審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ワ29554特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ25968特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ101特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 物の発明 / 製造方法 / 使用方法 / 新規性 / 共同研究 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術的範囲 / 同一の発明 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 薬事法 / 存続期間 / 延長登録 / 製造承認 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 具体的態様 / 差止請求(差止) / 侵害 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 期間の延長 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
6205号
特許権侵害差止請求事件
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原告 ノバルティスアクチエンゲゼルシャフト 訴訟代理人弁護士 品川澄雄 同 吉利靖雄 被告 メルク・ホエイ株式会社 訴訟代理人弁護士 村林隆一 同 松本司 同 岩坪哲 同 緒方雅子 補佐人弁理士 三枝英二 同 斎藤健治 同 藤井淳 同 中野睦子 |
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 2003/07/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は、別紙物件目録記載の物件を製造し、販売し又は販売のために展示してはならない。 2 被告は、別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。 |
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事案の概要
1 本件は、後記2(1)記載の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、別紙物件目録記載の物件(以下「被告製品」といい、その内容物である製剤を「被告製剤」という。)は、本件特許権に係る特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された特許発明(以下、請求項1に記載された特許発明を「本件特許発明」という。)の技術的範囲に属し、被告製品の製造販売は本件特許権を侵害するとして、本件特許権に基づき、被告製品の製造、販売及び販売のための展示、並びに被告製品の廃棄を求めた事案である。 2 基礎となる事実 (以下の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。) (1) 原告は、次の特許権を有している。 特許番号 第1996397号 発明の名称 シクロスポリン含有医薬組成物 出願年月日 平成元年9月14日(特願平1-239795号) 出願公告年月日 平成7年3月22日(特公平7-25690号) 登録年月日 平成7年12月8日 優先権主張 国名 グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国 出願年月日 1988年(昭和63年)9月16日 特許請求の範囲 別紙特許公報の特許請求の範囲記載のとおり(以下、本件特許権に係る別紙特許公報を「本件公報」という。) (2) 原告は、本件特許権につき、次のとおり本件特許権の存続期間の延長登録の出願をした。 @ 延長登録出願年月日 平成12年6月14日 延長登録出願番号 特願2000-700079号 延長の期限 平成25年12月19日 A 延長登録出願年月日 平成12年6月14日 延長登録出願番号 特願2000-700080号 延長の期限 平成25年12月19日 B 延長登録出願年月日 平成13年9月18日 延長登録出願番号 特願2001-700113号 延長の期限 平成26年9月14日 C 延長登録出願年月日 平成13年9月18日 延長登録出願番号 特願2001-700114号 延長の期限 平成26年9月14日 上記@、Aの各延長登録出願につき、特許庁審査官は、平成13年7月27日付で拒絶査定を行い、これに対し、原告は、拒絶査定不服審判を請求した。 上記@ないしCの延長登録出願については、拒絶査定が確定しておらず、 また、存続期間の延長登録がされていないから、特許法67条の2第5項に基づき、各出願に係る期間、存続期間が延長されたものとみなされている。 (3) 本件特許発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。 a 有効成分としてシクロスポリンを含有する b 水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン前濃縮物である c 医薬組成物 (4) シクロスポリンは、免疫抑制剤として公知の物質であり、脂溶性である。 原告は、シクロスポリンを有効成分とする脂溶性薬剤である医薬品「サンディミュン」を我が国を含む世界各国で販売している。 原告は、スイス国において、シクロスポリンを含有するo/w型(水中油(oil-in-water)型)のミクロエマルジョン前濃縮物を製造し、これを日本チバガイギー株式会社(原告の我が国における子会社)に輸出し、同社は、これを内用液及びカプセル剤として包装し、ノバルティスファーマ株式会社(原告の我が国における子会社)は、その内用液を「ネオーラル内用液」、カプセル剤を「ネオーラル10mgカプセル」、「ネオーラル25mgカプセル」及び「ネオーラル50mgカプセル」という商品名で、経口用免疫抑制剤である医薬品として我が国で販売している。 (5) 被告は、平成14年3月15日、被告製品について、「ネオーラル」の後発品として厚生労働大臣から薬事法に基づく製造承認を受けた。 (6) 被告製品の組成は、@有効成分-シクロスポリン、A溶解剤-ポリオキシル35ヒマシ油、B溶解補助剤-クエン酸トリエチル、C溶解補助剤-モノラウリン酸ソルビタン、Dプロピレングリコール脂肪酸エステル、Eその他カプセルの基材又は可塑剤、着色剤である。 (7) 被告製品は、本件特許発明の構成要件a及びcを充足する。 3 争点 (1) 構成要件充足性 被告製剤は、本件特許発明の構成要件b(「水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン前濃縮物である」)を充足するか。 (2) 無効理由 本件特許に無効理由が存在することが明らかか。 ア 記載不備 (ア) 本件特許発明の構成要件の「前濃縮物」という記載は不明瞭か。 (イ) 本件特許発明の構成要件の「ミクロエマルジョン」という記載は不明瞭か。 イ 新規性欠如 本件特許発明は、特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明と同一の発明か。 ウ 進歩性欠如 本件特許発明は、特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたか。 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件充足性)について (1) 原告の主張 ア(ア) 本件特許発明の構成要件bの「水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン」とは、水相中に油が微粒子状に分散した系から成るミクロエマルジョンを指し、o/w型ミクロエマルジョンとも略称されている。 本件特許発明の構成要件bの「前濃縮物」とは、このようなo/w型ミクロエマルジョンを形成するための前提となる「濃縮物」を指し、o/w型ミクロエマルジョンから溶媒である水を除いたもの又は溶媒である水の量の少ないものをいう。 被告製剤は、水と接触した際にミクロエマルジョンを形成し、その組成中に溶解剤としてポリオキシル35ヒマシ油(前記第2、2(6)A)を含むから、 形成されるミクロエマルジョンは水中油型のミクロエマルジョンである。 したがって、被告製剤は、本件特許発明の構成要件bを充足する。 (イ) 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1は、本件特許発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されており、それ以外に、本件特許発明の構成に欠くことができない事項はなく、(A)実質的攪拌手段を使用することなく、自然発生的に溶媒中に粒子が分散するものであること、(B)分散した溶液が透明であることを本件特許発明の構成要件に付加しなければならない理由はない。 イ(ア) 原告が行った実験(甲第5号証)によれば、被告製剤を脱塩水に添加し、68時間静置したもの、及び68時間静置しかつ1日2回緩やかに振とうしたものは、被告製剤が自然発生的に水に分散し、均一、半透明の系を形成してミクロエマルジョンを形成した(写真5)。被告製剤を水で1000倍に希釈し、緩やかに振とうしたものは、希釈直後、3分後、65分後において、いずれも透明であった(写真1、2、3)。また、被告製剤2μlを2mlの超精製水に加えて得られたミクロエマルジョンについて、レーザー光散乱(装置:Brookhaven BI-200 SM)を使用して粒子径を測定したところ、平均粒子径は69nmであり、本件明細書によって好ましいとされるミクロエマルジョンの粒子径である1000Å(=100nm)未満であった。 本件明細書には、「水単独と接触させたときに自然発生的または実質的に自然発生的にミクロエマルジョンを形成し得る」(本件公報12欄47行ないし49行)と記載されており、水との接触により自然にミクロエマルジョンが形成されることが記載されており、その形成に至る時間は特に記載されていない。