運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2000-35501
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成12ワ26626特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ12752特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ14010損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  共有 /  実施料相当額 /  クレーム /  権利の濫用(権利濫用) /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  実施許諾(実施の許諾) /  混同 /  知らないで /  請求の範囲 /  変更 /  補助参加 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (ワ) 6665号 特許権侵害差止請求事件
平成 13年 (ワ) 23635号 特許権侵害差止等請求事件
甲乙事件原告 株式会社東洋精米機製作所
原告訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
同補佐人弁理士 柳野隆生甲事件被告 全国農業協同組合連合会 乙事件被告 岡山パールライス株式会社 甲事件被告全国農業協同組合連合会補助参加人 株式会 社サタケ
被告ら及び被告全国農業協同組合連合会補助参加人訴訟代理人 弁護士 牧野利秋
同 鈴木修
同 伊藤玲子
同 木村 耕太郎
同補佐人弁理士 増井忠弐
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/12/12
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告らは,いずれも,別紙物件目録1記載のイ号物件を製造・販売し,又は販売のため展示してはならない。
2 被告岡山パールライス株式会社は,前項記載のイ号物件を廃棄し,別紙物件目録2記載のロ号物件を除却せよ。
3 被告全国農業協同組合連合会は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成11年8月31日(訴の変更申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告岡山パールライス株式会社は,原告に対し,5000万円及びこれに対する平成13年11月16日(乙事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
事案の概要
甲事件被告被告全国農業協同組合連合会(以下,単に「被告全農」という。)は,別紙物件目録2記載の機器(以下,この機器を「ロ号物件」という。)を所有し,これを使用して同目録1記載の米(以下この米を「イ号物件」という。)を製造・販売している。乙事件被告岡山パールライス株式会社(以下,単に「被告岡山」という。)は,このロ号物件を被告全農から賃借してイ号物件を製造・販売している。
本件は,後記1(1)の特許権の共有者である甲乙事件原告(以下,単に「原告」という。)が,上記被告らに対し,同特許権に基づき,イ号物件が上記特許の技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が同特許権を侵害するものであるとして,イ号物件の製造・販売等の禁止を求めるとともに,精米機であるロ号物件がイ号物件の製造にのみ使用されるものであるとして,ロ号物件の除却並びに損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠等を付記した事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 原告は,次の特許権(以下,本件特許権」という。)を,訴外財団法人雑賀技術研究所と共有している。
特許番号 第2615314号 発明の名称 洗い米及びその包装方法 出願年月日 平成元年3月14日 分割の表示 特願平1-62648号の分割 出願公開年月日 平成5年11月19日 登録年月日 平成9年3月11日 (2) 上記(1)の特許権に係る願書に添付した明細書(以下「本件明細書」といい,この明細書を掲載した特許公報を「本件公報」という。本判決末尾添附)の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる,米肌に亀裂がなく,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された,平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。」 (3) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる, B 米肌に亀裂がなく, C 米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された, D 平均含水率が約13%以上16%を超えないこと E 以上を特徴とする洗い米。
(4) 被告全農は,被告全農補助参加人サタケ株式会社からロ号物件を購入して,平成13年3月31日まで,イ号物件を業として製造・販売していた。被告岡山は,同年4月1日以降,被告全農からロ号物件を賃借して,イ号物件を業として製造・販売している。
(5) ロ号物件は,イ号物件の製造にのみ用いられる機器である。
(6) イ号物件は,本件特許発明構成要件BないしEを充足する(弁論の全趣旨)。
2 イ号物件及びロ号物件の構成についての当事者の主張 (1) イ号物件 ア 原告の主張する構成 「米肌にほとんど亀裂がなく米肌面の糠分がほとんど除去された平均含水率が16%を超えないことを特徴とする無洗米。」 イ 被告らの主張する構成 「精白米に対して,その重量の約15%に相当する水を添加してその表面に付着させ,米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精し,米粒に吸収された水分が極くわずかであるうちに,米粒から剥離された糠が混入している付着水の大部分を遠心脱水によって取り除き,この米粒を温風でもって乾燥させて,これに引き続き冷却することにより,残りのわずかな付着水と米粒に吸収された水分相当分を除去して得られる,米肌にほとんど亀裂がなく,この無洗米を研ぐと濁度50P.P.Mないし70P.P.M.程度に米肌面の糠分が一部除去された平均含水率が16%を超えないことを特徴とする無洗米。」 (2) ロ号物件 ア 被告らの主張する構成 別紙図面(第2図・第2'図は,縮尺率が約100分の8の模式図)及びその説明に記載の製品は,「スーパージフライス設備SJR2A」型(ロ号物件)である。別紙図面第2図及び説明中の鍵括弧部分は同型の旧型であり,第2'図及び説明中の二重鍵括弧部分は同型の改造型・新型である。
(ア) 図面の簡単な説明 第1図は,ロ号物件の全体を示す左側面図(ただし,側板を外した状態で支柱及び梁の一部を破断してある。),第2図(第2'図も含む)は第1図における米粒処理部及び遠心脱水部の拡大縦断面図,第3図は温風乾燥部の一部破断断面図,第4図は通風冷却部の一部破断断面図,第5図はロ号物件の作用を示す流れ図である。
(イ) 符合の説明 A…米粒処理・脱水装置 B…乾燥装置 C…冷却装置 1…米粒処理部 2…遠心脱水部 3…温風乾燥部 4…通風冷却部 5…米粒投入口 6…送風機 7…ヒーター 8…主軸 9…送込み螺旋 10…撹拌翼 11…逆送板 12…送出し螺旋 13…米粒処理室 14…下部筒体 15…「水供給管」『給水口』 16…「水供給管取付孔」『中空部』 17…主軸用被動調車 18…主軸用電動機 19…主軸用駆動調車 20…主軸ベルト 21…上部横送螺旋 22…上部螺旋用電動機 23…下部横送螺旋 24…下部螺旋用電動機 25…固定筒体 26…回転筒 27…多孔壁除糠脱水筒 28…縦送螺旋 29…螺旋軸用被動調車 30…螺旋軸用駆動調車 31…両軸電動機 32…螺旋軸 33…被動調車部 34…軸受部 35…回転筒ベルト 36…駆動調車 37…外筒 38…排風筒 39…ドレン孔 40…送風筒 41…排米樋 42…上部筒体 43…供給用開口 44…螺旋軸ベルト 45…連絡用開口 46…吐出口 47…排風路 48…送風路 49…サイクロン分離器 50…傾斜連絡樋 51…排出樋 52…バイブレーター 53…排風路 54…ロータリーシフター 55…ネット回転用電動機 56…ネット 57a,57b…送風口 58…排風口 59…投入口 60…排米口 61…ケース 62…搬送板 63…排風口 64…水供給管 (ウ) 構造の説明 @ 全体の構成 米粒処理・脱水装置Aは,第1図の右側に位置し,米粒処理部1と遠心脱水部2とからなる。乾燥装置Bは米粒処理・脱水装置Aの下方に位置し,温風乾燥部3からなる。温風乾燥部3の下流側に通風冷却部4からなる冷却装置Cを配設してなり,第1図左側には前記温風乾燥部3に温風を供給するための送風機6及びヒーター7が設けられ,送風機6と温風乾燥部3との間には送風路48が配管される。
