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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 13年 (ワ) 22569号 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
原告 株式会社イビデン
原告訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同 川岸弘樹
同補佐人弁理士 広江武典
同 宇野健一
被告 アイカ工業株式会社
被告訴訟代理人弁護士 三木 浩太郎
同補佐人弁理士 足立勉
同 石原啓策
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録記載の物件を製造し,譲渡し,譲渡のために展示してはならない。
2 被告は,前項の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,3億円及びこれに対する平成13年11月6日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
5 仮執行宣言
事案の概要
本件は,後記特許権を有する原告が,被告が製造・販売している製品が当該特許発明技術的範囲に属し,その製造・販売が当該特許権を侵害するものであるとして,被告に対し,当該製品の製造・販売等の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,次の特許権(以下,「本件特許権」という。)を有している。
特許番号 第2136276号 発明の名称 金属調メラミン樹脂化粧板 出願年月日 昭和63年7月6日 出願公告年月日 平成7年1月18日 登録年月日 平成10年5月15日 (2) 上記(1)の特許権に係る明細書(平成12年6月27日付け訂正請求による訂正後のもの。以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の全文訂正明細書〔以下「別紙訂正明細書」という。〕を参照)に記載された特許請求の範囲請求項4の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板であって,前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板。」 (3) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と, B 該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂であって, C 前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に, D 前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質粉末を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板 (4) 上記(1)の特許権に係る,別紙訂正明細書に記載された特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「請求項1の発明」という。)。
「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層と,該メラミン樹脂層上に形成されたオーバーレイ層とからなる 金属調メラミン樹脂化粧板であって,前記オーバーレイ層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されている と共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板。」 (5) 本件特許発明と請求項1の発明との相違点は,下線部を付した点にあり,本件明細書によれば,この点の作用効果は,オーバーレイ層を省略してコストダウンを図ることである。
(6) 被告は,別紙物件目録記載のイ号物件及びロ号物件(以下「被告製品」と総称する。)を,現在製造・販売し,又は製造・販売していた。
(7) ロ号物件には,オーバーレイ層に該当するものは存在しない。
2 被告製品の構成 (1) イ号物件 ア 被告の主張するイ号物件の構成 @ フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙と A 顔料(主として酸化チタン)をパルプに混抄した無地着色紙(通称「チタン紙」)にメラミン樹脂を含浸乾燥したものと B 雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷を施した,セルロースからなる透明紙(通称「オーバーレイ紙」)にメラミン樹脂を含浸乾燥したもの C を組み合わせ, D これにスウェード様の形状を有する賦型板を積載して,高圧(70〜100s/p2),高温(120〜140℃)でプレス成形した E メラミン樹脂化粧板である。
F したがって,その層構造は,下から順に,クラフト紙,フェノール樹脂層,着色紙,メラミン樹脂層,オーバーレイ紙,メラミン樹脂層として構成される。
イ 原告の認否等 Bの「ベタ刷り印刷」は,「ベタ刷りのグラビア印刷」である。「オーバーレイ紙」は,オーバーレイ紙という種類の紙があるわけでなく,使用態様からそのように称されるものである。Cの「を組み合わせ」は,「と積層し」とされるべきである。Dの「スウェード様の形状を有する」の部分は,「凹凸形状を有する」とされるべきである。Fの「フェノール樹脂層」は,クラフト紙に含浸されており,存在しない。「オーバーレイ紙」は「透明紙」と表現されるべきである。その余は認める。
