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事件 平成 11年 (ワ) 7185号 特許権侵害差止等請求事件
原告 積水化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
補佐人弁理士 大西浩
被告 株式会社ニッショー
被告 株式会社ニプロ
被告両名訴訟代理人弁護士 小松 陽一郎
同 池下利男
被告両名補佐人弁理士 朝日奈 宗太
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2001/06/14
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告らは、連帯して、原告に対し、金1億2247万2000円及びこれに対する平成11年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、各自、原告に対し、金903万5250円及びこれに対する平成11年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「血清分離用採血管」の特許発明の特許権者であった原告が被告らに対し、被告らの製造、販売する採血管は同特許発明技術的範囲に属すると主張して、損害賠償金及び不当利得金を請求した事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記がないものは当事者間に争いがない。) (1)ア 原告は、管工機材、住宅資材、化学品、医薬品、住宅等の製造販売を業とする株式会社である。
イ 被告株式会社ニッショー(以下「被告ニッショー」という。)は、硝子製品の加工並びに販売、医科用医療及び動物用医療機械器具などの医療器具の製造、販売及び輸出入などを業とする株式会社である。
ウ 被告株式会社ニプロ(以下「被告ニプロ」という。)は、被告ニッショーがその株式を100%有する子会社であって、輸血輸液などに必要な器具類、医療器具類の販売、輸出入及び代理などを業とする株式会社である。
(2) 原告は、次の特許権を、その存続期間の終了する平成12年1月28日まで有していた(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」、その特許出願に係る明細書を「本件明細書」という。)。
ア 発明の名称 血清分離用採血管 イ 登録番号 第1285716号 ウ 出願日 昭和55年1月28日(特願昭55-9002号) エ 公告日 昭和59年2月14日(特公昭59-6655号) オ 登録日 昭和60年10月9日 カ 特許請求の範囲 「1 プラスチック製採血管の内表面に、血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質とが分散状態で存在せしめられていることを特徴とする血清分離用採血管。
2 血液成分を付着しにくい物質がシリコーン系物質である特許請求の範囲第1項記載の採血管。
3 血液凝固を促進する物質がガラス系物質である特許請求の範囲第1項又は第2項記載の採血管。」 (3) 本件発明の特許請求の範囲第1項の構成要件は次のとおり分説するのが相当である。
A プラスチック製採血管であること。
B プラスチック製採血管の内表面に血液成分を付着しにくい物質が存在せしめられていること。
C さらに、プラスチック製採血管の内表面に血液凝固を促進する物質が存在せしめられていること。
D 内表面の血液成分を付着しにくい物質と内表面の血液凝固を促進する物質とが分散状態で存在せしめられていることを特徴とする血清分離用採血管であること。
(4) 被告ニッショーは、別紙被告製品目録記載1の血清分離用採血管「真空採血管ネオチューブPET PS」及び同2の血清分離用採血管「真空採血管ネオチューブPET SP」(以下、これらの採血管を併せて「被告製品」という。)を製造し、被告ニプロは、これを販売している。
(5)ア 被告製品は、ポリエチレンテレフタレート(以下「PET」という。)製の採血管の内表面に、いずれも血液成分を付着しにくい物質であるポリビニルピロリドン(以下「PVP」という。)と水溶性のシリコーンオイル(化学名:ポリジメチルシロキサン(PDMS)。以下単に「シリコーンオイル」という。)との混合物が存在せしめられている血清分離用採血管であり、構成要件A、B及びDのうち「血清分離用採血管」の構成を充足する。
イ 被告製品の内面には、血液凝固を促進する物質である珪藻土が存在する(ただし、珪藻土が採血管の内表面に存在するといえるか否かについては、当事者間に争いがある。)。
ウ 被告製品のうち、別紙被告製品目録記載2の「真空採血管ネオチューブPET SP」は、同1の「真空採血管ネオチューブPET PS」の管内底に血清分離剤が収容されたものであり、この点を除く他の構成は同一である。
2 争点 (1) 被告製品の構成と構成要件C、D充足性 (2) 明白な特許無効理由の存在 (3) 損害及び不当利得の額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品の構成と構成要件C、D充足性) 〔原告の主張〕 (1) 被告製品の試験・分析結果によれば、被告製品の採血管の内表面には、血液成分を付着しにくい物質であるPVPとシリコーンオイルの混合物、及び、血液凝固を促進する物質である珪藻土が、それぞれ「分散状態」で存在する。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件C、Dを充足する。なお、本件発明における「内表面」とは、字義どおり「採血管の管壁の内側の表面」と解すべきであって、
本件発明の目的からしても、「注入する血液が接触する面」すなわち「採血管の管壁の内側の表面」が「内表面」であり、被告製品の「内表面」に珪藻土が存在せしめられていることは、SEM観察の結果(甲10)から明らかである。
(2) 構成要件Dの「分散状態」の意義は、次のとおりである。
本件発明の採血管は、特許請求の範囲に記載されているように、「採血管内表面」に対して「血液成分を付着しにくい物質」(物質a)と「血液凝固を促進する物質」(物質b)とが、各々「分散状態で存在する」という構成を採っており、その趣旨は、採血管内へ血液を注入した場合に、物質aと物質bとが共に血液に接触し得る状態で採血管の内表面に存在していることを意味している。この構成において、物質を分散せしめるための媒体としては「採血管内表面」が該当し、分散される物質としては物質aと物質bの両者が該当する。このことを図示すると、