A 各装置の構成 T 米粒処理・脱水装置A @ 米粒処理部1 立設した上部筒体42内に主軸8を回転自在に挿通する。主軸8には板状の一対の撹拌翼10を取り付ける。撹拌翼10の下方に,主軸8の回転軸に米粒を上方へ押し戻すように湾曲させた一対の逆送板11を取り付ける。撹拌翼10及び逆送板11を囲む下部筒体14内を米粒処理室13としている。米粒処理室13の上部は断面正六角形で,その下部は円形である。撹拌翼10より上方の主軸8には送込み螺旋9を,逆送板11よりも下方の主軸8には送出し螺旋12をそれぞれ取り付ける。下部筒体14の下端は小径に絞られ,かつその上端も小径の上部筒体42に接続しているため,米粒処理室13は,上下の両端が細く絞られた形状になっている。主軸8の上端には被動調車17を軸着する。被動調車17と主軸用電動機18の駆動軸に軸着した駆動調車19に主軸ベルト20を懸架する。送込み螺旋9付近の上部筒体42に供給用開口43を設ける。供給用開口43には,上部螺旋用電動機22で作動する上部横送螺旋21の先端を臨ませる。上部横送螺旋21の上方には精白米を供給する穀粒投入口5を臨ませる。なお,主軸の回転数は調節可能となっている。
「下部筒体14の上端部付近に一対の水供給管取付孔16を穿設し,これらに水供給管15を取り付ける。水供給管15は図外の吸水ポンプ,水量メーター,電磁弁及びレギュレータなどを介して給水設備に連絡している。」(旧型) 『主軸8にはその上端より撹拌翼10付近まで延びる中空部16を設ける。中空部16の下端は撹拌翼10付近に穿設した給水口15に連通される。
中空部16上端の開口部には水供給管70が接続され,水供給管70は図外の吸水ポンプ,水量メーター,電磁弁及びレギュレータなどを介して給水設備に連絡している。』(新型) A 遠心脱水部2 米粒処理部1の主軸8の軸心より外れた位置にこれと並行の軸心を有する螺旋軸32を回転自在に立設する。螺旋軸32には縦送螺旋28を形成する。縦送螺旋28の上部側にはこれを覆って固定筒体25を設ける。固定筒体25の下端はこれに接して回転筒26を設ける。回転筒26は,その下端の被動調車部33を介して多孔壁除糠脱水筒27と一体的に接続される。回転筒26は軸受部34によって回転自在に支持する。被動調車部33と両軸電動機31の一方の軸端に取り付けた駆動調車36に回転筒ベルト35を懸架する。螺旋軸32上端に取り付けた被動調車29と両軸電動機31の他方の駆動調車30に螺旋軸ベルト44を懸架する。固定筒体25上端寄りの連絡用開口45と米粒処理部1下端の吐出口46とは,下部螺旋用電動機24によって駆動する下部横送螺旋23を介して連絡する。多孔壁除糠脱水筒27を覆って外筒37を設け,外筒37には送風筒40と排風筒38とを装着する。排風筒38はサイクロン分離器49を介して図外の吸引機に連絡してある。外筒37の底部にドレン孔39を設ける。遠心脱水部2下端には次工程の温風乾燥部3の投入口59に連通する排米樋41を設ける。
U 乾燥装置B 乾燥装置Bは温風乾燥部3を有する。温風乾燥部3は,ほぼ密閉されたケース内に,ネット回転用電動機55によって連絡された送風路48の送風口57a,57bを臨ませる。送風機6付近の送風路48にはヒーター7を装着する。ケース底部に排風口58を設け,この排風口58は排風路47により図外の集塵装置に連絡する。ケース上部には米粒の投入口59を設け,この投入口に,米粒処理・脱水装置Aの遠心脱水部2の吐出口から延びる排米樋41を接続する。ケース側面には排米口60を設け,この排米口60は傾斜連絡樋50を介して次工程の通風冷却部4のケース61内に連絡する。
V 冷却装置C 冷却装置Cは通風冷却部4からなる。通風冷却部4には,バイブレーター52によって振動するケース61を設ける。ケース61の内部に搬送板62を装着する。この搬送板62は繊網によって形成する。ケース61の一側に傾斜連絡樋50を接続し,他側には排出樋51を接続する。ケース61上部に排風口63を設け,この排風口63は排風路53により図外の集塵装置に連絡する。搬送板62の一端は傾斜連絡樋50の下方に臨ませ,他端は排出樋51の上方に臨ませる。
(エ) 作用の説明 T 米粒処理・脱水装置A @ 米粒処理部1 ここでの作用に関する説明は,後記ウのとおり。
A 遠心脱水部2 吐出口46から排出された精白米は,下部螺旋用電動機24によって回転駆動する下部横送螺旋23により開口45から固定筒体25内に供給される。ここで,両軸電動機31により縦送螺旋28が毎分約2100回転で駆動される。また,これと同一方向で,両軸電動機31により多孔壁除糠脱水筒27が毎分1500回転で駆動する。精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて遠心脱水作用を受けるとともに縦送螺旋28によって下方へ搬送され,その表面の付着水及びこれに含まれる糠分が除去される。多孔壁除糠脱水筒によって脱水された,糠の混入した水は,外筒37底部の送風筒40から流入する毎分約10m3の気流と共に排風筒38へ運ばれ,サイクロン分離器49によって気流と分離して回収される。遠心脱水部2の通過所要時間は約2秒である。
遠心脱水部2の排米樋41における精白米の水分(60分後測定)は,原料時に比して2.0〜2.5%増加となる。
U 乾燥装置B 脱水された精白米は,排米樋41から投入口59を経て回転するネット56上に供給される。ネット56上の精白米は,上方から下方へ通過する温風を浴びて乾燥作用を受ける。温風の温度は,機外の気温及び湿度によって決定され,例えば,機外の湿度が低ければほとんど機外の温度のままでもよく,逆に,機外の湿度が高ければ最高55℃まで昇温させる。温風は,送風機6に取り入れられた外気を,送風路48に装着したヒーター7によって加温して得られる。温風は送風口57a,57bから噴風・供給され,ネット56を通過して排風路から排風される。熱風乾燥された精白米は,排米口60から傾斜連絡樋50を介して排出される。乾燥装置Bの通過所要時間は,約7秒である。温風乾燥部3の排米口60における精白米の水分は,該温風乾燥部3で1.3%ないし1.6%減少する結果,原料時に比して約0.7%増加となる。
V 冷却装置C 温風乾燥され,ほとんど仕上がり水分値となった精白米は,傾斜連絡樋50から搬送板62上に投入される。搬送板62上の精白米はバイブレーター52による振動作用を受け,排出樋51側へ搬送される。精白米は,この搬送過程で搬送板62上方の排風口63から排風路53へ吸引される室温風により冷却されるとともに,通風により水分が0.1〜0.2%減少する。また,このとき,精白米中に混入する糠粉などの微粉は搬送板62から落下するか,又は排風路53内へ吸引・除去される。こうして,微粉が除去されてその穀温がほぼ室温にまで冷却された精白米は,原料時より約0.5%高い含水率となって排出樋から排出される。
この排出された米粒には,発生した約1%の砕米が混入している。冷却装置Cの通過所要時間は約20秒である。通風冷却部4の排出樋51における精白米の水分は,該通風冷却部4で0.1〜0.2%減少する結果,原料時に比して約0.5%増となる。
イ 原告の主張 (ア) 各部の名称は,以下のように読み替えられるべきである。
Aの「米粒処理装置」は「洗米装置」,1の「米粒処理部」は「洗米部」,13の「米粒処理室」は「洗米室」,14の「下部筒体」は「洗米筒」。
(イ) 「(エ) 作用の説明」について a 「T 米粒処理(洗米)・脱水装置A A 遠心脱水部2」の冒頭の「吐出口46から排出された精白米は,」は,「吐出口46から水と共に排出された精白米は,」と改められるべきである。
b 同所5行目の「精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて」は,「水及び精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて」と改められるべきである。
c 同所7行目の「,その表面の付着水及びこれに含まれる糠分が除去され」は削除されるべきである。
d 同所末尾の「遠心脱水部2の排米樋41における精白米の水分(60分後測定)は,原料時に比して2.0〜2.5%増加となる。」は,「遠心脱水部2の排米樋41における精白米には少量の水が付着し,その水分は(この精白米を60分後に測定すると,),原料時に比して3%前後増加となる。」と改められるべきである。
