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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 14年 (ワ) 25043号 特許権侵害差止請求事件
原告 リヒター・ゲデオン・ベジェセティ・ジャール・アールテー
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
補佐人弁理士 岩田弘
同 中嶋正二
被告 藤川株式会社(以下「被告藤川」という。)
被告 沢井製薬株式会社(以下「被告沢井」という。)
被告 日新製薬株式会社(以下「被告日新」という。)
被告3名訴訟代理人弁護士 花岡巖
同 木崎孝
同 森岡誠
補佐人弁理士 小谷悦司
同 植木久一
同 竹岡明美
同 三輪英樹
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/01/19
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告藤川は,別紙目録1記載の物件を輸入し,販売し又は販売のために展示してはならない。
2 被告沢井は,別紙目録2及び別紙目録3記載の物件を製造し,販売し又は販売のために展示してはならない。
3 被告日新は,別紙目録4記載の物件を製造し,販売し又は販売のために展示してはならない。
4 被告藤川はその所有する別紙目録1記載の物件を,被告沢井はその所有する別紙目録2及び3記載の物件を,被告日新はその所有する別紙目録4記載の物件を,それぞれ廃棄せよ。
事案の概要
本件は,原告が被告らに対し,被告藤川は,別紙目録1記載の方法で製造された同目録中B記載のファモチジンを輸入して,これを被告沢井,被告日新に販売し,被告沢井及び被告日新は,これを製剤して別紙目録2ないし4記載の医薬品(以下「被告ら医薬品」という。)を販売していること,被告らの行為は,原告の有する特許権を侵害することを主張して,ファモチジン及び被告ら医薬品の輸入,販売等の差止め等を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない事実) (1) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,請求項1の発明を「本件発明」という。)を有している。
(ア) 発明の名称 N-スルフアミル-3-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジンの製造方法 (イ) 出願日 昭和61年9月10日 (ウ) 登録日 平成7年4月7日 (エ) 特許番号 第1922762号 (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
1. 塩基を用いた同一反応系での処理によって 下記式(V): SNNH+SNH2NH2NH2NH2 Cl(III)Cl+- で表されるS-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチル)-イソチオウレアジヒドロクロリドから得られた2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メタンチオール(以下「式(V’)」ということがある。)をS-アルキル化することによって,下記式(T): H2NH2NNSNSNH2NSO2NH2(I) で表されるN-スルファミル-3-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジン(ファモチジン)を製造する方法において, 2.下記式(U): XNH2NSO2NH2HX(II) (上式中,Xはハロゲンを表わす。)で表されるN-スルファミル-3-ハロプロピオンアミジンを用いてS-アルキル化を実施することを含む製造方法(以下「本件特許製法」という。)。
(3) 被告らの行為 被告藤川は,輸入に係るファモチジンを被告沢井,被告日新に卸し販売し,被告沢井は別紙目録2,3記載の医薬品を,被告日新は別紙目録4記載の医薬品を,それぞれ製造,販売している。なお,別紙目録2ないし4記載の医薬品の原薬であるファモチジンが,別紙目録1記載の製法により製造されたかの点は争いがある。
