販売の比率が高ければ,一般管理費についても,当該製品の製造販売に直接寄与した固定費として,控除の対象とすべきである。控訴人のリザベンは主力製品の一つであり,その売上高は,控訴人の総売上げ高の25%を占めており,控訴人の販売費と一般管理費の合計額は,平成2年度から平成4年度にかけて,総販売額の60%であるから,これを一切控除しないのは不合理である。控訴人の販売費及び一般管理費のうち,リザベンの売上げ高に対応する金額を差し引くと,控訴人のリザベンの1カプセル当たりの利益額は,26.36円となる。
そうでなければ,リザベン1カプセルの販売単価は,78.51円であるから(甲312号証),控訴人が主張する利益73.54円では,利益率が93.66%となり,非常識である。
A 被控訴人らにより,本件特許権存続期間中に製造され,存続期間終了後に販売されたトラニラスト製剤については,そのトラニラスト製剤の数量分だけ特許製品の販売数量が減少したとの経験則は働かないので,特許法102条1項の規定は適用されない。
(d) 102条1項ただし書きについて @ 控訴人は,トラニラスト原末を製造し,これを製剤加工して販売するという業務形態を採っているのに対し,被控訴人ニプログループは,被控訴人菱山においてトラニラスト原末を仕入れて,これを製剤加工し,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がトラニラスト製剤を販売するという異なる業務形態を採っていたため,その利益額は,控訴人の平均利益額に比べ著しく低い。すなわち,控訴人のリザベン1カプセル当たりの利益額は,平成4年度で73.54円であるのに対し,被控訴人菱山のチタルミン錠の1錠当たりの利益額は1.48円,被控訴人ニプロは0.26円,旧菱山販売で17.03円である。公平の観点から,特許法102条1項の規定の適用は,排除されるべきである。
A 平成2年ないし平成4年当時のいわゆるジェネリック医薬品(後発品)の売上げは,先発品の5%程度であるのに対し,リザベンの売上げは,これを大きく上回る割合で減少しているのであるから,平成2年から平成4年にかけてのリザベンの売上げの減少は,後発品である被控訴人らのトラニラスト製剤の販売によるものではない。
リザベンが昭和57年に発売された後,同効薬として,昭和58年にザジデン,昭和61年にアゼプチン,昭和62年にセルテクト等が発売され,これらの同効薬がリザベンの売上げの減少に影響を与えた。平成11年9月から同12年8月までの売上げでは,ザジデンはリザベンの約4倍,アゼプチンは約2倍,セルテクトは約4倍に達している。この点からすれば,上記3つの同効薬は,平成2年から平成4年にかけても,リザベンの売上げ減少に大きく影響を与えたものである。
控訴人は,平成4年から,ドメナンを発売している。このドメナンの平成4年度の総売上げは24億9980万3900円である。ドメナンは,控訴人のリザベンと市場が競合しており,控訴人の営業活動の重点がドメナンにシフトしたために,リザベンの売上げが減少したものである。
以上からすれば,被控訴人らのトラニラスト製剤の後発品の販売により,リザベンの売上げが減少したとの関係は存在せず,本件については,特許法102条1項の規定の適用はない。
(e) 消滅時効 @ 控訴人は,原審においては,特許法102条2項及び3項に基づく請求をしていたものの,同条1項に基づく請求をしていなかった。控訴人は,遅くとも被控訴人ニプロに対する訴え提起日である平成9年6月10日には,損害及び加害者を知っていたのであるから,特許法102条1項に基づく請求をした平成12年8月31日には,既に3年が経過し,消滅時効が成立しているものである。被控訴人らは,この消滅時効援用する。
A 控訴人は,原審では,共同不法行為に基づく損害賠償を請求していなかったのであるから,控訴審において,共同不法行為に基づく請求を追加するのは,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものであり,この点からも消滅時効が成立するものである。被控訴人らは,この消滅時効援用する。
B 控訴人は,原審において,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研に対し,連帯して3億1449万2195円の損害賠償を支払うよう請求し,その後,その金額を被控訴人ソルベイ及び科研に対する1億8253万0530円,被控訴人ソルベイに対する6953万8722円の請求に減縮した。また,控訴人は,被控訴人扶桑に対し,2億3877万9270円の請求をし,その後,これを2億3572万7839円に減縮した。このように,控訴人は,1個の債権の数量的な一部についてのみ請求していたのであるから,残部については時効中断の効力は及ばず,控訴審において,この残部について請求を拡張しても,その部分は,既に時効により消滅しているものである。
(イ) 特許法102条2項について 控訴人は,トラニラスト原末を本件発明方法以外の方法で第三者に製造させ,自らはその製造販売をしていなかったのであるから,特許法102条2項の規定の適用はない。
(ウ) 特許法102条3項について (a) 控訴人は,原審において,20%と主張していた実施料相当額の割合を,控訴審において40%に変更した。控訴審におけるこの予備的主張は,上記(ア)(a)と同様に,時機に後れた攻撃方法である。また,既に3年の消滅時効が成立しているので,これを援用する。
(b) 実施料相当額が,被控訴人らの売上高に,実施料率5%を掛けたものを超えることはあり得ない。
(エ) 弁護士費用相当額について (a) 控訴人の主張は,控訴審における弁護士費用相当額としては,高額にすぎる。
(b) 本訴は,平成2年5月15日に提訴されており,弁護士費用相当額の損害賠償請求は,平成5年5月15日に消滅時効が完成している。被控訴人ソルベイ,被控訴人科研,被控訴人扶桑は,この消滅時効援用する。
当裁判所の判断
当裁判所は,被控訴人らにより当審においてなされた,被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等(丁第107ないし第282号証,丙第30ないし205号証)の提出行為を,いずれも,被控訴人らの故意又は重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法であり,これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認め,却下する。また,被控訴人らによる,特許法104条その他の推定を覆滅する事由の主張及びその他の主張はいずれも理由がなく,控訴人の損害賠償請求は,被控訴人らに対する弁護士費用相当額の一部を除き,理由がある,と判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 時機に後れた防御方法の却下について (1) 民事訴訟法157条1項について 弁論主義の下においては,一方の当事者が誠意をもって迅速に訴訟追行を行わず,身勝手な訴訟追行を行う場合には,訴訟の審理は不当に遅延せしめられ,迅速な訴訟の完結を希求する相手方当事者に対し不当な不利益を強いるのみならず,正常な訴訟機能一般を阻害する結果となる。民事訴訟法157条1項は,このようなことを防止するために,「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については,これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは,裁判所は,申立てにより又は職権で,却下の決定をすることができる。」と定め,弁論主義の下における,適正迅速な裁判の実現を目指している(本件は,いずれも現行民事訴訟法施行日より前に提起されているため,民事訴訟法156条(適時提出主義)についてはその適用はなく(民事訴訟法附則11条),旧民事訴訟法137条(随時提出主義)が適用されるものの,民事訴訟法157条1項は,本件について適用される(同附則3条本文)。)。当裁判所は,次に詳細に認定するとおり,平成2年に提訴されて以来,本件訴訟の迅速な進行が妨げられた主たる理由は,被控訴人らが,その製造記録を捏造して(正確には、捏造を行ったのは被控訴人らの中の一部である。),これを裁判所に書証として提出し,これに基づいて被告主張方法を主張し続けてきたことにあると判断する。
(2) 時機に後れた防御方法の提出について 民事訴訟法157条1項に定める「時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法」とは,訴訟の具体的進行状態からみて,現実に提出された時機以前に提出すべきであったと認められる攻撃又は防御方法のことをいうと解すべきである。本件のように,控訴審において新たな防御方法が提出された場合には,第1審からの全過程を通じて,「時機に後れて提出した」かどうかを判断すべきは,当然である。
(ア) 被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名について 本件発明方法の目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘導体又はその塩(被控訴人白鳥が製造しているトラニラストはこの中に含まれる。)は,本件特許権に係る出願前に日本国内において公然知られた物ではないことは原判決第二2のとおりであるから,本件については特許法104条の規定が適用され,被控訴人白鳥が製造しているトラニラストは,本件発明方法により生産したものと法律上推定される。したがって,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年に本件訴えが提起された当初から,被控訴人白鳥が実施しているトラニラストの製造方法が本件発明方法の技術的範囲に属しないものであることを,抗弁として主張立証することを求められていたものであり,このことは,本件記録上明らかである(以下特に証拠を記載しない部分は,記録上明らかな事実あるいは当事者間に争いのない事実である。)。
被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人弁護士は,平成2年に提訴された当初から平成10年3月ないし6月まで,床井代理人である(床井代理人は,原審において,被控訴人菱山については平成10年3月4日に,被控訴人白鳥については平成10年4月30日に,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑については平成10年6月1日に,各訴訟代理人を辞任した。)。床井代理人は,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人として,平成2年11月21日付け被告ら準備書面及び被控訴人科研の原審における答弁書をもって,被控訴人白鳥は,被告主張方法を実施してトラニラストを製造してきたと主張し,また,平成3年から平成7年にかけて,これを立証する証拠として,本件製造記録(乙第5,第6,第8,第10,第35ないし第40,第219ないし第282号証(各枝番を含む。))を裁判所に提出してきた(なお,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成3年に3ロット分,平成4年に3ロット分の本件製造記録しか提出せず,平成7年に至って大量の本件製造記録を提出している。製造記録は,本来,被控訴人白鳥が平成2年から平成5年までに製造出荷したトラニラストの各ロット分について速やかに提出できたものであり,このような書証の提出行為の遅れが,原審の迅速な進行を妨げた一因となっていたことは明らかである。)。本訴における主たる争点は,主張の側面からいえば,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法は,本件発明方法とは異なるものであるのか,換言すれば,被控訴人白鳥は,実際に被告主張方法を実施してトラニラストを製造していたのかどうか,という点にあり,これを立証の側面からいえば,被告主張方法が記載されている本件製造記録が被控訴人白鳥の本物の製造記録であるのか,それとも,本物の製造記録ではなく,本件訴訟に書証として提出する目的のために捏造されたものであるのか,という点にあった。被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年の本訴提起から平成13年4月12日の控訴審第4回口頭弁論期日の前まで約11年間にわたり,原審における準備手続期日合計51回,口頭弁論期日13回,控訴審における口頭弁論期日3回,通算67回の審理期日において,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として被告主張方法を主張し,その証拠として本件製造記録等を提出し,この間,控訴人からの,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法は,被告主張方法ではない,本件製造記録は本物の製造記録ではない,との趣旨の様々な主張,立証に対して,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法は,被告主張方法である,本件製造記録は,本物の製造記録であり,被控訴人白鳥は,本件製造記録のとおりに実施していた,と主張し,それを立証するための活動を続けてきた。