e 「U 乾燥装置B」の末尾「1.3%ないし1.6%減少する」は「乾燥させる」に置換されるべきである。
f 「V 冷却装置C」の10行目「この排出された米粒には,発生した約1%の砕米が混入している」は削除されるべきである。
ウ 米粒処理部の作用に関する被告らの主張 (ア) 精白米は穀粒投入口5へ連続的に投入され,上部螺旋用電動機22によって回転駆動する上部横送螺旋21で搬送されて供給用開口43から上部筒体42内に供給される。主軸用電動機18を駆動して駆動調車19,主軸ベルト20及び主軸用被動調車17を介して主軸8を毎分約360回転で駆動する。上部筒体42内に供給された精白米は,送込み螺旋9により下方側へ搬送されて米粒処理室13内に至る。下部筒体14の米粒処理室13では,米粒処理室13に連続して供給されてくる精白米に対し,その重量の約15%に相当する水を一対の水供給管15から連続的に添加する。
米粒処理室13において,精白米の重量の約15%に相当する水を添加された米粒群は,立設した断面平六角形の同室内において,毎分約360回転で駆動する主軸8に取り付けた撹拌翼10によって撹拌され,かつ主軸8に取り付けた逆送板11により,米粒処理室内を通過しようとする米粒群は撹拌翼10側へ向かう力を受け,これにより搗精が行われる。
このように,米粒処理(洗米)室13内に設けられた撹拌翼10の回転によって米粒と米粒との間の押圧力に脈動を生じさせ,米粒間の押圧力の強弱によって,付着水を介しての粒々摩擦により精白過程を経ても米粒自体に残っている糠,すなわち食味を低下させる要因となる米粒表面の一部残留糊粉層や縦溝部の果種皮を専ら削り取るといった加水搗精が行われる。該処理によって精白米より取り除かれた糠は付着水に混入する。米粒処理部1において,精白米は約2%歩留減となり,精白米が穀粒投入口5へ投入された時を起点として,約6秒後に送出し螺旋12によって吐出口46から排出される。
3 争点 (1) イ号物件が本件特許発明技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が本件特許権を侵害するか(争点1)。
(2) 本件特許権に無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか(争点2)。
(3) 原告の損害等(争点3)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(イ号物件が本件特許発明技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が本件特許権を侵害するか)について (1) 被告らの主張 ア 本件特許発明と被告らの洗い米との対比 本件特許発明は,大量の水を高速撹拌させ,精白米を洗う方式(いわゆる「水洗い方式」)により製造された洗い米であるところ,被告らのイ号物件は,極めて少量の水を精白米に添加し,精白米を撹拌させ,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精する方式(「加水(又は水中)搗精方式」)により製造されたものであり,両者は精白米表面の糠分を取り除く方式において基本的に異なる。以下,各構成要件の解釈とともに,個別に述べる。
構成要件Aの「洗滌」について (ア) 「洗滌」の意味 構成要件Aにおける「洗滌」とは,「重量比において精白米よりはるかに多い水に精白米を浸漬させ,この浸漬させた水を高速撹拌させて精白米表面に付着している剥離した糠粉とか,精白米から遊離した糠粉を水で洗い流す」という意味に限定解釈すべきである。
それは,本件明細書の発明の詳細な説明の項に,次のような記載があることを根拠とする。
「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり,それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには,やはり,どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。」(本件公報7欄40行ないし44行) 「又『洗米』又は,『水洗』の意味は,米粒群が水中に漬かる程の大量の水の中で撹拌して洗うことを指称するのである。」(同8欄25行ないし27行) 「本発明の洗い米は次の(1)〜(4)に示すような効果を有するものである。」(同13欄末行ないし14欄1行) 「(3)本発明品の米は洗米歩留りがよいので社会的に有益である。これは従来の米の洗米は手作業でも機械式でも高圧でゴシゴシとやるので,本来米肌に残って欲しい物質も剥離され流失してしまうが,本発明品では洗米槽の水を高速撹拌で洗米するので,米粒には圧力がかからず,その結果,食味を低下させる残存糠以外の物質の剥離は少ない。」(同15欄9行ないし16欄3行)。
これらによると,米は重量比においてはるかに多い漬かるほどの大量の水の中で,高速撹拌して洗米されることによって水流が発生し,この水流によって糠粉が除去されることを「洗滌」というと解すべきである。
(イ) 被告らの洗い米との対比 被告らの洗い米は次のとおりの方法で製造される。前記第2,2(2)でロ号物件の構成について述べたように,米粒処理部1の構成は,一対の撹拌翼10の下方に,米粒を上方へ押し戻すように湾曲させた一対の逆送板11を取り付け,米粒処理室13の上部は断面正六角形で,下部筒体14の下端は小径に絞られ,かつその上端も小径の上部筒体42に接続しているため,米粒処理室13は,上下の両端がやや細く絞られた形状になっている。また,上部筒体42の米粒処理室13に臨む内径と送出し螺旋12を内装する筒体の内径は同じで,これらの構成によって,重量比において約15%の水を添加された米粒群は,立設した断面正六角形の同室内において,毎分約360回転で駆動する主軸8に撹拌翼10によって撹拌され,その回転によって,米粒処理室13内における米粒間圧力が瞬間的に上昇し,米粒と米粒との間の押圧力に脈動を生じさせ,米粒間の押圧力の強弱によって,付着水を介しての粒々摩擦により精白過程を経ても米粒自体に残っている糠,すなわち食味を低下させる要因となる米粒表面の一部残留糊粉層や縦溝部の果種皮を専ら削り取る加水(又は水中)搗精が行われる。該処理によって精白米より取り除かれた糠は付着水に混入する。米粒処理部1において,精白米は約2%歩留減となる。
このように構成要件Aにおける「洗滌」は,水の撹拌作用による水洗い方式を指すのに対し,被告らの無洗米は,加水(又は水中)搗精方式により製造されているという差異があるので,イ号物件は構成要件Aの「洗滌」を充足しない。
構成要件Aの「除水」について 本件特許発明構成要件Aにおいては,「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる」とあるところ,この「除水」という概念は遠心脱水のみに限定され,温風による乾燥は排除されるものである。
(ア) 除水の手段について クレームには,除水の手段について何ら言及がない。本件明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「洗滌水は勿論のこと,米粒表面に付着している付着水をも除去するのである。尚,除水装置は,洗條水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水や付着水の除去に時間がかかるものではいけない。」(本件公報6欄21行ないし25行) 本件特許発明の出願時存在していた「公知の除水装置」で,洗條水及び付着水を短時間で除去できるものは遠心脱水機のみであった。温風乾燥機もしくは通風乾燥機では,「洗滌水の大部分を瞬時に近い短時間に除去」できず,長時間かかるのが常であったからである。
(イ) 原告方法との対比 構成要件Aにおける「除水」とは,上記のように遠心脱水を利用したものに限定される。これに対し,ロ号物件の遠心脱水部2では洗滌水及び表面付着水の一部しか除去されず,その後に温風によって乾燥させているから,被告らの洗い米は,構成要件Aの「除水」を充足しない。
エ 以上のように,被告らの洗い米は,本件特許発明構成要件Aを充足しないことから,その技術的範囲に属さない。
本件特許発明構成要件BないしEについては,イ号物件がこれを充足していることは,被告らも格別これを争うものでない。
(2) 原告の主張 ア 構成要件Aの「洗滌」について 別件において主張したように,被告らの主張するような限定解釈は何ら根拠がない。被告らの主張する「加水搗精」によって製造される無洗米も本件明細書の実施例を含めた従来の洗米機で洗米していることと同じである。被告らのいう「搗精」は,一般的に用いられている単なる「洗米」にすぎない。当業界では米をとぎ洗いすることを「水中搗精」とか「加水搗精」といういい方をする場合があるが,これは手動又は洗米機によって,通常の洗米をすることを指すのである。
