関連審決 | 審判1997-16457 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12ワ26626特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ12752特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ14010損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 29条1項3号 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術的範囲 / 同一の発明 / 技術的手段 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 共有 / 実施料相当額 / 権利の濫用(権利濫用) / 特許出願日 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 実施許諾(実施の許諾) / 発明の範囲 / 請求の範囲 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
9年
(ワ)
7477号
特許権侵害行為差止等請求事件
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原告 紫香楽教材粘土株式会社 原告 日本フイライト株式会社 上記2名訴訟代理人弁護士 松村信夫 同 中島純一 訴訟代理人松村信夫復代理人弁護士 和田宏徳 同 塩田 千恵子 被告 株式会社パジコ 訴訟代理人弁護士 石川道夫 同 石井光穂 |
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 2002/11/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は、別紙イ号目録及び説明書記載の物件を製造し、販売してはならない。 2 被告は、前項記載の物件を廃棄せよ。 3 被告は、原告らに対し、各々金500万円及びこれに対する平成9年8月7日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は、「軽量粘土」に関する特許発明の特許権者である原告らが、被告に対し、特許権に基づき、別紙イ号目録及び説明書記載の軽量粘土の製造、販売の差止めを求めるとともに、損害賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実等(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 原告らは、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許を「本件特許」、その発明を「本件発明」、その特許出願に係る願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を共有している。 特許番号 第2117876号 発明の名称 軽量粘土 出 願 日 昭和63年11月1日(特願昭63-278133号) 公 開 日 平成2年5月10日(特開平2-123390号) 公 告 日 平成6年9月7日(特公平6-70734号) 登 録 日 平成8年12月6日 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)記載のとおり なお、本件特許出願の過程において、平成元年6月5日に第1回補正、平成5年11月25日に第2回補正がそれぞれ行われた。 (2) 本件発明は、次の構成要件に分説することができる。 A 粒子中に気体を内包する軽量微小素材を主素材とし、これに合成粘結剤と、馴合液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土において、 B 上記軽量微小素材が粒径1〜200ミクロンの微小中空球であり、 C その外殻が単一の空間を内包し、 D 該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成されること E を特徴とする軽量粘土。 (3) 被告は、別紙イ号商品名目録記載の軽量粘土(以下「イ号製品」という。)を業として製造、販売している。イ号製品の構成について、原告は、別紙イ号目録及び説明書のとおりであると主張し、被告は、別紙イ号製品目録(被告)のとおりであると主張している。 (4) 被告は、平成9年10月3日、本件特許につき無効審判(平成9年審判第16457号)を請求し、特許庁は、平成10年3月27日、第2回補正は明細書の要旨を変更するものであるから、本件発明の出願日は第2回補正をした平成5年11月25日とみなすべきものであるところ、本件発明は、その公開特許公報に記載された発明と実質的に同一であるから特許法29条1項3号の規定に反して特許されたものであるとして、本件特許を無効とする旨の審決(第1次審決)をした(乙6)。原告らは、同審決を不服として東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが、東京高等裁判所は、平成12年5月31日、第2回補正が明細書の要旨を変更するものであるとした審決の判断は誤りであるとして、審決を取り消す旨の判決をした(甲15)。