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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 使用方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的範囲 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  先使用権(先使用) /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施権 /  通常実施権 /  目的の範囲 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 24667号 特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件
原告 エポコラム機工株式会社
訴訟代理人弁護士 谷口進
同 渡邊敏
補佐人弁理士 松尾 憲一郎
同 内野美洋
被告A
訴訟代理人弁護士 菊池武
同 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
同 鷹見雅和
補佐人弁理士 大垣孝
同 古澤俊明
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/05/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告と被告との間において,被告は,別紙イ号物件目録記載の混合攪拌翼について,被告の有する特許権(特許番号第2503045号)に基づき,その製造,使用,譲渡又は譲渡のための展示の差止めを求める権利を有しないことを確認する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
1 主文第1項同旨 2 原告は,被告の有する特許権(特許番号第2503045号)につき,別紙イ号物件目録記載の混合攪拌翼(以下「原告製品」という。)を業として製造し,譲渡し又は譲渡のために展示する事業目的の範囲内において,先使用による通常実施権を有することを確認する。
事案の概要
本件は,混合攪拌翼を製造,販売している原告が,混合攪拌翼に関する特許権を有する被告に対して,同特許権に基づき,原告が上記混合攪拌翼を製造,販売することを差し止める権利がないこと等の確認を求めている事案である。
1 争いのない事実等(証拠で認定した事実は末尾に当該証拠を摘示した。) (1) 被告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」といい,本件特許権に係る明細書を「本件明細書」という。)を有している。
特許番号 第2503045号 発明の名称 混合攪拌翼及びその使用方法 出願日 昭和63年4月30日 登録日 平成8年3月13日 特許請求の範囲 別紙特許公報写しの該当欄記載のとおり (2) 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A 外周に放射状に少なくとも一段に配設された攪拌翼を有し硬化剤を含むスラリーを移送可能な中空ロッドと, B 中空ロッドの先端部に配設されその径方向に延在する攪拌ヘッドと, C 中空ロッドに連通し攪拌ヘッド側に位置する攪拌翼の下方に設けられスラリーを吐出する吐出部とを具え, D ロッド回転数をα(r.p.m.),ロッドの挿入速度をβ(cm/min),攪拌翼の段における翼の数をγ,そしてロッドの進行方向における翼の幅をt(cm)とするとき,t>β/(αγ)なる関係を満足すること を特徴とする混合攪拌翼。
(3) 原告は,業として,原告製品を製造,販売等している(甲15,弁論の全趣旨)。
(4) 原告製品は,本件発明の構成要件B及びCを充足する(弁論の全趣旨)。
2 争点 (1) 構成要件Aの充足性 (2) 構成要件Dの充足性 (3) 本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用となるか。
3 争点に関する当事者の主張 (1) 構成要件Aの充足性(争点(1))について (被告の主張) ア 構成要件Aの解釈 構成要件Aの「攪拌翼」は,「中空ロッド」の軸線に対してほぼ直交していることが必要であると限定解釈すべきでない。
本件発明は,軟弱地盤の土地改良のために,硬化剤を含むスラリーを土壌に注入するに当たって,効率よく,しかも安定して土壌を攪拌する目的で発明されたものであり,攪拌翼が中空ロッドの軸線に対して直角であるか否かは上記目的の達成には関係ない。
