関連審決 |
無効2001-35003 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10151審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10300審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10221審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 均等 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 誤記の訂正 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
10号
審決取消請求事件
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原告 金剛株式会社 訴訟代理人弁護士 稲元富保 訴訟代理人弁理士 石橋 佳之夫 被告 株式会社岡村製作所 訴訟代理人弁護士 長沢 美智子 訴訟代理人弁理士 竹沢荘一 同 中馬典嗣 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/06/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成13年12月7日に無効2001-35003号審判事件についてした無効審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「免震移動棚装置」とする特許(特許第2731500号,平成5年3月15日出願(以下「本件出願」という。),平成9年12月19日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は4である。)の特許権者である。被告は,平成13年1月5日,本件特許を請求項1ないし4のいずれに関しても無効にすることについて,審判を請求した。特許庁は,これを,無効2001-35003号審判事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成13年9月14日付け訂正請求書により,本件出願の願書に添付された明細書につき,特許請求の範囲請求項2及び4に係るものを含む訂正の請求をした。特許庁は,審理の結果,平成13年12月7日,「訂正を認める。特許第2731500号の請求項1,3ないし4に係る発明についての特許を無効とする。特許第2731500号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,平成13年12月19日,原告に送達した。 2 特許請求の範囲(上記訂正後のもの。請求項に係る訂正内容は,請求項2に係るものを別にすれば,請求項4の「各郡内」との記載を「各群内」とする誤記の訂正である。) (1) 請求項1 床上に敷設した軌条上に複数の移動棚をそれぞれの底部の前後に軸装した車輪によって走行自在に置き並べた移動棚装置において,地震等による床面の振動を感知する振動感知手段と,各移動棚の前後の車輪軸の一方に装備され,上記振動感知手段の感知信号により作動して前後の車輪軸に抵抗差を付与する抵抗差付与手段とを有してなり,床面の水平方向の振動により各移動棚が定められた向きに移動することを特徴とする免震移動棚装置。(以下「本件発明1」という。) (2) 請求項2 各移動棚は電動式移動棚又は手動式移動棚であり,各移動棚の前後の車輪の一方は自由回転輪,他方は電動力又は手動力で回転駆動される駆動輪であり,抵抗差付与手段は上記駆動輪の軸系内に設けられていて振動感知手段の感知信号によって作動するクラッチおよびブレーキである請求項1記載の免震移動棚装置。 (3) 請求項3 軌条上に並べられた各移動棚は前後2群に分けられ,前側の群をなす移動棚は抵抗差付与手段によって前側の車輪に大きな抵抗が付与され,後側の群をなす移動棚は抵抗差付与手段によって後側の車輪に大きな抵抗が付与され,床面の振動によって各移動棚が集合する請求項1又は2記載の免震移動棚装置。(以下「本件発明3」という。) (4) 請求項4 軌条上に並べられた各移動棚は前後複数群に分けられ,各群内の移動棚は前後に2分され,各群の移動棚のうち前側の移動棚は抵抗差付与手段によって前側の車輪に大きな抵抗が付与され,後側の移動棚は抵抗差付与手段によって後側の車輪に大きな抵抗が付与され,床面の振動によって上記前後複数群の移動棚単位で規則性をもって集合する請求項1又は2記載の免震移動棚装置。(以下「本件発明4」という。本件発明1,3及び4をまとめて「本件発明」ということがある。) 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1は,原告の発行した移動棚Z総合カタログ「MOVABLE RACKS Z 丸ハンドル式コンゴー移動棚Z 第2版」(平成4年9月発行)(甲第4号証,以下「引用例」という。なお,審決において用いられたのはその抜粋(甲第3号証)である。)記載の移動棚(以下「引用例記載の移動棚」という。「引用発明」ということもある。)とすべての点で一致するから,これに係る特許は特許法29条1項3号の規定に違反して付与されたものであり,本件発明3及び同4は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,これらに係る特許は特許法29条2項に違反して付与されたものである,とするものである。 |
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原告の主張の要点
審決は,引用例記載の移動棚(以下「引用発明」ということもある。)の認定を誤り,これと本件発明1との間に相違点がないとした。この誤りが請求項1,3及び4のいずれについても審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。 1 引用例記載の移動棚についての審決の認定 (1) 審決は,引用例に,次のような記載があると認定している。 @ 「(ケ)「各移動棚がピンク色の大きい矢印の向きに移動して集積する(左端の移動棚が右に,中央及び右端の移動棚が左に向かう。中央及び右端の移動棚は群をなす。」(第24頁下段において右端に配されている図)」(審決書9頁2行目〜4行目)(別紙1参照) A 「上記記載事項(ケ)の作動が生じる理由(センターロックが解除されることにより,駆動車輪には駆動力伝達機構の負荷が加わり,前後の車輪軸に抵抗差が付与される。すなわち,センターロックの解除によって駆動力伝達機構に基づく負荷により,前後の車輪軸に抵抗差が付与される。)」(審決書9頁5行目〜9行目) (2) 審決は,上記認定等に基づき,引用例に,「床上に敷設した軌条上に複数の移動棚をそれぞれの底部の前後に軸装した従動輪及び駆動輪によって走行自在に置き並べた移動棚装置において,地震等による床面の振動を感知する振動感知手段と,各移動棚の駆動輪軸に装備され,上記振動感知手段の感知信号により作動して前後の車輪軸に抵抗差を付与するセンターロック解除手段及び駆動力伝達機構とを有してなり,床面の水平方向の振動により各移動棚が定められた向きに移動する免震移動棚装置」(審決書9頁10行目〜16行目)が記載されている,と認定した。 2 引用例の記載の認定の誤り1 (1) 引用例の24頁下段右端の図(以下「24頁下段右端の図」という。)は,三列の移動棚が集まっている状態を図示しているにすぎない。 同図においては,左側の移動棚の正面左側には左向きの小さいピンク色の矢印,同右側には右向きの大きいピンク色の矢印,中央の移動棚の正面右側には左向きの大きいピンク色の矢印,右側の移動棚の正面左側には左向きの大きいピンク色の矢印,同右側には右向きの小さいピンク色の矢印が,それぞれ付記されているにすぎない。24頁下段右端の図がこのようなものにすぎないのに,同図に,各移動棚が,それぞれ,ピンク色の大きい矢印の向きに移動して集合することが,記されているということはできない。 (2) 引用例には,そこに記載されている移動棚が,後輪駆動方式であることが記載されている。 そうすると,24頁下段右端の図において,左側の移動棚が右に向かい,中央及び右側の移動棚が左側に向かうためには,左側の移動棚はその左の車輪が後輪(すなわち駆動輪),中央及び右側の移動棚はその右の車輪が後輪でなければならない。しかし,24頁下段右端の図では,駆動輪及び従動輪の特定が全くなされていない。 (3) 仮に,上記のような特定がなされているとしても,審決の論理に従えば,24頁下段右端の図において,中央の移動棚正面には,その左側に左向きの大きいピンク色の矢印が,右側に右向きの小さいピンク色の矢印が図示されているはずである。しかし,実際には,右側に,左向きの大きいピンク色の矢印が記載されているだけである。これでは,左側及び右側の移動棚正面の矢印の図示と整合しない。 もし,中央の移動棚における矢印の図示の方が正しいというのであれば,右側及び左側の棚においても,図示される矢印は1つだけでなければならない。 24頁下段右端の図における矢印についての審決の認定は,矛盾している。 (4) 本件出願の願書に添付された明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書」という。甲第2号証は,その内容を表す公開公報である。別紙2参照)には,「地震等による床面の水平前後振動波形は複雑であり,軌条12,車輪13,14を通じて移動棚11に生じる慣性力は,図1に示すような単純な正弦波状にはならず,床面15と移動棚11の相対的な移動距離も複雑に変化する。しかし,地震によって床面15と移動棚11が一定時間複雑に振動している間は,移動棚11は床面15に対し回転抵抗の大きい方の車輪が移動棚11を押す方向へ移動させる傾向が生じ,図1の場合は上記のように前側の車輪13が移動棚11を押して後側に向かって押すことになる。」(甲第2号証3頁6欄32行目〜41行目),と記載されている。 この記載に照らすと,24頁下段右端の図において,左側の移動棚が右側に,中央及び右側の移動棚が左側に移動するというのであれば,左側の移動棚の正面左側には右向きの大きなピンク色の矢印,右側には左向きの小さいピンク色の矢印,中央の移動棚の正面左側には右向きの小さいピンク色の矢印,右側には左向きの大きいピンク色の矢印,右側の移動棚の正面左側には,右向きの小さいピンク色の矢印,左側には左向きの大きいピンク色の矢印が図示されているはずである。しかし,そのようにはなっていない。 本件明細書と対比しても,24頁下段右端の図を,審決認定のように解することはできない。 (5) 引用例の24頁下段には,他に二つの図がある。このうち,左端の図は,三列の移動棚が集合している状態を示している。 引用例の9頁,12頁,23頁にも,三列の移動棚が隙間なく集まっている図がある(ただし,そのような三つの移動棚から成る群が,離れて二つ図示されている。)。 引用例中にこれらの図がある以上,同じ引用例中の図である,24頁下段右端の図は,もともと集合している三列の移動棚を示していると理解すべきである。もともと離れていた移動棚が,集合することを図示していると解することはできない。結局のところ,24頁下段右端の図は,センターロックが解除されたときに移動棚が揺れ動いている状態を,視覚的に表そうとしたにすぎない,と理解すべきである。 地震による振動により移動棚が所定の方向に移動することを記載した原告のカタログは,本件出願後のものである(甲第6号証26頁)。 (6) 原告は,審判手続の第1回口頭審理において,24頁下段右端の図に関し,(ニ)これらのものは,抵抗差付与手段を持たないが,動力伝達機構があることによって,移動棚が定められた向きに移動することは認める(以下「陳述内容(ニ)」という。),(ホ)文献資料1(判決注・引用例)の第24頁の図のピンクの矢印は,矢印の大きい方向に動く傾向があることは否定しない(以下「陳述内容(ホ)」という。),と陳述した(乙第4号証)。 原告は,引用例記載の移動棚が,抵抗差付与手段を持たないことを前提にし,本件明細書に記載された技術事項,すなわち駆動系の機械抵抗が大きいのであれば,一定の方向に動くということを前提に,(ニ)の内容の陳述をしたものである。引用例記載の移動棚は,抵抗差付与手段を持たないのであり,それにも関わらず,当然に,地震の際,定められた方向に移動するということはいえない。 本件明細書には,「駆動系の機械抵抗が大きく,駆動軸にブレーキを取付けなくても前後の車輪に抵抗差を付与できれば所期の動作を行わせることができる。」(甲第2号証4頁8欄19行目〜22行目)として,所期の動作を行わせることができるのは,駆動系の機械抵抗が大きい場合に限ってのことであることが記載されているのであって,駆動系の機械抵抗が大きくない場合にまで所期の動作をさせることができるとは記載されていない。通常の駆動系の機械抵抗だけでは,移動棚が移動しないことは,本件出願の前後を通じての当業者の常識である。被告自身,平成10年作成の被告の商品カタログで,このことを認めている(甲第7号証)。 上記陳述内容(ホ)にしても,「動く傾向がある」としているだけである。これを「移動する」と理解することは相当でない。 引用例記載の移動棚の駆動系の機械抵抗が大きいことなど,引用例に何ら記載されていない。むしろ,引用例の15頁上段に記載されているように,引用例記載の移動棚は,2連16列という多数の移動棚を手動で動かせるほどのものであり,駆動系の抵抗は小さいものである。 (7) 被告は,地震による振動により,回転抵抗の大きい車輪が押す方向へ移動棚が移動することを,本件発明の原理と称して,この原理は,実開平1-152537号公報(乙第1号証,以下「乙1公報」という。)により周知であったと主張する。 そもそも,審決は,本件発明の原理が何であるか自体も,その原理が乙1公報に記載されていることも,全く認定していない。引用例以外の周知技術と,本件発明の対比・判断も行っていない。被告の主張は,審決が認定していない事実をもって,審決の正当性を主張するものであって,失当である。 (8) 被告は,駆動力伝達機構により生じる抵抗差があれば,その大きさに関わらず,移動棚が一定の方向に移動することは,特許第3132640号公報(乙第2号証,以下「乙2公報」という。)により明らかである,と主張する。 そもそも,乙2公報は,本件出願の三年後の出願に係る公報である。これにより,本件出願当時の周知事項が立証できるとすることはできない。その点はおくとしても,むしろ,前記の本件明細書の段落【0024】のとおり,駆動力伝達機構の機械抵抗がある程度大きくないと,移動棚が一定の方向に動くことはない,と理解されていたものである。 (9) 被告は,本件発明の特許請求の範囲は,抵抗差について何ら数値限定していないから,一定以上の抵抗差を付与しなければ本件発明の効果を奏し得ないのであれば,そのこと自体が,本件発明の無効理由であると主張する。 しかし,本件発明の構成要件は,「・・・上記振動感知手段の感知信号により作動して前後の車輪軸に抵抗差を付与する抵抗差付与手段とを有してなり,床面の水平方向の振動により各移動棚が定められた向きに移動する」ものである。本件発明の抵抗差付与手段は,床面の水平方向の振動により各移動棚を定められた向きに移動させるに足る抵抗差を付与するものでなければならないことは明らかであって,その技術的意義も明白である。 (10)以上のとおりであるから,本件出願時の周知技術を併せ考慮しても,引用例記載の移動棚が,地震による振動により一定方向に移動するなどということは,読み取ることができない。 3 引用例の記載の認定の誤り2 (1) 審決は,24頁下段右端の図において,各移動棚がピンク色の大きい矢印の方向に移動する理由は,「センターロックが解除されることにより,駆動車輪には駆動力伝達機構の負荷が加わり,前後の車輪軸に抵抗差が付与される。すなわち,センターロックの解除によって駆動力伝達機構に基づく負荷により,前後の車輪軸に抵抗差が付与される」(9頁6行目〜9行目)ことであると認定している。 (2) そもそも,引用例に,上記のようなことはどこにも記載されていない。審決は,本件明細書の記載をもとに,上記のような認定をしたと推測される。しかし,特許における新規性の判断基準は,出願時であり,参酌すべき当業者の技術常識も出願時のものである。審決は,新規性の判断基準を誤っている。 (3) 前記のとおり,本件明細書には,所期の動作をさせることができるのは,駆動系の機械抵抗が大きい場合である,と記載されているにもかかわらず,審決は,駆動力伝達機構の負荷さえあれば,その大きさにかかわらず,移動棚は移動するとしている。これは,明らかに,本件出願時の当業者の常識に反する。 (4) 引用例には,「3.力の伝達はローラーチェンにより抵抗を小さくして,ハンドルを操作性のよい高さに設けています。」(8頁右欄),「スペースと目的に合わせて,レイアウトは自由自在。2連で16列を同時に動かせます。特許を有する独自の駆動機構により,従来の手動式移動棚の最大の制約であった1連2列までしか動かせない不便さを解消しました。」と記載されている。これらは,むしろ,駆動系の機械抵抗が小さいことを意味する記載である。少なくとも,地震による振動に基づき,所定の方向に移動棚を移動させるほどの機械抵抗を,引用例記載の移動棚が備えている,とすることはできない。 審決が,地震の際,24頁下段右端の図のピンク色の矢印の方向に,各移動棚が動くとして,その理由として認定したところは,誤っている。 4 取消事由 (1) 2,3で述べたとおり,引用例記載の移動棚が,床面の水平方向の振動により定められた向きに移動することは,引用例に何ら記載されていない。本件発明1の抵抗差付与手段には,所期の動作を行わせることができるほどに大きい機械抵抗がある駆動力伝達機構が含まれることになる。しかし,引用発明には,その駆動系の機械抵抗が一定程度以上大きいことは,記載されていない。 結局,引用例には,各移動棚の駆動輪軸に装備され,振動感知手段の感知信号により作動してセンターロックを解除するセンターロック解除手段及び駆動力伝達機構とを有している,移動棚が記載されているのみである。引用発明が,地震による振動により移動棚を一定方向に移動させるほどに大きい機械抵抗を有する駆動系を有していることも,したがって,一定の方向に移動することも,記載されていない。 (2) 被告は,引用例の「免震装置」が本件発明の「振動感知手段」に該当する,としている。しかし,審決は,そのような認定はしていない。引用例記載の移動棚のいかなる構成が振動感知手段であるかの認定そのものを欠いている。 被告の主張に基づけば,「センターロック手段」が振動感知手段兼抵抗差付与手段になるはずである。しかし,そのような認定は審決のどこにも記載されていない。 (3) 審決の引用発明の認定は誤っており,これに基づく,本件発明1が引用発明と同一であるとの判断も誤っている。本件発明3及び同4が,引用発明に基づき容易に発明できるものとの判断は,本件発明1と引用発明とが同一であることを前提とするものである。請求項1,3及び4のいずれについても,審決は,取り消されるべきである。 |
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被告の反論の要点
審決の引用発明の認定に何ら誤りはない。審決を取り消すべき理由はない。 1 本件発明の原理の周知性 本件発明1,同3及び同4の原理は,いずれも,移動棚は,地震等による振動によって,前後の車輪のうち,回転抵抗の大きい方の車輪が移動棚を押す方向へ移動する(甲第2号証段落【0016】),というものであり,これは,本件出願当時,既に周知であった。このことは,乙1公報により明らかである。 乙1公報には,「ハンドル4から一方の車輪2に至る伝動機構が作動不能にロックされて移動棚1が走行不能にロックされている状態において地震が生じたとする。図示の例では対をなす走行車輪2のうち左側の走行車輪が駆動輪となっており,この駆動輪が回転不能にロックされることになるため,地震によって各移動棚1は図の右方に移動して集束することが知られている。」(5頁7行目〜14行目),と記載されているだけでなく,「レールに沿って走行可能な移動棚を複数台集合離散可能に設置してなる移動棚装置では,地震エネルギーの入力によって大きく揺れ,また,ガイドレールに沿って一定の向きに走行して走行範囲の限界位置を画するストッパに激突し,甚だしい場合は転倒することもあり,人身に対して危険であるばかりでなく,多くの収容物が落下することが実際の地震により,また,実験によっても認められている。特に,移動棚が妄りに走行し始めるのを防止するために駆動輪をロック装置により回転不能にロックした場合は,このロックした駆動輪から入力される地震エネルギーが大きく,上記のような危険な状態に至り易い。」(1頁14行目〜2頁7行目)とも記載されている。この乙1公報で挙げられている移動棚は,片輪を駆動輪とするものである。 すなわち,片輪駆動の移動棚において,車輪がロックされている状態においてだけでなく,ロックが解除された状態においても,地震の際大きく揺れ,一定の向きに移動してストッパに激突する危険があることが,乙1公報には記載されているのである。 2 引用例の記載の認定の誤り1,の主張に対して (1) 24頁下段右端の図の解釈 ア 原告は,24頁下段右端の図は,矢印の記載に整合性がなく,審決がしているように,地震による振動により,各移動棚が一定方向に移動し,集合することを読み取ることはできない,と主張する。 イ 地震の際,移動棚は軌条に沿って一定方向にのみ移動するのではなく,床面の揺れによって回転抵抗が小さい方の車輪を前方として大きく移動した後に,地震の揺れ戻しによって回転抵抗の大きい方の車輪を前方として小さく移動し,これを繰り返しながら,全体として,回転抵抗の大きい方の車輪が押す方向へ移動する傾向が生じるのである。このことは,本件明細書でも,その段落【0013】において「移動棚11は床面15の振動により,移動棚11の剛性に応じ前後方向へ交互に傾くように振動すると同時に前後方向の移動振動を生じながら,床面15に対し後方向すなわち車輪13,14が移動棚11を押す方向へと移動する。」(甲第2号証3頁5欄37行目〜41行目),という形で記載されている。 24頁下段右端の図の矢印の記載は,正にこれと整合する。 ウ 24頁下段右端の図において,中央の移動棚に,ピンク色の大きい矢印しか付記されていないのは,中央の移動棚が右方に小さく動く傾向が,右側の移動棚に衝突することにより,又は,左方に大きく動く傾向のある右側の移動棚によって左方に強く押進されることにより,いずれにせよ打ち消されてしまう現象のためである,あるいは,地震の際,三列の移動棚が,一体として一定の方向に動く傾向のあること,及び,その方向を,カタログを見る者に視覚的に分かりやすく説明するためである,と理解することができる。 エ 原告は,審判手続において,陳述内容(ホ)として,24頁下段右端の図において,移動棚がピンクの矢印の方向に動く傾向があることを述べている。また,引用例の記載は,振動実験結果に基づいて記載されている,とも述べている。 後記のとおり,24頁下段右端の図において,駆動輪は特定されているから,当初離れていた移動棚が,地震による振動により,集合した結果が示されていると解すべきである。 オ 原告は,24頁下段右端の図は,地震の際,移動棚が揺れ動いている状態を表現しているにすぎない,と主張する。しかし,そうであれば,例えば甲第6号証(原告の発行している商品カタログ・平成5年8月発行)の26頁下段左端の図のように,各移動棚に大きさの等しい,反対向きの矢印を併記することになる。 カ 原告は,24頁下段右端の図は,三列の移動棚が互いに隙間なく接触している状態を表しているものであり,したがって,地震の際,これらが集合していくことは示されていない,と主張する。 もしそうであれば,左側の移動棚が右向きに大きく移動し,中央の移動棚が左向きに大きく移動する動きも示していることになる。しかし,そのような動きは不可能である。あるいは,左側の移動棚が小さく左向きに移動し,中央の移動棚が大きく左向きに移動するということもあり得ない。 