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関連審決 無効2002-35349
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成11ワ3857損害賠償請求事件 判例 特許
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成14ワ25043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  産業上利用(29条1項柱書) /  確実性 /  創作性(創作) /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  守秘義務 /  公然実施(29条1項2号) /  容易に実施 /  公衆に利用可能 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  試行錯誤 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  分割出願 /  クレーム /  薬事法 /  後発医薬品 /  製造承認 /  出願経過 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 4040号 特許権侵害差止等請求事件
原告 リヒターゲデオン ベジェセティ ジャール アールテー
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉利靖雄
補佐人弁理士 岩田弘
同 中嶋正二
被告 大原薬品工業株式会社
被告 東洋ファルマー株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士 辰巳和男
被告ら補佐人弁理士 松居祥二
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2003/05/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告大原薬品工業株式会社は、別紙物件目録1及び2記載の物件を製造し、
販売し並びに販売のために展示してはならない。
2 被告東洋ファルマー株式会社は、別紙物件目録3及び4記載の物件を製造し、販売し並びに販売のために展示してはならない。
3 被告大原薬品工業株式会社は、その所有する別紙物件目録1及び2記載の物件を廃棄せねばならない。
4 被告東洋ファルマー株式会社は、その所有する別紙物件目録3及び4記載の物件を廃棄せねばならない。
事案の概要
1 本件は、後記2(1)の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、被告らに対し、別紙物件目録1ないし4記載の医薬品(以下、別紙物件目録1記載の医薬品を「被告医薬品1」、別紙物件目録2記載の医薬品を「被告医薬品2」、別紙物件目録3記載の医薬品を「被告医薬品3」、別紙物件目録4記載の医薬品を「被告医薬品4」といい、これらを一括して「被告医薬品」という。)の製造販売が本件特許権を侵害するとして、本件特許権に基づき、被告医薬品の製造、
販売及び販売のための展示の差止め、並びに廃棄を求めた事案である。
2 基礎となる事実(証拠等を付記した部分以外は、当事者間に争いがない。) (1) 特許権 原告は、次の特許権(その特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。なお、本件明細書の内容は、本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報(甲第2号証)記載のとおりである。また、本件明細書の記載を引用する際には、段落番号を示す。)を有する。
特許番号 第2708715号 発明の名称 形態学的に均質型のチアゾール誘導体の製造方法 出願年月日 昭和62年8月4日 出願番号 特願平6-196865号 登録年月日 平成9年10月17日 優先権主張 国 名 ハンガリー共和国 出願年月日 1986年(昭和61年)8月5日 特許請求の範囲第1項、第2項 1.その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777cm-1にあり、及びその融点が159〜162℃であることを特徴とする「B」型のファモチジン。
2.形態学的に均質なファモチジン〔化学名:N-スルファモイル-3-(2-グアニジノ-チアゾール-4-イル-メチルチオ)-プロピオンアミジン〕の製造方法において、任意の形態学的組成のファモチジンを加熱下に水及び/又は低級脂肪族アルコール中に溶解し、及び「B」型の製造の場合には、生成物を、40℃以下の温度で過飽和させたその過飽和溶液から沈殿させ、そして目的生成物を、得られた結晶の懸濁液から分離することを特徴とする方法。
(2) 特許発明構成要件 本件明細書の特許請求の範囲第1項に記載された特許発明(以下「本件特許発明」という。)の構成要件を分説すると、次のとおりである。
@ その融解吸熱最大がDSCで159℃にある。
A その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777cm-1にある。
B その融点が159〜162℃である。
C 上記@ないしBを特徴とする「B」型のファモチジン (以下、本件特許発明構成要件は番号で特定する。) (3) 技術事項 ア DSC測定 DSC(Differential Scanning Calorimetry)測定とは、示差走査熱量測定のことであって、標準物質と被検資料とを同時に加熱して温度差が生じた場合、その温度差を打ち消すために必要なエネルギーを加える方法であり、その測定値により得られるDSC曲線は、吸熱反応・発熱反応に対して逆向きのシグナルを与える。DSC測定による物質の同定は、融解吸熱最大温度がグラフ上にピークとして現れるかどうかを確認することにより行われる。標準物質には、測定温度範囲内で熱的変化を起こさないものを用いる。(弁論の全趣旨) イ 赤外吸収スペクトル 分子はそれぞれ固有の振動をしており、分子に波長を変化させた赤外線を連続的に照射していくと、分子固有の振動エネルギーに対応した赤外線が吸収され、分子の構造に応じた特有のスペクトルが得られる。この赤外吸収スペクトルから分子の構造などを解析する方法を赤外吸収スペクトル法という。赤外吸収スペクトルによる物質の同定は、グラフ上に特性吸収帯が現れるかどうかを確認することにより行われる。
有機化合物を構成する基は、それぞれ固有の振動スペクトルを生じるので、吸収波数から試料の定性分析が可能となり、また、吸収強度から定量分析が可能となる。本件特許発明は、3つの特性吸収帯が吸収波数として特定して記載されており、これらの吸収波数のすべてが認められるファモチジンがB型ファモチジンであり、これらの特性吸収帯の吸収強度は特定されていないから、対象であるB型ファモチジンの定量値が規定されているとはいえない。
(弁論の全趣旨) ウ 融点 第14改正日本薬局方解説書には、「融点測定は各国とも微量法が採用されており、試料を加熱する浴の温度を徐々に上昇するいわゆるgoing through法で測定を行うため、浴温と試料自身の温度とは厳密には一致しない。また試料が純粋で、試料自身はある一定温度で融解が行われるとしても、その間浴温は絶えず上昇しているから、浴温を観測すると融け始めから融け終わりまでに温度幅を生じることになる。試料が不純な場合は共融点で融解が始まるから温度幅は一層広くなる。したがって、日本薬局方では測定装置や方法を規定し、その条件下において試料が決められた状態となる温度を融点としている。医薬品各条に記載されている融点範囲は融け始めから融け終わりまでの温度幅ではなく、試料が決められた状態となる温度がその範囲内にあれば良いという意味である。また物質が融点に達するまでに脱水、熱分解又は着色をしたり、融解と同時に発泡したりして融点を不明確にするものがあるので、このときは融点に『約』の表示をし、(分解)と記している。」(融点測定法B-655頁、注1。甲第3号証の1)と記載されている。
(4) ファモチジンの結晶形 ファモチジンには、結晶形の相違により、A型とB型がある(以下、ファモチジンのA型結晶、B型結晶を、それぞれ単に「A型」、「B型」という。)。
(5) ファモチジンに関する先行技術 ファモチジンは、山之内製薬株式会社(以下「山之内製薬」という。)が開発した物質であり、同社が、その物質及び製造方法につき特許権を有し(その公開特許公報は、特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号であり、特開昭59-227870号の公告公報は平成4-60990号である。)、同社は、ファモチジンを含有する医薬品を、「ガスター」の商品名で、本件特許発明優先権主張日(昭和61年8月5日)前の昭和60年7月から、我が国において販売した。特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号の各公開特許公報に開示されていたファモチジンは、ファモチジンの結晶形にA型とB型があることが判明している現在の知見からすると、A型とB型の混合物であった。
本件特許発明優先権主張日前に公知であった刊行物ではないが、原告がファモチジンの製造方法に関して本件特許出願前に出願した特許の公開特許公報(特開昭62-96481号)の実施例に開示されていたファモチジンも、現在の知見からすると、A型とB型の混合物であった。
特開昭56-22770号、特開昭56-55383号、特開昭59-227870号及び特開昭62-96481号の各特許公報においては、ファモチジンの結晶多形の存在及び特定の型の結晶を得る条件については言及されていなかった。
(甲第9、第10号証、乙第2、第3号証、弁論の全趣旨) (6) 本件特許発明の分割の経緯 本件特許発明の分割の経緯は、次のとおりである。
昭和62年8月4日、@A型ファモチジン、AB型ファモチジン及びBA型ファモチジンとB型ファモチジンの製造方法の3つの発明を包含する原特許出願(特願昭62-193855号)がされ、昭和63年4月30日、出願公開(特開昭63-99065号)された。この原特許出願の発明のうち、B型ファモチジン及びその製造方法の発明について分割出願(特願平6-196865号)がされ、
平成7年12月5日、出願公開(特開平7-316141号)され、平成9年10月17日、本件特許発明として登録された。分割された原特許出願は、A型ファモチジン及びその製造方法の発明について特許査定を受け、平成9年5月2日、登録された(特許第2644234号)。山之内製薬は、本件特許発明について原告から実施の許諾を得ている。
