審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ20601特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ8557特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ7185特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 時効 / 援用権(援用) / 特許出願日 / 出願経過 / 実施 / 権原 / 先使用権(先使用) / 加工 / 業として / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 実施権 / 通常実施権 / 発明の実施である事業 / 事業の準備 / 請求の範囲 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
8729号
損害賠償請求事件
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原告 日本鋼管株式会社 同訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣 同 梅澤健 被告 新日本製鐵株式会社 同訴訟代理人弁護士 久保田 穣 同 増井和夫 同 橋口尚幸 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2002/12/11 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対し,金50億円及びこれに対する平成14年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,原告が被告に対し,別紙物件目録記載の表面処理鋼板(商品名「キャンライト」。以下,「被告製品」という。)を製造,販売する被告の行為が,原告の有する特許権を侵害するとして,損害賠償金の支払を求めた事件である。 1 争いのない事実 (1) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許権(以下,「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有する。 発明の名称 表面処理鋼板 出 願 日 昭和60年3月29日 登 録 日 平成3年6月13日 特許番号 第1608128号 特許請求の範囲 本件発明に係る明細書(以下,「本件明細書」という。別紙「特許公報」参照)の特許請求の範囲は,以下のとおりである。 鋼板面に下層側から (@)鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上,または鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ,若しくは鉄-錫合金メッキ,ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなるメッキ付着量10〜500mg/uの下地メッキ層, (A)錫合金層, (B)錫合金層上に不連続状に形成される純錫層, (C)付着量2〜30mg/uの金属クロムとクロム換算で付着量3〜23mg/uの水和酸化クロム とからなるクロメート処理被膜を有し,前記錫合金層およ【び】純錫層を合せたトータル錫メッキ付着量が500〜2000mg/uであることを特徴とする表面処理鋼板。(なお,【】内は明らかな誤記と認める。) (2) 被告の行為 被告は,遅くとも平成2年1月1日以降,業として,被告製品を製造し,これを販売している。 2 争点 (1) 被告製品の構成は,どのようなものか。 (2) 被告製品には,本件明細書の特許請求の範囲記載の「下地メッキ層」が存在するか。 (3) 被告は,先使用による通常実施権を有するか。 (4) 特許法102条3項所定の損害額はいくらか。 3 争点に関する当事者の主張 (1) 被告製品の構成はどのようなものか。 (原告の主張) 被告製品の構成は,別紙物件目録記載のとおりである。 被告製品には,錫合金層と冷延鋼板との間に,電気メッキに由来するニッケル-鉄の合金層からなる中間層が存在する。 (被告の認否及び反論) 原告の主張は否認する。被告製品の構成は,別紙被告主張物件目録記載のとおりであり,被告製品には,鋼板と錫合金層との間に,錫合金層と区別される中間層は存在しない。 (2) 被告製品には,特許請求の範囲記載の「下地メッキ層」が存在するか。 (原告の主張) 被告製品の中間層は,以下のとおり,特許請求の範囲記載の「下地メッキ層」に該当する。 ア 本件発明における「下地メッキ層」の有無に関する判断時点 本件明細書の特許請求の範囲の(@)記載の下地メッキ層の有無は,下地層を形成した時点におけるメッキ層の組成により判断すべきである。その理由は,以下のとおりである。 (ア) 出願時における当業者の技術常識 特許請求の範囲の解釈は,特許が出願された時点での当業者の理解に基づいてなされるべきものである。本件特許の出願時の当業者にとっては,以下のとおり,メッキ層の組成について,現実にメッキした時点の組成で特定することが常識であった。 鋼板に錫メッキを行ったものはブリキと呼ばれ,古くから知られている。その場合,錫と鉄とは,単に機械的に付着しているのではなくて,合金を形成しており,これにより,一定の組成をもった化合物の薄い合金層が鋼板全面に拡がる。一方,下地メッキをした場合に,この下地メッキに錫が拡散混入することは,本件特許の出願時において,当業者の技術常識ではなかった。すなわち,出願当時,ブリキにおける錫合金のような場合は例外であって,メッキを施した時点の組成によってメッキ層の組成を表現することが常識であった。このことは,被告が,本件特許権の無効審判で主たる引用例としている発明の明細書の記載(乙10)からも明らかである。 (イ) 下地メッキ層を設けた目的 本件発明において,下地メッキ層を設けた目的は,リフロー工程により錫メッキ層中の純錫層の不連続化を安定的に生じさせることにある(本件明細書第5欄42行目以下参照)。このような目的に照らすならば,リフロー工程前の時点,すなわちメッキをした時点における下地メッキ層の組成が重要であって,リフロー工程の後に,下地メッキ層に錫等の金属が混入しても本件発明の本質には何の影響も与えない。したがって,特許請求の範囲の「下地メッキ層」の有無は,最終製品の時点で判断すべきではなく,メッキを施した時点で判断すべきである。 (ウ) 「下地」の意味 本件発明の特許請求の範囲には,「下地」メッキ層と記載されている。「下地」は,「物事を成すための,また,ある状態になるための基礎となるもの。土台。素地。」(広辞苑第5版)という意味を有する。したがって,「下地」という用語には,本件発明の技術思想が十分に表現されているのであって,「下地メッキ層」は,メッキをした時点における組成により,判断すべきである。 イ 被告製品の特許請求の範囲(@)充足性 被告製品には,以下のとおり,電気メッキに由来するニッケル-鉄の合金層からなる中間層が存在し,この中間層は,本件発明の特許請求の範囲(@)記載の「下地メッキ層」に該当する。 (ア) 中間層の存在について 中間層の存在は,透過型電子顕微鏡を使用したデフォーカス(de-focus)法及び電子線の回折像による分析結果により明らかである。 a デフォーカス法による観察結果 デフォーカス法でフレネル縞(電子の干渉像)を見たときに,電子線を回折させる結晶の境界が細かく存在すると,その部分は粒状物のように見える。これは,電子顕微鏡の電子線は結晶の境界などで回折するところ,回折した電子線が干渉現象(電子線が波として挙動する結果,強めあったり,弱めあったりすること)を起こし,電子線が強めあった部分は電子顕微鏡写真に白く写り,弱めあった部分は黒く写るからである。 被告製品を,デフォーカス法によって分析すると,錫合金層と冷延鋼板の間に,厚さ0.01〜0.015μm程度の粒状物層が観察される(甲4)。これは,冷延鋼板と錫合金層との境界付近に,冷延鋼板や錫合金層とは区別できる非常に微細な結晶からなる中間層が存在するということを意味し,かつ,これがニッケル-鉄の電気メッキに由来するものであることを示している。 b 電子線の回折像による分析結果 透過型電子顕微鏡の電子線を結晶に当てると,結晶格子によって電子線が回折する。この場合,電子線のビームよりも大きい結晶に電子線が当たると,結晶格子が規則的であることを反映して,電子線も規則的に回折し,回折した電子が写真上に作るパターン(回折像)も規則的になる。しかし,電子線のビームよりも小さい結晶がランダムに集合しているところに電子線が当たると,電子線も不規則に回折するため,回折した電子が写真上に作るパターンも不規則になる。 この原理を用いて,被告製品の錫合金層,中間層,冷延鋼板を分析すると(甲7),錫合金層及び冷延鋼板が規則的な回折像を与えるのに対して,中間層は不規則な回折像を与えていることが分かる。