関連審決 | 無効2002-35131 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ12410損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 頒布された刊行物 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 寄せ集め / 公知技術 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 権利の濫用(権利濫用) / 対象製品 / 参酌 / 均等 / 置き換え / 置換 / 同一の作用効果 / 容易に想到(容易想到性) / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 権原 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 請求の範囲 / 減縮 / |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
1574号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 有限会社ユニット商事 訴訟代理人弁護士 山田基司 同 井坂光明 被告 有限会社ナラ工業 訴訟代理人弁護士 山本 光太郎 補佐人弁理士 樋口和博 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2003/08/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙被告装置目録1記載の装置及び同目録2記載の装置を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。)をしてはならない。 2 被告は,別紙被告装置目録1記載の装置及び同目録2記載の装置を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,210万円及びこれに対する平成14年2月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,暗渠形成装置に係る特許権を有する原告が,被告に対し,被告の製造販売する暗渠形成装置が,原告の特許発明の構成要件を文言上充足するか又はこれと均等なものとして,その技術的範囲に属すると主張して,特許権に基づき製造販売等の差止め及び損害賠償を求めている事案である。 被告は,これに対して,@ 被告の製造販売する暗渠形成装置は原告の特許発明の技術的範囲に属しない,A 原告の特許発明には無効理由があることが明らかであって,これに基づく本訴請求は権利の濫用に当たると主張して,原告の請求を争っている。 1 当事者間に争いのない事実 (1) 当事者 原告は,土木・建築・農作業機械の設計,製作及び販売等並びに土木工事の請負等を目的とする会社である。 被告は,土木の設計,施工,監理及び請負,暗渠,排水工事の設計,施工,及び修理,掘削機の製造,修理等並びに農業用機器,資材の製造販売等を目的とする会社である。 (2) 原告の特許権 原告は,下記の特許権を有している(以下「本件特許権」という。)。 特許番号 第2918218号 登 録 日 平成11年4月23日 出願番号 特願平7-237722 出 願 日 平成7年8月22日 発明の名称 暗渠形成装置 (3) 特許請求の範囲の記載 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の「特許請求の範囲」のうち【請求項1】の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。 「エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機を備える暗渠形成装置において,掘削機の作業進行方向後方位置に配置されているスリット渫えナイフと,このスリット渫えナイフにはその高さ方向の中間部に位置するスリット絞り込み体と,前記掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に放擲孔を形成したケーシングとを備え,前記掘削バケットにより形成されたスリットに相当する部分の排出土を掘削機のバケットの反転動作中に前記スリット渫えナイフにより形成されるスリット空間に放擲する共に,形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成したことを特徴とする暗渠形成装置。」 (4) 構成要件の分説 本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。 A エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機を備える暗渠形成装置において, B@ 掘削機の作業進行方向後方位置に配置されているスリット渫えナイフ と, A このスリット渫えナイフにはその高さ方向の中間部に位置するスリッ ト絞り込み体と, C 前記掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に放擲孔を形成したケーシングとを備え, D 前記掘削バケットにより形成されたスリットに相当する部分の排出土を掘削機のバケットの反転動作中に前記スリット渫えナイフにより形成されるスリット空間に放擲すると共に, E 形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成した F ことを特徴とする暗渠形成装置 (5) 被告の行為 被告は,2種類の暗渠形成装置を過去に製造使用し,少なくとも1種類の暗渠形成装置を現在も製造使用している(これらを合わせて「被告装置」と総称する。なお,被告による被告装置の製造使用の時期及び被告装置の具体的構成については,後記のとおり争いがある。)。 (6) 無効審判事件の係属等 被告は,平成14年4月9日,特許庁に本件特許についての無効審判を申し立てたところ(無効2002-35131),原告(被請求人)は,その手続が係属中の平成14年9月20日付けで明細書の特許請求の範囲の減縮等を内容とする訂正請求を行った。