この点について,原告は,本件明細書の実施例の記載から,構成要件Aの「攪拌翼」は,「中空ロッド」の軸線に対してほぼ直交しているものに限定されると解すべきである旨主張するが,明細書の実施例の記載により発明の技術的範囲を限定することはできないから,原告の上記主張は失当である。
イ 対比 原告製品は,中空ロッドを備えており,これにより硬化剤を含むスラリーを移送可能としているから,構成要件Aを充足する。
(原告の反論) ア 構成要件Aの解釈 構成要件Aの「攪拌翼」は,以下の理由により,「中空ロッド」の軸線に対してほぼ直交し,その幅が一定であることが必要であると解すべきである。
(ア) 本件発明は,土質安定剤と土壌とを均一に,むらなく攪拌することを目的としているところ,同目的を達成するためには,攪拌翼が中空ロッドの軸線に対してほぼ直交し,攪拌翼の幅が均質のものであることが必要である。
(イ) 本件明細書には,本件発明の実施例として,「攪拌翼12を中空のロッド10の軸線に対してほぼ直交させて(翼12の翼面がロッド10の軸線方向に沿って延在するように)配置することにより,攪拌に際して土壌が翼の回転方向に交差する方向に分離して流動することとなり,軸線に対して斜めに配置した場合のように,その傾斜に沿って一様に流動することがなく,従ってより良く土壌を攪拌することができる。」と記載されている。このように,本件発明においては,中空のロッド10の軸線に対して直交する方向に攪拌翼を設けることにより,土壌の好適な攪拌を実現している。
(ウ) 本件特許公報の図面の第1図(A),(C)及び第2図(A)では,攪拌翼12は中空のロッド10の軸線に対してほぼ直交している。
イ 対比 原告製品の各攪拌翼は,中空のロッドの軸線に対して直交せず,軸線方向に対して傾斜して配置されており,また,その幅も一定ではない。なお,原告製品の芯翼14は,補助的な部分を担当しているにすぎない。
したがって,原告製品は構成要件Aを充足しない。
(2) 構成要件Dの充足性(争点(2))について (被告の主張) ア 構成要件Dの解釈 構成要件Dの翼の幅である「t」は一定でなければならないと解釈する根拠はないので,原告のこの点の主張は失当である。なお,複数の攪拌翼のうち,一つでも構成要件Dを充足するものがあれば,構成要件Dを充足すると解すべきである。
イ 対比 (ア) 原告製品の外攪拌翼(12U)の幅(t)は12.2p,ロッド回転数(α)は4.8rpm,ロッドの挿入速度(β)は100p/min,数(γ)は3である。したがって,t>β/αγの式を充たす。
(イ) 原告製品の外攪拌翼(12L)の幅(t)は10.6p,ロッド回転数(α)は4.8rpm,ロッドの挿入速度(β)は100p/min,数(γ)は3である。したがって,t>β/αγの式を充たす。
(ウ) 原告製品の内攪拌翼(13U)の幅(t)は7.4p,ロッド回転数(α)は13.0rpm,ロッドの挿入速度(β)は100p/min,数(γ)は2である。したがって,t>β/αγの式を充たす。 (エ) 原告製品の内攪拌翼(13L)の幅(t)は7.4p,ロッド回転数(α)は13.0rpm,ロッドの挿入速度(β)は100p/min,数(γ)は2である。したがって,t>β/αγの式を充たす。
以上のとおり,原告製品は構成要件Dを充足する。
(原告の反論) ア 構成要件Dの解釈 前記(1)で主張したように,構成要件Dの翼の幅である「t」は一定でなければならない。
イ 対比 原告製品の外攪拌翼12,内攪拌翼13の幅は一定ではない。また,芯翼14は,「t>β/(αγ)」を充足しない。
したがって,原告製品は構成要件Dを充足しない。
(3) 本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用となるか(争点(3))について (原告の主張) ア 新規性の欠如について (ア) 昭和61年6月に運輸省港湾技術研究所から発行された「港湾技術研究所報告」の「VOL.25 NO.2 JUNE1986」に掲載された「3 深層混合処理工法による現場処理土の工学的特性」と題する論文(以下,「本件論文」という。甲4の1)には,以下のとおり,本件発明の構成要件のすべてが開示されている。
a 本件論文中の「深層混合処理工法」には,深層混合処理機が使用されているところ,当該深層混合処理機は,本件発明の「混合攪拌翼」と同一の構造を有する。
b 本件論文には,「(2)配合条件と材令 従来,深層混合処理に用いる安定材としては,JIS規格品である普通ポルトランドセメントや高炉セメントを用いることが」,「の含水比も対象地盤が特定されれば自然含水比として決定されるが,安定材としてセメントスラリーを用いる場合には安定材の添加量と水セメント比とで若干の変更の可能性がある。」と各記載されている。本件論文中の「安定材」は,本件発明の「硬化剤」に相当する。また,本件論文中の「セメントミルク」は,本件発明の「スラリー」に相当する。