構成要件Aの「除水」について 被告らは,本件特許発明の「除水」とは遠心脱水することである,と主張する。
しかし,本件明細書には,そのことは一言も記載がない。本件明細書においては,水を除去することの一切を意味して「除水」と称している。なお,この「乾燥」を,発明の名称や特許請求の範囲から除いたのは,当業界では古くより,収穫直後の高水分米の水分を長時間かけて除くことを「乾燥」といっていたので,それと混同を避けるために手続補正により削除したのである。したがって,本件特許発明の「除水」においても,「乾燥」によって米肌の水分を除くことは最も通常の実施手段というべきである。
ウ 以上のように,被告らの無洗米は本件特許発明構成要件をすべて充足し,作用効果も全く同一であるから,本件特許発明技術的範囲に属する。
2 争点2(本件特許権に無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について (1) 被告らの主張 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないが,本件特許権には,以下に述べるような明白な無効事由があり,これに基づく請求は権利の濫用に当たり許されない。
平成14年3月22日,特許庁は,本件特許権に対する無効2000-35501号事件につき,請求項1及び2に各記載の発明について,特開昭52-43664号公報(審決書における「刊行物1」,本件における甲160)に記載の発明(以下,この発明を「本件公知例」という。)及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたもので,同法123条1項2号に該当し,無効である旨の審決を下した(乙2)。
本件特許発明には明白な無効事由があり,本件特許発明が特開昭52-43664号公報に記載の本件公知例及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものとして,同法123条1項2号に該当し無効となるべきことが明白である。
ア 本件公知例 本件公知例の特許請求の範囲は,「玄米に対する歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米を多孔壁除糠精白筒精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において,その白米中に水または塩水その他水溶液を添加し直ちに精米を行なうと同時に前記多孔壁部を通して急速に除糠除水を行ない前記精白室から排出することを特徴とする混水精米法。」というものである。
イ 本件公知例と本件特許発明の相違点 本件明細書にも記載されているように,精白米を除糠のために洗滌し,除水して得られる,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された洗い米は,本件出願時当業者において周知のものである。本件特許発明と上記周知の洗い米を対比すると,本件特許発明は,「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる,米肌に亀裂がなく,平均含水率が約13%以上16%を超えない洗い米」である点で,上記周知の洗い米と相違する。
ウ 本件公知例と本件特許発明の比較検討 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」とは,「洗滌時に」すなわち洗滌工程中に「吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」意味であり,「表層部」とは洗滌工程中の米粒の表層部を指すものといえる。本件特許発明は,洗滌対象すなわち出発物質に中途精白米を用いる態様を含む旨本件明細書に記載がある(本件公報8欄23行ないし25行)が,中途精白米の洗滌工程においては,中途精白米は洗滌の進行につれて精白除糠され,その米粒表面は時々刻々変わっていくものであるが,請求項1の「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」は,このように時々刻々変わっていく米粒面にあって,そこに残留している糊粉層の残留状態あるいは澱粉層の露出状態がいかなる状態にあるかに関係なく,吸水した水分が主に米粒の表層部の部位にとどまることを特定しているものである。したがって,請求項1の「米粒の表層部」は,中途精白米の洗滌工程中米粒表面に存在している糠層(糊粉層)を含むものというべきである。そして,請求項1に記載の「米粒の表層部」は,本件明細書の記載からみて,吸水の結果生ずる米粒の亀裂発生を,米粒と水分との接触を短時間に抑えることで防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒表層の部位であると解することができる。
これに対し,甲160には,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米量に対して0.1〜3%の範囲で水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行う混水精米において,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが記載されているものと考えられる。甲160には「亀裂」という用語を用いて説明する記載はないが,「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので,白米に混水して精米するなどは夢想だにしなかったものである。」(2頁左下欄18行ないし左下欄1行)と記載され,亀裂が原因で生ずる「砕米化」が避けられることが記載され,湿式精米法において,添加水分が米粒皮層あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行えば,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件特許の出願時当業者の技術常識であった(特公昭54-13382号公報〔甲172〕,特開昭61-283359号公報〔甲173〕,特公昭55-5381号公報〔甲175〕,特公昭61-10179号公報〔甲174〕)ことからすれば,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに精白除糠,除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにすることで砕米化につながる亀裂発生を防止していることが甲160に開示されていることは,当業者であれば直ちに理解できる。
そして,甲160における「表面皮層」及び上記技術における「白米皮層」及び「白米の表面薄層」は,「米粒内質」と対になる概念で表示されており,しかも,吸水の結果生ずる米粒の亀裂発生を,米粒と水分との接触を短時間に抑えることで防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒の表層の部位を指すことから,本件特許発明における「米粒内部」(もしくは「深層部」)に対置して表示される本件特許の請求項1に記載の「米粒の表層部」に相当する。
以上を踏まえると,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米量に対して0.1〜3%の範囲で水を添加して,精米を行うと同時に除糠除水を行う混水精米において,添加水分が表面皮層(本件特許発明の「表層部」に相当する)にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが甲160に記載されていること,及び湿式精米法において,添加水分が米粒の表面皮層あるいは表面薄層(本件特許発明の「表層部」に相当する)にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行えば,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で,白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件特許の出願時当業者の技術常識であったことからすれば,その表面に糠層(糊粉層)が残存している中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,米粒の表面を覆い時間とともに内部に吸収される水分が米粒の表層部にとどまり米粒の内部に浸透するに至らないまでの短時間内に精白,除糠と除水を完了すれば,米肌に亀裂のない洗い米が得られることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。また,濡れた米を除水して,含水量が約13%以上16%を超えない範囲内の所定の含水量になるようにすることは,特開昭57-141257号公報(甲165),特公昭51-22063号公報(甲167),実開昭61-121946号(甲168)のマイクロフィルム等の各記載からすれば,本件特許の出願時に当業者において周知であった。よって,洗い米の平均含水率を「約13%以上16%を超えない」ように除水することは,当業者が容易になし得ることである。