(甲第2号証、乙第15、第16号証、弁論の全趣旨) (7) 被告医薬品の製造承認等 被告大原薬品工業株式会社(以下「被告大原薬品」という。)は、平成14年3月15日、被告医薬品1について、本件特許権の実施権者である山之内製薬が製造販売するH2受容体拮抗剤である「ガスター錠」と同一の後発医薬品として、また、同月11日、被告医薬品2について、同社が製造販売するH2受容体拮抗剤である「ガスター散」と同一の後発医薬品として、それぞれ薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を取得した。
被告東洋ファルマー株式会社は、平成14年3月12日、被告医薬品3について、「ガスター錠」と同一の後発医薬品として、また、被告医薬品4について、「ガスター散」と同一の後発医薬品として、それぞれ薬事法14条1項に基づく厚生労働大臣の製造承認を取得した。
被告らは、現在、被告医薬品について、それぞれ健康保険法に基づく薬価収載申請を行い、同法の適用を受ける健康保険薬として販売をすべく準備中である。医薬品について同法に基づく薬価収載を受けた者は、薬価収載の日から3か月以内に発売するように行政指導されているから、被告らは、薬価収載の後3か月以内に被告医薬品を発売することになる(弁論の全趣旨)。
(8) 被告医薬品中のファモチジン 日本薬局方に収載された医薬品を成分とする製剤について厚生労働大臣に対して医薬品の製造承認を申請するに当たっては、その成分の規格は日本薬局方に定める規格に合致するものでなければならない。
「ファモチジン」は、第12改正日本薬局方第1追補(平成5年10月公布。乙第6号証)に初めて収載され、現行の第14改正日本薬局方(平成13年3月公布。甲第3号証の2、4ないし6)にも収載されている医薬品であり(以下、
第14改正日本薬局方に収載されているファモチジンを「日本薬局方ファモチジン」という。)、第14改正日本薬局方の「ファモチジン錠」の「製法」の項には、「本品は『ファモチジン』をとり、錠剤の製法により製する。」と記載されており、「ファモチジン散」の「製法」の項には、「本品は『ファモチジン』をとり、散剤の製法により製する。」と記載されている。
被告医薬品1及び被告医薬品3は、日本薬局方ファモチジンを原薬とする日本薬局方ファモチジン錠であり、被告医薬品2及び被告医薬品4は、日本薬局方ファモチジンを原薬とする日本薬局方ファモチジン散であるから、被告医薬品に含まれるファモチジンは、いずれも日本薬局方ファモチジンである。
(9) 日本薬局方のファモチジンに関する記載 ア 第14改正日本薬局方の通則には、「日本薬局方の医薬品の適否は、その医薬品各条の規定、通則、生薬総則、製剤総則及び一般試験法の規定によって判定する。ただし、性状の項のにおい(ただし、生薬を除く)、味(ただし、生薬を除く)、結晶形、溶解性、液性、安定性、吸光度、凝固点、屈折率、脂肪酸の凝固点、旋光度、粘度、比重、沸点及び融点、並びに医薬品各条中の製剤に関する貯法の保存条件は参考に供したもので、適否の判定基準を示すものではない。」(通則3頁)と記載されている(甲第3号証の3)。
イ 第14改正日本薬局方の「ファモチジン」の「性状」の項には、「本品は白色〜帯黄白色の結晶である。」、「融点:約164℃(分解)」と記載されている(各条第一部1816頁。甲第3号証の2)。
第14改正日本薬局方の「ファモチジン」の「確認試験」の項の「(2)」には、「本品を乾燥し、赤外吸収スペクトル測定法の臭化カリウム錠剤法により試験を行い、本品のスペクトルと本品の参照スペクトルを比較するとき、両者のスペクトルは同一波数のところに同様の強度の吸収を認める。」と記載されており(各条第一部1817頁。甲第3号証の2)、同薬局方には、ファモチジンの参照赤外吸収スペクトルが示されている(参照赤外吸収スペクトル第一部3214頁。甲第3号証の4)。
(10) 欧州特許に対する異議申立事件の経緯 本件特許に対応する欧州特許(欧州特許第256747号。以下「対応欧州特許」という。)の欧州特許庁における特許異議申立事件の経緯は、次のとおりである。
メルク社及び山之内製薬は、1993年(平成5年)8月10日、欧州特許庁異議部に対し、対応欧州特許について、その発明は刊行物に記載された発明であること、公然使用に当たること(欧州特許法54条2項)等を理由として、新規性を欠くので無効であるとの申立てをした。メルク社は、その子会社が、欧州において優先権主張日前に販売されていたファモチジン製剤を入手し分析したところ、
B型が含まれていることが明らかになったとして、公然使用を主張したものであった。これに対し、欧州特許庁異議部は、1997年(平成9年)12月29日付の最終異議決定において、公然使用を理由として、対応欧州特許のB型の物質特許クレーム新規性がないと判断した。
さらに、欧州特許庁審判部は、上記異議決定の取消審判請求に対する2001年(平成13年)5月21日付の審決において、対応欧州特許のB型の物質特許クレームは、欧州特許第128736号の参考例4に記載された発明に当たり(欧州特許法54条2項)、新規性がないと判断した。
(甲第14号証、乙第5号証、第9号証、弁論の全趣旨) (11) 先願特許の参考例 本件明細書(【0003】)において引用された欧州特許第128736号明細書の特許出願に対応する我が国における特許出願は特願昭58-102206号であり、その公開特許公報は特開昭59-227870号、公告公報は特公平4-60990号である。欧州特許第128736号明細書の参考例4は、特開昭59-227870号公開特許公報及び特公平4-60990号特許公報の参考例4に該当し、この参考例4は、次のとおりである(以下、欧州特許第128736号明細書の参考例4並びにこれに対応する特開昭59-227870号公開特許公報及び特公平4-60990号特許公報の参考例4を、単に「参考例4」という。)。
「参考例4 3-[〔〔〔2-(ジアミノメチレン)アミノ〕-4-チアゾリル〕メチル〕チオ〕-N-スルファモイルプロピオンアミジン(ファモチジン)スルファミド88.4kgをメチルアルコール340リットルに加熱下溶解し、30℃に冷却する。この溶液に参考例3の生成物114.2kgを3回に分けて、撹拌下20-30℃で加える。(第2回目及び第3回目はそれぞれ第1回目の8時間後および24時間後に加える)。反応混合物をさらに2日間、20-30℃で撹拌した後生成した結晶をろ取し、冷メチルアルコール200リットルで洗浄し、室温で空気乾燥する。収量87.5kg。mp.157.6℃。
生成物の一部をジメチルホルムアミド-水から再結晶し、さらに等モル量の酢酸水に溶解した後等モル量の稀水酸化ナトリウム水溶液を加えることにより析出させた結晶は、つぎの理化学的性状を示す。
(T)mp163〜164℃ (U)Anal.(C8H 15 N 7O 2S 3として) C(%) H(%) N(%) 理論値 28.48 4.48 29.06 実測値 28.37 4.48 28.97 (V)NMR(DMSO-d6)δ: 2.50(2H、m、-SCH2CH 2-) 2.65(2H、m、-SCH2CH 2-) 中略 (W)Mass.(FD法)m/e338」(特開昭59-227870号公開特許公報2頁左下欄18行ないし右下欄18行、特公平4-60990号特許公報第5欄21行ないし第6欄27行) (甲第10号証、乙第2号証、弁論の全趣旨) (12) 訂正請求 原告は、本件特許の無効審判請求事件(無効2002-35349号)において、平成14年12月11日付の訂正請求書により、明りょうでない記載の釈明、特許請求の範囲減縮を目的として訂正請求をした。同訂正請求においては、
本件明細書の特許請求の範囲のうち本件特許発明に関する請求項1の「特徴とする『B』型のファモチジン」を「特徴とする、医薬品の原薬としての「B」型のファモチジン」と訂正することなどが請求されている。
(甲第16、第17号証、弁論の全趣旨) 3 争点 (1) 技術的範囲の属否 ア 本件特許発明にいうB型のファモチジンは、B型100%のファモチジンに限られるか。
イ 日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属するファモチジンか。
ウ 被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属するか。
(2)ア 本件特許には無効理由が存在することが明らかか。
イ 被告らは、本件特許出願前の公知技術実施しているにすぎないか。
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件特許発明にいうB型のファモチジンは、B型100%のファモチジンに限られるか)について (1) 原告の主張 ア 本件特許発明技術的範囲には、B型100%のファモチジンのほか、
B型にA型が混合していてもその混合比率が低く、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されないファモチジンもB型同等物として含まれる。
その根拠は、以下のとおりである。
イ(ア) 本件特許発明には、DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯(構成要件A)、融点(構成要件B)が示されている。
赤外吸収スペクトルは、物質同定機能を有し、物質の異同の判定に適する。赤外吸収スペクトルによれば、B型にA型が混合していても、混合比率が低い場合は、A型が検出されず、B型と同定されるのに対し、A型の混合比率が高い場合は、A型が検出される。
DSC融解吸熱最大温度は、物質の異同判定には適しないが、純度検定機能を有し、混入物の検出に適する。測定対象物にB型のほかに少量でもA型が混合していれば、A型のDSC融解吸熱最大温度も検出され、A型の検出において、赤外吸収スペクトルよりも鋭敏である。
融点は、純粋物であっても測定条件、判定基準によって異なり、必ずしも一定の温度で明瞭に測定されず、純度によって相違が現れやすいから、物質確認のための補助的手段であり、おおよその一致をもって足りるとすべきである。
(イ) 本件特許発明優先権主張日前には、そもそもファモチジンに結晶多形があることは認識されておらず、同優先権主張日前に公知であったファモチジンは、A型とB型の比率が35ないし45:65ないし55で、A型の混合比率が高くかつその比率が安定しない結晶混合物であり、このようにA型の比率が高いと、DSC測定によってはもとより、赤外吸収スペクトルによってもA型が検出される。そして、本件特許発明優先権主張日前においては、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されずB型のみが検出されるファモチジンは知られていなかったから、そのように赤外吸収スペクトルによってB型のみが検出されるファモチジンが、本件特許発明の対象である。
B型にA型が混合していたとしても、その混合比率が、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されない程度に低ければ、物質の機能や特性はB型と実質的に同じである。そして、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されない場合には、DSC測定によってA型が検出されるとしても、それは、B型の純度にかかわる問題にすぎないし、測定される融点も、構成要件B記載の融点とおおむね一致する。