キ 以上によれば,24頁下段右端の図は,各移動棚がピンク色の矢印の方向に移動する傾向にあることにより,引用例9頁左欄に記載されている左右2群に離れて配置されていた移動棚について,右側の群のうちの左端と中央の移動棚,及び,左側の群のうちの右端の移動棚が,地震の揺れによって集合した後の状態を示すものと見るのが自然である。 (2) 駆動輪の特定について 原告は,引用例記載の移動棚において,駆動輪と従動輪がどの車輪になるか特定されていない,と主張する。しかし,どの車輪が駆動輪であるかは,引用例に明確に記載されている。 ア 引用例には,後輪駆動方式の機構が図示されている(18頁の図)。これによると,前後輪のうち,後輪を駆動輪,前輪を従動輪とするものを後輪駆動方式としていることが明らかである。 引用例の9頁左上の図では,その直上に「パテント番号(実用新案 第1264830号) ※実公昭53-16431」と記載され,6列の移動棚が左右二群に分けられ,左方の群の移動棚は,その左側の車輪が駆動輪とされ,右方の群の移動棚は右側の車輪が駆動輪とされている。 実公昭53-16431号公報(出願者原告・乙第3号証)の4図でも,六列の移動棚が三列ずつ二群に分けられ,左側の群では各移動棚の左側の車輪が,右側の群では各移動棚の右側の車輪が駆動輪となっている。 原告のいう「後輪駆動」は,例えば二列の移動棚の場合,左側の移動棚はその左側の車輪が駆動輪,右側の移動棚はその右側の車輪が駆動輪となるものを指している,と理解することができる。 イ 引用例24頁下段の図も,その図の上に,「■KONGO移動棚Zの免震装置は,KONGOだけの唯一のものです。センターロック機構・後輪駆動(特許構造)のコンゴー移動棚Zだからこそ実現できた免震装置は,コンゴーだけの先進の安全対策です。」と記載され,24頁下段右端の図の説明として,「フリーになった後輪が揺れを絶縁」と記載されており,引用例記載の移動棚も,後輪駆動方式であることが明らかである。そうすると,この三列の移動棚が後輪駆動方式であるといえるためには,少なくとも,その右側の移動棚におけるその右側の車輪が駆動輪であり,左側の移動棚においてはその左側の車輪が駆動輪でなければならない。そして,審判手続で,原告が陳述内容(ニ)として述べていることからは,中央の移動棚においては右側の車輪が駆動輪であることを読み取ることができる。 引用例の9頁の左欄の図,12頁の右下の図,23頁の左下の図は,いずれも,三列の移動棚からなる群が二つ図示され,左側の群は各移動棚の左側の車輪が駆動輪,右側の群は各移動棚の右側の車輪が駆動輪となっている。これは,上記後輪駆動の説明と符合する。 ウ 24頁下段右端の図では,三列の移動棚から成る一つの群しか図示されていないので,この場合,これが後輪駆動方式であるといえるためには,この三列が左右の群(もちろん,どちらかの群は一列の移動棚からのみ構成される。)に分けられ,左側の群は各移動棚の左側の車輪が,右側の群は各移動棚の右側の車輪が,それぞれ駆動車輪となるのは明らかである。 原告主張のように,駆動輪がどれであるか特定されていない,などということはあり得ない。 (3) 駆動輪と従動輪との抵抗差について ア 原告は,本件発明の抵抗差付与手段に,駆動力伝達機構が含まれているとしても,その機械抵抗が大きくなければ,床面の水平方向の振動により各移動棚が定められた向きに移動することにはならず,駆動力伝達機構の抵抗差が明らかでなく,むしろ小さいと認められる引用例記載の移動棚が,一定方向に移動することなど読み取れない,と主張する。 イ そもそも,本件発明1は,請求項1の記載から明らかなとおり,前後の車輪軸に付与する抵抗差の大きさについては,何ら数値限定していない。すなわち,単に抵抗差を付与すれば,効果(定められた方向への移動)を奏するという趣旨のものである。ある程度以上の抵抗差を付与しなければ,効果を奏しないという主張をするのであれば,原告自身,本件発明に無効理由があるといっているに等しい。 ウ 原告は,引用例の15頁上段の記載から,2連16列という多数の移動棚を手動で動かせる以上,駆動系の抵抗は小さいものである,と主張する。しかし,本件で問題となるのは,ハンドルを操作して車輪を駆動するのに必要な力ではなく,むしろ,車輪側からハンドルを回転させるのに必要な力である。一般に,車輪を駆動する際,ハンドルを操作するに要する力を減速比により小さくすれば,車輪側からハンドルを回転させる力は,減速比が逆に作用して大きくなる。引用例記載の移動棚で,駆動系の抵抗が小さすぎる,ということにはならない。 エ 原告は,審判手続において,本件発明の抵抗差付与手段とは,駆動力伝達機構としてもともと移動棚が持っている抵抗差付与手段ではなく,これとは別に抵抗差を付与する手段をいう,と陳述していた(乙第4号証)。これによれば,原告は,駆動力伝達機構が抵抗差を付与するものであることを認めていたことになる。 原告は,陳述内容(ホ)のとおり,24頁下段右端の図において,各移動棚が,ピンク色の大きい矢印の方に動く傾向があることを,認めている。さらに,原告は,審判手続において,本件発明の効果に関し,抵抗差付与手段を新たに追加したことにより,本件発明の移動棚は,明確に素早く移動することで,駆動力伝達機構による集合以上の実用上の効果を奏する,と陳述している(乙第4号証)。 そうすると,原告は,引用例の移動棚が,振動感知手段の感知信号により作動してその時点で新たに(初めて)抵抗差を付与する,抵抗差付与手段を持っているわけではなく,移動棚がもともと持っている駆動力伝達機構が抵抗差付与手段となって,定められた向きに移動するものであることを,陳述していることになる。 原告は,陳述内容(ホ)について,「動く傾向」がある,ということを「移動する」と同義と理解することは誤りである,と主張している。しかし,原告は,引用例や本件明細書において,「動いて」,「動かせ」ないし「動かす」の語を,「移動」の意味で用いているから,この主張は失当である。 オ 駆動力伝達機構に基づく抵抗のみによって,地震の際移動棚が一定方向に移動することは,引用例発行時においても本件出願時においても周知であった。 乙2公報にも,「図8ないし図10に示す例は,上記図7に示すように電動モータ側にクラッチ機構を設け,車輪の駆動軸側に減速機構を設けた移動棚装置を複数配置した例である。図8に示した例では,図面に向かって左側に駆動車輪22を有する移動棚23aと右側に駆動車輪22を有する移動棚23bとを交互に配置している。このような状態で地震等が発生すると,上記実施の形態同様,移動棚装置又は固定棚等に設けられた感震装置からの信号により移動棚のクラッチが解放する。図8に示す例ではクラッチが解放して駆動車輪側の抵抗は小さくなるとは言え,駆動車輪が減速機構とつながれているため,この減速機構が駆動車輪22の抵抗となる。そのため,この抵抗により駆動車輪22の回転が規制され,移動棚23a,23bは抵抗の少ない従動車輪21側へ移動する。具体的には,図2において左側に駆動車輪22を有する移動棚23aは地震等の揺れによって右側へ移動し,右側に駆動車輪22を有する移動棚22bは地震等の揺れによって左側に移動する。従って,互いに隣合う一組みの移動棚23aと移動棚23bが集合する向きに移動する。」(7頁12欄3行目〜22行目),と記載されているのである。なお,乙2公報は,本件出願後のものであるが,これにより本件出願時の周知技術事項を立証することは可能である。 本件明細書の段落【0024】にも,「駆動系の機械抵抗が大きく,駆動軸にブレーキを取付けなくても前後の車輪に抵抗差を付与できれば所期の動作を行わせることができる。」と記載されている。これも,上記結論を裏付けるものである。 3 引用例の記載の認定の誤り2,の主張に対して (1) 前記のとおり,本件発明では,そもそも前後の車輪に付与する抵抗差の大きさについて,何ら数値限定していない。 駆動力伝達機構の抵抗の大きさについて考慮する必要はない。 (2) 前記1(3)オで述べたとおり,前後の車輪に抵抗差があれば,地震の際,その値が大きい方の車輪から小さい方の車輪に向かう方向に,移動棚が動くことは,本件出願時前からの技術常識であった。 (3) 原告は,被告のカタログ(甲7カタログ)を提出し,被告自身,車輪のロックを解除しただけでは,移動棚が所定の方向に移動しないことを認めている,と主張する。 同カタログには,「甚大な被害が予想される震度5以上になると,ハンドルロックを自動的に解除。レールの上を車輪が自由に動くことで揺れエネルギーを大幅に削減します。さらに,車輪が自由に動き始めると同時に2列ある車輪の片方だけを自動的にブレーキング。残った車輪が動くことで免震効果が発揮され,移動棚をエンドストッパーや固定棚から逆側に移動させるとともに,移動棚が集合して転倒を防ぎます。」と記載されている。これは,ハンドルロックが解除されると,駆動力伝達機構に内在する負荷が片方の車輪に加わっても,車輪が自由に動く状態になることをいっているにすぎない。負荷が加わらず,動きの自由度に差がある他方の車輪がより自由に動くことにより,移動棚が所定の方向に動くことを否定しているものではない。 (4) したがって,引用例記載の移動棚が,地震の際移動する要因は,駆動力伝達機構に基づく前輪と後輪の間の抵抗差である,と認定した審決の判断に誤りはない。 4 取消事由に対して, (1)ア 引用例中の「コンゴー移動棚Zは,・・・免震性能があります。免震装置は,地震を感知するとロックを解除するように作動し,本来の免震性が発揮できるようになります。」(甲第4号証24頁2行目〜6行目)との記載中の「免震装置」は,本件発明1における振動感知手段に該当する。 イ 引用例の24頁下段右端の図には,そこに示された移動棚において,震度5の地震を感知して,免震装置が作動し,センターロックが解除され,免震状態となり,フリーになった後輪が揺れを絶縁し,前記のとおり,各移動棚が,定められた向きに移動し集合することが示されている。 ウ 引用例中の「独自のセンターロックは駆動メカニズムをロックします」(13頁下段左右方向に配された三つの図のうち,左端の図の説明)との記載中,センターロックが解除されるとは,駆動メカニズムのロックが解除されることであると理解される。 エ 引用例記載の移動棚の駆動メカニズムが,後輪駆動であること,すなわち,後輪を駆動輪,前輪を従動輪とすることは,前述のとおりである。 (2) したがって,引用例には,そこに記載された移動棚において,地震による振動により,振動感知手段である免震装置が作動し,センターロックが解除され,後車輪軸には,駆動力伝達機構の負荷が加わり,前後の車輪軸に抵抗差が付与されることが開示されている。 引用例記載の移動棚の免震装置が本件発明の振動感知手段に,センターロック解除手段及び駆動力伝達機構が抵抗差付与手段にそれぞれ該当し,この抵抗差付与手段により前後輪に抵抗差が付与され,移動棚が集合するのであるから,引用例記載の移動棚は,本件発明1と同一である,ということができる。 (3) 引用例記載の移動棚は,駆動力伝達機構に基づく負荷による抵抗差を抵抗差とするものであり,移動棚の一方向への移動のために「新たな」抵抗差を付与するものではない。しかし,本件発明1の請求項の記載が,駆動力伝達機構に基づく負荷による抵抗差による場合を排除するものであるとは認められない。このことは,本件明細書の段落【0024】の記載「駆動系の機械抵抗が大きく,駆動軸にブレーキを取付けなくても前後の車輪に抵抗差を付与できれば所期の動作を行わせることができる。」からも明らかである。 本件発明も,振動感知手段によって地震を感知し,ロックを解除(実施例におけるクラッチを解除)して,前後の車輪軸の抵抗差が最大である状態から,前後の車輪軸の抵抗差を小さくしているから,引用例記載の移動棚と何ら異なるものではない。 (4) 駆動伝達機構の抵抗に基づく前後輪の抵抗差だけで,移動棚が実際に集束することは,実験結果からも立証されている(乙第7号証,第8号証)。 (5) 以上のとおりであるから,引用例記載の移動棚と,本件発明1が同一であるとした審決の判断に,何ら誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 初めに 原告の主張は,審決が,引用発明と本件発明1が同一であるとしたのは誤りであり,審決が,引用発明から本件発明3及び4に想到することは容易である,としたのも,上記誤りに基づいて犯した誤りである,とするものである。 引用発明と本件発明1の同一性を検討するに当たり,最も問題となるのは,前者が,地震による振動により定められた方向に移動する移動棚であるか否かである。原告主張の取消事由も,要するに,引用発明は地震による振動により定められた方向に移動するものではない,ということである。 2 引用例24頁下段右端の図について (1) 引用例の24頁には,次のような記載がある(甲第4号証)。 ア 「免震装置(オプション)をご利用することで,より一層の安全対策が可能になります。 コンゴー移動棚Zは,耐震対策として様々な構造的工夫がなされているため,充分な免震性能があります。しかし,センターロックが施されている状態では駆動輪がロックされているため,ロッキング現象が起こります。免震装置は,地震を感知するとロックを解除するように作動し,本来の免震性が発揮できるようになります。」 イ 「・・・従来の地震対策の考え方としては,強度を高めることによって地震のエネルギーに耐える,耐震構造が中心でした。コンゴー移動棚Zの免震装置は,地震の揺れに逆らわずに,エネルギーを小さくすることで収納物の落下や転倒といった地震による危険を最小限度に抑える免震の発想からうまれました。」 ウ 「耐震・・・地震エネルギーに抵抗」,「免震・・・地震エネルギーを絶縁」 エ 24頁下段には,「平常時及び震度5以下の時 耐震状態 センターロックされた後輪は固定」,「震度5の地震を感知 免震装置作動 センターロックが解除される」,「震度5以上 免震状態 フリーになった後輪が揺れを絶縁」との説明がそれぞれ付記された三つの図が,左から右の順に記載されている。その左端の図も右端の図も,三つの移動棚が,密着した状態で記載されたものである。 右端の図においては,左側の移動棚の正面左側には左向きの小さいピンク色の矢印,同右側には右向きの大きいピンク色の矢印,中央の移動棚の正面右側には左向きの大きいピンク色の矢印,右側の移動棚の正面左側には左向きの大きいピンク色の矢印,同右側には右向きの小さいピンク色の矢印が,それぞれ付記されている。 (2) 引用例の24頁の上記各記載は,免震措置に関するものである。そして,上記各記載によれば,この免震装置は,移動棚のロッキング現象を防ぐため,一定程度以上に大きい地震が発生した際,センターロックを自動的に解除し,移動棚を,地震の揺れに逆らわずに,床面に対して自由に動き得るようにすることを主眼としたものであると認められる。したがって,移動棚を一定の方向に動くようにすること,すなわち,ある方向について移動棚の動きを制限するようにすることには,むしろ引用例記載の免震装置の発想と相反する要素が含まれていることになる。事実,24頁には,下段右端の図の矢印の記載の意味するところをどのように理解するかという問題がある点を別とすれば,少なくとも,地震の際に移動棚が一定の方向に移動することを示す直接の文言はない。 (3) 引用例には,記載された耐震ないし免震構造に関する記載として,「耐震型特殊折返しガセットプレート・・・棚の前後・左右・対角方面へのゆがみを解決しました。」(13頁),「上部転倒防止装置・・・壁面と各棚天板を結んだ上部転倒防止が取り付けられます。」(13頁)「下部転倒防止装置・・・レールプレートと台枠下部を結んだ下部転倒防止が取り付けられます。」(13頁),「後輪駆動方式を採用し,地震に対する安全性を向上させています。・・・後輪駆動方式を採用することにより,地震時のロッキング現象を半減させ,地震によって生ずる収納物の落下などの危険の大幅な減少に,成功しています。・・・軸受は地震時の衝撃や重荷重にも,より安全なようにリブ付になっています。」(18頁),「作業者の安全と,収容物の保護を徹底したZの耐震性能・・・耐震性能アップに一役,その秘密は耐震型特殊折返しガセットプレート・・・物品棚のネックになっていた棚の前後・左右・対角方向へのゆがみを完全に解決しました。