本件発明の「分散状態」は別紙「本件発明の分散状態図(原告主張)」のとおりである。同図の@(スプレー塗布法による)とA(塗り広げ塗布法による)の相違点は、物質aの面積の大小のみである。本件発明は、上記のような分散状態の構成を採ったことにより、@血餅を主とする血液成分が管壁に付着することなく、血餅の収縮が充分行われ、血清と血餅との分離が明瞭となり、遠心分離後の血清分取が容易に収率よく行われる、A採血された血液が速やかに凝固して遠心分離を行うまでの放置時間が短縮され、検査能率がガラス製採血管以上に向上する、という作用効果を奏するのである。
被告らは、本件発明の「分散」は化学用語としての「分散」として解釈されるべきであると主張するが、「分散」なる用語の用法には種々のものがあり、例えば、触媒工学の分野においては、「分散」の用語は「触媒活性物質たる微粒子を、その触媒活性を向上させる目的で担体の表面上に散布させた状態」を指して使用されている。そして、京都大学工学部A教授の鑑定書(甲16)によれば、プラスチック表面に所定の機能を付与する本件発明と、担体の表面に触媒活性という機能を付与する担持触媒とは、表面への機能付与という点で共通したものであるから、本件発明における「分散状態」という用語に、担持触媒で一般に用いられる「分散状態」という用語の解釈を適用しても何ら差し支えないとの見解が示されている。また、本件明細書と同様に、その記述中に「分散」あるいは「分散状態」の用語を使用した特許公報ないし技術文献は多数ある(例えば甲17〜19の公報)が、それらにおいて「分散」あるいは「分散状態」が具体的にどのような状態を指すかは全く説明されていないのであって、このことは、「分散」と記述すれば、それがどのような状態を指すかを理解することが、決して困難ではなく、容易に常識に基づいて理解し得ることを示している。
(3) 被告らは、被告製品の内壁面はPVPとシリコーンオイルの混合物で一面にコーティングされているとして、物質aが分散状態にあることを否認している。
しかし、原告の試験・分析の結果では、被告製品の内壁面は、採血管の内表面を構成するPETが露出している部分があることを示しており、被告製品の内壁面は、
被告ら主張のような連続層ではなく、分散状態になっているのである。
(4) 原告の主張を裏付ける試験・分析結果を列挙すると、次のとおりである。
ア SEM(走査型電子顕微鏡)観察(甲8、10、34、35) イ TEM(透過型電子顕微鏡)観察(甲34、36、44) ウ XPS(X線光電子分光分析)(甲26、27) エ EPMA(電子線マイクロアナライザー分析)(甲8、14) オ TOF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析)(甲8、9、40、41、45、46) 〔被告らの主張〕 (1) 被告製品の構成についての原告の主張事実は否認する。
被告製品は、被告ニッショーが有する特許番号第2663898号の特許発明(発明の名称「減圧採血管」、その特許公報が乙2)の実施品であり、プラスチック製採血管の内面がシリコーンオイルとPVPの混合物でコーティングされた皮膜の面上に粒子状の珪藻土が付着した構成からなる採血管である。すなわち、被告製品の構成は、別紙「被告製品の断面図(被告主張)」に示すように、プラスチック製採血管(1)の内表面(1a)上に、シリコーンオイルとPVPの混合物(血液成分を付着しにくい物質)の連続層(2)が形成され、その表面(2a)上に、珪藻土(血液凝固を促進する物質)の粒(3)が付着した構造である(括弧内の番号は同別紙参照)。
このことは、次の実験結果から明らかである。
ア 被告製品の内表面をSEM観察した結果、シリコーンオイルとPVPの混合物の連続した塗布膜の上に珪藻土が存在している状況が認められる(乙14、
28)。
イ 被告製品の内壁面の数か所の断面を四酸化ルテニウム染色超薄切片法により透過型電子顕微鏡観察(TEM観察)(倍率:1万〜20万倍)をしたところ、PET製採血管の内表面に、シリコーンオイルとPVPの混合物の塗布膜が、
約5nmの連続層として存在していることが認められる(乙29)。
(2) 上記のとおり、被告製品では、採血管の内表面には血液成分を付着しにくい物質であるシリコーンオイルとPVPの混合物のみが全面的に被覆され、血液凝固を促進する物質である珪藻土はその皮膜の上に付着しており、採血管の内表面に存在しているのでないから、本件発明の構成要件Cを充足しない。
(3) 構成要件Dの「分散状態で存在する」ということの意義は、次のア(構成@)又はイ(構成A)のとおり解釈すべきである(選択的主張)。
ア プラスチック製採血管(1)の内表面に、血液凝固を促進する物質(4,5)が、血液成分を付着しにくい物質(6)の中に、微粒子状になって散在した層を形成していること、したがって、血液凝固を促進する物質(4,5)の表面は、血液成分を付着しにくい物質(6)で被覆されていなければならないことを意味し、その断面状態は別紙「本件発明の分散状態図@(被告主張)」記載のとおりである(括弧内の番号は同別紙参照)。その理由は次のとおりである。
(ア) 「分散」という語は、化学用語としては、「ある物質が、他の均一な物質の中に微粒子状になって散在する現象」を意味する(広辞苑〔第五版〕)。
明細書における技術用語は学術用語を用いるものとされ(特許法施行規則様式第29の〔備考〕7、8)、本件発明では、まさに化学用語としての「分散」を前提としているものであり、普通の口語的意味である「ばらばらに散らばっている」というあいまいな意義にまで広げて解釈することは許されない。
ちなみに、「日本工業規格 塗料用語JIS K 5500」では、「分散」を「一つの相を作っている物質の中に他の物質が微粒子状になって散在している現象」と定義しており、「岩波理化学辞典第5版」や「プラスチック大辞典」も「分散」の意義を同様に記載している。原告も、原告所有の採血管に関する他の特許で、「分散状態」を被告らが主張するような意味で使用している(例えば乙17、18)し、他の出願人も採血管に関する特許公報において「分散状態」を同様の意味で使用している(例えば乙9)。