(ウ) したがって、本件特許発明の対象には、B型100%のもののほか、B型の中にA型が混合していてもその混合比率が低く、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されないものもB型同等物として含まれる。10ないし15%程度のA型の混合があっても、赤外吸収スペクトルによってA型は検出されないから、B型同等物に含まれる。
ウ 本件明細書(【0018】)の記載や原告の特許庁審査官に対する平成8年9月26日付意見書(乙第13号証。以下「平成8年意見書」という。)の記載をもって、本件特許発明に係るファモチジンを純品(以下、A型又はB型のいずれかの結晶形が100%のものを「純品」という。)に限定する趣旨と解するのは誤りである。本件明細書に純品を得る目的について「明らかにされていない組成の多形混合物から区別する」(【0018】)と記載されていることから明らかなように、本件明細書及び平成8年意見書には、B型の物性値を確認するために純品のB型を得ることが可能である旨記載されているにすぎない。
化合物の物質特許において、請求項に化合物名のみが記載されている場合、その技術的範囲は、当該化合物の純品のみに限定されることはなく、作用効果の実質が確保される限り、多少の混合物が含まれる場合もその技術的範囲に属する。本件特許発明構成要件には、「100%の」と限定する文言はないから、B型100%に限定されると解釈してはならない。
(2) 被告らの主張 ア 本件特許発明技術的範囲は、B型100%のファモチジンに限られる。
その根拠は、以下のとおりである。
イ 本件明細書には、「形態学的に均一なファモチジン」(【0001】)と記載されているが、「形態学」とは、「結晶の幾何学的性質を研究する結晶学の一分科」のことであるから、本件明細書の前記記載は、結晶体であって全体の中に異なる部分がなく、どの部分をとっても他の部分と同じ、ということを意味する。
本件明細書には、「両者の場合において研究者達は、組成が規定されない(明らかになっていない)『A』型及び『B』型の混合物を得ていたことが明白と思われる。」(【0003】)、「『A』型及び『B』型の結晶核」(【0008】)、「本発明は(中略)ファモチジンの『B』型に関する。」(【0011】)、「本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための(中略)技術を与え、及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別する」、「多形混合物の代わりに均質多形体を説明することの重要性を示すために、純粋な『A』型および『B』型のファモチジンの測定されたデータからの表を示す。」(【0018】)と記載されている。本件明細書の【0019】以下の各表においても、A型とB型が峻別されており、B型100%のファモチジンと、A型とB型の混合物であるファモチジンが峻別されて取り扱われている。さらに、本件明細書には、「他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物」(【0030】)と記載されている。
このような本件明細書の記載によれば、本件特許発明に係るファモチジンは、B型100%のものに限られるとしか考えられない。
ウ 原告は、本件特許発明に係るファモチジンについて、平成8年意見書において、「純品なB型ファモチジン」(平成8年意見書[意見の内容]1頁28行)、「よって、純品たるB型ファモチジンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1〜3記載のファモチジンとは相違し」(同意見書[意見の内容]2頁6ないし8行)、「よって、B型ファモチジンを純品で得ることは」(同意見書[意見の内容]2頁14行)と述べており、このような出願経過に照らせば、本件特許発明に係るファモチジンは、B型100%のものに限定される。
エ B型に少量のA型が混合していても、その混合比率が低く、赤外吸収スペクトルによってA型が検出されない場合に、物質の機能や特性がB型と実質的に同じであるということは、根拠がないし、そのようなことは、本件明細書には記載されていない。B型にA型がどの程度混合するとA型が検出されるかという点も明らかにされていない。
DSC融解吸熱のピークとしてB型のピークのほかにA型のピークが検出されても構成要件@が充足されると解する根拠は、本件明細書に見い出すことはできない。
構成要件Bは、「融点が159〜162℃である」ということであるから、構成要件Bが充足されるためには、融点が上記の範囲内になければならず、融点が上記の範囲内になくてもおおよそ一致していればよいということはできない。
本件明細書(【0037】【0038】【0039】)には、A型とB型の物性が異なることが記載されており、本件特許発明は、B型100%の純品と、A型及びB型の混合物を区別することによって新規性進歩性が認められたのであるから、本件特許発明構成要件の解釈として、B型とA型の混合物をB型100%の純品と実質的に同じであるとすることはできないし、本件特許発明に係るファモチジンが、B型100%のもののほかB型同等物を含むとする根拠はない。
オ 仮に、本件特許発明に係るファモチジンにB型100%の純品の同等物が含まれるとしても、B型の混合比率が、測定値を四捨五入すれば100%になる99.5%以上のものを指すと解すべきである。
2 争点(1)イ(日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属するファモチジンか)について (1) 原告の主張 ア 日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属するB型又はB型同等物のファモチジンである。
その根拠は、以下のとおりである。
イ(ア) 日本薬局方にはDSC融解吸熱最大温度の値は示されていない。しかし、本件特許発明発明者の製造に係り、日本薬局方に示された参照赤外吸収スペクトルと特性吸収帯が一致することから日本薬局方ファモチジンと同一物質であると認められるファモチジンについて、DSC測定を行ったところ、融解吸熱最大温度は、加速温度1℃/分において159.5℃であった。
したがって、日本薬局方ファモチジンは、構成要件@を充足する。
(イ) 日本薬局方ファモチジンの参照赤外吸収スペクトルの特性吸収帯は、本件明細書(【0019】)の「表1」のB型欄に記載された特性吸収帯及び構成要件Aに示された特性吸収帯と一致する。
したがって、日本薬局方ファモチジンは、構成要件Aを充足する。
(ウ) 日本薬局方ファモチジンの融点は、第14改正日本薬局方の「ファモチジン」の「性状」の項に、「約164℃(分解)」と記載されており、この164℃という温度は、構成要件Bの「159〜162℃」とはわずかに相違する。
しかし、日本薬局方の融点としては融け終わりの温度が記載されており、「約」、「(分解)」は、融点が不明確であることを意味するし、この融点は「性状」の項に記載されているから、単に参考情報であって、日本薬局方ファモチジンであることを確認するための判定基準ではない。また、本件特許発明発明者は、「Comparison of the polymorphic modifications of famotidine」(Journal of Pharmaceutical & Biomedical Analysis vol7,5所収。甲第7号証)において、発明者が製造したB型の融点はかなり変わりやすいことを明らかにし、その理由として、融解前に分解が始まり、加熱温度の遅速により融点が変動する旨を説明している(同書566頁下から2行目ないし最終行及び568頁1行ないし4行。
訳文4頁)。
そもそも融点は、測定操作上の基準が各国で相違すること、測定時の操作条件や測定者の個人差により測定値が異なること、必ずしも一定の温度で明瞭に観測されないこと、純度によって相違が現れやすいこと及び同一融点の物質が多数存在していることなどから、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であり、おおよその一致で足りるとするのが当業者の常識である。実際、B型の融点は、ハンガリー薬局方第7版に従って159.7ないし161.5℃と測定されても、日本薬局方に従って測定すると1ないし2℃高い162.1℃と測定される。
したがって、日本薬局方ファモチジンの融点は、構成要件Bの融点と異ならず、日本薬局方ファモチジンは、構成要件Bを充足する。
(エ) 構成要件@のDSC融解吸熱最大温度、構成要件Bの融点は、構成要件Aの赤外吸収スペクトルによって、対象物が、A型とB型の混合比率の一定しない公知のファモチジンと区別される新規なB型ファモチジンと同定された後、新規なB型ファモチジンであることを確認するために補助的に用いられる特性であって、おおよその一致をもって足りる。
(2) 被告らの主張 ア 日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であり、本件特許発明技術的範囲に属するB型100%のファモチジンではない。
その根拠は、以下のとおりである。
イ(ア) ファモチジンは、平成5年4月30日に発行された「日本薬局方フォーラムvol.2,2」に日本薬局方新規収載予定品目として掲載され、同年10月1日に公布された第12改正日本薬局方第1追補に参照赤外吸収スペクトルも含めて初めて収載された。
本件特許権の登録の経緯をみると、昭和62年8月4日、@A型ファモチジン、AB型ファモチジン及びBA型ファモチジンとB型ファモチジンの製造方法の3つの発明を包含するものとして、本件特許発明の原特許出願(特願昭62-193855号)がされ、B型ファモチジン及びその製造方法の発明について分割出願(特願平6-196865号)を経た後、分割された原特許出願は、A型ファモチジン及びその製造方法の発明について特許査定を受け、平成9年5月2日、
登録され(特許第2644234号)、他方、分割出願は、同年10月17日、本件特許発明として登録された。
したがって、ファモチジンの日本薬局方収載のための規格設定は、A型とB型を区別して行われたものではない。
(イ) ファモチジンが収載されて以降の日本薬局方において、収載された品目の名称は、「ファモチジン」、「ファモチジン錠」、「ファモチジン散」、
「注射用ファモチジン」であり、各品目の記載事項中にも、A型、B型などの記載はないし、ファモチジンの結晶形に言及したところはない。
ファモチジンは薬効のある化学物質であり、A型、B型の区別は、その性状の違いすぎず、その性状の違いによって薬効に相違が現れないから、日本薬局方においては、A型、B型という結晶形の違いが書かれていないものと解される。
(ウ) 日本薬局方に記載された融点からすると、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物と解される。
