関連審決 | 無効2001-35090 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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昭和54ネ825 | 判例 | 特許 |
平成19ワ507特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ23943特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的範囲 / 明確性 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 特許出願日 / 技術的意義 / 置換 / 特許発明 / 実施 / 差止請求(差止) / 侵害 / 設定登録 / 審判制度 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
351号
審決取消請求事件
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原告 ケミテック株式会社 訴訟代理人弁理士 三好秀和,岩ア幸邦,高久浩一郎,中嶋知子,原裕子 被告 根本特殊化学株式会社 訴訟代理人弁護士 飯田秀郷,栗宇一樹,早稲本和徳,七字賢彦,鈴木英之,弁 理士 黒田博道 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/09/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35090号事件について平成14年6月5日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,原告が,被告を特許権者とする後記本件特許のうち請求項1及び請求項2に係る発明の特許について,無効審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされため,同審決の取消しを求めた事案である。 なお,本判決では,引用する場合を含め,公用文の通常の用字用語例に従って表記を訂正した部分がある。 1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:被告 発明の名称:「蓄光性蛍光体」 特許出願日:平成6年1月21日(優先権主張平成5年4月28日) 設定登録日:平成8年7月25日 特許番号:第2543825号 (1-2) 本件手続 無効審判請求日:平成13年3月6日(無効2001-35090号) 審決日:平成14年6月5日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年6月15日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨(平成10年3月23日付け訂正請求書による訂正後のもの。請求項3ないし同13の記載は省略。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてネオジム,サマリウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。 【請求項2】SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてジスプロシウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。 (3) 審決の理由 審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」(第3項以下の抜粋)に記載のとおりである。要するに,請求人(原告)が,請求項1及び2で用いられた「母結晶」という用語の意義が明確でないなどとして,請求項1及び2に係る発明は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」とはいえず,また,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した」発明であるともいえないから,平成6年法律第116号による改正前(以下,「改正前」という。)の特許法36条5項1号,2号に違反すると主張したのに対し,「母結晶」という用語の意義は不明確であるとはいえないなどと説示して,請求人(原告)の主張をすべて排斥して,これら発明に係る特許を無効とすることはできない,としたものである。 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(審理不尽,判断遺脱) (1-1) 本件審決がなされるまでの経緯 (a) 原告は,被告から東京地裁平成10年(ワ)第22491号特許権侵害差止等請求事件(侵害訴訟事件)の提訴を受けた。被告は,同訴訟において,本件特許の特許請求の範囲記載の「母結晶」の技術的意義につき,「理想結晶体」という明細書に記載のない技術概念を持ち出し,MAl2O 4 のAlの一部が仮にBに置換しているとしても,その母結晶はSrAl2O 4であると主張し,Bを必須の構成とする原告製品(CP-05)は本件特許の技術的範囲に属すると主張したので,原告は,本件無効審判を請求し,侵害訴訟事件における被告の主張の当否の判断を求めた。 (b) 原告は,本件審判請求書において,次のとおり主張した。 「本件特許の特許権者である根本特殊化学株式会社(本訴被告)は,東京地裁侵害訴訟事件において,原告として,本件特許の請求項1及び2で規定する「母結晶」の意義について,次の(イ),(ロ),(ハ)のとおり述べている。 (イ) 化学的に結晶蛍光体は無機物の結晶とその中に分散する不純物から成り立っており,その不純物が発光中心として働く。このような蛍光体の母体である結晶体は『母結晶』あるいは『マトリックス』とも呼ばれる。ここで母結晶と称する結晶体は,理想結晶体(不純物等を含まないもので,前述のような格子欠陥を持たない。)であって,このような結晶に不純物である希土類イオンを故意に含有させるように構成させた現実の結晶構造を有するものがここでいう蛍光体である。 また,蛍光中心となる蛍光体の必須成分である金属(希土類)イオンは,賦活剤(アクチベーター,付活剤とも書く。)と呼ばれる。また,これら賦活剤の機能を助長する第二の成分を共賦活剤(コアクチベーター)と呼ぶ。 (ロ) 本件特許発明における母結晶は,文字どおり,蓄光性蛍光体の『母体となる結晶 』でなければならない。そして,その結果化合物において不純物の存在状態の一つとして固溶があるのである(ちなみに,本件特許発明の1つであるSrAl2O4系の蓄光性蛍光体にあって,Eu,Dyは,SrAl 2O 4の不純物として存在し,特にEuは,SrAl2O 4のサイトを置換し,SrAl 2O 4 結晶中に固溶することが学術的にも知られている。)。 結論は次のようになる。 すなわち,被告(注:本訴原告)がCP-05の蓄光性蛍光体における『母体となる 化合物 それ 自体 』がB(ホウ酸)がSrAl 2O 4結晶にAlのサイトを不規則に置換した置換型固溶体であるとする以上,そして,SrAl2O 4にB(ホウ酸)が固溶した固溶体をSr(Al,B)2O 4と表記することが正しいとしても,その『母体となる化合物それ自体』の結晶構造は,SrAl2O 4そのものにほかならず,CP-05の母結晶はSrAl2O 4である。 (ハ) SrAl2O4結晶中のAlのサイトをホウ素(B)が置換して置換型固溶体を形成したとしても,B2O 3成分が高々5%程度にすぎない固溶体(中略)であるがゆえに,固溶の原理からしてその母結晶は,SrAl2O 4にほかならない。 被告の上記(イ),(ロ),(ハ)の主張は,本件特許の明細書の記載に根拠をおいていない。 このように,本件発明の明細書に根拠をおかない恣意的解釈を許すのは,まさに本件発明の明細書の記載において,『母結晶』の意義の技術的概念が明確ではないためである。 本件特許の請求項1及び2の記載は,改正前の特許法36条5項の規定に違反する。」 (c) 原告は,本件審判事件において,侵害訴訟事件の判決言渡しの前に特許庁の判断を得るべく,上申書を提出したが,本件審決が出る前に判決がなされた。 東京地裁は,その判決において,本件特許の明細書の記載から特許請求の範囲記載の「母結晶」の技術的意義について何ら検討することなく,「CP-05のAlの一部がB(ホウ素)に置換されているからといって,CP-05の「母結晶」がSrAl2O 4の結晶ではないということはできないものというべきである。」と判示し,原告製品(CP-05)が本件発明の技術的範囲に属すると判断した。原告は,CP-05が本件特許明細書に開示されていると認めることはできないと主張したが,同判決は,この主張について何の説明もなく一方的にCP-05は本件特許の明細書に開示されていることを結果として認めた。 (1-2) 審決の審理不尽,判断遺脱 (a) 改正前の特許法36条5項1号は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定している。この規定は,特許権は社会に対する技術の公開の代償として付与されるが,これを実際上確保するための規定と考えられる。そうすると,東京地裁の前記判決は,SrAl2O 4においてAlの一部がB(ホウ素)によって置換されたものも,本件特許の明細書に開示されていると判断したこととなる。ところが,本件特許の明細書のどこにもそのような記載は明示されていない。硼酸については,「フラックスとしてたとえば硼酸を添加し」という実施例としての記載があるのみである。 このように考えると,本件特許については,特許請求の範囲記載のSrAl2O4で表わされる化合物としての母結晶の技術的意義,具体的にいえば,SrAl 2O 4においてAlの一部がB(ホウ素)によって置換されたものがSrAl 2O 4で表わされる化合物としての母結晶に含まれると解釈されるか否か,少なくとも「理想結晶体」という技術概念のもとに「母結晶」の技術的意義の解釈をすることが容認されるか否かについて,明細書に開示の実施例の記載よりこれについての審決の判断を示すことが必須不可欠であると考えられる。そして,このような判断を基に,改正前の特許法36条5項1号の要件を本件特許が充足しているか否かについて審理し,判断すべきである。 ところが,審決は,本件発明の「母結晶」の意義につき,「化学大辞典」,「蛍光体ハンドブック」等の文献により,表面的かつ形式的に解釈するのみで,本件発明の特許請求の範囲記載の「母結晶」の技術的意義につき,前記したような実際上問題となっている解釈上の問題については全く触れるところがない。 以上のとおり審決の認定判断及び措置は,審理不尽であり,判断に遺脱があり,明らかに違法である。 (b) ところで,特許無効審判は,相対立する当事者間の法的紛争を審決により特許庁の公権的判断を示すことにより解決しようとするものである。本件審判においては,SrAl2O 4においてAlの一部がB(ホウ素)によって置換されたものがSrAl2O 4で表わされる化合物としての母結晶に含まれると解釈されるか否か,つまり,CP-05が本件特許の明細書に開示されていると認められるか否かが判断の焦点となるべきものである。すなわち,改正前の特許法36条5項1号の規定に反する特許は無効理由を有するとしていることから,当然のこととして審理判断すべきことである。 しかしながら,審決は,CP-05が発明の詳細な説明に記載されていると認められているか否かに関し,全く審理判断していない。本件審決は,法的紛争の中心的課題であるべき,SrAl2O 4においてAlの一部がB(ホウ素)によって置換されたものが本件明細書の発明の詳細な説明に開示されていると認めることができるか否かということに関し,全く審理判断することなく,改正前の特許法36条5項1号に違背しないものと判断した。 本件無効審判事件のように,本件特許が具体的事件として顕在化しているときには,顕在化している特許法上の問題点に関し,それが審判事件として提示されているときは,それについて審理し,判断するのでなければ,形式的に審理判断して,形式的には審決として一応の体裁が整っていても,実質的に紛争の解決につながらない。このような場合には,審決の認定判断及び措置には,審理不尽があり,判断遺脱があるとみるべきである。 (2) 取消事由2(本件発明が改正前の特許法36条5項1号に違反するものではないとした認定判断の誤り) 明細書にはSrAl2O 4と記載されているのみで,これが化合物の母結晶としてどのような技術的意義を有するものであるかについては,発明の詳細な説明に全く記載されていない。しかし,審決は,「『SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』という概念は,この表記を通じて発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。」とする。これは問いをもって問いに答えたのと同じである。 被告は,侵害訴訟事件において,前記(イ),(ロ),(ハ)のとおり主張している。この主張は,本件特許の発明の詳細な説明に本来記載すべきであった技術内容が本件特許の発明の詳細な説明に記載されていないことを自ら認めていることとなる。審決が認定判断するように,SrAl2O 4の表記を通じて発明の詳細な説明に記載されており,その記載だけで十分であるとするなら,上記被告の主張は,無意味な主張となる。 しかし,東京地裁の前記判決は,前記のとおり判示したのであり,これは,被告の上記主張に係る技術内容が本件特許の明細書に開示されていてはじめて導き出すことが可能となる判決内容であり,審決の上記認定判断からは決して導き出すことができない。 審決の上記認定判断は,何ら実質上の中味のないものであり,誤りであるといわざるを得ない。 なお,侵害訴訟事件における被告の上記主張に係る技術内容が本件明細書に明示して記載してはいないが,実質上記載されていると認められるか否かについて検討しても,これを認めることはできない。 以上のとおり,前記(イ),(ロ),(ハ)の技術内容が発明の詳細な説明に記載されていない本件特許は,改正前の特許法36条5項1号で規定する要件を充足していないのであり,審決の認定判断は誤りである。 3 被告の主張の要点 (1) 取消事由1(審理不尽,判断遺脱)に対して 侵害訴訟における当事者の主張,同訴訟の審理経過及び判決内容は,審決の判断の対象とはならないのであるから,審決も上記の判断の対象としてない。したがって,本件審決には審理不尽,判断遺脱はなく,原告の主張は失当というほかない。 原告の主張の根本的な誤りは,侵害訴訟事件の争点(原告が製造するCP-05の母結晶が何か)と無効審判請求事件の争点(請求人である原告自身が審判請求書に記載した請求理由のみが審理の対象となり,本件無効審判請求事件では母結晶の意義の明確性及びそれが発明の詳細な説明に記載されているか否かという点のみが審理の対象とされていた。)が異なることを看過している点である。 審決は,無効審判請求事件の争点(母結晶の意義が明確であるかどうか,それが明細書に記載されているか否か。)の全てについて漏れなく判断をしており,審理不尽は存しない。原告の主張は,単に侵害訴訟事件の判決が不当であると主張しているにすぎず,主張として失当というほかない。 (2) 取消事由2(本件発明が改正前の特許法36条5項1号に違反するものではないとした認定判断の誤り)に対して 原告は,「明細書にはSrA12O 4と記載されているのみで,これが化合物の母結晶としてどのような技術的意義を有するものであるかについては発明の詳細な説明に全く記載されていない。…これは問いをもって問いに答えたのと同じである。」と主張する。しかし,原告が本件無効審判請求事件において主張した無効理由は,「母結晶」それ自体の意義が不明確であるとの点にすぎない。原告の主張は意味不明であり失当である。 MA12O 4及びSrA1 2O 4で表される化合物は,いずれも本件発明の請求項1及び2の蛍光体の「母結晶」(「母体」「母体結晶」と同義)として存在していることは明らかであるが,MA12O 4及びSrA1 2O 4自体の技術的意義を解明しなければ「母結晶」の意義が明らかにならないというものではない。 もちろん,審決は,「蛍光体は,『母体』となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する。)とよばれる微量の不純物が分散してなる物質であり,この『母体』が結晶であることから『母体結晶』とよばれ,それが短縮されて『母結晶』という用語で呼ばれていることが認められる。」と認定判断しており(この部分につき原告は認めて争わない。),SrA12O 4という化合物が蛍光体の「母体」となれば,当該化合物の微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する。)と呼ばれる微量の不純物が分散するという技術的意義について判断を示していることは明らかである。 なお,原告は,取消理由2においても,侵害訴訟事件における当事者の主張や判決内容を取消理由として挙げているが,前述のとおり,主張として失当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(審理不尽,判断遺脱)について (1) 特許に関する無効審判制度は,設定登録された特許につき,無効理由の有無を判断し,それが存在すると判断される場合には,当該特許を無効として,原則として初めから存在しなかったものとみなす制度であって(特許法123条,125条),特許権の侵害を理由に損害賠償等を請求する侵害訴訟が裁判所に提起された場合において,訴訟における当事者の主張の当否に関する特許庁の判断を求めるための制度ではないことはいうまでもない。 したがって,仮に,原告主張のとおり,本件無効審判において,原告が侵害訴訟事件における被告の主張の当否に関する特許庁の判断を求めたとしても,特許庁としては,無効理由の認定判断に必要な限度で斟酌することがあり得るものの,そのような原告の求めに対する判断を示さないこと自体が,無効審判における審決として,直ちに審理不尽,判断遺脱となるものではない。 (2) 本件無効審判についてみるに,原告は,審判請求書(甲3-1)において,「特許無効の理由の要点」として,本件特許の請求項1における「母結晶」の意義が明確でなく,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められないこと,請求項2における「母結晶」の意義が明確でなく,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められないことを主張し,改正前の特許法36条5項の規定に違反し,改正前の特許法123条1項3号の規定により,無効とされるべきであると主張している(2頁14行〜27行)。そこでは,侵害訴訟事件における被告の主張の当否に関する特許庁の判断を求める記載は全く存在しない。 審判請求書では,上記記載に引き続き,無効理由が具体的に記載されているが(2頁28行〜5頁末尾から8行),その最後において,「ここで,本件特許の請求項1及び2で規定する『母結晶』の意義の解釈について付言すると,本件特許の特許権者である根本特殊化学株式会社は,…特許権侵害行為差止等請求事件において,…次のとおり述べている。」とした上,(イ),(ロ),(ハ)という被告の主張を記載している。 以上に照らせば,原告も上記(1)に判示の点は十分に理解しており,それゆえ,無効理由としては,「母結晶」の意義が不明確であることを述べており,侵害訴訟事件における被告の主張の当否は,「付言」として述べられているにすぎないことは明らかである。原告の本訴における主張自体が無効審判における主張と必ずしも整合しないものというべきである。 (3) そこで,本件審決について検討する。 (3-1) 審決(【別紙】参照)は,「5.当審の判断」において,まず,請求人(原告)の主張及びその趣旨を認定した上(この部分につき原告も認めて争わない。),検討に入っている。 (a) そこでは,まず,蛍光体の技術的内容について検討し,辞典,ハンドブック等の文献(乙1〜3)の記載により,次のように説示している。 「『母体』,『母体結晶』,『母結晶』なる用語はいずれも蛍光体,燐光体の主体となる成分を示す用語であるから,『母体』,『母体結晶』,『母結晶』なる用語はいずれも蛍光体,燐光体の主体となる成分を示すものという同一の概念を表す用語として,本件特許出願前から学会や業界で受け入れられていたものと認められる。そして,蛍光体は,『母体』となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する)と呼ばれる微量の不純物が分散してなる物質であり,この『母体』が結晶であることから『母体結晶』と呼ばれ,それが短縮されて『母結晶』という用語で呼ばれていることが認められる。そうすると,『母結晶』なる用語は蛍光体,燐光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認められ,そして,蓄光性蛍光体とは燐光体のこと(…訂正明細書の【0002】の第2〜5行参照)であるから,『母結晶』なる用語は蓄光性蛍光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認められる。」 (b) 審決は,以上の点を踏まえて,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている蓄光性蛍光体の技術的内容について検討し,次のように説示している。 「本件明細書の発明の詳細な説明の段落番号【0007】ないし【0017】には『母結晶』なる用語がそのまま用いられているが,これは『母結晶』なる用語を蛍光体,燐光体の主体となる成分を意味するとする当業者の共通認識に基づいて用いているものと認められる。したがって,請求項1の,『MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする』における『母結晶』とは,MAl2O 4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められ,また,請求項2の,『SrAl 2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』における『母結晶』とは,SrAl2O 4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。」 (c) そして,審決は,蛍光体の表記方法について検討し,「蛍光体ハンドブック」,「化学と教育」第38巻第4号の記載を引用した上,「…『蛍光体ハンドブック』が蛍光体の技術分野の基本文献であることからすると,…蓄光性蛍光体の技術分野においては,蛍光体の表記方法として,まず母結晶の化合物の化学式を書き:(コロン)で区切り,その後に賦活剤を書くという表記方法が用いられ,SrAl2O 4の蛍光体も上記の認定に係る表記方法に従って記載されていることが認められる。」と説示した。 (d) 審決は,その上で,本件明細書の発明の詳細な説明の記載における蓄光性蛍光体の表記方法ついて検討し,次のように説示した。 「本件明細書の発明の詳細な説明においては,『金属元素(M)としてストロンチウムを用い,賦活剤としてユウロピウムを用いるものの,共賦活剤を用いない場合の蓄光性蛍光体についてSrAl2O 4:Eu』(…訂正明細書の【0019】の第5〜8行参照)と記載され,『金属元素(M)としてストロンチウムを用い,賦活剤としてユウロピウムを用い,更に共賦活剤としてジスプロシウムを用いた場合の蓄光性蛍光体についてSrAl2O 4:Eu,Dy』(…訂正明細書の【0030】の第1〜4行参照)と記載されており,ここでの『金属元素(M)としてストロンチウムを用い』の記載は蓄光性蛍光体の母結晶についてのものと認められるから,これらの『SrAl2O 4:Eu』と『SrAl 2O 4:Eu,Dy』の記載は,まさに…上記の認定に係る表記方法に従って記載されているものであり,前段に表記された『SrAl2O 4』は化合物であり,かつ,母結晶を表しており,請求項1及び請求項2に記載されている『SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』と同義であると認められる。そして,請求項1に記載の『MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする』ものにおいてMがストロンチウムの場合のもの及び請求項2に記載の『SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』ものは,発明の詳細な説明に記載されている『SrAl2O 4:Eu,Dy』という表記により記載されているものの前段と同一の概念であると認められる。すなわち,『SrAl2O 4:Eu,Dy』の前段である『SrAl 2O 4』は化合物であり,かつ,母結晶を意味しており,まさに請求項1及び請求項2に記載されている『SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』という概念は,この表記を通じて発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。したがって,請求項1及び請求項2に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,改正前の特許法第36条第5項第1号に違反するものではない。」 (e) 審決は,進んで,改正前の特許法36条5項2号違反について検討し,前記と同様に各用語,意義について認定した上,次のように説示した。 「本件特許では,上記に認定した認識に基づいて明細書が記載されているものと認められる。すなわち,請求項1の,『MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする』における『母結晶』とは,MAl2O4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であることを意味しているものと認められ,また,請求項2の,『SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする』における『母結晶』とは,SrAl2O 4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。さらに,段落番号【0019】ないし段落番号【0089】には,『MAl2O 4で表される化合物』とはいかなるものかが記載されており,『母結晶』なる用語が蛍光体,燐光体の主体となる成分という当業者の共通認識に基づいて具体的に説明されているものと認められるから,この点からしても,請求項1及び請求項2で規定する『母結晶』という用語の意義は明確であると認められる。したがって,請求項1及び請求項2に係る発明は,その特許請求の範囲が不明瞭なものではなく,改正前の特許法36条5項2号に違反するものではない。」 (3-2) 以上のとおり,審決は,本件審判で争われた無効理由の存在を否定する結論に至ったものであるが,その説示するところは,結論を導くに必要な根拠を示すとともに,それに必要な限度で原告の主張した事項についても審理判断したものということができ,審理不尽,判断遺脱の違法があるとはいえない。 原告の主張は,要するに,侵害訴訟が提起されて特許につき具体的事件として特許法上の問題が顕在化しているときには,それが無効審判において提示された以上,無効審判において判断されるべきであり,本件においては,「SrAl2O 4においてAlの一部がB(ホウ素)によって置換されたものがSrAl2O 4で表わされる化合物としての母結晶に含まれると解釈されるか否か」,すなわち,原告製品であるCP-05が本件特許の技術的範囲に属するか否かについて判断すべきであって,これを判断しなければ審理不尽,判断遺脱があるとみるべきであるというもののように解される。しかし,無効審判の審決においては,無効理由の存否に関する結論を導くに必要な判断を示せば足り,かつ,これを越えて審理判断することはできないのであり,原告の主張は,無効審判制度の趣旨,裁判所の訴訟手続と特許庁の無効審判手続との関係,両者間の法的効力などにかんがみれば,独自の見解であるというほかなく,その他,原告が取消事由1として主張する点は,いずれも採用することができない。 2 取消事由2(本件発明が改正前の特許法36条5項1号に違反するものではないとした認定判断の誤り)について 審決の取消事由2に関係する部分は,「5.当審の判断」の(1)であり,その要旨は,前記1(3-1)(a)〜(d)のとおりであるが,要するに,審決は,「母結晶」についての当業者の共通認識の認定に加え,母結晶の化合物の化学式を書き:(コロン)で区切り,その後に賦活剤を書くという蛍光体の表示方法に関する認定をふまえて,「SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする」という概念は,「『SrAl2O 4:Eu,Dy』という表記」を通じて発明の詳細な説明に記載されているものと認められるとした上,請求項1及び請求項2に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,改正前の特許法第36条第5項第1号に違反するものではないと判断したものである。 上記審決の認定判断は,前記(c)及び(d)前段の事実(原告の認めるところである。)に加え,証拠(乙1〜3,甲3-2中の訂正明細書)にも照らせば,是認し得るものである。 原告が主張するように,審決の認定判断が問いをもって問いに答えたのと同じであるようなものではないことは,上記判示に照らせば明らかである。また,侵害訴訟事件において被告が前記(イ),(ロ),(ハ)のとおり主張したことや,それが無意味な主張であるか否かなどは上記判断を左右するものではない。 その他,原告の取消事由2に関する主張は,いずれも採用することができない。 3 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
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【別紙】審決の理由無効2001-35090号事件,平成14年6月5日付け審決(下記は,上記審決の理由部分(第3項以下の抜粋)について,文書の書式を変更したが,用字用語の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)理由(1.2.は省略)3.請求人の主張これに対して、請求人は、請求項1及び請求項2に係る発明の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、請求項1及び請求項2に係る発明は、その請求項で規定する用語である「母結晶」の意義が明確でなく、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められず、したがって、請求項1及び請求項2に係る発明の特許は、改正前の特許法第36条第5項の規定に違反してされたと主張し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第4号証を提出ている。 甲第1号証:全文訂正明細書甲第2号証:東京地裁平成10年(ワ)第22491号特許権侵害行為差止等請求事件原告準備書面(五)甲第3号証:東京地裁平成10年(ワ)第22491号特許権侵害行為差止等請求事件原告準備書面(一三)甲第4号証:東京地裁平成10年(ワ)第22491号特許権侵害行為差止等請求事件原告準備書面(一二)4.被請求人の主張一方、被請求人は、請求人の主張する無効理由は当を得たものではなく、理由がないもので採用されるべきでないから、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める旨主張し、証拠方法として乙第1号証ないし乙第6号証を提出している。 乙第1号証:「化学大辞典」、第8巻、昭和51年9月10日、680頁乙第2号証:「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、36頁乙第3号証:「化学と教育」第38巻第4号、1990年8月20日、日本化学会編、387頁乙第4号証:「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、168頁乙第5号証:「化学と教育」第38巻第4号、1990年8月20日、日本化学会編、388頁乙第6号証:「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、227〜228頁5.当審の判断請求人は、審判請求書において、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載の「母結晶」なる用語は、「その請求項で規定する用語の意義が明確ではなく、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められないもの」であるから、また、「『請求項』の内容それ自体を表現する用語として使用されているのみで、本件発明の内容を説明する用語としては、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明の実施例の説明を含め全く使用されていない。また、『母結晶』の意義を定義する記載も、実質的に定義する記載も明細書に存在しない。」ものであるから、請求項1及び請求項2に係る発明の特許は、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第5項の規定に違反してなされたものである旨主張している。 まず、請求人の上記主張の趣旨について検討する。 請求人の主張は、請求項1及び請求項2に係る発明の特許は、改正前の特許法第36条第5項の規定に違反してなされたというものであって、改正前の特許法第36条第5項の第1号ないし第2号のいずれを根拠にするものであるかを特定した記載はない。しかしながら、請求人の主張の主な理由は「その請求項で規定する用語の意義が明確ではなく、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められないもの」であるところからして、請求人は改正前の特許法第36条第5項の第2号を根拠に主張しているものと解するのが相当であるから、請求項1及び請求項2に係る発明の特許が、改正前の特許法第36条第5項の第1号の規定に違反してなされたものであるかどうかについて検討する。 また、請求人は、「『請求項』の内容それ自体を表現する用語として使用されているのみで、本件発明の内容を説明する用語としては、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明の実施例の説明を含め全く使用されていない。また、『母結晶』の意義を定義する記載も、実質的に定義する記載も明細書に存在しない。」と主張しており、この点の主張は、その文脈からして、改正前の特許法第36条第5項の第2号違反の主張の前提となる、改正前の特許法第36条第5項の第1号違反についての主張であると解するのが相当であるから、請求項1及び請求項2に係る発明の特許が、改正前の特許法第36条第5項の第1号に違反するかどうかについて検討する。 なお、請求人は本件明細書は特許法施行規則第24条で規定する様式に違反するとの主張をしているが、明細書の様式違反自体は無効理由を構成するものではないので、請求人のこの点の主張については検討しない。 (1)改正前の特許法第36条第5項第1号違反について請求人は、請求項1及び請求項2で規定する「母結晶」という用語は請求項の内容それ自体を表現する用語として使用されているのみで、本件発明の内容を説明する用語としては、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明の実施例の説明を含め全く使用されておらず、また、「母結晶」の意義を定義する記載も、実質的に定義する記載も明細書には存在しないと主張している。 上記主張について検討する。 まず、蛍光体の技術的内容について検討する。 本件特許出願前に発行された乙第1ないし3号証には、蛍光体の技術的内容が記載されており、また、蛍光体の主体となる成分を意味する用語としてそれぞれ「母体」(乙第1、2号証)、「母体結晶」(乙第2号証)、「母結晶」(乙第3号証)の各用語が記載されている。 乙第1号証である「化学大辞典」第8巻、昭和51年9月10日、680頁には、「ぼたい母体[英matrix独Matrix]ケイ光体、リン光体の主体となる成分.合成ケイリン光体は母体に少量の融剤、微量の重金属賦活剤を混ぜて焼成してつくられる.」と記載されている。 乙第2号証である「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、36頁には、「蛍光体の多くは、母体である透明な微結晶中に付活剤とよばれる微量の不純物が分散している.本節では、そのような物質の光学的性質について、一般的な説明を述べる.母体結晶による光の吸収(基礎吸収)、反射などの現象〔1〕と、分散した不純物による吸収(不純物吸収)などの現象〔2〕とを分けて論ずることにする.前者は、古典電磁気学をもとにして結晶学的に、後者は量子論をもとにして原子スペクトル論的に扱う。後者において、母体結晶は不純物原子(賦活剤)に対する単なる分散系であるとみなす.」と記載されている。 乙第3号証である「化学と教育」第38巻第4号、1990年8月20日、日本化学会編、387頁には、「蛍光体は母結晶と呼ばれる物質に、付活剤と呼ばれる発光イオンを数原子百分率またはそれ以下の濃度に分散させたものである。この分散とは、機械的に混合するものではなく、一般に母結晶を構成しているイオンの一部を発光イオンで置換する方法、すなわち固溶法がとられている。」と記載されている。 上記の乙第1ないし3号証の記載によれば、「母体」、「母体結晶」、「母結晶」なる用語はいずれも蛍光体、燐光体の主体となる成分を示す用語であるから、 「母体」、「母体結晶」、「母結晶」なる用語はいずれも蛍光体、燐光体の主体となる成分を示すものという同一の概念を表す用語として、本件特許出願前から学会や業界で受け入れられていたものと認められる。 そして、蛍光体は、「母体」となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する)とよばれる微量の不純物が分散してなる物質であり、この「母体」が結晶であることから「母体結晶」とよばれ、それが短縮されて「母結晶」という用語で呼ばれていることが認められる。 そうすると、「母結晶」なる用語は蛍光体、燐光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認められ、そして、蓄光性蛍光体とは燐光体のこと(甲第1号証の訂正明細書の【0002】の第2〜5行参照)であるから、「母結晶」なる用語は蓄光性蛍光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認められる。 以上の点をふまえて、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている蓄光性蛍光体の技術的内容について検討する。 本件明細書の発明の詳細な説明の段落番号【0007】ないし【0017】には「母結晶」なる用語がそのまま用いられているが、これは「母結晶」なる用語を蛍光体、燐光体の主体となる成分を意味するとする当業者の共通認識に基づいて用いているものと認められる。 したがって、請求項1の、「MAl2O4で表わされる化合物で、Mは、カルシウム、ストロンチウム、バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする」における「母結晶」とは、MAl2O4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められ、また、請求項2の、「SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にする」における「母結晶」とは、SrAl2O4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。 次に、蛍光体の表記方法について検討する。 乙第4号証である「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、168頁には、「組成表記にはZn2SiO4:Mn2+(0.02)のようにまず母体の化学式を書き、その後に賦活剤とその濃度(母体1モルに対するグラム原子数)を書くのが普通である.」と記載されている。 乙第5号証である「化学と教育」第38巻第4号、1990年8月20日、日本化学会編、388頁には、表1に各種蛍光体が上記の表記方法に従って記載されている。 乙第6号証である「蛍光体ハンドブック」蛍光体同学会編、(オーム社刊)、昭和62年12月25日、227〜228頁には、「SrAl2O4:Eu2+」と記載されており、SrAl2O4の蛍光体が上記の表記方法に従って記載されている。 上記の乙第4、6号証である「蛍光体ハンドブック」が蛍光体の技術分野の基本文献であることからすると、乙第4ないし6号証の記載より、蓄光性蛍光体の技術分野においては、蛍光体の表記方法として、まず母結晶の化合物の化学式を書き:(コロン)で区切り、その後に賦活剤を書くという表記方法が用いられ、SrAl2O4の蛍光体も上記の認定に係る表記方法に従って記載されれることが認められる。 以上の点をふまえて、本件明細書の発明の詳細な説明の記載における蓄光性蛍光体の表記方法ついて検討する。 本件明細書の発明の詳細な説明においては、「金属元素(M)としてストロンチウムを用い、賦活剤としてユウロピウムを用いるものの、共賦活剤を用いない場合の蓄光性蛍光体についてSrAl2O4:Eu」(甲第1号証の訂正明細書の【0019】の第5〜8行参照)と記載され、「金属元素(M)としてストロンチウムを用い、賦活剤としてユウロピウムを用い、更に共賦活剤としてジスプロシウムを用いた場合の蓄光性蛍光体についてSrAl2O4:Eu、Dy」(甲第1号証の訂正明細書の【0030】の第1〜4行参照)と記載されており、ここでの「金属元素(M)としてストロンチウムを用い」の記載は蓄光性蛍光体の母結晶についてのものと認められるから、これらの「SrAl2O4:Eu」と「SrAl2O4:Eu、Dy」の記載は、まさに乙第4号証に記載されている上記の認定に係る表記方法に従って記載されているものであり、前段に表記された「SrAl2O4」は化合物であり、かつ、母結晶を表しており、請求項1及び請求項2に記載されている「SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にする」と同義であると認められる。 そして、請求項1に記載の「MAl2O4で表わされる化合物で、Mは、カルシウム、ストロンチウム、バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする」ものにおいてMがストロンチウムの場合のもの及び請求項2に記載の「SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にする」ものは、発明の詳細な説明に記載されている「SrAl2O4:Eu、Dy」という表記により記載されているものの前段と同一の概念であると認められる。 すなわち、「SrAl2O4:Eu、Dy」の前段である「SrAl2O4」は化合物であり、かつ、母結晶を意味しており、まさに請求項1及び請求項2に記載されている「SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にする」という概念は、この表記を通じて発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。 したがって、請求項1及び請求項2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、改正前の特許法第36条第5項第1号に違反するものではない。 (2)改正前の特許法第36条第5項第2号違反について請求人は、本件発明の出願当時、本件発明の畜光性蛍光体の技術分野において、 「母結晶」という用語は、一義的に明確な意義を有するものとして理解されておらず、また、「母結晶」、「母体」、「母体結晶」の各用語は、その意義が、客観的にみて、一義的に明確なものとしては使用されていないのであるから、請求項1及び請求項2で規定する「母結晶」という用語の意義が明確でなく、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した発明とは認められないと主張している。 上記主張について検討する。 5.(1)において認定したように、本件特許出願前に発行された乙第1ないし3号証には、蛍光体の技術的内容が記載されており、また、蛍光体の主体となる成分を意味する用語としてそれぞれ「母体」(乙第1、2号証)、「母体結晶」(乙第2号証)、「母結晶」(乙第3号証)の各用語が記載されており、上記の各乙号証の記載によれば、蛍光体は、『母体』となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する)とよばれる微量の不純物が分散してなる物質であり、この「母体」が結晶であることから「母体結晶」とよばれ、それが短縮されて「母結晶」という用語で呼ばれることが認められる。 すなわち、「母体」、「母体結晶」、「母結晶」なる用語はいずれも蛍光体、燐光体の主体となる成分を示すものという同一の概念を表す用語として、本件特許出願前から学会や業界で受け入れられていたものと認められる。 そして、蛍光体は、「母体」となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤(付活剤とも表記する)とよばれる微量の不純物が分散してなる物質であり、この「母体」が結晶であることから「母体結晶」とよばれ、それが短縮されて「母結晶」という用語で呼ばれていることが認められる。 そうすると、「母結晶」なる用語は蛍光体、燐光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認めら、そして、蓄光性蛍光体とは燐光体のこと(甲第1号証の訂正明細書の【0002】の第2〜5行参照)であるから、「母結晶」なる用語は蓄光性蛍光体の主体となる成分を示すものとして当業者に共通に認識されていたものと認められる。 そして、同じく、5.(1)において認定したように、本件特許では、上記に認定した認識にもとづいて明細書が記載されているものと認められる。 すなわち、請求項1の、「MAl2O4で表わされる化合物で、Mは、カルシウム、ストロンチウム、バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする」における「母結晶」とは、MAl2O4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であることを意味しているものと認められ、また、請求項2の、「SrAl2O4で表わされる化合物を母結晶にする」における「母結晶」とは、SrAl2O4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体となる成分であるとの意味で発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。 さらに、段落番号【0019】ないし段落番号【0089】には、「MAl2O4で表される化合物」とはいかなるものかが記載されており、「母結晶」なる用語が蛍光体、燐光体の主体となる成分という当業者の共通認識に基づいて具体的に説明されているものと認められるから、この点からしても、請求項1及び請求項2で規定する「母結晶」という用語の意義は明確であると認められる。 したがって、請求項1及び請求項2に係る発明は、その特許請求の範囲が不明瞭なものではなく、改正前の特許法第36条第5項第2号に違反するものではない。 6.むすび以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効にすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 平成14年6月5日 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 田中昌利 |