2 争点及び当事者の主張 (1) 争点 被告藤川の輸入に係るファモチジンの製造方法は,本件発明の技術的範囲に属するか。
(2) 当事者の主張 ア 副生成物ファモシアノアミジンについて (原告の主張) (ア) 副生成物について 一般に,ある化合物について,原料,処理手段を異にする複数の製造方法がある場合,それぞれの方法により,生じる副生成物が異なる。特定の製造方法には,特徴的な副生成物が必然的に生ずるから,その化合物中に,このような必然的に生ずる副生成物が微量でも存在すれば,その化合物は,このような特徴的な副生成物を生成させる特定の製造方法によって製造されたものと推定できる。
(イ) ファモシアノアミジンの検出 原告が,被告沢井の別紙目録2記載の医薬品,及び被告日新の別紙目録4記載の医薬品を,高速液体クロマトグラフィー法(HPLC)を用いて分析したところ,本件特許製法に特有の副生成物であるファモシアノアミジンが検出された(甲4)。
また,原告の実験(実験報告書1。甲6)によれば,被告らの医薬品から生ずるファモシアノアミジン含量の定量結果は,被告らが開示した乙1号証の1記載の製造方法によって生ずる副生成物より,本件特許製法によって生ずる副生成物に近い値であった。
したがって,被告ら医薬品は,本件特許製法を用いて製造された原薬たるファモチジンをもとに製剤していることが明らかである。
(被告らの反論) (ア) ファモチジンの製造方法 被告藤川が輸入し,被告沢井,被告日新に販売しているファモチジンの製造方法(以下「被告原薬製法」という。)は,別紙「本件特許製法と被告原薬製法の比較」の「被告原薬製法」欄記載のとおりである。
a 本件特許製法と被告原薬製法との対比 (a) 本件特許製法は,別紙「本件特許製法と被告原薬製法の比較」の「本件特許製法」欄記載のとおり,同一の反応系での処理によって,式(V)で表されるイソチオ尿素体から,式(V’)で表される2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メタンチオールを得て,これを式(U)で表される化合物によりS-アルキル化することによって,ファモチジンを得るものである。
(b) これに対して,被告原薬製法は,別紙「本件特許製法と被告原薬製法の比較」の「被告原薬製法」欄記載の工程aないしcを経てファモチジンを生成させるものであり,これは,式(V)で表されるイソチオ尿素体を使用するものの,これを本件特許製法の式(U)で表される化合物によって,S-アルキル化してファモチジンを得るものでもなく,また,イソチオ尿素体から同一反応系でファモチジンを生成させるものでもないから,本件特許製法とは異なる方法であるといえる。
b したがって,被告原薬製法は,本件発明の技術的範囲に属しない。
(イ) 副生成物について 化合物について幾つかの製造方法がある場合,特定の製造方法には当該製法に必然的に生ずる特有の副生成物が存在する場合はあり得るが,すべての製造方法において,必ず特有の副生成物が発生するというわけではない。
(ウ) ファモシアノアミジンの検出について 甲4の実験結果において,被告ら医薬品にファモシアノアミジンが含まれていたことは認める。
しかし,ファモシアノアミジンは,本件特許製法に特有の副生成物であるとはいえないから,被告ら医薬品は,本件特許製法を用いて製造されたとする原告の主張は根拠がない。のみならず,原告の副生成物に関する主張は,後記イの主張と矛盾するものであって,その主張自体が失当である。
ファモシアノアミジンは,ファモチジン(ないしその生成過程の中間体)とシアナミド(ないしその変化物)が反応系内に存在すれば容易に反応し,生成される化合物である。被告原薬製法においても,工程aにおいてシアナミドが副生し,これが後の工程に持ち越されると,ファモチジンないしその中間体と反応して,ファモシアノアミジンを副生すると考えられる。被告原薬製法においても,各工程の出発原料を単離取得する際の洗浄・精製の条件によっては,製造工程bないしcの段階までシアナミドが持ち越され,ファモシアノアミジンがファモチジン中に少量混在することは十分に予想される。