(2) ロ号物件 ア 被告の主張するロ号物件の構成 @ フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙と A 雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビアインク数種を用いて石目様抽象柄の模様の印刷を施した,顔料(主として酸化チタン)をパルプに混抄した無地着色紙(通称「チタン紙」)にメラミン樹脂を含浸乾燥したものと B を組み合わせ, C これに梨地様の形状を有する賦型板を積載して,高圧(70〜100s/p2),高温(120〜140℃)でプレス成形した D メラミン樹脂化粧板である。
E したがって,その層構造は,下から順に,クラフト紙,フェノール樹脂層,着色紙,メラミン樹脂層として構成される。
イ 原告の認否等 Aの「石目様抽象柄の模様の印刷」は,「グラビア印刷」である。Bの「を組み合わせ」は,「と積層し」とされるべきである。C「梨地様の形状を」の部分は,「凹凸の形状」とされるべきである。Eの「フェノール樹脂層」は,クラフト紙に含浸されており,存在しない。その余は認める。
3 争点 (1) 被告製品が本件特許発明技術的範囲に属し,被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害するか,なかでも ア イ号物件が構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバーレイ層が存在するか(争点1)。
イ 被告製品は構成要件C及びDを充足するか(争点2)。
(2) 本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか(争点3)。
(3) 被告の先使用の抗弁が成立するか(争点4)。
(4) 原告の損害等(争点5)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(イ号物件が構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバーレイ層が存在するか)について (1) 原告の主張 ア イ号及びロ号物件は,いずれも,@構成要件Aの,基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層を備えている,A構成要件Bの該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板である,B前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されている,C前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる輝度物質粉末を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板である。
したがって,イ号及びロ号物件は,本件特許発明のすべての構成要件を満たすものであり,本件特許権の技術的範囲に属する。
イ 被告は,構成要件A及びBは,「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とだけからなり,オーバーレイ層を有しない金属調メラミン樹脂化粧板」と解釈される,と主張する。しかし,技術用語において使用されるオーバーレイ紙とは,「パターン紙の印刷模様の保護,並びに化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙」である(甲5の173頁,12行から13行目)。本件明細書においても,請求項1の発明において「該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層と,該メラミン樹脂層上に形成されたオーバーレイ層とからなる金属調化粧板であって」とされ,発明の詳細な説明において,「メラミン樹脂層の上にはオーバーレイ層が形成されている。オーバーレイ層の表面には,エンボス加工による凹凸面が形成されている。」(別紙訂正明細書3頁15行〜16行)とされ,さらに「含浸紙をメラミン樹脂が含浸されたパターン層の上に積層して,加熱加圧プレス,例えばメラミン樹脂層の場合と同様,30〜80s/p2の圧力下で130℃から170℃で熱圧着することにより,オーバーレイ層を設けることができる。」(同4頁27行〜5頁1行)とされている。このように,本件明細書においても,印刷模様がされたパターン層の上層に形成されているものを「オーバーレイ層」としているのである。よって,本件明細書に記載された「オーバーレイ層」とは,本来の技術用語と同様の意味である「パターン紙の印刷模様の保護,並びに化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙」を指すものである。この点被告は,「セルロースからなる透明紙」について,意図的に「通称オーバーレイ紙」と表現しているが,被告が「オーバーレイ層である」と主張する透明紙は,その上面に「雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないべた刷り印刷を施し」てある以上,印刷模様の保護や化粧板物性の向上を目的としているものではないことは明らかである。よって,イ号物件における「透明紙」は,本件特許発明におけるオーバーレイ層には該当しないものであり,被告が主張するオーバーレイ紙は,「透明紙に雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないべた刷り印刷を施し」てある,本件特許発明における金属調化粧紙を構成するものである。したがって,オーバーレイ層を有するものであるから構成要件A及びBに該当しないという被告の主張は理由がない。
(2) 被告の主張 ア イ号物件は,構成要件A及びBの「基材からなるべ一ス層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板」に該当しない。