その後、特許庁は、平成13年7月23日付けで、本件発明は、審判甲第3号証、同甲第5号証及び同甲第6号証(以上は後記第3、2(3)の【被告の主張】イ(ア)掲記のもの)に記載された発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとして、本件特許を無効とする旨の審決(第2次審決)をした(乙34)。原告らは、同審決を不服として東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが、東京高等裁判所は、平成14年7月16日、第2次審決の判断に誤りはないとして、原告らの請求を棄却する旨の判決をした(乙48)。なお、原告らは、上記判決に対し、最高裁判所に上告受理申立てをしており、第2次審決は未確定である。 2 争点 (1) イ号製品は、本件発明の技術的範囲に属するか。 (2) 本件特許には明らかな無効理由が存在するか。 ア 本件特許は、出願公告前にした明細書の補正が要旨変更(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条〔以下「旧40条」という。〕)に当たり、 その出願日が手続補正書の提出時とみなされる結果、新規性を欠くか。 イ 明細書記載不備(平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項、4項〔以下「旧36条3項、4項」という。〕違反) ウ 新規性、進歩性欠如(特許法29条1項3号、29条2項) (3) 原告らの損害額。 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(イ号製品は、本件発明の技術的範囲に属するか)について 【原告らの主張】 イ号製品の構成は、本件発明の構成要件をいずれも充足する。 【被告の主張】 (1) 本件明細書の特許請求の範囲に記載された「合成粘結剤」、「馴合液材」、「添加物」の意義を特定することは困難であり、本件発明は、特許請求の範囲に基づいて技術的範囲を確定することができない。このように極めて技術的範囲が不明確な本件発明とイ号目録により原告らが提示した各商品(イ号製品)を対比することは不可能であるから、イ号製品が本件発明の技術的範囲に属するとすることはできない。 (2) イ号製品は、軽量微小素材である軽量粉末を比較的少量の2〜6重量部とした代わりにタルク8〜26重量部を使用し、本件発明よりも多量の水(高重量化)を使用した結果、本件発明の「軽量化」、「完全焼却」という作用効果をいずれも奏しないから、本件特許の技術的範囲に属しない。 2 争点(2)(本件特許には明らかな無効理由が存在するか)について (1) 同ア(本件特許は、出願公告前にした明細書の補正が要旨変更(旧40条)に当たり、その出願日が手続補正書の提出時とみなされる結果、新規性を欠くか)について 【被告の主張】 本件特許につき、原告らが出願公告決定謄本の送達前にした平成5年11月25日付け第2回手続補正書における明細書の全文補正は、願書に最初に添付した明細書の要旨を変更するものであり、本件特許の出願日は、第2回手続補正書を提出した平成5年11月25日とみなされる(旧40条)。そうすると、本件発明は、出願日とみなされる平成5年11月25日より前の平成2年5月10日に頒布された当該補正前の明細書の公開特許公報(特開平2-123390号公報)に記載された発明と実質同一であるから、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に反してされたものであり、特許法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前のもの。同条につき以下同じ。)による無効理由が存在することが明らかである。 【原告らの主張】 原告らの第2回手続補正書による補正は、願書に最初に添付された明細書の要旨を変更するものではないから、本件特許の出願日が平成5年11月25日に繰り下がることはない。 (2) 同イ(明細書記載不備〔旧36条3項、4項違反〕)について 【被告の主張】 本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施例の記載が、課題を解決するための手段の項の記載から推測できるすべての技術手段が当業者にとって容易に実施できる程度に記載されていないから、旧36条3項に違反する。 本件明細書の特許請求の範囲の記載は、本件発明の目的を達成するため必要不可欠とする技術的手段が記載されていないことから、発明の詳細な説明の記載から把握される発明の範囲を超え、発明の詳細な説明に記載された作用・効果を奏しない発明を含むものになっており、旧36条4項に違反する。 よって、本件特許は、旧36条3項、4項の規定に違反してされたものであり、特許法123条1項3号の無効理由が存在することが明らかである。 【原告らの主張】 本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、該分野の平均的技術者の出願当時の知識水準を基準とすれば、当該発明を容易に理解実施できる程度に記載されており、本件特許に旧36条3項、4項違反はない。 (3) 同ウ(新規性、進歩性欠如)について 【被告の主張】 ア 新規性欠如 本件発明は、1988年6月16日が公開日であるドイツ公開特許公報DE3641761号(乙9)に記載された発明(以下「ドイツ特許発明」という。)と同一の発明であるから、特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号の無効理由が存在することが明らかである。 イ 進歩性欠如 本件特許は、次のとおり、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号の無効理由が存在することが明らかである。 (ア) 本件発明は、特公昭51-893号公報(甲7の2、乙4の4、乙14)、米国特許第3607332号明細書(乙4の6、乙35)及び特公昭42-26524号公報(乙4の7、乙36)に記載された発明及び周知の技術的事項〔特公昭51-34331号公報(乙4の5)を含む。〕に基づいて、当業者が容易に発明することができた。 (イ) 本件発明は、特公昭51-893号公報(乙14)、特公昭59-50615号公報(乙15)、ドイツ特許発明、エクスパンセル社発行に係るパンフレット(乙10の1〜3)、株式会社バニー・コーポレーションが1987年5月に発行した「LIQUITEX(リキテックス)」と題するパンフレット(乙11の1・2)、株式会社ホビージャパン発行の雑誌「HOBBY JAPAN」1983年4月号、1985年6月号(乙12、13)の記載に基づいて当業者が容易に発明することができた。 【原告らの主張】 ア 新規性欠如 本件発明は粘土についての発明であるのに対し、ドイツ特許発明は粘土に関する発明でない点で明らかに構成を異にしており、被告の新規性欠如の主張には理由がない。 イ 進歩性欠如 (ア) 本件発明は、特公昭51-893号公報、米国特許第3607332号明細書及び特公昭42-26524号公報記載の発明及び周知の技術的事項から当業者が容易に発明できるものではない。 (イ) 本件発明と乙9〜15に記載された内容とは、課題、技術分野、作用効果等がいずれも異なり、本件発明がこれらの公知文献等から容易に発明できるとはいえない。 3 争点(3)(原告らの損害額)について 【原告らの主張】 (1) 被告は、公告日である平成6年9月7日から平成9年7月7日までの34か月間に、イ号製品を製造し、イ号製品である別表「商品名」欄に記載の各商品を、別表「個数」欄記載の個数、同「卸売価格」欄の価格で販売した。イ号製品の製造、販売に要する原価及び営業経費は、上記販売価格の60パーセントを超えることはないから、被告は、本件特許権を侵害したことにより、2億3700万円以上の利益を得た。 したがって、原告らは、特許法102条2項に基づき、各々、被告の得た利益の2分の1に当たる1億1850万円の損害賠償請求権を有する。 (2) 原告らが本件発明を実施許諾する場合の実施許諾料は、イ号製品の販売価格の3パーセントを下ることはなく、原告らは、公告日である平成6年9月7日から平成9年7月7日までの34か月間に、各々、実施料相当額の2分の1に当たる888万7500円の損害を被った(特許法102条3項)。 (3) 本件に相当する弁護士費用は500万円を下らないから、原告らは、各々、被告に対して上記弁護士費用の2分の1に当たる250万円の損害賠償請求権を有する。 (4) よって、原告らは、被告に対し、各々、主位的に、上記(1)と(3)の合計額1億2100万円、予備的に、上記(2)と(3)の合計額1138万7500円の損害賠償請求権を有するが、一部請求として、各々500万円を請求する。 【被告の主張】 争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(2)(本件特許には明らかな無効理由が存在するか)について (1) 同(3)イ(進歩性欠如)について ア 本件発明の特許出願日前である昭和51年1月12日に頒布された発明の名称を「彫塑材料」とする特公昭51-893号特許公報(甲7の2、乙4の4、乙14、以下「甲7の2公報」という。)の特許請求の範囲は、「発泡スチロール粉末を主材とし、これに化学的粘着剤とパルプを加えた彫塑材料。」というものであり、発明の詳細な説明には、「本発明は、発泡スチロールを主材とした児童工作用の彫塑材料に関するものである。」(1欄21〜22行)、「従来、児童用工作材料として用いられる彫塑材料としては、再生パルプ、紙粘土、泥粘土等があるが、これらには次のような欠点がある。(1)ひび破れができ破損し易い。 (2)未乾燥のものでも継ぎ足しができず、乾燥後の継ぎ足しは不可能である。 (3)重い。(4)芯材に接着し難い。(5)附着すると手その他を汚し易い。 (6)一部のものは異臭がある。(7)細長いもの、薄いものを作ることは困難である。(8)白色のものは得られない。本発明は、このような欠点を除去するために、発泡スチロールを主材とし、これに化学的粘着剤とパルプを加え発泡スチロールとパルプが化学的粘着剤でねり合されて軽量で加工性の良いしかも色の美しいものを得ようとするものである。」(1欄23行〜2欄4行)、「本発明品の一例を説明する。発泡スチロール粉末10% パルプ6.5% CMC6.5% 水その他77% 以上の重量比配合剤をねり合せて製品とする。このものは発泡スチロール粉末とパルプの繊維がCMCによって結合されて粘土状となったものである。」