しかし,控訴審において,控訴人から本件製造記録の原本についてコピー汚れ等の種々の不自然な点があることを追及され,その立証として甲第60ないし第311号証(各枝番を含む。)を提出されると,被控訴人白鳥は,控訴審の第4回口頭弁論期日において,その平成13年3月22日付け第2準備書面により,本件製造記録は本件訴訟用に作成されたものであり,実際の製造記録ではない,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として,これまで主張してきた被告主張方法は,実際の製造方法とは,反応温度,塩酸添加の方法,洗浄方法等が異なるとして,これを撤回し,被告主張方法の記載を修正した別紙目録(2)記載のもの(被控訴人主張方法)が実際の製造方法であるとして,これを新たに主張した。また,本件製造記録を提出するに至った経緯として,被控訴人白鳥の訴訟代理人である久保田穣弁護士(以下「久保田代理人」という。)は,原審の途中で平成10年5月に床井代理人から事件を引き継いだものであり,本件製造記録の原本が文書提出命令により裁判所に保管されていた期間が長く,久保田代理人自身がその原本を確認したことはなかったため,本件製造記録が実際の製造記録ではなく,本件訴訟用に作成されたものであることは,今回,控訴人から本件製造記録の原本について種々の指摘を受け,被控訴人白鳥の担当者と改めて詳しく打合せをして初めて打ち明けられたことである,被控訴人白鳥が真実の製造記録を裁判所に提出しなかった理由は,床井代理人又は山田ら補佐人が,被控訴人白鳥の実際の製造方法が,控訴人が有している別の特許権を侵害するものと考えたためと,被控訴人白鳥が実際には薬事法上の製造承認の日の前から製造していたことから,その薬事法違反の事実を隠すためであること,裁判所には平成3年に3ロット分について本件製造記録を作成して提出したものの,その後も,床井代理人又は山田ら補佐人の指示で,平成4年に3ロット分について本件製造記録を作成して証拠として提出し,その後,裁判所からすべての製造記録の提出を要求されたため,床井代理人又は山田ら補佐人の指示で,平成7年ころに大量に本件製造記録を作成し,これを書証として提出した,と主張し,これに加え,本物の製造記録である本件第2製造記録,及び,本件製造記録を作成するに至った上記のような経緯を記載した被控訴人白鳥の責任者,担当者等の陳述書等を被控訴人主張方法を立証する証拠として提出したい,との新たな書証提出の申出をした。
これに対し,控訴人は,控訴審の第4回口頭弁論期日において,平成13年4月12日付け控訴人第3準備書面を陳述し,被控訴人白鳥の,被告主張方法の撤回,被控訴人主張方法の主張,本件第2製造記録の書証の提出に対し,いずれも時機に後れた防御方法であるとして,却下の申立てをした。
被控訴人白鳥にとって,その工場におけるトラニラストの製造方法を開示し,その手元にある製造記録を提出することは極めて容易なことであるから,特許法104条の規定が適用される本件においては,本来,原審の当初の段階において,抗弁として,そのトラニラストの製造方法の主張立証をすべきであった。したがって,被控訴人白鳥が,控訴審の第4回口頭弁論期日において,本訴提起以来11年間にわたり,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として主張してきた被告主張方法を撤回し,被控訴人主張方法を新たに主張すること,及び,そのために,本件第2製造記録を書証として提出することが,時機に後れた防御方法であることは,極めて明らかなところである。
被控訴人ら6名も,特許法104条の規定が適用される本件においては,本来,原審の当初の段階において,抗弁として,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証すべきであった。被控訴人ら6名が,控訴審における第6回期日以降に,被控訴人白鳥の上記の新たな防御方法,すなわち,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として,原審以来約11年間主張してきた被告主張方法を撤回し,被控訴人主張方法を主張し,被控訴人白鳥が丁第107ないし第282号証として書証提出の申出をしている本件第2製造記録等を明示的に援用すること,あるいは,被控訴人菱山のように,上記丁号証と同一の書証を丙第30ないし第205号証として,その書証提出の申出をすることが,時機に後れた防御方法の提出に当たることも,極めて明らかである。
(イ) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に控訴人から提訴され,その後小松陽一郎弁護士等を訴訟代理人として訴訟行為を遂行してきた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,それぞれ,原審において,平成9年9月26日付けの被控訴人ニプロの準備書面と,平成10年5月13日付けの旧菱山販売の準備書面とにおいて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が被告主張方法であると主張して以来,一貫してその主張を維持し,被控訴人白鳥が提出していた本件製造記録を書証として援用してきた(被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,原審の平成11年9月22日の第13回口頭弁論期日において,被控訴人白鳥が本件製造記録の一部として提出した丁第31号証及び丁第89ないし第92号証が,時機に後れたものとして却下された場合に備えて,これを自己の書証として,丙第21ないし第25号証として提出したこともあった。)。
しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)は,被控訴人菱山とともに,控訴審の平成13年8月9日の第7回口頭弁論期日において,平成13年6月7日付け第2準備書面により,上記(ア)の被控訴人白鳥の新たな防御方法を援用し,被控訴人白鳥の製造方法の主張としては,被告主張方法の主張を撤回して,被控訴人主張方法を主張し,その立証として,被控訴人白鳥が書証として提出を申し出た本件第2製造記録等を援用し,さらに,その後の期日において,本件第2製造記録等(丁第107ないし第282号証)の提出の申出が時機に後れたものとして却下された場合に備えて,これと同じものを丙第30ないし第205号証として提出するとの申出をしている。
被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)のこの防御方法の提出は,原審において,被控訴人ニプロについて準備手続期日を合計16回,旧菱山販売について準備手続期日を合計13回,口頭弁論期日を各1回,控訴審において6回の口頭弁論期日を経て,提訴以来4年経過後に,控訴審においてなされたものである。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)は,特許法104条の規定が適用される本件においては,本来,平成9年に提訴された当初の段階において,抗弁として,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証すべきであったのであるから,両名のこの防御方法の提出が,時機に後れた防御方法の提出であることは,明らかである。
(ウ) 被控訴人らは,被控訴人主張方法は,被告主張方法と反応温度,塩酸の入れ方,洗浄方法等が異なるだけであり,原料として3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸を使用していることに変わりはなく,異なる製造方法ということはできない,と主張する。しかし,時機に後れた防御方法かどうかを判断するに当たっては,被告主張方法と被控訴人主張方法とが同一の製造方法を一部修正したにすぎないのか,あるいは,異なる製造方法であるのか,というような,結局は言葉の問題に帰着する基準によってではなく,端的に,控訴人がこのような主張の変更に対し,新たな主張立証をどの程度する必要があるのかを基準として,これを決定すべきである。すなわち,控訴人が,被控訴人主張方法に対し,従前の被告主張方法に対する主張立証をおおむね援用するだけでは足りず,被控訴人主張方法について改めて追試実験をし,工場における製造方法として各操作工程が可能であるか等を改めて製造記録等と対比し,また,トラニラストの実際の製造量と収率・使用原料の量的な検討,製造記録における全ロットの製造量と実際の販売量との整合性の検討,見直し等をする必要が生じる場合,被控訴人主張方法が,時機に後れた防御方法となるものであることは明らかというべきである。そして,被控訴人主張方法の主張に対しては,次のとおり,控訴人が上記のような追試実験・分析・調査・検討を新たに行う必要があるものであることは明らかであるから,被控訴人主張方法は,新たな防御方法の提出行為であり,これが従前の被告主張方法を修正したものにすぎず,新たな防御方法には当たらない,とする被控訴人らの主張を採用することは到底できない。
(a) 「反応工程」の原料等の使用量の変更 被告主張方法においては,原料等の使用量の割合は,「3,4-ジメトキシ桂皮酸114キロ及び無水イサト酸134キロをトリエチルアミン93・3キロとジメチルアセトアミド270キロに溶解し」と特定されていたのに対し,被控訴人主張方法は,「3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミンとジメチルアセトアミドとの混合溶媒に溶解し」,と変更するというものであり,それぞれの原料,溶媒等の使用量(割合比)は無限定のものに変更されている。それぞれの原料の使用割合や溶媒等の使用割合は,トラニラストの最終収量(収率)や,副生成物の生成(最終製品の品質・純度)等に直接影響する事項であることが明らかであるから,控訴人としては,従前の主張立証だけでは足りず,新たに追加実験,収率・収量等の計算を強いられることになる。また,工場における製造方法としては,一般に,コストを抑える等の経済的な合理性を追求しながら,効率的な反応と適切な精製方法とを組み合わせて高い品質の製品を得ることができるように,原料,溶媒等の使用量を設定し,継続的で安定した工業生産を行うものである。したがって,原料,溶媒等を無限定の使用量とする被控訴人主張方法を主張しただけでは,そもそも,工場において現実に実施されている製造方法の主張ということはできず,その追試実験,収率・収量等の分析・調査・検討は,極めて困難なものとならざるを得ないのである。
(b) 「反応工程」の加熱温度及び時間の変更 加熱につき,被告主張方法では,反応の加熱温度を「内温110〜120℃で8時間加熱し」 と特定していた。被控訴人主張方法では,これを,単に「加熱し」とし,加熱温度及び加熱時間を無限定のものに変更した。