イ 被告製品から検出されるファモチジンの不純物中のファモシアノアミジンとサイクリックダイマーの組成比について (原告の主張) 被告ら医薬品から検出される不純物であるファモシアノアミジンとサイクリックダイマーの比率は,以下のとおり,本件特許製法の生成物に特徴的な生成比率を示している。したがって,被告ら医薬品は,本件特許製法によって製造されていることが明らかである。すなわち, (ア) サイクリックダイマーは,第十四改正日本薬局方解説書のC-2363(甲5,ファモチジンの項の注4)に記載されている,ファモチジンの主要類縁物質のBである(化合物名:3,5-bis[2-[[[2-[(diaminomethylene)-amino]thiazol-4-yl]methyl]thio]-ethyl]-4H-1,2,4,6-thiatriazine 1,1-dioxide)。
(イ) 原告は,被告が主張する被告原薬製法を追試する実験をした(実験報告書1。甲6)。甲6によれば,まず,ファモシアノアミジン含量の定量結果を分析し,次に,サイクリックダイマーの含量を分析してその比を測定すると,被告ら医薬品は,被告原薬製法によった場合よりも,本件特許製法によった場合の値に近いことが認められる。 (被告らの反論) ファモシアノアミジンとサイクリックダイマーの残存量には相関関係がない。
そもそも,原告は,上記相関関係の存在を基礎づけるための立証をしていない。
のみならず,以下の理由から,両者の残存量の間には相関関係がない。
すなわち,サイクリックダイマーは,原告の主張するメトキシ中間体を経由する反応ルート以外にも,ファモチジン自体が加水分解等により反応して生成する反応ルートが存在し,微細な条件の相違によって,その残存量は大幅に増減する。また,ファモシアノアミジンは,各反応工程における条件の相違により,サイクリックダイマーとは関連することなくその副生量が変動する。
ウ N-スルファミル-(3-クロロ)-プロピオンアミジンについて (原告の主張) (ア) 原告の実施した実験結果(実験報告書2。甲7)によれば,被告ら医薬品から,本件特許製法でのみ使用される特徴的な原料物質であるN-スルファミル-(3-クロロ)-プロピオンアミジン(以下「クロロスルファミジン」という。)が検出された。
(イ) クロロスルファミジンは,本件特許製法だけで使用される原料物質であり,本件明細書に本件特許製法の原料物質として記載されている,別紙目録1中の式(U)で示される,N-スルファミル-3-ハロプロピオンアミジンに包含される物質の一つであり,同式においてXで示されるハロゲンがクロルである場合の化合物(実施例記載化合物)である。
被告らが主張する被告原薬製法によれば,N-スルファミル型原料物質は全く使用されていないので,その反応の過程で,クロロスルファミジンが生成される可能性はないはずである。この点は,原告の実施した実験結果(甲7)によれば,被告医薬製法を追試して得たファモチジンからクロロスルファミジンが検出されなかったことからも裏付けられる。
(ウ) したがって,原告の行った実験の結果(甲7),被告ら医薬品からクロロスルファミジンが検出されたことは,被告ら医薬品の原薬であるファモチジンは,本件特許製法により製造されたと認められる。
(被告らの反論) クロロスルファミジンは,被告原薬製法によっても副生し得る物質であるから,原告の主張は失当である。
(ア) そもそも,原告は,本件特許製法以外ではクロロスルファミジンが副生することがありえないことについて,何ら立証を行っていない。
(イ) 原告は,被告原薬製法に準じて調製した試料から,クロロスルファミジンは検出されなかったとする(甲7)。しかし,被告原薬製法でクロロスルファミジンが生成することは,以下のとおりの理由から,十分考えられる。すなわち, (a) 別紙「被告原薬製法におけるクロロスルファミジン生成過程」に示すとおり,被告原薬製法の工程a(被告原薬製法のステージ3)において,ITU(イソチオウレア体)とアクリロニトリルを反応させた際に,プロピオニトリル体が得られるが,このとき,未反応のアクリロニトリルが残存することがあり得る。
(b) そして,その残存したアクリロニトリルが工程b(被告原薬製法のステージ4)に持ち越され,メタノール及び塩化水素ガスが加えられることによって,3-クロロプロピオニトリル又はメチル-3-クロロプロパンイミデートが生成する。このメチル-3-クロロプロパンイミデート又は3-クロロプロピオニトリルが,工程c(被告原薬製法のステージ5)において,スルファミドと反応して,クロロスルファミジンが副生する。