(2欄5〜15行)、「本発明は上述のように、発泡スチロールを主材としたから軽量であり…指人形等に用いるに好適である。」(2欄16〜22行)との記載があることが認められる。これらの記載によれば、甲7の2公報には、軽量微小素材である発泡スチロール粉末を主材とし、これにCMC(カルボキシメチルセルロース)などの化学的合成物質から成る粘着剤(合成粘結剤)と、水その他の馴合液材と、パルプ繊維という添加物とを加えて構成される児童工作用の粘土状の彫塑材料が記載され、その目的の一つが軽量化にあることが開示されているといえる。また、上記「発泡スチロールを主材としたから軽量であり」との記載によれば、甲7の2公報に接した当業者は、軽量化が、主材となる発泡スチロールの有する空間によりもたらされることを当然に想起するというべきである。 一方、本件明細書(甲2)には、〈発明が解決しようとする課題〉の項に、従来技術として、特公昭51-893号公報(甲7の2公報)に係る技術における課題が列挙された後、「本発明はこれらの課題にかんがみ、馴合液材の必要料(「必要量」の誤記)が少量でありながらも塑結がよく、また滑らかできめが細かく鮮明な色付けが可能であるとともに、廃棄処理も容易な軽量粘土を提供することを目的とする。」(3欄29〜32行)と記載され、〈発明の効果〉の項に「軽量化の度合いが顕著である」(6欄17〜18行)と記載されており、これによれば、本件発明の目的、課題、作用効果の一つが、甲7の2公報記載の発泡スチロール粉末を素材とする粘土における「軽量化」を更に改善することにあることが明らかである。 そして、本件発明と甲7の2公報記載の発明を対比すると、本件発明と甲7の2公報記載の発明は、「軽量微小素材を主素材とし、これに合成粘結剤と、 馴合液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土」である点、並びにその目的及び解決すべき課題が軽量化にある点で一致するが、本件発明においては、軽量微小素材が、粒子中に気体を内包する粒径1〜200ミクロンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成されるのに対し、甲7の2公報記載の発明においては、発泡スチロール粉末である点が相違する。 イ 本件発明の特許出願日前である昭和42年12月15日に頒布された発明の名称を「揮発性流体発泡剤を含む膨張性熱可塑性重合体粒子」とする特公昭42-26524号特許公報(乙4の7、乙36、以下「乙4の7公報」という。)には、「重合体の軟化点以下の温度においてガス状になる所の揮発性の液体発泡剤を20〜95%その中に包み込んで有する単細胞状の1〜50mμの粒子サイズを有するほぼ球状の形を有する熱可塑性樹脂状重合体の粒子。」(特許請求の範囲)の実施例として、アクリロニトリルあるいは塩化ビニリデンを一成分として含有する微小中空体が記載され、加熱することにより容量が著しく増大すること、比較的薄い透明壁及びガス状中心部を有することすなわち単細胞であることが記載され(実施例10、32、51、52、9頁右欄11〜12行、同17〜19行)、ここで、容量の増大が軽量化を意味することは明らかである。また、化学工学協会編「最近の化学工学 特殊粉体技術」(丸善株式会社昭和50年10月25日発行、 乙40)には、微小中空体の一つとして、ポリ塩化ビニリデンを原料とするかさ比重0.016のサランマイクロスフェアが記載され(112頁表1)、また塩化ビニリデン及びアクリロニトリルを原料とするサランマイクロスフェアにおいて膨張前のかさ密度45lb/ft3が膨張後には1.0lb/ft3となることが記載されており(126頁表6)、ここで、かさ密度の減少が軽量化を意味することは明らかである。 そうすると、本件特許出願当時、粒子中に気体を内包し、粒径が1〜200ミクロンの範囲内にあり、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される微小中空球は、軽量化という目的を達成できるものとして、当業者にとって周知であったと認められ、本件発明は、甲7の2公報記載の発明において、軽量化を主な目的の一つとして用いられる主材として、発泡スチロール粉末に代えて、乙4の7公報及び上記刊行物により周知の微小中空球(以下「周知の微小中空球」という。)を採用したものといえる。 ウ そこで、甲7の2公報に記載された発明の微小気泡体として、周知の微小中空球を適用することが、本件特許出願当時、当業者にとって容易であったか否かについて検討する。 米国特許第3607332号明細書(特許日1971年9月21日、乙4の6、乙35、以下「乙4の6明細書」という。)には、「実質的に揮発性成分を含まず、100°F〜150°F(約37.8℃〜約65.6℃)位の温度では比較的柔らかくて容易に成形されるような可塑性と成形性とを有し、そして室温ではより硬くかつ崩れや変形に対する抵抗性があるが、なお柔軟で手指の圧力で変形可能な熱可塑性造形用組成物であって、該組成物の物質は、細かく分割された粒子状固体充填剤(この少なくとも10重量%がクレーである)と、そのための熱可塑性可塑化用有機ビヒクルと、そして全体にわたって分布している約10〜50容量%の予め定められた規則的な形と大きさの硬い微小粒子とからなる可塑性粘土様物質の親密な混合物からなり、該組成物は、成形された後の放置中ではひび割れに対する抵抗性があるもの」(5欄58行〜6欄11行の訳文〔乙35、以下同じ。