反応温度及び反応時間をどのように設定するかは,いずれも反応の進行の有無,トラニラスト粗結晶の収量,副生成物の種類及び生成量等に重大な影響を与えるものであり,特定の加熱温度を無限定なものに変更することが重要な製造方法変更であることは,明らかである(加熱温度の変更がトラニラスト粗結晶の収量,副生成物の種類及び生成量等に影響を与え,方法の重要な変更となることは,被控訴人白鳥も原審において自認していたところである。すなわち,その原審第2準備書面7頁3(1)項において,被控訴人白鳥は,「内温110〜120℃」ではなく130℃を越える温度であると不純物としてN6の若干量(多いときで5%くらい)が副生すると述べており,反応温度が副生成物の生成量(換言すればトラニラスト粗結晶の収量)に影響を与えること,すなわち方法の変更となるものであることを主張しているのである。)。
(c) 塩酸を加える内温温度 塩酸を加える内温温度につき,被告主張方法では,「内温110〜120℃で8時間加熱し,その後冷却し」た後,「翌日内温20℃以下で」 塩酸を加えてpHを3前後に調整する工程を行うものとされていた。被控訴人主張方法では,これを,「それにほぼ3規定の塩酸を加える」と変更し,塩酸を加える内温の温度条件を無限定なものに変更した。
塩酸添加の内温の温度条件は,トラニラストの収量(収率),副生成物の種類及び生成量等に重大な影響を与えるものであり,特定の内温の温度条件を無限定とすることが重要な製造方法変更であることは,明らかである(塩酸添加の内温の温度条件の変更が,トラニラストの収量(収率),副生成物の種類及び生成量等に影響を与える方法の重要な変更となることは,被控訴人白鳥も原審において自認していたところである。すなわち,その原審第2準備書面8頁(2)項において,被控訴人白鳥は,内温60℃位で塩酸を添加するとN6が開環されてトラニラストになり,内温20℃ではN6は不純物として残ると述べており,塩酸添加時の内温がトラニラストの収量(収率),副生成物の種類及び生成量等に影響を与えること,すなわち製造方法の重要な変更となるものであることを自ら主張しているのである。)。
(d) トラニラスト精製工程の変更 被告主張方法では,【精製(再結晶)工程】として,「粗結晶100キロをソルミックス1750リットルに加え,加熱し,溶解後加熱を止め,白鷺A(活性炭)1キロを加え,濾過する。」と主張されていた。被控訴人主張方法では,これを,「次いでソルミックスと活性炭とによりこれを精製する」として,ソルミックスの使用量も活性炭の使用量も,さらには加熱の有無も無限定なものに変更した。
ソルミックス及び活性炭は,いずれも,使用量が多すぎれば精製トラニラストの収量が減少するものであり,逆に少なすぎれば十分に不純物を除去することができず医薬品としての品質のトラニラストを得ることができないというものであるから,ソルミックス及び活性炭をどのようにしてどれだけ使用するかが最終製品となる精製トラニラストの収量にも純度にも直接影響を持つものであることは明らかであり,ソルミックスの使用量も活性炭の使用量も,さらには,加熱の有無をも無限定とすることは,重大な製造方法変更であることが明らかである。
(e) トラニラスト精製母結工程の削除 被告主張方法では【母結処理工程(母液に残存する結晶の回収)】として「母結(精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収し,濃縮したもの)に2倍量のメタノールと25〜30%のトリエチルアミンを加え,室温で2時間程度攪拌した後,母結量の5,6倍の水を加え,濃塩酸でpHが3前後になるよう調整し,結晶をろ過する。次いで一次晶の精製と同様に精製する。」と母結処理工程が方法として主張されていた。被控訴人主張方法では,このような工程自体が削除された。
母結処理工程があるかどうかは,製造記録に記載された精製トラニラストの収量が被控訴人白鳥から実際に販売されたトラニラストの数量に合致するかどうかを判断する上で重要であり,これも製造方法の重要な変更に当たることは明らかである。
(f) 被控訴人主張方法は,従前の被告主張方法を上記のとおり変更したものであり,このほか,塩酸を加える操作手段とpH調整工程,トラニラスト粗結晶の晶析・水洗・ろ過の工程,クロロホルム洗浄工程もそれぞれ変更されている。仮に,被控訴人らが,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を新たに主張し,これを裏付けるものとして,本件第2製造記録を書証として提出することを認めるとすれば,控訴人が,新たに追試実験,工場的生産の可能性の分析,収率,収量の分析・検討をし直した上,これに対して反論し,反証する必要が生じることになり,また,被控訴人主張方法が上記のとおり,被告主張方法と比較してあいまいなものとなっているため,その追試実験,分析,検討等に様々な困難が生じ,そのため審理が更に遅延することが,極めて容易に予想されるところである。
被控訴人主張方法が,新たな防御方法の提出に当たるものであることは明らかである。
(エ) 被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,被控訴人白鳥の内部の事情に関与する機会はなく,本件製造記録の作成経過などを知ることは不可能であった,したがって,被控訴人白鳥を除く被控訴人らにとって,被告主張方法から被控訴人主張方法への主張の修正及び本件第2製造記録の証拠としての提出などの行為は,時機に後れたものとはいえない,と主張する。しかし,被控訴人らの上記主張は,被控訴人らが時機に後れて防御方法を提出したことについて重大な過失があったかどうかとの争点において判断すべきことであり,時機に後れたかどうかの判断においてこのような主張について判断することを要しないことは,明らかである。
(3) 故意又は重大な過失について (ア) 被控訴人白鳥の「故意」について 被控訴人白鳥は,上記(2)のとおり,平成2年に提訴されて以来,原審から控訴審の中途まで約11年にわたり,自らがその工場において実施してきたトラニラストの製造方法とは異なる被告主張方法を抗弁として主張し,実施していない虚偽の製造方法を記載した本件製造記録を自ら捏造して,これを書証として裁判所に提出した上,約11年経過してから,トラニラストの製造方法として,これまでに主張してきた被告主張方法を撤回して,被控訴人主張方法を新たに主張し,新たに本件第2製造記録という大量の書証の提出の申出をしたものである。このような被控訴人白鳥の時機に後れた防御方法の提出が,被控訴人白鳥の故意によるものであることについては,議論の余地がない。
民事訴訟法157条1項における「故意又は重大な過失」については,当事者本人又は訴訟代理人のいずれかについて存すれば足り,その双方にあることを要しない。しかし,床井代理人は,平成10年3月ないし6月までは,被控訴人白鳥の訴訟代理人であると同時に,被控訴人ら6名の訴訟代理人でもあったので,その故意又は重大な過失は,被控訴人ら6名の故意又は重大な過失との関係で,決定的な意味を有し得る。そこで,ここで,これについても判断する。
被控訴人白鳥は,上記のとおり,原審において被告主張方法を主張し虚偽の内容を記載した本件製造記録を書証として提出したのは,床井代理人又は山田ら補佐人の指示によることであった,と主張している。これに対し,被控訴人三恵及び被控訴人進化(いずれも,現在においても訴訟代理人は床井代理人である。)は,被控訴人白鳥のこの主張事実を否認している。
本来,床井代理人は,被控訴人白鳥の訴訟代理人弁護士として,特許法104条が主張されている本件において,被控訴人白鳥の製造方法を主張する以上は,被控訴人白鳥の実際の工場における製造方法を確認し,その製造記録その他の関係書類の原本の存在,管理状況等を確認した上で,これを裁判所において主張し,証拠として提出すべき義務を負っていたものであり,しかも,それは原審の訴えが提起された当初の段階において速やかにすべきことであった,ということができる。平成2年当時既に大量のトラニラストを製造していた被控訴人白鳥としては,原審において,平成2年に被告主張方法を主張した以上,本来書証として速やかに提出することができるはずの大量の製造記録を,平成3年から平成4年にかけて各3ロット分ずつごく一部しか提出せず,平成7年になって,これを大量に提出している。被控訴人白鳥のこのような本件製造記録の提出の時期,態様は極めて不自然であり,この本件製造記録の提出の時期,態様が極めて不自然であることは,被控訴人白鳥が本件製造記録が本件訴訟用に捏造されたものであると自認していることとよく符合するものである。これらのことからすると,自ら被告主張方法を主張し,本件製造記録を不自然な経緯のもとに書証として提出した床井代理人には,被控訴人白鳥が時機に後れて防御方法を提出したことについて,少なくとも重大な過失があったことは明らかである(被控訴人白鳥と床井代理人又は山田ら補佐人との間にどのような打ち合わせが行われ,どのような経緯で本件製造記録が捏造され,書証として提出されるに至ったかについては,この段階において断定することは適当でないので,判断しない。)。
(イ) 被控訴人ら6名の故意又は重大な過失について @被控訴人ら6名は,床井代理人をその訴訟代理人として,平成2年11月21日付け被告ら準備書面(1)及び被控訴人科研の原審における答弁書をもって,被控訴人白鳥が,本件製造記録に記載された製造方法である被告主張方法を実施してトラニラストを製造してきたと主張し,また,平成3年から平成7年にかけて,これを立証する証拠として,極めて不自然な態様で本件製造記録を裁判所に提出してきたこと,A本訴における主たる争点は,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法は,主張の側面からいえば,本件発明方法とは異なるものであるのか,すなわち,被控訴人白鳥は,実際に被告主張方法を実施してトラニラストを製造していたのかどうか,立証の側面からいえば,本件製造記録が被控訴人白鳥がトラニラストを製造した際に作成した本物の製造記録であるのか,あるいは,本件訴訟に書証として提出するために捏造されたものであるのかという点にあったこと,B控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年に本訴が提起された当初の段階から平成13年の控訴審の審理の途中まで約11年間にわたり,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法は,被告主張方法である,本件製造記録は,実際の製造記録である,と主張し続けてきたことは,いずれも,前記認定のとおりである。
被控訴人ら6名は,被控訴人白鳥のトラニラスト製造方法については,直接これを知り得る立場にはないものの,@被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,被控訴人菱山及び被控訴人進化は,被控訴人白鳥と直接に原料供給確認書を締結しており(乙第62ないし第64号証,第66号証),被控訴人三恵を通して,被控訴人白鳥から継続的にトラニラスト原末の供給を受けていたものであり,また,被控訴人科研も,被控訴人ソルベイからトラニラスト製剤の継続的供給を受けていたものであること,及び,A本訴においては,特許法104条の規定が適用され,訴訟の当初の段階から,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証すべき立場に立つことは,当初から分かっていたことであることからすれば,被控訴人白鳥にその製造方法を確認して,訴訟の当初からこれを主張立証すべきであったのであり(民事訴訟法上の真実義務(民事訴訟法2条,209条,230条,民訴規則85条参照)),それをすることが困難ではない客観的状況にあったということができる。 しかし,被控訴人ら6名は,実際には,被控訴人白鳥の実際の製造方法及び本件製造記録が本物かどうかについて,自らは具体的な調査確認をせずに,単に被控訴人白鳥を信用して,その主張立証を援用し,その結果,上記のような主張立証をしてきたものであることは,弁論の全趣旨から明らかである。したがって,被控訴人ら6名は,時機に後れて上記のような防御方法を提出したことについて重大な過失があるものというべきである。
被控訴人ら6名は,被告主張方法でトラニラストを製造することは十分に可能であったこと,被控訴人白鳥が,被控訴人三恵の特許発明の方法で製造承認を受けた上でトラニラストを製造しているとの説明を受けていたことから,これを信頼していたものである,被控訴人ら6名及びその訴訟代理人が,それ以上に被控訴人白鳥の工場に行って実際の実施方法を検分し,本件製造記録等を調査をする義務はなく,被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属する事柄について,調査に応じることもあり得ないのであるから,被控訴人ら6名が,事前に被控訴人主張方法及び本件第2製造記録等を証拠として提出することは極めて困難であり,被控訴人ら6名について,上記防御方法の提出が時機に後れていたとしても,重大な過失はない,と主張する。