(c) さらに,被告原薬製法におけるクロロスルファミジンの副生の経路としては,上記の経路以外にも,メトキシ中間体が分解することにより副生する経路やファモチジンが分解することにより副生する経路などが考えられる。 エ ビス[(2-グアニジノチアゾール-4-イル)メチル]ジスルフィドについて (原告の主張) (ア) 原告の実施した実験結果(甲11)によれば,被告ら医薬品から,式(V)をアルカリ処理して式(V’)を得る際に副生するジスルフィド化合物(ビス[(2-グアニジノチアゾール-4-イル)メチル]ジスルフィド)(以下単に「ジスルフィルド化合物」という。)が検出された。
このジスルフィド化合物が検出されるという事実は,被告ら医薬品中のファモチジンの製法が,構成要件1を充足することを示すものである。
(イ) 本件特許製法は,式(V)のS-(2-グアニジノチアゾール-4-イルメチル)イソチオウレア2塩酸塩を系中でアルカリ処理することにより式(V’)の(2-グアニジノチアゾール-4-イル)メタンチオールを生成させ,これを式(U)のクロロスルファミジンを用いて反応させてS-アルキル化することにより,式(T)のファモチジンを製造するものである。本件特許製法のうち,式(V)を系中でアルカリ処理することにより式(V’)を生成させる際,式(V’)は,アルカリ溶液中で酸化され易く,その結果としてジスルフィド化合物を生成しやすいことが知られている。
そして,ファモチジン製造において,ジスルフィド化合物が副生するということは,そのファモチジンが式(V)を系中でアルカリ処理することにより式(V’)を生成させる工程,つまり式(V)を塩基を用いた同一反応系での処理によって式(V’)を生成させ,これをS-アルキル化する工程(構成要件1)を経たことを示している(甲11)。
したがって,被告ら医薬品からジスルフィド化合物が検出されたという事実は,被告ら医薬品中のファモチジンの製法が構成要件1を充足することを示している。
(被告らの反論) 被告原薬製法でも,ジスルフィド化合物は生成される。
被告原薬製法では,工程a(ステージ3)において,イソチオウレア体(原告の式(V)と同一)に水酸化ナトリウム水溶液を加えている。それにより,イソチオウレア体(式(V))がアルカリ処理されて,チオラート体(式(V’))が生成する。
そして,そのチオラート体(式(V’))は,容易に酸化されるので,ジスルフィルド化合物が生成される。
なお,原告は,被告原薬製法により,ステージ3において,チオラート体が生成されることについて,被告原薬製法によりクロロスルファミジンが副生される可能性に関する主張において認めている。
争点に対する判断
1 当裁判所は,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンは,本件特許製法によって製造されたものと判断することはできない。
すなわち,原告は,被告ら医薬品から検出された各物質が,本件特許製法に特有の副生成物であることを前提として,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンが本件特許製法により製造されたと推認されると主張する。しかし,@原告の主張に係る物質は,本件特許製法に特有のものとはいえず,被告原薬製法によっても生成し得る物質であるので,この点に関する原告の主張は前提を欠くこと,Aそもそも,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンの製造方法について立証がされていないことから,原告の主張は採用できない。
のみならず,B被告らが任意に開示した被告原薬製法に不合理,不自然な点はなく,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンは,同製法により製造されていると認められ,同製法は,本件発明の技術的範囲に属していないことが明らかであるから,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンは,本件特許製法によって製造されたものとはいえない。
いずれの理由からも,原告の主張は採用できない。
以下,この点を詳述する。