訂正請求のうち本件特許発明に係る部分は,明細書の請求項1の記載を,次のように訂正するというものである(以下,この訂正請求のことを「本件訂正請求」という。)。 「【請求項1】エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機を備える暗渠形成装置において,掘削機の作業進行方向後方位置に配置されているスリット渫えナイフと,このスリット渫えナイフにはその高さ方向の中間部の進行方向後方に位置するスリット絞り込み体と,前記掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に放擲孔を形成したケーシングとを備え,前記掘削バケットにより形成されたスリットに相当する部分の排出土を掘削機のバケットの反転動作中に前記スリット渫えナイフにより形成されるスリット空間に放擲すると共に,形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成され,当該スリット絞り込み体は,平面板と2枚の側面板とで構成され,平面板の,作業進行方向後方になるにつれ次第に幅が狭くなる台形部分の両側にそれぞれ側面板を配置することにより,両側面板で囲まれる内部空間が,作業進行方向前方の幅が広く,後方に向かうに従いその幅が狭くなる構成となっていることを特徴とする暗渠形成装置。」 2 本件の争点 (1) 被告装置の具体的な構成及び被告による製造使用の時期(争点1) (2) 被告装置が本件特許発明の構成要件を文言上充足するか(争点2) (3) 被告装置が本件特許発明と均等か(争点3) (4) 本件特許には無効理由があることが明らかであって,本件特許権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は,権利の濫用に当たるか(争点4) (5) 原告の損害の額(争点5) 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(被告装置の具体的な構成及び被告による製造使用の時期)について 【原告の主張】 被告は,平成9年ころから,別紙被告装置目録1記載の装置(以下「被告装置1」という。)を製造し,使用している。また,被告は,その後別紙被告装置目録2記載の装置(以下「被告装置2」という。)を製造し,使用している。 被告装置1及び同2の具体的な構成は,上記各目録に記載のとおりである。 【被告の主張】 被告が,過去に被告装置1を製造使用したこと,現在被告装置2を製造使用していることは認めるが,被告装置1を現在使用していることは否認する。 被告装置1は,被告装置2(1連式と2連式の兼用)として用いられており,現存していない。したがって,被告が被告装置1を将来使用することはあり得ないから,同装置に係る原告の差止請求は,対象物を欠き失当である。 被告装置1及び同2の具体的な構成は,別紙イ号物件目録(被告装置1)及びロ号物件目録(被告装置2)に記載のとおりである。 (2) 争点2(被告装置の構成要件充足性)について 【原告の主張】 被告装置は,次のとおり,本件特許発明の構成要件AないしFを充足し,その技術的範囲に属する。 ア 被告装置は,エンドレスチェン24に取り付けられた掘削バケット25により形成されたバケット循環式掘削機を備える暗渠形成装置であるから,構成要件A及びFを充足する。 イ 被告装置の弾丸ビーム31は,作業進行方向後方位置に配置され,スリット空間を渫えるものであるから,「スリット渫えナイフ」に,被告閉塞部材32は,作業進行方向前方の幅が広く,後方に向かうに従ってその幅が狭くなる形状を備えるものであるから,「スリット絞り込み体」に,それぞれ該当する。 したがって,被告装置は構成要件Bを充足する。 ウ 被告装置はバケット循環式掘削機の後方にガイド板21を備えているところ,このガイド板21は,天板と,進行方向に向かって左側の側板と,進行方向右側に向かって下方に傾斜する底板より構成されている。ガイド板には,進行方向後方位置に開閉板28Aが取り付けられている。 上記の構成から明らかなように,被告装置は,「天板」「測板」「底板」「開閉板」により構成される「ケーシング」を有し,かつ,当該ケーシングにおいて,「開閉板」が開放した際に形成される「放擲孔」を有している。 したがって,被告装置は構成要件Cを充足する。 エ 被告装置においては,開閉板28が開いた状態であるか,閉じた状態であるかにかかわらず,掘削された土砂は進行方向後方に排出されるものであり,弾丸ビーム31が「スリット渫えナイフ」に該当することは,前記イ記載のとおりである。 したがって,被告装置は構成要件Dを充足する。 オ 被告装置の被告閉塞部材32は,未使用時においては畳まれた状態であるが,使用時には弾丸ビーム31と直角の方向となり,スリット中間付近の両側の土を取り込んで絞り込み,スリットを閉塞することを可能なものである。 したがって,被告装置は構成要件Eを充足する。 【被告の主張】 被告装置が,構成要件A及びFを充足することは認めるが,その余の構成要件の充足性については,争う。 被告装置は,以下に述べるように「スリット渫えナイフ」「スリット絞り込み体」及び「放擲孔を形成したケーシング」を備えていないから,構成要件BないしEを充足しない。 ア 本件特許発明にいう「スリット渫えナイフ」の用語の意義はそれ自体では明確でないので,本件明細書の「発明の詳細な説明」及び図面の記載を参酌し,広辞苑が「浚う・渫う」の意味を「川・井戸などの底にたまった土砂を堀りあげて除く」と説明していることをも勘案して解釈すると,「スリット渫えナイフ」とは,スリット空間の少なくとも底面を最終的に形成するものをさすというべきである。 これに対して,被告装置の弾丸ビーム31は,弾丸を備えており,弾丸を地中で牽引することにより排水路を形成するものであるから,スリットの掘削後に底面の土砂を取り除いたり,堀りあげて除いたりする工程は不要である。 したがって,被告装置は,スリット空間のうち少なくとも底面を最終的に形成する役割を担っている「スリット渫えナイフ」を備えていないから,構成要件B@及びDを充足しない。 