しかし,被控訴人ら6名が被控訴人白鳥を信頼していたということは,被控訴人ら6名が,被控訴人白鳥の工場へ行って直接に何らかの確認をしようと試みたことが全くなかったことを意味するものにすぎず,また,被控訴人白鳥は,原審の第12準備書面(原審の第50回準備手続において陳述)16頁において,「原末を提供している製剤メーカーは,見たければ何時でも白鳥の原末生産状況を見られる。白鳥はその要求を断ることはできない」と主張しているのであるから,被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属する事柄について,調査に応じることもあり得ないとの被控訴人ら6名の主張は,根拠のない主張というべきである。
被控訴人ら6名に重大な過失があったとすべきことは,次のとおり,訴訟代理人の重大な過失という側面からも明らかというべきである。平成2年から平成10年まで被控訴人ら6名の訴訟代理人であったのは,前記のとおり,被控訴人白鳥の訴訟代理人でもあった床井代理人である。@床井代理人は,原審において,平成2年に被告主張方法を主張して以来,平成2年当時既に大量のトラニラストを製造していた被控訴人白鳥としては,速やかに提出することができるはずの大量の製造記録を平成3年,平成4年に,各3ロット分ずつしか提出せず,平成7年になって,これを大量に提出したものであり,その提出の時期,態様は極めて不自然であること,Aこの本件製造記録の提出の時期,態様が極めて不自然であることは,本件製造記録が本件訴訟用に捏造されたものであることとよく符合するものであることからすると,自ら被告主張方法を主張し,本件製造記録を不自然な経緯のもとに書証として提出した床井代理人には,被控訴人白鳥が時機に後れて防御方法を提出したことについて,少なくとも重大な過失があったことは明らかである。このことは,上記(ア)に説示したとおりである。時機に後れたことについての重大な過失は,本人か訴訟代理人かのいずれかにあればよいことも,上記説示のとおりである。そうすると,被控訴人ら6名は,原審における共通の訴訟代理人であった床井代理人に,時機に後れて防御方法を提出したことについて,重大な過失がある以上,この点からも重大な過失があることは明らかである。
被控訴人ら6名は,次のように主張する。
被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名が平成10年まで共通の訴訟代理人(床井代理人)により,訴訟活動をしていたとしても,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑と,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵とは,製剤メーカーと原末メーカー若しくは原末の販売者という関係にある者であり,敗訴した場合には製剤メーカーが原末メーカーに責任を追及するなど,互いに利益相反する立場にある。この点からすれば,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の代理人であった床井代理人が,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑に対し,本件製造記録が改変されたものであることを告げることを期待することはできなかった,このように,訴訟代理人が事実を本人に告げずに訴訟行為を継続した場合に,その不利益を本人に帰属させることは,民事訴訟における真実の重みを著しく軽視するものであって,妥当ではなく,信義則上も許容されないものである。
しかし,被控訴人ら6名は,自らの選択により,床井代理人に対し,共通の訴訟代理人として本件訴訟の遂行を一任していたのである。そうである以上,それにより生じる危険は自らが負担すべきであることは当然である。その危険を控訴人側に負担させるような被控訴人ら6名の上記主張は,到底採用することができない。
(ウ) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)の重大な過失について (a) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に提訴され,原審において,平成9年9月26日付けの被控訴人ニプロの準備書面と,平成10年5月13日付けの旧菱山販売の準備書面において,それぞれ,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法は被告主張方法である,と主張し,その後,被控訴人白鳥が提出していた本件製造記録を書証として積極的に援用し,その後,同主張を維持し続け,その3年ないし4年後の控訴審の平成13年8月9日の第7回口頭弁論期日において,被控訴人菱山とともに,平成13年6月7日付け第2準備書面により,上記(2)(ア)の被控訴人白鳥の新たな防御方法を援用した(被控訴人ニプロ及び被控訴人兼承継人菱山は,その後の期日において,丁第107ないし第282号証が時機に後れて却下された場合に備えて,これと同じ本件第2製造記録等の書証を丙第30ないし第205号証として提出の申出をした。)。これらは,上記(2)(イ)で述べたとおりである。
本件特許権の対象物であるトラニラスト等は,新規物質であり,特許法104条の推定規定が適用される事案であるから,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,本件発明方法の対象となるトラニラストを使用して,その製剤を製造し,これを販売する企業として,平成9年に提訴された当初の段階で,抗弁として,被控訴人白鳥が採用しているのトラニラストの製造方法を主張立証すべき立場に立っていた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人白鳥と直接に原料供給契約を締結しているわけではないものの,次の述べるように,これらと密接な一体的関係のあった被控訴人菱山が,被控訴人白鳥と原料供給契約を締結し,被控訴人三恵を通じて継続的に被控訴人白鳥からトラニラスト原末の供給を受けていたこと,及び,被控訴人菱山は被控訴人白鳥にその製造方法を確認してこれを主張立証することが容易な客観的状況にあったことは,前記のとおりである。そして,被控訴人菱山は,昭和63年から被控訴人ニプロの50%出資の関連会社となっていたものであり,旧菱山販売も同年から被控訴人ニプロの100%出資の子会社であること,及び,被控訴人ニプログループ内では,被控訴人菱山から被控訴人ニプロへのトラニラスト製剤であるチタルミン錠の譲渡価格及び被控訴人ニプロから旧菱山販売への同譲渡価格が異常に低く,旧菱山販売にのみ利益が生じるような特殊な価格体系でチタルミン錠の販売がなされていることからも理解できるように,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売と被控訴人菱山の三社間には,チタルミン錠の製造販売に関して,密接な一体的関係があったことからすれば(甲第321号証),被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,遅くとも平成9年に提訴された当初の段階で,被控訴人菱山を通じて,被控訴人白鳥の製造方法を確認して,これを主張立証することは困難ではない客観的状況にあった,ということができる。また,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,訴訟当事者として,被控訴人白鳥の実際のトラニラストの製造方法が被告主張方法であると裁判所において主張し,また,被控訴人白鳥が提出した本件製造記録を書証として明示的に援用し,あるいはこれを書証として提出するのであれば,民事訴訟法上の真実義務(民事訴訟法2条,209条,230条,民訴規則85条参照)からいっても,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法が被告主張方法であるのか,本件製造記録が本物の製造記録であるのかについて,被控訴人白鳥の工場を訪れるなどして,何らかの方法でこれを確認した上で,このような主張をすべきであった,ということができる。
しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,実際には,被控訴人白鳥の実際の製造方法及び本件製造記録が本物かどうかについて,自らは具体的な調査確認をせずに,上記のような主張立証をしてきたものであることは,弁論の全趣旨から明らかである。したがって,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人菱山と同様に,時機に後れて上記のような防御方法を提出したことについて,重大な過失があったものというべきである。
(b) 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が,原審において,自ら販売したチタルミン錠について不純物分析を行い,本件発明方法によっては生成されないイサト酸無水物が含有されることを確認し,また,被告主張方法について実施可能かどうかを実験により確認した上で,被告主張方法を援用したものである,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,そもそも被控訴人白鳥とは直接の取引関係にはなく,被控訴人白鳥と直接折衝し,自ら被控訴人白鳥の工場検分や製造記録の閲覧をすることができる立場にはなかった,したがって,両名には,重大な過失はない,と主張する。
しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が被控訴人菱山との密接な一体的関係を有しており,被控訴人菱山を通じて,被控訴人白鳥の工場におけるトラニラストの製造方法を確認することができる立場にあったことは,前記認定のとおりである。そして,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がこのような直接的な確認の義務を全く怠ったことは前記認定のとおりであるから,両名が上記のような実験をしたとしても,それだけで十分であるということはできず,結局,両名の上記主張を採用することはできない。
(4) 「訴訟の完結を遅延させることとなる」かどうかについて 被控訴人らの上記防御方法,すなわち,被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第282号証,丙第30ないし第205号証)の提出の申出を却下せずに,これを審理した場合と,これらの防御方法を却下した場合について,それぞれ予想される訴訟完結の時点を比較すれば,被控訴人らの上記防御方法が「訴訟の完結を遅延させることとなる」ものであることは明らかである。
本件は,特許法104条が適用される事案であり,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法がどのようなものであるのか,それを立証する基本的な証拠となる製造記録が本物であるかどうかが主たる争点である。したがって,被控訴人らの上記防御方法の主張及び証拠の提出が許された場合には,控訴人は,被控訴人主張方法について,新たに追試実験,工場的生産の可能性の分析,収率,収量の分析・検討をし直して,これを主張反証する必要が生じることになり,また,被控訴人らの被控訴人主張方法が上記のとおり,被告主張方法と比較してあいまいなものとなっているため,その追試実験,分析,検討等に様々な困難が生じ,そのため審理が更に遅延することが容易に予想されることは,前記(2)(ウ)認定のとおりである。
以上の検討から明らかなとおり,被控訴人らの新たな防御方法を却下した場合の訴訟の完結時点と,これを却下せずに審理した場合の訴訟完結時点を比較すれば,これを却下しなかった場合においては上記の争点の審理が必要となるのであるから,本件訴訟の完結を遅延せしめることになることは余りにも明白である。