〕)が開示されており、このような造形用組成物は、室温で柔軟で手指の圧力で変形可能であること、及び、少なくともその10重量%がクレーである可塑性粘土様物質の親密な混合物からなることから、粘土の一種であると認められる。 また、乙4の6明細書に、「本発明は、ひび割れに対する抵抗性があり、しかも好ましくは軽量である造形用組成物に関するものである。」(1欄8〜10行の訳文)、「好ましくは、その微小粒子は、硬くて中空の微小気泡体(例えば米国特許第3365315号、ベック他、1968年1月23日発行)であって、これはさらに密度の著しい低下の効果をもたらすものであり、これにより組成物の崩れに対する抵抗性を改善する。」(2欄46〜50行の訳文)との記載があることによれば、乙4の6明細書に記載された発明は、軽量化を課題の一つとし、 「密度の低減」すなわち「軽量化」のために、中空微小気泡体を配合したものであるといえる。さらに、乙4の6明細書には、中空微小気泡体の例として、「中空(hollowの)ガラス微小気泡体、中実ガラス微小球、中実エポキシ微小球、 発泡ポリスチレン球およびフェノール系微小気泡体」(3欄10〜14行の訳文)と記載され、空間を有する微小球としては、発泡ポリスチレン以外にも無機質素材や合成樹脂素材も例示されていることが認められる。 そうすると、乙4の6明細書に示される技術常識を通して甲7の2公報の記載を読めば、甲7の2公報に記載された粘土の軽量化を達成するためには、発泡スチロール以外にも、合成樹脂素材のものを含め、空間を有する種々の微小球の選択が可能であると理解することができるのであり、乙4の7公報に、アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される微小中空球を粘土に使用することが明示的に示唆されていなくても、乙4の7公報に記載された微小中空球を、粘土の軽量化を目的とする甲7の2公報に記載された微小気泡体として適用することは、本件特許出願当時、当業者にとって容易に想到可能なことであったと認めることができる。しかも、前記相違点に係る構成を採用した本件発明の作用効果についてみても格別のものは認められない。 エ 以上によれば、本件発明は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、特許法123条1項1号の無効理由を有するものであると認められる。そして、以上の判断と同趣旨の東京高裁の審決取消訴訟の判決(乙48)が既にされていることにも照らすと、本件特許は無効理由が存在することが明らかであるというべきである。 (2) そうすると、被告主張のその余の無効理由について判断するまでもなく、 原告らの本件特許権に基づく本訴請求は、特段の事情がない限り権利の濫用として許されず(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)、本件において特段の事情があるとも認められないから、原告らの請求は権利の濫用に当たるというべきである。 2 よって、原告らの請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。 |
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追加 | |
イ号目録及び説明書1対象物件人工粘土2構成(1)粒子中に気体を内包する微小中空球を体積比において大部分を占める主な成分とし、これに、 (2)タルク等の無機粉体素材と、 (3)水と、 (4)ポリエチレンオキサイド(かるがる、及びカルモについてのみ)、あるいは、カルボキシメチルセルロース(ハーティクレイ、及びアーチスタソフトについてのみ)、並びに、ポリビニルアルコール(全者について)と、 (5)繊維粉とを加えて構成される人工粘土において、 (6)前記微小中空球は、粒径が1〜200ミクロンの中空球であり、 (7)その外殻が単一の空間を内包し、 (8)該外殻がアクリロニトリルを一成分とする共重合樹脂から形成されることを(9)特徴とする人工粘土イ号商品名目録(1)ハーティクレイ(2)アーチスタソフト(3)かるがる(4)カルモイ号製品目録(被告)ハーティクレイ、アーチスタソフト、かるがる及びカルモの構成(1)軽量粉末としてのアクリロニトリルを一成分とする共重合樹脂から形成された微小中空球2〜6重量部と、 (2)手触り向上のための無機粉末としてのタルク8〜26重量部と、 (3)粘土としての可塑性を付与するための水60〜70重量部と、 (4)糊剤としてのポリエチレンオキサイド0〜0.3重量部(但し、ハーティクレイ及びアーチスタソフトは、不使用)と、 (5)糊剤としてのカルボキシメチルセルロース0〜3重量部(但し、かるがる及びカルモは、不使用)と、 (6)糊剤としてのポリビニルアルコール4〜7重量部と、 (7)ゲル化剤としてのホウ酸微量と、 (8)有機粉末としての澱粉0〜8重量部(但し、かるがる及びカルモは、不使用)と、 (9)保形材としての繊維粉1〜5重量部からなる(10)造形用人工粘土。 別表 |
裁判長裁判官 | 小松一雄 |
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裁判官 | 阿多麻子 |
裁判官 | 前田郁勝 |