ウ 本件特許発明技術的範囲に属するというためには、構成要件@ないしBの充足はいずれも必須であり、構成要件@及びBが補助的な物性値であるとする根拠はない。
3 争点(1)ウ(被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属するか)について (1) 原告の主張 ア 日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属するB型又はB型同等物のファモチジンである。被告医薬品に含有されるファモチジンは、日本薬局方ファモチジンであるから、被告医薬品に含有されるファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属し、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属する。
イ 特定の比率でA型とB型が混合したファモチジンを結晶化によって再現性よく得ることはできないから、混合比率が一定のファモチジンを得るためには、
純品のA型とB型を得た後、それらを所望の比率で混合して調製するか、混合比率を調整するために純品のB型を適宜混合するよりほかない。被告大原薬品ファインケミカル開発部係長L作成の陳述書(乙第23号証。以下「L陳述書」という。)には、A型とB型の混合比率にばらつきが生じることが記載されているものの、そのばらつきを合理的に解決する方法は示されておらず、被告らは、純品のB型を混合することによりこれを解決していると考えられる。被告医薬品がA型とB型の混合物であるとしても、本件特許発明実施によって得た純品のB型を混合しているとしか考えられないから、被告医薬品は本件特許発明技術的範囲に属する。
ウ 本件特許発明の無効審判請求事件(無効2002-35349号)における訂正請求に係る訂正後の特許発明は、「医薬品の原薬としてのファモチジンであること」という構成要件が付加されるものである。被告医薬品は、この構成要件をも充足するから、訂正後も特許発明技術的範囲に属する。
(2) 被告らの主張 ア 本件特許発明技術的範囲は、B型100%のファモチジンに限られ、
B型にA型を含むものは、本件特許発明技術的範囲に属さない。日本薬局方ファモチジンは、B型とA型を含み、B型100%のファモチジンではないから、本件特許発明技術的範囲には属さない。したがって、日本薬局方ファモチジンが本件特許発明技術的範囲に属することを前提として被告医薬品が本件特許発明技術的範囲に属するとする原告の主張は成り立たない。
イ 被告大原薬品は、B型を析出させてその一部をA型へ転移させる製造方法を採用しているのではなく、A型10ないし25%、B型90ないし75%の混合結晶を、結晶化を含む一貫した工程により製造している。L陳述書に記載されているように、温度調節、時間、溶媒の選定及び組合せなどの条件を適宜設定することにより、常法によって、A型とB型の混合比率を制御することが可能であり、温度調節、溶媒の選定及び組合せ等にノウハウはあるが、結晶化に用いている技術は、参考例4等の本件特許発明優先権主張日前に公知であった常法である。
日本薬局方ファモチジンの確認試験の項目には、DSC測定のような厳密な規定はなく、日本薬局方ファモチジンではあるが、本件特許発明技術的範囲には属さないファモチジンは存在し、被告医薬品はそれに該当する。
ウ したがって、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属さない。
無効審判請求事件において訂正請求がされただけでそれが確定しなければ、何らの効果も生じない。訂正請求に係る訂正後の特許発明を前提としても、被告医薬品はその技術的範囲に属さない。
4 争点(2)(無効理由及び自由技術の抗弁)について (1) 被告らの主張 ア(ア) 本件特許発明優先権主張日前から、ファモチジンは公知であり、
本件特許発明は、ファモチジンの結晶形にA型(単斜柱型結晶)とB型(針状型結晶)が存在することを発見し、そのDSC融解吸熱最大温度、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯、融点の測定値を記載したにとどまる。
(イ) A型とB型の混合するファモチジンは、本件特許発明優先権主張日前に存在していたから、B型のみをもって特許発明たり得るとするには、B型が、A型のみの場合又はA型とB型が混合する場合に比べて優れた薬効を生ずることを明らかにしなければならない。
しかし、B型に医薬品として特段の優れた作用効果等があることは明らかにされていない。本件明細書にも、「ファモチジンは薬局方に未だ載っていなかったので、本出願に記載された二つの型のいづれがより良好な治療的値を有しているかについて明解な答を与えることは現在のところできない。」(【0039】)と記載されている。平成8年意見書には、「B型ファモチジンはA型に比べて著しく異なる物理的又は物理化学的な諸性質を有し、しかも有利な薬理学的効果を奏する」(同意見書[意見の内容]1頁10行ないし11行)という記載があるが、それを裏付ける証拠はない。原告の研究者は、1989年(平成元年)に、「Comparative pharmacokinetics of two crystalline forms of famotidine in dogs」(Journal of Pharmaceutical & Biomedical Analysis vol7,8所収。
乙第18号証)において、A型とB型に薬効差がないという研究結果を発表していたから(同書985頁1行ないし13行)、平成8年意見書の上記記載は虚偽の記述である。固形のファモチジンが薬効を奏するのは、体液に溶解した後であるから、固形の段階で結晶がA型かB型かによって薬効に差はないはずである。山之内製薬の「ガスター」のインタビューフォーム(以下、「ガスター」のインタビューフォームを「GAIF」といい、特に乙第4号証のインタビューフォーム(昭和60年ころのもの)を「旧GAIF」という。)におけるファモチジンの物性や薬効に関する記載は、発売以後も、発売当時と変更がないし、GAIF、及びファモチジンが収載された第12改正日本薬局方第1追補以降の日本薬局方のいずれにおいても、ファモチジンの結晶形については記載されていない。
(ウ) したがって、本件特許発明は、産業上利用可能な技術思想の創作とはいえないし、新規性進歩性もない。
イ(ア) 欧州特許庁の対応欧州特許に対する異議手続の中で、山之内製薬から、同社高萩工場生産管理グループのM作成の陳述書(乙第10号証。以下「M陳述書」という。)及び同社合成技術研究所合成技術担当主管研究員N作成の1993年(平成5年)8月4日付実験報告書(乙第11号証の2。以下「N実験報告書」という。)が提出された。
M陳述書には、山之内製薬において、ファモチジンの原末を得る最終工程は一貫して参考例4の方法によっていたこと、多結晶形の存在を1983年(昭和58年)の初めに知っており、ファモチジンを含有する製剤を製造するための原末としてB型を採用したこと、保存されていた試験記録に示された赤外吸収スペクトルから判断して、ファモチジンを含有する錠剤の製造に使用した原末はB型のみであったことが記載されている。また、N実験報告書には、ファモチジンに結晶多形が存在することは、1983年(昭和58年)の初めから山之内製薬において知られており、各結晶多形の経口吸収率、安定性等が検討されたこと、各結晶多形にはバイオアベラビリティにおける違いがなかったこと、参考例4の追試実験の結果、B型が得られたことなどが記載されている。
ファモチジンに関する山之内製薬の基本特許の特許公報である特公昭60-56143号特許公報(乙第1号証)には、ファモチジンの結晶多形の記載はなく、本件明細書には、文献にはファモチジンが多形型をもつかどうかについては示唆がなかった旨(【0001】)、従前の研究者達は、組成が明らかになっていないA型及びB型の混合物を得ていた旨(【0003】)、本件特許発明発明者は、ファモチジンに結晶多形があるという知見を得た旨(【0005】【0006】)が記載されている。しかし、M陳述書及びN実験報告書の前記記載によれば、山之内製薬は、ファモチジンに結晶多形があることを本件特許発明優先権主張日前から認識しており、B型ファモチジンからなる医薬品である「ガスター」を製造販売していた。
(イ) 岐阜薬科大学名誉教授O作成の報告書(乙第19号証。以下「O報告書」という。)によれば、ファモチジンの再結晶を、参考例4の方法に準拠し、
その記載の不十分な点については従来から汎用されている再結晶の一手段を組み入れた操作で行った結果、B型結晶が実質上100%得られたことが確認されている。
原告提出の早稲田大学理工学部教授P作成の平成14年6月25日付実験報告書(甲第8号証。以下「P実験報告書」という。)によれば、参考例4を実施するとA型とB型の混合物が生成されること、A型とB型の生成比率に変動があることが分かるが、生成比率の変動幅が限定されるとは述べられていないから、
B型の生成比率が非常に高くなり得ることは否定されない。
(ウ) 旧GAIF(昭和60年ころのもの。乙第4号証)の確認試験欄の赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の吸収波数は、本件明細書に示されたB型の赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の吸収波数(【0019】)と1ないし6cm-1の範囲内で一致している。第14改正日本薬局方解説書に、赤外吸収スペクトルによる確認方法について「試料による吸収スペクトルと確認しようとする物質の参照スペクトル又は標準品の吸収スペクトルを比較し,両者のスペクトルが同一波数のところに同様の強度の吸収を与えるとき,互いの同一性を確認することができる.」(B-338頁。乙第8号証)と記載され、測定に用いる赤外分光光度計の波数の再現性について「ポリスチレン膜の3000〜1000cm-1における数点の吸収を2回繰り返し測定するとき,(中略)波数の差は3000cm-1付近で5cm-1,1000cm-1付近で1cm-1以内とする.」(B-337頁。乙第8号証)と記載されていること、及び測定装置の誤差を考えると、旧GAIFの確認試験欄の赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の吸収波数と、本件明細書に示されたB型の赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の吸収波数は同一であると考えられる。
医薬品のインタビューフォームは、一般に、医薬品の販売と同時に全国の不特定多数の医療機関へ頒布されるから、GAIFの頒布によってB型に係る本件特許発明は秘密状態を脱したということができるし、たとえ特定の病院薬剤師等に頒布されたとしても、それらの者に守秘義務は課せられていないから、公知となることに変わりはない。