本件訴訟の完結をこれ以上遅らせることが到底許容し得ないものであることは,原判決が,原審の終結時点から振り返ってみた場合ですら,「被告らの訴訟活動は,・・・証拠提出の順序,時期及び方法のいずれの点においても,公正さを欠き,信義誠実に著しく反する。」(原判決109頁末行〜110頁1行)と述べていることからも,明らかである。
(5) 時機に後れた防御方法についての結語 以上のとおり,被控訴人らの当審における被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第282号証,丙第30ないし第205号証)の提出行為等は,故意又は重大な過失により時機に遅れて提出された防御方法であり,訴訟の完結を著しく遅延させることとなるものであるから,いずれも却下する。
2 特許法104条の推定覆滅事由について (1)特許法第104条は,「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する。」と規定している。したがって,本件発明方法の目的物と被控訴人らが生産,販売等している物とが同一であること及びその物が特許出願前に日本国内で公然知られた物でないことが主張,立証されれば,この規定による推定が働くこととなる。そして,トラニラストが本件発明の目的物質の一つであり,本件特許権の出願前に,日本国内において公然知られた物でないことは,原判決第二2認定のとおりであるから,この認定による推定が働くものである。被控訴人らは,本件発明の目的物質であり,本件特許出願前に日本国内において公然知られた物でない物を,生産,販売等している者として,この推定を覆すためには,自ら生産販売等している本件発明の目的物質につき,その製造方法を開示した上,それが本件発明方法と異なる方法であり,その技術的範囲に属しないことまで主張し,かつ,立証することを要する。
(2) 被控訴人らは,原審において主張してきた被告主張方法が,被控訴人白鳥が実際に実施してきた製造方法ではないこと,及び,本件製造記録が,被控訴人白鳥が現実にその工場において実施してトラニラストを製造していた方法を日々記録した本物の製造記録ではないことを,控訴審において認めている。
また,被控訴人らは,控訴審において,被控訴人白鳥が実施してきた製造方法は,被告主張方法でがないことを認めてその主張を撤回した上で,被控訴人主張方法を新たに主張するものの,このような製造方法の新たな主張が時機に後れた防御方法の提出であり,却下されるべきものであることは,上記認定のとおりである。これに対し,被告主張方法が実際の製造方法ではないこと,及び,本件製造記録が本物の製造記録ではないことを自ら認めてこれらの主張や証拠の申出を撤回することは,何ら訴訟の完結を遅延させるものではないから,そこに時機に後れた防御方法の問題は生じない,と解すべきである。なお,被控訴人らが,被控訴人主張方法の主張が時機に後れた防御方法の提出として却下される場合には,被告主張方法の主張の撤回を撤回する,として,同主張を維持することは,訴訟上の信義則に著しく反し,もはやこれを容認することは到底できないものというべきである。
被控訴人らは,このように,被告主張方法が実際の製造方法ではないことを認めて,この主張を撤回し,また,被控訴人主張方法の主張は却下されたのであるから,被告主張方法及び被控訴人主張方法のいずれによっても,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を立証することはできない。したがって,他に,特許法104条の規定による推定を覆滅するに足りる事実が認められない限り,被控訴人白鳥により製造されたトラニラストは,本件発明方法により製造されたものと扱う以外にはないことになる。 (3) 被控訴人らは,特許法104条の規定による推定が生じるのは,新規な物質と同じ物は,同じ方法で製造されているとの蓋然性があるためである,しかし,本件においては,被控訴人白鳥がトラニラストを製造していた時期には,その製造方法は既に幾つもあったのであるから,推定が生じる根拠がそもそもなくなっていた,したがって,本件については,104条の規定による推定は働かない,と主張する。
しかし,特許法104条が,「その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する。」と規定し,推定の前提事実として,「その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でない」こと以外に何も定めていない野は,推定の根拠としては上記事実のみを取り上げるとの法政策を宣言したものと解すべきであり,この明文に反して,被控訴人らの上記主張を使用すべき理由は見いだし難い。被控訴人らの主張は採用することができない。
(4) 被控訴人らは,本件第2製造記録の存在,及び,被控訴人主張方法の主原料である3,4-ジメトキシ桂皮酸と無水イサト酸の購入証明書,被控訴人主張方法の収率が60数%であるのに対し,本件発明方法による収率が約30%であること,被控訴人白鳥は,被控訴人主張方法について,医薬品の製造承認を受けており,製造承認を受けていない方法で実施することはあり得ないことからすれば,被控訴人白鳥が,被控訴人主張方法を実施してトラニラストを製造していることは明らかである,また,被告製剤については,HPLC分析の結果,本件発明方法により製造された物とは異なる不純物が発見されているのであるから,被告製剤は本件発明方法とは異なる製造方法で製造されたものであり,いずれにせよ特許法104条の推定は覆滅されている,と主張する。
しかし,被控訴人主張方法の主張及び本件第2製造記録の書証としての提出は,時機に後れた防御方法として却下されるべきものであることは,上記認定のとおりであり,また,被告主張方法については,これが実際に実施されていない方法であることは被控訴人らが自認するところであるから,被控訴人らの上記主張中,これらの主張や証拠を根拠とするものは,そもそも理由がないものというべきである。
HPLC分析は,物質の「製造方法」を直接立証するものではない。もっとも,被告製剤の示すHPLCパターンが,本件発明方法により製造されたものの示すHPLCパターンと異なることになれば,被告製剤は本件発明方法とは異なる製造方法で製造されたものといい得ることは,事実である。しかし,そのようにいい得るためには,前提として,本件発明方法の技術的範囲に属するあらゆる製造方法のそれぞれから得られた物の示すHPLCパターンがすべて明らかにされていなければならない。ところが,被控訴人らが提示したHPLCパターンは,本件明細書の実施例1及び3として記載された原料物質を使用した合成反応中の,被控訴人らが任意に設定した特定の条件下において反応させた場合についての,限定されたHPLCパターンにすぎず,被控訴人らは,本件発明方法による物のHPLCパターン,すなわち本件発明方法の技術的範囲に属する極めて多数の製造方法のすべてのそれぞれから得られた物が示すHPLCパターンを立証しているわけではない。
したがって,本件発明方法に含まれる極めて多数の製造方法中のごく一部の実施例にすぎないものから得られた物と,被告製剤との各HPLCパターンを比較するだけでは,被告製剤が本件発明方法で製造されたものではない,ということを立証したことにはならないのである。
被控訴人らが主張する原料の購入証明書なるものの存在,被控訴人白鳥が医薬品の製造承認を受けていること等の点も,特許法104条の推定を覆すべき製造方法の立証としては,明らかに不十分なものである。
したがって,被控訴人らの上記各証拠によっては,いずれにしても特許法104条の推定を覆滅することはできない。
3 被控訴人ニプログループの無過失について 特許法103条は,特許権侵害行為があった場合には,その侵害行為について過失があったものと推定する,としている。
被控訴人ニプログループについて,無過失の抗弁が成立するためには,本件特許権の存在を知らなかったことに相当の理由のあること,あるいは,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が本件発明方法の技術的範囲に属さないと信じることに相当の理由のあることの,いずれかが主張立証されなければならない,と解すべきである。
本件特許権は,特許公報により公示されており,少なくとも被控訴人菱山は,後記4認定のとおり,控訴人から,被告製剤を製造販売する前に本件特許権に基づき警告を受けていたものであるから,本件特許権の存在を知っていたことは明らかである。被控訴人ニプログループのその余の被控訴人らも,本件特許権の存在を知らなかったことにつき相当の理由があったと認めることができないことは,明らかである。
被控訴人ニプログループは,被控訴人白鳥の製造方法についての主張を信用していただけで,被控訴人白鳥の工場へ行って,現実に工場で実施されていた製造方法を確認したり,製造記録の原本等を確認したりしていなかったことは,前記認定のとおりである。したがって,被控訴人ニプログループが,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を実際に確認することすらしていない以上,被控訴人ニプログループには,被控訴人白鳥が実際に実施しているトラニラストの製造方法が本件発明方法の技術的範囲に属さないと信じるについての相当な理由があった,と認めることができないことは,明らかである。
被控訴人ニプログループは,被控訴人ニプログループとしては,原審において実際に行った不純物解析・収率解析・反応機構解析により侵害判断をするしか方法はなかったものである,そして,被控訴人ニプログループが,このような科学的解析をなした結果,非侵害との科学的事実が確認されたのであるから,被控訴人白鳥の本件製造記録に作為があって,後日の訴訟において科学的事実を主張することが禁じられ,科学的事実と異なる訴訟上の真実が認定されることについて,予見可能性も結果回避可能性もなく無過失である,と主張する。
しかし,被控訴人ニプログループ中の被控訴人菱山は,被控訴人三恵を通して被控訴人白鳥からトラニラストを購入してトラニラスト製剤であるチタルミン錠を製造していたものであり,被控訴人白鳥とは,医薬品原料供給確約書も締結しているのであるから(乙第62号証),被控訴人白鳥の製造方法を直接確認することに,困難はなかったはずであることは,既に認定したとおりである(現に,被控訴人白鳥は,原審において,「原末を提供している製剤メーカーは,見たければ何時でも白鳥の原末生産状況を見られる。白鳥はその要求を断ることはできない」(被控訴人白鳥の原審第12準備書面16頁)と述べていることも,既に述べたとおりである。)。そうだとすると,被控訴人菱山がこのような調査を行わなかったことからすれば,被控訴人菱山に「自己の行為が特許権を侵害しないと信じるについて相当の理由」があるものということはできない。また,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売も,上記認定のとおり,被控訴人菱山と密接な一体的関係を有していたものであるから,被控訴人菱山を通じて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を確認することができたのであり,両名についても,「自己の行為が特許権を侵害しないと信じるについて相当の理由」があるものということはできない。
4 共同不法行為について (1) 共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において,各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは,各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について,その賠償の責めに任ずべきである(最判昭和43年4月23日民集22巻4号964頁)。上記最判は,複数の加害者により違法な侵害が加えられた場合には,各加害者の損害発生に寄与した割合に応じた按分責任を認めるのではなく,加害行為と相当因果関係にある全損害についてその賠償を認めるべきであることを明示したものである。本件においては,被控訴人らの行為が本件特許権を侵害し,不法行為となることは,上記に認定したところから明らかであるので,被控訴人らの行為が客観的に関連し共同して損害を加えた場合に当たるか,について,次に判断する。
被控訴人白鳥及び被控訴人三恵は,トラニラスト(原末)の製造販売を行った者であり,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵からトラニラストを購入してトラニラスト製剤を製造・販売した製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,被控訴人菱山は,次のような経緯で,トラニラストをすべて被控訴人白鳥及び被控訴人三恵から仕入れ,トラニラスト製剤を製造販売した者であり,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の原末メーカーと,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山の各製剤メーカーは,客観的に関連し共同してトラニラスト製剤を製造販売し,本件特許権者である控訴人に対し,違法に損害を加えたものと認められる。
(ア) 被控訴人三恵と被控訴人白鳥は,昭和61年2月17日,@被控訴人白鳥は,その製造したトラニラスト原末を被控訴人三恵のみに販売し,被控訴人三恵の指定した納入場所に納入する,A特許係争及び訴訟等が生じた場合には被控訴人三恵と被控訴人白鳥は協議して善後処理を決定すること等を内容とするトラニラスト(原末)の独占的製造販売契約を締結した。(乙第571号証) (イ) 被控訴人ソルベイ(旧商号幸和薬品工業株式会社)と被控訴人三恵及び被控訴人白鳥は,昭和61年9月26日,三者間で,@被控訴人ソルベイは,被控訴人三恵を通じて被控訴人白鳥に独占的にトラニラスト原末の製造を委託する,A被控訴人ソルベイに対し訴訟が提起された場合は,被控訴人三恵と被控訴人白鳥の責任においてこれを解決する,との内容のトラニラスト(原末)の基本契約を締結した。(己S第6号証) (ウ) 被控訴人扶桑,被控訴人ソルベイ,被控訴人菱山及び被控訴人進化は,昭和63年8月ころから,それぞれトラニラスト製剤の製造承認を申請した。控訴人は,そのため,同年9月には,被控訴人白鳥,被控訴人扶桑,被控訴人三恵及び被控訴人菱山に対し,トラニラスト製剤の製造販売については,特許法104条により,本件特許権を侵害しているとの推定が働くこと,及び,具体的な製法を開示すべきであること等を内容とする警告書をそれぞれ送付した。(乙第576ないし第578号証,己F第4号証,弁論の全趣旨) (エ) 被控訴人扶桑と被控訴人三恵及び被控訴人白鳥は,昭和63年9月20日,@被控訴人扶桑は,被控訴人三恵を通じて被控訴人白鳥に独占的にトラニラスト原末の製造を委託する,A被控訴人扶桑に対しトラニラスト原末の製造方法に関する特許訴訟が提起された場合は,被控訴人三恵と被控訴人白鳥の責任と負担においてこれを処理する,B特許訴訟において生じた判決又は裁判上の和解により確定した損害賠償金については,三者がそれぞれの分担金を負担する,との内容のトラニラスト(原末)の基本契約を締結した。(己F第5号証) (オ) 被控訴人三恵は,昭和63年10月18日,トラニラストの特許に関する説明会を開催した。この説明会には,被控訴人白鳥,被控訴人扶桑,被控訴人ソルベイ,被控訴人進化,被控訴人菱山の各担当者が出席し,トラニラスト製剤の後発品の製造に必要なトラニラスト(原末)については,被控訴人白鳥が被控訴人三恵が有する三恵特許の製造方法で製造し,被控訴人三恵を通じてこれを継続的に購入することができること,本件特許権等の問題については,全面的に被控訴人三恵が対処することが説明され,この説明会には,被控訴人三恵側の弁護士及び弁理士として,床井代理人及び山田ら補佐人が同席し,被控訴人三恵を支援する立場からの意見を述べた。(己F第7,第8-1,第8-2号証) (カ) 被控訴人進化は,平成2年1月19日,被控訴人ソルベイは,同年1月22日,被控訴人菱山は,同年1月22日,被控訴人扶桑は,同年2月14日,それぞれトラニラスト製剤の製造承認許可を取得し,被控訴人白鳥は,同年3月5日,トラニラスト原末の製造承認許可を取得した。(乙第3,第576ないし第578号証,弁論の全趣旨) (キ) 被控訴人ソルベイと被控訴人三恵は,平成2年2月16日,@被控訴人ソルベイは被控訴人三恵からトラニラスト原末の一手供給を受ける,A被控訴人ソルベイがトラニラスト原末の製造方法に関する特許訴訟を提起された場合には,被控訴人三恵の責任と負担でこれを処理するとの内容の基本契約を締結した。(己S第8号証) (ク) 被控訴人菱山,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ及び被控訴人扶桑は,それぞれ,平成2年3月23日に,被控訴人白鳥と,トラニラスト原末の医薬品原料供給確約書を締結した。(乙第62ないし第64号証,第66号証) (ケ) 控訴人は,平成2年3月29日に,被控訴人ソルベイ,被控訴人進化,被控訴人菱山及び被控訴人扶桑に対し,トラニラスト製剤の製造販売について,本件特許権に基づき警告書を送付した。被控訴人三恵は,被控訴人ら製剤メーカーに対し控訴人の警告書に対する回答書案を送付し,被控訴人ソルベイ,被控訴人菱山,被控訴人進化,被控訴人扶桑は,それぞれ,平成2年4月ころ,その回答書案に従って,製造方法については,被控訴人三恵に問い合わせてほしい旨を内容とする回答書を,控訴人に対し送付した。(己F第9ないし第11号証,己S第9,第10号証,弁論の全趣旨) (コ) 控訴人は,平成2年5月15日,被控訴人白鳥,被控訴人三恵,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山を被告として,本件特許権に基づき,特許法104条の規定の適用を主張して本件訴訟を提起した(東京地裁平成2年(ワ)第5678号)。
(サ) 被控訴人科研と被控訴人ソルベイは,平成2年6月20日,被控訴人ソルベイが,被控訴人科研に対し,必要な量のベセラール(トラニラスト製剤)を継続的に供給し,被控訴人科研は,発売元となってこれを販売する,ベセラールについて特許訴訟が提起された場合には,被控訴人ソルベイが自らの責任の下にその解決に当たり,訴訟費用及び損害賠償金は,すべて被控訴人ソルベイが負担する,との内容のトラニラスト製剤販売の基本契約を締結した。(己S第11号証) (シ) 控訴人は,被控訴人科研に対し警告をした上で,平成2年11月9日,被控訴人科研を被告として,本件特許権に基づき,特許法104条の規定の適用を主張して本件訴訟を提起した(東京地裁平成2年(ワ)第14203号)。
(ス) 製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,被控訴人菱山は,その後,被控訴人白鳥が製造するトラニラスト原末を被控訴人三恵から継続的に供給を受け,控訴人から警告を受け,本訴を提起された後にも,トラニラスト製剤の製造販売を継続した。
以上のとおり,製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,被控訴人菱山は,いずれも被控訴人三恵が主催した上記説明会に出席し,被控訴人白鳥が製造するトラニラスト(原末)を,被控訴人三恵を通じて継続的にその供給を受けることを被控訴人三恵及び被控訴人白鳥と合意した上で,トラニラスト(原末)の継続的供給を受けて,被告製剤を製造販売したものであり,しかも,控訴人からの警告及び本訴提起についても,被控訴人三恵から,特許権侵害訴訟については,被控訴人三恵の責任と費用でこれを処理するとの合意を得て,これによって対応することにしたものである。そうである以上,被控訴人三恵及び被控訴人白鳥の原末メーカーと,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山の各製剤メーカーは,客観的に関連して共同してトラニラスト製剤を製造販売し,本件特許権者である控訴人に対し,違法に損害を加えたものというべきであるから,各製剤メーカーの侵害行為と相当因果関係にある全損害について,控訴人に対し,連帯してこれを賠償すべき義務を負うものというべきである。
(2) 被控訴人ニプログループについて 被控訴人菱山は,被控訴人ニプロの50%出資の関連会社である。旧菱山販売は,被控訴人ニプロの100%出資の子会社であって,平成12年10月13日に,被控訴人菱山に吸収合併されたものである。そして,被控訴人菱山は,その製造したチタルミン錠の全量を,被控訴人ニプロに対し,平均販売単価21.46円という安値で販売し,被控訴人ニプロは,このチタルミン錠の全量を,旧菱山販売に対し,平均販売単価22.1円という廉価で販売し,旧菱山販売は,このチタルミン錠を第三者に平均販売単価53.59円で販売し,旧菱山販売がほとんどの利益を取得するという,特殊な価格体系を採っていたものである。親会社である被控訴人ニプロ及び被控訴人菱山の利益を,子会社である旧菱山販売にほとんど移転したものとみることができるこのような価格体系は,資本関係がある三社が特定の意図の下に合意しなくてはできないものである。被控訴人ニプログループは,チタルミン錠については,親子会社関係の下に,上記のような特殊な価格体系に基づき,チタルミン錠の全量を三社間で譲渡する関係にあったのであるから,この三社は,本件特許権侵害行為については一体としてみるべきである。そして,上記のとおり,被控訴人菱山と被控訴人三恵・被控訴人白鳥間に,客観的な行為の関連共同性が認められる以上,製剤メーカーとその専属の販売業者である被控訴人ニプログループの三社と,被控訴人三恵・被控訴人白鳥の原末メーカーは,客観的に関連し共同して,本件特許権を侵害したものであり,控訴人に対し,その侵害行為と相当因果関係にある全損害を連帯して賠償すべき義務を負うというべきである。
(3) 被控訴人科研について 被控訴人科研と被控訴人ソルベイは,上記認定のとおり,平成2年6月20日に,被控訴人科研が必要とするベセラールの全量を被控訴人ソルベイが供給するとの契約を締結しており,しかも,被控訴人ソルベイは,特許訴訟が係属した場合は,その訴訟費用と損害賠償金をすべて負担することを約束しているものである。そうだとすると,本件特許権の侵害行為については,両者は,これを一体とみるのが相当であり,被控訴人ソルベイと被控訴人三恵・被控訴人白鳥の間に行為の客観的な関連共同性が認められる以上,製剤メーカーとその専属の販売業者である被控訴人ソルベイ・被控訴人科研と,被控訴人三恵・被控訴人白鳥の原末メーカーは,客観的に関連し共同して,本件特許権を侵害したものであり,控訴人に対し,その侵害行為と相当因果関係にある全損害を連帯して賠償すべき義務を負うというべきである。
5 特許法第102条1項に基づく逸失利益相当損害の主張について (1) 時機に後れた攻撃方法について 被控訴人らは,控訴人の特許法102条1項に基づく請求は時機に後れた攻撃方法である,と主張する。しかし,現行の特許法102条1項が施行されたのは平成11年1月1日である。原審は,平成8年から損害の審理に入り,平成11年7月13日に準備手続を終え,平成11年9月22日に口頭弁論を終結しており,控訴人は,平成11年1月1日から最終の準備手続までの間は,現行の特許法102条2項(当時の102条1項)の規定に基づき,被控訴人らが侵害行為により得た利益の額の立証活動を終了し,被控訴人らの最終準備書面の提出等を待っている状況であった。このような状況で,新たに現行の102条1項の規定に基づく主張立証をすれば,口頭弁論の終結が更に遅れることは明らかであり,そうであるとすると,控訴人は,その段階で特許法102条1項に基づく新たな主張立証をすべきであった,とすることはできないというべきである。そして,控訴人は,一審判決後,当審の平成12年8月31日の第1回口頭弁論期日において,特許法102条1項の主張を新たにしているのである。この新主張は,何ら時機に後れたものではないというべきである。また,控訴人は,控訴審において,当裁判所の訴訟指揮により,損害についての審理に入った直後の平成13年11月27日の期日に,甲第312ないし第315号証を特許法102条1項に基づく主張を立証する証拠として提出したものであるから,その立証活動についても,時機に後れたものではないことが明らかである。
(2) 損害の額について (ア) 被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量 被控訴人らが自認し,控訴人が援用している被控訴人らのトラニラスト製剤の製造数量は,次の@ないしDのとおりである(争いがない。)。
