運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2002-35349
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ネ1112各特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成14ワ4040特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15ネ3034特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  製造方法 /  新規性 /  公然実施(29条1項2号) /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  分割出願 /  クレーム /  薬事法 /  後発医薬品 /  製造承認 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (ワ) 6608号 特許権侵害差止請求事件
平成 14年 (ワ) 8785号 特許権侵害差止請求事件
両事件原告(以下,「原告」という。) リヒター ゲデオン ベジェセティ ジャール アールテー
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
補佐人弁理士 岩田弘
同 中嶋正二甲事件被告 大洋薬品工業株式会社 甲事件被告 沢井製薬株式会社 乙事件被告 東菱薬品工業株式会社 乙事件被告 竹島製薬株式会社 乙事件被告 日新製薬株式会社 乙事件被告 全星薬品工業株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士 花岡巖
同 木崎孝
同 森岡誠
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 甲事件 (1) 甲事件被告大洋薬品工業株式会社(以下「被告大洋薬品工業」という。)は,別紙物件目録1記載の医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(2) 甲事件被告沢井製薬株式会社(以下「被告沢井製薬」という。)は,別紙物件目録2及び同3記載の各医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(3) 被告大洋薬品工業は,その所有する別紙物件目録1記載の医薬品を,被告沢井製薬は,その所有する別紙物件目録2及び同3記載の各医薬品を,それぞれ廃棄せよ。
2 乙事件 (1) 乙事件被告東菱薬品工業株式会社(以下「被告東菱薬品工業」という。)は,別紙物件目録4記載の医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(2) 乙事件被告竹島製薬株式会社(以下「被告竹島製薬」という。)は,別紙物件目録5記載の医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(3) 乙事件被告日新製薬株式会社(以下「被告日新製薬」という。)は,別紙物件目録6記載の医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(4) 乙事件被告全星薬品工業株式会社(以下「被告全星薬品工業」という。)は,別紙物件目録7記載の医薬品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(5) 被告東菱薬品工業は,その所有する別紙物件目録4記載の医薬品を,被告竹島製薬は,その所有する別紙物件目録5記載の医薬品を,被告日新製薬は,その所有する別紙物件目録6記載の医薬品を,被告全星薬品工業は,その所有する別紙物件目録7記載の医薬品を,それぞれ廃棄せよ。
事案の概要
本件は,ファモチジンに関する特許権を有する原告が,日本薬局方ファモチジンを原薬とする別紙物件目録1ないし7記載の各医薬品(以下,まとめて「被告ら医薬品」という。)の製造販売等を準備している被告らに対し,被告ら医薬品の製造販売等は原告の上記特許権を侵害すると主張して,被告ら医薬品の製造販売等の差止め等を求めている事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は,医薬品の研究開発及び製造販売を業とし,世界各国において医薬品を販売しているハンガリー国法人である。そして,被告らは,いずれも主に医薬品の製造,販売を業とする株式会社である。
(2) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 特許第2708715号 発明の名称 形態学的に均質型のチアゾール誘導体の製造方法 出願番号 特願平6-196865号 分割の表示 特願昭62-193855号の分割 出願日 昭和62年8月4日 公開番号 特開平7-316141号 公開日 平成7年12月5日 優先権 1986年8月5日のハンガリー国特許出願番号3370/86に基づく優先権 登録日 平成9年10月17日 特許請求の範囲請求項1 「その融解吸熱最大がDSCで159℃であり,その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506,3103及び777cm-1にあり,及びその融点が159〜162℃であることを特徴とする「B」型のファモチジン。」 (3) 本件発明の構成要件は,次のとおりに分説することができる(以下,それぞれ構成要件ア,構成要件イなどという。ただし,構成要件エの趣旨については,後記のとおり,争いがある。) ア その融解吸熱最大がDSCで159℃であり, イ その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506,3103及び777cm-1にあり,及び ウ その融点が159〜162℃である エ 「B」型のファモチジン (4) 一般名「ファモチジン」〔化学名:N-スルファモイル-3-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジン〕には,A型とB型の二つの結晶形のものが存在し,請求項1に記載のファモチジンは「B型ファモチジン」と呼ばれる結晶形のものである。