(エ) A型とB型の混合物について肉眼で結晶形を区別し、それぞれの結晶形に分けることは、本件特許発明優先権主張日前から可能であった。また、本件特許発明優先権主張日当時の技術水準において、B型を単離する技術が存在しなかったとしても、「ガスター」はB型を主成分とする製剤であり、「ガスター」の中にB型が存在することを確認することができたから、「ガスター」の製造販売により、本件特許発明公然実施されていたことになる。
(オ) したがって、本件特許発明優先権主張日前に、B型のファモチジンは、「ガスター」として市場に存在しており、当業者が分析して本件特許発明の内容を知ることができたものであり、本件特許発明は、優先権主張日前に公知であり又は公然実施されていた。
ウ 欧州特許庁は、対応欧州特許に対する山之内製薬とメルク社の異議申立手続において、本件特許発明に係るB型ファモチジンは山之内製薬が製造販売していたファモチジンと同じであると判断し、その判断は確定した。
本件特許発明優先権主張日前に、FT-IR法は既に存在し、微量分析に用いられており(「Microbeam Analysis」1982年(昭和57年)発行。乙第25号証)、FT-IR法によってB型の存在は認識可能であり、B型は公知であったといえるから、欧州特許庁の判断に誤りはないし、我が国の特許法上も新規性喪失事由がある。
エ 被告らは、本件特許発明優先権主張日前に公知であった方法により被告医薬品を製造しており、公知の方法により製造された被告医薬品は公知の物である。公知の技術は、本来、何人も自由に実施することができる、いわば万人共通の財産であり、このような技術について権利の名の下に一般の実施を妨げることは許されない。
(2) 原告の主張 ア(ア) 本件特許発明に係るB型ファモチジンは、本件特許発明優先権主張日前に知られていなかった新規な物であり、医薬品としての使用上格別顕著な作用効果を有することが判明したものであり、本件特許発明は、これらが認められて特許されたものである。
(イ) 本件特許発明優先権主張日当時に公知のファモチジンは、混合比率の制御できないA型とB型の混合物であった。本件明細書に記載されているように、A型とB型は、嵩密度(【0023】)、静電荷電傾向(【0035】)、変形比(【0037】)、溶解性(【0027】ないし【0029】、【0038】、【0039】)が異なるから、A型とB型の混合比率が一定しないと、安定した製剤化操作を行うことができず、一定品質の製剤を得ることができなかった。
本件特許発明により、常にB型が得られるような結晶化技術が確立されたから、本件特許発明に係るB型ファモチジンを使用すれば、製剤化操作及び医薬品の品質が安定し、ファモチジンを医薬品の成分として利用する上で顕著な作用効果を得ることができる。
イ(ア) 参考例4の精製結晶化法は、酸性溶液中にアルカリ性溶液を加える中和方法を採るから、両溶液の混和部分におけるアルカリ性への移行速度が遅く、
A型もB型も無秩序に析出する。これに対し、本件明細書の実施例U/4(【0049】)の精製結晶化法は、アルカリ性溶液中に酸性溶液を加える中和法を採るから、両溶液の混和部分におけるアルカリ性への移行速度が速く、その結果、ファモチジンの過飽和化が迅速となり、A型の析出が抑えられてB型が得られる。本件明細書の「迅速な過飽和により引起こされる析出によって生成物を得る場合には、この生成物は特性的に低融点の『B』型になる。」(【0007】)、「酢酸を用いる塩形成が最も好ましく、又この塩からの遊離塩基は逆投与方法を用いて水酸化アンモニウムによって遊離させることができることを見出した。」(【0009】)という記載には、ファモチジンの迅速な過飽和により引き起こされる析出が記載されているが、このような動力学的制御条件の設定は、参考例4には記載されていない。刊行物に「発明が記載されている」とは、当業者がその刊行物を見れば、特別の試行を要することなく容易に実施し得る程度にその内容が開示されていることをいうが、本件特許発明に係るB型ファモチジンは、参考例4の記載に基づいて特別の試行を要することなく容易に生成し得たとはいえない。
N実験報告書は、参考例4のN-スルファモイル化反応工程で得られた粗製ファモチジンも、それを再結晶化して得られた精製ファモチジンも、いずれも純粋なB型ファモチジンとして扱っており、粗雑さがうかがわれ、その記載をそのまま採用することはできない。また、N実験報告書の再結晶過程は、ファモチジンの結晶多形及びB型についての山之内製薬の社外秘ノウハウが当然に利用されているはずであり、本件特許発明優先権主張日の技術水準下での追試とはいえない。P実験報告書によれば、参考例4の方法により得られるファモチジンは、A型とB型が35ないし45:65ないし55の割合で混合する混合物である。
本件特許発明優先権主張日のはるか後である1995年(平成7年)6月16日付のM陳述書に「ガスターの原薬がB型であった」旨の記載があっても、それによって、遡って、本件特許発明優先権主張日当時にB型が公然実施されていたことにはならない。
(イ) O報告書の実験は、参考例4に記載されていない、『種結晶を接種して種結晶と同じ結晶を誘導結晶させるという、種結晶の使用が必須である結晶析出手法』による実験についての報告であり、ファモチジンの結晶多形の知見を得た本件特許発明優先権主張日後にしか実施し得ない手法の結晶析出法を利用しているから、参考例4の追試であるとはいえない。また、O報告書の実験は、重要な実験条件となる結晶析出速度を明らかにしていない点で極めて不自然である。O報告書の実験は、参考例4を忠実に実施したものではなく、参考例4に記載のない本件明細書の特許請求の範囲の請求項2の方法を実施して本件特許発明に係るB型ファモチジンを得ているにすぎず、本件特許発明の出願前公然実施を裏付けるものではない。
(ウ) 本件特許発明優先権主張日前には、ファモチジンの結晶多形の存在は当業者に容易に知り得る状態になかったから、旧GAIFに記載されている赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の吸収波数は、単なる確認用物性値として記載されているものにすぎなかった。
旧GAIFの確認試験欄に記載された赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の6波数は、(@)構成要件Aの3103cm-1が記載されていないこと、
(A)旧GAIF記載の3512cm-1は、構成要件Aの3506cm-1とは+6cm-1の乖離があり、これらが合致しているとの判定はむずかしいこと、(B)旧GAIF記載の3403cm-1は、B型の3400cm-1とA型の3408cm-1(本件明細書【0019】表1)の中間にあり、いずれを示すものか判然としないこと、(C)旧GAIF記載の781cm-1は、構成要件Aの777cm-1と+4cm-1の乖離があり、これらが合致しているとの判定は微妙であることなどの点から、構成要件Aの特性吸収帯の吸収波数又は本件明細書(【0019】表1)記載のB型の特性吸収帯の吸収波数と必ずしも合致するとはいえない。
本件特許発明の発明にかかわった原告化学部門分光学研究室主席研究科学者Q作成の宣言書(甲第18号証)によれば、旧GAIFに記載された赤外吸収スペクトルの特性吸収帯の6波数は、A型の含有率が0、5、10、15、20、25、30、40、50又は95%であるA型とB型のモデル混合物のいずれにも検出され、この特性吸収帯に基づいて、「ガスター」の原薬であるファモチジンがB型であることを同定することはできないことが明らかにされている。
したがって、旧GAIFには、「ガスター」に含有されるファモチジンがB型であることを示唆する記載があったとはいえない。
また、医薬品のインタビューフォームは、特定の相手先である病院薬剤師に提供されるものであり、慎重な取扱いが要請されており、広く一般に頒布されるものではないから、インタビューフォームの頒布によって、直ちにその記載事項が公知になったともいえない。
(エ) 「ガスター」には、その容器、外箱又は挿入説明書のいずれにも、
含有されているファモチジンがB型であることを示す表示はなく、その結晶形をうかがい知る手がかりはなかった。「ガスター」には、原薬であるファモチジンのほかに賦形剤等の製剤成分が混合しており、本件特許発明優先権主張日当時の技術水準では、原薬であるファモチジンのみを取り出してその結晶形がB型であることを知ることはできなかった。「ガスター」中の原薬であるファモチジンがB型であることは、山之内製薬のノウハウであり、「ガスター」の販売開始後も社外秘であり、当業者といえども知り得なかった。
(オ) したがって、「ガスター」の製造販売に旧GAIFの記載の存在を合わせても、本件特許発明がその優先権主張日前に公然実施されていたとはいえないし、公知であったともいえない。
ウ(ア) 対応欧州特許についての異議審査及び審判の経緯は、前記第2、
2(10)のとおりである。欧州特許条約54条は、「(1)発明は、それが技術水準の一部を構成しないときは新規であると認められる。(2)欧州特許出願の出願日前に、書面若しくは口頭、使用又はその他のあらゆる方法によって公衆に利用可能となったすべてのものは技術水準を構成する。」と規定するが、この(1)を評価するに当たって、(2)の解釈に基づき、先行技術において必ずしも明確でなくとも「内在的に開示」されていたことが後日の実証により明らかとなるような場合は技術水準の一部を構成するという運用がされている。ただし、その場合に判断されるべき事項について、欧州特許庁の審判合議体は、公衆に利用可能とされたものに内在したかも知れないものではなく、公衆に利用可能となったものであることを強調し、また、進歩性の評価に関連して検討される「暗示的先行開示」という内在的開示より広い概念を新規性の評価に持ち込むことがないように注意を喚起している。
一方、我が国の特許法における新規性の判断に際しては、欧州特許条約の下での新規性判断におけるような、技術常識参酌して把握することができなくても、後日追試したときに必然的に到達することとなる事項は、内在的に開示されていたものと把握して新規性阻却事由とする、というほど広範囲の事項を参酌することはできない。
(イ) ところで、対応欧州特許の異議審査の最終決定では、本件特許発明優先権主張日前に「ガスター」が市販されていたことをもって公然実施と認定され、これが無効理由の一つとされている。しかし、「ガスター」にB型が含まれることは、本件特許発明優先権主張日当時に存在しなかったFT-IR法によってのみ確認することができる。異議審査においてメルク社が提出したR実験報告書は、FT-IR法によって「ガスター」中のB型の存在を証明したものであるが、
同異議決定は、FT-IR法が本件特許発明優先権主張日当時既に存在したと事実誤認し、その結果、欧州特許条約の適用を誤って、対応欧州特許を無効としたものである。我が国において、そのような事実誤認を伴わずに審査されれば、本件特許発明が無効と判断されることはあり得ない。