本件特許発明は,請求項1の発明から「オーバーレイ層」を省略したものであり,これによって「オーバーレイ層を省略してコストダウンを図り,安価な金属調メラミン樹脂化粧板が得られる」(別紙訂正明細書5頁15行〜16行,同6頁2行〜3行)ことを課題解決及びその作用効果とするものであるところ,該「オーバーレイ層」とは「例えば,上記メラミン樹脂層の上にオーバーレイ紙を重ね合わせ‥‥形成される」(同3頁17行〜20行)ものを指すのであるから,メラミン樹脂を含浸させたオーバーレイ紙,すなわちオーバーレイ層を有するメラミン樹脂化粧板が,本件特許発明技術的範囲に含まれないことは明らかである。すなわち,構成要件A及びBは,「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とだけからなり,オーバーレイ層を有しない金属調メラミン樹脂化粧板」と解釈されるものである。しかるに,イ号物件は,前記のとおり,クラフト紙にフェノール樹脂を含浸したものと無地着色紙(チタン紙)にメラミン樹脂を含浸乾燥させたものと,透明紙(オーバーレイ紙)にメラミン樹脂を含浸乾燥させたものとを高圧高温で一体成形したものであって,オーバーレイ層を有するものであるから構成要件A及びBに該当しない。
イ また,「オーバーレイ層」の存否とは別に,イ号物件は,構成要件A,B及びDの「金属調化粧紙」を有せず,したがって構成要件B及びDの「金属調メラミン樹脂化粧板」に該当しない。構成要件A,B及びDの「金属調化粧紙」は輝度物質微粉によって金属質感を付与された化粧紙を指すものと解される。そして「輝度物質」については,その文言上「輝度」であることが限定されて,また別紙訂正明細書には「本発明において,金属質感を付与する輝度物質微粉は,パール粉末,マイカ粉末,バーミュライト粉末,金粉末,銀粉末,銅粉末,アルミ粉末等のいずれか1種又は2種以上であることが好ましい」(同4頁2行〜4行)と記載されているから,金,銀,銅,アルミ等のような金属光沢を有する物質を指すものであり,したがって構成要件A,B及びDの「金属調化粧紙」もまた金属光沢を有する化粧紙と解される。しかるに,イ号物件に用いられる化粧紙は,前記のとおり,主として酸化チタンからなる顔料をパルプに混抄して製造した無地着色紙(チタン紙)であって,パール粉末,マイカ粉末,バーミュライト粉末,金粉末・銀粉末,銅粉末,アルミ粉末等の輝度物質微粉を含有せず,したがって輝度物質微粉によって金属質感,金属光沢を付与された「金属調化粧紙」に該当しない。イ号物件は,現に被告商品カタログにおいて「スウェード調仕上げ」と標記され,「金属調」の外観ではないことを強調して市場に提供されており,また消費者の間においても,イ号物件は,光沢のない柔らかく温かい質感のメラミン樹脂化粧板として認識されている。
また,ロ号物件は,前述のとおり(前記第2,2参照),無地着色紙に雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビアインク数種を用いてグラビア印刷するが,その際,石目様抽象柄の模様を形成するように印刷するものである。したがって,その外観は「石目様抽象調」と評価し得るものであって,金属質感,金属光沢を有するとはいえない。現に,ロ号物件は,非金属仕上げ,すなわちメタリック仕上げではないことを強調して市場に提供されており,消費者の間においても,ロ号物件は,光沢のない自然石調風合いを持つメラミン樹脂化粧板として認識されている。
ウ 別紙目録記載の被告製品中,イ号物件の PJ-5208BF71 PJ-5108BM62 PJ-5111BM62 PJ-5114BM62 PJ-5208BM62 PJ-5408BM62 PJ-5411BM62 PJ-5412BM62 PJ-5414BM62 PJ-5612BM62 PJ-5813BM62 は,現在製造・販売していない。
ロ号物件の JN-501BT JN-503BT も同様である。
2 争点2(被告製品が構成要件C及びDを充足するか)について (1) 原告の主張 ア 構成要件C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」とは,エンボス加工面による凹凸面と,印刷凹凸目とが,同調する部所が随所に存在し,この同調部分によって化粧板の表面が光反射相乗効果により鮮明に見えることを指すと解すべきであり,それ以上に限定解釈すべきではない。本件明細書の「発明の詳細な説明」欄におけるエンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目との相互の関係についての記載であるとして被告の挙げる「エンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目が略同形であり,また,双方の凹凸の位置が相互に同調,すなわち,一方の凸部が他方の凹部に略対応するように形成されている」との部分は,実施例において本件特許発明の最も効果が高いと思われる場合を説明しているにすぎない。上記文言を根拠に被告主張のように限定解釈することは,許されない。
イ 被告製品は,甲7及び甲9の走査顕微鏡写真による分析結果では,明らかに印刷凹凸目が形成されている。そして,この分析結果によれば,被告製品に光相乗効果を有することができる程度のエンボス加工が施されていることは,明らかである。
ウ さらに,被告は,イ号物件は,被告商品カタログにおいて「スウェード調仕上げ」と標記され「金属調」の外観ではないことを強調して市場に提供されているとし,ロ号物件は,無地着色紙に雲母微粉又はアルミ微粉を含有するグラビアインク数種を用いて,石目様抽象柄の模様を形成するように処理してグラビア印刷するものであり,その外観は「石目様抽象調」と評価し得るものであるから,いずれも金属調質感を有しないと主張する。しかし,検甲3及び検甲4の被告のカタログからは,被告がイ号物件及びロ号物件をメタリック調の質感を有することを売り物にしていることが明らかである。
したがって,被告製品はいずれも,構成要件C及びDを充足する。
(2) 被告の主張 ア イ号物件は,構成要件D「前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有する」ものではない。構成要件Dは,グラビア印刷した金属調化粧紙を使用することを内容とするものであり,メラミン樹脂層上またはオーバーレイ層(そもそも本件特許発明は最表面のオーバーレイ層がないメラミン樹脂化粧板を内容とするものであるが)その他にグラビア印刷するものはこれに該当しない。しかるに,イ号物件は,前述のとおり着色紙上には何らの印刷も施さず,オーバーレイ紙上に雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷を施すものであるから,その文言上からも構成要件Dに該当しないことは明白である。