(5) 被告大洋薬品工業は,平成14年3月12日,訴外山之内製薬株式会社(以下「山之内製薬」という。)が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録1記載の医薬品について,薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(6) 被告沢井製薬は,平成14年3月14日,山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」,「ガスター散」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録2及び3記載の医薬品についてそれぞれ薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(7) 被告東菱薬品工業は,平成14年3月11日,山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録4記載の医薬品について薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(8) 被告竹島製薬は,平成14年3月11日,山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録5記載の医薬品について薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(9) 被告日新製薬は,山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」,「ガスターD錠」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録6記載の医薬品のうち,販売名「ガスリック錠10mg」,「ガスリック錠20mg」については平成14年3月12日,販売名「ガスリックD錠20mg」については同月14日,それぞれ薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(10) 被告全星薬品工業は,平成14年3月14日,山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤たる「ガスター錠」と同一の後発医薬品として,別紙物件目録7記載の医薬品について薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を受け,同医薬品について健康保険法に基づく薬価収載申請をし,健康保険法の適用を受ける健康保険薬として販売を準備中であり,近く販売を開始することは必至である。
(11) ファモチジンは,現行の第十四改正日本薬局方に収載された医薬品である。厚生労働大臣から製造承認を受けた被告ら医薬品に含まれる原薬ファモチジンは,現行の第十四改正日本薬局方に収載されたとおりの規格のものでなければならない。
(12) 日本薬局方ファモチジンの赤外吸収スペクトル測定法によるスペクトルが示す特性吸収帯は,本件発明の明細書(甲2,以下「本件明細書」という。)の「B」型のファモチジンの特性吸収帯(【0019】の【表1】)と一致している。したがって,被告ら医薬品に含まれる日本薬局方ファモチジンは,構成要件イの「その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506,3103及び777cm-1にあり」を充足する。
2 争点 (1) 被告ら医薬品は,本件発明の技術的範囲に属するか。
構成要件エの充足性(争点1) イ その他の構成要件(ア,ウ)の充足性(争点2) (2) 無効理由の存在が明らかであるか。(争点3)
当事者の主張
1 構成要件エの充足性(争点1)について (原告の主張) 本件発明は,ファモチジンの結晶多形の存在を初めて見出し,多形体結晶のそれぞれを分別晶出させ得る結晶化制御技術を確立し得たことに基づき発明されたものであり,ファモチジンの結晶多形のうち請求項1で特定されたDSC測定値(構成要件ア),IRスペクトル特性(構成要件イ)及び融点(構成要件ウ)の三つの特徴を示すファモチジンを技術的範囲とするものである。本件明細書では,上記3要件で特定されるファモチジンを「B」型のファモチジンと呼称し,請求項1において「・・・を特徴とする『B』型のファモチジン」と記載しているが,この記載は,本件発明に係るファモチジンの上記3要件を反復記載したものにすぎず,上記3要件とは別個の構成要件を記載したものではない。
したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載中「・・・を特徴とする『B』型のファモチジン」部分は,本件発明の構成要件とはいえない。