欧州特許庁審判部は、参考例4の記載について、それを追試してB型を得たとするN実験報告書やメルク社の提出したR実験報告書などがあることを理由に、「記載の教示に従って試行すれば必然的にB型に到達することとなるから『内在的開示』があった」として技術水準を構成すると認定し、新規性を否定した。しかし、同審判部の判断には、原告が提出したS実験報告書を誤って排除したことによる事実誤認がある。S実験報告書は、本件特許発明優先権主張日前の分別結晶化制御がされない技術によれば、参考例4の追試によって、A型が得られる場合や実験の都度混合比率の異なるA型とB型の混合物(A型の方が多い場合もある。)が得られる場合もあるという内容であり、これを採用すれば、参考例4により必然的にB型に到達することはなく、内在的開示があったとはいえないという反対の結論が出されたはずである。そして、現時点においては、対応欧州特許の異議事件当時には存在しなかったP実験報告書が存在し、それによれば、参考例4を追試しても必然的にB型に到達せず、A型とB型の35ないし45:65ないし55の混合比率の混合物が得られる場合があることが明らかにされているから、欧州特許条約の下においても、参考例4によってB型の内在的開示があったと認定されることはない。我が国において審理されても、本件特許発明が無効と判断されることはあり得ない。
(ウ) このように、対応欧州特許についての異議審査及び審判において対応欧州特許が無効と判断されたのは、新規性の判断基準が我が国と異なるとともに、重大な事実誤認があったことによるものであり、対応欧州特許が無効とされても、本件特許が無効であるとはいえない。
(エ) 前記イ(ウ)に指摘したQ作成の宣言書によれば、顕微鏡を組み合わせたFT-IR装置を医薬化合物の結晶多形に適用し得たのは1988年(昭和63年)が最初であることが明らかにされている。被告の指摘する「Microbeam Analysis」(乙第25号証)は、測定の感度を向上した赤外分光装置に関する報告文献であり、高分子物質であるポリスチレン-ポリエステル混合物を赤外測定したことは記載されているが、低分子の医薬化合物の結晶多形の分別判定に利用できるという点についての示唆はない。
エ 被告らは、自由技術の抗弁を主張するが、公知と主張する実施の方法を特定していない。また、被告らが、特公昭60-56143号特許公報(乙第1号証)に基づいて自由技術の抗弁を主張するとしても、同特許公報には、粗製物としてのファモチジンの合成技術及び再結晶化の例が示されているにすぎず、本件特許発明のようにファモチジン原料に迅速過飽和化という動力学的制御を施し再結晶化してB型ファモチジンを精製する方法は示されていないから、本件特許発明に係るB型ファモチジンを得ることは自由技術には当たらない。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件特許発明にいうB型のファモチジンは、B型100%のファモチジンに限られるか)について (1)ア 本件明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲第1、第2項は、前記第2、2(1)のとおりであり、本件特許発明は、「『B型』のファモチジン」を対象とするものである。この「B型」のファモチジン(B型)の意義につき、前記第3、
1の当事者の主張のとおり争いがあるところ(原告は、A型の混合比率の低いB型同等物も本件特許発明技術的範囲に含まれると主張するのに対し、被告は、本件特許発明技術的範囲はB型100%のファモチジンに限られると主張する。)、
特許請求の範囲の記載自体からは、当事者のいずれの主張のように解すべきか、必ずしも明らかではない。
そこで、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、本件明細書の発明の詳細な説明には、次の趣旨が記載されているものと認められる。
「本発明は形態学的に均一なファモチジン(Famotidine)の製造方法に関する。ファモチジンが優れたヒスタミン-H2レセプタ遮断効果を有していることは良く知られているが、文献にはファモチジンが多形型をもつかどうかについては示唆がない。」(【0001】) 「ファモチジンの公知の製造方法を再現する実験の間に、DSC測定による分析を行った際、ファモチジンがA型及びB型の二つの型を有することが分かった。1℃/分の加熱速度を用いて測定されたこれらの型の吸熱最大の場所はA型の場合には167℃であり、B型の場合には159℃であった。」(【0002】) 「平行実験の生成物はいつも特に嵩密度及び接着性の点で互いに相違し、
赤外吸収スペクトルにおいて大きな相違があった。通常の方法で行われた実験の間、生成物の特性はランダムに広範囲に変化した。スペイン特許第536803号明細書に記載された赤外吸収スペクトルの3500cm-1、3400cm-1及び1600cm-1における吸収帯が明確に低融点のB型に対応し、3240cm-1における吸収帯が高融点のA型に対応する。A型とB型の混合物であることは、A型の1005cm-1及び986cm-1の吸収帯及びB型の1009cm-1及び982cm-1の吸収帯の融合から生じ得る1000cm-1における吸収帯によっても証明される。A型とB型の混合物であることは、前述のA型、B型のDSC測定のデータを、上記スペイン特許明細書における融点データ(162〜164℃)及び欧州特許第128736号明細書に公開された158〜164℃の融点と比較することによっても、証明することができる。上記スペイン特許明細書及び欧州特許明細書の場合においては、組成が規定されない又は明らかになっていないA型及びB型の混合物を得ていたことが明白であると思われる。」(【0003】) 「薬品製造の分野において、製造業者は、決定的に大多数の場合において、構造式の同一性は、薬学的見地からの異なった形態の同一性も意味するとしているので、形態学に余り注意を払わないことがほとんどである。これは、例えば、
ほとんどのステロイド化合物に該当する。しかし、例えばメベンダゾールにおけるように、形態学的に異なった型では、生体利用可能性における驚くべき相違があり、あるいはその他のパラメータに関して極端な相違を検出し得る場合がある。ファモチジンは、このような場合の最良の代表例の一つである。」(【0004】) 「我々(発明者ら)の研究の目的は、ファモチジン試料の異なった特性の理由を明確にすること、及び更に適当な形態学的純度を有する異なった型のファモチジンの製造方法を作り出すことであった。我々の最初の研究段階においては、ファモチジンの溶解度特性を考慮に入れながら、医薬品製造のための最も普通の溶媒を使用した場合の、結晶化により得られた生成物の形態学的特性の間の相関関係を研究した。我々は全ての状況において一方の型を提供し得るような溶媒を見出すことはできなかったが、有機溶媒の存在下において、低融点のB型の製造が通常妨害されることを観察することができた。」(【0005】) 「これらの後に、我々は結晶化の動力学的条件の効果を研究したところ、
驚くべきことに、これが、得られる生成物の形態学的特性を明確に決定付けるパラメータそのものであることを見出した。」(【0006】) 「得られたファモチジンの形態学的特性と製造の動力学的条件との関係を研究したところ、我々はA型の製造のためには結晶化を熱溶液から出発して比較的小さい冷却速度を用いることにより実施するのが最も好ましいことを見出した。これとは対照的に、結晶化の間迅速な過飽和により引き起こされる析出によって生成物を得る場合には、この生成物は特性的に低融点のB型になる。」(【0007】) 「迅速な過飽和はファモチジン溶液の極めて迅速な冷却あるいはファモチジン塩基のその塩からの迅速な遊離により達成することができる。迅速冷却の場合には、高容積を用いる際、不確実性要素としてA型及びB型の結晶核の形成速度が出発物質の化学的純度に応じて異なることを考慮すべきである。」(【0008】) 「したがって、本発明は、一方においてファモチジンのA型に関する。この型は、その融解の吸熱最大がDSCで167℃にあり、その赤外吸収スペクトルにおける特性吸収帯が3450cm-1、1670cm-1、1138cm-1及び611cm-1にあり、及びその融点が167〜170℃であることにより特徴付けられる。」(【0010】) 「本発明は、他方において、ファモチジンのB型に関する。この型は、その融点の吸熱最大がDSCで159℃にあり、その赤外吸収スペクトルにおける特性吸収帯が3506cm-1、3103cm-1及び777cm-1 にあり、及びその融点が159〜162℃であることにより特徴付けられる。」(【0011】) 「本発明は更に形態学的に均質なファモチジンの製造方法に関する。この方法は、任意の形態学的組成のファモチジンを加熱下に水及び/又は低級脂肪族アルコール中に溶解し、及び a)A型の製造の場合には、熱飽和溶液を約1℃/分以下の冷却速度を用いて結晶化させ、あるいは b)B型の製造の場合には、生成物を40℃以下の温度で過飽和させたその過飽和溶液から沈殿させ、
及び両者の場合に目的生成物を、得られた結晶の懸濁液から分離することにより特徴付けられる。」(【0012】) 「本発明の方法により製造されたファモチジンのA型は、167℃の値を有する融解の吸熱最大(DSC曲線上)を有し、その赤外吸収スペクトルの典型的な吸収帯は3450cm-1、1670cm-1、1138cm-1 及び611cm-1にある。」(【0016】) 「本発明の方法により製造されたファモチジンのB型は、159℃の値を有する融解の吸熱最大(DSC曲線上)を有し、その赤外吸収スペクトルの典型的な吸収帯は3506cm-1、3103cm-1及び777cm-1にある。」(【0017】) 「本発明の方法の最大の利点は、本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な、良く制御された技術を与え、及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。多形混合物の代わりに均質多形体を説明することの重要性を示すために、純粋なA型及びB型のファモチジンの測定されたデータからの表を示す。」(【0018】) 以下、【0019】ないし【0032】に、(A)赤外吸収スペクトルデータ、(B)DSC測定データ、(C)X線回折データ、(D)嵩密度、(E)接着性及びアーチ形成(arching)/陥没傾向、(F)ローリング角度データ、
(G)結晶の変形比(deformity ratio)、(H)溶解度データ、(I)熱力学的安定性及び(J)静電荷電のそれぞれにつき、A型とB型のデータが示されている。