ミクロエマルジョンの形成に要する時間は、ミクロエマルジョン前濃縮物と水との界面の面積、系及び界面の粘度、製剤中の賦形剤の性質、温度などの諸要因によって変化し、一定の範囲に規定することは困難である。被告製剤は粘性が高いから、単なる静置によりミクロエマルジョンが形成されるのに68時間を要したのは当然である。本件明細書添付の第3図に示された結果は、臨床試験成績に関するものであり(本件公報44欄9行ないし15行)、原告の実験の場合とは、ミクロエマルジョン前濃縮物が分散する対象、環境、条件などが大きく異なるから、同第3図において2時間経過後に有効成分濃度がピークを過ぎているとしても、そのことから、原告の実験条件である68時間という時間が長すぎるとはいえない。 被告製剤は粘性が高いから、観察時間を短縮し実験効率を高めるために、水の添加量を増やしたり、過度にわたらない攪拌を行うことは、常套の実験操作の範囲内のことである。原告の実験の結果を総合的に考察するならば、被告製剤により、自然発生的に均一、半透明又は透明の系が形成されるから、被告製剤がミクロエマルジョン前濃縮物に当たることは明らかである。 (イ) 被告の行った実験(乙第4号証)は、被告製剤の高い粘性を考慮することなく、被告製剤を5倍に希釈するにとどめ、スターラー攪拌(300回転/分)の場合は4分以内、ガラス棒攪拌(200回転/分)の場合は1分以内、無攪拌(放置)の場合は4時間以内、無攪拌(2回/秒揺すった後放置)の場合は1時間以内の観察を行っているにすぎず、ミクロエマルジョンが自然発生的に形成されないような条件を選択し、又は形成される前に実験を中止したことを疑わざるを得ない。被告の実験によっても、時間の経過とともに、次第に半透明又は透明の均一系が上部に形成されていくことが明らかであるから、被告の実験によって原告の実験の結果を否定する合理的根拠を見出すことはできない。 ウ 被告のホームページ(甲第10号証)には、本件特許発明の実施品である先発品と、後発品である被告製剤の生物学的同等性試験のデータが示されており、両者の全血中シクロスポリン濃度の経時的推移が酷似していることから、両者は同様の組成を有することが強く推定され、被告製剤はミクロエマルジョン前濃縮物である可能性が極めて高い。 エ 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1は、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものであり、発明の詳細な説明には、当業者が容易に本件特許発明の実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されているから、本件特許発明の技術的範囲を限定解釈しなければならない理由はない。 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1は、シクロスポリンの医薬としての作用効果の改善を実現するための特定の剤型として「ミクロエマルジョン前濃縮物」を開示しているから、機能的表現のみで記載されているとはいえない。 (2) 被告の主張 ア(ア) 本件明細書には、「この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」は、水単独と接触させたときに自然発生的または実質的に自然発生的にミクロエマルジョンを形成し得る有効成分としてシクロスポリンを含有する製剤系である」(本件公報12欄46行ないし50行)と記載され、ミクロエマルジョンについては、「成分を接触させた時点で自然発生的または実質的に自然発生的に形成され、 すなわち、実質的なエネルギー供給は受けず、例えば加熱または高度せん断装置または他の実質的攪はん手段の使用の非存在下で形成される。」(同12欄16行ないし20行)、「それらの粒子は2000オングストローム未満のサイズを有するため、それらは光学的に透明である」(同12欄28行ないし29行)と記載されている。これらの記載を参酌すると、本件特許発明の構成要件bの「前濃縮物」は、少なくとも、(A)実質的攪拌手段を使用することなく、自然発生的に溶媒中に粒子が分散するものであって、(B)分散した溶液が透明であるものである必要があると解される。すなわち、自然発生的に水中に分散させることが困難なもの、 又は分散されたエマルジョン溶液が不透明であるものは、構成要件bの「ミクロエマルジョン前濃縮物」に該当せず、本件特許発明の技術的範囲に属さないことになる。 (イ) 被告製剤は、水中に分散しただけでは乳化することがなく、水相と油相の2層に分離されたままであり、容器を揺すって混合を促進したとしても、分離状態は解消されず、時間が経ってもその状態に変化はない。そこで、スラーター又は攪拌棒を用いて急激に攪拌すると、かろうじて油相が水相中に分散するが、それによって得られた溶液は直ちに白濁し、可視的にも明らかに不透明である。 したがって、被告製剤は前記(ア)の(A)、(B)の要件を充足せず、構成要件bの「ミクロエマルジョン前濃縮物」に該当しないから、本件特許発明の技術的範囲に属さない。 イ(ア) 原告が行った実験(甲第5号証)によれば、被告製剤を脱塩水に添加したものは、68時間経過後にミクロエマルジョンを形成したという。 しかし、経口投与された医薬組成物は、消化管から吸収されて血液中に溶け込むから、投与から消化系を通過するまでの間にミクロエマルジョンを形成するもの(それによって胃壁及び小腸から吸収されるもの)でなければ、経口投与用の医薬組成物として意味をなさない。本件明細書添付の第3図には、150mgの有効成分(シクロスポリン)を付与するに足りる組成物を被験者に経口投与した場合の血中濃度の推移が示され、投与からおおむね2時間経過後には、血中濃度がピークを過ぎ、急激に低下傾向に転じる様子が示されている。この場合、少なくとも血中濃度がピークを過ぎた時点においては、消化管中の医薬組成物は吸収を終え、実質的に残存していないとみられるから、原告の実験の68時間経過後の分散系の確認試験は全く意味がない。 (イ) 原告が行った実験(甲第5号証)では、被告製剤0.3gを1.5mlの脱塩水に添加し、スラーターで50回転/分の回転数で65分間攪拌したものの写真(写真3、実験a)が提示されている。 しかし、これは、1.5ないし2mlの水に溶解したサンプルを、おおむね直径が15ないし20mm程度の試験管に注いで実施されたものと思われ、 甲第5号証の写真1ないし3の右側の写真によれば、試験管の内径にほぼ匹敵する大きさで、液体の喫水線までの高さの約2分の1を占める攪拌器を管内に挿入し、 その攪拌器によって液体に対して50回転/分の回転力を付与したものと考えられる。これによれば、液体は、試験管の内壁と攪拌器によってせん断され、相当に激しい機械的応力が付与されたとみられ、このような攪拌は実質的攪拌というべきであって、このような実験による実験結果は、自然発生的に溶媒中に疎水性粒子を分散させたものを示しているとはいえない。 (ウ) 原告が行った実験(甲第5号証)では、被告製剤を水で1000倍に希釈し、緩やかに振とうしたものは、希釈直後、3分後、65分後において、いずれも透明であったとされる。 しかし、本件明細書には、「希釈率の上限は厳密ではないが、一般的に1:1、例えば1:5ppw(「ミクロエマルジョン前濃縮物」:H2O)またはそれ以上の希釈率が適当である。」(本件公報13欄36行ないし38行)と記載されており、本件明細書が、1000倍の希釈によってミクロエマルジョンを形成するような組成物を開示しているとみることはできない。 (エ) 原告が行った実験(甲第5号証)によれば、被告製剤を水に加えて得られたミクロエマルジョンについて粒子径を測定したところ、平均粒子径は69nmであったとされる。 しかし、測定方法もデータも示されていない信頼性に乏しい主張である上、測定に供された試料も、被告製剤を1000倍もの大量の水に希釈したものである点において、本件明細書による開示から乖離した不適切なものである。 (オ) 被告が行った実験(乙第4号証)の実験条件(無攪拌で4時間、2回/秒揺すった後1時間)は、本件明細書の「自然発生的」という文言の通常の意味に即して設定されたものであり、その実験条件に従って実験を行ったところ、被告製剤における親水性成分と疎水性成分の二層状態は解消されず、「単相性」というミクロエマルジョンの基本条件すら満たされなかった。 ウ(ア) 本件特許発明は、水の存在下で(水と接触したときに)ミクロエマルジョンを形成し得るという医薬組成物の抽象的機能のみを示しており、本件特許発明の目的又は作用効果を達成するために必要な医薬組成物の具体的な構成を明らかにするものではない。このように発明の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合には、当該機能又は作用効果を果たし得る構成のすべてがその技術的範囲に含まれるとすると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までその発明の技術的範囲に含まれることとなり、開示の代償として独占権を付与するという特許法の理念と相反することになるから、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に基づいて技術的範囲を画定すべきである。 本件特許発明についても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な医薬組成物の組成によって技術的範囲を画定すべきである 本件明細書の発明の詳細な説明には、水と接触したときにミクロエマルジョンを形成し得る医薬組成物として、「1.1.低分子量モノ-またはポリ-オキシ-アルカンジオールの医薬的に許容し得るC1-5 アルキルまたはテトラヒドロフルフリル・ジ-または部分エーテル、または1.2.1,2-プロピレングリコール」(本件公報14欄2行ないし5行)の親水相成分と、脂肪酸トリグリセリド類(同16欄17行)の親油相成分を含有するもののみが唯一具体的に開示されているから、 本件特許発明の技術的範囲は、これらの組成を有する医薬組成物に限定して解釈される。 (イ) 被告製剤は、前記第2、2(6)@ないしDのとおりの組成であり、上記(ア)の組成を備えないから、本件特許発明の技術的範囲に属さない。 2 争点(2)(無効理由)ア(記載不備)について (1) 被告の主張 ア 「前濃縮物」について (ア) 本件特許発明の構成要件bの「ミクロエマルジョン前濃縮物」という語は、当業者の技術常識に属するものではなく、文言そのものからその技術的意義が一義的に明確であるとはいい難い。