(被告らの反論) (1) 本件発明は,「形態学的に均一なファモチジン」,すなわち,「A型ファモチジンを含まない純粋なB型ファモチジン」に関するものである。「A型ファモチジン」と「B型ファモチジン」の混合物にあっては,B型の特徴を示す構成要件アないしウがすべて認められることも十分考えられるから,構成要件アないしウだけでは,A型とB型の混合物を排除して,「純粋」な「B型ファモチジン」を特定することはできない。したがって,「B型ファモチジン」(構成要件エ)との記載部分は,A型とB型の混合物を排除するとの意味を有するのであって,同記載部分は,特許請求の発明の構成に欠くことのできない事項である。
(2) また,本件特許出願に対しては,拒絶理由通知が発せられた(乙1)が,これに対し,原告は,意見書(乙2)を提出し,その中で「換言すれば・・・B型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります」,「よって,B型ファモチジンを純品で得ることは,薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず,薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果も奏します。このようなことは,ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1―3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません」と述べて,本件特許査定に至った。上記の出願過程に照らすならば,「B型ファモチジン」(構成要件エ)との記載部分は,A型とB型の混合物を排除するとの意味を有することは明らかである。
(3) 被告ら医薬品の原薬であるファモチジンは,少なくとも5%を超える「A型ファモチジン」を含んでいる。したがって,被告ら医薬品は,本件発明の技術的範囲に含まれない。
2 その他の構成要件の充足性(争点2)について (原告の主張) (1) 構成要件アの充足性 ア 本件発明に係る「B型ファモチジン」の赤外吸収スペクトル測定法によるスペクトルと日本薬局方ファモチジンの赤外吸収スペクトル測定法によるスペクトルとは,特性吸収帯(波数)及び吸収強度が一致しているから,両者は同一物質である。そして,本件発明に係る「B型ファモチジン」について,DSC(示差走査熱量測定法)による測定をした結果は,融解吸熱最大が加熱速度1℃/分において159.5℃であった。
イ したがって,被告ら医薬品中の日本薬局方ファモチジンは,構成要件アの「その融解吸熱最大がDSCで159℃であり」を充足する。
(2) 構成要件ウの充足性 ア 被告ら医薬品中の日本薬局方ファモチジンの融点は,「融点:約164℃(分解)」と記載されている。この融点は,構成要件ウの「融点159-162℃」と僅かに相違する。
イ しかし,日本薬局方の融点は,融け終わりの温度を融点として記載しており,また,「約」及び(分解)の記載は,融点が不明確であることを意味している。そして,この融点は,単に日本薬局方ファモチジンについての参考情報であり,日本薬局方ファモチジンであることを確認するための判定基準ではない。しかも,本件発明の発明者は,本件発明の「B型ファモチジン」(すなわち,日本薬局方ファモチジン)の融点がかなり変わりやすいことを明らかにし,その理由として融解前に分解が始まることを挙げて,加熱速度の遅速により融点が変動する旨を説明している。
ウ したがって,被告ら医薬品中の日本薬局方ファモチジンの「融点:約164℃(分解)」と構成要件ウの「融点159-162℃」との相違は,融点が異なることを示すものではない。被告ら医薬品中の日本薬局方ファモチジンは構成要件ウを充足する。
(被告らの認否) (1) 構成要件アについて 原告の主張を争う。
(2) 構成要件ウについて 原告の主張を争う。
3 無効理由の存在の明白性(争点3)について (被告らの主張) (1) 山之内製薬による公然実施 山之内製薬は,本件特許の優先権主張日(昭和61年8月5日)より前の昭和60年7月,ファモチジン製剤であるガスターの販売を開始し,今日に至っている。ガスターの原薬であるファモチジンは,「B型ファモチジン」である。したがって,ガスターの販売は,本件発明の公然実施に当たる。
このことは,本件特許のヨーロッパにおける対応特許の特許異議手続において「B型ファモチジン」の物質クレームの特許性が否定されたことからも明らかである。すなわち,原告が出願した本件特許のヨーロッパ対応特許(乙5)について,山之内製薬及び同社の欧米におけるライセンシーである米国メルク社(以下,「メルク社」という。)からヨーロッパ特許庁に特許異議が申し立てられ,ヨーロッパ特許庁の異議部は,1997年(平成9年)12月29日,山之内製薬から供給を受けたメルク社の子会社による「B型ファモチジン」の公然販売により「B型ファモチジン」の物質クレーム(本件特許の請求項1に対応)の特許性を否定する中間決定をした(乙9)。これに対し,原告は抗告したが,技術抗告審判部(the Technical Board of Appeal)は,2001年(平成13年)2月7日,原告の抗告を棄却する審決をした(乙10)。その結果,本件特許に対応するヨーロッパ特許は,「B型ファモチジン」の物質クレームを有しないものとなった(乙6)。
以上の経緯からも明らかなように,本件特許の優先権主張日である1986年(昭和61年)8月5日当時,既に山之内製薬により「B型ファモチジン」は国内で販売されていたから,本件発明は新規性がないことが明らかである。