イ イ号物件は,構成要件C及びDの「前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有する」を充足しない。同構成要件においては,「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に印刷凹凸目を有する」と記載されているに止まり,エンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目がいかなる態様において「と共に」存在するか,相互にどの様な関係にあるかについては,特許請求の範囲の文言からだけでは一義的に明確ではない。本件明細書の「発明の詳細な説明」欄を見ると,次のような記載がある。
「〔産業上の利用分野〕本発明は,金,銀,銅,アルミニウム等の金属調質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有する金属調メラミン樹脂化粧板に関する。」(別紙訂正明細書1頁27行〜29行) 「〔解決しようとする課題〕本発明は,かかる従来技術の問題点に鑑みてなされたもので,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有し,かつ安価な,金属調メラミン樹脂化粧板を提供しようとするものである。」(同2頁18行〜20行) 「〔課題の解決手段〕また,これにより,金属調化粧紙からなるパターン層の印刷凹凸目を,上記オーバーレイ層のエンボス加工面と同調させて,パターン層を浮き上がらせることができる。従って,該印刷凹凸目中に含有されている輝度物質微粉は,上記浮き上がり効果により金属調メラミン樹脂化粧板の表面で鮮明に見えることとなる。また,金属調メラミン樹脂化粧板に光照射した場合,光が上記エンボス加工面と印刷凹凸目において同一方向に反射するため,該印刷凹凸目の凹凸目を減少することができる」(同4頁12行〜18行) 「〔作用及び効果〕本発明にかかる金属調メラミン樹脂化粧板は,グラビア印刷により得られる,上記輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目が形成された,金属調化粧紙を用いて構成されている。そのため,上記印刷凹凸目が金属質感を付与する輝度物質微粉末によってメタリック装飾美を付与する。また,上記金属調メラミン樹脂化粧板は,その表面にエンボス加工面を有する。そのため,上記エンボス加工面と金属調化粧紙の印刷凹凸目において双方の凹凸が同調し,光の同一反射による浮き上がり効果,即ち光反射相乗効果が生じて,エンボス加工美を発揮させることができる。」(5頁18行〜25行) そして,実施例として,次の記載がある。
「本例の金属調メラミン樹脂化粧板は,上記のように構成されているので,次の作用効果を有する。即ち,透明なオーバーレイ層5の表面に形成したエンボス加工面4とパターン層6の表面に存在している印刷凹凸目61,62とは略同形であり,また双方の凹凸の位置は相互に同調している。つまり,E1とE2との2点鎖線において,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美4の凸部42と,印刷凹部62との位置は略対応している。そのため,光線L1が進入して来ると,上記凸部42で反射する光線L2と,オーバーレイ層5内に進入した光線L3及びその反射光L4とは略同一方向に反射する。これにより,上記印刷凸部61内に存在するアルミ粉末が表面に浮き上がって見える。したがって,本例によれば,アルミ金属調の金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美を有する金属調メラミン樹脂化粧板を提供することができる」(同7頁17行〜28行) 上記の各記載によれば,本件特許発明では,グラビア印刷によって得られる輝度物質微粉を含有する印刷インクで化粧紙上に形成された印刷凹凸目とメラミン樹脂層表面に施されたエンボス加工による凹凸面は,互いに略同形で,かつ一方の凸部が他方の凹部にまた一方の凹部が他方の凸部に略対応するように形成されることにより,光の同一反射による浮き上がり効果,すなわち光相乗効果が生じ,本件特許発明の作用効果であるメタリック装飾美とエンボス加工美を併有する安価な金属調メラミン樹脂化粧板を得ることができるのである。したがって,構成要件C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,印刷凹凸目を有する」とは,エンボス加工による凹凸面と印刷凹凸目とが略同形であり,また双方の凹凸の位置が相互に同調する(すなわち一方の凸部が他方の凹部に略対応する)ように形成されていることを内容とするものと解すべきこととなる。
しかるに,イ号物件においては,前述のとおり,オーバーレイ紙上には雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷が施されているにすぎず,その印刷表面は略水平状であって印刷凹凸目が存しない。また,仮にグラビア印刷によって印刷凹凸目が形成されているとしても,イ号物件のメラミン樹脂化粧板は,前記のような高圧,高温を加えてプレス成形するものであるため(前記第2,2参照),このようなプレス成形過程において該印刷凹凸目は潰れ,若しくは印刷インクがオーバーレイ紙中に含浸し,又は印刷インクに含有された輝度物質微粉がオーバーレイ紙を押し下げて埋没するなどして,その印刷表面はほぼ水平面となり,現実的には印刷凹凸目は存しない状態となっている。さらに,イ号物件のエンボス加工に用いる賦型板に形成された凹凸部はスウェード調のエンボスであり,オーバーレイ紙をグラビア印刷する際に用いる製版の凹凸部とは無関係に形成されている。その結果,エンボス加工面の凹凸部とグラビア印刷による印刷凹凸部の形状は一致することなく,また必ず双方の凹凸の位置が相互に同調する(すなわち一方の凸部が他方の凹部に略対応する)という相互関係にはない。したがって,イ号物件は,構成要件C及びDの「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,印刷凹凸目を有する」を充足しない。