そこで、「ミクロエマルジョン前濃縮物」という語の意味について、本件明細書の発明の詳細な説明を参酌すると、そこには、「水と接触、例えば水に添加した場合にミクロエマルジョンを提供し得るシステムを包含する」(本件公報12欄8行ないし10行)、「水単独と接触させたときに自然発生的または実質的に自然発生的にミクロエマルジョンを形成し得る・・・製剤系である」(同12欄47行ないし50行)と記載されているから、 構成要件bの「ミクロエマルジョン前濃縮物」の技術的意義は、「水に接触させたときにミクロエマルジョンを形成し得る医薬組成物」という程度に画定される。 本件特許発明は、公知物質であるシクロスポリンの製剤の組成に関する発明であるから、製剤の組成を具体的構成によって特定しなければならないはずである。しかし、本件明細書にいうように「水に接触させたときにミクロエマルジョンを形成し得る医薬組成物」というだけでは、組成物の機能のみを記載したにとどまり、製剤の組成を具体的構成によって特定したとはいえず、発明の構成に欠くことができない事項(水と接触したときにミクロエマルジョンを形成し得る製剤の組成、配合割合)が記載されているとはいえないし、上記のように「自然発生的または実質的に自然発生的に」というだけでは、「実質的」な場合とそうでない場合の境界が不明で、明瞭性を欠く。 (イ) 本件明細書には、「シクロスポリン有効成分に加えて、この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物は、適宜1)親水相、2)親油相、および3)界面活性剤を含有する。」(本件公報13欄13行ないし17行)と記載され、「「ミクロエマルジョン前濃縮物」タイプの製造」に係る実施例1ないし3(同36欄4行ないし39欄6行)においては、親水相、親油相、界面活性剤の3成分を含有するものしか記載されておらず、本件明細書全体を通じて、「ミクロエマルジョン前濃縮物」としては、これら3成分をすべて含有するものしか開示されていない。 本件明細書には、親水相について、「1.1.低分子量モノ-またはポリ-オキシ-アルカンジオールの医薬的に許容し得るC1-5 アルキルまたはテトラヒドロフルフリル・ジ-または部分エーテル、または1.2.1,2-プロピレングリコール」(本件公報14欄2行ないし5行)、「低級(例、C1-5 )アルカノール類、特にエタノール」(同15欄29行ないし30行)が開示されているだけであり、ミクロエマルジョン前濃縮物である実施例1ないし3はもとより、ミクロエマルジョン前濃縮物ではない実施例4ないし7においても、上記「1.1.」又は「1.2.」の成分を親水相として含有するもののみが開示されている。 本件明細書においては、親油相について、「選択された親水相、例えば(1.1.)または(1.2.)記載の成分と非混和性である医薬的に許容し得る溶媒が全て含まれる。」(本件公報16欄11行ないし13行)と記載されているが、親油相成分として使用に特に適した成分として挙げられているもの(同16欄17行ないし17欄9行)、親油相成分として実施例に使用されているものは、すべて脂肪酸トリグリセリド類に属し、本件特許発明に使用し得る親油相としてそれ以外の開示はない。 そうすると、本件明細書に具体的に開示された組成以外の親水相又は親油相を使用しても「水と接触させたときにミクロエマルジョンを形成し得る」という本件特許発明が実施可能かどうかは、当業者が本件明細書の記載に基づいてうかがい知ることはできない。 (ウ) さらに、本件明細書において、ミクロエマルジョンの平均粒子径及び経時的な安定性と関係付けて本件特許発明に係る医薬品組成物の具体的組成を開示した部分は、第1図、第2図に関する記載部分(本件公報29欄2行ないし48行)のみであるところ、本件明細書には、上記「1.1.」及び「1.2.」の親水相成分と他の2成分(親油相及び界面活性剤)とが特定の相対濃度領域(第1図の領域B又は第2図の領域Y)内にあるとき、粒径が小さくかつ安定な性質を有するミクロエマルジョンを形成し得る旨の開示があるけれども、逆に、3成分の相対濃度がこれらの領域から外れた場合であっても、「水と接触したときにミクロエマルジョンを形成し得る」か否かは一切不明である。3成分の相対濃度がこれらの領域にある場合以外の実施態様又は実施例については何らの測定結果も示されておらず、ミクロエマルジョンを形成し得る製剤の組成を知る手がかりはなく、発明の詳細な説明の記載は、特許請求の範囲の請求項1の実施可能性を担保していない。 イ 「ミクロエマルジョン」について (ア) 本件特許発明の構成要件bには「ミクロエマルジョン」という文言が使用されているが、一般にエマルジョンとは、ある液体が他の不溶性の液体に安定的に分散したものをいい、ミクロエマルジョンとは、その文言自体からは、分散した粒子が微小(ミクロ)であるという程度の示唆が得られるにとどまり、技術的な意義が一義的に明確であるとはいえない。 本件明細書の記載(本件公報12欄10行ないし35行)によれば、 本件明細書において、ミクロエマルジョンは、文献上の意義とは異なり、「水および疎水性(親油性)有機成分を含めた有機成分を含有する非オペーク(透明)または実質的に非オペークのコロイド状分散液」であるとされており、これに加えて次の特徴のうち一つ又はそれ以上を有するものとして同定可能であるとされている。 T 成分を接触させた時点で自然発生的又は実質的に自然発生的に形成され、すなわち、実質的なエネルギー供給は受けず、例えば加熱、高度せん断装置又は他の実質的攪拌手段の使用の非存在下で形成される。 U 熱力学的安定性を呈する。 V 単相性である。 W 実質的に非オペークであり、すなわち、光学顕微鏡手段により観察した場合透明又はオパールのような光彩を放っている。例えばx-線技術を用いると、非等方性構造が観察され得るが、平静状態ではそれらは光学的に等方性である。 X 分散又は粒状(小滴)相を含み、それらの粒子は2000Å未満のサイズを有するため、それらは光学的に透明である。 Y 粒子は球形であり得るが、他の構造、例えばラメラ状、六方晶系又は等方性対称を有する液状結晶の場合もあり得る。 Z 一般的に、最大寸法(例、直径)が1500Å未満、例えば一般的には100〜1000Åである小滴又は粒子を含む。 しかし、本件明細書には、これらのうちどの特徴が必須でどの特徴が補充的かなどについては書かれていない。これらの特徴のうち一つでも備えればよいとするならば、例えば「単相性である」限り、ミクロエマルジョンと同定されることになるが、エマルジョンそのものが単相性(ある液体に他の不溶性液体が均一に分散した状態)であり、それに加えてどのような特徴によってミクロエマルジョンと同定されるかは、本件明細書の記載から明確に理解することは困難である。 (イ) ミクロエマルジョンという語を普通に理解した場合、その意味は、 他のエマルジョンよりも粒子が微小(ミクロ)ということであるが、本件明細書では、ミクロエマルジョンの粒径について、「2000オングストローム未満」(本件公報12欄28行)、「最大寸法(例、直径)が1500オングストローム未満、例えば一般的には100〜1000オングストロームである小滴または粒子を含む。」(同12欄33行ないし35行)とあいまいに記載されている上、その数値は、「8〜120nm(=80〜1200Å)程度の直径をもつ」(「製剤の物理化学的性質(医薬品の開発第15巻)」宮嶋孝一郎編集、平成元年発行、甲第4号証)348頁、「粒径が75〜1200Åの範囲にある」(「Emulsions and Solubilization」KOZO SHINODAら著、1986年(昭和61年)発行、甲第15号証)5頁という文献上の記載とも異なっており、通常のエマルジョンとミクロエマルジョンを区別する粒径の値は明らかではないから、当業者が本件特許発明の外延を明確に理解することは不可能である。 ウ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえず、また、特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとはいえない。したがって、本件明細書の記載は、 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項、5項2号に適合しない瑕疵があり、本件特許には、無効理由が存在することが明らかである。 (2) 原告の主張 ア 「前濃縮物」について 本件特許発明は、シクロスポリンを水中油型のミクロエマルジョン前濃縮物として製剤化することにより、吸収性の改善、高い血中濃度の達成、生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)の向上、生物学的利用能の個体内及び個体間のばらつきの抑制、腎毒性等の副作用の抑制など、従来技術からは予測できない格別の効果を奏するシクロスポリン含有医薬品組成物が得られることに基づき完成されたものであるから、本件特許発明の構成に欠くことができない事項は、有効成分である「シクロスポリン」と、その製剤形態である「水中油型のミクロエマルジョン前濃縮物」と、その用途である「医薬組成物」であり、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1が、本件特許発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものであることは、明白である。 ミクロエマルジョン自体は、後記イ(ア)のとおり、本件特許権の優先権主張日当時、関連技術分野において公知であり、その技術的意義は、当業者にとって明らかであった。そして、本件明細書の「この明細書で使用されている「ミクロエマルジョン前濃縮物」という語は、水と接触、例えば水に添加した場合にミクロエマルジョンを提供し得るシステムを包含する。」(本件公報12欄7行ないし10行)、「この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」は、水単独と接触させたときに自然発生的または実質的に自然発生的にミクロエマルジョンを形成し得る有効成分としてシクロスポリンを含有する製剤系であることが判る。」(同12欄46行ないし50行)という記載から、「ミクロエマルジョン前濃縮物」とは、水と接触または水を添加することによりミクロエマルジョンを形成するものであることが理解できるから、「ミクロエマルジョン前濃縮物」の具体的態様は、当業者にとって明らかである。 「ミクロエマルジョン前濃縮物」を形成する成分やその割合等は、単に本件特許発明を具体化するための態様、すなわち当業者が本件特許発明を容易に実施するために必要な記載であるにすぎないから、これらを発明の構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲に記載しなければならない理由はない。これらは本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているから、本件明細書を記載不備ということはできない。 イ 「ミクロエマルジョン」について (ア) 「ミクロエマルジョン」という語の意義については、「製剤の物理化学的性質(医薬品の開発第15巻)」(宮嶋孝一郎編集、平成元年発行、甲第4号証)348頁、特表2001-517602号公表特許公報(平成13年公表、 甲第6号証)、「MICROEMULSIONS:COLLOIDAL ASPECTS(Advances in Colloid and Interface Science,4)」(K.SHINODAら著、1975年(昭和50年)発行、甲第13号証)281ないし282頁、299頁、「THE DEFINITION OF MICROEMULSION(Colloids and Surfaces,3)」(INGVAR DANIELSSONら著、1981年(昭和56年)発行、甲第14号証)391、392頁、「Emulsions and Solubilization」(KOZO SHINODAら著、1986年(昭和61年)発行、甲第15号証)5頁などの文献に記載されており、本件特許権の優先権主張日当時、当業者が、ミクロエマルジョンについて、水、油(すなわち親油性成分)と両親媒性物質(すなわち界面活性剤)を必須成分として含む系で、液体が他の不溶性の液体に安定的に分散したものであって分散された粒子が微小であるものを指すと理解していたことは明らかである。本件明細書においては、このような従前のミクロエマルジョンの意義を踏まえて、「「ミクロエマルジョン」という語は、水および疎水性(親油性)有機成分を含めた有機成分を含有する非オペーク(透明)または実質的に非オペークのコロイド状分散液として慣用的に許容されている意味で用いられる。」(本件公報12欄10行ないし14行)と記載されている。さらに、本件明細書には、小さい粒径であってもミクロエマルジョンであることが疑われる場合、 更にミクロエマルジョンであるかどうかを同定するためのガイドラインとして、ミクロエマルジョンの特性(前記(1)イ(ア)のTないしZの特徴)が記載されている(本件公報12欄14行ないし35行)。したがって、本件特許発明の構成要件bの「ミクロエマルジョン」の意義が不明確であるとはいえない。 (イ) ミクロエマルジョンの粒径の値については、本件明細書及び文献に、前記(1)イ(イ)のとおり記載されている。文献上の粒径の値の記載は、ミクロエマルジョンの粒径の絶対的な範囲を示すものではなく、ミクロエマルジョンが、通常のエマルジョンと比較して、明らかに区別できる小さな粒径を有していることを明示しているものであるから、本件明細書の粒径の記載と整合性を欠くことはない。 (ウ) 本件特許発明の構成を備える医薬組成物は、本件明細書の発明の詳細な説明、特に実施例1、2を参酌することによって容易に調製することができる。また、本件明細書には、特許請求の範囲の請求項1に「医薬組成物」と記載され、医薬組成物としての具体的な使用態様が随所に記載されているから、当業者は、本件特許発明に係るミクロエマルジョン前濃縮物が医薬としてどのように使用されるか、容易に理解することができる。したがって、本件明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、本件特許発明の目的、構成及び効果が記載されているといえる。 ウ したがって、本件特許に無効理由が存在することが明らかであるとはいえない。 3 争点(2)イ(新規性欠如)について (1) 被告の主張 本件特許発明は、次のとおり、優先権主張日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明であるから、特許法29条1項3号の規定に反して特許されたものであり、本件特許に無効理由があることは明らかである。 ア(米国特許第4388307号公報) (ア) 本件明細書において、本件特許発明の構成要件bの「ミクロエマルジョン前濃縮物」の組成について具体的に明らかにされているのは、シクロスポリンの他に親水相、親油相及び界面活性剤を含有するものである。 (イ) 米国特許第4388307号公報(乙第1号証。以下「乙1公報」という。)には、「本発明は、薬理的に活性な単環ペプチド及び次の成分の少なくとも一つを含む担体を含有する医薬組成物を提供する: (a)天然又は水素化植物油トリグリセリドとポリアルキレンポリオールとのトランスエステル化物 (b)飽和脂肪酸トリグリセリド、及び (c)モノ又はジグリセリド。 本発明の組成物は、特に通常の製剤用担体には不溶性か難溶性である疎水性及び/又は親油性ペプチド類、殊に次の基本環状構造を有するシクロスポリン類に好適である。 (中略) シクロスポリンA、ジヒドロシクロスポリンC及びイソシクロスポリンDが好ましいペプチド類である。」(乙1公報1欄57行ないし3欄48行)と記載され、有効成分化合物として薬理的に活性な単環ペプチド、特にシクロスポリンを含有する組成物が記載され、担体として上記(a)ないし(c)を用いることが記載されている。ここでいう(a)のエステル化物は本件明細書でいう界面活性剤であり、(b)のトリグリセリド及び(c)のモノ又はジグリセリドは親油相成分である。 乙1公報5欄1行ないし3行には、その医薬品組成物は他の賦形剤とともに経口投与等に適した形態に製剤化できることが記載され、乙1公報5欄25行ないし43行には、その賦形剤として(@)エタノール(親水相成分)、(A)安息香酸ベンジルエステル(親油相成分)、(B)オリーブオイルやコーンオイルのような植物油(親油相成分)、(C)レシチン(界面活性剤)や水及びエタノール(いずれも親水相成分)が挙げられている。乙1公報6欄13行ないし16行には、上記(a)+(@)+(B)系、すなわちエステル化物(界面活性剤)、エタノール(親水相成分)及び植物油(親油相成分)の3成分系を含有する組成物が、 水の存在下で自己乳化系(self-emulsifying system)を形成することが記載されているところ、「不溶性か難溶性である疎水性及び/又は親油性ペプチド類」すなわち油成分が水に乳化するのであるから、これによって得られるエマルジョンが水中油(oil-in-water)型のエマルジョンであることは自明である。乙1公報には、水の存在下において自己乳化して得られるエマルジョンがミクロエマルジョンであるか否かについては明記されていないが、本件明細書において、「ミクロエマルジョン前濃縮物」である本件特許発明の具体的構成として、これら3成分を含有するものしか開示されていないことからすれば、乙1公報に記載されたエマルジョンは、 ミクロエマルジョンであると解される。 したがって、本件特許発明は、乙1公報に記載された発明と同一である。 イ(特開昭61-249918号公開特許公報) (ア) 本件特許発明のミクロエマルジョンを同定する一つの特徴は、前記2(1)イ(ア)Zのとおり、1500Å未満の最大寸法(例えば直径)を有する小滴又は粒子を含むことである。 (イ) 特開昭61-249918号公開特許公報(乙第2号証。以下「乙2公報」という。)は、その特許請求の範囲に記載されているように、眼疾患治療薬含有リピッドマイクロスフェアーより成る点眼剤に係るものであるが、リピッドマイクロスフェアー(lipid micro sphere。以下「LMS」という。)とは、油成分の微小粒子が分散した液体系、すなわち水中油型エマルジョンである。 乙2公報2頁右上欄15行ないし右下欄3行には、医薬化合物に油成分(大豆油等)や界面活性剤(非イオン性界面活性剤等)を混合し、「混合物を30〜80℃に加熱し、ホモゲナイザーなどを用いて均質化し、次に必要量の滅菌水を加えて再びホモゲナイザーなどで均質化する」(乙2公報2頁左下欄16行ないし右下欄2行)ことが記載されており、配合成分として、親水相に該当する水やグリセリン(乙2公報2頁左下欄12行)が挙げられている。そして、乙2公報の実施例3には、大豆油、卵黄レシチンにシクロスポリンを加熱混合し、これにグリセリンを加えたものを精製水と混合し乳化させることが記載されており、シクロスポリンを含有する水中油型エマルジョンとすることが記載されている。そして、このようにして得られたLMSすなわちエマルジョンは、「粒子径約0.1〜1.0μの微細な乳液であった。保存安定性は良好で、粒子径の変化はみられなかった。」(乙2公報3頁右上欄10行ないし12行)とされ、前記(ア)の特徴を備えている。そうすると、上記の滅菌水を加える前の組成物は、水と接触したときに水中油型のミクロエマルジョンを形成し得るものである。 したがって、乙2公報には、有効成分としてシクロスポリンを含有する医薬組成物で、水に乳化させることにより水中油型のミクロエマルジョンを形成し得るものが記載されており、これは、本件特許発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」に該当する。 本件特許発明は、ミクロエマルジョン前濃縮物の使用方法を限定しておらず、水に希釈して使用する場合も当然含むから、乙2公報には、本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物とその使用方法が記載されていることになる。また、経口投与用であることは、本件特許発明の構成要件ではなから、乙2公報記載の医薬組成物が点眼剤であったとしても、乙2公報によって本件特許発明の新規性は否定される。また、乙2公報によれば、ホモゲナイザーにより調製されたLMSを水に分散するとミクロエマルジョンが形成されることは自明であるから、ホモゲナイザーにより調製された組成物を本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物から排除すべき根拠はない。 ウ(特開昭61-280435号公開特許公報) (ア) 本件明細書には、ミクロエマルジョンについて、「ミクロエマルジョンは分散または粒状(小滴)相を含み、それらの粒子は2000オングストローム未満のサイズを有するため、それらは光学的に透明である。」(本件公報12欄27行ないし29行)と記載されている。 (イ) 特開昭61-280435号公開特許公報(乙第3号証。以下「乙3公報」という。)は、その特許請求の範囲にも記載されているように、「サイクロスポリン類の少なくとも1種を医薬的に許容し得る界面活性剤を含有する水中に分散せしめて成るサイクロスポリン類のリンパ指向性製剤」(請求項1)に係るものであり、乙3公報には、シクロスポリン、界面活性剤及び水を含有する医薬組成物が記載されている。乙3公報の実施例1ないし3には、シクロスポリンと界面活性剤を水に分散させ均質化して透明な溶液を得ることが記載されている。具体的には、シクロスポリンAとポリオキシエチレン硬化ヒマシ油エステル(界面活性剤)を含むリノール酸(親油性成分)を蒸留水に分散させたものに超音波処理をかけ「澄明な溶液」を得るものであり(実施例1)、この溶液は、油成分であるシクロスポリンを水中に分散させた水中油型エマルジョンであり、しかも透明であるから、本件特許発明の水中油型ミクロエマルジョンに該当する。そうすると、蒸留水に分散させる前の組成物は、水と接触させたときにミクロエマルジョンを形成し得るものであるから、本件特許発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」に該当する。 本件特許発明は、ミクロエマルジョン前濃縮物の使用方法を限定しておらず、水に希釈して使用する場合も当然含むから、乙3公報には、本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物とその使用方法が記載されていることになる。また、乙3公報によれば、超音波処理により調製された組成物を水に分散するとミクロエマルジョンが形成されることは自明であるから、超音波処理により調製された組成物を本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物から排除すべき根拠はない。 (2) 原告の主張 ア 本件明細書にいうミクロエマルジョンとは、前記2(2)イ(ア)のとおり、 水及び疎水性(親油性)有機成分を含有する透明又は実質的に透明なコロイド状分散液を意味し、本件特許発明に係る医薬組成物は、前記2(2)アのとおり、水中油型のミクロエマルジョンそのものではなく、その前の、水との接触により、具体的には、経口的に服用した場合、飲み水や胃液で希釈されることにより、ミクロエマルジョンを形成するものである。 従来、いかなる医薬有効成分についても、このようなミクロエマルジョン前濃縮物の形態に製剤化し市販された医薬品は存在しなかったし、少なくとも、 シクロスポリンを有効成分とする水中油型のミクロエマルジョン前濃縮物として製剤化された医薬組成物は、本件特許権の優先権主張日前に知られていなかった。したがって、本件特許発明は新規性を有する。 イ(乙1公報) 乙1公報には、水の存在下において自己乳化して得られるエマルジョンがミクロエマルジョンであるか否かについては記載されていない。乙1公報に記載された発明を実施した原告の製品である「サンディミュン」は、エマルジョン前濃縮物であり、水と接触して1μm(=10000Å)より大きい粒径のエマルジョンを形成することから、乙1公報には、本件特許発明に係るミクロエマルジョン前濃縮物が記載されていないことが明らかである。 被告の主張は、本件特許発明に係る医薬組成物が有効成分以外の3成分(親水相、親油相、界面活性剤)を含有することを前提として、乙1公報に記載された組成物もこのような3成分を含むものであり、前者が水と接触した場合にミクロエマルジョンを形成するから、後者もミクロエマルジョンを形成するはずであるという推定に基づくものである。しかし、本件明細書によっても、本件特許発明に係る医薬組成物が親水相、親油相、界面活性剤を含有することが必須であると解する根拠はない。これらの3成分が存在しなくてもミクロエマルジョン前濃縮物を得ることができ、特表2001-517602号公表特許公報(乙第6号証)には、 有効成分であるシクロスポリンに加え、必須成分として、ポリカルボン酸アルキルエステル及び/又はポリオールカルボン酸エステル(親油相)、オイル(親油相)及び界面活性剤を含むマイクロエマルジョン予備濃縮液(すなわちミクロエマルジョン前濃縮物)が記載されており、親水相成分を含まないミクロエマルジョン前濃縮液が示されている。 ウ(乙2公報) 本件特許発明は、主として経口投与されるものであるのに対し、乙2公報に記載された医薬組成物は、専ら点眼薬として使用されるリピッドマイクロスフェアである。ここでいう「リピッドマイクロスフェア」は、特に定義されておらず、その意味は定かではないが、仮に、医薬有効成分、油成分、水及び乳化剤を含む乳液から成る医薬組成物を指すとしても、本件特許発明に係る医薬組成物は、ミクロエマルジョン前濃縮物であり、乙2公報のように乳液すなわちエマルジョンを医薬組成物として使用するものではない。ミクロエマルジョン前濃縮物は、乙2公報には何ら示唆されていない。 乙2公報は、点眼剤そのものの製法を開示しているにすぎず、点眼剤の前濃縮物やその調製方法については何ら開示するところはない。また、乙2公報記載の点眼剤は、その調製に際し、ホモゲナイザーを使用して均質化を図っているから、外的エネルギーを実質的に加えることなく自然発生的にミクロエマルジョンを与える本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物とは異なる。 エ(乙3公報) 乙3公報に記載された医薬組成物は、シクロスポリンを界面活性剤によって水中に分散させた製剤であって、中ないし高級脂肪酸のような親油性成分を配合することも可能である。乙3公報に記載された製剤は、エマルジョンの粒子径が記載されていないので、エマルジョンであるかミクロエマルジョンであるか定かでないが、仮に粒径が微小なものであるとしても、その前濃縮物を医薬組成物として使用するものではないから、乙3公報に本件特許発明の医薬組成物が開示されているとはいえない。ミクロエマルジョン前濃縮物は、乙3公報には何ら示唆されていない。 乙3公報は、リンパ指向性製剤そのものの調整法を開示しているにとどまり、リンパ指向性製剤の前濃縮物やその調製方法については何ら開示するところはない。また、乙3公報記載のリンパ指向性製剤は、その調製に際し、超音波処理を行っているから、外的エネルギーを実質的に加えることなく自然発生的にミクロエマルジョンを与える本件特許発明のミクロエマルジョン前濃縮物とは異なる。 4 争点(2)ウ(進歩性欠如)について (1) 被告の主張 乙1公報は、水の存在下で自己乳化(エマルジョン)を形成する組成物(Compositions・・・have the advantage of providing a self-emulsifying system in the presence of water)すなわち水中油型エマルジョン前濃縮物を記載したものである(乙1公報6欄13行ないし15行)。乙1公報には、エマルジョンがミクロエマルジョンであることが明記されていない点を除けば、本件特許発明の構成要件がすべて開示されている。 ところで、本件特許発明のミクロエマルジョンは、「最大寸法(例、直径)が1500オングストローム未満、・・・である小滴または粒子を含む」(本件公報12欄33行ないし35行)、又は「実質的に非オペレークであり、すなわち、光学顕微鏡手段により観察した場合透明またはオパールのような光採を放っている。」(同12欄21行ないし24行)という特徴によって同定できるから、乙2公報に記載された「水の存在下で得られる平均粒子径約0.1μ(=1000Å)の点眼用LMS」も、乙3公報に記載されたシクロスポリンを水に分散させた「澄明な溶液」も本件特許発明の水中油型のミクロエマルジョンに該当することは明らかである。しかも、乙2公報には、同公報に記載されたLMSについて、「保存安定性は極めて良好である」(乙2公報2頁右下欄4行ないし5行)ことが記載されており、乙3公報には、同公開特許公報に記載されたエマルジョンについて、 「投与量を低減化することが出来、肝毒性、腎毒性など臨床上問題となっている由々しい副作用の出現率を大巾に低下させることが出来る。加えてサイクロスポリン類の吸収性の患者間における変動を抑制することも出来る。」(乙3公報4頁左下欄下から4行目ないし右下欄1行)ことが記載されている。これらの性質は、本件明細書に記載されたミクロエマルジョンの性質、すなわち長期間にわたる安定性(本件公報13欄32行ないし34行)、吸収/生物学的利用能レベルの向上、及び吸収/生物学的利用能レベルにおける変動低減化(同11欄13行ないし15行)、腎臓毒性反応の発生の低減化(同11欄34行)と合致する。 そうすると、経口投与におけるシクロスポリンの吸収/生物学的利用能レベルの向上の目的をもって、又は保存安定性向上の目的をもって、乙1公報に記載された、水と接触したときにエマルジョンを自己形成する医薬組成物を、乙2公報、乙3公報の記載に基づいて、水と接触したときにミクロエマルジョンを自己形成する医薬組成物(ミクロエマルジョン前濃縮物)として調製することは、本件特許権の優先権主張日当時、当業者が容易に想到することができた。 したがって、本件特許発明は、優先権主張日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許に無効理由が存在することは明らかである。 (2) 原告の主張 乙1公報に記載されたエマルジョン前濃縮物は、本件特許発明に係るミクロエマルジョン前濃縮物に該当せず、乙2公報、乙3公報は、いずれもミクロエマルジョンを示唆していないから、これらの記載に基づいて本件特許発明に想到することは不可能であった。仮に乙2公報、乙3公報にミクロエマルジョンの作用効果が記載されていたとしても、本件特許発明は、ミクロエマルジョン前濃縮物に係るものであるから、本件特許発明に想到することが容易であったとはいえない。本件特許発明に係るミクロエマルジョン前濃縮物が、乙1公報に記載されたエマルジョン前濃縮物に比べて顕著な作用効果を奏することは、従前の知見からは予測不可能であった。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件充足性)について (1) 「ミクロエマルジョン前濃縮物」の意義について ア(ア) 本件特許発明の構成要件bは、「水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン前濃縮物である」というものである。ここにいう「ミクロエマルジョン前濃縮物」の意義について、まず、本件明細書の発明の詳細な説明を見ると、 次のような記載がある(甲第2号証)。 a 「この明細書で使用されている「ミクロエマルジョン前濃縮物」という語は、水と接触、例えば水に添加した場合にミクロエマルジョンを提供し得るシステムを包含する。この明細書で使用されている「ミクロエマルジョン」という語は、水および疎水性(親油性)有機成分を含めた有機成分を含有する非オペーク(透明)または実質的に非オペークのコロイド状分散液として慣用的に許容されている意味で用いられる。」(本件公報12欄7行ないし14行) b 「ミクロエマルジョンは、次の特徴のうちの1つまたはそれ以上を有するものとして同定可能である。それらは、それらの成分を接触させた時点で自然発生的または実質的に自然発生的に形成され、すなわち、実質的なエネルギー供給は受けず、例えば加熱または高度せん断装置または他の実質的攪はん手段の使用の非存在下で形成される。それらは熱力学的安定性を呈する。それらは単相性である。それらは実質的に非オペレーク(非オペークの誤記と認める。)であり、すなわち、光学顕微鏡手段により観察した場合透明またはオパールのような光採(光彩の誤記と認める。)を放っている。例えばx-線技術を用いると、非等方性構造が観察され得るが、平静状態ではそれらは光学的に等方性である。」(同12欄14行ないし26行) c 「ミクロエマルジョンは分散または粒状(小滴)相を含み、それらの粒子は2000オングストローム未満のサイズを有するため、それらは光学的に透明である。ミクロエマルジョンの粒子は球形であり得るが、他の構造、例えばラメラ状、六方晶系または等方性対称を有する液状結晶の場合もあり得る。一般的に、ミクロエマルジョンは、最大寸法(例、直径)が1500オングストローム未満、例えば一般的には100〜1000オングストロームである小滴または粒子を含む。」(同12欄27行ないし35行) d 「この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」は、水単独と接触させたときに自然発生的または実質的に自然発生的にミクロエマルジョンを形成し得る有効成分としてシクロスポリンを含有する製剤系であることが判る。有効成分としてシクロスポリンを含有する医薬用「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物は新規である。従って、一態様において、この発明は、A)有効成分としてシクロスポリンを含有する医薬組成物であって、「ミクロエマルジョン前濃縮物」である組成物を提供する。」(同12欄46行ないし13欄6行) e 「シクロスポリン有効成分に加えて、この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物は、適宜1)親水相、2)親油相、および3)界面活性剤を含有する。」(同13欄13行ないし17行) f 「この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」は、o/w(水中油)ミクロエマルジョンを提供するタイプに属する。しかしながら、明らかに、 (A)(本件公報13欄3行ないし5行の「A)有効成分としてシクロスポリンを含有する医薬組成物であって、「ミクロエマルジョン前濃縮物」である組成物」を指す。)による組成物は少量の水を含有し得るか、または別法として、例えばo/wまたはw/o(油中水)タイプのミクロエマルジョンの微細構造特性を呈し得る。従って、この明細書で使用されている「ミクロエマルジョン前濃縮物」という語は、それらの可能性を包含するものとして理解されるべきである。」(同13欄20行ないし28行) g 「この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物を水または他の水性媒質と接触させたときに得られるミクロエマルジョンは、熱力学的安定性を呈し、すなわち、それらは、長期間にわたって、例えば混濁または一定のエマルジョン・サイズの小滴形成または沈殿を生じること無く、周囲温度で安定している。 [勿論、ミクロエマルジョンを得るために、適当に水分が要求されるのは当然である。希釈率の上限は厳密ではないが、一般的に1:1、例えば1:5ppw(「ミクロエマルジョン前濃縮物」:H2O)またはそれ以上の希釈率が適当である。]好ましくは、水との接触時に、この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物は、少なくとも2時間、さらに好ましくは少なくとも4時間、最も好ましくは少なくとも12〜24時間の間にわたって、光学的に観察可能な混濁または沈殿が一切存在しないことにより立証されるように、周囲温度で安定しているミクロエマルジョンを提供することができる。例えば上記希釈率で、この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」から得られるミクロエマルジョンは、好ましくは約1500オングストローム未満、さらに好ましくは約1000または1100オングストローム未満、例えば約150〜200オングストローム以下の平均粒子サイズを有する。」(同13欄29行ないし50行) h 「一実施態様において、この発明は、上記(A)項記載の組成物の製造方法であって、シクロスポリン、例えば「シクロスポリン」を前記成分(1.1.)または(1.2.)および前記成分(2)および成分(3)と緊密混合し、ただし、(1.1.)または(1.2.)、(2)および(3)の相対比率を、使用されるシクロスポリンの量に応じて、「ミクロエマルジョン前濃縮物」、例えば、水に加える時点で[例えば少なくとも1:1ppw(組成物:H2O)の割合で]、個々の粒子が2000オングストローム未満、好ましくは約100〜約1000オングストロームのサイズを有する分散または粒子相を含むシステムを提供し得る組成物が得られるように選択することを含む方法を提供する。」(同35欄17行ないし29行) (イ) 「エマルジョン」(emulsion)とは、一般に、液体中に他の液体が微粒子として分散しているものをいうが、本件明細書の上記のような記載によれば、同明細書において、「水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン」とは、疎水性(親油性)有機成分の小滴が水中に分散した液であり、透明又は実質的に透明であり、小滴の粒径は、2000Å未満で、好ましくは約1000Å未満であるもの、という意味で用いられていることが認められる。また、ミクロエマルジョンは、その成分が水に接触することにより、加熱、高度せん断装置又は他の実質的な攪拌手段により実質的なエネルギー供給を受けず、自然発生的又は実質的に自然発生的に形成されること、熱力学的安定性を有すること、単相性であること、光学顕微鏡により観察した場合透明又はオパールのような光彩を放っていること、X線技術を用いると非等方性構造が観察され得るが、平静状態では光学的に等方性であること、という特徴を備えるものとされていることが認められる。 イ(ア) 次に、「ミクロエマルジョン」に関する文献の記載を検討すると、 文献には、次のように記載されていることが認められる。 a 「製剤の物理化学的性質(医薬品の開発第15巻)」(宮嶋孝一郎編集、平成元年発行、甲第4号証) 「ふつうのエマルションの液滴の大きさは1〜10μm程度である。これは、光学顕微鏡によっても観察できる。液滴の直径が光の波長(自然光の平均波長は560nm)の1/4(140nm)以下になると、光の散乱は急減し半透明から透明となる。Schulmanは、このような透明〜半透明のエマルションの粒子が、実際、8〜120nm程度の直径をもつことを示し、ミクロエマルション microemulsionと呼んだ。 炭化水素やベンゼンの油相に同容量の石けん水溶液を加え攪拌すると、不透明なミルク状の通常エマルションが得られる。これに少量のアルカノール(ブチルアルコール〜デシルアルコール)を添加すると透明になる。このミクロエマルションの生成は攪拌などの仕事を加えなくても起こる。すなわち、自然乳化過程であり、生成したミクロエマルションは熱力学的に安定である。」(348頁) (甲第4号証は、本件特許権の優先権主張日である昭和63年9月16日の約1年後の平成元年10月25日に発行されたが、実際に執筆されたのは発行日より前であるから、そこに記載された事項は、優先権主張日当時の認識であると推認される。) b 「MICROEMULSIONS:COLLOIDAL ASPECTS(Advances in Colloid and Interface Science,4)」(K.SHINODAら著、1975年(昭和50年)発行、甲第13号証) 「A.歴史的背景 ミクロエマルジョンは、それが紹介されて以来、多くの注目を集めてきた。それらは、高い%の油と水及びそれに加えて15〜25重量%の乳化剤混合物を含む、低粘度の、外見的に均一な透明系から成るものである(第1図)。」(281頁) 「第1図 水と炭化水素(左)は、乳化剤を添加することにより(中)、安定なエマルジョンを形成することができる。アルコールのような共界面活性剤を更に添加すると、透明な系(右)を形成することができる。」(282頁、第1図の説明) 「ミクロエマルジョンは、最初、大きさが80〜800Åの範囲にある球状または円柱状の小滴を含む分散系として記載された。この小滴の大きさを決定するために、種々の方法が使用されたが、それらの中に低角X線回折、光散乱、超遠心、電子顕微鏡及び粘度があったことに言及しなければならない。このようなすべての情報にもかかわらず、これらの系の性質についての見解は、マクロ分散油-水系における界面的性質であるとするシュルマンやその共同研究者らの解釈から、それらは溶解化分散相を有する真実のコロイド溶液であるとする見方に変化してきた。 これらの系における可逆性及び平衡条件に関する問題が依然として存在するが故に、そして、近年のミクロエマルジョンの実際的応用における迅速な開発に鑑み、我々は、この分野を再検討し、これらの現象についてのコロイド的特性を明らかにすることが有益であると認めるに至った。異なった意見についてまず触れた後、若干の最近の結果を考慮に入れて一般的な検討を行うこととする。」(281頁ないし282頁) 「E.