(2) 特開昭59-227870号公報(乙3)による刊行物記載 同公報には,ファモチジン等製造のための中間体の発明が記載され,参考例4として当該発明の中間体を用いたファモチジンの製造例が記載されている。この参考例4では,再結晶する前の段階で,融点157.6℃のファモチジンを87.5kg得ているが,このファモチジンは,追試の結果,「B型ファモチジン」であることが確認されている。したがって,「B型ファモチジン」は本件特許の優先権主張日前の刊行物である特開昭59-227870号公報(乙3)に記載されていたから,本件発明は新規性がないことが明らかである。
(原告の反論) (1) 山之内製薬の公然実施について 山之内製薬は,ファモチジン製剤「ガスター」中に原薬として含まれるファモチジンが特定の物理的特性たる「DSC測定値」(構成要件ア),IRスペクトル特性(構成要件イ)及び融点(構成要件ウ)」を示す「B」型のファモチジン」であることを開示したことも公表したこともない。
また,本件特許の優先権主張日前には,ファモチジン製剤「ガスター」から有効成分たるファモチジンだけを分析する方法は確立されておらず,ファモチジンに結晶多形が存在することは知られていなかったのであるから,製剤「ガスター」中のファモチジンが,本件発明で特定された物理的特性を示すファモチジンであることは知り得なかった。
したがって,山之内製薬がファモチジン製剤「ガスター」を販売した行為は,本件発明の公然実施に当たらない。
(2) 特開昭59-227870号公報について 同公報の参考例4には,3-[[[2-[(ジアミノメチレン)アミノ]-4-チアゾリル]メチル]チオ]プロパンイミド酸メチルエステルとスルファミドとを反応させ,生成した結晶を濾過,冷メチルアルコールで洗浄し,融点157.6度のファモチジンを得たこと及びその一部をジメチルホルムアミド-水から再結晶し,更に等モル量の酢酸水に溶解した後,等モル量の希水酸化ナトリウム水溶液を加えることにより析出した結晶の融点163〜164℃,元素分析値及びNMR値が記載されている。しかし,当業者は,この記載を見ても,参考例4の生成物はファモチジン以外の不純物を含む粗成物であるとしか認識しないはずである。しかも,当業者が参考例4に記載の再結晶操作を繰り返しても「B型ファモチジン」が必然的に得られるわけではない。
また,上記参考例4においては,ファモチジンの結晶多形,殊に,本件発明の赤外吸収スペクトル,DSC測定値及び融点で特定された「B」型のファモチジンと称される物質に関する記載はもちろん,その存在を示唆する記載も全くない。
このように,特開昭59-227870号公報の参考例4の記載は,当業者がこれを見ても,B型のファモチジンの存在解明について何らの動機付けも与えるようなものではなく,また,当業者が「B型ファモチジン」の存在を認識できるようなものでもない。
したがって,特開昭59-227870号公報の参考例4は,当業者がそれを見れば,特別の思考を要することなく容易に本件発明を実施しうる程度に本件発明の内容を開示するものではないから,同公報の参考例4は本件発明を記載したものとはいえない。
(3) ヨーロッパ特許庁は,本件特許に対応するヨーロッパ特許(乙5)について,異議部中間決定(乙9)及び技術抗告審判部(the Technical Board of Appeal)の審決(乙10)により「B型ファモチジン」の物質クレーム新規性を否定したが,その理由で述べている内容は,本件特許の無効理由となるようなものではない。
当裁判所の判断
1 構成要件エの充足性(争点1)について (1) 事実認定 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,これに反する証拠はない。
ア 本件発明は,従来公知のファモチジンにA型とB型の結晶多形が存在することを見出したことに基づいてされたB型のファモチジンに関する発明である(甲2の【0001】〜【0002】)。
イ 本件明細書には,次の記載がある(甲2)。
(ア) 「本発明は形態学的に均一なファモチジン(Famotidine)の製造方法に関する。」(2欄6〜7行) (イ) 「しかしながら,文献にはファモチジンが多形型をもつかどうかについては示唆がない。ファモチジンの従来技術の製造方法の我々の再現試験の間に,これらの試験をDSC(中略)により分析した際にファモチジンが二つの型即ち「A」及び「B」型を有することがわかった。」(2欄14行〜3欄5行) (ウ) 「本発明の方法により製造されたファモチジンの「B」型は159℃の値を有する融解吸熱最大(DSC-曲線上)を有し,そのIR-スペクトルの典型的な吸収帯は3506,3103,及び777cm-1にある。本発明の方法の最大の利点は,本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な,良く制御された技術を与え,及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。多形混合物の代わりに均質多形体を説明することの重要性を示すために,純粋な「A」型および「B」型のファモチジンの測定されたデータからの表を示す。」(6欄4〜16行) ウ 特許庁審査官は,平成8年3月26日,本件特許出願に対して拒絶理由通知を発した(乙1)。これに対し,本件特許出願人である原告は,同年9月26日,意見書を提出し,本件特許出願は特許査定に至ったが,同意見書には,次の記載がある(乙2)。