その秘密は天板,中天板に耐震型特殊折返しガセットプレートを溶接し・・・」(23頁),「コンゴー移動棚Zは,一輪だけを拘束(後輪駆動方式)するようにしていますので,収容物を落下させたり,棚を転倒させたりするような地震力入力が半減します。」(23頁)等がある。これらの記載は,移動棚のロッキング現象を減少させたり,ひずみを軽減し,転倒を防止したりすることに言及するものではあるものの,少なくとも,ロックを解除された移動棚が,地震による床面の振動により,一定の方向に移動することや,離れていたそれらが集合することを直接意味するものではない。 被告は,24頁下段右端の図は,当初離れていた移動棚が,地震による振動により集合した結果を表したものを示している,と主張し,審決も,引用例には,「各移動棚がピンク色の大きい矢印の向きに移動して集積する(左端の移動棚が右に,中央及び右端の移動棚が左に向かう。中央及び右端の移動棚は群をなす。)」が記載されていると認定して,引用例に,当初離れていた移動棚が地震による振動により移動して集合(集積)することが示されているものとしている。しかし,引用例には,このようなことを示す記載はない。24頁下段右端の図も,左端,中間の両図との関連で見れば,少なくとも,直接には,振動開始前集合していたものが振動後も集合していることを示しているだけであり,決して,当初離れていた移動棚が,地震による振動によって移動して集合することを示しているわけではない。これら被告の主張及び審決の認定は,誤りという以外にない。 (4) しかし,24頁下段右端の図を左端及び中間の各図と対比して見るときは,その矢印の記載からは,少なくとも,地震による振動により,各移動棚が揺れつつ,左側の移動棚は右方向へ動こうとする力がより大きく働き,右側の移動棚は左方向へ動こうとする力がより大きく働き,そのため,集合している移動棚が,衝突するようなことがあって離散する方向に力が働いても(各移動棚のロックが解除され,それぞれが自由に動き得るようになる以上,そのようなことも当然あり得る。),分散しない,との状態を読み取ることができる。中央の棚に,右向きの小さい矢印が記載されていない点は,他の二つの移動棚の矢印の記載と整合しないものの,何らかの意味で左側に動こうとする力がより大きく働くことを示したものと理解することが一応可能である。 移動棚において,一方の側に動こうとする力がより大きいことと,実際にそちらの側に移動することとは,現象として異なるから,上記認定をもって,直ちに,引用発明と本件発明1が同一であるとすることはできない。しかし,動こうとする力が左右で均等でない移動棚があるとき,その不均等を現実の動きに反映させるだけの条件が与えられれば,それが実際に一定の方向に移動することになるのは,当然である。 以下では,本件発明の内容(動作原理等),地震時の移動棚の挙動に関する周知技術等を検討した上で,引用例記載の移動棚が,地震による振動により一定方向に動くものか否かを判断する。 3 本件発明の内容について (1) 請求項の記載 前記第2の2記載のとおり。 (2) 発明の詳細な説明(甲第2号証) 「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,地震等により床面が水平方向に振動しても,棚上の収納物品が飛び出したり棚が転倒したりすることがないようにした免震移動棚装置に関する。」(2頁3欄2行目6行目) 「【0003】・・・手動棚においては,移動をロックした状態で地震が発生したとき,床面を通じて地震エネルギーが棚部に伝達されることを防止する目的で,床面振動感知装置と連動させたロック解除装置を用い,車輪の回転ロックを解除して車輪が自由に回転し得るようにして床面振動エネルギーをカットする方式が考案され,実用化されている。実公平4-27395号公報,実公平4-27396号公報などに記載されているものはその例である。」(2頁3欄19行目〜30行目) 「【発明が解決しようとする課題】・・・【0005】・・・床面の振動を感知して移動棚のロックを外すと,振動に応じて車輪が自由に回転し,移動棚に伝わる床面の振動エネルギーは大巾にカットされ,棚の振れも小さくなる。しかしながら,車輪の自由回転により棚の移動方向が定まらず,各移動棚は軌条に沿って前後方向に勝手に動く。そのため,移動棚同志が衝突し,あるいは移動棚が軌条端部のストッパーに衝突したりして,移動棚は大きな衝撃力を受け,棚上の物品が飛び出したり棚が転倒することがあり,安全性の点からは万全とはいえない。 【0006】本発明は,これらの問題を解決するために考えられたもので,地震等による床面振動を感知し,振動が一定レベル以上の場合,全ての移動棚のロックを外し軌条上での移動を可能として床面の振動エネルギーの一部をカットすると同時に,振動に伴う移動棚の移動に方向性を持たせ,相互の棚を予め予定した位置に集合させ近接させることにより,棚上の物品の飛び出しや移動棚の転倒を防止するようにした免震移動棚装置を提供することを目的とする。」(2頁3欄32行目〜4欄12行目) 「【0011】【作用】地震等によって床面が一定レベル以上に振動すると,これを振動感知手段が感知信号を出力し,この感知信号によって抵抗差付与手段が動作して前後の車輪に抵抗差を付与する。前後の車輪の何れが抵抗が大きくなるかは予めわかっており,これによって地震時に移動棚が移動していく向きもわかっている。そこで,一方の向きに移動していく移動棚と反対の向きに移動していく移動棚とを規則性をもって予め配置しておけば,地震時に例えば全ての移動棚を中央に集合させることができるし,任意の群単位で移動棚を集合させることもできる。」(2頁4欄40行目〜50行目) 「【0012】【実施例】・・・床面が地震等によって激しい振動が発生した場合・・・移動棚11には図2に1点鎖線および2点鎖線で示すように左右に傾く振動運動が発生し,移動棚11の下部に配置された移動方向前後(図では左右)の車輪13,14が分担する移動棚11の荷重が変化する。」(3頁5欄11行目〜24行目) 「【0013】いま,このような状態において,前後の車輪13,14の回転抵抗に明らかな差を生じさせ,前輪13の回転抵抗を大きくした場合,移動棚11は床面15の振動により,移動棚11の剛性に応じ前後方向へ交互に傾くように振動すると同時に前後方向の移動振動を生じながら,床面15に対し後方向すなわち車輪13,14が移動棚11を押す方向へと移動する。」(3頁5欄35行目〜41行目) 「【0016】地震等による床面の水平前後振動波形は複雑であり,軌条12,車輪13,14を通じて移動棚11に生じる慣性力は,図1に示すような単純な正弦波状にはならず,床面15と移動棚11の相対的な移動距離も複雑に変化する。しかし,地震によって床面15と移動棚11が一定時間複雑に振動している間は,移動棚11は床面15に対し回転抵抗の大きい方の車輪が移動棚11を押す方向へ移動させる傾向が生じ,図1の場合は上記のように前側の車輪13が移動棚11を押して後側に向かって押すことになる。」 「【0017】図5は,本発明装置を電動式移動棚に組み込んだ例を示す。・・・台車10の前後方向前部(図5において下部)には駆動軸28によって一体に結合された4個の駆動輪13が適宜の軸受13を介して回転自在に取り付けられている。 【0018】上記駆動軸28には,駆動源から回転力を伝達するためのスプロケット27が取付けられ,また,駆動軸28に回転抵抗を付与するための電動作動式バンドブレーキ29が取り付けられている。」(3頁6欄42行目〜4頁7欄7行目) 「【0021】手動式移動棚においても,駆動車輪軸に前述の電磁クラッチおよび電気作動バンドブレーキを取り付けて前述の実施例と同様に配置すれば,床面振動によって前述の実施例と同様に作動させることができる。」(4頁7欄47行目〜50行目) 「【0024】なお,抵抗差付与手段によって付与されるブレーキ抵抗があまり大きすぎると,地震等による振動エネルギーがそれほど抑制されることなく移動棚に伝達されることになってエネルギー吸収効果が減殺されるので,ブレーキ抵抗は小さいのが望ましい。