要約 ミクロエマルジョンは、大量の水と炭化水素が透明、安定かつ低粘度の液体として一体となって存在することを特徴とする。その外観は、通常のエマルジョンが熱力学的に不安定で、濁っているのと対照的である。 ミクロエマルジョンは2相のエマルジョンとして、又は1相のコロイド溶液として、記載されてきた。これらの見解を若干の最近の結果を考慮に入れて比較を行ったが、ミクロエマルジョンの異なった性質は、考え方の問題である。 イオン性及び非イオン性界面活性剤の種々の挙動を検討し、ミクロエマルジョンを調製するに必要な条件について述べた。」(299頁) c 「THE DEFINITION OF MICROEMULSION(Colloids and Surfaces,3)」(INGVAR DANIELSSONら著、1981年(昭和56年)発行、甲第14号証) 「「ミクロエマルジョン」という語は、異なった著者により、広い範囲でその意義を異にするため(例えば、参照文献1〜10)、不必要な混乱と誤解の原因となっている。その大部分は、それら溶液の構造に関する不確かな推定によるものである。「ミクロエマルジョン」は、水、油及び両親媒性物質(amphiphile)の均質な(又は外観的に均質な)液体系に対する一般的な言葉としてしばしば使用されている。共通の定義を確立するため、我々は、「ミクロエマルジョン」とは、水、油及び両親媒性物質から成る系であって、単一の光学的等方性を有し、熱力学的に安定な液体溶液であると定義することを提唱する。 注釈と説明 上記の油は、炭化水素、鉱物油、シリコーン油又はトリグリセライドである。それはまた、これらの化合物の混合物又は低水溶性の誘導体であってもよい。 上記の両親媒性物質は、洗浄剤又は決められた極性を有する類似の界面活性剤である。」(391頁) 「我々は、ボーダーラインの場合について、ミクロエマルジョンの概念を限定することの困難性を承知しているが、それを管理し得るレベルに制限する必要性があるものと考える。上記の定義は、文献における従来の示唆に沿うものであり、特に「いわゆるミクロエマルジョン」が実際に単一相の光学的等方性かつ熱力学的に安定な溶液であることを証明する重要な研究(例えば、参照文献11〜14)に言及すべきである。我々は、この分野における他の研究者の意見に興味をもつものであり、典型的に何をもって「ミクロエマルジョン」と呼ぶかについて一致を見ることが可能であることを切望する。」(392頁) d 「Emulsions and Solubilization」(KOZO SHINODAら著、1986年(昭和61年)発行、甲第15号証) 「シュルマン(Schulman)が「ミクロエマルジョン」という用語を創造したとき、彼は、彼及びコックベイン(Cockbain)がそれまでに研究していたエマルジョンを参照対象とした。当該エマルジョンは粒径0.5〜4ミクロンの微細な(fine)エマルジョンであって、光顕微鏡で見ることが可能であった。当該エマルジョンは白色光を散乱、すなわちミルクのように不透明であり、静置により分離した。これに対し、彼がミクロエマルジョンと呼んだ分散液は、分離を起こさず、透明又は半透明(オパール様光彩)であった。したがって、その粒径は1/4λ以下、すなわち1400Å以下である。これら液体w/o及びo/w系は、光学的流れの複屈折を示さなかったので、シュルマンは、分散相が球状小滴の形状のものであると考えた。彼は、その当時、利用できた手段、すなわち低角X線散乱、光散乱及び沈降速度を使用して、その粒径を測定した。1958年、粒径が75〜1200Åの範囲にある、o/wアルキッドエマルジョンの小滴の球状金属骨格の電子ミクログラフを観察し、このような安定した分散液を表現するために、ミクロエマルジョンという用語を創造したのである。 したがって、厳密な意味(狭義)において、ミクロエマルジョンとは、水、油及び両親媒性物質から成る系であって、相対的に大きな膨潤ミセルを有する、熱力学的に安定な、単一相であると定義されてよい。また、広義において、 ミクロエマルジョンのように見える、すなわち透明又は半透明(オパール様光彩)の、非常に安定な分散液を含むことができるものである。 シュルマンの当初の強調点(透明性)とは異なり、ミクロエマルジョンの重要な特徴は、その熱力学的安定性と高い溶解力にあるといえよう。」(5頁) (イ) 以上のような文献の記載からすると、ミクロエマルジョンの意義に関して、ミクロエマルジョンの性質のうちいずれを重視するかという視点の置き方や厳密な定義の文言については、文献によって異なるところがあるものの、その意義としては、おおむね、通常のエマルジョンより粒径が小さく、水、油及び両親媒性物質から成り、熱力学的に安定で、単一相である、透明又は半透明の分散液をいうことで一致しているものと認められる。ミクロエマルジョンの粒径については、 8ないし120nm程度(甲第4号証)、80ないし800Å(甲第13号証)、 1400Å以下(甲第15号証)、75ないし1200Å(甲第15号証)など、 挙げられている数値は文献によって異なるが、通常のエマルジョンの1ないし10μm(甲第4号証)、又は0.5ないし4μm(甲第15号証)の粒径に比べて明らかに小さく、1400Å以下である点で一致していることが認められる。そして、本件特許権の優先権主張日当時において、当業者がミクロエマルジョンという語の意義について有する認識は、これらの文献の記載が一致するところによるものであったと推認される。 ウ 前記アで見たような本件明細書で示された「ミクロエマルジョン」の意義は、前記イの当業者の「ミクロエマルジョン」という語の意義に対する認識と整合するものと認められる。ミクロエマルジョンの粒径について、前記イ(イ)によれば、当業者の認識は1400Å以下であると推認されたのに対し、本件明細書では2000Å未満とされているが、2000Å未満であったとしても、通常のエマルジョンの粒径に比べて明らかに小さいといえるし、本件明細書で好ましいとされる約1000Å未満であれば、前記イ(イ)の1400Å以下という数値範囲に重なるから、粒径についても、本件明細書の記載は、前記イ(イ)の当業者の認識とおおむね一致するとみて差し支えないと考えられる。 そうすると、本件明細書において、「ミクロエマルジョン」という語は、本件特許権の優先権主張日当時の当業者の認識とおおむね同様の意義で用いられているものというべきであり、本件明細書の「この明細書で使用されている「ミクロエマルジョン」という語は、水および疎水性(親油性)有機成分を含めた有機成分を含有する非オペーク(透明)または実質的に非オペークのコロイド状分散液として慣用的に許容されている意味で用いられる。」(本件公報12欄10行ないし14行)という記載は、この趣旨を述べたものと認められる。そして、本件明細書の前記アの記載は、本件特許権の優先権主張日当時の当業者の認識にほぼ沿う形で、「ミクロエマルジョン」という語の意義を明らかにするために記載されたものと認めるのが相当である。 エ 本件明細書のミクロエマルジョン前濃縮物の「前濃縮物」という語は、 その文言によれば、ミクロエマルジョンになる前段階のものを意味すると理解することができる。その上で、本件明細書の発明の詳細な説明の前記ア(ア)の記載を参酌すると、ミクロエマルジョン前濃縮物とは、水と接触させたときに、攪拌手段を用いるなど実質的なエネルギーの供給を受けることなく、自然発生的に又は自然発生に近い形で、ミクロエマルジョンを形成するものを意味することが認められる。 (2) 被告製剤は本件特許発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」の構成を具備するか。 ア 前記(1)で判示した「ミクロエマルジョン前濃縮物」の意義を前提として、被告製剤が構成要件b(水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン前濃縮物である)を充足するか否かについて検討する。 前記(1)で判示したとおり、本件明細書において、「水中油(oil-in-water)型のミクロエマルジョン」とは、疎水性(親油性)有機成分の小滴が水中に分散した液であり、透明又は実質的に透明であり、小滴の粒径は、2000Å未満で、好ましくは約1000Å未満であるもの、という意味で用いられており、また、ミクロエマルジョン前濃縮物とは、水と接触させたときに、攪拌手段を用いるなど実質的なエネルギーの供給を受けることなく、自然発生的に又は自然発生に近い形で、ミクロエマルジョンを形成するもの、という意味で用いられていることが認められる。 したがって、構成要件bの充足性を検討するに当たっては、被告製剤が、このような意義を有するミクロエマルジョン前濃縮物に当たることが立証されているかが検討されなければならない。 イ 甲第5号証記載の実験 (ア) 原告の医薬開発及び分析開発部門の研究室長であるミカエル・アンビュール作成の宣誓書(甲第5号証)によれば、次のような実験結果が得られたことが認められる。 被告製剤2μlをピペットで2mlの水に添加し(希釈率1:1000)、バイアルに2、3回の緩やかな振とうを加え、添加直後、3分経過後、65分経過後に、それぞれ写真を撮影したところ、3分経過後については、青みがかった単相、透明の系が形成され、65分経過後も外観は同じであった。 被告製剤0.3gを1.5mlの脱塩水に添加し(希釈率1:5)、 50回転/分の回転数で攪拌子により攪拌(スターラー攪拌)し、添加直後、3分経過後、65分経過後に、それぞれ写真を撮影したところ、添加直後は、製剤が攪拌子を取り囲んでおり、3分経過後、攪拌子の攪拌によって製剤がゆっくりと渦を巻きながら半透明なミクロエマルジョンの系が形成されており、65分経過後、水中のすべての製剤が均一、半透明な系を形成した(実験a)。 被告製剤0.3gを1.5mlの脱塩水に添加し(希釈率1:5)、 1日2回緩やかに振とうし、添加直後、68時間経過後に、それぞれ写真を撮影したところ、68時間経過後、製剤と水により、均一、半透明な系が形成された(実験b)。 被告製剤0.3gを1.5mlの脱塩水に添加し(希釈率1:5)、 静置し、添加直後、68時間経過後に、それぞれ写真を撮影したところ、68時間経過後、製剤と水により、ほぼ均一、半透明な系が形成され、更に数時間バイアルを静置すると、完全に均一な系が形成された(実験c)。 被告製剤2μlを2mlの超精製水に添加し(希釈率1:1000)、水中油型のミクロエマルジョンの粒子径を、レーザー光散乱(装置:Brookhaven BI-200 SM)を用いて測定したところ、平均69nmであった。 (イ) しかし、甲第5号証記載の実験には、被告製剤による構成要件bの充足を立証する上で、次のような問題点がある。 a 前記のとおり、本件特許発明にいう「ミクロエマルジョン前濃縮物」とは、水と接触させたときに、攪拌手段を用いるなど実質的なエネルギーの供給を受けることなく、自然発生的に又は自然発生に近い形で、ミクロエマルジョンを形成するものを意味する。 ところで、甲第5号証及び弁論の全趣旨によれば、実験aは、被告製剤0.3gを1.5mlの脱塩水に添加した試料を、直径がおおむね15ないし20mm程度の試験管に入れ、試験管の内径にほぼ匹敵する長さで、高さが試料の高さの約2分の1に達する攪拌子を挿入し、その攪拌子によって50回転/分の回転を行ったものであり、それによって、試料は、相当程度強く攪拌され、実質的なエネルギーの供給を受けているものと認められる。このような方法の実験aによって、被告製剤からミクロエマルジョンが形成されたとしても、被告製剤が、上記のような意義のミクロエマルジョン前濃縮物であることが立証されたとはいえない。 b 本件特許発明は、構成要件cのとおり、医薬組成物に関するものであり、経口投与、局所投与等が行われることが予定されている(本件公報13欄7行ないし12行)。また、ミクロエマルジョン前濃縮物について、ミクロエマルジョンを得るためにどの程度の希釈が行われるかという点に関して、本件明細書には、「勿論、ミクロエマルジョンを得るために、適当に水分が要求されるのは当然である。希釈率の上限は厳密ではないが、一般的に1:1、例えば1:5ppw(「ミクロエマルジョン前濃縮物」:H2O)またはそれ以上の希釈率が適当である。」(本件公報13欄34行ないし38行)と記載されている。 ところで、甲第5号証によれば、被告製剤を1:1000の希釈率で希釈し、バイアルに2、3回の緩やかな振とうを加えた場合、3分経過後に、青みがかった単相、透明の系が形成され、65分経過後も外観は同じであり、また、 被告製剤を1:1000の希釈率で希釈した場合、ミクロエマルジョンの粒子径は、レーザー光散乱によって測定すると、平均69nmであったとされている。 しかし、医薬組成物が経口投与又は局所投与される場合、投与後、 体液等によって希釈されることもあるが、1:1000の希釈率まで希釈されることは、通常は考えられない。また、1:1000の希釈率まで希釈することは、上記のように本件明細書において示された1:1、1:5の希釈率と極めてかけ離れている。したがって、希釈率が本件特許発明の構成要件となっていないとはいえ、 仮に被告製剤を1:1000の希釈率まで希釈することによってミクロエマルジョンが形成されることが示されたとしても、医薬組成物の発明である本件特許発明の技術的範囲に属することが立証されたとはいえない。 c 本件明細書には、「好ましくは、水との接触時に、この発明の「ミクロエマルジョン前濃縮物」組成物は、少なくとも2時間、さらに好ましくは少なくとも4時間、最も好ましくは少なくとも12〜24時間の間にわたって、光学的に観察可能な混濁または沈殿が一切存在しないことにより立証されるように、周囲温度で安定しているミクロエマルジョンを提供することができる。」(本件公報13欄38行ないし45行)と記載されているが、この記載は、本件特許発明に係るミクロエマルジョン前濃縮物が、水と接触することにより速やかにミクロエマルジョンを形成することを前提として、その後、形成されたミクロエマルジョンがどの程度の時間、安定した状態を保つかということを記載していると解される。また、 本件明細書添付の第3図は、実施例1に係る組成物を被験者12名に経口投与した後の血液濃度の経過をグラフに示したものであるが(本件公報44欄9行ないし15行)、投与後約2時間で、ほとんどの被験者の血液濃度が最大に達し、その後低下しており、横軸の時間の最長の目盛りは30時間とされている。 ところで、甲第5号証の実験bによれば、被告製剤を1:5の希釈率に希釈し、1日2回緩やかに振とうした場合、68時間経過後に、均一、半透明な系が形成され、実験cによれば、被告製剤を1:5の希釈率に希釈し、静置した場合、68時間経過後に、ほぼ均一、半透明な系が形成され、更に数時間バイアルを静置すると、完全に均一な系が形成されたとされる。 しかし、水と接触した後ミクロエマルジョンが形成されるまでの時間が68時間であるということは、本件明細書の上記記載や本件明細書添付の第3図で計測された時間と極めてかけ離れている上、本件特許発明は医薬組成物に係る発明であるところ、ミクロエマルジョンが形成されるまでの時間が68時間であるとすれば、投与しても代謝されるまでにミクロエマルジョンを形成することができず、医薬としての効果を発揮することができないとも考えられる。したがって、ミクロエマルジョンが形成されるまでの時間が本件特許発明の構成要件となっていないとはいえ、仮に68時間経過してミクロエマルジョンが形成されることが示されたとしても、医薬組成物の発明である本件特許発明の技術的範囲に属することが立証されたとはいえない。 ウ 乙第4号証記載の実験 (ア) 被告製品開発室開発担当課長山口武作成の写真撮影報告書(乙第4号証)によれば、次のような実験結果が得られたことが認められる。 被告製剤6gを水30gにピペットで添加し(重量比5:1)、 (a)攪拌器で300回転/分の回転数で攪拌(スターラー攪拌)する場合、 (b)手でガラス棒により約200回転/分の回転数で攪拌する場合、(c)無攪拌状態のまま放置する場合、(d)攪拌しないが、約10秒間、約2回/秒の回数で容器を揺すって混合を促進させた後放置する場合のそれぞれにつき、一定時間ごとに状態を観察し、写真撮影したところ、次のとおりであった。 (a) 攪拌器による攪拌の場合 @ 添加直後は、製剤が下方に沈殿し、製剤と水が二層に分離している。 A 攪拌開始30秒後、上澄みが白濁し始めたが、完全な混濁には至っていない。 B 攪拌開始1分後、分離層が少なくなってきたが、完全な単相には至っていない。 C 攪拌開始1分30秒後、分離層が少なくなってきたが、完全な単相には至っていない。 D 攪拌開始2分後、ほぼ単相を呈してきた。 E 攪拌開始3分後、ほとんど単相を呈した。 F 攪拌開始4分後、単相を呈した。しかし、製剤と水の混合物は、 白濁しており、透明又は半透明といえる状態ではなかった。 (b) ガラス棒による手攪拌の場合 @ 添加直後は、製剤が下方に沈殿し、製剤と水が二層に分離している。 A 攪拌開始後間もなく白濁が発生し、攪拌開始30秒後、上澄みが白濁しているが、完全な単相には至っていない。 B 攪拌開始1分後、分離層が少なくなってきたが、完全な単相には至っていない。 (c) 無攪拌の場合 @ 添加直後は、製剤が下方に沈殿し、製剤と水が二層に分離している。 A 添加から2時間経過後、4時間経過後のいずれにおいても、添加直後と同様に、製剤が下方に沈殿し、製剤と水が二層に分離している。 (d) 容器を揺すって混合を促進した場合 @ 添加直後は、製剤が下方に沈殿し、製剤と水が二層に分離している。 A 約10秒間、約2回/秒の回数で容器を揺すって混合を促進させた後、上澄みは若干濁っているが、製剤は下方に沈殿しており、製剤と水が二層に分離している。 B 5分経過後、15分経過後、1時間経過後のいずれにおいても、 上澄みは若干濁っているが、製剤は下方に沈殿しており、製剤と水が二層に分離している。 (イ) このような実験結果によれば、乙第4号証には、被告製剤が、1:5の希釈率で水に希釈された場合、自然発生的にはもとより、ガラス棒による攪拌や攪拌器による攪拌によって相当程度のエネルギーを加えられてもミクロエマルジョンにならないことが示されているといえる。 エ 構成要件充足性の判断 (ア) これまで述べたところによれば、甲第5号証によっても、被告製剤が構成要件bを充足することが立証されたとはいえない。また、乙第4号証には、 被告製剤が、1:5の希釈率で水に希釈された場合、自然発生的にはもとより、ガラス棒による攪拌や攪拌器による攪拌によって相当程度のエネルギーを加えられてもミクロエマルジョンにならないことが示されている。 前記第2、2(5)のとおり、被告製品は、原告の製造に係る「ネオーラル」の後発品として製造承認を受けたものであるが、被告製剤がミクロエマルジョン前濃縮物であることを示す資料を提出した上で製造承認を受けたのかどうか明らかではない。また、被告のホームぺージ(甲第10号証)によれば、本件特許発明の実施品である先発品と、後発品である被告製剤の全血中シクロスポリン濃度の経時的推移がほぼ同じであることが認められるが、血中濃度がほぼ同じであることをもって、被告製剤も先発品と同様にミクロエマルジョン前濃縮物であるといい得るかどうか明らかではない。したがって、これらの製造承認や血中濃度の推移の一致の事実を勘案したとしても、被告製剤がミクロエマルジョン前濃縮物であることが立証されたとはいえない。 (イ) なお、被告は、「ミクロエマルジョン前濃縮物」の意義として、水に接触させたときにミクロエマルジョンを形成し得る、というだけでは、機能を記載したにとどまり、製剤の組成を具体的構成によって特定したとはいえないから、 本件特許発明の技術的範囲は、本件明細書に示された具体的な組成のもの(「1.1.低分子量モノ-またはポリ-オキシ-アルカンジオールの医薬的に許容し得るC1-5アルキルまたはテトラヒドロフルフリル・ジ-または部分エーテル、または1.2.1,2-プロピレングリコール」の親水相成分と、脂肪酸トリグリセリド類の親油相成分を含有するもの)に限定解釈される旨主張する。 しかし、仮に被告の主張するように、本件特許発明の技術的範囲が、 本件明細書に示された具体的な組成のものに限定解釈されるとしても、被告製剤の組成は、前記第2、2(6)@ないしDのとおりであり、本件明細書に示された具体的な組成を備えないから、被告製剤は、構成要件bを充足しない。 (ウ) その他に、被告製剤が構成要件bを充足することを認めるに足りる証拠はなく、したがって、被告製剤が構成要件bを充足することは、立証されたとはいえない。 2 結論 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められない。 よって、本訴請求はいずれも理由がないから棄却する。 |
裁判長裁判官 | 小松一雄 |
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裁判官 | 中平健 |
裁判官 | 大濱寿美 |