(ア) 「「B型ファモチジン」の方がA型より強い生物吸収力を有し,従いましてB型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは,本願発明により純品な「B型ファモチジン」を得ることではじめて見出されたことであります。」 (イ) 「従いまして,「B型ファモチジン」はA型に比べ,薬理学的な観点において有利な物理的又は物理化学的な性質を有することがご理解頂けたものと思われます。よって,純品たる「B型ファモチジン」は,A型とB型のファモチジンの混合物である引例1〜3記載のファモチジンとは相違し,且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」 (ウ) 「よって,B型のファモチジンを純品で得ることは,薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず,薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは,ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1〜3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」 (2) 判断 ア 構成要件エの「『B』型のファモチジン」の意義 (ア) 前記(1)認定のとおり,本件発明は,従来公知のファモチジンにA型とB型の結晶多形が存在することを見出したことに基づくB型のファモチジンに関する発明である。
そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には「本発明は形態学的に均一なファモチジンの製造方法に関する。」,「本発明の方法の最大の利点は,本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な,良く制御された技術を与え,及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。」と記載され,「A型ファモチジン」と「B型ファモチジン」の混合物(多形混合物)と,純粋な「A型ファモチジン」又は「B型ファモチジン」(均質多形体)とを明確に区別していること,拒絶理由通知に対する意見書において,引用例のファモチジンがA型及びB型の混合物であるのに対し,本件発明の「B型ファモチジン」は「純品なB型ファモチジン」であると述べて特許査定に至っていること等の事実経緯に照らすならば,構成要件エの「B型のファモチジン」は,形態学的に均一なB型のファモチジン,すなわち100%の形態学的純度を有するB型のファモチジンを指し,形態学的な混合物を含まないものと解するのが相当である。
(イ) これに対して,原告は,そもそも,本件発明の構成要件構成要件アないしウのみからなるものと解すべきであり,これと別個に構成要件エを付加すべきではないと主張する。
本件明細書の特許請求の範囲請求項1の記載は,「その融解吸熱最大がDSCで159℃であり,その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506,3103及び777cm-1にあり,及びその融点が159〜162℃であることを特徴とする『B』型のファモチジン。」であるところ,本件特許出願(昭和62年8月4日出願)に適用される昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項によれば,特許請求の範囲には,「発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と規定されているから,上記請求項1の記載のうち「『B』型のファモチジン」との部分も本件発明の構成に欠くことができない事項であると解すべきである。また,本件発明は,化学物質に関する発明であるが,請求項1における「『B』型のファモチジン」は,結晶形及び化合物名を示す記載であるから,化学物質を特定するために必要な記載であると認められる。そして,構成要件エの「B型のファモチジン」は,形態学的に均一なB型のファモチジン,すなわち100%の形態学的純度を有するB型のファモチジンを指す点において,他の構成要件と異なる独自の存在意義を有する点は前記のとおりである。
以上のとおりであり,原告のこの点の主張は採用できない。
ウ 対比 (ア) 証拠(甲2,乙11,12,15)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
a 株式会社住化分析センターにおいて,被告ら医薬品の原薬であるファモチジン(ロット番号:FT/M/67/01-02,FT/M/70/01-02,FT/M/71/01-02,FT/M/73/01-02)をDSC測定により分析した結果,DSCチャートにおいて,それぞれ「A型ファモチジン」が含有されていることを示す161℃付近のピークが計測され,上記原薬ファモチジンはA型が6.1%から8.1%含まれるA型とB型の混合物であるとの分析結果が出た。
b 社団法人日本薬業貿易協会試験所(以下「日本薬業貿易協会試験所」という。)において,上記原薬ファモチジン(ロット番号:FT/M/70/01-02)の赤外吸収スペクトル(IR)を測定した結果,日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルと同様のIRチャートであったが,3500cm-1付近の吸収帯と3400cm-1付近の吸収帯の間の3450cm-1付近に小さなピークが認められた。
c 本件明細書では,3452cm-1に「A型ファモチジン」の赤外吸収スペクトル(IR)の特性吸収帯があるとされている(【0019】)。
以上の認定事実によれば,被告ら医薬品の原薬であるファモチジンは,「A型ファモチジン」の混在した「B型ファモチジン」であると認められる。
したがって,被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,純粋なB型のファモチジンではないから,構成要件エを充足しない。
(イ) これに対し,原告は,以下のとおり主張する。