これにより,錫合金層と冷延鋼板の間には,冷延鋼板や錫合金層とは区別できる中間層が存在することが示される。 (イ) 組成 a 被告製品の中間層は,実質的には「ニッケル-鉄」を主体とする層であり,下地層として形成された「ニッケル-鉄合金」に由来する微細結晶組織である。本件特許の出願当時,この層の錫含有量を定量することは不可能であったにせよ,またこの層がデフォーカス法で粒状物層として観察されることが当業者に知られていなかったにせよ,当業者は,この層を「ニッケル-鉄合金からなる下地メッキ層」として認識したはずである。 したがって,被告製品は,「ニッケル-鉄合金からなる下地メッキ層」を備えている。 b なお,被告製品の中間層は,冷延鋼板側とその反対側の2領域に分かれ,全体としてみれば相当量の錫を含み,錫の含有量の少ない冷延鋼板側の領域においても約4原子%の錫を含む。しかし,この錫は,いわば不可避不純物に相当するわずかな量であるから,被告製品の中間層が,本件発明の下地メッキ層の1つである「ニッケル-鉄合金層」に該当すると解することを妨げるものではない。 すなわち,被告製品の製造工程は,@冷延鋼板上に電気メッキで「ニッケル-鉄合金メッキ」を付け,Aその上に同じく電気メッキで錫メッキを付け,Bこれをリフロー(熱処理)するものであるところ,リフロー工程により,錫メッキの一部は島状の純錫層として表面に形成され,残りの錫は錫-鉄-ニッケル合金層を形成する。そしてこの際,熱処理に伴う固体拡散により,錫の一部分が,本来,「ニッケル-鉄合金メッキ」であった中間層に不可避的に入り込む。このように不可避的に入り込んだ錫は,本件発明における下地メッキ層の前記のとおりの目的に照らせば,不純物にすぎないのであって,格別の意味を有するものではない。 (ウ) 付着量 被告製品の中間層の厚さは0.01〜0.015μmである。これを付着量に換算すると,約60〜90mg/uになる(甲4)。電子顕微鏡写真で粒状物層として観察される組織の特徴から見て,組成が連続的に変化している領域も含めて中間層全体が下地メッキ層であると理解すべきであるが,仮に,錫の含有量の少ない冷延鋼板側の半分についてみても,メッキ付着量は約30〜45mg/uになる。 したがって,中間層のメッキ付着量は,本件発明の特許請求の範囲である「10〜500mg/u」の範囲に含まれる。 (被告の反論) 被告製品には本件発明の特許請求の範囲の「下地メッキ層」に該当するものは存在しない。 ア 本件発明における「下地メッキ層」の有無に関する判断時点 本件明細書の特許請求の範囲には,同(@)記載のいずれかの組成を有し,錫合金層と組成及び形状において区別される下地メッキ層が存在することが,物の特定として客観的に明記されている。また,原告は,本件発明に関する特許異議事件において,下地メッキ層が存在することが,本件発明の特徴であると述べている。 したがって,本件発明の特許請求の範囲における「下地メッキ層」の有無は,最終製品の段階において判断されるべきである。 イ 被告製品の特許請求の範囲(@)充足性 (ア) 中間層の存在について 被告製品には,鋼板と錫合金層との間に,錫合金層と区別される中間層は,全く存在しない。 このことは,集束イオンビーム法(FIB)とエネルギー分散型分光法(EDXS)を用いた観測結果(乙6)により明らかである。 この点,原告は,デフォーカス法によれば,被告製品の冷延鋼板と3元合金化層との間に粒状物層が観察されると主張する。しかし,同法を用いた被告の分析結果では,粒状物の存在は確認できなかった。また,デフォーカス法を用いる際には,FIB法によって試料からマイクロサンプルを切り出し,その断面を観察することになるが,FIB法はガリウムイオンを試料にぶつけて切り込んで行く方法なので,試料中の微細な組織はどうしても数10nmもの厚さの損傷を受ける。したがって,このような損傷を受けた試料において,10nm程度の大きさの領域の組成を論じることは意味がなく,原告の主張する粒状物らしきものは,試料における損傷と区別できない。 (イ) 組成 仮に,被告製品において,3元合金化層と鋼板との境界部に中間層が存在するとしても,その組成は,原告自身の分析によっても錫-ニッケル-鉄の3元合金であるから,被告製品の中間層は,特許請求の範囲の(@)記載の「下地メッキ層」のいずれにも当たらない。 原告は,中間層中の錫は不純物として無視すべきである旨主張する。 しかし,原告の主張によっても,中間層の下半分の錫は4原子%(約8.1重量%)であり,中間層全体では少くとも10原子%(約19重量%)になるはずであり,かかる含有量を不純物として,無視することはできない。合金において不可避不純物というには,多くてもせいぜい0.1%以下であることが必要である。しかも,本件発明においては,意識的に下地メッキの上に錫メッキが施されており,その錫が下地メッキ中に拡散するということは,当時の技術常識上当然に予期されていた。したがって,本件発明は,メッキした錫が下地メッキ層へ拡散混入して錫合金となることを期待するものであるところ,自ら期待して混入しているものを不純物ということはできない。 (3) 被告は,先使用による通常実施権を有するか。 (被告の主張) 仮に,被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても,被告は特許法(以下「法」という。)79条に基づき,先使用による通常実施権を有している。 すなわち,被告は,本件特許出願日である昭和60年3月29日以前には,被告製品の試作品を,大和製缶株式会社に対して提供しており,数か月にわたる同社のテストの結果,以後の商業的供給を合意していた。その際に提供した試験材及びその後の有償供給が約束された製品は,現在同社に供給している被告製品と基本的に同一の工程を経たものである。 以上によれば,被告は,本件特許出願前に,本件発明の実施である事業の準備をしていた。 (原告の主張) 被告が,本件特許出願前に,本件発明の実施である事業の準備をしていたことは否認する。 現在の被告製品はキャンライトと称する商品であるが,被告は,本件特許出願前には,これとは異なる商品(キャンウェル)を製造販売していた。また,現在被告製品を製造する際に用いられているリフロー条件は,本件特許出願前に用いられていたリフロー条件とは異なる。したがって,被告が本件特許出願前から,本件発明の実施である事業の準備をしていたとはいえない。 (4) 法102条3項所定の損害額はいくらか。 (原告の主張) 被告製品の販売単価は,トン当たり平均10万円を下らない。本件特許の出願公告日よりも後の日である平成2年1月1日から同13年12月31日までの間の被告製品の販売量は,合計119万2000トンを下らない。また,本件発明の実施に対して原告が受けるべき実施料率は,販売価格の5%を下回ることはない。 したがって,本件特許権の侵害に対する損害賠償として受けるべき金額は,被告の販売金額である1192億円に5%を乗じた59億6000万円であり,原告は,被告に対し,内金50億円を請求する。 (被告の主張) 争う。 被告は消滅時効を援用する。訴状送達の日である平成14年5月2日より3年前に当たる平成11年5月2日以前の不法行為に基づく損害賠償請求権は,時効により消滅した。 |
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争点に対する判断
1 被告製品には,本件発明の「下地メッキ層」が存在するかについて (1) 下地メッキ層の有無に関する判断時点について 当裁判所は,本件明細書の特許請求の範囲の(@)記載の「下地メッキ層」の有無は,最終製品において判断されるべきであって,製造工程の段階で判断すべきではないと解する。その理由は,以下のとおりである。 ア 製造方法及び出願経過 (ア) 製造方法について 本件明細書の【発明の詳細な説明】【問題を解決するための手段】欄には,本件発明の製造方法として,以下のとおりの記載がある。 a 「本発明表面処理鋼板は,まず冷延鋼板面上に下地メッキ層を形成させる。この下地メッキ層は,鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上,または鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ,若しくは鉄-錫合金メッキ,ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなるもので,10〜500mg/uの付着量をもって形成させる。」(第5欄33ないし41行) b 「上記下地メッキ層上には,錫合金層とその上部に不連続状に形成される純錫層とからなり,且つトータル錫メッキ付着量が500〜2000mg/uである錫メッキ層が形成される。」(第6欄15ないし18行) c 「錫メッキ後,鋼板にはリフロー処理が施されるが,本発明鋼板を製造する上でこのリフロー工程が重要な工程となる。」(第6欄35ないし37行) d 「錫メッキ層上には,所定の付着量でクロメート処理被膜が形成される。」(第7欄10,11行) (イ) 出願経緯について a 本件特許出願に対して,平成2年1月30日,川崎製鉄株式会社が異議を申し立て,同異議において,本件発明は,先願(乙1。特開昭60-184688)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから,法29条の2の規定により特許を受けることができないとの指摘がされた(乙2,弁論の全趣旨)。 b 先願発明の明細書記載の特許請求の範囲によれば,請求項1記載の発明は,鋼板の表面に錫-鉄-ニッケル3元合金層を有し,その上層に島状の金属錫が被覆面積率20〜70%で存在することを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板の発明であり,請求項2記載の発明は,第1項記載の3元合金層のさらに最上層に,クロム酸化物層又は金属クロム層とクロム酸化物層を有することを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板の発明である。 c 本件発明の出願人である原告は,平成2年9月28日,特許庁に対して特許異議答弁書を提出し,同答弁書の中で,本件発明を先願発明と区別すべく,「甲1号証に係る先願には,上層に島状の金属錫層を有する表面処理鋼板が示されているが,その下層にはニッケル-鉄-錫3元合金層があるだけであり,本発明の規定しているような下地めっき層と錫合金層からなる2層構造とはなっていない。」と述べた(乙2)。 原告は,さらに,先願発明に係る明細書中には,表面処理鋼板の製造方法に関し,「この他の製造方法の例としては,ニッケルめっき,錫めっきののちに,非酸化雰囲気中での加熱により,完全に合金化させて錫-鉄-ニッケル3元合金層を形成させ・・・」との記載があることを指摘し,「このような記載からも,先願の発明では,島状の金属錫層の下層に,均一な錫-鉄-ニッケル3元合金層からなる単一のめっき皮膜しか存在しないことは明らかである。」のに対し,本件発明では,「下地メッキ層-錫合金層-不連続状の純錫層という3層構造とすることによる作用効果は,本願明細書の記載から明らかである」から,本件発明と先願発明とは区別すべきである旨述べた。 d また,異議申立人が,本件明細書において開示されている実施例1と,先願発明に係る明細書記載の実施例1とは,いずれも冷間圧延後の鋼板表面にニッケルメッキを形成し,その上に錫メッキを形成し,リフロー処理を行った後に,クロメート処理を行うという点で,実質的に全く同じであると主張したことに対して,原告は,両発明はニッケルめっき後の焼鈍条件等及びリフロー処理条件が異なる可能性があるから,両実施例が同じ発明を開示しているとはいえない旨反論した(甲2,乙1,2)。 e 結局,原告が上記答弁書を提出した後,本件発明について特許査定がされた。 (イ) 上記認定した事実によれば,本件発明の製造方法は,鋼板上に,特許請求の範囲の(@)に列挙された組成からなる下地メッキ層を形成した後,その上に錫メッキ層を形成し,リフロー処理等を施すというものである。そして,上記製造方法は,ニッケルメッキ層を形成した上に錫メッキ層を形成し,その後リフロー工程を施すという実施例においては,先願発明と同一であると指摘された点に関して,原告は,先願発明においては,焼鈍条件等及びリフロー処理条件が異なる可能性を挙げ,かかる操作の違いにより,先願発明は,下地として形成したメッキ層が完全に上層の錫メッキと合金化するのに対して,本件発明においては,下地メッキ全部が上層の錫メッキと合金化することはなく,錫合金層とは別の層として残ることを指摘して,結局,特許査定を受けるに至った。 このような出願の経緯に照らすならば,本件明細書の特許請求の範囲の(@)記載の「下地メッキ層」の有無は,最終製品において判断されるべきであって,「下地メッキ層」は,メッキにより形成された,特許請求の範囲の(@)に列挙された組成からなる層が,その後の加工工程において,全く錫合金化することがないか,あるいは,少なくとも,その一部が,上層に形成された錫メッキ層と合金化することなく,最終製品においても残存することが必要であるというべきである。 イ 原告の主張に対する判断 (ア) 原告は,本件発明における「下地メッキ層」の有無は,下地層を形成したときのメッキ層の組成により判断すべきであると主張し,その根拠として,本件特許出願時には,下地メッキに錫が拡散混入することは当業者の技術常識ではなく,メッキ層の組成はメッキをつけたときの組成で表現することが常識であったことを挙げる。 