駆動系の機械抵抗が大きく,駆動軸にブレーキを取付けなくても前後の車輪に抵抗差を付与できれば所期の動作を行わせることができる。 また,抵抗差付与手段は,前述の実施例では電磁クラッチ24および電気作動式バンドブレーキ29であったが,このような電気作動式のものに限らず,振動を検知して機械的に作動するものであってもよい。」(4頁8欄15行目〜25行目) 「【0025】【発明の効果】本発明によれば,地震等によって床面が激しく振動すると,移動棚は軌条に直角な方向に対しては激しくゆれるが,移動棚が構造上最も大きくゆれやすい軌条方向に対しては,床面の振動エネルギーが大幅にカットされ,若干の振動を繰り返しながら目的とする向きに進んでいく。このようにして,同一軌条上に複数台並設された移動棚を目的とする集合点に移動させることにより,・・・隣あう棚同志が近寄ることにより,棚上の保管物が飛び出すことが防止され,また,移動棚同志の干渉によって振動の振幅も小さくなる。特に,地震等によって移動棚の車輪が軌条の端部に設けられたストッパに激突することを防止して,移動棚の転倒を防止することができる。このように,本発明によれば,地震等による床面の激しい振動に対し,安全な移動棚を提供することができる。」(4頁8欄26行目〜42行目) (3) 本件明細書の上記各記載によれば,本件発明は,従来技術として,通常使用時にロックされた車輪を,一定程度以上に大きい地震の発生時にロックから解除する移動棚が存在していたものの,それらにおいては,地震による振動により各移動棚が不規則に動くため,移動棚同士の衝突,ストッパとの衝突が発生するとの問題を抱えていたことから,これを解決するため,一定程度以上大きい地震を感知したときに,車輪のロックを解除するとともに,それにとどまらず,各移動棚の前後一対の車輪軸の片方(駆動車輪に限定されない。)に抵抗を付与することにより,抵抗の小さい車輪の側に,移動棚が移動するようにしたものである,認められる。 (4) 回転抵抗差を生じさせる本件発明1の「抵抗差付与手段」が,駆動力伝達機構を排除するものではないことは,請求項の文言上でも,発明の詳細な説明,とりわけ段落【0024】の記載からも,明らかである。これに内在する抵抗により,駆動輪軸に抵抗が付与され,駆動輪と従動輪との間で回転抵抗の差が生じる場合も含まれる。本訴訟において,原告自身そのことを認めている。 (5) 本件発明1における請求項の記載は前記第2の2のとおりである。そこでは,移動棚が定められた方向に移動することに関与する要因として,抵抗差の存在は特定されているものの,その大きさを含め,振動の大きさ,振動の継続する時間など,他のものは一切特定されていない。また,移動自体についても,一定の方向へのものであること以外には,その速さ,量など一切特定されていない。 4 引用例記載の移動棚の認定について (1) 駆動輪の特定について ア 引用例には,「■パテント番号(実用新案第1264830号)※実公昭53-16431」(9頁左欄1行),及び「後輪駆動方式(パテント)・・・後輪駆動方式のため,移動棚自体の安定がよく,台枠がより堅牢で,レールと車輪の摩耗がありません。」(12頁右下図の説明),との記載がある。これらの記載に関連する図には,いずれも,六列の移動棚が三列ずつの二群に分けて図示され,そこでは,左側の群の移動棚はいずれもその左側の車輪が,右側の群の移動棚はその右側の車輪が,駆動輪とされている。 引用例15頁には,「特許を有する独自の駆動機構により,従来の手動式移動棚の最大の制約であった,1連2列までしか動かせない不便さを解消しました。コンゴー移動棚Zでは,2連の場合で,16列を一度に動かすことができる・・・従来の手動式移動棚の制約になっていました1連2列までしか動かせない不便さを完全に解消しました。・・・手動式移動棚の制約(5列が限度)がなく,棚列をどんどんふやしたレイアウトができます。」(15頁)と記載されている。 イ このように,引用例記載の移動棚は,後輪駆動方式を採用している。この後輪駆動方式とは,片輪だけを駆動する方式(引用例18頁)のうち,一つの移動棚を手動で駆動することにより,多数の移動棚を押進できることを特徴としているものである。そのため,複数の移動棚を等分して2群にすると,棚の側面から見て,左側の群の移動棚は左側の車輪を駆動輪とし,右側の群の移動棚は右側の車輪を駆動輪とする構成を採用する(乙第3号証参照)。 ウ 24頁下段の図には,三つの移動棚が記載されており,かつ,同頁には「センターロック機構・後輪駆動(特許構造)のコンゴー移動棚Zだからこそ実現できた免震装置」との記載がある。24頁下段右端の図の移動棚は三台であり,三台の組み合わせで,引用例にいう後輪駆動方式を採用できない理由はないから,上記記載にも照らすと,24頁下段右端の図の三台の移動棚は,後輪駆動方式のものであると認められる。 そうすると,同図において,少なくとも,左の移動棚はその左側の車輪が,右側の移動棚はその右側の車輪が,駆動輪であると認めることができる。 24頁下段右端の図において,少なくとも左右の端の移動棚については,駆動輪の特定はなされている。 (2) 地震による振動による移動の有無について ア 引用発明は,後輪駆動方式の移動棚であり,片輪だけを駆動する。片輪駆動では,駆動輪と従動輪を比較した場合,駆動輪の方が,その程度はともかく,駆動力伝達機構の分だけ(ハンドル,スプロケット,チェーン及び中間シャフトを駆動する分だけ)回転抵抗が大きくなることは,明らかである。 そうすると,24頁下段右端の図の左の移動棚と右の移動棚それぞれに着目した場合,それらにおいては,駆動輪と従動輪との間には,その大小はともかく,駆動力伝達機構に基づく抵抗差があることになる。これに基づき,これらの移動棚は,この抵抗差に基づき,地震による振動を受けた場合,他に特にそれを制約する要因がない限り,本件明細書の段落【0013】に記載されているように,地震による振動を受けて揺れつつ,左の移動棚にはその左の車輪が移動棚を押す力の方がより強く働き,右の移動棚にはその右側の車輪が移動棚を押す力がより強く働き,その結果,移動量の大小はおくとして,左側の移動棚は右方向に,右側の移動棚は左方向に移動するものと認められる。 もっとも,引用例には,この駆動輪と従動輪の回転抵抗の差以外に,地震による振動により移動棚を一定方向に移動させるような機構は記載されていない。また引用例には,地震の際に移動棚を一定の方向に移動させるために,前後の車輪の回転抵抗の差を一定以上に大きくする旨の記載もない。しかしながら,実際の移動棚において,地震の際現実にどのように移動するかを決めるのは,前後の車輪の回転抵抗の差だけではない。そもそも一定の方向に移動するかどうか,移動するとして,どの程度の距離をどの程度の速さで移動するかなどが,振動の大きさ,振動の継続する時間,製造上の公差,収容物の積載の仕方等,前後の車輪の回転抵抗の差以外の条件にも影響されることは明らかである。しかし,引用例は,製品としての引用発明を一般的に紹介するものであるから,これを理解するに当たり,上記のような個別的現実的事情を特定して考えることはできない。前後の車輪の回転抵抗の差により一方向に移動させるに必要な条件が満足されたときにはそのように移動する,移動棚が示されていると理解する以外にない。 結局のところ,引用例24頁下段右端の図には,上記認定のような意味において一定方向に移動する移動棚が示されているものと理解するのが,最も合理的である。この理解は,正に,2で述べた同図における大小のピンク色の矢印の記載の理解と,整合するのである。 イ 中央の移動棚については,後輪駆動方式ということだけからは,どちらの車輪が駆動輪となるかを特定することはできない。しかし,左側の移動棚と右側の移動棚のそれぞれの移動方向と,24頁下段右端の図のピンク色の矢印の大小の関係を併せ考慮すると,中央の移動棚は,右側の車輪が駆動輪であり,地震による振動により左方向に移動するものと理解することができるのである。 ウ 原告は,審判手続において,引用発明が,「抵抗差付与手段をもたないが,動力伝達機構があることによって,移動棚が定められた向きに移動することは認める。」