まず,原告は,本件発明の「B型ファモチジン」は,100%純粋といえなくても,「A型ファモチジン」の混在がDSC吸熱最大(構成要件ア)では検出されるが,赤外吸収スペクトル(構成要件イ)においては検出されない程度に少ないものは,実質的に「B型ファモチジン」と同等であるから,その程度の「A型ファモチジン」が混在した場合であっても,構成要件エを充足すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,構成要件エの「『B』型のファモチジン」は,100%の形態学的純度を有するB型のファモチジンを意味し,形態学的な混合物は除外されていると解すべきであるから,この点の原告の主張はそもそも採用できないのみならず,本件明細書の特許請求の範囲請求項1の記載によれば,DSC測定値(構成要件ア),赤外スペクトル特性(同イ)及び融点(同ウ)は,本件発明の「『B』型のファモチジン」という化学物質を特定する手段として記載された要件であるから,DSC値(構成要件ア)の記載の趣旨を無視するような解釈は採用できない。また,前記認定のとおり,被告ら医薬品の原薬であるファモチジンの赤外吸収スペクトル(IR)には,「A型ファモチジン」の混在を示す3450cm-1付近のピークが認められるから,仮に原告の上記主張を前提としても,被告ら医薬品の原薬であるファモチジンは,実質的に「B型ファモチジン」と同等とはいえない。したがって,原告の上記主張は採用できない。
次に,原告は,被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,日本薬局方の規格適合をもって薬事法製造承認を受けているのであるから,その赤外吸収スペクトルは日本薬局方規格の参照赤外吸収スペクトルと一致していなければならないところ,日本薬局方規格の参照赤外吸収スペクトルには「A型ファモチジン」の特性吸収帯は検出されないのに対し,乙12の赤外吸収スペクトルは3450cm-1付近にA型の特性吸収帯が認められるから,乙12の分析結果は信用できないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,乙12の作成者である日本薬業貿易協会試験所は,薬事法施行規則第11条第1項の試験検査機関を指定する省令において指定された試験検査機関であり(乙18),また,日本薬局方のファモチジンの確認試験(甲3の2)では「本品のスペクトルと本品の参照スペクトルを比較するとき,両者のスペクトルは同一波数のところに同様の強度の吸収を認める」とされているが,両者のスペクトル全体が厳密に一致することまで求められているわけではなく,しかも,乙12の赤外吸収スペクトルのチャート上,「A型ファモチジン」を示すピークはかなり小さいことからすれば,上記チャートをもって確認試験の成績を「適(参照スペクトルと同様のチャートを得た)」とした日本薬業貿易協会試験所の試験結果が格別不合理であるともいえない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(3) 小括 以上のとおり,被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,構成要件エを充足しないから,被告ら医薬品は,本件発明の技術的範囲に属しない。
2 結論 以上の次第で,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく,いずれも理由がない。
なお,原告は,本件特許の無効審判請求事件(無効2002-35349)において,特許請求の範囲減縮等を目的として本件明細書の訂正請求をしたことを理由に,平成14年12月25日付けで口頭弁論再開の申立てをした。しかし,現時点では,上記訂正請求が認められ,これが確定したわけではないうえ,仮に上記訂正請求のとおり本件明細書が訂正されたとしても,その訂正内容からすれば,前記1で判示したのと同様の理由により被告ら医薬品は本件発明の技術的範囲に属しないものと認められるから,口頭弁論を再開しない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
物件目録1「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガスポート錠10mg」,「ガスポート錠20mg」)物件目録2「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ファモチジン錠10『サワイ』」,「ファモチジン錠20『サワイ』」)物件目録3「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン散」(販売名「ファモチジン細粒2%『サワイ』」)物件目録4「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガスメット錠10mg」,「ガスメット錠20mg」)物件目録5「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガスイサン錠10」,「ガスイサン錠20」)物件目録6「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガスリック錠10mg」,「ガスリック錠20mg」,「ガスリックD錠20mg」)物件目録7「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「チオスター錠10」,「チオスター錠20」)
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信