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。 a まず,そもそも,本件特許出願時に,下地メッキに錫が拡散混入することは技術常識ではなかったという点を認めることはできない。すなわち,本件明細書において開示されている本件発明の製造方法は,冷延鋼板に下地メッキ及び錫メッキを施した後,リフロー処理をすることにより,錫合金層を生成するというものであり(甲2),このような工程によって,錫の合金化層を形成する方法があったことが窺える。そうすると,下地メッキに含まれるニッケルや鉄等の金属が錫メッキへと拡散して合金化することのみならず,錫メッキに含まれる錫が,下地メッキの方へと拡散することも当然の技術上の前提としていたものと認められる。すなわち,リフロー条件等,メッキ後の加熱条件により,錫の混入が下地メッキ全体に及び,下地メッキが完全に錫合金化することも当然に予測し得るということが,本件発明の出願時における技術常識であったと考えられる。特に,上記ア(ア)aのとおり,本件発明の製造方法としては,冷延鋼板面上に鉄メッキ又はニッケルメッキ1種を形成する方法も開示されているところ,錫がニッケルや鉄と相互拡散しやすいことは本件特許出願当時の技術常識の範囲内であったと認められるから(乙11。なお,錫が鉄に相互拡散しやすいことが当時の技術常識であったことは争いがない。),鉄メッキやニッケルメッキを下地メッキとして用いた場合には,下地メッキに錫が拡散混入し,条件によっては,下地メッキすべてが合金化することも,当時の技術常識の範囲内であったというべきである。 b また,先願発明のように,鋼板上にニッケルメッキ及び錫メッキを形成することによって,錫-鉄-ニッケル3元合金層を形成させる表面処理鋼板の発明において,製造工程中の鋼板上に形成されたメッキ層の組成ではなく,製造工程後の表面処理鋼板に存在する合金層(鉄-ニッケル-錫合金層)の組成を,特許請求の範囲として記載されている例があることに照らすならば,メッキ層の組成をメッキを施した時点において表現することが技術常識であったとも認められない。 c のみならず,上記認定のとおり,原告は,本件発明の製造方法が,特許請求の範囲の(@)に列挙されたメッキの1種類であるニッケルメッキ層を形成した後,錫メッキ層を形成するという製造方法の点では先願発明と同一であることを前提とつつ,本件発明においては,下地メッキ層が,メッキを施した後,上層の錫メッキと完全に合金化して錫合金層となることがないこと,すなわち,下地メッキ層の一部の組成が変化することなく最終製品においても残存することを強調して,特許査定を受けるに至った。 したがって,本件発明における「下地メッキ層」の有無は,下地層を形成した時点におけるメッキ層の組成で判断すべきであるとの原告の主張は,採用できない。 (イ) また,原告は,本件発明において下地メッキ層を設けた目的は,リフロー工程により純錫層の不連続化を安定的に生じさせることにあり,最終製品の下地メッキ層において錫が混入していることは,本件発明の本質に何らの影響を与えるものではないから,特許請求の範囲の(@)の下地メッキ層の有無は,下地層を形成したときにおけるメッキ層の組成により判断すべきであると主張する。 しかし,本件発明は,表面処理鋼板という「物」の発明であり,特許請求の範囲には,物の組成が客観的に記載されている以上,その組成は,最終製品である表面処理鋼板に存在する層の組成と理解するのが合理的である。下地メッキを施す目的が,リフロー工程における純錫層の不連続化を安定的に生じさせることにあったとしても,上記解釈を左右するものではなく,原告の主張は採用することはできない。 (2) 被告製品の特許請求の範囲(@)充足性 ア 対比に関する判断 被告製品において,原告が中間層と指摘する部分には,そのすべての階層部分において鉄,ニッケル及び錫が存在する(争いがない)。その代表組成は,鋼板側の領域では,おおむね鉄83原子%,ニッケル13原子%及び錫4原子%であり,さらに上層側ほど錫濃度が高くなり,もっとも錫合金層に近い側では錫50原子%程度を含有する(甲4)。これは,鉄-ニッケル合金メッキを冷延鋼板上に下地として形成した後,鉄-ニッケル-錫の合金層を生成する目的で上層に形成した錫メッキ層から,下地メッキに錫が拡散混入し,錫合金化したためであると一応推測される(甲5,弁論の全趣旨)。 