そして,本件特許発明の効果についても,前記のとおり中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている短時間のうちに精白,除糠と除水を完了することにより,米肌に亀裂が発生することを防止できることは,甲160及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得ることであるから,本件特許発明の「米肌に亀裂がない」という効果は,当業者が容易に予測できる効果である。
(2) 原告の主張 本件特許に無効事由は存せず,原告の権利行使は権利の濫用とならない。
ア 本件特許発明が容易に思いつくものでないこと 本件特許発明が当業者の常識であるとの主張に対して 本件特許発明は,有史以来夢とされてきた「研がずとも炊ける米」を実現した発明であり,それだけでも到底誰でも考えられるものではない。しかも当業界では,昔から米粒から水分を除去するには長時間かけるほど亀裂が生じないとの常識が支配していたため,本件特許発明のように1分の間に米を洗滌し,ほぼ元の水分まで急激に乾燥させるなどは,それを聞いただけで誰もがとんでもないと考えたのである。本件特許発明は常識の全く逆の発想によって生み出された画期的な発明であった。被告らの主張のように,当業者の常識とか,誰でも思いつくようなものでは決してない。
イ 本件公知例と本件特許発明が異なった発明であること 特開昭52-43664号公報(甲160)に記載の本件公知例と,本件特許発明とは,以下に述べるように,全く異なった発明である。
本件公知例が採っている「加湿研磨方式」自体は,本件両明細書に従来技術として記載され,審査官・審判官に知られる状況にありながら,登録に至るまでの間,審査官・審判官から先行技術として全く引用されなかった。また,本件両発明は,出願公開されて以降,原告始め多くの当業者から,特許登録を阻むため,多数の情報提供(特許法施行規則13条の2)が行われ,殊に本件公知例の出願人である原告からは2度の情報提供が行われ,提出された刊行物の総件数は14件にもなった。しかしその中に,本件公知例の公報などの「加湿精米」に関するものは1件もなかった。登録後の異議,審決取消訴訟でも同様であり,本件特許権に関する別件の大阪高裁判決(平成12年(ネ)第1016号事件,甲147)でも,「本件特許発明による問題解決手段が公知であると認めるに足りる証拠はない。」と認定されている。このことから,当業者も,本件特許発明は「加湿精米」から思いつくものと考えていなかったことが明らかである。
(ア) 加湿精米について 米粒の糠層は数層から成り立っているが,その最深層の,胚乳(澱粉層)と接している糊粉層は,他の糠層と異なり精米時の剥離効率が悪く,しかも米粒に数本縦走する「縦溝」は米粒同士の粒々摩擦が強く作用しないため,その剥離に時間がかかる。そこで糊粉層が露出し始めた6分搗き以上に精米された中途精白米を最終精白するまでの間,加湿精米により,米粒に微量の水を加え,この糊粉層を湿潤軟化させると,剥離が容易となり,さらに表面をなでつけると滑面となり,光沢が出て商品価値を高められる。ただし,この加湿精米の場合,米粒に亀裂が生じないためには,次の@ABの3要件をすべて具備することが絶対不可欠となっている。
@中途精白の米粒表面の糠層のみが湿潤,つまり「糠層のみに水分を含む」ようにわずかの水量しか加水しないよう,加水量を制限する。
A澱粉層に水を添加すると亀裂の発生を招くから,6分搗き以上の中途精白米を対象とし,その残存糠層のみに吸水させる。
B湿潤させた糠層(糊粉層)の水分が,更に内質の澱粉層に吸水されぬよう,短時間のうちにその含水糠(米粒から剥脱されると粉状の湿った糠になっている。)を排除する。そのために,風を噴射して精白筒の多孔壁より排除する。
(イ) 洗米について 消費者が行う「洗米」の場合には,洗米後の米粒を乾燥させず,すぐに炊くから亀裂の問題を生じないが,無洗米(消費者が洗米しなくても炊ける米)にするためには,米粒を洗米したまま放置すれば含水して腐敗し,また除水(乾燥)しようとすれば亀裂発生は必定である。したがって,洗米後,除水(乾燥)させた洗い米の実用品が存在しなかったのであり,被告ら及び無効審決が掲げる特開昭57-141257号公報(甲165),特開昭61-115858号公報(甲166),特公昭51-22063号公報(甲167),実開昭61-121946号(甲168)のマイクロフイルムによる洗い米は,いずれも亀裂が発生し,それを炊いたときは人間が到底食べられないほど食味の悪いものにしかならなかった。したがって,当然のことながら,これらの発明はいずれも実用化されていない。
上記先行技術の洗い米にしても,本件特許発明にしても,米粒を洗滌するとなると,米粒を水にザブンと漬けるほどの加水,すなわち少なくとも米粒表面には自由に移動できる液状の水に覆われるだけの加水量がなくてはならない。
(ウ) 本件特許発明の洗い米について 本件特許発明の洗い米の生産には,「洗滌」が不可欠な手段である。
「洗滌」の工程なくして同洗い米を生産することは不可能である。本件特許発明構成要件Aには,「洗滌時に‥‥」と記載されているように,同発明では「精米時に‥‥」や「研磨時に‥‥」であっては絶対にならないのである。けだし,多量の水の中に米粒をザブンと漬けても,亀裂の発生を防げる本件特許発明の効果は「洗滌」だから実現できることであり,加湿精米では粒々摩擦が強いため摩擦熱が発生し,吸水性を助長するから不可能なのである。
また,本件特許発明の「洗滌」に必要な加水量は,最少の場合でも,除去目的物たる米肌の陥没部に入り込んでいる糠を水液に取り込んだときでも,なお「液状」が維持できる加水率であること,つまり米粒の表面は常に「自由に移動できる液状の水」に覆われていることが最低限必要である。
(エ) 本件特許発明と本件公知例の対比は,別紙「[表1]本件発明と刊行物1との対比」記載のとおりである。このように,本件特許発明は,従来の加湿精米とは,目的,構成,作用,効果がいずれも異なり,当業者が加湿精米から,本件特許発明を容易に思いつくということはあり得ないのである。
(オ) 前記大阪高裁判決は,本件特許発明が課題を解決するために採用した本件明細書の「課題を解決するための手段」の項記載の手段について,「上記構成による問題解決手段が公知であると認めるに足りる証拠はない。」と明確に認定している。このことは,「搗精(精米・研米)」又は「調湿」と「洗米」は根本的に異なるものであること,水を用いる点では共通するところもあるものの,精米装置と洗米装置はそれぞれ目的に合わせた構造になっていること,それら事実からもそれぞれの作用効果が根本的に異なることが明確に認定判断された結果である。
3 争点3(原告の損害)について (1) 原告の主張 ア 被告全農 被告全農は,イ号物件の販売が本件特許権を侵害することを知りながら,又は過失により知らないで,平成9年9月ころから平成13年3月31日までの43か月の間,業として,イ号物件を,平均月900トン製造しているから,その合計は3万8700トンである。
900×43=3万8700 原告は無洗米加工業も営んでいるが,原告における無洗米加工による利益は1トン当たり約3万0558円である。したがって,この利益に上記トン数を乗じた11億8269万4600円が,同被告の侵害行為がなければ原告が得ることのできた利益であり,原告の損害である。
予備的に,実施料相当額を損害とすれば,原告の本件特許権の実施許諾条件は,1トン当たり約2万円であるから, 3万8700×2万=7億7400万 となり,7億7400万円が原告の損害となる。
原告は,同被告に対し,上記いずれかの内金1億円とこれに対する訴変更の申立書送達の日の翌日である平成11年8月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告岡山 被告岡山はイ号物件の販売が本件特許権を侵害することを知りながら,又は過失により知らないで,平成13年4月1日から現在に至るまでの間,イ号物件を少なくとも4000トン以上,業として製造・販売又は加工している。原告における無洗米加工による利益は,上記のとおり1トン当たり約3万円である。したがって,この利益に4000トンを乗じた1億2000万円が,同被告の侵害行為がなければ原告が得ることのできた利益であり,原告の損害である。原告は,同被告に対し,その内金5000万円とこれに対する乙号事件の訴状送達の日の翌日である平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告らの主張 原告の主張はこれを争う。