2 副生成物に関する原告の主張 (1) ファモシアノアミジンの検出について ア 原告は,被告ら医薬品からファモシアノアミジンが検出されたことから,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンは,本件特許製法で製造されたものであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告のこの点の主張は理由がない。
(ア) 本件全証拠によるも,ファモシアノアミジンが,本件特許製法に特有の副生成物であることを認めることができない。したがって,被告ら医薬品の原薬たるファモチジンからファモシアノアミジンが検出された事実によって,被告ら医薬品が,本件特許製法で製造されたと認定することはできない。
(イ) かえって,証拠(乙1,2。なお、枝番号の記載は省略する。以下同様である。)及び弁論の全趣旨によれば,被告ら主張に係る被告原薬製法でも,以下のとおり,ファモシアノアミジンが生成されることを認めることができる。
a 原告は,被告原薬製法によりファモチジンを製造する場合に,ファモシアノアミジンが副生成物として発生することを自認し,また,原告の行った被告原薬製法の追試実験の結果(甲6)からも,被告原薬製法によればファモシアノアミジンが副生成物として生じることを確認している。
b 証拠(乙2)によれば,被告ら医薬品に用いられているファモチジンの製造工程から採取されたプロピオニトリル体からはファモシアノアミジンが検出されず,メトキシイミノ体,ファモチジンクルード及びファモチジン原体の中に,ファモシアノアミジンが検出されたことが認められる。
c 被告原薬製法においては,イソチオ尿素体にアクリルニトリルを加える過程でシアナアミドが生じる。シアナアミドとメトキシ中間体,ファモチジンとが反応してファモシアノアミジンが生成され得る(弁論の全趣旨)。
d 被告原薬製法において,その工程a,bを経て生成されるメトキシ中間体,最終生成されるファモチジンとは,シアナアミドとの反応可能性があり,工程aにおいて発生,残存するシアナアミドとこれらが反応してファモシアノアミジンが生成することは十分考えられる(弁論の全趣旨)。
イ 原告は,甲6の実験によれば,被告ら医薬品は,ファモシアノアミジンとサイクリックダイマーの組成比において,被告原薬製法の場合よりも本件特許製法による場合に近いので,被告ら医薬品は,本件特許製法によって製造されたと認められると主張する。
しかし,以下のとおり,原告のこの点の主張も理由がない。
(ア) 本件特許製法に準じて製造したとする製品,及び特開昭59-227870号(甲8)に開示された製造方法に準じて製造したとする製品につき,いずれも具体的な製造条件を開示していないので,原告の実施した実験結果(甲6)によって,原告の主張を裏付けることはできない。
そもそも,本件特許製法は,N-スルファミル-(3-ハロ)-プロピオンアミジンヒドロクリドが優れたS-アルキル化剤であることの発見に基づき(本件明細書3頁左欄39ないし41行目),これを用いてイソチオ尿素体をS-アルキル化することに関するものであり,実施例の記載も含めて,ファモチジンの製造方法を具体的かつ詳細に定めているものとはいえない。したがって,原告が甲6において用いた本件特許製法に準じて製造されたとするリヒター錠は,必ずしも本件特許製法及び本件明細書記載の実施例と同一の条件で製造されたものか否かが明かではないというべきである。
(イ) のみならず,サイクリックダイマーは,メトキシ中間体を経由する反応過程以外にも,ファモチジン自体が加水分解等により反応して生成する反応過程が存在し,微細な条件の相違によって,その残存量は大幅に増減し,他方,ファモシアノアミジンは,各反応工程における条件の相違により,サイクリックダイマーとは関連することなくその副生量が変動するので,両者の残存量が相関関係を有するものとは考えられない。したがって,相対的な比較に意味があるとは認められないので,原告の主張は採用できない。
ウ 小括 以上のとおり,被告ら医薬品からファモシアノアミジンが検出されたこと,及びサイクリックダイマーとの組成比によって,被告ら医薬品のファモチジンが本件特許製法で製造されたものであると推認することはできず,結局,原告の主張は採用できない。