ロ号物件についても,エンボス加工に用いる賦型板に形成された凹凸部が梨地状である以外はこれと同様であるから,同様に構成要件C及びDのを充足しない。
3 争点3(本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について (1) 被告の主張-特許法29条2項違反及び36条4項違反 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないが,本件特許には,以下に述べるような明白な無効事由があり,これに基づく請求は権利の濫用に当たり許されない。
ア 特許法29条2項違反 本件特許発明は,乙5(特開昭54-96579号公報)に記載の発明と乙1(特開昭55-159970号公報)又は乙4(実公昭49-27765号公報)に記載の発明に基づいて,あるいは乙5に記載の発明と乙2(特開昭63-84936号公報)及び乙1又は乙4の各文献に記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,同法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
イ 特許法29条1項違反 被告は,本件特許発明構成要件のすべてを備える被告の製品アイカラビアンJI-24B(以下,「JI24B」と略称する。また,他の被告製品も同様に略称する。),JI24C,JI44B,JI52B,JI53B,JI53Cを,本件特許発明の出願時に販売していて公然実施しており,かつこれら製品は公然知られていたから,本件特許発明は,特許法29条1項の規定により特許を受けることができないものである(詳細は,平成14年3月5日付け被告準備書面(3)参照)。
ウ 特許法36条4項違反 グラビア印刷によって形成される印刷凹凸目は,通常極めて微小であり,紙がもともと有する凹凸と区別できない。けだし,インクは,紙間への浸透性に優れたものであり,しかもパターン紙の紙質は,メラミン樹脂の含浸性を確保するために,樹脂の浸透性を良好にしたものであるから,印刷インクは紙に印刷されると一部浸透してしまい,紙表面には印刷凹凸目があるとは認められないのである。したがって,そのような紙がもともと有する凹凸と区別できない程に微小な印刷凹凸目では光の同調は生じないので,本件特許発明の作用効果は生じない。また,メラミン化粧板の成型は,本件明細書にも記載されているとおり,温度130〜170℃,圧力30〜80s/p2で熱圧成型されるため,たとえ印刷凹凸目が形成されたとしても,こうした成型時の温度・圧力で印刷インキの軟化,流動化及び硬化途中のベース層に押し付けられることによって,平坦になってしまう(印刷凹凸目が消滅する)。つまり,本件特許発明のように「印刷凹凸目」と称する構造が存在しても,存在しなくても,効果において差異はなく,実際に存在するかどうかも疑わしいのであるから,本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄は,当業者が容易に実施可能な程度に明確かつ十分に記載されているものとは認められない。
(2) 原告の主張 本件特許に無効事由は存せず,原告の権利行使は権利の濫用とならない。
ア 本件特許発明は,乙1,乙2,乙4,乙5に記載されたどの発明とも異なり,これらに基づいて容易に発明することができたものではない。
(ア) 本件特許発明と乙1の発明とは,本件特許発明が「金属調化粧板」であるのに対し,乙1の発明は「天然木調化粧板」である点,本件特許発明が「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」ものであるのに対し,乙1の文献にはエンボス加工による凹凸面を形成し,これと共に相互作用を有する印刷凹凸目を形成したことが記載されていない点で異なる。
(イ) 本件特許発明と乙2の発明とは,本件特許発明が「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」ものであるのに対し,乙2には記載も示唆もされていない点,乙2の発明の作用効果が,オーバーレイ紙の表面に金属調光沢付与剤を含有したインクを用いて印刷され,その表面に樹脂が塗布・含浸されているため,耐摩耗性,耐汚染性,耐熱性等に優れた品質と美観を有する化粧板を得ることであるのに対し,本件特許発明のそれが,エンボス加工による凹凸面と金属調化粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果により,パターン層を浮き上がらせ,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有するものである点において異なる。
(ウ) 本件特許発明と乙4の発明とは,乙4の発明が木調の化粧紙(化粧板でなく)である点でまず異なる。また,乙4には,「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」点が記載も示唆もされていない点,乙4の発明がエンボス加工による凹凸面と金属調化粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果を利用した作用効果を有しない点で異なる。
(エ) 本件特許発明と乙5の発明とは,乙5には,「エンボス加工による凹凸面‥‥と共に,‥‥印刷凹凸目を有する」点が記載も示唆もされていない点,乙5の発明の作用効果が,「シート状物に施されたメタリックインク層を透明インク層で被覆していることにより,樹脂含浸時の金属粉末の脱落がなく,また熱圧時の樹脂の流動による金属粉末の脱落がないので,メタリック感にムラ及びバラツキが生じないこと,均一な好みの色のメタリック化粧板を得ることができるとする」点にあるのに対し,本件特許発明のそれが,エンボス加工による凹凸面と金属調化粧紙の印刷凹凸目との光反射相乗効果により,パターン層を浮き上がらせ,金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有するものである点において異なる。