争点に対する判断
1 争点1(イ号物件が本件特許発明技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が本件特許権を侵害するか)について (1) 「洗滌」について ア 本件における「洗滌」の意味 (ア) 一般的な国語上の意味として,「洗滌」とは,「洗いすすぐこと,洗浄」(広辞苑第5版),「(汚れを)洗い去る」こと(岩波国語辞典第3版)などと定義されている。
(イ) 本件明細書には,構成要件Aの「洗滌」につき,「本発明の洗い米を得るための洗滌方法は短時間で効率よく除糠,除水できる方法であれば特に限定されない。精白米の洗滌に当たっては,公知の連続精米機を用いることもできる‥‥」(本件公報5欄9行ないし13行)と記載されている。
また,「洗米」について,「ここに云う充分な洗米とは,そのまま炊飯した場合,飯が糠臭くない程度,すなわち,現在一般的に消費者で洗米している程度を意味するものであり,物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数微細な陥没部や,胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等をほとんど除去している程度,すなわち,再びそれを洗米した場合,洗滌水がほとんど濁らない状態を指すものである。」(本件公報6欄10行ないし17行)。
そして,これらに反して,「洗滌」の意味について,通常の方法と異なったものを指すような記載は本件明細書には存在しない。
(ウ) また,本件明細書の「課題を解決するための手段」の項には,「本発明は,洗米後も亀裂が入らず,炊いた米飯の食味も優れている洗い米を得るべく鋭意研究を重ねた結果,精白米の水中での洗滌,除糠工程及び除水工程を従来とは桁違いに短い時間内に行えば,米粒に亀裂が入らず炊飯に適する洗い米が得られることを見出し,発明を完成した。」(本件公報4欄16行ないし21行)との記載がある。さらに,「本発明の洗い米は精白米を水中で洗滌,除糠を行い,更に強制的に除水を行い,この間米粒の主な吸水部は米粒の表層部にとどまり,水への浸漬から洗滌,除糠,除水までの数分以内に行ったもので,」(同4欄22行ないし25行),「洗滌,除水の各工程での米粒の吸水部が米粒の表層部であるうちに洗滌と除水を行えば除水後に亀裂は入らない。」(同4欄35行ないし37行),「吸水部が米粒の表層部である時間巾は,洗滌法,洗滌条件等によって変わるが数分以内である必要がある。数分以内とは大体3分〜4分より短い時間であり,」(同4欄41行ないし43行)との記載もある。
そのほか,「除水装置は,洗條水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水や付着水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,せっかく洗米工程で,米粒内部に吸水させないようにしたのに,除水工程にて,洗滌水や付着水の除去に時間がかかり洗滌水や付着水が米粒内部に吸収されて無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水や付着水の大部分を,瞬間に近い短時間に除去出来るものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(同6欄23行ないし32行)との記載もある。
(エ) 本件明細書のこれらの記載部分からすると,本件特許発明の本質は,短時間に洗米(及び除水)処理を行うことによって,米粒内質に水分が吸収される前に処理を終え,それにより,これまでなかったような,米粒に亀裂が入らず炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得ようとする点にあると考えられる。このことをも併せ考えると,上記「洗滌」は,その手段を問うものでなく,短時間に効率よく処理できる方法であればよいと解される。
(オ) さらに,本件特許発明の各構成要件は,構成要件Aを行うことによって同BないしEを実現しようとするという構成になっていることが明らかであり,発明の要点ともいうべき部分は構成要件Aにあるということができる。このことからも,同構成要件の「洗滌」は,構成要件Cの「米肌面にある陥没部の糠粉がほとんど除去された」を達成する(それは,前記の明細書の記載から,公知の連続洗米機あるいは消費者により,従来行われている程度に糠分を除去し,再びそれを洗米した場合,洗浄水がほとんど濁らない程度にすることを意味する。)ものであり,「洗滌」の通常の用語の意味から大きく異ならないものでありさえすれば,その方法は問わないものと解される。
イ 被告らの主張について これに対し,被告らは,「洗滌」を,「大量の水の撹拌作用によって糠粉を浮遊させて洗い流す」ことと限定解釈すべきであり,精白米に一部残留している糊粉層及び縦横部に残留している果種皮を水を介した粒々摩擦によって搗精して取り去るという意味を包含していない,と主張する。そのうえで,イ号物件は,極めて少量(15%)の水を精白米に添加し,精白米を加圧状態下で撹拌させ,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精する方式(「水中又は加水搗精方式」)により製造されているから,構成要件Aを充足しない,と主張する。
ウ 前記被告らの主張は,本件明細書に,次のような記載があることを根拠とする。
@「発明の効果」の項として,「本発明の洗い米は次の(1)ないし(4)に示すような効果を有するものである。」(本件公報13欄末行及び14欄1行),「(3)本発明品の米は洗米歩留りがよいので社会的に有益である。これは従来の米の洗米は手作業でも機械式でも高圧でゴシゴシとやるので,本来米肌に残って欲しい物質も剥離され流失してしまうが,本発明品では洗米槽の水を高速撹拌で洗米するので,米粒には圧力がかからず,その結果,食味を低下させる残存糠以外の物質の剥離は少ない。」(同15欄9行ないし16欄3行)。
A「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり,それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには,やはり,どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて,少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。」(同7欄40行ないし49行) B「又,『洗米』又は,『水洗』の意味は,米粒群を水中に漬かる程の大量の水の中で撹拌して洗うことである。」(同8欄25行ないし27行) そこで検討するに,上記本件明細書の記載A及びBからは,本件特許発明における「洗滌」が,比較的大量の水を使用するものであることが見て取れる。
しかしながら,その水の量というものは,明細書全体の記載によっても必ずしも明らかでないし,その量が多いということも,米の量に比して大量であることが明らかとはいえない。要するに,米粒が十分に水に浸るだけの水の量があればよいと解される。この点,上記明細書には,従来技術として,「精白米に微量の水分を添加しながら研米を行い除糠して得られた研磨米」等が紹介されているが(同3欄15行ないし17行),上記明細書の記載A及びBにいう比較的大量の水は,この研磨米との比較では多いという趣旨に理解することもできないではない。
そして,上記アに引用した本件明細書の記載部分が,「洗滌」の仕方に特段の限定を加えていないことなど,本件明細書全体の体裁からすれば,上記明細書の記載@のみから,本件特許発明が,「洗滌」の意味に限定を加え,上記水中搗精が除外されていると解することは到底できない。
被告らのこの主張は採用できない。
(2) 「除水」について 本件明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「除水装置は,洗條水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水や付着水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,せっかく洗米工程で,米粒内部に吸水させないようにしたのに,除水工程にて,洗滌水や付着水の除去に時間がかかり洗滌水や付着水が米粒内部に吸収されて無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水や付着水の大部分を,瞬間に近い短時間に除去出来るものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(本件公報6欄23行ないし32行) 前記(1)で述べたのと同様に,本件特許発明の本質は,短時間に洗米及び除水処理を行うことによって,これまでなかったような,米粒に亀裂が入らず炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得ようとする点にあると考えられる。このことをも併せ考えると,上記「除水」も,その手段を問うものでなく,公知の機器を用いる方法でも,短時間に効率よく処理できる方法であればよいと解される。そして,証拠(甲81の1及び2)によれば,遠心脱水と乾燥は,いずれも古くから米粒の水分を除くのに用いられてきた一般的な方法であることが認められ,このような方法で短時間に処理を行うことが含まれるのは当然である。そして上記引用部分以上に,同明細書に,「除水」の意味を限定する記載は存しないので,被告らが主張するように,「除水」の方法を遠心脱水のみに限定する理由はない。被告らの主張は採用できない。