(2) クロロスルファミジンについて ア 原告は,本件特許製法でのみ使用される特徴的な原料物質であるクロロスルファミジンが被告ら医薬品から検出されたことは,被告ら医薬品が本件特許製法で製造されたことを示すと主張する。
イ しかし,以下のとおり,原告のこの点の主張は理由がない。
まず,本件全証拠によるも,クロロスルファミジンが,本件特許製法に特徴的な原料物質であり,被告原薬製法によっては発生し得ないことについて,これを認めることはできない。
原告は,それに沿う証拠として甲7,10を提出する。しかし,甲7には,「乙1-1法に準じて調整した試料」との記載があるだけで,実験条件等も明らかでなく,また,甲7,10のいずれも,根拠が示されていないので,これを採用することはできない。
かえって,弁論の全趣旨によれば,被告原薬製法によっても,以下のとおり,クロロスルファミジンが生成する可能性があることが認められる。
(ア) 被告原薬製法においては,工程aにおいてアクリルニトリルを使用するところ,これが残存し,工程bにおけるメタノール及び塩化水素ガスと反応して,3-クロロプロピオニトリル又はメチル-3-クロロプロパンイミデートが生成し,さらに,同化合物が工程cにおけるスルファミドと反応することによって,クロロスルファミジンが副生する可能性がある(この過程は,別紙「被告原薬製法におけるクロロスルファミジン生成過程」記載のとおりである。)。
(イ) また,被告原薬製法においては,工程bにより得られたメトキシ中間体がクロロイオンによる分解により,エチレン中のメチレン部位と反応し,クロロスルファミジンが発生する可能性は十分にある(この点,上記エチレン中のメチレン部位と反応する可能性がないことについて,これを否定する証拠はない。)。
(ウ) さらに,被告原薬製法により得られたファモチジンに対して,クロロイオンの作用によって,クロロスルファミジンが発生する可能性も存在する(この点,被告原薬製法では,工程bで使用したクロロイオンが残存する可能性は否定できない。)。
ウ 上記によれば,クロロスルファミジンに関する原告の主張は,理由がない。
(3) ジスルフィド化合物について ア 原告は,被告ら医薬品からジスルフィルド化合物が検出されたことは,被告ら医薬品のファモチジンは本件特許製法により製造されたことを示すものであると主張する。
イ しかし,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告原薬製法では,イソチオウレア(イソチオ尿素体)(式(V))に,水酸化ナトリウム溶液を加えており,これによりイソチオウレア(式(V))がアルカリ処理され,チオラート体(式(V’))が発生し得ることが認められる。
また,本件明細書にも,「アルキル化は好ましくはアルカリ性水溶液中で実施する。塩基として,例えば水酸化ナトリウムを,好ましくは40%水溶液として用いる。」(4頁左欄22ないし24行目)との記載があり,本件特許製法も,イソチオ尿素体を水酸化ナトリウム中において,2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メタンチオール(式(V’))を得ることが開示されており,被告原薬製法によってチオラート体(式(V’)は,チオラート体である。)が得られることを裏付けている。
そして,チオラート体(式(V’))は容易に酸化し,そこからジスルフィルド化合物を得られることについては,甲11に記載されているとおりである。
ウ したがって,被告原薬製法によっても,ジスルフィルド化合物が副生し得るから,原告の主張には理由がない。
3 被告原薬製法について (1) 被告ら医薬品の原薬たるファモチジンは,被告らが任意に開示した被告原薬製法によって製造されているか否かついて,念のため判断する。
証拠(乙1,2)によれば,被告ら医薬品のファモチジンは,以下のとおり,別紙「本件特許製法と被告原薬製法の比較」の被告原薬製法欄記載の方法を用いて製造されていると認めることができる。
そして,被告原薬製法は,まず,式(V)で表されるイソチオ尿素体(イソチオウレア)を用い,これにまずアクリルニトリル,水酸化ナトリウムを加え(工程a),これを遠心分離,乾燥してプロピオニトリル中間体を得,これにメタノールを加える(工程b)ことによりメトキシ中間体を得,さらにスルファミドを加え(工程c),ファモチジンを得るという方法によっている。