c 本件論文には,「外周に放射状に二段に配設された攪拌翼を有し,セメントを含むセメントミルクを移送可能な中空の中心軸を設けてある。」との構成が記載されている。
本件論文には,「中空ロッド」の明示的な記載はないが,「安定材を地中に供給する吐出口,図-3に示すように,掘削翼の中心軸への取付部にある。」との記載があることから,安定材は,中心軸の中を移送されて,吐出口から吐出され,地中に供給されることは明らかであり,また,「今回の実験に用いた処理機の安定材の吐出口は攪拌軸にあったので,この攪拌軸から離れるにしたがって安定材の供給が少なくなる可能性がある。」との記載があることから,吐出口は攪拌軸のみにあったことが明らかである。さらに,本件論文の99頁の図-3から,中心軸が中空であることは明らかである。
d 本件論文には,「中心軸の先端部に配設され,その径方向に延在する掘削翼を設けてある。」との構成が記載されている。
e 本件論文には,「なお,安定材の吐出口は,図-3に示すように,掘削翼の中心軸への取付部にある。」との記載があり,このことから,「中心軸に連通し掘削翼の中心軸への取付部に位置して,攪拌翼の下方に設けられた安定材を吐出する吐出部を設ける。」との構成が記載されているといえる。
f 本件論文の99頁右欄末尾から2ないし1行目及び図-3に,回転数N=50rpm,貫入速度V=0.7m/min,翼の数γ=2であることが記載されている。また,上記図-3を基に翼の幅を計測したところ,翼の幅t=9pであることが判明した(甲4の2)。
上記の数値はt>β/(αγ)を充足する。したがって,本件論文には,本件発明の構成要件Dも開示されているといえる。
(イ) 昭和56年8月1日,株式会社山海堂によって発行された「土木施行 第22巻9号」に掲載された「セメント系地盤改良の原理から施工まで」との記事(甲10),昭和58年5月11日に公開された実開昭58-69034号公報(甲12の1),昭和57年10月18日に公開された特開昭57-169126号公報(甲12の2),昭和62年4月20日に公開された特開昭62-86220号公報(甲12の3)には,本件発明の構成要件AないしC,Eが開示されている。したがって,本件発明の構成要件AないしC,Eは周知技術である。
(ウ) 昭和56年11月30に発行された「竹中技術研究報告 第26号」に掲載された「セメント系硬化剤を用いた深層混合処理機の開発」と題する論文(以下「甲5論文」という。甲5の1)には,本件発明の構成要件Dが開示されている。
(エ) 昭和57年12月30日に発行された「大成建設技術研究所報第15号」に掲載された「深層混合工法に関する基礎的研究-攪拌機構について-」と題する論文(以下「甲6論文」という。甲6の1)には,本件発明の構成要件Dが開示されている。 (オ) 以上より,本件発明は新規性がない。
進歩性の欠如について (ア) 仮に,本件論文には,本件発明の構成要件Dが開示されていないとしても,本件発明は,本件論文に記載された発明と,甲5論文に記載された発明とを組み合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(イ) 仮に,甲6論文には,本件発明の構成要件B,Dが開示されていないとしても,本件発明は,甲6論文に記載された発明と,甲5論文に記載された発明とを組み合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(ウ) 仮に,本件論文には,本件発明の構成要件Dが開示されていないとしても,本件発明は,本件論文に記載された発明と,甲5論文,甲6論文に記載された発明とを組み合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(エ) 昭和56年に発行された「大林組技術研究所NO.22」に掲載された「深層混合処理工法について(その2)」と題する論文(以下「甲7論文」という。甲7)には,本件発明の構成要件A,Eが開示されており,本件発明は,甲7論文に記載された発明と本件論文に記載された発明及び甲5論文に記載された発明とを組み合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(オ) 本件発明は,昭和60年に発行された「大林組技術研究所NO.31」に掲載された「深層混合処理工法について(その7)」と題する論文(甲8)に記載された発明と本件論文に記載された発明及び甲5論文に記載された発明とをみ合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(カ) 本件発明は,昭和55年に発行された「土木施行Vol21No.5」に掲載された「セメント系硬化剤による海底軟弱地盤改良工法」と題する論文(甲9)に記載された発明と本件論文に記載された発明及び甲5論文に記載された発明とをみ合わせることにより,容易に発明をすることができた。