「(1)赤外吸収スペクトルの最良の評価可能領域において、3500cm-1を超えると、B型のみが吸収帯を有する。それは伝統的な光学配置の分光光度計を用いた場合でさえも、ファモチジンのA型中の5%のB型の存在を検出することを可能にするような特徴である。」(【0033】) 「(2)嵩密度データには、およそ2倍の相違があり、それは、明らかになっていない形態の物質の場合には目盛りのついたメジャーの助けによる回分処理は重大な誤差の可能性を表すことがあることを意味する。」(【0034】) 「(3)二つの型の静電荷電傾向には、一桁の大きさの相違がある。強く付着するB型の量はA型の量より20倍多い。」(【0035】) 「(4)ローリング及びアーチ形成傾向データに関し、特性データは値のみならず徴候においても異なる。一方の型あるいは他方の型のいずれか一方のみに対して包装技術処理を信頼性をもって計画することが可能であるが、再現性のない組成の混合物に対しては、それは不可能である。」(【0036】) 「(5)結晶の形状の説明のために規定された変形比の値は、間接的にそれぞれ比表面積を示し、それらは、結晶が一緒に付着することがどの程度可能であるか、すなわちそれらが接着性及びこぶ形成に反映するかを示している。これらの値はA型の場合よりもB型の場合の方が3.3倍高い。」(【0037】) 「(6)上記のより高い比表面積のために、B型の溶解速度は、A型のそれよりも相当に高い。飽和溶解度データに関し、B型についての値も又有意に高いものである。」(【0038】) 「ファモチジンは、薬局方に未だ載っていなかったので、本出願に記載された二つの型のいずれがより良好な治療的値を有しているかについて、明解な答えを与えることは現在のところできない。取扱い及び安定性の見地からはA型の性質は明らかに有利であるが、しかし、薬品の場合においては溶解速度が極めて重要であり、溶解速度はB型の方がより高いことを忘れてはならない。」(【0039】) 「本発明を以下の限定的でない実施例により詳細に説明する。グループTの実施例はA型の製造に関し、そしてグループUの実施例はB型の製造に関する。」(【0040】) イ 以上のような発明の詳細な説明の記載(特に、【0001】、【0002】、【0003】、【0012】、【0018】参照)によれば、本件明細書は、従前結晶多形の存在が知られていなかったファモチジンについて、(@)DSC融解吸熱最大温度、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯及び融点を異にするA型とB型の二つの結晶形があること、(A)A型とB型は、物理化学的性質及び生体利用可能性において大きく相違し、結晶化の動力学的条件により結晶形が決せられることなどを前提として、特許請求の範囲において、純粋なB型とその製造方法を示すことに主眼があったものと認められる。なお、本件特許発明優先権主張日前に存在したファモチジンに関する先行技術に係る刊行物に開示されたファモチジンが、いずれもA型とB型の混合物であったことは、前記第2、2(5)のとおりである。そうすると、本件特許発明に係るB型は、基本的に、A型を含まない純粋なものを意味すると解するのが相当である。
もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件特許発明に示されたDSC融解吸熱最大温度(構成要件@)、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯(構成要件A)及び融点(構成要件B)は、その性質や測定技術等に照らして、極めて厳密にB型が100%でA型が全く含有されていない場合にのみ測定されるというものではなく、B型に不純物として少量のA型が含有されていたとしても、測定によって得られる場合のある値であることが認められる。そのようなことを考慮すると、本件特許発明に示された値が測定される限り、たとえ測定対象物が、B型の中に少量のA型を含有するものであったとしても、それが本件特許発明技術的範囲に属すると解する余地がないとはいえない。しかし、本件明細書には、「形態学的に均一なファモチジン(Famotidine)」(【0001】)、「適当な形態学的純度を有する異なった型のファモチジン」(【0005】)、「形態学的に均質なファモチジン」(【0012】)、「100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジン」、「純粋な『A』型および『B』型のファモチジン」(【0018】)など、
A型及びB型の純度を意識していることを示す記載や本件特許発明が純粋なB型を得るものであることを示す記載がある反面、A型の中にB型の含有を許容し又はB型の中にA型の含有を許容する趣旨や、本件特許発明所定の測定値を得るためにB型の中にどの程度までA型の含有が許容されるかなどといったことは示唆されていない。本件明細書には、ファモチジンの熱力学的安定性について、「試験を次の様に行った。即ち、他の多形により汚染された両誘導体について95:5の比の異なった型の混合物を調整し、次いで水のみが結晶を被覆するように系を60℃で24時間マグネチックスターラーで撹拌した。次いで、結晶を濾過し、形態学的に調べた。いずれにおいても生成物は『A』型であることが判明した。」(【0030】)と記載されているところ、この記載からは、他の結晶形が5%含有されているものは純粋な結晶形でないとされていることが認められるが、この記載をもって、他の結晶形の含有が5%まで許容されていると解することはできないし、そのほかに、具体的にどの程度までA型を含有するものが本件特許発明技術的範囲に属するかという限定を、本件明細書の記載から明らかにすることはできない。したがって、本件明細書によれば、本件特許発明は、純粋のファモチジンのB型結晶(100%純粋のB型結晶に限られないと解し得る余地があるとしても、せいぜい、不純物程度のA型結晶が混入したほぼ純粋のB型結晶に限られる。)を対象としていると解するほかない。
(2) 次に、本件特許発明出願経過について検討する。
本件特許出願に対しては、平成8年3月12日付の拒絶理由通知が発せられ(乙第12号証)、その理由は、特許出願前に日本国内又は外国において頒布された特開昭59-227870号(甲第10号証、乙第2号証)、特開昭56-55383号、特開昭56-22770号の各公開特許公報に記載された発明に基づいて、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである(特許法29条2項)というものであった。
これに対し、原告は、平成8年意見書(乙第13号証)を提出し、同意見書には、次のとおり記載されていた。
「B型ファモチジンはA型に比べ20倍より高い静電荷電傾向を有しますが、かかる強い静電荷電傾向を有するということは、B型ファモチジンがA型に比べそれだけ強い吸着力を有するものであることに結び付きます(段落【0035】を参照されたい)。換言すれば、B型ファモチジンの方がA型より強い生物吸収力を有し、従いましてB型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは、本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります。」(同意見書[意見の内容]1頁23行ないし29行)、「純品たるB型ファモチジンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1〜3記載のファモチジンとは相違し、且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」(同2頁7行ないし9行)、「因みに、物理的又は物理化学的性質の著しく異なる化合物の双方を含む混合物は、薬剤製品の製造工程において不利であります。その理由は、その混合物のバッチ間でB型とA型の割合が異なると、製品化した薬剤の効能におけるバッチ間差が著しくなり得るからであります。」(同2頁10行ないし13行)、「よって、B型ファモチジンを純品で得ることは、薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず、薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは、ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1〜3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」(同2頁14行ないし18行)。
このような意見書の記載は、本件特許発明が純粋又はほぼ純粋のB型を対象としているという解釈に合致するものである。したがって、前記解釈は、本件特許発明出願経過からも裏付けられているといえる。
(3)ア 原告は、DSC融解吸熱最大温度(構成要件@)及び融点(構成要件B)は、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯(構成要件A)によって、公知のA型及びB型の混合物と区別され新規なB型と同定された後、B型であることを別の特性で確認するため補助的に用いられる特性である旨主張する。
しかし、前記(1)アの本件明細書の記載によれば、DSC融解吸熱最大温度及び融点は、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯とともに、ファモチジンの各結晶形の特徴又は各結晶形を特定するための要素として扱われており、本件特許発明技術的範囲を画するための特性として、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯が主要でありDSC融解吸熱最大温度及び融点が補助的であることをうかがわせる記載はないから、原告の上記主張は、採用することができない。
イ 原告は、本件明細書に、純品を得る目的について、「明らかにされていない組成の多形混合物から区別すること」(【0018】)と記載されているから、本件明細書には、B型の物性値を確認するために純品のB型を得ることが可能である旨が記載されているにすぎない旨主張する。
しかし、前記(1)アの本件明細書の記載及び前記(2)の平成8年意見書の記載によれば、純品のB型を得るのは、単にB型の特性を把握するためだけにとどまらないものと認められるから、原告の上記主張は、採用することができない。
(4) したがって、本件特許発明は、純粋のファモチジンのB型結晶を対象としているものと認められる。
2 争点(1)イ(日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属するファモチジンか)について (1) 前記第2、2(9)イのとおり、第14改正日本薬局方のファモチジンの確認試験の項目には、赤外吸収スペクトルを使用することが記載され、同薬局方には、参照赤外吸収スペクトルが示されている。この第14改正日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルと、「Comparison of the polymorphic modifications of famotidine」(甲第7号証)566頁の図1(Figure1)に示されたA型の赤外吸収スペクトル及び図2(Figure2)に示されたB型の赤外吸収スペクトルとを比較すると、第14改正日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルは、A型よりはB型の赤外吸収スペクトルの方に類似しているものと認められる。