イ 被告の主張イに対して 被告は,被告の製品JI24B,JI24C,JI44B,JI52B,JI53B,JI53Cが,本件特許発明の出願時公然知られていたとして,乙6ないし32を提出するが,これら製品が「メラミン樹脂化粧板」であるとの記載がどこにもなく,これら書証は意味不明である。仮にこれら製品が,公知であり,「メラミン樹脂化粧板」であったとしても,上記の各発明のように,本件特許発明の作用効果を有するものでないから,本件特許発明進歩性が存しないことにはならない。
ウ 被告の主張ウに対して 被告は,グラビア印刷によって形成される印刷凹凸目は,通常極めて微小であり,紙がもともと有する凹凸と区別できない,けだしインクは紙間への浸透性に優れたものであり,しかもパターン紙の紙質は樹脂の浸透性を良好にしたものであるから,印刷インクは紙に印刷されると一部浸透してしまい紙表面には印刷凹凸目があるとは認められない,したがって,光の同調は生ぜず,本件特許発明実施不能であり,特許法36条4項に違反すると主張する。しかし,紙表面に印刷凹凸目があることは甲7及び甲9で実証済みである。したがって,被告の同主張は理由がない。
4 争点4(被告の先使用の抗弁が成立するか)について (1) 被告の主張 被告は,本件特許出願日である昭和63年7月6日より以前である昭和55年8月ころにはJI24Bの製品及びサンプル品を製造したうえ,同年9月,この現品を貼付した被告製品カタログを作製して,これを販売あるいは材質見本として配布した。同製品は,ロ号物件と技術的範囲を同一にするものである。
また,被告は,遅くとも,本件特許出願日である昭和63年7月6日より以前である昭和63年6月中には,被告製品カタログにJI44B及びJI52Bの現品を自社製品として掲載し,同カタログを販売あるいは材質見本として頒布したうえ,販売していた。これら製品は,イ号物件と技術的範囲を同一にするものである。
したがって,仮にイ号及びロ号物件が本件特許発明技術的範囲に属するとされた場合であっても,本件特許発明出願前から被告が実施していたJI44Bと技術的範囲を同一とするイ号物件,及び,JI24Bと技術的範囲を同一とするロ号物件について,被告は特許法79条に基づく通常実施権を有するものである(詳細は平成14年3月5日付け被告準備書面(2)参照)。
5 争点5(原告の損害)について (1) 原告の主張 ア 特許法102条2項に基づく損害賠償請求 (ア) 被告は,平成10年10月15日から平成13年10月14日までに,イ号物件を少なくとも月間1万5000枚(年間18万枚),累計で少なくとも54万枚製造・販売した。イ号物件の販売価格は1枚2500円であり,被告の1枚当たりの純利益額は1000円を下らない。
(イ) 被告は平成10年10月15日から平成13年10月14日までに,ロ号物件を少なくとも月間3000枚(年間3万6000枚),累計で少なくとも10万8000枚を製造・販売した。ロ号物件の販売価格は1枚2500円であり,被告の1枚当たりの純利益額は1000円を下らない。
(ウ) したがって,平成10年10月15日から平成13年10月14日までの3年間に,被告がイ号物件の製造・販売により得た利益額は, 1000円×18万枚×3年=5億4000万円を下らない。
また,同期間に被告がロ号物件の製造・販売により得た利益額は, 1000円×3万6000枚×3年=1億0800万円を下らない。
そして,この被告が得た利益額の合計額,金6億4800万円は特許法102条2項に基づき,原告の損害と推定される。
イ 不当利得返還請求 (ア) 本件特許権の出願公告日である平成7年1月18日から平成10年10月14日までの45か月間に被告がイ号物件の製造・販売により得た売上金額は, 2500円×1万5000枚×45か月=16億8750万円を下らない。
(イ) 同期間に被告がロ号物件の製造販売により得た売上金額は, 2500円×3000枚×45か月=3億3750万円を下らない。
(ウ) 被告はこのロイヤリティ相当額を不当利得として原告に支払う義務がある。そしてこのロイヤリティ相当額は売上金額の8%を下らない。したがって,被告はイ号物件及びロ号物件の販売によって得た売上金額計20億2500万円の8%である1億6200万円を,不当利得として原告に支払う義務がある。
ウ よって,原告は被告に対し,本件特許権に基づき,不法行為に基づく損害賠償金6億4800万円及び不当利得に基づく利得1億6200万円の合計額である8億1000万円の内金3億円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張 原告の主張は,すべて争う。
当裁判所の判断
1 争点1(イ号物件は構成要件Bを充足するか,すなわちイ号物件にはオーバーレイ層が存在するか)について (1) 本件明細書の記載 前記争いのない事実記載のとおり,本件明細書は,請求項1の発明を掲載しているが,本件明細書の記載は主としてこの発明について述べられている。そして,本件明細書には,「また,本件発明においては,最表面の上記オーバーレイ層がない,金属調メラミン樹脂化粧板とすることもできる。該金属調メラミン樹脂化粧板としては,例えば,基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂化粧板であって,前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板がある。これにより,最表面の上記オーバーレイ層を省略してコストダウンを図り,安価な金属調メラミン樹脂化粧板が得られる。」(別紙訂正明細書5頁7行〜14行)と記載されている。したがって,本件明細書において,本件特許発明は,請求項1の発明から派生した別個の発明として特定されており,両発明の相違点は,オーバーレイ層の存否とそれによるコストダウンの効果にあるとされている。