また、「分散状態」は「分散系」ともいわれるが、「分散系」とは「ある物質の微粒子が気相、液相または固相の中に散在している系。この粒子を分散質または分散相、媒質を分散媒という。」(広辞苑)とされ、「分散質」及び「分散媒」は「分散状態」を構成する必須要素である。この関係を本件発明に適用すると、「血液成分を付着しにくい物質」が「分散媒」であり、「血液凝固を促進する物質」が「分散質」となる。
(イ) 本件明細書の「発明の詳細な説明」には、「本発明の採血管を得るには大別して二つの方法があり、一つはプラスチック製採血管の内表面に血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質とを有する層を形成する方法であり、他の一つは上記物質を前述のプラスチック材料に予め配合しておいてから通常の射出成形法やブロー成形法により採血管を成形することにより、採血管全体に上記物質を分散状態で存在せしめる方法である。」(3欄27〜35行)とされ、前者の方法について「常法により成形されたプラスチック製採血管の内表面に血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質との混合物を塗布する方法や、プラスチック製採血管を成形する際にその金型に上記物質の混合物を付着せしめておく方法」(3欄41行〜4欄2行)とされ、いずれも、一つの層(相)の中に他の物質が散在する状態が示されている。なお、後者の方法に関する実施例2は、本件発明の特許請求の範囲の「プラスチック製採血管の内表面に」との要件を欠くものであるから、本件発明の実施例ではなく、参考例にすぎない。
(ウ) 本件明細書の実施例1に従って得られた採血管の内表面をSEM観察すると、内表面の被覆された被膜の状態は、別紙「本件発明の分散状態図@(被告主張)」のとおりであり、血液凝固を促進する物質である微粒子状のコロイダルシリカ(4)とガラスバルーン(5)は、血液成分を付着しにくい物質であるシリコーンワニス(6)の中にその表面も被覆されて存在した(括弧内の番号は同別紙参照)(乙16、35)。
構成要件Dの「分散状態で存在する」とは、プラスチック製採血管(1)の内表面(1a)上に、血液成分を付着しにくい物質(2)と血液凝固を促進する物質(3)が共に分散質としてバラバラに存在せしめられていることを意味し、これを図示(断面状態)すれば、別紙「本件発明の分散状態図A(被告主張)」記載のとおりとなる(括弧内の番号は同別紙参照)。
このような解釈は、本件発明の構成要件Dを字句どおりに解釈すれば上記の意味になること、本件明細書の「発明の詳細な説明」の項には、「本発明採血管は、プラスチック製採血管の内表面に血液成分を付着しにくい物質が分散状態で存在せしめられている」(4欄8〜10行)、「本発明採血管は、プラスチック製採血管の内表面に血液凝固を促進する物質が分散状態で存在せしめられている」(4欄16〜18行)と記載されていることを理由とするものである。
(4) 被告製品の構成は、前記(1)記載のとおりであり、血液凝固を促進する物質(珪藻土)が血液成分を付着しにくい物質の中に微粒子状になって散在した層を形成していないし、また、血液凝固を促進する物質(珪藻土)が血液成分を付着しにくい物質で被覆されていないから、上記構成@を備えていない。
なお、被告製品では、注入された血液と直接に血液凝固を促進する物質である珪藻土が接触するのに対して、上記構成@の採血管では、血液凝固を促進する物質、例えばシリカを被覆している血液成分を付着しにくい物質として、例えばPVPを使用したとしても、採血管に注入された血液はPVPを溶解させてからシリカと接触するので、被告製品の採血管と比較して血液凝固時間は長くなり、その効果も著しく異なる。
また、被告製品のプラスチック製採血管の内表面は、血液成分を付着しにくい物質のみで被覆され、同内表面上に血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質が共に分散質としてバラバラに存在していないから、上記構成Aを備えていない。
したがって、被告製品は構成要件Dを充足しない。
2 争点(2)(明白な特許無効理由の存在)について 〔被告らの主張〕 本件特許は次のとおり無効理由が存在することが明らかであるから、原告の本件請求は権利の濫用であって許されない。
(1) 本件特許出願前の公知文献である特開昭53-28495号公開特許公報(乙3。以下「乙3公報」という。)には、プラスチック製採血管の内表面に血液成分を付着しにくい物質(シリコーン)の層があり、その表面に血液凝固を促進する物質が原告がいうような分散したものが開示されている。したがって、本件発明の「分散」を原告主張の定義に従えば、本件発明は乙3公報によって全部公知である。そのほか、本件特許出願時の公知文献である実開昭53-43987号全文明細書(乙7。以下「乙7公報」という。)、米国特許第4153739号公報(乙9。以下「乙9公報」という。)によっても、本件発明の構成は、全部公知であった。
(2) 本件特許出願当時の技術水準は次のとおりであり、本件発明は、これらの技術から容易に推考可能であり、進歩性がない。
ア 血液と接触して使用されるプラスチック製又はガラス製採血管、試験管等の内表面に血液を付着しにくい物質であるシリコーンを塗布する技術は、特公昭46-25599号公報(乙4)、「臨床検査技術講座、第1集、血液学〔昭和49年3月20日金原出版株式会社発行〕」(乙5)、「プラクティカル・ヘマトロジー〔1975年(昭和50年)チャーチル リビングストン発行〕」(乙6の1、2)、乙7公報に示されていた。
イ プラスチック製採血管の内表面に血液凝固を促進する物質を使用する技術は、特開昭51-69264号公開特許公報(乙8)、乙3公報、乙9公報に示されていた。
ウ 血清分離用採血管の分野において、その管壁に血液を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質とを併用して被膜を作る技術は、乙9公報、乙3公報に示されていた。