イ 本件特許発明にいう「スリット絞り込み体」の用語の意義はそれ自体では明確でないので,本件明細書の「発明の詳細な説明」及び図面の記載を参酌すると,「スリット絞り込み体」とは,形成されるスリットの一対の側面から泥炭土の固まりを側面板32B,32Bで切り取って互いに近づけるように水平方向に移動させ,一対の泥炭土の固まりをスリットの中心で接合してスリットを閉塞するものということができる。 これに対して,被告装置の被告閉塞部材32は,天板及び傾斜板がスリット両側面の土に後方からみてハ字状に傾斜した切り込みを入れ,切り込み上端の土を互いに近づく方向に傾斜させてスリットを閉塞するものであり,スリットの両側のブロック状の土を水平方向に絞り込んだり,締め付けたりするものではない。 したがって,被告装置の被告閉塞部材32は,「スリット絞り込み体」に該当しないから,被告装置はこれを備えるものではなく,構成要件BA及びEを充足しない。 ウ 本件明細書の「発明の詳細な説明」及び図面の記載を参酌すると,本件特許発明の「放擲孔」とは,外部と遮断されるケーシング内部を空間的に開放し,内部から土砂を放出するための構成を意味し,「孔」という用語が用いられていることからして,周囲が囲まれた構成であることを要するものと解すべきである。 これに対して,被告装置は,バケット循環式溝掘機の後方にガイド板21を備えているが,このガイド板21は,側方と後方に土砂を選択的に落下又は放出させることを目的としており,側方(右側)と後方に完全に解放された構造となっている。すなわち,被告装置を後方からみたとき,ガイド板21は逆コ字状をしている。 したがって,被告装置には「孔」と呼べる構成はなく,被告装置は「放擲孔」を備えていないから,構成要件Cを充足しない。 (3) 争点3(被告装置についての均等の成否)について 【原告の主張】 被告装置において,「天板」「側板」「底板」「開閉板」により構成される部分及び「開閉板」を開放した際に形成される空間が,それぞれ「ケーシング」「放擲孔」に該当しないとしても,被告装置の当該構成は,本件特許発明の「放擲孔を形成したケーシング」と均等である。 すなわち,@ 「放擲孔を形成したケーシング」が本件特許発明の本質的部分でないことは,明らかである。そして,A 本件特許発明の当該部分を被告装置における「天板」「側板」「底板」「開閉板」により構成される部分及び「開閉板」を開放した際に形成される空間(以下,これらを併せて「置換部分」という。)と置き換えても,本件特許発明の目的を達することができ,かつ同一の作用効果を奏するものである。本件特許発明の当該部分も,置換部分も,共に掘削した土をスリット空間に向かって放擲し,スリット空間に落下させることにより,スリット空間の上部を閉塞するという目的・効果を有するからである。また,B 置換部分は,本件特許発明の当該部分の壁面を若干省略したものにすぎないから,上記のように置き換えることに,本件特許発明の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が被告装置の製造時に容易に想到することができたものということができる。また,C 被告装置は,被告が主張するように特許出願時における公知技術から当業者が容易に推考できたものではない。 【被告の主張】 被告装置のガイド板21は,以下のとおり,本件特許発明の「放擲孔を形成したケーシング」と均等とはいえず,また,被告装置は,本件特許発明の出願時における公知技術と同一か当業者がこれから容易に推考できたものであるから,均等の成立要件を充足しない。 ア 作用効果の同一性について 被告装置のガイド板21と本件特許発明の「放擲孔を形成したケーシング」とを対比すると,開閉板又は窓板が開いた状態においては作業進行方向後方へ土砂を放擲する作用を有する点で一致するが,開閉板又は窓板が閉じた状態においては,本件特許発明では,バケット循環式溝掘機により掘削された土砂は,ケーシングから排出されることなく,ケーシング内を循環するが,被告装置では,いずれもバケット循環式溝掘機により掘削された土砂は天板と開閉板に当たって側方に傾斜する底板に落下し土砂は傾斜する底板上を崩落して溝の側方に堆積する。 したがって,被告装置は,本件特許発明と同一の作用効果を奏するものではなく,均等は成立しない。 イ 被告装置が公知技術の寄せ集めであること 「放擲孔を形成したケーシング」に関して,被告装置のガイド板21の構成は,実公昭48-11950号,実公昭44-29476号各公報記載の考案におけるのと同一である。 「弾丸をビームにより牽引する構成」についても,無材暗渠装置の分野では公知であり,被告装置の弾丸及び弾丸ビーム31は,公知技術の構成(前田芳郎編著「機械施工」(農業土木学会選書1)・昭和46年3月25日社団法人農業土木学会発行61頁〔乙8〕参照)と同一である。 さらに,被告閉塞部材32は,実公昭36-1026号公報記載の閉塞具8,8から容易に推考できたものであり,閉塞具を進行方向後方に取り付けたり,閉塞具を天板と傾斜板とで構成し,作業進行方向後方になるにつれ次第に幅を狭くすることは,単なる設計事項にすぎない。すなわち,被告装置の被告閉塞部材32と上記公報記載の閉塞具8,8の間に細かな相違点があるとしても,この相違点は公知技術を単に寄せ集めることにより容易に想到できるものである。 (4) 争点4(本件特許の無効理由の存在)について 【被告の主張】 本件特許発明は,実公昭36-1026号公報(乙2)記載の発明及び実公昭44-29476号公報(乙5末尾添付)記載の発明並びに周知の技術事項を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものであるから,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,本件特許は同法123条1項2号により無効とされるべきである。 したがって,本件特許には無効理由が存在することが明らかであるから,この特許権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は,権利濫用に当たり許されない。 原告は,後記のとおり,仮に無効審判事件において本件訂正請求が認められた場合には,被告の主張を前提にしても,訂正後の請求項1及び請求項2は無効理由を有しないと主張する。 しかし,訂正後の請求項1及び請求項2についても,実公昭36-1026号公報記載の発明と実願昭53-137890号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム並びに実公昭48-11950号公報(乙1)記載の発明等を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものであるから,原告の権利行使が権利の濫用であることに変わりはない。 【原告の主張】 ア 実公昭36-1026号公報について 標記公報記載の閉塞具8は,以下のとおり,本件特許発明における「スリット絞り込み体」に相当するものではなく,またこの「スリット絞り込み体」は,閉塞具8から容易に想到できるものではない。 まず,閉塞具8の外枠に関して,上記公報第1図の三角形に見える部分には,いかなる形状の部材がどのように取り付けられているのか,側面図にもその他にも一切記載がなく,上記公報のその余の記載をみても明らかでない。すなわち,閉塞具8の形状は,当業者が容易に実施することができる程度に記載されていないから,上記公報記載の発明を引用例とすることはできない。 また,上記三角形状の部分がいかなる形状であるとしても,閉塞具8は,その内部空間が作業進行方向前方の幅が広く,後方に向かうに従いその幅が狭くなるような形状でなく,もちろん,そのように側板が構成されているものでもない。 なお,上記公報には「絞り込む」という記載はないが,これは閉塞具8のような外形形状をもっている限り,「絞り込む」ことが不可能なためである。 以上によれば,本件特許発明は,上記公報記載の発明に周知の技術事項等を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 イ 本件訂正請求について 原告は,前記第2の1(6)記載のとおり,本件特許権の明細書について訂正請求を行った。これによると,訂正後の請求項1の「スリット絞り込み体」は,スリット渫えナイフの作業進行方向後方に取り付けられている点,平面板と2枚の側面板から構成されている点において引用例1の閉塞具8と明らかに相違している。 さらに,訂正後の請求項2に記載の発明については,前記公報には全く開示がない。 したがって,訂正後の請求項1及び請求項2記載の発明は,前記公報記載の発明に周知の技術事項等を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (5) 争点5(原告の損害額)について 【原告の主張】 被告は,本件特許権の登録日である平成11年4月23日以降に限ってみても,被告装置を用いて掘削延長3万メートル以上の工事を行っている。 暗渠形成工事における掘削1メートル当たりの利益は70円を下回らないから,原告の損害額は特許法102条2項により210万円を下らない。 よって,原告は,被告に対し,本件特許権に基づき被告装置1及び被告装置2の使用等の差止め及び廃棄を求めるとともに,特許法102条2項に基づき損害賠償として210万円及びこれに対する平成14年2月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 【被告の主張】 被告が,平成11年4月23日以降,掘削延長3万メートルの工事を行っていることは認めるが,その余は否認し,法律上の主張は争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点1(被告装置の具体的な構成等)について 前記のとおり(前記第2,3(1)),被告装置の具体的な構成については,当事者間に一部争いがある(別紙イ号物件目録及び別紙ロ号物件目録の下線部分を参照)。 そこで,ひとまず,原告が被告装置1及び同2の内容として主張する別紙被告装置目録1及び別紙被告装置目録2の記載に基づき,これらの装置が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討することとする。 2 争点2(被告装置の構成要件充足性)について 本件において,被告装置が構成要件A及びFを充足することは,当事者間に争いがないところ,被告は,被告装置が本件特許発明の「スリット渫えナイフ」「スリット絞り込み体」「放擲孔を形成したケーシング」に当たる構成を備えていないとして,構成要件充足性を争っている。そこで,被告装置が上記の各構成を備えているかどうかについて,順に検討する。 (1) 「スリット渫えナイフ」(構成要件B@及びD)について 本件特許発明にいう「スリット渫えナイフ」の意義については,本件明細書の「特許請求の範囲」に記載がないので,「発明の詳細な説明」の記載を考慮して解釈するに,本件明細書には,「このナイフ31は前記掘削爪25により形成したスリット空間Sを浚う機能と」(本件公報5欄30行目〜31行目),「前記ナイフ31は土の中に形成された掘削空間であるスリット状の空間を形成すると共に,この空間を浚うに適した薄い縦長の形状をしたもので」(同5欄35行目〜38行目)との記載があるから,これらの記載によれば,「スリット渫えナイフ」とはスリット空間の土砂を浚う機能を有する部材を指すことが明らかである。 そこで,これを被告装置についてみるに,被告装置1及び同2の「弾丸ビーム31」は,掘削バケットによって形成されたスリットを通過するものであるから,スリット空間の土砂を浚う機能を有しているということができる。 したがって,被告装置の「弾丸ビーム31」は,本件特許発明の「スリット渫えナイフ」に該当する。 この点に関し,被告は,我が国における代表的な辞典である広辞苑が「浚う・渫う」の意味を「川・井戸などの底にたまった土砂を堀りあげて除く」と説明していることなどを根拠に,「スリット渫えナイフ」とは,スリット空間の少なくとも底面を最終的に形成するものであると主張する。しかし,本件明細書の上記記載によれば,本件特許発明の「スリット渫えナイフ」は,スリット空間内のいずれかの箇所(側面,底面)の土砂を浚うものであれば足るものであって,被告主張のように,これを,スリット空間の少なくとも底面を最終的に形成するものと限定して解釈すべき理由はない。被告の主張は,採用することができない。 以上によれば,被告装置は,本件特許発明の「スリット渫えナイフ」を備えていると認められる。 (2) 「スリット絞り込み体」(構成要件BA及びE) 本件特許発明の「スリット絞り込み体」は,「形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成した」(構成要件E),「スリット渫えナイフにより内部の土が排除された空間をスリット絞り込み体により絞り込むと共に」(本件公報4欄20行目〜22行目)とあるように,暗渠形成装置の移動に伴って,その内部に入った土を絞り込み,スリットを閉塞する機能を有する部材を指すものである。 これを被告装置についてみるに,被告装置1及び同2の「被告閉塞部材32」は,天板32Aと傾斜板32Bとで形成される空間が作業進行方向に向かうにつれて幅が狭くなっており,本件特許発明のように「形成されるスリット空間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成」されていることが明らかである。 したがって,被告装置の「被告閉塞部材32」は,本件特許発明の「スリット絞り込み体」に該当する。 この点に関し,被告は,被告装置の「被告閉塞部材32」は天板及び傾斜板がスリット両側面の土に後方からみてハ字状に傾斜した切り込みを入れ,切り込み上端の土を互いに近づく方向に傾斜させていくものであるから,「スリット絞り込み体」に該当しない旨主張する。しかし,ハ字状に切り込みを入れるといっても,被告装置における「被告閉塞部材32」は,天板32Aと傾斜板32Bとで形成される空間が作業進行方向に向かうにつれて幅が狭くなっており,暗渠形成装置の移動に伴って,その内部に入った土を絞り込み,スリットを閉塞するものであることには変わりがない。被告の主張は,採用できない。 以上によれば,被告装置は,本件特許発明の「スリット絞り込み体」を備えていると認められる。 (3) 「放擲孔を形成したケーシング」(構成要件C)について 本件特許発明にいう「放擲孔を形成したケーシング」の意義については,本件明細書の「特許請求の範囲」に記載がないので,「発明の詳細な説明」及び本件公報の図面の記載を考慮して解釈するに,本件明細書の「このケーシング21は縦長の形状であり,長さの割りには厚さ(幅)は小さく,ケーシングの上端部にはスプロケットホィール22が,‥‥‥取り付けられ」(本件公報4欄35行目〜41行目),「前記ケーシング21の最上端部の後方面,言い換えると作業進行方向後ろ側には,前記掘削爪25により掘削された土を後方に放擲するための窓孔28が開けられており」(同5欄17行目〜20行目)との記載並びに本件公報の図1及び図3の記載によれば,「放擲孔を形成したケーシング」とは,外部と遮断されるケーシング内部を空間的に開放し,内部から土砂を放出するために,ケーシングに穴(放擲孔)を形成した構成であり,また,「孔」という文言を用いていることから,周囲が囲まれた構成であることを要すると解すべきである。 これを被告装置についてみるに,被告装置1及び同2はいずれもバケット循環式掘削機の後方にガイド板を備えており,このガイド板(ハウジング)は,天板,側板(左側)及び底板からなる逆コ字状の構造であり,土砂の放出は進行方向後方の逆コ字状の空間からされるものであることが認められる。 そうすると,被告装置は「孔」なる構成を欠いているから,被告装置の構成は,本件特許発明の構成要件Cの「放擲孔を形成したケーシング」という構成と異なっているというべきである。 (4) この項のまとめ 以上によれば,原告の主張する構成(別紙被告装置目録1及び別紙被告装置目録2)を前提としても,被告製品は,本件特許発明の特許請求の範囲に記載された要件のうち,構成要件A,B@,A,D,E,Fを充足するが,構成要件Cを文言上充足しない。なお,被告装置1及び同2がいずれもバケット循環式掘削機の後方にガイド板を備えており,このガイド板(ハウジング)は,天板,側板(左側)及び底板からなる逆コ字状の構造であり,土砂の放出は進行方向後方の逆コ字状の空間からされるものであることは,被告も認めているところであるから(別紙イ号物件目録及び別紙ロ号物件目録),被告装置については,その構成中の当事者間に争いのない部分を前提としても,上記のとおり,構成要件Cを文言上充足しない。 3 争点3(被告装置についての均等の成否)について (1) 前記2(3)で検討したように,本件特許発明においては,特許請求の範囲に記載された構成中の「放擲孔を形成したケーシング」の部分(以下「本件相違部分」という。)が,被告装置における構成(バケット循環式掘削機の後方に備えられた天板,側板(左側)及び底板からなる逆コ字状のガイド板であり,土砂の放出は進行方向後方の逆コ字状の空間からされるもの)と異なっている(被告装置1及び同2がいずれもバケット循環式掘削機の後方にガイド板を備えており,このガイド板(ハウジング)は,天板,側板(左側)及び底板からなる逆コ字状の構造であり,土砂の放出は進行方向後方の逆コ字状の空間からされるものであることは,被告も認めているところであるから(別紙イ号物件目録及び別紙ロ号物件目録),被告装置の構成中の当事者間に争いのない部分を前提としても,本件特許発明と被告装置とは,上記のとおり,本件相違部分に関して構成を異にしている。)。 ところで,特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存在する場合であっても,@ 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,A この部分を対象製品におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C 対象製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 そこで,本件において,本件相違部分の存在にもかかわらず,上記の@ないしDの要件(以下,それぞれの要件を「要件@」などという。)を満たすことにより,被告装置が本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するということができるかどうかを,検討する。 (2) 要件@について 証拠(甲2,乙2)によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」中の「発明が解決しようとする課題」の欄には「暗渠は土中の内部に空間を形成することで,地表残留水や,土層中の過剰水を排水して畑作に適した水分環境を形成するためのものであるから,時間の経過によりその空間が埋没することがないようにする必要がある。しかしながら,サブソイラの犂体により形成されるスリット上の空間から表面の土が内部空間に落ち込んで空間を閉塞してしまい所期の目的を十分達成することができないことがあった。」(本件公報3欄42行目〜49行目)と記載されていること,本件特許の出願前に頒布された刊行物である実公昭36-1026号公報には,スリットの中間部分を閉塞具によって閉塞し,表面の土が内部空間に落ち込んで空間を閉塞してしまうことを防止する構成の暗渠形成装置が記載されていることが認められる。 そうすると,上記公知技術と対比した場合,本件特許発明の特徴は,暗渠のスリット上の空間から表面の土が内部空間に落ち込んで空間を閉塞してしまうことを防止するための解決手段として,掘削した土をスリット空間に向かって放擲するようにガイドとしての機能を有する構成を備えるところにあり,これによって,掘削した土をスリット空間内に落下させ,スリット空間の上部に土を充填させることでスリット空間に蓋を施すような状態として課題を解決することが,本件特許発明の特徴部分であるということができる。 したがって,掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に設置された「放擲孔を形成したケーシング」を別の構成に置き換えた場合には,上記課題解決手段との関係で技術的思想を異にすることになるから,本件相違部分は本件特許発明の本質的部分というべきである。 (3) 要件Cについて ア 証拠(乙1)によれば,本件特許の出願前に頒布された刊行物である実公昭48-11950号公報には,掘削機の後方に取り付けられた土砂受装置において,上方おおい板5,上方おおい板5に続く側板6,側板6から傾斜して延びる掘削された副溝4に向かう傾斜板7からなる構成が記載されていることが認められる。また,証拠(乙5)によれば,同じく本件特許出願前の刊行物である実公昭44-29476号公報には,溝掘機の放出土砂を導く上部カバー3の中間において調節板4を蝶番5で取付け,調節板4にカバー3外部で操作できる押え6を固定し,調節板4を傾斜して支持する押え6の止金7及び調節板4を水平に支持する押え6の止金7’をそれぞれ上部カバー3に設けた構成が記載されていることが認められる。 上記各公報の図面や「考案の詳細な説明」欄などの記載を参酌すると,上記の各構成は,被告装置のガイド板21と同一である。 イ 証拠(乙8)によれば,前田芳郎編著「機械施工」〔農業土木学会選書1〕(昭和46年3月25日社団法人農業土木学会発行)には,「無材暗キョ用機械には,現在弾丸暗キョ掘削機と切断暗キョ掘削機の二つがある。弾丸暗キョ掘削機には,‥‥‥ウインチを固定してケーブルで削孔スイ(mole)をケン引施工するものと,トラクターの後部に装置して施工するものとがある。後者はパンブレーカーと同じような機体に暗キョ掘削用の削孔スイを取り付けたものである。削孔スイの後部には,修正球が取付けられ,削孔した穴をさらに修正球により修正仕上げを行なう。」(61頁)旨の記載があることが認められる。 上記文献で説明されている削孔スイの後部に修正球が取り付けられ,削孔した穴をさらに修正球により修正仕上げを行う弾丸暗渠掘削機の構成は,被告装置の弾丸及び弾丸ビーム31と同一である。 ウ 証拠(乙2)によれば,土中穿孔仕上装置の考案に係る実公昭36-1026号公報の図面にはさらえ板6の上方に対向する形で設置された閉塞具8,8が開示されていること,同公報の「実用新案の説明」の欄には,「閉塞具8,8は各々の横の長さが大体掘られる溝の幅で(第2図における横幅),大体溝の幅の2倍の間隔をもつている(第1図における間隔)。この間隔によつて溝の側壁に空道Cを形成するよう堀り削り,溝Aを閉塞する(第3図参照)。」との記載があることが認められる。 上記の図面及び「実用新案の説明」欄の記載によれば,上記の閉塞具は,溝Aの両側壁を掘り削り,その堀り削られた土を溝A上に移動させて溝Aを閉塞する機能を有していると解することができ,この機能から上記公報の図1及び図2を参照すると,閉塞具は2つの部材からなり,その2つの部材の空間を,下方にハ字状に開き,後方に行くにしたがって狭まる空間とし,溝空間の中間位置を絞り込んで溝を閉塞するように構成されていると解することができる。そうすると,被告装置の被告閉塞部材32の構成は,閉塞具8,8と同一であるか,そうでなくてもこれから容易に推考することができたものということができる。 エ 以上によれば,被告装置は,本件特許発明の特許出願時における公知技術に基づいて当業者が同出願時に容易に推考できたものというべきである。 (4) この項のまとめ 以上の認定判断によれば,被告装置は,均等の成立要件のうち,少なくとも要件@及び要件Cを充足しない。よって,その余の要件について検討するまでもなく,被告装置は本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するということはできない。 なお,原告は本件訂正請求を行っているが(第2,1(6) 参照),その内容は,「スリット絞り込み体」の設置箇所,具体的な構成等を限定するものであり,「放擲孔を形成したケーシング」に関わるものではない。したがって,仮に本件訂正請求が認められたとしても,被告装置が文言上本件特許発明の構成要件を充足せず,また本件特許発明の構成と均等ということもできないという前記判断の結論には影響しない。 4 争点4(本件特許発明の明らかな無効理由)について 争点2及び同3について判示したところによれば,原告の本訴請求は既に理由がないが,事案の内容にかんがみ念のため本件特許発明に明らかな無効理由があるかどうかについて,判断する。 (1) 本件訂正請求前の請求項について ア 証拠(乙2)によれば,本件特許の出願前に頒布された刊行物である実公昭36-1026号公報(以下「引用例1」という。)