(キ) 以上より,本件発明には進歩性がない。
(被告の反論) 本件発明には,新規性及び進歩性が認められる。なお,原告が指摘する本件論文に記載された深層混合処理機には,「吐出部」が「中空ロッドに連通している」という点,攪拌翼の幅についての記載はない。
当裁判所の判断
1 本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用となるか(争点(3))について (1) 本件論文の記載 本件論文には,以下の記載があることが認められる(甲4の1)。
ア 「1.まえがき」における,「深層混合処理工法は石灰やセメント系の安定材を原位置の軟弱な粘性土に混合して,原位置で人為的に固結土(安定処理土)を形成する化学的な安定処理工法である。」(93頁左欄2ないし5行目)との記載 イ 「3.2 試験に用いた処理機」の項目における,「本船の深層混合処理機先端の構造は,地盤を削って処理機を地中に貫入させるための掘削翼,安定材(セメントミルク)を地中に供給する吐出口,安定材と土とを混合するための攪拌翼とから成っている。(中略)処理機の原仕様を表-3に,処理機先端部の改造後の形状を図-3に示す。」(98頁右欄11ないし22行目)との記載 ウ 「3.2 試験に用いた処理機」の項目における,「安定材の吐出口は,図-3に示すように,掘削翼の中心軸への取付け部にある。」(99頁左欄下から4ないし3行目)との記載 エ 「3.2 試験に用いた処理機」の項目における,「試験杭の打設方法を(中略)示す。(中略)L軸の先端深度がDL-8.5mからDL-11.5mまで,安定材を吐出しながら,回転数N=50rpm,貫入速度V=0.7m/minで処理機を貫入させる。」(99頁右欄11行ないし100頁左欄1行)との記載 オ 「3.2 試験に用いた処理機」の項目中の図-3(99頁)における,外周に放射線状に少なくとも一段に配設された攪拌翼を有する攪拌軸と,攪拌軸の先端部に配設され,その径方向に延在する掘削翼と,攪拌軸の攪拌翼の下方(攪拌翼より掘削翼側)に設けられた吐出口とを具備する深層混合処理機の図 カ 「2.1 現場処理土の特性に影響する要因」の項目中の「(1) 対象土の性質」において,「安定材としてセメントスラリーを用いる場合には」(94頁左欄4ないし5行目)との記載 (2) 本件論文記載の技術内容 甲4の1によれば,本件論文の,「掘削翼」,「吐出口」,「深層混合処理機」は,それぞれ,本件発明の,「攪拌ヘッド」,「吐出部」,「混合攪拌翼」に相当するということができる。
また,上記証拠によれば,本件論文記載の深層混合処理機の吐出口は,安定材を吐出して,地中に供給するためのものであり,同吐出口は攪拌軸に設置されているのであるから(前記(1)イ,ウ,オ),攪拌軸は中空となって吐出口に連通し,安定材が攪拌軸内空を通って移送され,吐出口から吐出される構造になっていることが認められる。したがって,本件論文の「攪拌軸」は本件発明の「中空ロッド」に相当する。
そうすると,本件論文には,外周に放射線状に少なくとも一段に配設された攪拌翼を有し安定材を移送可能な中空ロッドと,中空ロッドの先端部に配設されその径方向に延在する攪拌ヘッドと,中空ロッドに連通し攪拌ヘッド側に位置する攪拌翼の下方に設けられ安定材を吐出する吐出部とを具えた混合攪拌翼という技術が開示されているということができる。
(3) 本件発明と本件論文記載の技術との相違点 本件発明と本件論文記載の技術とは,以下の点において相違する。
@ 本件発明においては,対象地盤に混合されるものは「硬化剤を含むスラリー」であるのに対し,本件論文の上記技術では「安定材」である。
A 本件発明においては,「ロッド回転数をα(r.p.m.),ロッドの挿入速度をβ(cm/min),攪拌翼の段における翼の数をγ,そしてロッドの進行方向における翼の幅をt(cm)とするとき,t>β/(αγ)なる関係を満足すること」という構成が採られているのに対し,本件論文の上記技術においては,上記構成が明示されていない。
(4) 容易想到性の有無 そこで,上記相違点について当業者が容易想到であったかどうかを検討する。