エ 株式会社ジェイ・エム・エス(出願当時の商号:日本メディカル・サプライ)は、乙7公報の実施品であるプラスチック製採血管「JMS真空採血器(PLAVATEST)」を、乙7公報の実用新案登録を出願した昭和51年9月20日ころから製造販売していたが、同プラスチック製採血管は、その内表面に血液凝固を促進する物質と血液の付着を防止する物質とが分散状態で存在する被膜からなるものであった。
(3) 本件明細書の実施例1に従って得られた採血管をSEM観察しても、血液成分を付着しにくい物質としてのシリコーンワニスがバラバラに散らばって存在しているのは確認されず、かつ当該採血管は本件発明の目的である血液凝固を促進する効果を発揮していない。
また、本件明細書の実施例2の記載に従って得られた採血管は、白色不透明なものであって、血清分離用採血管として使用し得るものではなく、また該採血管製造3か月後の血液試験で血液凝固促進効果を発揮しないものであった。
したがって、「分散」の意義につき原告の主張のように解するとすれば、
本件明細書には、本件発明の構成要件を具備しかつその作用効果を奏する実施例が存在しないことになる。そして、本件明細書には、本件発明の構成要件が、具体的にどのようなもので、これを具体的にどのようにして達成し、どのような作用効果を奏するのかについて、一切記載がなく、本件発明は発明として実体のないものである。
そうすると、本件発明は、特許法36条4、5項の要件を満たさないものであって、特許無効理由を有する。
〔原告の主張〕 (1) 被告らの主張(1)について 乙3公報は、シリコン等で表面処理加工されたガラス製の試験管についての記述があるにとどまり、同表面処理加工されたプラスチック製の試験管についての技術は開示されていない。
乙9公報には、プラスチック製採血管の欠陥を改良して、採血した血液の成分が管壁に付着することなく、同時に血液凝固を促進させるという技術課題はない。
乙7公報は、血液凝固を促進させるという技術的課題はない。
(2) 同(2)について 乙4、5、6の1、2には、本件特許発明構成要件である「プラスチック製採血管の内表面に、血液成分を付着しにくい物質が分散状態で存在せしめられている」ことについて何ら記載も示唆もない。
乙3、8、9には、本件特許発明構成要件である「プラスチック製採血管の内表面に、血液凝固を促進する物質が分散状態で存在せしめられている」ことについて何ら記載も示唆もない。
乙3、9には、本件特許発明構成要件である「プラスチック製採血管の内表面に、血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質が分散状態で存在せしめられている」ことについて何ら記載も示唆もない。
プラスチック製採血管「JMS真空採血器(PLAVATEST)」が、
乙7公報の実施品であるとの根拠はない。
(3) 同(3)について 被告らが、本件明細書の実施例1を再現したとする採血管は、塗布膜の厚さが、同実施例1の塗布膜の5倍の厚さを有するものであり、正確な再現ではない。
原告において、本件明細書の実施例1の確認試験を行ったところ、本件明細書に記載されているとおりの物質aと物質bの分散状態が確認され、かつ、本件明細書の記載とほぼ同等の効果が得られた(甲22〜24)。また、実施例2についても、確認試験を行ったところ、本件明細書の記載とほぼ同等の効果を確認できた(甲25)。
なお、実施例2も、採血管の内表面に物質aと物質bが分散状態で存在しているからこそ本件明細書記載の作用効果を奏するのであり、単なる参考例ではない。
3 争点(3)(損害及び不当利得の額) 〔原告の主張〕 (1) 損害賠償請求 被告らの平成8年7月から平成11年6月までの間の被告製品の製造、販売額(被告ニプロの販売価格に基づく。)は、平成8年7月から平成9年6月までの間は3億6840万円、平成10年7月から平成11年6月までの間に4億4580万円、合計11億3400万円である。
原告が、同期間に本件発明の実施品である「プラスチック製血清分離用採血管」の販売によって得た純利益の率は、10.8%である。
したがって、原告が被告製品の同期間の製造、販売行為により被った損害は、被告らの同期間の上記売上額に、原告製品の上記純利益率を乗じた金1億2247万2000円と推定される(特許法102条1項)。
(2) 不当利得返還請求 被告らの平成7年4月から平成8年6月までの間の被告製品の製造、販売額(被告ニプロの販売価格に基づく。)は、2億5815万円である。
被告らの被告製品の製造、販売に係る本件特許権の実施料は7%が相当であるから、被告製品の同期間の製造、販売行為に係る実施料相当額は金903万5250円であり、原告は同額の損失を被り、被告らは同額の利得を得ている。
〔被告らの主張〕 原告の主張のうち、被告ニッショーが被告製品を製造し、被告ニプロが平成7年4月以降被告製品を販売していることは認めるが、その余の事実は争う。
争点に対する判断
1 争点(1)(被告製品の構成及び構成要件C、D充足性)について (1) 被告製品がPET製の採血管であって、その内表面に、血液成分を付着しにくい物質であるPVPとシリコーンオイルとの混合物が存在すること、内面に血液凝固を促進する物質である珪藻土が存在することは、当事者間に争いがない。争点(1)において当事者間で争われているのは、被告製品の採血管内面においてPVPとシリコーンオイルの混合物(血液成分を付着しにくい物質)と珪藻土(血液凝固を促進する物質)とがどのような状態で存在しているかということと、その存在状態によれば、珪藻土が採血管「内表面」に存在しているといえるか、及び前記各物質が特許請求の範囲にいう「分散状態で存在せしめられている」といえるか、という点である。
(2) 証拠(甲10、乙14、28)によれば、被告製品の内表面をSEM(走査型電子顕微鏡)観察したところ、被告製品の採血管壁の内側の表面に珪藻土が散らばって存在していることが確認されたことが認められる。
(3) 原告は、本件発明にいう「分散状態」とは別紙「本件発明の分散状態図(原告主張)」のような状態をいい、被告製品の採血管の内表面には前記のPVPとシリコーンオイルの混合物(血液を付着しにくい物質)と珪藻土(血液凝固を促進する物質)がそれぞれこのような分散状態で存在すると主張するので、検討する。
(4) 本件発明の「分散状態」の解釈 ア 本件発明の「分散状態」の意義は、特許請求の範囲の記載から一義的に明らかであるとはいえない。
イ そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、次のような記載があることが認められる(甲2)。