には,「自動跳上バケツト装置のような動力溝掘機と土中穿孔仕上装置を連結した暗渠形成装置において,溝掘機の作業進行方向後方位置に配置されている主杆1及び仕上円板5,さらえ板6を取付けた仕上円板回動管2と,仕上円板回動管2には閉塞具8,8とを備え,形成される溝Aの中間位置を閉塞具8,8の通過による空道Cの形成で閉塞するようにした暗渠形成装置。」の発明が記載されているものと認めることができる。 そして,証拠(乙5)によれば,本件特許の出願前に頒布された刊行物である実公昭44-29476号公報(以下「引用例2」という。)には,次の記載があることが認められる。 @ 「本考案は自動跳上バケツト装置……等による溝掘機において」 (1欄21行目〜23行目) A 「自動跳上バケツト2を有する溝掘機の放出土砂を導く上部カバー3の中間において調節板4を蝶番5で取付け,調節板4にカバー3の外部で操作できる押え6を固定し,調節板4を傾斜して支持する押え6の止金7及び調節板4を水平に支持する押え6の止金7’をそれぞれ上部カバー3に設け,上部カバー3の下方及び後方にそれぞれ土砂受カバー8及び後部側壁9に設ける」(1欄27行目〜34行目) B 「エンジンより駆動された駆動軸1の回転により自動跳上バケツト2が駆動され,土砂が放出される。調節板4の押え6が止金7に固定される時は上部カバー3にそう土砂は直後に排出されず,土砂受カバー8を通つて溝の一側に放出されるが,掘削を開始して土管等10を埋設し初める場合,調節板4の押え6を止金7’で固定すると,土砂は自動的に掘削られた溝の中へ落下する。」(2欄12行目〜19行目) イ 本件特許発明と引用例1に記載の発明とを対比すると,引用例1記載の発明の「自動跳上バケツト装置のような動力溝掘機」が,エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成され,バケットにより溝を掘削する機械であることは,当業者に明らかであるから,これは本件特許発明の「エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機」に相当する。また,引用例1記載の発明の「主杆1及び仕上円板5,さらえ板6を取付けた仕上円板回動管2」は,バケットにより掘削された溝を,仕上円板5とさらえ板6により渫うものであるから,本件特許発明の「スリット渫えナイフ」に相当する。 次に,本件特許発明の「スリット絞り込み体」及び「スリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞する」に関して,本件明細書に「……ナイフ31の中間位置に配置してあるスリット空間Sを両側から締めつける締め付け体32により掘削形成したスリット空間Sを閉塞するものである。」(本件公報5欄31行目〜34行目)「すなわち,前記ナイフ31は土の中に形成された掘削空間であるスリット状の空間を形成すると共に,この空間を浚うに適した薄い縦長の形状をしたもので,このナイフ31にはスリット締め付け体32が取り付けられている。このスリット絞り込み体32はナイフ31が土の中に位置する部分の中間部位置にあって,背面視上門形をしていて,かつ平面視上作業進行方向後方になるにつれ幅が狭くなっている変形台形をしており,平面板32Aの両傍にこれと直角に曲げられている側面板32Bにより形成されている。平面板31Aが機能上ほぼ台形をしている関係から,側面板32B,32Bで囲まれる空間は作業進行方向後ろに向かうにつれて次第に狭いものになっている。」(同5欄35行目〜47行目)といった記載があることからすれば,「スリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞する」とは,暗渠形成装置20の移動に伴い,スリット絞り込み体32の側面板32B,32Bにより切り取られたスリット空間Sの両側の土を,側面板32B,32Bに沿って移動させ,側面板32B,32Bにより挟まれる空間が作業進行方向後方に向かうにしたがって幅が狭くなっていることにより,その両側の土を,スリット空間に導き,その土によりスリット空間を両側から絞り込み閉塞することをいうものと解される。 他方,引用例1記載の発明の閉塞具8,8は,「各々の横の長さが大体掘られる溝の幅で(第2図における横幅),大体溝の幅の2倍の間隔をもつている(第1図における間隔)。」「この間隔によつて溝の側壁に空道Cを形成するよう掘り削り,溝Aを閉塞する(第3図参照)。」との記載によれば,溝Aの両側壁を掘り削り,その掘り削られた土を溝A上に移動させて溝Aを閉塞している,言い換えれば,土により溝Aを絞り込み閉塞していると解されるから,引用例1記載の発明の閉塞具8,8は,本件特許発明の「スリット絞り込み体」に相当するということができる。また,引用例1の第2図によれば,閉塞具8,8は,主杆1とその周に取り付けられた仕上円板回動管2の高さ方向の中間部に位置していることが認められる。 そうすると,本件特許発明と引用例1記載の発明とは,「エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機を備える暗渠形成装置において,掘削機の作業進行方向後方位置に配置されているスリット渫えナイフと,このスリット渫えナイフにはその高さ方向の中間部に位置するスリット絞り込み体とを備え,形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成した暗渠形成装置」である点において一致するが,「本件特許発明は,前記掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に放擲孔を形成したケーシングを備え,前記掘削バケットにより形成されたスリットに相当する部分の排出土を掘削機のバケットの反転動作中に前記スリット渫えナイフにより形成されるスリット空間に放擲するのに対し,引用例1記載の発明は,そのような事項を有しているのかどうか不明である。」という点で相違する。 ウ そこで,上記相違点について検討するに,引用例2には,暗渠形成装置において,自動跳上バケツト2(本件特許発明の「掘削バケット」に相当する。)を有する掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に後部側壁9(本件特許発明の「放擲孔」に相当する。)