ア 相違点@について 本件明細書に,「この発明は,軟弱な地盤の改良,特には硬化剤を含むスラリーが注入された軟弱な地盤を混合,攪拌するのに供される混合攪拌翼に関するものである。(中略)従来,軟弱な地盤の土質を改良するには,硬化剤を含むスラリーを土壌に注入し」(2欄8ないし13行)と記載されているように,本件発明が「硬化剤を含むスラリー」を土壌に注入するのは,これにより,軟弱な地盤の土質を改良すためであるところ,前記(1)アのとおり,本件論文の深層混合処理工法において使用される安定材は,軟弱な地盤に混合させることにより,固結土を形成させるためのものであるから,本件論文中の「安定材」は,本件発明の「スラリー状の硬化剤」と同じ機能を有する。また,本件明細書に,「本件発明は,(中略)その目的は,硬化剤を含む土質安定剤及び土壌をむらなく混合攪拌することのできる混合攪拌翼を提供することにある。」(3欄10ないし13行)と記載されているように,本件発明に係る技術分野においては,硬化剤と安定材とは実質的に同一である。そして,前記(1)カのとおり,本件論文中には安定材としてセメントスラリーを用いる場合も示されている。したがって,本件論文の上記技術における「安定材」に代えて「硬化剤を含むスラリー」を使用することは当業者が容易に想到し得たことといえる。
イ 相違点Aについて 本件発明における「ロッド回転数をα(r.p.m.),ロッドの挿入速度をβ(cm/min),攪拌翼の段における翼の数をγ,そしてロッドの進行方向における翼の幅をt(cm)とするとき,t>β/(αγ)なる関係を満足すること」という構成は,本件明細書における「ロッドがα(r.p.m.)で回転しつつ,β(cm/min)の速度でその軸線方向に移動すると,ロッドが一回転する間に,各翼も一回転しその軸線方向にβ/αだけ進むこととなる。ところで,ロッド軸線方向における翼の寸法,つまり幅がt(p)(明らかな誤記を改めた。)であるので,一段にγ枚の翼が設けられた混合攪拌翼あっては,t>β/(αγ)なる関係を満足するよう選択することにより,ロッド一回転の間に当該段に関連した翼が確実に土壌を攪拌することとなる。」(3欄28ないし36行)との記載を参酌すれば,一段に設置された攪拌翼の各翼がロッドの円周方向にそれぞれ等間隔に設置されていることを前提に,ロッドの回転により各翼が先行する他の翼の回転開始前の位置まで回転する間にロッドが挿入される距離を,攪拌翼の幅より小さくすることを意味するものと解される。そして,攪拌翼が,攪拌されない土壌の層を残さないように,むらなく確実に土壌を攪拌するために,ロッド回転数α(r.p.m),ロッドの挿入速度β(cm/min),翼の数γ及び翼の幅t(cm)の関係をt>β/(αγ)とすればよいことは,自明であるから,上記の構成は,混合攪拌翼がその用途上当然に備えるべき構成にすぎない。 ところで,前記のとおり,本件論文中の前記深層混合処理機は,安定材を軟弱な土壌に注入し,この安定材と土壌とを混合攪拌することにより,固結土を形成させるものであり,同深層混合処理機においては,安定材が混合攪拌されていない土壌の層を残さないように,安定材と土壌とをむらなく混合攪拌させる必要があることは本件発明の場合と同様であるから,前記深層混合処理機において,当業者が前記「t>β/(αγ)」の関係を採用することは自明の理というべきである。
また,実際にも,前記(1)で認定したように,本件論文中に記載されている前記深層混合処理機は,中空ロッドの回転数が50r.p.m,中空ロッドの挿入速度が70p/min,翼の数が2であるから,β/αγの値は0.7となるが,これに対して,前記深層混合処理機の用途,構造等に鑑みれば,翼の幅が0.7p以下となる ことは想定し難いことであるから,前記深層混合処理機が本件発明の上記構成(t>β/(αγ))を充たすことは明らかである。
したがって,本件論文中の前記技術において,本件発明の前記構成(ロッド回転数をα(r.p.m.),ロッドの挿入速度をβ(cm/min),攪拌翼の段における翼の数をγ,そしてロッドの進行方向における翼の幅をt(cm)とするとき,t>β/(αγ)なる関係を満足すること)を採用することは当業者にとって容易想到なことといえる。
(5) 小括 以上のとおり,本件発明は,当業者が,本件論文に記載された技術から容易に発明することができたものであり,本件特許には,特許法29条2項違反の無効理由が存在することが明らかである。したがって,本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用として許されない。
2 なお,原告は,本件特許権につき,先使用による通常実施権を有することの確認を求めているが,同請求に係る請求原因を何ら主張しないのであるから,原告の同請求を認める余地はない。
3 よって,主文のとおり判決する。なお,訴訟費用は,民事訴訟法64条ただし書を適用して,全額を被告に負担させるのが相当である。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信