@ 被控訴人進化は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるシンベリナを719万カプセル製造し,被控訴人三恵又は第三者に販売した。
A 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを636万0600カプセル,ベセラールドライシロップを240万4860g製造し,被控訴人科研に譲渡し,被控訴人科研はこれを第三者に譲渡した。
B 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを297万2740カプセル,ベセラールドライシロップを115万8140g製造し,第三者に譲渡した。
C 被控訴人扶桑は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるバリアックカプセル860万2800カプセル,バリアック細粒129万3600g,バリアックドライシロップ171万9840gを製造し,第三者に譲渡した。
D 被控訴人菱山は,遅くとも平成2年6月から平成5年1月18日までにトラニラスト製剤であるチタルミン錠を710万9000カプセル製造して,被控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人ニプロはこれを旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販売はこれを第三者に譲渡した。
上記認定の製造数量の中には,本件特許権存続期間内に製造され,その後,譲渡されたものも一部に含まれる。しかし,本件特許権の存続期間内に製造されたトラニラスト製剤は,本件特許権を侵害するものであるから,これが本件特許権存続期間後に譲渡された場合であっても,当該譲渡によって失った控訴人リザベンの市場機会の喪失は,本件特許存続期間内の侵害行為と相当因果関係にある損害であると認められる。したがって,「特許権者が・・・その侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において」は,特許権存続期間経過前に製造され特許権存続期間経過後に譲渡された物も,「その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したとき」に含まれるものと解すべきである。すなわち,特許法102条1項にいう譲渡数量には,製造の時点で侵害の行為を組成した物であれば,その物の譲渡行為の時点においては特許権の存続期間経過により侵害行為を構成しなくなっている物も含まれると解すべきである。
被控訴人らは,被控訴人らにより,本件特許権存続期間中に製造され,存続期間終了後に販売されたトラニラスト製剤については,そのトラニラスト製剤の数量分だけ特許製品の販売数量が減少したとの経験則は働かないので,特許法102条1項の規定は適用されない,と主張する。しかし,本件においては,本件特許権存続期間内にトラニラストを適法に製造することができる第三者の存在を認めるに足りる証拠がない以上,本件特許権存続期間を経過した後に,初めてトラニラストの製造を開始せざるを得ず,そのためトラニラスト製剤の販売を開始するに至るためには,相当の期間が必要である,と考えるべきであり,本件特許権存続期間内に製造されたトラニラスト製剤については,本件特許権存続期間終了時から相当期間が経過した後に販売されたことが証明されない限り,そのトラニラスト製剤の製造分だけ特許製品の販売数量が減少したと認めるのが相当である。
(イ) 控訴人の実施について 控訴人は,昭和57年から今日に至るまでトラニラスト製剤リザベンを製造し販売しており,被控訴人らが平成2年4月ないし6月ころから本件特許権の存続期間満了日まで,トラニラスト製剤を製造し,譲渡した上記行為により同数量のリザベンを販売する機会を喪失したものと認められる。
被控訴人らは,控訴人は,トラニラスト原末の製造販売をしていなかったのであるから,特許法102条1項の規定の適用はない,と主張する。しかし,控訴人が,本件発明方法の目的物質であるトラニラストを下請けに製造させ,これを含むトラニラスト製剤を製造販売しているのであるから,被控訴人らの上記主張には理由がないことが明らかである。
(ウ) 控訴人トラニラスト製剤リザベンの単位数量当たりの利益額 特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益」は,権利者が自己の製品を製造販売するために必要な初期投資を終えた後に得られる製品1個当たりの利益であり,売上げから追加の製造販売を行うのに必要な経費を控除した利益(限界利益)である,と解すべきである。
まず,追加の製造に関しては,対応数量分の追加製造原価費用が必要であることは当然であるから,「売上高」から追加製造原価費用に当たる「売上原価」(原材料費・労務費・経費)を控除すべきである。
販売費及び一般管理費については,次に述べるとおり,本件については,控訴人は,被控訴人らの譲渡数量に対応する数量のリザベン製剤を追加して販売するに当たっては,特段の追加販売費及び一般管理費を必要とするものではない,と認められる。すなわち,証拠(甲第312,第315号証)によれば,次の事実が認められる。
@ 控訴人は,平成2年から平成5年にかけてのころ,全国に27の支店・営業所の営業拠点を有しており,常時約600名の営業専用要員を動員してトラニラスト製剤の販売に当たっていた。
A 控訴人のリザベンの売上げが,46期(平成2年4月1日から平成3年3月31日)は105億3560万7000円,47期(平成3年4月1日から平成4年3月31日)は82億3322万7000円,48期(平成4年4月1日から平成5年3月31日)は60億1271万2000円と減少している。また,46期から48期にかけて,控訴人のリザベンの売上額がこのように減少しているにもかかわらず,控訴人の販売費及び一般管理費は,46期が178億0988万3000円,47期が197億1067万5000円,48期が228億8800万円とむしろ増加している(なお,控訴人は,リザベン以外の製剤も製造販売しているから,この販売費及び一般管理費は,リザベンとそれ以外の製剤の双方の製造販売に必要な経費である。)。
上記認定事実によれば,控訴人のリザベンの販売の減少額が,被控訴人らのトラニラスト製剤の販売額よりも一見して大きいことからすれば,リザベンの販売額減少の理由を被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造販売にのみ限定することはできないものの,被控訴人らのトラニラスト製剤が控訴人のリザベンのいわゆるゾロ品であることからすれば,被控訴人らが製造販売したトラニラスト製剤が,控訴人のリザベンの販売額減少の直接的な要因の一つとなったものであることは,容易に推認することができる。また,控訴人のリザベンの売上額は,上記のとおり,被控訴人らのトラニラスト製剤の売上額よりかなり大きなものであること,控訴人の販売費及び一般管理費は,46期から48期にかけて,上記のとおり増加しているだけでなく,被控訴人らのトラニラスト製剤の販売額に比べ,かなり大きな金額であり,このことと上記の販売態勢からして,リザベンの追加販売があったとしても,当時の販売態勢の下で,これを十分に吸収することができるものであったことが推認でき,控訴人によるリザベンの追加製造販売があったとしても,販売費及び一般管理費の追加支出が必要であったとまでは認めることができない。したがって,本件においては,特許法102条1項の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たって,追加的な販売費,一般管理費を控除するのは相当でない,というべきである。
以上に検討したところと証拠(甲第312号証)とによれば,リザベンの平成2年から平成5年までの平均利益額は,リザベン(カプセル)が1カプセルあたり73.54円,リザベン(細粒)が1g当たり73.38円,リザベン(ドライシロップ)が1gあたり74.70円であり,その金額をもって,リザベンの「単位数量当たりの利益の額」と認められる。
(エ) 控訴人の実施の能力 証拠(甲第312ないし第315号証)によれば,控訴人からリザベン用のトラニラスト原末の製造を委託されていた郡山化成株式会社の製造能力は月間約1300s(年間約16トン)であり,同じく控訴人からトラニラスト原末の製造を委託されていた和光純薬株式会社の製造能力は月間約1300s(年間約16トン)であり,控訴人のこれらの下請製造会社によるトラニラスト原末の製造能力は年間約32トンに及んでおり,また,これに連動する控訴人の工場におけるリザベン製剤の製造能力は,リザベンカプセルが年3億6750万カプセル,リザベン細粒が年3万6750s,リザベンシロップが年3万6750sであり,これに対し控訴人のリザベンの実際の生産量は,その半分にもみたなかったものであることが認められる。したがって,平成2年から平成5年の間の被控訴人白鳥のトラニラスト原末の製造量が10トン未満であったことからすると,控訴人には,被控訴人らによる譲渡数量分について実施の能力が十分に存在したものと認められる。
(オ) 102条1項ただし書きについて (a) 被控訴人ニプロ並びに被控訴人兼承継人菱山は,控訴人は,トラニラスト原末を製造し,これを製剤加工して販売するという業務形態を採っているのに対し,被控訴人ニプロ,被控訴人兼承継人菱山は,被控訴人菱山においてトラニラスト原末を仕入れて,これを製剤加工し,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がトラニラスト製剤を販売するという異なる業務形態を取っていたため,その利益額は,控訴人の平均利益額に比べ著しく低い,したがって,公平の観点から,特許法102条1項に規定の適用は排除されるべきである,と主張する。
しかし,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人菱山において,被控訴人白鳥が製造したトラニラスト原末を被控訴人三恵を通して購入して,トラニラスト製剤(チタルミン錠)を製造し,その上で共同してこれを販売し,トラニラスト製剤市場で競合したものである。そして,被控訴人白鳥,被控訴人三恵,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売の5者全体の行為を控訴人と比べてみると,トラニラスト原末の製造元の被控訴人白鳥や販売元の被控訴人三恵がそれぞれ利益をあげ,また,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が,三社一体として,チタルミン錠の製造販売行為を行い,グループ三社内で利益の一社集中をはかっていた点が異なるだけであり,上記被控訴人ら5社全体の行為を控訴人と比べてみると,そこに何らの差異もないことが明らかである。
控訴人と被控訴人ニプログループとの間でトラニラスト製剤販売による利益額が著しく異なるとしても,このことは,むしろ,被控訴人ニプログループが,いわゆるゾロ品を廉価販売することにより,控訴人のリザベンの市場に入り込もうとしたことを推認させるものであり,このような被控訴人ニプログループによる廉価販売によって,控訴人は自らのトラニラスト製剤リザベンの販売機会を喪失したものであることを,より明確に推認できるものである。
特許法102条1項は,侵害者による廉価販売により,侵害者が赤字を出している場合等には,特許法102条2項の規定によるのでは特許権者の被った損害を回復することができないために,特許権者の販売機会の喪失による販売利益の喪失に見合う損害の賠償の確保を目的として立法されたものである。このような特許法102条1項の立法趣旨からすれば,「侵害者の現実に得た利益」が低い場合には102条1項の適用が排除されるという被控訴人ニプログループの上記主張は,到底採用することができないものであることが明らかである。
(b) 被控訴人ニプログループは,特許法102条1項ただし書に該当する事情であるとして,次のとおり主張している。