「ガラス製採血管に比較してプラスチック製採血管の管壁には血餅を主とする血液成分が付着しやすく……血餅部分が十分に収縮せず、結果的に血清の収率が低下する傾向がある。……ガラス製採血管の場合と比較しプラスチック製採血管を用いた場合では、血液の凝固がかなり遅くなる傾向があり遠心分離にかけるまでの放置時間が著しく長くなる為、作業能率が上らない等の問題点が生じる。」(2欄7行目〜19行目) 「本発明者等は、……血液の凝固性等の面でガラス製採血管と同等以上の性能をもちかつプラスチック製採血管の利点を失わない血清分離用採血管の開発に成功したものである。
即ち本発明は、全血を内部に収納して放置した時血餅を主とする血液成分が管壁に付着することなく血餅収縮が十分行われ、ガラス製採血管と同様のすみやかさで血液凝固が進行し、遠心分離操作による血清と血餅の分離が効率良く行われる血清分離用採血管を提供することを目的としており、その要旨は、プラスチック製採血管の内表面に、血液成分を付着しにくい物質と血液凝固を促進する物質とが分散状態で存在せしめられていることを特徴とする血清分離用採血管に存する。」(2欄25行目〜3欄3行目) 本件発明の採血管を製法として被告らも主張する2つの方法が記載されており、「何れの方法の場合も、血液成分を付着しにくい物質が採血管の内表面に恰も海を形成する様に分散されそこに血液凝固を促進する物質が島状に配置されるようにするのが好ましい。」(4欄4行目〜7行目)とされている。
ウ 上記のような本件明細書の記載に照らすと、本件発明の目的を達成するためには、管壁への血液成分付着防止のための血液成分を付着しにくい物質(物質a)と血液凝固を促進する物質(物質b)とが、共に、収容された血液と接触して作用できる状態でプラスチック製採血管の内表面に存在することが必要である。そして、上記目的達成のためには、物質aと物質bは、採血管の内表面に、固まることなく、全体的に分かれて散らばって存在する必要があると考えられる。本件発明の「分散状態」とは、そのような両物質が全体に偏らず存在している状態をいうものと解される。
エ 原告と被告らは、「分散状態」の意義についてそれぞれ「争点についての当事者の主張」の項に記載したとおり主張するところ、被告らの選択的主張のアは、上記のような本件発明の目的に照らして相当とはいえない。被告らは、化学用語としての「分散」の意義や、「分散系」の意義等を根拠にるる主張するが、本件明細書の記載に照らして採用できない。
原告の主張と被告らの選択的主張のイとは、物質aも物質bもそれぞれ採血管内表面にバラバラに付着しているという意味では、実質的に同じ内容と解されるところ、前記の本件発明の目的にも適合し、本件明細書の記載に沿うものといえる。そして、これらの解釈によれば、物質aが採血管全面に連続層として塗布されて採血管内壁面全面を覆っているようなものは、本件発明の「分散状態」ではないことになり、原告もそのことを自認しているところであるから、それを前提に被告製品が本件発明の「分散状態」にあるといえるか否かを検討すべきである。
(5) 次に、被告製品の内表面の状態について検討するに、原告が被告製品が原告主張のような「分散状態」にあるとする根拠として提出した証拠は、次のようなものである。
ア EPMA(電子線マイクロアナライザー)分析 原告において、被告製品(NP-PS0909、NP-SP1029)の内表面をSEM(走査型電子顕微鏡)観察した結果の試験報告書(甲10)及びEPMA分析(電子線を試料に照射し、表面に存在するケイ素(Si)元素から発生する特性X線の強度を測定する分析法)により測定した結果の試験報告書(甲14)と、これらに基づき原告技術担当者が作成した分析評価報告書(甲8、21)では、次のとおり分析評価している。
@ EPMA分析により10μm角の画素毎にケイ素(Si)元素由来の特性X線の強度を測定するとともに、同視野におけるSEM観察した。
A ケイ素(Si)元素の分布図及びSEM観察像における珪藻土の位置を比較すると、珪藻土が存在しない領域部分にケイ素(Si)元素の白い画素(検出限界6cps以上)が多数散在しており、これらはシリコーン系物質由来のケイ素(Si)元素を表していると考えてよい。すなわち、血液成分を付着しにくい物質であるシリコーン系物質は、被告製品の内表面に「分散状態」で存在している。
イ XPS(X線光電子分光分析)による分析 原告において、被告製品(NP-PS0909、NP-SP1029)についてXPS分析(X線を試料に照射し、表面から放出される光電子のエネルギーを測定する分析法)を行った結果の分析・試験報告書(甲26、27、39の1、2)では、次のように分析評価されている。
@ 被告製品の内表面からは、O(酸素)、C(炭素)、N(窒素)及びSi(ケイ素)が検出された。このうちNとSiは塗布物に由来する。C1sピークの波形分離結果を測定することにより、採血管下地のPET由来のエステル成分の[O-C=O]結合の面積比率を測定すると、被告製品で2.7〜12.8%、ブランク試料(下地のPETが全面に露出しているもの)で16.4%であった。なお、上記測定結果には、PVPが有している[N-C=O]の状態のCに起因する値が含まれている可能性があるため、この影響を計算値に基づいて差し引くと、0.5〜11.9%(ただし、
修正後マイナスになる値は除く。)となる。
A 以上より、被告製品において下地PETが露出している面積比率が、
約3〜70%(上記「0.5〜11.9」を「16.4」で割った値の概数)であることになる。
B 被告製品の内表面のシリコーンオイル及びPVPは、採血管下地が随所に見られるようなまばらな塗布状態であると判断される。
ウ ルテニウム染色による分析 被告製品(NP-PS0909)の内表面を四酸化ルテニウムで染色した切片を原告水無瀬研究所でSEM観察し、株式会社島津テクノリサーチにおいてTEM観察した結果による分析・試験報告書(甲34〜36)では、次のようになっている。まず、SEM観察では、被告製品には、小さいもので10μm程度、大きなものは概ね400μm程度かそれ以上の大きな広がりをもつ明るい斑状の物質がPET管下地に散在しているのが極めて明瞭に視認できる(これに対し、このような斑状物質は同様の染色をしたブランクPET管のSEM像には存在しない。)。また、TEM観察では、採血管の内表面に沿って、概ね50nm×300nmから100nm×500nm程度の大きさの黒い断片状の物質が点在しているのが極めて明瞭に視認することができた(ブランクPET管断面には存在しない。)。これらの観察結果に基づき、被告製品の内表面には、PVPとシリコーンオイルの混合物が連続ではなく、分散状態で存在していることが明らかであると考察している。