を設けた上部カバー3(本件特許発明の「ケーシング」に相当する。)を備え,バケットの反転動作中に掘削した土砂を後部側壁9から溝の中へ落下させることが記載されている。そして,暗渠形成装置に,掘削により排出した土を落下させ掘削したスリット(溝)を土で充填する手段を設けることは,本件特許の出願当時,当該技術分野において周知の事項であったこと(乙5により認められる。)からすれば,スリット空間の中間位置を絞り込んでスリットを閉塞した引用例1記載の発明に,スリット空間の閉鎖された中間位置より上方の部分を掘削により排出した土で充填するために,引用例2に記載の技術事項を適用することは,当業者であれば本件特許の出願時に容易に想到し得たところである。 上記によれば,本件特許発明は,引用例1及び同2記載の発明並びに周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明することができたものである。したがって,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当するから,無効であることが明らかというべきである。 エ この点に関し,原告は,引用例1の記載からは,閉塞板を両側板間の幅が作業進行方向後方に向かうにしたがって狭くなるように配置されていると認定することはできないから,引用例1に基づいて上記のように判断することはできない旨主張する。 しかし,前記イの引用例1の記載及び図面の記載によれば,引用例1の閉塞具8,8は,溝Aの両側壁を掘り削り,その掘り削られた土を溝A上に移動させて溝Aを閉塞する機能を有していると解され,この機能を前提にして,第1図及び第2図を参照すると,閉塞具8,8は2つの部材からなり,その2つの部材の間の空間を,下方にハ字状に開き,後方にいくにしたがって狭まる空間とし,溝空間の中間位置を絞り込んで溝を閉塞するように構成されていると解することができる。 したがって,引用例1の記載から,閉塞板を両側板間の幅が作業進行方向後方に向かうにしたがって狭くなるように配置されていると認定することができる。原告の主張は,採用できない。 (2) 本件訂正請求後の請求項について ア 特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁)。 本件においては,無効審判の被請求人である原告から本件訂正請求がされているところ,仮に本件訂正請求により本件特許が無効とはいえなくなるとするならば,前記特段の事情があるということになる。そこで,本件訂正請求後の請求項1に明らかな無効理由があるかどうかを検討する。 イ 本件訂正請求後の請求項1と引用例1を対比すると,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,引用例1の閉塞具8,8は平面板(水平な部分)と2枚の側面板(垂直な部分)とで構成されていること,当該閉塞具にある三角形部分は後方に向かうに従い,その幅が狭くなるように配置されていることがそれぞれ認められる。この事実に,前記(1)ア,イで認定した事実を併せると,本件訂正請求後の請求項1に係る発明と引用例1記載の発明は,「エンドレスチェンに取り付けられたバケットなどにより形成された掘削機を備える暗渠形成装置において,掘削機の作業進行方向後方位置に配置されているスリット渫えナイフと,このスリット渫えナイフにはその高さ方向の中間部に位置するスリット絞り込み体とを備え,形成されるスリット空間の中間位置をスリット絞り込み体により絞り込んでスリットを閉塞するように構成され,当該スリット絞り込み体は,平面板と2枚の側面板とで構成され,平面板の両側にそれぞれ側面板を配置することにより,両側面板で囲まれる内部空間が作業進行方向前方の幅が広く,後方に向かうに従い次第にその幅が狭くなる構成となっている」点において一致する。他方で,引用例1に「前記掘削機の頂端部作業進行方向後方位置に放擲孔を形成したケーシングを備え,前記掘削バケットにより形成されたスリットに相当する部分の排出土を掘削機のバケットの反転動作中に前記スリット渫えナイフにより形成されるスリット空間に放擲する」という事項につき記載があるか不明である点(相違点@),引用例1には「スリット絞り込み体はスリット渫えナイフの進行方向後方に位置すること」「前記平面板は作業進行方向後方になるにつれ次第に幅が狭くなる台形部分を有すること」が開示されていない点(相違点A,B)において,本件訂正請求後の請求項1と相違している。 そこで,上記相違点について検討するに,相違点@について引用例2記載の技術事項を適用することが当業者にとって容易であることは,前記(1)ウで認定判断したとおりである。 そして,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,相違点A,Bに関して,スリット絞り込み体をスリット渫えナイフのどのような位置に配置するか,平面板をどのような形状にするかは,単なる設計事項であることが認められる。 上記によれば,本件訂正請求後の請求項1に係る発明は,引用例1及び同2記載の発明並びに周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明することができたものである。したがって,本件特許権の請求項1に係る発明は,仮に本件訂正請求のとおりに訂正されたとしても,なお,特許法29条2項に違反して特許されたものとして,同法123条1項2号に該当し,無効を免れないものである。 ウ 以上によれば,本件特許発明については,仮に本件訂正請求のとおりに訂正されたとしても,無効理由が存在することになるから,原告から本件訂正請求がされていることは,前記の特段の事情に当たらない。 したがって,本件特許発明は無効理由を有することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は,権利の濫用に当たり許されないというべきである。 |
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結論
以上によれば,原告の本訴請求は,いずれも理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 青木孝之 |
裁判官 | 和久田道雄 |