そうすると,被告製品において原告が指摘する中間層部分は,これが錫合金層と区別できる層であるか否かにかかわりなく,特許請求の範囲(@)記載の鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種又は2種以上,または鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上との錫メッキとの複層メッキ,若しくは鉄-錫合金メッキ,ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなるものではない。 したがって,被告製品において原告が指摘する中間層は,本件明細書の特許請求の範囲の(@)における「下地メッキ層」に該当しない。 イ 原告の主張について 以上に対し,原告は,被告製品において指摘する中間層部分に拡散した錫は不純物にすぎないから,中間層部分は,特許請求の範囲(@)の「下地メッキ層」のうち「ニッケル-鉄合金メッキ」層に該当すると主張する。 しかし,一般的に,合金層において,ある金属が4原子%の割合で混入している場合,これを無視すべきである程にわずかな量であると評価することはできず,原告の主張するように評価することの根拠となる証拠もない。のみならず,錫の割合は,錫合金層に近い部分へと近づくに従って,一層高くなるのであるから,中間層部分に含有される錫が,単なる不純物にすぎないということはできない。 したがって,原告の主張は採用できない。 2 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。 |
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物件目録表面側から見たときに,添付図面の平面図に示されたように錫-鉄-ニッケル合金層Aの上に純錫層@が島状に分布しており,島状の純錫層@を含む断面(A-A断面)が添付図面のA-A断面図に示されたように,下から,冷延鋼板C,中間層B,錫-鉄-ニッケル合金層A,純錫層@およびクロメート処理被膜Dを重層した構造を有し,各層の組成,組織が下記のとおりである溶接缶用表面処理鋼板記1純錫層@合金化していない金属錫からなる層である。 2錫-鉄-ニッケル合金層Aおおよそ錫69原子%,鉄25原子%,ニッケル6原子%の組成を有する錫-鉄-ニッケル合金層である。 3中間層B透過型電子顕微鏡を使用してデフォーカス法を用いて観察した場合に厚さ約0.01〜0.015μm程度の粒状物層として観察される組織を有し,この粒状物層は,鉄,ニッケル,錫を含有し,冷延鋼板表面のほぼ70%程度の面積を被覆し,その組成は,冷延鋼板C側の領域(粒状物層の約半分の厚さに相当)でほぼ一定となり,おおよそ鉄83原子%,ニッケル13原子%,錫4原子%である。この粒状物層の冷延鋼板Cと反対側の領域(これも粒状物層の約半分の厚さに相当)の組成は,錫-鉄-ニッケル合金層Aの組成に向かってそれぞれ変化している。組織の観察結果と組成の測定結果を総合すると,錫と鉄の濃度がほぼ同じになったところがこの粒状物層と錫-鉄-ニッケル合金層Aとの境界である。 4クロメート処理被膜Dクロメート処理被膜Dは,付着量13〜19mg/m2の金属クロムと,クロム換算で3〜5mg/m2の水和酸化クロムからなるクロメート処理被膜である。 5錫付着量錫-鉄-ニッケル合金層Aと純錫層@を合わせた全錫付着量は800〜1000mg/m2である。 6ニッケル付着量錫-鉄-ニッケル合金層Aと中間層Bを合わせた全ニッケル付着量は20〜26mg/m2である。 添付図面被告主張物件目録表面はクロメート皮膜で蔽われ,断面方向では,添付図面のA-A断面図に示されるように,下から冷延鋼板B,錫-鉄-ニッケル合金層A,純錫層@およびクロメート処理皮膜Cが重層した構造を成している錫めっき鋼板。なおクロメート皮膜下を表面側から見ると,添付図面の平面図にモデル的に示されるように,純錫層が筋状に(一部は筋と筋に跨って)分布している。 錫-鉄-ニッケル合金層は一体を成しており,それと冷延鋼板の間に,別個の層,例えば錫を含まない鉄-ニッケル合金層などは観察されない。 クロメート処理皮膜は,付着量11〜12mg/uの金属クロムと,クロム換算で13mg/uの水和酸化クロム(トータルクロム量24〜25mg/u)からなっている。 純錫部分@と錫-鉄-ニッケル合金部分Aを合わせた全錫付着量は約1000mg/uである。 図 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 大寄麻代 |