また、原告の依頼で島津テクノリサーチが被告製品(NP-PS0909)とブランク品とを四酸化ルテニウム染色をしてTEM観察をした分析結果報告書(甲44)では、被告製品の内表面には、ブランク品にはない0.5〜1.0μm厚で、3〜8μm幅の島状の膨らみが観察され、膨らみの表面は四酸化ルテニウムによって黒色に変色されているが、内部は白く、変色されていなかった、これは内表面に塗布されているPVPのバリアー性が良好なためと考えられるとしており、
ブランク品に観察された0.07μm程度の厚みの単調な黒色の層は、PETの表面が四酸化ルテニウムによって変化したものであるとしている。〔原告は、これからみても、乙29、43に見られる5nm程度の連続した極薄膜層とみられる部分は、
四酸化ルテニウム染色の結果生じたものであって、シリコーンオイルとPVPの混合物の連続層ではないと主張している。〕 エ TOF-SIMS分析 原告において被告製品(NP-PS0909)の内表面をTOF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)により分析した分析・試験報告書(甲40〜42)では、内表面にシリコーンオイル由来のSi負イオン及びPVP由来のCN負イオンがそれぞれ分散状態にあり、かつ、両イオンが全く検出されない部分、
すなわちPET表面が露出した部分が存在することが確認できたとしている。
また、別のTOF-SIMS分析の分析・試験報告書(甲45、46)では、原告において、被告製品(NP-PS0909)をTOF-SIMSで正イオンスペクトル及び正イオン像を分析し、PET由来のイオン種であるC7H 4O十に対応する質量数104のピーク強度の解析から、被告製品内表面には19〜23%、少なく見積もっても10〜14%の面積割合でPET下地が露出していることが明らかになったとしている。
(6) 一方、被告らが提出した証拠としては、次のようなものがある。
ア SEM観察 被告ニッショーにおいて被告製品(NP-PS0909、NP-SP1019)の壁面を一部切断してSEM観察(1000倍)した分析結果報告書(乙14)では、白い不定形のものが散らばった状態で付着しているのが観察され、これは大きさと形状から珪藻土と判断されるが、シリコーン系物質の存在は確認できなかったとしている。また、被告製品(NP-PS0909)について、同様にSEM観察(50〜1000倍)した別の分析結果報告書(乙28)でも、同様の観察結果が記載されている。〔被告らは、乙14の写真は、PVPとシリコーンオイルとの混合物の層が膜になっていて、その上に珪藻土の粒が散布されている状態を示すと主張する。〕 イ EPMA分析 被告ニッショーの依頼で東レリサーチセンターが被告製品(NP-PS0909、NP-SP1019)をEPMA(電子線マイクロアナライザー)によりSEM像観察、定性分析及び元素分布分析を行った結果報告書(乙20添付参考資料)と、同じく被告ニッショーの依頼で東レリサーチセンターが行った真空採血管用原管(コーティングなし)を対象とするEPMA分析の結果報告書(乙37)が提出されている。
ウ XPS分析 被告ニッショーの依頼で東レリサーチセンターの結果報告書(乙31)では、被告製品(NP-PS0909)とブランク品を試料としてXPS(X線光電子分光法)で分析した結果、ブランク品の表面組成及び化学状態はPETとして妥当であり、被告製品の表面組成及び化学状態はブランク品と異なり、シリコーンオイルとPVPが検出され(PETもわずかであるが検出された。)、その結果から見て、被告製品ではPET上にPVPとシリコーンオイルが数nm以下の厚さの均一膜として存在していると判断している エ ルテニウム染色による分析 被告ニッショーが東レリサーチセンターに依頼して作成された結果報告書(乙29)では、被告製品(NP-PS0909)の数箇所(採血管開口端から30o、50o、70oの箇所)の断面を四酸化ルテニウム染色超薄切片法により透過型電子顕微鏡(TEM)で観察(1万倍〜20万倍)したところ、採血管内表面に、ブランク品(未処理のPET原管)と比較すると、コントラストの高い厚さが約5nm程度の連続薄層として存在することが観察され、これは、PET採血管内壁に塗布されたコーティング材の連続層を示すものと考えられるとしている。
また、同じく被告ニッショーが東レリサーチセンターに依頼して作成された別の結果報告書(乙43)では、被告製品(NP-PS0909)の採血管内表面(開口部から6pの位置)の断面を四酸化ルテニウム染色後SEM観察すると、不均一な明暗のあるコントラスト模様上に珪藻土粒子と思われる小さい点が最も明るい状態で存在しているのが見られ、四酸化ルテニウム超薄切片法により透過型電子顕微鏡(TEM)で観察(1万倍〜20万倍)したところ、SEM観察でコントラストの低い暗い部分で5nm、コントラストの高い明るい部分で100nmの四酸化ルテニウム可染連続層が観察されたとしている。
オ TOF-SIMS分析 被告ニッショーの依頼で東レリサーチセンターが被告製品(NP-SP1019)の内表面をTOF-SIMS分析(飛行時間型二次イオン質量分析)をした分析結果報告書(乙47)では、PET由来の負イオン種は十分な強度で検出されず、PETの露出は明確でない、スペクトルにおいて観測される主なピークはシリコーンオイル(PDMS)によるものであり、測定領域全面で検出されたなどとされている。
さらに、被告ニッショーの依頼で東レリサーチセンターが被告製品(NP-PS0909)の内表面を高質量分解能モードのTOF-SIMSで、ブランクPETにおいてPETの検出強度が強かった質量数104amu及び149amuの位置で質量スペクトル測定を行ったところ、質量数104amu及び149amuの位置で検出されるピークは、PETに由来するイオン種のピークでなく、シリコーンオイルに由来するイオン種のピークであるとしている(乙49の2)。