そうすると,被告原薬製法は,本件発明の構成要件2(N-スルファミル-3-ハロプロピオンアミジンヒドロハライドを用いてS-アルキル化を実施すること)を充足しない。
(2) 被告提出証拠(乙1,2)の信用性について,判断する。
ア 原告は,乙1,2の証拠に関して,@24時間連続製造は,日常の作業手順とは異なり,不自然である,A全工程に乾燥工程が存在するが,同行程は,作業効率を低下させ,熱分解のおそれがあり,不自然である,Bメトキシ中間体の容器入れ替えは,不要な手順であり,このような手順を含む方法は合理性に欠ける,Cステージ6の再結晶において,メタノールを使用すると3トン以上の反応装置が必要となり,工業的な観点から不合理である,D乙1,2について,実験の立会人が有機化学の専門家でなく,製造記録も添付されていないので,信憑性に欠ける,E乙2について,ファモシアノアミジンに限定されており,生成物全体の品質を示していないし,液体クロマトグラフィー法で分析を行う際に,吸光度法を用いていないのは信憑性に欠ける,などと主張する。
イ しかし,原告の主張は,以下のとおり,いずれも採用の限りでない。
(ア) 原告は,24時間の連続製造は,日常の作業手順とは異なる不自然な方法であると主張する。
しかし,24時間連続して製造を行うことは,効率的な稼働という観点から,あながち不合理的であるとはいえないので,原告のこの点の主張は採用できない。
(イ) 原告は,各工程ごとに,それぞれ乾燥工程を設けることは,作業効率を低下させるだけでなく,熱による分解のおそれもあると主張する。
しかし,証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,ファモチジンを生成する過程において,数多くの副生成物が発生するので,これらを除去し,純度を高め,使用された溶媒等を取り除くために,洗浄,乾燥工程を設けることが,あながち不自然な方法であるとは認められない。
(ウ) 原告は,乙1の方法のステージ4の容器入れ替え作業の際に,多大のロスが生じており,このような容器入れ替えは合理的ではないと主張する。
しかし,各工程で得られる目的物質の量は,次工程での仕込量に足りなくなるようなことがないように,余裕を持たせる必要があること,全量を次工程に投入すると,次工程での反応時間,溶媒量等の条件を合わせる必要が生じることなどから,容器を入れ替えることが不自然であるとは認められない。なお,ステージ4で得られた乾燥後のメトキシ中間体の全体の量が188.9キログラム(乙1記載の乾燥後のメトキシ中間体充填のドラム缶4本の重量の合計)であることからすると,ステージ4において発生した13.9キログラムの余剰(上記メトキシ中間体全体量188.9キログラムのうちステージ5に投じられた量である175キロクラムとの差)は,格別不合理な量であるとは認められない。
(エ) 原告は,ステージ6の再結晶においてメタノールを使用する際に,3トン以上の反応装置が必要となるから,工業的には採用できない方法であると主張する。
しかし,乙1(26頁)には,立会人の確認のもとに,「メタノール各々2750L(LOT1),2750L(LOT2),2145L(LOT3)がホースを用いて充填された。」との記載があり,実際にこれだけのメタノールが使用された事実は明らかというべきであるから,原告の主張は採用できない。
(オ) 原告は,乙1,2につき,実験の立会人が有機化学の専門家でなく,製造記録が添付されていないと主張する。
しかし,乙1の立会人は,第三者機関である日本海事検定協会の調査員であり,中立性を疑わせる具体的事情は一切存しない。また,乙1は,立会人が,実際に行われた製造過程を忠実に記録して,報告したものであり,信用性を疑わせる事情は存しない。
(カ) 原告は,乙2について,ファモシアノアミジンに限定されており,生成物全体の品質を示していないし,液体クロマトグラフィー法で分析を行う際に,吸光度法を用いていないと主張する。
しかし,乙1,2の分析は,生成物全般の品質純度の分析ではなく,ファモシアノアミジン等の検出を行うものであり,質量分析装置を用いて分子量の特定を行う方法によることで,格別支障があると解せられない。
以上のとおり,原告主張に係る指摘は,いずれも理由がない。
4 結論 よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 佐野信