他に,原告は,イ号物件が本件特許発明構成要件BないしEを充足していることを格別争っていないのであり,前記当事者間に争いがない事実等の欄に認定したように,本件特許発明構成要件BないしEの充足性は認められる。
(3) イ号物件との比較 ア イ号物件は「洗滌」を行っているか 本件特許発明においては,公知の連続洗米器によって行われる洗米方法であれば「洗滌」に含まれることは前記(1)で述べたとおりである。ところで,公知の連続洗米機には,次のようなものがあることが認められる。
@特許出願公告昭27-91の特許公報「穀類洗滌装置」(甲135) 特許請求の範囲を「多孔筒内に移送撹拌翼を具備する豫備脱水機の一端を洗滌又は水中搗精機に又其の他端を遠心脱水機の多孔筒内に夫々連絡せしめ該多孔筒内に清水噴出管を装備したることを特徴とする穀類洗滌装置」とし,その明細書に「出水槽1内に貯溜せる水は多孔筒2の通孔を経て多孔筒内に流入し廻轉體の廻轉に伴い起る機械的摩擦並に麥粒相互の粒々摩擦に使りて洗滌するを得べく其の重錘5の位置を代へて口蓋4の壓力を強化すれば水中搗精するを得べし」(1頁右欄12行ないし17行)との記載がある。
A特許出願公告昭30-1315の特許公報「穀類水中処理装置」(甲93) 特許請求の範囲を「水が流通する多孔筒を水槽に架設し該多孔筒内に装備した転軸部の一側に移送螺旋を又その他側に数多の突起を螺旋状に鋳出しそのピッチを前の移送螺旋の夫れよりも大に構成した撹拌移送翼を設けたことが特徴である穀類水中処理装置」とし,その明細書に「突起4と多孔筒2間に起こる摩擦並に圧力蓋5の圧力により麥粒相互の粒々摩擦と相俟って水中搗精する」(1頁右欄16行ないし18行)との記載がある。
イ号物件は,米粒に対し,被告らの主張によればその重量の約15%に相当する水を添加して米粒に付着させ,米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精したものであるところ,上記@及びAの記載より明らかなように,被告らがここで「水中搗精」と称しているものは,上記のような公知の連続洗米機により行われている処理にすぎないといえる。そして,本件特許発明がこのような処理を短時間で行うことに特徴があることも前記(1)に判示したとおりであり,被告らが上記の,原告製品において行っている処理をごく短時間に行っていることは被告らも争わないところであるから,被告らの行っている「水中(又は加水)搗精」は本件特許発明にいう「洗滌」を充足するというべきである。
イ 除水について イ号物件は,搗精後,付着水の大部分を遠心脱水により取り除き,この米粒を温風で乾燥させて,引き続き冷却することにより残りのわずかな付着水と米粒に吸収された水分を除去するものであるところ,前記(2)に判示したように,除水の方法は遠心脱水に限定されず,これを温風乾燥させたうえ,冷却することも通常の除水方法であるから,構成要件Aにいう「除水」に含まれないとする理由はない。また,このような処理を短時間で行うことに本件特許発明の特徴があることは前記アに判示したのと同様であるところ,被告らが上記処理に要する時間は,被告らの主張によれば2秒であり,被告らは,被告らがごく短時間に上記処理を行っていることを格別争っていないから,いずれもこの点でも上記文言を充足する。
(4) 小括 以上述べたように,イ号物件は,本件特許発明の発明の構成要件Aをすべて充足し,かつ構成要件BないしEの充足性も認められる。したがって,イ号物件は,構成要件AないしEをすべて充足するから,本件特許発明技術的範囲に属する。
2 争点2(本件特許権に無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。そこで,本件特許権に無効事由が存在するかどうかを検討する。
(1) 本件特許権の特許出願前の刊行物 ア 特開昭52-43664号公報(甲160)には,発明の名称を「混水精米法」とし,特許請求の範囲を「玄米に対する歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米を多孔壁除糠精白筒精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において,その白米中に水または塩水その他水溶液を添加し直ちに精米を行なうと同時に前記多孔壁部を通して急速に除糠除水を行ない前記精白室から排出することを特徴とする混水精米法。」とする発明が記載されている。
同公報には,次のような記載がある。
「本発明は94%以下の歩留率になった高白度白米に対し,なるべく最終仕上歩留率に近い過程において混水し,通常米量に対し0.1〜3%の範囲で適量の加水を行ない白米粒の表面だけを湿潤して軟化し直ちに精白作用により精米すると糠を発生して含水糠となるので糠と水が同時に多孔壁部を通して精白室外に排除され,澱粉質の多い糠なので白米粒面に糠の附着が少なく除糠作用が容易となり,添加水分が米粒内質に吸収浸透されないように米粒内質を保護するとともに,‥‥」(同公報1頁右下欄18行ないし2頁左上欄8行) 「本発明は添加水分を成るべく短時間に精白に利用し迅速に精白室外に糠と共に排除することを原則とするので,精白転子その他の通風作用を利用して,発生糠と添加水分の精白室外排除を促進して,米粒内質の水分変化を防止する効果が得られる。」(同2頁左上欄12行ないし17行) 「本発明は米粒総量に対する水分添加率こそ0.1〜3%であるが,せいぜい20秒内外の短時間処理なので,米粒面は水でベタ付き換言すれば米粒表面の細胞に対しては100%に近い水分添加と見てよいのである。要するに,調湿とは逆に飽くまで内質に水分が及ばないようにし,表面だけを湿潤するのが立て前であって,表面皮層だけの軟質化を目的とするのである。これによって米粒表面に固着している糊粉層も難なく剥離され米粒全面が均一な高白度の白米となり粒面が高密度の光沢平滑面に仕上がるのである。」(同2頁右上欄6行ないし17行) 「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので,白米に混水して精米するなどは夢想だにしなかったものである。」(同2頁左下欄18行ないし右下欄1行) ここには,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米の量に対し0.1〜3%の範囲で適量の水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行なう混水精米において,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行ない,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造する技術が記載されている。
イ 特公昭54-13382号公報 特公昭54-13382号公報(甲172)は,「加湿精米機における流量調節装置」の名称の発明を掲載したものであるが,同公報には,以下のような記載がある。
「混水の米粒接触時間が長いと米粒内質に奥深く浸入し精白完了後において空中に曝すと著しく亀裂を生じ砕米になる危険が伴うので米粒と水液の接触時間は超短時間であることが必須要件であり」(同公報2欄10行ないし14行) 「例えば玄米に対する歩留93%以下の白米中に0.5〜1.5%位の範囲で混水を施し,‥‥白米表面の薄層を軟質化し,しかも白米は吸水性に富むから水液が白米粒に接触する時間,米流の(「米粒の」の誤りか。)濡れる時間は糊粉層の剥脱可能な軟質化の条件において,短い程亀裂に対しては安全率が大である。」(同2欄27行ないし35行) 上記によれば,少量の水を添加する湿式精米法において,添加水分が米粒表皮あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行うことにより,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件各特許権の特許出願時における技術常識であったと認められる。