被告ニッショー作成の結果報告書(乙50)では、これらの分析結果に基づき、被告製品内表面にはシリコーンオイルが全面に塗布されているとしている。
(7) 原告の試験・分析の問題点 前記のとおり、原告の提出した証拠と被告らの提出した証拠とでは、被告製品内表面に血液成分を付着しにくい物質であるシリコーンオイルとPVPの混合物がまばらに塗布されているか、それとも一面に塗布されているかの点で食違っている。しかし、原告の提出の証拠の証拠価値には以下に述べるとおり疑問があり、
これらの証拠から、原告が主張するように被告製品の内表面に前記物質がまばらに塗布されているとは認定できない。
ア 原告のEPMA分析について (ア) 甲8では、甲14による被告製品のEPMA分析により、珪藻土が存在しない領域部分にケイ素(Si)元素の画素が多数散在するのを観察したから、
シリコーン系物質が内表面に分散状態で存在しているとする。
しかし、被告側が提出した乙28では、被告製品内表面をSEM観察したところではシリコーンオイルが分散している状態を確認できなかったとしており、これはシリコーンオイルが内表面に連続層で存在していることを示唆するものといえるから、甲8の前記部分には疑問がある。しかも、ケイ素(Si)は地球上に最も多く存在し、どこにでも存在する元素であるから、甲14でケイ素が散在して観測されたとしても、そのことをもって、直ちに、被告製品においてシリコーンオイルが分散状態で存在するとはいえないと考えられるし、乙37によれば、東レリサーチセンターにおいて、コーティングしていない真空採血管原管の内表面をEPMA分析した結果では、採血管内面にケイ素元素の分布(検出限界6cps以上)が確認されたことが認められる。
(イ) また、原告のEPMA分析結果を被告製品におけるSiの分布状況を示す証拠として捉えた場合、乙20、38(大手前大学教授(前大阪市立大学教授)Bの意見書)は、同EPMA分析について、次のような問題点を指摘している。
a EPMA分析によりケイ素の特性X線強度を測定すれば、ケイ素を含む珪藻土が存在する部分においてケイ素の特性X線が強く検出されるべきであるが、原告のEPMA分析の結果は、そのようになっていない。なお、東レリサーチセンターによる被告製品のEPMA分析結果(乙20添付参考資料)によればその事実が確認された。
b EPMA分析において、「電子線マイクロアナリシス」〔副島啓義著・日刊工業新聞社発行〕(乙38添付資料)254頁に記載の判定式(測定値NAとNBにおいて、N Aに対する真値がN Bに対する真値より大きい確率は、N A-2√NA>N B+2√N Bのとき95.4%)によれば、ケイ素のバックグラウンドの測定強度2cpsに対し、有意と判定される強度は12cps以上(測定値が12cps以上であれば、実際の値がバックグラウンドの値より大きい確率が95.4%となる。)となるところ、原告のEPMA分析における測定値6〜11cpsのX線強度は有意と判定すべきではない。
(ウ) 上記指摘の問題点について、甲29(原告の研究所の主席技術員C作成の意見書)中に「被告製品に用いられている珪藻土は、もともと天然産出品であり、ケイ素を含む珪藻殻とは無関係な不純物が平均値としてすら10%近くも含まれている。これらのことから、測定領域の珪藻土粉末部位には、平均的な割合以上に多くの不純物が含まれていたのであろうと考えた。」との記述があるが、東レリサーチセンターによる上記EPMA分析との齟齬する理由が明らかではない。
また、95.4%の確率で有意と判定される測定強度について、甲43(前記C作成の意見書)中に、上記判定式(NA-2√N A>N B+2√N B)において、NBにはバックグラウンド値の平均値(2cps)を、N Aには対象物の測定値の平均値を代入すべきであるとし、個々の測定値6〜11cpsを含む統計分布の平均値が上記判定式を充足することと、個々の測定値6〜11cpsが平均値2cpsのバックグラウンドに対して有意であることとは何ら矛盾しないとの記述がある。この点について、前掲「電子線マイクロアナリシス」254頁によれば、同書の図3.10に示される小刻みに変動する測定値の平均値を上記判定式に当てはめているから、上記判定式におけるNAは対処物の測定値の平均値を代入すべきであると解されるが、原告のEPMA分析の結果は10μm角の画素ごとに測定した強度であるから、これを平均値とみるべき余地もある上、仮に同画素の測定値を平均値ではなく上記文献の図3.10に示される小刻みな変動値の一つの値であるとみるならば、そうした値をもって、ケイ素の存在が確認されたとすることに疑問が残る。そして、前記のとおり、
EPMA分析に基づき検出限界6cps以上としてケイ素元素の分布を見ると、コーティングしていない真空採血管原管についても、ケイ素元素の分布が確認されてしまうのである(乙37)。
したがって、上記意見書の内容をもってしても、原告が主張するように、原告のEPMA分析のおける測定値6cps以上の各画素を有意として判定すべきとの見解を相当として採用することはできない。
(エ) そうすると、原告のEPMA分析の結果をもって、被告製品の採血管内表面におけるケイ素(Si)元素の分布状況を示す証拠として採用することはできない。
イ 原告のXPS分析について (ア) 原告は、被告製品のXPS分析の結果、その内表面のシリコーンオイル及びPVPは採血管下地が随所に見られるようなまばらな塗布状態であるとしている。
しかし、前記(6)エのとおり、乙29によれば、四酸化ルテニウム染色法による分析の結果、被告製品の内表面には、約5nm(約50Å)の連続した塗布膜層が存在することが確認されるところ、筏義人編「高分子表面の基礎と応用(上)」〔化学同人発行〕(乙30)の83、84頁によれば、「(標準的な測定角度θ=90°の場合)ESKA(XPS分析のこと)で固体表面が分析できるとはいえ、光電子の脱出深さ3λ(λは光電子の平均自由行程)は数十Å程度であるので、この層の平均化された表面情報が得られているにすぎない。」「(測定角度θの場合)試料表面からl=3λsinθの深さに相当する情報を得ていることとなる。」とされており、この記載に照らせば、被告製品をXPS分析した場合、厚さ約50Åの塗布膜層だけでなく、その下地のPETが検出される可能性を否定できない。
(イ) この点について、甲39の2(前記Cほか作成の説明書)では、