オーバーレイ層が存在することは,本件特許発明にとっては単なる付加的な構成とはいえない。
(2) オーバーレイ層について 請求項1の発明の層構造は,下から順に,@基材からなるベース層,A場合により積層熱硬化層(別紙訂正明細書3頁下から2行目),B金属調化粧紙からなるパターン層,Cメラミン樹脂層,Dオーバーレイ層,Eメラミン樹脂層(別紙訂正明細書4頁21行ないし26行),である。このうち,A及びEは,特許請求の範囲には明示されていない。
これに対し,イ号物件のそれは,同様に,(一)クラフト紙,(二)フェノール樹脂層,(三)着色紙,(四)メラミン樹脂層,(五)透明紙(又はオーバーレイ紙),(六)メラミン樹脂層,である((二)フェノール樹脂層の存在を除き,当事者間に争いがない。前記第2,2「被告製品の構成」参照)。上記によれば,イ号物件の(五)透明紙層は,2つのメラミン樹脂層の間に存在するもので,この点では,請求項1の発明におけるDオーバーレイ層に対応する部分に存在するということができる。
(3) オーバーレイ層の意味 ア 積層構造の観点から 乙3(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」),乙37(JIS工業用語大辞典・第2版),乙38(小川伸「英和プラスチック工業辞典」)によれば,「オーバーレイ紙」の用語の意味は,「化粧紙の上に積層する,透明樹脂含浸紙からなる層」をいうものと解される。
イ 機能の観点から 甲5(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」),乙38(小川伸「英和プラスチック工業辞典」)によれば,「オーバーレイ紙」とは,「印刷模様等の表面保護及び化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙」をいうものと解される。
(4) イ号物件との対比 まず,上記(3)アの観点からすると,イ号物件の「オーバーレイ紙」は,本件特許発明における「オーバーレイ層(オーバーレイ紙)」に該当すると考えることができる。
次に,上記(3)イの観点からしても,イ号物件の「雲母微粉を含有するグラビアインク1色を用いて模様のないベタ刷り印刷を施した,セルロースからなる透明紙」は,「顔料をパルプに混抄した無地着色紙(にメラミン樹脂を含浸乾燥したもの)」を保護しているうえ,該透明紙にはメラミン樹脂を含浸しているから,耐摩耗性,耐汚染性,耐熱性等を損なうことなく化粧板物性を向上する機能を有していると推認される。したがって,「オーバーレイ層(オーバーレイ紙)」に該当すると考えられる。
(5) 原告の主張について 原告は,本件明細書及び甲5(新建材研究所編「化粧板ハンドブック」)の記載に照らせば,本件明細書において,オーバーレイ層は,エンボス加工を施すことができる最表面の層として用いられ,パターン紙の保護及び化粧板物性(耐摩耗性,耐薬品性等)向上を目的とした紙としての機能を持たせたものとして使用されるものであるところ,イ号物件の透明紙は,その上にグラビア印刷を施すものであり,本件明細書の「パターン層」の一部を構成するものであって,「オーバーレイ層」に該当しないと主張する。
たしかに,本件明細書では,オーバーレイ層は最表面の層として用いられており,オーバーレイ層上に印刷する例は示されていない。しかし,オーバーレイ紙の表面に印刷することは乙2(昭63-84936公開特許公報)から本件特許出願当時公知であったものと認められるし,同公報には,実施例としてオーバーレイ紙の表面に金属光沢付与物質を印刷したものが耐摩耗性,耐汚染性,耐熱性等に優れていることが記載されている(第1表「物性比較表」)から,本件特許出願時の技術水準を参酌すれば,表面に印刷を施したものをオーバーレイ層と解することは妨げられないというべきである。
以上により,イ号物件は,オーバーレイ層を備えるものであるから,構成要件Bを充足せず,本件特許発明技術的範囲に属しないものというべきである。
さらに,イ号物件は,オーバーレイ紙上にグラビア印刷を施しているから,化粧紙にはグラビア印刷を施しておらず,構成要件Dをも充足しないことになる(なお,イ号物件は,「パターン層」に印刷を施したものでないから,請求項1の発明の技術的範囲に属しないこともいうまでもない。)。
2 争点3(本件特許権に無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか) 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。そこで本件特許に無効事由が存在するか検討する。
(1) 本件公知文献の存在 特開昭54-96579号公報(乙5。以下「本件公知文献」という。)には,「紙その他のシート状物の一面に金属微粉末を含有するメタリックインク層および該メタリックインク層を被覆する透明インク層を順に全面に設けた後,上記シート状物に熱硬化性樹脂を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成し,該樹脂含浸シートを基材上に配して熱圧一体化せしめ」て製造されたメタリック化粧板が開示されている。
上記発明においては,紙等のシート状物に金属微粉末を含有するメタリックインクで印刷し,これに熱硬化性樹脂を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成する。このシートは,「乾燥され溶剤等の揮発分が除去された後,基材4上に配されて熱圧され,シート3と素材4とが一体化された化粧板が得られる。上記基材4としては合板,パーティクルボード等の木質板,積層含浸紙等が用いられる。」(本件公知文献3頁左上欄6行ないし11行)とされ,ここには本件特許発明構成要件Aの「基材からなるベース層上に形成された金属調化粧紙からなるパターン層と,」が開示されている。