(2) 本件公知例と本件特許発明との対比 本件公知例と本件特許発明とを比較すると,主な相違点として, @ 本件公知例は精米に関する発明であるのに対して,本件特許発明は「洗い米」を製造するものであること, A 本件特許発明では,米肌に亀裂がないことを要件としていること, B 本件特許発明においては,洗い米の平均含水率が13%以上16%を超えないことを要件としていること, の各点を挙げることができる。
それ以外の,米粒に水分を添加して撹拌し,短時間のうちに急速に除糠除水を行なう点では一致している。
そこで,以下これらの相違点につき検討する。
ア 上記@の相違点について (ア) 本件公知例と本件特許発明は,いずれも米粒に水分を添加するものであるが,前者が米の量に比して少ない量の水分を添加するのに対し,後者は,被告らの主張によっても,米粒が漬かるほど大量である必要はないが,比較的多い量の水分を米に添加するものである。また,精米と洗い米の製造という,発明の目的の相違から,各発明による処理を行う前の米粒の表面は,前者が糠で覆われているのに対し,後者では精白されて澱粉質が露出しているとも考えられる。
ところで,本件公知例における「米粒表面」あるいは「表面皮層」といった文言は,同発明の明細書における「添加水分が米粒内質に吸収浸透されないように」(特開昭52-43664号公報2頁左上欄6行ないし同7行)などの文言からすると,米粒内質と対になる概念として用いられていると認められる。すなわち,吸水の結果生じる米粒の亀裂発生を米粒と水液が接触する時間の短時間化で防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒の表層の部位を指すと認められる。前記(1)イの刊行物における「白米表面の薄層」も同様な意味と解される。この場合,本件公知例においては,水分の添加及び搗精という処理は,糊粉層の除去を目的として,糊粉層を湿潤させて取り除きやすくするために行われるものであり,したがって,ここでいう「表面皮層」などは,具体的には,糊粉層を指すものと解されなくもない。しかしながら,本件公知例の処理にかけられる米粒も,「歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米」であるから,多くはその表面の状況は,糊粉層が残存している部分と澱粉層が露出している部分が混在するものと考えられる。
他方,本件特許発明における「米粒の表層部」も,既に前記1(2)において判示したように,同様に吸水が許容される米粒の表層の部位を指すと解される。こちらの処理にかけられる米粒は,精白米であるが,本件第2明細書に「更に『精白米』の意味であるが,完全精白米は勿論のこと,過剰精白米や中途精白米をも含めて指すのである。」(本件公報8欄23行ないし25行)とあるとおり,その対象を限定していないので,本件公知例にいう「歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米」も対象とされ,等しい部分がある。そして,本件特許発明の処理にかけられる前の米粒の表面の状況も,糊粉層が残存していたり,澱粉層が露出していたりと様々であると考えられる(乙5参照)。したがって,本件特許発明における「表層部」と本件公知例の「米粒表面」あるいは「表面皮層」の指すものは,異ならないというべきである。
(イ) 添加水分の量について 前記のように,本件公知例と本件特許発明は,前者が米の量に比して少ない量の水分を添加するのに対し,後者は比較的多い量の水分を米に添加するものである点が相違する。しかしながら,洗米を多い量の水で行うことは周知技術であり(「充分な洗米とは,‥‥現在一般的に消費者が洗米している程度を意味するものであり,」(本件公報6欄10行ないし13行)),当業者が当然に想い到るものであるから,この点は大きな相違といえない。
イ 上記Aの相違点について 本件特許発明は米肌に亀裂がないことを要件としているが,この点は,本件公知例も上記(1)アに引用した「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので‥‥」とある部分(特開昭52-43664号公報2頁左下欄18行ないし右下欄1行)など,これを意識して,砕米化の防止を掲げていることが明らかである。したがって,「米肌に亀裂がないこと」も本件公知例において開示されているというべきである。
ウ 上記Bの相違点について 本件特許発明においては,洗い米の平均含水率が13%以上16%を超えないことを要件としている。この点,特開昭57-141257号公報(甲165)は,発明の名称を「飯米のパック方法」とする発明であるが,「精米処理のみを施した米の含水量は通常12.4%であるが,上記米は含水量14.7%まで含水したところで真空パックの専用機3にかけて」(1頁右下欄17行ないし2頁左上欄2行)とあり,含水量を14.7%に調節された米が開示されている。また,特公昭51-22063号公報(甲167)は,発明の名称を「耐熱性密封袋中で炊飯する方法」とする発明であるが,「白米を水洗いして円心分離機に入れて水切を行い水分15〜16%程度に仕上げる。」(2欄3行及び4行)とあり,含水率15〜16%の米が掲載されている。したがって,通常の精米処理を施した米よりも,加水処理を施したことによって多少含水率が高くなって13%以上16%となった米が保存に耐えることも本件各特許権の特許出願時における公知技術であったと認められる。
(3) 本件公知例から本件特許発明の推考容易性 以上によれば,本件公知例には,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米の量に対し0.1〜3%の範囲で適量の水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行なう混水精米において,添加水分が表面皮層(本件特許発明にいう「表層部」に該当する。)にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行ない,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが開示されており,かつ,湿式精米法において,添加水分が米粒表皮あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行うことにより,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが本件各特許権の特許出願当時における技術常識であったのであるから,その表面に糠層(糊粉層)が残存している中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,米粒の表面を覆い時間とともに内部に吸収される水分が米粒の表層部にとどまり米粒の内部に浸透するに至らない短時間内に精白,除糠と除水を完了すれば,米肌に亀裂のない洗い米が得られることは当業者であれば容易に想到し得ることというべきである。
また,本件特許発明の明細書の特許請求の範囲に記載されているのは,上記の技術によって得られる「米肌に亀裂がなく,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された平均含水率が13%以上16%を超えない」洗い米であるが,これは上記のような当業者が容易に想到できる程度の抽象的な技術理念及びそれにより実現されるべき理想的な洗い米の状態が掲げられているだけであって,それ以上の具体的な技術手段,すなわち米粒の内部に水分が浸透するに至らない短時間内に精白,除糠と除水を完了するための具体的な手段については,同明細書の発明の詳細な説明にも,一切これを開示する記載が存在しない。
これらの点を併せて考慮すると,当業者が,本件公知例及び本件特許権の特許出願時における上記の公知ないし周知の技術に基づいて,本件特許発明を推考することは容易であったものと認めるのが相当である。
(4) 本件特許権に基づく請求の可否 上記によれば,本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物に記載された技術に基づいて容易に発明することができたもので,特許法29条2項により特許を受けることができないものというべきであるから,同特許は,無効であることが明らかというべきである。
したがって,本件特許権に基づく請求は,権利の濫用に当たり,許されない。
3 結論 上記判示のとおり,本件特許権は無効というべきであるから,これに基づく原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,いずれも理由がないというべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之