@ 平成2年ないし平成4年当時のいわゆるジェネリック医薬品(後発品)の売上げは5%程度であり,リザベンの売上げはこれを大きく上回る割合で減少しているのであるから,リザベンの売上げの減少は,被控訴人らのトラニラスト製剤の販売によるものではない。
A トラニラスト製剤の同効薬のザジデン,アゼプチン,セルテクト等が,リザベンの売上の減少に影響を与えた。
B 控訴人は,平成4年から,ドメナンを発売している。このドメナンは,控訴人のリザベンと市場が競合しており,控訴人の営業活動の重点がドメナンに移ったために,リザベンの売上げが減少したのである。
しかし,被控訴人ニプログループが主張するところは,次に述べるとおり,いずれも特許法102条1項ただし書きの「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるとき」には当たらず,上記主張はすべて理由がない。
上記@については,仮に,リザベンの売上げの減少が,被控訴人らの販売したトラニラスト製剤の販売量を大きく上回っていたとしても,そのことからは,リザベンの売上げの減少については他の要因も関係している,ということはいえるとしても,これは被控訴人らによるトラニラスト製剤の販売とは無関係のことである,といえるわけではないことは明らかである。被控訴人ニプログループの上記主張は失当である。
上記Aについては,被控訴人ニプログループが主張する同効薬のザジデン,アゼプチン,セルテクトは,トラニラスト製剤とは化合物を異にするものであり,その薬剤としての性質も薬効も相違するものである(丙第20号証)。同効薬は,その作用・副作用,使いやすさ等を総合的に勘案して,特許の対象となっている製剤(以下「特許製剤」という。)と同等ないしこれに匹敵する効能をもち,市場において特許製剤と競合関係にある場合には,当該特許の侵害品により,特許製剤のみならず,当該同効薬も,同様にその販売量の減少をきたす場合もあり,このような同効薬の存在が主張立証された場合には,特許法102条1項ただし書きに相当する場合も生じ得るということはできるものの,本件については,被控訴人ニプログループは,単にリザベンとの同効薬があると主張し,丙20号証を提出するのみであり,それらの薬剤が上記のような意味における同効薬かどうかについては,何ら主張立証するものではない。したがって,被控訴人ニプロらの上記Aの主張も,採用することはできない。
上記Bについては,控訴人の新薬である「ドメナン」もトラニラスト製剤とは化合物を異にするものであり,その性質も薬効もリザベンとは相違するものであることからすれば,この新薬の存在をもって,直ちに特許法102条1項ただし書きに該当する事情の立証があったということができないことは,当然である。
また,新薬の販売に営業活動の重点が移ることはよくあることであるとしても,リザベンは控訴人の貴重な主力製品であることからすれば(甲第312号証),リザベンの売上げが減少するのも顧みずに,控訴人の営業活動の重点をドメナンに移すということも考えにくいことであり,被控訴人ニプログループの主張は,この点でも採用することができない。
(カ) 控訴人が,特許法102条1項に基づき,被控訴人三恵及び被控訴人白鳥並びに別表(1)「102条1項損害一覧表」記載の各被控訴人らに対し請求することができる損害額は,前記製造量に前記控訴人利益額を乗じた額として算出され,その額は別表(1)「102条1項損害一覧表」の「損害額(円)」欄に記載したとおりである。
(3) 消滅時効について (ア) 控訴人は,被控訴人らによる本件特許権侵害行為について,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名については,原審における平成5年1月14日付け原告第6準備書面,平成5年11月16日付け訴え変更申立書,平成5年12月6日付け訴え変更申立書によって,被控訴人ニプロについては平成9年6月10日付け訴状,旧菱山販売については平成9年10月1日付け訴状によって(いずれも,各日付けころ裁判所に受理され,その後,各被控訴人らに送達されたものである。),損害賠償請求を行っているのであり,控訴人のこの訴え提起行為は,損害又は加害者を知った日から3年以内に行われており,これにより被控訴人らによる本件特許権侵害行為により生じる損害賠償請求権についての消滅時効は中断している。
特許法102条1項,同条2項及び同条3項に基づく請求は,単に同一の不法行為事実についての逸失利益損害額の計算の方法が異なるものにすぎず,被控訴人らによる本件特許権侵害行為という不法行為についての損害賠償請求権は,各被控訴人らに対し,もともと一つしかないのであり,控訴人は,同一の不法行為事実について,原審の当初から同条2項及び3項に基づいて損害賠償請求をしてきたのであるから,控訴人が,控訴審において特許法102条1項に基づき計算した金額を損害の額として選択的・追加的に請求したとしても,上記のとおり,この損害賠償請求権についての消滅時効は既に中断されているものである。
被控訴人ニプロと旧菱山販売については,控訴人による訴えの提起が平成9年6月10日,平成9年10月1日付け訴状によりなされている。両者に対する訴えの提起が後れたのは,次の事情によるものであり,控訴人は,このころまで,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がチタルミン錠を販売していることを知らなかったのであるから,両名について消滅時効は完成していないものと認められる。
チタルミン錠は,その箱にも能書にも「製造販売元菱山製薬株式会社」とのみ記載されており,医薬品製剤の卸からの販売数量から統計処理を行っているIMS統計にも,被控訴人菱山のデータのみが掲載されていたところから,控訴人は,チタルミン錠の製造販売に関しては被控訴人菱山のみを平成2年に提訴したものである。しかし,原審の先行訴訟においては,平成8年に侵害論を終了して損害審理が開始され,被控訴人菱山から任意提出された帳簿によると,被控訴人菱山は被控訴人ニプロに21.46円という廉価でチタルミン錠全量を販売し,被控訴人ニプロは22.01円という廉価でチタルミン錠全量を旧菱山販売に販売し,旧菱山販売がこれを少なくとも平均販売単価約53.59円で第三者に販売していたことにより,旧菱山販売にチタルミン錠の販売による利益が主として集められていたことが判明したため,控訴人は,平成9年に被控訴人ニプロと旧菱山販売を訴えたものである。
(イ) 被控訴人らは,控訴人は,原審では,共同不法行為に基づく損害賠償を請求していなかったのであるから,控訴審において,共同不法行為に基づく請求を追加するのは,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものであり,この点からも消滅時効が成立する,と主張する。
しかし,控訴人は,原審においても,被控訴人三恵と被控訴人白鳥,被控訴人三恵と被控訴人進化,被控訴人ソルベイと被控訴人科研,及び,被控訴人ニプログループについて,既に共同不法行為の主張をしているのであり,控訴審においても,被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造販売という,原審と同一の不法行為事実について,原末メーカーである被控訴人白鳥・被控訴人三恵と各製剤メーカーとの間に客観的な関連共同性があることから,共同不法行為の範囲をその範囲まで拡張して主張しているにすぎないのである。そして,控訴人は,被控訴人らの個々の不法行為については,原審と同一の不法行為事実を主張しているのであるから,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものではないことは明らかである。したがって,個々の不法行為事実について既に時効中断の効力が生じている以上,個々の不法行為が関連共同してなる共同不法行為について消滅時効が成立することはあり得ず,被控訴人らの消滅時効の主張は,到底採用することができない。
(ウ) 被控訴人らは,控訴人が,原審において,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研並びに被控訴人扶桑に対する損害賠償の額を減縮したことから,1個の債権の数量的な一部についての訴えの提起による時効中断の効力は,数量的な残部については及ばず,控訴審において,この残部について請求を拡張しても,その部分は,既に時効により消滅している,と主張する。しかし,控訴人は,特許法の改正により,平成11年1月1日から,特許法102条1項の規定が適用されることになり,得べかりし利益についての立証が容易になったことから,控訴審において,被控訴人らの不法行為により生じた損害について,特許法102条1項の規定に基づき損害額を計算してこれを請求しているものにすぎないのである。したがって,控訴人は,原審において,1個の債権の数量的な一部として,損害賠償請求をしていたわけではなく,また,控訴審において1個の債権の数量的な残部について請求を拡張したわけではない。控訴人は,本件特許権侵害に基づく損害賠償の額について,特許法が定める異なる計算方法に基づき,異なる金額の損害の額を主張しているにすぎないのであるから,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(4) 損害の額についての結語 以上によれば,控訴人の,被控訴人らに対する,別表(1)「102条1項損害一覧表」の「控訴審一部請求額」の欄記載の各金額の連帯支払を求める請求は理由がある。
6 弁護士費用相当額について 控訴審における弁護士費用としては,本件事案の内容と当審における審理の経過,当審において認められる上記損害賠償の金額,当審における控訴人訴訟代理人らの訴訟行為の内容,その他当審において認められる一切の事情を総合考慮すれば,主文第7項のとおり認めるのが相当である。なお,被控訴人ニプロら及び被控訴人ソルベイらは,弁護士費用について消滅時効を主張するものの,控訴人が請求しているのは,控訴審における弁護士費用であるから,その主張に理由がないことは明らかである。
7 以上のとおりであるから,控訴人の本訴請求は,弁護士費用相当額の請求の一部を除いて,すべて理由があるので,控訴人の本訴請求を棄却した原判決を取り消し,控訴人の本訴請求を主文掲記の限度で認容することとし,その余の請求は理由がないから棄却し,第1,第2審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条,64条ただし書き,65条を適用して,主文のとおり判決する。
追加
別紙目録(1)「被告主張方法」「反応工程3,4-ジメトキシ桂皮酸114キロ及び無水イサト酸134キロをトリエチルアミン93・3キロとジメチルアセトアミド270キロに溶解し,内温110〜120℃で8時間加熱し,その後冷却し,翌日内温20℃以下で,ほぼ3規定の塩酸を加えてpH3前後に調整する。
これを別の容器に移し,ジメチルアセトアミド30キロで洗浄し,水1100リットルを毎分20リットルづつ滴下しつつ攪拌し,滴下終了後攪拌を停止し,翌日上澄み液を吸引除去し,水800リットルを加え,静置して再び上澄み液を吸引し,更に水800リットルを加え,結晶を濾過し,粗結晶を得る。
精製(再結晶)工程粗結晶100キロをソルミックス1750リットルに加え,加熱し,溶解後加熱を止め,白鷺A(活性炭)1キロを加え,濾過する。
母結処理工程(母液に残存する結晶の回収)母結(精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収し,濃縮したもの)に2倍量のメタノールと25〜30%のトリエチルアミンを加え,室温で2時間程度攪拌した後,母結量の5,6倍の水を加え,濃塩酸でpHが3前後になるよう調整し,結晶をろ過する。
次いで一次晶の精製と同様に精製する。」別紙目録(2)「被控訴人主張方法」「3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミンとジメチルアセトアミドとの混合溶媒に溶解し,加熱した後冷却し,それにほぼ3規定の塩酸を加える。これを適宜水で洗浄し,更にクロロホルムを加えて攪拌,濾過し,粗結晶を得る。次いでソルミックスと活性炭とによりこれを精製する。」別表(1)102条1項損害一覧表別表(2)102条2項損害一覧表別表(3)102条3項損害一覧表
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