「被告製品1本当たりの珪藻土を除く有機物成分の平均塗布量は、約0.17rである。有機物の比重は約1であるので、約40p2の採血管内表面に均一な連続層を形成したとすると、約40nm(約400Å)の厚みとなる。従って、真に連続塗布層であれば、XPS分析ではPETの[O-C=O]結合は全く検出されないはずのところ、甲27によれば、明瞭に検出された。すなわち、0〜数nm(0〜数10Å)程度の塗布厚みの領域が検出されたということは、一方で、80nm(800Å)程度の厚みの領域もあるということに他ならない。このように十数倍、あるいはそれ以上の厚みの差がある凹凸の激しい塗布層というのは、均一な連続膜ではない。よって、[O-C=O]結合が検出されたことは、下地のPETが、実質的に露出していることと同じとみなしてよい。」との意見が述べられている。
しかしながら、前記のとおり、XPS分析でPETの[O-C=O]結合が観測されたとしても、そのことは数十Åの塗布層膜の存在が否定されるものではなく、また、被告製品の塗布膜層が、厚みの差がある均一なものではなかったとしても、そのことにより、原告の主張する構成、すなわち、別紙「本件発明の分散状態図(原告主張)」記載のような、物質を分散せしめるための媒体としてのPET製の採血管内表面上に、血液成分を付着しにくい物質(シリコーンオイル及びPVP)と、血液凝固を促進する物質(珪藻土)の両者が分散せしめられているとの構成が認められるものではない。
ウ 原告のルテニウム染色による分析について (ア) 四酸化ルテニウム染色をした上でのSEM、TEM観察を行った分析結果については、原告の分析結果(甲34ないし36、44)と被告らが提出した分析結果(乙29、43)とでは食違っているが、いずれの観察によっても、被告製品の表面に、四酸化ルテニウムで染色されやすい島状の比較的厚い部分(原告の観察結果では厚さ0.5〜1.0μm、被告の観察結果では約100nm=約0.1μm)が存在する。
そして、上記島状以外の部分について、被告側の実験によれば、ブランク試料と被告製品では、被告製品のみに四酸化ルテニウムで染色される約5nmの塗布膜層が観測され、その差異が明瞭であるのに対し、原告実験によれば、被告製品とブランク試料とでともに四酸化ルテニウムで染色される層が確認され、超薄切片を作成した後に四酸化ルテニウムで染色したものは、四酸化ルテニウム染色後に超薄切片を作成した試料について、厚さが被告製品では0.03μm程度、ブランク試料では0.07μm程度と異なっているものの、被告製品とブランク試料に存在する四酸化ルテニウムで染色される層の差異では必ずしも明瞭ではない。
(イ) しかしながら、乙45によれば、PETも四酸化ルテニウムに染色される性質を有することが認められるから、四酸化ルテニウムの染色の程度によっては、仮に被告製品の内表面の島状部分以外の部分がPVPで覆われていたとしても、被告製品の該PVPの層とブランク試料のPET表面が共に染色され、染色された部分のみを比較しても明瞭に区別がつかない可能性は否定できず、そのことは、甲43の意見書にも述べられているとおりである。
そして、被告実験によれば、一定の染色条件の下において、被告製品の島状部分以外の部分で、ブランク試料とは明瞭に異なる厚さ約5nmの連続層が観測されている以上、原告実験をもってしても、島状部分以外の部分においてPETが露出しており分散状態にあることを認めるには足りない。
なお、原告は、被告実験の領域が狭い領域であって、これをもって連続層が存在するとはいえない旨主張するが、仮に被告実験のみから被告製品の内表面の全体が連続層であることが認められないとしても、上記のとおり、当該被告実験の結果は、島状部分以外の部分がPVPで覆われておりPETが露出していない可能性を示唆することにより、原告実験の証拠価値を減殺するに十分であって、原告の上記主張は理由がない。
エ 原告のTOF-SIMS分析について 原告の提出した証拠(甲40〜42、45、46)と被告らの提出した証拠(乙47、49の1、2)を対比すると、原告のTOF-SIMS分析の結果については、シリコーンオイルに特有のSi負イオン、PVPに特有のCN負イオンの分布を観察しているものの、これが観察されなかった部分がPETが露出しているか否かは必ずしも明らかではない。
PETに特有の正イオン(104C 7H 4O+)については、被告によるTOF-SIMS分析の結果、被告製品から検出される質量数104のピーク位置及び強度比が、シリコーンオイルから検出されるものと共通しているのであるから、原告実験における104C 7H 4O+の分析結果も被告製品に存在するシリコーンオイル由来のイオンを検出している可能性は否定できない。もっとも、被告の同分析結果に従えば、
原告実験においても、ブランク(A)試料と被告製品とで質量数104の部位に同程度のピークが現れるはずであるが、被告製品のピーク強度は7.6〜9.0×103(c/10分)、
夾雑ピーク強度(強度比は0.4%)は1.8〜1.9×103(c/10分)であって、4倍以上の差異があり、この点について原告実験と被告実験とでは齟齬が生じているとも思われるが、その理由は明らかではなく、原告実験の方が正しいことを認めるに足りる証拠もない。
さらに、仮に原告実験のデータが正しく、PETが露出している部分があるとしても、その露出の状況が、原告の主張するような分散状態にあるのではなく、シリコーンオイルとPVPの塗布層が一面に広がり、孔が開いたようにPETが露出している可能性も否定できない。
オ 以上のとおり、原告の提出した証拠によって、被告製品の採血管の内表面にシリコーンオイルとPVPがまばらに塗布され、原告の主張するような「分散状態」にあることを認めるには足りず、むしろ被告らが主張するように、これらの塗布層は採血管内表面に一面に連続層を形成している可能性が高いものと見るべきである。
(8) 以上によれば、被告製品が本件発明の構成要件Dを充足するとはいえない。したがって、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。
2 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝
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