次に,「先ず,化粧紙等のシート状物1に対しアルミ粉末等の金属微粉末を含有する透明インクでもって全面に印刷してメタリックインク層を形成する。」(本件公知文献2頁左下欄15行ないし18行),「シート状物1に熱硬化性樹脂を含浸乾燥せしめて樹脂含浸シートを作成する。」(同頁左下欄最下行ないし右下欄2行),「含浸に使用する熱硬化性樹脂液としては,‥‥メラミン‥‥その他の熱硬化性樹脂が用いられ‥‥る。」(同頁右下欄7行ないし10行)の部分,及びこの発明がメタリック化粧板である点には,本件特許発明構成要件Bの「該金属調化粧紙に含浸したメラミン樹脂層とからなる金属調メラミン樹脂であって,」が開示されている。
さらに,「上記化粧板は熱圧時に鏡面板を介して熱圧されるが,鏡面板に代えてエンボス賦型板を介して熱圧してもよい。」(同3頁右上欄14行ないし16行)の部分には,本件特許発明構成要件Cの「前記メラミン樹脂表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,」が開示されている。
他方,本件特許発明構成要件Dの「前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質粉末を含有する印刷凹凸目を有することを特徴とする金属調メラミン樹脂化粧板」については,本件公知文献には開示されていない。
(2) 公知技術の存在 しかしながら,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化粧紙にグラビア印刷することは,本件特許の出願時に公知であったと認められる。例えば,特開昭55-159970号公報(乙1)及び実公昭49-27765号公報(乙4)には,いずれも,金属粉末等の輝度物質微粉をインク中に混入しグラビアインクとして,化粧紙にグラビア印刷する技術が開示されている。そうして,輝度物質微粉を含有するグラビアインクによりグラビア印刷すれば,印刷凹凸目が生ずることは,本件特許発明においても公知技術として当然の前提としているところである。
そうすると,本件公知文献における化粧板の製造方法として,メタリックインク層の形成に,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化粧紙にグラビア印刷するというこの公知技術を用いることは,当業者が容易に想到することといわなければならない。しかも,本件特許発明が,本件公知文献における化粧板の製造方法として,メタリックインク層の形成に,輝度物質微粉を含有するインクを用いて化粧紙にグラビア印刷するという公知技術を用いたことにより,格別顕著な技術的効果を奏し得たものとも認められない(本件特許発明の特許請求の範囲においては,「前記メラミン樹脂層表面にはエンボス加工による凹凸面が形成されていると共に,前記金属調化粧紙はグラビア印刷により得られる,輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目を有する」と記載されているにとどまり,「エンボス加工による凹凸面と輝度物質微粉を含有する印刷凹凸目が同調する」点に関しては何ら記載されていない。そうすると,本件において原告が主張するところの光反射相乗効果なるものは,特許請求の範囲の記載に基づかない作用効果であり,本件特許発明が光反射相乗効果を奏し得るものとは認められない。)。
上記によれば,本件特許発明は,本件公知文献及び公知技術に基づき,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項に基づき,特許を受けることができないものであることが明らかであるというべきである。
(3) 原告の主張について この点につき,原告は,本件特許発明構成要件C及びDは,本件公知文献や公知技術には開示されていないこと,本件特許発明は,エンボス加工面による凹凸面と,印刷凹凸目とが同調しており,これによって化粧板の表面が光反射相乗効果により鮮明に見えるという作用効果を有するが,これが本件公知文献等には記載されていないことを主張する。
しかしながら,上記(2)に述べたように,本件公知文献及び上記(2)記載の公知技術には,本件特許発明構成要件C及びDも開示されているというべきである。また,上記(2)において述べたとおり,原告の主張する上記作用効果は,特許請求の範囲に基づかない作用効果の主張にすぎない。しかも,本件特許発明が「メラミン樹脂化粧板」に関するものであって,極めて精密な製造方法が採られるということは通常考えにくいこと,本件特許発明の課題が,「金属質感に優れたメタリック装飾美とエンボス加工美とを併有し,かつ安価な,金属調メラミン樹脂化粧板を提供しようとするものである」ことからすれば,本件特許発明において,「エンボス加工面による凹凸面と,印刷凹凸目とが,同調する部所が随所に存在」するような複雑な構成が採られていて,作用効果として「光反射相乗効果」を生じるなどということはむしろ考えにくい。
したがって,原告の主張は採用できない。
3 結論 以上によれば,イ号物件は,本件特許発明技術的範囲に属さない。また,本件特許に無効事由が存在することは明白であるから,本件特許権に基づく権利行使は権利濫用に当たるというべきであるから,イ号物件はもちろんのこと,ロ号物件に対する請求もまた,許されない。
したがって,その余の争点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
物件目録イ号物件目録アイカシステムパールトーンPJ-5108BF71PJ-5111BF71PJ-5114BF71PJ-5208BF71PJ-5408BF71PJ-5411BF71PJ-5412BF71PJ-5414BF71PJ-5612BF71PJ-5813BF71PJ-5108BM62PJ-5111BM62PJ-5114BM62PJ-5208BM62PJ-5408BM62PJ-5411BM62PJ-5412BM62PJ-5414BM62PJ-5612BM62PJ-5813BM62PJ-5411ZF71FPJ5411ZF71PJ-5412ZF71FPJ5412ZF71PJ-5114ZF71FPJ5114ZF71PJ-5414ZF71PJ-5414ZF71ロ号物件目録アイカラビアンJN-501BTJN-503BTJN-504BJN-506BJN-507B訂正明細書
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之