しかし、第12改正日本薬局方第1追補(平成5年10月公布)にファモチジンが初めて収載されたのは、本件特許出願の分割前の原特許出願が出願公開(昭和63年4月30日)され公知となった後であり、また、前記第2、2(9)アのとおり、第14改正日本薬局方の通則は、性状の項に、適否の判断基準ではなく参考であるにせよ、結晶形を記載し得る旨定めており、同薬局方は、本件特許権が登録(平成9年10月17日)された後に公布(平成13年3月公布)されたものであるが、同薬局方各条のファモチジンの項には、A型若しくはB型の結晶形に特定する旨の記載はないし、結晶形に言及したところもない(甲第3号証の2)。
したがって、第14改正日本薬局方のファモチジンの確認試験の項目に、
赤外吸収スペクトルを使用することが記載され、同薬局方に、B型の赤外吸収スペクトルに類似した参照赤外吸収スペクトルが示されているとしても、それをもって、直ちに、日本薬局方ファモチジンがB型結晶のものに限定されていると解することはできない。
(2)ア 前記1(4)のとおり、本件特許発明は、純粋のB型結晶を対象としていると解され、前記1(1)アの本件明細書の記載から、純粋のB型の融点は、構成要件B所定の159ないし162℃であり、純粋のA型の融点は、167ないし170℃であるものと認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、融点の高いA型と融点の低いB型の混合物については、純粋のB型、及び純粋のA型とは融点が異なると認められ、前記1(1)アのとおり、本件明細書(【0003】)においても、スペイン特許第536803号明細書記載の162ないし164℃の融点、欧州特許第128736号明細書記載の158ないし164℃の融点は、A型とB型の混合物の融点として扱われている。
前記第2、2(9)イのとおり、第14改正日本薬局方には、ファモチジンの融点は「約164℃(分解)」と記載されているから、日本薬局方ファモチジンの融点は約164℃であると認められ、これは、純粋のB型の融点である構成要件B所定の159ないし162℃という融点とは異なるし、純粋のA型の167ないし170℃という融点とも異なる。前記のとおり、A型とB型の混合物については、純粋のB型、及び純粋のA型とは融点が異なるから、日本薬局方ファモチジンの約164℃という融点は、A型とB型の混合物の融点に相当すると認められる。
旧GAIF(乙第4号証)には、ファモチジンの融点について、162℃以上になると徐々に黄色に着色し、162.5℃付近から溶け始め、164℃付近で熱分解し発泡して黄褐色となる旨記載されていることから、日本薬局方ファモチジンの融点付近における状態も、そのようなものであると推認される。
したがって、融点からすると、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であると認られる。
イ 前記第2、2(9)アのとおり、第14改正日本薬局方には、性状の項の融点等は、参考に供したもので、適否の判定基準を示すものではない旨記載されている。
しかし、それは、必ずしも、性状の項に記載された融点等の事項が正確性を欠くことを意味するものではないから、参考である旨の第14改正日本薬局方の記載により、融点に関する前記認定が覆されることはないというべきである。
ウ また、原告バルク輸出部営業副部長T作成の報告書(甲第13号証)には、各国薬局方(ハンガリー、米国、欧州及び日本の薬局方)の融点及び融解範囲の定義、並びに各国薬局方所定の測定方法によった場合のファモチジンの融点及び融解範囲の値が表として記載されており、これによれば、各国薬局方の融点及び融解範囲の定義は異なり、各国薬局方所定の測定方法によった場合のファモチジンの融点及び融解範囲の値も異なることが認められる。そして、同じ製造バッチのファモチジンについて、ハンガリー薬局方第6版所定の測定法による融点と、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点を比較すると、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点の方が高いことが認められる。しかし、その差は、平均で1.55℃、最大でも1.9℃にとどまる。また、ハンガリー薬局方第7版所定の測定法による融解範囲の上限の温度と、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点を比較すると、第14改正日本薬局方所定の測定法による融点の方が高いが、その差は、平均で0.8℃、最大でも1.2℃にとどまる。そうすると、同報告書によれば、ハンガリー薬局方第6版所定の融点の測定法又は同薬局方第7版所定の融解範囲の測定法による場合の方が、第14改正日本薬局方所定の融点の測定法によった場合より低く測定されるとしても、その差は2℃にも満たないものと認められる。
そうであるとすれば、仮に、本件明細書に記載された構成要件B所定の159ないし162℃という融点が、ハンガリー薬局方第6版所定の融点の測定法又は同薬局方第7版所定の融解範囲の測定法に近い方法により測定され、第14改正日本薬局方所定の融点の測定法によった場合より低めの温度が記載されているとしても、第14改正日本薬局方所定の約164℃という融点が、構成要件B所定の159ないし162℃という融点と異なるという認定は、覆されることはないというべきである。
エ 原告は、融点について、測定時の操作条件や測定者の個人差により測定値が異なることなどから、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であり、おおよその一致で足りるとするのが当業者の常識である旨主張する。
前記第2、2(3)ウのとおり、日本薬局方において、融点は、「約」の表示を付して記載される場合があり、その意味で、一義的に表示することのできない場合があることは否定し得ない。しかし、融点が、他の物性値での一致を更に確認するための補助的な物性値であることや、原告のいうようなおおよその一致(本件では少なくとも2度の温度の差がある。)で足りるとするのが当業者の常識であることを認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は、採用することができない。
(3) 以上によれば、日本薬局方ファモチジンは、A型とB型の混合物であると認めるのが相当であり、本件特許発明が対象とする純粋のB型のファモチジンであるとはいえず、不純物程度の微量のA型が混入したほぼ純粋のB型のファモチジンであるとも認められない。
3 争点(1)ウ(技術的範囲への属否)について (1)ア 前記第2、2(8)のとおり、被告医薬品に含まれるファモチジンは、いずれも日本薬局方ファモチジンである。しかし、前記2(3)のとおり、日本薬局方ファモチジンはA型とB型の混合物と認められ、被告医薬品に含まれるファモチジンも、A型とB型の混合物であると認められるから、本件特許発明技術的範囲に属する純粋のB型であるとは認められない。
原告は、日本薬局方ファモチジンが本件特許発明技術的範囲に属することを前提として、被告医薬品は、日本薬局方ファモチジンであるから、本件特許発明技術的範囲に属する旨主張する。しかし、前述のとおり、日本薬局方ファモチジンは、本件特許発明技術的範囲に属する純粋のB型のファモチジンではなく、本件特許発明技術的範囲に属さないから、原告の主張は、その前提を欠くというべきである。
イ 原告は、特定の比率でA型とB型が混合したファモチジンを結晶化によって再現性よく得ることはできないから、混合比率が一定のファモチジンを得るためには、純品のA型とB型を得た後、それらを所望の比率で混合して調製するか、
混合比率を調整するために純品のB型を適宜混合するよりほかない旨、又は被告医薬品がA型とB型の混合物であるとしても、本件特許発明実施によって得た純品のB型を混合しているとしか考えられないから、被告医薬品は本件特許発明技術的範囲に属する旨主張する。
しかし、P実験報告書及びN実験報告書によれば、結晶析出操作の温度及び時間等によって、生成されるA型とB型の混合比率が変化することが認められ、結晶析出操作の温度や時間等の条件を適宜設定することにより、生成物中のA型とB型の混合比率を操作することが可能であると推認される。弁論の全趣旨によれば、結晶析出操作において、温度や時間等の条件を適宜設定して結晶形や結晶の大きさなどを操作することは、化学物質の生成過程で通常行われていることであると認められ、具体的に適切な条件を見い出すまでには試行錯誤が必要であるとしても、特に本件のファモチジンについて、そのような操作を行うことが困難であるとする具体的な根拠は、原告の主張によっても明らかではないし、そのような具体的な根拠があると認めるに足りる証拠もない。そして、このことと、L陳述書(乙23号証)の記載を併せ考えると、結晶析出におけるA型とB型の混合比率を一定の範囲内で制御することは可能であり、被告医薬品の原薬であるファモチジンは、結晶化を含む一貫した工程により製造された、10ないし25%のA型と75ないし90%のB型を含有する結晶の混合物であるものと推認される。したがって、原告の上記主張は、採用することはできない。
また、そのほかに、被告医薬品が本件特許発明技術的範囲に属する純粋のB型のファモチジン又はほぼ純粋のB型のファモチジンであることを認めるに足りる証拠はない。
(2) したがって、被告医薬品は、本件特許発明技術的範囲に属すると認めることはできない。
(3) 原告は、前記第2、2(12)のとおり、本件特許の無効審判請求事件において訂正請求をしたものである。しかし、本件口頭弁論終結時においては、この訂正請求が認められて無効審判請求事件が確定したということはないし、仮にこの訂正請求のとおり本件明細書が訂正されたとしても、その訂正の内容からすれば、これまでに判示したところと同様の理由によって、被告医薬品は特許発明技術的範囲に属すると認めることはできない。
4 結論 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。
追加
物件目録1「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガモファー錠10mg」、「ガモファー錠20mg」)物件目録2「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン散」(販売名「ガモファー散2%」、「ガモファー散10%」)物件目録3「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン錠」(販売名「ガスドック錠10mg」、「ガスドック錠20mg」)物件目録4「日本薬局方ファモチジン」を原薬とするH2受容体拮抗剤たる「日本薬局方ファモチジン散」(販売名「ガスドック散2%」)
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 田中秀幸