,「第24頁の図のピンクの矢印は,矢印の大きい方向に動く傾向があることは否定しない。」と陳述している(乙第4号証)。 「矢印の大きい方向に動く傾向がある」ということは,「条件が満たされれば矢印の大きい方向に動く」ということにほかならない。原告自身このように述べていたという事実は,上記理解の正しさを裏付けるものというべきである。 エ 本件発明1において,移動棚が定められた方向に移動することに関与する要因(条件)としては,前後の車輪の抵抗差の存在以外には,その大きさを含め,振動の大きさ,振動の継続する時間など他のものは一切特定されていないことは,既に述べたとおりである。 (3) そうすると,引用発明は,上記の意味で,一定程度以上大きい地震による振動を感知すると,免震装置が働いて,センターロックが解除され,その結果,駆動力伝達機構に内在する回転抵抗の差により,床面の水平方向の振動に対して,駆動輪が従動輪を押す方向に移動する移動棚,であると認められ,この点において,本件発明1と同一である,ということができる。 前記2(3)で認定したとおり,審決が,引用例に,「各移動棚がピンク色の大きい矢印の向きに移動して集積する」ことが記載されていると認定したことは誤りである。しかし,「移動する」ことは記載されており,この限度では審決の認定は正しい。結局,審決の上記認定の誤りは,本件発明1と引用発明の同一性の判断に関係しない部分の誤りにすぎず,結論に影響しない。 5 原告は,@地震による振動により,回転抵抗の大きい車輪が押す方向へ移動棚が移動することは,本願発明当時周知ではなく,A駆動力伝達機構により生じる抵抗差があれば,その大きさに関わらず,移動棚が一定の方向に移動するなどということはない,B引用発明は,手動で2連16列を同時に移動できるようなものであり,駆動力伝達機構の抵抗は極めて小さいものであるから,地震による振動により一定方向に動くものではない,と主張し,実験証拠として甲第8号証及び第11号証を提出する。 (1) 原告提出の実験証拠によれば,その実験の結果として,原告の後輪駆動方式移動棚は,センターロックを解除して後輪の拘束を解いただけでは,一定の方向に移動する顕著な傾向はない,と認めることができる。 例えば,駆動輪及び従動輪がそれ自体として有している回転抵抗に比較して,駆動力伝達機構それ自体の抵抗がごくごくわずかである場合は,本件発明1の動作原理に照らして,床面の水平方向の振動により,一定の方向に移動する顕著な傾向を生じるとは認められないと解することはできよう。このことは,以下のとおり,乙1公報及び乙2公報からも認められる。 乙1公報は,直接には,片輪をロックした場合に,一定方向,すなわちロックされた車輪が移動棚を押す方向に,移動棚が移動することが記載されているにすぎない。 乙1公報の「移動棚装置では,地震エネルギーの入力によって大きく揺れ,また,ガイドレールに沿って一定の向きに走行して走行範囲の限界位置を画するストッパに激突・・・」(1頁16行目〜19行目),「移動棚が妄りに走行し始めるのを防止するために駆動輪をロック装置により回転不能にロックした場合は・・・」(2頁3行目〜5行目),「・・・大きな地震エネルギーが入力され,あるいは高速移動させられて走行範囲の限界位置を画するストッパに激突しようとする・・・」(2頁10行目〜13行目)との記載からは,ロックを解除した場合,移動棚が瞬間的ないし突発的に,一方方向へ高速で移動することが読み取れるにとどまる。 乙2公報は,,電動式の移動棚に関するものであり,少なくともモータの存在する分,駆動系の負荷が手動式のものに比べ,大きくなるものと考えられるから,これを手動式の引用発明に当てはめることができないことは明らかである。 以上からは,少なくとも,駆動力伝達機構に内在する抵抗がいかなる値であっても,それにより,移動棚が一定方向に動く現象が顕著に現われる,と認めることはできない,ということができる。この点は,原告の主張するとおりである。 (2) しかし,本件発明1は,前記のとおり,抵抗差付与手段の存在(前後の車輪軸の回転抵抗差の存在)以外には,移動の要因(条件)を何ら特定していない。 のみならず,移動自体に着目しても,量にも,速さにも,その請求項の文言上,何ら限定が加えられていない。仮に,【発明の詳細な説明】の記載を参酌するとしても,その移動の態様とは,本件明細書の記載からは,「相互の棚を予め予定した位置に集合させ近接させる」程度のものと解される(段落【0006】)。 「密着」や「接着」というのであればともかく,「集合させ近接させる」程度の移動では,その移動量の上限下限の範囲はあいまいで,かつかなり広いといわざるを得ない。 引用発明は,手動式の移動棚で,その駆動系の抵抗はかなり小さいものであり,一方に移動しようとする傾向は,相当程度小さいものと,一応うががうことができる。しかし,それが,本件発明1の移動棚の範疇に入ってないと解すべき理由はない。 (3) 駆動力伝達機構に内在する抵抗が小さいことも,本件発明1と引用発明の同一性を否定する理由にはならない。 本件明細書の段落【0024】には,「なお,抵抗差付与手段によって付与されるブレーキ抵抗があまり大きすぎると,地震等による振動エネルギーがそれほど抑制されることなく移動棚に伝達されることになってエネルギー吸収効果が減殺されるので,ブレーキ抵抗は小さいのが望ましい。駆動系の機械抵抗が大きく,駆動軸にブレーキを取付けなくても前後の車輪に抵抗差を付与できれば所期の動作を行わせることができる。」との記載がある。この記載からは,回転抵抗の差は,小さいのが望ましい(大きくなりすぎると,振動エネルギーを吸収することが困難になる。)ことを前提としつつも,ある程度は回転抵抗の差が大きいことを要求していると理解することができる。 しかし,この記載からは,駆動力伝達機構の抵抗値の大きさは,結局「所期の動作」を行わせるに足りるか否か,という観点から決せられることになる。そして,この「所期の動作」とは,上記のとおり,本件発明1の請求項の文言上は,「定められた向きに移動する」ことでしかなく,【発明の詳細な説明】の記載を参酌するとしても,「相互の棚を予め予定した位置に集合させ近接させる」程度であれば足りる。いずれにしろ,その移動量の範囲はあいまいかつ広いものである。しかも,移動を決定付ける要因(条件)で抵抗差以外のものは,本件発明1において何ら特定されていない。そうである以上,抵抗値の範囲も広いものであるという以外になく,引用発明における駆動力伝達機構の抵抗値がその範囲外であると解すべき理由はない。 (4) 被告は,本件発明の原理が本件出願時周知であったと主張し,原告はこれを否認する。 そもそも,引用発明が,本件発明と同一であるか否かと,その原理が本件出願当時周知であった否かとの間に直接の関係はない。本件において本件発明の原理の周知性を論じる実益はない。 (5) 原告は,本件審判の第1回口頭審理調書において,本件発明の効果について,「抵抗差付与手段を新たに付加したことにより,本件発明の移動棚は,すばやく明確に集束する点で,動力伝達機構による集束以上の実用上の効果を奏する。」と,陳述している。 引用発明のように動力伝達機構以外に抵抗差付与手段を持たないものと,これに別途抵抗差付与手段を付与したものとの間に集束の態様に明確な差があることは,そのとおりであろう。これは,原告が提出した前記実験証拠からも,裏付けられる。 しかし,本件発明1は,「床面の水平方向の振動により」という以外に,床面の振動態様についても何ら規定せず,前記のとおり,抵抗差付与手段や移動棚の移動量についても何ら限定していない。本件発明における原告の真の狙いや,原告の実際の製品の有する顕著な効果の存在は,本件発明1と引用発明の同一性を否定するものではない。原告が上記のように陳述したという事実は,動力伝達機構による抵抗のみでも,速さ等の点を別とすれば,一定方向への移動が生じるとの上記認定と一致するものであり,これを裏付けるものというべきである。 6 結論 以上によれば,原告主張の審決取消事由は理由がなく,そのほか,審決を取り消すべき誤りは認められない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |